27 2013/09/30 日本ラジオ歌謡研究会 9月29日に第7回全国ラジオ歌謡音楽祭が、秋田市文化会館大ホールで催 されました。音楽祭の成功を祝すかのような素晴らしい天候に恵まれ、開演を 会場前でお待ちくださる皆さんの長蛇の列への申し訳なさが、ほんの少し救わ れる感じが致しました。1200 席が満員になり、ステージと会場が一体となり、 音楽祭初のオーケストラの伴奏で、 「ラジオ歌謡」を心から歌う有り様は、大輪 の花がふっくらと咲き開いて行く感がありました。まさに震災復興ソング「花 は咲く」でした。この3か月の間には、 「ラジオ歌謡をブラジルで」という大き なイベントもありましたが、明けても暮れても「第7回全国ラジオ歌謡音楽祭」 を念頭に過ごしてきた意味がありました。 日本ラジオ歌謡研究会会長 工藤雄一 補遺情報(***で囲まれた部分は、先号までのノートに未収録の情報である)。 ********************************* 6/18(火) *会長が各部所から届いた秋の全国ラジオ歌謡音楽祭のための後援依頼の返 事を整理していて、6月 12 日付けのNHK秋田放送局からの回答文書を発 見した。そこには、NHK秋田放送局長 加藤潔行氏の名で、実行委員長 工藤雄一あてに、「NHK秋田放送局名義の使用不承認について(通知) 標記につきましては、申請内容を検討いたしましたが、承認できません。 あしからずご了承ください。なお、ご不明な点は下記担当へお問い合わせ ください。 (対象事業の名称)第 7 回全国ラジオ歌謡音楽祭 とあり、 下に、[窓口・問い合わせ先]NHK秋田放送局 放送部(後援許可担 当)奥永 〒010-8501 秋田市東通仲町 4−2 Tel:018−825-8132 Fax:018−837-8199 」と書いてあった。すぐ、NHKの担当奥永さんに電 話する。受け答えが当を得ていないので、責任者を要求したら、担当が外に 出ているので、のちほど連絡させます、ということで電話を切った。 6/19(水) *NHK秋田放送局放送部ディレクター平田明裕(あきひろ)氏から、昨日 のこちらからの問いに関して、返答の電話あり。結論は、やはり全国ラジ オ歌謡音楽祭実行委員会では、後援名義の使用は許可できないとのことで あった。理由としては、 「NHKは数年前から少しづつ厳しくなってきてい たが、今年から特に広域法人、国、地方自治体や独立行政法人などの事業 に後援名義の使用を許可する方向に、ルールがきびしくなってきたのが全 国的な流れになっているので了解願いたい。一部の分野に対する愛好家の 会やお花や料理のような会には、視聴者の目がきびしくなってきていて後 援を不許可にせざるを得ない状況である。」ということであった。 それに対して、私は、「1.我々が行っている事業は、本来NHKがやる べき事を、肩代わりしているような内容であって、NHKからは、大いに推 賞されてしかるべき事業と考えていること。2.NHKが仮に後援の枠を公 益法人や国、地方自治体やどんな法人に絞ろうとも、我々が取り組んでいる 内容は、「NHKの過去の素晴らしい音楽文化遺産としてのラジオ歌謡の再 発見事業」であることで、どんな視聴者に対しても組織や法人に対しても了 解していただけるものと確信していること。3.2000(平成 12)年以来こ れまで、工藤雄一個人のコンサートに数回、全国ラジオ歌謡音楽祭になって からは、昨年まで6年間 6 回も後援を頂いていたのに、今年になって突然、 不承認となったことは理解に苦しむこと。4.そして、不承認の理由が全く 付記されていない公印省略の文書を頂いたことも理解に苦しむ。」これらの 理由で、簡単には承服できないこと、を口頭で伝えたが回答は同じであった。 *平成 25 年度日本ラジオ歌謡研究会通常総会が予定されている。 以上の状況に対して、日本ラジオ歌謡研究会並びに秋田県ラジオ歌謡連盟 としては、本日の年次総会において、それぞれに今後の活動方針や目標を確 立していくためにも、「名義使用の不承認の理由について明確な文書による ご回答を要求いたします」、という決議文を NHK 秋田放送局に対して送る かどうかを日本ラジオ歌謡研究会秋田在住理事を中心に協議した結果、①確 かに4年前までの前田成志局長やその次の大槻 悟局長までは、総会に足を 運んでくれ、我々を激励してくれたが、ここ 2 年来は局長が不参加であり 代理が挨拶文を読んでいることからも分かる通り NHK 秋田放送局の我々 に対する意識は低下していること、②我々は NHK のためにがんばっている のではないこと、「ラジオ歌謡」を待ち望む人々のためにがんばっているこ と、③NHK 秋田放送局一つの後援がなくても、秋田県教育委員会、秋田市 教育委員会、その他いままで後援してくれている朝日新聞、読売新聞、毎日 新聞、河北新報、秋田魁新報等の新聞社、ABS 秋田放送はじめすべての放 送局の後援をいただいているので全く困らない、という理由により抗議や回 答要求はやめよう、ということになった。 6/22(土) *日本ラジオ歌謡研究会ならびに秋田県ラジオ歌謡連盟平成 25 年度通常総 会が協働大町ビルで開催される。 議事録等の報告は、各事務局長から後日提出される予定。 6/26(水) *佐藤八重子理事長・事務局長以下事務局員による整理作業が事務局で行わ れる。 *********************************** 7/03(水) *全国ラジオ歌謡音楽祭実行委員会(保戸野コミセン)音楽祭原案提出 第7回全国ラジオ歌謡音楽祭(案) 第 29 回国民文化祭・あきた 2014 応援事業 2013 年9月 29 日(日)12 時 30 分開場・13 時 30 開演・16 時終了予定、 秋田市文化会館大ホール 主催 全国ラジオ歌謡音楽祭実行委員会 共催 全国ラジオ歌謡連盟、秋田なまはげオーケストラ 後援 日本ラジオ歌謡研究会、秋田県教育委員会、秋田市教育委員会、河北 新報社、秋田魁新報社、朝日新聞社秋田総局、読売新聞社秋田支局、 毎日新聞社秋田支局、ABS 秋田放送、AKT 秋田テレビ、AAB 秋田 朝日放送、エフエム秋田、全音楽譜出版社(一部申請中) オープニング 司会 佐藤美智子(ABS アナ) 指揮 工藤雄一 合唱 全国ラジオ歌謡音楽祭合唱団 エレクトーン演奏 長谷川幹人 1.今週の明星の歌 藤浦 洸作詞・古関裕而作曲 第1部 皆で歌おう「ラジオ歌謡」 2.風はそよ風(R1) S21 3.青い風(R5) S21 4.アカシヤの花(R160) S23 5.森の水車 (R311) S26 6.母あればこそ (R480) S30 7.淋しい時は (R512) S30 休憩 リーダー未定 東 辰三作詞・明本京静作曲 勝 承夫作詞・貝沼 實作曲 松坂直美作詞・橋本國彦作曲 清水みのる作詞・米山正夫作曲 寺尾智沙作詞・田村しげる作曲 コウノ・イチロウ作詞・長津義司作曲 (10 分) 第2部 合唱で聴こう「ラジオ歌謡」 8.美しい乙女(R273) 9.くちなしの花(R444) 指揮 安田典夫 合唱 混声合唱団「宇宙(そら)」 ピアノ伴奏 佐藤彰恒 S25 江間章子作詞・高木東六作曲 S29 薮田義雄作詞・平井康三郎作曲 第3部 ソロで聴こう「ラジオ歌謡」 エレクトーン伴奏 長谷川幹人 10.みどりの歌(R115) S23 中村利器作詞・古関裕而作曲 三浦央典 11.ござ帽子(R730) S35 牧 房雄作詞・八洲秀章作曲 松村美和子 12, ポプラに歌う(R454) S29 寺尾智沙作詞・田村しげる作曲 小林 功 13. あの人とっても困るのよ(R643) S33 高田敏子作詞・中田喜直作曲 岡本陽子 14. 春の日の花と輝く(R585) S32 堀内敬三訳・アイルランド民謡 齊藤琴美 15. たそがれの旅愁(R466) S29 西澤 爽作詞・平井康三郎作曲 石川揚一 16. 我が家の唄(K23,R64) S22 西條八十作詞・山田耕筰作曲 後閑昌子 17. あざみの歌(R230) S24 横井 弘作詞・八洲秀章作曲 河嶋 昭 18. なつかしの家路(R563) S31 米山正夫作詞・作曲 神尾善子 19. たそがれの故郷(R661) S33 寺尾智沙作詞・田村しげる作曲 工藤雄一 20 . 雨だれの窓(R448) S29 宮沢章二作詞・石川皓也作曲 〃 休憩 (15 分) 第4部 オーケストラと歌おう 特別演奏 指揮 岡田友弘 合唱 全国ラジオ歌謡音楽祭合唱団 演奏 秋田なまはげオーケストラ (1)国民文化祭・あきた 2014 を記念して 21 .「おものがわ(雄物川)」 工藤雄一作詞・作曲、長谷川幹人編曲 リーダー 工藤雄一 (2)東日本大震災復興支援ソング 22. 「花は咲く」 岩井俊二作詞・菅野よう子作曲 リーダー 齊藤琴美・工藤雄一 第5部 「ラジオ歌謡」をオーケストラと歌おう 指揮 岡田友弘・工藤雄一 合唱 全国ラジオ歌謡音楽祭合唱団 演奏 秋田なまはげオーケストラ リーダー未定 23.朝はどこから (R2) S21 森まさる作詞・橋本國彦作曲 24 山小舎の灯 (R51) S22 米山正夫作詞・作曲 25 さくら貝の歌 (R225) S24 土屋花情作詞・八洲秀章作曲 26 白い花の咲く頃(R266) S25 寺尾智沙作詞・田村しげる作曲 27 リラの花咲く頃(R309) S26 寺尾智沙作詞・田村しげる作曲 28 山の煙 (R372) S26 大倉芳郎作詞・八洲秀章作曲 29 チャペルの鐘(R383) S27 和田隆夫作詞・八洲秀章作曲 30 雪の降る街を (R389) S28 内村直也作詞・中田喜直作曲 31 あざみの歌 (R230) S24 横井 弘作詞・八洲秀章作曲 7/14(日) *工藤 ブラジル日本戦後移住 60 周年祭参加ブラジル訪問団に参加 団長 佐々木千鶴子 秋田わか杉会会長・首都圏秋田県人会連合会副会長 副団長 高久浩二 秋田わか杉会幹事・首都圏秋田県人会連合会会長 事務局 伊藤清信 秋田わか杉会事務局長・首都圏秋田県人会連合会 総務次長(秋田高校後輩) 事務局 今野 仁 秋田わか杉会幹事(秋田高校後輩) 団員 鈴木鷹雄 秋田わか杉会幹事・首都圏秋田県人会連合会理事 経理部長 団員 工藤雄一 日本ラジオ歌謡研究会会長・秋田市在住 団員 横山房雄 横浜秋田県人会会長 団員 門脇美子 会社役員・川口市在住 夜 19:00 ブラジル行きのため、 羽田空港国際ターミナル 3 階に集合。 22:30 羽田 Emirates 航空 check in 7/15(月) 01:30 Emirates(エミレーツ) 航空 EK 313 便にてドバイへ向け出発 07:05 ドバイ着 乗換え 08:35 ドバイ発 Emirates 航空 EK 261 便にてサンパウロへ 16:30 サンパウロ着 空港へ川合 昭実行委員長、川原 純ツアー添乗員 等が出迎える。専用車で全員宿泊予定の NIKKEY PALACE HOTEL へ(宿泊はすべて同一)。 7/16(火) 08:00 専 用 車 で サ ン パ ウ ロ 市 内 「 グ ル ー プ 高 岡 」 本 社 表 敬 訪 問 (ALFAVILLE)SHOPPING IGUATEMI で昼食 高岡グループの企業訪問(ALDEIA DA SEERA) 夜、秋田県人会館にて歓迎夕食会。 「おものがわ(雄物川)」や「誰 か故郷を想わざる」などを歌う。川合 昭会長や多くの参加者に「お ものがわ(雄物川)」を褒められる。 7/17(水) 05:20 ホテル出発、グァルーリョス空港へ(専用車で送迎) 07:20 TAM 航空 JJ3169 便にてフォスドイグアス(イグアスの滝)へ。 08:50 イグアス着 イグアスの滝とは、パラナ川の支流イグアス川にかか る滝で、合流点より 22 キロ上流に位置しブラジルとアルゼンチン の国境にあたっている。溶岩層からなる台地に馬蹄形にくいこんで 幅約 4km に達し、高さも 63mと、ともにナイアガラ滝よりも大き く、巨岩や、樹木に覆われた小さな島々で幾筋にも分かれて落下す る。両国とも国立公園に指定している。 イグアスの町で車をチャーターし、国境でアルゼンチンへの入国 ビザ入手に 2 時間ぐらいかかったが、はじめ、アルゼンチン側の滝 を見学した。アルゼンチン側の見学路はほとんど鉄格子で出来てい て下の流れが透けてみえ壮大な自然の中にいる臨場感があった。特 に快晴の青空のもと、いたるところにかかる巨大な虹はその臨場感 を確かなものにした。 ブラジルへ同じ車で引き返し今度は、ブラジル側の滝を見学した。 ブラジル側の見学路は、地形に沿った階段で上下するのが基本であ ったが、一か所滝壷近くまで伸びている見学路は、人工的に作ったも ので、上からの水しぶきが大変で、近くでビニール製の透明なレイン コートが売っていたから、それを買って見学路の先端まで歩いて楽し んだ。上から流れ落ちる滝をみながら、まるで暴風雨の中を 喜んでいるような見学者の光景であった。 20:12 TAM 航空 JJ3168 便にてサンパウロへ向かう。 22:05 サンパウロ着。ホテルへ。 7/18(木) *我々の訪問が早速 18 日の朝,日系の新聞「ニッケイ新聞」のいわゆる三面 に写真入り 6 段抜きで出た。もちろんすべて日本語の新聞である。 秋田県人会「わか杉会」8人を歓迎 というタイトルであった。 08:30 サンパウロ市内視察開始 09:00 開拓先没者慰霊碑参拝。一行 8 名と川原添乗員はサンパウロで最も 大きな市民公園を散歩しながら後援の中にある慰霊碑に向かった。公 園内はよく整備された大きな木の繁る中を、市民が散策しており、ジ ョギングする人々の姿が多く見られた。ときおり白っぽい花を枝の先 に付けている大きな木があったが、川原さんは、あれがイッペーとい う花でブラジルの国花だといった。記憶に間違いがなければ、白、黄 色、ピンクの 3 色があるのだそうである。私は公園内に落ちているイ ッペーの黄色い花を一つ慰霊碑のパンフのなかにはさんだ。慰霊碑の 下の半地下は納骨堂のようになっていて、皆でお参りしたが、墓守り の日本人の老人がわれわれ一人一人の腕をつかみ、ゆすりながら、 「日 本の若者の教育をよろしく頼みますよ!」と言われた。胸にドーンと 響くものがあった。その老人は 82 歳とのことであった。 専用車で、市の中央へ向かった。まるで、ヨーロッパへ来たような 建造物が目を引いた。カトリックのセー教会、パティオ ダ コレジ オ教会はすばらしいものだった。修学旅行なのか 100 名以上の高校生 の集団が広場で騒いでいた。私は、広場の大きな鐘をゆっくり3回鳴 らした。いい音がして広場全体に響いた。誰からも文句も出なかった。 車を市営市場の近くへ付けてもらって皆で市場のなかをあるいた。日 本に比べて、果物や魚の種類が豊富で活気があった。 昼食後、独立記念塔と日本移民史料館を回った。 7/19(金) 08:00 サンパウロ市内にある「ブラジル日本戦後移住 60 周年祭」式典会場 へ移動。会場はサンパウロ市イミグランティス講演会場で開かれた。 参加者ほぼ 500 名。会場には、オーケストラもあった。 10:00 式典開始 ・開会宣言 実行委員長 川合 昭(秋田県人会会長) ・日伯両国国歌斉唱 ・日系人歌手井上祐美による「ソウジャポネザ(日本をたたえる歌)」 ・式典挨拶 ブラジル日本都道府県人会連合会会長 園田昭憲。 ・東日本大震災被災県代表挨拶 宮城県副知事 若生正博。 ・サンパウロ州議会からの記念表彰を日系 36 企業が受けた。 (高岡建設、ブラジルNEC、戸田建設、トヨタ、ホンダ、小松製作 所、IHI, ヤクルト、味の素、SONY, TOSHIBA, Panasonic, な どを含む日系 36 企業) ・表彰者代表謝辞。 ・来賓挨拶 A 国際協力機構 JAICA 理事 黒柳 俊之 B 在サンパウロ日本国総領事 福嶌 教輝 C サンパウロ州議会議長 サムエル モレイラ D 日本国全国知事会 新潟県知事 泉田 裕彦 E サンパウロ州知事 アウキミン F ブラジル国大統領 チ”ルマ ルセフ ・日系人歌手井上祐美による歌「笠戸丸」 ・記念演奏会 「ふるさと」「荒城の月」ヒューマン・オーケストラ 12:00 閉会 閉会後我々は、日本祭りの屋台で昼食をとった。その後二つあるステージ の一つで工藤雄一が「ラジオ歌謡」を歌える余裕は無いかを川原 純ツアー 添乗員に調べてもらったら、はじめは、予定はすでに何カ月も前から満杯 になっていて、入り込むすきは無いようなことを言われてがっかりしたが、 川原氏の努力で、2 曲なら入れてあげるということになり、二つのステー ジの一つで、歌うことになったのである。私は、 「山小舎の灯」と「あざみ の歌」を歌うことにして伴奏のCDを音響係に渡して順番を待った。川原 氏が「すぐあがれ」の合図をよこしたのでステージ中央に進み2曲を精一 杯歌った。広大なお祭り広場に鳴り響くような大きな音が流れた。ステー ジから降りるとフロアで我々の訪問団の全員がある車いすに乗った女性を 取り囲んでいた。佐々木千鶴子団長の言葉によれば、 「この方が、先生の『あ ざみの歌』に合わせて泣きながら歌っていた」というのであった。私が本 人に聞いたところ 90 歳で北海道は北見の出身ということであった。何十年 ぶりに聴いたあざみの歌がなつかしく一緒に歌ったというのである。名前 をどこかにメモった。 その方は、河野シズエさん(90歳)で、北海道北見市留辺蘂(るべしべ) 町の出身であった。 その夜、我々が宿泊したホテルのある通りでラーメン・餃子店「あすか」 を経営している伊藤 武さんのおごりで全員が同じ通りにある日系のレスト ラン ばん「伴」に招待された。伊藤さんは、秋田工業高校の出身であった。 そこで出された刺身やにぎり寿司は、日本のものと全く変わらずおいしいも のであった。その時に同じく招待された女性がいた。塚本恭子さんだった。 彼女は、50 歳ぐらいで能代市出身ということで、サンパウロだけでなくブ ラジル全土で人気の女優さんだということであった。まさか映画で有名な人 とは!流暢な能代弁が飛び出したのには恐れ入った。この人が大きなネット ワークをもっているので、ラジオ歌謡をブラジルで広めるには今日の伊藤社 長や塚本さんが最適の協力者になると思う、と川原さんがいうので大いに話 した。足がかりができた感があった。 7/20(土) 午前、朝市とスーパー見学。午後買い物と帰国準備 19:00 レストランで軽い夕食後、空港へ送迎。 21:00 ガルーリョス空港チェックイン 7/21(日) 01:25 エミレーツ航空 EK262 便でドバイへ向け出発 22:55 ドバイ着 乗換え 7/22(月) 02:50 ドバイ発 エミレーツ航空 EK262 便で成田へ 17:35 成田着、東京泊。 7/23(火) 昼こまちで秋田着。 7/24(水) *男鹿海フェスタにて、男鹿ラジオ歌謡を歌う会例会のまえに、工藤雄一ソ ロコンサートがあった。会場 男鹿ハートピア 1. 浜辺の歌 2. 出船 3. サロマ湖の歌 4. 長崎の鐘・新しき朝の(古関バージョン) 5. イヨマンテの夜 アンコール 「おものがわ(雄物川)」 7/31(水) *童謡・抒情歌・ラジオ歌謡コンサート(主催あきた童謡・愛唱歌・抒情歌 を楽しむ会)の第3部「おもいでのラジオ歌謡より」において、工藤雄一 がソロや同会合唱団のリーダーとして以下の曲を歌う。 会場 なかいち にぎわい交流館 15:30∼ 1、さくら貝の歌、2、山の煙、3、白い花の咲く頃、 4.あざみの歌、 他 8/26(金) *NHK交響楽団秋田演奏会 8/31(水) *第7回全国ラジオ歌謡音楽祭実行委員会(保戸野コミセン) 9/01(水) *横手ラジオ歌謡を歌う会創立5周年記念祝賀会(横手まつよ会館) *村越光男理事から ラジオ歌謡 705 続便⑨(編集 村越光男、細谷幸世、塚越 亨) 昭和 23 年「放送文化」7月号の記事より ラジオ歌謡の性格と扱い方 中山卯郎 (音楽演芸課) 「ラジオ歌謡」の狙いはなんですか、と質問されると、固い教科書のよ うな歌ではなく、低俗な歌謡曲でもなく、その中間をゆくような上品な面 白い歌です、と答える。 このように答えるだけなら簡単至極なのだが、いざ実際に放送する段にな って、果たしてこう簡単にゆくだろうか。いうまでもなく、こんな狙いの歌 は、実際に歌われるか、歌われないかによって生命がきまるのだし、これは また、その歌が面白いか面白くないかに よって左右されてしまう。 ラジオ歌謡として狙う歌の性格が、必ずや存在することは事実だし、こ の放送の関係者はそのつもりで放送をしているのであるが、具体的には「ラ ジオ歌謡」のレッテルが問題になる以前に、何々という歌自身が問題になる のだから、結果として見るならば、数多くの歌を作成し、発表し、それによ って大衆の反響を試してみて、比較的多く歌われる歌が幾つか生まれれば、 それを「ラジオ歌謡」と称するより他はないとも考えられる。 現在のラジオ歌謡の内容を検討してみると、やや上品なホームソングとい ったようなもの、従来の歌謡曲調のもの、以上の二つに大別できるだろう。 しかし、ここでは以上の二つのものに質的な高低をつけようとは思わない。 「ラジオ歌謡」として、両者それぞれの中にも効果的なものもあれば、そう でないものもあるからで、問題はおのずから「効果的」という点に結びつい てくる。 一例として、なまじっかなホームソングよりも、一般に歌謡曲調のものの ほうが、はるかにヒットする可能性は強い。だから放送して、なんでもいい から広く歌ってもらうためだけだったら、方法は簡単である。 ここで歌のもつおもしろさ、即ち魅力が重大な要素になってくる。ふと耳 でとらえた歌の魅力、これが総てを解決する。魅力の有無がその歌の一切の 死命を制してしまう。 現在のような場合、大衆は新しい歌に接するのに、楽譜という視覚的方面 からは殆ど締め出されて耳からのみ取り入れるしかない。そして適当に繰り 返して聴く機会があれば、自然にその歌に馴れてくるものだ。 次第に歌詞が覚えられると、その歌の最も印象的な部分にまず喰いつく。 これが最も魅力ある部分、いわゆる「さわり」なのであって、この部分こそ、 おのずからこの歌がよい意味での大衆性と低俗性の二つの性格のいずれを 指しているかの明瞭な鍵になるのではないかと思う。 一般に歌謡曲の形式に必要以上訓練された大衆の耳は、この際その歌の内 容が低俗極まるものだったならば、当然そこに低俗極まる魅力を見出すだろ う。それで、この特殊な耳をある程度利用して、幾分上品な歌謡曲で聴衆を ひきつける行き方が今まで度々試みられて来てはいる。 さらに、戦後の軽音楽の全盛によって育まれた感覚が取り入れられ、別の 角度から新たな魅力を追及して、聴衆との直截な結びつきをねらっている。 然し、いずれにしても、聴く側に立つ人々に対して、その歌を覚えてもら うための手段であると同時に、それを歌う人がそこに真の魅力、すなわち、 歌うことによって起こるある創造的な魅力を感じさせるような余地が設け られてなければならないと思う。 旋律、リズム、これ等と歌詞の内容の結びつきが完全な作品であるならば、 その歌詞が、すなわち同時に旋律が低俗なものなら低俗なだけに、歌う人々 の最も低俗な心の部分にのみ、端的に結びついてしまって余すところがない。 一方、美しい魅力を持った歌に対しては、必ずやその美しさに対して感じ られる広い創造の余地があるだろう。もちろん、歌う人によって、その創造 の度に強弱もあり、あるいは種々雑多なものになるかもしれない。しかし、 この創造こそ歌う人の真の魅力でなければならない。ラジオ歌謡の守るべき 性格の限界こそ、ここにあるのだと思う。 「ラジオ歌謡」は歌われるか、否か。これが現在、当面の問題である。歌 謡なるものが、いくらこの世に満ち溢れようとも、これ以上新しい歌は不要 だということはあるまい。 かつてはレコードが巷にあふれて、大衆歌謡の種子の散布に機械的農具の 役割を果たしたが、そのときですら過剰的な存在は歌そのものにはなくて、 レコード自身にあった。 しかし現今は、そのレコードすら昔日の隆盛をとり戻してはいない。しか も大衆の娯楽施設がまだ十分な水準にまで遠く及ばない状況だとすれば、ラ ジオの放送歌謡の存在が、いやが上にも大きくなる。 昔の国民歌謡の時代から種々の試みがなされ、その中の若干は広く愛唱さ れてきた。現在のラジオ歌謡はいかにしたらそれ以上の成果をあげることが できるだろうか。このような性格の歌にとって大衆の支持がなければ、無意 味である以上、大衆にまずその歌に馴れてもらうことが必須であって、その ためには「ラジオ歌謡の時間」にラジオ歌謡として放送することのみに終わ ってはならない。 ことに現在のように、以前より指定の放送時間が少ない場合は、これのみ に終始しては「ラジオ歌謡」という特殊な枠にはめ込まれた、特殊な歌とし ての印象が先立ってしまって、結局、ラジオ歌謡とは煮え切らない歌、つま らない歌、の代名詞に堕してしまわないとも限らない。現在は、ラジオ歌謡 を強力に普及させるべきチャンスでもあり、その危機でもあろう。 この点を解決する放送形式は、今後の課題となっている。それで、もし許 してもらえるならば、残った紙面でこれに関して思いつくままを述べてみた いと思う。 ○ ○ ○ かっては、この種の歌謡をできるだけ広く、早く普及したいと念願して 指導放送をやった。戦時中はこれが一つの道具となって、半ば強制的にさ え行われた。ところが、一般の聴く人の立場になってみると、何か無理強 いされているようにも思われるので、現在では幾つかの新作の歌をたびた び放送して、聴取者の人たちに好きなのを選んで勝手に覚えてもらおうと いう行き方を採っている。 さらに、同じ歌を週に何回も放送することは、プロ面からみてもよくない という考えもあって、できるだけ多くの歌を作って披露に及んでいるわけだ が、この当事者の考え方が聴く側の立場になれば、ただ3∼4曲制作歌謡を 聞かせる時間なのか、くらいにしか関心を持ってくれないかもしれない。 せっかくの新作の一曲一曲が、当事者の目的と異なって非常に希薄な印象 しか与えない結果になっているのではあるまいか。 ここで、本来の趣旨をさらに印象的にする方法が考えられる必要性がある。 かつての詰め込み式でなく、歌全体を幾度も繰り返して、ときにはその歌の 持つ雰囲気に適った情景描写を実地にロケーションして、歌の内容を別の角 度から歌う気分にマッチさせて挿入したり、また、その歌が特定の聴衆層を 狙ったようなものだったならば、特定の家庭ないし職場をとくに背景にして、 その歌を一家の人々、職場の勤労者の人たちが歌う情景を録音して出したり、 その他いろいろ指導ならざる指導の形がありうると思う。 また、特にラジオ歌謡の独唱者として男女2名ぐらい、清新な感覚の歌手 を専門に起用することも、聴衆との結びつきの一方法だと考えている。これ は、一般の人々が、とかく陥りやすい人気歌手の猿真似を防ぐためにもなる だろう。 さらに、もしラジオ歌謡が真に大衆とともにあるべきならば、ラジオ歌謡 のみのラジオ歌謡でなく、優れた作品はどしどし適宜、他の時間や、ときに はスポットとして放送できるような、特定の短い放送時間を作って放送する ことが早道ではあるまいか。 できるだけ早く、その歌に聴衆が馴れるためには、回数を多く放送する以 外方法はないわけだから。 ○ ○ ○ 最後にぜひ実現したいことは、ラジオ歌謡の放送と併行して、直ちにそ の楽譜を印刷頒布することである。かっての国民歌謡はテキストという廉 価な楽譜がそのつど出版されて、全国的に売り出された。 このような、放送に対する裏づけは非常に強力なもので、 「椰子の實」も 「朝」も「白百合」も、全国的に歌われた大きな原因がここにある。これ は、たとえ旋律と歌詞のみでよいから出したいと願っている。新しいラジ オ歌謡を放送するたびに、その楽譜を希望してくる投書が多数にのぼって いる。ラジオ歌謡を普及させることと同時に、音楽の知識が楽譜を通して 学べることの意義の重大さが、国民文化の向上にどれだけ與って力あるだ ろう。 しかし、結論としてはなんといっても、よい歌、優れた作品の作成が根本 問題なのだから、先ずラジオ歌謡としてふさわしい、魅力ある作品をどしど し作りたいと思う。すべての議論も、それ以後の問題なのだから、思いつく ままを書いてみたが、社会全体から考えて、まだまだ考究すべき種々の性格 を、ラジオ歌謡は包含しているのだが、それについては別の機会にしたい。 なお、ラジオ歌謡の放送内容について、種々ご意見を寄せていただければ 幸いである。 (会長コメント: この長文をはじめに「放送文化」昭和 23 年 7 月号から、 筆記して送付してくれたのは、村越光男理事であった。NHKにおける「ラ ジオ歌謡」番組制作担当者の生の声として「ラジオ歌謡研究」にとって、 大変貴重な資料である。なお、705 続便⑨では、活字化されているが、そ れと上の文は全く同一ではない。) 昭和 27 年「放送文化」12 月号の記事より(一部加筆) 「ラジオ歌謡」懸賞募集入選曲 NHK では受信者 1,000 万達成を記念して、「ラジオ歌謡」を広く一般か ら募集したが、以下の3つの曲が入選した。なお、NHK の依頼により補作 および編曲が行われて放送されたものである。 1. 星と野ばらと太陽と(R377)昭和 27 年 11 月 10 日から放送 森山紀美子 作詞、西條八十 補作 石山 尚 作曲、服部 正 編曲 片岡和賀代 歌 2. 麦踏みながら (R378)昭和 27 年 11 月 17 日から放送 関根利根雄 作詞、土岐善麿 補作 玉利 明 作曲、安倍幸明 編曲、 富田正牧 歌 3. 木枯らしは窓に吹いても (R379) 昭和 27 年 11 月 24 日から放送 高槻百合子 作詞、深尾須磨子 補作 天津 昇 作曲、北村維章 編曲、 坂元芳子 歌 (会長コメント: このデータは、細谷幸世理事が調査したものをもとに 一部加筆したものである。なお、出版譜のNHKラジオテキスト(全音楽 譜出版社発行ピース譜)には、この3曲はすべて、作詞ではなく、作詩と なっている。調べてみると R390「破れた蝙蝠傘」までは作詩となっていて、 なぜか R391「はるのゆき」以降のピース譜はすべて作詞に変わっているこ とがわかった。) 第7回全国ラジオ歌謡音楽祭には、全国各地から参加して下さいました。そし て、なんと、300通を超えるアンケートが寄せられました。これはとりもな おさずラジオ歌謡を愛する方々の声といえましょう。すべてをご紹介できない のが残念です。( )は、お書き下さった方の年代を表します。(注:具体的 に書いて下さった方のお年はそのまま記載) ・毎度聞かせていただいております。どの曲も懐かしい曲ばかりで当時を思い 出しております。ラジオでもテレビでも曲が流れれば、ああと思い出してお ります。何度か音楽祭に参加していますが、私の知っている曲で「初春音頭」 と「キャンプの唄」を、もう一度聞きたいと念じております。 キャンプ キャンプは白樺木かげ 霧の中から 日はのぼる お花畠に来て啼く鳥の 唄であけるよ ヤッホー 山の朝 ヤホー ヤホー ゴヒキの?のみねだ キャンプ キャンプで谷川べりで 飯ごうたく火に魚はヤマメ 夕げは楽しくたそがれる ヤッホー ヤホーヤホー 夕焼け雲だ キャンプキャンプで月の出頃は 若い心が輪になって キャンプファイアーで唄って踊りゃ 山は我等のパラダイス ヤホーヤホーヤホー きらめく星だ(88) ・娘と二人で、楽しい懐かしい時を過ごしました。素敵な思い出多いラジオ歌 謡を、皆が望んでいることでしょう。(88) ・大変楽しかったです。ありがとう。(86) ・やっぱりオーケストラの伴奏があればこそ、皆さんの歌声も殊更迫力があり、 聴き甲斐がありました。風邪を押してでも来てよかったと思います。(83) ・今迄よりも出演者が多く、楽しみました。来年も生きていましたら又参りた いと思います。(80) ・オーケストラで歌うのは初めてでした。楽しい時間、本当に有難うございま す。もう 80 歳となり、あと何年来ることができるかと……。心に残る歌をあ りがとうございます。沢山歌わせていただきありがとうございます。(80) ・心の歌、いつもありがとうございます。 「今年」終わると「来年」を楽しみに しています。 「去年」は来ることできませんで、大変残念でしたが、今年は身 体に気を付け、参加できたことを嬉しく思っています。又出席できるよう頑 張ります。今日は本当におめでとうございます。(80) ・素晴らしかったです。特にエレクトーンの長谷川さんに、よろしくおっしゃ って下さい。来年も期待しています。(77) ・今年で 3 回目の参加です。来年は県民会館でとのこと、楽しみにしています。 元気でがんばって下さい。大変良かったです。(70) ・懐かしさで涙ばかり出て困りました。年々レベルが上がり、嬉しい。 (70) ・あまりのすばらしさに感動しました。(70) ・会場が一体となる音楽祭、素晴らしい。独唱の二期会の発声のすばらしさ、 アイルランドの歌にはジーンと来ました。(70) ・年とる毎に懐かしく聞いています。毎年楽しみにしています。(70) ・初めて参加させて戴きました。 こんな楽しい会がある事を知らなかったの が、もったいなかったです。(70) ・楽しいプログラムでした。来年も参加します。(70) ・大変懐かしく、時代を想い起こしました。同時に声を出して歌ってみたい気 にもなりました。こうした懐かしい歌を後世に伝えていくことの意義と、そ の大変さに改めて感激いたしております。今後一層の盛会をお祈りいたして おります。(70) ・音楽の原点に返ったような気がして感激しました。来年も是非拝聴したいと 思います。(70) ・すばらしい歌声、身も心も洗われるようでした。久々になつかしい思い出の 曲を口遊む事が出来楽しい一日をありがとうございました。来年もかならず 来ます。最後は大声で歌えてとても嬉しい。(70) ・聞いて楽しく、歌って楽しく、最高の時間を過ごさせて頂きました。(70) ・皆様、今日はご苦労様でした。私たちの大好きな歌ばかりで、大変楽しく聞 かせてくれてありがとうございました。これからも又聞かせて下さい。 (70) ・最近は、ラジオ歌謡を聞くことはなくなり、今日は、幼き日、家族で何も無 かった時代だけど、日曜日のNHKのど自慢を、さつまいもを食べながら聞 いたことや、父母を懐かしく思い出し、楽しくしんみりしたり、声を出した り…と嬉しい時間ありがとうございました。来年も楽しみです。(70) ・大変楽しく聞かせていただきました。皆さんすばらしい声で…!お年の割に よく出ますねぇ!(70) ・知らない歌や、懐かしい歌…心も豊かになったような気持ちになりました。 これからも愛して行きたいと思いました。本当に楽しく感動しました。 (70) ・初めて聞く歌もありましたが、懐かしい歌が沢山あり、とても楽しい時間を 頂きました。なによりも皆さんと一緒に大きな声を出して歌えて嬉しく楽し かったです。(70) ・全国ラジオ歌謡音楽祭開催おめでとうございます。心よりお祝い申し上げま す。すばらしい名曲、名演を楽しませていただきました。又、大勢の会場の みなさんと一緒に懐かしい歌を歌わせて頂きました。特に「淋しい時は」は 50 年ぶりに歌いました。工藤会長ご自身での熱唱「たそがれの故郷(ふるさ と)」は心にしみました。又、後閑昌子さんが歌われた「我が家の唄」は初め て聞きましたが、胸の熱くなる思いがしました。すばらしい音楽祭をありが とうございました。(70) ・今回初めてですけど、最高でした。又来年も来たいと思います。(70) ・ス・バ・ラ・シ・イ!もう胸いっぱいです。皆さん、感動する歌を聞かせて 下さり、本当に有がとうございました。また来年も頑張って下さい。(70) ・何回参加しても、お腹満杯です。ありがとうございました。(70) ・ラジオ歌謡には、これまでさほど興味はありませんでしたが、音楽祭として 全体の構成はもとより、出演者の洗練されたすばらしい歌の数々にあらため て感銘を受けました。まさに貴重な日本文化の宝だと思います。末永い発展 を祈ります。(70) ・前回の全国ラジオ歌謡音楽祭のCDを何回も聴いて、一緒に歌って、元気を もらっています。歌詞をところどころ書いて家事をしながら歌っています。 なかなか覚えられませんが楽しんでいます。今回も、知らない曲が多いよう ですが、覚えて元気をもらうつもりです。友人と一緒に音楽祭を楽しみまし た。元気なうちは毎年聴きに来たいと思います。第5部はとても楽しかった です。家にいても、どこにいても口ずさんで、元気になりたいです。また来 年、楽しみにしています。いい歌を聞かせて下さいましてありがとうござい ました。となりの人の大きな声にあわせて、私も口を大きくあけて、歌いま した。とても楽しかったです。 歩く時いつも歌っているのは、「朝はどこから」と「淋しい時は」です。「朝 はどこから」を、今度は、今日のように、元気に歌います。附中の三浦さん は、大きく成長しています。又会えるのを楽しみにしています。(70) ・今年もラジオ歌謡を聴ける喜びを嬉しく思います。懐かしい歌の数々は、ラ ジオでも聞く機会がありません。NHKも高齢者に合った放送を、このラジ オ歌謡を通じて強くアピールをしてほしい。この集いを全国の音楽愛好者に 伝えて下さい。来年も歌うことが出来ますように。今日一日、幸福な気持ち で過ごしました。ありがとう!(70) ・私は初めてラジオ歌謡音楽祭に来ました。大変りっぱでした。(70) ・私の生きがいのひとつです。来年は、友達をさそいます。ごくろうさまでし た。ありがとうございました。(70) ・合唱、ソロのすばらしさと、昭和の歌の明るさと(爽やかで)何か希望=前 向きに進もうとする気持ち=にあふれているようで、元気をもらうことがで きた感じです。ありがとうございました。(70) ・鶴岡のNHKであったレコードコンサートに参加して、ラジオ歌謡音楽祭の ことを聞き、さっそく秋田の知人に頼んでチケットを買ってもらいました。 とても楽しかったです。来年も友達をいっぱいさそってきます。(70) ・まだ聞いたことのない曲などを聞き、ラジオ歌謡の幅広さを感じました。楽 しい一日をありがとうございました。会場の皆様と共に唄えたこと(オーケ ストラの伴奏で)もとても楽しかったです。(70) ・久しぶりに昭和の歌謡を口ずさみ、古き良き歌を聞きながら、懐かしくもあ り、元気をいただきました。来年を楽しみにしています。(70) ・友人の紹介で 2 回目になります。楽しいひと時を、いろんなことを思い出さ せるコンサートで、上も下もなく、同等に歌い、あたかも主人公にでもなっ たような気分にさせられます。本当にありがとうございました。(70) ・素晴らしい音楽祭に参加させていただき青春に帰り、また過ぎし日の母を想 い、しばし涙も流しました。とても楽しいひととき、感動をありがとうござ いました。(70) ・昨年も満足して帰ったのですが、今年はまたまた最高でした。感激しました。 第 1 部から第 5 部まで、なんとすばらしかったことか!音楽に疎い私も楽し ませていただきました。企画も最高でした。来年は県民会館とのこと、健康 に気を付けて待つことにします。(70) ・私は 21 年度に初めてきました。22 年も一人。23 年は友達二人と。24 年は 3 人で。今年は 6 人で来ました。 ・とてもとても楽しい時間でした。知っている曲が 8 割からあって、共に歌え て良かった。来年も来たいです。(70) ・いつも思うのは、「母あればこそ」「淋しい時は」が一番肌に感じます。今回 は連続だったので猶更です。歌えないがメロディが好きです。来年は生涯の 最高の音楽祭になることと期待しています。今日一日幸せをくれてありがと うございます。今回のプログラム最高です。(70) ・こんなにすばらしい演奏会が催されているのに、機会がなく、今回初めてで す。あまりにもすばらしく感無量です。来年もぜひお聞かせ下さい。(70) ・続く限り参加したいと思います。(70) ・毎回、人の心を打つ歌曲に、合唱付きに感謝します。ソロは歌曲の世界でし た。すばらしい。回を重ねるごとにボリュームアップに敬服します。新曲披 露もあって結構でした。また、大変な盛会に驚いています。今後のご健勝と ご発展を祈念します。かつて、国民を奮起させた歌の数々の普及に感謝しま す。オーケストラ演奏付の歌は久々に聴く、歌詞付も親切。来場者側に立っ ているのに感動します。(70) ・また来ました。いつ聴いても素晴らしいです。心が洗われます。天に昇った 妻にも聴かせました(遺影)。多分満足したと思います。本当にありがとうご ざいました。いつまでもお元気で同じように聴かせて下さい。(70) ・演歌は、ラジオ、テレビで良く聞くし、自分でもたまにカラオケに行くが、 このようなラジオ歌謡を生で聞くことは少ない。高齢化に伴い声量が細くな り心細い。ラジオ歌謡の何曲かをCDで歌っていいのかと思います。(70) ・戦中、戦後を通して生きて来た自分、若い青春時代を懐かしく思い出す会で す。声も出なくなりましたが、心の中でハモッて楽しみました。(70) ・なつかしい歌を聞くたび、歌う時には、若い頃を思い出して涙が出そうにな りました。心が洗われるステキなひとときでした。(70) ・若い頃を思い出す良い機会でした。(70) ・懐かしい歌詞に涙が出ました。合唱の美しい声にききほれました。(70) ・毎年、昔を思い出し、感慨に浸って聴いています。 (時には涙のにじむ場面も あります。)身体の動ける間は毎年聞きたいと思ってます。(70) ・小さい時から歌うことが好きでした。今も毎日歌っています。ラジオ歌謡は 近い友達のような気持ちです。今後も参加します。友人や家族と共に。 (70) ・懐かしさに涙があふれるひと時でした。けど今年はオーケストラも加わり、 一段と重厚さも増すすばらしい会でした。来年は更に、全国的、いえ世界的 に広がる会となりますことを信じております。(70) ・戦後の混乱期に、 「森の水車」、 「朝はどこから」等のラジオ歌謡で、どんなに 心が癒され、力を得たか知れない。70 歳前後からの高齢者は誰しも同じ思い のなつかしい曲が沢山あり、今又、若い人たちに歌いつながれることは、今 の世相の中で大切なことを思い出させる良い事だと思う。会場一杯の人々も 何か人間の心の繋がりや、懐かしさで来られた高齢者が多いと思われ、体の 不自由な方や、酸素ボンベを引いた障害者も見られた。(70) ・今年も来ましたけれど、楽しく過ごさせていただきました。昔の懐かしいラ ジオ歌謡は、何時いや何回、何年聞いても楽しいものです。来年も元気でい て、来たいと思います。(70) ・なつかしい歌の数々に感動の連続でした。発掘して広めた工藤先生のご苦労 に感謝です。(70) ・こんなに大勢の人が聞いているとは!今後とも期待しております。(70) ・私は声を出したいために、いつも来ています。(70) ・楽しかった。ラジオ歌謡は聞いても飽きない、歌っても飽きない。(70) ・若い頃からラジオの放送を楽しみに聞いておりました。歌詞を手帖に控えて、 いつも口遊んでいました。今までこんな会があるのを知りませんでしたが、 今回お友達に券をいただいて参加しました。久々に大声を出して皆と歌えて とても良かったです。(70) ・本当に楽しかった。友達にも今日の日を伝えます。(70) ・若かりし頃に聞いた歌で、懐かしさでいっぱいでした。昔は我が家ではラジ オを聞くだけで、テレビも無かったし、田舎でボリュームを上げていたのを、 今回しみじみ感じました。(70) ・オープニングの「皆で歌おう」がよかった。聴いてみると思い出せるもので すね。ラジオ歌謡の良さでしょう。皆さんの熱唱、すばらしい。第3部もな かなかの内容。松村さんの「ござ帽子」は初めて聞いたが、美しい歌ですね。 夫々の名唱に感動しました。第4部、オーケストラの演奏では圧巻。被災地 に力強いエールになったと思う。第5部不朽のラジオ歌謡。大切にしたい。 関係者のご努力に敬意を表します。(70) ・懐かしい歌を聞いて、とってもいいです。今の若い人は、自分もわからない、 人もわからない歌ばっかり、手足を動かすものばかりで、テレビも見ること はありません。(70) ・初めて参加。とてもすばらしく、皆さんから、こちらが力をもらいました。 機会があれば、ぜひ参加したいです。(60) ・感動、感動の一言でした。夫も楽しげに口ずさんでました。至福のひととき をありがとうございました。なまはげオーケストラ最高でした。(60) ・すばらしかった。若い人を育ててほしい。(60) ・第1部から第5部まで、全て聞き惚れました。特にソロの中学生三浦の歌声 は、将来も頼もしい限りです。今後もこういう若い人の清々しいラジオ歌謡 の継承を望んでいます。工藤先生の情熱を支えていく皆様の熱意のほとばし りに埼玉から来て本当に良い思いをしました。来年も秋田に来ます。(60) ・ラジオ歌謡はすばらしいと思いました。色々な情景が目に浮び涙が出ました。 このような会、もっと広げていけたらいい。非行も無くなるかも!(60) ・友人に誘われて初めて参加させていただきました。とてもなつかしい歌をあ りがとうございました。小さい頃がなつかしく思い出されました。歌うこと のなかった歌を思いっきり大きな声で歌って心がほっこりしています。(6 0) ・60代前半ですが、第1部では1曲。第5部では4曲しか知りませんでした が、何かおぼろげに、どこかで聞いたことがある様な懐かしい様な気持ちで うっとりしました。歌詞がとても美しく、特に「母あればこそ」はジーンと しました。皆様とても歌を愛しておられる方々ですね。(60) ・大変良かった。大好きな曲が多く、とても楽しめました。最近BSで、この ジャンルの曲を聴く機会が増えましたが、まだまだ少ないと思います。今日 はすばらしい時間を頂き感謝しています。心豊かな一日となりました。 (60) ・とても楽しかったです。21年生まれなので、知っている曲もあり、一緒に 歌えて、来年の9月7日も又参加したいと思いました。今度は皆さんのお顔 が見えるように前の席に座ろうと思います。(60) ・今回2度目です。この度は、友達を誘って来ましたよ。これからも楽しみに しております。がんばってください∼∼(60) ・日曜朝のABS佐藤美知子さんの司会の番組で、工藤さんが言っていました ので、すぐ入場券を求めました。思ったとおり良かったです。とても小さい 頃聞いた思い出があり、懐かしかったです。工藤雄一さんのお声はすばらし いですね。いつまでもお元気で皆さんに聞かせて下さいね。ずっと続いてほ しいラジオ歌謡音楽ですね。(60) ・初回の時から3回目。友人からお誘いを受けました。とても素晴らしいし、 次回も聞きたいと思いました。(60) ・毎回感動して、来年も又聞かせて頂こうと思い、帰路につきます。皆様、お 元気でいつまでも続けられることをお祈りしております。(60) ・楽しい音楽祭でした。私の父母の時代に口ずさんでいた歌で、父母を想い出 しました。又、自分が知っていると思い、歌ってみましたが・・・・また、 思い出しながら歌ってみたいと思っています。(60) ・ラジオ歌謡音楽祭を続けていることは素晴らしいことだと思います。末永く 続けてほしいと思います。感謝!(60) ・半分位はわかる歌だった。たのしかった。(60) ・昔を思い出し、父母の姿が目に浮かびました。歌は元気の源です。すばらし いと思います。オーケストラの参加は最高でした。(60) ・昔が思い出されて、とても感激しました。最後に観客と一緒に歌ったことが 満足でした。(60) ・この会のことは前から知っていたが来れなかった。この度友人に誘われ嬉し かった。昔から好きでラジオで聞いていた。会場の皆と一緒に歌うことが最 高でした。本当に楽しい時間を過ごせました。(60) ・なつかしさと共に楽しい時間を過ごすことが出来ました。ソロ、オーケスト ラも心に残りました。ラジオ歌謡の保存を心より願っています。(60) ・今回初めて参りましたが、忘れかけていた歌々を思い出し、つい口ずさんで いました。ただ感動でした。もっと前から来ていれば良かった。今までとて も損をしていたんだなあ……来年も忘れず来たいと思います。(60) ・とても感動致しました。音楽は心の窓、忘れかけていた日本人の心、パワー と心をいただき、ありがとうございます。清らかな風景をおもいうかべなが ら、とってもいやされました。(60) ・大成功!おめでとうございます!!開場時間前から長々と続いて待って下さ っている方たちの列を見た時から、私は感激でいっぱいでした。こんなに沢 山の皆様が楽しみに待ち望んでおられることは予想しましたけれど、とても 嬉しい光景でした。(60) ・わからない歌がありましたが、すばらしいメロディに感動しました。(50) ・小・中学生も参加して、活気あるものにしてほしい(団体で)(50) ・年を重ねても、すばらしい歌を歌いつないでいることと、その歌声に感動し ました。日頃の忙しさを忘れ、ステキな歌の一曲一曲が心にしみて、一緒に 口ずさむ歌は少なかったものの楽しいひとときを過ごすことができました。 是非来年の 9 月 7 日にも来たいと思います。50) ・母が男鹿ラジオ歌謡を歌う会でお世話になっております。今日も本当に楽し そうで、ラジオ歌謡あればこそ、母のパワーがあるんだと。工藤先生も、今 日も全身で音楽を表現されていました。昨年よりも更にパワーアップしたコ ンサートでゆっくり楽しませて頂きました。(40) 編集後記 音楽祭もさることながら、ラジオ歌謡に関する色々な「想い」が、新しい方から 届くようにもなっております。 「アナタ」からも、お待ちします。次回の発行は、 2013 年 12 月末を予定しております。お楽しみに! 送り先 日本ラジオ歌謡研究会事務局 〒010-0041 秋田市広面字碇63−2 Fax 018-833-9960 編集担当 日本ラジオ歌謡研究会理事 工藤 知子
© Copyright 2026 Paperzz