隣地通行権に基づく自動車通行の可否 2007/06/28 浦山 手塚 平塚 横澤

隣地通行権に基づく自動車通行の可否
2007/06/28
浦山
手塚
平塚
横澤秀明
目次
Ⅰ はじめに
Ⅱ―1 事件の概要
Ⅱ―2 判旨
Ⅲ 210 条と 213 条の関係
Ⅳ 210 条と建築基準法 43 条 1 項の関係
Ⅴ 210 条における自動車通行の検討
Ⅵ 参考文献
Ⅰ はじめに
袋地の所有者は 210 条・213 条によって囲繞地に対して通行権を主張できるが、この通
行権は一般には歩行による通行を想定したものである。しかし今日、自動車の普及率や社
会に貢献する度合いを考えると、自動車は日常生活に欠かすことができないものであるこ
とは確かである。また、袋地が通行権を獲得すると、その土地の有用性は格段に上がり、
地価の大幅な上昇が見込まれる。一方、囲繞地の所有者は、自分の所有する土地に通行権
を設定しなければならず、それが自動車の通行権ともなると侵害の度合いは歩行による通
行権と比べて格段に大きくなってしまう。また安全の面から考えても、自動車による通行
は歩行による通行に比べ格段に危ないものである。
そこで今回の発表では、袋地の所有者と囲繞地の所有者の利益を比べることにより、あ
るべき隣地通行権とは何かを検討していきたい。
Ⅱ―1 事件の概要
X らの所有する土地(953 番 3、955 番 12 から 18 のほか計 73 筆からなる土地、以下
本件土地と呼ぶ)は、東に県の公共施設である小室 4 号緑地、西に二重川の堤防、南に A
所有の 983 番 1 の土地等を隔てて国道 464 号線、北に 957 番 3 の土地等に接する形で市道
7926 線がそれぞれ存在する。
宗教法人である X1 は墓地利用を計画していて、県の許可も受けている。また、X1 以外
の X らは、その所有地を墓参者のための駐車場、観光果樹園およびバーベキュー場として
活用する計画を有している。
小室 4 号緑地のほぼ中心部分には、自動車の通行が可能な幅員約 4 メートルの道路が存
在し、従前は自動車の通行が認められていたが、平成 12 年 1 月ごろ Y が自動車の通行を禁
じ、同年 5 月ごろに東側に、平成 14 年 6 月頃に西側にポールを設置し、自動車が通行でき
ないようにした。
そこで、X1 は平成 13 年ごろ、市道 7926 号線に通ずる道路を設置する目的で、957 番 3
の土地を買い受けた。本件土地は 955 番 12、955 番 18 および 957 番 3 の各土地に設置し
た通路により北側の市道に通じているが、この通路は直角にさせる状態になっており、狭
いところで幅員が約 2.2 メートルしかなく、自動車の通行にはまったく不向きであった。な
お、957 番 3 の土地は元 957 番の土地の一部であったが、昭和 47 年 3 月 16 日に 957 番 1
から 957 番 4 までに分割されており(以下、本件分割と呼ぶ)
、957 番 2 は分割後 B に売却
されている。
そこで本件は X らが Y に対して Y 所有の土地 947 番・948 番 2 の土地(957 番 3 に接する
土地)の一部につき自動車による通行を前提とした囲繞地通行権を有することの確認を求
めているものである。
Ⅱ―2 判旨
原審 X の請求棄却。
「957 番の土地(本件通路入り口部分)は、元 957 番の 1 筆の土地であったところ、昭
和 47 年 3 月 16 日、957 番 1 ないし 4 の土地に分割されたもので、元 957 番の土地、即ち
現 957 番 1 ないし 4 の土地全体は、公道に十分に接し…、かつ、幅員も十分にあるところ
…、957 番 2 の土地が鉄塔敷として売却されたため、957 番 3 の土地のみでは、自動車によ
る通行が困難になったことが認められる」としたうえで、
「1 筆の土地が公道に十分に接し、
かつ、公道にいたる幅員も十分にあったところ、数筆の土地に分筆されて所有者が異なっ
たため、分筆後の 1 筆の土地のみでは、自動車による通行が困難になった場合、分筆に係
る他の筆の所有者に対し、囲繞地通行権を主張することができることがあるとしても、分
筆に関係ない他の筆の所有者に対して囲繞地通行権を主張することはできない。X らは、元
957 番の土地から分筆された 957 番 2 の土地などについて囲繞地通行権を主張するもので
はなく、もともと別筆であり、かつ、所有者も異なる本件土地(947 番および 948 番 2 の
各土地の一部)について囲繞地通行権を主張するものであり、失当という他ならない」と
判示して、第 1 審判決に対する X らの控訴を棄却した。X らは上告。
最高裁 破棄差戻し
「957 番 3 の土地に隣接している 955 番 12 及び同番 18 の各土地は、本件分割によって
生じたものではないから…、955 番 12 の土地等の所有者がほかの土地に対して有する公道
に至るための通行権は、本件分割の前後を通じて 210 条通行権であることに変わりはない」
とし、
「現代社会においては、自動車による通行を必要とすべき状況が多く見受けられる反
面、自動車による通行を認めると、一般に、他の土地から通路としてより多くの土地を割
く必要があるが上、自動車事故が発生する危険性が生ずることなども否定することができ
ない。したがって、自動車による通行を前提とする 210 条通行権の成否およびその具体的
内容は、他の土地について自動車による通行を認める必要性、周辺の土地の状況、自動車
による通行を前提とする 210 条通行権が認められることにより他の土地の所有者が被る不
利益等の諸事情を総合考慮して判断すべきである」とし、最高裁の言う諸事情についてさ
らに審理を尽くさせるために原審に差し戻した。
Ⅲ 210 条と 213 条の関係
原審は、
「1 筆の土地が公道に十分に接し、かつ、公道にいたる幅員も十分にあったとこ
ろ、数筆の土地に分筆されて所有者が異なったため、分筆後の 1 筆の土地のみでは、自動
車による通行が困難になった場合、分筆に係る他の筆の所有者に対し、囲繞地通行権を主
張することができることがあるとしても、分筆に関係ない他の筆の所有者に対して囲繞地
通行権を主張することはできない」としている。しかし、袋地が土地の分割もしくは土地
の一部譲渡によって生じさらに特定承継が起きた場合その囲繞地通行権が 213 条を承継す
るのかそれとも、囲繞地通行に関する原則にたちかえり、有償での囲繞地通行権(210 条)を
発生させるべきかについては争いがある。この点での最高裁の判断は以下のものである。
平成 2 年 11 月 20 日最高裁判所第三小法廷判決
<要旨>
共有物の分割又は土地の一部譲渡によって公路に通じない土地(以下「袋地」と
いう。
)を生じた場合には、袋地の所有者は、民法 213 条に基づき、これを囲繞する土地の
うち、他の分割者の所有地又は土地の一部の譲渡人若しくは譲受人の所有地(以下、これ
らの囲繞地を「残余地」という。
)についてのみ通行権を有するが、同条の規定する囲繞地
通行権は、残余地について特定承継が生じた場合にも消滅するものではなく、袋地所有者
は、民法 210 条に基づき残余地以外の囲繞地を通行しうるものではないと解するのが相当
である。けだし、民法 209 条以下の相隣関係に関する規定は、土地の利用の調整を目的と
するものであって、対人的な関係を定めたものではなく、同法 213 条の規定する囲繞地通
行権も、袋地に付着した物権的権利で、残余地自体に課せられた物権的負担と解すべきも
のであるからである。残余地の所有者がこれを第三者に譲渡することによって囲繞地通行
権が消滅すると解するのは、袋地所有者が自己の関知しない偶然の事情によってその法的
保護を奪われるという不合理な結果をもたらし、他方、残余地以外の囲繞地を通行しうる
ものと解するのは、その所有者に不測の不利益が及ぶことになって、妥当でない。
上記のように最高裁は、特定承継の場合でも民法 213 条が適用されるとの判断を下してい
る。ここで 213 条の適用説、不適用説、中間説を紹介する。
ア)適用説
特定承継が生じたことによって無償通行権が有償に転化することは一方に不測の損害を
与えるとともに他方に不測の利益を与えることになり公平とはいえない。また 213 条の趣
旨が、分割、一部譲渡の際に、通行権の問題が予測され、代価にもこれが折り込まれてい
るならば、その特定承継の一事によって、この理に変更をきたすべきではない。分割・分
譲等の土地所有者の任意行為によって袋地が生じた場合、その土地内部で利益を調整すべ
きで、累を他の囲繞地に及ぼすべきでない。同条は土地利用の調整を目的とする法令であ
り、人的なものではなく土地そのものに関する法であり、特定承継人にも適用される。
(澤
井)
イ)不適用説
213 条はあくまで袋地・残余地を発生させた当事者の人的な要素であり、特別の社会関係
に立たない者に対して無償の利用関係の承認を強要するのは、近代的な社会関係のあり方
(有償性の原則)に反する。
(広中)
ウ)中間説
ケースごとに利益衡量すべきと考え、その考え方が多岐に別れている。
・通行権の負担を前提に土地の売買価格が割り引かれていれば無償の法定通行権を主張で
きるとする説(篠塚)
・袋地の特定承継と残余地の特定承継を区別し、前者の場合には譲受人は無償通行権を承
継するが、残余地の特定承継の場合には譲受人が通行権の負担を知り得ないことがあるの
で適用しないとする説(鈴木)
私見
以上を踏まえた上で私見を述べる。ここでは判例の示すような適用説が最も妥当なもの
であると考える。213 条を不適用とすると無償通行権の有償化によって被通行地所有者は予
期しない利益を受け、袋地所有者は不測の損失をうけることになり、いずれの場合にも客
観的な地価が増減することになる。自分の経済状態の安定と予測が不可能となってしまう
点で不合理であるといわざるをえない。さらに袋地利用のためには、210 条に基づいて通路
を開設する必要がでてくるので、新たな紛争の惹起が予想される。また 213 条の通行権は
人的要素というよりはやはり対物的権利であり、土地の分割によって生じた袋地、残余地
に付着する性質のものであるので特定承継人にも適用されるべきであると解する。
本件について、原審は 957 番 3 だけを取り上げて、まず 957 番の所有者間において 213 条
を適用させるべきとするのに対し、最高裁は「957 番 3 の土地に隣接している 955 番 12 及
び同番 18 の各土地は、本件分割によって生じたものではないから…、955 番 12 の土地等
の所有者がほかの土地に対して有する公道に至るための通行権は、本件分割の前後を通じ
て 210 条通行権であることに変わりはない」として 957 番 3 と 955 番 12 および同番 18 の
各土地とを一体として見ることで、一見 213 条と 210 条との優先適用の問題を回避してい
るようにも思われる。しかしなお、元 955 番の土地の分割に係わる 213 条通行権の成否に
ついて考慮していないのは疑問の余地が残るところである。
Ⅳ 210 条と建築基準法 43 条 1 項の関係
210 条によって、袋地の所有者には原則として囲繞地通行権が認められるが、それは歩行
を前提にした通行であることは先にも述べたとおりである。そこで、自動車通行権が認め
られるために一番重要な要素である通路の幅員について唯一具体的基準を示しているとも
思える建築基準法 43 条 1 項との関係が問題になる。
ア)積極説・肯定説
(1)理由
・袋地所有者は、建築基準適合の確認をもらえないならば結局その建築は許されず、所期
の土地利用は不可能になる。さらに現在居住している建物について大修繕も改築もなし
えず、朽廃・立退を待つばかりということは、人権問題とさえいえる。(澤井)
・行政規定を根拠とする通行権の主張は立法当時予想できなかったことであるとしても、
隣地通行権を「従来通行に必要・欠くことのできない」場合のみに限定することは、袋
地利用をあまりにも制限することになる。(宮田)
・建築基準法が民法の相隣関係との関連性を持っていなくとも、右法適用の結果、事実と
して袋地の宅地としての利用が制限される事態を無視することはできない。(山口)
・建築基準法等による制限と囲繞地通行権を全く別個の問題として分離してしまうことは
疑問であり、それでは袋地の建築利用地としての効用がなくなってしまう。(野村)
・社会的に見て土地の有効利用は望ましい。(斉藤)
・家が建たない土地は資源の死蔵である。(石田)
・土地の安全な利用という観点から公法的規制が私法上の通行権の範囲を定める一要素と
なることは認めなければならない。(荒)
・民法も建築基準法も私法と公法の違いはあっても一国の法秩序を形成するものであり、
両者を全く切り離して運用することは実質的な意味で法秩序の分離を招きかねない。(東)
・考慮しなければ住宅改築をあきらめて朽廃にまかせるか、違法建築を承知で建築せざる
を得なくなる。(浦川)
(2)どのように考慮されるのか
・囲繞地所有者の保護を重視する見解から
イ)基本的には行政取締法適用の結果の不利益は、その直接の適用を受ける袋地利用者が
負担すべきもので、それが不合理な場合のみ囲繞地利用者に負担させるべきである。(山
口)
ロ)土地利用の高度化は囲繞地の利用についても当然生ずる現象であるから、通路の拡張
により既存の建築物の除去が必要となり、あるいは囲繞地の利用が著しく制限される
場合には、この損失をさしおいて袋地の利用を高めることはできない。(千種)
・袋地利用者の保護を重視する見解から
袋地利用の公益的理由を強調し、囲繞地所有者にかなりの犠牲を負わせても通路を認め
るべきであるとする。(澤井)
・具体的な事案ごとに利益考量をして解決すべきである。それには、袋地と囲繞地のおか
れている地域性を基本として、袋地に計画されている建築がその土地の性格上妥当な利
用と認められるか否か、またそのために建築公法上必要な路地幅員の通行権を囲繞地に
要求することが信義則あるいは当該地区の相隣共同関係から見て妥当であるか否かとい
う観点から判断すべきである。(楠本)
・宅地については建物建築のために建築基準法や条例で最小限必要とされている幅員は、
袋地の用途に従った利用に必要なものとして確保されるべきである。(好美)
・営利活動の為の通路の拡大には、建築基準法の斟酌は認められない(篠塚)
(3)具体的な基準
①袋地上に新築するのか、あるいは増改築するのかによる区別は必要ないとする見解
・袋地が空き地であるか否かにかかわらず、また囲繞地に空き地部分かあるとしても、建
築基準放棄所定の通路を認めることは囲繞地に一方的に過度な負担を強いることになる。
それゆえ新規通路の開設・既存通路の拡幅は原則として認めるべきではない。(東)
・新築でも通常の利用といえないこともあれば、増築でも袋地の通常の利用といえること
もあり、前夜が後者に対し袋地の通常の利用といえる確率が高いともいえないので、こ
の区別は無益である。ようは囲繞地の損害をも考慮に入れて検討さるべき通常の利用か
否かという観点から判断するほかない。(岡本)
②袋地が空き地である場合と、既存建物が存在する場合とを区別して論じる見解
・袋地が空き地である場合は、建築基準法令所定の幅員の通路を認めないと建築ができな
いから、原則として法令所定の幅員を認める。しかし、袋地にすでに建物が存在する場
合には、特段の事情がない限り法令所定の幅員は認められない。(山口)
・周辺が宅地化されている更地に新築をする場合には、原則として建築基準法上の要請に
従った通行権を認めるべきである(類型的に見て袋地の通常の用法に従った利用の必要性
が著しく高く、囲繞地の損害は低い)。一方で袋地に既存建物が存在する場合には、その
既存建物が客観的に見て土地との関係から利用可能と認められるときには、増改築のた
めの建築基準法に適合した通行権は否定され、土地との関係から客観的に増改築が必要
な場合には、囲繞地側の損害性との慎重な対比衡量することになる。(那須)
・新たに宅地を造成し、そこに新築するような場合には、それに必要な建築基準法上の要
請をもみたすべき通路保障するべきであるが、既存の通路によって袋地との通行が保障
されているときには、建物の増改築をするために必要な建築基準に適合するような通路
の拡大を要求することは囲繞地通行権の範囲を超え、それは土地全体の再開発の問題と
なり、したがってこのような土地において既存建物を取り壊して新築を計画した場合に
は、建物の建築ができない事態になっても囲繞地通行権の制度にその救済を持ち込むべ
きではない。(千種)
イ)消極説・否定説
・建築基準法の条件をみたす為の通路の開設を隣地所有者に請求することは、通行権とい
う範疇をはみ出し、民法の予想しないところであり、肯定できない。(我妻)
・立法趣旨が異なる(島田)
・囲繞地に犠牲を強いることになって不公平になり、広い通路を欲する場合には通行地役
権を設定するなど合意によって解決すべきである。(古舘)
・①囲繞地に与える損失があまりに大きすぎる②接道要件は従来通路という観点からでは
なく建物が建てられるか否かという観点からであるから、あまりに囲繞地通行権の制度
の目的からはなれ、また、接道要件を満たした土地は、袋地所有者の独占的使用になる
とすると、囲繞地所有者を侵害することになる。③少なくても今日の状況においては、
接道要件をみたさない土地を、建物を建築する目的で買う者はほとんどいないであろう
し、仮に買ったとしてもその価格はかなり低いであろうから、その事情を承知で買った
買主に、囲繞地の犠牲において建物建築を認める必要はなく、例外的事案については、
動機の錯誤、売主の担保責任、不法行為、あるいは契約用の過失で解決すべきである。
④既存通路の縮減行為に対しては、通行地役権や使用貸借等の合意によって対抗すべき
である。⑤接道要件をみたさない土地に建物が建てられない社会的損失は、地域の再開
発、区画整理などによって行われるべきものであって、相隣関係の調整を目的とし、直
接社会一般の利益を目的としない囲繞地通行権制度に求めることはできない。(辻)
判例 (消極説・否定説)
(A)最判昭37.03.15
X 所有地は幅員 2.2 メートルの路地状部分によって公路に接し、その敷地にダンス教習
所を建築所有しており、その既存建物を利用する限りにおいてはなんら支障がないとこ
ろ、新たにダンス教習所兼アパートを増築しようと計画した。しかしそのためには東京
都建築安全条例 3 条により、上記路地状部分は幅員が 3 メートル以上ないと建築確認が
おりないため、隣接する Y の所有地に対して 72 センチメートルの通路拡張を異常値通行
権を根拠に請求した。
これに対して最高裁は、
「このような事実関係の下で X は民法 210 条の囲繞地通行権を
主張するのであるが、その通行権があるというのは、土地利用についての往来通行に必
要、欠くことができないからというのではなくて、建築安全条例上、その主張がごとき
通路を必要とするというに過ぎない。いわば通行権そのものの問題ではないのである。
してみると、本件土地をもつて民法第 210 条にいわゆる公路に通ぜざるときにあたる袋
地であるとし、これを前提として、主張のような通行権の確認を求める X の主張は、主
張自体において失当」であるとした。
(B)最判平 11.07.13 (昭和 37 年判決を確認)
甲土地は 1.45 メートルの路地状部分によって公道に通じている。X は甲土地上の既存
建物を取り壊して新築するにつき、甲土地は接道要件を満たしておらずその用法に従っ
て利用することができないから袋地であるとして、隣接する乙地に対して 0.55 メートル
の部分につき囲繞地通行権の確認を求めた。
これに対して最高裁は、
「民法 210 条は相隣接する土地の利用の調整を目的として、特
定の土地がその利用に関する往来通行につき必要不可欠は公路にいたる通路を欠き袋地
に当たる場合に、囲繞地の所有者に対して袋地所有者が囲繞地を通行することを一定の
範囲で受任すべき義務を課し、これにより袋地の効用を全うさせようとするものである。
一方建築基準法第 43 条 1 項本文は、主として避難または通行の安全を期して、接道要件
を定め、建築物の敷地につき公法上の規制を課している。このように右各規定は、その
趣旨、目的等を異にしており、単に特定の土地が接道要件を満たさないとの一事をもっ
て、同土地の所有者のために隣接する他の土地につき接道要件を満たすべき内容の囲繞
地通行権が当然に認められると解することはできない」として X の請求を棄却した。
私見
積極説が妥当と思われる。
その理由として、①土地の安全な利用という観点から公法的規制が私法上の通行権の範
囲を定める一要素となることは認めなければならない。②積極説を採ったとしてもひとつ
のファクターとして考慮されるに過ぎない。③考慮しなければ建築基準法の趣旨を没却す
ることになる。④民法も建築基準法も私法と公法の違いはあっても一国の法秩序を形成す
るものであり、両者を全く切り離して運用することは実質的な意味で法秩序の分離を招き
かねない。
どのように考慮されるかについては、建築基準法を考慮することとの均衡を図るため、
囲繞地所有者の保護を重視するべきである。具体的には、基本的には行政取締法適用の結
果の不利益は、その直接の適用を受ける袋地利用者が負担すべきもので、それが不合理な
場合のみ囲繞地所有者に負担させるべきである。しかし、通路の拡張により囲繞地の既存
の建築物の除去が必要となり、あるいは囲繞地の利用が著しく制限される場合には、この
損失をさしおいて袋地の利用を高めることはできないと考える。
具体的な判断基準として、空き地である場合と、既存建物が存在する場合とを区別して
論じるべきであると考える。すなわち、袋地が空き地である場合は、建築基準法令所定の
幅員の通路を認めないと建築ができないから、法令所定の幅員を認める必要性が強いが、
囲繞地側の損害と慎重に対比衡量すべきである。袋地にすでに建物が存在する場合には、
特段の事情がない限り法令所定の幅員は認められない。
参考:建築基準法 第 43 条 1 項本文
建築物の敷地は、道路(次に掲げるものを除く。第 44 条第1項を除き、以下同じ。
)に
2メートル以上接しなければならない。
Ⅴ 210 条における自動車通行の検討
(1) 囲繞地通行権と自動車通行との関係
自動車が一般家庭に普及するまでは、囲繞地通行権は徒歩による通行を前提とされてき
た。そもそも囲繞地通行権の認められる場所および方法は、袋地所有者のために必要にし
て、かつ囲繞地のために損害が最も少ないものでなければならない(211 条1項)のであっ
て、通行権が認められるとしても徒歩で通行するのに必要最小限の程度で認められるのが
通常であった。
ところが今日においては、自動車による通行は日常生活上ごく当然のこととなり、また
必要不可欠な交通手段であるといっても過言ではない。それゆえ、囲繞地通行権において、
徒歩による通行だけでなく自動車による通行を含む余地があることは現在の下級審判例・
学説上異論のないところとなっている(なお、最高裁において初めてこの旨が確認された
のが今回の判決である)
。
しかし、自動車による通行を認めることは、徒歩での通行の場合に比してより広範な敷
地を通行に供さなければならないうえ、交通事故の懸念など周辺環境の悪化も考えられる
ため、囲繞地所有者に対して大きな負担を強いることになる。そこで、自動車による囲繞
地通行権の認定においては関係者間の緻密な利益衡量が必要となる。
東京地裁昭 38・9・9 判決によれば、一般に囲繞地通行権の認定は「社会通常の観念に照
し、附近の地理状況、相隣地利用者の利害得失、その他諸般の事情を斟酌した上、具体的
事例に応じて判断すべきもの」とされている。これを今日の自動車通行権に即して考えて
みると、袋地の存在する地域、通行により環境に与える影響、袋地の利用における自動車
通行の必要性、自動車通行が主張されている土地の現状、など、当該事例ごとに個別具体
的に通行の可否を決するのが妥当といえるだろう。
下級審判例も概ね上記のような基準に従い、確定的・普遍的な認定基準は示すことなく、
当該事例毎の状況を考察し、関係者の受ける利益不利益を比較衡量することにより結論を
導いており、通行可否の認定は事例によりまちまちとなっている。
(詳細な下級裁判断実例については、後掲の安藤『私道の法律問題(第4版)
』133 頁以下
参照。
)
(2)判例の状況
以上で述べた通り、従来の下級審判例は、自動車通行を認めるための一般的基準を示し
ていない。そこで、現在までの判決を分析してどのような場合に自動車通行が認められや
すく、また逆に認められにくいのかを分析するために、次のように事例を類型化した(岡
本『私道通行権入門』80 頁以下参照)
。
(ア) 既存通路では自動車の通行が不可能もしくは困難であるため、通路
の拡幅を求める場合。
このような事例では、一般に当該土地購入時に自動車通行が困難で
ある旨を了承した上で購入していることが推測されるのであるから
(分筆により発生する袋地の場合は、文筆の際に調整されるのが通常
である)
、特段の事情がない限り自動車通行権は認められにくい。
(従来自動車出の通行をしてきたが幅員が狭く不便なため拡張を請求
したが否認された東京地判昭 55・2・18 など。
)
(イ) 既存通路について自動車の通行の事実はないが、その幅員が自動車の
通行をも可能とするほどの広さがあるので、袋地所有者が新たに車両
通行を請求する場合。
従来は自動車通行の必要性がなかったが、社会の進展に伴い自動車
の通行が必要になった、という事情は容易に想定できるため、現に自
動車が通行するのに十分な幅員が確保できており袋地所有者の自動車
通行の必要性も切迫していれば、比較的認められやすいと考えられる。
(自動車通行の現代的必要性を考慮に入れ、現幅員約5メートルの通
路に新規に自動車通行権を認めた東京地判昭 52・5・10 など。しかし
逆に、袋地所有者側には切迫した必要性が認められず、周辺環境の悪
化を重視して否認した東京地判昭 61・8・26 のような事例もある。
)
(ウ) 既存通路について従来から車両通行の事実があったが、周辺状況の変化・事情変
更により囲繞地所有者が通行の差止請求をする場合。
現状において自動車通行をしている事実があり(特に業務上の必要
に応じて)将来も車両通行の必要性が認められるのであれば、信義則
上、特段の事情がない限り差止めすることはできないのだと解される。
(長年、近隣 10 世帯の自動車通行に供用されていた通路の自動車通行
差止請求を排斥した福岡高判 47・2・28 など。逆に、特段の事情とし
て、通路が狭いため自動車通行の著しい増加により歩行者に危険が生
じているなどの理由を挙げ、差止めを認めた福岡高判昭 58・12・22
などがある。
)
(2) 私見
(A)自動車通行の認定判断について
自動車通行の認定判断は、上記のような各事例の判断のように、当該関係
当事者の利害・周辺事情・請求に至るそれまでの経緯等を個別具体的に考慮
するというアプローチが妥当であると考えられる。
しかし、自動車通行の必要性がますます増してきている今日の状況に鑑み、
今回の事例のような争いは増加していくことが予想されることを考えると、
法的安定性や当事者の予測可能性の確保のために、袋地所有者の土地の利用
目的、場所的慣行、現実における社会経済的必要性の有無、当事者の合意の
有無、囲繞地の利用状況、建築基準法 43 条1項との兼ね合い、そして社会的
要請等のファクターなどを通して、抽象的基準を提示しておくことも必要で
あろう。
そのような背景において、今回の事例で最高裁が「自動車による通行を前提とする 210
条通行権の成否及びその具体的内容は、他の土地について自動車による通行を認める必
要性、周辺の土地の状況、……他の土地の所有者が被る不利益等の諸事情を総合考慮し
て判断すべきである」と一定の基準を示したことは時代の流れに即したものであり、内
容的にも妥当で評価に値するものであると考えられる。
そして、様々なファクターの中で比較的大きな部分を占めると思われる内容である前
述の(ア)∼(ウ)の類型については、それぞれ具体的にどのような判断基準を中心に
結論を導くべきであるかを考える。
(ア)のような場合は、基本的には袋地購入者の購入時の自己責任において、後にな
ってからもともと自動車通行が困難な囲繞地に自動車通行権を請求はすることは認めら
れないと解する。しかし、購入時に接していた公道が通行止めになったなどの特段の事
情がある場合は検討を要することは勿論である。
(イ)のように、もともと自動車が通行するのに充分な幅員が存在している場合は、
袋地利用上必要であれば認めても構わないとも思える。しかし、やはり従来自動車が通
行していなかった場所に自動車が通行するようになるのは、囲繞地所有者や周辺住民に
とっては大きな負担となる予知が多分に存在する。よって、袋地側の必要性の切迫の程
度と囲繞地側や周辺環境の受ける不利益とを中心に考慮した上で結論を導くべきである。
(ウ)のような従来自動車が通行していた場合は、もともと比較的自動車通行の必要
性が高い場面であったのだと考えられる。そのうえ、差止めを請求される前までは特に
争いもなく自動車通行が容認されてきたのであろうから、急に自動車通行が阻まれる事
態になることは一般的に望ましくないと考えられる。ただ、やはり周辺環境への影響の
変化や事情変更などやむを得ない事情も発生して差止めの必要性を迫られることもある
であろうから、その場合には、それまでの自動車通行における当事者間の合意の有無や
差止めの必要性の切迫の程度が中心的なファクターになると考えられる。
(B)今回事例へのあてはめ
また、以上のような判断要素を踏まえ、今回の事例の結論の妥当性を検討してみると、
①本件請求にかかる「本件土地」はわずか 20 ㎡に過ぎず、現在まで草地として放置され
ており、新たに車両通行を認めても当該土地には直接の損害が認められないと想定でき
ること、②墓地の建設工事及びその後の経営にあたっては自動車の通行が必須であるが、
最近において建築の認可が下りた以上、本件一団の土地を利用するにあたり自動車が通
行する必要性が強くなったこと、③当初通行を予定していた赤道は車両通行止めになっ
てしまったことで、本件土地を通行する他に代替手段がないこと、④213 条通行権の適用
可能性のある分筆残余地 955-2 の土地においても、現在は鉄塔用地の一部として運用さ
れており、その部分の通行を認めるためには周辺に多大な負担がかかるうえ、仮に当該
部分に車両の通行権を認めたとしても最狭部の幅員は広がらず本質的な解決にはつなが
らないこと等の諸事情を考慮すれば、原告の請求を認めるのが妥当であると考えられる。
Ⅵ 参考文献
高田淳 法学セミナー622 号 117 ページ
滝澤孝臣 金融・商事判例 1250 号 2 ページ
山野目章夫 重判 70 号
岡本詔治 民商 135-4・5-143
小沢俊夫
安藤一郎 私道の法律問題第 4 版
安藤一郎 建築基準法―民法との接点
安藤一郎 現代裁判体系 5 私道・境界
沢井裕 隣地通行権
岡本詔治 通行裁判の実装と課題 私道通行権入門