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組織知能の心理的側面
栗原, 宏文
愛媛経済論集. vol.17, no.1, p.47-63
1997-09-25
http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/handle/iyokan/2063
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愛媛経済論集第ユ7巻 第1号(ユ997)
[研究ノート]
組織知能の心理的側面
栗 原 宏 文
も く じ
はじめに:組織知能とは何か
組織行動の精神分析
組織のリストラクチャリングと個人の意識変革
組織内コミュニケーションと心の内部のコミュニケーション
組織と感情
長期的善と短期的悪
ポジティブ/ネガティブ・フィードバック
演線的知能と直観的知能
個人の悪と集団の悪の関係
1 はじめに:組織知能とは何か
1990年頃,人工知能分野研究の本質的な限界を感じつつあった筆者は,その
頃開催された日本オペレーションズリサーチ(OR)学会の大会で元末工大学
長で当時産能大学長であられた松田武彦先生のぺ一ハーフェアセッションに出
る機会を得た。そこでの松田先生のテーマは「組織知能(Organizational
Intelligence)」であった。この耳慣れない新鮮な用語が松田先生と私との出会
いをもたらし,また数十年振りに研究活動へ復帰する機会ともなった。先生の
話によると,カーネギーメロン大での恩師ハーバート・サイモシ教授に「東工
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組織知能の心理的側面(粟原)
大学長を辞した後で,何をライフワークとしたら良いか?」と聞いたところ,
即座に「組織の知能に関する研究を」と勧められたそうである。
その後,先生が主査となっておられた「OR/MSとシステムマネジメント」
というOR学会の一研究部会に入会して「組織の知能」のことを勉強すること
になった。先生は日頃から研究部会の後でお酒が入ると我々仲間に「若い頃,
海軍士官だった時,12月8日のその日は,欧米への積年の遺恨が晴らせる,と
小躍りして喜んだことが忘れられない」と繰り返し話していました。また「そ
の海軍が何故破れたのか?」ということが組織の問題への関心を忘れないもの
にしたと言っていました。
私も,当時勤めていた会社の内部の色々な組織問題に直面していたので,研
究部会から学べたことは少なくなかったし,その頃から「組織の知能」という
テーマを意識して関連する話題を整理し始めた。そしてそれを1991年4月ユ3日
に研究部会で発表した。そのテーマがこの表題にもある「組織知能の心理的側
面」である。発表は論文という形式ではなく,問題提起のために7つの問題意
識を紹介したものであった。この内容はその後,主としてその形式故に,出版
物にする機会を得なかったが,私にとっては,文系のぺ一パーを発表する機会
ともなった記念すべきものなので,今回はその時の発表に用いたレジメを整理
して,今後の研究のための資料として残したいと思う。またこの際,多少の加
筆を試みた。
2 組織行動の精神分析
[問題意識11 個人と組織は時に精神分裂的(矛盾的/非合理的/または
囚われた)行動をとる。 組織の行動分析にも精神分析的接近が必要/有効で
はなかろうか?
・例えば岸田秀(和光大)の「日本近代の精神分析」 : 岸田秀によると
「フロイド理論は何よりもまず社会心理学 集団心理は個人心理と同じ方法論
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愛媛経済論集第ユ7巻 第ユ号(ユ997)
で解明できるとの立場 例えば,日本国民はペリー来航以来,(中国,インド
などとは異なり)自己同」性を喪失して(屈従する外的自己と抵抗する内的自
己との二重構造をもち)精神分裂という高い代価を払った(精神的側面から言
えば,日本の方がはるかにひどく侵略され,独立を失っていた) 尊王穣夷/
皇国史観はまさしく自己中心的誇大妄想体系,幼児期への退行 吉田松陰,西
南の役も同じ 和魂洋才は外面と内面との使い分けという防衛機制 屈辱感の
投影は朝鮮に 対米英宣戦布告はまさしく精神分裂病の発病 開戦と緒戦の勝
利は自己を実現した歓びの興奮 日本軍の現実感覚の不全/柔軟性の欠如は分
裂病的自閉症 戦後の平和主義,国連重視など態度の逆転もアンビバレンス(両
価性)の逆の面 経済成長後の国際社会の一員としての自主性の欠如も,単に
分裂症の病前期または寛解期?」(ものぐさ精神分析ユ977青土社p.7−40)
その他にアルザス/フランス/日本の精神構造(分裂)の類似性の分析(岸田
秀読売新聞1990年頃)もある(アルザスは独仏の狭間の故に,フランスは独
による占領を契機とした分裂症)。
・「共同幻想(集団幻想)」について(国家論史的唯幻論の試み)
同じく岸田秀によると「文化は,矛盾する二つの要請を同時に満たすものでな
くてはならない 」つは,曲がりなりにも現実の自己保存または種族保存を保
証する形式を提供するものでなくてはならない もう一つは,できるだけ各人
の私的幻想を吸収し,共同化し,それに満足を与えるものでなくてはならない
(共同幻想もしくは集団幻想) 共同幻想は,それを信じている集団の観点か
らは万古不易の普遍的真理であり,一つの普遍的真理は,それと矛盾する他の
普遍的真理の存在を許さない」(ものぐさ精神分析p.42∼69)
・土居健郎の「表と裏」 : 土居健郎によると.「日本人の基本的行動様式
アンビバレンス(両価性)をさばくのに有効 建前は背後に合意する集団の存
在が暗示され,本音は建前の背後で持っている思惑 両者は補完的 建前は本
音を正当化する 建前と本音の区別は,本人に自覚されているとは限らない
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社会が分裂すると自我も分裂する 自己が分裂していると,矛盾が矛盾と感ぜ
ず,何が本当で何が嘘か分からなくなり,容易に宣伝に乗せられる 秘密は精
神に不可欠 何が一番大事かを.見分けられる能力は「ゆとり」から」(表と裏
1985弘文社)
・小田晋の「精神歴史学(サイコヒストリー)」 : 小田晋によると「歴
史の転換点や社会の激動期には,人問の心の片隅に隠れていた狂気が露出する
権力と狂気にはもともと親和性があり,独裁型の政治家が幅を利かし,その意
志決定が多くの人々の運命を左右する サダム・フセインは死なばもろとも症
候群に陥っている ヒトラーも同じ 織田信長とも似ている粘着気質または類
テンカン性格 自分が宇宙の中心にいるという自我肥大感を持ちやすい 自分
の都合のために他人を利用し,他人の苦痛に無関心で自責の念がなく,疑り深
い 権力者になるような人は妄想症的な素質がある 情報の洪水に見舞われや
すい 適正規模を越えると妄想分裂病的になる そこで秘書や側近の壁が必要
になる 絶対権力は絶対的に腐敗する」(日経2/16/91)
・「服従の心理」 : 「企業という集団の申では,権威に従うことを個人
の価値体系に組み込んでいる こうして内面化された価値による服従の極端な
例が,ナチによるユダヤ人の大量殺薮であった 企業では「内向き,上向き,
後ろ向き」の仕事をするタイプほど命令に服従しやすい」(Mobil Nippon
ユ991−2.3)
・「無法松の一生」は2度切られた : 「戦前は内務省の検閲(陸軍将校
の未亡人に恋慕とは,ということ)で,戦後は占領軍によって(封建時代の賛
美と看傲され)大幅に(ネガを)カットされた まさに歴史は繰り返す 現在
は検閲制度もなければ検閲官もいない しかし,私達は本当に自由か? 検閲
官はいなくとも,自己検閲という,より始末におえぬ検閲官に,身を縛られて
しまっていないか?」(白井佳夫 日経3/28/91)
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3 組織のリスートラクチャリングと個人の意識変革
[問題意識2] 組織めリストラクチャリングと偶人の意識変革(金子郁容
によると「状況対応的枠組み変容に止まらず,短期的には効率性を失うが今ま
での仕方を棄却し,常に自己否定を要求される,変化のパターンの変化という
困難なプロセス」)には共通の問題点/プロセス/方法がなかろうか?
・ミンスキーの「投資原理」,「例外原理」,「発達理論」と「失敗からの学習」
ミンスキーによると「投資原理」とは「技能は学習するほど,’それを使う
方法を身につける 新しい考えはこれらの蓄積された技能群と競合する 従っ
て,沢山の違った方法を蓄積せず,少数の方法の精密化に努力する傾向がある
近視眼的な行動,柔軟性の無さの原因」(心の社会p.219) 「例外原理」と
は「既に確立された技能を,例外を取り入れるために変えてしまうのは割に合
わない,という考え方 何かの基盤を作り上げれば作り上げるほど,その基盤
を変化させたときのリスクが大きい システムの成長停止,硬直化の原因」
(p.ユ89) 「発達理論」に関しては「心の成長は,滑らかな連続的なもので
はなく,独立した幾つかの段階が必要 システムの変革には進化というよりむ
しろ革命が必要」(p.283) 「失敗からの学習」に関しては「思考の方法を
本質的に変えるにはある程度の苦痛は不可避」(p.137)としている。 これ
らのことは個人にも組織にも十分当てはまりそうである。
・マーチとサイモンの「組織における革新理論」 : マーチとサイモンに
よると「契機は「必要度」と「機会の存在」に依存 進行は「締切時間の切迫
度」と「目的の明確性」によって決まる 革新的活動は「計画に関するグレシャ
ムの法則(悪貨は良貨を駆逐する)」によって排除されがちなので,通常,革
新が必要とされるときはそのために新しい組織が作られる」(ユ958)
一5ユー
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・「学習とエネルギーのフィードバック」 : 「パラダイム転換をもたら
すダブル・グループ学習(学習の仕方の学習 忘却 再枠付け 学習のメタレ
ベルの変更 目的の変更)には,(成功の喜び及び期待がきっかけとなって顕
在化する,持続性を持ったポジティブエネルギーに対して)矛.盾や不均衡,危
機に直面したときに生じるネガティブエネルギーの瞬発性が必一要」(伊丹,加
護野)
4 組織内コミュニケーションと心の内部のコミュニケーション
[問題意識3] 組織内コミュニケーションと「心の社会」内部でのコミュ
ニケーションの類似性 コミュニケーションの可能性とその限界を探る
ミンスキーの「心の社会」仮説 : ミンスキーによると「意識下の工一
ジェントの使い方は分かるが,どう働くかは分からぬ」(心の社会p.ユ5) 「心
の中の二つの工一ジェントは殆どコミュニケートできない 共通の知識と経験
に基づいてコミュニケートを過大評価している」(p.86) 「脳の内部には色々
な違った心からなる社会がある 心だちが形作っている厳しい境界を越えるこ
とは思っている以上に難しい」(p.475) これらのことは組織の各機能の使
い方は分かるが,具体的にどう働く.かは知らぬことなど組織にも良く当てはま
る。 個人と組織に共通するコミュニケーションの不統合一性か。
・「絶縁のメカニズム」と分散的インタラクションの相補性 1 同じくミ
ンスキーによると「複雑な社会が実際に働くには,インタラクトしている部分
は十分少なくなければならない」(心の社会p.526) これを具体的に説明し
た例として知人との次のようなやり取りを紹介したい。
(知人>>)[中継者をはさむと,かえってうまく情報が伝わることがあるコ
江戸時代,直訴は御法度でした。階層的なチャネルを経ないと,猫も杓子も,
自分に都合のいいことを訴えて,真実も嘘も同様に信用できないメッセージと
一52山
愛媛経済論集第ユ7巻 第ユ号(ユ997)
していっしょくたになってしまいます。そこで,ときどき申請を無視するノイ
ジーな中継者をはさむと,かえってうまく情報が伝わるようになることがある
ようです。この話しはメカニズムデザイン論を応用した情報伝達システム設計
についてのあるゲーム理論家の論文に出ていました。
(>〉知人へ)[六義士の碑:すごくコストの掛かったコミュニケーション]
確か,ミンスキーの心の社会にも,コミュ・ネットワークの密度は高すぎると
機能しないとかの話があったようです。ただ,機能するかどうかの判断には判
断する側の価値観が影響しているので,体制派と非体制派とでは,真っ向から
対立するでしょうね。毎朝,大森駅まで歩く途中に,6人の義士を弔う碑があ
ります。悪代官のことを幕府に直訴して,願いは聞き届けられたようですが,
打ち首になったそうです。すごくコストの掛かったコミュニケーションと言え
るかも知れませんね。(電子メール2ノエ4/95)
・「異文化コミュニケニション」 : 「個人が持つ異文化センシティビティ
の発達には,パラダイムの分水界がある この分水界を越えるには,経験,覚
醒,訓練が必要 異文化センシティビティ発達の六段階説(自己文化中心的な
否定,防衛,差異の最小化段階から,見方と哲学の革新によりパラダイムの分
水界を越え,文化相対的な受容,適応,統合段階へ) 米国は最小化段階を中
心に分布,日本は防衛段階を中心に分布している」
「日本のコミュニケーションシステムは内向き型(外部の参加を制限し,内
部の秩序/知覚リアリティを守る) 情報の内容もさることながら情報源や情
報の伝達プロセスが重視される 過去からの人間関係を重視 微妙な表現/気
配りの重視 河合隼雄のいう中空構造の均衡を生む背景 日本は高コンテキス
ト文化 ことばの意味が多くコンテキストの中にあり,またコンテキストから
自明のことは表現されない」
「異文化インタフェースの例は,個人間,組織内,組織問,国家間に存在す
る」
(以上,考え方・やり方の国際化林吉郎/青山大 日経2/16−21/90)
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・分散協調的コミュニケーション : 「心が大局的であるためにはその分
散協調方略の構造には高い柔軟性が必要 多くは学習機能でカバーできるが,
それでも不足の部分をカバーしているのが意識という心の制御機構(ただし意
識作用は逐次的)」
「現代の文明社会も,身体や心(脳)と同じく,可変的な状況の中で(「生
き延び」などの)課題を果たすために,非常に複雑な分散協調方略を採用して
いる しかし,身体や心(脳)と違ってまだ長期の進化の選択過程を経ていな
い 地球的ネットワーク社会が持つ潜在的な可能性には(既に脳で証明済みな
様に)爆発的なものがある」
(以上,戸田正直,人問における分散と協調1990.ユ2.5 人工知能学会 AI
シンポ)
・裸の王様生む側近政治 : 「チャイニーズ・レストラン症候群(料理が
悪いと運んできた廷臣の首を切り落とす) 外部からのチェックが届きにくい
日本企業のトップ経営者には,特に陥りやすいワナ 情報の質は受信者のセン
スによる 情報というのは優れて人臭いもの トップの情報断絶は閉鎖的な企
業風土に起因する根深い問題」(日経産3/26/9ユ)
・「国内的鎖国と国際的鎖国」 」: 丸山真男(日本の思想,1961岩波新書
から関連するものを抜粋し付け加えた)によると「私のいう組織のタコツボ化
はクローズド・ソサイエティという言葉で言いかえてもいいと思うが,ただ日
本の場合に注意しなければならないことは,現在の日本全体としては必ずしも
クローズド・ソサイエティではない,それどころか日本全体としては,八方破
れで,世界中に向かって開かれている そこで日本の国内の集団がタコツボ化
して,それぞれのタコツボ化した集団がインターナショナルには外に向かって
開かれているということになる つまり日本自身はクローズド・ソサイエティ
のように横に等質的なコミュニケーションがなくて,かえってそれぞれの集団
がそれぞれのルートで,外のインターナショナルなルートとつながっている,
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という非常に奇妙な状況が見られる そういうところですからいわゆるナショ
ナル・インタレストというものが,はっきりした一つのイメージを国民の間に
結ばないのは当然でありまして・政界・財界・文化界いずれを早ても・各集団
相互間にはコミュニケーションがなくて,かえって,それぞれの生一トの国際
的なコミュニケーションがあるという奇妙な事態が生じている」(p.141)
「マス・コミュニケーションの申のディス・コミュニケーション」
同じく丸山真男によると「日本のコミュニケーションの構造というものは
ちょっと複雑で,マス・コミュニケーションのまっただ中におけるディス・コ
ミュニケーション,つまりコミュニケーションの無さですね,こういう逆説的
な構造を持っているように思われる マス・コミュニケーションというもの
が,一方において巨大な力をふるうと同時に,おのおのの集合体がそれぞれの
言語をもち,その間での自主的なコミュニケーションが甚だ乏しい,したがっ
てこうしたディス・コミュニケーションとマス・コミュニケーションとが矛盾
しないで,両方が同時に高度になり,互いに因果をなして強めあうという結果
になる タコツボ間をマス・コミュニケーションがつなぐと申しましたけれど
も,」それは文字通りタコツボの間に作用するだけで1タコツボの中に浸透し;
その相互間の言語の閉鎖性を打破する役割はあまり演じません」(日本の思想
P.ユ46)
・組織の力という通念の盲点 : 同じく丸山真男によると「その組織なら
組織の中で通用している言葉なり,外部の状況についてのイメージなりが,組
織の外でどれだけ通用するかということについての反省が欠けがちになる そ
こから組織内で通用している言葉を組織の外でその有効性をためしていくとい
う現実が忘れられ,単に組織対未組織という問題,あるいは単にそれはまだ組
織外の人が「真理」に到達していないんだとレ「う問題に帰着させられる」(日
本の思想p.147)
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5 組織と感情
[問題意識4] 感情は個人だけの問題ではなさそう,組織にも必要な機能
か?
ミンスキーの「感情論」 : ミンスキーによると「痛みと喜びなど感情
はものの見方を単純にする」(心の社会p.36) 「選好は他の抑制を伴う」
(p.133) 「思考と感情は絡みあっている 感情は長期的な計画実行のため
の防衛機構が急を要する目標間の争いに対して引き起こす反応 感情を持たず
に知能を持てるか?」(p.250) 「価値や目標を次世代に受け継ぐために感
情という人間関係が利用される」(p.252) 「緊急事態への対処には交叉的
排除(抑制)メカニズムによるなだれ現象とそれを抑制するネガティブ・フィー
ドバック(コミュニティの常識,法律,宗教,哲学)が必要」(p.258) 「感
情の働きを理解するには,感情の系統発生的な歴史と個体発生的な歴史の両方
から」(p.459) 「人問の心の中の「喜ぶ」という機能には,そこから抜け
出せなくならないように,飽き等チェック&バランス機構が備わっている」
(P.88)
・感情は状況適合的行動選択に深い関係 : 「人間に協調を可能にしてい
るのには感情という適応システムが大きな役割を果たしている 感情の申に
「競争原理」がある これがないと集団も生き伸びれない 感情は小集団(死
ぬと悲しむ範囲)用の適応システムに過ぎない 地球社会では制御機構が崩壊
している」(戸田正直,人間における分散と協調ユ990.ユ2.5 人工知能学会
AIシンポ)
・群衆と感情 : 「(群衆と権力(エリアス・カネッテイユ960)によると)
群衆はそれ自身,一つの(人を食べて生きる,形のはっきりしない)生き物
目標が未達成な限りは存在しつづける 個々人の独自性や名前や社会的地位は
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消え,この生き物を構成する均一な部分となる 感情はとりわけ強烈で,その
土台は兄弟愛 密な群衆の中では,稀に見る一体感のうちに,いっさいの接触
や衝突の恐怖は消え去る」(ライアル・ワトソン,アースワークスユ989筑摩p.
90)
・「感情」の役割は「合理的」行動の抑帝■」 : 人工社会論を研究している
知人の次のような記事を参考のために追加してみた。
(知人>>)フランク『オデッゼウスの鎖」(サイエンス社) ゲーム論の
文献によく引用される本ですが,なかなかおもしろかったので,紹介しておき
ます テーマは,人間の脳になぜ「感情」という機能があるのか,.という問題
です。論理的な思考力が自然淘汰において有利であることは理解できますが,
感情は一見,何の役にも立たないように見え,しかもしばしば感情的な衝動は
合理的な判断を打ち負かします。これはなぜなのか?というわけです。 答は
単純で,要するに合理的な行動によって生じる囚人のジレンマ的な問題をコ
ミットメントによって解決するための手段が感情である,という話です。もし
も人間が理一性しか持っていなければ,互いに相手を裏切りあって滅亡してし
まったであろう。たとえば部族同士の戦争で個人が自己の利益を最大化してバ
ラバラに行動するような部族はすぐに消滅してしまう。利他的な人が好かれて
エゴイストがきらわれ,また自分で他人を裏切るのにも気がとがめるのは,社
会的に非効率な「合理的」行動を抑制するために「感情」という装置が遺伝的
にインプットされているからである というわけです。(電子メールlO/8
/95)
6 長期的善と短期的悪
臓題意識5] 長期的善のために短期的悪を忍べるか?
「人間界には イ 短期的にも長期的にも善,口 短期的にも長期的にも
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組織知能の心理的側面(栗原)
悪,ハ 短期的に悪で長期的に善,二 短期的に善で長期的に悪,という四種
類のものがある イ は問題がない 口 は誰もしない ハ は“今は辛いけ
れども,未来の善のために我慢しよう”という合理的説得が通用する 一番始
末の悪いのは 二 で,環境問題はまさしくこれに当たる(ハ と 二 は同
じことの両面ともいえる) そうだとすれば,短期的な悪を民衆に自発的に忍
ばせる政治的リーダーシップか,それを強制する強大な政治権力かが必要 と
ころがその時々の民衆の欲望を政治に反映させるデモクラシー,需要のあるも
のは競って開発する資本主義,そして自国のエゴに反することは拒否しうる国
家主権原則が,短期的な悪を忍ぶことをほとんど不可能にしている」(長尾龍
一から米本昌平への往復書簡6/23/89読売)
・5で既に紹介したミンスキーの「感情論」の中の「感情は長期的な計画実
行のための防衛機構が急を要する目標間の争いに対して引き起こす反応」とい
うことも関連ありそうだし,(プロセス制御の分野で制御困難な典型例の)逆
応答的環境の学習/モデル作成/操作適応の困難性(逆応答はフィードバック
利かせにくい)ごとや心理学でいう (ストレス)耐性とも関連がありそうであ
る。
7 ポジティブ/ネガティブ・フィードバック
[問題意識6] ゲームの基本はポジティブ/ネガティブ・フィードバック
「内向と外向」 : 「分業制度の中では,各個人の優越機能のみが重ん
じられる(外向的文化) それは集団にとってはプラスだが,個性にとっては
マイナス 大切にされるのは人間ではなく,分化した一機能が集合価値を表わ
す(個一性の抑圧 内向的一性格のものには信じられない暴虐) 二つの態度は偶
然に分布している普遍的な心理現象 有機体の二つの適応様式(外交型と防衛
型) 現代の英雄は落ちこぼれの中から 文化人類学者が幅をきかす時代 自
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愛媛経済論集第ユ7巻 第ユ号(ユ997)
分とは何か」(秋山さと子,ユングの性格分析1988講談社)
・外向き進歩的社会と内向き停滞社会 :分散協調の基本的方略の一つに
ポジティブ・フィードバック/不安定性とネガティブ・フィードバック/安定
性のバランスがある マルクス主義/資本主義など西欧的外向き進歩的社会は
前者を,禅/儒教/仏教/ヒンズーなど内向き停滞社会は後者を選択したのだ
ろうか?
・普遍と特化 : 「文明は普遍/存続/過去指向的なものと特化/進化/
未来指向的なものの二つの間を揺れ動く 古典ギリシャ・ローマは普遍を目指
し,欧米と日本を含むアジアの一部は途中で特化の方向へ偏向し,今また普遍
の方向を模索している」(公文俊平のハイパーネットワーク社会論)
・5で既に紹介したミンスキーの「感情論」の中の「緊急事態への対処には
交叉的排除(抑制)メカニズムによるなだれ現象とそれを抑制するネガティブ・
フィードバック(コミュニティの常識,法律,宗教,哲学)が必要」の他に「科
学や芸術や道徳もイメージを静めたり,喜ばせたりする努力から」(p.292)
も関連ありそう。
・3で既に紹介した「学習とエネルギーのフィードバック」も関連ありそう。
8 演繹的知能と直観的知能
[問題意識7] 合理的/演線的知能に対する非合理的/直観的知能の再評
・「合理性信仰/科学的精神という麻薬/性癖」 : 人工知能批判者,ド
レイファスによると「米国のマネジメントは分析的思考と量的分析に頼り過ぎ
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組織知能の心理的側面(栗原)
た トップ・マネジメントの転職が一般化している業種は,抽象的な規則に基
づく経営の弊害が現われている DCFは現実のビジネス経験より規則を重視
し近視眼的かつ保守的な傾向を持つ 長期的戦略計画より状況に対応するプロ
セス/姿勢(経営理念)を ビジネススクール/事例研究は状況依存性が問題
数学的モデルの限界は,エキスパートがモデル構築のためビギナーのレベルに
まで後退を余儀無くさせられること 日本人は直観を(合理化することなしに)
大切にし(直観を信じる文化的伝統),意見の対立は状況についての解釈の対
立となる」(ドレイファス,純粋人工知能批判ユ987アスキー)
・状況への対応能力 : マニュアルは状況に対応しない インテリジェン
スはマニュアルでは発揮できない 「逆境の経験」に裏打ちされて始めて状況
への対応能力が養われる
決断の条件 : ギリギリの状態に追い込まれてこそ人間は,はじめてこ
の世というものを理解できる こういうとき「理性」とか「善」は無力(会田
雄次,決断の条件1975新潮社)
9 個人の悪と集団の悪の関係
以下はM・スコット・ペックの著作「平気でうそをつく人たち:虚偽と邪
悪の心理学!996.12草思社」の第5章「集団の悪について」から関連するもの
を抜粋し付け加えた。
・個人の悪と集団の悪の関係 : 人間の集団の行動は人間の個人のそれに
きわめて似たかたちをとるもの ただ,集団の行動は,個人め行動にくらべて,
想像以上に原始的かつ未成熟なレベルにある(p.262) その原因のひとつと
してあげられるのが「専門化」という問題である 専門化は,さまざまなメカ
ニズムによって,集団の未成熟性やその潜在的悪を助長するものである そう
一60一
愛媛経済論集第17巻 第1号(ユ997)
したメカニズムのひとつは「良心の分散化」である(p.263) 集団のなかの
個人の役割が専門化しているときには,つねに,個人の道徳的責任が集団の他
の部分に転嫁される可能性があり,また,転嫁されがちである そうしたかた
ちで個人が自分の良心を捨て去るだけでなく,集団全体の良心が分散,希釈化
され,良心が存在しないも同然の状態となる いかなる集団といえども,不可
避的に,良心を欠いた邪悪なものになる可能性を持っているものであり,結局
は,個々の人間が,それそれ自分の属している集団(組織)全体の行動に直接
責任を持つ時代が来るのを待つ以外に道はない われわれはまた,そうした段
階に到達する道を歩みはじめてすらいない(p.264)
隠ぺいという集団の大きな虚偽 : 隠ぺいというのは集団の大きな虚偽
である うそというのは悪の症候のひとつであると同時にその原因のひとつで
ある つまり,悪の花であると同時に悪の根ともなっているものである すべ
てのうそがそうであるように,隠ぺいの第一の動機となるのは恐怖である(p.
265)
・組織は長期のストレスによって退行する : 不快な状況に長期間置かれ
ている人間は,当然のことながら,ほぼ不可避的に退行を示すものである 心
理的成長が逆行し,成熟性が放棄される 急激に幼児化し,より未開の状態に
逆もどりする 人間という有機体組織は長期のストレスに反応して退行する傾
向がある(p.268) ストレスにたいする人間の反応として,退行のほかにも
うひとつ,「防衛」と呼ばれるメカニズムがあげられる われわれには,自分
の情動的感覚があまりにも苦痛または不快なものとなったときに,「自分自身
をまひさせる能力」がある これは進化の過程を経てわれわれのなかに組み込
まれたメカニズムであり,われわれの生存能力を高めてくれる しかし,この
自己まひのメカニズムがあまり選択的なものとは思えない 自分の苦しみにた
いして無感覚になっていれば,他人の苦しみにたいしても無感覚になりがちで
ある 侮辱的な扱いを受けつづけていれば,自分自身の尊厳にたいする感覚を
一61一
組織知能の心理的側面(栗原)
失うだけでなく,他人の尊厳にたいする感覚をも失ってしまう(p.269) ナ
ルシシズムというのは,通常は,人間がそこから抜け出して成熟する前の段階
邪悪性というのは一種の未成熟の状態 未成熟な人間は成熟した人間より悪に
走りやすい(p.270) 人問の偉大さを計る尺度のひとつが「苦しみに耐える
能力」(P.27ユ)
・集団環境のなかでの退行 : 人問は,ストレスを受けたときに退行する
だけでなく,集団環境のなかにおいても退行を見せるものである この退行の
ひとつの現われとして,リーダーにたいする依存心という事象がある リー
ダーにたいする心理的依存が情動的退行を引き起こす(p.272)
・集団凝集力 : 集団ナルシシズムは,その最も単純かつ最も心地よいか
たちとして,集団のプライドというかたちで表出される 現実に広く見られる
集団ナルシシズムのかたちが,「敵をつくる」こと,すなわち「外集団」にた
いして憎しみを抱くことである 集団凝集性を強化する最善の方法が,外部の
敵にたいする憎しみを助長すること 外集団の欠点や「罪」に関心を向けるこ
とによって,グループ内の欠陥は容易に,なんらの痛みも感じることなく看過
される(p.275)
・邪悪な行動に走りやすい集団 : 邪悪な個人は,自分の欠陥に光を当て
るすべての物あるいは人問を非難し,抹殺しようとすることによって内省や罪
の意識を逃れようとする 同様に集団の場合にも,当然,これと同じ悪性のナ
ルシシズムに支配された行動が生じる 物事に失敗した集団が最も邪悪な行動
に走りやすい 邪悪な人間は自己批判に耐えることができない 邪悪な人間が
なんらかのかたちで攻撃的になるのは,自分が失敗したときである これは集
団にもあてはまる(p.275)
・悪を選択する自由
悪とは人間の自由意志に必然的に伴う共存物であ
一62一
愛媛経済論集第ユ7巻 第ユ号(1997)
り,人間特有の選択力にたいしてわれわれ人間が支払う代価である 選択する
力がそなわっているからこそ,われわれ人間は,賢明な選択または愚かな選択,
正しい選択または間違った選択を行い,あるいは善または「悪を選択する自由」
を持っているのである(p.301)
・悪の根源は怠惰とナルシシズム : あらゆる人間の悪の根源が怠惰とナ
ルシシズムにある 集団のなかの個人は自分の倫理的判断力を指導者に奪われ
がちになるが,われわれはこうしたことに抵抗しなければならない,というこ
とを子供たちに教えるべきである 自分に怠惰なところはないか,ナルシシズ
ムはないかと絶えず自省し,それによって自己浄化を行うことが人間一人ひと
りの責任だということを,子供たちが学ぶようにするべきである この個人の
浄化は,個々の人問の魂の救済のために必要なだけでなく,世界の救済にも必
要なものである(p.3/0)
山63一