『本質を学ぶ ガロワ理論最短コース』 [付録] 群の考え方 — 対称群とあみだくじ — 群の同型の考え方を,対称群とあみだくじを例に簡単に説明します. 1.対称群 はじめに対称群を復習します.n を自然数とします(n ≥ 1).このとき, 集合 Xn := {1, 2, . . . , n} から Xn への全単射な写像全体のなす群を n 次対称 群といい,Sn と表します(ただし群の積は写像の合成とします) (本書,4.1 節および 95 ページ参照).対称群の元(数の入れ換え)を置換といいます. Sn の元を σ と表すと(σ は写像 Xn → Xn です),σ の別の表示として, σ(i)(i = 1, 2, . . . , n)を用いて, ! 1 2 ··· n σ(1) σ(2) · · · σ(n) と表します.Sn の元 σ, τ の積は,写像の合成なので次のように定まります: ! ! 1 2 ··· n 1 2 ··· n στ = σ(1) σ(2) · · · σ(n) τ (1) τ (2) · · · τ (n) ! 1 2 ··· n = στ (1) στ (2) · · · στ (n) これでは記号ばかりでわかりにくい ので,n = 3 の場合に具体例を示しま ! ! 1 2 3 1 2 3 す.σ = ,τ= とすると, 2 3 1 2 1 3 στ (1) = σ(2) = 3, στ (2) = σ(1) = 2, στ (3) = σ(3) = 1 です.したがって次のようになります(詳しくは本書 60, 61 ページ参照) : ! ! ! 1 2 3 1 2 3 1 2 3 στ = = 2 3 1 2 1 3 3 2 1 2.あみだくじ あみだくじについて考えます.よく知られているので,あみだくじの説明 は省略します. あみだくじは,例えば下図のように,上に並んだ数字から出発して,線を 辿って一番下まで行くと,数字が並べ換えられます. 1 2 3 ∴ [1, 2, 3] 7−→ [2, 3, 1](順列の並べ換え) 2 3 1 ここで順列を強調するために,[1, 2, 3] のように括弧で表しました.このよ うに,あみだくじには上に並べた順列を下で得られる順列に並べ換える働き があります.順列の並べ換えなので,上に並べる数字の列を [2, 1, 3] とすれ ば,あみだくじのルールに従って,[1, 3, 2] が得られます: 2 1 3 1 3 2 この並べ換えのルールを一般的に表すには,例えば 「[a1 , a2 , a3 ] を [a2 , a3 , a1 ] に並べ換える」 と述べれば十分です. あみだくじで定まる「順列の並べ換え」に注目するために,あみだくじ A が定める順列の並べ換えを A と表すことにします. [あみだくじの積] 2 つのあみだくじをつなげて新しいあみだくじをつくることができます.そ こであみだくじ A の下にあみだくじ B をつなげて得られるあみだくじを,あ みだくじの積と呼んで,AB と表すことにします. A = AB B 上の図で左の A(上),B(下)の積が右辺のあみだくじです.図から明ら かなように,あみだくじの積と,あみだくじの定める順列の並べ換えの合成 (2 つの並べ換えを続けて行うこと)は両立しています.つまり,あみだくじ A, B の積 AB が定める順列の入れ換え AB は,A で順列を並べ換えてから, B で並べ換えたものと一致します.式で表すと AB = A B となります.順列 の並べ換えの合成は(あみだくじを上から考えるので)左から順に計算する ことに注意してください(写像とは逆です). それでは,順列の並べ換えをあみだくじを使いながら,具体的に考えてみ ましょう.簡単のため,上の例と同様,3 本のたて線を持つあみだくじを考 えます.順列を並べ換える方法は全部で 3! = 6 通りあります.それぞれあみ だくじを使って表すと次のとおりです. 1 2 3 1 2 3 1 2 3 1 2 3 2 1 3 1 3 2 1 2 3 1 2 3 1 2 3 3 2 1 2 3 1 3 1 2 順列の並べ換えがわかりやすいように上下に番号 1, 2, 3 を付けました.並 べ換えを表すあみだくじは上のものでなくても結構です.上と下に並ぶ数字 が同じ並びになればどれでも結構です. 順列の並べ換え全体は合成に関して群になります.つまり,2 つの並べ換 えの合成は再び並べ換えになり,さらに,単位元や逆元にあたる並べ換えが 存在します.単位元にあたる並べ換えは,よこ線が 1 個もないあみだくじで 定まるものです. = 単位元 逆元にあたる並べ換えは,上下がさかさまになるように裏返したあみだく じで定まるものです. 1 2 3 1 2 3 = さかさま にしたもの 以上のように,あみだくじを補助的に利用して,順列の並べ換えを考える ことができます.異なる n 個の対象に対して,その順列の並べ換え全体のな す群を An と表すことにします. 3.群の同型 n 次対称群 Sn と,1, 2, . . . , n の順列の並べ換えのなす群 An を比較しましょ う.この 2 つは(由来の)全く異なる群です.考え方も違います.置換は集 合 {1, 2, . . . , n} からそれ自身への全単射な写像です.順列の並べ換えは順列 から別の順列を定めます. しかし,このように違う対象を扱う群でも,次のように対応させて同型に なります.つまり群の構造に関して, 「置換」のなす群と「順列の並べ換え」 のなす群は「同じ」ものと考えられます.具体的に説明しましょう.由来の 全く違う対象を比べて「同じ」とみなす考え方が「同型」の基本です. 以下,簡単のために n = 3 で説明します.一般の n でも同様です.A3 は 3 個のたて線を持つあみだくじを使って考えます. いま 1, 2, 3 の順列 [1, 2, 3] を [i1 , i2 , i3 ] に並べ換える並べ換え A(あみだく じ A)に対して,置換 σA を2 σA = 1 i1 2 i2 3 i3 ! と定めます.例えば [1, 2, 3] を [2, 3, 1] に並べ換えるものは次のように対応し ます. 2 表記を簡単に表すため σA ではなく σA としています. 1 2 3 7−→ 2 3 1 2 2 3 3 1 ! 1 この対応は,あみだくじの積(つまり順列の並べ換えの合成)と置換の積 (合成)と両立しています.すなわち,あみだくじ A, B(順列の並べ換え A, B ) に対して,AB に対応する置換 σAB は,A,B にそれぞれ対応する σA , σB の 積 σA σB に一致します: σAB = σA σB 実際,このように両立することは,あみだくじの積を次のように表せばわ かります: 1 2 3 7−→ σA A σA (1) σA (2) σA (3) 7−→ σB B σA (σB (1)) σA (σB (2)) σA (σB (3)) 7−→ σA σB 一番下の段は σB (σA (1)) ではありません.B は左から 1, 2, 3 の順に並んだ 順列を,σB (1), σB (2), σB (3) の順に並べ換えるからです.この計算は写像の 計算ではありません.注意してください. 上の図を下の具体例で確認しましょう.左はあみだくじの積,右は置換の 積です. 1 2 3 2 3 1 3 2 1 ←→ 1 2 3 2 3 1 ! 1 2 3 2 1 3 ! = 1 2 3 3 2 1 ! 置換の積は(写像の合成なので)右から番号を辿っていきますが,あみだ くじの方は上から辿っていきます.積の式が同じであることが重要です. 実はこの対応は,置換 σ を次のように順列 a1 , a2 , a3 の並べ換えとみて,自 然に導かれる対応です: 順列 a1 , a2 , a3 に対して,その並べ換えを aσ(1) , aσ(2) , aσ(3) と定める. この定義を調べると,あみだくじの積と置換の積は上のように対応させれ ばよいことがわかります(群の作用の概念を使います.本書,問題 5-13c を 参照). [まとめ] あみだくじの定める順列の並べ換えのなす群と 3 次対称群({1, 2, 3} から それ自身への全単射な写像全体)は,群として同じ(同型)です.このように (由来も考え方も違いながらも)同じ構造であることが,群の同型です.群に 関する根本的な考え方です. 4.置換を互換の積で表す 置換を互換の積で表す方法を,あみだくじを利用して考えてみましょう.あ みだくじと置換の対応をここで鑑賞します. ! 1 2 3 4 5 置換 を考えます.まず上の方に 1, 2, 3, 4, 5 を並べて書 4 2 1 5 3 いて,下の方に 4, 2, 1, 5, 3 を書きます: 1 .. .. . ... .. .. 2 .. .. . ... .. .. 3 .. ... ... ... . 4 .. ... ... ... . 5 .. ... ... ... . 4 2 1 5 3 そして同じ番号を線で結びます.そのとき線は 2 本のみが,点線上か点線の 間で交わるように書きます. 2 本の線の交点に合わせて,あみだくじのよこ線を引くと完成です. (上の 図と下の図を比べながら,以下を読んでください. )交点の下側に伸びる線が 入っている領域(例えば一番下の交点は上の数字 1 と 2 の下の点線の間)に, よこ線を 1 本引きます.交点が 5 つあるので,よこ線を 5 本引きます. 1 2 3 4 5 4 2 1 5 3 このよこ線を互換に対応させます.例えば左の一番上の線は互換 (12) に対応 させます.次に上のよこ線から順に互換を対応させ,左から順番に並べます(積 を作ります).このとき,共通のたて線を持たないよこ線(例えば上から 1 番目 (12) と 2 番目 (34) はどちらを先に書いても同じです((1 2)(3 4) = (3 4)(1 2) だから).こうして置換を互換の積で表すことができます: ! 1 2 3 4 5 = (1 2)(3 4)(2 3)(4 5)(1 2) 4 2 1 5 3 これまでの説明から(とくに 3.同型),上式の左辺と右辺は等しいことが わかります. (確認のために,実際計算してみてください.納得できると思い ます. ) 上の等式は確認できましたか.右辺の積は右から計算します.注意してく ださい.繰り返しますが,あみだくじの積(順列の並べ換えの合成)と置換 の積が(計算の手順ではなく)同じ式で計算されます. みなさんも例を作って,確認してみてください. (付録おわり)
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