中国判決紹介 2013年8月発行 深見特許事務所 (中国弁護士試験合格/中国弁理士資格取得) 朴 秀玉 特許業務法人 事件番号 最高人民法院(2011)知行字第 86 号 2011 年 12 月 6 日判決 再審請求人/特許権者 再審被請求人 ベーリンガーインゲルハイム 国家知識産権局専利復審委員会 第三者/無効審判の請求人 専利登録番号 江蘇正大天晴薬業股份有限公司 発明の名称 CN1221549C 結晶性一水和物、その製造方法及び医薬組成物の製造に おける用途 1.事件の概要 既知医薬化合物の結晶形の発明について、実験成績証明書に記載の効果を認めて特許 が成立した後に、無効審判が請求され、同実験成績証明書を否認して予測できない用途 または効果を有しないとの理由で進歩性を否定した事件。 2.事件の経偉 2007 年 11 月 29 日 2008 年 8 月 27 日 2008 年 2010 年 2010 年 6 月 1 日 2010 年 12 月 10 日 2011 年 国家知識産権局専利復審委員会に無効審判を請求 専利権無効の審決 北京市第一中級人民法院に審決取消訴訟を提起 審決を維持する判決 北京市高級人民法院に上訴 原判決を維持する判決 最高人民法院に再審を請求 3.本件特許発明 【請求項 1】 単斜晶であり、 a=18.0774Å、b=11.9711Å、c=9.9321Å、β=102.691°、V=2096.96Å 3 であり、 DSC による熱分析において、加熱速度 10K/分で、230±5℃に吸熱ピークがあり、 IR スペクトルにおいて、波数 3570、3410、3105、1730、1260、1035 及び 720cm -1 に吸収帯があることを特徴とする、 式(I) で表わされる結晶性チオトロピウムブロミド一水和物。 [注記] もし、本中国判決情報にご質問がありましたら、[email protected] にご送付下さい。 また、ここに含まれる情報は一般的な参考情報であり、法的助言として使用されることを意図して いません。従って、IP 案件に関しては弁理士にご相談下さい。 特許業務法人 深見特許事務所 4.主要な証拠 <第三者による証拠> [証拠 1]US 5610163 「本発明の化合物は、強く、長期間に亘って薬理作用を示す抗コリン薬である。…そ の抗コリン作用により、前記新規化合物は、例えば慢性閉塞性肺疾患及び(初期ないし 中期)喘息の治療に用いられる。実施例 4:スコピンジ(2‐チエニル)グリコレート メト臭化物 …白色結晶(メタノール/アセトンから)。融解点 217~218℃(分解)。」 と記載されている。 [証拠 5]REGISTRY HANDBOOK, 1992, SUPPLEMENT 「CA 登録番号 139404-48-1:3-オキサ-9-アザトリシクロ[3.3.1.02,4]ノナン, 7-[(ヒ ド ロ キ シ ジ -2- チ エ ニ ル ア セ チ ル ) オ キ シ ]-9,9- ジ メ チ ル -, 臭 化 物 , 水 和 物 , (1α,2β,4β,5α,7β)。その分子式は C 19 H 22 NO 4 S 2 Br・xH 2 O である。」と記載されている。 <再審請求人による証拠> [反証 1]実験成績証明書 本実験成績証明書は拒絶理由通知に応答する際に提出されたものであり、その第 4 頁 下から第 3 段落に「本発明のチオトロピウムブロミドの細分粒子級分(粒径)は圧力条 件下で基本的に変わらないが、引用文献のチオトロピウムブロミドの細分粒子級分(粒 径)は圧力条件下で著しく下がる。」と記載されている。 5.最高人民法院の判断 (1)既知化合物の結晶形の進歩性 化合物はいつも一定の物理状態で存在し、結晶は化合物分子が積み重ねた状態の一形 態にすぎない。同一化合物でも、多種類の結晶形が存在する可能性があるだけではなく、 結晶形が存在しない可能性もあり、これを現在の技術水準から予測することは困難であ る。一般的に、当業者は、ある化合物にある薬理活性を発見した後に、安定化、高純度 化等の普通に存在する動機に基づいて、通常の結晶化方法により結晶の製造を試し、結 晶が製造されれば、該結晶について物性の測定を行う。これからわかるように、結晶に 予測できない用途または効果があるか否かは、その進歩性の有無を決定するキーポイン トである。「審査指南」第二部分第十章 6.1 節に記載の化合物の進歩性関連規定によれ ば、既知化合物と構造が類似している化合物は、予測できない用途または効果を有する ことが求められる。当該予測できない用途または効果は 、当該既知化合物の既知用途と 異なる用途、或いは既知化合物のある既知の効果に対する実質的な改良や向上、或いは 公知の常識においては明確にされていないか、又は常識から推論しては得られない用途 や効果であってよい。 本件において、証拠 5 は、チオトロピウムブロミドのx水和物を開示しており、証拠 1 は、チオトロピウムブロミド結晶及びその具体的な製造例、及び該チオトロピウムブ ロミド結晶が慢性閉塞性肺疾患(COPD)及び喘息を治療する活性を有することを開示 している。本願請求項 1 に記載の結晶性チオトロピウムブロミド一水和物、証拠 5 に記 載の化合物及び証拠 1 に記載の化合物は、いずれもチオトロピウムブロミドを基本コア 部分とし、該基本コア部分は三者に同じ活性を付与し、xの値がいくらでも、結晶の形 態に多少違いがあっても、当業者にとって、三者の構造は類似している。 (2)予測できない用途または効果 (ⅰ)予測できない用途 証拠 1 には、チオトロピウムブロミドの結晶が慢性閉塞性肺疾患(COPD)及び喘息 を治療する活性を有することが記載されている。 よって、本願請求項 1 に記載の結晶性チオトロピウムブロミド一水和物は、予測でき ない用途を有していない。 (ⅱ)予測できない効果 2/4 特許業務法人 深見特許事務所 本願明細書には、結晶性チオトロピウムブロミド一水和物は、種々の環境条件下にお ける出発物質の効果の安定性、医薬組成物の製造時の安定性及び最終的な医薬組成物中 での安定性等いろいろな厳しい要求を満たすと記載されている。具体的な記載は下記の とおりである。 「用いられる医薬の活性物質はできる限り純粋でなければならず、種々の環境条件で の長期保存安定性が保証されなければならない。これは、医薬組成物に実際の活性物質 以外にその分解物が含まれることは、絶対に避けなければならない。…水分を吸収する 傾向にある医薬組成物では、水分の吸収による重量の増加によって医薬活性物質の含有 量が下がることになる。…活性物質の粒径を適当なレベルに小さくするために、再度の 粉砕工程(いわゆる微粉化工程)が求められる場合もある。全ての粉砕工程で医薬の活 性物質の分解をできる限り避けるために、活性物質が高度に安定であることが絶対に必 要である。粉砕工程において、結晶性活性物質の安定性及び特性は上記の厳しい条件を 満たす。…医薬活性物質の安定性は特定医薬品の有効期限を決めるために医薬組成物に とって重要である。多様な保存条件での上記医薬組成物中の医薬活性物質の高い安定性 は患者及びメーカーに更なる利点となる。…医薬組成物の物理的及び化学的安定性を改 良し得る任意の医薬組成物の固体状態の変化によって、同じ医薬活性物質であっても、 安定性の低い製剤に比べて顕著な利点が得られる。」 本願明細書に上記のような内容が記載されているが、本願発明が上記のような技術的 効果を有することを証明できる証拠はない。ベーリンガーは、反証 1 により請求項 1 に 記載の結晶性チオトロピウムブロミド一水和物が予測できない効果を有することが 証 明されると主張した。反証 1 は、「微粉化後に結晶性一水和物の細分粒子級分(粒径) が圧力条件下で基本的に変わらない」ことを証明した実験成績証明書であり、ベーリン ガーが「第 1 回目の審査意見通知書」に応答するとき進歩性欠如の問題を克服するため に提出した。反証 1 に基づいて本願発明は特許査定を受けた。しかし、当業者は本願に 記載された上記のような情報及び先行技術に基づいて、結晶性チオトロピウムブロミド 一水和物が微粉化後にその粒径が安定であるとの示唆を得ることができず、反証 1 に記 載された技術的効果は本願の結晶性チオトロピウムブロミド一水和物の進歩性を認 定 するために依拠することができない。 よって、本願請求項 1 に記載の結晶性チオトロピウムブロミド一水和物は、予測でき ない技術的効果を有していない。 (3)結論 本願請求項 1 に記載の化合物は、証拠 1 に対して、証拠 5 に対して、または証拠 5 と証拠 1 との組合せに対して、進歩性を有していない。 6.考察 本最高人民法院判決によれば、既知化合物の結晶の発明の進歩性は、要するに予測で きない用途または効果を有するか否かにより決まることになります。ただし、本最高人 民法院判決によれば、発明の効果を証明するための実験成績証明書の提出は可能ですが、 明細書にその効果に関する記載がないと認められません。 また、既知化合物の結晶の発明の進歩性について、北京市高級人民法院でも同様の判 決がなされております。以下にその概要を紹介致します。 [事件番号]北京市高級人民法院(2010)高行終字第 510 号(2010 年 11 月 8 日判決) [争点] 結晶形態のテトラベンジルボグリボースは、白色粉末状のテトラベンジル ボグリボースに対して、予測できない効果があるか。 [背景] ①特許明細書には、結晶形態のテトラベンジルボグリボースが、油状のテ トラベンジルボグリボースに比べて、保存及び運送が容易であり、使用 時に取り出し及び秤り取りが簡便であり、原料の投入及び生産プロセス が簡単であり、より高い純度を有すると記載されている。 3/4 特許業務法人 深見特許事務所 ② 結 晶 形態の テ ト ラベン ジ ル ボグリ ボ ー ス及び 白 色 粉末状 の テ トラベ ン ジルボグリボースは、いずれもカラムクロマトグラフィーによって純化 できる。 [判旨概要]①白色粉末状のテトラベンジルボグリボースも固体形態であるため、これ が油状のテトラベンジルボグリボースに比べて、保存及び運送が容易で あり、使用時に取り出し及び秤り取りが簡便であり、原料の投入及び生 産プロセスが簡単になるのは当たり前である。 ② 白 色 粉末状 の テ トラベ ン ジ ルボグ リ ボ ースが カ ラ ムクロ マ ト グラフ ィ ーにより純化できるため、これが油状のテトラベンジルボグリボースに 比べて、より高い純度を有するのは当たり前である。 ③当業者にとって、結晶形態が粉末より更に高い安定性及び純度を有する ことは広く知られており、結晶形態が粉末に比べて積極的な技術的効果 があったとしても、これは当業者が予測できる効果に過ぎない。 4/4
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