こちら

はじめに
今日のレクチャーでは、最近の作品について主に語
「アラーの女たち」
この最初のシリーズですが、これは私が初めて作
りたいと思いますが、まずその前に私の作品がどのよ
り出した写真です。
「アラーの女たち」
というシリーズで、
うにこれまで展開してきたか、これは観念的にも技術
1993年から1996年の作品です
。
的にも、比較的短い期間の間に展開してきたわけで
これは私がイラン革命後、初めて私の祖国を訪れ
すが、アーティストとしてどのようなことをしてきたかにつ
た時の作品です。私は実は10年間、祖国を離れて
いて述べたいと思います。
おりました。ですから、イランを離れて海外に在住して
私がプロのアーティストとして作品を作り始めたのは
いるアーティストがまた祖国に戻ってきたとき、社会的
実は1993年からで、それ以前はほとんど作品を発表
にも文化的にも政治的にも、いろいろ非常に大きな変
していませんでした。大学を卒業してすぐには作品は
革が起こっていたのです。
作らないことにしていたのです。写真をやる前には絵
を描いており、1993年から写真作品を作るようになっ
たのです。こうして最初は写真作品から始めて、次に
ヴィデオへと移行し、そして現在はフィルムのインスタレ
ーションに重点を置いています。
ですから、そのそれぞれについて簡単に説明して
から、あるまとまりが、他の媒体へどのようにつながっ
ているのか説明したいと思います。私は一般的にいっ
て、媒体そのものはそれほど重視していません。むし
ろアイディアの方が重要なのです。いろいろと新しい作
品のコンセプトが生まれたとき、まず私はそれまでの自
この詳細については述べません。このシリーズの作
分のアイディアを構成しなおします。そしてそのように新
品の背後にあるコンセプトを、細部にわたって詳しく説
しく再表現していくことによって、次の新しい媒体へと
明しようとすると、たっぷり2時間はかかってしまうから
続き、それが私のアイディアを表現するのに最もふさわ
です。一応、この作品はイラン革命において、特に女
しい媒体になるのです。これがアーティストとしての私
性に対してどういうインパクトがあったのか、どういう影
のやり方です。また、私はそれぞれの媒体、例えば写
響があったのかを、私が研究したものです。
真、フィルム、ヴィデオにおいて、それほど技術的に優
れているとは思っていません。
イラン革命というのは、その背後にある理念は非常
に大きなものですが、まず研究の取っかかりとして、こ
主要なテーマは現代のイスラムで、特にイランにお
の文化の特定の分野に焦点を当てなければならな
ける状況をもとに様々な表現を描き出したものです。
いと考えました。私はこの社会では男性よりも女性の
イスラムの背後にある哲学的なものであったり、イデオ
方に、特有の文化がより顕著に表れていると考えてい
ロギー的なものであったりするのです。
ます。例えば女性の行動や、どのような服装をしなけ
ればならないかについて、様々な規約があります。そ
してこのような文化の中における女性を研究すること
で、イランの文化そのものを研究することができると思
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シリン・ネシャット
ったわけです。そのことが、社会との関係で女性を捉
ています。こうした自己犠牲の精神はイラン革命の中
え、これに焦点を当てようと決めたきっかけになりまし
で非常に一般的なものになり、ほとんど制度化され
た。
た理念といってもいいほどのものになりました。それ
はすなわち忠実な市民というもので、アラーの神への
愛と忠実の名の下に、自ら望んで物質世界と命を捨
てて死に向かい、なおかつ暴力的な行為まですると
いうものです。
同じ人間が、一方では神を愛し、神に身を捧げる
こともできるのに、他方では非常に暴力的にもなれる
ことに興味をそそられました。私にとっては、この両者
の間にある緊張が非常に面白かったので、それをこ
の一連の写真による作品の中で描き出そうとしたわけ
です。
皮肉なことに、このイラン革命は非常に女性を抑圧
し、従順さを要求した面があるわけですが、そのこと
でまさに女性が積極的に軍事に携わることになったわ
イラン革命について私が非常に関心を持った分野
けです。そこで、女性が例えば銃を取るというイメージ
の一つは、その中にある哲学、理念で、これらは西洋
との間に、対立も生まれてくるわけです。実際、イラ
的な視点から見ると非常に理解し難いものでした。
ン・イラク戦争のとき、女性は積極的に戦争にもかか
そして私は宗教的な理念やその精神性、あるいは政
わったのです。このように同じ女性の体が、同時に非
治と暴力が交錯するような理念、そうしたものの中に
常に暴力的な行為にも携わっていることに非常に関
ある曖昧さに、非常に関心を持ちました。
心をひかれ、これがこの「アラーの女たち」
のシリーズ
私が構成したこのようなイメージは、ある意味では対
の中で中心的なテーマとなったわけです。
立するパラドックス的な性質を持つものだと思います。一
方では女性の体には、非常に女性らしさやしなやかさ、
美しさがあります。そしてこのペルシャ文字は、聖なるも
のを表しています。そしてこれらは女性のヴェールととも
に、皆、政治的な意味合いを持っているのです。一方、
女性の持つ銃は、暴力的な理念を直接的に示してい
ます。こういう意味で非常に相対するものが並列してい
くというイメージを構成することになりました。これはある
意味では、非常に混乱を生じさせるかもしれません。
一方では非常に野蛮で暴力的、攻撃的なものに見え
ますが、片方では美しさ、無垢、精神性が非常に強く
表現されているのです。
このシリーズでは、主に殉教的な信念を取り上げ
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1996年になって、私は写真という媒体に非常にフ
ラストレーションを感じるようになりました。私の作品の
主題は直接政治的なものが多かったのですが、その
ことにも大変疲れてしまったわけです。そこで、私はそ
のような作品の作り方から少し離れ、もっと情緒的で
詩情豊かな、そして曖昧な表現の方に移りたい気持
ちになりました。もう1つは先程のペルシャ文字を使っ
たカリグラフィーの問題です。写真の中でカリグラフィー
を使うことは、翻訳の問題もあって難しくなってきたとい
う面もありました。
≪網の下の影≫
1997年に、私は大幅な飛躍を遂げようと思い、ヴィ
デオ作品へと移行しました。そして、2人のカメラマンを
連れてトルコのイスタンブールを訪れ、この≪網の下の
影≫という作品を作りました
。このヴィデオ作
品は、1つの展示スペースに4つのスクリーンを同時に
映し出すもので、黒いチャドルをまとったこの女性が、
4つの異なる空間を同時に走っていることになります。
ここで私が非常に関心を持ったのは、ジェンダー
(社
会的な性差)
とその空間の境界についてです。すな
わち性によって空間が分けられ、境界が定められてい
るということです。例えばイスラムの伝統にのっとれば、
公の場所は男性が主体になる場所で、プライベートな
空間は、すなわち女性の空間です。女性は伝統的に、
公の場に出るときは必ずチャドルを身にまとい、存在を
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シリン・ネシャット
隠さなければなりません。そしてチャドルをまとった女
性が、いろいろなタイプの空間に影響を及ぼし、また
その空間が女性自身に影響する、その関係に私は非
常に関心を持ちました。
この作品では、私は4つの異なる空間を使ったので
すが、左側にあるのはエジプトの公の場であるバザ
ールで、これは男性の空間を表しています
。右
側の方は、イスラムになる前のビザンチン時代のイスタ
ンブールの遺跡を示しています
。
前のスライドに戻っていただけますか。右側の方は
モスクで、これは非常に聖なる場所で
で、男女
にとっても、中立の空間といえると思います。一方、左
側が路地で、路地から家の中に入っていくという感じ
がありますので、これはプライベートな空間ということに
なります
。ですから、この展示室で見る人は、4
つのスペースの中心に立って、女性が4つの空間を無
目的に走っているという画像に囲まれるわけです。そ
して、女性が走っているイメージの中から、女性が持
っている不安感が感じ取られると思いますが、この不
安感を強調したかったのです。すなわち、この女性は
い、人はその間で見ることになります。観客は心理的
あちこちの空間を走っているのですが、どの空間にも
にも物理的にも、特別の方法で作品にかかわるように
安住できないという不安感です。
なっています。全体として理解するには、それらを代わ
る代わる見なければなりませんし、見損ねるところもで
≪荒れ狂う≫
てきます。通常、皆さんが映画をご覧になるときは、1
つのスクリーンだけを見るという受け身の立場になる
これは、1998年の作品で、今回こちらにも展示され
ている≪荒れ狂う≫という作品です
。これ
のですが、この場合はそうではなくなっています。
≪荒れ狂う≫を制作して、言葉のない私の作品に
は私にとって大きな転換になった作品で、
ヴィデオから、
とって、音楽が非常に重要であることにはっきりと気づ
直接フィルムで撮るようになりました。白黒の16ミリフィ
きました。途中で、音楽というのは私にとって、しばし
ルムでこれを撮っています。この時代から、私の作品
ば翻訳の問題があったカリグラフィー、文字や文章に
は物語性を持つ作品になってきます。ここで、私は静
とって代わるものであることに気づきました。
的なヴィジュアル・アートと、映画とを融合させようと考え
この作品の前提となったのは、イランの社会にお
ました。すなわち作品を目にしたとき、写真や絵画、彫
いて、特に音楽の場で女性の存在がないというジェ
刻が持っているインパクトが失われることなく、またスト
ンダーの問題です。すなわち、女性が音楽表現をす
ーリー性も感じられるというものです。
ることが基本的に許されておらず、パフォーマンス、公
このインスタレーションでは、2つの映像が向かい合
演やレコード録音をしたりすることが一切、女性には
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許されていないのです。この≪荒れ狂う≫という作品
この最初の≪荒れ狂う≫という作品を作った後で、
は、対立しあう概念をめぐって制作されています。例え
私は、イラン社会における男と女というテーマをさらに
ば黒と白、
男と女、
空の会場と聴衆で溢れている会場、
追求したいと思いました。ただし、直接政治的なもの
カメラが回っているところとカメラが1個所に固定されて
でなく、より哲学的な作品にしたいと思っていました。
いるところ、伝統的な音楽と伝統的でない音楽という
ように、相対するものが表現されています。
私は決して、既存のイスラム政権を批判するという
意味でこれを作ったのではなく、むしろ音楽を取り上
1999年に制作したこの作品は、初めて「叙事詩」
のスタイルを持ったもので、私の作品の中でも、その制
作スケール、登場人物の数、ロケーションの仕方にお
いて最も野心的なフィルムの一つだと思います
げて、男女のコントラストを表現したのです。片一方は
。撮影のために、先程の≪荒れ狂う≫を作ったと
それが許されている、片一方はそれが許されていな
きと同じチームで、私たちはモロッコのエサウイラへ行
いということで、音楽の分野におけるジェンダーの対立、
き、現地でキャストとして200人の人たちを雇ってこの
2分割性をここで表現したのです。ですから、それを
作品を制作しました。
表すために、ここで選ぶ歌や音楽が非常に重要にな
ってきます。
この男性歌手が歌っているのは、13世紀のイランの
私は、これは非常に興味深い、また時代を超えた
主題だと思っているのですが、イスラムの女性と自然と
のかかわりという問題を描いたものです。服装にしろ、
詩人、ルーミーの詩によるスーフィー派の情熱的な音楽
振る舞い方にしろ、イスラム女性は非常に人工的な枠
です。演じているのは私の友人のショージャ・アザリで、
組みの中で生きているように思われます。いわゆる宗
今日この会場に来ています。歌の声はシャラーム・ナゼ
教的な女性たちはほとんどの時間を都市で過ごして
リという、イラン在住の最も有名な歌手です。
男性歌手は、
きちんとした身なりをして、伝統的な歌
を歌い、共同体の中で、社会的に
「理想的な」男性を
表しています。彼のすべてが居心地のよい印象を与
えるのです。
男性の反対側に、女性が劇場に立っていますが、
これは問題をかもします。通常、ここで女性が歌うこと
は禁じられているからです。さらにまた、彼女が歌う歌
というのは、伝統的な音楽のルールをすべて破ってい
るのです。フリーなスタイルで、言葉に縛られず、絶対
的に即興的で、気が狂いそうでむしろ反抗的です。
作曲も歌っているのもスサン・デヒームです。
≪歓喜≫
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シリン・ネシャット
いるわけです。
次の作品は≪熱情≫です
。これは私
そこで、私は女性を都市や期待される社会的な条
の三部作のうち、最後の作品になります。この三部作
件から切り離して、自然の中に移そうと考えました。私
は先程から申し上げているように、男と女を対照させ
のシナリオでは、女性を一度、都市文明や宗教、政
た作品です。
権といったイメージからすっかり切り離して、女性の自然
性そのものを発見してみたかったのです。
この作品のテーマ、
「熱情」
は、イスラム社会の男女
の間にある大きなタブーを取り扱っています。それは、
これもまた、女性と男性を向かい合わせに投影して
いるのですが、男性は初めから終わりまで、ほとんど
大砲のある要塞に位置しています。この迷路のような
要塞は私にとって、イスラムの空間、特に男性的なもの
を象徴するようなものだと思います。すなわちイスラムの
イデオロギーで重要視される境界線とか、戦いという
ものを示しているのがこの要塞です。男性は行政的
な白いシャツをまとい、ばかげた目的のない行動をして
います。
ストーリーは、女性たちが砂漠から海へ向かって旅
立つということです。その中の何人かが、ボートに乗っ
て出発して行くというものです。この女たちの出発とい
うのは、例えば最終的に自殺になるのか、自由へと向
かうのかは明らかではありませんが、非常な勇気を意
味しています。一方、残った女性たちは、犠牲という
考えを示しています。
≪荒れ狂う≫と同じように、男性は終始、非常に予
想できるような空間で、予想できるような活動を行うの
です。一方、女性は危機的な状況に直面し、行動に
出て、そしてどこかに出発して行く、そこから去って行
欲望、愛情、異性に対する憧れや熱情に対するタブ
くことになります。
ーです。このタブーというのは、長年にわたり恥や罪
≪歓喜≫は、≪荒れ狂う≫よりも、より視覚的になっ
と結びつけられてきたため、実は非常に個人レベル
ています。物語の中心は、様々なイメージと動きで表現
でも、また公のレベルでも、人々の心の中に深く根づ
されています。私はこの作品を、ダンスの振り付けをする
いているものです。
ようにして作りました。男と女の様々な動き、互いの関
係などが物語を作る上で重要になっています。
最初のシーンで男と女が誰もいない交差する道で
すれ違います。男女の間には強い摩擦があるのです
が、お互いにこの男女は話も交わさなければ、接触も
しないのです。後にまた偶然再会するのですが、今
≪熱情≫
度は全く最初のシーンとは逆で、すなわち非常に大
きな、公的な集会の場で再会するのです。この集会
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では、黒いカーテンで仕切られています。男女はカー
テンを挟んですぐそばに座ります。しかし、この集会
は何なのかはっきりはしません。宗教的、政治的な
集会にも見えますが、一方で演劇的なものにも見え
ます。
このフィルムの中では、素性が明らかではない、ある
いかがわしい男性が大衆に向かって罪ということにつ
いて話しかけ、説いています。セクシュアリティや欲望
によって生じてくる罪について語っているのです。この
男の人はコーランの一節、ヨセフとズレイカの話を引用
して話しています。いかにこの種の罪は恥ずべきこと
か、こういう欲望は抑圧されなければならない、と説く
のです。
この大衆に向かって語りかけている男は、宗教、権
威、社会を象徴しています。私たちは主役の男女が
そっと視線を交わすのを目にしますが、彼らが味わっ
ているジレンマに直面することで、基本的な人間の性
質と社会的な規制の区別をすることになります。作品
は、主役の女性が集会の場所から立ち去るという抗
議で終わります。
感情的、心理的状態に基づいています。その間を行
ったり来たりして物語を語っていくというものです。ここ
≪独白≫
で私は、異なる2つの社会の類似性や相違を描こう
としているつもりはありません。そうではなく、この2つ
これは1999年にトルコとアメリカで撮影し、制作され
た≪独白≫という作品です
の社会の対照を見せたいと思ったのです。一方の西
。≪荒れ狂う
洋の世界は、非常に個人主義的で、分離された寂し
≫や≪歓喜≫と同じように、2つの画面が向き合うよ
い社会であり、他方は非常に共同的・集団的な社会
うに映写されますが、
トルコとアメリカで撮影された映
ですが、非常に息苦しいという社会でもあることを示
像がそれぞれに映し出されています。
しております。
今回はこれまでと完全に違った種類の相対するも
この作品では、建築物が重要な意味を持ってきま
のを取り上げています。ここでは様々な相対する世界
す。建築がそれぞれの社会の文化を表現しているか
や文化が表現されています。例えば西洋に対する東
らです。アメリカでは、アルバニーとマンハッタンで撮影
洋、現代に対する伝統、個人に対して社会的なもの
し、
トルコでは、マルディンというイラン、シリア、イラクとの
ということです。
国境に近い東の街で集中的に撮影しました。
「独白
(Soliloquy)
」
は、内なる独白
(Monologue)
という意味で、相対する両方の側にいる女性の心の
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≪鼓動≫
シリン・ネシャット
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最新の作品について簡潔に述べたいと思います。
因はわかりません。
現在、私はこれをニューヨークで完成させようとしてい
私は狂気と自由という定義の関連についてとても関
ます。次の3つのフィルムは2000年11月にモロッコで
心を持ちました。私はイランのような文化圏では、個人
撮影されたもので、
どれも一つの画面になります。
このフィルムは≪鼓動≫で、非常にシンプルに作ら
れています
。一つながりの長いテイクで、女性
のプライベートルームを内と外から撮っています。この
個室の中では、女性はラジオに耳を傾けています。ラ
ジオからは、非常に美しく、魅惑的なルーミーの詩を
歌うスッサン・デヒームの声が聞こえてくるのです。この
作品では、私的な空間の中にいる女性の、非常に孤
独な瞬間を捉えようとしました。彼女はそういう私的な
空間の中で、恍惚を感じているのです。
この作品は白黒で、室内のデザインも非常に芸術
的なスペースがなく、狂気のおかげですべての社会
的に考慮されています。カメラの動きも非常にゆっくりと
的な制約から解放され、自由になれます。人が狂って
しまったとき、その人は社会的・宗教的な規制からす
べて開放されて、自由になるのです。≪取り憑かれて
≫では、主人公はヴェールを取り、自分のしたいように
言い、行動しましたが、それは受け入れられないもの
でした。初めのうち、彼女は独り言を言いながら、一
人きりで歩いています。
やがて公共の広場に入り込み、
人々に気づかれ、注目の的となります。彼女は意味不
明なことを口走りますが、やがて公衆の邪魔になりま
す。人々は2つに分かれるのです。一方は彼女の勇
気ある行動を支持し、幾分楽しむことができるグルー
官能的で、非常にこの部屋がエロティックで、性的な
プで、残りの一方は狂気が社会のコードに入り込むこ
エネルギーに満ちていることを表現しています。これは
とを望まないグループです。
おそらく私が、イスラム女性が居住する内部空間につ
いて精神的にも身体的にもかかわった初めての作品
彼らは拳をあげて争いを始めますが、彼女は気づ
かれずにそっと自分の孤独な世界へと歩き去ります。
でしょう。
≪パサージュ≫
≪取り憑かれて≫
これは私がアメリカの有名な音楽家のフィリップ・グ
この作品の主題は、狂気に追いやられてしまった
女性です
。精神的な病なのか社会や文化、
宗教的な抑圧に耐えかねてなのか、狂気に陥った原
66
ラスの委託で作った≪パサージュ≫です
。
他4人の映画監督と同様に、短いフィルム作品を作る
よう頼まれ、音楽はフィリップ・グラスが担当して、ライブ
シリン・ネシャット
オーケストラでやりたいとのことでした。
これは私にとって非常に面白いチャレンジでした。
というのは、それまでイランの作家とのコラボレーション
さらに、小さな女の子がひとりぼっちでカラフルな服装
で砂漠に座っています。彼女は小石で円を作ってい
ます。最後のシーンになると、男性の集団が女性のと
ころにやってきます。そして小さな女の子も手前近くに
いることがわかります。そして死体が横たえられたとき、
男性、女性を取り囲むように、非常に大きな火が灯さ
れ、少女が驚くようにして気づくのです。
ここでは、単に、様々な自然の力、水、火、土、空
気を人物と一緒に結びつけ、避けることのできない生
と死の繰り返しと関係づけています。そして子どもの
存在によって、若さ、無垢さ、希望、誕生が感じ取ら
れ、喪服の男女によって死や絶望、悲劇が示される
のです。
コラボレーション
私たちが作品を作る際には、コラボレーションという
考え方を非常に重要視しています。特に、その地域
社会の人たちや、様々な共同体や、私たちが実際に
撮影に行く現場の人々との共同作業です。
貧しい地方の人たちに何らかの経済的な収入を
与えながら、多くの敬意と情熱をうみだすことができる
ばかりだったからです。私は、彼の音楽や文化的背
作品を作るのには多大な見返りがあります。
景を考慮しながら、自分の作品のアイディアを創り出さ
これまでの伝統的な作家のやり方は、スタジオにこも
なければならなくなったわけです。広がりのある自然
って、自分自身の存在だけに依存して作品を作るとい
の風景を持ってくると、物語の中で重要な役割を果た
うものですが、私はそれとは逆に、この世界が自分の
せるし、フィリップの音楽にも合うのではないかと思い
スタジオだと考えているのです。おそらく私がフィルムを
ました。私は、死の観念を扱うテーマを提案しました。
非常に好きなのは、一つには、制作とチームワークの
死が進行していく物語です。死を悲しむ男と女の集
両方において野心的であり、フィルム作りにはいろいろ
団がいます。
多くの冒険があるからです。
これは45人の男が黒い服を身にまとって、海から
様々な場所に身を運び、いろいろな風景の中を砂漠
へと旅をする場面から始まります。
そして、黒いチャドルを着た25人の女性が、砂漠に
丸くなって座り、手で地中に穴を掘って、男性たちが
運んできた死体を埋めるための墓を用意しています。
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【質疑応答】
て行っても、女性という存在が覆い隠されてしまい、女
性の存在が中立的なものになるのです。これが空間
に対するイラン、イスラムの伝統的な考え方の本質で、
私には女性の体と空間の区切り方には、
どのような類
似性があるかという点が面白いのです。女性と空間と
いうのは、非常に並列的な関係にあるのです。
それから2番目のご質問で、イランの女性がどう思
っているかということですが、私自身、イランで作品を
展示したことはありません。ですから、イランの女性が
私の写真やヴィデオを直に見る機会は今まではなか
ったわけで、知っているとしても、何らかのかたちで私
の作品について書かれたものを読んで知っているだ
けだと思います。
最後に、確かにイランの男性にしても女性にしても、
私の作品を見るときは、作品のテーマについて、イラン
人固有の経験や意見から、なかなか分離してみること
はできないと思います。一方で欧米の人たちは、全く異
まず最初のご質問にお答えします。私のイラン社会
なる観点から私の作品を見ることができると思います。
における空間の対比の仕方ですが、イランの伝統的
ですから、反応は、見る人の個人的な経歴や背景や、
な空間が持っている、イランの伝統的なやり方に則っ
そのテーマに関する知識によって異なります。
て表現していると思います。
例えば1つ例を取りますと、壁というのがありますが、
壁というのはある意味ではヴェールと同じような意味を
持っています。伝統的にこの壁というのは、イスラムの社
会では男性が持っている自分の所有物を保護するた
め、守るために作られた壁です。それと同じように、女
性にヴェールをかぶせること、チャドルを着せることは、
男性の所有物だということ、その男性だけに所有され
るもの、
ということを意味しているわけです。
まず日本と同様に、イランも非常に伝統的な社会だ
と思います。イランの場合はまずヴィジュアル・アート、視
また、伝統的にイスラム、イランの女性は、セクシュア
覚芸術の伝統はあまりないのです。主に文学と音楽、
リティを生物的なもの、個人的なものと結びつけて考
映画の分野での歴史はあります。
特にイラン革命以降、
えています。それゆえに、女性が公的な場所に出るこ
イランは対外的に閉ざしてしまったので、イランの人た
とが非常に問題になるわけです。すなわち、公的な
ちは、国際的な芸術に触れる機会がなくなってしまい
場所では伝統的に男性は、様々な神に対する義務を
ました。
行うことに集中しなければならないからです。そこで、
女性がヴェールをかぶることによって、公共の場に出
68
しかし、こういう困難さにもかかわらず、一部、積極
的にアート活動をしている人たちもいます。これは新し
シリン・ネシャット
い世代のアーティストで、様々な限界があるにもかかわ
らず、いろいろ画期的な作品を作ろうと試みていると
私は聞いています。
一方、それに対してイランの映画は、国際的にも非
常に高い評価を得ております。この中にはイランの女性
の監督もたくさんおり、イラン国内でも海外でも成功して
います。一般的に映画は、イランの文化の中で大きなイ
ンパクトを持つ分野だと思います。その結果、国内外で
成功し、活動的になっている女性も多くいます。
私自身は自分の作品のすべてにおいて、たとえそれ
が非常に文化的に民族特有の面があったとしても、
その中には非常に普遍的な要素もあると考えていま
す。ある意味ではジェンダーの区別、社会的な性差の
問題も、程度の差こそあれ、国境を越えたものではな
いかと思うのです。例えば日本がよい例だと思うので
すが、ある意味で日本には非常に男女の区別があり、
ある部分ではそれでもう社会ができていると思います。
まず、第一に考えられるのは、お金だと思います。
私がこれまでいろいろ撮影をしてきたところは、都市に
しても、そこに住んでいる人たちは非常に貧しい人た
ちでした。
それで通常は平均、200人くらいの男女を集めるの
アメリカはそれに比べて、たぶん差別の度合いは低い
と思うのです。
しかし現時点では、私は直接、アメリカの社会とそ
の女性について批評することはできません。私はまだ
自分を外部の人間だと感じているのだと思います。
ですが、オーディションに1000人以上もの人たちが集
まってくるのです。集まってくる男性の多くは失業者で
す。女性はほとんど主婦で、演じることの可能性に興
味を持ち、お金を得たいと思ってやって来ます。
通常、フィルムの撮影を始めるとき、できるだけ、事
イスラムの文化というのは、白黒の文化だと思うので
前に、キャストに対してコンセプトを説明するようにして
す。主題の中には、ほとんど色というものは出てきませ
います。みなイスラム教徒なので、コンセプトを理解す
ん。イランの女性は黒い服を着ています。カラーを使
るのはより容易です。また、物語はイランの文化に根
わないもう1つの理由は、カラーというのは非常に誘惑
ざしたものであり、彼らのモロッコの文化ではないとい
的なもので、カラーを使ってしまうと、実際のテーマから
う事実を強調し、あくまで役を演じているということを
外れてしまうのではないかと思うからです。
強調します。すべてのプロジェクトは、最後には、私と
イランのスタッフ、地元の人との間に強い絆ができま
す。
69
さとへ」
と言ってくださいます。ところが祖国イランに帰る
ときは、何時も何らかの不安感や恐怖を抱いて帰らな
ければならない。
アメリカという国は機会を与えてくれる国だと思うの
です。私の生活と経験は明らかにその証拠だと思い
ます。私は感情的には全くイラン人ですが、教育、訓
練など文化面では、非常に私はアメリカに負うところが
たくさんあります。
最初のご質問にお答えしますが、私ではなくてほか
の作家の方が、男でもない女でもない、中立にあると
いうか、中間にある曖昧な部分のゾーンに関しては、
もっとこれから表現していけるのではないかと思いま
す。私はできないと思います。
私がなぜこういうジェンダーの問題を取り上げるかと
いうと、これはジェンダーを調べることによって、イランの
社会が、社会学的にもっとわかってくると思うからです。
ですから私の作品の中では、ただ単に男女を比較し
たり対照させているのではなくて、男に対して女はど
私自身も心の奥深くには、何かを信じたいという気
のように取り扱われているかを見ていくことで、イラン社
持ちがあります。私がイスラムのことをもっと勉強しよう
会の全体的な構造がもっとわかってくるのではないか
と思ったのは、私自身も何らかの信仰を求めていたと
と思ってやっています。
思ったからです。残念ながらイスラムの持っている精神
2番目のご質問にお答えしますが、今回こちらの会場
的な観念は、政治的なイスラムとものすごく混乱してし
にはアメリカ大使館の方がいらっしゃいますが、イラン大
まい、もうイスラムとは何なのかがわからなくなってしま
使館の方は来ていないのです。ここでも、私の移民と
いました。
しての立場があらわれているわけですが、アメリカとい
1つ面白い例を挙げたいと思うのですが、最後に
う国は、私にとって非常にやさしい国だったと思います。
皆さんにお話した≪パサージュ≫の場面で、火を焚く
アメリカに行くたびに、入管の人たちは必ず
「ようこそふる
シーンが出てきます。これは複雑で非常に危ないシー
70
シリン・ネシャット
ンでもあるので、たった1度だけしか撮影できないの
です。お金の面からも2回行うことはできません。火を
焚くというとき、私はもう非常に心配になって、急にアラ
ビア語でお祈りの言葉を無意識のうちに述べていま
した。同僚たちはそれまで、宗教的な私の姿など目に
したことがなかったので、大笑いしました。
それから、私以外のほかのアーティストも皆そうだと
思いますが、美術作品、アートの作品を作ろうというと
きは、必ず自分のために何らかの答えを見つけようと
しているわけです。ですから、私の作品は、決して、
自分自身の人生やニーズ、不安と切り離して考えるこ
とはできないのです。
いいえ、違うと思います。私が作品の中でやろうとし
ていることは、ある特定の文化のレンズを通して、私た
ちの文化的相違に頓着せず、多くの共通性を発見す
るところまで到達しようとすることです。私は自分の文
化をよく見せようとして具体的な戦略をつくることはあり
ません。むしろ作品の感情的な力が西洋の観客に
受け入れられているのではないのでしょうか。それは
現実や文化といった側面をかなり和らげるからです。
71
For today's talk, I thought that I spend more time on
prehend the way in which the culture had transformed
the more recent work, however I'd like to give you a
so profoundly on socio-political, and cultural levels.
brief overview of the way in which my work has
I won't be able to go too deep into details, since
developed both conceptually and technically in this
this series deserves a good two hours of discussion for
relatively short period of time that I've been active as
me to be able to fairly explain the concepts. But
an artist.
briefly speaking I see this series as sort of a study of
Maybe some of you don't know, but I only
started making art professionally since 1993. Prior to
the revolution and the way it had affected, particularly,
the female population.
that I had been inactive as an artist, I decided not to
Since the subject of the revolution, ideas
make art after I graduated from school. And, prior to
behind the revolution were so grand, I felt that the way
photography I studied painting. In 1993, I started with
to be able to embark this study is to bring into focus a
photography, and eventually moved on to video and
particular aspect of this culture. Furthermore, as I
currently I'm working on more cinematic, film based
believed that women in such cultures deeply ideas -
installations.
the value systems of their societies (much more than
So, I wanted to explain briefly about each part
men) in the way that they behave, dress, and that prac-
and how one group has led toward the other medium.
tice work. So it would be fair to say that through the
Generally speaking, for me, the medium is not as
study of women one can go about studying the culture.
important as the concept itself, so each time I arrive I
And so from then on I decided to really put my focus
reformulate my ideas, I seem to reach toward the
on in looking at the women in relation to society.
medium that best expresses my ideas. This is the way
One of the areas of the revolution that I was
I operate as an artist, and I think it is important to
very interested in was the way in which its philosophy,
mention that I'm not skilled in photography or film or
its ideology, was so difficult to comprehend from the
video.
Western perspective. And I was really interested in
As most of you may be aware, the core of my
subject has been regarding contemporary Islam, par-
this ambiguity in the way that ideas of religion, spirituality, intersected ideas of politics and violence.
ticularly the way in which it has been practiced in
All these images that I constructed had this
Iran. The work explores in various aspects of some of
very paradoxical qualities of things that were in con-
the philosophical and ideological ideas behind Islam.
flict: in one hand, you had female body, it's femininity
and softness and beauty, and the calligraphy, a sacred
Women of Allah
form of art, together with the veil that represented as a
symbol of politics and the gun that there directly sug-
The photographs that you are looking at are the very
gested ideas of violence. So these very conflicting
first images that I produced, and they were a series of
forces composed all these images that were at once
photograph that called "Women of Allah" that was
confusing, in one hand it seemed so incredibly brutal
produced from 1993 to 1996.
and violent and aggressive, on the other hand there
These photographs are work that I produced
immediately after I visited Iran after the revolution, as
was a strong sense of beauty and innocence and spirituality.
I had been absent from my country for over ten years.
The main focus of this series was the notion of
Therefore conceptually it was developed based on the
martyrdom, an idea that became very popular during
point of view of an Iranian artist living abroad looking
the Islamic revolution, almost institutionalized the
into the society that I had left a long time ago to com-
idea of a faithful citizen that would be willing to, on
72
Shirin Neshat
the name of their love of God and faith, be willing to
tradition, the public space is where supposed to be
die and sacrifice the material world and their life, and
considered a male space, and a private space is a
also to engage in very violent action.
female space. And traditionally speaking, as a woman
I was very interested in the way that the same
enters a public space must wear the veil to conceal her
person was capable of loving God and being devoted,
presence. I was very interested in the way that a
but at the same time be so violent. This, for me, was a
woman behind a veil affected various type of spaces
very interesting tension that I tried to portray in all of
and the space affected herself.
my work, in all of these photographs.
So I filmed this project in four different spaces.
Ironically since the revolution, while the
The one on the left is in the public bazaar, in the
women became more sort of repressed and submissive
Egyptian bazaar that represented a male space.
in way, they became very active in the military. So I
The image on the right actually was filmed around the
was very interested in this evidence of this another
city of Istanbul, around the ruins that was built during
conflict where one was confronted by these images of
the Byzantine period so it was pre-Islamic.
women who were holding weapons and were actually
Can you go back to the previous slides please?
at war during the Iranian-Iraq war. So I was very
The image on the right was filmed in the mosque and
interested in the way the female body here encoun-
suggested a sacred space where it is supposed to be
tered so closely a notion of violence. And so this
neutral between men and women.
became at the heart of the series of "Women of Allah."
image on the left, it was sort of the alleys that connect-
By 1996 I became very frustrated with photog-
ed the homes, so it somehow represented the private
raphy, as I had also reached a point when I wanted to
space. So as the audience entered the room, they stood
conceptually move on from the more political subjects
in the middle of the room surrounded by these four
in relation to my country such as the topic of revolu-
images of seeing this woman aimlessly running at four
tion.
I wanted to make art which was more philo-
given spaces. And I wanted to emphasize the sense of
sophical, poetic and lyrical in its expression. Also the
anxiety that one senses from this woman's run as
problem of using calligraphy on the photograph
seems not to feel comfortable at any given space.
And the
became more and more of evident because of the issue
of translation.
Turbulent
The Shadow under the Web
Now I like to speak about a film named Turbulent
which was made in 1998 and is here on exhibition in
In 1997, I decided to take a big leap and go about
Kanazawa.
making videos. I took two people, two cameramen,
ture for my work as I moved from making videos
and myself to Istanbul, Turkey to create a piece titled
directly into making films. I began to shoot in 16mm
The Shadow under the Web.
I included four
B/W film and the concepts became somewhat narra-
simultaneous projections in a room, where a woman
tive. I became very interested in creating a fusion
draped in a black robe was simultaneously running in
between visual art and cinema, in a way that the work
four distinct spaces.
remained very visual as it stressed elements of photog-
I was very interested the concept here on the
issue of gender relation to spatial boundaries and the
This piece was a major depar-
raphy, and at times painting and sculpture, yet it contained a story.
way in which space was controlled and defined
The installation of this film was designed as
according to different sexes. For example, in Islamic
two opposite projections on two opposite walls where
73
the viewer was seated in the middle of the two projec-
was presented among his community. Everything
tions. This design was intended to engage the audi-
about him gave the impression of conformity.
ence in an unusual way as it literally placed viewer in
Opposite of him was a woman whose mere
an acute psychological and physical relation to the
presence in the theater was a problem, as any female
piece. In order to follow the story one had to take
singer is forbidden to sing in public. But also her
turns therefore at times missing parts of the films. This
music broke all rules of traditional music, her music
design functioned contrary to the theater setting where
was free form, not tied to language and improvised so
the audience is placed in a rather passive relation to
ultimately she came across mad and rather rebellious.
the film and that one follows the story in one screen.
This music was composed and performed by Sussan
In making Turbulent I became very aware of
Deyhim.
the incredible potential of music in relation to my
films which lacked dialogue. I discovered in process
Rapture
that music could appropriately replace the calligraphy
which I had inscribed in my texts which often became
After Turbulent, I wanted to pursue this exploration of
problematic because of the issue of translation.
masculine and feminine in relation to the Islamic
The main premise of Turbulent was the issue of
gender in relation to Music in contemporary Iranian
social structure further. Yet I wanted to make a piece
that become more philosophical less directly political.
culture where basically women are absent and
Rapture which was made in 1999, it was the
deprived from the experience of music both in terms
first film that I made that in my opinion had an "epic"
It was my most ambitious film
of public performances and recordings. Conceptually,
style to it.
this film was conceived around the notion of oppo-
in its scale of production, number of cast and type of
sites. We have black/white, male/female, empty audi-
location. At this moment I continued my collabora-
torium/full auditorium, rotating camera/stationary
tion with the Iranian team that I had met through mak-
camera, traditional music/non-traditional music etc.
ing of Turbulent. We went to the city of Essaouira in
Turbulent was not so much intended as critique
of the Islamic regime, rather as a type of sociological
Morocco and employed about 200 local men and
women as the cast of the film.
reading of this culture which treats its men and women
The concept of Rapture evolved around a ques-
very differently in relation to many things including
tion that I wanted to raise and that was: what is the
music. I was interested in how such dichotomy effects
relationship between Muslim women to nature, as
the type of music that is produced by women as
everything about them signifies artificiality in the way
opposed to men. So the choice of the song, was very
they dressed and are controlled in their behavior.
important in conveying the concept.
Most of all one barely can imagine religious Muslim
In this film, the male singer sang a passionate
women in the context of nature as most often they
Sufi music, poetry written by Rumi, a 13th century
exist in cities, urban settings. So I decided to remove
poet from Iran, performed by Shoja Azari who is sit-
the women from the urban landscape, their expected
ting here today. And it was originally sang by
social condition and place them in the midst of nature
Shahram Nazeri the most beloved and known Iranian
to find their own nature.
singer living in Iran.
Similar to Turbulent this film was installed as
Conceptually the male singer represented an
two opposite projections, one side women and the
"ideal" man of the society in the way that he dressed,
other side with men. On the men's side, they were
performed traditional music, and in the way that he
depicted from the beginning to the end in the sur-
74
Shirin Neshat
roundings of a fortress with many cannons. The
The first part of this film simply shows a man
fortress with its maze like architecture, symbolically
and woman crossing each other on two roads which
represented Islamic spaces, and particularly a mascu-
intersect without any intrusion of the public. There is
line type where walls and cannons suggest ideas of
a strong friction between the man and woman yet they
boundaries, essential to Islamic ideology. The men
don't speak or make any contact they each go their
dressed in administrative white shirt outfits absurdly
way. Later, they coincidentally find themselves again,
engaged in activities that seemed aimless.
but in a totally opposite context; in a large public
The story was focused on the brief journey that
event which has divided women from men through a
the woman made from the desert to the sea and how
black curtain. The man and woman find themselves
some women eventually left on the boat in the sea.
sitting in near proximity across the curtain. The nature
This departure was significant as it symbolized the
of this event is not very clear however. In some ways
idea of bravery whether in fact it was intended as an
it resembles a religious or political event, but on the
act of suicide or reaching freedom which was unclear.
other hand it feels like it could be a theatrical event.
On the other hand those women who remained behind
suggested the idea of sacrifice.
There is a dubious spokesman whose characteristic is also not clear. He is addressing the public with
Similar to Turbulent, in Rapture , men remained
a specific moral lesson on the subject of sin, the type
within their predictable places and form of activities;
of sin that arises from the notion of temptation for
while women confronted with the moment of crisis took
opposite sex. The spokesman who simultaneously
things in their control and freed themselves in one form
resembles a Mullah, a politician and an actor, uses the
or the other.
story from the Koran, about Youssef and Zuleika, to
Rapture became even more visual than
prove a point in how one must restrain oneself from
"Turbulent" as the essence of the story was expressed
letting go to seduction. This man became a represen-
through various images and movement. This piece for
tation of the authority, religion, society. And we wit-
me was very much like doing dance choreography
ness the delicate exchanges of gazes in between the
where various movements of men and women and
protagonists (man and woman), we are faced with the
their relation to each other became significant in
dilemma they experience, cut in between basic human
telling the story.
nature versus the social control. The film ends in a
protest by the female protagonist as she walks away
Fervor
from the event.
Next film that I would speak about is Fervor, which
Soliloquy
was the last film of this trilogy that sort of closed this
chapter of the gender study in my work.
The topic of this piece, Fervor, was about the
Soliloquy is another project that was made in 1999
; and was filmed both in Turkey and in the
tremendous taboo and repression that exists between
United States. Similar to Turbulent and Rapture this
Muslim men and women in relation to the notion of
film was designed as two opposite projections, one
desire and love and passion for the opposite sex. I was
side concentrating on the East (Turkey) and one side
very interested in the way that these taboos have been
on the West (United States).
so deeply internalized, both on individual and social
This piece also dealt with the notion of oppo-
levels, due to years of associating desire with shame,
sites, but this time completely different kind of oppo-
sin and guilt.
sites. It was about two separate worlds-cultures,
75
East/West, modern/traditional, individualistic/commu-
phere. It is probably the first film that I have ever
nal.
made which both pschycologically and physically
The concept of Soliloquy (meaning an internal
dealt with the interior space of a Muslim woman.
monologue) was based on the emotional and psychological state of mind of a Muslim woman who stood
Possessed
simultaneously at the threshold of two opposite world.
I was interested here not so much to draw parallels or
Possessed is another recent film about the character of
differences between the two cultures but mostly to
a woman who has gone mad and the roots of he mad-
show the contrast. As the West functioned on an indi-
ness is not clear, whether it is mental illness, or inabil-
vidualistic ground, it also became isolating and lonely.
ity to cope with social, cultural and religious pres-
In the East, life became far more communal and col-
sures.
lective yet it suffered from a sense of social and reli-
I was very interested in drawing a connection
gious suffocation, and no space for individual free-
between madness and definition of freedom.
dom.
Particularly in relation to cultures such as Iran where
In this film, architecture became quite domi-
there are so little individual space, one might truly find
nant as it represented each cultures. In United States
freedom trough the state of madness. In Possessed the
we chose the city of Albany and Manhattan and in
protagonist has dropped her veil and her behavior is
Turkey we concentrated in the city of Mardin, located
not the acceptable one as she permits herself to say
in the far Eastern part of Turkey on the border of Iran,
and do as she wishes.
At the beginning of the film, she is seen by her-
Syria and Iraq.
self walking around streets talking to herself etc.
Pulse
Later she is seen entering a public square where she
soon becomes noticed and the center of attention by
Now we are coming to the most recent work that I am
the public. Then she goes on to deliver an incompre-
Very briefly I
hensible speech where eventually disturbs the public.
will touch on each one. All the following three films
The public becomes divided, there is one party who
were shot in Morocco in November of 2000 and were
supports her and is somewhat amused by her coura-
all single projections.
geous attempt yet there are others who don't find mad-
just completing in New York.
The first film titled Pulse was quite a simple
ness a good reason to let go of social codes.
production, it involves one long take by the camera
The public engages in a physical dispute and
inside and outside of a private room of a woman. It
she simply walks away unnoticed to her isolated
shows a woman, inside of her room, listening to the
world.
radio. From the radio comes the sound of a beautiful,
enchanting music performed by Sussan Deyhim, poet-
Passage
ry by Rumi. The intention of this piece was to capture
a moment of this woman's solitude as she went on to a
The final film that I would like to discuss is Passage;
state of ecstasy at the privacy of her bedroom.
a film that was commissioned by American composer
The film was shot in black and white looking
Philip Glass.
He had asked me along with
like a black painting. The careful art direction, light-
four other film directors to make a short film which he
ing, camera movement, acting and music worked
could create original music for and present it within a
together to offer a sensual and rather erotic atmos-
live concert.
76
Shirin Neshat
This project was very interesting challenge for
employ those who are economically deprived, yet cre-
me, as prior to that I had mostly collaborated with
ate a work of art that generates much respect and
Iranian artists. I then developed a concept that I felt
enthusiasm as well.
kept in mind his style of music and cultural back-
Opposite to the conventional practice of artists
ground. From the beginning I felt that the picture must
working in studios, I can say that I consider the world
take place in open landscape, as nature played such an
as my studio. Perhaps my attachment to cinema is
important part of the narrative but also suited well
partially due to its level of ambition in both its produc-
Philip's music. I proposed a theme which dealt with
tion, team work and the level of adventure that one
the notion of mortality, it was a fictional procession of
embraces through the process.
death - mourning among a group of men and women.
The film basically began with a journey of about 45
men dressed in black, carrying a corpse across the sea,
through various canyons, rocky landscapes on toward
a desert. Secondly there was a group of approximately
25 women draped in black veil, sitting in a circle digging the ground with their bare hands in the desert,
preparing a type of a grave. Thirdly, there was a
young girl dressed in colorful clothes sitting independently in the desert, who was making a circle with
pebbles of stones. The final point of the film is when
finally the men arrive at the same location as the
women and we discover the young child also sitting in
the foreground nearby. As the body is placed on the
ground a great fire breaks out surrounding the men
and women which takes the young girl's sudden attention.
Passage simply creates a connection in between
various forces of nature, water, fire, earth and air,
together with human figures in relation to the inevitable
cycle of birth/death. The young girl obviously suggested ideas of youth, innocence, hope, birth, yet the men
and women in black suggesting ideas of death, despair
and tragedy.
Collaboration
One aspects of my working process that needs to be
emphasized is the collaborative nature of it, particularly with various communities, local town people of
whatever location I choose to work with.
There is a tremendous reward in being able to
77
Question1
for Iranian people, men and women, to separate their
You are depicting the distance or, so to say,
personal experiences and opinions about the subject of
the contrast between male space and female
my work, where a Westerner can look at it from a
space, in other word, public space and pri-
more distant perspective and objective system.
vate space. This method points out the fun-
Therefore the reactions seems to vary according to the
damental problems which the society of Iran
viewers' personal history, background and level of
have. I suppose that way of conceiving one's
knowledge about the topic.
culture is based upon Western standard of
value system. For example we, Japanese
Question2
people of post war period, also thinks in
How does people in Iran, specially female,
Western way, so your work is quite under-
carry out their artistic activity? If one is fac-
standable. But how does the people in Iran
ing difficulty what kind of possibility can be
thinks of your work? In a word, How does
found in the future?
women in Iran reacts to your works?
Well, I think that, like Japan, Iran is a very traditional
First of all, in answering the first question in relation
society. We don't have a long history of modernity in
to the relevance of my spatial inquiry in relation to the
art. We have had mostly of illustrative paintings in the
Iranian society, I think they are based on traditional
past and a rich history in literature, music, and cinema.
ideas of how space is defined. Just to give you one
And since the revolution, the borders have somewhat
example, the idea of the wall, it's very similar to the
closed to Iranian flow to the West and visa versa, so
idea of the veil. Traditionally speaking, walls are built
there hasn't been a great exposure for the artists to the
for Muslim men to protect what belongs to them, so in
international contemporary art.
a way, by putting on the hejab, or the veil, around the
However, I am aware of many pockets of activ-
woman, you are keeping her exclusively for yourself,
ities by a new generation of artists who are becoming
for your private access.
more and more vocal in the society and slowly abroad.
And again, traditionally speaking, women in
Opposite is the recent development of Iranian
Islam carry ideas of sexuality due to their biological
cinema that has gained international recognition, and
reason and the individuality therefore their presence in
many Iranian women consequently have become very
the public space is often problematic because men
successful and active both inside and outside Iran.
must concentrate on their duties and commitment to.
So when a woman wears the veil, her presence is con-
Question3
cealed or rather neutralized in the public domain. So
How did you find the cast in Morocco? What
these are essential ideas behind the traditional ideas of
kind of people had participated? Did they feel
Islam theoretically speaking in how space is defined
any sympathy in your idea? Or they wanted
and controlled very similarly to woman's body. I have
to earn some money?
found parallel very interesting.
In regard to your second question, I've never
I think, number one priority for them was their eco-
exhibited my work in an exhibition in Iran. So the
nomic needs. As I mentioned before, I prefer to work
only way people have heard about my work is from
in communities who would financially benefit from
reading about it.
our projects even if it is a modest amount. In the past
And the last thing is that, it is certainly difficult
78
we have had an overwhelming response of people who
Shirin Neshat
want to participate and get paid.
fied with the women in my films and their struggles. I
Often we are looking for about 200 people on
don't think I am capable of making a direct critique of
average and more than 1000 men and women show up
the American society and its feminine population yet.
for an audition. At times it becomes painful to turn
I guess I still feel too much of an outsider.
down those who desperately need the fund. In
Question5
Morocco the majority of men who we cast are unem-
Why you chose monochrome image?
ployed. The women are mostly housewives who are
intrigued by the possibility of acting and would like to
I think of Islam as a very black and white culture. I
earn money.
see very little color here. We wear black all the time
Normally when we begin a film, we try to do
whether in the form of a veil or another types of robes.
our best to explain and break down the concept in
I have always felt that ever since the revolution color
advance for the cast as well as it is possible. They are
for most part has been absent in the Iranian landscape
all Muslims therefore have an easier way to under-
particularly meaning the street level. My hesitation
stand the concepts. We also insist on the fact that the
with color also comes from its seductive quality where
story is rooted on Iranian culture not their Moroccan
I feel at times it could be distracting from the concept.
cultures and that they are simply playing a role. Every
project has proven to result in a deep bonding between
Question6
myself and my Iranian crew with the local people, cast
In your work, we can recognize the vivid
and the crew.
contrast
of
opposition
factor
like
male/female and nature/artificial. But how
Question4
do you think of the obscure area between
I'm a graduate student at Kanazawa College
opposition two factors? For instance, when
of Art. And I think, as an American, it's
we talk about gender, we often think it is
interesting for me to see the distinction
problematic that homosexuality cannot be
between men and women in your work. But
understood by just male and female defini-
I was wondering, after living in the US for
tion. How do you think of these issue?
such a long time, do you see, even though
Another question is that you were born in
it's not so readily noticeable, the same sort of
Iran and lives in United States, that means
male space and female space in American
you have various identity. Nevertheless
society?
when you are introduced in mass media they
tend to focus on that you are "a Iranian
I think there is an aspect of all of my work that
artist" or "Iranian woman". How do you think
although ethnically specific, is quite universal. I think
about the i d e n t i f i c a t i o n of one's self as
the issue of the separation in between the sexes oper-
Muslim woman or Iranian? Do they weigh so
ates similarly in all cultures but in different degrees.
much in you?
Japan may be a good example, as I sense, it is a case
of an extreme degree not unlike Iran. But, in the
In response to the first question, I think maybe some
United States perhaps the gender separation although
other artist could explore the gray, the middle ground,
it exists it is to far less of a degree.
not me. Again the reason that I go about this gender
Strangely, often I have heard American or
study is because I think it gives a very interesting,
European women speak to me about how they identi-
important sociological reading about Iranian society,
79
and that's why I do it. It's not that I want so much to
I'll just give you one funny example when we
just compare men and women, but I think truly by see-
were making Passage in Morocco, we needed to make
ing how women are treated as opposed to the men, it
the big fire. The scene with the fire was very compli-
gives us an interesting view of the social structure in
cated as it was dangerous, and we could only do it
Islamic cultures such as Iran.
once as it was too expensive to repeat it. So when the
Your second question is very interesting
moment came when we had to lit the fire, I became
because here we have in this room someone from the
very scared, spontaneously I started praying in Arabic
American embassy and we have no one from the
a Koranic chant, and all my colleagues were laughing
Iranian embassy. So that is indicative of my state of
because they had never seen me do that before.
being as an immigrant. United States has been very
I think, in every work I make, and may be other
kind to me. I'm always moved as I enter the United
artists share the same feeling, one seem to be search-
States, every time I travel, the immigration agent says,
ing for something for oneself. So for me, my work is
"welcome home," and here I have so much fear about
never separated from my personal life, or personal
going back to my own country.
needs and anxieties.
I think of America as a land of opportunity and
my life and experiences are certainly one evidence of
Question8
that. I feel emotionally, I'm still very Iranian, yet cer-
You have just mentioned about the univer-
tainly my standards, independence and education is
sality of the work, are you making simplifi-
rooted in American culture.
cation, like the comparison between male
and female, white and black, urban and
Question7
nature, in order to be more understandable
My friend is a Iranian girl who now lives in
for the audience who belongs to different
Canada. She is very faithful so that I learnt a
culture or speaks different language?
lot about Islam from her. When I went to out
to see a waterfall she asked me "Can you see
No. I don't believe so. I think that what I am trying to
the god there?", I said "No I can't". She told
do is, through the lens of a particular culture, to reach
that the god is always with her and saying,
a ground that we find a lot of commonality regardless
"Always be a good girl". Does all of the
of our cultural differences. I have not had concrete
Iranian women believes in the god as such?
strategies in how to better translate my culture, rather I
When women express herself, how much
feel that what has been absorbing the Western audi-
they receive the limitation from the god in
ence is the emotional aspect of the work which tends
their unconsciousness? How deep is it in
to somewhat neutralize the more realistic and cultural
their consciousness and how are you going
aspect of the work.
to express them in your own work?
I think deep inside myself, I am religious. One of the
reason that I was drawn toward the study of Islam was
because I am attracted to it. And unfortunately the
spiritual ideas of Islam have become so confused with
the political idea, that even I, myself have a difficult
time to identify what Islam is about anymore.
80