Title チリのブロイラー産業における所有型インテグレーショ ンの形成

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チリのブロイラー産業における所有型インテグレーショ
ンの形成
北野, 浩一
アジア経済 51.10 (2010.10): 62-85
2010-10
http://hdl.handle.net/2344/1100
Rights
<アジア経済研究所学術研究リポジトリ ARRIDE> http://ir.ide.go.jp/dspace/
研究ノート
チリのブロイラー産業における
所有型インテグレーションの形成
北
野
浩
一
要 約
チリのブロイラー産業は近年高い成長を遂げているが,その産業構造は世界的にみても特殊である。
契約養鶏農家とパッカーという
業関係がなく,少数の寡占企業によって,完全所有型の垂直統合が
進められている。チリにおいて,ブロイラー産業がこのような産業構造をもつことを,本稿では不完
備契約論のフレームワークを用いて
析し,パッカーによって寡占が形成され企業が多角化戦略をと
る場合には,効率的であることを示した。
ブロイラー産業の寡占の形成の要因は,1980年代の経済危機による中小養鶏農家の倒産,および
大規模養鶏企業による積極的な買収と,衛生基準の引き上げによる加工施設投資の増大をあげること
ができる。また,検疫制度やトレーサビリティーの導入も,参入障壁を形成する要因となっている。
ブロイラー産業の寡占企業は垂直的な統合とともに,豚や七面鳥といった,処理施設・流通システム
網を利用する他の産品への多角化も積極的に進めている,という共通する特徴を有する。
はじめに
続けている。また,国内消費だけではなく輸出
チリ・ブロイラー産業の現状
ブロイラー産業におけるインテグレーションの
析枠組み
寡占的市場構造の形成
寡占的養鶏企業の成長戦略
おわりに
も増大し,現在では生産量の 15パーセントに
あたる 12万トンを,近隣の米州諸国だけでな
くヨーロッパやアジアにも輸出している。
天然資源の賦存に基づく比較優位論の観点か
らでは,チリのブロイラー産業の発展を説明す
ることは困難である。ブロイラー生産では飼料
は じ め に
が生産コストの約 60パーセントを占めるが,
そのうち約半
チリのブロイラー産業は,1980年代以降著
を占めるトウモロコシは,ほと
んどを輸入に頼らざるを得ず,また飼料の 20
しく発展した。生産量は年間5パーセント程度
パーセントを占める大豆もほぼ全量輸入である。
増加し,鶏肉の国内消費量も 1997年に牛肉を
労働賃金も周辺国と同水準であり,自然環境に
超えて食肉の中で1位となり,その差は拡大し
ついても,温度や日射量などの面で特に有利と
62
『アジア経済』LI-10(2010.10)
研究ノート
はいえない。さらには,政府による産業保護も
イラー産業の現状を示す。これに続く第 節で
なく,また養鶏技術や処理加工技術についても, は,不完備契約論をフレームワークとして,所
世界的に標準化されたものを導入している。
では,チリのブロイラー産業の競争優位性は
有に基づく垂直統合においてパッカーの寡占化
と多角化がカギとなることを示す。第 節では,
どこにあるのであろうか。本稿ではその要因を, チリのブロイラー産業を歴 的に検討し,現在
産業組織の面から解明している。近年の農産品
の垂直統合の進んだ寡占的産業組織がどのよう
取引は世界的に垂直的調整が強まり,また生産
に形成されたのかを探る。第 節では,寡占構
の集中が進む傾向にある。これは,農産品生産
造を形成するアグロスーペル社,アリスティア
において技術や資本が集約し工業化が進んでい
社を取り上げ,企業成長の過程と多角化戦略を
るとともに,食品のサプライ・チェーンの各段
中心に経営戦略を検討する。
階でのトレーサビリティーや安全基準の要求が
チリ・ブロイラー産業の現状
高くなっているためである。市場を介した取引
の場合には,取引される財の質に関する情報の
伝達が限られているために,これまで以上にサ
1.鶏肉生産
プライ・チェーンを統治する企業の調整能力が
チリの鶏肉の生産は近年増加傾向にある。
求められている。チリの農産品においても,垂
2006年には 51.7万トンに達し,2000年の水準
直的調整の強まりや生産の集中が観察されるが, から 30パーセント拡大している(図1)。2002
なかでもブロイラー生産ではそれが顕著である。 年に鶏インフルエンザが発生し,発生源近くの
完全所有型の垂直統合を行う2社によって市場
鶏の処
のほとんどが支配されているという特異な産業
年にかけて生産が停滞したが
組織が,高度な生産技術や設備の導入,ならび
全宣言が出て以降は生産量を順調に伸ばしてい
にトレーサビリティーや衛生基準を満たした鶏
る。生 産 者 組 合 で あ る 鶏 肉 生 産 者 組 合
肉の生産に有利に働いている。
ブロイラー産業は,他産業に比べて垂直的調
整が強いことが多くの国で観察されるが,その
形態は,鶏肉
や輸出の差し止めなどで,2002∼03
,2003年に安
(Asociacion de Productores Avı
colas de
Chile: APA)は,2007年以降も年間5パーセ
ント程度の生産の増加を見込んでいる。
畜解体場を所有する企業(パッ
鶏肉取引は歴 的にみると地域的な集中が顕
カー)がインテグレーターとなり農家と生産契
著である。食用ブロイラー取引量の 99パーセ
約を結ぶものが主流である。しかしチリでは,
ントがサンティアゴ首都圏州とその南に位置す
種鶏生産から鶏肉処理,流通に至るまで,単一
る第
の事業者によって担われている。
取引の拡大は,ほぼこの2つの州での取引の増
州に集中している(図2)。ブロイラー
本稿の主眼は,チリのブロイラー産業ではな
加で占められているが,2000年代になってか
ぜ所有型の垂直統合が進んだのかを,産業の寡
らは特に第 州の拡大が顕著である。このよう
占化と,養鶏企業の多角化戦略から説明するこ
な大消費地周辺での生産と取引の集中は,牛肉
とにある。まず,第
や豚肉ではみられず,鶏肉生産の特徴といえる。
節において,チリのブロ
63
研究ノート
図1
チリ鶏肉生産の推移
(出所)APA 資料。
(注)2007年以降は予測。
図2
州別ブロイラー取引量
(出所)INE,Estadı
stica pecuarias(各年度版)より筆者作成。
また,生産者の集中も顕著である。図3は,
もに国内需要が拡大し 90年には 32生産者にま
左軸にブロイラー生産者と, 畜処理解体業者
で回復した。その後は減少し現在では8生産者
数,右軸にブロイラー生産数をとったものであ
となっている。この傾向は 畜処理解体業者数
る。ブロイラー生産者は 1980年代初めの経済
も同様で,1991年の 20業者を最大に,その後
危機で中小養鶏場が倒産や買収にあったため減
減少し8業者に減少している。これと比較して
少したが,80年代後半からの経済の回復とと
生産量は飛躍的に拡大し,ブロイラー生産数は
64
研究ノート
図3
鶏肉生産の集中
(出所)INE,Estadı
stica pecuarias(各年度版)より筆者作成。
1984年下半期の 4300万羽から 2006年上半期
図4
企業別鶏肉生産量(2006年)
は2億 1200万羽まで増加している。このこと
から生産が少数の企業に集中していることがわ
かる。図4には鶏肉生産量の企業別のシェアを
示してあるが,最大手のアグロスーペル社が
31万トンでシェアが 60パーセント,次いで第
2位のアリスティア社が 15万トンで 28パーセ
ントであり,上位2社の合計で国内シェアは
90パーセント近くに達している。
チリの鶏肉生産は,所有による垂直統合が顕
(出所)APA 資料。
著である。鶏肉の主たる生産段階は,飼料配合,
種鶏の生産,孵化,飼養, 畜処理・加工,運
辺サービスのみである。表1には各生産段階の
輸・流通であるが,上記の2企業が外部に依存
工場数を示してあるが,6社はすべて養鶏場,
しているのは,飼料生産(一部は自社製),飼料
孵化場,処理・加工工場,飼料工場を有し,そ
輸送,原種鶏生産,鶏舎・加工機械など設備の
のうち大手2社はそれぞれ処理・加工工場と飼
生産,清掃,小売といった,投入財の生産と周
料工場を2カ所所有している。
65
研究ノート
表1 鶏肉生産者と工場数(2006年)
生産者数
孵化場数
処理・加工工場数
飼料工場数
6
6
8
8
(出所) APA のホームページ(http://www.apa.cl/−
2007年 12月1日閲覧)
。
の比率も高い。その他,ソルガム,ビタミン剤
を利用している。
チリの養鶏企業は高い生産性を誇っている。
飼料要求率(FCR)
は 1.85,死亡率は 2.5∼
3.0パーセントで,日本の生産性を上回る。労
働生産性の伸びも高く,一般的な養鶏舎は長さ
200メートルで,2棟の
物に3万羽が飼育さ
飼料は主として輸入に依存している。飼料コ
れているが,これを飼育する労働者は1人のみ
ストに占める割合が最も高いトウモロコシは,
である[CICE 2005,13]。たとえば,標準的な
アルゼンチンから輸入している。南米大陸の南
12万羽の養鶏舎に必要な飼育作業員は4人に
のマゼラン海峡の海運,またアンデス山脈を通
すぎない
る 国 際 ト ン ネ ル で あ る リ ベ ル タ ドール の 陸
準的労働者1人当たりの平 養鶏飼育数の推移
運
を示し て あ る が,1985年 の 4000羽 か ら 2005
を利用でき,輸送コストが低いことがメ
。図5には,養鶏業全体でみた標
リットとなっている。トラックの積載量を満た
年には1万 2400羽と 20年間で約3倍に増加し
すだけの輸入量のあるアグロスーペル社などの
ている。
大企業は,ブエノスアイレスなどの大都市で買
い付けている[Reyes y Andrade 2004]。次の大
2.鶏肉消費と流通
豆は,ボリビア,パラグアイ,ブラジル,アル
鶏肉産業の成長を促した要因のひとつに国内
ゼンチンからの輸入となっている。飼料コスト
消費の増加をあげることができる。図6には,
の 15パーセントは小麦であるが,これは国産
チリ国内の1人当たり食肉消費量を示してある
図5 労働者1人当たり鶏飼育数の推移(1985−2006年)
(出所)INE,Estadı
stica pecuaria(各年版)より筆者作成。
(注)労働者は,1日8時間労働とした換算した標準労働者数。
鶏飼育数は,卵用・肉用鶏を全て含む。
66
研究ノート
図6
1人当たり食肉消費量(1995∼2007年)
図7
食肉の1人当たり消費量シェア(2007年)
(出所)INE (2008, 37).
(出所)INE (2008, 37).
図8 鶏肉輸出国比率(金額ベース)
が,生産の増加とほぼ同じように国内消費も増
加をみせている。1997年と 2007年の年間消費
量を比較すると,鶏肉は牛肉に次ぐ消費量で
あった 23.1キロから 33.2キロへと増加してい
る。豚肉は 13.5キロと3位であったが鶏肉と
同様に高い伸びをみせ,23.5キロと牛肉と同
じ水準にまで達している。一方,牛肉は,25.7
キロから 23.5キロへと減少している。2007年
の食肉消費量の内訳でみると,牛肉と豚肉は
(出所)APA 資料。
29パーセントであるのに対し,鶏肉は 41パー
セントで最大である(図7)。このことから,
チリ国内の食肉消費で鶏肉が非常に大きな比重
を占めるようになっていることがわかる。
鶏肉の多くはスーパーマーケットで販売され
スッド(Cencosud)社の購買比率は高い
。
鶏 肉 の 輸 出 も 近 年 増 加 傾 向 に あ る。特 に
2000年からの増加は著しく,2006年には6万
トンを輸出するまでに成長している。輸出先は,
る。鶏肉産業大手のアグロスーペル社とアリス
2006年はメキシコが最も多く(55パーセント),
ティア社およびドン・ポージョ社は独自の流通
次 い で イ ギ リ ス(22パーセ ン ト),中 国(10
網を有し,製品を卸業者,仲 買 人,スーパー
パーセ ン ト)と なって い る(図 8)
。中 国 と は
マーケット,食品関連企業に卸しているが,な
2006年に FTA(自由貿易協定)を締結してお
かでもスーパーマーケット向けが約 50パーセ
り,近年の伸びは著しい。1980年代に最大で
ン ト を 占 め 最 大 で あ る[Reyes y Andrade
あった日本向けは,その後日本での鶏肉調達先
2004]
。特にリーデル(Lı
der)ブランドの D&
の多様化と 2002年に発生したチリの鶏インフ
S 社,ジュンボ(Jumbo)系列を有するセンコ
ルエンザの影響で減少し,現在では3パーセン
67
研究ノート
トとなっている
。
において,垂直的に統合されたチリの養鶏業は
優位性を発揮している。2000年代に発生した
3.チリ・ブロイラー産業の競争優位
ブラジル,および東南アジアでの鳥インフルエ
チリの鶏肉は,価格面での競争力が他の輸出
ンザでは,養鶏業における安全管理体制の強化
国に比べて弱いが,安全性が高く,品質・規格
とともに,鶏肉供給源の多角化の必要性が強く
ともに優れた製品を,納期に正確に安定して供
認識された。チリのブロイラーは,日本の鶏肉
給できる点が強みとなっている。食品の衛生に
輸入会社にとってはブラジル,中国といった大
関する検査は,農業畜産局(SAG)を中心に実
量輸入国に対する代替的鶏肉供給国として重要
施し,食肉処理については,国内の食品衛生法
性を増している
。
に基づく検査だけでなく,輸出用食肉施設に対
する認可も行っている。養鶏業については,農
ブロイラー産業におけるインテグ
場の管理は欧州連合への輸出規格に合わせて策
レーションの
定 さ れ た PABCO(
析枠組み
認 家 畜 飼 育 場)制 度 が
2005年7月から施行され,輸出用養鶏場では
1.チリの畜産業の構造
取得が義務化された。また食肉処理・加工施設
世界的にみた農産品の生産,流通,販売に至
は,検査に合格して LEEPP(畜産品輸出施設
るプロセスは垂直統合の動きが進展している。
リスト)に掲載されている必要がある
。鶏肉
これまでの経済学では,農産品は競争市場の例
は,すべてバーコードによる管理がなされ,農
としてあげられることが多かったが,これは多
場から処理施設,流通経路まですべてトレース
数の生産者によって品質が 一な財が市場に供
が可能な体制が整っている。チリの垂直的に統
給され,多数の消費者に売却すると仮定されて
合された鶏肉企業では,ヒナへの投薬の段階か
きたためである。しかし実際には,農産品はス
ら最終小売段階まで自社内で行うために,ト
ポット市場で取引されるよりも契約や所有統合
レーサビリティーにおいて有利になっている。
といった垂直的調整(vertical coordination)の
また,ブロイラー産業は生産・出荷のタイミ
もとで取引されることが多くなっている。これ
ングと製品規格の適合が重要である。初生ヒナ
は,スポット市場の価格メカニズムでは,微妙
は通常 60日未満,体重2キロ前後で出荷され
な品質の違いや,取引のタイミングといった農
る。処理工場では,入荷した生鳥を,ブロイ
産品の属性を伝達することができないためであ
ラー処理専用の自動化した機械で内臓の除去や
る[Boehlje and Schrader 1998]。さらに,近年
切断などの工程を行うため,出荷が遅れたりし
の食のサプライ・チェーンに対するトレーサビ
て大きさが規格に合わなくなった鶏は処理が不
リティーの強化の影響は,垂直的調整の度合い
可能となる。また,輸出市場ごとに要求される
を一層強める方向に働いている。
部位の種類や規格も異なることから,これに合
わせた生産調整が必要となる。
このように衛生面での管理,品質面での管理
68
農産品における垂直的調整は,チリにおいて
も顕著にみられる。Vargas y Foster(2000)
によると,ジャガイモを除く主要な農産品で契
研究ノート
約や所有による統合といった垂直的調整が観察
がわかる。また,その他の食肉部門との比較で
されており,また生産者の集中も進んでいる。
は,チリの牛肉産業は取引のほとんどが市場で
米国の例では農業の工業化とともに垂直的調整
なされる,という特徴がみられる
が進展するとしているが,チリでは農業の工業
豚肉の市場取引比率は 30パーセント程度で,
化は遅れているにもかかわらず,このような垂
国内向け比率が高い加工肉部門は集中度が低く,
直的調整の強まりと生産の集中がみられること
輸出が多い精肉処理部門は集中度が高い。寡占
は,チリの制度的な要因や産業組織が作用して
企業による所有型の垂直統合は,チリの食肉生
いると えられる。
産全般の特徴ではなく,鶏肉産業のみにあては
チリの農産品の中でも,ブロイラー生産では
。一方,
まる構造であることがわかる。
所有型の垂直的調整が進んでいる。最も早くブ
ロイラー養鶏企業によるインテグレーションが
2.チリ養鶏企業の所有型統合に関する理論
進んだとされる米国は,処理加工業者と養鶏農
的検討
家との間の契約に基づく垂直的調整が一般的で
ある
チリの養鶏業におけるこのような所有に基づ
。しかしチリでは,パッカーがインテ
く垂直統合に関しては,バルガスらの研究があ
グレーターとなり,種鶏農場,養鶏舎,用地を
る[Vargas, Foster y Raddatz 2004]。そこでは,
所有し,さらには流通まで手がけているという
米国との比較で,経済や制度との関係から 析
違いがある。表2には 2002年のチリと米国の
している(表3)。法的な参入規制としては米
畜産業の産業構造を示す指標をあげているが,
国では家族経営の養鶏農家を保護するために,
これによると,米国と比較してチリの鶏肉産業
大企業が養鶏業に参入することを禁じてきた。
は,所有型の垂直統合の比率が非常に高いこと
近年ではこの規制は緩和される方向にあるが,
表2
チリと米国の畜産業の産業構造
鶏肉
豚肉
チリ
米国
生産
輸出
輸入
一人当たり消費
438 16,362 生産量
23 2,825 輸出
0
4 輸入
27.5
42.8 一人当たり消費
4企業集中度
97%
調整形態
市場
契約
所有統合
ほぼ 0%
0%
95%以上
n.a. 4企業集中度
生産
処理
加工肉
0%
88%
12%
牛肉
チリ
調整形態
市場
契約
所有統合
米国
261
21
2
16.1
8,596
592
439
23.8
61%
86%
51%
n.a.
0.56
n.a.
30%
0%
70%
n.a.
n.a.
n.a.
チリ
飼育数(100万頭)
生産
輸出
輸入
一人当たり消費
4企業集中度
子牛・若牛
成牛
全体
調整手段
市場
契約
所有統合
米国
4.1
98
226 12,298
0
1141
115
1375
22
31.6
81%
32%
n.a.
n.a.
n.a.
0.54
95%以上
ほぼ 0%
ほぼ 0%
75%
20%
5%
(出所)Vargas, Foster y Raddatz (2004).
(注)生産,輸出,輸入の単位は,いずれも 1000トン。
69
研究ノート
表3
畜産業企業の垂直統合に関係する米国とチリの経済や制度上の違い
米国
法的参入規制
チリ
大企業による農業参入の規制
法人格による参入の規制はない。
あり。
小農に対する資金や技術支援
大規模・小規模農
独立農民に対する資金や技術支援なし。
あり。農家の人的資本や経営
業の優位性
大企業に有利。
能力あり。
大農業資本であっても,税制優遇はな
い。
税制
小農の方が大企業より有利。
市場の規模
市場の効率性を維持できるよ
市場が小さいため,機会主義の脅威を
うな,契約前の競争を可能に
減らすには,垂直統合が必要。
する市場規模がある。
歴
経済環境や制度が成熟してい 農業改革,経済開放,経済危機といっ
るため,構成メンバーが多く た経済や制度の変動が大きかったため,
ても調整可能。
小規模農家が淘汰されてきた。
(出所)Vargas, Foster y Raddatz (2004, 81).
それでも養鶏農家との契約による生産委託が一
で事前に書かれていないような契約のことを指
般的である。一方,チリにはそのような政策は
す。これは,条件付けの不完備性(incomplete-
なく,規模が大きい株式会社でも参入は可能で
ness of contingenies, insufficiently contingent
ある。さらに,小規模農家に対する優遇政策の
。取
contract)とも 呼 ば れ る[伊 藤 2003,361]
違い,市場規模,歴
引における不確実性が高い,また契約を明文化
といった観点に着目して
いる。
この研究は,チリと米国の食肉産業の構造の
することの費用が高い,といった限定合理性が
ある場合には取引費用が発生する。このような
違いについて包括的視座を与えている。しかし, 取引費用が存在すると,契約が不完備となる。
「市場の規模」の項目を除いて,契約ではなく
所有に基づく垂直統合が有利であることを示す
論拠はなく,これも理論的には示されていない。
大企業参入の法的規制がなかったことは大企業
実際の経済取引では,このような状況は多く成
立すると えられる[Hart 1995]
。
契約が不完備である場合,生産過程における
関係特殊的投資(relation specific investment)
による垂直統合の形成の必要条件とはいえるが, が大きいと,ホールドアップ問題を生じさせる。
積極的な論拠とはなりえない。本稿では,近年
クラインらは,ホールドアップ問題による過少
企業の垂直的境界に関する研究として注目され
投資を回避するためには,企業による所有を伴
ている不完備契約理論をフレームワークとして
う統合が合 理 的 な 選 択 と な る こ と を 示 し た
用い,所有に基づく垂直統合が一般的であるチ
[Klein, Crawford and Alchian 1978]
。不完備契
リの養鶏産業にあてはめて検討する。
約論は企業の境界に関する研究で新たな 析枠
不完備契約とは,契約が取引から生じる利益
組みを提供してきたが,クラインらは GM と
を完全に(効率的水準で)実現できるような形
その下請け企業の関係を用いるなど,ケースと
70
研究ノート
図9
して取り上げられるのは自動車産業など工業部
門や設備投資コストが大きいインフラ産業の企
業間関係が多い
養鶏産業における垂直的取引関係
⑴
契約関係
⑵
パッカーが所有統合する場合
。しかし,この枠組みは一
次産品産業の企業間関係を理解する上でも有用
であるといえる。それは,自然環境や市場の変
動といった不可測な要因による結果の変動が大
きいため投資の不確実性が高く,かつ契約の履
行にあたっては政治的・社会的要素など様々な
要因も影響するためである
。
Grossman and Hart(1986)によれば,垂直
的取引関係にある企業間での外部機会形成のイ
ンセンティブの大きさが,所有の違いに基づく
効率性に大きく作用する。図9では養鶏産業の
場合について図示している。ここでは,養鶏部
(出所)筆者作成。
(注)太字矢印は,関係特殊的投資を示す。
門は,養鶏農家とパッカーの2者からなるとし,
養鶏農家の関係特殊資産は養鶏舎,パッカーの
関係特殊資産は処理・流通設備のみに簡略化し
てある。もし両者が所有関係は
ということである。
養鶏農家は,もし他に取引可能なパッカーが
離し,契約に
多く存在するのであれば,多くの外部機会を有
基づく垂直的関係であれば,経済的余剰は農家
するということができ,一方,パッカーは,他
とパッカーの経営者に 配される。一方,パッ
に自社で処理できる鶏が入手可能であれば,外
カーにより所有が統合されていれば,養鶏部門
部機会は大きい。その場合,それぞれに関係特
はパッカー企業の労働者によって担われ,余剰
殊的投資を行う強いインセンティブを有すると
は経営者のものとなり,養鶏作業員は規定され
えられる。一方,そのような外部機会が 少
た給与を受け取るのみである。余剰が関係特殊
な場合,インセンティブは低い。この時,独立
的投資の大きさによって決まるとき,経営者,
養鶏農家として生産することは効率的ではなく,
養鶏農家(作業員)の関係特殊的投資へのイン
また,パッカーも処理・物流施設に対する投資
センティブの大きさが,この産業の効率を決め
が過少となる。
るということができる。そしてホールドアップ
チリのケースでは,すでに少数のパッカーに
問題を生じさせる関係特殊的投資へのインセン
よって寡占市場が形成されている。生鳥は,移
ティブの大きさを決めるのが,当初の契約が履
動による体重の低下が大きく,輸送に伴い商品
行されない場合に 渉の結果得られる利得であ
価値が低下することから,生産地と処理解体工
り,すなわち外部機会である。養鶏業の場合で
場が近接していることが必要であるが,すでに
いえば,養鶏農家とパッカーの契約が履行され
パッカーは2社に集約され,それぞれ地理的に
ない場合に,それぞれどのように利得があるか,
散しているので,養鶏農家の取引圏内で複数
71
研究ノート
のパッカーと取引することは不可能となってい
[CORFO 1969 ,47]
,主として産卵を終えた雌
る。また,鶏肉の出荷時の体重は処理解体設備
鶏を廃鶏肉として市場に供給していた。ブロイ
や輸出の規格で細かく決められているため,取
ラーを生産する鶏肉生産の専業農家が現われて
引のタイミングが遅れると鶏が規格を超えて成
きたのは 1960年代で,肥育と処理・加工など
長することからやはり商品価値は低下する。一
複数の生産過程を同一の生産者が行うインテグ
方,パッカー側は鶏肉だけではなく,豚や七面
レーションも同時に開始されているが,その割
鳥など処理場やコールドチェーンを共有できる
合 は わ ず か で あった。CORFO(1969,48)に
他の畜産業や農産品に広げることで,外部機会
よ る と,1960年 代 後 半 で は,イ ン テ グ レー
を高めることが可能である。以上述べたような
ション 養 鶏 を 行って い る の は 養 鶏 産 業 の 20
チリ養鶏業の特性から,養鶏農家がパッカーと
パーセント程度にすぎない。
契約関係で独立経営を行うよりもパッカーが農
家を所有統合することが効率的となる。
1960年代までの,養鶏インテグレーション
の形態は現在と異なり,契約による生産請負制
ここまでの 析で,パッカーによる垂直的な
が中心であった。飼料業者や鶏肉の処理解体業
所有統合には,寡占的産業構造と,パッカーの
者は,養鶏農家に対して,雛鳥,飼料,薬品を
多角化戦略が要因として働いていることがわか
供給し,技術指導を行い,養鶏農家の側は,養
る。以下では,どのような歴 的経緯で寡占的
鶏施設の利用の他に,燃料や水,および労務提
市場が形成されたのか,また,パッカーの具体
供の義務を負う,とする契約が結ばれた(図
的な経営戦略はどのようなものであるのかにつ
10)
。雛鳥は養鶏農家により通常8∼9週間肥
いて詳細に検討する。
育され,インテグレーターに引き渡される。こ
の引き渡し価格から飼料代金などインテグレー
寡占的市場構造の形成
ターによる投入財価格が差し引かれて農家に支
払われるが,鶏の引き渡し価格は,その時点の
1.1960年代までの状況
市場価格と連動するため,生産リスクの多くは
ブロイラー生産が始まるまでは,チリでの鶏
養鶏農家が負うことになった
肉生産は鶏卵生産の副業として行われ
残る 80パーセントは自営養鶏である。この
図 10 1960年代までのインテグレーション
(出所)CORFO (1969, 48)の記述をもとに著者作成。
(注)➡は鶏の流れ,→はそれ以外の投入の流れを示す。
72
。
研究ノート
なかには,自家農場内に小規模の孵卵場を有し, びており,ENAVI はこのような先進的な生産
飼料工場や 蓄場を備えるものもあったが,多
手法の導入を進めようとしたが,政治的混乱な
くは成鳥の売却契約を結ぶことなく投入財を市
どもあり失敗に終わっている
場で買い付ける農家であった。
。
1973年のクーデターで軍事政権が
生して
当時の卸商は5業者が確認されている。その
間もなく,養鶏業の国家管理は廃止された。生
うち3業者は自前の処理解体工場を有し,年間
産量の低下による価格高騰により一時需要は縮
200万羽を処理している。残る2業者は,処理
小し,またニューキャッスル病の発生もあって,
解体業者から精肉を買い付け,その場で小売を
中小養鶏農家の多くは廃業に追い込まれている。
するか小売業者に卸している。また 畜業者か
しかし,1970年代後半から養鶏の新技術の導
ら冷凍で買い付け,北部を中心に卸している業
入や大規模生産によって価格が低下し,国内鶏
者もあった。卸商は,近隣の 150キロ圏という
肉需要も回復をみせてきた。アグロスーペル社
比較的広い範囲の養鶏業者から,ほぼ毎日鳥を
とアリスティア社はもともと養鶏業を営んでい
買い付け,市場に卸していた。
たが,1960年代末にブロイラー産業に参入し,
これらのことから,1960年代までのチリ鶏
新しい技術を積極的に導入して規模を拡大する
肉生産は,自営養鶏農家によって生産され卸商
ことで,他の中小養鶏業者に対して価格優位性
を介した市場取引が中心であったことがわかる。 を持つに至っている。この時期に両社は主とし
当時は食鳥肉の衛生基準が緩かったため設備投
て休眠状態の養鶏農場を買収することで拡大を
資コストが低く食肉処理部門への参入は容易で
図っている。1978∼81年の間のブロイラー大
あり,また卸商が広範囲の養鶏農家から買い付
手の生産羽数を表4に示したが,これによると,
けるシステムであったために農家は代替的販路
スーペル・ポージョ(アグロスーペル社子会社),
を有していたことが垂直統合に向かわなかった
アリスティア,キング,ラ・カルトゥハ,パン
要因と えられる。
チョ・ポージョの5社の比重が,3年間で 68
パーセントから 80パーセントへと急速に大き
2.1970年代∼1990年代
くなっていることがわかる。また,特に上位2
1970年からのアジェンデ政権による社会主
社のスーペル・ポージョとアリスティア社は,
義化の推進は,養鶏産業にも及んだ。国営企業
同時期に生産をそれぞれ 2.5倍に伸ばし,2社
を管理する産業振興
合計のシェアも 51パーセントから 63パーセン
社(CORFO)傘下にあ
る国営養鶏 社(Empresa Nacional Avı
cola:
ENAVI)によって,国家が生産量の調整と販
トに拡大している。
養鶏規模の拡大に伴って,主な飼料であるト
売を管理した。また,トウモロコシなど飼料・
ウモロコシの輸入も増大している
。トウモ
投入財も国が輸入し,その売り渡し価格は実質
ロコシは,主として養鶏・養豚の飼料として用
的に農家を保護する水準に設定された。1970
いられるが,PUC(1983,II-58)の推計によれ
年代前半にはすでに欧米など先進国では産業的
ば,1980年代初めにはトウモロコシの輸入は,
な鶏肉産業が発達して,ブロイラーの生産が伸
鶏肉,鶏卵,養豚の3部門で,3 の1ずつ消
73
研究ノート
表4 1978年∼1981年の企業別ブロイラー生産(単位:1000羽)
上位
上位
上位
1979年
1980年
1981年
累積(%)
累積(%)
累積(%)
1978年
スーペル・ポージョ
アリスティア
キング
ラ・カルトゥハ
パンチョ・ポージョ
全体
10,476
6,081
3,220
2,152
464
32,777
32
51
60
67
68
100
15,484
10,703
3,959
2,256
690
44,470
35
59
68
73
74
100
26,254
15,504
4,876
3,067
3,170
66,471
39
63
70
75
80
100
29,687
18,225
4,780
3,462
3,635
n.a.
(出所)PUC (1983, III-54).
(注)1981年は,全体のデータがないため,累積の比率をあげていない。
表5
順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
業者別トウモロコシ輸入量(トン)
1979年
1980年
1981年
トランスアメリカ
102,675 トランスアメリカ
122,800 ゴンザロ・ビアル
ゴンザロ・ビアル
36,300 クロリックス
54,890 アリスティア農業
チャンピオン
14,000 アリスティア農業
50,261 トランスアメリカ
カウポリカン製
4,400 ゴンザロ・ビアル
47,800 チャロンボ農業
ラ・カルトゥハ
4,400 チャンピオン
30,800 クロリックス
チャロンボ農業
4,400 チャロンボ農業
19,041 ラ・カルトゥハ
サンタ・ロサ農業
4,180 トウモロコシ食品工業 10,150 エル・モンテ農業
エル・モンテ農業
3,225 エル・モンテ農業
8,140 サンティアゴ養鶏農協
アリスティア農業
3,150 アグロ工業社
7,590 チャンピオン
養豚農協
2,750 サンティアゴ養鶏農協
7,000 キング農会
イサベラ養鶏
2,200 ラ・カルトゥハ
6,600 サンタ・ロサ農業
トウモロコシ食品工業
2,100 サンタ・ロサ農業
6,300 ホアン・ラミレス・イルティア
ラ・パルマ農業
1,625 養豚農協
4,569 トウモロコシ食品工業
マリオ・カノア
1,575 ラ・パルマ農業
2,850 ダンカン・フォックス
農産物輸入卸組合
1,100 ホアン・ラミレス・イルティア
2,750 カウポリカン製
80,289
62,476
43,800
20,710
20,670
6,922
6,050
5,885
5,800
4,500
4,143
3,685
2,500
2,133
2,000
(出所)PUC(1983, A. 18)掲載の中央銀行のデータに基づく。
(注)網掛け部 は,ブロイラー生産業者。
費している。輸入業者をみると,1979年と 80
年は穀物
る
。
合輸入業者であるトランスアメリカ
さらに,1980年代初めには,鶏肉販売に関
社が圧倒的に大きいが,81年はアグロスーペ
する衛生基準が定められた。販売される鶏肉に
ル社のゴンザロ・ビアル( 設者,現会長名)
は 畜場の名称と,衛生基準保証,処理日の記
とアリスティア農業社といったブロイラー生産
載が義務付けられている。垂直統合の進展とと
を主とする養鶏企業が上位を占めるに至ってい
もに,衛生基準順守のために必要な設備投資な
る(表5)。主たる輸入元が隣国アルゼンチン
どのコストが,中小農家にとっての養鶏業への
であるのは,養鶏・養豚業者が自身で陸路での
参入障壁となっている[PUC 1983,III-57]。
調達を活発に行うようになったためとみられ
74
その後,1982年からの経済危機時には,42
研究ノート
パーセントという大幅な需要の落ち込みに見舞
まっている。表6には 1988年上半期の輸出金
われ,経営力の弱い中小養鶏業者の多くは淘汰
額を示してあるが,これによると養鶏部門全体
されている。1986年から需要は回復したが,
での輸出は年上半期で 371万米ドルである。そ
87年の時点でブロイラー生産者数は 25業者に
のうち,冷凍鶏肉は 221万米ドルであるが,そ
なり,77年からの 10年間で約 10
のほとんどが日本向けであるという特徴がある。
の1にま
で減少している[Purcell 1989,11]。処理解体
最大手のアグロスーペル,およびアリスティア
施設を中心に,自前で孵卵施設や種鶏生産,配
社は早くから日本向け鶏肉輸出を開始しており,
合飼料工場,そして流通まで所有するアグロ
それにより生産規模を拡大し規模の経済による
スーペル社とアリスティア社といった大インテ
生産性の獲得に至ったと推測できる。さらに,
グレーターと,それ以外の中小養鶏業者の生産
輸出市場の開拓によって,チリの鶏肉生産と品
格差は拡大し,両社は経営不振に陥った中小養
質の水準を国際レベルに高めることにつながっ
鶏業者を買収して所有型のインテグレーション
たとしている
を進めている。この結果,1987年にはわずか
。
寡占的な産業組織の形成に至った政策的要因
5業者で生産量全体の 95パーセントを生産す
として2点を指摘することができる
るに至り,また産地も両社の加工工場があるメ
政府が廃業に追い込まれる中小鶏肉生産者の保
リピージャとカチャポアルといったサンティア
護を全く行わなかった,ということである。こ
ゴ首都圏の南に 83パーセントが集中し,これ
れは,上述のように,軍事政権がそれ以前の政
までの産地であるアリカなどチリ北部や,コン
策である,国家による養鶏産業の管理を否定し
セプシオンといったチリ南部から大きく変化し
ていた,という政治的背景がある。さらに重要
ている。こうして,飼料の輸入に始まり,養鶏
であったのは,ブラジル・アルゼンチンなど競
から処理加工に至る完全な所有型のインテグ
争力の高い近隣諸国に対して検疫管理を理由に
レーションが形成されている(図 11)。
輸入を停止していたことである。これは,コス
1980年 代 の 後 半 か ら は,鶏 肉 の 輸 出 も 始
。まず,
ト面で勝る外国鶏肉の流入を防ぎ,国内寡占企
図 11 1980年代からのインテグレーション
(出所)PUC(1983, III-53)の記述をもとに筆者作成。
(注)➡は鶏の流れ,→はそれ以外の投入の流れを示す。
75
研究ノート
表6
チリ養鶏産業の国別輸出額(1988年上半期)
(単位:1000米ドル)
日本
ボリビア
ペルー
スペイン
香港
アルゼンチン
エクアドル
カナダ
韓国
タヒチ
鶏卵
雛鳥
輸出
額
消費用
種鶏用
2,091
578
514
187
120
118
81
10
5
2
0
367
0
0
0
0
0
0
0
0
0
2
58
187
0
0
0
0
0
0
ブロイラー用 採卵鶏用
0
159
120
0
0
28
0
0
0
2
0
23
0
0
0
0
0
0
0
0
鶏肉
(冷凍)
種鶏用
0
28
336
0
0
90
81
10
0
0
2,091
0
0
0
120
0
0
0
0
0
(出所)Purcell (1989, 52).
業の市場での優位性を保つことにつながった。
チリの軍事政権期は自由貿易を標榜していたが,
寡占的養鶏企業の成長戦略
実際には特定企業の保護がなされていたことに
なる。
チリの養鶏産業で寡占を形成する2企業の経
ここでみてきたように,チリにおける鶏肉生
営戦略には,共通点がみられる。まず,鶏肉処
産の寡占化は,1970年代末から 80年代にかけ
理工場を所有し,1970年代末から中小の養鶏
て進んだと
農家を買い取ることで所有型のインテグレー
え ら れ る。こ の 要 因 と し て は
1970年代後半に新しいブロイラー生産技術の
ションを進めてきたことである。また,1980
導入に成功した2社が休眠している養鶏農場を
年代からは,自社のコールドチェーンを確立し,
買い取って企業規模を拡大させたことがある。
これを基盤に豚や七面鳥といった他の生鮮食品
さらに,1980年代前半の衛生法の改正で認可
の多角化も進めていることである。以下では,
された鶏肉処理場以外への流通が困難になった
2社の企業成長と経営戦略を具体的に検討する。
こと,同時期の経済危機による国内消費の急激
な低下のために経営が困難になった中小養鶏農
1.アグロスーペル社
場をアグロスーペル社とアリスティア社が積極
⑴ 企業の発展
的に買収し,規模の経済を獲得したことである。
アグロスーペル社は,鶏肉生産で 60パーセ
このために,新規参入は困難となり,1990年
ントという圧倒的なシェアを誇る。同社の 設
代初めにやや業者数の上昇もみられるが地方市
は,ゴンサロ・ビアル現会 長(Gonzalo Vial
場向けの小規模農家が多く,2社による寡占体
Vial)が,チリ・カトリカ大学農学部の2年生
制が形成された。
であった 22歳の時に,サンティアゴの中央市
場と,その南に隣接する州のランカグアとド
76
研究ノート
ニーウェに鶏卵と鶏肉を卸す家禽商を開始した
1980年代前半の経済危機で鶏肉の国内需要が
1955年にさかのぼる。養鶏は,1000羽のニワ
落ち込んで生産設備が過剰となったために,遊
トリを購入し,2人の労働者を雇い, 親がコ
休設備を利用するために本格的に開始された。
ルタウコに有する小さな農場で鶏卵を生産する
養 豚 の 技 術 に つ い て は,ビ ア ル 会 長 自 身 が
ところから開始された。チリにブロイラーが導
1984年にイギリス,カナダ,スペインに渡航
入されたのは 1960年で,この将来性に目をつ
して学んでいる
。
けたビアル氏は,1960年に銀行から融資を受
1986年には,食肉工場に併設する敷地を利
け 30ヘクタールの土地をロ・ミランダに購入
用して,果物輸出会社のスーペル・フルット社
して最初の処理解体場を
を立ち上げている。また,1988年には,ソー
設し,鶏肉会社の
スーペル・ポージョ社を立ち上げた。2年後に
セージなどを生産するセシナス・スーペル社を,
は豚肉会社のスーペル・セルド社を設立してい
89年 に は サーモ ン 養 殖 の ブーム に のって,
る。企業の拡大は主として利益の再投資による
スーペル・サルモンのブランドを生産するロ
自己資本で行われたため,1980年代の金融危
ス・フィオルズ社を設立している。2000年の
機による債務コストの上昇の問題は発生しな
データでは,アグロスーペル社全体では約4億
かった。一方で資本力の弱い他の中小の養鶏業
米ドルの売り上げがあるが,このうち養鶏部門
者が廃業するなか,これを買い取って 1980年
は 51パーセントで,養豚部門と加工肉部門が
代中旬以降の生産拡大の契機としている(表
46パーセント,残りの3パーセントが果物な
7)
。
どそれ以外となっている
アグロスーペル社は,水平統合を進めている
企業としても知られる(図 12)。養豚部門は,
表7
養鶏業開始
設者
現社長
本社所在地
鶏肉事業 野
養鶏農場
農場規模
鶏肉処理・加工
工場所在地
従業員
処理能力
ブロイラー出荷
売上高
他事業
。さらに 2001年
にはビーニャ・ベンティスケーロを 設し,ワ
イン生産にも事業拡大している。
アグロスーペル社概要
1960年(家禽商−鶏肉加工)
ゴンサロ・ビアル
ゴンサロ・ビアル
ランカグア(第 州)
飼料 孵卵 養鶏 処理・加工 流通
アグリコラ・スーペル,アグロ・タンテウエ
1500棟( , ,首都圏州)
ロ・ミランダ
サン・ビセンテ
4000人
月間9万トン,1時間あたり2万 4000羽
1億 3100万羽(2007年)
2億 2100万ドル
豚 果物 加工肉 サーモン ワイン
(出所)ア グ ロ スーペ ル 社 ホーム ページ(http://www.agrosuper.
cl/−2008年2月1日閲覧),および聞き取り調査をもとに筆
者作成。
77
研究ノート
図 12 アグロスーペル社の事業多角化
(出所)Que Pasa 誌(2005年 12月 17日)
,および聞き取り調査(2007年8月 29日実施)をもとに筆者作成。
近年では,買収による事業の拡大がみられる。 カサブランカの3カ所にある。原料となる穀物
1996年には,七面鳥肉生産で 60パーセントの
は,価格に応じて国内産と海外産を配合して
シェアを有するソプラバル社を購入した。また, 用している。ここで製造された飼料は,原種鶏
2000年には鶏肉産業で4パーセントのシェア
用の からブロイラーの仕上げ 用まで幅広く
を有し業界4位であったポージョス・キング社
供給している。また独占的なトウモロコシの輸
を買収し
入会社を傘下に有している
,業 界 2 位 で 30パーセ ン ト の
。養鶏部門は,
シェアを有するアリスティア社を売上高で大き
グループ内のアグリコラ・スーペル社とアグ
く引き離している
ロ・タンテウエ社が担っている。両社は 畜処
。
⑵ 鶏肉生産・流通と販売
理解体場に近い第 州,第 州と首都圏州に農
アグロスーペル社は,完全インテグレーター
場があり,1500の養鶏舎を有する。年間の出
の強みを生かした,統合された高い養鶏技術を
荷数は 9200万羽にのぼる。
有している。育種も自社で行い,イギリスのア
食肉解体処理工場は,ロ・ミランダとサン・
ビアジェン社からロス種の原種鶏を輸入し,自
ビセンテの2カ所に所有し,いずれも,自動化
社でブロイラー用のヒナ鶏を生産している。孵
が進んだ最新式の機器を導入している。ロ・ミ
卵場は,工場のあるロ・ミランダと,ラス・ア
ランダ工場は,6800平方メートルの敷地に従
ラ ニャス,ク ラ カ ビ に あ り,
面積は1万
業員 440人を抱え,1週間で 11億羽の処理能
2000平方メートルである。ここでは,鶏卵の
力がある。サン・ビセンテ工場は2万 6000平
成長のために最新の技術が用いられ,厳しい温
方メートルの敷地に従業員は 2000人,1週間
度コントロールと衛生管理のもとで 21日間保
に 18億羽の処理が可能な施設である。ここで
育される。初生ビナの年間生産量は1億 5000
生産された製品は,スーペル・ポージョのブラ
万羽である。ここで生産された初生ヒナは,鶏
ンド名で販売される。加工機器はデンマークの
肉業界3位のドン・ポージョ社にも供給されて
ストーク社製,および日本の前川製作所のもの
いる。
が われている
飼料工場は,ロ・ミランダ,ロンゴビーロ,
78
。
流通網も自社のみでチリ全土をカバーし,完
研究ノート
全なコールドチェーンを確立している。企業グ
でみると 60パーセントと2位のアリスティア
ループ内のスーペル運輸社という運輸専門会社
社を大きく引き離している。また,アリスティ
が,冷蔵設備の整ったトラックを自社所有し,
ア社は,2002年の鳥インフルエンザの発生時
処理解体場と国内に 28カ所ある物流センター,
にアグロスーペル社から資金的支援を受けてお
そして卸商や小売店をつないでいる。さらに,
り,それ以降実質的には経営干渉を受けている,
海外にも,アトランタ,ロンドン,ミラノ,そ
ともいわれる
して東京に販売事務所を開設している。運輸で
は価格リーダーシップを発揮して,アリスティ
は,鶏肉だけでなく,グループ内企業の製品で
ア社の損益 岐点のわずかに上になるように販
ある豚肉や加工肉も扱っており水平統合の効果
売価格を設定し,独占規制を回避するために複
を発揮している。
占構造を保つ戦略をとっている
。同時に,アグロスーペル社
。
同社の強みは品質管理能力である。1990年
代には孵卵場,養鶏場,飼料工場,食肉処理工
2.アリスティア社
場に最新技術を有した設備を3億 5000万米ド
⑴ 企業の発展
ルかけて導入している。このうち約 12パーセ
アグロスーペル社と同様,アリスティア社も
ントは環境対策技術に用いられているものであ
所有型の垂直統合と,加工・流通部門を核とし
る。完全な垂直統合が形成されていることから
た食品部門への多角化に特徴がみられる。
国 際 的 な 衛 生・品 質 認 証 の 取 得 も 容 易 で,
HACCP(ハザード
析に基づく 重 要 管 理 点)
,
ISO 9001,ISO 14000 を取得している。
鶏肉産業第2位のアリスティア社は歴 の長
い典型的なファミリー・ビジネスである。1793
年にフランシスコ・アリスティア(Francisco
スーペル・ポージョ社の販売額は年間 2 億
Ariztı
a)がヨーロッパからチリに移民して中部
2100万米ドル,鶏肉出荷量は 22万 3000トン
で農業経営を開始した。19世紀の末にリカル
にのぼる。売り上げの 55パーセントは国内向
ド(Ricardo Ariztı
a Pinto)が メ リ ビージャ銀
けで,メディア等で積極的な広報活動を繰り広
行の役員としてメリピージャに着任し,ワイン
げ国内の鶏肉消費全体を伸ばす原動力となって
農園を開始している。20世紀の初め,息子の
いる。海外には,イギリス,イタリア,オラン
エルナン(Hernan Ariztı
a Bascuna)が,ワイ
ダ,ドイツなどのヨーロッパ市場向けが年間
ン産業に従事すると同時に果物生産を開始して
9500トン,メキシコ,ペルー,エクアドル,
いる。
アルゼンチン,カリブ諸国向けが年間 9000ト
養鶏産業の開始は 1936年で,2万羽の雌鶏
ンとなっている。また,高度な育種技術を有し
から鶏卵生産を始めている。1952年にはその
ていることから,アルゼンチン,エクアドル,
息子のマニュエル(M anuel Ariztı
a Ruı
z)が果
コロンビアなどに,ブロイラー用卵や初生ヒナ
物生産と養鶏業を引き継ぎ,67年からブロイ
を輸出している。
ラーの生産に着手している。1961年のエルナ
現在は,アグロスーペル社が鶏肉産業での圧
倒的な市場支配力を有している。市場のシェア
ンの死後,アリスティア家の資産は遺族間に
配 さ れ た が,74年 に は マ ニュエ ル が ア リ ス
79
研究ノート
ティア家所有の養鶏関係の資産をすべて買い取
り,以後の発展の基盤をつくっている。1980
図 13 アリスティア社の 野別売り上げ
(2004年)
年代には他の養鶏農場を買い取り,当時最新の
生産設備を導入して積極的な拡大戦略をとった。
1974年に年9パーセントのシェアであったの
が,81年には 30パーセントへと伸びている。
また 1985年には,日本への輸出も開始してい
る。1990年代には,多角化の一環として七面
鳥 の 生 産 を 開 始 し て い る。現 在 で は,年 間
7000万羽の鶏を生産し,その 20パーセントを
(出所)Feller-Rate (2005).
米州,欧州,日本,太平洋諸国の 30カ国に輸
出している
。売り上げの約半
を占めるの
が 国 内 市 場 向 け の 鶏 肉 で あ る が,輸 出 も 15
企業の所有・経営の形態は典型的なファミ
パーセントとなっている。七面鳥事業も拡大し
リー・ビジネスとなっている。企業の株主は,
ており,国内向けが 13パーセント,海外向け
現在でもマニュエルとその8人の息子のみであ
が 11パーセ ン ト で あ る。そ の 他 と し て は,
る。経営はマニュエルが会長を務め,息子のエ
チーズなど乳産品や他の農産品からなる(図
ウ ヘ ニ オ(Eugenio)が 経 営 部 長,フェリ ペ
13)
。
(Felipe)が加工部長,パウロ(Paulo)が調達
アリスティア社は,2003年からグループ組
部長,マルセロが新規事業部長となっている。
織の近代化を図っている。これまで不明確で
さらに娘婿のニコラス・ゴンザレス(Nicolas
あったグループ内の関係を,17の有限会社に
Gonzales)が技術・加工社の社長を務める。マ
社化して出資関係を明らかにしている。グ
ニュエルは,孫の世代にファミリー・ビジネス
ループの中核になるのがアリスティア農業であ
を継承する方針を明らかにし,その教育に努め
り,グループの資産と収入の約8割を占めてい
ている
る。一方,アリスティア商事は,鶏と七面鳥,
。
グループは,2002年から積極的な設備投資
その加工品の販売を手がけ,また,オチャガビ
を行っている。鶏肉生産増産と種鶏飼育場の
ア工業とエル・パイコ農工業は食鳥の処理解体
散,鶏の疾病予防措置,そしてエル・パイコ食
を行っている。生産拠点は,中核となるメリ
鶏処理場の拡張を目的としたものである。投資
ピージャの他に北部のアリカにも養鶏農場を有
はこれまで自己資金に依ってきたが,2004年
しているが,そこではタラパカ農業が中核に
には債券発行によって資金調達を行い,5年債
なって鶏肉生産を行い,飼料,物流,販売の各
で 63億 5000万ペソを調達している。
業務で
社化している(図 14)。また,近々養
豚事業にも 進 出 す る 意 向 を 明 ら か に し て い
る
80
。
⑵ 鶏肉の生産・物流
アリスティア社は農業部門から開始したこと
もあり,飼料の自社生産比率も高く,トウモロ
研究ノート
図 14 アリスティア・グループ企業組織(2005年)
(出所)Feller-Rate (2005).
コシの 50パーセントが自社生産となっている。
大豆はアルゼンチンより輸入され,価格はリス
お わ り に
ク回避のため先物固定取引となっている。原種
鶏はコッブ 500を 導 入 し,養 鶏 場 は 800ヘ ク
チリの鶏肉産業は,近年高い成長を遂げてい
タール程度の規模で 12カ所所有している(表
る。国内市場の拡大と,輸出の増加を背景とし
8)が特徴的であるのは,肥育農場の中で飼料
て国内生産は大きく伸びている。飼料穀物の多
作物も栽培していることである。 畜処理解体
くを輸入に依存し,国による保護政策はほとん
工場はオチャガビアにあり,そこで用いられる
どないが,高い技術と処理・加工工場への最新
処理解体機械はオランダのメイン社,冷蔵施設
設備の導入により,国際的にも高い競争力を有
はイギリスのスターフォレスト社の最新のもの
する産業となっている。
が導入されている。流通は 20の物流センター
チリの鶏肉業の産業組織は,完全所有型の垂
を所有し,小売は主としてスーパー向けであ
直統合によって上流から下流まで特定の企業に
り
よって担われており,世界的にみても特殊な構
,輸出についても,メキシコのスーパー
が主たる流通経路である。
造といえる。本稿では,パッカーによる寡占市
場が形成され,かつパッカーが多角化戦略をと
る場合には,このような構造が効率的であるこ
81
研究ノート
表8
養鶏業開始
設者
現 CEO
本社所在地
鶏肉事業 野
鶏肉処理・加工
工場所在地
ブロイラー出荷
他事業
流通拠点
アリスティア社概要
1936年(鶏卵生産から)
エルナン・アリスティア
マニュエル・アリスティア
メリピージャ(首都圏州)
飼料 孵卵 養鶏 処理・加工 流通
オチャガビア,エル・パイコ
7000万羽(2007年)
七面鳥,加工肉,鶏卵(北部)
,チーズ
アリカからプンタ・アレナスまで 20カ所
(出所)ア リ ス ティア 社 ホーム ページ(http://www..ariztia.cl/−
2008年2月1日閲覧),および聞き取り調査をもとに筆者作成。
とを不完備契約論のフレームワークを用いて示
されている。本稿ではさらにこれを進めて,養
した。
鶏産業において所有型の垂直統合が形成される
寡占的構造については,歴 的に形成されて
きた。多くの要因が指摘できるが,1980年代
要因を,寡占的な産業組織と多角化をすすめる
農業企業の経営戦略の面から明らかにしている。
の経済危機による中小養鶏農家の倒産,および
大規模養鶏企業による積極的な買収と,近代的
な養鶏設備投資をあげることができる。また,
(注1) 鶏インフルエンザの種類は H7N3 型と
呼ばれるもので,2002年5月に第
州サン・ア
検疫制度やトレーサビリティーの導入も,参入
ントニオ県にあるアリスティア社の農場で発生
障壁を形成する要因となっている。
した。この農場は隔離され,農場から半径 10キ
寡占企業は,垂直的な統合とともに,多角化
も進めている。業界1位のアグロスーペル社は,
養鶏では遅れて 1955年に小規模の鶏卵生産か
ら開始したが,60年代からのブロイラー生産
では先駆的な存在となった。養豚事業をはじめ,
果物やサケ養殖,ワイン,といった水平的拡大
にも積極的である。第2位のアリスティア社は,
農業から開始した歴
の長いファミリー企業で
あるが,やはり養鶏だけではなく,七面鳥や養
豚など事業への拡大を活発にしている。
これまでの経済学の枠組みでは,農業部門は
競争市場が仮定されることが多かった。しかし,
ロが衛生管理地域に指定されている。疫病の蔓
防止策として,発生農場の雌鶏 43万羽のすべ
てが処
されている[
『畜産の情報』2002年8
月]
。
(注2) 積雪量が多い場合は冬季に年数日は閉
鎖することもある。
(注3) 飼料要求率は,鶏の体重に対する消化
飼料重量を指数で示したもので,1キロ増体す
るために必要な飼料の重量である。ブロイラー
の生産効率を示す一般的な指標で,この値が低
い方がより効率が高い。
(注4) 省力化は近代的養豚業も同様で,3300
頭を飼育する豚舎1棟あたりの飼育作業員は1
人である。
(注5) リーデルなどスーパー大手は,畜産部
アグロインダストリーの発展で,実際には市場
門のプライベート・ブランドの構築を始めてい
ではなく垂直的調整が多くみられることが指摘
る。これにより,従来小規模で独立性の高かっ
82
研究ノート
た鶏卵生産や牛肉生産において,日本でみられ
不完備契約理論をめぐる論争が特集されている。
るような畜産業と小売業との間の経営資源依存
論点のひとつは,契約が不完備になるのはどの
が成立し,フードシステムが形成されてきてい
よ う な 状 況 か,と い う 問 題 の 精 緻 化 で あ り,
る。日本での事例は,斎藤(2001)参照。
Segal(1999 )では,財の種類が多く複雑な取引
(注6) 最大手アグロスーペル社は日本ハム社
環境では契約は不完備になることを示している。
へ主として輸出している(日本ハム社での聞き
(注 12) ホールドアップの問題は,初期投資が
取り。2007年8月 30日)。また,2位のアリス
莫大で,かつ地理的な関係特殊性が高い鉱業や,
ティア社は,三井物産を通じて日本への輸出を
発電にもみられる。Joskow(1985)では,米国
行っている(2007年9月6日)
。
における石炭産業と発電との関係を
(注7) この他にも,投薬の制限量など,輸出
先国毎に異なる規制に対しても SAG が情報を提
供し,相手先国規格毎の認証を発行している。
(注8) 日本ハム社での聞き取り(2007年8月
30日)
。
(注 13) 契約履行における政治・社会的要因が
影響する例としては,大干ばつが生じて農産品
生産物に大被害が出た場合,契約農家が政府に
訴えることで,インテグレーターに対して負債
(注9) 米国におけるインテグレーションの形
態は,歴
析してい
る。
の返済を遅らせることなどが えられる。
とともに推移している。1970年代ま
(注 14) このような契約生産は,米国で観察さ
では,飼料会社がインテグレーターとなり養鶏
れる形態と似ている。異なるのは,米国におい
農家と契約を結ぶ形態であったが,飼料会社は
ては,養鶏農家の鶏の売り渡し価格が,2段階
養鶏業から撤退し,代わって処理解体業者がイ
トーナメント制で決められ,変動リスクが農家
ンテグレーターとなっている。しかし,垂直的
とインテグレーターとの間でシェアされている
調整が契約に基づくという点では変わっていな
ことである[Vukina 2001]
。
い[M artinez 1999 ]。
(注 15) 2009年8月 29日の ODEPA(農政調
(注 10) 牛肉については主として国内向けであ
ることから処理基準が緩く,また,食鳥のよう
査局)でのインタビュー,および内部資料によ
る。
な頻繁な感染症の発生がなかったために,冷蔵
(注 16) ブロイラーの肥育には,重量の約 60
施設などもない市場(Feria)での生体の取引の
パーセントに相当するトウモロコシが必要とさ
比率が高かった。しかし,口蹄疫への懸念から
れる[PUC 1983]
。
1993年 に なって 制 定 さ れ た 食 肉 法(Ley de
Carne)によって,処理場の設置基準が厳しくな
り,これ以降,冷蔵・消毒施設などを備えてい
(注 17) 2007年 9 月 13日 食 鳥 協 会(APA)
会長オバージェ氏へのインタビュー。
(注 18) 2005年 11月 15日 号『エ ス ト ラ テ ヒ
な い 従 来 の 処 理 場 は 閉 鎖 さ れ,1993年 に 232
ア』誌での,マニュエル・アリスティアへのイ
あった処理施設が 1997年には 110にまで減少し,
ンタビュー。
今後も処理場の集中化の傾向は進む見通しが示
されている。Dresdner(2004)では,処理場の
集中に伴い,これまで小規模に
散していた生
産者の集中やパッカーによる川上部門の統合の
可能性が示されている。
(注 11) 不完備契約論の詳細については,その
(注 19) 2008年8月 29日 ODEPA でのインタ
ビュー。
(注 20) 2007年5月 28日付け『エル・メルク
リオ』紙による。
(注 21) 2000年1月 25日付け『エル・メルク
リオ』紙による。
代表的論者である Oliver Hart の解説書[Hart
(注 22) 買収によって経営上は統合したが,
1995]を参照。また,The Review of Economic
ポージョス・キングの販売戦略は異なることか
Studies 誌 1999年1月号(Vol.66,No.1)では,
ら,商標は残している。
83
研究ノート
(注 23) さらに,チリ北部の第
州ウアスコ市
に畜産とオリーブ加工工場の6億米ドルの
設
Agriculture: Vertical Coordination in the U.
S. Food System. eds. Jeffrey S. Royer and
計画が注目されてきた。しかし,2008年の世界
Richard T. Rogers. Hants:Ashgate Publish-
同時不況の影響で同年末に操業
期を決定して
ing.
い る[『エ ル・メ ル ク リ オ』紙
2008年 2 月 3
日]
。
CICE 2005. Comportamiento empresarial-caso:
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(注 24) これが鶏肉産業における圧倒的な市場
支配力の背景になっているという指摘もされる
(2008年8月 29日 ODEPA でのインタビュー)。
(注 25) 今後,エアー・チラーの導入により,
一層の品質向上が図られる予定である。また輸
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