田舎の血行を良くするために ●TPPなどの国際的な経済圏への参加を求める 1 はじめに − 迫る“農業開国 ” − 世論の高まりを受け、農業保護の見直しや、農地 活用の促進など、改めて農業のあり方が問われ ている。 ●大規模化一辺倒では限界があるため、関連産業 との連携による産業化を目指す「6次産業化」が 最近叫ばれているが、 具体的な考え方や進め方が 整理されておらず、補助金頼みで自立的な産業化 にはほど遠いのが現状。 ●これまで農村の主要産業は、財政支出や補助金 2 動脈硬化に苦しむ農村 3 規模拡大の限界と6次産業化 4 6次産業化への道筋 5 資金を生む6次産業化の事例 (1)テーマパーク型(仲間づくり) (2)ファンド型(仕掛けづくり) への依存度がやや高かったが、 「6次産業化」 (3) PFI型(公共資産の活用) (4)坂本龍馬型(異業種提携) は公的な資金依存から脱却して資金的な自立を (5) B級グルメ型(専門料理店) (6)共同アンテナ型(共同出店) 前提とするものでなければ長続きしない。 (7)品質保証型(ブランド力) ●「6次産業化」は、本来農業者や農村にあった 加工、流通、観光、教育などの機能を取り戻す取 組であり、農業者主導で進めることでより魅力が 6“ 農 ”と言える日本へ (1) TPP参加と食料確保 (2)キューバやEUに学ぶ 出せる。 ●TPP参加による農業・農村への打撃を回避す 7 おわりに るには、個人・法人を問わず、生活や業務の中で できる支援を、 日本の誇りにかけて総力戦で行う 必要がある。 一方、 TPPへの参加により、海外から安い産物が流入 することで農林水産業が壊滅しかねないとして、 特に農業 関係者から危惧する声が強い。 しかしながら、 日本の産業 注1 環太平洋経済連携協定(TPP )への参加を求める声 構造や主要国の動向を考えれば、 TPPに参加しないという が高まってきた。アメリカ、 オーストラリア、 カナダ、 ベトナム、 マ 選択はやや旗色が悪い。既に、政府は関係国との協議を レーシア、 シンガポールなど、 既に参加表明している国々に日 開始し、 各種世論調査では賛成派が反対派を上回っている。 本が加われば、 TPPはEUを上回る巨大経済圏となる (図 TPPへの参加は規定路線化しつつあり、 参加への備えに 表1、 2)。低迷する経済、 不安定な政局、 円高と産業空洞化、 焦点が移りつつある。 人口・市場の縮小に悩むわが国再生の起爆剤として、 期待 (注2) の挽 妥結期限としており、 時間的余裕はあまりない。 “農業開国” 回、 威圧的な中国、 ロシアへの牽制、 米国との関係強化といっ を求める声が高まる中で、農産物の安全性や安定供給を た様々な効果も期待されている。 どう確保するのか。あるいは、 農地や農村の多面的な機能 が高まっている。例えば、 FTA、 EPAの交渉遅れ 03 TPPの議論を主導するアメリカは、2011年11月を交渉 (国土・環境保全、 物質循環、 雇用・コミュニティ維持等) を どう保全するのか。これらはもはや農業や農村にとどまらず、 国民全体の課題であろう。 本稿では、 これらの難題を解く1つの方向性として、6次 農村部で雇用を支える建設業、 役場、 農業は、 財政支出 産業化(注3)に着目した。そして、TPPという黒船に立ち向 や補助金への依存度が高く、 国家財政の厳しさを反映して かうには経済的な自立が不可欠との思いから、特に資金 いずれも資金的に厳しい。その厳しさは、 雇用吸収力の減 面にスポットを当てた。 “農業開国”に負けない農業・農村 少に表れている (図表3、 4)。地方公務員は1994年を、 建設 のあり方を考えるヒントとなれば幸いだ。 業就業者は1997年をそれぞれピークとして減少傾向にある が、 農業はさらに厳しい。農業就業者数は戦後一貫して大 図表1 主要経済圏の比較 (兆ドル) 25 20 幅な減少傾向にあり、 1960年から2008年までの間に1/6と GDP合計(左軸) 域内人口(右軸) (億人) 10 22.6 こうした雇用吸収力の低下は、人材流出をもたらす。 7.7 8 18.3 16.7 5.7 15 なっている。 5.0 6 地方圏から三大都市圏への流出は、好況期には強まり 図表3 地方公務員数と建設業就業者数の推移 4.4 4 10 2 5 TPP EU NAFTA 2.0 1.5 メルコスール ASEAN 0 (※) ・TPP:既に交渉中のアメリカ、 オーストラリア、 ニュージーランド、 シンガポール、 マレーシア、ベトナム、 ブルネイ、ペルー、 チリ、参加表明済みのカナダ、 コロンビア、 日本を加えた12カ国で試算 ・EU (欧州連合) :ヨーロッパ27カ国で構成 ・NAFTA (北米自由貿易協定) :アメリカ、 カナダ、 メキシコの3カ国 ・メルコスール(南米南部共同市場) :ブラジル、 アルゼンチン、 ウルグアイ、 ベネズエラ、パラグアイの5カ国で構成 ・ASEAN (東南アジア諸国連合) :東南アジア10カ国で構成 出所:国連「World Population Prospects(2008)」、国連「UNdata(2008)」等より、 共立総合研究所にて作成 図表2 TPPに参加を表明している国の顔ぶれ 建設業就業者数(右軸) (万人) 750 328 2.4 0 地方公務員数(左軸) (万人) 330 320 700 685 310 650 300 600 286 290 550 516 280 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 500 出所:総務省「地方公共団体定員管理調査」、 「労働力調査年報」 図表4 農業就業者数の推移 (万人) 1,200 1,196 1,100 1,000 900 800 700 600 500 400 300 200 出所:新聞報道等をもとに共立総合研究所にて作成 241 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2008 出所:農林水産省「農業センサス」、 「農業構造動態調査」 04 不況期には弱まってきたが、 2000年以降は景況に関わらず ど、 農業に必要な農村のインフラ (農村資源)維持に支障を 強まる傾向にある (図表5)。その原因として、 これまでのよう きたしている (図表7) 。その対策としては、 「農業所得の向上」 に雇用調節機能を果たせないほど、 農村部の雇用力が弱 「農村資源維持活動への支援」 「若手人材の確保」を求 める声が多いが(図表8)、 これらは農村部の労働対価の 体化している可能性がある。 そして、 人材流出は現役世代のみならず、 次世代にも及 低さを反映している。 んでいる。大学進学に伴う人口流動を見ると、 東京など一 そこで、 販売農家(注4)と勤労世帯の収入を比較してみる (図 部の都府県への学生の集中が著しい(図表6)。名古屋圏 表9)。両者の本業部分(販売農家は農業所得、 勤労世帯 では、 プラスの愛知を除いて、 静岡、 長野、 岐阜、 三重のマイ は勤め先収入) には大きな差があり、 今なお拡大中だ (2003 ナス幅は全国的にも大きい。流出側としては、 経済面(教育 年:4.6倍⇒2009年:5.6倍)。2009年の販売農家の平均農 投資と逸失利益) での損失に加えて、 郷土愛を持った人材 業所得は年104万円にとどまり、年金その他の収入を合わ の穴埋めは難しい。 せても年457万円で、 勤労世帯平均を165万円も下回る水 農村部では、 人材流出によって、 農業用水、 農道、 農地な 図表5 三大都市圏と地方圏との人口移動の推移 (%) 40 三大都市圏から地方圏 準である。 図表7 農村資源維持についての見通し 地方圏から三大都市圏 維持し続けることは難しくなる 45.3 35 どちらかといえば 維持し続けることは難しくなる 30 44.7 25 20 15 どちらかといえば 維持し続けることは難しくならない 7.4 維持し続けることは難しくならない 2.2 10 5 0 0.3 無回答 1955 1959 1963 1967 1971 1975 1979 1983 1987 1991 1995 1999 2003 2007 出所:総務省「住民基本台帳人口移動報告年報」をもとに共立総合研究所にて作成 0 10 20 30 40 50 (%) 出所:農林水産省「食品及び農業・農村に関する意識・意向調査」 (2010年4月) 図表6 大学進学に伴う人口流動 (人) 70,000 60,000 30,000 -5,070 -6,179 20,000 5,776 -5,275 -9,815 10,000 0 -10,000 東 京 神 大 愛 福 宮 埼 滋 石 千 岡 山 兵 高 山 徳 鳥 熊 島 大 沖 北 青 広 長 福 宮 秋 佐 山 富 岩 奈 香 愛 鹿 和 群 福 新 三 栃 岐 長 茨 静 奈 海 児 歌 京 都 川 阪 知 岡 城 玉 賀 川 葉 山 梨 庫 知 口 島 取 本 根 分 縄 道 森 島 崎 井 崎 田 賀 形 山 手 良 川 媛 島 山 馬 島 潟 重 木 阜 野 城 岡 出所:文部科学省「学校基本調査」 05 長年にわたる国債依存の収支構造と、 景気低迷による税収 不足によって、 わが国の財政はいわば動脈硬化の状態にあり、 改善には時間を要する。そして、動脈硬化の症状と同様に、 末端部の血管(農村部)ほど血行(資金の流れ)が悪化して 農業者の収益性を改善する手段としては、 これまで経営 いてかなり危険な状態にある。 しかし、心臓(国家財政) 自体 規模の拡大に重点が置かれてきた。農業も製造業である が弱っているため外科手術(財政出動)には頼れないことを ことを考えれば、 生産規模が大きいほど効率が高いのは自 考えると、 自ら新たな資金の流れを生み出す必要があるだろう。 明の理とも言える。農林水産省「平成21年度食料・農業・ 農村白書」にある事例の大半は規模拡大の事例であり、 図表8 農村資源維持に必要な対策 白書の文中でも「規模拡大」という言葉が無数に出てくる。 しかし、 農業を取り巻く環境は急変しており、 収益性の改善 95.1 農業で十分な所得が得られるような対策 に規模拡大だけでは限界がある。 農村資源維持活動に対する支援対策 77.4 若手等の人材の確保対策 77.2 比較的大規模な農業経営者が加盟している (社) 日本農 業法人協会が加盟法人に対して行った「農業法人実態調 査」を見てみよう。同協会の加盟法人は、 農業を本業とする 44.2 医療や福祉の機関・サービスの確保対策 主業農家(注5)の20倍以上の農業収入があり、 さらに増収傾 向にある (図表10)。 しかし、 このような大規模な事業者で 39.8 優良事例紹介等による普及・啓発対策 さえ、 「資金収支」 「資金繰り」 「時間的ゆとり」のいずれも、 交通手段の確保対策 32.0 I Tなどの情報基盤の確保対策 31.8 0 20 コラム 「 脳 」ドックから「 農 」ドックへ 40 60 80 100 (%) 出所:農林水産省「食品及び農業・農村に関する意識・意向調査」 (2010年4月) 4年ほど前、脳や主な動脈の断層写真を撮るなどし て生活習慣病を防ぐ「脳ドック」が流行した際、太鼓 図表9 販売農家と勤労者世帯の所得(もしくは実収入)の推移 販売農家総所得 内. 農業所得 勤労世帯実収入 (万円) 700 「血管年齢84歳。脳梗塞の原因となるプラーク(注6) 内. 勤め先収入 630 638 630 631 635 641 592 603 593 594 597 601 622 582 500 「どうしようもないね。食事と運動に気をつけて、 これ以 上悪化しないようにするくらいだね。お大事に」 一層血の気が引いたが、気を取り直して農作業を 400 511 508 503 499 484 して体を動かすことにした。それ以来、週末はほとんど 466 457 田畑に通っている。かつて気になっていた手足のしび れや関節の痛みが無くなるなど、体調はよくなった気 200 がする。何より、自然の中で仲間と働けば、 ストレスも 100 0 もあるし、 脳の萎縮の兆しもある。立派な動脈硬化だね」 「先生、改善するにはどうしたらいいんでしょうか?」 600 300 判をもらうつもりで受診して、 その結果に青ざめた。 130 126 124 123 120 108 104 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 吹き飛ぶ。そこで、生活習慣病に悩むご同輩に一言。 「『脳』 ドックがダメでも、 『農』 ドックがありまっせ」 出所:農林水産省「農業経営統計調査」、総務省「家計調査」 06 「悪くなった」が「良くなった」を上回っている (図表11)。 この背景としては、肥料、飼料、農薬などの農業資材価 それでは、 規模拡大でない方向性をどこに求めるべきか。 再び「農業法人実態調査」を見てみよう。 まず農商工連携 格の高騰と、 農産物価格の低下がある。例えば、 化学肥料 (注8) の主原料である尿素、 リン鉱石、 塩化カリウムの取引相場は、 「関心がある」 「検討中」 と回答している (図表14)。そして、 に関しては、 未回答を除く9割以上が「既に行っている」 2008年の急騰局面を平準化しても上昇傾向を示している (図 その関心の内容としては、 販路開拓が6割強と多く、 新製品 表12)。一方、農産物価格はデフレ傾向の例にもれず、波 開発や技術力活用と続いている (図表15)。これは、 現状よ 打ちながら下落している。農産物価格の下落と農業生産 り有利な販売のためには、 外部のしかるべきパートナーとの 資材価格の上昇の双方の影響による「農業の交易条件指 連携が必要、 という認識の表れであろう。 数(注7)」は1993年から2009年までの16年間で、 129から86 また、 農業生産以外の関連事業を実施している対象法 へと43ポイントも悪化した(図表13)。これでは、 少しずつ規 人はこの1年間で大幅に増加し、すでに半数近くに上って 模を拡大して生産効率を上げる程度ではとても追いつかな いることも注目される (図表16)。関連事業を実施している いであろう。 事業者は、 実施していない事業者よりも経営効率が良く、 か つ、 その差が拡大傾向にあるという調査結果もある (図表17)。 図表10 主業農家と回答農家※との農業収入の比較 主業農家 (百万円) 300 図表12 化学肥料の主原料価格相場の推移 回答農家 尿素 (円/kg) 80 リン鉱石 塩化カリウム 250 70 200 60 150 50 290 270 232 40 100 30 50 2004 20 13 12 11 0 2008 10 2009 ※回答農家: (社) 日本農業法人協会「経営実態調査」の回答農家 出所: (社) 日本農業法人協会「2009年農業法人実態調査」、 農林水産省「農業経営統計調査」 0 変わらない 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 出所:財務省「貿易統計」より共立総合研究所にて作成 図表11 2008年と2009年の経営状態の比較 良くなった 2000 図表13 農業の交易条件指数の推移 悪くなった 未回答 農産物価格指数 農業生産資材価格指数 農業の交易条件指数 130 27.6 資金収支 31.9 34.0 6.5 120 110 17.4 資金繰り 49.1 26.5 7.0 100 10.1 時間的ゆとり 0 58.3 20 40 60 出所: (社) 日本農業法人協会「2009年農業法人実態調査」 07 25.5 6.0 80 100 (%) 90 80 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 出所:農林水産省「農業物価統計」をもとに共立総合研究所にて作成 2008 こうした調査結果からは、 外部の事業者との連携も交えて 図表16 消費者交流・食農教育活動の取り組み 農業生産以外の分野を強化しようとする動きが伺えるが、 こ 実施中 検討中 予定なし 無回答 の動きこそ6次産業化に他ならない。今後、 農業を取り巻く 環境はますます激変することが予想されることから、 6次産 2008年 37.2 11.8 41.8 9.2 業化の動きも加速していくであろう。 2009年 「6次産業化を進めるのに、 何をどうすればよいかわから ない」 という悩みをよく聞く。そこで、 ここでは6次産業化の道 筋を考える。図表18は、 最終消費からみた飲食費の部門別 49.3 0 20 40 28.7 60 13.5 80 100 (%) 出所: (社) 日本農業法人協会「2009年農業法人実態調査」 図表17 農業関連事業の取組状況別経営効率性指標 金額の推移であり、 消費者が飲食関係に使ったお金が、 ど う分配されたかを示す。 8.6 非取組稲作農家 取組稲作農家 非取組果樹農家 取組果樹農家 0.7 0.6 図表14 農商工連携への関心度 0.5 既に行っている 8.7% 0.4 0.3 0.2 未回答 37.7% 0.1 関心がある 47.4% 0.0 2004 2006 2008 出所:農林水産省「農業経営統計調査」 図表18 最終消費からみた飲食費の部門別金額の推移 考えていない 3.6% 検討中 2.5% 出所: (社) 日本農業法人協会「2009年農業法人実態調査」 25.7% 図表15 農商工連携で関心のある内容 1980 12,334 1985 13,117 1990 13,113 国産農産物 輸入農産物・加工品 外食産業 食品流通業 食品製造業 3,468 11,606 7,476 13,055 3,803 販路開拓 63.7 16,472 10,149 16,238 5,176 19,617 11,882 20,366 21.2 新製品開発 5,639 1995 11,666 2000 10,611 12.8% 5.7 その他 0 2005 9,426 10 21,138 14,534 28,985 21,687 14,481 29,946 5,782 13.3 技術力活用 20 30 40 出所: (社) 日本農業法人協会「2009年農業法人実態調査」 50 60 70 (%) 0 6,449 19,188 20,000 13,186 40,000 25,335 60,000 80,000 100,000 (10億円) 出所:総務省他9府省庁「産業連関表」を基にした農林水産省による試算 08 まず、 国産農産物のシェア低下が目立ち、 1980年の26% び込み、 心地よくすごしてもらう仕掛けを考えたい。 また、 農 から2005年は13%へと半減している。消費者が支払った飲 業との関わりに否定的な回答がわずか3%しかない点も注 食費の1割強しか国内の生産者の手元に届かず、 残りの9 目したい。このアンケート結果からは、 農村らしい素朴もてな 割弱は加工・流通等の中間事業者の取り分となっている。 しで農業・農村を支援したいという消費者の気持ちを高めて、 また金額面では、 1980年から2005年の間に国産農産物の 共感を誘うことが有効だと思われる。 みが減少する中、 輸入、 加工、 外食、 流通はいずれもほぼ倍 増している。 どんな経営が望ましいのか。経営が順調な直売所では、 生 こうしたデータからは、 本来農業者が内包していた加工、 流通、 飲食等の機能が、 政策機関としての農協による農家 (注9) の組織化 一方、 生産者主導の販売拠点として、 直売所については 産者よりむしろ消費者が受けるメリットの方が大きく、 全体と して販売額の1/3∼1/2程度もの経済効果が上がっている などで失われていく姿が浮かび上がる。農業 (図表20)。 ということは、消費者や地域にメリットを生む運 生産という自然相手の不安定要素から分離された加工、 流 営が支持を集め、 経営を安定化させるのではないか。また 通、 外食が産業として発展する一方、 農業者は農協によっ 市民農園については、 地公体や農協による開設が一段落し、 て外部と分断され、 農業生産の枠に閉じ込められた。その 農業者による開設が著増している (図表21)。農業者の直 結果、 農業者は加工、 流通、 外食等の下請け的な立場に甘 営なら、栽培指導に加え、種子、苗、資材、農機の貸与、農 んじざるを得ず、 疲弊していったのであろう。 園管理など、 きめ細かく応対できるからだろう。 これは、 今検討している6次産業化と正反対の姿である。 ということは、6次産業化とは農協などの壁を超えて連携を 広げつつ、 農業者が本来有していた加工、 流通、 飲食等の 機能を回復させることといえよう。 それでは、 6次産業化は具体的に何を目標に進めればよ 図表20 農産物直売所の地域別経済効果 経済効果および販売金額 136 67 消費者可処分所得増加(b) 177 160 116 54 53 35 408 349 218 1,202 997 420 域農産物購入の他、 市民農園、 グリーンツーリズム、 援農など、 直接効果金額(a+b+c) 訪問型支援への支持率が高い。そこで、 まずは来訪者を呼 販売金額(d) 出所:農林水産政策研究所「農産物直売所の経済分析」 (2009年9月) 図表21 開設主体別の市民農園数推移 85.3 39.0 市民農園等で農作業を楽しみたい 中山間地域 177 雇用所得増加(c) 地域農産物の積極的な購入等により、 農業・農村を応援したい 平地農業地域 生産者所得増加(a) いか。都市住民に対するアンケート (図表19) によれば、地 図表19 都市住民の農業・農村への関わり方についての意識 都市的地域 地方公共団体 農業協同組合 構造改革特区 その他 農業者 4,000 58 グリーンツーリズム等、積極的に農村に 出向いて農業・農村を応援したい 3,500 35.1 86 16 3,000 援農ボランティア等、農村に出向いて 農業・農村を応援したい 149 20.2 2,500 農業はしないが農村に住みたい 2,000 6.6 89 480 481 482 2,258 2,276 2003 2008 423 1,500 農村に移住することも含め、 今後本格的に農業参入したい 農村に移住することも含め、 今後農業とはかかわりたくない 0 6.3 1,000 500 3.2 20 40 60 80 100 (%) 出所:農林水産省「食品及び農業・農村に関する意識・意向調査」 (2010年4月) 09 1,607 0 1998 出所:農林水産省「平成21年度 食料・農業・農村白書」 こうした農村ならではの素朴なもてなしで6次産業化を進 向けの制度融資残高を見ると、 2006年以降急増している (図 めるとして、 どんなことに留意して進めればよいか。図表22は、 表25)。青果物取引は現金取引であり、 売上が増加すれば 1991年と2007年の食料卸売業の地域別シェアの比較であ 資金は余ってくることを考えれば、 売上増加を上回るペース るが、明らかに東京のある南関東への一極集中が進んで で規模拡大を急いでいる様子が伺える。 いる。農業者の周辺分野への事業展開は、 数十年前から 以上から、 6次産業化を進めるにあたって、 以下の点に特 必要性が叫ばれている。これが進展すれば卸売機能は分 に留意したい。 散するはずだが結果は逆で、 6次産業化は進展していない。 1. 身の丈に合った地域のパートナーを選ぶ また、 「農業法人実態調査」によれば、 リーマンショックに より資金繰りが悪化した企業が過半数に上り、 その調達は 2. 知恵だけでなく資金も分担する 3. 増収ペースを上回る性急な設備投資は避ける 借入や内部手段に依存している (図表23、 24)。かなり大規 これまで、6次産業化に関して資金面は重視されていな 模な農業経営体でも資金繰りは不安定で、調達手段も限 かった。 しかし、 事業継続という視点から、 本稿ではキャッシュ 定的である。一方、政府系やJA系による代表的な農業者 フローとリスク回避をより重視したい。 図表22 食料品卸売業の地域別シェアの推移 1991年 (%) 40 図表24 資金繰り悪化時の対応方法 2007年 47.3 金融機関からの借入 35 内部手段 (自己金融、資産売却等) 30 22.3 25 20 増資・社債発行 1.4 その他 1.8 15 10 5 0 2.4 分からない 北 海 道 東 北 北 陸 甲 信 越 北 関 東 南 関 東 東 海 近 畿 中 国 四 国 出所:経済産業省「商業統計表・産業編」をもとに共立総合研究所にて作成 図表23 リーマンショックによる資金繰りへの影響 九 州 0 未回答 16.3% 影響なし 27.4% かなり悪化 16.9% 多少悪化 38.1% 30 40 50 (%) 図表25 代表的な農業者向け制度融資の利用状況 スーパーL資金(左軸) 農業近代化資金(右軸) (億円) 400 1,400 350 1,200 300 1,000 250 800 200 600 150 400 100 200 50 0 出所: (社) 日本農業法人協会「2009年農業法人実態調査」 20 出所: (社) 日本農業法人協会「2009年農業法人実態調査」 (億円) 1,600 むしろ好影響 1.4% 10 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 0 出所:農林水産省「平成21年度 食料・農業・農村白書」 10 順調で、3部門の売上はほぼ同じ程度となっている。 「工房公園」 ・園内の様々な加工・飲食施設を来場者が体験・参加できる 前項までの検討を踏まえ、 ここでは農村らしいホスピタリティー と、 安定的かつ安全に事業資金が回る仕組みを兼ね備えた、 施設として建設し、 全体が食に関するものづくりのテーマ パークとなっている。 6次産業化の事例を紹介したい。ここでは、各事例から資 「モクモク風呂桶募金」 金面に関連する特徴的な要素を抽出して、 以下の類型に従っ ・温浴施設建設のため、 商品券購入を呼びかけたら1億7千 て紹介していく。 万円集まり、 宿泊施設等も建設することができた。 (1) テーマパーク型(仲間づくり) ③注目点 (2) ファンド型(仕掛けづくり) ・スタッフの厚み(パート含め260名)。平均年齢29才と若く、 (3) PFI型(公共資産の活用) 生産から販促まで自前でこなしてノウハウを蓄積している。 (4)坂本龍馬型(異業種提携) (5) B級グルメ型(専門料理店) (6)共同アンテナ型(共同出店) (7)品質保証型(ブランド力) (1)テーマパーク型(仲間づくり) ①参考事例 図表26 テーマパーク型の事例 施設名 伊賀の里モクモク手作りファーム 年商 48億円(2009年) 従業員 260名(パート等含む) 創業 1990年 パートナー 契約農家約500軒 会員組織4万人(ネイチャークラブ) 資金調達 銀行借入主体だが、施設建設費用の 一部は会員等から調達 課題 生産者との関係再構築 出店依頼への対応 「モクモク手作りファーム(三重県伊賀市)」 (図表26) ②キーワード 「仲間づくり」 ・来場者、購入者に共感してもらえるファーム運営、製品 作りを通して、 仲間を増やして支えてもらう。 「7つのテーゼ」 (図表27) 出所:共立総合研究所にて作成 図表27 モクモク7つのテーゼ ・7つの平易な文にまとめられた経営理念。社内はもとより、 社外にも積極的にアピール。 「3本柱」 1. モクモクは、農業振興を通じて地域の活性化につながる事業を行 います。 2. モクモクは、地域の自然と農村文化を守り育てる担い手となります。 ・ファーム運営と通販に加え、7年前に始めたレストランが 3. モクモクは、自然環境を守るために環境問題を積極的に取り組 みます。 4. モクモクは、おいしさと安心の両立をテーマにしたモノづくりを行 います。 5. モクモクは、 「知る」 「考える」ことを消費者とともに学び、感動を 共感する事業を行います。 6. モクモクは、心の豊かさを大切にし、笑顔が絶えない活気ある 職場環境をつくります。 7. モクモクは、協同的精神を最優先し、民主的ルールに基づいた 事業運営を行います。 「ミニブタレース」は毎日出走 体に優しい食材のバイキング料理が人気 出所: 「伊賀の里モクモク手作りファーム」HP 11 (2)ファンド型(仕掛けづくり) ①参考事例 (3)PF I型(公共資産の活用) ①参考事例 「カーブドッチ・ワイナリー(新潟県新潟市)」 (図表28) ②キーワード 「日本昭和村(岐阜県美濃加茂市)」 (図表29) ②キーワード 「実働部隊と仕掛け人」 「公設民営方式」 ・ワイン作りのプロ (実働部隊) とマーケティングのプロ (仕掛 ・国や県が220億円で整備し、指定管理方式で民間事業 け人) が出会い、 事業化に向けた資金確保が可能となった。 者が運営している。公園では全国で初めて。 「自家栽培、適量生産」 「負担金(運営者)」 ・理想のワインを作るため、 原料は自社もしくは周辺の契約 ・初期投資は軽いが、運営者は年1千万円を県に納付す 農家栽培のブドウに限定し、 できるだけ生産量を絞って る義務を負っている。 「ダブルコンセプト」 質を高めている。 「ヴィノクラブ(個人会員組織)と法人出資者」 ・リピート率6割強のヴィノクラブ(一口1万円) と法人出資 者を中心に、 設備投資資金も集めている。 「ドイツ流の直売志向」 ・こだわりを貫き、 自分の信念に共鳴してくれる人に売る。 厳しい顧客ほど、 品質を高めてくれる。 ③注目点 ・ “昭和”のコンセプトは地公体からのお題であり、 “農体験” は運営者の得意分野。 「来場者激減」 ・初年度の1/3以下に減っているが、指定管理者として打 てる対策には制約が大きい。 ③注目点 ・80haに及ぶ園内 ・100年先を見据 の管 理 費をどう えて直接調達 (会 するか 。現状は 員&出資者) によ 土産物屋が多く、 り投資をしている やや物販依存に (例. 17億円と7年 映る。 をかけたワイン蔵)。 カーブドッチ・ホール(貸切レストラン) 図表28 ファンド型の事例 体験施設が充実している「日本昭和村」 図表29 PF I型の事例 施設名 カーブドッチ・ワイナリー 施設名 日本昭和村 年商 4.5億円(2008年) 年商 非公表 従業員 145名(パート等含む) 従業員 約50名(パート等含む) 創業 1992年 創業 2003年 パートナー 契約農家約10軒、出資者160名 会員組織2万人(ヴィノクラブ) パートナー 資金調達 設備投資の資金は出資者、会員から 直接調達(累計30億円強) 資金調達 初期投資負担分と運転資金は 運営会社が銀行借入 課題 周辺一帯のワイナリー地帯化(集積) 後継者の育成 課題 地元による運営(現状は遠方企業) リピーター確保(来場者1/3に減少) 出所:共立総合研究所にて作成 岐阜県および国土交通省 (「公設民営」に基づく施設使用) 出所:共立総合研究所にて作成 12 (4)坂本龍馬型(異業種提携) ①参考事例 ①参考事例 「にこやか軽トラ市場(岐阜県大垣市)」 (図表30) ②キーワード 「ふれあいバザール(岐阜県山県市)」 (図表31) ②キーワード 「訪問買い取り」 「脱・役所依存」 ・軽トラで農家を回って直接買取し、農家のリスクと手間を ・補助金は立ち上げ時のみ。以後は一切外部資金に頼ら 軽減することで、異業種からの参入が実現した。 ずに運営して、毎期黒字計上している。 「軽トラ市場」 「名古屋からの常連客」 ・建物を建てずに軽トラのままで販売することで、 コスト削 ・主力のソバ定食は毎朝5時から仕込み。挽きたて、打ち 減を図りつつ既存のスーパー等にないダイレクト感を演出。 たてを出す。常連客で毎日行列ができる。 「本業(中食)を生かしたコラボ」 「150世帯の支え」 ・本業(弁当・惣菜製造) を生かして農作物を買取仕入れ ・ソバ屋の順番待ち客で、隣の直売所も大繁盛。約150世 することで、後発ながら農家との強い信頼関係を築いた。 帯の農家を支える収入源となっている。 「サテライト」 「日替わり天ぷら」 ・中核的な販売拠点の他に、軽トラの機動力を生かし、商 ・定食の天ぷらの具は、 庭や畑からその日の朝に摘んでくる。 店街空き店舗等にも供給してサテライト化していく予定。 ③注目点 ③注目点 ・農家女性の底力。 ・川中の強みを生 ソバ定食でリピー かした川上戦略。 ターを増やし、直 川下もサテライト 売所へ誘導して 化によって他 業 いる。常 連 客と 態との連携を探っ のコラボ事業で ている。 にぎわう「にこやか軽トラ市場」 図表30 坂本龍馬型の事例 施設名 年商 にこやか軽トラ市場 (2ヶ月前に開業したばかり) もある。 看板メニューの「ざるそば定食」 図表31 B級グルメ型の事例 施設名 ふれあいバザール農産物出荷組合 年商 約1億円(2009年) 従業員 7名(パート等含む) 従業員 15名(パート等含む) 創業 2010年 創業 1990年 パートナー デリカスイトの惣菜・弁当部門 岐阜県(雇用対策事業として支援) パートナー 組合員農家約150軒 資金調達 建物を建てずに設備投資を抑え、岐阜県の 助成金も活用して借入することなく運営 資金調達 組合員の出資金のみで運営 課題 加工食品販売施設の整備 サテライト直売所の展開 課題 規模拡張・支店開設要望への対応 出所:共立総合研究所にて作成 13 (5)B級グルメ型(専門料理店) 出所:共立総合研究所にて作成 (6)共同アンテナ型(共同出店) ①参考事例 (7)品質保証型(ブランド力) ①参考事例 「えこファーマーズ朝市村(愛知県名古屋市)」 (図表32) ②キーワード 「龍の瞳(岐阜県下呂市)」 (図表33) ②キーワード 「有機生産者限定」 「全量買取」 ・管理者(村長)が生産現場や生産姿勢をチェックし、出 ・契約農家が収穫した米(龍の瞳) を全量買取し、全量品 店者を厳選することで品質を保っている。 質チェックしている (買取価格は600円/kg以上)。 「生産者による販売」 「栽培許可制」 ・生産者が売場で直接販売することで、類例のないリアル ・生産希望者の圃場条件、生産体制をチェックし、合格者 なコミュニケーションの場となっている。 のみに栽培を許可し、 種籾に至るまで厳しく管理している。 「ボランティアによる運営」 「食味コンテスト」 ・村長以下スタッフはすべて無給。栄養士協会もボランティア ・コンテストに積極出品し、 3年連続全国1位を獲得している。 で健康相談を引き受けている。 (「あなたが選ぶ日本一おいしいお米コンテスト」) 「行政との連携」 「販売一元化」 ・名古屋市屈指の商業空間(オアシス21)の一部を無償 ・個別生産者からの直接販売は一切不可とし、販売元を で利用する代わりに市のイベントに協力している。 一元化してブランド管理を徹底している。 ③注目点 ③注目点 ・有 機 生 産 者 同 ・コシヒカリの突然変異 士の連携が消 株を大切に管理して 費者との連携に ブランド化。一元管理 発展し、 6次産業 を徹底することで産業 化に成功した。 化を実現した。 生産者が自ら売る「えこファーマーズ朝市村」 図表32 共同アンテナ型の事例 明らかに大粒の「龍の瞳」 図表33 品質保証型の事例 施設名 えこファーマーズ朝市村 ブランド名 龍の瞳 年商 非公表 年商 約1億円(2009年) 従業員 0名(ボランティアスタッフ約20名) 従業員 8名((資)龍の瞳) 創業 2005年 創業 2005年 パートナー 出荷農家約70軒 栄公園振興株式会社(施設使用) パートナー 契約農家約50軒 資金調達 わずかな出店料(1区画1,000円/月)のみで 運営(負債なし) 資金調達 出資金の範囲で運営 課題 加工施設の確保(出荷農家の要望) 業務用ニーズへの対応 課題 生産増加要請への対応 種籾の管理、販売網の整備 出所:共立総合研究所にて作成 出所:共立総合研究所にて作成 14 しており、 特にリーマンショック以降は高値圏で大きく変動し ている (図表34)。その背景として、投機資金の流入と新 興国での人口増加が指摘されているが、 これらはいずれも (1)TPP参加問題と食料確保 構造的な要因といえよう。例えば、 アフリカ諸国における米 冒頭、 TPP参加問題に対して、 「参加は規定路線化」と 述べたが、 これは日本での農業生産を軽視するものではない。 むしろ、 TPPを機に国民全体で農業を支える覚悟が必要 だと考えている。 の消費量と生産量との乖離幅は、 年々拡大する傾向にある (図表35)。 さらに、経済発展が著しい中国に目を向けると、別の 食糧需給逼迫化の要因が見えてくる。 「一人っ子政策」 穀物や大豆の相場は、 軒並み10年前の3倍程度に上昇 により世界における中国人のシェアが23%から20%程 図表34 主要穀物と大豆の国際価格の推移 小麦 (ドル/bu) 20 とうもろこし 大豆 米(右軸) (ドル/ t ) 1,000 18 900 16 800 14 700 12 600 10 500 8 400 6 300 4 200 2 100 0 0 2000.1 2000.7 2001.1 2001.7 2002.1 2002.7 2003.1 2003.7 2004.1 2004.7 2005.1 2005.7 2006.1 2006.7 2007.1 2007.7 2008.1 2008.7 2009.1 2009.7 2010.1 2010.7 (※) ・小麦、 とうもろこし、大豆は、 シカゴ商品取引所各月第1金曜日の期近価格 ・米は、 タイ国貿易取引委員会公表による各月第1水曜日のタイうる精米100%2等のFOB価格 ・1bu(ブッシェル) は、大豆、小麦は27.2155kg、 とうもろこしは25.4012kg 出所:農林水産省HPをもとに共立総合研究所にて作成 図表35 アフリカにおける米生産・消費の推移 消費量 (千t) 30,000 図表36 中国の人口シェアと食糧消費率の推移 生産量 (%) 50 牛肉 豚肉 鶏肉 野菜 果物 人口シェア 穀物 45 25,000 40 20,000 35 30 15,000 25 20 10,000 15 10 5,000 5 0 0 1988 1990 1992 1994 1996 1998 出所:J I CAの資料をもとに農林水産省にて作成 15 2000 2002 2004 2006 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 出所:国連「Basic Data Selection」、FAO「FAOSTAT」、U.S.Census Bureauによる 年央推定・予測人口(2008.6.18) をもとに共立総合研究所にて作成 度に減少する一方、世界における中国の食料消費量の 陥った。相場の3倍での砂糖買取や半値以下での食料・資 シェアは著しく増加している (図表36)。特に、豚肉と野菜 材等供給がストップし、砂糖は売れず、食料・石油・肥料を のシェアは50%近くに及んでおり、中国だけで世界の約 含む輸入品は底をついた。 半分を消費していることになる。国内消費量が増大すれ 食料も農機を動かす石油も畑にまく肥料も枯渇し、 人々は ば、 当然輸出余力は縮小する。既に中国の日本に対する 鍬を手に、生き残りをかけてあらゆる空き地を耕した。舗装 生鮮野菜の輸出は、2005年以降明らかに減少に転じて 道路にも土が入り、 レンガ仕切りの畑となった。キューバ政府 いる (図表37)。 も、 世界中から集めた6,000種以上のミミズから、 特に優秀な 他の新興国においても、 高い経済成長を背景として、 食 2種類を培養して無償で提供し、 ミミズ堆肥作りを推進した。 料消費の世界シェア増加が見込まれる。また、 国連は世界 そして10年後、 キューバは世界屈指の有機農業国となり、 食 の人口が68億人(2009年) から91億人(2050年)へと更に 料自給率も40%以下から70%超へと飛躍的に改善した。 3割増加する見通しを示している。 これはやや極端だが、食料確保に不安がある日本とし 食料自給率の低迷を放置しつつ、 世界中から食料をかき ては勇気づけられる。 しかし、 キューバのように追い込まれ 集めてきた日本が、 今後も食料を安定的に確保できるかどう る前に何かできることはないか。EUの取り組みをヒントに かはにわかに不透明となってきた。一方で、 TPPへの参加 考えたい。 の必要性も高まっており、 食料の安定確保との両立を、 どう 考えればいいのであろうか。 EUは経済統合の先達であり、 様々な利害対立を乗り越 えて現在の姿がある。中でも、 農業分野での調整の難しさは、 農業予算シェアの高さを見ればわかる (図表38)。1985年 (2)キューバやEUに学ぶ には全体の7割強もあり、 低下傾向にあるものの、 なお農業 前項の課題を考えるうえで、 キューバやEUの取り組みが 参考になるかもしれない。 れぬよう、 国土・景観・生態系の保全、 安全保障、 農村振興 冷戦終結後、1989年にソ連による経済支援が打ち切ら れると、 砂糖輸出に依存するキューバ経済は深刻な危機に 図表37 中国産生鮮・冷蔵野菜の輸入量推移 (t) 700 予算のシェアは4割程度ある。そして、 輸出補助金と批判さ たまねぎ にんにく ねぎ にんじん・かぶ ごぼう その他 など様々な名目で、 農業予算を支出している。 一方、 日本の農業予算のシェアは2%程度で、 さらに低下 図表38 EUの農業関係予算シェアの推移 キャベツ (%) 80 70 600 60 500 50 400 40 300 30 200 20 100 10 0 2004 2005 2006 2007 出所:財務省「貿易統計」をもとに共立総合研究所にて作成 2008 2009 0 1985 1992 1997 2002 2005 出所:欧州委員会の予算書をもとに共立総合研究所にて作成 16 傾向にある (図表39)。 もちろん、 農業予算の増額は期待薄 情報発信力はめっきり衰えた。農村は農産物等の生産拠 だが、 EUの農業支援の考え方は参考となる。そして、 TPP 点としてのみ位置づけられ、 文化とは縁遠い魅力の乏しい への参加を決めたが、 EUのような財政による農業支援を期 地域としての評価に甘んじている。 さらに、 市町村合併やコ 待できないならば、 キューバのような国民的な動きを起こす ンパクトシティー化の流れも、 農村切り捨てを助長しているよ 必要がある。 うに感じる。例えば、 2005年に岐阜県高山市と合併した旧 必ずしも自ら農地を耕さなくても、 地域でとれた農産物や 地域内で加工・販売された食料品を選択的に購入するだ 高根村は、 合併を機に人口流出が加速し、 10年前より人口 が4割以上減少している (図表40)。 けでも、 地域農業には大きな力となる。 また、 個人だけでなく 逆に、 だからこそ今、農村において6次産業化が必要な 法人も、 地域の生産者と組んで積極的に農業分野に進出 のだろう。本来、 食文化を始めとする日本文化の多くは農村 して欲しい。そうした動きを加速し、 各地で6次産業化を生 での暮らしの中で育まれた。6次産業化はそうした農村文 む基盤を強化したい。 化を再生しつつ、 農村の活気や誇りを取り戻す試みである とも言える。 ただし、 農業関係者だけで6次産業化を進めるのは無理 がある。農業関係者は必ずしも商売上手ではなく、 事業化 日本食は、 アニメと並んで今や世界中で人気がある。そ の原動力となる資金の流れを呼び込めずに行き詰ることが れは単に健康に良い食材というだけではない。磨き抜かれ 多いのだ。従来、 6次産業化についてはこの点をあまり重視 た職人の技、 伝統の調理法、 器の選定や配膳に見られるも してはいなかった。 てなしの心が渾然一体となって、 日本人にしか表現しえない 一方、 5章でみた参考事例では、 農業関係者と外部の人 文化となっているからこそ、 海外でも高く評価されているの や事業者、 もしくは消費者との結びつきによって、 新たな資 であろう。 金の流れが生まれている。そして6次産業化を軌道に乗せ 一方、 現在の農村はどうか。長く農協の壁によって外部と 分断された結果、内外の人的交流は無くなり、農村からの 図表40 岐阜県高山市高根町の人口推移 (人) 1,000 2005.2.1 合併 図表39 わが国の農業関係予算シェアの推移 (%) 12 900 10 800 8 700 6 600 4 500 2 400 旧 高根村 高山市高根町 814 0 1960 1965 1970 出所:農林水産省HP 17 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 300 468 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 出所:高山市HPをもとに共立総合研究所にて作成 2005 2006 2007 2008 2009 2010 るには、 資金の流れを着実に太くしていく必要があり、 その ためには農村文化を掘り下げる姿勢が望まれる。 「これぞ 本物」といった食やサービスを新たな農村文化として提供 できれば、 支持する消費者の裾野も自ずと広がるであろう。 TPPに参加するとなれば、今以上に厳しい事業環境に の協議を開始することを表明した。アメリカは完全自由化を目指 すTPPを主導することで、完全自由化が困難と思われる中国や ロシアを牽制しようとする狙いがある。中国やロシアの威圧的な 姿勢や、産業空洞化に苦慮する日本も、農業問題等の調整を棚 上げして「平成の開国(菅首相)」を決断した。 ( 注2 ) FTA( Free Trade Agreement、 自由貿易協定 )は関税など 通商上の障壁を、 EPA (Economic Partnership Agreement、 農業者が直面することは想像に難くない。無策で臨めば、 経済連携協定)は通商上に加えて人の移動、知財の保護、投資 日本農業が壊滅的な打撃を受ける、 という農業団体の懸念 など幅広い分野で障壁を取り除き、連携強化を図る条約 。世界 が現実化してしまうかもしれない。また、 これは農業だけの 問題ではない。 例外なき自由貿易を目指すTPPによって、 日本人として 大切にしたい伝統や風土、文化も、合理性という尺度だけ 貿易機関( WTO)による多国間交渉が進展しない中、 より機動 的な国際ルールとして、各地で交渉が進展している。条約締結 国を広げることで、世界中から投資資金を集め、経済成長を促 すメリットがある。例えば、韓国は既にEUやアメリカとも条約締結 済みであるが、 日本とは対照的に経済は活況を呈している。日本 は農業分野などへの配慮から腰が重かったが、製造拠点の海 で容赦なくふるいにかけられることになる。漫然と看過すれ 外流出など出遅れの弊害が目立つに及んで、 アメリカ主導のEP ば、 そうした大切なものがどんどん失われてしまう。私たちは、 AであるTPPへの参加を表明した。 子や孫の世代にどんな日本を残したいのかを、 よく考える必 要がある。 尖閣諸島と北方領土で顕在化した領土問題によって、 私たちは重要な外交問題を先送りすることのリスクを痛感 した。そして今、 TPPに際して言えることは、 戦いはもう始まっ ており、 総力戦で臨まなければ日本の農業や農村は守れな いということだ。 ( 注3 )農業などの第1次産業が、食品加工( 第2次産業 )、流通販売、 観光、教育( 第3次産業 )などに主体的に関わることによって、加 工賃や流通マージンなど、第2次・第3次産業の事業者が得てい た付加価値を得て農業を活性化させようという考え。1、2、3は足 しても掛けても6になることをもじった造語であり、農村活性化や 農業経営多角化のキーワードとして提唱されている。 ( 注4 )耕地面積が30ha以上または農産物販売金額が年間50万円以 上の農家。 (注5)農業所得が主(農家所得の50%以上が農業所得)で、1年間に 60日以上自営農業に従事している65歳未満の世帯員がいる農家。 既にあらゆる農村で農業者は孤軍奮闘しているが、 じわ ( 注6 )脂質(コレステロールや中性脂肪 )やカルシウムなどが動脈血管 じわ後退しているのは否めない。早く加勢しないと力尽きて に付着して、粥状に固まった状態。動脈血管内壁が肥大して血 しまうかもしれない。スーパーや台所も戦場だ。竹やりならぬ 財布や包丁で、 可能な限り地域の農産物を買って調理して 欲しい。事業者も、 各自の技術やノウハウを持って農業者に 手を差し伸べて欲しい。覚悟を決めて、 日本の誇りを守る戦 いに志願する動きが広がることを期待している。 流が流れにくくなる、動脈硬化症の典型的な症例。プラークが肥 大化すると血行障害の原因となるほか、破裂して血栓を生じ、 さ らに血栓が移動した先で血管をふさぐことで、脳梗塞や心筋梗 塞の原因にもなる。 (注7)農産物価格指数を農業資材価格指数で除して100を乗じた指数。 農産物と農業資材の双方の価格変動が農業経営に与える影響 を示す。 (注8)農林水産業者と商工業者がそれぞれの有する経営資源を互い (2010.11.22)共立総合研究所 調査部 笠井 博政 に持ち寄り、新商品・新サービスの開発等に取り組むこと。単なる 商取引関係にあるだけではなく、共同開発の結果として事業改 善が見込まれること等の要件を満たせば国の認証が得られ、販 路開拓、低利融資、税制優遇等の支援が受けられる。 (注1)Trans-Pacific Partnershipの略。2006年5月にシンガポール、 (注9)本来農協は行政から独立した生産者組合であるべきだが、終戦 ブルネイ、 チリ、 ニュージーランドの4カ国で発足し、 その後アメリカ、 後の深刻な食糧難の中で、 日本の農協は実質的に食料管理の オーストラリアなどが参加を表明。2015年までに、関税を完全撤 ための国策機関として発足した。このため、通常の金融機関で 廃し、サービス、人の移動、基準認証において整合性を図ること は厳しく兼業が制限される中で、農協は幅広く関連業務を営み、 を目指す 。2010年11月横浜で開催されたAPECでは、 TPPの ほとんどの農家を組織化した。そして、米をはじめ、 あらゆる農作 議長であるアメリカのオバマ大統領が、2011年11月の次回APE 物の共同出荷体制を整備し、結果的に農家を農業生産に特化 Cまでの妥結を目標とする旨を表明し、 日本の菅首相も、関係国と させた。 18
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