日本大学英文学会通信98号

年 98 号
月
第
英文学会通信
英 文 学 会 通 信
第98号
─ 日本 大 学 英 文 学 会 ─
発行 日本大学英文学会
〒
東京都世田谷区桜上水
日本大学文理学部英文学研究室内
(直通)
( )
( )
目 次
《ご挨拶》
この 年有余を振り返って ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日本大学英文学会副会長 深沢 俊雄
英文学科主任挨拶 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 日本大学文理学部英文学科主任 高橋 利明
《エッセイ》
教員生活一年目 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 日本大学櫻丘高等学校教諭 元木 光希
大学院進学という選択 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 星陵中学校・高等学校教諭 島本慎一朗
青春時代,そして今 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・茨城キリスト教大学文学部講師 二葉 進
国際ミルトン学会に参加して ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日本大学文理学部講師 岡田 善明
海外派遣研究を終えて ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日本大学文理学部教授 保坂 道雄
《特 集》
定年退職その後 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 日本大学理工学部講師 頼住 憲一
《海外留学体験記》
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 日本大学文理学部英文学科 年 高 尚
交換派遣留学を終えて ・・・・・ 日本大学文理学部英文学科 年 豊村 麻美
食べるスウェーデン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日本大学文理学部英文学科 年 安岡賢太郎
《年次大会プログラム・発表要旨》
年次大会プログラム ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
受動態の特性―コーパスを利用した検証― ・・・・・・・日本大学文理学部 ・ 経済学部講師 久井田直之
思考の言語と伝達の言語 進化と変化の視点から ・・・・・・・・・・・・・日本大学文理学部教授 保坂 道雄
・・・・・・・・・・・日本大学文理学部准教授 スタインベックにみる自然主義的特質―『エデンの東』を中心に― ・・・・・・・ 聖徳大学教授 深沢 俊雄
《月例会報告・予定・その他》 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《事務局・研究室だより》 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
─ ─
2012 年 11 月
日本大学英文学会
《ご挨拶》
英文学科主任挨拶
この 1 年有余を振り返って
日本大学文理学部英文学科主任 高橋 利明
会員の皆さまには,愈々ご清祥のことと存じ上げます。
日本大学英文学会副会長 深沢 俊雄
今年の夏はことのほか厳しい猛暑続きでしたが,彼
岸の訪れとともにようやく涼気が立ち始め,日ごとに
体調を取り戻せる秋らしい季節になってまいりした。
会員の皆様は大過なくお過ごしのことと思います。昨
年 月に副会長に就任して以来,はや 年有余になり
ました。昨年 月の東日本大震災と福島原子力発電所
の破損による放射能汚染と未曾有の災害を受けた地域
の皆様が日夜復興活動を続けていますが,まだまだそ
の道のりは遠く,今なお避難先やそれぞれの地域で不
自由な生活を余儀なくされている方々が大勢いらっ
しゃることに心が痛みます。
国際社会に目を向けると,日本の領土である尖閣諸
島や竹島の問題をめぐり,中国や韓国とぎくしゃくし
た不穏な関係が続き,経済問題や人道的問題に発展し
ています。お互いが隣国同士であるため,理性ある話
し合いにより平穏な国際関係が構築されるように祈ら
ざるを得ません。
副会長に就任してから,日本大学英文学会のこの
年有余の活動を振り返ってみますと,吉良文孝会長の
陣頭指揮のもと,英文学科の先生方のご協力と会員の
皆様の活発な研究により,夏休みと冬休みの期間を除
いて毎月行われる月例会では,院生の研究発表をはじ
め,会員の皆様の研究発表や著名な研究者の学術講演
会等々示唆に富む研鑽に目覚しいものがあります。
会員の皆様が長年築き上げてきた伝統ある日本大学
英文学会では,他の学会には見られない非常に活発な
研究活動が行われています。その中にあって副会長と
しての職責を果たさなければと肝に銘じながらも,十
分な時間が取れずに会長の吉良先生に多大なご負担を
お掛けしていることを心苦しく思っている次第です。
月に行われる年次大会では毎年,語学・文学・
英語教育等々の幅広い研究発表やシンポジュウムが行
われており,会員の皆様の研究活動と研究業績には目
を見張るべく充実したものがあります。また,年次大
会終了後に行われる和気藹々とした雰囲気での懇親会
も楽しみの一つです。是非,大勢の会員の皆様が年次
大会や懇親会に奮ってご参加くださることを願ってや
みません。
年次大会でお会いする度に,会員や卒業生の皆様が
教育界やあらゆる分野で活躍されていて,英文学会の
ますますの隆盛が楽しみです。歴史のある日本大学英
文学会のさらなる発展のために,微力ではありますが
尽力できればと思っております。
今後とも英文学会への会員の皆様のご協力とご支援
を,どうぞよろしくお願いいたします。
さて,この夏の読書の中から一つだけ紹介させてい
ただきたく思います。
「咳をしても一人」,「入れものがない無い両手で受
ける」,「底がぬけた杓で水を呑もうとした」などの自
由律俳句で有名な尾崎放哉(
)は,「鉦たた
き」という雑記を残しています。手元の池内紀編『尾
崎放哉句集』
(岩波文庫)ではたかだか 頁ほどの文章
です。初めて読んだ時に感じた不思議な魅力は,再読
しても全く変わりませんでした。この魅力は何でしょ
うか。一番いいのは,全文をここに掲載することです
が,そうもいかないので勘所だけを述べたいと思います。
鉦たたきという虫は,『広辞苑』によれば,その雄
が秋に「ちんちん」と鳴くそうです。残念ながら私自
身は聞き覚えがないのですが,放哉はその虫の音を
「カーン,カーン,カーン」と表現しています。どち
らの音もおりんを想起させますが,とにかく放哉の耳
にはそのように聞こえたようです。多分,虫の音に限
らずどんな音声も人間の耳には主観的なものとして闖
入してくるものなのでしょう。この時放哉は,小豆島
の西光寺奥の院南郷庵の蚊帳の中に一人で横になって
います。そして彼は,その鳴き声に,「如何にも淋し
い,如何にも力のない声で,それでいて,それを聞く
人の胸には何ものか非常にこたえるあるもの」を感取
し,さらには,「何の呪詛か,何の因果か,どうして
も一生地の底から上には出る事が出来ないように運命
づけられた(秋の空のように青く澄み切った小さな眼
を持っている)小坊主が,たった一人,静かに,・・・
鉦を叩いている,一年のうちでただこの秋の季節だけ
を,仏から許された法悦として,誰に聞かせるのでも
なく,自分が聞いているわけでもなく,ただ,カー
ン,カーン,カーン,・・・死んでいるのか,生きて
いるのか,それすらもよく解らない」という感懐を吐
露します。旧制一高・東京帝大法科を出たエリート
が,放浪の末最後に辿り着いた終焉の地・小豆島の庵
で出会った「鉦たたき」こそは,彼自身であったので
あろうと思われます。絶対的孤独,無間孤独を主体的
に選び取った放哉の生き様は稀有であり,真似のでき
るようなものではありません。すべてのしがらみから
遁れ出て,生身の身体を自然の中に晒して生きること
の意味を放哉は伝えています。人間は本源的に孤独な
のだということを放哉は気づかせてくれます。
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英文学会通信
次に,これまでに実施された英文学科のイベントに
ついてご説明したいと思います。 月 日(日)・
日(月)には恒例のオープンキャンパスが開催されま
した。今年の模擬授業は原公章先生と塚本聡先生が担
当し,それぞれ「
を
編読む(文学編)」,「「英国女王のスピーチ」は何を
語る (英語学編)」と題して講義を行いました。両日
とも 号館の会場には多数の受講生があり,大盛況の
うちに終了いたしました。また,学科企画に関して
は,昨年度同様英文学研究室のある 号館 階フロ
アーで実施いたしました。学科会議室には,入学相談
コーナー及び検定英語・留学紹介コーナーを設け,大
学院演習室と通路スペースを利用した場所では,イギ
リス文学とアメリカ文学の紹介コーナーと英語発音矯
正体験ブースが設置され,多くの高校生とご父兄で大
変賑やかな 日間となりました。とりわけ,英文学研
究室入り口に設けた「本場の英国紅茶を飲みながらネ
イティブの先生と話そう」のコーナーは,
パター
ソン先生や
チルトン先生等の英文学科の先生方
を囲んでいつまでも英語の歓談が絶えないほど人気が
ありました。今年も準備のため数日前から,夜遅くま
で助手・助教・大学院生を中心に奮闘いただき,その
甲斐あって 日間の英文学科来場者数も約
名ほど
となりました。この場をお借りして改めてご協力いた
だいた皆様に御礼申し上げます。
後期授業は 月 日(金)からスタートしました
が,翌 日(土)午後には,附属高校生向けの体験授
業が, キャラカー先生(
〈 時限目〉)と堀切大史先生(「アメリカ文学にみる書
き言葉と話し言葉」
〈 時限目〉)によって実施されま
した。また, 日(日)午前からは秋季オープンキャ
ン パ スが 開催 され, 閑 田 朋 子 先 生 に よ る 模 擬授業
(
「階級と見栄張りたちのイギリス文学」)や「なんでも
相談コーナー」
,さらには日大習志野高校教諭の渋木
義夫先生による「入試問題解説」会などが行われまし
た。各先生とも大変多くの受講者があり,英文学科で
の授業の面白さや興味深さを堪能しつつ,かつ具体的
な入試対策を立てていただけたものと存じます。
最後になりましたが,会員諸氏のますますのご活躍
とご健勝とご多幸を心から念じております。
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第 98 号
2012 年 11 月
日本大学英文学会
《エッセイ》
教員生活一年目
日本大学櫻丘高等学校教諭 元木 光希
今回 私は学校現場で働く者としてこの英文学会通
信にエッセイを寄稿しているのですが 正直なところ
まだ経験も浅い私が本当にこのような機会を与えてい
ただいて良いものかと不安に思うこともありました。
しかし 私が現場で感じたことを書いていき そして
それが少しでもこれから教員を目指す方たちの参考に
なればと思い こうして筆を執ることにしました。拙
い文章ではありますが お読みいただけたら幸いです。
私は平成二十四年の三月に英文学科を卒業し 同年四
月から文理学部の併設校である日本大学櫻丘高等学校
の英語科教員として働いています。担当は第二学年の
副担任で 部活動では陸上競技部の顧問をしています。
着任当初 私は何も知らない環境で 授業の進め方
や,どのように一日一日を過ごしていけばいいのかと
いうことすら まともに整理ができていない状況でし
た。もちろん 大学四年次に経験した教育実習とは異
なり 指導教諭の先生はいません。つまりそれは 授
業や部活動 校務といったことのすべてを 自分の責
任で行わなければならないことを意味していました。
今思い返してみれば 私はそんな状況の中をただひ
たすらに 振り返る暇もなく走り続けてきたように思
います。一つの授業のために 何時間もかけて準備を
する。授業の方法で分からないことがあれば 周りの
先生方から学び とにかくまずやってみる。その結果
と 生徒の反応や声などを参考にしながら 私は徐々
に自分の授業を作り上げてきました。しかし 先輩の
先生方に比べたら 私の授業など足元にも及びませ
ん。私の周りには 生徒や他の先生方からも名前が挙
がるほどのすばらしい授業をしている先生方が多くい
らっしゃいます。そういった先生方の良い部分をどん
どん吸収しながら これからも更に自分自身を向上さ
せていきたいと思います。
私は副担任という立場もあり 日々の生活では ク
ラスの生徒よりも部活動の生徒と接する時間が長くな
ります。そのため 部活動では多くの問題にも直面し
また時には生徒に厳しく指導しなければならないこと
もあります。また遅くまで活動しているために 授業
の予習といった自分自身の仕事を 夜中まで行わなけ
ればならないときも多々あります。必ずしも良いこと
ばかりではなく むしろ大変なことのほうがはるかに
多くなりますが 私は部活動を指導することが辛いと
感じたことは一度もありません。多くの時間をともに
過ごす中で 本気で生徒と接し 指導をするからこそ
生徒が好記録を出したときには自分のことのように喜
び そして生徒から元気をもらうことができるので
す。私にとって部活動で過ごす時間は 授業で生徒と
過ごす時間と同じように 無くてはならないものなの
です。
これまで述べてきたことからもご想像できると思い
ますが 教員という仕事は決して楽なものではありま
せん。休日はほとんど無く 働き続けの毎日になるの
は当たり前のことです。しかし そんな一日一日が私
は楽しくて仕方がありません。生徒とともに過ごす
日々は 一度として同じものは無く 毎日が新しいこ
との連続です。だからこそ 日々新鮮な気持ちで 充
実した毎日を送ることができるのだと思います。
最後になりますが 教員に完成形は無いと言われて
います。終わりなど無いこの教員という世界で 私は
もがきながらも精一杯自分を磨き続けていきたいと思
います。
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大学院進学という選択
星陵中学校・高等学校教諭 島本慎一朗
私は今年 月に大学院修士課程を修了し, 月から
静岡県にある星陵中学校・高等学校に勤務していま
す。ここまでの道のりと,教師としての生活について
簡単に書いていこうと思います。
教師になろうと決めたのは大学 年次でした。英語
力に自信がなかった私は,吉良文孝先生の「英語学基
礎演習」で使用していた Meaning and English Verb(著
)を 年ほどかけて,とに
かく精読していきました。最初は全く読み進むことが
出来ず,辞めたくもなりましたが,それでも自分が納
得いく解釈が得られるまで辞書や英文法解説(著 江川
泰一郎 金子書房)を駆使して,読み続けました。次
第に読むペースが速くなってきた頃には,
「英語を読
んだ」という実績が自信に変わりました。このことが
動機となり,私は大学 年次に大学院の科目等履修生
として先輩方に交じって勉強させてもらうようになり
ました。大学院に足を踏み入れるのはかなり勇気が要
りましたが,そこは一言でいえば私にとって,
「夢に
近づける場所」でした。大学院では,周りは仲間であ
りライバルです。ほとんどの人が教員志望者で,切磋
琢磨しながら勉強することが出来ました。さらに先輩
方が次々と内定を得ていくのを間近で見られるので,
刺激も受けました。教師になるからには,やはり,一
流を目指したいものです。そんな思いから私は,英語
の知識をより深めるために大学院に進学しました。し
かし,知識だけを持っていても一流の教師にはなれま
せん。まず,「授業を聞かせる努力」をしなくてはな
─ ─
英文学会通信
りません。これを抜きにしてしまうと,単なる自己満
足の授業になってしまいます。一言でいえば,
「どん
なに崇高なことを言おうとも,聞く人に伝わらなけれ
ば意味がない」ということです。このことに気づき私
は,授業力を鍛えるために地元の私立中高一貫校で非
常勤講師を始めました。大学院生と非常勤講師という
二足のわらじを履いて良かったと思うことは,大学院
も勤務先も共通して,仲間・先輩・先生方と関わりを
持てたことです。教師としての姿勢から,採用試験に
関する情報と対策など様々なアドバイスを得ることが
出来ました。
もちろん,大学を卒業と同時に教師になった仲間も
います。私自身も大学院に入ってから,この道で果た
して正しいのだろうか,と不安に感じたこともありま
す。しかし,今教員になって思うことは,大学院,そ
して非常勤講師という 年間の遠回りで得た経験・知
識は絶対に無駄になっていないという事です。私は普
段授業をするにあたって,「教科書を教えるのではな
く,教科書で何を教えるか」ということを念頭に置い
ていますが,
「何を教えるか」という部分こそが教師
の力量であると思います。大学院と非常勤講師の経験
で得たことを土台に,一流の教師を目指していこうと
思います。すべては生徒のために。
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青春時代,そして今
茨城キリスト教大学文学部講師 二葉 進
大和資雄先生の「英文学史」
(教材
の
年版 定価
円)
の講義を受けてから半世紀が経過した。 年間にわた
る先生の授業は英文学に対する情熱がみなぎっており
素晴らしい内容であった。当時使用した教科書はもう
手垢で汚れ古書になったが,いまでもこの本を手に取
ると昔日の大和先生の面影が漂う。
先生の英詩を受講し,卒論は石橋幸太郎
先生の指導を受けた。第二外国語は仏語を選択し,佐
藤良雄先生による
の「赤と黒」の講義を聴き
仏語に興味を持ち夜間 年間(週 回),東京日仏学院
( ’
)に通学した。
年 月卒業し,日本交通公社(現
)に入社。
外人旅行部に配属となり新入社員は ヶ月間「試雇」
で日給
円( 時間勤務) 月に全員が社員に昇格,
本給
円(月額)の辞令が手渡された。職場は
月の東京オリンピック開催を間近に控え活気に満ちて
いた。職場での電話はいままで耳にしたことのない言
語が飛び交っておりカルチャー・ショックを受けた。
初めての給料は思い出に残る物を買いたいと思い,当
初腕時計を考えたが結局,研究社の背革特製「新大英
第 98 号
和辞典」
(
年版 定価
円)を購入した。
オリンピックも大成功のうちに終わり年末には待望
のボーナスが支給されたので,今度は日本橋丸善本店
で仏仏大辞典「
」(約
円)を購入し
た。いまでもこれらの辞書を時々活用している。入社
年目の夏に母校で
の「
」を講
義され,当時
の研究に没頭されていた
難波利夫先生が会社に私を訪ねてきてくださりスコッ
トランドを訪問されるとのこと。隣の丸の内ホテルで
お茶をご一緒したのち,渡航手続きのため先生を海外
旅行部の担当者に紹介した。
外人旅行部には約 年間在籍し,その間に海
外添乗,国内添乗に数多く出かけ失敗やら貴重な体験
をした。
には定年まで 年間勤務,最後の職場
は北海道函館市にある
関連のシティホテルで約
年間ホテル経営に携わった。ホテルでの勤務のかたわ
ら,地元商工会議所,ロータリークラブなどのメン
バーでもあったので地元の温泉組合,観光協会等から
ホテル業,観光業界についての「現状と課題」などの
講演を依頼された。
退職後,友人から茨城県日立市にある茨城キリ
スト教大学文学部で新たに「観光学」を担当する先生
を公募しているので応募してみてはと薦められ,
年ぶりに面接試験を受けて採用された。
年 月
から初めて教壇にたち
年生を対象とした「ゼミ」
も受け持ち,観光地の実地調査やゼミの学生諸君の就
職活動を全面的に支援した。
年目になると就職の成果が現われ,学生間の口コ
ミで「観光ゼミ」への希望者が殺到した。 年目の秋に
健康診断で「胃がん」が見つかり翌年 月に手術を行
い胃を
摘出した。健康を害したので生徒と大学に
迷惑をかけてはとの思いから 年間で大学を退職した。
週間病院で入院中,これからの人生の残余期間を
どう過ごそうかと考えた。結論は「学生時代興味を抱
いた文学に帰ろう」と決意した。そこで 年間に
冊の「世界文学の書」を読破しようと目標を定め,早
速
の「世界十大小説」のなかの小説から
読み始めることにした。
年 月からノートにメ
モを取りながら実行に移し,今年 月に目標の
冊
を達成した。因みに
冊目に読んだ本は,
の「失われた時を求めて」
(全 巻の長編小説)
で読了に ヶ月半を費やした。メモのノートも 冊
目となり英文学史に出てくる主な著者の作品はほとん
ど読み終えた。義務感からではなく気楽なきもちで読
んでいるのが長続きの秘訣だと思っている。
そして,いま再び茨城キリスト教大学から声がかか
り,病み上がりと高齢を理由に謝辞したものの,再度
の強い要請にお断りできなくて
年 月から週
回教壇に立っている。文学部文化交流学科と現代英語
学科の , 年生を対象にして,
「観光実務
」
(前期)と「ホテル経営
」
─ ─
2012 年 11 月
日本大学英文学会
(後期)の授業を担当している。
勤務時代,他大学出身の同期生で
先
生の英詩の講義を受けた教え子がいて,その彼から
年前に自宅に電話があり鎌倉東慶寺に眠る先生の墓に
お参りに行かないかとの誘いがあり同行した。先生の
墓は東慶寺境内の奥にあり鈴木大拙師の隣にあった。
『山茶花(さざんか)に心残して旅たちぬ』
先
生辞世の句である。もうお亡くなりになってからまも
なく半世紀になろうとしている。まさに光陰矢のごと
し。
年 月 記
(同窓会員 年卒)
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国際ミルトン学会に参加して
日本大学文理学部講師 岡田 善明
はじめに
日本大学ではかつて大和資雄先生と阪田勝三先生
が,ミルトンの講義をされ両先生の文学の根底にミル
トンもあり,特に私は大学院時代に阪田先生からはキ
イツを 年間指導していただきました。キイツもミル
トンに大きく影響されワーズワースやシェリーと共に
阪田先生のロマン主義の文学観の根底にミルトンがい
たように感じています。阪田先生の Paradise Lost の購
読の授業で,学生がサタンを英雄視して解釈したら大
変に怒られたとのことで,阪田先生のロマン主義観に
ミルトンのキリスト教倫理とプラトニズムの自然理性
の哲学があり,あのような深い詩の鑑賞と文学観を持
たれていたように思います。
昨年の大学院の特別講義に来られた関西大の入子文
子先生が,ホーソンはミルトンをかなり読んでいて,
書物の多くにミルトンの書き込みをしていたと言わ
れ,先生のご著書『緋文字タペストリー』を読みまし
たが,ホーソンは真にシェイクスピアやミルトン等の
英国ルネッサンス文学の影響から「緋文字」を書いた
ことが理解できました。
私とミルトンの出会いは,エマソン研究からで,エ
マソンを読んでいるとよくミルトンの名や作品が出て
きました。エマソンの自然と理性について論文を書
き,その理性がコールリッジから来ていることが分か
り,コールリッジを研究し,その影響がカントから来
ていてカント作品を読み論文を書きました。コール
リッジもカントの純粋理性とミルトンの自然の理性に
かなり影響されていることが分かり,いよいよミルト
ンの研究に入ったのです。ミルトンの理性に関して論
文を書き始めたころ野呂有子先生が文理学部に来られ
いろいろ教えていただき,野呂先生のご紹介で日本ミ
ルトン協会に入り早速「ミルトンと自然,正しき理性
の観点から自然法へ」という題で 年前に日本ミルト
ン協会で発表させていただきました。今回,第十回ミ
ルトンの国際学会シンポジウム(
)が日本で開かれ,人生でおそらく
一度しかない機会に恵まれ本当に多くのことを学ぶこ
とが出来ました。デコンストラクションとポストモダ
ンの文学鑑賞および日本では唯物論思想が強く 世
紀にはミルトンはあまり読まれなかったようですが,
を経験した日本にはミルトンの自然に対する大い
なる真理(神理)が必要に思います。以下,国際ミル
トン学会での感想を書かせていただきます。
Tenth International Milton Symposium 参加記
月 日(月)から 日(木)まで 日間終日,青山
学院大学で国際ミルトン学会のシンポジウムが開か
れ,総計
人近いミルトンの研究者が世界中の国々
から参加した。開会式の中で,
大学の
先生は Milton s Global Reach という題で,ミルト
ンと
のミルトンへの影響および
との
関わりを述べた後,これまでのミルトンの研究の歴史
の概観を述べられ,特に 世紀に入ってからミルト
ン研究が世界的に再び活発になってきている事実を指
摘した。また原罪を背負い楽園を追放され,神理を標
(しるべ)に荒野をさまよい始めたアダムとイヴの状
態を,
後の日本に喩えられた新井明先生のスピー
チを青山学院大学の佐野弘子先生が代読されたが,将
にミルトンの思想は,
後の日本ばかりでなく,環
境破壊や温暖化そして金融問題で崩壊の危機に苛まれ
ている欧米をはじめとした世界の人々にこれからの世
界の生きる標となり,その意味でも,ミルトンの国際
学会が日本で開かれた意味は大であった。
ミルトンはキリスト教とプラトニズムの精神から
『楽園の喪失』
(
『失楽園』
(Paradise Lost,
)を書き,
シェイクスピアと並び称されて英国の 大文豪と評価
されているが,
『楽園の喪失』では旧約聖書の創世記
のアダムとイヴの物語を基にして書かれている。イエ
スに地獄に落とされたルシファー(サタン)は地獄か
ら這い上がり,神が作った最初の人類の住むエデンに
行き,蛇の中に入り,イヴを誘惑し神が禁じた知恵の
木の実を食べさせるが,
(情欲)から
(理性)を失ったイヴが騙されて知恵の木の実を食べ
アダムもイヴへの思いから知恵の木の実を食べ,善し
かない世界が悪を知り,美しく調和された自然は野性
的な自然となり,それまでプラトニックな愛で結ばれ
永遠の生命を持っていたアダムとイヴは死すべき人間
となり,子孫を残すために性欲を持ち生殖をするよう
になり,神はこれに怒り,二人を楽園から追放する話
を扱っている。この
は「情欲」の意味でポスト
モダンの現在では不倫の性欲,グローバル金融の強
欲,環境破壊と温暖化を招いた物質欲をも意味してい
ると思う。
─ ─
英文学会通信
日(月)の初日のシンポジウムで,まず Milton and
17 -Century Engagement というテーマのシンポジウム
に参加した。 人の学者の発表があり,特に拓殖大学
の花田太平先生は
という題で,自然法の理性の観点から
(労
働)についてミルトンとジョン・ロックの考の違いを
発表された。プラトニズムの神からくる自然の超越的
で先験的な正しき理性を信じるミルトンにとっての労
働は,知恵の木の実を食べる堕落前の労働で,性善説
の観点から権利的にみられているが,経験的な理性を
唱えるジョン・ロックにとっては義務的な労働を指し
ていて,堕落前のアダムとイヴの状態を
(アメリカインディアン)に生来備わったものとして
考え,白人の植民支配のための流用(
)
の根拠とした。自然理性の神からくる自然法の自由な
正しき理性がグロチウス以降人間の義務的な狭い理性
による自然法に変化していくことに関連していて,自
然や神への配慮が限定されてきて人間中心の権利に
なっていく。以前私も日本ミルトン協会で「ミルトン
と自然,正しき理性の観点から自然法へ」について研
究発表をしていたので,興味深く聞くことが出来た。
また
大学の
先生は
について述べ,詩としての音楽的な面ばかりで
なく内容も天空の調和のある宇宙の音楽の調べを描い
ている面を指摘され,フロアーからもかなりの質問
や意見が多く出された。将にミルトンの詩を読んで
いるとバッハやモーツアルトの音楽を聞いているよ
うな思いになる。次のシンポジウムでは, Milton s
International Reception と い う 題 で,
大学の
先生はミルトンとスペインのカトリッ
ク教会の繋がりの研究を発表され,神戸市立大学のミ
ルトン協会事務局の西川健誠先生は矢内原忠雄のミル
トン研究の成果について発表され,改めてミルトンの
日本の偉人への影響の大きさを確認することが出来た。
二 日 目 の 日(火)で は, Milton and the romantic
Tradition のタイトルのシンポジウムに参加した。ま
ず
先生が
の題でロマン主義の作家が Paradise
Lost の サ タ ン を 英 雄 的 に 捕 え て 作 品 を 書 い て い て
である点を論じた。特にミルトンは神の
とサタン
を 対 立 さ せ て 書 い て い て,
と
の人間における価値判断等も関係し,
神とイエスとサタンの存在がこれまで解釈上の微妙な
問題となってきた。私,岡田はこの点に関して仮説を
持っていて,カントの純粋理性の影響を受けたドイツ
ロマン主義や英国の初期のロマン主義者であるコール
リジとワーズワースおよび米国のエマソンは純粋理性
と自然理性の
のロマン主義者であるのに対し
て,シェリーやバイロンはミルトンの
ばかり
でなくサタンの
の影響をもうけていると考え
ているが,今後論文で論証するつもりでいる。また福
th
第 98 号
岡大学の後藤先生は
Hyperion という題で,
キイツが所有する Paradise Lost の中に書いた書き込み
を見るとどんなにキイツがミルトンの偉大な叙事詩に
崇拝の念を抱いていたかが分かり,
と言い,
の
と格闘し, Paradise Lost の改作として Hyperion を創作
したことを述べた。また 同志社女子大学の辻裕子先生
は,
で,ミルトンもワーズワースも自然を擬人化
するところは共通しているが,ミルトンの描いている
自然は,人間が神の命令に従って,自然の管理人とし
ての責任感をもって野良仕事をしていて,他の被造物
にたいして思いやりのある支援をしているが,一方
ワーズワースの描いている自然は,人間は自然に従属
的であり自然は人間存在を超越して偉大であり,人間
にアクティヴに働きかける存在として受け止めてい
る。ワーズワースは自然を客観的に捕えるのでなく,
過去の回想の中から甦ってきた主観的なヴィジョンで
あり,人間が責任感を持って自然を支配するというミ
ルトンの聖書解釈の方が,現代の環境問題に対して,
寄与することが大ではないのかとお話しされた。辻先
生はまたワーズワースの詩の大地の女神的な面を指摘
された。フロアーから,聖書ではイヴは土から作られ
たのでなく,アダムの脇腹から作られたのではないか
との指摘があった。しかしアダムも土から作られてい
ることと,ワーズワースはケルトの自然観の影響を受
けているのでむしろ辻先生の解釈は適切なものである
と岡田は考えていて,後で辻先生とのお食事の席でそ
のことをお話しした。 月の専修大学で開かれた日本
英文学会のシンポジウムで英文学へのケルトの影響の
発表があり,ワーズワースの自然観はケルトの自然の
影響を受けている面が指摘されていたのである。
次のシンポジウム Sin, Materiality and Change で
大学の
先生は,ミルトンの原罪の
観念は,これまで聖アウグスチヌスの観念とされていた
がむしろパウロの原罪説であることを主張され,それは
という語に象徴されているとしている。また日本
大学工学部の川崎和基先生は
という題で, Paradise Lost の天使は物質的
なものか霊的なものかを論じ,一元論の立場から物質
的なものであることを主張しているが,あくまで詩と
しての表現であるので象徴的な書き方である。岡田は
必ずしも物質的なものでなく霊的なものをもミルトン
は意味していると考えている。それはグノーシス等の
聖書の霊的な解釈がパウロにより異端とされたが,ミ
ルトンの思想はギリシャのプラトニズムの二元論や他
の哲学の影響を受けているからである。この点も将来
の研究課題としたい。
三日目の 日(水)には,まず Milton: Science and
Sense のシンポジウムに参加し,
─ ─
2012 年 11 月
日本大学英文学会
という題で日本ミルトン協会会長圓月勝
博先生が発表され,ミルトンはガリレオやデカルトの
影響を受け,光をエーテルの流れと考えていたとして
いる。その他ミルトンの宇宙観は現代の量子力学に近
い内容である点を,園月会長と
の時に話し
合った。 世紀の唯物論の時代にはミルトンは読まれ
なかったが,その科学的な側面は量子力学等の最近の
科学に近い内容であり,今後再評価されると思われる。
また
という
題で
大学の
先生は Paradise
Lost には匂いに関する記述が豊富で精神的および霊的
な作用をミルトンは描いていることを述べている。
(その内容をまねてミルトン学者の
ルイスは『ナ
ルニア国年代記』を書き,草花等自然の多くの匂いを
効果的に描いて作品を盛り上げていることを,日本大
学通信教育部の学生が卒論で書いた。)
その後,講演では
大学の
先生が Rethinking the Milton Controversy という講演で,
有名な
のミルトン批判について話し,リー
ヴィスのミルトン批判は
エリオットの Paradise
Lost の間違った引用からなされ,エリオットの間違い
が気づかれずに一人歩きしたものであることを大変に
熱烈な口調で話された。エリオットもかつてミルトン
の詩が絵画的でないと言い,後にその言を取り消した
が, 世紀におけるミルトンは誤解され,不当に扱
われていた。リーヴィスは
と言ってミルト
ンの詩の具象性が低いと批判し
(
‘
ているが,テリー・イーグルトンは
’
’)と述べ
(
How to Read a Poem
)と言ってリーヴィスのミル
トン批判を問題視しミルトンの再評価をした。イーグ
ルトンは
年代ごろまでは,マルクス主義的な文
化唯物論文学評論を信奉していたが,その後,彼の
The Illusions of Postmodernism(
)や Reason, Faith,
and Revolution-Reflection on the God(
)を岡田は読
んで分かったがポストモダニズム的な批評や唯物論的
解釈を捨て,唯心論的,キリスト教的解釈を正当とみ
なすようになってきていて,ミルトンを正統で偉大な
詩人として評価している。日本ではまだ気が付かない
で新歴史主義や文化唯物論的な解釈で研究する学者が
多いが,英米ではもはや文化唯物論や新歴史主義は過
去の文学論で,ベルリンの壁の崩壊は唯物論的学問の
崩壊でもあることを日本人はもっと認識すべきと考え
る。ミルトンの良さは唯物論的解釈では死んでしまう。
また
大学の
先生は
という
講演で,
先生とともに新たなミルトンの
伝記と 巻のミルトン作品の編集を始められ,新た
なミルトンの伝記と作品集の出版の必要性について話
された。
またシンポジウム Milton: Nature and the Garden で
は,まず日本ミルトン協会前会長の麗澤大学学長中山
理先生が
という題で日本の自然との関連でお話しされ,ミルト
ンの楽園の園は象徴的で神話的であり時には人工的な
ものであり,ギリシャの自然(
)とキリスト教
の自然(
)を基にしていて,日本の「天然」の
自然とは違うことを述べられた。また近畿大学の金崎
先生は
と い う 題 で,
は伝統的な
と違う概念の
を創作
し, L Allegro では伝統的な田園地帯を求めているが,
In Arcadia では,羊飼いは伝統的な田園地帯を去り高
貴な女王が治める新たな理想郷である
への移
動を描いていることを指摘された。
最終日の 日はまず Milton, God and Cosmos のシンポ
ジウムに参加した。
大学の
先生は,
’
という題で,スペン
サーの影響でどのようにミルトンが国民的な詩人およ
び預言者になっていったか,また否定的に神の存在を
知ることから肯定的に神の存在を知ることへの変遷
で,既存の神を描写するためにミルトンが知恵の女神
と愛の女神
といった姉妹像をどのよう
に用いたかを説明された。次に
という題で
大学の
先生は,ダンテの「神曲」の地獄から,煉獄,天国へ
の移動と Paradise Lost の移動が対照的で,後者はサタ
ンが斜めに移動する点を重視し,ミルトンがガリレオ
やコロンブスの影響を受けた地図作成者に興味を持っ
ていたことを指摘している。
次のシンポジウムでは Milton in China and Japan に
参加し,北京大学の
先生が中国でのミル
ト ン の 受 容 を 詳 細 に 論 じ,
大学の
先生が
でハーンが一
生涯ミルトンに特に愛着を感じ作品を愛好し,日本で
の東京大学での 年間の授業で Paradise Lost を熱心に
指導しミルトンが偉大な詩人であり,キーツ,ワーズ
ワース,コウルリッジ,アーノルド等がミルトンの影
響を大いに受けたことを学生に知らしめたことを述べ
ている。ハーンはミルトンの詩作や政治的な勇気を日
本の武士道に喩えて話したとのことである。日本では
ハーンが学生にミルトンを読む必要がないと言ったと
─ ─
英文学会通信
伝えられているようであるが,
先生はまったく
の誤解であると言われた。私もハーンの学生が作成し
た「英文学史」を持っているがミルトンのページは
ページありシェイクスピアの ページの次にページ数
が多い。なぜ日本でミルトンが誤解され低く評価され
るのか,恐らく難解であることとキリスト教が分から
ないとミルトンが理解できないこともあるが,戦後の
神仏等大いなるものを否定する唯物論教育の結果が大
きく関係しているように思える。
の「想定外」は自
然の大いなるものを想定しなかったことによるもので
あろうが,今将に反省を迫られている。また日本大学
の野呂有子先生は Shitsurakuen-monogatari and Paradise
Lost という題で,繁野天来が日本で初めての Paradise
Lost の要約である『失楽園物語』を
年に出版し大
きな影響を及ぼしたこと,天来の『失楽園物語』とミ
ルトンの原作の違い等を日本と欧米の文化や文学観の
違いから考察し述べられた。先生が日本の明治時代へ
のミルトンの影響を感動的に述べられたことが印象的
である。
次のシンポジウムでは Milton, Romance, and Marriage
に参加した。
Paradise Lost とい
う題で,
大学の
先生は,ア
ダムとイヴの愛と性について論じた。例えば
のプラトニックラヴの梯子が性愛による永遠の同一化
へと向かう目的論的解釈や不死の結婚生活等の解釈を
紹介した。また
大学の
先生は
The
Maiden and Married Life of Mary Powell という題で,
が 年前に解釈した「ミルトンが
持っていた,女性が男性に従属するというピューリタ
ン的な物の見方」が,ミルトンが自由の守り手である
というイメージに変わってきていること,とくに最初
の妻であったメアリー・パウエルとの生活と離婚を描
いたアン・マニングの The Maiden
Married Life of
Mary Powell がミルトンの結婚と離婚の考えを現代ま
で伝え影響を与えてきたことについて論じた。ミルト
ンは堅い信仰の文学者と思われているが,
「離婚論」
で真に愛しあっていない夫婦の離婚を認め,ある意味
で女性の権利をも初めて主張したことは非常に現代的
な考えである。同時に隣の部屋で行われたシンポジウ
ム Milton and Economy の最後の質疑応答にも参加した
が,ミルトンの高利貸し(
)の面について盛んに
議論が行われていた。ミルトンは詩作ばかりでなく高
利貸しとしても生計を立てていて,よく問題にされて
きたが,金を必要としている人に温情的に貸すと言っ
た人道的な面も多いとのこと。また横浜国大の社会経
済学者である有江大介先生は現在の金融危機を Paradise
Lost のサタンの
(我欲)による活動のように比
喩的に捕える解釈を紹介されたが,ミルトンは一定の
利子以上には利子をつけなかったとのことで,その面
でも
を
でコントロールしていたことが
第 98 号
分かり,現在の強欲グローバル経済がもたらした金融
危機にも,ミルトンの文学が警鐘を鳴らしている面が
読み取れるのである。
の前の最後の講演で
大
学の
先生は The Eco-critical Milton と題し
てミルトンの文学の環境文学的側面について論じた。
特にイヴとアダムが知恵の木の実を食べた後,それま
で秩序だった美しい自然が,急に荒廃し荒々しい側面
を見せ,人間に温情的に対応していた動物が野生の側
面を見せ人間に敵対してきたことをミルトンは Paradise
Lost に描いているが,まさに知恵の木の実を食べたこ
と,すなわち人間の物質欲の
(我欲)が自然環
境破壊をもたらし,拙論「自然観の変遷とエコクリ
ティシズム」に書いた通り,ミルトンの文学は現代の
環境破壊と温暖化の面も警告していたことは特筆に値
する。
本国際ミルトン学会のために丸善が世界のミルトン
の最近の研究書を取り寄せ,販売した。私は,エマソ
ンの理性の研究から入りコールリッジとカントを研究
したが,コールリッジとエマソンはミルトンに多大な
影響を受けていることを知り,ミルトン研究に入っ
た。カントもおそらくミルトンの「理性」の影響を受
け「純粋理性批判」を書いたのではないかと直感的に
感じていたが,今回販売図書の中に
著の
Kant and Milton(
)という
ページもの研究書
を発見したときは感動を覚え早速購入した。また
の Milton and the Victorians(
)も購入しヴィ
クトリア朝のかなり多くの作家がミルトンの影響を大
きく受けていることが書かれていることが改めて分
かった。そして
の The Romantic Legacy
of Paradise Lost(
)も購入したがロマン主義の作
家はみなミルトンの詩作の影響を大きく受けているこ
とが改めてわかり,ミルトンの偉大さを発見した。
以上国際ミルトン学会の要点と感想をまとめてきた
が,恐らく世紀に一回日本で行われるといった将に意
味のある国際学会に参加でき非常に感動した。また,
一層深くミルトンを理解することができ有意義であっ
た。特にミルトンの思想は,道徳,環境破壊,金融危
機といった
(我欲,情欲)による人類の危機を
アダムとイヴの原罪という形で象徴的に描いていて,
将に,ミルトンがあまり読まれなくなった 世紀に,
人類は Paradise Lost に象徴される原罪を再び犯してし
まったように思う。良い文学作品はどの時代にもその
真実を訴え人類の生きるための標(しるべ)とした真
理を扱っているが,世界救済のために今まさにミルト
ン再評価が始まったように感じる。
は人類に自然の驚異と恐ろしさを改めて警告
し,デカルト以降自然の理性を人間理性から切り離
し,自然を機械のように扱い,またデコンストラク
ションの思想で理性や神をも信じることの意義を疑
い,ポストモダンの経済金融優先の物質文明に魅了さ
─ ─
2012 年 11 月
日本大学英文学会
れた人類が改めて自然や大いなるもの(天・神)の存
在に気づかされ,アダムとイヴが「楽園追放」で神の
摂理を標(しるべ)にして荒野を進んでいくように,
ミルトンの思想が真理の標となるべき人類の新たな
建設のために,ミルトンの国際学会が
後の日本で行われたことは大変に意義深く感じる。
(本参加記は「国際文化表現学会会報」
に英語版で掲載)
● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
海外派遣研究を終えて
日本大学文理学部教授 保坂 道雄
年 月 日に,米国ボストンに到着し,約半
年間の海外派遣研究が始まりました。以前滞在した時
は,冬は摂氏マイナス 度を下回る気温を体験して
いたので,今回は分厚いコート,ブーツ,手袋を用意
し臨んだのですが,今年は記録的な暖冬で,ほとんど
出番がないまま,日本に持ち帰る羽目になりました。
月中頃には, 度を超える日まであり,改めて世界
的気候変動の影響を実感しました。日本のこの夏の暑
さもしかり,世界の空に国境は無く,領土を巡る議論
より,人類の将来を考えるべき時ではないかという気
がします。
さて,今回の海外派遣は中期ということもあり,あ
まり欲張らずに,これまでの研究をまとめる仕事に専
念したいと思っていましたが,いざ,現地に到着し,
授業に参加したり,他の研究者の方々と話をすると,
まだまだやり残したことが山積みで,まとめるどころ
ではなくなってしまいました。本エッセイでは,研究
の内容とは別に(そちらの一部は 月の年次大会に
て報告の予定),現地の研究教育環境について少し話
ができればと思います。
今回の滞在では,ハーバード大学言語学科に客員研
究員として所属し,同大学の図書館や研究施設を利用
し,また大学院の授業にも参加しました。同時に,同
大学と単位互換の制度を持つ
(マサチューセッツ
工科大学)言語学科の授業にも参加し,そこに所属す
る研究員の方々とも交流を持つことができました。し
かし,同じ言語学科と言っても, つの学科には大き
な違いがありました。まず,外観からして,その違い
は歴然です。左の写真がハーバード大学言語学科のあ
る建物で,右の写真が
言語学科のある建物です。
伝統的なハーバードと革新的な
を象徴している
気がします。また,内容的にもハーバードでは,歴
史・比較言語学,インド・ヨーロッパ言語研究,古典
語研究など伝統的な内容の授業が多く,
では,極
小理論,形態統語論,言語獲得研究など,最新の理論
言語学科のある
言語学科のある
号館
的研究を扱う授業が多くありました。今回参加した授
業は,いずれも,生成文法をテーマとしたものです
が,さすがにその誕生の地だけあり,内容は盛り沢山
で,一回の授業につき数本の論文を読んでくることが
前提で,授業自体は先生の説明と学生の発表が半々
で進められます。ハーバードは意外と時間に寛容
と呼ばれている)で 分ほど遅れて授
(
業がスタートするのが常で,議論が白熱すると終わり
は 時 に 分 以 上 オ ー バ ー し ま す。 そ れ に 対 し て,
は時間に正確で,先生の方が先に教室にいること
も多く,終わりも常に
です。また,驚いたこ
とに,
では,教員 名による授業もあり,その
際,二人とも授業に参加し,交替で教壇に立つ形態を
とります。学生と一緒に座っている先生から質問が出
ることもあり,授業と言うより学会発表と感じられる
時 も あ り ま し た。 あ る 時,
教授の
の授業で,同僚の宮川繁先生の本が
テーマとして取り上げられ,本人のいる前で,賛否の
議論が湧き起こり,まるで証人喚問されるような状況
になったのには驚きました。その前日,宮川先生とお
食事した際,明日が思いやられると言っていたのを思
い出しました。まさに,
では,「教師にとり授業
は戦場」という言葉がぴったりという気がしました。
ただ,それだけに,そこから生まれる成果が,世界的
な業績に繋がるのだと実感したのも事実です。
また,今回は,ハーバード大学名誉教授の久野暲先
生に,ワイドナー図書館(米国国会図書館に次ぐ規模
の蔵書を誇る)の個人研究室をお借りでき,周りに気
兼ねすることなく(通常館内は飲食禁止であるが,研
究室内では可能),借り出した本を書棚に収め,ゆっ
くりと研究する環境を頂けました。なお,本図書館の
サービスとして,無料で書籍の一部をスキャンし,
メールで送ってもらえるというものがありました
(ページ数には制限があ
る が, 回 数 は 無 制 限 )。
当初機械的作業かと思っ
ていましたが,送られた
ファイルに指の残像があ
り,実際に図書館員が手
作業で行っていると知
り,大変驚きました。こ
久野暲先生とともに
─ ─
第 98 号
英文学会通信
うした教育・研究への手厚いサービスが,世界有数の
業績を出す大学を育てるのだと改めて感じました。
なお,今回の滞在中,短時間ですが,
の名誉教
授である
教授にお会いし,話をする機
会を頂けました。今年 歳になられるのですが,研
究の話になると,その眼力は以前と変わらず,少し話
しただけでその本質につ
いて見抜く力には,やは
り常人にないものを感じ
ました。
約半年という短い滞在
でしたが,思いの外沢山
教授
の経験を積むことができ
ました。後進の皆さんに
は,機会があれば,是非海外で勉強・研究されること
を強くお薦めします。きっと,新たな可能性を見つけ
ることができるものと確信しています。
● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
《特集》
定年退職その後
日本大学理工学部講師 頼住 憲一
日本大学英文学会に所属され,今年も定年を迎えた
先生方がおられるかと思われます。定年を迎えられた
先生方が,定年後についてどのように過ごされておら
れるか,お話をうかがう機会が少なく,断片的な消息
にとどまっております。英文学会通信にはあまりふさ
わしくない話かと思われますが,定年退職を機会に,
私がどの様に定年後の時間を過ごしているか,お話し
させていただきたいと思います。会社組織などにいた
人は,定年後にやることがなく暇で困っているとよく
聞きますが,実をいうと停年前と定年後の私個人の生
活にはあまり変化はありません。ただ,現役のころに
あった心理的圧迫感が取れてせいせいとしていること
は事実です。
私は,昭和 年代中頃に大学院修士課程を修了し,
日本大学文理学部助手(大学本部勤務)として日本大
学に奉職いたしました。その頃は, 年安保反対や
大学改革などが叫ばれ(と言っても若い方には歴史の
彼方となっているかも知れませんが)大学紛争が起こ
り,その余波で学内は,何となく騒然とし落ち着かな
い状況でした。昭和 年から約 年間日本大学理工
学部に在職し,一般教育の英語を担当してきました。
よく言われることですが,私の若いころ,退職され
た先生方に在職期間は長かったですかと質問すると,
「長くもあり,短くもあり」という答えがしばしば
返ってきたものです。今の私の心境も全く同様です。
理工学部ではいろいろな先生方に出会いご指導を受け
ました。その先生方の多くが今では鬼籍に入っておら
れます。同期の寺崎君(前日本大学英文学会会長,経
済学部)や岡田君(国際関係学部)も故人となりまし
た。 年間に出会った人々の顔を思い浮かべると,
ずいぶん長い時間が経過したのだなと思います。ま
た,無我夢中で行った授業,マサチューセッツ工科大
学との学術協定をお手伝いしていた頃のこと,海外語
学研修の引率,広報映画の作成やその他学内活動など
を思い起こすと,あっと言う間に時間が流れたような
気がします。
さて,昔話はこのくらいにして,現在の私の「仕事 」
について話をいたします。主に つの仕事がありま
す。一つは理工学部での英語教師です。どんな仕事か
は,これを読んでおられる皆さんは十分にご存知の事
なので特には申し上げません。他の一つは,数年前か
らですが,私の住む区の教育委員会の仕事をしていま
─ ─
2012 年 11 月
日本大学英文学会
す。この仕事は,私の後輩で幼馴染でもある区の元教
育委員から持ち込まれたもので,最初のころは無給で
した。今年度からは区の非常勤公務員として「雀の
涙」の報酬が出ております。これを裏返して見ると,
「非常勤たりとも公務員である。しっかり責任をもっ
て仕事をしなさい。
」と言う,区の親心 または謀略
ではないかと思っています。誠にありがたい思いやり
です。教育委員にというお話もありましたが,さす
が,それはお断りしました。余りにも「だいそれたこ
と」です。記憶力や集中力が年なりに衰えているのを
感じます。身体や頭脳が働くのはあと 年, 歳位
までと思っており,この間,縁の下の力持ちで地元の
役に立ちたいと考えます。
この仕事の内容を手短に言えば,区内の中学校と小
学校のコミュニティ・スクール化の促進とその構築で
す。このコミュニティ・スクールは欧米型のものとは
少し異なり,日本独自の形式を有するものです。
現在,区内の小・中の公立学校には学校評議員制度
(学校教育法による)により学校評議員会が設置され,
「開かれた学校づくり協議会」と命名されています。
この目的は,開かれた学校づくり(コミュニティ・ス
クール化)を一層進めるために,保護者や地域住民の
意向を把握し,学校に反映させその協力を得るととも
に,学校運営の状況を周知するなど,学校の説明責任
を果たすためのものであります。学校は保護者や地域
と密に話し合いながら,それぞれがなすべき事,でき
る事を明確にし,地域の声を生かした学校運営を推進
します。さらに,地域が学校を支えているという視点
に立ち,校長が学校情報を積極的に開示し,地域の理
解と意見や助言を得る場でもあります。保護者,健全
育成にかかわる活動をする機関,団体の代表者,地域
の有識者,その他校長が必要と判断する方々が評議員
として任命されています。
この学校協議員は学校長の求めに応じて意見を述べ
るものですが,私立学校の理事会並みに,より積極的
に学校運営に参加する「学校運営協議会」も設置され
ています。学校長の示す学校運営の基本方針,教育課
程の編成,その他の学校についての諸活動事の承認や
意見陳述を行います。また,教員の採用と任用人事に
ついて意見を述べることができます。これは参考意見
ではないので,教育委員会はその意見を尊重しなけれ
ばなりません。このように,学校に,より深く・より
強力にかかわるため,学校運営協議員には学校に対す
る強い責任と義務が求められます。
日常の活動としては,定期的な学校評議委員会と学
校運営委員会,日常の各教職員の授業参観,スポーツ
大会(運動会)・学芸発表会(文化祭)
・部活動など各
種学校活動の参観や応援,講演会などを企画し保護者
に対する教育やコミュニティ・スクールの啓蒙活動,
情報収集のための学校評議委員会のネットワーク化な
どを行っています。
さらに,最重要な活動として,学校評議員としての
学校関係者評価があります。年度当初に出される学校
運営についての基本方針を,上記の日常活動,授業評
価アンケートや教員との懇談会,児童・生徒との語ら
いなどを通して評価するものです。
教員 年,この経験が生かせればと考えておりま
す。退職してなお,教育関連の仕事に携われることに
幸せを感じております。
─ ─
● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
英文学会通信
《海外留学体験記》
MY LIFE IN KENT
日本大学文理学部英文学科 4 年 高 尚
’
─ ─
第 98 号
2012 年 11 月
日本大学英文学会
Western Michigan University
交換派遣留学を終えて
日本大学文理学部英文学科 4 年 豊村 麻美
● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
年日本大学交換派遣留学生として, 月 日
から 月 日までの約 か月間ウエスタンミシガン
大学で学習したことについて報告します。
自分に自信を持つということが,この留学生活で私
が一番成し遂げたかった目標です。大学では授業,ア
ルバイト,サークル活動に取り組み,毎日忙しく充実
してはいたものの,これといって胸を張れるほど誇れ
るものはなく,いつも何か物足りないような気がして
いました。自分の努力が足りないということ,熱中で
きる何かに出会っていなかったことがこの虚無感の原
因で,そのことが自分の自信の無さに繋がっていまし
た。そこで,大学入学時から志していたこの留学生活
を最後まで精一杯やり遂げることで,自分を成長に導
くと同時に,自信を身に付けたいと考えました。
私は今回の留学が初めての海外であった上に,海外
の方と話した経験すらほとんど無い状況だったので,
留学当初は大変なこと続きでした。他国からの学生を
多く受け入れているウエスタンミシガン大学では,学
期が始まる前に 週間,留学生向けのオリエンテー
ションが設けられていました。私は全くと言っていい
ほどオリエンテーションでの説明を理解することがで
きませんでした。また,海外交流経験のある日本人留
学生たちが続々と他国からの留学生と交流を深めてい
くなか,私は必死でおぼつかない英語を駆使し,表面
的な会話をするだけで精一杯でした。毎日オリエン
テーションが終わった後は,私と同じ状況で留学に来
ていた友達と一緒に,落ち込みながらも次の日の目標
を立てながら帰りました。たとえば,「明日はこのフ
レーズを使ってみよう。
」「明日は新しく 人以上と話
そう。」といった様な目標で,今となってはとても小
さな目標に思えますが,その当時の私たちにとっては
とても難しく,達成するためにはものすごく勇気のい
る内容でした。日本大学から一緒に留学に行った田中
さんは,そんな私をいつも気遣ってくださり,落ち込
んでいる時は「麻美は初めての海外なのに全然泣いた
りしない,本当にタフな子なんだから大丈夫だよ。」
と励まし,嬉しいことがあった際には一緒に喜んでく
れるお姉さんのような存在でした。田中さんがキャ
リーケースひとつで留学に行った私に,たくさん洋服
や日本食をくださり優しい言葉をかけてくださった
時,不安でいっぱいだった気持ちがとても和らいだこ
とを今でも覚えています。
授業が始まってからは,相変わらず内容を理解する
ことに苦しみ,毎日レコーダーに録音した授業内容を
夜遅くまで聴き直しました。私は昔から間違えること
─ ─
第 98 号
英文学会通信
を恐れる傾向にあったので,わからないことがあって
も,自分の英語で質問内容は先生に通じるのか,と
いった不安からわからないところがあっても質問する
ことをためらいがちでした。日常生活でも,せっかく
話しかけてくれているのに,頭の中で何と答えればい
いのだろうか,文法や発音が間違っていたらどうしよ
うか,と混乱してしまい,結局会話が成立しなくなっ
てしまう,といったことも多々ありました。そこで,
この英語に対する不安を解消するために,仲の良い友
達にコンバセーションパートナーになってもらい,毎
日間違えているところは訂正してもらいながら日常会
話をし,ベッドに入ってから眠りに着くまでの間や
シャワーを浴びている間にその日友達や先生とした会
話のなかで言いたかったことを振り返り,もう一回整
理して言い直す練習をしました。時には英語のことを
考え過ぎて目が冴えてしまい,眠れなくなることもあ
りました。テレビやラジオを聴いてリスニング能力を
上げることにも努めました。毎日授業を録音したレ
コーダーを聞き直していたこともあり,後期に入る頃
には授業内容は大体把握できるようになり,また先生
にも自分から進んで質問できるようになりました。前
期は自己紹介で精一杯だった授業でのディスカッショ
ンでも,自分から意見を述べることができるようにな
り,ひとりでのプレゼンテーションでも緊張しないよ
うになりました。日常生活では,スーパーで話しかけ
てくれるご婦人や,店員さんと話せたり,ランドリー
で出会った隣人と友達になったり,元々英語を話すこ
とを恐れない人たちにとって簡単な会話でも,私に
とっては本当に嬉しい大きな進歩でした。このよう
に,新しい生活に楽しみを感じていた前期とは違い,
後期は英語を使ったコミュニケーションの楽しさを感
じることが多くなりました。この頃から,間違えてい
てもいいから,たとえ一度で伝わらなくても諦めずに
話そうとする気持ちが大切なんだと考えるようになり
ました。苦しさのなかにも英語が通じたときの嬉しさ
があったので,楽しんで努力することができ,私のな
かでこのことは確実に誇れる経験となりました。
最後に私がこうして頑張ることができたのは,留学
中に出会った友人たちのおかげだと思っています。英
語が上手に話せなくても,皆一生懸命聞こう,話そう
としてくれて,その温かさに何度も助けられました。
エッセイを書く機会の多い文学の授業を多く取ってい
たので,エッセイの書き方を教えてもらったり,間違
えを訂正してもらったりなど,多くサポートしてもら
いました。ストレスを感じにくい私でも,時に勉強や
慣れない生活で疲れてしまうことがありましたが,友
達の存在はそんな時に私をとても元気づけてくれました。
帰国直前に,不安な気持ちや英語をうまく話せない
ふがいなさを共有した友人と,オリエンテーションの
あと目標を立てながら毎日帰った道を辿りながらお互
いに切磋琢磨しながら過ごした留学生活を振り返る
と,自分たちの頑張りをたたえ合うことができまし
た。つらいことも楽しいこともいっぱい経験しました
が,最後に満足することができて本当に良かったです。
この留学に際し支えてくださったすべての皆様と,
日本大学及び日本大学国際交流室の皆様に感謝し,こ
れからもこの経験を活かし,精進して参ります。本当
に貴重な経験をありがとうございました。
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食べるスウェーデン
日本大学文理学部英文学科 4 年 安岡賢太郎
もし北欧について冬の暗さと少し鬱々とした静けさ
を連想するとしたら,そのイメージはさほど間違って
いない。冬が深まるにつれて日の出は午前 時を過ぎ
るし, 時を回る頃には外は真っ暗だ。日本語で夜
を比喩的に表現するとき「帳」という言葉を使うこと
がある。この「帳」という表現はストックホルムの冬
にはぴったりであると思うのだ。私が暮らしていた郊
外の集合住宅の周辺では日本に比べると街灯の数は
ずっと少なかったし,背の高い森林の多い近所だった
から,夜になると雑木林の奥などは量感のある濃紺の
布で覆われたかのように視界を拒む。「夜の帳」は「降
りる」という動詞を伴うことがある。質量のある質実
な布がスルスルと降りてくるのがストックホルムの冬
の夜だ。
− ℃の夜を寒い寒いと言いながら帰ってくると,
何か温かいものを口にしたくなる。こういうときにス
ウェーデンのコーヒーは頼りない。スウェーデンには
(フィーカ)というコーヒーブレークが午後に
あって,コーヒーか紅茶を飲みながら休憩を取る。
「
はスウェーデン語にしかない」と,束の間の休
息とおしゃべりの時間をスウェーデン人は誇りに思っ
ているようである。ところが,コーヒーの消費量は日
本の約三倍あるにも関わらず,スウェーデンのコー
ヒーは美味しくない。まるでフィルターが香りを漉し
取ってしまったかのように苦みだけが舌に残るから
だ。「焙煎」と言うぐらいだからコーヒーはモクモク
と煙たいぐらいの香ばしさが欠かせない思うのだが,
スウェーデンのコーヒーはそういう芳しさとは無縁
だった。そのかわりお茶の種類は豊富で,フレーバー
ティーは選ぶのに事欠かない。
コーヒーはアルコールの代替品だったと聞いたこと
がある。
年代にアルコール依存症や,過剰摂取
に伴う暴力事件が増加したのだ。しかしスウェーデン
では 世紀からアルコールが社会問題として取り上
げられていて,
年からはアルコール濃度の高い
酒は政府が一貫して流通・販売をしている。酒には特
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2012 年 11 月
日本大学英文学会
別な税金がかかっていて,なんとウォッカに掛かる税
金は
もある。
ではスウェーデンは酒には不寛容かというと,そう
ではない。定期テストが終わる時期に合わせてパー
ティーの回数は増えるし,もともと自宅で過ごす時間
の多い国だから,誰かの家で乾杯をする機会は多々あ
る。日本の飲酒文化とそう大きくは違わないが,終末
の繁華街は警察官の数が増える。酒を飲むことに関し
て開放的な面も厳しい面も持っていて,なんだか不思
議なバランス感覚だと思う。
スウェーデンではどこに行ってもトナカイの肉が手
に入る。ものすごく脂が多い肉で,焼くときには油を
敷く必要が無い。弱火で火にかければジワジワと脂が
染み出して,ちょうど良い焼き加減で仕上がってくれ
るからだ。朝のうちに塩を揉み込んだトナカイ肉と一
緒に煮込めば,食べ飽きたジャガイモも豆の缶詰も
ちょっとしたご馳走である。一度思い切って大枚をは
たいて高価なトナカイ肉の薫製を買ったことがある
が,中心部の湿度の残り具合と外側の乾き方のバラン
スが素晴らしくてえも言われぬ美味さだった。
ストックホルムにいた時に随分と食べ物について考
えていたのは,食べることに今までに無いほどの親近
感を感じたからだと思う。食べ物は口から入ってき
て,消化された後に自分の体の一部になる。当たり前
の真理なのだけれど,
「自分の体の一部になる」とい
うことが殊更尊く感じられた。時差にして 時間,そ
して 万 千
を隔てても,食べ物を介することで
日本を思い返すことができた。ストックホルムで雪に
足を取られながら,「湯豆腐が食べたい」とか「住吉は
ぬる嫺にして」などと思い続けた日々を私は忘れな
い。
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《年次大会プログラム》
日本大学英文学会 2012 年度学術研究発表会・総会・懇親会
会長挨拶
総会
学術研究発表会
懇親会
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第 98 号
英文学会通信
《年次大会発表要旨》
Space, Place, Modernity: From
Canada to Beyond
Get 受動態の特性
―コーパスを利用した検証―
日本大学文理学部准教授 Myles Chilton
日本大学文理学部 ・ 経済学部講師 久井田 直之
英語の受動態は[
過去分詞]で表されるものが
一般的であるとされているが,大規模コーパスを調査
すると,[
過去分詞]で表す受動態の増加傾向が
顕著であることがわかる。
[
過去分詞]は動作主
体で,
のように好ましくない事柄
を表すことが多く,[
過去分詞]の形式の表現で
も,
のように,受動態と考えにくい
’
表現も存在することが指摘されている。
本発表では,大規模コーパスを用いて,[
過
去分詞]の受動態の言語使用領域の違いや英米差,ど
のような動詞の過去分詞が
と共起するのかを検証
し,
[
過去分詞]
の受動態の特性を明らかにする。
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思考の言語と伝達の言語 :
進化と変化の視点から
’
日本大学文理学部教授 保坂 道雄
現在言語学研究の新たな可能性として進化言語学が
注 目 を 集 め て い る。 今 年 月 に 京 都 大 学 で,
(言語進化の国際会議)第 回大会も開催され
た。生成文法,認知言語学,脳科学,生物学,コン
ピュータ・サイエンス等の研究者が力を合わせてこそ
可能な学際的な研究である。本発表では,こうした研
究に対して,歴史言語学の研究がどのような貢献が可
能であるかを,主に生成文法の視点から紹介し論じて
いきたい。特に,言語の内在化(思考のための言語)
と外在化(伝達のための言語)の違いを明確にし,今
後の言語研究のあり方について,再考を求めるもので
ある。具体的には,数量詞の作用域(
や
等
の語の意味解釈),素性の照合(数や格の一致に関す
る理論と形態的具現化の問題),文法化(内容語から
機能語への変化)の問題を取り上げ,言語理論研究に
おける外在化研究の重要性を主張していく。
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スタインベックにみる
自然主義的特質
―
『エデンの東』を中心に―
聖徳大学教授 深沢 俊雄
スタインベックは『怒りの葡萄』
で,社会の
醜い現実を抉り出し,虐げられた人間の中に最も美し
い人間のあり様を描き出した。これに対し『エデンの
東』
では,『怒りの葡萄』とは対照的な世界を描
き出そうとしたものと言えよう。この作品は,主人公
─ ─
2012 年 11 月
日本大学英文学会
アダム・トラスクの人間像によって代表されるよう
に,闘争的なものが寛容で穏やかな世界へと移行し,
スタインベックの新たな人間観を垣間見ることができ
る。南北戦争から第 次世界大戦に至るアメリカ社会
の変遷を背景にして,作者自身の家系であるハミルト
ン家の人々とトラスク家の人々の人間模様を交錯さ
せ,カリフォルニア州サリーナスを舞台に,旧約聖書
『創世記』のカインとアベルの物語を下敷きにしてい
ることは, The Wide World of John Steinbeck
の中
で,ピーター・リスカが「・・・・・・ このテーマの媒体
は,トラスク家の 世代を通して語られるカインとア
ベルの物語の再生である」と指摘していることから明
白である。
そこで,トラスク家の 世代の人々,アダムの父親
サイラスと弟のチャールズ,ヒーローのアダム ・ トラ
スクとヒロインのキャシー ・ エイムズ,および双子の
アロンとカレブ(キャル)を軸に,彼らを取巻く人々
の人間性と生き様を,自然主義的立場から探ってみた
い。ヘブライ語の
という概念によって象徴
される『エデンの東』を次のような観点,
《月例会関連》
●月例会報告
年度 月以降の月例会・特別講演は以下の通
り行われました。
アダムとチャールズの人間性と特質
アダム ・ トラスクとキャシーの人間性と特質
双子アーロンとカレブ
(キャル)の人間性と特質
について探る。
『エデンの東』に見られる自然主義の特質は,旧約
聖書のカインとアベルの物語を基調として,遺伝的特
質を持って生きる人間と自由意志を持って生きようと
思いながらも,自分の意志ではどうすることもできな
い狭間で生きる人間の姿を描き出したものと言えよう。
それ故,自由意志や遺伝的特質と非道徳性を持って
生きる人々は,サイラス ・ トラスク,チャールズ ・ ト
ラスク,キャシー・エイムズ,カレブである。一方,
自分の意志ではどうすることもできない運命におかれ
た人々は,道徳観と情愛豊かなアダム ・ トラスクやア
ロンである。
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6 月 研究発表・特別講演( 2012 年 6 月 23 日)
【研究発表】
[司 会]黒滝 真理子(法学部准教授)
[発表者]小澤 賢司(博士後期課程 年)
構文に関する一考察
【特別講演】
[司 会]吉良 文孝(文理学部教授)
[講演者]柏野 健次(大阪樟蔭女子大学名誉教授)
[演 題]英語語法研究から語法学研究へ
9 月 イギリス文学シンポジウム(2012年9月29日)
「
と現代」
[司 会]松山 博樹(文理学部講師)
[発題者]
ポストモダンにおける文学批評の位置と
板倉 亨(文理学部講師)
Richard III に見る時代精神
―中世・ルネサンス・近代・現代―
松山 博樹(文理学部講師)
『マクベス』と戦争 ―黒澤明『蜘蛛巣城』と
ポランスキー『マクベス』
亦部 美希(文理学部講師)
10 月 英語教育シンポジウム( 2012 年 10 月 20 日)
「これからの言語教育の可能性を探る:国際
関係学部における
の実践と展望を例に」
[司 会]杉本 宏昭(国際関係学部准教授)
[発題者]
大学英語教育の現状と言語教育の可能性
杉本 宏昭(国際関係学部准教授)
日本の高等教育機関における
の意味
長嶺 宏作(国際関係学部助教)
国際関係学部におけるフランス語教育の現状
と展望
橋本 由紀子(国際関係学部助教)
国際関係学部ドイツ語授業における
型
カリキュラムの実践
眞道 杉(国際関係学部助教)
日本の大学英語教育の展望
熊木 秀行(国際関係学部助教)
英文学会通信
●月例会予定
年 月以降の月例会の予定は以下の通りで
す。詳細が決まり次第,
と本学会ホームページ
でご案内いたします。
11 月 研究発表( 2012 年 11 月 17 日)
[司 会]當麻 一太郎(文理学部教授)
[発表者]
『緋文字』のプロトタイプ―「異化」された
ドイツ宗教改革のコンテクスト―
尼子 充久(博士後期課程 年)
主語の属性の責任と
構文
谷村 航(文理学部講師) 12 月 2012年度学術研究発表会・総会(2012年12月8日)
詳細は年次大会プログラムをご覧下さい。
1 月 研究発表( 2013 年 1 月 26 日)
[司 会]福島 昇(生産工学部教授)
[発表者]
伊藤佐智子(博士後期課程 年)
一條 祐哉(文理学部助教)
●研究発表者募集
当学会では,次年度の月例会・年次大会の発表者を
募集しています。申し込み希望者は,以下について事
務局までお知らせ下さい。なお,検討の結果,ご希望
に添えない場合がございます。
氏名
住所
電話番号
所属
発表希望年月
発表題目
要旨(日本語
字以内,英語
語以内)
第 98 号
●卒業された同窓会員の皆様へ
本学会の構成が同窓会員,研究会員,および学生会
員よりなっていることは,すでにご存じのことと思い
ます。これまで,英文学科入学時に学生会員としてご
入会頂き, 年間の会費(年額
円)を,また,卒
業時には同窓会員として1年間の会費(年額
円)
を前納して頂いております。日本大学英文学会会則に
より,会員は 年間会費未納の場合には,その資格を
喪失します。研究会員への移行を望む方,または引き
続き同窓会員を希望される方は,振り込み用紙などを
使って年会費をお支払い下さい。もし 年間を過ぎて
も会費が払われない場合は,その時点で自動的に退会
となります。
本学会では会員名簿を 年に一度改訂し,出来上が
り次第お送りしています。この会員名簿は英文学科卒
業生名簿としての役割もしていることにお気付きの方
も多いことでしょう。先に触れましたように,「英文
学会通信」や「会員名簿」につきましても,会員の資
格を失った場合には郵送されません。
しかしながら,英文学会では,全卒業生のその後の
消息を把握しておきたいと思います。そこで,住所変
更など,ぜひとも本学会ホームページ(
)や
(
),もしくは「〒
世
田谷区桜上水
日本大学文理学部英文学研究
室内 日本大学英文学会」宛てにご連絡下さるように
お願いいたします。送られてきました情報は,こちら
のコンピューターファイルに入れて,厳重に管理いた
します。
●会費納入のお願い
年 度 学 会 費( 研 究 会 員
円, 同 窓 会 員
円)を未納の方は,郵便振込で納入下さいます
ようお願いいたします。
口座番号:
加入者名:日本大学英文学会
● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
《事務局・研究室だより》
●研究図書の継承について
平成 年 月に退職された頼住憲一先生(元理工学
部准教授)より,学部生・大学院生の研究にぜひ役立
てていただきたいということで,これまで先生が研究
で使用された書籍をお譲りいただきました。中には今
ではなかなか手に入れることのできない貴重な書籍も
ございました。この場を借りて,頼住先生にお礼申し
上げます。
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2012 年 11 月
日本大学英文学会
『英文学論叢』第 62 巻 原稿募集について
日本大学英文学会機関誌『英文学論叢』第 巻(
年 月発行予定)の原稿を募集いたします。
投稿希望の方は『英文学論叢』第 巻(
年 月発行予定)巻末の投稿規定に従って下記にお送
り下さい。
締切日 年 月 日(月)
(必着)
宛 先 〒
東京都世田谷区桜上水
日本大学文理学部英文学研究室内 日本大学英文学会
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