植物の低リン適応戦略の解明

植物の低リン適応戦略の解明
和崎 淳(広島大学大学院生物圏科学研究科)
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低リン条件からのリン吸収能力の高いルーピンから根分泌性酸性ホスファターゼ遺伝子を単離・解
析し、土壌中に使われずに残っている有機態リンの獲得に本酵素が大きく貢献することを示した。体
内のリンのリサイクル利用能力の高いイネの代謝変動を遺伝子発現から調査し、炭素化合物の有効利
用によるリンのリサイクル機構が顕著に発達していることと、新規に単離した OsPI1 遺伝子がこの機
構に重要な役割を果たすことを示した。
はじめに
リンは肥料三大要素の一つであり、生体内で重要な役割を担う。ところが、土壌溶液中のリン酸濃
度は植物の細胞内のリン酸濃度と比べて約千分の一程度と極めて低い上に、土壌中では無機態リンが
難溶性塩を生じて固定されやすく、移動性も低い。こうした理由から、植物は低リン条件に陥りやす
いため、適応するためにいくつかの戦略を発達させてきた。
植物の低リン適応戦略は大きく次の2つに分けられる。まず、土壌に存在するリンの効率的な吸収
が挙げられる。この戦略には、有機酸や酸性ホスファターゼ(APase)など根からの分泌物が大きく貢献
する。有機酸は難溶性塩を形成する金属イオンをキレート化し、APase は有機態リンを分解し、それ
ぞれ無機リン酸を放出する。これらの分泌物質による適応能力は、作物の中ではルーピン(Lupinus albus
L.)に特徴的である。2つ目の重要な戦略には、体内のリンの有効利用がある。体内の有機態リンの分
解や、古い器官から新しい葉への再転流などがこれにあたる。イネ(Oryza sativa L.)は、体内のリンを
有効利用することによって低リンに適応する典型的な作物の一つである。
リン酸質肥料の原料となるリン鉱石資源は、数十年以内に涸渇する恐れが懸念される。この状況下
で食料生産を持続的に行なっていくためには、生産量や質を低下させることなく、施肥量を減らすた
めの方策が必要である。本研究は、典型的な戦略で適応しているルーピンとイネをモデル的な材料と
して低リン適応戦略を解明し、最終的にはこの適応能力を活用することによって持続的な食料生産に
つなげることを目的として実施した。
マメ科植物ルーピンの低リン適応戦略
低リン条件でもよく生育することができるマメ科のルーピンは、APase を根から多量に分泌し、有
機態リン酸化合物からリン酸を遊離して吸収獲得する能力を持つ。この酵素は基質特異性が低く、幅
広い温度や pH の範囲に対する耐性があり、25℃の土壌溶液中での半減期も 14 日と長い酵素である。
まず、
根圏土壌中で作用するために有利な特性をもつ本酵素をコードするcDNA の単離を試みた結果、
サイトウ由来 APase の cDNA と相同性の高い LASAP1 および LASAP2 を低リン条件で水耕栽培したル
ーピン根から単離した 1,2,4)。このうち、LASAP2 が分泌されて根圏の有機態リン酸化合物からリン酸を
遊離させて根に供給する分泌性 APase であることを明らかにした 4,5)。一方の LASAP1 は、低リン条件
で発現が誘導されるが構成的に発現しており、細胞膜または細胞壁に局在して根の表面に到達した有
機態リン酸を分解する APase であると考えられた 5)。LASAP2 の mRNA とタンパク質の発現量の経時
変化と免疫蛍光染色の結果から、リン欠乏によって根で
特異的に分泌性 APase の発現が誘導され、続いて酵素タ
ンパク質の合成量が増加し、合成後直ちに分泌されるこ
とが明らかになった 1,3,5)。
ルーピンは低リン条件下で生育する場合に、試験管ブ
ラシのような特徴的な形状を持つクラスター根を発達さ
せる(図1)
。クラスター根は表面積を増やすのみならず、
図 1 リン欠乏条件でルーピンが形成
したクラスター根.バーは 1 cm を示す
分泌物の量を増やすことによってリンの獲得能を全般的
に高める可能性が考えられた。そこで、クラスター根の発達と APase 分泌能力との関係を調査した。
ルーピン体内のリン濃度が低下した後に LASAP2 の発現とクラスター根の形成が顕著に高まり、
LASAP2 の mRNA 発現と培地中に分泌された APase の活性がクラスター根で顕著に誘導されたことか
ら、有機態リンからのリン獲得においてクラスター根が重要な働きを担うことが示された 5)。さらに、
蛍光物質を用いた活性染色により、ルーピンのクラスター根では表皮細胞と根毛に極めて高い APase
活性を有することを示した 11)。根端でも強い APase 活性が認められたことから、クラスター根の役割
は難利用性のリンからリンを獲得するために作用する物質の分泌が活発な根端の数を増やすことにも
あると考えられた 11)。
CaMV35S プロモーターの制御下にLASAP2 cDNA を組み込んで、
タバコ過剰発現株(L2)を作成した。
可溶性のフィチン酸を培地に与えて栽培した場合、L2 は野生株(WT)よりも生育ならびにリン吸収量
が有意に向上した 12)。L2 株をリン肥沃度の低い土壌で栽培した場合にも、WT と比較して生育とリン
吸収量の向上が認められた 12)。根圏土壌における APase 活性は WT と L2 の間で大きく異ならないも
のの、L2 株で有機態リン由来のリンの吸収が高かった 12)。このことから、実際に土壌中で作用するた
めには、LASAP2 がもつ安定性や低い Km 値といった性質が効果的であることが示された 12)。
イネの低リン適応戦略
体内のリンの有効利用能力が高いイネを低リン条件下で栽培し、地上部と根部を試料としてトラン
スクリプトーム解析を、根部を試料としてプロテオーム解析を実施した
6,9,10)
。その結果、低リン条件
で生育するイネ根においては解糖系が促進されるものの、クエン酸回路には大きな変化は認められな
かったことから、地上部からの光合成産物の転流が抑制されることに対応した炭素源の有効利用を図
ることが低リン培地に対する適応機構の一つであることを示した 6,10)。低リン条件で生育するイネ地上
部においては、デンプン合成系が促進されるなど炭素代謝に関係したリンの利用量の抑制が認められ
た 9)。双方の部位に共通した適応戦略として、有機態リンの有効利用に関わる APase やリボヌクレア
ーゼの発現誘導などの代謝変化が認められた 6,9)。
また、
このトランスクリプトーム解析において低リン条件で発現量が最も顕著に増加した遺伝子は、
いずれの部位においても機能未知遺伝子であった 6,9)。そこで、この遺伝子を単離し、塩基配列を決定
して OsPI1 (Oryza sativa phosphate-limitation inducible gene 1)と命名した 7)。OsPI1 遺伝子は 375 bp から
なっており、タンパク質をコードしない non-coding RNA として機能することが示唆された 7)。また、
in situ hybridization の結果、若い維管束や中心柱で強く発現することを示した。リン欠乏処理後 4 時間
以内という短期での発現誘導が認められたことから、OsPI1 は低リン適応応答の初期に関わる遺伝子
であることが示された 7)。OsPI1 は低リン応答性の機能未知遺伝子群 TPSI1/Mt4 family に共通な 22 塩
基の配列を有しているとともに、その発現の特徴やイントロンがないなどの遺伝子構造の特徴も類似
することから、このフ
ァミリーに属すもの
と判断された 7)。OsPI1
の RNAi ノックダウン
株 ospi1-2 を作成して
栽培試験を実施した。
ospi1-2 では体内のリ
ンの移動が抑制され、
これに伴って低リン
条件下での生育の低
下が生じた。以上の結
果より、OsPI1 はイネ
の体内におけるリン
のリサイクル機構に
重要な役割を果たし
ていることを明らか
図2 ルーピンとイネの低リン適応戦略のまとめ
にした。
まとめ
本研究では低リン適応戦略のうち、体外からの獲得に関してルーピンをモデルとして、体内の有効
利用に関してイネをモデルとして解明を進めた。その概要を、図2の模式図にまとめた。ルーピンで
は、体内のリン含有率が低下すると有機酸分泌などのメカニズムと合わせてクラスター根の形成と
APase の発現が顕著に誘導され、根圏からのリン獲得能力を高めていることが明らかとなった。低リ
ン条件で生育するイネでは、体内のリンの有効利用に関わる様々な代謝変化が起きて低リン含有率耐
性がもたらされ、その機作の中で OsPI1 遺伝子が重要な役割を担っていることが示された。今後はこ
れらの適応戦略を低リン耐性の弱い植物に活用する方策が必要となる。
外部からのリンの獲得においては、本研究で実施した APase の過剰発現だけでは効果が限定される
可能性が考えられた。より効果的に土壌中の有機態リンの利用を図るためには、低リン酸誘導性の有
機酸トランスポーターなどによる難溶性塩を形成する有機態リンの可溶化のメカニズムを同時に発揮
させることを考慮する必要があろう。
体内のリンの有効利用に関しては、
OsPI1 と他の TPSI1/Mt4 family で役割が異なることが指摘される
などの植物種間による違いが存在する上、分子制御機構が詳細でない部分も残されている。今後は、
リン酸欠乏を感知し、体内リンの有効利用による戦略を駆動する分子機構についてさらに基礎的な調
査を進め、そのメカニズムを活用することが重要となるだろう。
土壌中には植物と相互作用する微生物も豊富に存在している。特にリンの動態を巡っては、多量の
有機酸の分泌や菌根菌との共生などの要因が大きく影響すると考えられる。これまでの研究の中で、
ルーピンの根圏には多数のフィチン酸分解細菌が存在し、これらの細菌がリンの要求性に基づいて根
圏と根面での棲み分けがなされていることも示唆された 8)。今後は、植物-微生物相互作用も考慮した
上で、限りあるリン資源の有効活用を目指して研究を実施していきたい。
謝辞
日本農学進歩賞の受賞にあたっては、日本土壌肥料学会から推薦を賜りました。日本土壌肥料学会
の大山卓爾会長、南條正巳副会長をはじめ、関係の先生方に衷心より感謝申し上げます。
本研究の主要な部分は北海道大学において実施しました。北海道大学大学院農学研究院の大崎満教
授には、本研究の推進にあたり全面的なご理解と多大なるご支援を頂戴し、素晴らしい研究環境を与
えて頂きました。北海道大学の但野利秋名誉教授には、本研究の重要な部分についてご指導頂くとと
もに、研究と教育の大切さを教えて頂きました。北海道大学創成科学共同研究機構の信濃卓郎准教授
(現・北海道農業研究センター)には、研究の推進の他、Hohenheim 大学(ドイツ)との共同研究の
きっかけを頂くなどさまざまな面でお世話になりました。Hohenheim 大学の Ellen Kandeler 教授には共
同研究者として暖かく迎えて頂き、有益な助言をしばしば頂戴しました。北海道大学創成科学共同研
究機構、同農学部の作物栄養学研究室および関連研究室に所属された諸先生方、先輩、同輩、後輩の
皆様とはこれまでの研究をともに進めて来ました。皆様の暖かいご支援、ご指導の賜物であると心か
ら感謝しています。最後に、私の研究活動を常に支えてくれた妻と家族に最大の謝意を表します。
引用文献
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Study on strategies of plants grown under low phosphate conditions
Jun Wasaki (Graduate School of Biosphere Science, Hiroshima University)
[email protected]