ガイドブック EPCIS によるサプライチェーンの 可視化 1 はじめに 2 2 EPCIS とは 3 3 可視化データ 5 4 EPCIS に対する誤解 7 5 EPCIS のメリット 9 6 EPCIS と EDI 11 7 EPCIS の使用例(クローズな環境での例) 13 8 EPCIS の使用例(国際物流の例) 14 EPCIS によるサプライチェーンの可視化 目次 1 1 はじめに 本書は、EPCIS が何であるかという疑問に答えるための EPCIS の解説書です。EPCIS の概要と共に EPCIS のメ リットを含めて説明しています。また EPCIS によくあ る誤解もできるだけ本書の中で解決していくつもりで す。本書が想定する読者は、サプライチェーンの可視化 に興味がある、もしくはこれから可視化システム構築し ようと考えている企業の方を対象にしています。EPCIS という名前は聞いたことがあるが、どういったものか分 からないという方にお勧めします。特にエグゼクティ ブ・クラスの方や営業系の方を対象に IT に関する細かい 知識は必要としないで読めるように心がけているつも りです。 システムベンダーの方には、可視化システムを提案する 際のセールス・ツールとして本書をお使いいただければ と考えています。ユーザからすれば、構築するシステム が長く使え、拡張性があり、作り直しがないようにと考 えることになりますが、そういった要件に応えるべく本 書を活用いただき、ユーザにご提案いただけたらと思い ます。本書にあるように国際標準でシステムを構築すれ ば、将来の拡張に耐えられる優れたシステムを構築でき るはずで、本書はそのヒントになると思います。 本書では、分かりやすいように厳密な定義をあえて犠牲 にして説明しています。たとえば、EPCIS は、その対象 は「商品」だけでなく、売り買いしていない「モノ」も 含めて議論すべきであります。しかしながら本書では、 EPCIS を説明する上であえて分かりやすいように「モ ノ」という言い方をせず「商品」と言い切ってしまって います。このように解説し、より具体的なイメージが湧 くようにすることで、EPCIS をより身近に感じていただ けるようにしています。 EPCIS とは 「サプライチェーンの可視化」という言葉は、ビジネス において広く用いられています。その中核を担う EPCIS には何が書かれているのでしょうか。そこには仕様とし て何が定義されているのでしょうか。この章では、厳密 なことは後回しにして、まず概要を説明します、その後、 細かいことを説明していくことにします。 EPCIS は、サプライチェーンの可視化を行うため、商品 がどこにあったか、もしくはどこにあるかの情報(この 情報を可視化データと言います)を、コンピュータ・サー バに蓄え、共有するための仕様です。コンピュータ・サー バ上に蓄える可視化データを同じフォーマットにして おけば、異なる企業間で情報が共有できるという考えが ベースになっています。 情報の共有化について、電子タグの仕様(Gen2 仕様) になぞらえて説明しようと思います。電子タグの仕様で は、電子タグ・メモリのどこの番地に対して、何のデー タを書けばよいかを規定しています。こうすることで、 電子タグを利用する場合に、同じデータを同じメモリの 番地から取得することが可能になります。もし電子タグ の仕様がなければどうなるでしょうか?電子タグを利 用する会社どうし、毎回打ち合わせをして電子タグのど このメモリ番地からどれくらいの長さで何のデータを 取り出さなくてはいけないかを決めなくてはいけませ ん。 このことをコンピュータ・サーバに当てはめて考えると EPCIS が理解しやすいです。つまり、コンピュータ・サー バ上に蓄積する可視化データの顔つきをそろえ、同じフ ォーマットで取り出せるようにすれば、異なる企業間で 情報が共有できるということが EPCIS の狙いです。 EPCIS 仕様がなければ、コンピュータ・サーバ上にどう いうデータを入れて、それらをどのように取り出すか、 サプライチェーンに関わる企業間で毎回話し合って決 めなくてはならなくなります。 EPCIS を使わなくても可視化のしくみは構築できます。 たとえば、ある企業が、自社で抱える製品を、自社のや り方で管理する場合には、とりたてて EPCIS 標準を使 わなくても管理が可能です。なぜなら会社の独自仕様で コンピュータ・サーバにデータを書き込み、その仕様に 従って、コンピュータ・サーバからデータを読み出せば いいからです。しかしながら、複数の企業の間でデータ を共有する場合には、同じフォーマットでコンピュー タ・サーバ上にデータを書き込んだ方が効率的です。そ の仕様に従ってデータを書き込んでいれば、複数の企業 間で同じやり方でデータを共有できるからです。 サプライチェーンが複雑になり、国際間にまたがるサプ ライチェーンがいろいろと生じている現在、海外を含め た企業との間で商品の移動に関する情報を共有する必 要性が高まっています。EPCIS は、サプライチェーンを 可視化するために用意された国際標準に基づく仕様で す。EPCIS 仕様に基づき可視化システムを構築すれば、 海外にある他企業との間でも情報が共有できるように なります。 EPCIS によるサプライチェーンの可視化 2 3 以下の例は、コンピュータ・サーバ上に蓄えた可視化 データを使い、いろいろな分析を行なっている例です。 EPCIS では、同じフォーマットでコンピュータ・サーバ 上に可視化データが蓄積されますから、サプライチェー ンに関わるさまざまな人が、同じフォーマットの可視化 データを利用して、さまざまな分析ができるようになり ます。 EPCIS データを用いて分析を行う例 需要 予測 販促状況 の確認 供給 分析 (図 2-1) 在庫の 最適化 製品 リコール 補注)複数の企業が可視化データを構築する場合、その データを蓄える場所を一か所にして、一か所集中管理的 に可視化サーバを構築してしまう方法があります。しか しながら複数の企業の可視化データを一か所のサーバ に集中してしまうと、この一極集中したコンピュータ・ サーバを誰が運用管理するのかという問題が生じます。 これに対して EPCIS では分散データベースの考え方を 持っていますので、下記の図のように、それぞれの企業 や組織がそれぞれで発生する可視化データ(商品の移動 データ)を管理できるようになっています。この結果、 誰が管理するのかといった問題を軽減できるといった メリットがあります。 サーバ上の可視化データ EPCIS 注意) 上記の例では、1つの EPCIS サーバで説明しています が、誤解されないようにお伝えする必要があります。 EPCIS サーバは、一つのデータベースにまとめる必要は ありません。EPCIS では、情報を共有する人が、複数の EPCIS サーバを覗きに行く仕様になっています。従って 各企業がそれぞれ EPCIS データベースを持っていても 構いません。以下によくある EPCIS の利用例を示しま す。 サプライチェーンでの EPCIS の利用例(図 2-2) サーバ上の可視化データの フォーマットを合わせる EPCIS EPCIS によるサプライチェーンの可視化 EPCIS 4 工場 配送 センター EPCIS 配送 センター 小売店 その結果、さまざまな人か可視 化データを分析可能になる 可視化データ サプライチェーンの可視化とは、商品がいつの時点でど こにあり、それが今までどこにあったか、さらに何のた めにそこにあるかを把握することです。商品が電子タ グ・リーダ(場合によってはバーコード・リーダ)を通 過したとき、EPCIS サーバに蓄積される可視化データ は、What, When, Where, Why の4つのデータにな ります。 ここでは、もう少し詳しく、この4つの可視化データを 見ていくことにしましょう。最初の可視化データ What は、商品を識別する番号です。商品についている電子タ グもしくは、バーコードを読むわけですから、当然なが ら商品に書かれている商品コードが読まれることにな ります。この商品コードを EPCIS 仕様に従って EPCIS サーバ上にセットすれば What に関する可視化データは 完成します。従って、既に電子タグもしくはバーコード に入っている商品コードを人間の解釈を入れずに自動 的に EPCIS サーバにセットすることが可能です。 When(時刻)の情報は、リーダが商品を読んだ時刻を 指しています。時刻も、リーダが電子タグやバーコード を読む際に自動的に取得可能です。また Where(場所) の情報は、通常の場合、そのリーダがどこにあるかの位 置情報です。これらのデータを EPCIS 仕様に従って EPCIS サーバ上にセットすれば When および Where に 関する可視化データは完成します。これらのデータも自 動的に取得可能ですから、人間の解釈を入れずに自動的 に EPCIS サーバにセットすることが可能です。 これらの What, When, Where と比べて 4 つめの可視 化データである Why は少し違いがあります。この Why のデータは、リーダが商品を読んだ時の「場面」を指し ています。場面というのは、商品がリーダを通過した時、 ビジネス・プロセス上、どういう状況であるかを意味し ます。つまりここには「入荷」とか「出荷」とかいった 場面に関するデータが入ります。Why に関しては、その 場面を人間が解釈して EPCIS サーバにセットしてあげ ない限り、リーダの方で、その商品の通過が「入荷」か 「出荷」分かりません。従って、リーダで読んだ状態が 「入荷」か「出荷」であるかを人間が解釈して EPCIS サーバにセットしなくてはなりません。 ただし、商品がリーダを通過する時、毎回人間がそばに いてサーバに「場面」データを入力するのは煩わしいの で、通常、Why(場面)のデータは、リーダと関連づけ て EPCIS サーバにセットします。たとえば、商品が A リーダを通過した場合には「入荷」 、商品が B リーダを 通過した場合には「出荷」と事前に決めておき、人間の 解釈なしに自動的に EPCIS にセットできるようにして おきます。(アプリケーション・プログラムには、あら かじめ A リーダなら「入荷」とプログラミングしておく ことが必要です。)このようにすれば、リーダのそばに 人間がいなくても、EPCIS サーバに Why である「場面」 データを自動的に送ることが可能になります。 EPCIS によるサプライチェーンの可視化 3 5 この可視化データ Why に関しては、同じサプライチェー ンに関わる人が同じ呼び方で呼べるように統一してお く必要があります。つまり、同じ「入荷」という事象に 対して、ある人は「受け入れ」と呼び、ある人は「入庫」 と呼ぶことになると、同じ事象を違う呼び方をする人の 間で異なる「場面」として認識され、混乱が生じるから です。そこで GS1 EPCglobal では、サプライチェーン に関わる人の間で共通の呼び方(ボキャブラリ)ができ るように呼び方(ボキャブラリ)を統一しています。こ のボキャブラリは、国際的に同じ呼び名で統一できるよ うに GS1 の会議を通じて業界ごとに定義しています。 ォーマットでサーバ上に書き込むかを、ざっくりと紹介 してきました。おそらくここで、多くの読者は、What, When, Where, Why 以外には可視化データと呼べるもの はないのかとか、またそれ以外のデータは、EPCIS サー バに書き込んではいけないのかといった疑問が湧いて いるのではと思います。このことをご説明しようと思い ます。 サプライチェーンを可視化するために「商品」の移動に 関する可視化データを EPCIS サーバ上に蓄える必要が ありました。もしその「商品」が冷凍食品であれば、商 品が移動する際の温度データも可視化データとして蓄 積しておきたいところです。温度データは、EPCIS の可 視化データでしょうか?答えは、NO です。温度データ も商品の状態を可視化する上で重要なデータではあり ますが、EPCIS の可視化データでありません。 ここで少し技術的な話しをしますが、可視化データを EPCIS サーバ上に書く場合、同じフォーマットで書き込 む必要があると説明しました。具体的には、どういうフ ォーマットで書き込むのでしょうか。それは XML とい うフォーマットで書き込みます。XML は、コンピュータ で一般になっている標準化されたデータの記述方式で す。XML では、目的とするデータを“タグという目印” で挟んでデータ部分が分かるように記述します。たとえ ば、時刻を示すデータを記述する場合には、時刻を示す データの前に<eventTime>というタグを使い、さらに時 刻を示すデータの終わりには、</eventTime>というタグ を使い、両者で挟んでデータを記述します。詳しいこと は XML の説明書にゆずりますが、以下に XML で記述し た EPCIS のイベントのデータの書き方の例を示します。 EPCIS の仕様により EPCIS の可視化データは、あくま でも What, When, Where, Why の4つです。それでは、 それ以外のデータは、どこに書き込んだらいいのでしょ うか?たとえば、マスターデータや温度データは、 EPCIS サーバに書き込んだらいけないのでしょうか? こちらの答えに関しては、 「EPCIS の仕様では何も規定 していません」ということになります。物理的に EPCIS サーバと同じサーバ上に書くか、EPCIS の近くにある別 のサーバに書くかは、場合場合によって判断する必要が あり、EPCIS の仕様では、そういったデータを書いては いけないとも、物理的に EPCIS サーバと同じサーバに 書いて良いとも何も言っていません。 ここまでで、EPCIS にセットする可視化データについて 簡単に説明してきました。EPCIS の可視化データとして 4つの What, When, Where, Why があり、どういうフ XML を用いた記述方法 <ObjectEvent> イベント 時刻を示す データ When <eventTime>2007-11-06T15:00:02.449Z</eventTime> <eventTimeZoneOffset>-05:00</eventTimeZoneOffset> EPCIS によるサプライチェーンの可視化 <epcList> 6 モノを示す データ <epc>urn:epc:id:sgtin:0400001.000006.1</epc> What </epcList> <action>OBSERVE</action> 場面を示す データ <bizStep>urn:epcglobal:cbv:bizstep:receiving</bizStep> Why <readPoint><id>urn:epc:id:sgln:0400001.00300.0</id></readPoint> <bizLocation><id>urn:epc:id:sgln:04000001.00300.0</id></bizLocation> </ObjectEvent> 場所を示す データ Where 4 EPCIS に対する誤解 ちなみに EPC(エレクトロニック・プロダクト・コード) とは、電子タグに書きこまれた GS1 コードを指します。 従って、電子タグに書かれていない場合には、たとえ GS1 コードが使用されていても EPC とは言いません。 EPCIS が電子タグを中心に作られた経緯もあり、今でも この名前が残っていて、たとえばバーコードが使用され る場合でも EPCIS という言葉が使われています。この ことを知らない人からは EPCIS にはバーコードのデー タを取り込めないのではないかという EPCIS の名前か ら来る誤解を耳にします。 EPCIS に対する次によくある誤解としては、EPCIS の 仕様だけでは可視化システムを全部作れない、「EPCIS の仕様は、はなはだ不完全である」といった誤解があり ます。ご指摘のように、可視化のシステムをつくるには、 EPCIS で定義している仕様の他に、可視化システムを運 用する上でのアカウント管理や EPCIS システムを利用 する人への課金の仕方、さらにはセキュリティ対策等い ろいろなことを考慮する必要があります。EPCIS では、 そういったいろいろなことが規定されていません。 従って、可視化システムを作る場合に、EPCIS に規定し ていない部分が数多くあるので EPCIS は仕様として未 完成であるとか不十分であるといった誤解が生じるわ けです。 可視化システムは、可視化する範囲をどこまでにする か、可視化する対象を何にするかにより、様々なシステ ムが考えられます。それらが多様なので、すべての要求 を満たすシステム仕様を作り上げることはできません。 このため GS1 EPCglobal では、国際標準として、皆が 共有して使える大事な部分だけを規定しています。トー タルシステムを構築するには不十分ではありますが、そ れだけでも標準として役に立つから国際標準にしてい るのです。つまりそれ以外の部分は国際標準と切り離し て個別に考えなくてはなりません。 もし EPCIS として足りない部分があり、その部分が国 際標準として是非とも必要で、標準化しなければならな いとするならば、GS1 EPCglobal では、その部分を標準 化する用意があります。つまり、GS1 EPCglobal では、 標準化されていなくて、これから標準化したい部分に対 しては、ある決まったやり方で標準化するためのプロセ スを提供しています。 EPCIS によるサプライチェーンの可視化 EPCIS は、GS1 が進める標準化仕様のうち、商品の移 動を捉えサプライチェーンの可視化を行うための仕様 です。電子タグの普及をリードしてきた GS1 EPCglobal が進めてきた経緯もあり、EPCIS を説明する場合、電子 タグとセットで紹介されることが多いのですが、EPCIS システムを構築する場合、必ずしも電子タグを使用しな くても構築は可能です。たとえば、バーコードに書かれ た情報を用い EPCIS システムを構築するといったこと も可能です。 7 (参考) EPCglobal では、標準化プロセスを用意するとともに GS1 EPCglobal が標準化する方向性も示しています。つ まり、GS1 EPCglobal では、下記のような概念的な図 を用いることで GS1 EPCglobal が用意する仕様の範囲、 つまり守備範囲も示しています。この結果、可視化シス テムに必要な詳細仕様が全部出そろう前でも、これから 作る仕様がその全体像のどこに当てはまるか分かるよ うにしています。この全体像は下記にあるようにブロッ ク図になっていて、この図が建築で使うアーキテクチャ 図に似ていることから GS1 EPCglobal アーキテクチャ 図と呼んでいます。 この図の通り、EPCIS は、GS1 EPCglobal アーキテク チャ図の真ん中くらいの所に位置していて、EPCIS サー バに対して可視化データを書く方法(EPCIS データキャ プチャ・インタフェイス)、EPCIS サーバでの可視化デー タの蓄積方法(フォーマット)、および EPCIS サーバに 入っている可視化データの取り出し方(EPCIS クエ リー・インタフェイス)を規定しています。 その他のブロックが何を意味するかは、GS1 EPCglobal が提供する EPCglobal アーキテクチャ・フレームワーク を参照ください。 http://www.gs1.org/gsmp/kc/epcglobal/architecture EPCIS によるサプライチェーンの可視化 GS1 EPCglobal アーキテクチャ図(図 1-1) 8 可視化システムに必要な仕様が上記のようにブロック 化され複数の仕様に分割されているということは、ユー ザから見ると、可視化システムを構築する場合、必要な 仕様書をのみを選択して利用すればよいことになりま す。逆に言えば、それぞれのブロックに対応する仕様が 何を意味するか(何の仕様であるか)あらかじめユーザ は理解していないと選択して使えないことになります。 5 EPCIS のメリット そこでまず EPCIS が使われていない状況を想像してく ださい。サーバ上に蓄積された可視化データが、各企業 で別々に違う形式で保存されていて、データの大きさや 内容がバラバラであったとしたら、複数の企業間でサプ ライチェーンの可視化を行うことが難しくなります。 データフォーマットが違うのですから、たとえデータを 互いに参照できたとしても同じ方法で分析ができませ ん。商品の移動履歴を追うだけでも、何のデータをどの ような形で共有化しなければいけないか複数の企業間 であらかじめ話し合わなくてはなりません。 EPCIS で は 、 商 品 の 移 動 履 歴 を 追 う た め に What, When, Where, Why の4つのデータを共有します。し かしながら、それだけでは不十分で、サプライチェーン の可視化を行うためには、そのほかのデータも共有すべ きだという意見があります。たとえば、先の冷凍食品の 例で言えば、冷凍商品の温度も計測し、共有サーバに入 れてサプレイチェーンの当事者間で共有すれば、どの時 点で冷凍食品が溶けそうになったか分かるので可視化 データに入れるべきであるといった意見です。 何のデータを共有するかは、そのビジネス・アプリケー ションにより異なります。冷凍食品の例で言えば、「温 度データ」は、冷凍食品の運送上必要になりますが、温 度データを必要としないビジネス・アプリケーションも あります。そこで、EPCIS では、皆が共通で使えるデー タ、つまり最低限必要な What, When, Where, Why の4つのデータを定めています。言い換えれば、標準化 する項目を、特定のビジネス・アプリケーションに応じ て増やし、その内容を事細かに決めてしまえば、そのア プリケーションにとっての使い勝手はよくなりますが、 汎用性がなくなってしまいます。EPCIS は、いろいろな アプリケーションで、うまく使えるように、ちょうど良 い粒度の取り決めをしている仕様と言えます。 このように EPCIS では、あらかじめ蓄積するデータを 国際標準として規定しているという意味で多くのメリ ットがありますが EPCIS を考慮していないで可視化を 進めている企業も数多く見受けられます。その多くは、 EPCIS という存在を知らないで進めているか、もしくは 将来の拡張性を考慮しないで可視化を進めている場合 がほとんどです。その結果、可視化における企業間連携 が悪くなり、サプライチェーン全体として最適化を図る ことが難しくなっています。他社との連携が現時点で必 要なくても将来ありうる企業連携に備えて準備するこ とが重要で、国際標準の EPCIS 仕様でシステムを準備 しておく方が、後々の改修に苦しまなくて済むことにな ります。 EPCIS によるサプライチェーンの可視化 EPCIS は、商品の移動を捉えサプライチェーンの可視化 を行うための仕様ですが、4 章でご紹介した通り EPCIS が規定していることは、企業が必要とする可視化システ ム全体を作る際の一部でしかありません。それでも EPCIS を採用すれば、多くのメリットを享受できます。 ここでは、そのメリットについてご説明します。 9 ●クローズ環境での EPCIS のメリット 性がある。 EPCIS は、コンピュータ・サーバ上のデータを同じ顔つ きにすることで、企業間でデータを共有するための仕様 です。つまり EPCIS を使うと、異なる企業間で商品の 移動の情報を共有化できます。それでは EPCIS が1社 だけで閉じている(クローズな)環境の場合には EPCIS は必要ないのでしょうか。ここでは、1社だけで閉じて いる(クローズな)環境においても EPCIS でシステム を考えることに意味があることをご説明しようと思い ます。 こういった観点から、1社だけで閉じた環境でシステム を構築する場合でも EPCIS で開発することをお勧めし ます。さらに、EPCIS には、サプライチェーンの可視化 を行うための Java で書かれたフレームワーク(サンプ ル・プログラム)が用意されています。このサンプル・ プログラムを利用することで開発工数が削減できる可 能性があります。 1社だけで閉じた環境で可視化を行う場合でも、いろい ろな部門から可視化データを共有する必要が出てきま す。つまり、部門間で可視化データを共有するための打 合せをする必要があり、あらかじめデータの共有の仕方 が決まっている EPCIS を採用した方が打ち合わせをす る回数を削減できるメリットがあります。さらに、開発 が終わり運用フェーズに入った場合には、EPCIS を使わ ずサーバ上のデータフォーマットがまちまちであると 以下のような不都合が考えられます。 1.将来、他社と企業連携して可視化を行う必要が生じ たとき、構築したシステムが他社のシステムと違うデー タ構造(フォーマット)になっているので、可視化の面 で統合することが難しくなる 2.社内システムを単純に拡張する時、システムを構築 したシステムベンダーに再度頼まないと、独自仕様なの で初めからの作り直しが発生して費用が高くなる可能 もし、皆様が可視化のプログラムを最初から自分で作る 必要が生じた時にはどうしますか?おそらく何かしら のサンプルをコピーしない限り、どこから、どのように プログラムを開発するか途方に暮れてしまうのではな いでしょうか。なぜなら Java のプログラミングの仕方 は、自由度が高くて、プログラマの裁量でいくらでも大 きなサブルーチンから小さなサブルーチンまで書けて しまうからです。可視化のデータをどこに置き、その データをどのように呼び出すかを決めるには、実際に多 くのことを決めなくてはいけず、また、そのために打ち 合わせをしなくてはならない人も非常に多いので、大変 な作業になります。 このようなことから、可視化データを他社と共有する場 合でも、1社だけで閉じている(クローズな)環境にお いても EPCIS を利用することにメリットがあります。 EPCIS のフレームワークを利用して作成す る方が早く、確実で、将来の変更に耐えられ EPCIS によるサプライチェーンの可視化 るシステムが作れる可能性があります。 10 6 EPCIS と EDI て、日本語も通じない状況になっていました。 船便による輸送経路図(6-1) もし子供の日に代々木公園で、ある製品のプロモーショ ン・イベントを行うために、1 個 300 円のストラップを 5,000 個中国に発注して子供に配ることになったとしま す。当然このストラップは、このイベントで目玉になる 配布物で、子供は楽しみにしているといたしましょう。 中国へのオーダは、4 月の初頭にしましたが、4 月の末 になっても、このストラップは届かきませんでした。心 配になり発注先に連絡したところ、すでに出荷伝票が発 行されていて、日本に向けてストラップが出荷されてい ることが分かりました。さらに発注元にくわしい状況を 問い合わせたところ、この中国の船便で運んでいること が分かり、この船は、横浜港に着く前に、韓国、博多、 大阪に立ち寄る予定になっていることが分かりました。 しかしながら、これ以上の情報は、この船が今どこの港 についているか、まったくわかりません。もし運送会社 として日本の運送会社に任せていれば情報がもっと収 集できたかもしれませんが、現地の運送会社に任せてい ② ④ ③ ① ⑤ EPCIS によるサプライチェーンの可視化 EPCIS を説明する上で、EDI との関係を聞かれることが あります。同じことをするのに、EPCIS と EDI のどちら の標準を使えばよいかといった質問です。このような質 問の背景として EPCIS と EDI が標準としてダブって定 義されていて、どちらかが必要なくなるのではと心配さ れているのだと思います。結論的には、EPCIS と EDI は目的とすることが違い、両方とも必要で、かつ両者は 互いに補完して機能しています。この章では、具体例を 用いこのことを説明したいと思います。 11 このような場合に、もし輸送途中の港の各ゲートで商品 の電子タグが読まれ(仮定です)、輸送途中のストラッ プの位置が把握できていれば、発注したストラップがど の港にまでついたか把握でき、安心してゴールデンウ ィークを迎えられたかもしれません。EPCIS が出来るこ とは、サプライチェーンの輸送途中の移動情報を把握で きることです。これに対して、EDI は、伝票等の経理処 理の受け渡しに使われることが普通で、EDI だけでは輸 送途中の位置情報を把握することは難しいのです。 EPCIS によるサプライチェーンの可視化 可視化が十分に行われていないことが多いので、輸送途 中の品物の数が分からないことがあります。そのため、 多くの企業では輸送途中の物流センターに予備在庫を 置く方法をとっています。そうすれば、急な需要に間に 合わせることができるようになるからです。ただし、こ の方法で予備在庫をおけば、製品の保管代もばかになら なくなります。ですから最近の先進企業では、サプライ チェーンの可視化を十分に行い、輸送中のトラックにあ る商品も、あたかも自社にある倉庫の在庫に準じる商品 として考え、輸送途中の製品の数を正確にカウントでき るようにしています。このようにすることで、製品が品 切れになるリスクを抑え、予備在庫を減らす努力ができ ます。 12 (補注)ここで、この EDI のデータを使用して、電子タ グがすべて読まれているかのチェックに使う例をご紹 介します。EPCIS と EDI が互いに機能を補完してサプラ イチェーンに役に立っている例としてご説明します。電 波で一度に多くの商品のタグを読む電子タグでは、場合 によって、すべての電子タグが読めていない状況(読み 飛ばしと言います)が発生することがあります。この読 み飛ばしの状況が発生しないように、あらかじめ EDI で 交換した商品の情報を利用して、送られてきた商品が全 部でいくつあるかを、把握してから電子タグを読みとる 方法がとられています。このようにすれば数量が分かっ ているので、いくつ読み飛ばしが生じたか分かります。 その情報を利用して電子タグを読めば、電子タグの読み 取り精度を上げることが可能になります。 このように EPCIS と EDI は互いに補完して、サプライ チェーンの可視化を互いに補っています。 可視化を考える場合、個社の可視化だけで なく、サプライチェーン全体での効率化を 考えた方が有利になる場合があります。 (クローズな環境での例) EPCIS をスキー場で使用する例を考えてみましょう。こ の例は、1社だけの閉じたクローズ環境での EPCIS の 使用例です。この図の R1 から R7 という四角いマーク のところに電子タグリーダが設置されています。まず、 スキー場のベース基地は、図の中で「Base Lodge」と記 されたところになります(上記スキー場の図の下の方に 位置しています。)このベース基地では、スキー器具の 貸し出しを行っていると共に、スキー器具の修理も行っ ています。まず、利用者は、スキーを始める前に一番初 めに R5 のリーダが置かれているレンタルショップに行 き、スキー利用券(リフト・ゴンドラ共通券)を買うこ とになります。このスキー利用券には、電子タグが埋め 込まれていますので、このスキー場でスキー器具を借り なかった人でも、この利用券のおかげで、どこの電子タ グポイントを通過したかが分かります。また、このス キー場のすべてのスキー器具には、電子タグが埋め込ま れているので、万一スキー器具が壊れた場合でも、簡単 な申請を行うだけで、スキー器具の修理ができるように なっています。 さて、スキー利用券を買い、スキー器具を装着すれば、 いよいよスキーを始めることになりますが、ちょうど、 このベース基地の前に、R1 に向かうゴンドラと、R2、 R3 に向かうリフトがあります。ゴンドラとリフトの前 にはそれぞれ電子タグのリードポイント R4 と R7 があ り、スキー利用者はその前を通過すれば、いつゴンドラ やリフトに乗ったか分かるようになっています。これら のスキー利用者が通過したことを示すデータは EPCIS サーバに蓄えることになりますが、EPCIS サーバのデー タを分析すればスキー利用者がどこのゴンドラやリフ トに乗り、どこのゲレンデを使い、何時ころどこにいた かが分かるようになります。さらに、このスキー場では、 スキー利用券を買う時に、性別と年齢を聞いていまの で、EPCIS データとリンクして、さらにいろいろな分析 が可能です。つまり、どれくらいの年齢の方が、どこの ゲレンデを多く利用して、何時ころにスキーを始め、何 時ころにスキーを終えて帰っていったかも把握できま す。この図では出てきていませんが、もし、このベース 基地の一角にあるレストランにおいて、メニュをオーダ する時に電子タグを利用するしくみが増設されたとす れば、どれくらいスキーで運動した人が、どれくらいの カロリーのメニュを頼んだかも分析できるようになる かもしれません。 このように、スキー場のようなクローズな環境でも EPCIS は非常に役に立ちます。また、スキー場にかぎら ず、たとえばアパレルショップ等においても EPCIS を 使えば、同じような分析が可能になります。たとえば、 アパレルショップで売っている服が、店頭にあるか、バ ックヤードにあるかも、店頭とバックヤードの間に電子 タグのリードポイントを設けて EPCIS で分析すれば、 いまいくつ店頭にあり、残りがどれくらいバックヤード にあるかも分析が可能になります。もちろん、在庫量が わかれば正しい発注ができるようにもなります。 EPCIS によるサプライチェーンの可視化 7 EPCIS の使用例 13 8 EPCIS の使用例(国際物流の例) EPCIS によるサプライチェーンの可視化 近年サプライチェーンの状況は、大きく様変わりしてい ます、その理由は、海外と密接に関わって貿易を行なう 必要性が、以前にまして多く発生しているからです。多 くの企業において、海外からの調達が不可欠になり、国 際物流を利用したダイナミックな生産方式にきり変え る必要が出てきたため、多くの工場やオフィースが海外 に移転し、また逆に、国内に入ってきています。このよ うな状況のもと、企業は、その調達方式、生産方式、流 通方式を見直さないとならない段階にあります。サプラ イチェーンの可視化の範囲を広げ、商品が今どこにある か素早く判断できるシステムを、早急に作り上げること が求められています。 14 そこで、ある大手小売店が、プライベート・ブランドで チョコレートの販売を始めることを考えてみましょう。 たとえば韓国にあるチョコレート工場と直接契約を結 び、長期契約で安く調達できるようにしたとします。同 時に国内の工場にもスポット的にチョコレートを作っ てもらうとします。このように海外と共に国内工場にも 製造委託している理由は、季節や時期により大きく売り 上げが変わり、商品が時期により品薄になる状況が生じ てしまうチョコレートに対して、チョコレートがうまく 店舗に供給できるように小回りの利く国内の工場にも スポット的に発注できるようにしたためです。 国内と海外の2か所に発注できる工場があるわけです から、今迄通りの発注方法ではいきません。店舗の品薄 状況を的確かつ迅速に把握して、きめ細かく発注し物流 に乗せる必要があります。そのためには、輸送中の商品 の数や、物流基地での商品の数を正しく把握し、さらに 各店舗が抱える在庫を正しく把握して、ダイナミックに 物流を変動させ、最適な供給ができるようにする必要が あります。 しかしながら、実情は大手の小売店ですら、店舗にある 商品在庫を正しく把握できていないことが多いと聞い ています。たとえ正しく把握していても、その店舗限り の在庫把握であり、物流ネットワークとリアルタイムに 紐付できていない結果、店舗間移動や物流トラックの行 先変更といったダイナミックな供給先の変更ができに くい状況にあるそうです。日本では国際物流での EPCIS を利用する事例はまだ少なく、実証試験段階から抜け出 しきれてはいません。その結果、海外にある別の企業と の間でトータルな物流の可視化ができていません。 国際物流で EPCIS を使った効果は図りしれないので、 今までに経済産業省を中心に多くの実証試験が行なわ れてきました。さらに経済産業省では、これら一連の実 証試験をまとめて、2012 年に、APEC ロシア・カザンの 地で、国際物流に関するリコメンデーションを発表して います。このリコメンデーションの中で EPCIS が全面 的に紹介されていて、国際物流における可視化の手段と して強く推奨されています。 APEC で発表されたリコメンデーションを受けて、海外 では EPCIS を実ビジネスで実際に使う動きが出てきて います。EPCIS を使えば、サプライチェーンにおける商 品の可視化が可能になり、商品の移動に伴う物流基地で の在庫が最適化され、顧客に最適な方法で商品を届ける ことが可能になると期待されているからです。 サプライチェーンは、多くの会社で構成されていますの で、今つなげる必要がないと考えている会社も、将来的 にはつなげる必要が出てくるかもしれません。EPCIS を 採用して、あらかじめ、他社とつなげることを考慮して 設計しておけば、そのシステムを長く効率的に使える可 能性が高くなるのではないでしょうか。 最後に一般的なプロジェクトの進め方をご案内いたし ます。EPCIS を導入する場合に、初めから全物流範囲で、 全商品の可視化ができるシステムを一斉に導入するの が難しいので、パイロットテストを行い、導入するテス ト範囲を絞り、実導入に一歩ずつつなげるテストを行う 必要があると思います。そのテストの進め方をどうする かが成功の決め手になりますので、いろいろな進め方は ありますが、よくある一般的な進め方をご紹介します。 一般的なプロジェクトの進め方。 1)どこかの実験店舗で絞ってテスト行い 2)物流基地を含めた2,3店舗へと広げていき、 3)関係会社や委託工場にも範囲を広げ、 4)最終的には海外ともつなげる 一般的なプロジェクトの進め方の図(8-1) 海外の工場 第4段階 第3段階 第2段階 物流基地 店舗 店舗 工場 第1段階 EPCIS によるサプライチェーンの可視化 工場 15 GS1 Japan Place Canada, 7-3-37 Akasaka Minato-ku, Tokyo, 107-0052 The global language of business WWW.gs1jp.org
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