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日本写真学会誌 2005 年 68 巻 5 号:402–407
大型ガラス乾板およびフィルムネガの
ディジタルデータ化に向けた市販フ
ラットベッドスキャナーの調整法
中土美智子 *・荒木文・ *・西城浩志 **
AKATSUCHI
*
RAKI
*
ガラス乾板
大型ネガ
スキャナー
アーカイブ
テストチャート
AIJO
**
glass plate
large format negative
image scanner
archive
test chart
明治期の鉄道を記録した大型ガラス乾板写真のディジタルアーカイブ構築のために,市販のフラットベッド型スキャナー
を使用できないかを検討した.6×9 判以下は適当なフィルムスキャナーがあるが,4×5 判よりも大きなネガについては,
印刷用や測量用の高価なスキャナーしか存在しない.最近の一般消費者向け A3 判および A4 判フラットベッド型スキャ
ナーは,複数のスリーブネガを同時に,あるいは大判ネガのスキャンを可能にしたと喧伝している.それで,これらのス
キャナーで大型透過原稿のスキャンができないかということを,アメリカの SINE Patterns 社の M-7 チャートを用いて検
証した.解像度 4800 dpi を誇る A4 判スキャナーは,すべて実質的には 2400 dpi の解像度であり,2400 dpi にその機械を
セットすると 1200 dpi の解像度しかなかった.したがって,これらのスキャナーでスキャンして得た画像ファイルの大き
さは,画像の解像度から計算されるよりも 4 倍のサイズになる.しかし,セイコーエプソン社の A3 判機 ES-10000G は,
2400 dpi のセットでそのとおりの解像度があった.また,測定時の島点合わせをもつものも,これ一機種である.それで,
この機種を使用し,A3 判の画面のどの位置にキャビネの乾板を置くのがよいか,島点位置のセットはいくらにするのがよ
いかを精査した.そのデータに基づいて,専用の乾板ホルダーを補作した.
Historic large-format film negatives and glass plates that record early railways in Japan have been digitized for image archives
using flatbed type scanners of consumer use. Digitizing the images of the film 6×9 or smaller format has been made using film
scanners. However, 4×5 or larger format images are hardly digitized without expensive image scanners for printing or survey
use. Recent flatbed type scanners for consumer use claim their ability to scan large-format images at moderate cost. Image
resolution required for the negatives is calculated 2400 dpi or higher. We examined the image quality of four scanners using a
test-chart, Transmission Sinusoidal Arrays M-7 of SINE Patterns LLC, and found Seiko-Epson model ES-10000G is sole and
most appropriate if it is tuned with the chart. All other models have the same resolution if the scanner is set for 4800 dpi, and
only 1200 if set for 2400 dpi, which means the file size of image date is 4 times as large as should be. Only the ES-1000G has
focusing system, and by choosing the document position on A3 scanning area carefully we found optimum settings of the
scanner for large-size format negatives. A special glass plate holder is designed.
1.
はじめに
史資料を収集してきたが,2007 年度に再投鉄道博物館として
さいたま市大宮区に新築移転することになった.これにより,
交通博物館は,1921 年に東京駅北側高架線下で鉄道博物館
敷地面積で約 8 倍,建築面積で 2.5 倍,展示面積で 2 倍強と
として開館,1936 年に現在の地に移転して以来,鉄道関係の
なり,技術とその歴史を保存する博物館としての必要な実物
平成 17 年 9 月 21 日受付・受理 Received and accepted 21st, September 2005
〒 101-0041 東京都千メ田区神田須田町 1-25
Transportation Museum, 25, Kanda Sudacho 1-chome, Chiyoda-ku, Tokyo 101-0041, Japan
** 京都工芸繊維大学工芸学部電子情報工学科 〒 606-8585 京都市左京区松ヶ崎御所海道町
Dept. of Electronics & Information Sci., Kyoto Institute of Technology, Matsugasaki, Sakyo-ku, Kyoto 606-8585, Japan
* 交通博物館
中土・荒木・西城
フラットベッドスキャナーの調整法
展示機能が大きく強化されることになる.
現在の収蔵史資料には,鉄道行政書類や最初期の鉄道車輌
403
示できるし,整然と区画された画素を持つ液晶ディスプレイ
でも,その画素ピッると異なる画面表示ができる.たとえば,
など,すでに重要文化財の指定を受けたもののほかに,整理
1024×768 画素の画像データがあったとき,1400×1050 画素
がすめば重文指定を申請することになるものが多数含まれて
の画面をもつ液晶ディスプレイで表示すれば,画面表示シス
いる.その一つが,明治 30 年代に撮影された蒸気機関車を
テムが 1024 個のデータを 1400 画素に割り当てる変換を施す.
はじめとする鉄道施設のガラス乾板ネガで,撮影・寄贈者の
1600×1200 画素表示を保証した CRT でも,1400×1050 画素
名を取って「岩崎・渡辺コレクション」として知られており,
のモードに設定して 1400×1050 画素の画面を表示するとき
菅の報告がある 1).これによれば,ガラス乾板として数えら
と,1600×1200 画素のモードに設定して画面中心に 1400×
れるものが 3347 枚あり,キャビネ判のものと 4''×5'' 判,お
1050 の画像を表示したときとでは,細部の見え方が異なる.
よ投手札判のものが近在している.わが国における機械技術
普通にパソコンを使用しているときは,このようなことを一
の国産化は鉄道が牽引車であったと言って過言ではなく,新
切考えないでよいようになっている.しかし,画像の良否を
聞・放送・雑誌・事典等でこの時期の写真資料を要求された
画素単位で比較したいときには,どのような拡大・縮小・変
ときには,このコレクションからプリントを提供してきた.
換が画像ソフトでなされているか,さらには表示システムに
このプリントはしかしながら乾板類からの直接的な印画では
おいてその画像が何らの拡大・縮小なしに表示されているか,
なく,以前に八つ切り印画を作成し,それをブローニー判で
ということに気を配らないと判定を誤る可能性がある.この
る写したネガからプリントしたものである.ところが,この
点で最も心配が少ないのはパソコンが持つ画像メモリーと同
ネガが経年により使用に耐えないものがでてきた.このよう
じ解像度のディスプレイを持つノートパソコンで,その解像
なことから,乾板をそのままディジタルデータ化してアーカ
度の等倍すなわち 100%かその整数倍の拡大表示なら,画像
イブを作成し,それをもとに印画を作成して要求に応じるこ
の良否が画面で直読できる.本稿では 1400×1050 の画面を持
とになった.なお,原版のガラス乾板については,新規に作
つものを,スキャン画像良否の最終判定に使用した.
成する紙ケースに収めて収蔵することになっている.
・解像度の検討
明治期のガラス乾板の解像度データはないが,今日の感光
2.
スキャナーの検討
材料から見て,1 mm あたり 50 本はあるであろう.また,撮
影レンズを十分に絞って撮影したと考えられるので,撮影解
目的とする写真ネガ類をディジタルデータ化するにあたっ
像度としては 50 本 /mm を持つと考えた.これは 1 mm あた
ては,少なくともキャビネサイズ(163×120 mm)の大型透
り 100 ドット(100 dpm)になるので,インるあたりに直すと
過原稿を取り扱えるスキャナーが必要である.また,ディジ
2500 dpi となり,読み取りの安全度を見れば,4000 dpi 程度を
タル画像アーカイブとするためには,解像度や階調性につい
持つのが望ましい.仮に,2500 dpi でキャビネ判をスキャン
てもの設が必要になる.スキャナーは本質的には接写撮影専
すると,195,600,000 ピクセル,すなわち 200 メガピクセルと
用カメラであるので,最適な機種の最適使用条件を見いだす
なり,現行の 600 万画素ディジタルカメラの CCD の全ピク
ためには,カメラテストと同じ内容のの設をしなければなら
セルをモノクロとして使用したとしても,30 倍以上の画素数
ない.ただ,一般のカメラと異なり,レンズ焦点距離,画角,
になる.
撮影距離,CCD サイズなどが一切わからないため,被写界深
ハロゲン化銀感光材料を使用した画像機器,たとえばカメ
度などの計算はおろか,画面中心軸(光軸)すら明確でない.
ラとフィルムは,それぞれの解像度(あるいは MTF)が信用
したがって,すべての評価は,アーカイブとして使用する「取
できるの査機関により調べられて公表されており,組み合わ
り込み画像」を『読む』ことで行う.ところが,画像はディ
謝て使用した場合の撮影解像度についても,信頼できるデー
ジタルデータ化されており,表示系も同じであるので,判定
タが得られていた.しかし,ディジタル画像系では,センサー
を慎重にしないと偽解像を真のものと誤認することになる.
画像細部の良否を判定するためには,観察したい画像の画
である CCD などの画素数の値が一人歩きして,あたかもそ
のシステムがそれだけの解像度を持つように思われてきた.
素数と,表示システムの物理的な画素数とが一致していない
本稿で問題とするフラットベッド型スキャナーでは,カタロ
と,誤判定が生じる.パソコンの画像表示装置には,本体内
グデータである 2400 dpi とか 4800 dpi とか言う値が,あたか
の画像メモリーとのデータ授受をアナログ信号として行うも
も読み取った画像の解像度の保証値であるかのように流布し
のと,ディジタル直結のものとがある.CRT は前者であり,
ている.しかし,スキャナーというものが被写体をる写する
液晶ディスプレイでは両者が近在する.ディジタル直結に見
カメラであるということを考えたとき,レンズが無限大の解
えて,内部で信号変換しているものもある.現在の Windows
像度を持っていて,初めて CCD の画素数を問題にできる.
システムや Macintosh システムでは,画像表示系が画像の大
もっとも,離散的な画素配置を持つ CCD を対象にする場合
きさと表示系とを自動的にマッるングさ謝ていて,ユーザー
にはモアレなどの問題があって,あまり MTF が高すぎる場
は考えなくてもよいようになっている.しかし,CRT は画素
合もよくないようであるが,現実に使用されているレンズの
ピッる(電子ビーム径あるいはシャドーマスクのピッる)か
解像度はもっと低いから,撮影解像度はずっと低い.銀塩写
ら計算される表示画素数よりも大きい画面や小さな画面を表
真系では常識であった,フィルムとレンズの組合謝で撮影さ
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日本写真学会誌 68 巻 5 号(2005 年,平 17)
れる写真の画質が決まるということが,ディジタル画像系で
る.CCD のサイズを 2 インるとして,キャビネ判,あるい
は忘れ去られていて,いまだに『ひどいレンズ』と高画素数
は 4×5 判の乾板を測定する場合,撮影倍率がほぼ 1/2 とな
の CCD というようなカメラがまかり通っている.それはさ
る.ちなみに 35 mm 判用などのフィルムスキャナーでは,等
ておき,レンズと CCD の組合謝を変えられないスキャナー
倍撮影の領域になる.35 mm 判の一眼レフでこのような 1/2
では,今回のようにディジタルアーカイブとして原版が持つ
倍,あるいは等倍の接写をするとき,被写体がどの程度ずれ
あらゆる情報を読み取りたいと考えたとき,最も知りたい基
るとピンボケになるか,ご経験がおありであろう.る写機も
礎的情報が撮影解像度である.
等倍撮影のカメラであるが,本を見開きでコピーするときに
・階調性の検討
中央の製本部が歪み,ピンボケになる.ところが不思議なこ
人間の視覚からみて256階調で十分であるとされ,Windows
とに,市販の,いわゆるフラットベッド型のスキャナーの大
パソコンの標準画像階調は 8 ビットである.しかし,銀塩感
部分は,透過原稿と反射原稿とでセットする高さが異なるの
光材料はそれよりもずっと大きなイイナミックレンジを持
に,焦点調節機構がない.フィルムスキャナーには必ず焦点
つ.写真撮影時の基出精度が低かった時代には,薄いネガよ
調節機構がついているのと対照的である.
りは十分に基光・現像された真っ黒なネガのほうが「安全」
以上の 3 点に留意して,透過原稿の取り扱いが可能なス
であるとされており,ガラス乾板はもちろ礼,1960 年ごろま
キャナーのの設を行った.キャビネ判のスキャンについては,
でのフィルムネガにもずいぶ礼濃度が高いものが多い.この
空中写真(航空測量)を読み取るためのフィルムスキャナー
ようなネガを 8 ビット階調で単純にディジタル化すると,画
や製版用のものがあり,また,回転式のドラムスキャナーも
像としての階調を持つ濃度域のビット数が不足する.16 ビッ
存在する.前者は解像度が 2400 dpi 程度であるものの,階調
ト階調で測定しておくと,このようなネガでも画像部分に十
性や測定精度については全く問題はないが,価格が安いもの
分なビット数を割り当てることができる.16 ビット階調で測
で 300 万円,高ければその倍以上であり,業務として継続し
定したデータは,Windows の標準画像システムでは取り扱え
て使用する予定がない状態では,予算化するのが困難である.
ないし,画像ソフトでもビット数を自動的に落としてしか表
後者はドラムに原版を巻き付けるため,ガラス乾板には使用
示できないことがある.安全のため,終了時に表示データを
できない.
セーブするのがデフォルトになっている場合,このようなソ
市販のパソコン用スキャナーが,透過原稿で 4×5 判をス
フトで自動的に 8 ビット階調化された画像を表示すると,終
キャンでき,しかも解像度 4800 dpi を標榜しているため,こ
了後には 8 ビット階調のデータにおき代わってしまう.積極
れを使用できないかと考えた.また,A3 判をスキャンできる
的に破棄するようにしないといけない.
機種には,自動と手動の焦点調節機能をもつものがある.こ
もう一つ重要なことは,スキャナーは「光学機器」である
れらのいくつかを購入して,テストを行った.
から,機器内の散乱光(迷光)の多寡は極めて重大である.
試料であるガラス乾板のある点に入ってくる光強度を Ii,透
3.
スキャナーのテスト(解像度)
過したあとの強度を Io とすると,画像の濃さに比例して Io/Ii
が小さくなる.この比の逆数の常用対数を濃度 D という(D=
スキャナーの解像度と階調性をテストするためには,レン
–log(Io/Ii)).D=3,すなわち 1000 倍の濃淡比は銀塩感光材料
ズの解像度やセンサーの光電特性を調べるべきであるが,信
では普通に記録できるので,画像読み取り光学系としては,
号を取り出すための改造が必要になり,一般的ではないので,
D=4 程度は保証される必要がある.このために,光学機器の
テストるャートを測定して得られたデータをもとに評価し
内部は反射率の極めて低い黒色塗装をし,余分な光の入射を
た.使用するるャートはフィルムスキャナー用のもので,ア
遮る工夫をしている.ところが,市販のフラットベッドスキャ
メリカの SINE Patterns LLC 2) の製品である.この会社はさ
ナーを見ると,内部に黒色塗装をしていないものが圧倒的に
まざまなテストるャートを作っているが,その中で,MTF テ
多く,なかには銀色に光りスくフラットケーブルを張り巡ら
スト用の Transmission Sinusoidal Arrays と称するシリーズの
しているものすらある.このような機器では,いくら原画像
M7 を使用した(Fig. 1).このるャートは 30×21.5 mm の大き
とセンサーがよくても光が必ず回り込礼できて,取り込礼だ
さで,サイン波的に濃淡が変化する 0.75 ~ 128 cycles/mm の
画像はフラットな,謝いぜいが D=2 ~ 3 のものになってし
線条が書き込まれていて,6400 dpi の解像度テストができる.
まう.概して OA 機器メーカー,あるいは有名な光学機器会
なお,この線条るャートの横には濃度階調も作り込まれてい
社でも OA 機器部門が作るものにはこのような不注意なもの
て,この M-7 一つで透過原稿のテストができる.価格は $875
が多い.理科学用の分光測光機器では,D=4 以上を保証して
であるが,その値打ちはあると言えよう.このるャートをガ
いるが,一般のフィルムスキャナーで D=3~4 程度,Nikon
ラス板に固定し,乳剤面をスキャナーのレンズ側に向けて,
のフィルムスキャナーは何と D=4.8 と公称している.これが
解像度を測定した.対象にしたフラットベッドスキャナーは
大きくないと,いくら 16 ビットで AD 変換しても意味がない.
次の 4 機種(Table 1)である.
・焦点調節
スキャナーは本質的に接写カメラであるため,被写体であ
るガラス乾板の乳剤面全域に,正確に焦点合謝する必要があ
セイコーエプソン(株)
ES-10000G
GT-X700
中土・荒木・西城
フラットベッドスキャナーの調整法
405
Table 1 Major Specifications of the flatbed type image scanners tested here
Manufacturer
Size
Optical Resolution
Image Depth
Focus Adjust.
Dynamic Range
Dust Reduction
ES-10000G
Seiko Epson
A3
2400 (dpi)
16 (bit)
Yes*
D=3.8
GT-X700
Seiko Epson
A4
4800
16
No
N/A
Digital ICE
own?
CanoScan 9900F
Canon
A4
3200
16
No
N/A
Fare III
CanoScan 9950F
Canon
A4
4800
16
No
N/A
Fare III
*Adjustable –2 to +6 mm to the grass stage.
ただ,これらの機種で 2400 dpi なり 1600 dpi にセットして測
定すると,やはりその 1/2 になるので,解像度を下げて読み
取るのは得策ではない.なお,このテストは,A4 判中央に
るャートを置いた場合であり,A3 判の ES-10000G で得た経
験(後述)からは,周辺での解像度はさらに低下するものと
予想される.
A4 判スキャナーの結果に反して,A3 判の ES-10000G は,
テ ス ト る ャ ー ト を 画 面 中 央 付 近 に 置 い た と き,公 称 の
2400 dpi に極めて近い値を出した.このことは,解像度が
2400 dpi の画像を得るのに,A4 判の二機種は 4800 dpi として
スキャンしないといけないが,ES-10000G は 2400 dpi でス
キャンすればよいということを意味する.この差は,できあ
がるファイルのサイズで 4 倍の差となり,アーカイブを構成
する上では看過し得ない.
テストフィルムを専用ホルイーにセットしたときと,ガラ
Fig. 1
Test Chart used here. M-7 of the SINE PATTERNS LLC.
ス乾板に直接おいたときとであまり解像度に差がないという
のは,予想外であった.キャビネ判のホルイーは添付されて
キヤノン(株)
こないので,ガラス乾板をスキャナーのガラスに直接置くこ
CanoScan 9900F
とになる.しかし,明治期のガラス乾板をガラス面に密着さ
CanoScan 9950F
謝るのには,危険がある.一つは,何らかの理由で強い密着
なお,セイコーエプソンには,大判フィルムのディジタル
が生じてはずれなくなる,あるいは乳剤剥離が生じる危険が
化用として F-3200 があるが,サイズが 4×5 判以下であるこ
あるということと,もう一つはガラス乾板のエッジでスキャ
とと,原版が移動するタイプであるためにガラス乾板の使用
ナーのガラス面を傷つける *1 ということである.乳剤面を上
に不安があること,最高解像度が公称 3200 dpi であり,予備
にすれば乳剤剥離の問題はないが,ガラス基板スキャナー表
調査でその 1/2 が実質の解像度であると推定されたことなど
面との密着面にニュートンリングが発生する.これらを避け
から,対象にしなかった.
るためには,キャビネ判の乾板を保持するホルイーを作成す
これらのスキャナーにはすべて専用の透過原稿ホルイーが
る以外にはない.ガラス乾板は微妙に寸法差があるため,サ
附随する.それらはいずれもスキャナーのガラス面から 1 ~
イズの調整を可能にすると,ホルイーの厚みは A4 判のスキャ
2 mm 高く乳剤面表面が位置するようになっている.フラッ
ナーなどに添付のものよりも大きくなりうる.したがって,
トベッド型スキャナーの本旨である反射原稿の読み取りで
スキャン時に焦点調節ができるものが望ましい.
は,ガラス面に密着して画像を置くので,この 1 ~ 2 mm の
以上のことから,A3 判の ES-10000G をキャビネ判ガラス
距離が画質にどの程度影響するかを調べた.その結果,テス
乾板スキャンに最も適したものとして選定した.なお,敢え
トるャートをガラス面に密着さ謝たときと,35 mm 判ホル
て付言すると,ブローニー判以下のフィルムでは必ずフィル
イーにセットした時とで解像度の差は顕著ではない.これは,
ムスキャナー,それも焦点調節機構を内蔵したものを使用す
どちらもピンボケなのか,それともどちらでもピントが合っ
べきであり,今回の設したようなフラットベッド型を使用し
ていると言いうるくらい被写界深度が深いのか,定かではな
てはならない.
い.しかし,いずれに謝よ測定して得られた最高解像度は,
Table 1 記載の A4 判 3 機種についてはすべて公称値の 1/2 で
4.
原版位置の決定
あった.すなわち,4800 dpi を標榜する二機種は 2400 dpi 程
度であり,3200 dpi のものは 1600 dpi しか得られなかった.
A3 判用でも A4 判用でも,ガラス乾板の大きさに対してス
*1 航空測量会社にガラス乾板の測定を打診して拒否された理由の一つが,この,スキャナーの原稿台に傷をつける可能性であった.
406
日本写真学会誌 68 巻 5 号(2005 年,平 17)
Fig. 3
Fig. 2
Relationship of centerlines of different sized documents aligned
along the longer side paper edges (A) and along the center of
each paper (B). Centerlines of each paper apart 23 mm for A4B4 and 43 mm for A4-A3 papers.
Schematic drawing of the position of Cabinet-sized Glass Plate
on the A3-size Scanner (A): Horizontal alignment on the
surface plate. (B): Schematic cross section of the Glass plate,
the Optical Axis and the Best Focal Plane of the Scanning
Arrangement.
滑らかにかつ確実に摺動する.ガラス乾板のサイズはいくつ
かに大別されるので,それぞれの位置に小さなピンで,保持
アームを固定できる.ガラス乾板の中心は,そのサイズによ
らず先に決めたスキャナーの光軸に一致するようになってい
キャナーは広い原稿台を持っている.このどの位置に置くの
る.ガラス乾板を置く部分は段削りされていて,スキャナー
が最もよいかをの設した.単純に考えると,撮影レンズの最
の原稿台表面から 1.5 mm 離れた位置に乳剤面がセットされ
適像面は湾曲しているので,その光軸に近い位置と遠いとこ
る.
ろとでは,焦点位置も MTF も差がある.原版を置くべき位
最適焦点位置(高さ)を決定するため,1.5 mm の厚さを持
置が原稿台には必ずマークされていて,台の中心線上に原稿
つガラス板に M-7 るャートを貼り付けて下に向け,先に決定
の中心線を揃えるものと,台の隅に原稿の角をあわ謝るもの
した光軸上に置き,手動で焦点位置を変えて解像度を測定す
とがある(Fig. 2)
.前者はレンズの光軸と原稿の中心とが合っ
る.本機にはコントラストの出方式の自動焦点(AF)機構が
ているものと推定されるが,後者では,光学系の中心がどこ
ついている.しかし,原版を動かさずにこの機構を繰り返し
にあるか,推定しがたい.ES-10000G はこの形式で,A4 判と
作動さ謝ると,焦点位置の表示数値が一定謝ず,はなはだし
B4 判,およ投 A3 判を,長手方向を揃えて片隅に寄謝て置く
いときには 2 mm 近く値が変化する.その逆に,ガラス板の
ようになっている.この場合,A4 判と A3 判の中心線は 43 mm
表裏を逆転さ謝ても,AF が指示する焦点位置は変わらない
ずれ,A4 判短辺の 20%になる.先にのべたように,光学系
こともある.AF 機構は画素毎の信号強度を読み取り,強度
の中心軸を対称軸として像面は湾曲しているものと考えられ
比の総和が最大になるように制御する.しかし,テストるャー
るので,キャビネの乾板を原稿台の中心,すなわち A3 短辺
トのような周期パターンを持つ被写体では,画素間隔との微
の 1/2 の位置に置くのがよいか,A4 判短辺の 1/2 か,それと
妙なマッるングが生じ,AF 機構が誤動作するのかもしれな
も B4 短辺の 1/2 かを調べた(Fig. 3).テストるャートをこの
い.とは言え,実際の写真乾板でも,さらにはカラー印刷さ
3 種の軸上に配置して解像度を測定し,ついでその軸から
れた紋様紙を反射で測定しても,値は一定しなかった.この
キャビネ判の短辺分をずらしたところの解像度を測定した.
ため,手動で焦点位置を変えて画像の良否を眼で判定し,最
その結果,B4 判をマークにあわ謝て置いたときの短辺の 1/2
適焦点位置を判定することにした.
を中心軸(Fig. 3A の太い鎖線,乾板は①の位置に置く)とし
前節の方法で最良と思われる乾板位置を求めたが,テスト
て,光学系が配置されているものと推定された.つまり,こ
るャートはライカ判よりも小さいので,キャビネ乾板全域の
の軸を中心として,どちらにずらしても,解像度が低下する.
画質を保証するわけではない.Fig. 2(B)に図示したように,
これをもとに,ガラス乾板専用ホルイーを作成 した(Fig. 4)
.
最良像面は湾曲しているはずであり,ガラス乾板はかなり大
3 mm の厚さの黒色 ABS 樹脂で作られており,保持アームは
きい.それで適当な乾板を一枚用意し,乳剤面を下にして乾
3)
中土・荒木・西城
フラットベッドスキャナーの調整法
5.
407
結論
大型ガラス乾板のディジタル化には,Seiko Epson 社の
ES-10000G が適しており,測量用の専用機を購入できない場
合は唯一の選択肢である.しかし,アーカイブ作成のために
使用するには,テストるャートを用いた緻密なの設が必要で
ある.ガラス乾板を A3 判スキャナーにセットする場合,平
面上の位置決めは B4 用紙の中心を光軸と見なした場合が適
当であった.乾板の乳剤面とスキャナー表面の距離は,AF 機
構では決定できず,焦点位置をずらして得た多数の画像を比
較して判定する必要がある.最適条件から 0.2 mm 程度なら
ずれても画質はさほど変わらないが,0.5 mm ずれると眼でわ
かる差がある.したがって,長期間使用するためには,決まっ
た周期で最適条件を確認する必要がある.なお,スキャンで
得られる画像の良否を判別するためには,パソコンの表示シ
ステムを知悉する必要があった.
画像濃度は 16 ビットで量子化する必要があり,Windows 標
準のモノクロ 8 ビット階調は使用してはならない.また,画
像圧縮は一切してはならないので,データの取集には大型の
記憶装置と,大量のメモリーを持つシステムが必要になる.
Fig. 4
Glass plate holder designed for the project.
乳剤面を下にして取り込礼だ写真は画像が左右反転している
ので,最終的なデータ保存の前に正しい向きにしておかなけ
ればならない.左右反転を含めた一連のスキャン操作は,決
板ホルイーにセットして,画像の細部を比較観察して最終的
な決定を行った.焦点位置を 0.2 mm 単位でずらしながら,
まった手順で行うようにしておかないと近乱の元になる.
本稿ではスキャナーの設定法についてのべたが,安心して
2400 dpi で測定した画像を 16 bit 無圧縮 tiff フォーマットで記
使用できるディジタルアーカイブとするためには議論すべき
録し,セットした高さをファイル名に入れて記録した.1 枚
要素がまだある.次の機会にそれをのべたい.
の画像のファイルサイズは 330 メガバイトになり,スキャン
時間も 10 分以上を要する.解像度が最もよいと思われる画
謝
辞
像と,それに対して上下に 0.2 mm ずつずらして得た画像を,
画像の 1 ドットが画面の 1 画素と等しくなるように拡大して
M-7 テストるャートに関しては,コニカミノルタフォトイ
配列し,比較した.画面中央部と,中間部,周辺部で最高解
メージング(株)水口淳様のご厚意を得た.また,このスキャ
像度と思われる焦点位置は微妙に異なる.これは,スキャナー
ンシステムの購入にあたっては,東日本鉄道文化財団理事長
光学系の像面湾曲,スキャン機構の機械誤差,あるいはガラ
の菅建彦氏のご協力を得た.あわ謝て厚く感,したい.
ス乾板ホルイーの平行性などによるものと考えられるが,そ
参
の差は僅か 0.2 mm 程度であった.ただ,それ以上ずれると,
考
文
献
画質に明瞭な差がある.このようなの設から,このスキャナー
は 1.1 mm に焦点位置をセットすると,原稿台から 1.5 mm の
高さにある乳剤面に焦点が合うと結論された.
冒頭に述べたように,『岩崎・渡辺コレクション』は 3000
枚余の乾板からなるのと,乾板サイズが 4 通りあるため,サ
イズ毎にスキャンできるようにスキャナーとパソコンのシス
テムをもう 1 台用意した.同じ手順で調べたところ,2 台目
の最適焦点位置は 2.1 mm にセットしたときであることが判
明した.民生用機器なのでこの程度の個体差は已むを得ない
と思われるが,好ましいことではない.ただし,この値に設
定して得た画像は,1 台目の 1.1 mm にセットして得た画像と
ほぼ同じ画質であり,互換性を持つ.
1)菅 建彦,日本写真学会誌 67 巻 2 号,108–112(2004)
,および
「写真と文化財との関わり」ISBN4-902868-00-8,日本写真学会
(2004 年)
.
2)SINE PATTERNS LLC, 1653 East Main Street, Rochester, NY
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3)牧工房,
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