VAN事業の今後を考える - 全国地域VAN事業者協議会

創立10周年記念号(03 年 9 月 18 日)
『VAN事業の今後を考える』
VAN事業運営を中長期的に本気で考える人たちに
全国地域 VAN 事業者協議会 代表理事 福島 健彦
(大阪商工会議所 経営情報センター 運営顧問)
地域VAN事業者の中に、今後の事業運営について懸念を示す人が増えてきている。
その理由は以下にまとめられる。
(1) 長期的な景気低迷による利用者とくに小売業の倒産
(2) インターネットの急速な普及を背景とする地域VAN利用者の減少
(3) 低価格の EDI パッケージシステムの普及による、卸売業の自社VANの利用拡大にともなう地
域VAN利用者の減少
(4) 決済窓口や宅配窓口など大手小売店のサービス強化に対し、地域VAN事業者が同等のサ
ービスを提供し得ないことによる利用者離れ
(5) 多様な利用者端末機、通信手段の受け入れ態勢作りが不十分なことによる利用者離れ
(6) データスイッチングと付加サービス以外の多様なサービスの提供が十分でないことによる利
用者離れと収益性の悪化
これらは、個々に見れば地域VAN事業者の経営規模などからして致しかたのない理由に見え
るが、中長期的には地域VAN事業者自身の問題点としてみていかなければならない事項が多
い。
一方、中小流通業のIT化は一部の例外を除き、依然として立ち遅れが目立っている。「IT化はコ
ンピュータシステムと人的システムの双方が有効に機能しない限り進展しないものである。」という
事実から見ると、中小流通業者が自社だけのシステムと運営組織で流通業界に生き残ることは困
難であり、地域ネットワークサービスが、今後とも地域情報化、中小企業情報化のインフラとしてそ
の存在が要求されることは明らかである。
ただし、地域VAN事業者がこれまでのサービスメニューとサービス形態のままでは多くの要求に
こたえていくことができないのも事実である。
時代の流れの中で問題点を捉え、以下に示すようなさまざまな対応策を考えていかなければな
らない。
1.総合ネットワークサービス機関への展開
データ交換サービスと付帯サービス提供を主たるサービスメニューとするVAN事業からネットワ
ークを活用した総合サービス提供事業への転換を図る。
既存顧客への対応
地域VAN事業者の利用者の大半は中小流通業者であり、総合的なIT化を実現していないこと
が多い。それにもかかわらず、地域VAN事業者のサービスは、データ交換とその関連業務に限
られているケースが多い。これは、それら事業者に対して現在のサービス以外の多くのサービス
を提供できる余地があるということである。地域VAN事業所が一般のソフトベンダーと比べ優位
とされる点は、現時点で多数の顧客=システム利用者を持っていることである。あわせてそれら
の多くはいわゆる“顔の見える顧客”であることである。
新しいサービスを早急に準備し提供できる体制作りが必要である。
2.サービス展開の方法について
これまでのセンター独自開発・独自サービスの形態からの脱皮が必要である。
例外はあるもののVAN事業者の多くは、独自のサービスシステムを自社で開発し、利用者を獲
得してきた。この方法は事業開始からしばらくは致し方のない方法であったかもしれない。
しかし、オープン系の機器やシステムの普及にともない、大小多くのソフトウェアベンダーから
多様なサービスシステムが、パッケージソフトウェアやASPサービスとして提供されるようになっ
てきた。これらの中には、現在、地域VAN事業者が利用者に対して新たなサービスとして提供で
きると考えられるものも多い。さらに、地域VAN事業者が基本サービスの拡張機能として備えて
おきたいものも存在している。
もちろん、全国地域VAN事業者協議会に加入している事業者同士の協力関係を強化すること
も重要な課題である。
センター同士のコラボレーション
VAN事業者同士の協力はすでに一部では実施されているが、十分ではない。コラボレーション
の形態は多様であり、個々の機関の設立事情や運営実態の相違を超えた仕組みづくりが必要
となる。事業者同士のコラボレーションのさまざまな形態を考えてみる。
○ 特定システムのノウハウの交換
○ システムの共同開発
○ 共通サービス機能の共同開発(商品コードサービスなど)
○ 新規サービスシステムの共同開発
○ システム利用機器の共同企画・採用(ハンディー端末機など)
○ ネットワークの相互接続によるサービスエリアの拡大
○ 保有サービスの他センターへの供与(システム販売、ASP的供与)
○ その他、システムの共同運用、ネットワークセンターの共同運用
などが考えられるが、後の項で述べる。
ASP事業者との連携
ASPは「Application Service Provider」のことであり、本来はインターネットを利用し、アプリ
ケーションソフトウェアをネットワークシステムの中で利用する仕組みを提供する事業者のことで
あるが、わが国では事業者、サービスのいずれの意味にも使われているため、論旨を正確に伝
えるため、あえて以下の表記をすることにする。
・サービス提供事業者:ASP事業者
・ASP事業者が提供するサービス:ASPサービス
・ASPの概念(仕組み):ASP
ASPサービスが次世代における中小企業IT化推進の決め手のひとつと期待されている。本
来、地域VAN事業者のサービス提供方法は、インターネットが普及した時期であれば「ASP」と
称するべきサービス形態である。このような地域VAN事業者がASP事業者を名乗らないのが不
自然なくらいである。
一方で、地域VAN事業者が現在のサービスメニューのままASP事業者を名乗るのは得策で
はない。他のASP事業者等との提携によるサービスメニューの大幅な拡大や、運営体制の整備
を行ったうえで、地域の中小企業のためのASP事業者を名乗るのが最善であろう。
ASP事業者は受託ソフトの開発を主要な業務とし、その延長上でパッケージソフトウェアやAS
Pサービス対応のソフトウェア開発を行ってきた事例が多く、さらに、1から数個のサービスシステ
ムしか持たず、小規模なサーバーと脆弱なネットワーク環境のもとでサービスを実施しているケ
ースが多い。ASP事業者の多くはネットワークサービスセンターを運営するノウハウを持ち合わ
せていないのである。
大阪商工会議所経営情報センターが事務局機能の一端を担っている「大阪府中小企業IT化
推進協議会」は、中小企業のIT化を支援するための組織であり、具体的な目標を「ASPの中小
企業への利用普及を推進し、中小企業のIT化の促進を支援する」ことにおいている。現在、ASP
事業者約50社と、近畿経済産業局、大阪府、大阪商工会議所、大阪府商工会議所連合会、大
阪府商工会連合会などを会員として活動を行っている。ASPは中小企業のIT化推進に極めて
有効な仕組みであることは専門家の間では広く認識されているが、中小企業に認識され利用さ
れている事例は少なく、利用も進んでいない。これは、いくつかの理由を指摘することができる。
○ ASP事業者がそのメリットを中小企業に広報する手段を持っていない。結果的に
企業ではASPについての認識の度合いが低い。
中小
○ これまでのように、営業担当者が個別の中小企業にアプローチする営業手法は採算性の面
で不適当である。
○ ASPサービス利用の方法が技術面、契約・利用経費、トラブルシュートなどについて標準化
が進んでいない。デファクトスタンダードといえるものも存在しない。
このような課題を抱えるASP事業者と地域VAN事業者が協力関係を構築すれば、きわめてサ
ービス能力の高いネットワークサービスセンターが実現できる。協力の形は以下である。
○ ASP事業者は、それぞれのサービス窓口を地域VANセンターに委託する。
○ 個々のVAN事業者は、協力関係にあるASP事業者のサービスを自らのサービスとして、既
存の顧客に提供する。さらに新規顧客の獲得に努める。ASP事業者が独自に顧客を開発す
ることを妨げない。
○ ASP事業者のサービスに利用するサーバーの所在を、地域VAN事業者のネットワークセン
ターとすることに拘らない。ASPサービスはインターネットを経由して行われることを前提とし
ており、サービス提供用のサーバーが自センターに存在することはなんら必然性がない。
○ 利用者に対する料金体系、VAN事業者とASP事業者との収益分配のルールは全国統一と
する。
ASP事業者とVAN事業者の協力関係推進の窓口を「大阪府中小企業IT化推進協議会」と「全
国地域VAN事業者協議会」とするのも一つの方法である。
パッケージソフトウェア事業者との連携
中小企業にとってパソコン用パッケージソフトの有効利用は、IT化推進の有効な手法の一つで
ある。近い将来ASPサービスの利用と競合することも考えられるが、
○ パッケージソフト・・システムの変更がないもの、少ないもの:統計・分析など
○ ASP・・・システムの変更が頻繁に行われるもの:給与計算など
のように、システムの特性にあわせた使い分けにより、それぞれの利用分野が考えられる。
すでに一部の地域VAN事業者では、特定分野のパッケージソフトを提供事業者と提携して、販
売・斡旋を行っているが、今後本格的な取り組みを議論する価値があるテーマである。
3.センター運営形態の効率化
地域VAN事業者の多くは、自らコンピュータを保持しネットワークセンターを運営しているが、
ネットワークサービスを確実に展開するには、以下に指摘するように中長期的には優れた方法
であるとは言いがたい。
○ インターネットを活用したネットワークサービス事業を実施する場合、単独でセキュリティを確
保することは困難であること。
○ 休日や、定時外のサービスの要求は今後さらに拡大すると考えられ、地域VAN事業者が
個々に安定したサービス体制を確保することは困難である。
○ ASPサービスを提供し拡大する場合、スイッチングサービス以上のコールセンター機能の確
保が必要になる。
このような理由から、今後はデータセンター活用、コールセンター活用または共同運営などに
より、効率的なセンター運営の形態を実現していかなければならない。
データセンター(iDC)の活用
データセンターのサービスは、高いセキュリティを保証する「ハウジング」、「ホスティング」、「ネ
ットワークの提供」などである。地域VAN事業者が現在の事業規模でこれらと対抗するサービ
スを実施することは困難というだけでなく、技術的にも事業運営のコストからも得策ではない。む
しろ、現在のこれらのサービスを利用することによりコスト低減が図れる時代を迎えつつあると
認識すべきである。
データセンターの多くは、ハードウェアとネットワークを提供することだけに終わっているものも
多い。計算サービスや、ASPサービスを実施しているものでも、中小企業向けのサービスを持
っているものは少ない。
地域VAN事業者が中小流通業を顧客として得てきた「中小企業へのサービスのノウハウ」を
生かし、新しいサービスをデータセンター事業者と共同事業とて開発するのも新しい事業展開
の方法のひとつである。
さらに、今後利用企業に提供する機器や、ネットワークが多様化することに対応し、特定のデ
ータセンターに、通信と機器接続のフロントエンド機能を集約することによるシステム運営の合
理化などの方策も急ぎ検討する必要がある。
コールセンターの共同運営
地域VAN事業が生き残ってきた大きなキーワードのひとつは、システムサービスに付随した
きめ細かいサービスである。発注データ等の集信・配信状況などをはじめとするネットワーク利
用に関するコールセンター的なサービスは、大手ネットワークセンターと比べ優位性が明白であ
る。
一方、コールセンターのサービス水準を維持するには、人的に大きな負担がかかることが多
い。すなわち、運営コストが大きくなる要因となっている。
端末機の設置や、システムのインストールなど利用企業を訪問して行うサービス業務は今後
とも地域VAN事業者が、「地域密着型のサービス」として継続していかなければならないもので
あるが、「コールセンター」業務はVAN事業者が個々に行うことが必須のものではない。マニュ
アルを整備し複数の地域VANセンターが共同のコールセンターを利用する体制が実現できれ
ば、コスト削減の効果はきわめて大きいと考える。
4.電子商取引市場、インターネット情報提供機関との連携
近年、インターネットを活用した電子商取引市場、情報提供機関が展開を進めている。わが
国の長期的な景気低迷の下で、当初期待されたほどには展開の速度は速くないが、早晩これ
らの仕組みが、社会的な仕組みとして大きな地位を占めることは疑いのないところである。
地域VAN事業者のネットワークサービスの主たる利用者である中小流通業にとっても、この
動きと無関係に事業を継続することができなくなってくることが予想される。
卸売業の場合、小売店舗との取引拡大を図るには、これまでのようにメーカーからの提案商
品だけではなく、開かれた電子市場の中から、自社のノウハウをもとに新商品を発掘し、小売
業に提案していかなければならない。食品関連の電子市場である「インフォマート」は、現時点
では数少ない電子市場の成功事例であるが、利用会員6千社の中には、商品供給側、購入側
双方にかなりの数にのぼる卸売業の名前が見られる。新商品開発・取引に熱心な卸売業で
は、既に電子市場の活用をはじめているのである。
地域VANセンターが、有用と思われる電子商取引市場、情報提供機関と提携し、中小卸売
業や小売業に対し新しいサービスを提供する体制を確立することも緊急の課題である。
5.地域サービス機関としての特質を生かした活動を
地域密着のサービスの開発
ネットワーク社会においては地域密着型サービス提供機関の活動はさらに重要になってくる。
セブンイレブンなどのコンビニエンスストアーが、B2C 電子商取引の商品受け渡し窓口、決済
窓口になっているのは典型的な事例である。個々の地域VAN事業者が自身で開発・サービス
を行うのが困難なものでも、VAN事業者同士また関係機関との協力によるサービス提供の方
法は多数存在する。単独のVAN事業者の提案で協力関係が成立しなくても、全国の事業者が
手をつなげば協力関係を持ちたいとするサービス事業者は多数存在するはずである。
コンサルティング機能の整備
地域VAN事業者は、これまで“計算センター”“ネットワークセンター”の立場で事業を運営し
てきた。IT技術、ネットワーク技術の利用方法、利用範囲の変化、拡大のみならず卸売業、小
売業の業務内容の変化もこれまでになく激しい時代を迎えている。地域の流通業が生き残り発
展するためには、地域VAN事業者は「中小流通業のためのコンサルティング機能」を持つこと
が必要になってくる。
地域の公的機関との連携
国や地方自治体はさまざまな支援機関を設け、地域発展のための支援施策を実施している。
地域中小企業団体、中小企業支援機関、情報化推進機関等との連携も、今後の課題である。
6.終わりに
地域VAN事業が大きな転換期を迎えていることに異論はないだろう。地域VAN事業者は、新
規サービスの開発だけではなく、これまで築いてきた地域密着、利用者密着型のサービス事業
運営から得たノウハウを武器として、大手ネットワーク事業者、ソフトウェア開発事業者に対する
絶対的な優位性を生かした新しい形態の総合ネットワークサービス事業者への転換を図らなけ
ればならない。
そのために、これまでの記述を踏まえ、社会的な仕組みづくりのための基本的な考え方を述
べておく。
開かれたネットワークサービスの構築を目指す
そのための基本的な考えの一つとして、『何ら論拠のない言説を無批判に受け入れないこ
と』、『中長期的に事象を判断し、事業展開の方策を立てること。』がある。
“インターネットの普及によりVAN事業は社会的に無用になる”
これは、典型的に論拠のない事例である。インターネットは確かに中小企業や個人まで、パソ
コンと通信ネットワークの利用を可能にした画期的な仕組みであるが、現在VAN事業者の主要
なサービスメニューである“確実な発注データのスイッチングと付帯サービスをそのままで代替
できるもの”ではない。通信手段としてのインターネット利用の拡大にあわせて、ASP的な多様
なサービスシステムの提供は今後さらに求められるであろう。
これは、冒頭に述べた「IT化はコンピュータシステムと人的システムの双方が有効に機能しな
い限り進展しないものである。」というIT化の大原則に対し、中小流通業において人的資源の枯
渇がさらに進行している現実からみて、中小流通業への支援システムの提供を命題とする地域
VAN事業者に与えられた課題と考えることもできるのである。
“ネットワークによる囲い込みが事業成功の鍵である”
この言葉も無批判に、あたかも全てが証明されたように使われる言葉である。
わが国の明治時代以降の鉄道や電話を中心とする通信事業の乱立・統合・連携を経た発展
の歴史、近年では携帯電話の初期段階での乱立と相互連携の流れを見れば、その誤りは明白
である。個別サービス企業に参加するもの同士でなければ利用できない仕組みは一時的には
大きな利益が得られても、利用者にとって不便極まりないものであり、中長期的には発展し得な
い仕組みなのである。
鉄道や、電話、データ通信などを合わせた広義のネットワークは、基本的には社会資産、社会
基盤として機能するものでなければならない。すなわちネットワークは“囲み込まないからネット
ワークなのである”。
地域流通VANは、地域インフラとして発展してきた。特定の利益集団のための囲い込み型ネッ
トワークではなく地域全体が利用できる方策で事業を展開してきた。このことが、財政的基盤が
比較的貧弱である地域VAN事業を今日まで維持できた最大の理由であると考える。
これに対し、全国規模のネットワーク事業者の多くは、特定の資本集団、利益集団のためのサ
ービスしか行っていない。すなわち、ネットワークによる囲い込みのためのサービスしか行って
いないのである。
地域VANの事業展開は、“地域のための開かれたネットワーク、中小企業のための開かれた
ネットワーク”作りを最大のテーマとして行うべきである。
地域VAN事業者の優位性を生かした事業展開を図る
大手IT事業者やソフトウェア受託開発事業者に対して、地域VAN事業者は資金、組織、人員
などの点で多くの弱点を持つが、以下にあげる多くの優位性を持つことも事実である。
(1) ソフト開発とネットワーク事業運営の双方のノウハウを持つ。
・多くのASP事業者はネットワークセンター運営のノウハウを持っていない。
・データセンター運営事業者の多くはサービスシステム提供のノウハウを持っていない
(2) 現時点で多くの顧客を持つ。それは“顔の見える顧客”である。
大手IT事業者の顧客は大都市中心、大手企業中心の“顔の見えない顧客”である。さらに、
中小企業への対応するためのノウハウを持っていない。
(3) 首都圏のIT事業者の多くは、圧倒的多数の事業者が存在する首都圏以外の情報を持って
いない。
地域情報を保有するのは地域のIT事業者である。