Federalism and Polarization in the United States アメリカ合衆国における連邦制度と二極化 Richard E. Levy カンザス大学 スクール・オヴ・ロー 訳:柴田 直子(神奈川大学 法学部准教授) 4 年まえ、私は、先進国の国・州・自治体の権限をテーマとする会議に参加するため に、世界各国の学者から構成される、この優れたグループに加わった。私は、神奈川大 学を再び訪れ、友人や同僚とともに、この重要な問題について探究を続ける機会が得ら れたことを、とりわけ喜んでいる。それゆえ、このような会議を開催してくださった山 田徹教授に、特別の感謝の言葉を述べさせていただきたい。 歴史のスキームの中では 4 年間は短い期間である。しかし、この間に、世界規模の財 政的、経済的な危機が生じ、これが社会的、政治的に重要な影響を与えた結果、多くの 出来事が生じた。前回は、危機の深さや範囲、制御困難性が十分には実感されておらず、 この危機が国・州・自治体に与える影響への評価という点では未熟であった。今回も、 危機の長期的な効果については未知である。しかし、これらの出来事が政府権限の配分 の集権化や分権化にもたらす影響を予備的に評価することはできるであろう。 アメリカ合衆国においては、集権化と分権化は、合衆国憲法が定める連邦制度原則に 従って行われている。この原則のもとでは、国は、列挙された権限のみしか行使するこ とができないが、その範囲では最高の権限を持つ。一方、州は残りの権限を行使し、統 治主体に属する特徴を、ある程度所持する。権限の配分のあり方は、建国以来、常に憲 法上の議論となっており、中央政府の権限とその範囲は拡大を続けている。他国、例え ば日本と比較してみると、アメリカ合衆国における問いは、分権改革ではなく、むしろ、 連邦制度に関する憲法上の諸原則が、政治的・司法的な場でどのように解釈され適用さ れるか、という問題である。 合衆国の権限配分に対する財政危機の影響を評価するのは複雑で困難である。もっと も直接的には、危機は、合衆国政府に、金融機関、自動車製造業者、その他の弱体産業 に巨額な「財政援助」を行うことを促し、また、オバマ大統領の当選と合衆国議会にお ける民主党過半数獲得を助けた。この議会で、金融部門を規制する法律、医療保険制度 改革法、その他の法律が制定された。しかし、これらの出来事は、いわゆる「ティーパ ーティ」――すなわち、のちに共和党の一部となっていく右翼的で人民主義的な行動― ―を刺激する一因となった。 このような発展は、アメリカ合衆国においてすでに進行しつつあったイデオロギー上 の二極化を加速し、かつ増幅させた。二極化とは、イデオロギー上の極論への政治的引 力を意味する。このような二極化の根本原因は、ここで列挙したり分類したりするには、 あまりに多く複雑である。しかし、財政危機とオバマ大統領の選挙がこれを拡大したこ とは、かなり明白である。イデオロギー的な二極化は、財政的、経済的な危機が、合衆 国での国と州のバランスにどのような影響を与えたのかに対する評価を複雑にする。な ぜなら、イデオロギー的二極化は、連邦制度の議論を媒介に形成され、また表現される からである。 Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 1 本稿は、4 章から構成される。1 章では、アメリカ合衆国における連邦制度の歴史的 な文脈と憲法上の構造について簡単に説明する。第 2 章では、アメリカ合衆国における 財政・経済危機の概要と、これがイデオロギー的二極化と連邦制度にどのように関係す るのかを述べる。3 章では、二極化と連邦制度の相互作用を示す、現在のいくつかの争 訟について議論する。医療保険制度改革立法、移民、同性結婚、そして銃器所有権であ る。最後に、5 章では、アメリカ合衆国における連邦制度と二極化の関係に関する私見 を述べることとする。 〔Ⅰ〕 アメリカ合衆国における連邦制度 現実的な目的のためには、どのようなサイズの政府においても、中央政府と地域政府 との間のバランスを保たなければならない。憲法上の権限の全てが中央政府に付与され ている「単一制」国家においても、効率的な行政運営のためには、地域的な下部組織に いくらかの権限を与えなければならない。しかし、連邦制度は、地域の下部組織に―こ れはアメリカ合衆国においては州(States(ややこしいことに国を意味する語と同じ単語 を用いる))に当たるが―、憲法で保護された統治権が与えられるような特有の制度の 代表例である。さらなる議論に必要な土台をつくっておくために、この節ではアメリカ 合衆国の連邦制度についての簡単な概観を述べる。 A 起源と発展 ほとんどの連邦制度と同じように、アメリカ合衆国の連邦制度も、既存の複数の政治 体をより大きな1つの国民国家へと移行させる際の必要性に応じてつくられた制度であ る。構成メンバーである諸国に統治権と自治権をいくらか留保することは、1つのより 大きな国家に統合することを可能ならしめるためには不可欠である。 最初の 13 の植民地が大英帝国から独立を達成した時、これらの植民地は連合規約と 呼ばれる規約に加盟した。連合規約は「United States」という文言を用いるが、この規 約は、事実上、独立国家が一定の事項、第一義的には外交政策と共通の防衛について協 力することに同意するための国際的な代表者会議であった。しかし、連合規約では不十 分であることが判明した。なぜなら、中央政府は決定的な領域において権限を欠いてお り、また通常の権限がある事項についても、その決定を執行する力がなかったからであ る。 そこで連合規約を改正するための会議が招集された。しかし代表者たちは全く新しい 憲法を起草することを選んだ。この新しい憲法は批准されて 1789 年に効力を得た。連 邦制度は中央政府の権限を拡大し、より強固することを可能ならしめるために作られた 不可欠の政治的妥協であった。州は連邦政府に代表を送ること、残りの領域における政 府権限を留保すること、統治権に存するいくつかの属性を保持することを保障された。 これに加えて、このシステムは異なるタイプの州--すなわち、大きい州と小さい州、 北部の州と南部の州、都市部と郊外--の諸利益のバランスをとるように形成された。 憲法の採択以来、連邦制度はしばしば政治、経済、憲法上の対立の中心にあった。初 期の合衆国最高裁判決の多くが、連邦制度の基本的な原則にかかわっており、これらの Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 2 判決が広い連邦権限を確立してきた。しかし、連邦権限についての初期の論争は、南北 戦争の前兆にすぎなかった。南北戦争は、連邦制度の構造に重大な効果をもたらした。 そして南北戦争は、アメリカ合衆国における連邦制度と二極化との相互作用を示してい る。 南北戦争において二極化を生み出した争点は、もちろん奴隷制度であった。合衆国憲 法は、当初の草案では、南部の諸州の合意を得るために奴隷制度を承認した上、擁護さ えしていた。奴隷制度とその擁護者が南部に集中していたため、奴隷問題に関する二極 化は地理的でもあった。それゆれ、これは、議会から始まり、南部 11 州の連邦脱退を 経て最後は南北戦争(1861-65 年)に至るまで、連邦制度論の媒体となり続けたので ある。南北戦争は、連邦制度に関する憲法の構造に重要な改正をもたらした。中央政府 の権限と優越を再確認することに加えて、この改正は、中央政府の新しい役割を確立し た。それはすなわち、州の介入から個人の権利を保護すること、である。 合衆国憲法の批准直後に権利章典(Bill of Rights)が採択されたにもかかわらず、権利 章典は、連邦政府に対してのみ適用され、州には適用されなかった。南北戦争後、一連 の憲法改正は州に対しても適用されるようになった。これらの規定は、奴隷制度を禁止 し(憲法修正 13 条)、州の行為から個人の権利を保護し(憲法修正 14 条)、そして人 種にもとづく選挙権拒否を禁止した(憲法修正 15 条)。皮肉なことに、おそらく、こ れらの改正は新たに解放された奴隷に十分な保護を与えるものではなかったであろう。 というのは、連邦政府と最高裁判所は、人種分離政策を容認し、多くの差別的な活動に 目をつぶっていたからである。 19 世紀が終わる頃、産業革命とその影響によって、また革新主義運動の萌芽、組織 労働者、経済、事業活動への規制なども伴って、経済問題において一定程度の二極化が 生まれた。これらの分化には、その性質上地理的要素は少なかったが、それにもかかわ らず、全ての層の政府が産業とビジネス活動を規制しようとしたため、連邦制度上の論 点を生じさせた。1890 年代から 1930 年代にかけて、合衆国最高裁は、政府によるほと んどの規制に否定的であり、連邦の規制にも州の規制にも無効判決が出された。 ここでも再び、イデオロギー的な論争が――この時は独占の防止、労働者の保護、そ してその他の「革新主義的」プログラムについて――ある程度、連邦制度の見地から出 現した。というのは、合衆国最高裁が、しばしば連邦政府は、州のポリスパワー(訳 注:州におかれている一般な規制権限)に留保されている、農業、鉱業、製造業への規 制権限を持たないため、連邦法は無効であると結論付けたからである。しかし、1930 年代には、最高裁は、路線を変更し、経済やビジネス活動を規制する連邦や州の権限を 支持し始めた。このような変更にしたがい、最高裁は、議会が全体として州際通商に関 する一切の活動を規制することができる、という理論にもとづいて、広く連邦の規制権 限を容認した。 同時に、最高裁は、他の憲法上の権限に対する関心、とりわけ、人種分離政策に対す る関心を強めていった。これは、1950 年代から 1960 年代における二極化の争点となっ た。1890 年代には、最高裁は、少数者も「分離すれども平等」の扱いを受けていると いうフィクションにもとづいて、人種分離政策を受け入れていた。しかし、このシステ ムが道徳的に擁護不可能であることが徐々に明らかになり、最高裁は、ついに、Brown v. Board of Education (1954)で、これを違憲と判決した。このアメリカ版アパルトヘイト Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 3 の弁護側は、本案では有効な主張を持たなかったが、「州」の権利を根拠とする連邦制 度の議論に依拠しようとした。そこで、連邦制度が、公立学校(これは、州の制度であ り、連邦政府の制度ではない)を分離する政策においても争点となったのである。 より最近、社会的、経済的な二分化によって、再び連邦主義が最前線に持ち出された。 20 世紀末ごろ、連邦政府が大きな権限をもつことに反対する論者が、政治的にも法的 にも牽引力をもつようになった。また、多くの現在進行中の争いも、重要な連邦主義的 要素を含んでいる。 B 連邦主義の基本的な構造 連邦主義は水平的な面と垂直的な面をもつ。垂直的な面は合衆国政府と地域の下部組 織との関係に関係する。水平的な面は、地域的下部組織間の関係に関係する。どちらの 関係についてもアメリカ合衆国の連邦主義においては重要である。 (1)垂直的な連邦制度 アメリカ合衆国における垂直の連邦制度は、連邦と州の権限のバランスを決定する、 2つの主要な原則によって成り立っている。すなわち、列挙主義原則と連邦法最高法規 原則である。権限列挙主義の原則は、連邦政府の権限を憲法で付与された権限に制限す るものである。残りの権限は、憲法修正 10 条に規定される通り、州に留保されている。 連邦法最高法規原則の下では、連邦法は直接に適用され、それに反する州法を「先占」 する(憲法 4 条 2 節を参照)。この枠組みは、連邦政府の権限の最高性を担保しつつ、 残りの権限を連邦政府の権限の及ばない領域に留保する(少なくとも理論の上では)こ とによって、州政府を保護するものである。 一般的には、この制度は、中央政府が中央の関心事を処理し、地域の下部組織が地域 的関心事を処理するために有意義である。合衆国憲法は連邦政府の権限について長いリ ストを規定しているが、これらの権限は国の関心事である 3 つの領域にあてはまる。す なわち、1)対外政策、2)複数の州に影響する経済やその他の事項、3)個人の権利、 である。 ・対外政策は、国防、外交、そして国際取引を含むが、これは国家の排他的な責務であ り、州は、個別の外交関係を行う権限を大部分奪われている。 ・連邦政府は、1 州より多くの州に影響する多様な事務を処理する権限をもつ。もっと も顕著であるのは、州際通商を規制する権限である。しかし、州も一般的にその領域 に関する競合的な権限を保持する。 ・基本的な政治的、市民的権利を保護する権限は、南北戦争後の憲法改正によって、連 邦政府に付与されている。この改正は、州が基本的な人権を侵害することを禁じ、連 邦政府にこれらの権利を執行する権限を付与するものである。 議会は、これらすべての権限を実施に移すために「必要で適切な」法律を制定する権 限を与えられている。列挙主義原則は、連邦政府の権限は有限であり、州政府が排他的 Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 4 に所持する権利も存在することを示す。しかし実務上は、連邦政府の権限は非常に広く 解釈されており、連邦政府の権限の及ばないところはほとんどないに等しい。 連合規約のもとでは、中央政府は専ら「連合議会に集合した諸邦による統合体(the United States in Congress assembled)」から成り立っており、その限られた権限では、国 家としての諸邦に対して行使することができるだけであった。換言すると、連合議会は、 個人の権利や義務に直接影響する法律を制定することはできず、諸邦に対して連合議会 の決定に従って立法するように義務付けることができるだけであり、これにさえ、しば しば失敗した。合衆国憲法は、この問題を憲法 6 条 2 節の最高法規制条項で述べている。 この条項は、連邦法が「国家の最高法規であり」と明記し、州裁判所に連邦法に従うこ とを命じている。また、合衆国憲法は、連邦法を直接に執行するための連邦執行府を創 設している。連邦法の直接適用性と最高性は、アメリカ合衆国における法的統合性のた めには必須である。これは、EU の法的統合性にとっても、同様の原則が必須であるの と同じである。これらの原則のもとでは、連邦法と州法が対立するとき、連邦法は州法 を「先占」する。すなわち、執行され執行可能なのは連邦法である。 垂直の連邦制度において 1 つの重要な論点は、連邦法が州に留保された統治権を侵害 するときに、どこまで合衆国憲法が州を保護するかである。たとえば、合衆国憲法は、 修正 11 条と関連する原則にもとづいて州の主権免除を保障する。1990 年代には、合衆 国最高裁によって追加的な保護として、「徴用禁止」原則が示された。この原則は、連 邦政府が州政府に連邦のプログラムの実施を強制することを禁じる。以下により詳細に 論じるが、この原則は、医療保険制度改革と銃規制において、イデオロギー的な重要性 を示してきた。 (2)水平的な連邦制度 連邦システムは、その根底では、諸州間の集合的行為(collective action)問題に対する 構造的な対処である。これらの集合的行為問題は、個々の州が州による集団の利益とは 異なる方法で行動するインセンティブがあるために生じる。対外関係や州際通商などに おいては、協力が全体としての利益をもたらすが、しかし、これらの便益は、その創出 に寄与しようとしまいと、すべての人にもたらされるという意味で、「公共財」の一種 である。それゆえ、個々の州は「フリーライダー」となる、すなわち、他の州に集合財 創出のコストを負担させようとするインセンティブがある。この問題は、しばしば州際 関係を損なわせ、水平的な連邦制度の争点を創出させる。 たとえば、経済理論は、長期的視点に立てば、自由貿易の体制からすべての人が利益 を得られるという。自由貿易は、財やサービスの価格を下げ、「貿易による利得」を生 み出すからである。このように自由貿易体制は集合としての諸州に利益をもたらすが、 個々の州は、自州が生産しない財については低コストの利益を享受しながら、自州の経 済の重要な部分または強い部分を対外競争から保護するというように、特定の産業に保 護主義的な法律を制定するインセンティブをもつ。それゆえ、自由貿易の保護は、憲法 の重要な目標であった(そして、EU の中心的な原動力であった)。 Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 5 合衆国憲法は、州間の関係に適用される様々な規定をおく。第一に、憲法は、州際通 商に対する権限を中央政府に付与している。この条文を、最高裁は、暗に州が保護主義 的な法律(関税や割当制など)を制定したり、または州際通商を妨害したりすることを 禁じるものであると解釈している。第二に、憲法 4 条 1 節の信頼十分条項は、州が他の 州の判決を尊重することを要請し、「準拠法の選択」原則や国際私法において、他州の 法を無視する権能を制限している。これに加えて、他の諸規定は、非州民に対する差別 を禁止し、市民が自由に国内移動していずれかの州の州民になる権利を保護する。 それらの憲法規定と関連する原理の根底には、3 つの基本的な原則がある。差別禁止、 移動の自由と領土権である。差別禁止原則は、州が他州民や他州の産物を自州の州民や 産物より悪い条件で扱うことを禁止する。移動の自由は、州が州を越える市民の移動、 州を越える財やサービスの移動や売買に障害を設ける物理的法的な障壁を設けることを 禁じる。第 3 に、州は他州の領土的な統治権を尊重しなければならない。これは、州が 州を越える立法あるいは司法的な権限を行使する能力を制限し、他の州がその領土にお いて行使する法的権限を尊重することを要請する。 〔II〕 財政危機、イデオロギー的二極化と連邦制度問題 アメリカ合衆国での国の権限と州の権限に関する現在の争点は、イデオロギー的二極 化の産物でもあるが、これは財政危機の煽りも受けている。イデオロギー的な分化―― 左翼・右翼、リベラル・保守、民主党・共和党――は、長い間アメリカ合衆国の二大政 党制の主たる成分であったが、この分化がこのところより明瞭で強固となった。 ジョージ・W・ブッシュの第 2 次政権が終わる 2008 年までに、彼は広い範囲で不人 気になった。イラクとアフガニスタンとの戦争は継続しているが、明らかな利益も見え なければ、終焉も見えなかった。財政危機が始まり、最初に行われた「財政援助」策は、 様々な市場の雪崩状の崩壊を防止するためにも、失業や貧困の拡散を防止するためにも 不十分なものであった。オバマ大統領は、下院上院ともに民主党の過半数を勝ち取り、 圧倒的な勝利で政権につき、即座に、自動車産業などの多種類の産業へのさらなる財政 支援を含む立法を行った。これに加えて、オバマ政権は、医療保険制度改革法(the Affordable Care and Patient Protection Act of 2010)を推し進め、ほとんど全ての共和党議員 の反対を乗り越えて、同法を成立させた。 このことは、右翼のポピュリストたちの蜂起を刺激し、ティーパーティ運動と結合さ せた。この運動の1つの焦点は、アンチ税金とアンチ赤字と一体となった、政府とりわ け 連 邦 官 僚 制 へ の 不 信 で あ っ た 。 テ ィ ー パ ー テ ィ の 「 テ ィ ー(Tea) 」 は 、 「 Taxed Enough Already(すでに十分に課税されている)」の頭文字をとったものであり、ボス トン・ティー・パーティ事件をほのめかすものであった。この事件は、イギリス本国の 過剰な課税に対して独立戦争前に行われた反税運動を展開した、アメリカの武勇伝であ った。この運動のもう一つのテーマは、文化的な国粋主義であり、これは「伝統的な」 社会規範と価値の低下に応えるものである。この運動の少なくとも一部においては、文 化的国粋主義は、明白に人種的な内容をもっていた。伝統的価値への要望は、1980 年 Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 6 代に始まった原理主義的キリスト教徒の政治運動である「宗教的右派」とも共鳴してい る。 宗教的右派もティーパーティも「保守的」な運動であった。これが共和党と結びつき、 そして党をより保守的な方向へと向かわせたのである。ティーパーティは、共和党が 2010 年の中間選挙で下院を掌握することを助けたが、党の主流派のコントロールを難 しくした。オバマ大統領は 2012 年に再選され、下院と上院はそれぞれ共和党と民主党 が支配を維持している。したがって、アメリカの現状は、一種のねじれ状態(divided government)である。イデオロギー的二極化は、政党同士にとって、ますます合意を行 うことを困難にし、「政治的膠着」を生み出している。 連邦制度は、政治的膠着を作り出すのに重要な役割を果たしている。なぜなら、イデ オロギー的二極化は、地理的な要素を持っているからである。一般的には、アメリカの 中部と南部は共和党が強く、ティーパーティ運動が勢力をふるう保守的な州である。こ れらの州は通常、「レッド州」と呼ばれている。民主党は、一般的に東海岸と西海岸と 都市部が大部分である。これらの州は伝統的に「ブルー州」と呼ばれている。それぞれ レッド州とブルー州の中では、保守派の政府とリベラル派の政府が、強固な過半数を維 持しており、政治的コントロールをめぐる抗争は、それぞれの政党の中での強硬派と穏 健派との間の抗争である場合が多い。 イデオロギー的二極化がもたらす結果は、レッド州とブルー州の明白なインセンティ ブの観点からみると、驚くべき内容である。連邦のプログラムを保持し拡大することを 好ましいと考えるブルー州は、州民が連邦から受ける便益よりもより高い税金を連邦政 府に支払う豊かな州である。反対に、より貧しいレッド州は、彼らに全体としては便益 を与える連邦のプログラムにしばしば反対する。イデオロギー的二極化が政策を動かす ので、それが州にとっての財政上の利益という平凡なインセンティブより勝ってしまう のである。それが、別の文脈においては、しばしば決定的な意味をもつこともあるにも かかわらず、である。より広くとらえると、保守派もリベラル派も、連邦制度をイデオ ロギー上の課題を促進するために機会的に利用しているのである。 レッド州とブルー州との分化により、連邦制度とイデオロギー的二極化は相互作用を 果たす。レッド州は、保守的な上院議員と下院議員を選出し、ブルー州は、同様にリベ ラル派を選出する。さらに、レッド州とブルー州における政治過程は、それぞれの党の もっとも活発な投票権者にとってアピールするような候補者を好む傾向がある。それは、 典型的にはより極端な見解の持ち主である。第一に、選挙は、勝者総取り方式 (winner-take-all)であり、相対的な多数者が勝つ。第二に、党は候補者をプライマリ ー(訳注:州別に党員によって行われる候補者選出のための予備選挙)で選ぶが、プライ マリーへの出席者は少なく、最も熱心なメンバー――典型的にはもっともイデオロギー 的に熱心なメンバー――が投票を行う。連邦制度は、ねじれ政府の存続の原因にもなっ ている。民主党の候補者が 2012 年の下院選挙で過半数の票を獲得したとしても、共和 党は過半数の選挙区を制覇する。その理由の一部は、彼らが州の立法府を利用して選挙 区の区割りを操作(gerrymander)してきたこととも関係する。 イデオロギー的二極化は、連邦裁判所の性格にも関係する。中でも最高裁は、5 名が 「保守派」の裁判官(アリトー、ケネディ、ロバーツ、スカリア、トーマス)と 4 名の 「リベラル派」の裁判官(ブライヤー、ギンズバーグ、ケーガン、ストマイヤー)から Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 7 成っている。もちろん、これらの裁判官のうち、ある裁判官は他よりもより保守的であ り、またはよりリベラルであり、すべての争点においてこの線引きが見られるわけでは ない。それに加えて、司法の領域と政治の領域では、イデオロギー自体が異なる形で現 れることも心にとめておかなければならない。それにもかかわらず、最高裁における分 化は、国全体のイデオロギー的な対立を反映しているのである。 〔Ⅲ〕 連邦制度とイデオロギー的な対立の表出 本章では、アメリカ合衆国にけるイデオロギー的二極化と連邦制度との関係を探求す べく、ティーパーティ運動を過熱させた 4 つの対立的な争点を取り上げる。すなわち、 (1) オバマケア、(2)移民、(3)同性結婚、(4)銃器である。 A オバマケア ティーパーティが反対する連邦政策には、税、赤字、環境保護、そして福祉プログラ ムなどの多くの争点が含まれているが、反対論者が「オバマケア」と仇名をつけている、 「医療保険制度改革法(the Affordable Care Act:手頃な価格の医療のための法律)」は、 とりわけ、右派の憤慨の原因となっている。その結果としての抗争は、第一義的には連 邦制度の名の下で行われている。 歴史的そして税制上の理由で、アメリカのほとんどの人は、雇用主を通じて健康保険 に加入している。その他の大勢は、メディケアやメディケイドという政府のプログラム によって保障されている。この数年、この制度が多くの問題の発生に悩まされるように なった。医療の価格と健康保険の価格がインフレ率より早く上昇し、それゆえ合衆国は、 他の国と比べて GDP のより高い割合を医療のために支出している。これらのコストは 健康保険を提供する雇用主の負担となり、制度の割れ目にいる人、とりわけ、契約前発 病がある人は、手頃な価格での医療を得ることが不可能となってしまった。医療保険制 度改革法は、様々な戦略を用いて、健康保険について機能する市場を作り出すことで、 これらの問題に応えるものである。 私は 2 つの内容に焦点をおく。「個人へのマンデイト」とメディケイドの拡大である。 個人マンデイトは、人々に健康保険に入るかペナルティとして税金を払うかを選択させ る制度である。この考えは、法律の規定で、契約前発病がある人を含め全ての人に適用 されることを定める上で、保険が支払い可能な金額に抑えられることを担保するために、 十分な人数の健康な人で保険のプールをつくるというものである。またこのマンデイト は、保険でカバーされていない人も結局医療を必要とする時が来、その医療はいずれに しても(しばしば救命救急室において)提供されるのであり、その費用は、より高い請 求金額となるのだから、という理論からも正当化される。この法律の中でもう一つの重 要な部分は、メディケイドという連邦と州による健康プログラムを低所得者、貧困ライ ンより少し上の生活を営んでいる何百万もの人をカバーするべく、拡大させるというも のである。 ティーパーティの見地からは、オバマケアは、――とりわけ個人マンデイトについて ――個人の自由への新たな、そして過去に例のない介入の象徴である。ティーパーティ Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 8 の強い集団がいる共和党が過半数を支配する、いわゆるレッド州では、オバマケアへの 反対がとりわけ強固である。しかし、現行の憲法の法理からは、この条項がだれかの憲 法上の権利に違反するという、もっともらしい主張は存在しない。そこでその代わりに、 憲法上の議論は、連邦制度の問題を中心に据えるのである。すなわち、個人マンデイト は、列挙された権限の範囲を大きく超えた連邦政府の「拡張(overarching)」の典型例 であるという議論である。 この法律の制定以来、連邦制度にかかわる 2 つの異なる理由を根拠に、オバマケアの 合憲性をめぐる数々の訴訟が疾風のように巻き起こった。第一に、反対論者は、個人マ ンデイトは列挙された連邦政府の権限を超えるものであると主張した。第二に、メディ ケイドの拡大は州のメディケイドを拡大させることを強制するため、州の統治権に介入 するものであると主張する。これらの争点は、最終的には合衆国最高裁判所に行きつい た。National Federation of Independent Business v. Sebelius (2012)において、最高裁は、個 人のマンデイトを容認したが、メディケイドを拡大する規定を制限した。 列挙主義原則のもとでは、個人マンデイトは、それが列挙された権限の範囲内にある 場合に限って有効である。そのことは、これが特定の権限の行使にとって必要でかつ適 切であることを意味している(一般的には合理的に関係していれば足りると解釈されて いる)(憲法 1 条 8 節 18 項)。この事件では、列挙された権限のなかで関連するもの は、州際通商条項(1 条 8 節 3 項参照)と課税条項(1 条 8 節 1 項参照)である。この 争点は、最高裁をイデオロギー的な線引きで分裂させた。4 人のリベラルな裁判官(ブ ライヤー、ギンズバーグ、ケーガン、ストマイヤー)は、個人マンデイトは州際通商条 項の範疇であると考えた。4 人の保守的な裁判官(アリトー、ケネディ、スカリア、ト ーマス)は、個人マンデイトは、連邦権限の範囲を超えるため無効であると考えた。ロ バーツ首席裁判官は、個人マンデイトを支持する方へ決定票を投じた。しかし彼の理由 づけに満足した裁判官はいなかった。 ロバーツ首席裁判官は、このマンデイトが州際通商権限の範囲を超えるという保守派 の裁判官の考えに賛成した。しかし、個人マンデイトは、保険を持たない人への課税と しては存続できると結論付けている。連邦議会は、保険に加入していない者へのペナル ティを税と呼ぶことを意図的に避けてきたにもかかわらず、首席裁判官は、個人マンデ イトは規制上のペナルティというよりは課税であり、したがって規制の目的や効果にか かわらず有効であると判決した。もう一人の保守派の裁判官が、この点についてはロバ ーツ首席裁判官とは袂を分かったが、彼は個人マンデイトを支持する決定的な 5 票目を 投じた。これには、オバマケアの反対者は非常に驚愕し、また落胆した。 個人マンデイトが連邦権限の範囲に関する問題を提示する一方、メディケイドの拡大 規定は、州に留保された権限に関する問題を提起する。上述の徴用禁止原則の下では、 連邦政府は州政府に対して、連邦のプログラムを制定し執行することを強制することが できない。なぜなら、そのような法律は州に留保された統治権に反して州を従属させる ことになるからである。しかし、このような原則にもかかわらず、連邦政府は、州が連 邦の要件に適合する限りにおいて連邦が資金を提供するという方法で、メディケイドの ような連邦のプログラムに参加することを州に対して奨励することはできる。そのよう なプログラムへの参加は州にとって自主的であるため、このような制度は徴用禁止原則 Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 9 に違反しない。しかし、最高裁は、しばしばこのような条件にもとづく支出は、高圧的 であれば違憲となる可能性があることを示唆してきた。 National Federation of Independent Business v. Sebelius において最高裁は、議会は、この 法律に規定されているように、州がメディケイドを拡大することを、既存のメディケイ ド資金を継続的に受取る条件とすることはできないと結論付けた。反対したのはギンズ バーグ裁判官とストマイヤー裁判官のみであり、最高裁は、既存の資金――これは州の 予算の主要な部分を示す――を失うことの恐れは、このプログラムの大幅な拡大への参 加を強制する効果をもつと結論付けた。したがって、議会は保障する範囲を拡大するこ とによって新たな資金を受けられることを条件とすることはできる一方、州は現在受け ている資金を失うことを恐れることなく不参加を決定できる。 最高裁の判決は、オバマケアのイデオロギー上の論争も、この論争を過熱させる連邦 制度の役割も終結させてはいない。たとえば、共和党の支配する下院は、繰り返し、オ バマケアの廃止や予算の非措置を目指して表決を行っている。これは、上院を民主党が 支配し、オバマ大統領が現職である限りは、政治的なパフォーマンスである。しかし、 下院のティーパーティのメンバーはオバマケアの資金を停止することができるであろう。 これに加えて、多くのレッド州は、メディケイドの拡大を辞退した。連邦政府が大部分 の資金を提供するにも関わらず、である。 B 移民政策 違法な移民も、人種、民族や階級を理由とするものに限らず、多くの理由によって、 アメリカ合衆国において問題となっている。歴史を通じて、移民は経済的な機会と個人 の自由を求めてアメリカにやってきた。移民への反応はいつも大歓迎というわけではな い。20 世紀の後半になると、何百万もの違法な移民が、徐々に問題とされるようにな ってきた。というのは、何百もの人々がアメリカに違法にやってきて残留し、記録され ない外国人として影の人口を形成しているからである。何がこの問題への適切な対応策 か、という問題は国をイデオロギー的な線引きで分裂させてきた。 経済的リバタリアンは、しばしば移民を支持するが、多くの右派は違法な移民を、国 の文化的な構造を脅かす無法の下層階級による外国からの侵略にほかならないと見る。 この見地からは、適切な対応策とは、国境を閉鎖し、違法に在留する人全て追い出し (または収容し)、違法な移民とその家族から、職、住居、教育そしてその他の便益を 排除することで入国のインセンティブをなくすことである。移民反対への熱狂は、伝統 的に白人でキリスト教徒が多数の支配を侵食している人口統計学的傾向に照らして考え てみると、しばしば人種的、民族的、そして宗教的な要素を含んでいる。いわゆる 「birther(訳注:米国で誕生し、合衆国の市民の資格をもつ移民の子供)」運動、すな わち、彼が合衆国で誕生したのではなくそれゆえ大統領になる資格を有していないと主 張する運動に反映されるように、オバマ大統領自身がこのような変化を象徴している。 しかし、連邦政府は袋小路にある。左派の見地からすると、記録されていない移民は、 早期の世代の移民のように、自分自身と家族のためによりよい生活を求めている人々に すぎない。したがって左派は、違法な移民を制限する必要はあるかもしれないが、移民 法が、同時に、家族維持のための人件費を改善したり、搾取を防止したり、長期間滞在 Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 10 の家族への市民権獲得の道を提供したりするのでなければ、右派が追及するような手段 を講じることには不本意なのである。妥協は可能かもしれないが、しかし、この点につ いてはどちら側も予算を措置したくはない。 連邦レベルにおける不作為は、州や自治体の対応を促進させ、これが連邦の最高性や 先占の問題を生じさせる。移民政策は連邦の関心事であることはよく理解されているが、 諸州は少なくとも移民に影響のある事項を規制するいくらかの権限を保持している。移 民人口が相当程度であるレッド州では、州と自治体が違法な移民を思いとどまらせ、 「自主的な国外退去」を奨励するための独自の手段を講じ始めた。そのような州や自治 体の法律の細かい内容はそれぞれ異なっているが、これらは一般的に、合法的に滞在し ていることについての公的な認証を要請し、合衆国に合法的に滞在していない人の雇用、 住居の賃貸、サービスの提供を禁止する。 これらの州法は、「特定人種への差別的な捜査(racial profiling)」を思い起こさせる などの多様な争点を提起するが、根本的な問題は、最高法規条項にもとづく連邦法によ る先占である。法と法との間で直接的な抵触がある場合に、または、連邦法が明文によ って州法を先占したり(あるいは州法を有効としたり)するとき、争点は明白で単純で ある。しかし、最高裁は、直接的な抵触がない場合においても、連邦法は州の権限をす べて排除するために「その領域を支配している」という理由で、または、州法が連邦法 の目的の達成を妨げるという理由で、州法を黙示的に先占することもあると判断するか もしれない。 したがって、決定的な問題は、自主的な国外退去を奨励するために制定された州法や 自治体条例がどの範囲まで先占されているか、である。州や自治体による制度を支持す る者は、既存の連邦の移民政策の要件を執行するものであり、州は、連邦政府が州を違 法な移民から保護してくれないときは、自州を防衛する権限を生来的に有しているため、 これらの法律は先占されていない、と主張する。この政策に反対する者は、連邦の移民 法は、この領域を先占しており、そのような連邦の排他的な領域においては、州は立法 を行う権限をまったく有せず、またこの類の手法は連邦法の目的を阻害すると主張する。 上記のような多くの州法や自治体条例が、連邦の裁判所において先占の観点から争われ ているが、その結果は、勝訴もあり敗訴もある。 これらの判例のうち2つは、適用範囲がとりわけ広範で疑義を生じさせた、アリゾナ 州法に関するものである。これは最高裁判所で争われることとなった(Chamber of Commerce of U.S. v. Whiting, 131 S. Ct. 1968 (2011), and Arizona v. United States, 132 S. Ct. 2492 (2012)参照)。Whiting 判決は、そのような州法律の立法を委任している連邦法が、 記録のない労働者(undocumented workers)と定義する労働者に該当する労働者を雇用 する雇用主に対して、州が営業許可を停止したり取り消ししたりする権限をもつことを 認めた。Arizona 判決で最高裁は、アメリカ合衆国における、違法な滞在、求職、無資 格での就職それ自体を犯罪とし、退去させるべきと確信した外国人を令状なしに逮捕す る権限を認める州法規定を無効とした。最高裁は、アリゾナ州法において、州と自治体 の職員は、逮捕され、制止され、あるいは拘留されたものに対して、市民権や滞在資格 を確認することができるとする規定を容認した。 最高裁の判決は、多くの州や自治体が定める多くの規定に疑問をなげかけた。しかし、 これらの判決は、州にはその領域内で規制を行ういくらかの権限を保持し、この種の法 Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 11 律のうち有効なものもありうることを示した。同じころ、違法な移民を対象にする疾風 のごとき州法と自治体条例は、様々な理由により幾分和らいできた。経済危機も1つの 原因となり、違法な移民が減少した。経済危機が失業率を上昇させ、アメリカに来るイ ンセンティブを低下させたのだ。違法な移民を対象とする法律の制定と一般的な政治情 勢も影響をしたであろう。同時に、これらの法律が、立法した政府にとって非常に大き なコストを要するものであることもより明らかになった。その中には、憲法上の異議に 対して弁護するための訴訟コスト、安い労働力の喪失とマイノリティ集団からのボイコ ットによる経済的なコストがある。 C 同性結婚 イデオロギー的二極化が生じている 3 つ目の領域は、我々が因習道徳とよぶであろう ものに関係している。たとえば人工妊娠中絶や避妊、または公立学校における宗教など、 多くの争点がこの分裂を促すが、ここでの議論は、同性愛と同性結婚に焦点をおく。こ の争点は、連邦制度がその構成メンバーである州に様々なバリエーションを認める結果、 水平的な連邦制度の問題を生じさせる、という点を強調する。道徳的な争点、とりわけ 最高裁が Roe v. Wade で人口妊娠中絶を行う憲法上の権利を認めたことは、特にレッド 州において、強い勢力としての宗教的右派の登場を刺激した。 宗教的右派は共和党と親密に結合し、「社会的な」争点において党を右傾化させた。 共和党の大統領が、Roe v Wade 判決やその他のリベラルな先例を覆すであろう保守的 な裁判官をより多く任命しよう試みたとき、最高裁が大統領政治における争点となった。 最高裁はまだ Roe 判決を覆してはいないが、同裁は 1970 年代からは非常に保守的にな ってきている。1990 年代からは、ほとんどの争点において保守派が多数派となってい る。それにもかかわらず、任命時は保守的であった裁判官たちのうち、人口妊娠中絶と 他の争点においては宗教的右派とは袂を分かつものもいる。 宗教的右派は、元来は他の諸問題に焦点をあてていたが、「ゲイ・ライツ」運動が可 視化し、政治的影響をもち、そして法的保護を得るようになると、同性愛が前面に押し 出されるようになった。初めのうちは成功をしたが、ゲイ・ライツへの反対者が時間を 経るにつれて侵食をしてきており、裁判所の先例と政治的な対応の変更に影響を与えて きた。Bowers v. Hardwick 事件(1986)において、合衆国最高裁は、同性同士の合意にも とづく性的関係を犯罪とする州法を支持し、そのような関係に憲法上の保護を拡張する ことを退けた。Bowers 判決において、多数意見は、同性愛に対する道徳的反感は同性 の親密な関係を犯罪とするのに十分な根拠となることは自明であると考えた。Bowers 事件の後、変化が始まった。 最高裁で敗訴したのち、ゲイ・ライツの擁護者たちは州レベルに注意を向け、ここで 司法的、立法的な成功を達成した。多くの州の最高裁判所は、州憲法上のプライバシー の権利を同性による関係を含むものと解釈した(Bowers 判決の理由づけを拒否したの である)。性的志向による差別を禁止する法を制定した自治体や州政府もあった。この ような発展は、移民の時のように、連邦の先占とは関係しなかった。なぜなら、通常、 Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 12 州は連邦法のミニマムな保護より厚く保護することが認められていたからである(連邦 法がその領域を支配しているのでない限り)。 ゲイ・ライツ運動の成功は、宗教的右派の応酬を受けた。宗教的権利は伝統的な道徳 を保存するための法的手段を講じた。この類の法的手段の早期の事例は、性的志向によ る差別を禁止する法律を無効とする、コロラド州の州憲法改正である。Romer v. Evans (1996)において合衆国最高裁は、この法は、同性愛者にとっては、彼らへの「敵意」 以外の何物でもないことにもとづく大きな負担を負わせるものであるため、平等保護に 違反していると判決した。スカリア裁判官は、本判決は Bowers 判決と一貫せず、同性 愛への道徳的な不同意は憲法改正の根拠として有効である、と強く主張する反対意見を 執筆した。 スカリア裁判官が認識した通り、Romer 判決は、黙示的に宗教を理由とする同性愛へ の道徳的な反感を、同性愛を対象とする法律の制定根拠とすることを拒否し、それゆえ Bowers 判決からの根本的な変更を示した。Lawrence v. Texas (2003)で合衆国最高裁は、 Bowers 判決を覆し、州は、家庭のプライバシーの中における同性愛関係を犯罪とする ことはできないと判決し、この変更を完了させた。次の戦場は、結婚の権利であった。 これは Lawrence v. Texas のころには、中心的な関心事となっていた。 州裁判所の中には(他の問題ではレッド州の裁判所を含む)、その州の憲法が同性カ ップルの結婚する権利を保護している、と判決するものもある。同性結婚を禁止する法 律は Romer v. Evans の法理にもとづき平等保護に違反する、と結論づける州裁判所もあ る。同性愛に対する態度が変化しているのにもかかわらず、これらの判決は、とりわけ レッド州においては、未だに強い反対に遭遇する。多くの州が、結婚は一人の男性と一 人の女性との間に限って認められると宣言する憲法改正を住民投票によって採択し、連 邦議会は「結婚擁護法(DOMA)」を制定した。この法律は、同性結婚は連邦法のも とでは結婚と認定されず、諸州は、他州から移ったカップルの同性結婚を結婚と認定す る必要がないと規定する。 Lawrence 判決における最高裁は、注意深く、同性結婚に関する問題をのちの判断へ と委ねた。この問題は、州裁判所と連邦裁判所や各州の政治過程を通じて、浸透をつづ けている。Lawrence 判決から 10 年たって、世論は変化し、同性結婚の承認へと推進力 は向いている。多くの裁判所が同性結婚の禁止が憲法に違反すると判決するようになれ ば、市民の反応は和らぎ、同性結婚を禁止する憲法改正は力を失うであろう。ブルー州 には、法改正によって同性結婚の承認が達成されたところもある。結果は、対立的な州 法のパッチワークである。すなわち、同性結婚を承認する州もあり、州憲法上結婚を 1 人の男と 1 人の女に制限する規定を設けている州もある。 同性結婚に関係する 2 つの事件が、遂に合衆国最高裁で争われることとなった。しか し、結果としてそれらの判決は、この問題を解決しなかった。そのうちの 1 つである Hollingsworth v. Perry (2013)は直接的に同性結婚を禁止する州憲法を扱った。しかし、 最高裁は手続的な理由でこの事件を退け、この問題をのちの判断に委ねている。もう一 つの事件、United States v. Windsor (2013)は、結婚擁護法(DOMA)の州法上合法的な同 性結婚を連邦政府が認定しないとする規定を無効とした。Romer 判決と Lawrence 判決 の理由づけをなぞりながら、最高裁は、連邦のプログラムの実施において、州法の下で Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 13 有効な州法上の結婚を全て認定する、という通常の実務から離脱する正当な理由が存在 しない、と結論付けた。 Windsor 判決は、同性結婚を禁じる法律に一層の疑義をなげかけたが、この問題を完 全に解決はしなかった。その結果、州法のパッチワークはいまだ存続しており、水平的 な連邦制度への難しい問題を提供している。通常、州は信頼十分条項のもとで、他州で 有効な結婚を、たとえそれが当該州法のもとでは無効であっても、有効と認識しなけれ ばならないことになっている。たとえば、結婚できる最低年齢は州によって異なるが、 それを 18 歳とする州も、最低年齢を 16 歳とする州から移った 17 歳同士の結婚を認め なることになる。 しかし、州は、いくつかの理由にもとづいて、他州における同性結婚を認定すること を拒否することができるかもしれない。第一に、準拠法選択準則において、結婚の有効 性にはカップルの居住が問われるため、州は、結婚のために他州に旅行するカップルの 結婚を認定する必要性を問われないかもしれない。異性のカップルが「旅行先」で結婚 式をするために旅行をした場合に、州はルーティーンでこの結婚を認定しているため、 このような結論は、現行の実務とは極端に離脱するものとなろう。第二に、州は、時々、 州の公序良俗に違反する他州の法律を認定することを拒否することができる。同性の結 婚を違法とする憲法上の規定をもつ州は、このような理由で拒否をできるかもしれない。 これらの問題は、結婚擁護法のせいで一層複雑となっている。この法律は、州は他州 の同性結婚を認定しなくてよいという規定を設けている。この規定の合憲性は、 Windsor 判決以降疑わしいものとなった。Windsor 判決は別の規定を扱ったが、この規 定は、同性結婚を特定して、これに対して、道徳的反感のみを理由として、異なる取り 扱いを行う。それに加えて、結婚擁護法が信頼十分条項自体に抵触する可能性がある限 りにおいて、潜在的には連邦制度の問題が存在する。 D 銃器規制 銃器もまた合衆国を二極化させる問題である。左派の人々にとっては、国は銃器によ る暴力の伝染病に直面している―これは、学校や他の公共的な場における大量銃撃事件 によってもっとも劇的に伝染する―。銃器による暴力は都市部で特に激しく、多くの市 やブルー州は厳格な銃器規制法をもつ。しかし、右派にとって、狩猟や自衛のための銃 の所持は、保護されるべき基本的な権利である。この見解はレッド州と郊外地域でとり わけ強力である。銃器に関するイデオロギー的二極化は、連邦政府の権限の範囲、州法 や自治体条例に対する個人の銃器所有権の連邦政府による保護、そして「無効化 (nullification)」という面で、重要な連邦制度への示唆を含んでいる。 列挙主義原則の下では、銃器の所有を規制する連邦法は、列挙された権限の行使のた めに必要で適切である。このような法律の根拠としてもっとも一般的なのは、州際通商 条項である。銃器の所有に関する連邦法、例えば、重罪を犯した者による所有を禁じる 法律、あるいは特定のタイプの武器を禁じる法律は、州際を移動してきた銃器に法律の 適用範囲を限定する規定をおき、州際通商に結び付けられている。このような「管轄的 Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 14 関連性」の要件は、これらの法律にもとづく訴追においては、違反の構成要件として州 際を移動してきたことを証明しなければならないことを意味する。 銃器を規制する法律を制定する際に、管轄的な関連性が求められることには疑いがな い一方、最高裁で台頭しつつある保守の多数派は、2つの連邦の銃器規制法を連邦制度 を根拠として無効とした。第 1 に、United States v. Lopez (1995)において、最高裁は、学 校内あるいは学校近辺における銃器の保持を禁じた、連邦学校区銃器不所持法(GunFree School Zones Act)を、州際通商規制権限の範囲を超えるという理由で無効とした。 この法律は通商自体を規定するものではなく、またどのような形態であれ経済活動を規 制するものでもなく、州際通商との結びつきは非常に希薄であった。第 2 に、Printz v. United States (1997)において、最高裁は、自治体の執行公務員に銃器の購入者に対する 経歴検査を行わせることを要求する連邦法は、徴用禁止原則に反して州の統治権を侵害 するものである、と判決した。 Lopez 判決や Printz 判決の頃から、銃器所有権を主張するロビイングが非常に強くな り、いかなる銃器規制も明白に妨害することができるようになった。連邦レベルにおけ る現在の硬直状態は、州と自治体が埋めるべく規制の真空地帯を残している。これには、 レッド州とブルー州とでは異なるアプローチが取られている。ブルー州の州や自治体で は、とりわけ、人口の密集度の高い都市部においては、しばしば非常に厳格な銃器規制 法がある。レッド州では、立法府は、例えば、個人が武器を隠して持ち歩くことを許可 する制度など、銃器所有権を拡大、保護する傾向にある。それぞれによる異なる結果は、 連邦制度の問題を提示している。 厳格な銃器規制立法は、州や自治体の介入から個人の銃器所有権を連邦が保護できる のかという問題を提起する。憲法修正 2 条は、「良く規律された民兵(well regulated militia)は自由な州の安全にとって必要であるから、武器を保持し携帯する人民の権利 は侵害されてはならない。」と規定する。憲法の歴史の大部分において、この規定は州 の民兵に関するものであり、個人が「武器を保持し身に着ける」権利を保護するもので はないことが想定されてきた。しかし、District of Columbia v. Heller (2008)において最高 裁は、この修正条項が、自衛のために小銃を家庭において所持する個人の権利を保護す るものであると判決した。 ワシントン DC は連邦の直轄地であるため、Heller 判決は連邦法にのみ適用され、修 正 2 条が、この権利は修正 14 条のデュープロセス条項によって保護された「自由」に 含まれるという理論にもとづいて、州へも適用されるかどうかという問題はまだ残され たままである。この理論によって、権利章典のうちほとんどの規定が修正 14 条へと 「編入」されている。そして、McDonald v. City of Chicago(2010)においては、修正 2 条 もこのリストに加えられた。しかし、最高裁は、Heller 判決と McDonald 判決において、 この権利の範囲を制限することには慎重であり、重罪を犯した者や心的障害のある者の 所持を禁じる従来の法律や、一般的でないもの、とりわけ威力の強い武器についての制 限は有効であるとしている。この新たに認識されるようになった権利の範囲は、現在係 争中の訴訟の中で争われている。 連邦制度の観点からは、Lopez 判決と Printz 判決は McDonald 判決とは矛盾している。 Lopez 判決は、銃器所有の規制は州の問題であるとし、Printz 判決は、連邦政府は連邦 の政策に州の銃器法を従属させることを強制できないことを示した。しかし、 Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 15 McDonald 判決では、最高裁自身が、州の権限の上限を指令している。究極的には、人 は、銃器に関する最高裁の判決は、連邦と州の権限配分とは関係がなく、その政策が何 であり、連邦政府の中で誰に決定権があるか、ということと関係しているのではないか という疑いをもつであろう。 レッド州においては、銃器所有権は神聖であり、連邦が銃器規制立法を行うことへの 恐怖は大きな力をもつ。登録制や許可制などの手段でさえ、連邦政府が彼らの銃器を取 り上げ、没収する道への第一段階であるとみる、極端な右派もいる。これらの恐怖が、 3 つ目の連邦制度の問題を生じさせる法律を立法府に制定させた事例がある。無効化 (nullification)である。 最高法規条項(連邦法が国の最高法規であると規定する)があるにもかかわらず、州 は、ときおり、連邦法を無効とし、無視する権利を主張してきた。歴史的には、1820 年代に「無効化の危機」があった。無効化は、ある問題を法律上の問題として解決する 方法と考えられてきた。南北戦争は、その問題を実際上の問題として解決した。1950 年代には、裁判所が命じた学校の分離禁止に従わせるために、連邦の軍隊が動員された。 それにもかかわらず、連邦の銃器規制法を無効化しようとする立法がいくつかの州に導 入され、私の住んでいるカンザス州でも可決した。 カンザス州の「憲法修正 2 条保護法」は、憲法修正 2 条に違反し、または、州際通商 条項のもとで連邦の権限を逸脱した連邦法は「無効であり破棄される」ことを宣言し、 連邦の公務員がこのような連邦法を州の中で執行することを犯罪とする。そのような法 律は、最高法規条項に関する連邦最高裁の先例に照らせば明らかに違憲であり、執行さ せる可能性はあり得ないであろう。これらの主な機能は、象徴的で政治的なものである。 しかしこれらは、イデオロギー的二極化の結果としての州・国間の緊張の高まりを反映 している。オバマケアの反対者たちは、マンデイトを無視する州法の制定を目指してい るおり、無効化問題は、オバマケアへの対策としても登場している。 州による連邦法の無視は、レッド州や銃器所有権に限られない。左派による無視の同 様の例はマリファナの非犯罪化である。連邦法はマリファナの保持や売買は犯罪である とし、正当な医療上の利用も認めない。それにもかかわらず、多くの州が医療上の目的 でマリファナの所持や医療上の利用を合法であるとする。医療上のマリファナを支持す る者たちは連邦政府が個人的な利用のためにマリファナを栽培・所持することを規制す る権限を争う。しかし、2005 年の Gonzalez v. Raich で最高裁は、マリファナ所持の禁 止は州際通商の範囲内であると判決した。 Raich 判決に反して、州によるマリファナの合法化への動きは継続している。2012 年、 2 つの州が、住民によるイニシアティブによってマリファナを完全に合法化した。これ らの法律は、直接的には連邦法を無効化することを追及するものではない(それらは、 連邦法の執行を禁止していない)。しかし上記の法律は、連邦の政策の真正面に飛び込 み、州と地方の執行は、これらの州では今後連邦の取組への補完をしないことを示した。 銃器とマリファナは、連邦制度の最終的な現実を反映している。州の境界を越えた人 やモノの自由な移動の結果、個々の州は他州でも容易に入手できる財を規制することに 苦労するであろう。いくつかの州での厳格な銃器規制法も、他の州の緩い規制によって 損なわれるであろう。 Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 16 〔IV〕 結論 これらの諸例は、連邦制度の 1 つの重要な帰結、すなわち、イデオロギー的な問題が 2 つのレベルで対立することを記すものである。1 つ目のレベルで負けたものは、イデ オロギー的なバランスが異なる他のレベルでは成功するかもしれない。この力学は、と りわけイデオロギー的二極化の時代には、硬直してしまうかもしれない。なぜなら、戦 いはとりわけ激しく、国家のレベルでの敗者も州のレベルでは存続する傾向にあるから である。この論文で議論した事例は、その力学を示している。それぞれの事例でイデオ ロギー的な争点が州と国の両方のレベルで対立し、国のレベルで負けたものは、支持者 の多いいくつかの州のレベルでいくらかの成功を達成してきた。また、議論されてきた 事例は、アメリカ合衆国における連邦制度とイデオロギー的二極化について、さらに 3 つの所見を示唆する。 第一に、現状においては連邦制度とイデオロギー的二極化は、相互補強的である。ち ょうど異なる音源から発せられる音波のように、連邦制度とイデオロギー的二極化は、 それぞれの効果を相殺するか、あるいは拡大する傾向にあるようである。連邦制度とイ デオロギー二極化が別々の方向へと短縮されるとき、これらは対立を改善するかもしれ ない。しかし、この論文で議論した事例が示すように、イデオロギー的な分化が連邦制 度と結びついたとき、現在そうであるように、これらは共鳴し合う。それゆえ、イデオ ロギー二極化は、連邦制度に内在する緊張を拡張し、そして連邦制度は、イデオロギー 的二極化の効果を拡大する。 第二に、連邦主義的の構造は、アメリカ合衆国における現行のイデオロギー的二極化 が分裂的な連邦政府を作り出し、そして、分裂した政府は疑義のある問題についての行 動を妨げることを意味する。イデオロギー的な分裂のどちらの一方も、反対方向に動こ うとする政策変更を阻止することができる。個々の州は、それとは対照的に、凍結して 行動が止まる傾向は低い。また連邦政府が袋小路に陥っているときにも行動できる手段 をより多く持っている。これが連邦制度の潜在的な利点である。これは個々の州に異な る政策を追及させ、政策発展のための「実験室」の役割を果たさせることができる。 第三に、レッド州とブルー州との分離のように、イデオロギー的二極化が地理と結び ついたとき、州は疑義のある問題に――とりわけ連邦政府が分裂し硬直しているとき― ―非常に極端なアプローチをする傾向がある。二極化の一方が支配する州においては、 対立する争点にかかわる政策の選択はより極端になる傾向がある。とりわけ、二極化の 他方から見たとき、そのように見える。より極端な法律や政策をもつ州の登場は、連 邦・州関係、州間の水平的関係の両方を含む、連邦制度の構造に異議を唱えることとな るであろう。 もちろん、多くの要素が政府を分裂させ、アメリカをイデオロギー的に二極化する原 因となっている。その理由と効果は、非常に複雑であり、そして非常に微妙な意味合い を含むため、いずれか 1 つのアプローチで完全に説明することはできない。それにもか かわらず、連邦制度とイデオロギー的二極化との間の相互作用は、アメリカ合衆国にお ける現在の統治において、重要な役割を果たしていることは、かなり明白である。連邦 制度が、時に二極化の結果を改善し、妥協策を講じることに寄与する一方、連邦制度と Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 17 イデオロギーとの現在の結びつきは、困難な社会問題への政策的解決探索を複雑化する 勢力を相互に強化し合っている。 Federalism and Polarization in the United States Richard E. Levy Draft (August 2013) Page 18
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