地球温暖化に関連する資金調達と配分 - FASID 財団法人国際開発機構

開発への新しい
資金の流れ
秋山 孝允 編著
大村 玲子
財団法人 国際開発高等教育機構
国際開発研究センター
1
はしがき
2008 年秋の金融経済危機から世界の経済はまだ回復してはいない。他
方、ミレニアム開発目標(MDGs)の達成への努力や気候変動の問題等、
グローバルな多様な課題が我々の前に立ちふさがっている。これらを解決
するたには多大な資金が必要とされているが、金融経済危機の影響もあり、
先進国の政府開発援助(ODA)金額は伸び悩んでいる。他方、金融経済
危機以前から、先進国から途上国へのポートフォリオ投資を含めた民間の
資金の流れは活発化しており、その趨勢に変化はない。
また、地球温暖化や MDGs の保健分野等の課題を解決するに必要とす
る資金的ニーズに応えるための調達メカニズムに関して、欧州諸国や国際
機関からさまざまなアイディアが提案されてきた。これらには新しい税シ
ステムの設置や公的資金の配分方法の変更といった創意工夫の見られる制
度構築も含まれている。資金の使途は保健分野や環境分野が主であるが、
現実に定着している制度はまだ少なく、これらのアイディアや試行の効果
や実現性は定かでない。
以上のように、本研究では途上国への民間資金の流れや開発に必要な資
金調達の仕組みに焦点を当てた。本研究チームは、秋山孝允(日本大学教
授兼 FASID 国際開発研究センター参与)が総括、稲田十一(専修大学教
授)、秋山スザンヌ(フリーランスコンサルタント)、大村玲子(FASID
国際開発研究センター司書)、武田貴子(同 JPO)、中山朋子(同 JPO)
にて構成された。尚、編集は大村玲子が担当した。
2
はしがき
各章と執筆者は以下の通りである。
序章 秋山孝允
第 1 章 近年の途上国への資金の流れ: 秋山孝允、武田貴子
第 2 章 地球温暖化に関連する資金調達と配分: 秋山孝允、大村玲子
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分:
第 3 章 稲田十一、秋山スザンヌ、大村玲子、中山朋子
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分: 秋山スザンヌ
第 5 章 革新的な債券による資金調達: 秋山孝允、武田貴子
結び 秋山孝允
本報告書が資金の側面から開発を論じる際に、何らかの参考となれば幸
いである。なお、本報告書各章は関係機関の見解を示すものではなく、執
筆者の見解に基づいて作成編集されたものである。また、所属は執筆当時
のものである。
2010 年 3 月
財団法人 国際開発高等教育機構
国際開発研究センター所長代行
湊 直信
目 次
はしがき
図表目次
略語一覧
序 章
秋山孝允
1
秋山孝允・武田貴子
11
第 1 章 近年の途上国への資金の流れ
第 2 章 地球温暖化に関連する資金調達と配分
秋山孝允・大村玲子
33
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
稲田十一・秋山スザンヌ・大村玲子・中山朋子
57
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
秋山スザンヌ
95
第 5 章 革新的な債券による資金調達
秋山孝允・武田貴子 133
結び 新しい開発援助パラダイムの模索
秋山孝允 149
著者一覧
目 次
図表目次
第1章
図表 1 ― 1
図表 1 ― 2
図表 1 ― 3
図表 1 ― 4
図表 1 ― 5
図表 1 ― 6
図表 1 ― 7
図表 1 ― 8
図表 1 ― 9
図表 1 ― 10
図表 1 ― 11
図表 1 ― 12
図表 1 ― 13
図表 1 ― 14
図表 1 ― 15
図表 1 ― 16
図表 1 ― 17
図表 1 ― 18
図表 1 ― 19
図表 1 ― 20
DAC 諸国から途上国へのネット資金流入の推移
DAC 諸国から途上国への資金フロー(二国間)
民間資金フローの地域別内訳
対南米の民間資金フローの内訳
南米のポートフォリオ投資の国別内訳とブラジルの占める割合
南米の FDI の国別内訳とブラジルの占める割合
対南アジア民間資金フローの内訳
南アジアのポートフォリオ投資の国別内訳
南アジアの FDI の国別内訳とインドの占める割合
直接投資の地域別内訳
途上国へのネット ODA の地域別内訳
途上国へのネット ODA の地域別内訳
DAC 諸国の ODA 供与額の推移
DAC 諸国から途上国へのセクター別のネット ODA
各被援助地域におけるセクター別 ODA のシェア
日本の資金フローの内訳
日本の資金フローの地域別内訳
日本の ODA のセクター別供与額の推移
中国の援助支出額
労働者の海外送金(対 GDP)
14
15
15
16
16
17
17
18
18
20
20
21
21
22
23
25
25
26
27
27
第2章
図表 2 ― 1
図表 2 ― 2
図表 2 ― 3
図表 2 ― 4
図表 2 ― 5
図表 2 ― 6
将来的な気候変動対策に必要とされる資金規模の推計一覧
炭素市場の取引金額
世界銀行が管理する炭素基金
CDM プロジェクトの地域分配比較
新しい二国間・多国間協力による気候基金
適応策、緩和策そして技術協力への新たな資金源への提案
36
39
40
41
44
45
3
目 次
第3章
図表 3 ― 1
図表 3 ― 2
図表 3 ― 3
図表 3 ― 4
図表 3 ― 5
MDGs の目標 1 の達成度
MDGs の保健分野目標(4 および 5)の達成度
航空券連帯税の具体的な導入方法と予想収入
IFFIm 参加国の誓約金額と期間
2006 ∼ 2009 年 3 月の GAVI プログラムに対する
IFFIm 資金の支出内訳
図表 3 ― 6 通貨取引税の税収見込み
第4章
図表 4 ― 1
図表 4 ― 2
図表 4 ― 3
図表 4 ― 4
図表 4 ― 5
図表 4 ― 6
図表 4 ― 7
図表 4 ― 8
世界の GDP
GDP に対する比率で表した政府の財政状況
世界銀行グループの危機対応
主要被援助国に関する 2008 年の経常支出に占める
援助額比率
世界銀行グループの
「脆弱国向け資金調達ファシリティの枠組み」
アフリカの地域別実質 GDP 成長率:
2009 年 1 月 16 日時点での中間評価
ADB の危機対応
中南米における GDP 成長率の実際および反事実モデル推定値
59
60
69
74
75
84
96
97
102
103
106
112
113
116
第5章
図表 5 ― 1 世界銀行の資金調達額の推移
136
第 6 章(結び)
図表 6 ― 1 4 つの途上国グループへの開発戦略
153
略語一覧
AAU
ADB
ADF
AF
AfDB
AMC
ASEAN
BOP
BRICs
BSA
CDM
CER
CIF
COP
CSF
CTDL
CTF
DAC
DFID
DMC
EBRD
EIB
ERU
EU-ETS
FDI
GAVI
GEF
GHG
Assigned Amount Unit
Asian Development Bank
Asian Development Fund(ADB)
Adaptation Fund
African Development Bank
Advance Market Commitments
Association of Southeast Asian Nations
Bottom/Base of the Pyramid
Brazil, Russia, India and China
排出割当単位
アジア開発銀行
アジア開発基金
適応基金
アフリカ開発銀行
事前購入制度
東南アジア諸国連合
ピラミッドの底辺の貧困層
ブラジル、ロシア、インド、
中国の 4 か国
Bilateral Swap Arrangement(ASEAN)
二国間通貨スワップ取極
Clean Development Mechanism
クリーン開発メカニズム
Certified Emission Reduction
認証排出削減量
Climate Investment Fund
気候投資基金
Conferences of the Parties(UNFCCC)
締約国会議
Countercyclical Support Facility(ADB)
景気循環相殺政策支援
ファシリティ
Currency Transaction Development Levy
通貨取引開発税
Clean Technology Fund
クリーン・テクノロジー基金
Development Assistance Committee(OECD)開発援助委員会
Department for International Development (英)国際開発省
Developing Member Country(ADB)
開発途上加盟国
European Bank for Reconstruction and
欧州復興開発銀行
Development
European Investment Bank
欧州投資銀行
Emission Reduction Unit
排出削減単位
EU Emission Trading Scheme
EU 域内排出量取引制度
Foreign Direct Investment
海外直接投資
Global Alliance for Vaccines and
GAVI アライアンス
Immunization
Global Environment Facility
地球環境ファシリティ
Greenhouse Gas
温室効果ガス
5
GIVAS
GNI
IABD
IBRD
ICAP
ICT
IDA
IDPF
IFC
IFF
IFFIm
IFI
IFM
IMF
IPCC
JI
LDCF
LG(S)
LIC
LoC
MCC
MDB
MDGs
MIGA
NAB
NGO
ODA
OECD
略語一覧
Global Impact and Vulnerability
世界的影響・脆弱性警報
Alert System(UN)
システム
Gross National Income
国民総所得
Inter-American Development Bank
米州開発銀行
International Bank for Reconstruction and 国際復興開発銀行
Development
International Carbon Action Partnership
国際炭素行動パートナーシップ
Information and Communication Technology 情報通信技術
International Development Association
国際開発協会
International Drug Purchase Facility
国際医療品購入ファシリティ
International Finance Corporation
国際金融公社
International Finance Facility
国際金融ファシリティ
International Finance Facility for
予防接種のための国際金融
Immunization
ファシリティ
International Financial Institution
国際金融機関
Innovative Financing Mechanism
革新的資金調達メカニズム
International Monetary Fund
国際通貨基金
Intergovernmental Panel on Climate Change 気候変動に関する政府間パネル
Joint Implementation
共同実施
Least Developed Countries Fund
後発開発途上国基金
Leading Group on Solidarity Levies to Fund 開発資金のための連帯税に
Development
関するリーディング・グループ
Low Income Countries
低所得国
Line of Credit
融資限度
Millennium Challenge Corporation
(米)ミレニアム挑戦公社
Multilateral Development Banks
国際開発金融機関
Millennium Development Goals
ミレニアム開発目標
Multilateral Investment Guarantee Agency 多国間投資保証機関
New Arrangements to Borrow(IMF)
新規借入取極
Non-Governmental Organization
非政府組織
Official Development Assistance
政府開発援助
Organisation for Economic Co-operation
経済協力開発機構
and Development
6
OOF
PF
PPP
RGGI
SCCF
SCF
SDR
SLF
SME
SPA
SSA
TFFP
UNCTAD
UNDP
UNEP
UNFCCC
UNICEF
WHO
WMO
略語一覧
Other Official Flows
Private Flow
Public Private Partnership
Regional Greenhouse Gas Initiative
Special Climate Change Fund
Strategic Climate Fund
Special Drawing Rights(IMF)
Short Term Liquidity Facility(IMF)
Small-and Medium-sized Enterprise
Strategic Priority on Adaptation
Sub-Saharan Africa
Trade Finance Facilitation Program(ADB)
UN Conference on Trade and Development
UN Development Programme
UN Environment Programme
UN Framework Convention on
Climate Change
UN Children’s Fund
World Health Organization
World Meteorological Organization
その他政府資金
民間フロー
官民連携
地域 GHG 削減イニシアティブ
特別気候変動基金
戦略的気候基金
特別引出権
短期流動性ファシリティ
中小企業
適応に関する戦略的優先項目
サハラ以南アフリカ
貿易金融促進プログラム
国連貿易開発会議
国連開発計画
国連環境計画
国連気候変動枠組条約
国連児童基金
世界保健機関
世界気象機関
序章
◆
秋山孝允
21 世紀に入り世界および途上国の政治経済情勢は大きく変化し、それに伴
って途上国への資金の流れは大きく変貌している。同時に、国際開発援助の
資金調達方法、またその配分にも大きな変化が起きている。この変化またそ
れらを促している要因は色々あるが、次のようなものがあげられる。
(1)BRICs などの新興国の経済成長が著しく、これらの国への海外直接
投資(FDI)、ポートフォリオ投資が急増している。その額は政府開
発援助(ODA)をはるかに上回るものである。
(2)地球温暖化問題がグローバルで重要な課題として注目され、温暖化ガ
ス削減を目的としたクリーン開発メカニズム(CDM)などの途上国
を支援する制度が作られたが、途上国における緩和策と適応策には膨
大な資金が必要である。しかし、京都議定書以降、法的拘束力のある
国別削減目標に現段階では国際的な合意が得られていないこともあり、
CDM を含む諸制度が今後どうなるか定かでない。
(3)ミレニアム開発目標(MDGs)達成期限の 2015 年まであと数年とな
り、サハラ以南アフリカなどでは達成が絶望視される中、MDGs を
達成するための航空券連帯税、予防接種のための国際金融ファシリテ
ィ(IFFIm)、ワクチンのための事前購入制度(AMC)などが検討・
実施されている。
(4)2008 年秋、リーマン・ブラザース社の破綻に端を発し、世界は大不
況に陥り、主要ドナー国は財政困難になり、ODA 拠出も難しくなっ
ている。
(5)主要国の中でも中国は経済回復しただけでなく、高い成長率を戻して
2
序章
いて、この数年増大させていたサハラ以南アフリカをはじめとした途
上国への援助は増え続けるであろう。インドなどその他の新興国も経
済成長を回復してきている。
この数年のこのような変化は、開発援助戦略にパラダイムシフトを迫っ
ているといえるのではないだろうか。その原因の大きな一つは、途上国の
中で「勝ち組」と「負け組」が明確になってきていることではないか。前
者は新興国で、後者はサハラ以南アフリカ諸国などの低所得国であろう。
この二分化は拡大する可能性が高い。先進国の民間などからの世界の投資
資金の流れは、1990 年代から中国に FDI、そしてポートフォリオ投資と
して急増したが、その後、インド、ブラジルがこれに続いた。この動きを
見て、今後ベトナム、メキシコ、インドネシア、トルコなど他の新興国は、
世界の民間資金を呼び寄せることに熱心になっていくとみられるし、現に
そのような動きは始まっている。
一方、ドナーにも変化が起きている。2008 年秋以降の世界不況の影響
がいつまで続き、その影響がどのように途上国への ODA に影響するか現
時点では定かでないが、少なくとも主要な経済協力開発機構(OECD)諸
国が 2008 年以前の経済成長率を回復するまでには時間がかかると思われ
る。これに反し、中国、インド、ブラジルの回復はまさに V 字型である。
このように世界の経済主要プレーヤーがここにきて大きく変わってきてい
る。この結果、今までのグローバルな課題を検討する制度としてあった
G7 や G8 が、今や少なくとも G20 でなければ何もできないという現実が
ある。しかし、2009 年 12 月のコペンハーゲンにおける国連気候変動枠組
条約第 15 回締約国会議(COP15)で判明したことは、グローバルな課題
を議論する新しい国際的枠組みが定着するには時間がかかることであろう。
COP15 は今までは G7 なり G8 で議論し、解決策を少ない国の間で模索し
ていればよかったが、G20 なり COP15 のように世界の多くの国が一堂に
集まって重要でグローバルな課題を議論し、解決策に合意する(国連方式)
1)
のがいかに困難かを印象付けた 。
★下線用12文字分ダミー★
1) COP15 での会議の模様は Australian Online(2010)に興味深く記されている。
3
COP15 には米国のオバマ大統領を含む世界から多くの政府首脳がコペ
ンハーゲンに集まったが、途上国と先進国のアプローチが違い、温暖化ガ
ス削減に関する国別の合意は得られなかった。合意を得られなかったこと
自体も重大であったが、より注目すべき点は中国が他の途上国を代表する
ような形をとり、強引ともいえる姿勢で先進国が主張する世界的な温暖化
ガス削減計画を潰したことであろう。この中国の姿勢の背景に何があるか
は定かでないが、少なくとも世界に印象付けたのは米国の世界政治経済に
おける影響力の減退であり、それに代わっての中国の影響力の増大であろ
う。中国がここまで強引に出られたのはインドをはじめとした途上国グル
ープ、G77 の賛同を得ていたからであろう。COP15 の結果は開発、開発
援助、地球温暖化問題に大きな影響を及ぼさずにはいられない。
このように世界の経済構成の変化に伴い政治的影響力も変化し、グロー
バルな課題に対する世界の対処法も変化せざるを得なくなった。途上国問
題、開発援助のアプローチもその一つであろう。上述したように、この数
年新興国の躍進には目を見はるものがあるが、少なくともあと暫くは先進
主要国が開発援助で大きな役割を果たしていくであろう。しかし、大きく
変化している世界でどのように途上国を支援するかという重要課題も当然
見直されなければならない。それにはまず、途上国はこの数年大きく多様
化していることを認識し、長期の開発モデルを念頭に置き戦略的に開発援
助を行うことが必要であろう。
途上国の中で開発が遅れている多くの国は MDGs 達成、地球温暖化へ
の緩和策や適応策などを含め多大な資金援助が必要である。そのための資
金調達法はこの数年国際開発援助コミュニティーの大きな課題の一つであ
る。新しい資金調達法ですでに実現されたまたは導入が検討されている
MDGs 達成のための航空券連帯税、通貨取引税や CDM の特徴は、ドナー
国政府の一般予算から ODA を拠出するのではなく、目的税の性格があり、
途上国への資金を直接民間から捻出するというものである。この手法が税
制的に効率的であるかは議論を呼ぶところであろうが、ドナー国の民間セ
クターの協力が必要である。MDGs 達成のために提案された革新的資金
調達手法が保健分野に集中しているのは、先進国には巨大な製薬会社があ
り、他の分野に比べ協力を得やすいという点があったと思える。航空券連
4
序章
帯税と通貨取引税はそれぞれ航空会社、民間金融機関からの協力が必要で
ある。
今後注目される資金の一つは、COP15 で途上国を含む国際社会が合意
した地球温暖化緩和策と適応策へ用いられる目的での US$1,000 億
(2020 年まで年間)であろう。国連にこの資金の効果的な調達法を検討す
るハイレベル顧問パネル(High–Level Advisory Group on Financing to
Address Climate Change)が 2010 年 2 月に設立されたが(UN Press Conference 2010)、現段階ではこのような大きな資金が集まるか定かでない。
本書では、近年の途上国への資金の流れ、国際社会で検討されている革
新的開発資金調達メカニズムを分析する。本章ではこれらのメカニズムの
遍歴と特徴を検討し、最後に本書の構成を各章の要点を記し紹介する。
革新的資金調達メカニズムの遍歴と特徴
MDGs 達成、地球温暖化の緩和策と適応策、2008 年からの世界的不況な
ど途上国が持続的発展を達成するために必要とする資金は膨大なものであ
る。しかし、これらの需要を全て従来の ODA で賄うことはほとんど不可
能であることは認識されていて、いわゆる「革新的資金調達メカニズム
(Innovative Financing Mechanism:IFM)」が国際開発援助コミュニティ
ーで検討されるようになった。特に二極化する途上国の中で国際開発援助
コミュニティーが注目するのはサハラ以南アフリカへの援助を増やすこと
を目的とした資金調達である。
革新的資金調達メカニズムと言われるものが国際的注目をあびるように
なってきたのは、2002 年 3 月に開かれた国連「開発資金に関する国際会
議」(モンテレー会議)からと言ってよい。この会議の目的は、MDGs 達
成のための開発資金調達をどのように行うかを議論し、結論を出すことで
あった。
革新的資金調達メカニズムの具体化を主導したのは、フランスや英国な
どの欧州諸国で、注目すべきは 2004 年 12 月、フランス大統領府が発表し
た『ランドー・レポート』である。このレポートで「航空券連帯税」につ
5
いて多くの議論をするとともに、安定的かつ予測可能な開発資金源として
のさまざまな可能性を検討している。その結果、フランス政府は自国を発
着する民間旅客航空機に対する航空券連帯税を 2006 年 7 月 1 日から導入
した。その後、導入国が拡大し、2009 年 5 月時点でニジェール、韓国、
チリなど 12 か国が導入している。
2006 年 2 月には、フランス政府が主導して「国際連帯税に関する国際
会議」がパリで開催され、100 か国以上の各国政府代表、18 の国際機関、
約 60 の NGO が参加した。また、そこで「開発資金のための連帯税に関
するリーディング・グループ」(以下、リーディング・グループ)が結成
され(その時点の参加メンバー国数は 38 か国)、その後このリーディン
グ・グループはほぼ半年ごとに議長国が持ち回りするシステムで非公式の
2)
政府間会合を開催している 。
また、すでに開始された革新的資金調達メカニズムとして、英国が主唱
して創設された国際金融ファシリティ(International Financial Facility:
IFF)がある。これは資金の使途として、主要疾病の予防接種(Immunization)に使われているため、IFFIm(International Financial Facility for
Immunization)とよばれている。
次いで、実現化が進みつつあるものとして事前購入制度(Advanced
Market Commitments:AMC)があげられる。これは 2005 年以来、イタ
リアを中心に議論が進み、やはり保健分野の民間企業の医薬品開発を公的
な資金で支援しようとするものである。フランス、英国などの IFM に熱
心な国が賛同しつつあり、リーディング・グループで具体的な議論が進み、
実施に移っている。
★下線用12文字分ダミー★
2) 本リーディング・グループの会合は次の日程と場所で開催された。第 1 回目:2006
年 7 月ブラジル、第 2 回目:2007 年 2 月ノルウェー、第 3 回目:2007 年 9 月韓国、第 4 回
目:2008 年 4 月セネガル、第 5 回目:2008 年 11 月ギニア、第 6 回目:2009 年 5 月フラン
ス、第 7 回目:2010 年 1 月チリ
6
序章
世界的不況の影響と新しい開発パラダイム
このように主に MDGs を達成するため、いかに国際的に資金を調達する
かが議論されてきたが、MDGs が国際的な開発目標として合意が得られ
た 2000 年以降、世界の政治経済情勢は大きく変わってきた。その中でも
2008 年秋のリーマン・ショックとその影響は今後の世界の政治経済のパ
ラダイムを変えていくように思える。国際開発援助コミュニティーはこの
大きな変貌を考慮して開発問題や開発資金調達問題を扱っていかなければ
ならないであろう。
リーマン・ショックで OECD 諸国の経済は大きな打撃を受け、特にユ
ーロ圏のいわゆる PIIGS(ポルトガル、アイスランド、イタリア、ギリシ
ャ、スペイン)の負債問題は重大であり、これまで MDGs 達成に関心が
高かった英国やフランスなどの途上国問題に対する関心が薄れていくので
はないか。また米国も雇用、政府の負債問題で共和党の政治的勢力が増す
中、現政権がどれだけ途上国問題に関心を持てるか疑問である。一方、リ
ーマン・ショック以前から十分その傾向は現われていたが、ショック後明
白になったのは、中国をはじめとした新興国の国際政治経済での存在感で
あろう。これらの国はリーマン・ショックの影響は受けたが、その後いち
早く回復に向かっている。それを裏付けるように世界の FDI およびポー
トフォリオ投資資金が新興国へ流れ込んでいる。
上述した MDGs 達成への国際的努力と同様、または最近それ以上に問
題になってきたのが途上国における温暖化の緩和策と適応策であり、これ
らには膨大な資金が必要とされる。京都議定書の合意以来、国際開発コミ
ュニティーは、排出量取引制度を基にしたクリーン開発メカニズム(CDM)
により従来の ODA とは別に途上国への資金の流れをつくってきたが、現
在このメカニズムまたそれに伴う基金がどうなるのか不確実である。
2008 年から始まった世界同時不況は多くの途上国にも甚大な影響を及
ぼした。世界銀行などはこのための基金の設立を試みたが、OECD 諸国
はそれぞれの国や地域の経済問題に対応するのが精一杯であったという理
7
由もあり、この構想は失敗した。しかし、この不況により低所得途上国に
おける開発や MDGs 達成が少なくとも相当遅れたことは事実である。
現在、日本も含め OECD 諸国の経済状況は予断を許さない状況である。
問題は、今回の不況によりこれらの国の政府は膨大な負債を抱えることに
なり、日本がやはり不況と負債でこの数年 ODA を徐々に減らしてきたよ
うに、他の先進国も少なくともこれから当分 ODA を減らすのではないか
ということである。中国や他の新興国が開発援助を増やすことは考えられ
3)
るが、増大するニーズに対応できるとは思われない 。
上述したような状況は従来の開発資金調達手法に大きな変革を迫ってい
る よ う に 思 わ れ る 。 こ の 数 年 の 途 上 国 へ の 資 金 の 流 れ を 分 析 す る と、
ODA など先進国政府からの資金は増加しているが、それよりはるかに際
立っているのが先進国などの民間からの資金の流れである。これには FDI
とポートフォリオ投資が含まれる。途上国の開発に必要な資金を先進国政
府から調達するには限界があると思われるが、最近の国際的資金の流れを
分析すると、民間からの資金は ODA をはるかに凌ぐものである。現在こ
のような資金を享受しているのは数少ない新興国のいくつかであるが、長
い目で見た場合、重要な開発パラダイムを示している可能性がある。この
パラダイムに関しては本書の最終章「結び」で述べる。
本書の構成
上述したような国際社会・経済環境、開発資金調達・支出、開発援助支援
モデルなどを念頭に置き、本書では先進国から新興国も含めた途上国への
近年の資金の流れと支出を分析した。以下に本書を構成する各章を簡潔に
紹介する。
まず第 1 章では、近年の先進国から途上国への資金の流れの動向を概観
した。この数年の ODA の動向だけでなく、OOF や民間からの資金の流
れ、分野別の配分の傾向などを分析し、それらの開発、開発援助戦略に与
★下線用12文字分ダミー★
3) 最近の中国の援助に関しては Foster, et al.(2009)参照
8
序章
える影響を検討した。この章で明確になったのは中国、インド、ブラジル
と数は少ないが、これらの新興国が膨大な額の先進国のポートフォリオ投
資の資金を集めることに成功したことである。
第 2 章では地球温暖化関連の資金の調達と配分を分析した。ポスト京都
議定書を中心に温暖化対策の議論は活発になってきていたが、2008 年秋
以降の世界不況、ポスト京都議定書の法的拘束力のある国別温暖化ガス排
出量削減の合意の失敗などで、2013 年以降の枠組みに対する不確実性が
増した。先進国から途上国へは CDM をはじめとしてさまざまな革新的な
資金の流れを通して支援が行われてきたが、この制度の将来は定かでない。
しかし、地球温暖化を防ぐのであれば、途上国における緩和策や適応策に
必要な資金は膨大になると予測されている。COP15 で先進国が緩和策に
2020 年より年間 US$1,000 億拠出することが合意されたが、現段階では
その詳細は明らかでない。
第 3 章では近年議論されている MDGs 達成のための革新的な資金調達
を検討した。この分野では IFF(国際金融ファシリティ)と航空券連帯税、
通貨取引税などいくつかある。また保健・医療関連では国際金融ファシリ
ティ(IFFIm)や米シンクタンク CGD 研究を基にしたワクチンの事前購
入制度(AMC)などもある。
2008 年秋のリーマン・ショック以降世界は戦後最悪ともいえる同時不
況に陥り、新興国以外の多くの途上国は深刻な経済不況に陥った。第 4 章
では世界同時不況による途上国の経済的困難を救済するための資金調達、
配分を検討した。
第 5 章では、革新的な債券の発行、ODA や他の将来の収入を証券化す
る資金調達法など多様な債券発行による開発資金の調達法が考案されてい
るが、これらを分析した。また、投資に対する保証の拡大を検討した。
そして最後の章では、まとめとして近年の途上国への資金の流れ、特に
この数年急伸している先進国の民間からの資金の流れを鑑みた新しい開発
パラダイムにおける、官民連携の重要性を強調している。
9
参考文献
Australian Online(2010)“How the rich-poor chasm sank Copenhagen Summit” Feb. 13.
http://www.theaustralian.com.au/politics/opinion/how-the-rich-poor-chasm-sankcopenhagen-summit/story-e6frgd0x-1225829865899
Foster, Vivien, et al.(2009)Building bridges:China’s growing role as infrastructure
financier for Sub-Saharan Africa(Trends and policy options, 5).Washington,
DC:World Bank;[S.l.]:PPIAF.
UN Press Conference(2010)Press Conference on High-Level Advisory Group on Financing to Address Climate Change. Feb. 12.
World Bank(1993)The East Asian miracle:economic growth and public policy. New
York:Oxford University Press.
第
1章
近年の途上国への資金の流れ
◆
秋山孝允・武田貴子
この章では近年の先進国から新興国を含む途上国への資金の流れの傾向と
その背景をデータを基に分析し、その結果が途上国の開発、経済発展、開
発援助政策へどう影響するを探る。
21 世紀に入り先進国から途上国への資金の流れが大きく変化している。
1980 年以来の先進国から途上国への政府間および民間からの資金の流れ
を図 1 ― 1 に示すが(政府間は OECD/DAC メンバーからの資金)、2002
年頃から政府間および民間の資金は両者とも大幅に増加したことがわかる。
特に後者は急激に増加した。また 2008 年秋のリーマン・ショック以後、
民間資金の流れは相当減少したと思われるが、2007 年時点では政府間の
資金の流れを圧倒している。これらの資金は限られた新興国へ流れている
が、2009 年になりまた増加傾向を示しているようである。政府開発援助
(ODA)も米国や西欧からの援助は大幅に増加している。
また、信頼できるデータがあまりないが、中国からのインフラ整備を主
体とした他の途上国への援助が増大しており、この傾向は今後続くと思わ
れる。
この章では最初にこの数年急激に増大している先進国から途上国への民
間資金、そして政府間の資金の流れを分析する。これに続き、日本と中国
からの資金の流れに触れ、近年増大している海外送金(Remittance:外国
で働いている自国民からの送金)に関して述べ、最後にこれらの資金の流
れの開発に対する影響を述べる。
12
第 1 章 近年の途上国への資金の流れ
1.民間からの資金の流れ
民間からの資金の流れは 1990 年代後半と 2005 年以降では大きく変化して
いる。民間からの資金が増大したが、これは証券投資と海外直接投資
(FDI)が主である。2000 年代初頭のアルゼンチンの危機以後、急速に両
方とも伸びたが、特に証券投資が大幅な伸びを示している。地域的にみる
と、2002 年以降南米、欧州とアジアへの資金の流れが増大し、これらの
地域内でも特定の国へ集中している。南米ではブラジル、欧州ではトルコ
とウクライナ、アジアでは中国とインドと、いわゆる BRICs をはじめと
した新興国が圧倒的なシェアを持つ。
2002 年以降、直接投資額が大幅に増加し、それと比較して ODA の伸び
は緩やかである。2002 年には、民間資金フロー全体ほどは減少しなかっ
た直接投資の増加により直接投資額を含む民間フロー(PF)が大幅な伸
びを示している(図表 1 ― 1)。これが、図表 1 ― 2 の 2003 年以降のネット
での民間フローの急激な伸びの要因となっている。
さらに民間資金フローを地域別、民間資金の種類別に分析してみる。ま
ず、民間資金フローの行き先の地域別内訳を見ると、近年では、南米で急
激に伸びている。その他順調に伸びているのが、極東アジア、欧州、南ア
ジア、中央アジアへのフローで、サハラ以南アフリカ(以下、SSA)への
フローは 2003 年あたりから伸張しているが、その後、南米、南アジア、
中央アジアと比較するとそれほど大きな伸びがみられていない(図表 1 ―
3)。
この数年民間資金フローが急増しているのは南米である。図表 1 ― 4、
1 ― 5 をみるとわかるように、2001 年以降 2004 年までポートフォリオ投資
がマイナスであり、2005 年から大幅に伸びている。FDI に関しては、
1999 年あたりから 2002 年にかけて大幅に減少して以来、回復している
(図表 1 ― 6)。ブラジルの伸びが非常に大きく、2005 年以降大幅に伸び、
2007 年には途上国へのポートフォリオ投資の 25 %を占めている
(International Finance Corporation 2009)。また、南アジアに関しては、
13
2003 年以降は民間資金フローにおけるポートフォリオ投資の占める割合
が増加している(2003 年にマイナスからプラスに転じた)(図表 1 ― 7)。
ポートフォリオ投資においては、インドへのフローが占める割合が大きく
(2003 年以降 55 %以上を維持)、特に 2006 年以降には資金が増加してい
る(図表 1 ― 8)。FDI に関してもインドへの投資額が抜きん出て多く、
。
2006 年には南アジアへの投資額の 57 %を占めている(図表 1 ― 9)
国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、全体として FDI の伸びは途
上国への資金フローを増加させたが、2008 年末の金融危機から起こった
経済危機の影響でここ数年続いてきた FDI のフローが 2008 年にかけては
減少した。反面、対先進諸国への FDI は 29 %減少した一方、対途上国の
FDI は 17 %増加した(UNCTAD 2009a)。また、途上国と移行経済諸国
1)
への FDI のシェアは 2007 年には 31 %であったが、2008 年には 43 %と増
加傾向にある。2009 年は、2008 年以降続いている経済危機の影響で企業
の成長も減速し、第一四半期の FDI は前年度比で 44 %の減少であったこ
と を 考 慮 に いれると、前年度を下回る可能 性が十分にある。しかし、
2010 年には徐々に回復の途をたどり、2011 年にはまた上昇すると UNCTAD は見込んでいる。UNCTAD の World Investment Prospects Survey
2)
(WIPS) によると、2010 年には FDI は増加すると予測され、2011 年には
景気に対して楽観的な予測をしている企業が多く、2008 年以前の傾向が
回復するとみている(UNCTAD 2009a)。2008 年に一次産品価格が堅調で
あったことから、アンゴラ、ブラジル、チリ、カザフスタンなどへの投資
も堅調に推移している(World Bank 2009a)
。
上述したとおり、近年の直接投資額の推移を見ると(図表 1 ― 10)、順
調に伸張している地域の南アジアと南米の推移の内容に関しては、南米の
場合、ブラジルの推移が大きく影響しており、2003 年以降の南米の直接
投資額の上昇はブラジルへの直接投資額の上昇によるところが大きいこと
がわかる。南アジアへの直接投資額はインドへの直接投資額の推移が大き
く影響していることが見られる。(図表 1 ― 6、1 ― 9)また東アジア・大洋
★下線用12文字分ダミー★
1) 主に元社会主義国であった東欧州諸国
2) UNCTAD(2009b)UNCTAD が行っている調査で、非金融の多国籍企業の経営者を
対象に行っているもの
14
第 1 章 近年の途上国への資金の流れ
州地域では中国のシェアが圧倒的である。
ポートフォリオ投資は、2003 年から 2007 年にかけて途上国へのフロー
が増加していたが、2008 年に起こった世界金融危機により大きく減少す
ることとなった。ネットでの株式投資に関しては、2008 年には前年比で
−90 %となり、大幅な減少がみられた(World Bank 2009a)。株式投資は
世界銀行の予想によると、対 GDP 比では 2007 年には 7 %であったのに
対して、2010 年には 2.6 %にまで減少するとしている(World Bank 2009a)
。
株価に関して、2008 年初頭から大幅に株価の下落がみられ、MSCI イン
3)
デックス では 1 月から 6 月にかけて 13 %下落し、7 月から 9 月にかけ
てさらに 13 %の下落があり、2009 年 3 月あたりまで下落は続いた。ただ、
アジア、南米などで 2009 年の上半期で持ち直してきており、直近の四半
期では多くの途上国で急回復している(IMF 2009)
。
図表 1 ―1 DAC 諸国から途上国へのネット資金流入の推移
(単位:US$百万)
350,000
ODA
OOF
PF(FDI 含む)
民間からの贈与
FDI
300,000
250,000
200,000
150,000
100,000
50,000
0
1980
85
90
95
2000
05
08
−50,000
(出所)OECD 2009b を基に作成
★下線用12文字分ダミー★
3) モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル社が提供している世界的な
株式指標
15
図表 1 ―2 DAC 諸国から途上国への資金フロー(二国間)
(単位:US$百万)
400,000
ネット公的フロー
350,000
ネット民間フロー
多国間政府開発援助+その他政府資金
300,000
250,000
200,000
150,000
100,000
50,000
0
1980
85
90
95
2000
05
07
(出所)OECD 2009b を基に作成
図表 1 ―3 民間資金フローの地域別内訳
(単位:US$百万)
100,000
80,000
大洋州
欧州
中東
極東アジア
南米
南アジア・中央アジア
北米・中米
サハラ以南アフリカ
サハラ以北アフリカ
60,000
40,000
20,000
0
1980
−20,000
(出所)OECD 2009b を基に作成
85
90
95
2000
05
07
16
第 1 章 近年の途上国への資金の流れ
図表 1 ―4 対南米の民間資金フローの内訳
(単位:US$百万)
100,000
輸出保証
ポートフォリオ投資
80,000
FDI
60,000
40,000
20,000
0
1995 1996 1997 1998 1999 2000
2001
2002
2003 2004
2005 2006 2007
−20,000
(出所)OECD 2009b を基に作成
図表 1 ―5 南米のポートフォリオ投資の国別内訳とブラジルの占める割合
(単位:US$百万)
50,000
100%
40,000
80%
30,000
60%
20,000
40%
10,000
20%
0
1995 1996 1997 1998 1999 2000
−10,000
−20,000
2004
2001
2002
2003
2005
2006 2007
0%
−20%
−40%
ベネズエラ ウルグアイ スリナム その他南米 ペルー
パラグアイ ガイアナ フォークランド諸島 エクアドル コロンビア
チリ ブラジル ボリビア アルゼンチン ブラジルの割合
(出所)OECD 2009b を基に作成
17
図表 1 ―6 南米の FDI の国別内訳とブラジルの占める割合
(単位:US$百万)
50,000
100%
40,000
80%
30,000
60%
20,000
40%
10,000
20%
0
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001
2003
2002
2004 2005
2006 2007
0%
−20%
−10,000
ベネズエラ ウルグアイ スリナム その他南米 ペルー
パラグアイ ガイアナ フォークランド諸島 エクアドル コロンビア
チリ ブラジル ボリビア アルゼンチン ブラジルの割合
(出所)OECD 2009b を基に作成
図表 1 ―7 対南アジア民間資金フローの内訳
(単位:US$百万)
20,000
輸出保証
ポートフォリオ投資
FDI
15,000
10,000
5,000
0
1995 1996 1997 1998 1999
−5,000
(出所)OECD 2009b を基に作成
2000
2001 2002
2003
2004 2005 2006 2007
18
第 1 章 近年の途上国への資金の流れ
図表 1 ―8 南アジアのポートフォリオ投資の国別内訳
(単位:US$百万)
10,000
8,000
6,000
スリランカ
インダス流域
その他南アジア
インド
パキスタン
ブータン
ネパール
ミャンマー
バングラデシュ
アフガニスタン
モルディブ
4,000
2,000
0
1995
1996
1997
1998 1999 2000
2003 2004
2005 2006
2001 2002
−2,000
2007
(出所)OECD 2009b を基に作成
図表 1 ―9 南アジアの FDI の国別内訳とインドの占める割合
(単位:US$百万)
12,000
120%
10,000
100%
8,000
80%
6,000
60%
4,000
40%
2,000
0
20%
1995 1996 1997 1998 1999 2000
2001
2002 2003 2004 2005 2006 2007
−2,000
スリランカ その他南アジア パキスタン ネパール ミャンマー
モルディブ インダス流域 インド ブータン バングラデシュ
アフガニスタン インドの割合
(出所)OECD 2009b を基に作成
0%
19
2.政府間資金の流れの変化
2.1
国別および分野別の流れ
民間資金ほどではないが、OECD/DAC 諸国からの ODA も図 1 ― 1 が示す
ように 2002 年以降増加している。ODA の被援助地域の内訳は、額で欧州、
アジア、アフリカの順番となっている(図表 1 ― 11)。2006 年にはアフリ
カへの援助額がアジアを超えたが、2007 年にはアジアへの援助額がわず
かに多く、近年ではそれほど大きな違いは見られていない。
図表 1 ― 12 に示すように、各国の ODA の供与額を比較すると、2007 年
時点では米国が最も多く、ついでドイツ、英国、日本、フランスの順とな
っている。2005 年における米国の ODA の急激な増加はこの年に行った債
務救済によるもので、イラクの債務を帳消しにしたことや、また教育、
HIV/AIDS、マラリアへの対応策のため、ナイジェリアを含む SSA への支
払いが最高値に達したことが考えられる(OECD 2007)
。2005 年よりは減
少したものの、2006 年も引き続き、債務救済、アフガニスタン、イラク、
SSA への援助により、高いレベルを維持した。近年、二国間援助が上昇
傾向にあるが、2008 年にはその傾向が顕著で前年比 12.5 %増となった
(図表 1 ― 13)。2005 年頃は債務救済などにより ODA の増加が見られたが、
2008 年には二国間の開発プロジェクト/プログラム、技術協力などが
ODA の増加要因としてあげられる(OECD 2009a)
。
分野別に ODA を分類したものを図表 1 ― 14 に示すが、2001 年以降「社
会関連インフラ」と「債務関連」の割合がほとんどの地域で増加している
。社会関連インフ
ことがわかる。特にこの傾向は SSA で強い(図表 1 ― 15)
ラの増加は、2000 年に国連サミットにおけるミレニアム開発目標(MDGs)
達成を開発援助の主要目標とすると合意されたことを反映している。2015
年までに MDGs を達成するという目標の下、特に欧州のドナーが社会関連
インフラの分野への ODA を増やした。債務関連に関しては、2005 年にグ
レンイーグルズサミットにおいて決定された多国間債務救済イニシアティ
ブ(MDRI)の実施によって多くの途上国の債務が免除されたことによる。
20
第 1 章 近年の途上国への資金の流れ
図表 1 ―10 直接投資の地域別内訳
(単位:US$百万)
45,000
欧州
南アジア・中央アジア
南米
40,000
35,000
北米・中米
30,000
サハラ似南アフリカ
25,000
中東と北アフリカ
極東と大洋州
20,000
15,000
10,000
5,000
0
1980
− 5,000
85
90
95
2000
05
07
05
07
(出所)OECD 2009b を基に作成
図表 1 ―11 途上国へのネット ODA の地域別内訳
(単位:US$百万)
90,000
80,000
70,000
60,000
50,000
欧州
アフリカ
アメリカ大陸
アジア
大洋州
明記のない途上国
40,000
30,000
20,000
10,000
0
1980
(出所)OECD 2009b を基に作成
85
90
95
2000
21
図表 1 ―12 途上国へのネット ODA の地域別内訳
(単位:US$百万)
30,000
米国
英国
25,000
フランス
ドイツ
20,000
日本
15,000
10,000
5,000
0
1980
85
90
95
2000
05
08
(出所)OECD 2009b を基に作成
図表 1 ―13 DAC 諸国の ODA 供与額の推移
(単位:US$百万)
140,000
120,000
100,000
80,000
60,000
DAC ODA
40,000
20,000
0
1980
85
出所:OECD 2009b を基に作成
90
95
2000
05
08
22
第 1 章 近年の途上国への資金の流れ
図表 1 ―14 DAC 諸国から途上国へのセクター別のネット ODA
(単位:US$百万)
40,000
社会関連インフラ
経済インフラ
35,000
生産業
マルチセクター
30,000
債務関連事業
人道支援
25,000
20,000
15,000
10,000
5,000
0
1980
85
90
95
2000
05
07
出所:OECD 2009b を基に作成
2.2
日本から途上国への資金の流れ
図表 1 ― 12 に示すように、日本の ODA は 21 世紀に入り円ベースでは大
幅に減少しているが、US$ベースでは一定のレベルを維持している。日
本の途上国への資金の内訳の推移を見ると(図表 1 ― 16)、2004 年までは
日本から途上国への資金の流れの中で ODA が最も大きかったが、2004 年
以降は直接投資を主とした民間からの資金(PF)が急増している。2008
年には ODA が 2007 年度比で 8.2 %増となっており、金融機関への資金供
与によるものが大きい。(OECD 2009a)
日本の ODA 供与額の地域別内訳をみると、図表 1 ― 17 に示すように、
近年は減少傾向にあるものの、アジアへの供与額が他と大きな差をつけて
多く、その次にここ数年では SSA への供与が多い。また、セクター別の
推移をみると(図表 1 ― 18)、経済インフラに対する援助額が多いが、近
年、特に MDGs が設定されてからは、社会関連インフラへの援助額が多
く、対 SSA 援助を重視している傾向がみられる(図表 1 ― 17)。2000 年を
過ぎてからの傾向として、1)我が国の有償資金協力の重要な供与先であ
ったアジア諸国の経済成長、それによりいくつかの重要国が円借款からの
23
図表 1―15 各被援助地域におけるセクター別 ODA
(社会関連インフラ、経済インフラ、債務関連)のシェア
1990
2000
2005
2007
33,202
16%
43,513
35%
96,647
31%
93,882
44%
24%
18%
11%
12%
8%
8%
28%
11%
社会関連インフラ
16%
28%
36%
44%
経済インフラ
債務関連
47%
3%
39%
2%
23%
6%
18%
1%
南アジア
社会関連インフラ
15%
29%
39%
50%
経済インフラ
33%
12%
18%
25%
4%
30%
2%
1%
―
―
―
30%
49%
0%
24%
46%
2%
45%
32%
5%
23%
14%
1%
47%
12%
3%
35%
7%
2%
45%
21%
5%
21%
26%
7%
60%
4%
11%
62%
2%
6%
56%
7%
1%
17%
17%
21%
35%
8%
13%
26%
6%
40%
44%
7%
14%
7%
6%
2%
39%
17%
8%
21%
6%
62%
34%
9%
40%
8%
10%
―
31%
21%
9%
30%
37%
5%
62%
17%
0%
37%
37%
54%
66%
14%
―
16%
0.07%
8%
0.37%
12%
―
全体
(単位:US$百万)
社会関連インフラ
経済インフラ
債務関連
東南アジア
債務関連
中央アジア
社会関連インフラ
経済インフラ
債務関連
北・中央アメリカ
社会関連インフラ
経済インフラ
債務関連
南米
社会関連インフラ
経済インフラ
債務関連
サハラ以南アフリカ
(SSA)
社会関連インフラ
経済インフラ
債務関連
中東
社会関連インフラ
経済インフラ
債務関連
欧州
社会関連インフラ
経済インフラ
債務関連
大洋州
社会関連インフラ
経済インフラ
債務関連
出所:OECD 2009bを基に作成
24
第 1 章 近年の途上国への資金の流れ
卒業ないし卒業間近となっていること、2)SSA などの最貧国における重
債務問題と債務削減イニシアティブに続く動き、3)国際的な援助に関す
る議論の中で、経済成長重視の援助戦略からの貧困削減に直接対応する戦
略への傾斜、これに伴い支援対象も経済インフラの整備から教育、保健・
医療などの社会セクターへと重点がシフトしている(秋山、笹岡 2006)
と見られるが、データはこれらの傾向を反映している。その結果、1990
年中ごろまでは日本の ODA は経済インフラの分野への援助がもっとも大
きなシェアを占めていたが、この数年債務関連がより大きくなり、社会関
連インフラのシェアも経済インフラのシェアに追いついてきている。
2.3
中国からの資金の流れ
近年中国の途上国への資金の流れは増大している(図表 1 ― 19)が、特に
SSA へは顕著である。中国の対 SSA 戦略をみると、近年は関係強化が図
られており、その理由は、資源の確保と輸出・投資戦略のためであるとみ
られている(水田 2008)。アフリカには豊富な資源があり、中国にはイン
フラ整備に必要な巨大な土木産業があり、両者は補完関係にある。中国の
対 SSA の ODA の供与額の推移を見ると、2000 年以降大幅に伸びており、
2000 年から 2006 年でほぼ倍増している。そのうちで SSA への ODA 額が
どの程度であるかについて、正式なデータの公開はないものの、2005 年
時点で SSA への ODA が全体の 6 割以上を占めるという結果もある(水田
2008)
。
中国からの資金に関しては、詳しく信頼できる情報が少ないため、ロー
4)
ンであるのか、グラントであるのかまたは商業ベースなのか定かでない 。
Foster, et al.(2009)によれば、中国から SSA への援助はほとんどが経済
インフラ分野で、その中でも電力、交通網、通信(ICT)に集中している
(2001 ∼ 2007 年までのインフラ援助の 80 %以上)。また SSA の 35 か国以
上へ援助を行っているが、ナイジェリア、アンゴラ、エチオピア、スーダ
ン 4 国へは、SSA への援助の 70 %以上の援助が行われている。援助の多
★下線用12文字分ダミー★
4) Foster, et al.(2009:53)によれば 2001 から 2007 年のコミットメントのうちローン
が 50 %、輸出信用(44 %)
、FDI(5 %)、グラント(1 %)となっている。
25
図表 1 ―16 日本の資金フローの内訳
(単位:US$百万)
30,000
ODA
OOF
PF(FDI 含む)
民間からの贈与
DI
25,000
20,000
15,000
10,000
5,000
0
1980
85
90
95
2000
05
08
−5,000
−10,000
出所:OECD 2009b を基に作成
図表 1 ―17 日本の資金フローの地域別内訳
(単位:US$百万)
8,000
欧州
アフリカ
7,000
アメリカ大陸
アジア
6,000
大洋州
明記のない途上国
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
0
1980
85
−1,000
出所:OECD 2009b を基に作成
90
95
2000
05
07
26
第 1 章 近年の途上国への資金の流れ
図表 1 ―18 日本の ODA のセクター別供与額の推移
(単位:US$百万)
9,000
社会関連インフラ
経済インフラ
8,000
生産業
マルチセクター
7,000
日用品援助・一般プログラム援助
債務関連事業
6,000
人道支援事業
不明・不特定
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
0
1967
70
75
80
85
90
95
2000
05
08
出所:OECD. StatExtracts(オンライン DB)を基に作成
くはいわゆる「アンゴラ形式(Angola mode)」がとられている。これは
援助の返済をある一定の量の石油などの天然資源で行うことである。
今後、中国から SSA をはじめとした途上国のインフラ整備への支援は
増大し続けると思われるが、途上国の債務問題を悪化させる可能性がある。
中国に続きインドなども SSA への援助を増大させており、これらの国
の国際開発援助社会に対する影響はすでに大きいが、これからも増大する
だけでなく、中国の援助方式にも注目が集まるであろう。
2.4
海外送金(Remittance)
近年、海外送金(Remittance)のフローにも増加が見られる(図表 1 ― 20)
。
途上国への海外送金によるフローは 2008 年には US$3,380 億にのぼった
が、2009 年には US$3,170 億に下がるとみられている(World Bank
2009b)。2008 年の南アジアへの送金は世界経済危機にもかかわらず堅調
であったが、時間差で減少する可能性もある。東アジア、SSA に関して
も同様の可能性がある。南米・カリブ地域、中東、北アフリカに関しては、
27
図表 1 ―19 中国の援助支出額
(単位:US$百万)
1,000
900
800
700
600
中国の援助支出額
500
400
300
200
100
0
2000
2001
2002
2003
2004
2005
出所:小林 2007 を基に作成
図表 1 ―20 労働者の海外送金(対 GDP)
(単位:%)
70
ヨルダン
レバノン
レソト
ネパール
フィリピン
サモア
トンガ
バングラデシュ
エルサルバドル
グアテマラ
ハイチ
サハラ以南南アフリカ
モロッコ
エジプト
アルバニア
セルビア
60
50
40
30
20
10
0
1990
95
2000
出所:World Bank 2009c を基に作成
05
08
28
第 1 章 近年の途上国への資金の流れ
2009 年は減少したものの、すでに底を打ち、2010 年、2011 年には回復す
ると見込まれる。雇用を産まない経済回復、移民政策の強化、為替レート
の変動などのリスクがあるものの、民間資金フローより増加のペースは速
いとみられる。
3.近年の途上国への資金フロー傾向の影響
本章では近年の先進国から途上国への資金の流れを検討したが、従来の
ODA 以外に民間からの流れ、中国からの援助、海外送金の重要性が増し
ている。このうち急増しているのが BRICs などへの民間資金の流れで、
これは欧米の主要民間金融機関の力に負うところが大きい。BRICs や新
興国などと名付けたのもこれらの機関であるし、先進国の投資家がこれら
の国へ投資しやすいような金融商品を開発したのも同じである。現在
BRICs に続いて多くの途上国が投資対象になってきており(例えば、ベ
トナム、インドネシア、トルコ、メキシコなど)、これらの国への投資も
増えてきている。注目すべきは資金の規模で、ODA を遥かにしのぎ、ブ
ラジルなどでは膨大な民間資金の流入が自国通貨を増価し、「オランダ病
(Dutch Disease)」を引き起こすことを懸念し、流入する外国資金に対し
税をかける手段をとっている。
2008 年秋のリーマン・ショック以来民間からの資金は一時激減したが、
2009 年後半には BRICs などへの民間資金の流入は大幅に増えている。メ
キシコ、トルコ、東南アジア諸国など BRICs 以外の途上国への民間資金
の流れも増加してきている。この背景には、投資家の世界経済観が大きく
変化したことの反映があろう。2000 年前半までは世界の経済は北米、西
欧、日本を主とした OECD 諸国が中心であり、特に米国の旺盛な消費に
支えられてきた。しかし、1990 年代から中国、それに続く他の BRICs の
世界経済における重要性が急激に認識され始め、この傾向はリーマン・シ
ョック以降特に強まったと思われる。米国の旺盛な消費の回復には少なく
とも数年かかると見込まれていて、消費の拡大よりむしろ貯蓄志向が強ま
っ て い る 。 人 口 動 向 、 潜 在 経 済 力 を 考 慮 す る と、 こ れ か ら の 投 資 は
29
OECD 諸国以外へという認識が、途上国への莫大な民間資金の流れを誘
ったのであろう。リーマン・ショック以来先進国は歴史上もっとも緩やか
な金融政策と膨大な出費を伴う財政政策をとらざるをえず、その結果投資
資金は大幅に増加し、その多くが BRICs などに回ったのであろう。数年
前の円キャリー・トレードに変わり、今ではいわゆる、金利がほとんどゼ
ロのドルを借り、途上国へ投資するというドル・キャリー・トレードが盛
んに行われるようになった。
この民間資金の流れの変化が開発、開発援助問題へ与える影響は大きい。
まず ODA に比べ民間資金の規模が膨大なことである。DAC メンバー諸
国は 60 年以上 ODA を途上国へ供与してきたが、いまだ多くの国では
MDGs を達成できない状態である。SSA などでは貧困が現在よりひどく
なる可能性が十分にある。次に、このような民間資金の流れの傾向が続く
のであれば、経済発展する途上国とそうでない途上国の違いはどれほど民
間資金を呼び込むことができるかが大きな決定要因になる。そして、この
近年の傾向には途上国自身気が付いていて、BRICs など民間資金が大量
に流入している国以外では、先進国へ ODA より貿易、また民間からの
FDI のほうを強く望むという意見が出されている。
持続性のある開発には経済成長が伴うことが不可欠であること、また経
済成長を達成するには民間企業の育成が必要なこと、民間企業が育つには
5)
経済インフラを含む膨大な資金が必要なこと 、このような資金は ODA
だけでは満たされないことなどを考慮すると、先進国の民間からの資金を
はじめとした国際投資資金が途上国へ流れることが途上国の経済発展には
不可欠なのではないか。このように考えると、開発援助は途上国が海外か
らの民間資金を呼び寄せる呼び水のような役目を担うことに重点を置くべ
きと思われる。
★下線用12文字分ダミー★
5) 特に温暖化ガス削減に配慮した経済発展を目指す場合
30
第 1 章 近年の途上国への資金の流れ
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第
2章
地球温暖化に関連する資金調達と配分
◆
秋山孝允・大村玲子
1.背景と概要
地球温暖化問題は 1997 年に「京都議定書」が採択されてから最も重要で
グローバルな課題の一つになり、それに伴い途上国の温暖化ガスの排出量
抑制と、途上国の温暖化から受ける社会的・経済的悪影響も大きな問題に
なった。地球温暖化問題と開発援助を結び付ける制度として、クリーン開
発メカニズム(Clean Development Mechanism:CDM)と共同実施(Joint
Implementation:JI)がある。これらは先進国が途上国で温暖化ガス削減
に資するプロジェクトを支援する制度であり、緩和策(Mitigation)の一
種である。これとは別に温暖化の悪影響に途上国が適応するのを支援する
活動(適応策:Adaptation)やこれのためのクリーン技術基金(Clean
Technology Fund)などがある。
しかし、途上国における緩和策、適応策を実施するには膨大な資金が必
要とされ、2013 年以降を目指し、多様な資金調達手法が検討されている。
本章では既存のまたは提案されている主な資金調達手法を解説する。地球
温暖化に関連した先進国から途上国への資金の流れはこの課題の重要性の
認識が高まるにつれ、増加してきている。
地球温暖化の問題が注目されるようになったのは、地球の温度が上昇傾
向に転じそれに伴う研究が進んだ 1980 年代、そしてこの問題を科学的知
34
第 2 章 地球温暖化に関連する資金調達と配分
見に基づき評価し助言する政府間機構「気候変動に関する政府間パネル
(Intergovernmental Panel on Climate Change:IPCC)」が国連環境計画
(UNEP)と世界気象機関(WMO)の共同で設立された 1988 年に遡る。
この IPCC 第 1 次評価報告(1990 年)が多大に影響し、1992 年国連気候
変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change:
UNFCCC)の採択、1994 年の発効に至った。そして、この条約のもと、
具体的な意思決定を行う締約国会議(Conference of the Parties:COP)が
1995 年に始まり、2009 年 12 月までに 15 回開催された。その間の交渉で
の最重要事項は「京都議定書」の採択(1997 年 COP3)であり、その後、
議定書の運用ルールを確立した「マラケシュ合意」(2001 年 COP7)、そ
して「バリ行動計画」(2007 年 COP13)に基づき、ポスト「京都議定書」
の国際枠組みを決定する予定であったコペンハーゲン会議(2009 年 12 月
COP15)へと進展する。
COP15 では、京都議定書に批准していない米国および新興国を含む主
要国で「京都議定書」以降の温暖化ガス削減計画が締結されると期待され
たが、中国、インドなど途上国と先進国の政策スタンスの溝は埋まらず、
拘束力のある国別数値目標には合意が得られなかった。2010 年末にメキ
シコで開かれる COP16 までに拘束力のある国別数値目標への合意を得る
ことが期待されるが、それまで CDM と JI を通しての資金の流れは不透
明さを増した。しかし COP15 がまったくの失敗であるとはいえない。
2010 年 1 月末の期限までに 90 か国は、拘束力はないが温暖化ガス削減目
標を提出した。この目標は他の国の削減目標とかかわりなしに達成しよう
というものである。途上国からの削減目標は大きい。削減の大きな部分は、
費用がそれほどかからないインドネシアとブラジルの森林保全に関してで
ある。また、「コペンハーゲン合意」には、先進国が途上国への森林保護
も含む緩和策のため、2020 年から毎年 US$1,000 億を拠出することが記
1)
されている 。
★下線用12文字分ダミー★
1) いわゆる「コペンハーゲン合意」への留意文書(UNFCCC 2009)参照
35
2.地球温暖化対策に必要な資金
途上国における地球温暖化の緩和策と適応策には膨大な資金が必要と推定
されている。図表 2 ― 1 が示すように、地球温暖化の経済学的評価を行っ
た英スターン報告(2006)によれば、対策が講じられない場合の被害額
を US$5.5 ∼ 11 兆/年(世界 GDP5 ∼ 10 %相当)、大気中 CO2 濃度を 500
∼ 550ppm に安定させた場合を US$1.1 兆(GDP1 %相当)と推計する。
また、UNFCCC 推計は World Energy Outlook 2008 に基づき、大気中 CO2
濃度を 450ppm に安定化させ、2030 年までに世界の温室効果ガス
(Greenhouse Gas:GHG)排出量を 2000 年比 25 %に削減するために、緩
和策として約 US$3,500 億/年(うち途上国が US$680 億/年)、適応策
として US$490 ∼ 1,710 億/年(うち途上国が US$280 ∼ 670 億/年)と
する。適応策資金としては、国連開発計画(UNDP)が US$860 億/年、
世界銀行(世銀)は US$100 ∼ 400 億/年と推定する。
温暖化の影響に非常に脆弱でありながら経済発展が最優先される多くの
途上国での温暖化対策に必要とされる金額、例えば UNFCCC の推計総額
の上限 US$1,350 億/年に対し、現在利用可能な資金総額 US$309 億
(多国間協力と二国間供与:US$194 億、CDM 投資額:US$69 億、
GEF:US$34 億、UNFCCC/京都議定書基金:US$12 億)の隔たりは
相当なものである。
途上国の地球温暖化対策に対する先進国の支援「義務」は、UNFCCC
の下では「努力目標」にとどまり、京都議定書では「強化」されたものの、
その後も双方不満を残したまま今日に至る。またその間途上国の中でも特
に新興国など、当初の途上国と先進国の線引きが再考されるべき時期にも
ある。本章では、温暖化対策に資する途上国開発を主眼に置き、その資金
フローを考察するものである。
先述のように、地球温暖化対策は、温暖化を抑制する「緩和策」と温暖
化に適応する「適応策」の異なる方向性を持つ 2 種の対策に大別され、こ
れらは相互補完の関係を持つ。現在、地球温暖化対策の国際的枠組みの下
36
第 2 章 地球温暖化に関連する資金調達と配分
図表 2 ―1 将来的な気候変動対策に必要とされる資金規模の推計一覧
条件
被害額と対策費用
『スターン・
レビュー』
資金規模
途上国への内訳
(US$十億)
対策を講じない場合
5,500−11,000/年
CO2 濃度を 500−550ppm に安定化
1,100( 2050年)
した場合
緩和策
IEA『世界エネル
ギー展望 2008
(WEO 2008)
』
UNFCCC
2005 年までに世界の CO2 排出総量
を 2005 年レベルに抑制した場合
17,000=400/年
10,300
2005 年までに世界の CO2 排出総量
45,000=1,100/年
を 2005 年レベルから半減した場合
27,000
CO 2 濃度を 450ppm で安定化した
場合(
『WEO 2008』に基く)
341−358/年
68/年
4.9−171/年
28−67/年
適応策
UNFCCC
CO 2 濃度を 450ppm で安定化した
場合(
『WEO 2008』に基く)
UNDP
2015 年までに追加的に必要となる
年間投資需要額
86/年
世銀
開発途上国への開発資金フローご
との気候リスク感度の高い投資割
合を推計
10−40/年
出所:IGES 2009 を基に作成
設立された基金および資金メカニズムとしては、UNFCCC の下、地球環
境ファシリティ(Global Environment Facility:GEF)が運営する GEF 信
託基金、特別気候変動基金(Special Climate Change Fund:SCCF)
、後発
開発途上国基金(Least Developed Countries Fund:LDCF)が、一方京都
議定書の下には、適応基金(Adaptation Fund:AF)
、クリーン開発メカニ
ズム(Clean Development Mechanism:CDM)、共同実施(Joint Implementation:JI)が存在する。これらの中でもとりわけ CDM はその資金規
模も大きく、これを促進するための幾つかの基金を伴い地球温暖化対策の
資金調達で最も重要とされる。
しかし、前述のように、現在ある資金メカニズムや資金規模では途上国
で必要とされる適応策や緩和策をとるには不十分であるという認識から、
37
いわゆるポスト京都議定書での国際枠組みの中で議論されるべき 2013 年
以降の多様な資金徴収方法が提案されている。これらの資金調達方法は、
排出権取引制度からの調達、炭素市場での徴収、GHG 排出また特定の活
動に対する課徴金や税、などに分類される。
次項では、まず地球温暖化対策として現在実施されている資金調達メカ
ニズムを、次に現在提案されている中でも主なメカニズムを解説する。
3.資金調達メカニズム
3.1
現在実施されている資金調達メカニズム
京都議定書のもと、地球温暖化への緩和策として国際炭素市場へ介入する
柔軟な資金メカニズムとして、クリーン開発メカニズム(CDM、京都議
定書第 12 条)、共同実施(JI、同第 6 条)、排出量取引(ET、同第 17 条)
があり、これらを総称して「京都メカニズム」と呼ぶ。ここでは、まず
CDM と JI の概要およびその規模と実施状況を、次に、CDM や JI を促進
する目的で存在する世銀や国連開発計画(UNDP)などの活動を説明する。
また、排出量取引に関しては、後述の提案されている資金調達メカニズム
の中で述べる。
3.1.1 CDM と JI
(1)CDM と JI の概要
CDM は、附属書Ⅰ国(先進国)が非附属書Ⅰ国(途上国)2) において
GHG 削減プロジェクトを実施した場合、そこから生じる削減分を基に算
定されたクレジット(認証排出削減量、Certified Emission Reduction:
CER)を自国の削減量に加算できると規定される。つまり、CDM には、
1)非附属書Ⅰ国の持続可能な発展の達成、と 2)附属書Ⅰ国の GHG 排出
削減目標の遵守、という 2 つの目的がある。このメカニズムは、市場原理
★下線用12文字分ダミー★
2) 気候変動枠組条約を構成する附属書 I 国は、主に先進国と東欧の市場経済移行国から、
一方、非附属書 I 国は GHG 主要排出国、後発途上国、小島嶼国および産油国からなる。
38
第 2 章 地球温暖化に関連する資金調達と配分
を取り入れ、民間企業を参入させる意味で革新的であるといえるが、これ
ら排出削減と開発の両方の効果が期待されるため、CDM に沿ったプロジ
ェクトを実施するには複雑で時間のかかるいわゆる「CDM プロジェク
ト・サイクル」を経なければならない。その結果、当初 2012 年までに発
行が見込まれていた排出枠の約半分が実現しない可能性を世銀は示唆し
(World Bank 2009d, p46)、その他にも、プロジェクトにより発行される
排出枠の量を下回る事態が予想される(大竹 2009)など、CDM の申請手
続きの簡素化・認定基準の標準化・削減量の計算手法の見直し含めさまざ
まな改善点が議論されている。
CDM が先進国と途上国間のメカニズムであるのに対し、これが附属書
Ⅰ国間で行われる場合、JI と呼ばれる。その排出権クレジットは、上述
CDM の CER に対し、ERU(Emission Reduction Units:排出削減単位)
3)
と言う。単位は CDM 共々、1tCO2e である。
(2)CDM と JI の規模と実施状況そして世界炭素市場
世銀の『炭素市場の現状と傾向』年次報告によれば(図表 2 ― 2)、CDM
と JI によるプロジェクトベース市場の 2008 年炭素取引額は、一次 CDM
が US$65.2 億、JI は US$2.9 億で、合せて US$68.1 億である。CDM と
JI それぞれ、2006 年からの推移を見ると、2007 年をピークに下降傾向に
ある。その原因として、2008 年半ばから排出枠/クレジット価格の商品
間の価格差が無くなったことによる一次 CDM 離れ、さらに、2008 年か
ら 2009 年初頭にかけ、プロジェクトの登録やクレジット発行の遅延、ま
た金融危機の影響による資金繰り悪化で取引が抑制されたためとされる。
反面、2008 年の二次 CDM 市場は 2006 年比の約 5 倍の伸びを見せている。
また、2008 年世界全体の炭素市場取引額は US$1,263.5 億で、2006 年に
比べ約 4 倍増、これを明らかに牽引しているのが、EU 域内排出量取引制
度(EU–ETS)の市場であり、2008 年全取引額の実に 73 %を占める。
CDM のプロジェクト実施状況をみると、2010 年 2 月 16 日時点で、申
請された 4,200 を超える CDM プロジェクトのうち、約半数の 2,044 が登
★下線用12文字分ダミー★
3) Tonnes of CO2 equivalent:炭酸ガス 1 トン同価
39
図表 2 ―2 炭素市場の取引金額(単位:US$億)
2006 年
2007 年
58.0
74.3
65.2
1.4
5.0
2.9
59.4
79.3
68.1
4.5
54.5
262.8
EU−ETS
244.4
490.7
919.1
世界合計注 2
312.4
630.1
1,263.5
一次 CDM
注1
JI
一次 CDM と JI の計
二次 CDM 注 1
2008 年
注 1)一次 CDM はホスト国売主との取引、二次 CDM は転売や仲介による取引
注 2)世界合計には、ボランタリー市場や他の小規模な排出枠ベースの炭素市場
も含む
出所:World Bank 2008, 2009d を基に作成
録済み、34 が登録待ちである。これを CER クレジット単位に換算すると、
登録プロジェクトは年平均で 343 MtCO2e、2012 年末までに 1,730 MtCO2e
4)
が予測されている。プロジェクトの実施内訳を分析すると 、ホスト国別
では中国(36 %)、インド(24 %)、ブラジル(8 %)、メキシコ(6 %)
と新興国に集中し、分野別では、エネルギー産業(60 %)、廃棄物の取扱
いと処理(18 %)、燃料の漏出削減(5 %)に向けられ、また地域別では、
アジア・大洋州(75 %)と中南米・カリブ諸国(22 %)
、アフリカへは僅
か 2 %と格差があることがわかる。
(3)CDM と JI を促進する基金
CDM と JI を促進するための基金が世銀と国連開発計画(UNDP)などに
ある。世銀では Carbon Finance Unit
5)
が、合計 12 の炭素関連基金を管
理・実施しており、一番古くは 2000 年に設立したプロトタイプ炭素基金
に始まり、一番新しくは 2009 年 12 月ポスト京都議定書に向け加わった炭
素パートナーシップ・ファシリティまでと、これまで 10 年の経験を重ね
る。2009 年末の時点でこれらの基金が融資しているプロジェクトは 213
★下線用12文字分ダミー★
4) UNFCCC/CDM の Web サイトより参照
5) Carbon Finance Unit の Web サイト:http://web.worldbank.org/WBSITE/EXTERNAL/TOPICS/ENVIRONMENT/EXTCARBONFINANCE/0,,menuPK:4125909~pagePK:64168
427~piPK:64168435~theSitePK:4125853,00.html
40
第 2 章 地球温暖化に関連する資金調達と配分
図表 2 ―3 世界銀行が管理する炭素基金
種類
専門
名 称
特 徴
参加国
資本(mil)、 契約された
〈民間比率〉 MtCO2e
プロトタイプ炭素基金
排出削減と開発のための 2000 年
4月
(Prototype Carbon Fund:PCF) パイオニア的基金
23
US$219.8
57.6%
31
コミュニティー開発炭素基金 コミュニティー開発とクリーンエ 2003 年
3月
(Community Development ネルギーを組み合わせた貧困
地域でのプロジェクトに出資
Carbon Fund:CDCF)
25
US$128.6
45.1%
9.4
炭素を森林や他の農業地 2004 年
5月
にとどめることを目的に
した基金
14
US$53.8
51%
5.7
2007 年
3月
7
US$38.1
47%
0
アンブレラ炭素ファシリティ第 世銀内のファシリティを統 2006 年
8月
1トランシェ
(Umbrella Carbon 合し資金をプールし大規模
プロジェクトを支援
Facility:UCF, Tranche 1)
16
799.1
75%
129.3
バイオ炭素基金 第 1トラン
シェ(BioCarbon Fund:
BioCF, Tranche 1)
バイオ炭素基金 第 2トラン
シェ(BioCarbon Fund:
BioCF, Tranche 2)
国
設立
年月
同上
オランダ CDM
ファシリティ(Netherlands
CDM Facility:NCDMF)
1
オランダ政府の CDM プ 2002 年
5 月 (オランダ
ロジェクトを支援する基金
政府)
N.A.
N.A.
オランダ・欧州炭素ファシリ
ティ
(Netherlands European
Carbon Facility:NECF)
JI の下の排出権取得のた 2004 年
1
8 月 (オランダ
めの基金
政府)
N.A.
N.A.
イタリアの官民両方の機関 2004 年
イタリア炭素基金
3月
(Italian Carbon Fund:ICF) が CDM に参加できるよう
にするための基金
7
US$155.6
30.2%
16.3
デンマークの官民両方の機 2005 年
デンマーク炭素基金
1月
(Danish Carbon Fund:DCF) 関が CDM、JI に参加でき
るようにするための基金
5
90.0
78%
7.7
スペイン炭素基金 第 1トラ スペインの官民両方の機関 2005 年
3月
が CDM、JI に参加できる
ンシェ(Spanish Carbon
ようにするための基金
Fund:SCF, Tranche 1)
13
220.0
22.7%
19.8
N.A.
70.0
N.A.
N.A.
欧州投資銀行と世銀で共 2007 年
3月
同管理。欧州諸国が京都議
定書とEU−ETS を満たす
ことを支援するための基金
5
50.0
20%
2.9
2013 年以降の長期でリ 2009 年
スクが大きい可能性のあ 12 月
る大規模プロジェクトを支
援するためのファシリティ
N.A.
200.0
(in early
2010)
N.A
N.A.
森林破壊防止(REDD) 2008 年
6月
を支援する基金
38
US$155.0
3.2%
0
スペイン炭素基金 第 2トラ
ンシェ(Spanish Carbon
Fund:SCF, Tranche 2)
欧州炭素基金(Carbon
Fund for Europe:CFE)
炭素パートナーシップ・
新ポ
た ス ファシリティ(Carbon
な ト Partnership Facility:CPF)
種京
類 都 (Newest)
に 森林炭素パートナーシップ・
向
け ファシリティ(Forest Carbon
た Partnership Facility:FCPF)(New)
同上
出所:World Bank 2009b を基に作成
2008 年
4月
41
あり 6)、その排出削減価値は約 US$25 億である(World Bank 2009a)
。こ
れらの基金は CDM を企画し、実施することにあり、それぞれの基金の名
が示すように、多くの基金は特定の国の出資者なり特定の排出量削減方法
を用いる。出資者は附属書Ⅰ国の政府や企業であり、これらの基金に出資
することにより、複雑な CDM プロセスに煩わされずに CER を得ること
ができる。
世銀が管理している基金を図表 2 ― 3 にまとめる。
全 CDM と JI の炭素市場において世銀の炭素基金が占める割合は、こ
こ数年 4 %台と決して高くはない。しかし、前述のように、当初 CDM と
JI メカニズムが意図した途上国の炭素市場への参入について、現時点では
地域偏在が顕著であり、この点で世銀の炭素基金はプロジェクトの地域分
配において公平性が確保されている(図表 2 ― 4)。ただ、この単位はプロ
ジェクトの数であり、例えばアフリカ地域への全 CDM プロジェクトは
2 %であるのに対し、世銀基金では 21 %と一見割合は大きいが、実情は
図表 2 ―4 CDM プロジェクトの地域分配比較(単位:プロジェクト数)
地域別プロジェクト数:世銀 212、CDM と JI 全体 4,820
100%
1%
1%
5%
18%
2%
17%
80%
21%
25%
60%
中東
東欧
アフリカ
中南米
南アジア
東アジア
26%
40%
13%
50%
20%
26%
0%
世銀
CDM と JI 全体
出所:World Bank 2009a を基に作成
★下線用12文字分ダミー★
6) プロジェクトの登録数。申請数は 1000 件以上、この 50 %が審査対象、さらにその
50 %が登録に至る。
42
第 2 章 地球温暖化に関連する資金調達と配分
アフリカでのプロジェクトは概して規模が小さく、従って地域偏在はここ
にも存在するようである。
『人間開発報告書 2007/2008』も同様に途上国の市場参加への障壁を問
題視しており、炭素市場からの恩恵をより広く分配するメカニズムとして、
7)
UNDP の「MDG カーボン・ファシリティ(MDG Carbon Facility)
」 を紹
介している。このファシリティは 2007 年 6 月に設立され、メタン削減セ
クター、再生可能エネルギー、エネルギー効率向上セクター、森林破壊防
止事業、運輸セクター、クリーンエネルギー・セクターへのプロジェクト
を実施している。
3.1.2
その他の基金
排出緩和のための基金は上記の CDM 関連基金以外に、UNFCCC の下設
定された地球環境ファシリティ(Global Environment Fund:GEF)信託
基金、国際開発金融機関(ここでは世銀)に設立された日本開発政策・人
材育成基金(Policy and Human Resources Development Fund:PHRD
Fund)(気候変動関連プロジェクトへの支援:2007 年度 US$520 万、
2008 年度 US$330 万)、ノルウェーの民間セクターインフラ・トラスト
ファンドなどがある。また、2008 年 7 月の世銀理事会で承認された排出
緩和基金としては、2012 年までの暫定措置としての気候投資基金(Climate Investment Fund:CIF)があり、クリーン・テクノロジー基金
(Clean Technology Fund:CTF)と戦略的気候基金(Strategic Climate
Fund:SCF)からなる。CIF は気候適応策にも用いられ、任意で US$57
8)
億以上の拠出が誓約された(World Bank 2009c)。
■クリーン・テクノロジー基金(Clean Technology Fund)
世銀が管理し、資金は US$41 億である。主な目的は、譲許的融資、保証、
株などの譲許的金融手段を用いて低炭素テクノロジーの実施、拡散、移転
を加速させることである。出資は 7 か国のドナーからの任意拠出で、米国
★下線用12文字分ダミー★
7) MDG Carbon Facility の Web サイト:http://www.mdgcarbonfacility.org/
8) 金額は、2009 年 1 月の為替レート適用
43
がそのうちの 49 %を、次いで日本が 24 %を占める。
■戦略的気候基金(Strategic Climate Fund)
同様に世銀が管理し、資金は US$16 億である。気候回復パイロット・プ
ログラム(Pilot Program for Climate Resilience)や森林投資プログラム
(Forest Investment Program)などの特定の気候問題やセクターごとでの
新しい開発アプローチ、またそれらの活動を拡大することを目指している。
出資は 8 か国から成り、英国がそのうちの 70 %を、次いで日本が 13 %を
占める。
緩和策はこの他にも下にまとめた図表 2 ― 5 に示すような二国間・多国
間協力による基金も存在する。一方、気候変動の適応策に関しては、同じ
く図表 2 ― 5 にあるように、京都メカニズムである適応基金(Adaptation
Fund:AF)、および UNFCCC における GEF 信託基金の適応に関する戦
略的優先項目(Strategic Priority on Adaptation:SPA)
、後発開発途上国基
金(LDCF)と特別気候変動基金(SCCF)が主だったものである。また、
二 国 間 協 力 か ら 、 日 本 の ク ー ル ア ー ス ・ パ ー ト ナ ー シ ッ プ、 英 国 の
ETF–IW、ドイツの国際気候イニシアティブなどが、多国間協力からは先
に緩和策であげた世銀の CIF 関連の他に、同じく世銀の防災グローバ
ル・ファシリティ(Global Facility for Disaster Reduction and Recovery:
GFDPR)や国連の途上国での森林減少・劣化の防止による排出削減
(Reduce Emission from Deforestation and Forest Degradation in Developing Countries:REDD)があり、これらは条約・議定書枠内の基金を上回
る資金源となっている。
3.2
提案されている資金調達メカニズム
ここでは、UNFCCC および京都議定書両枠組みの交渉プロセスの中で提
案されてきた気候変動適応策や緩和策への新たな資金源のうち主なものを
図表 2 ― 6 に従い、簡単に説明する。すでに実施済みのあるいは実施が予
定されている資金メカニズムに比べ、これらの資金規模ははるかに大きく、
今後の議論の進展が期待される。
44
第 2 章 地球温暖化に関連する資金調達と配分
図表 2 ―5 新しい二国間・多国間協力による気候基金(US$百万)
基 金
適応策
緩和策
合 計
期 間
UNFCCC/京都議定書の下の基金
50
172
適応に関する戦略的優先項目SPA
後発開発途上国基金 LDCF
特別気候変動基金 SCCF
50 GEF3−4
172 2008 年 10 月時点
91 2008 年 10 月時点
91
適応基金 AF
300−600
小計 613−913
二国間供与
クールアース・パートナーシップ
(日本)
2,000
300−600 2008−2012
0 613−913
8,000
10,000 2008−2012
環境変革基金 ETF−IW(英国)
気候と森林イニシアティブ
(ノルウェー)
1,182
2,250
UNDP−スペインMDGs 達成基金
世界気候変動同盟 GCCA(欧州委員会)
22
84
92
76
200
564
764 2008−2012
国際森林炭素計画 IFCI(オーストラリア)
160
小計
多国間協力
防災グローバルファシリティGFDRR(世銀)
15
森林減少・劣化による排出削減 REDD(国連)
35
炭素パートナーシップ・ファシリティ
(世銀)
500
森林炭素パートナーシップ・ファシリティ
(世銀)
385
気候投資基金 CIF(世銀)
6,200
クリーンテクノロジー基金 CTF
4,800
戦略的気候基金 SCF
1,400
森林投資プログラム
350
再生可能エネルギーの拡大
200
気候回復パイロットプログラム
600
小計
160 2007−2012
14,630
国際気候イニシアティブ
(ドイツ)
1,182 2008−2012
2,250
114 2007−2010
160 2008−2010
15 2007−2008
35
500
385 2008−2020
6,200 2009−2012
4,800
1,400
350
200
600
7,135
出所:World Bank 2009e を基に作成
3.2.1
排出量取引制度:各国の排出枠(AAU)のオークション
京都議定書の第一約束期間である 2008 ∼ 2012 年に附属書Ⅰ国は排出する
なりトレードできる一定の排出量を受ける(Assigned Amount Unit:AAU)
。
この種の資金調達方法は、AAU の一部を、排出削減を守らなければなら
ない企業へ無料でわたすのではなく、オークション(有償割当)すること
による。
諸外国での排出量取引の現状を見ると、2005 年に導入し今や世界炭素
市 場 の 約 7 割 を 占 め る 欧 州 連 合 の EU–ETS( EU Emission Trading
45
図表 2 ―6 適応策、緩和策そして技術協力への新たな資金源への提案
提案国・グループ
提案内容
排出量取引制度
目的
注
資金/年
(単位は特に明記がない限り、US$十億/年)
各国の排出枠
(AAU)のオークション
ノルウェー
排出枠(AAU)
オークション
15−25
適応・緩和
欧州連合
(EU)
EU−ETS 第 3 期オークション 適応・緩和
ドイツ
国際気候イニシアティブ
(ICI) 適応・緩和 2008
N.A.
N.A.
米国
気候変動法案
炭素市場における課徴金
バングラデシュ、
CDM 課徴金率の増加
パキスタン
その他の課徴金や税収入
0.12
適応
2008−2012
0.12−0.75
2030
0.15−12.5
負担分担メカニズム
世界気候変動基金
G77+中国
附属書Ⅰ国の GDP の 0.5−1% 適応・緩和 2007 年 GDP ベース 201−402
48.5
世界統一炭素税
適応・緩和 うち18.4 が途上国へ
国際航空適応税
(IATAL) 適応・緩和
4−10
国際海運排出削減制度(IMERS)
適応
4−15
スイス
LDCs
LDCs
適応・緩和
適応・緩和
0.04
10
ツバル
メキシコ
出所:UNFCCC 2008 および IGES 2009 を基に作成
Scheme:EU 域内排出量取引制度)をはじめ、森林部門で 2008 年に開始
したニュージーランド、米国州レベルで 2009 年に開始した RGGI
(Regional Greenhouse Gas Initiative:地域 GHG 削減イニシアティブ)な
どのほか、カナダ・韓国・米国も具体的な導入を進めている 9)。
さらに、これら国内取引を国際的にリンクさせる動きとして、国際炭素
行動パートナーシップ(International Carbon Action Partnership:ICAP)
が 2007 年 10 月に発足し、2010 年 2 月時点で加盟 29 主体(日本はオブザ
ーバー参加)が活動を展開している。同様の動きとして、2009 年 9 月に
は「国際炭素市場」構想の枠組み作りのため、米国が主導、英国、フラン
スなどが協力する形で素案を作成し、直後に日本も参加の意向を表明して
10)
いる 。
今後も国際的な炭素市場の規模の拡大が予測される中、以下に、国際レ
ベルでの制度化を提案しているノルウェー案、そして、現行の国内排出量
★下線用12文字分ダミー★
9) 環境省/排出量取引インサイト、Web サイト http://www.ets-japan.jp/index.html、
および環境省地球環境局「諸外国における排出量取引の実施・検討状況」(2010.2)参照
10)Asahi.com(朝日新聞社)2009 年 9 月 4 日、9 月 24 日参照
46
第 2 章 地球温暖化に関連する資金調達と配分
取引を国際的にリンクさせる案のモデルとして、欧州の EU–ETS、ドイツ
の国際気候イニシアティブ(International Climate Initiative:ICI)
、そして
米国気候変動法案(ワックスマン・マーキー法案とケリー・ボクサー法案)
の動向を紹介する。
■ノルウェーの排出枠(AAU)オークション
11)
UNFCCC の特別作業部会に 2008 年 8 月に提出されたノルウェー案は、
AAU の収益の一部を適切な国際機関によってオークションするというも
のである。その後 2009 年 4 月に提出された文書で、その資金を適応策や
緩和策、能力開発や途上国に供与することで、途上国における炭素税や排
出枠取引制度の導入を促進することを目的とするとされた。資金規模は、
排出枠の 2 %のオークションで、年間 US$150 ∼ 250 億創出すると推定
される。
■ EU の EU 域内排出量取引制度(EU–ETS)第 3 期におけるオークション
2008 年 12 月欧州議会、そして翌年 4 月に欧州閣僚理事会で、EU–ETS 第
3 期(2013 ∼ 2020)に向けた制度改定が採択された。その主な改定内容は、
(a)オークション制へ移行し、
(b)オークションからの収入の 50 %以上
12)
を途上国の気候適応策や技術開発などに使う。現在(第 2 期 2008 ∼ 2012)
、
ドイツを含め排出枠の約 1 割まで合意している国があるが、オークション
からの収入を途上国における緩和・適応策に使うという公式な制約はない。
電力セクターは原則 2013 年から 100 %、航空セクターは 2012 年から
15 %がオークションに移行される。他のセクターは未定である。COP15
での国際的な拘束性のある温暖化ガス削減目標が合意されなかったことも
あり、EU–ETS が現在の形式で将来運営されたとしてもそこでのオークシ
ョンの総額がどの程度になるか不確実である。
★下線用12文字分ダミー★
11)Norway’s submission on Auctioning Allowances, AWG-LCA3 and AWG-KP 6(August
2008)Accra, Ghana:www.unfccc.int/files/kyoto_protocol/application/pdf/norway_auctioning_allowances.pdf
12)この割合は IGES 2009 による。
47
■ドイツの国際気候イニシアティブ(ICI)
2008 年初頭からドイツ連邦環境省(BMU)は、EU–ETS の第 2 期(2008
∼ 2012)で国内排出権の 9 %をオークションにかけている。ドイツ政府
は民間企業に排出権を無料でわたすのではなく、収入を上げるためにオー
クションしている。2008 年のオークション収益は 4 億前後で、うち 1.2
13)
億が国内外の気候変動対策へ充てられ、途上国への支援額は不明とされる 。
■米国の気候変動関連法案(ワックスマン・マーキー法案とケリー・ボク
サー法案)
オバマ新政権の下、2009 年開催された第 111 回米国連邦議会において、
2012 年からのキャップ・アンド・トレード式の排出量取引制度導入に向
けた法案 2 件:通称「ワックスマン・マーキー法案(American Clean
Energy and Security Act)」(2009 年 6 月下院本会議)と、「ケリー・ボク
サー法案(Clean Energy Jobs and American Power Act)
」
(2009 年 11 月上
院環境・公共事業委員会)が可決された。気候変動対策法案が上下両院何
れかで通過したのはそれぞれ初となり国内外で画期的な意味合いを持つ。
両案とも、国全体の削減目標は、2005 年比で、2012 年に 3 %、2020 年に
20 %、2030 年に 42 %、2050 年に 83 %減とし、規制対象もエネルギーと
産業部門とするが、2016 年までに段階的に拡大される。両案は、割当方
法に関し、前者が当面は無償配当とオークションの組み合わせでその後段
階的にオークションの割合を高めるのに反し、後者は無償割当とオークシ
ョンの組み合わせとする点、そして、対象部門の 2005 年比での 2020 年削
減目標を前者は 17 %、後者は 20 %と多少強化した点などで異なる。何れ
の法案にせよ、気候変動対策で国際的な主導権を握りたいオバマ政権にと
って、また世界第 2 位の GHG 排出国である米国を国際的な枠組みに入れ
込むためにも、米国内法の成立は本来 COP15 以前に待ち望まれたところ
であるが、今後も COP16 に向けその動向は一層見逃せない。
★下線用12文字分ダミー★
13)この金額は IGES 2009 による。
48
3.2.2
第 2 章 地球温暖化に関連する資金調達と配分
排出量取引制度:炭素市場における課徴金を用いたもの
気候適応策のための資金調達方法として、京都議定書のもと取引きできる
排出権に関連したもの(CDM、JI、排出権取引)に課徴金をかけること
が可能である。現在 CDM プロジェクトから発行されるクレジットへ 2 %
課徴した収益が気候適応基金(AF)に充てられているが、この制度を、
資金調達を増やす目的で課徴する範囲を拡大あるいは課徴率を上げるいく
つかの方法が 2008 年 COP14/CMP4 で提案されている。これらの案はそ
の後合意には至っておらず、UNFCCC や京都議定書の下での特別作業部
会で引き続き議論される。ここでは、現行の CDM 課徴率を上げる案のみ
簡単に取り上げる。
■バングラデシュやパキスタンによる CDM 課徴金率を上げる案
この案はバングラデシュやパキスタンなど開発途上国が提唱したもので、
CDM にかかる課徴金を現行の 2 %から 3 ∼ 5 %へ増やすというものであ
る。この現行制度を利用して得た追加資金は現在と同様、気候適応基金へ
向けられる。この案の資金調達額は、2008 ∼ 2012 年で US$1.2 ∼ 7.5
億/年、2030 年においては炭素市場が低迷していれば US$1.5 ∼ 12.5
14)
億/年、好調であれば US$1.5 ∼ 125 億/年と予想される 。
3.2.3
その他の課徴金や税収など
この種類には、トービン税、通貨取引開発税、クレジットカード決済税な
15)
どの通貨取引税 、航空券連帯税、国際海上運輸バンカー油への課税など
の輸送課税、そしてその他海外送金、タックスヘイブンなどを含むさまざ
まな提案がある。ここでは地球温暖化に関するツバルの負担分担メカニズ
ム、メキシコが提案した世界気候変動基金、G77+中国による附属書Ⅰ国
追加拠出案、スイスが提案した世界統一炭素税、そして EC/世銀が提案
する地球気候資金調達メカニズムについて記述する。
★下線用12文字分ダミー★
14)この金額は IGES 2009 による。
15)通貨取引税は第 3 章で取り扱う。
49
■ツバルが提案する負担分担メカニズム(Burden Sharing Mechanism)
ツバルが 2007 年に提案した負担分担メカニズムは、排出権取引、国際航
空および海運への課徴金から資金調達を行い、UNFCCC の後発開発途上
国基金(LDCF)と特別気候変動基金(SCCF)へ充当される。ツバル案
は、
(a)附属書Ⅱ国が運航する国際航空便および国際海上輸送の運賃に対
し 0.01 %、(b)非附属書Ⅰ国が運航する同様の運賃に対し 0.001 %を課
税し、(c)ただし、後発開発途上国(LDC)と小島開発途上国(SIDS)
から離発着する便は免除される。この案はまた、(a)長期の気候適応計画
を調整する特別調整委員会を国連総会の下に置き、(b)国際保険機構の
設立を提案している
16)
。この案から予想される資金調達額 17)は、附属書
Ⅰ国から US$3,700 万、非附属書Ⅰ国から US$260 万である。
■メキシコが提案する世界気候変動基金(Multilateral Climate Change
Fund)
メキシコが 2008 年に設置を提案した「世界気候変動基金(別名、グリー
ン基金)」は、GHG 排出量、効率性、支払い能力などの指標をもとに「共
通だが差異ある責任原則」に則り途上国を含む全加盟国から拠出され(た
だし、後発開発途上国には配慮)、その拠出は定期的に見直しがされる。
資金の規模は年間 US$100 億以上を目指し、その管理・運営は締約国会
議(COP)の管轄下に置かれ、その配分は COP が策定する基準やガイド
ラインに沿って決定される。資金は緩和策や適応策、クリーン技術開発に、
また一部は途上国の技術移転に利用される。この案の柔軟性は、他の航空
券連帯税や排出枠オークションなどのメカニズムと組み合わが可能である
点であるとされる。
■ G77+中国が提案する附属書Ⅰ国追加拠出
2008 年に提案された G77+中国案は、附属書Ⅰ国に対し、既存の ODA に
加えて GNP の 0.5 ∼ 1 %を拠出することを提案するものである。先進国
★下線用12文字分ダミー★
16)Tuvlu(2007)International blueprint on adaptation
http://unfccc.int/resource/docs/2007/cop13/eng/misc02.pdf
17)この金額は IGES 2009 による。
50
第 2 章 地球温暖化に関連する資金調達と配分
の歴史的責任や迅速な適応策を求める目的が根底にあるため、無償対応な
ど諸条件が付随する。資金は、気候適応や緩和、技術開発や能力開発など
に拠出され、その管理・運営は締約国会議(COP)と理事会が特別基金
を設立し行うとされる。この資金規模を、UNFCCC は 2007 年の GDP を
基準に US$2,010 ∼ 4,020 億と推定、2008 年にミュラーは US$1,850 億と
18)
試算している 。
■スイスが提案する世界統一炭素税(Global Carbon Levy)
気候変動対策を主目的に、化石燃料の生産と消費へ低い税をかける国際炭
素税の導入案で、スイスが 2008 年に構想を提案した。具体的には、
「汚染
者負担原則(PPP)」に基づき、全化石燃料からの CO2 排出に 1 トン当た
り US$2(1r の液体燃料に対し US¢0.5 相当)を一律に課すが、「[共通
だが]差異ある責任原則」も配慮される。つまり、CO2 排出量が一人当た
り 1.5 トンを下回る低所得国は課税が免除される。予測される税収入は年
間 US$4,850 億で、このうち US$184 億が中・低所得国の適応策の支援
のため多国間適応基金(Multilateral Adaptation Fund:MAF)へ、残る
US$4,666 億は「国家気候変動基金(National Climate Change Fund:
NCCF)」に充てられ、各国の優先順序に従い適応・緩和策に利用される。
MAF への拠出の割合は拠出国の経済状態によって高所得国の負担が大き
くなり、従って NCCF への拠出はその逆となる。
■ EC/世銀が提案する地球気候資金調達メカニズム(GCFM)
この案は国際金融ファシリティ(International Finance Facility:IFF)を
気候変動分野に適応するものである。政府保証付き債券が国際市場で適切
な機関により発行され、これによりいわゆる資金のフロントローディング
が可能となり、適応策にすぐに利用できる。長期間にわたる償還(例えば
20 年)は将来オークションされる EU 各国内の排出権からの収入で賄う。
この案は欧州委員会(EC)が始めた世界気候変動連盟(Global Climate
Change Alliance:GCCA)の一環として推奨されており、世銀と欧州投資
★下線用12文字分ダミー★
18)この金額は IGES 2009 による。
51
銀行が協働でこの案を実施する可能性を検討している。資金は現在ある気
候変動基金や世銀の気候投資基金、または GCCA に利用される。予想さ
れる調達資金は 5 年で US$13 億である。
4.課題と展望
地球温暖化防止に関して過去 10 年ほど国際的に議論され、会議が開かれ、
制度が構築されてきたが、2008 年からの世界的不況と 2009 年末開かれた
COP15 の失敗は地球温暖化問題を見直す契機になった。本章で検討した
CDM、EU–ETS、炭素基金などが 2013 年以降どうなるのか現段階では判
断は難しい。この問題に対する国際的議論は非常に政治的な色彩を帯びて
きている。以下に基本的な課題と展望を記す。
(1)締約国会議(COP)の行方
2009 年 12 月の COP15 で拘束力のある国別温暖化ガス削減目標が合意さ
れなかったこともあり、2013 年以降どれほど各国が真剣に自国および
CDM や JI を用いて途上国などの温暖化ガス削減、また途上国の適応策に
資金を回すか定かでない。その結果、現段階では上に記されたどの案が
2013 年以降続行あるいは実現するか、また提案通りの規模やメカニズム
になるかを判断することは難しい。少なくとも 2010 年末メキシコで開か
れる COP16 まで待たなければならない可能性が強い。懸念されることは、
この問題が中国をはじめとする途上国と先進国の間の政治的対立を生んだ
ことで、地球温暖化という範疇をはるかに超えたところで議論されるよう
になってしまったことであろう。
(2)現在の世界的経済不況
2008 年の秋から世界は非常に厳しい不況を経験している。これは先進国
19)
がプレッジした多様な基金出資へマイナスに働いている 。またこの不況
★下線用12文字分ダミー★
19)2009 年 2 月 11 日の英国 Guardian 紙オンライン版を参照。この記事は FASID, Journal Express 3 月 18 日版でも紹介されている。
52
第 2 章 地球温暖化に関連する資金調達と配分
は取引されている炭素排出権の価格を大きく低下させており、CDM への
影響もありうる。より重要なことは、多くの政府や国際機関の関心が世界
経済情勢に大きく巻き込まれ、地球温暖化への関心が薄れることである。
また今回の不況による経済活動の低下もあり、温暖化ガスの排出は相当減
っている(Economist 2010)
。
(3)米国のスタンス
米国の地球温暖化問題や国際協調政策が 2013 年以降の国際地球温暖化対
策の枠組みに大きく影響を与える。事実、2009 年 12 月の COP15 でかろ
うじて「コペンハーゲン合意」にこぎつけた経緯でも、米オバマ大統領の
存在感は大きく、特に中国や諸外国との卓越した交渉・調整能力を発揮し
20)
たとされる 。政権が変わったことにより米国のこれらの政策は転換した
が、2008 年秋以来の不況とそれに伴う財政難などで、オバマ政権にとっ
て地球温暖化は政治的優先順位を下げざるを得ない課題となった。地球温
暖化への政策も、ブッシュ政権下では途上国への低温暖化ガス排出技術の
移転に重点が置かれたが、現政権下では排出権のキャップ・アンド・トレ
ードを中心に推進されるであろう。この制度を実現化する第 1 ステップは、
主要排出者の炭素排出量に関するデータを得ることである。2009 年 3 月
10 日、米国環境庁は全国的な GHG 排出報告システムの設立を計画してい
ると発表した。このシステムは、GHG 排出に全国的にキャップをかける
基盤になる。この登録計画は米国の GHG 排出量の 85 ∼ 90 %を排出して
21)
いる約 13,000 の設備を対象にする 。ブッシュ政権よりも地球温暖化を
重視してきたオバマ政権であるが、2010 年初頭段階では共和党が政治的
に力を増してきており、キャップ・アンド・トレードも不確実性が増して
いる。
★下線用12文字分ダミー★
20)国際開発高等教育機構主催、第 198 回 BBL セミナー「COP15 を終えて:成果と今後
の課題」外務省地球規模課題審議官、杉山晋輔氏(2010 年 2 月 8 日東京にて開催)より。
21)Washington Post 紙 2009 年 3 月 11 日版
53
(4)CDM の改革
CDM は途上国の GHG 排出削減に非常に成功しているメカニズムであり、
拘束力のある国別削減目標が合意されれば、2013 年以降も重要な役割を
続けると思われる。一方、対処しなければならない課題もある。そのいく
つかをあげると、中国の排出権提供のシェアの圧倒的な大きさ(2007 年
で 73 %)、時間がかかる CDM サイクル、このため未処理のプロジェクト
の多発、CDM 理事会によるプロジェクトの承諾基準に対する不透明感、
等が指摘されている。また、CDM が持続的な開発に貢献するのかという
疑問もある(Barrera 2004)。この問題はプロジェクト承認に必要な持続
的開発に関しての同意がないということが一因である。これらの課題は
2012 年までに活発に議論されるであろう。
54
第 2 章 地球温暖化に関連する資金調達と配分
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地球環境戦略研究機関(IGES)(2009)『地球温暖化対策と資金調達:地球環境税を
中心に』東京:中央法規出版.
地球環境センター website http://gec.jp/gec/gec.nsf/jp/Activities-CDM_and_JI-Top
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『人間開発報告書 2007/2008 :気候変動との戦い』東京:阪急
コミュニケーションズ.
大竹剛(2009)
「COP15、宴の後の死角」
『日経ビジネス』12 月 21 日、pp126 –127.
第
3章
MDGs 達成のための資金調達と配分
◆
稲田十一・秋山スザンヌ
大村玲子・中山朋子
1.MDGs 達成に必要な資金
序章で述べたように、近年、いわゆる「革新的資金調達メカニズム」の議
論が進展しているが、これは、そもそもは途上国開発を進展させるための
資金の不足を補うという議論から発展し、2000 年以降のミレニアム開発
目標(Millennium Development Goals:MDGs)達成のための国際的努力
と連動して進展してきた。
MDGs は、2000 年に開催された国連ミレニアム・サミットで採択され
たミレニアム宣言を契機に、この国連ミレニアム宣言と 1990 年代に開催
された主要な国際会議やサミットで採択された国際開発目標を統合して、
一つの共通の枠組みとしてまとめられたものであり、2001 年の国連事務
総長報告書で登場した。この MDGs は 2015 年までに達成すべき開発途上
国の貧困削減の 8 つの目標として提示され、2010 年時点でおよそ 3 分の 2
の期間が過ぎたことになる。
2002 年 3 月には、国連主催で「開発資金に関する国際会議」(モンテレ
ー会議)が開催された。そもそもこの会議の目的は、MDGs 達成のため
の 開 発 資 金 調 達 を ど の よ う に 行 う か を 議 論 し 結 論 を 出 す こ と で あ り、
2015 年までの MDGs 達成のために開発途上国で必要とされる資金の不足
が指摘された。すなわち、「2015 年までに貧困を半減する」などのターゲ
58
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
ットを掲げた MDGs の達成は、資金不足もあって危ぶまれており、当面
政府開発援助(ODA)だけでは十分ではないという認識から、いわゆる
「革新的資金調達メカニズム(Innovative Financing Mechanism:IFM)」
の可能性についても検討され、その後、国際的注目をあびるようになって
くるのである。
しかしながら、MDGs を達成するために、途上国に対して開発のため
の資金がどの位必要であるかについては、さまざまな理由から必ずしも明
確ではない。本章では、MDGs を達成するために必要とされる資金とそ
の調達方法について、その推計に関する議論を含めて概観することにした
い。
1.1
MDGs の達成度
MDGs は、1990 年の経済社会データをベースラインとして 2015 年を最終
年とする貧困削減目標であるが、2005 年に提出された『ミレニアム・プ
ロジェクト報告書』は、その中間点(2002 ∼ 2003 年)でのデータをまと
めた。それによると、中間点での MDGs の達成状況について、「地域的に
は、サハラ以南アフリカは悪化、アジアは最も改善したが不十分、その他
の地域は改善・悪化が混在」、
「分野別にみると、飢餓、初等教育、水分野
では改善が見られるが、保健(特に AIDS ・結核・マラリア)、衛生、ス
1)
ラム、環境分野では改善がない、あるいは悪化」と指摘している 。
MDGs の各項目の達成度は、国連開発計画(UNDP)によって各国別
に集計され「MDG モニター」というウェブサイトで各国別・項目別のデ
2)
ータを見ることができる 。また、全体としての進捗状況や課題をまとめ
た MDGs Report が毎年刊行・公開されている。
その報告書の最新版(2009 年版)に従って、MDGs の最も中核的な目
標である目標 1 の 2 つの項目、すなわち「1.1. 2015 年までに貧困人口を半
★下線用12文字分ダミー★
1) ミレニアム・プロジェクトは、アナン国連事務総長の諮問、マロック・ブラウン
UNDP 総裁(当時)の支援で、2002 年 7 月に発足したイニシアティブ。ジェフリー・サッ
クスがプロジェクトの長を務め、MDGs を達成するための戦略、優先分野や実現手段、資
金供給メカニズム等に焦点を当てた研究・分析を行い、2005 年 1 月 17 日に事務総長に報告
書(UN Millennium Project 2005)を提出した。
2) http://www.mdgmonitor.org/index.cfm
59
減させる」と「1.2. 2015 年までに栄養不足人口を半減させる」の目標達成
度を示したものが、以下の図表 3 ― 1 である。
図表 3 ―1 MDGs の目標 1 の達成度
60
50
40
1990
2005
2015 目標
30
20
10
0
途上国全体 アフリカ
目標 1―1.貧困人口の削減
(単位:所得 1 日 US$1 以下の人口比率)
35
30
25
20
15
10
5
0
1990 ―1992
2004 ―2006
2015 目標
途上国全体 アフリカ
目標 1―2. 栄養不足人口の削減
(単位:栄養不足の人口比率)
出所:UN 2009b を基に作成
貧困人口(一人当たり所得が 1 日 US$1 以下の人口比率)は、途上国
全体としては削減されているが、特にアフリカ地域でその比率が高く、ま
たその減少のスピードが遅い。また、栄養不足人口は、次に述べる保健衛
生状況とも関連するが、さらにその改善のスピードが遅く、アフリカでの
遅れが目立つことがわかる。
2000 年に開催された国連ミレニアム・サミットとそこで採択された
MDGs の中で特に大きなウェイトを占めているのが、保健セクターであ
る。8 項目からなるミレニアム開発目標のうち、3 つの目標が保健に焦点
を当てている。すなわち、以下の 3 つである。
目標 4 :乳幼児死亡率の削減― 2015 年までに 5 歳未満児死亡率を 3 分
の 2 減少させる
目標 5 :妊産婦の健康改善― 2015 年までに妊産婦の死亡率を 4 分の 3
減少させる
目標 6 :HIV/AIDS、マラリア、その他の疾病の蔓延防止― HIV/AIDS
の蔓延とマラリアおよびその他の主要な疾病の発生を 2015 年
までに阻止し、その後減少させる
以下の図表 3 ― 2 は、MDGs の保健分野の目標(特に 4 と 5)の達成度
60
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
図表 3 ―2 MDGs の保健分野目標(4 および 5)の達成度
200
1,000
800
150
1990
2005
2015 目標
100
50
600
400
1990
2005
2015 目標
200
0
0
途上国全体 アフリカ
目標 4.乳幼児死亡率の低下
(単位:千人中の人数)
途上国全体 アフリカ
目標 5.妊産婦死亡率の低下
(単位:10 万人中の人数)
出所:UN 2009b を基に作成
を上記の最新レポートのデータで整理したものである。
先の『ミレニアム・プロジェクト報告書』(2005 年)でも指摘されてい
るように、MDGs の中で特に保健関係の項目の達成の遅れは顕著であり、
アフリカ地域での数値が悪い。また、これらの保健関連ミレニアム開発目
標の達成と、極度の貧困と飢餓の撲滅や普遍的初等教育の達成といったそ
の他のミレニアム開発目標は相互に密接に関連していることも見逃しては
ならない。
後述する開発のための追加的な資金を調達するためのいわゆる「革新的
資金調達メカニズム」が保健セクターに焦点をあてている大きな理由は、
MDGs の 8 項目の中で、とりわけ上記の保健分野の達成率が低いからで
あると考えられる。
1.2
MDGs 達成のための不足資金の試算
「開発のための資金」会議が 2002 年に開催されたが、すでに述べたように、
それは MDGs 達成のためには、現状の ODA 資金だけでは不十分である
という問題意識が根底にあった。では、どの程度の追加的資金が必要だと
考えられたのであろうか。
国連と世界銀行(世銀)の代表的な 2 つの報告書は、それぞれ似たよう
な資金見積を行っている。国連の報告書の代表的なものは、2002 年に
Ernest Zedillo を中心にまとめられた報告書で(通称ゼディーリョ・レポ
ートと呼ばれる)、毎年必要とされる追加資金を約 US$500 億としている。
61
また、世銀の Shantayanan Devarajan は同じく 2002 年の調査報告書で、
3)
必要な追加資金を年間 US$400 ∼ 700 億と推計している 。
その後、MDGs を含む国連ミレニアム宣言をレビューする首脳会合が
2005 年 9 月にニューヨークで開催され、MDGs 達成のためには、さらに
追加的な開発資金が必要であることが再度確認された。また、同じ年、
『ミレニアム・プロジェクト報告書』は、上述のようにその中間点のデー
タをまとめたが、開発のための必要資金については、次のように指摘して
いる。すなわち、「全ての国(低所得国)で MDGs を達成するための資金
ギャップを埋めるためには、既存のコミットメントが全て果たされたとし
ても開発資金は足りず、最終的には、2006 年の US$1,350 億から、2015
年の US$1,950 億のレベルの ODA が必要となる。」と指摘している。こ
の金額の根拠は、開発ニーズから積算されたものというよりは、DAC 諸
国の ODA 総額を最終的に(2015 年までに)国際公約の対 GNI 比 0.7 %ま
で徐々に拡大していくことを念頭に置いたものだと考えられる。
他方で、経済協力開発機構(OECD)は、こうした開発のための必要資
金の推計の方法論に疑問を呈している。開発資金の推計に関しては必ずし
も国際的な合意があるわけではなく、その後も、「開発のための資金」会
議は、2003 年にニューヨークで、2008 年にドーハ(カタール)で開催さ
れ、2010 年 3 月にはニューヨークでの開催が予定されている。
根本的な論点は、どの位の資金が必要か、その必要資金を誰がどのよう
に集めて支払うのかということである。2007 年に国連事務総長の下に組
織された「MDG ギャップ・タスクフォース」は、2009 年の報告書で、以
下の 3 つのタイプの資金ギャップに分類している(MDG Gap Task Force
2009)。
(1)
Delivery Gap
表明された資金額と実際に供与された資金額との間
のギャップ
(2)
Coverage Gap 最も支援の必要な国々への合理的配分と実際の援助
資金の配分との間のミスマッチ
★下線用12文字分ダミー★
3) 世銀ワーキング・ペーパーの要約版は、
http://www.worldbank.org/html/extdr/mdgassessment.pdf
62
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
(3)Needs Gap
途上国への必要な支援ニーズの見積と実際の支援額
との間のギャップ
MDGs 達成のために必要な資金のギャップは、本来的には上記の「ニ
ーズ・ギャップ」のことであるが、その金額は依然として曖昧である。そ
のため、往々にして主要先進国の ODA 供与の国際公約水準である対 GNI
比 0.7 %の金額が引き合いに出されるが、これは正確にいえば上記の「デ
リバリー・ギャップ」にあたり、「ニーズ・ギャップ」ではない。この金
額については引き続き、2010 年開催の第 4 回「開発のための資金」会議、
および 2010 年の MDG ギャップ・タスクフォース報告書の主要論点の一
つとなっている。
1.3
MDGs 達成のための必要資金推計の複雑性
MDGs の目標となる項目の設定は、2000 年の当初から大きな課題の一つ
であった。8 項目に含まれない他の重要な課題もある一方で、副次的な目
標が 8 項目に含まれてもいる。実際、そのために、2001 年に 8 項目の目
標として提示されたのち、8 項目が分割されていくつかの追加的な目標も
設定されてきた。
貧困削減のさまざまな要素とその間の関係は、2000 年のミレニアム宣
言と MDGs 設定の際には深くは考えられていなかったと思われるが、途
上国が必要とする資金を推計するうえで、この問題は重要である。例えば、
グローバルな金融危機、気候変動、ドーハ・ラウンド貿易交渉(ドーハ開
発アジェンダ)の挫折など、いずれも開発途上地域の開発に大きな影響を
与える課題であるが、これらは MDGs の中には含まれていない。これら
の課題は、過去 10 年の間に、途上国開発に関わる大きな課題としてます
ます重要視されるようになってきたものである。他方で、2008 年には大
恐慌以来の国際金融危機が発生し、そのインパクトは、途上国の財政の悪
化、貿易や投資の縮小、食糧価格の高騰による食糧事情の悪化、などとい
った形で途上国の貧困状況に大きな影響を与えている。また、援助国(ド
ナー)としても、伝統的な DAC 加盟の先進国に加えて、中国やブラジル
など新興国の役割が拡大しており、こうした中で、国際支援の協議と協調
63
の枠組みとして、G7/8 に変わって G20 の役割も高まっている。これらは、
開発のための資金を考えるうえでの新しい要素である。
また、本書第 2 章でみるように、気候変動への対応には膨大な資金が必
要とされる。また気候変動は、例えば食糧・栄養、健康・保健衛生状況や
環境の持続性などに大きな影響を与え、従って MDGs のいくつかの項目
とも密接に関わっている。その意味では、気候変動対策のための資金は、
MDGs 達成のための資金の一部と考えるべきなのであろうか。もしそう
だとすると、全体の資金見積にどのような影響を与えるかについてより詳
細な分析が必要であるが、どのように必要資金を計算すべきであるかにつ
いて合意があるわけではない。
また、貿易(輸出市場拡大や輸入や技術や投資へのアクセスなど)が途
上国の貧困削減に大きな影響を与える課題であることは、第 2 回「開発の
ための資金」会議(2003 年)でもすでに言及されている。その意味では、
例えばドーハ・ラウンドの挫折は、貧困削減のための資金ニーズにどのよ
うな影響を与えるのであろうか。これも正確な計算は困難である。
さらに、2008 年後半以降の世界的な金融危機は、最貧国に大きなダメ
ージを与え、また援助供与国である先進国の援助供給能力を低下させてお
り、これは MDGs 達成のための資金需要にどのようなインパクトを与え
るのであろうか。例えば、ミレニアム・キャンペーンの元局長である
Salil Shetty は、2008 年 11 月の G20 会合(ワシントン DC)の前に、金融
危機によって貧困国が受けた GDP の損失額を US$3,000 億であるとして、
4)
国際社会にそれに相当する額の支援計画を求めた 。また、国際金融危機
への対応として、世銀は Vulnerability Fund(脆弱国向け基金)の設立を
表明(ロバート・ゼーリック総裁、2009 年 1 月)したが、その金額につ
5)
いてはさまざまな議論がある 。(国際金融危機への国際社会の対応に関
しては、第 4 章を参照されたい。)
★下線用12文字分ダミー★
4) http://endpoverty2015.org/files/key_messages.pdf
5) 世銀のチーフ・エコノミスト Justin Yifu Lin は「新しいマーシャル・プラン」として
US$2 兆という金額に言及している(2009 年 2 月)
。
64
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
1.4
MDGs 達成のための具体的な資金ニーズの見積り
MDGs の関連データ収集やモニタリングに関しては、UNDP が中心とな
って担当しており、項目別・各国別のデータが「MDG モニター」という
ウェブサイトにも掲載されている。しかし、個々の目標達成のための資金
需要の見積は容易ではなく、また将来的に主要援助国の ODA がどの分野
に配分されるかも事前にわかっているわけではない。
国連のミレニアム・プロジェクトでは『MDG ギャップ・タスクフォー
ス報告書』を毎年刊行し、引き続き 8 つの MDGs の目標達成可能性につ
いてウェブサイトで掲載しており、いくつかの指標に関してどの位の資金
6)
が必要かについて、以下のように言及されている 。
目標 2(教育):途上国の国家予算の 15 ∼ 20 %を教育に投資する必要が
あり、2015 年までに初等教育を普及させるには、毎年 US$110
億の支援が必要。
目標 4(乳幼児死亡率):予防接種のために必要な資金として、毎年さ
らに US$102 億規模の追加的な支援が必要。
目標 6(HIV/AIDS・マラリア等の病気):毎年 US$180 億の支援が必
要。
目標 7(環境持続性):環境保全のための資金を大幅に引き上げるため
の革新的資金メカニズムが必要。
目標 8(開発のためのグローバルパートナーシップ)については次のよ
うな記述がある。すなわち、「2008 年時点の DAC 諸国の ODA
総額は対 GNI 比で約 0.3 %であり、これを 2010 年には 0.5 %、
最終的には 0.7 %まで引き上げるべき」。また、具体的な金額と
して、「仮に 2010 年までに 0.5 %まで引き上げるとすると、2008、
2009 年にそれぞれ年間 US$174 億の援助増加となる」とされて
7)
いる 。なお、目標 1(貧困人口の半減)、目標 3(ジェンダー)、
目標 5(母子保健)については、具体的な必要資金の記述はなさ
★下線用12文字分ダミー★
6) http://www.un.org/millenniumgoals/index.shtml
7) MDG Gap Task Force Report 2009 の提言。
http://www.un.org/esa/policy/mdggap/mdggap_recommendations.pdf
65
れていない。
その一方で、世銀は、貧困削減関連の目標達成のために最も重要なのは、
必ずしも支援金額の規模ではなく、個々の国の(良い)政策のあり方であ
ると考えており、政策が健全でそれが効果的に実施されるのであれば、追
加的支援は加速されるであろう、というのが基本的立場である。この基本
的姿勢は、1990 年代末以来の「援助の有効性(Aid effectiveness)」と政
策・ガバナンス重視の議論の延長上にあり、従って、特に 2000 年以降、
PRSP(貧困削減戦略文書)のような貧困削減のための効果的な戦略づく
りに力を入れているのである。今日、国際社会も基本的にはこうした考え
のもとで国際的な連携と協調を強化しており、MDGs の目標 8 の「開発
のためのグローバルパートナーシップ」の中核は、こうした効果的な開発
戦略づくりのための協力となっている。
1.5
保健分野での革新的資金調達メカニズムの追求
第 2 節以降で詳述する、国際社会ですでに具体化されてきた「航空券連帯
税」や「IFFIm(予防接種のための国際金融ファシリティ)」や「AMC
(ワクチンの事前購入制度)」など革新的な資金調達メカニズムといわれる
ものの多くは、保健分野の開発資金に関わるものである。革新的資金メカ
ニズムが、とりわけ保健セクターで具体的に進展してきた理由は、先に述
べたように、MDGs の各目標の中でも保健分野の遅れが顕著であり、そ
こに大きな「ニーズ・ギャップ」が存在するからにほかならない。
保健分野の専門家は、「90/10」問題として知られるこの保健セクター
における膨大なニーズを強調する。「90/10」問題とは、世界の疾病の
90 %に相当する貧困国での疾病に、医療費の 10 %しか費やされていない
という過酷な事実を伝える表現であり、この問題は、貧困国の貧しい人々
8)
に医療を提供する方法を見出すべく長く関心を集めていた(Levine 2005)。
こうした状況を受けて、2007 年に保健分野の MDGs に対する世界的な
キャンペーンが始まり、2015 年までに保健に関連する 3 つの MDGs を達
★下線用12文字分ダミー★
8) 2005 年、米ワシントン DC に拠点を置くシンクタンク Center for Global Development
(CGD)が、その報告書 Making markets for vaccines:ideas to action の中で、この問題に関
する具体的な提案を行っている。
66
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
成することを目標とした。こうした国際的議論の高まりを受けて、2008
年 9 月 25 日ニューヨークで開催された国連ハイレベルフォーラムにおい
て、「保健システムのための革新的国際資金調達タスクフォース(High
Level Task Force on Innovative International Financing for Health Systems:
HLTF)
」の設置が発表された。このタスクフォースは、MDGs の保健目標
の達成のために必要な追加的資金の見積を行っており、必要な資金のギャ
9)
ップを埋めるため、新たな資金メカニズムが必要であるとしている 。
開発に関する課題全体をみる立場からすると、保健分野に開発資金を集
中するのは、開発の一分野に対する過度な活動とみなされるかもしれない
が、保健分野の専門家の熱心な努力により、保健プロジェクトを革新的な
方法で資金調達する手段として、それぞれ異なるが補完的で適合性のある
次の 3 つのメカニズムが確立されたと考えることができる。それらが後述
する、フランスの『ランドー・レポート』から生まれた「航空券連帯税」、
英国が主導した国際金融ファシリティ(IFF)から派生した「予防接種の
ための国際金融ファシリティ(IFFIm)」、そして、CGD 研究が契機とな
って国際的議論が進展してきたワクチンの「事前購入制度(AMC)」であ
る。これら 3 つのメカニズムは、ODA を補完する安定した資金として、
2008 年末までにすでに約 US$20 億を動かし、結果として、年 1 億人以
上の子供に予防接種を行い、年 10 万人の小児エイズ感染者への治療を保
証しているとされる。
主要な革新的資金調達メカニズムのうち、航空券連帯税、IFFIm、
AMC の 3 つのメカニズムは、実質的に保健セクターの追加的開発資金と
して議論されており、この分野における世界の関心の高さを示していると
いえよう。これに続く本章 2 ∼ 4 節でこれら 3 つのメカニズムそれぞれの
概略、背景、実施状況および可能性・課題を簡単に取り上げる。また、現
時点ではその使途は明確ではないが、何れかの分野のあるいは複合的に
MDGs 達成の追加的資金メカニズムとして検討されている開発のための
通貨取引税を第 5 節で紹介する。
★下線用12文字分ダミー★
9) UN 2009a, p60、あるいは http://www.internationalhealthpartnership.net/index
67
2.航空券連帯税
2.1
概要
航空券連帯税は、航空券に賦課する輸送課税で、ミレニアム開発目標
(MDGs)の保健分野の達成を目的とする。その資金は主に、途上国での
HIV/AIDS、結核、マラリア感染対策として医薬品購入にあてがわれる。
そのために国際医薬品購入ファシリティ(International Drug Purchase
10)
Facility:IDPF)が設立され、UNITAID (ユニットエイド)がその資金
の管理や配分を行う。国際連帯税として初めて実現に至ったこのメカニズ
ムは、フランスが先導する形で 2006 年に導入したのち、2009 年 5 月の時
点で 12 か国が参加し実行中である。
2.2
背景
2002 年のモンテレー会議以降、MDGs 達成に言及した新たな資金調達方
法としての国際連帯税導入の可能性を探る議論が高まりつつあった。その
ような潮流の中で、2004 年、シラク前フランス大統領の要請をもとに、
開発のための革新的資金調達のさまざまな可能性と留意点を取りまとめた
『ランドー・レポート』が発表された。その報告書の中で、金融取引税、
環境税、船舶税などとともに、「国際連帯税」としての可能性を持つメカ
ニズムとして航空税が初めて紹介・提案され、さらに航空券へ税を課す方
法もその中の 1 つの案として出された。当時その資金規模は、ファース
ト・ビジネスクラスへの 5 %課税で、約 US$80 億と予測された。
翌年、フランスとドイツが国際連帯税のパイロット・プロジェクトとし
て航空券税を導入する意向を表明(ベルリン宣言)したにもかかわらず、
その直後のグレンイーグルズ G8 サミットで国際的な合意は得られなかっ
た。しかしその後もシラク前大統領の強い政治的イニシアティブにより、
さらなる国際的な呼びかけと同時に国内での議会の承認手続きを進め、実
★下線用12文字分ダミー★
10)UNITAID の Web サイト:http://www.unitaid.eu/
68
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
質 1 年という導入期間の短かさで、2006 年 7 月国内での導入開始に至っ
た。この政策決定から実施までのプロセスやその特長に関しては後述する。
2.3
実施状況
2006 年 7 月のフランス国内での実施を皮切りに、2009 年 5 月時点で合計
12 か国が航空券連帯税を実施している(韓国、コートジボワール、コン
ゴ、セネガル、チリ、ナミビア、ニジェール、フランス、ブルキナファソ、
ブルンジ、マダガスカル、モーリシャス)。また、この他にも 28 か国がこ
の税の導入を検討しているとされる(IGES 2009)。また、ノルウェー、
スペイン、英国は、これらの国々とは別の方法で、航空券連帯税で拠出さ
れる資金に貢献しており、同様に南アフリカもこの方法での参加への公約
を行っている。
航空券連帯税は航空券に課せられる税で、価格の変動に伴い税額も変わ
る従価税方式が適用される。また、課税率やその適用範囲は導入する国で
任意に設定できる柔軟性を持ち合わせる。
例えばフランスの場合、国内・地域内のエコノミーに
1、同ビジネ
ス・ファーストクラスには 10、また、国際便のエコノミーに 4、同ビ
ジネス・ファーストクラスには
40 を航空税として徴収する。その収入
は 1 年に 160 ∼ 170 百万と予測され、これは 1 回のフライトで、HIV に
感染した子供一人を助ける効果をもたらすとされる。南米のチリでは、国
際便の全てのクラスにのみ一律 US$2 を課税し、1 年に US$5 ∼ 6 百万
の資金を見込んでいる。また、アフリカのニジェールでは国内・地域便の
エコノミーに US$1.2、ビジネス・ファーストクラスに US$6 を、国際
便のエコノミーに US$4.7、ビジネス・ファーストクラスに US$24 課税
することで、1 回飛行機に乗れば大人一人の結核患者の命を救う試算とな
る。
このように、すでに航空券連帯税を導入した国々の実施状況を比較して
みると、各国それぞれが、国内事情も含め異なる課税率・方法で実施して
。
いる実態が明らかである(図表 3 ― 3)
航空券連帯税を主な資金源とし運営・管理するメカニズムとして、国際
医療品購入ファシリティ(IDPF)の UNITAID が、2006 年 9 月、フラン
69
図表 3 ―3 航空券連帯税の具体的な導入方法と予想収入
国
国際フライト
国内・地域内のフライト
(年)
(エコノミー/ビジネス/ (エコノミー/ビジネス/ 予想収入
ファースト)
ファースト)
ブラジル
US$ 0/0/0
US$ 2/2/2
ブルンジ
1/5/5
1/5/5
US$ 0/0/0
US$ 2/2/2
US$ 5 - 6 M
1/1/1
1/1/1
0.8 M
US$ 0/0/0
US$ 1/1/1
US$ 15 M
0/0/0
3/7/14
US$ 1.5 M
1/10/10
4/40/40
160 -170 M
0/2/2
0/2/2
チリ
キプロス
韓国
コートジボアール
フランス
ガボン
US$ 10 -12 M
US$ 1.1/1.1/1.1
US$ 1.1/1.1/1.1
マダガスカル
0/0/0
1/2/2
モーリシャス
0/0/0
1/2/2
US$1.2/6/6
US$4.7/24/24
ヨルダン
ニジェール
US$ 1 M
US$ 1 M
出所:Leading Group on Solidarity Levies to fund development[2009]を基に作成
11)
ス、ブラジル、チリ、ノルウェー、英国により創設された。スイス・ジュ
ネーブの世界保健機関(WHO)と連携し活動するために WHO 本部内に
事務所を設け、2008 年末時点で、その組織編成は戦略・政策決定を担う
理事会(11 名:創設国から各 1 名、アジア・アフリカ諸国から各 1 名、
NGO から 2 名、参加国から 1 名、WHO から 1 名)と事務局職員 30 名か
ら成る。
当初創設した 5 か国で始まった UNITAID のメンバーも 2008 年末時点
では、アフリカ諸国が優位を占める 29 か国と 1 財団
12)
にまで拡大してい
る。その他に、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金:Global
★下線用12文字分ダミー★
11)ニジェールのデータのみ、UNITAID(2008)Innovative financing brochure.
(http://www.unitaid.eu/)より、$表示のものに差替えた。
12)ブラジル、チリ、ノルウェー、英国、フランス、スペイン、韓国、キプロス*、ルク
センブルク*、ベナン、ブルキナファソ、カメルーン、コンゴ、コートジボワール、ガボン、
ギニア、リベリア、マダガスカル、マリ、モロッコ、モーリシャス、ナミビア、ニジェール、
中央アフリカ共和国、セネガル、サントメ・プリンシペ、南アフリカ、トーゴ、ヨルダン*、
そしてビル&メリンダ・ゲイツ財団(*新メンバー)
70
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
Fund to Fight HIV/AIDS, Tuberculosis and Malaria)、ストップ結核パート
ナーシップ(Stop TB Partnership)、UNICEF、WHO、クリントン財団の
HIV/AIDS イニシアティブ(CHAI)、革新的新規診断薬に関する基金
13)
(Foundation for Innovative New Diagnostics:FIND) 、Roll Back Malaria
などがパートナーとして協調し、UNITAID の活動を支援している。
UNITAID の使命は、「より多くの低所得国の人々に、HIV/AIDS、マラ
リア、結核の治療を施すこと」(UNITAID 2009)である。この使命を実現
するため、医薬品の品質を維持したまま価格を下げる手段(長期・大量購
入、ジェネリック薬の利用など)を講じ、2006 年の設立後約 3 年間で 16
の関連プロジェクトを通し 93 か国に支援を行った。93 か国の内訳は、多
い順に、サハラ以南アフリカ 41 か国、アジア 26 か国、中・南米 11 か国、
北部アフリカと中東 8 か国、東欧 7 か国である。
また、これら UNITAID の活動を支える資金は原則、ドナー国その他の
任意拠出また複数年にわたる誓約によるが、全体の 72 %を航空券連帯税
が占めている。このことの最大の強みは、安定した資金を長期的に確保で
きることにある。UNITAID 全体の活動資金の規模は、2006 ∼ 2007 年に
US$3.7 億、2008 年に US$3.5 億、設立以来の合計で US$7.2 億である。
また、2008 年の資金源の内訳は、多い順に、フランス(65 %)、英国
(11 %)、ノルウェー(8 %)、スペイン(6 %)、ブラジル(3 %)その他
となっている(UNITAID 2008)
。
2.4
可能性と課題
航空券連帯税が、国際連帯税として実現可能性が高いメカニズムであると
考えられる主な理由に、導入のし易さ、導入に際する負の影響の少なさ、
そして国際的世論の後ろ盾があげられる。
まず、導入を容易にする要因として、1)ほとんどの国/地域ですでに
課税のための基盤が整っている、2)課税方法や対象の設定など、それぞ
れの国の政治的判断に委ねられる柔軟性がある、3)政治的決定から実際
★下線用12文字分ダミー★
13)ゲーツ財団が基金を提供する結核予防対策基金。2003 年発足、本部はスイスのジュ
ネーブ。
71
の導入までの実施プロセスが比較的短期間で済む点である。航空券連帯税
導入を先導したフランスが顕著な例であり、まず、通常の税とは異なる新
たな仕組みを考案し、国外的には連帯税の議論を呼びかけ、国内では複数
の関連省庁との熱心な議論を経て、法律の採択・実施、そして徴収へと短
期間で進め、しかもその資金を第 3 者である UNITAID という国際機関に
委ねた工夫である。
次に、導入に際し、負の影響が発生する可能性は、税の負担者に対する
ものと、課税が影響を及ぼす対象とがある。まず、飛行機を利用する人々
は概して貧しくはないという発想のもと、その税率も負担になるほどの額
ではなく、また、当初フランスでも懸念された航空機の利用や観光への影
響に関しても、不利な経済効果を生じたり、不満が出る結果には至らなか
った。
また、航空輸送はグローバル化の産物でもあり、逆に気候変動の観点か
らは地球環境に負担を及ぼす産業でもある理由より、ここに課税すること
でその収益が国際的な福祉の向上や環境保全に貢献することはふさわしい
とする肯定的な意見も少なくない。
最後に、国際連帯税としていち早く導入され、「開発資金のための連帯
税に関するリーディング・グループ」(以下、リーディング・グループ)
その他国際的な動きの中でもその拡大が期待され続けている航空券連帯税
に、課題や改善点があるとすれば何であろうか。ここでは、その徴税の問
題と、課税の任意性に言及してみる。
可能性の要因でもあった柔軟性であるが、いざ徴収となると、これも各
国の裁量に委ねられているのが現実であり、各国内の徴税状況の現状や問
題は計り知れない。先進国・途上国問わず、徴税の方法は伝統的な方式に
則り引き継がれることが多く、それ故に非効率でまたその管理の段階で不
正が発生する温床でもあり得る。主な航空券連帯税資金の運用・管理が、
国際機関である UNITAID に委ねられる中立性・効率性に同じく、徴収方
法についても何らかの体制や制度が必要かも知れない。
最後に、国際連帯税とはいえ、全ての搭乗者がその定められた法則に則
り一律に納税しなければならないとする半ば強制手段に対し異議を唱える
人も増加するかも知れない。事実、UNITAID では、航空税の任意徴収の
72
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
可能性も検討している。ただし、国際連帯税の目指すものが、新たな資金
源で、長期的な、しかも安定した資金源である観点から、この任意徴収は
将来の資金に対する不安定要素となるため、安定した資金源とするために
はやはり何らかの条件付けあるいは措置が必要とされるであろう。
14)
3.予防接種のための国際金融ファシリティ
(International Finance Facility for Immunization:IFFIm)
3.1
概要
予防接種のための国際金融ファシリティ(International Finance Facility
for Immunization:IFFIm)は、航空券連帯税同様、MDGs の保健分野の
目標達成のため、とりわけ途上国における主要疾病の予防接種の普及を目
的に資金調達を行うメカニズムとして、2006 年 10 月に英国が先導し、ほ
か 5 か国が賛同する形で発足した。その運営は、GAVI アライアンス
(GAVI Alliance:ワクチン予防接種世界同盟、前身は Global Alliance for
15)
the Vaccines and Immunization) が、また財務管理は世銀が担う。IFFIm
の最たる特徴は、将来の政府開発援助(ODA)予算を担保に国際金融市
場で債券を発行、市場で売買し、その債券が満期になり償還されたのちに
支払いが行われる仕組みにある。
3.2
背景
IFFIm は、その設立より数年遡る 2003 年に、ブラウン現英国首相(当時
財務大臣)が提案した国際金融ファシリティ(International Finance Facility:IFF)の派生形態である。MDGs 達成のための国際連帯税の議論が、
特に欧州を中心に活発になりつつあった時代に、フランスがシラクの政治
的手腕を用いて『ランドー・レポート』の作成、そして航空券連帯税を推
★下線用12文字分ダミー★
14)IFFIm の Web サイト:http://www.iff-immunisation.org/
15)GAVI Alliance の Web サイト:http://www.gavialliance.org/
73
し進める一方、英国のブラウンも積極的に MDGs 保健分野の目標達成の
ための IFF の創設を働きかけていた。その後も引き続き G7、世銀・国際
通貨基金(IMF)総会など国際議論の場で IFF メカニズムの導入を提起し
続けたが、ODA の前倒し方式の証券化という仕組み、そしてこの仕組み
への法的な制約などが導入への障壁となった。そこで、IFF 構想の範囲の
削減や支援幅の減少などの修正を加え方向転換することで、ようやく
2006 年の IFFIm の実現に至った。
また、IFFIm(そして後述の AMC もそうであるが)の運営主体である
GAVI アライアンスは、2000 年に発足した既存の団体であるが、その背景
もここでごく簡単に紹介する。GAVI アライアンスは、「予防接種の普及
16)
により子供の生命を救い人々の健康を保護することを目的に」 、先進
国・途上国政府、UNICEF、WHO、世銀、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、
NGO、先進国・途上国のワクチン産業、そして医療技術・研究機関をパ
ートナーに官民連携(PPP)事業を実施する。この目的を遂行するための
財源確保のため、従来の政府と民間による資金調達方法に上乗せされる新
たなモデルとして、IFFIm からの長期的な投資資金 US$40 億が期待され
ている。
3.3
実施状況
IFFIm は、英国が先導、これにフランス、イタリア、スペイン、スウェー
デン、ノルウェーが賛同し、2006 年に設立された。その後、南アフリカ
が、そして一番新しくは 2009 年 6 月にオランダが参加
17)
することで、現
在 IFFIm 参加国は 8 か国となった。設立当初は、世界の最も貧しい 70 か
国以上の保健・予防接種プログラムを支援するために、US$40 億の拠出
が予定されていたが、2009 年 6 月時点での参加国の誓約金額と期間は、
図表 3 ― 4 に示すとおりで、20 年間で合計 US$53 億の IFFIm への拠出が
誓約されている。
IFFIm はこれら長期にわたる安定した参加国からの誓約金額を前倒しに
★下線用12文字分ダミー★
16)GAVI Alliance の Web サイトより、日本語版 pdf(2008)
17)オランダはこれまでも GAVI に資金拠出を行っており、特に民間セクターを巻き込ん
だ途上国開発に積極的な国が IFFIm に参加したことに意義があるとされている。
74
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
図表 3 ―4 IFFIm 参加国の誓約金額と期間
IFFIm 参加国
誓約金額
(千)
誓約期間
(年)
英国
£1,380,000
20
フランス
1,239,960
20
イタリア
473,450
20
189,500
20
SEK 276,150
15
ノルウェー
US$27,000
05
南アフリカ
US$20,000
20
80,000
08
スペイン
スウェーデン
オランダ
出所:IFFIm Web サイト内、IFFIm(日本語版)(2009.6)
する形で担保にし、国際金融市場において債券を発行し売買することで資
金を調達する。初回の IFFIm 債券(AAA 格付)は、2006 年 11 月に発行
され、ローマ法王、ロックスターのボノはじめ多くの著名人を含む投資家
が購入し、年利 5.019 %で US$10 億を調達した。当初、日本は、他のオ
ーストラリア、カナダ、米国などと同様、法規制のため債券売買は難しい
とされていたが、第 2 回の起債(2008 年 3 月)から日本市場も参入し、
個人投資家から US$2.23 億を
18)
、さらに 2009 年前半期には日本で 3 回
(2・5・6 月)と新たに英国市場
19)
で 1 回(5 月)起債され、両国の個
人・機関投資家から合計 US$11.02 億(このうち日本が US$7.02 億)を
獲得した。特に、大和証券と三菱 UFJ 証券が 2008 ∼ 2009 年に取り扱った
「ワクチン債」として知られるこの IFFIm 債券は、日本の個人投資家、特
に高齢者や女性に高い人気を呼び、IFFIm 債券のその人道的目的に惹かれ
たところが大きいと推測されている。
IFFIm が市場で賄った資金を提供する先は、実際に活動を行う GAVI ア
ライアンスであり、また財務管理のサービスは世銀が提供する。従って、
★下線用12文字分ダミー★
18)初回と 2 回目の債券は南ア・ランド建て、2009 年の日本市場ではこれに加え、ニュ
ージーランド・ドル、豪ドル、米ドル建てが加わった。
19)2009 年の新たな英国市場への参画は、英大手金融グループ HSBC の IFFIm への連携
により実現
75
図表 3 ―5 2006 ∼ 2009 年 3 月の GAVI プログラムに対する IFFIm 資金の支出内訳
麻疹対策
US$139 百万
11%
髄膜炎撲滅運動
US$12.9 百万
1%
新規および十分に利用されて
いないワクチン
US$383.4 百万
31%
ポリオ対策
US$191.3 百万
15%
予防接種サービスサポート
US$24.5 百万
2%
妊産婦新生児破傷風対策
US$61.5 百万
5%
黄熱病対策
US$66.6 百万
5%
安全な予防接種支援
US$1.4 百万
0.1%
五価ワクチン
US$177.4 百万
14%
保健システム強化
US$193.8 百万
16%
合計:US$12 億
出所:IFFIm Web サイト(2009.9 時点)20)を基に作成
組織としての IFFIm には、現在 6 名からなる理事会が存在するのみで、
職員は存在しない。
2009 年 9 月 30 日時点で、IFFIm はその設立以来、US$20 億相当のプ
ログラムを承認してきており、そのうちの US$12 億がすでに途上国 70
か国の人々のためにワクチンを購入し配布するためのプログラムに使用さ
れた。因みに、IFFIm が GAVI へ活動資金を提供し始めた 2006 年以降、
GAVI の活動資金は倍増したとされる。
図表 3 ― 5 が示すように、IFFIm 資金は、1)新規および十分に利用され
ていないワクチン(31 %)、2)保健システムの強化(16 %)、3)ポリオ
対策(15 %)、4)五価ワクチン、などでのプログラムに主に貢献してき
たことがわかる。
★下線用12文字分ダミー★
20)IFFIm Web サイト内、http://www.iff-immunisation.org/immunisation_results.html
76
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
3.4
可能性と課題
2009 年 5 月スイスのジュネーブで開催された WHO 総会の場で、国連バ
21)
ン事務総長が“Innovative Eight(I–8)” と称する、保健分野で現行のあ
るいは今後が期待される 8 つの革新的資金メカニズムを促進するグループ
を結成したが、IFFIm はその 1 つである。また、IFFIm の Gillespie 理事
会会長自身、「真の官民連携であり、ドナーの誓約金 US$2.5 億をもとに
US$20 億を調達」し、しかもその仕組みは「市場の力と投資家の関心」
を活かしたものであったと報告している。
IFFIm の可能性を考えた時、これら、官民連携と国際金融市場を組み入
れた要素が重要であると考える。特に、市場での対象を、民間企業は勿論、
個人の社会的貢献意欲にまで拡大したところにある。また、資金の運用管
理に関しては、その運用を GAVI アライアンスに、財務管理を世銀にと、
役割分担を明確に、第 3 者に、しかも、すでに安定した基盤を利用した点
で効率的であり、今後導入を考える国々への技術的な障壁を少なくする効
果もある。また、IFFIm が資金を提供する GAVI アライアンスは、後述す
る AMC(事前購入制度)の活動をも支援する関係上、例えばその使途を、
予防接種やワクチンの研究開発の方面にも拡大する役目も期待され、実際
そのような計画も動きつつあるようである。
一方、IFFIm の課題は、まず、資金源が ODA であるがゆえに、資金を
提供するうつわにも限りと偏りがあり、前倒しにせよ資金の規模にも限度
があるため、決して新たで追加的な資金源ではあり得ない。この点、革新
的資金調達メカニズムに関する技術グループは、IFFIm 債券が償還される
時、被援助国を支援するに十分な援助額が流れることを補償する何らかの
22)
システムが必要であると分析している 。最後に、長期的に誓約された資
金の償還が、未来の世代への負債となることへの懸念も強く、現に、その
ような援助融資を禁じている国もある。
★下線用12文字分ダミー★
21)IFFIm を除く I–8 は、UNITAID、AMC、Debt2Health、
(Product)RED、AFD の
Responsible Social Investment、炭素市場、保健への革新的資金のためのミレニアム基金で
ある。
22)http://www.cbd.int/doc/external/countries/brazil-fin-report-2004-en.pdf
77
4.ワクチンのための事前購入制度 23)
(Advance Market Commitments:AMC)
4.1
概要と背景
ワクチンの不足は、途上国、特に子供にとって大きな問題となっている。
ワクチンで予防可能な病気により、多くの子供たちが命を落としている。
肺炎、マラリア、麻疹による死亡数の全体に占める割合は、およそ 30 %
にのぼり、特に肺炎は死亡原因の 20 %近くを占めている。世界における、
肺炎を含む肺炎球菌による死亡率は 160 万人にのぼり、そのうち 5 才以下
の子供の死亡率は、最大で 100 万人にものぼると考えられている。さらに、
24)
そのうち 90 %は、最貧途上国で占められている 。
英国の医学雑誌 Lancet の 2001 年 7 月号に“Drugs for neglected diseases(顧みられない病気の薬)”という見出しで連載記事が掲載され、次
のような世界的問題が提示された
25)
。すなわち、世界を苦しめる病気の
90 %に対し、保健分野の研究費のたった 10 %しか費やされていない、い
わゆる「90/10」問題の原因は、製薬会社が次に開発する医薬品の選択を、
世界の公衆衛生の関心ではなく、その会社や株主の収益に基づいて行って
いたことにある、という問題提起である。
AMC は、GAVI と密接に活動する 2 つの重要なワクチン関連プログラ
ムの 1 つであり(もう一つは前述の IFFIm)、AMC の目的は、製薬会社
26)
が貧困国における「顧みられない病気(Neglected Diseases)」 のワクチ
★下線用12文字分ダミー★
23)AMC の Web サイト http://www.vaccineamc.org/
24)AMC の Web サイト http://www.vaccineamc.org/pneu_amc.html、およびビル&メリ
ンダ財団 Web サイト http://www.gatesfoundation.org/livingproofproject/Pages/gavi.aspx
25)Médecins Sans Frontières website, July 1, 2002 http://www.msf.org/msfinternational/
invoke.cfm?component=article&method=full_html&objectid=972C0953-CD52-4CB3886584FC51391278
26)「顧みられない病気」とは、患者の購買力の欠如等の理由により、製薬業界にとって
採算性が低く、結果として治療薬が不足しがちな病気全般を指す。これには、マラリア、結
核、HIV/AIDS や、分布が限定されほとんど研究対象となっていないアフリカトリパノソー
マ症(アフリカ睡眠病)
、南米トリパノソーマ症(シャーガス病)
、デング熱、住血吸虫症な
どが含まれる。
78
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
ンを開発するための財政的なインセンティブの欠如を是正することである。
富裕国では、患者数が少なくビジネスとしては利潤が少ない難病の治療薬
を市場に出すため、製薬会社に嘆願する特別な支援プログラムがしばしば
実 施 さ れ て お り 、 こ れ ら は 、“ Orphan drugs( 希 少 / 用 薬 )” と か
“Orphan diseases(奇病)”と呼ばれる。AMC が取り組む問題は全く異な
り、貧困国で 10 億人もの人々に猛威を振るう熱帯病は、希少な病ではな
く顧みられない病気ととらえ、それに対処するために考案されたメカニズ
ムである。
AMC は、ワクチンを購入する資金の十分でない発展途上国において、
「適切なワクチン」を、
「適切な量」
「適切な価格」「適切な時期」に供給す
27)
ることを目的に、ドナーがワクチン価格を保証するものである 。このプ
ログラムの純粋な目的は、民間セクターである製薬会社に対し、「顧みら
れない病気」の治療薬を開発するために必要な研究や開発を奨励すること
である。
AMC の概念の進化に関する重要な研究は、米ワシントン DC に拠点を
置くシンクタンク Center for Global Development(CGD)の AMC ワーキ
ング・グループによって、2005 年の報告書の中でまとめられている
(Levine, et al. 2005)。CGD ワーキング・グループの報告は、実行可能な
方法論を初めて本格的に提示した点で傑出していた。第一に、法的に拘束
する約定は、ワクチンが開発され、購入を助成する前に、スポンサーが取
り決める。第二に、ワクチンができるまでは費用はかからない。第三に、
先進国や新興国の製薬会社やバイオテクノロジー会社は、基礎科学に投資
する商業インセンティブを持ち、臨床試験を行い、長期供給できる規模に
拡大できる体制で新しい製造能力を開発する、という仕組みである。
AMC は「牽引する」資金調達プログラムであり、ワクチンを製薬会社
から引き出す(「牽引する」)役目を果す。重要な点は、AMC は事前購入
「調整」ではなく、事前購入「制度」である。スポンサーは、同意した価
格で一定の量のワクチンの購入を助成する約束をすることで、ワクチン開
★下線用12文字分ダミー★
27)AMC Web サイト内、http://www.gatesfoundation.org/vaccines/Documents/amc-factsheet-2009.pdf
79
発者に利益を保証する。また、この AMC に基づく合意は法的拘束力を持
つ。ドナーは製品を購入することを保証しているのではなく、貧困国や貧
しい人々のような消費者が購入する支援をすることを保証する。初めにワ
クチンを開発し、試験を行い、市場に出す会社が、助成を受ける資格があ
る。ワクチンが製造されると、それらは購入され、その時に AMC により
約束された金額が医薬会社に利用される。しかしながら、もし購入されな
ければ、製造者は投資した資金を失うことになる。
AMC の実行の仕組みは、上述のドナー国、ビル&メリンダ財団、世銀、
GAVI アライアンスが資金を提供し、WHO、IAC(独立評価委員会)がワ
クチン許可を担当し、UNICEF がワクチンを調達する形となっている。
また、AMC プログラムは、既存の多国籍機関の機能、主に GAVI のワク
チン事業を進めるために構築済みのネットワークを通じて運営管理される。
AMC 事務局は GAVI 内にあるが、資金は世銀が管理する(IFFIm と同様)。
ワクチンが製造されると、他の GAVI ワクチンに対してすでに行われてい
る同じ手続きで、WHO が事前に品質推薦を行う。そして、GAVI のレギ
ュラー・パートナーである WHO や UNICEF が GAVI の流通ルートを使
ってワクチンを配布する。
4.2
実施状況
AMC 概念が提供する可能性への関心は、2005 年に非常に高まった。世銀、
G8、英国と米国がこぞってこの可能性に注目した。2005 年 12 月 G8 財務
相は、イタリア財務相より詳細な報告書を受け取り、そののち 2006 年 2
月に開催された財務相会合で話し合われた。議論は、子供の主要な死因で
ある肺炎双球菌病に対する AMC パイロット・プログラムの創設について
始まった。この病気が、結果的に最初の AMC の対象となり、その実施は
数か月後に設定された。
しかしながら、2005 年末の G8 財務相会合での提案にもかかわらず、こ
の AMC 概念は 2006 年にロシア・サンクトペテルブルグでの G8 サミット
で再度取り上げられたが、その際にも結局承認されなかった。国際 NGO、
Oxfam の 2007 年のブリーフィング・ペーパーによれば、2005 年提案の失
敗の理由はドナーと途上国にとってあまりにも費用がかかりすぎたためだ
80
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
とされる(Oxfam International 2008)
。
その後、2007 年 2 月にイタリア、米国、英国、カナダ、ロシア、ノル
ウェーとビル&メリンダ財団が US$15 億の資金を拠出して AMC が発足
し、2030 年までに 540 万人の子供の命を救うことになると推定される新
しいワクチンの開発と普及に向け、肺炎球菌をターゲットに活動を開始し
た
28)
ことにより実現に向けて始動することになった。
さらにその後、経済専門家グループ、Implementation Working Group
(実施作業グループ)などを経て、2009 年の 6 月には、GAVI アライアン
スは、AMC をパイロット・プログラムとして正式に発動させた。また、
同月には、Strategic demand forecast(戦略的需要予測)が発表され、こ
れに基づいて 9 月 4 日に UNICEF が第一回のワクチン供給要請を発表し
29)
た 。
現在販売されている抗肺炎球菌ワクチンは、先進国では 1 回量当たり
US$70 以上で販売されている。しかし、AMC の実施により、長期的に
30)
は、途上国において US$3.50 で販売できる見込みである 。
4.3
可能性と課題
こうした AMC の枠組みは、今後うまくいくのであろうか。
製薬産業の AMC 計画への対応は、そのビジネスモデルに適合する時、
または良い宣伝活動が必要な場合などに限られ、一般的には極めて慎重で
ある。途上国に自社の医薬品を提供することを最近発表した製薬大手の
GlaxoSmithKline 社は、AMC の肺炎双球菌プログラムに参加している。
しかし、製薬セクターの圧力団体は、先に(4.1 で)述べた「顧みられな
い病気」の治療薬不足が製薬会社のせいではない理由を説明する長い文書
を用意するなど、この問題に関しての会社の評判を守るため努力している。
★下線用12文字分ダミー★
28)AMC Web サイト内、http://www.vaccineamc.org/pneu_amc.html
尚、肺炎球菌がターゲットに決定された経緯は、AMC Web サイト内、AMC 専門家独立委
員会(AMC Expert Independent Committee)報告書を参照
http://www.vaccineamc.org/files/iec_rec_pilot.pdf
29)AMC Web サイト内、http://www.vaccineamc.org/pilot_timeline.html
30)AMC Web サイト内、http://www.gatesfoundation.org/vaccines/Documents/amc-factsheet-2009.pdf
81
また、主要ドナー間でも、競合する計画への支援に起因する衝突がある。
イタリアの財務相が 2005 年 11 月、G8 国に向け AMC に関する包括的な
報告書を提示し、引き続いて 2006 年 2 月に G8 財務省会合で署名された。
しかしながら、フランスのシラク大統領と英国のブレア首相は、ロシア・
サンクトペテルブルグで開催された 2006 年 G8 サミットでは、その採択
に反対した。シラク大統領は、米国が彼の提案する航空券税を支持しない
なら合意しないと拒否し、ブレア首相の方は、債券を発行し資金を調達す
る自国の計画である IFF を優先したからであるとされる。
方法論に関する AMC への主な批判は、製薬会社、特に大規模で力のあ
る製薬会社が中心的な役割を担うことに向けられている。そもそも、製造
されたワクチンの価格調整は、個々の被援助国の購買能力ではなく、製薬
会社が医薬品を製造するために必要とするコストによって決定づけられる。
また、AMC は本質的に医薬会社を支援する立場にあり、これら製薬会社
が益を被る手助けをするものである。製造された治療薬が AMC との契約
とは別にあるいは契約以前に実のところ開発中である場合に、これは特に
問題となり得る。そのため、保健関連の NGO は、AMC を資金メカニズ
ムとしてではなく、民間セクターを支援する官のプログラムとみなしてお
り、その研究活動や開発において協調するインセンティブがなければ、基
31)
本的に反対している 。さらに、もし取り決められた医薬品が製造されな
かった場合はどうするかについても疑いが残る。また、当然であるが、開
発される製品の品質や、製品を早く市場に出す際の安全性や効率の標準に
ついての心配もある。
AMC はまだ動き出したばかりであり、今後、肺炎球菌ワクチンの
AMC の成果が注目される。この AMC の成果によって、肺炎球菌以外の
ワクチンの事前購入制度の実施についても、可能性が見えてくると思われ
る。
★下線用12文字分ダミー★
31)http://www.ubuntu.upc.edu/pdf/info_ubuntu_1_07_eng.pdf
82
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
5.開発のための通貨取引税
5.1
概要と背景
通貨取引に関わる国際的な税の議論は、歴史的には 1970 年代にジェーム
ス・トービンによって提唱されたトービン税にまで遡る。いわゆる「トー
ビン税」とは、為替相場を安定させることを目的に、為替取引に対して課
税するというものである。この構想が出された背景には、それまでのブレ
トンウッズ体制が崩壊し、固定相場制にかわって変動相場制になったこと
があり、民間金融資本の投機的移動を抑制し、為替相場を安定させ、それ
によって各国の経済政策の自立性を取り戻すことが主たる目的とされた。
しかし、このトービン案は、実現困難であるとか、世界経済にかえってマ
イナスの影響を与えるといった反対論が根強くあり、長らく無視され続け
てきた。
その後、1990 年代後半に、アジア、ロシア、中南米など世界各地で為
替投機資金の変動を主たる原因とする金融危機が多発するにいたって、投
機によってもたらされる通貨金融危機を何らかの形で規制する必要性が議
論されるようになり、トービン案はあらためて注目されるようになった。
しかし、各国が同時に導入しなければ効果が出ないという難点が指摘され、
こうした構想の具体化の動きはほとんどなかった。
2000 年代になって、MDGs の達成に向けた国際的協力が国際社会の大
きな関心になるに従って、不足する開発資金を補う革新的な資金調達方法
の一つとして、開発のための通貨取引税のアイディアが、議論されるよう
になった。実際に、2001 年 11 月にはフランスで、2004 年 7 月にはベルギ
ーで、通貨取引に対する課税が議会で承認されたが、いずれも欧州連合全
体がこれに合意することがその前提とされており、現実に実現しているわ
けではない。
こうした構想を再び国際的な議論の場に載せるうえで大きなモメンタム
を形成したのは、前述の 2003 年にフランスのシラク大統領のイニシアテ
ィブによってまとめられた『ランドー・レポート』であり、そこで国際連
83
帯税のさまざまな可能性の一つとして「通貨取引開発税(Currency
Transaction Development Levy:CTDL)
」が検討されたことによる。
そうした中で、当初のトービン案に変わって、為替取引に対する課税の
方法やその課税によってもたらされる資金の使途等について、さまざまな
新しい議論が登場してきた。言い換えれば、「通貨取引税」は、無秩序な
金融投機への有効な対抗手段としてその賛同者を増やし、あるいは南北格
差の拡大を是正するための革新的資金調達手段としての可能性として検討
されるようになったのである。
こうした新たな通貨取引税構想に関してはさまざまな議論があり、「通
常の為替取引には低水準の税率を適用し、一定規模以上の過度な変動をも
たらす可能性のある取引に高率の禁止的水準の税を課す」という二段階課
税方式もあれば(Patomaki 2001)、『ランドー・レポート』では通貨取引
税率として 0.01 %の税率が提示されており、近年では、為替取引の金額
の膨大さとその取引に対するネガティブな影響を極力少なくするという考
慮から、一律に 0.005 %の低率で課税するという議論が国際的に広まって
きている(Schmidt 2007)
。
通貨取引税がもし実現した場合には、かなりの規模の金額を徴収できる
ため、その金額がどの位になるかというさまざまな試算もなされている。
一例として、Rodney Schmidt による試算は以下のようなものであり、
0.005 %というごく薄い税率でも年間 US$200 ∼ 300 億規模の税収が可能
となるとされている(図表 3 ― 6)。また、国際決済銀行(BIS)は、リー
ディング・グループの専門家の分析に基づいて、世界の通貨取引金額は年
間約 US$778 兆、0.005 %の税率で約 US$330 億の税収が見込めると指
摘している(Pochmann and Schutte 2010)
。
5.2
近年の状況と動向
これらの通貨取引税の議論では、それによって得られた資金の使途につい
ては、さまざまな議論があり、必ずしも途上国の開発資金に限定されるも
のではない。国際金融システムにおける投機抑制を主たる目的として通貨
取引税の必要性が議論されることも依然として多い。
他方、欧州の NGO の中には、英国の Stamp Out Poverty のように、南
84
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
図表 3 ―6 通貨取引税の税収見込み
課税通貨
(US$兆)
取引量
(US$兆) 課税後取引
税収
(US$億)
ドル、ユーロ、円、ポンド
774
668
334
ユーロ、円、ポンド
493
425
212
ユーロ
285
246
123
円
127
112
56
(注)取引量は 2007 年、税率 0.005%の場合
出所:Schmidt 2007, p10
北の貧富の格差是正のための資金として、通貨取引に課税し、その資金を
途上国の貧しい人々のために再分配すべきであるとする議論を展開してき
32)
ている団体も少なくない 。こうした団体の主張は、特に英国・フランス
では政府を巻き込んだ動きとなっている。例えば、サルコジ仏大統領とブ
ラウン英首相は 2009 年 12 月、連名で Wall Street Journal に寄稿し、通貨
取引を規制することが納税者の利益につながること、また、金融取引によ
る利益の公平な分配が必要であることを論拠として、利益を分配するだけ
でなくリスクの緩和にもつながる国際協定の必要性を訴え、その中で選択
肢の一つとして通貨取引税をあげている(Brown 2009)
。
他方で、通貨取引税は、長らく、技術的に徴収が難しく実現困難という
議論がされてきた。しかし、今日では、為替取引は高度に情報化され、コ
ンピューターと通信インフラを通じて取引がなされるようになったため、
逆に電子的に捕捉可能性が高まっているという議論もあり、全世界で行わ
れる特定通貨に関する外貨売買取引を捕捉し課税することが技術的に可能
33)
かどうかについての検討も進んでいる(上村 2009) 。
★下線用12文字分ダミー★
32)Stamp Out Poverty は 2005 年に設立された、英国に本拠を置く、途上国の貧困対策の
ための国際連帯税の導入に向けた活動をしている NGO。英国の Stamp Out Poverty のほか、
ドイツの WEED、フランスの CordinationSUD、ベルギーの ElevenElevenEleven など、互
いに NGO ネットワークを形成し、通貨取引開発税を含む国際連帯税について共同歩調をと
っている。
33)「『国際連帯税』東京シンポジウム 2008 :日本での実現を目指して」専門家会合
(2008 年 11 月 22 日、於:青山学院大学青山キャンパス総研ビル 9 階会議室)
85
また、単一通貨への通貨取引税導入はそれ自体不可能ではなく、政治的
にも単独での導入が可能であるため、例えば英国では単独での通貨(ポン
ド)取引税の導入の議論もある(Spratt 2006)。ただし、特定通貨に対す
る課税が先行すると、その通貨に対する市場の選好が弱まる(嫌われる)
インセンティブも働くと想定されることから、政治的には多通貨で同時に
導入することが期待され、やはり国際的な共同歩調が望ましい。
こうした技術的・政治的な課題に対処するために、通貨取引税の国際的
導入を推進するには、金融・通貨取引に対する課税の問題に取り組む国際
タスクフォースの設立と、リーディング・グループ主導での有価証券・金
融・通貨に対する取引税の検討と実施が必要であるといわれ、国際会議等
で NGO を中心に提案されてきた。
このような状況の下、2009 年 5 月にパリで開催された第 7 回リーディ
ング・グループ会議において、「開発のための国際金融取引に関するタス
34)
クフォース」の設立が決定された 。このタスクフォースは、通貨取引税
の技術的・法的実現可能性と、その実現に向けた選択肢を模索することを
目的に、2009 年 10 月にパリで閣僚級会合を開催した 35)。会議には日本を
含む 12 か国および欧州委員会と世銀が参加し、NGO 関係者と専門家の報
告も行われた。参加国は、国際通貨取引税および金融取引に関連する国際
貢献について各国の意見を表明し、また、専門家にマクロ経済、財政、税
および開発経済の観点から報告書の提出を依頼し、2010 年 5 月に報告書
36)
を提出することで合意した 。
また、このタスクフォースは、2010 年 6 月下旬にトロント(カナダ)
で予定されている次の G20 会合に向けて会合を重ね、検討結果の報告を
予定している。合わせて、次の G20 では、IMF に対し、「次回会合におい
て、金融への政府の介入によってどのような公平で実際的な貢献ができる
★下線用12文字分ダミー★
34)High–Level Taskforce on International Financial Transactions for Development
http://www.leadinggroup.org/article492.html
35)First Ministerial Meeting on International Financial Transactions for Development
(Paris, October 22, 2009)
, French Embassy and Consulate General in Australia
http://www.ambafrance-au.org/france_australie/spip.php?article3648
36)http://www.leadinggroup.org/article492.html
86
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
かという点について、これまで実行もしくは検討されてきた手法を報告す
る」事を求めた。
5.3
可能性と課題
このように国際金融取引の課税ないし規制の必要性の認識と議論が高まり
をみせる一方で、2008 年後半以来の国際的金融危機は、通貨取引税の実
現可能性の制約要因となっている面もある。すなわち、国際金融システム
が混乱している中での通貨取引への課税はより困難であり、とりわけ主要
先進国の金融機関は極めて脆弱な立場に置かれている。そうした中での通
貨取引税は、むしろ銀行システムを強化するため、あるいは困窮した先進
国の納税者を救済するために使われる可能性の方が高いからである。
リーディング・グループは、近年の通貨取引税に関する国際的議論を引
っ張っているが、その議論は、「国際金融取引に焦点をあてたアプローチ
の可能性の評価に基づいて、開発資金をためのさまざまな選択肢を探求す
ること」を目的としており、その目的や使途についてはこれからの議論に
委ねられている 37)。国際通貨取引税に関する議論が活発化したのは比較的
近年であり、同税が実現化される為には解決すべき課題も多い。その意味
で、通貨取引税の国際的な導入の可能性は現段階では依然不透明である。
リーディング・グループのタスクフォースや G20 での今後の議論の動
向が注目されるところである。
6.まとめ― MDGs 達成のための資金調達の新しい可
能性と課題
2015 年までの MDGs の達成は、資金不足もあって危ぶまれており、既存
のコミットメントが全て果たされたとしても開発資金は足りないと議論さ
れている。こうした資金ギャップがどの位の金額のものかについては引き
★下線用12文字分ダミー★
37)“Declaration:Taskforce on International Financial Transactions for Development”
http://www.leadinggroup.org/IMG/pdf_DeclarationENG.pdf
87
続き議論が続いているが、そのギャップを埋めるために、当面 ODA だけ
では十分ではないという認識から、それを補完する「安定的で予測可能な
追加的資金」の資金調達方法としての革新的なメカニズムに関するイニシ
アティブが検討されてきた。
6.1
国際的な議論の方向
開発のための革新的資金調達メカニズムの議論を主導したのは、主として
フランスや英国などの欧州諸国である。特にフランスは、国際連帯税の導
入に熱心であり、その背景としては、アフリカを中心とする途上国の開発
に歴史的に関心を有していることに加え、米国主導の自由主義的な国際経
済の枠組みに対抗して、より社会的公正と富の再分配を意識した国際開発
支援の枠組みづくりを目指す、すなわちグローバル化した国際経済をより
効果的に規制するという政治的な理念も強く影響していると考えられる。
英国は、1997 年に労働党政権が登場して以来、途上国開発への関与を
深め、その資金拡大のための「革新的」アイディアの一つとして IFF を
考え出した。国内的には、ブレア首相に対抗したゴードン・ブラウンの政
治的イニシアティブが大きく、ブラウンが財務大臣であったことから、英
国の IFF は、財務省を中心にその企画やメカニズムづくりが行われ、他
方、DFID(国際開発省)が IFFIm の実施の中核を担っている。
欧州諸国はこうした議論に共同歩調をとって参加し、特にドイツやベル
ギー、ノルウェーといった諸国は、フランスとの協力関係が緊密である。
また旧フランス植民地であったセネガルやギニア等を仲間に加え、米国主
導の国際経済秩序に反発するブラジルなどの新興ドナーとの連携も強めて
いった。
他方で、こうした国際連帯税の議論から距離をおいてきたのが米国であ
り、またオーストラリア、ニュージーランド、日本といった米国との関係
の強い国々も概して慎重な姿勢をとってきた。米国は、共和党のブッシュ
政権から 2009 年初頭より民主党のオバマ政権に変わり、今後は以前より
は前向きに検討する可能性もあるという見方もある。しかし、現時点で今
後の米国の新しい方向性について議論するのは時期尚早である。
米国には、専門家・有識者の中で革新的資金調達メカニズムに賛同して
88
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
いる者もおり、とりわけ高名で影響力のあるのが、ジェフリー・サックス
とジョセフ・スティグリッツである。サックスはその著書でも、途上国の
貧しい人々の保健衛生状況の改善のためにより多くの資金を拠出すること
の必要性と重要性を強く訴えており、サックスの議論は、各国の航空券連
帯税や IFF や AMC の導入の動きや、その資金を途上国の保健衛生分野に
投入する枠組みの形成に少なからぬ影響を与えているように見受けられる
(サックス 2006)。また、スティグリッツは、トービン税のような国際金
融取引を何らかの形で規制する仕組みの必要性について議論しており、通
貨取引開発税の議論にやはり少なからぬ影響を与えていると思われる(ス
ティグリッツ 2006)
。
なお、OECD/DAC(開発援助委員会)は、援助効果の向上についての
議論を主導し、また 2002 年の国連「開発のための資金」会議以来、開発
資金の拡大についての国際的議論の動向をフォローしてきたが、航空券連
帯税や国際金融ファシリティなどの国際連帯税の議論そのものには深くは
関わってこなかった。しかし、2008 年 10 月に「保健分野における革新的
開発資金調達の教訓」と題する国際会議を開き、革新的な開発資金調達メ
カニズムについての議論の動向も押さえるようになっている 38)。ただし、
開発という観点から現時点では保健分野にとどまっており、必ずしも航空
券連帯税や通貨取引税などの国際連帯税全体をみているわけではない。
6.2
開発のための追加的資金確保の目的と方法
国際連帯税の導入目的は、それを議論する主体や論者によっても異なる。
同じ国際連帯税導入の議論をするにしても、使途について違うことを考え
ている同床異夢ということもあり得る。こうした点には十分に留意しなが
ら、議論の動向を追う必要があろう。
例えば、近年の国際金融危機の中で国際連帯税の導入の声が高まってい
るのは、民間企業の自由な経済取引を優先するのではなく、既存の国際経
済システムに対するある種の規制や介入といった国際システム改革の意図
★下線用12文字分ダミー★
38)OECD の Web サイト内、“Workshop on lessons for development finance from innovative financing in health” http://www.oecd.org/dataoecd/8/10/41466709.pdf
89
を反映している場合もある。国際連帯税の導入に向けて長く活動してきた
NGO(例えばフランスの ATTAC や、英国の Stamp Out Poverty 等)の主
張するところは、金持ちから税をとり途上国の貧しい人々にそれを再配分
39)
すべきだという公正の考え方が主たる理念である 。その一方で、国際通
貨取引税を国際金融システムの安定のための共通基金として使おうという
考えもある(Financial Times 2010)
。
他方、ODA 資金が停滞する中で、国際開発のための追加的な収入を得
るための新しい財源を求める考えであることもある。新しい税の導入によ
って得られた新たな資金が、開発目的のための追加的な資金に使われるの
であれば、安定的で予測可能な追加的資金を得るという本来の意味での革
新的資金メカニズムであるが、それが別のさまざまな目的のために使われ
たり、あるいは単に国庫への追加的収入源となるのであれば、政府の財源
が不足する中での新たな税の導入の議論といっても良い。
また、第 3 節で説明した IFF の枠組みは、将来の ODA 予算を先取り
(Front loading)して、今緊急に重要な分野(具体的には保健衛生分野)
に予算を追加投入する仕組みである。ある意味では、目先の資金が必要で
あるという政治的必要に対応して、将来の ODA 予算を担保に証券を発行
して当面の資金を確保する枠組みであって、「革新的」な苦肉の策ではあ
るが、そこには限界もある。すなわち、将来の ODA が減らされるのでは
なく将来にわたって追加的に ODA 予算が確保されなければ、結局のとこ
ろ、ODA の不足を補う追加的で安定的な資金とは言い難い。IFF といっ
た形で将来の ODA を先取りするのであれば、いずれにせよ結局は、中・
長期的に ODA を増額することに対して国民の支持を得られるかどうかが
重要である。
6.3
日本における議論
日本の ODA 予算額は、財政再建が我が国の重要な政策課題の一つとなる
中で近年減少を続け、OECD の DAC 統計で、日本の ODA 供与額(実績)
★下線用12文字分ダミー★
39)ATTAC は 1998 年に設立されたフランスに本拠をもつ NGO で、国際連帯税の導入に
向けた活動をしている。フランスにおける航空券連帯税の導入に影響を及ぼしたとされる。
90
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
の順位は下がり続け、2007 年、2008 年には米国、英国、フランス、ドイ
ツに次ぐ世界第 5 位となっている。
このように、厳しい財政状況のために日本の ODA 実績が落ち込んでい
る状況を踏まえ、国内には ODA 拡大を求める動きもある。例えば、外務
省に設置された「国際協力に関する有識者会議」は 2008 年 4 月、「日本の
将来にとり危険水域に達した ODA 削減」と題する緊急アピールを表明し、
「2015 年までに GNI 比 0.7 %達成などの数値目標を掲げ、(中略)無償、
技術協力、有償資金協力、国際機関向け予算をともに(中略)増加させな
ければならない。(中略)航空券連帯税のような ODA のための新たな財
源確保の途も早急に検討されなければならない。
」と提言している。
我が国は従来、新たな国際連帯税の議論に対して、必ずしも積極的な姿
勢を示してきたとは言い難いが、ODA 予算の拡大が困難な状況や、欧州
における革新的資金調達メカニズムに関する取組の進展を踏まえ、2008
年 2 月、リーディング・グループの活動・議論に高い関心を有する超党派
の国会議員により「国際連帯税創設を求める議員達盟」が設立され、活動
を開始するに至った 40)。こうした国内外の動きを受け、2008 年 9 月、日
本政府はリーディング・グループの正式参加国となることを決定し、今後、
参加国として同グループ内の議論に貢献することが期待されている。
また、市民社会での取り組みも高まりをみせており、2009 年 4 月に
「国際連帯税を推進する市民の会(アシスト)
」が設立されている。この会
は、市民社会への国際連帯税の必要性の啓蒙および政策提言をその主な活
動目的としている。
「国際連帯税」は、その目的が途上国の貧困削減や国際通貨システムの
安定といった、いわゆる「国際公共財」に資する形でのものであるにせよ、
最 終 的 に は 我 々 一 般 人 が 支 払 う 追 加 的 な コ ス ト で あ る。 そ の 意 味 で 、
ODA 予算の拡大や本章内で述べてきたような革新的資金調達メカニズム
の今後の具体化の可能性を左右するのは、結局のところ、国民一人一人の
国際開発のための資金の増額に対する理解と支持の有無であるといえよう。
★下線用12文字分ダミー★
40)国際連帯税創設を求める議員連盟(2008)
『国際連帯税創設を求める議員連盟―設立趣
意書』
91
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第
4章
世界経済危機に関連する資金調達と配分
◆
秋山スザンヌ(原文英語)
1.概要
2008 年夏に世界を襲った戦後最悪と言われる「世界金融・経済危機」は、
2009 年夏までに底を打った(図表 4 ― 1)。2010 年現在では貧困国が富裕
国の問題の巻き添えになる危険性はまだ存在するが、状況は安定し、改善
しつつあるように見える。多くの所得の低い途上国の経済に対する今回の
経済危機による影響は大きかった。この章の目的は、この経済危機に対処
するためにドナーがこれらの国へどのような支援をしたかを検討すること
である。
まず、経済危機の初期の影響、そしてその後の影響の分析、当初の対応
の要請、それらの要請に対する主要開発機関(多国間開発銀行、国際連合、
地域組織、各国政府)による対応に関して簡単に考察する。次に、多くは
分析や勧告という形での、非財政的対策に関して考察する。今回の危機は
比較的短期の出来事にとどまり、諸国の中央銀行による迅速かつ大々的な
対応策により、全世界を巻き込む本格的大恐慌になる事態を防ぐことがで
きた。現在もまだ予断は許さないが、2010 年初頭では状況は一段落して
いる。そのように、経済危機の余波の中で何が起きたかという概要を簡単
に紹介し、最後に、短い結論で全体をまとめる。
96
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
図表 4 ―1 世界の GDP(年末の変化率%)
%
%
予測値− 2009 年 1 月
予測値− 2009 年 3 月
5
5
4
4
3
3
2
2
1
1
0
0
−1
1982
1986
1990
1994
1998
2002
2006
−1
2010
出所:オーストラリア準備銀行(国際通貨基金 IMF の算定に基づく)
http://www.rba.gov.au/Speeches/2009/sp_so_150409.html
2.背景
2.1
最初の反応
世界経済危機が最初に表面化した時点では、貧しい途上国には大きな影響
を与えず、むしろ、高度に発達した経済、金融機関、投資家を伴う先進国
にほぼ限定されると予想された。
危機が最初に出現したのは、米国でサブプライムローンのバブルが崩壊
した 2006 年後期である。それが次に、資産担保証券市場の崩壊につなが
ったが、これは信頼のおけるリスク評価が不可能になった結果である。次
に、これが金融システムの凍結を引き起こし、最終的に米連邦政府が講じ
た大規模な景気刺激策により、ようやくこの金融システムの凍結は緩和さ
れた。
経済のグローバル化が進んだ今日、これらの問題が国境の内側にとどま
るはずはなく、問題は全世界に広がった。それでもなお、それらの問題が
貧困国に深刻な影響を与えるとは考えにくかった。これは、貧困国にはサ
ブプライムローンも高度な金融制度も資産担保証券市場もなく、つまり必
97
図表 4 ―2 GDP に対する比率で表した政府の財政状況
6
4
2
0
−2
−4
−6
2008 2009
−8
− 10
南アジア
中南米・ 欧州・
欧州・
中東・
東アジア・ サハラ
以南
カリブ 中央アジア 中央アジア 北アフリカ 太平洋
アフリカ
石油輸入国 石油輸入国
出所:Thomas 2009(IMF と世界銀行のデータから)
要な水準まで発達した市場がないからである。
一方、一部の新興市場は、この危機に巻き込まれた。例えば、インドネ
シア、マレーシア、ロシアでは、パニック的な売りを防ぐために、一時的
に株式市場が閉鎖された。しかし、世界経済の主流から外れている貧しい
途上国は、影響から隔離されていると考えられていた。図表 4 ― 2 に示す
ように、サハラ以南アフリカ諸国は政府の金融市場に占める割合は非常に
低く、世界危機とは無関係と想定しやすかった。
2.2
脅威の認識
貧困国に対する脅威が認識されたのは、リスク評価の不確実性が極度に高
まり、リスクを吸収する金融システムが崩壊する恐れが生じたために信用
フローが縮小した時である。結局、多くの途上国は、世界的な経済崩壊に
対して脆弱であり、経済を支えるための資金もなく、先進国より深刻な打
撃を受けた。大半の国で、2002 ∼ 2007 年の順調な成長が、一気に逆転し
た。
貧困国、特にサハラ以南アフリカ諸国において、健全な経済成長が中断
したことは、貧困撲滅を目指す動きの深刻な後退を意味した。さらに、途
98
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
上国はグローバル経済から「切り離されている」という想定の誤りも、明
らかになった(IMF/World Bank 2009)
。
民間レベルでは、富裕な消費・貿易国における信用収縮が、取引と資本
フローの縮小、そして途上国の輸出品に対する需要の縮小を引き起こして
いることが明らかになった。この状況は貧困国において、国際収支面での
深刻な圧力、インフレの進行、所得分配の悪化となって現れた。世界経済
と結びつくために十分な強さを持つ国の経済の成長エンジンが弱体化した
ため、経済への影響はいくつかの地域に対しても脅威になった。例えば、
欧州連合(EU)がその実例である。また、南アフリカが自国よりも弱い
近隣隣国に対して強い影響力を持つ南部アフリカでも、地域経済問題とな
った。
全般的な景気後退により、また、先進国が自国を守るために打ち出した
莫大な額の緊急救済策のため、開発援助の縮小も懸念された。その理由は、
この救済資金は何らかの形で貧困途上国経済圏に流れたはずの資金が流用
されたことになるからである。2005 年のグレンイーグルズ G8 サミットで
は、主要ドナー国は、毎年 US$500 億(その内 US$250 億がアフリカ向
け)、2010 年までに合計 US$1,300 億に達する援助額の増額を約束した。
しかし、これらの資金が実際途上国へ供与されるか疑問である。
海外で働く途上国の労働者の多くが職を失い、母国への送金額が減るこ
とが見込まれ、それもさらなる負の要因になることが予想された。
ブレトンウッズ機関(世界銀行と IMF)はこの状況を「開発非常事態」
と形容し、この言葉は、両機関が 4 月に刊行した共著の報告書、『グロー
バル・モニタリング・レポート 2009 :開発非常事態』(IMF/World Bank
2009)でも使用された。開発の専門家は、保護策を実施できるよう、負
の影響に対して最も脆弱な国を特定する作業を進めた。
2.3
脆弱性
『グローバル・モニタリング・レポート 2009』では、経済・金融危機によ
る被害に対する経済の脆弱性を、輸出額、海外直接投資、送金額、対外債
務比(特に新興市場)、援助額(特に低所得国)に関連する状態に従って
判定した。2007 年 1 月から 2008 年 7 月に起きた世界的な燃料・食糧価格
99
の高騰により、低所得国がすでに打撃を受けていたとすれば、それらの
国々の脆弱性は、さらに悪化するものと予想された。
世界銀行(世銀)の評価によれば、グローバルな問題に対する脆弱性が
最も高いのは、以下の 3 項目の特性を持つ国である。
• 輸出収入への依存。すなわち、一次産品の輸出国であり、かつ輸
出が GDP に占める比率が高い、またはそのいずれか。
• 海外直接投資(FDI)、海外援助、または海外からの送金という海
外からの資金流入への依存が高い。
• 外貨準備高、対外債務、経常収支、財政収支の状態に関するガバ
ナンス上の欠陥により、対応力が低い(Commission of the European Communities 2009)
。
従って、最も深刻な問題を抱えそうな地域は、緩衝のない状態で西欧の
1)
金融・投資・市場にさらされる中・東欧 、援助への依存度が極端に高い
太平洋島嶼国、複数の脆弱性を兼ね備えたサハラ以南アフリカである。こ
れらの国々が痛手を受けることに気づいた援助関連機関は、直ちに被害を
食い止め、逆転させ、または緩和するための活動を開始した。
また、基本的な点として、次の 3 項目が指摘された。
• 経済が比較的小規模で脆弱な貧困途上国は、経済危機による打撃
に耐える能力が最も低い。
• 経済が比較的小規模で脆弱な貧困途上国は、決して今回の危機の
要因ではない。
• それまで開発が遅れていたサハラ以南アフリカの諸国が、5.5 ∼
6.5 %の範囲の極めて順調な成長率を上げていた。この長年待望さ
れた順調な傾向を、世界的な景気後退で中断してはならない。
★下線用12文字分ダミー★
1) ただし、欧州復興開発銀行(EBRD)は、「欧州の新興市場は他の新興市場ほど影響
を受けない」と主張している。http://www.ebrd.com/new/am/transcripts/090515.htm
100
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
3.救済と対策の要請
3.1
全般的な状況
貧困途上国、G20 諸国、開発 NGO の代表、経済協力開発機構/開発援助
委員会(OECD/DAC)高官の最初の反応は、約束された援助レベルを維
持するよう援助ドナー国に要求することであった。(NGO は支援先が困
るだけでなく、団体自体に集まる資金も減り、支援力が低下することを懸
念していた。)前述のグレンイーグルズにおける G8 の公約にもかかわら
ず、経済危機がピークに達した 2008 年末までに確保された援助増加額は、
わずか US$200 億であった。この間、米国は金融/債務救済のために、
US$7,000 億規模の緊急経済刺激策を打ち出していた。
アフリカ開発銀行(AfDB)理事会は、英国のゴードン・ブラウン首相
に提出した 2009 年 3 月の報告書(Committee of African Finance Ministers
and Central Bank Governors 2009)で、見解を明らかにした。
「危機前のアフリカの成長水準を持続するだけでも、2009 年に US
$500 億、2010 年に US$560 億の追加資金が必要と推定している。
ミレニアム開発目標(MDGs)を達成すべく、さらに高い成長率を達
成するために必要なレベルまで投資を増やすには、2009 年に US
$1,170 億、2010 年に US$1,300 億の追加投資が必要である。以前に
繰り返し約束されたアフリカへの援助増額を、直ちに実行しなければ
ならない。資金へのアクセスのスピードが不可欠である。しかし、ア
フリカが貧困削減に十分な成長率を回復できるようになるには、それ
だけでは不十分である。新規の追加財源を開拓しなければならない。
アフリカを危機に対抗する世界的対策の一部に組み込まねばならな
い。
」
貧困国の窮状に対しては、同情的な反応があり、援助一般、そして特に
ミレニアム開発目標の課題を、今後も支持し続けるという約束が示唆され
101
た。ただし、それを躊躇する動きもあった。当時、副大統領候補であった
Joseph Biden は、米国が「約束した支援を遅らせる必要があるかもしれ
ない」と認めた。英国では、ゴードン・ブラウン首相は、政府による援助
を全く削減しないと強調したが、英国の納税者の間には援助の増額をしぶ
る傾向が見られた。英国下院は、開発援助に対する富裕国の納税者の意欲
2)
が不況により低下したかどうかを調べる調査を開始した 。
3.2
多国間開発機関
多国間開発銀行(MDB)は、被援助国政府から追加資金の要請を受けた。
これらの訴えに対し、世銀、IMF、地域開発銀行では特にアジア開発銀行
(ADB)とアフリカ開発銀行(AfDB)という大規模機関が最大の対応を
行った。
ブレトンウッズ機関は事実上、財政援助のペースメーカーの役目を果た
すため、これらの機関への資金要求が最も多かった。世銀は 6 月 30 日に
終了した 2009 会計年度(FY2009)に、これまでの最高記録である US
$588 億の融資を行い、これは前年度の総額 US$382 億を 54 %上回って
いた。世銀グループ(WBG)主要部門間の融資額の内訳は以下の通りで
。
ある(図表 4 ― 3)
US$329 億:国際復興開発銀行(IBRD)
、主要融資部門
US$140 億:国際開発協会(IDA)
、譲許的融資部門
US$105 億:国際金融公社(IFC)
、民間担当部門
US$ 14 億:多国間投資保証機関(MIGA)
ゼーリック総裁の説明によれば、援助額急増の直接の要因は必要投資額
の増大であるとされた。9 月にイスタンブールで開催された 2009 年世銀/
IMF 年次総会に向けて作成された世銀の報告書(World Bank 2009b)で
は、2009 年 7 月 1 日から始まった 2010 会計年度第 1 四半期に、IBRD に
よる中所得国への融資額は過去最高の US$80 ∼ 110 億に達し、年間では
US$400 億を超えると推定された。最貧国に関しては、2009 会計年度に
★下線用12文字分ダミー★
2) 国際開発委員会(IDC)調査の発表:“Aid under pressure:support for development
assistance in a global economic downturn”
http://www.parliament.uk/parliamentary_committees/international_development/ind0809an03.cfm
102
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
図表 4 ―3 世界銀行グループの危機対応
WBG
融資約束額
(US$10 億)
60
MIGA
IFC
50
40
MIGA
30
IDA
IFC
20
IDA
IBRD
10
IBRD
0
FY08
FY09
出所:World Bank 2009b, p.17
前年度から 25 %上昇した IDA の融資決定額が、2010 会計年度に再び上昇
し、US$124 ∼ 164 億に達するものと予想された。必要額の増大は IFC に
も影響を与え、同機関は民間部門融資での財源不足に直面している。
潜在的被害を判定し、どのような種類のどれだけの額の援助が必要かを
算定するために、2 機関の経済学者が状況の分析を行った(図表 4 ― 4)。
2009 年 3 月に世銀が発表した結果によれば、経済危機の影響に対処する
ために、途上国は US$2,700 ∼ 7,000 億の追加援助(オバマ政権が米経済
の救済策として投じた額に匹敵)を必要とする(World Bank 2009a)
。
3.3
要請内容
援助要請は大まかに 2 種類に分類できる。まず、承認済みまたは実施中の
援助プログラムおよび戦略の増強や継続に関する要請がある。これにはす
でに決定された資金を獲得するための活動が含まれ、インフラ、教育、保
健などに使われることになっている。次に、世界経済危機が新たにもたら
した特別な問題と取り組むことを意図した要請がある。これは主に、途上
国政府の貿易、投資、財政上の適応性と強く結びついている流動資産を拡
大するための措置である。
103
図表 4 ―4 主要被援助国に関する 2008 年の経常支出に占める援助額比率(%)
ブルンジ
ルワンダ
アフガニスタン
コンゴ民主共和国
マダガスカル
ブータン
ハイチ
タンザニア
ギニアビサウ
ニジェール
0
20
40
60
80
100
出所:IMF 2009a, p.23(IMF による算定)
4.約束と講じられた対策
世界経済危機は、4 つの主なリスク領域を生み出した(AfDB 2009a)
。
• 民間資本の逆流と民間資本フローの不安定化により、為替相場お
よび経常収支赤字への資金投入能力が影響を受ける資本流出リスク
• 歳入減少(特に国際貿易での税収)、金融機関支援費の増大、国債
費による財政リスク
• 輸出産品に対する需要の減少と価格低下に関係する輸出リスク
• 世界金融市場の弱体化により引き起こされ、国内金融部門と政府
に影響を与える流動性リスク
おそらく危機の到来が突然であったため、また当初、事態の把握という
点で混乱があったため、ドナー機関はすでに実施していたことを増強する
という方法で対応した(上記の最初の分類)。これは第一に、最小限の努
力で可能であったため、第二に、新規のプログラムやイニシアティブのた
めに即座に追加資金を見つけることは不可能であったためである。これは、
種々の発言や勧告にもかかわらず、現実には、この危機をきっかけとして
導入された新規の開発政策や開発手段がほとんどなかったことを意味する。
最終的に状況に合わせた対策が講じられたときには、それらは景気の悪
化による影響を緩和するための反景気循環的措置(「景気循環増幅効果の
緩和」と呼ばれるプロセス)または信用フローを維持するための流動性強
104
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
化、あるいはその両方の組み合わせという形を取った。
4.1
世界銀行
世銀は危機を感知すると直ちに警鐘を鳴らし、同行または他の機関が講じ
るべき対策の検討に乗り出した。必要額として経済学者らが試算した US
$2,700 ∼ 7,000 億という広い範囲の中で、最も低い額の US$2,700 億の
調達すら、国際金融機関の既存の資金では不十分と思われた。ましてや上
限値の資金調達が必要となれば、あるいはそれよりもさらに悪い状況に陥
れば、必要額と財源の間に莫大なギャップが生じることになる(World
Bank 2009a)
。
しかし、世銀の対応は法的枠組みによる制約を受けた。ソフトローンの
窓口である国際開発協会(IDA)は、第 15 次増資期間中であり、2011 年
6 月まで更新されない。金融市場からの資金調達窓口である国際復興開発
銀行(IBRD)では、融資の原資を拡大するために、株主から一般増資を
受ける必要がある。これは必要な資金が即座に調達できず、何らかの新た
な財源が必要であることを意味した。
諸方面からいくつかの可能性が提案された。最初の案は、IDA に対す
る増資の前倒しである。IBRD の一般増資の要請も提案された。第 3 の案
は、世界金融市場での資金調達であった。第 4 の可能性として、相当の準
備期間を要するが、特別増資と併せ、途上国の発言権と議決権比率を引き
上げることが提案された。この最後の案は、より広汎な組織ガバナンス改
革の一部として行わねばならない。
これらの何れの選択肢でも、世銀自体の財源を拡大することは困難であ
り、十分なスピードでそれを行うことは不可能である。ロバート・ゼーリ
ック総裁は、“Vulnerability Fund(脆弱国向け基金)”の創設を提案した。
それは世銀により設立され管理されるが、資金は富裕先進国から別に調達
される。世銀の文書では、この基金を活動の「中心」として位置づけてい
る(World Bank 2009a)
。
この基金の提案にあたり、ゼーリック総裁は経済危機との関連を述べ、
この基金を「世界のための景気刺激策」と呼んだ。2009 年 1 月に、New
York Times 紙の論評(Zoellick 2009a)で初めて紹介されたこの「脆弱国
105
向け基金」は、深刻化する世界経済による被害のため「救済措置を賄えず、
赤字を持ち堪えられない」国を支援する目的で、先進国が自国の経済およ
び国民を守るために導入した景気刺激策の 0.7 %に相当する金額を拠出し
て設立される予定であった。この 0.7 %は、政府開発援助(ODA)の目標
と想定される GNI の 0.7 %と同程度ということで出された。
構想によれば、「脆弱国向け基金」は 3 つの重要分野への投資を行うと
される。ただし、これらは新規分野ではなく、世銀がすでに活動を実施し
ている分野であった。
• 安全保障プログラム、特に保健、教育、栄養
• 基本的な公的サービスの提供を含むインフラ
• 中小企業(SME)とマイクロファイナンス
2009 年 2 月、世銀のチーフ・エコノミスト Justin Yifu Lin は、提案の見
直しを行い、経済規模の大きい国々に対し、彼が新「マーシャル・プラン」
と呼ぶ基金に US$2 兆の資金を拠出し、低所得国が現在の不景気の嵐を
切り抜ける手助けをしてほしいと訴えた。これはゼーリック総裁の「脆弱
国向け基金」案に、次のような修正を加えた提案であった。まず、資金お
よび資源に富む新興経済圏に要請の範囲を拡大した。次に、世界の国内総
生産のおそらく 1 %が必要になることを示唆した。しかし、7 月になると、
世銀の Marwin Muasher 対外関係担当上席副総裁が再び、各種の景気刺激
策の 0.7 %をこの目的に使うべきであると提案した。
この「脆弱国向け基金」は、提示されたどの形でも、自国経済の救済で
手一杯の先進国の支持を得ることはできなかった。元世銀の経済学者で現
在はブルッキングス研究所の上席研究員である Homi Kharas は、2009 年
2 月 11 日付けの記事で、現在の政治情勢では、「脆弱国向け基金」という
構想は、大幅な援助増額を発表した日本を除いてはあまり牽引力を持たな
いと述べた(Kharas 2009)
。
106
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
図表 4 ―5 世界銀行グループの「脆弱国向け資金調達ファシリティの枠組み」
脆弱国向け資金調達ファシリティの枠組み
脆弱国向け資金調達ファシリティ
インフラ再建・資産プラット IFC 民間セクター・
低所得国(LIC)および中所得国(MIC)中
プラットフォーム
フォーム(INFRA)
の貧困で脆弱な国に重点を置く
世界食糧危機 IDA
対応プログラ ファスト
ム(GFRP) トラック
緊急社会
対応
INFRA
貧困で脆弱な
金融危機の影
食糧危機の影 金融危機の影
社会層が存在
響を受けた
響を受けた 響を受けた
する LIC と
LIC と MIC
LIC
LIC と MIC
MIC
インフラ、貿易金融、
貧困国のため 銀行資本増強、
のエネルギー マイクロファイナン
ス
不安定なエネ
ルギー価格に
打撃を受けた
LIC と MIC
LIC と脆弱な MIC
のための危機関連活
動に関する民間セク
ター支援
融資財源:IDA、IBRD、ほか信託基金(TF)を通じ、もしくは並行/協調融資(PF)として供
給される資金
グラント融資
IDA
IDA
IBRD
信託基金
(TF)
TF
並行融資
(PF)
PF
IDA
IDA
IDA
IBRD
IBRD
IBRD
IFC 自体の資金
TF
TF
官(例えば国際金融
機関 IFI や二国間)
と民両方の動員
PF
PF
DPO, IL, TA
DPO, IL, TA
TF
手段
国際政策融資
( D P O )、 投
資融資(IL)、 DPO, IL, TA
グラント、技
術協力(TA)
DPO, IL, TA
投資顧問サービス
重点分野
運用と保守の
保護、優先プ
雇用、社会保 ロジェクトの
財政/予算支
障、基本的社 実施保証、官
援、農業、栄 IDA の全業務
会サービスの 民連携(PPP)
養、安全保障
の支援、雇用
保護
創出投資
貿易金融、銀行資本
エネルギーと
増強、インフラ・フ
安全保障への
ァシリティ、マイク
手頃なアクセ
ロファイナンス・フ
ス
ァシリティ
共同事務局:SDN(持続可能な開発ネットワーク)、OPCS(業務政策・国別サービス部)、PREM
(貧困削減・経済運営局)、HDN(人間開発ネットワーク)、CFP(パートナーシップ局)、FINCR、
MIGA(多国間投資保証機関)、FPM(資源動員部)
運用とガバナンスの枠組み
GFRP と IDA ファストトラ
ックの理事会承認、処理の迅
速化、権限の委任
理事会承認済み、実
施進行中
開発パートナーの拠出金のガバナンスは拠出額により異なる
運用/結果に関する報告
運用に関する週次報告と結果
未定
に関する四半期ごとの報告
未定
未定
月次報告
出所:European Parliament 2009, p19(2009 年 3 月に発行された世銀文書から引用)
107
その代わりに、世銀は「脆弱国向け資金調達ファシリティの枠組み」を
作り、インフラ・プロジェクト、安全保障プログラム、中小企業(SMEs)
の資金援助を行うことにした(図表 4 ― 5)。「脆弱国向け枠組み」は基本
的に、既存の関連する財源とファシリティで構成される。それらは、国際
3)
金融公社(IFC)のインフラ危機ファシリティ (Infrastructure Crisis
Facility)、インフラ再建・資産プラットフォーム(Infrastructure Recovery
Assets Platform:INFRA)、世界食糧危機対応プログラム(Global Food
Crisis Response Program:GFRP)、IDA ファスト・トラック(IDA Fast–
Track)、緊急社会対応基金(Rapid Social Response Fund:RSRF)である。
最後の RSRF 基金は、最貧国の最貧困層の日常的なニーズを満たすために、
直ちに援助を行うことを意図したものである。
現状を考慮すれば、2010 年半ばまでに IBRD の融資は「深刻な制約に
直面し」、その結果、最貧国を優先する形で融資の「供給制限」を行う可
能性がある、とゼーリック総裁は述べ、IBRD への一般増資の必要性を強
調した。しかし、フランス、英国、米国などの主要国の当局者は、「世銀
にはまだ十分な余裕があり、既存の資金で継続できる」(United Kingdom
2009)という見解を表明した。
世銀の経済学者らは、世界を席巻する経済的混乱が貧困国に壊滅的打撃
を与え、中所得国にさえ深刻な被害を与えるのではないかと懸念し続けて
いた。しかし、状況に合ったプログラムを実施することができず、世銀は
基本的に、既存の手段を講じるしかなかった。それらは貧困国を支援し、
中所得国に流動性を提供するために、即座に利用可能な手段であった。具
体的には、次のような措置が講じられた。
• 中所得国の健全な金融・投資状況を支援するために、2009 年に
US$26 億の IBRD 融資を承認。
• 途上国金融機関の資本増強を補助し、それらの機関が国家経済に
必要な資金を提供できるようにするために、2008 年 12 月に、US
$30 億の新規 IFC 資本増強基金を発表。その内訳は、IFC から US
★下線用12文字分ダミー★
3) http://www.ifc.org/ifcext/about.nsf/AttachmentsByTitle/IssueBrief_ICF/
$FILE/IssueBrief_ICF.pdf
108
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
$10 億、そして国際協力機構(JICA)を介し日本からの US$20
億である。世銀理事会は US$50 億の上限を承認したが、特定地域
の資金調達を促進するためのサブファンドは可能とされる。
• 新興国と途上国の不良資産を銀行から買い取り、それらの経済に
おける信用フローの回復を目指す、IFC を通じた US$55 億のイニ
シアティブ。これには IFC の資金 US$15 億と途上国自体の資金
US$40 億が使われる。
• 危機による打撃を緩和するイニシアティブに対する US$83 億の
追加資金の動員。
• 今後 2 年間に、安全保障と社会的保護への投資を 3 倍の US$120
億まで拡大し、メキシコ、ブラジル、フィリピンなどの中所得国に
暮らす 5,600 万人の貧困層に対する安全保障を強化するために、
2009 年に US$30 億弱を承認する。
• 今後 3 年間に、US$550 億のインフラ・プラットフォームを設け、
2009 年に世銀グループのインフラ資金調達で US$210 億を承認す
る。
• 世界経済危機の打撃を受けた国を支援するために、2009 年に US
$600 億弱の資金調達を約束。
• 社会安全保障や基本インフラなどを支えるために、3 年間に US
$1,000 億を IBRD から支出。
欧州議会に提出した報告書(European Parliament, Directorate General
for External Policies 2009)で指摘されたように、危機対策への世銀の貢献
は、ほとんど追加財源を使わずに既存の IBRD および IDA 融資を組み直
すことで達成された。しかし、世銀は経済危機の影響を抑制するための対
策の一部として、他の機関が実行しようとしているさまざまな対策を管理
することに意欲的であった。「脆弱国向け基金」は、そのような手段の一
4)
つであった。それ以外には、IFC が運営するインフラ危機ファシリティ 、
および「脆弱国向け資金調達ファシリティの枠組み」の構成要素になった
★下線用12文字分ダミー★
4) http://www.ifc.org/ifcext/about.nsf/AttachmentsByTitle/IssueBrief_ICF/
$FILE/IssueBrief_ICF.pdf
109
英国の緊急社会対応基金(RSRF)があった。
4.2
国際通貨基金(IMF)
国際通貨基金(IMF)はある意味で、今回の世界経済の悪化により復活で
きたといえる。それまで、潤沢な民間投資と海外直接投資(FDI)により、
IMF が支援を行う機会が奪われ、また、危機以前までの途上国の順調な
経済成長は、経済の安定化という IMF の専門能力を発揮する必要がない
ことを意味した。同機関はすでに破綻回避のための財源を探しており、そ
の目的で、保有する金の一部を売却していた。また、職員の削減も考慮し
ていた。
このような状況下、この危機は IMF を復活させただけでなく、危機を
乗り越えるための主導的立場に立たせたというのが、大方の見方である。
IMF は主に、大規模でタイムリーな資金調達パッケージ、そして融資条
件、財政・金融政策、金融制度リスクという側面での支援国のニーズへの
対応に追われた。
世銀の場合と異なり、IMF の株主の間には、融資に回す財源を拡大す
るために資本の再構成を行うべきだという点で、コンセンサスが成立して
いた。当初、その額についてやや論争があり、米国は US$7,500 億を、
EU は US$5,000 億を主張したが、最終的に米国案が承認された。しかし、
資本再構成には時間がかかり、IMF の対応能力は突然の金融崩壊に追い
つくことができなかった。IMF は貧困国の危機回避を支援するために
2009 年に US$250 ∼ 1,400 億が必要と算定した。2009 年 7 月までに IMF
は低所得国向けの財政支援をすでに倍以上に増額していたが、その時点で、
今後 2 年間の US$80 億を含め 5 年間に US$170 億の追加資金を投入す
5)
ると発表した 。
十分な流動性を供与することが IMF の最優先事項の一つであった。世
界経済に注入するために特別引出権(SDR)として新規に US$2,500 億の
一般配分が要求された。この内 US$180 億以上が外貨準備高を引き上げ、
★下線用12文字分ダミー★
5) IMF Survey Magazine, July 29, 2009
http://www.imf.org/external/pubs/ft/survey/so/2009/POL072909A.htm
110
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
低所得国の財政上の制約を緩和するために使われた。IMF の他の危機対
応策としては、特に低所得国に対し、資金を入手し易くするための 3 種類
6)
の新規融資窓口が用意された 。
(1)柔軟な中期支援を行うための拡大信用ファシリティ(ECF)
(2)短期および予備的なニーズと取り組むためのスタンドバイ信用ファシ
リティ
(3)低い融資条件で緊急支援を行う緊急信用ファシリティ
それに加え、それまで順調であったハンガリーやウクライナのような経
済圏で、資金の流れが枯渇したところに流動性をもたらすために、IMF
は大規模な緊急融資プログラムの計画を導入した。今回の危機は従来にな
い深刻なもので、それまでの IMF の対応パターンであった資金調達と政
策調整の組み合わせが適切ではなく、プログラムの資金調達部分のみを必
要とするような国までもが危機に引き込まれることになった。この新たな
状況と取り組み、流動性を高めるために、緊急支出を行う短期流動性ファ
シリティ(SLF)が提案され、2008 年 10 月に理事会により承認された。
当初、US$2 億規模の SLF が提案されたが、最終的にはそれをはるかに
上回る額が可能になり、3 か月満期で割り当ての 500 %に達した 7)。
世界経済危機への対応として IMF が講じた措置は、主に高所得新興市
場と中所得国向けであったため、IMF に対する批判もあった。欧州議会
に提出された分析によれば、新規 IMF ローンの 82 %が欧州域内諸国に配
分され、アフリカ諸国に配分された比率はわずか 1.6 %であったと報告さ
れている(European Parliament 2009, p3)。しかし、IMF が開発融資に携
わることは、IMF の権能を超え世銀の責任領域に踏み込むことになると
8)
外部審査委員会が判断したため 、IMF はそのような動きを明確に封じら
れていたのである。世銀と IMF の協力に関する外部審査委員会は、「低所
得国における IMF の融資活動は、その中心的責任を超え、世銀の仕事と
★下線用12文字分ダミー★
6) IMF Survey Magazine July 29, 2009
http://www.imf.org/external/pubs/ft/survey/so/2009/POL072909A.htm
7) IMF Survey Magazine, October 29, 2008
http://www.imf.org/external/pubs/ft/survey/so/2008/POL102908A.htm
8) この審査は、従来の IMF サービスに対する需要の低下と新規の活動領域の模索を背
景として実施された。
111
重複することになる。
」と述べている(IMF/World Bank 2007)
。
4.3
他の国際開発金融機関(MDBs)
(1)アフリカ開発銀行(AfDB)
アフリカ開発銀行(AfDB)は、危機という現象を深刻にとらえ、それを
軽減するための努力に強い関心を示した。地域首脳らは、先進国が自国経
済への信用危機の影響を抑制するために世界の資本市場を独占しようとす
る動きに対し、何らかの対抗策を講じない限り、アフリカは「最悪の開発
危機」に陥ると警告した。
それまでアフリカ諸国は、平均 5.5 ∼ 6.5 %あるいはそれを上回る率で
順調に成長しており、それを維持する能力があるようにみえた。しかし、
それらの国々の成長はいまだに危ういものであり、危機の中で成長を維持
することに関しては、相当の懸念があった。実際その懸念は正しかった。
2009 年 1 月に公表された図表 4 ― 6 は、2009 年 4 月と 11 月時点での予想
値を示す。10 か月後の 10 月までに、AfDB は 2009 年の成長率予測を 2 %
以下に下げた。この低下は一人当たりの所得の低下、そして貧困層の増加
を意味した 9)。
海外からの援助が加盟国の経済にとり極めて重要であるため、AfDB 独
自の活動の大半は、対策よりもむしろ分析の領域で行われるが、いくつか
の危機対策も実施してきた 10)。その一つが AfDB 自体の財源を用いた基金
で設立した US$15 億の緊急「救済」ファシリティである。さらに、2009
年 3 月の AfDB 理事会で採択された政策文書(AfDB 2009b)には、検討
事項として 4 項目のイニシアティブが盛り込まれた。
• 生産セクターへの貸付を行う中所得国、中央銀行、その他の機関
を支援するための US$15 億規模の緊急流動性ファシリティ
11)
★下線用12文字分ダミー★
9) AfDB Web サイト
http //www.afdb.org/en/2009-african-economic-conference/background/
10)AfDB の Web サイトには、広範囲な関連政策要約と作業文書が掲載されている。
http //www.afdb.org/en/2009-african-economic-conference-november-11-13-addis-ababa-ethiopia/
11)AfDB Web サイト
http //www.afdb.org/en/projects-operations/financial-products/emergency-financing/
112
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
• 第 1 期に貿易融資信用枠(TF LoC)と多目的 LoC、第 2 期に US
$5 億の世界貿易融資プログラムを含む、貿易融資イニシアティブ
12)
• 条件を満たす国への「アフリカ開発基金の財源の資金移動を迅速
化するための枠組み」
• 政策アドバイスの面での支援強化
図表 4 ―6 アフリカの地域別実質 GDP 成長率(%)
:2009 年 1 月 16 日時点での中間評価
9.0
8.0
7.0
6.0
2007
5.0
2008 4 月
2008 11 月
4.0
2009 4 月
2009 11 月
3.0
2.0
1.0
0.0
中央アフリカ 東アフリカ 北アフリカ 南アフリカ 西アフリカ アフリカ全体
出所:AfDB 2009a, p13
(2)アジア開発銀行(ADB)
世銀同様、アジア開発銀行(ADB)も経済危機の緊急事態に対し、すで
に実施中の対策の強化で応じた。ADB の場合、これらは 2008 年 4 月に
「戦略 2020」として開始された 2008 ∼ 2020 年長期戦略枠組みの中で行わ
13)
れる取り組みであった 。また、ADB は政策分析と能力向上に関する助
成金を通じた危機関連支援も拡大し、ソフトローン窓口であるアジア開発
基金(ADF)に US$4 億の追加資金を配分した。
実体経済への信用フロー維持を目的とする緊急支出危機支援を行い、流
動性を改善するために、US$30 億の景気循環相殺政策支援ファシリティ
★下線用12文字分ダミー★
12)AfDB Web サイト
http://www.afdb.org/en/topics-sectors/initiatives-partnerships/trade-finance-initiative/
13)ADB Web サイト http://www.adb.org/LTSF/default.asp
113
(CSF)が創設された。ADB は特に開発途上加盟国(DMC)について懸
念し、CSF で意図したのは、アフリカの AfDB が直面した現象と同様に、
世界的な信用縮小の拡大による海外での資金調達の減少を相殺することで
あった。しかし、このファシリティではその他にも、外部から新たに受け
た打撃に対し、成長を全般的に維持すること、そして、国内需要や生産の
拡大、社会的保護の強化、貿易の促進や雇用の保護を行うことで、マクロ
経済的な条件を改善することも意図していた(ADB 2009)。フィリピンが、
この新たな貸付の承認を受ける最初の国になった。
図表 4 ―7 ADB の危機対応
危機以前(2007 ―2008)
通常資本財源(OCR):US$170 億
アジア開発基金(ADF):US$49 億
技術協力:US$5.24 億
協調融資:US$25 億
危機以後(2009 ―2010)
OCR(景気循環相殺政策支援ファシリティ
含む):US$261 億
ADF:US$58 億+ US$4 億
技術協力:US$5.67 億
協調融資:US$45 億
地 域
政策分析と
知識支援
地域機関の支援
(ASEAN、ASEAN
+ 3、SAARC 等)
公共セクター
需要ベースの支援
・財政拡大
・社会保護
・開発の勢いの維持
・国内のモニタリン
グと調査の強化
景気循環相殺
政策支援
ファシリティ
アジア・
インフラ・
イニシアティブ
出所:ADB 2009, p19
民間セクター
需要ベースの支援
・流動性規制の緩和
・景況感の改善
貿易金融促進
プログラム
アジア・
インフラ・
イニシアティブ
114
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
ADB は 2009 年 4 月に、流動性を維持し促進するためのさらなる対策と
して、貿易金融促進プログラム(TFFP)を US$10 億に拡大した。そし
てこれは、2013 年末までに、貿易支援で最大 US$150 億を生むと予測さ
れる。TFFP の目的として、以下の 3 項目が規定されている。1)確認銀
行に対して保証を、DMC 内の発行銀行に対して回転信用を提供すること、
2)輸出入業者が金融サービスを利用できるよう銀行の能力を強化するこ
と、3)貿易金融システムに融資能力、流動性、安定性を提供するために、
14)
民間セクターと協力すること 。TFFP には以下の 2 つの主要商品がある。
• 加盟地域・国際銀行(確認銀行)に対し、承認された発行銀行が
発行する貿易信用の支払を保証する信用保証
• 民間の輸出入業者(多くは中小企業)の貿易関連取引に貸し付け
を行っている発行銀行に提供する回転信用
開発途上のアジアでいまだ展開中の経済危機と、それに対するアジア銀
15)
行の対応に関する 2009 年 5 月の報告書の中で 、この地域開発銀行の危
機関連貸付支援額は、2009 ∼ 2010 年に US$100 億以上増加し、その 2 年
間の総額は US$320 億に達すると推定された(因みに、2007 ∼ 2008 年の
総額は約 US$220 億)。増額分の US$100 億のうち、US$10 億は貿易金
融支援に、US$30 億は CSF、約 US$60 億はインフラ投資などを目的と
する融資に使われる予定である。
(3)欧州復興開発銀行(EBRD)
欧州復興開発銀行(EBRD)は 1991 年に、中欧、東欧、南欧、中央アジ
アの 29 か国を支援するために設立され、現在、これらの国々が世界の金
融状況により重大な影響を受けている。これらの諸国は旧ソ連を構成した
国またはその衛星国であり、多くが欧州連合(EU)加盟国、加盟候補国
であるか、または EU と結びついた国々との密接な貿易相手国である。
厳密な意味では、EBRD は開発銀行ではなく、投資銀行である。その任
務は、支援対象国の民間セクターへ投資を行い、適正に機能する市場経済
の整備を補助することである。民間セクターについても市場経済について
★下線用12文字分ダミー★
14)ADB Web サイト http://www.adb.org/Tradefinance/default.asp
15)ADB Web サイト http://www.adb.org/Documents/Reports/Economic-Crisis/default.asp
115
も、ほぼ未経験の国がほとんどである。世界の金融制度が崩壊の瀬戸際に
追い込まれ、資金の流れが止まり、民間融資、株式での資金調達、公共・
国からの資金調達が困難になったとき、これらの諸国は危機による深刻な
打撃を受けた。
バブルの崩壊が今回の危機を招いたのであるが、それまで、バブルは継
続する健全な経済成長であるという思い込みにより、これらの国々の経済
は、より強力な西欧諸国の経済と絡み合うようになった。不況に襲われた
とき、これらの国々は制御不能な状況に陥り、深刻な打撃を受けた。この
ため、かなり残酷な予想外の展開であるが、崩壊により最悪の打撃を受け
たのは、開かれた体制へと最も迅速な進歩を遂げていた国であった。その
一例がバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)で、この三国は
極めて好調だったため、2006 年に EBRD はこれら三国に投じていた資金
を、さらに東のより貧困な国々に移す計画を発表したほどであった。
バルト三国の成長予測は、今や−15 %の範囲にまで低下した。2009 年
の地域経済全体に関しては、近刊の『EBRD 移行報告書 2009』で、6.3 %
の平均縮小率が示されている 16)。
EBRD は多国間パートナーと協力し、投資、銀行、そして特に重視する
要素として中堅中小企業(SME)に対する支援を強化するという方法で
その状況に対応した。やはりこの地域への主要多国間投資・貸付機関であ
る世銀および欧州投資銀行(EIB)との共同 IFI(国際金融機関)行動計
画を通じ、銀行部門の支援および世界経済危機により打撃を受けた事業へ
の融資のために、2 年間に 245 億の資金が投入されてきた。
17)
EBRD が特別に注目した対応項目は次の通りである 。
• 2009 年の投資計画の規模を 80 億に拡大
• いまだに健全な銀行の資本増強
• 貿易促進プログラムの拡大
• エネルギーとインフラ・プロジェクトへの資金調達
•
2 億 5,000 万の企業支援ファシリティを設立
• 他の IFI とのより密接な連携
★下線用12文字分ダミー★
16)EBRD Web サイト http://www.ebrd.com/pubs/econo/tr09.htm
17)EBRD Web サイト http://www.ebrd.com/new/fin_crisis.htm
116
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
資金の提供以外に、EBRD の行動計画では、企業再編成を支援し、また、
一般家庭と企業の両方の部門で、外貨による多大な影響を削減するための
支援も行う。
(4)米州開発銀行(IADB)
図表 4 ―8 中南米における GDP 成長率の実際および反事実モデル推定値
(ブラジル、チリ、コロンビア、メキシコ、ペルー)
9
9
6
6
3
3
0
0
−3
−6
−9
−3
実際の成長経路
反事実モデル予測
Q1 Q2
2007
Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2
2008
2009
−6
−9
出所:IMF Direct 2009(IMF による算定)
脆弱性が高いと認識されてきた中南米地域であるが、この経済危機に極め
て良く耐えてきたように見える。実際、IMF は西半球に関する 2009 年 10
月の地域経済見通しに「回避された危機」というタイトルを付けたほどで
ある。IMF の Nicholas Eyzaguirre 西半球局長は最近のインタビューで、
なかでもブラジル、チリ、コロンビア、ペルーは、この不況の間、安定し
たマクロ経済政策、および国際金融市場との健全な関係を示したと説明し
た(Mapstone 2009)
。
この地域の多くの国が、反景気循環的な通貨・財政政策を導入すること
ができた。図表 4 ― 8 は、中南米の大半が、世界不況の最悪の影響(全て
の影響ではないが)の回避に成功したことを示している。この地域は危機
18)
の間、予想された最悪の状態よりも GDP にして約 4 %上回った 。
★下線用12文字分ダミー★
18)IMF Web サイト http://blog-imfdirect.imf.org/2009/10/21/latin-america-and-the-crisis/
117
おそらくこのような理由により、この地域の諸国を支援するための計画
または提案は驚くほど少ない。
4.4
国際連合(UN)関連
基本的には政治的機関である国際連合(UN、以下国連)は、経済危機の
管理においては積極的な役割を果たしてこなかった。国連は、政策と実践
的な施策のほとんどを、国際金融機関(IFI)と国際開発金融機関(MDB)
に委託してきた。2009 年 5 月に国連開発計画(UNDP)のヘレン・クラ
ーク総裁は、「この時点では、ブレトンウッズ機関との特に密接な連携が
不可欠だ」と語った(UNDP 2009)
。
そのような背景はあるものの、あらゆる国際機関の中で最も多くの国が
加盟する機関として(2008 年の第 63 回総会 2008 年で Miguel d’Escoto
Brockmann 議長は国連を G192 と呼んだ)、国連は政策と実施の両面で助
言を行った。国連の経済関連機関が毎年共同で作成する『世界経済状況と
見通し』の 2009 年版では、莫大な規模の国際協調による景気刺激策パッ
ケージを実施することを促した。それは一貫性、相互補強性、持続可能な
開発目標との整合性を備え、危機への対応としてすでに諸国が実施した流
動性および資本増強対策を補足する内容であるべきとされた(UN 2008)
。
4 月のロンドンサミットに参加した G20 代表に対し、バン・ギムン国連
事務総長は、世界経済危機の脅威にさらされる途上国を援助するために、
US$1 兆の景気刺激策パッケージを集めることを提案した。
「まず重要な点として、途上国のニーズに応じる真に世界的な経済刺
激策パッージが必要である[中略]国際連合は、危機の間、途上国を
支援するために必要な資金総額を、2009 ∼ 2010 年に最低 US$1 兆と
19)
」
推定している 。
この資金は開発援助を拡大し、気候変動対策費用に取り組み、それを必
★下線用12文字分ダミー★
19)Financial Times 関連 Web サイト http://media.ft.com/cms/1f749b5e-194c-11de-9d340000779fd2ac.pdf
118
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
要とする市場の流動性を改善するために使われる。会合に先立ち、G20 首
脳との意見交換の中で、バン事務総長は、資金の大半は既存の 3 種類のメ
カニズムおよび機関を通じて動員することができると説明した。
• ODA :問題が少なかった時代に合意された既存の目標額では追い
つかないため、ドナー国は援助目標額を増額する。
• IMF の財源:可能な手段が色々ある中で、特別引出権(SDR)の
拡大により財源を補強する。
• 世銀および他の多国間開発銀行による融資: 2009 ∼ 2010 年に、追
加的な長期融資を提供する。
また、国連は各国政府と協力し、世界的影響・脆弱性警報システム
(GIVAS)の開発も進めている。このシステムでは、世界規模の衝撃が最
も脆弱な人々に与える影響の全体像を明確にするために、リアルタイムの
20)
セクター横断データを整備する予定である 。これにより、世界危機が脆
弱な人々に影響を与えてから、それに関する確実な量的情報と分析が意思
決定者に届くまでの情報のギャップをなくし、よりタイムリーで効果的な
対応が実行できるようになる。
GIVAS の構想は、G20 ロンドンサミットで、最も貧しく脆弱な人々に
対する危機の影響を監視するための“Global Poverty Alert(世界貧困警報)
”
として生まれた(G–20 2009a)。より長期の取り決めとして、国際機関、
援助機関、研究グループをリンクし、テキストメッセージや E メールを
使うリアルタイムの更新含め、即時に更新できる整合性のあるネットワー
クを構築するには、国連を中心とする活動が最適であることを首脳らは認
識した。
このため、IMF と世銀に対する多額の新規財源確保に加え、G20 は国
連に対し、他の国際機関と協力し、効果的なメカニズムを考案・設立する
よう要請した。国連の文書によれば、「GIVAS は新たな『重い』システム
21)
を構築するのではなく、既存のデータをリンクする結合機能を提供し 」、
その基盤に、携帯電話や関連するメッセージ交換技術を想定する。これら
★下線用12文字分ダミー★
20)国連 Web サイト http://www.un.org/sg/GIVAS/backgrounder.pdf
21)国連 Web サイト http://www.voicesofthevulnerable.net/about-givas
119
の技術を通じ、GIVAS は、状況報告、警報、目撃報告など一連の“Global Alert Products(世界警報成果)
”を創出する。
GIVAS の構想は、2009 年 6 月に開催された世界金融・経済危機とその
開発への影響に関する国連会議で、総会により承認された。
[52(b)項]「国レベルで、国際連合の基金やプログラム、専門機関お
よび国際金融機関による調整の取れた方法を通じ、各国の開発戦略を
支援する国連開発システムの包括的危機対応をさらに発展させるこ
と。その対応では[中略]危機により生じた、または悪化した脆弱性
と取り組み、各国のオーナーシップをさらに強化しなければならない
(A/RES/63/303 Para 52(b)
)
。
」
Miguel d’Escoto Brockmann は、この制度を国際金融制度改革に関する
討論に向けることにより、経済危機の政治的側面を強調しようとしたが、
大部分の国連加盟国の国家元首が参加を見合わせたため、その努力は奏効
しなかった。
4.5
地域機関/共同行動
(1)G20
G20 は経済危機への対応を強く打ち出し、この世界的な危機への対応を通
じ、G7 や G8 に比べより参加国の多い枠組みとして、その影響力の強化
を試みた。一つには、主な新興経済圏を真の意思決定の場に引き込んだと
いう意味で、G20 は効果的な協調メカニズムとして機能してきた。これに
より、問題に関する視野が広がっただけでなく、おそらく他の方法よりも
多くの世界的な解決策を生んだと考えられる。
初の G20 首脳サミットとなった 2008 年 11 月のワシントンサミットに
おいて、各国政府首脳は「より密接なマクロ経済的協力に基づき、成長を
回復し、マイナスの波及効果を回避し、新興市場経済と途上国を支援する」
ために、政策対応の幅を拡大することを誓った。首脳らは以下の対策を講
じることに合意した(G–20 2008)
。
• 金融システムの安定化に向けた努力を継続し、さらに必要なあら
120
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
ゆる行動を実施すること
• 国内の状態に適した通貨政策支援の重要性を認識すること
• 財政の持続可能性に役立つ政策枠組みを維持しつつ、適切な限り、
財政措置を用い、迅速に国内需要を刺激すること
• 流動性ファシリティおよびプログラム支援を通じた方法を含め、
新興・途上経済の資金調達を支援すること
• 世銀および他の多国間開発銀行に対し、開発課題の支援に全力を
傾けるよう促すこと
• IMF、世銀、その他の MDB において、危機打開への各々の役割を
続行するために十分な財源を確保すること
首脳らは「改革のための共通原則 5 項目」も承認し、2009 年春にロン
ドンで開催される第 2 回サミットのために、より具体的な計画を準備する
よう求めた。ロンドンサミットで、首脳らは「過去に例のない規模の回復
のため(G–20 2009a)」の世界計画を採択した。この計画では、世界危機
と取り組むための中心的役割を IMF に与え(IMF が世界危機の事実上の
管理者になった理由がここである程度説明できる)、世銀に対しても、重
要な貢献を求めた。同計画では以下の行動を要求し、それらはバン国連事
務総長の US$1 兆の嘆願をはるかに満足させる内容であった。バン事務
総長は 2009 年 4 月 2 日付の書簡で、そのことに関し、首脳らに感謝した。
• IMF の財源を 3 倍に拡大し、US$7,500 億とすること
• US$2,500 億の新規の特別引出権(SDR)配分を支援すること
• 多国間開発銀行による最低 US$1,000 億の追加融資を支援するこ
と
• 貿易金融のための支援 US$2,500 億を確約すること
• 合意に基づく IMF の金売却による追加資金を、最貧国に対する譲
許的融資に使うこと
ロンドンで G20 首脳は、同年末までに再度会合を開き、進捗状況を検
討することに合意した。それが 2009 年 9 月のピッツバーグサミットであ
った。9 月までに、危機は最悪の時期を過ぎたようであった。G20 首脳は、
行動計画が「うまく行った」(G–20 2009b)と宣言した。ピッツバーグサ
ミットでの行動の一環として、首脳らは IMF の新規借入取極(NAB)に
121
対し US$5,000 億を超える資金を拠出するというロンドンサミットでの
約束を承認した。これは例外的な状況に対処するための補足財源を提供す
るために、IMF と加盟国・機関の間で行う信用取り決めである。
(2)アジア/東南アジア諸国連合(ASEAN)
米国のサブプライムローン市場で始まり世界に拡大した今回の危機は、ア
ジア、特に「アジア金融危機」の経験からほんの 10 年しか経過していな
い東南アジアと東アジアに対し、特別強い打撃を与えたといえる一面があ
る。新たな脅威が現実になったとき、当時の記憶がまだ新しく、後遺症は
いまだ残っていた。最も重要な対応の一部は、10 年前の経験に基づくも
のであった。
2009 年 2 月、ASEAN+3(ASEAN+日中韓)の財務閣僚は、チェンマ
イ・イニシアティブの枠内で、多国間化を促進することを決定した。この
イニシアティブは、1997 年に起きた地域経済危機の副産物の一つであり、
地域内の短期的な流動性の問題を管理し、他の国際金融取り決め、および
機関の業務を促進するために、ASEAN10 か国で設けた二国間通貨スワッ
プ取極(BSA)ネットワークである。
ASEAN+ 3 は危機による信用収縮状態で、流動性を回復するための緊
急基金を設立する計画を承認した。詳細はまだ明らかにされていないが、
チェンマイ・イニシアティブに基き、13 か国の政府が通貨スワップを通
じ、必要に応じ緊急短期資金を融通し合うためのメカニズムを創出すると
いう構想である。総額は 2008 年に US$800 億が設定され、2009 年には
US$1,200 億に増額された。中国、日本、韓国が基金の 80 %を、
ASEAN10 が残り 20 %を拠出する予定である。
現地通貨建債券市場はあまり利用されていないが、この地域の投資・金
融への大きな財源になる潜在性を秘めており、ASEAN+3 はその拡大も
検討している。
(3)欧州連合(EU)
中・東欧の経済問題に助力するために、世銀、欧州復興開発銀行(EBRD)
と欧州投資銀行(EIB)共同で行う“Joint IFI Action Plan(共同 IFI 行動
122
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
計画)”で、いくつかの対策が講じられた。4.3(3)で前述の、2 年間に
245 億を提供するという約束に加え、2009 年 9 月末までに、さらに 163
億の追加支援が約束された。
4.6
各国政府
(1)途上国政府
アジア諸国は通貨安定化のために単独で対策を講じており、景気刺激策を
打ち出した国は、アルメニア、バングラデシュ、カンボジア、中国、グル
ジア、香港、インド、インドネシア、カザフスタン、韓国、マレーシア、
モンゴル、パキスタン、パプアニューギニア、フィリピン、シンガポール、
スリランカ、台湾、タイ、ウズベキスタン、ベトナムである。信用危機に
対抗するための他の具体的な試みとしては、タイがインフラ整備への支出
を拡大し、台湾が内国法人への投資を行う権限を強化している。
アフリカは極めて多様な 53 か国で構成される大陸であり、対策を講じ
る能力には差がある(Committee of African Finance Ministers and Central
Bank Governors 2009, p5–6)。アフリカ諸国のほとんどは、一国での対応
は困難であると判断した。世銀アフリカ地域担当 Obiageli Ezekwesili 副総
裁は、「多くのアフリカ政府には、効果的に行動できるだけの財政的余裕
がない」と述べた。世界経済危機につきものの隠れた要素として、その破
壊的打撃を最も強く受けるのが、それに対してほとんど寄与しなかった
国々だという事実がある。Ezekwesili は、「この問題を起こしたのはアフ
リカではない。アフリカのみが[中略]その打撃に苦しむのはおかしい」
と指摘した多数の関係者の一人であった。
(2)ドナー国政府
ドナー国政府は、援助プログラムを正常に進めるために、全体的な原則や
基本的取り組みと一致した危機への取り組み方を、以下に記すように見出
した。
日本はこの状況に最も積極的に対応したドナー国の一つである。2009
年 4 月の G20 サミットに先立ち、日本は金融/信用危機により苦悩して
いた途上国を援助するための 2 つの対策を発表した。1 つは前述した世銀
123
IFC 資本増強基金への拠出である。もう 1 つは IMF に対する US$10 億
の融資で、「世界の成長の牽引役として、今後も役割を果たし続けること
が期待される新興市場経済を含め、今回の世界経済の混乱に巻き込まれた
IMF 加盟国に対し、タイムリーで効果的な国際収支に関する支援を行う
22)
同基金の機能を支援する 」ことを目的とした。
当時の麻生太郎首相は、アジア諸国が景気後退に耐える手助けをするた
めに、3 年間に最低 US$170 億を拠出することも約束した。
英国は、ゴードン・ブラウン首相と国際開発省(DFID)の Douglas
Alexander 大臣の両者による演説などの発言を通じ、崩壊により打撃を受
ける可能性が最も高い、貧困国の貧困層の救済を強く訴えた。政府は
2009 年 3 月、ロンドンで 4 月に開催される G20 サミットに先立ち、英国
が主催したアフリカ・アウトリーチ会合の準備段階において、前述の「脆
弱 国 向 け 枠 組 み 」 の 一 部 と し て 世 銀 が 運 営 す る「 緊 急 社 会 対 応 基 金
(Rapid Social Response Fund:RSRF)」に、£2 億を拠出すると発表した。
また、英国も「世界貧困警報」という概念を導入し、これは後に姿を変え、
前述の国連の世界的影響・脆弱性警報システム(GIVAS)へと発展した。
フランスとドイツは現在、いわゆる「トービン税」23)と呼ばれる国際金
融取引に課税する仕組みの採用を進めている。この提案は、2006 年にフ
ランスが中心となり発足した「開発資金のための連帯税に関するリーディ
ング・グループ」を通じ、進められている。
欧州連合(EU)は、単一と共同が混成する実体という特性を持ち、最
大の ODA 拠出地域として、総額の 59 %を占める(EU 加盟国政府個別の
ODA と EU の ODA の合計)。一つの実体として、EU は「連合全体」と
いう取り組みを推奨し、開発のために、輸出信用、投資保証、技術移転な
どの手段とプロセスを考慮に入れている(Commission of the European
Communities 2009)
。
★下線用12文字分ダミー★
22)2009 年 2 月の融資取極 http://www.imf.org/external/np/pp/eng/2009/021009.pdf
23)リーディング・グループの Web サイト http://www.leadinggroup.org/rubrique69.html
124
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
5.危機後
2007 ∼ 2009 年の世界金融危機は頂点を過ぎたかもしれないが、それは初
めての深刻な国際金融問題ではなく、従って、十分な知識を持つ関係者は、
それが最後であるとは考えない。この危機が本当に終わったとき、大恐慌
後最悪であった今回の世界金融危機は、開発援助の資金調達メカニズムと
配分に対し、どのような影響を残すのであろうか。これは重要かつ正当な
検討事項というだけでなく、幅広い機関で働く開発経済学者にとって、興
味深い問題でもある。これについては数々の考察が、また初歩的ではある
が計画さえ存在する。ノーベル経済学賞を受賞した Michael Spence が議
長 を 務 め る ス ペ ン ス 委 員 会 は、 こ の 件 に 関 す る 特 別 報 告 書 を 作 成 し
(Commission on Growth and Development 2009)、その中で、金融システ
ムの失敗が、それよりも広義の市場指向型資本主義システムの失敗をも意
味するのかという問題に注目している。
景気後退が重症であったため、対策は概して短期であり、目前の状況が
さらに悪化しないよう、あるいは手の施しようのない状態にならないよう
にすることが狙いであった。貧困途上国にとり、それは被害を最小限に食
い止め、被害の継続を防ぐことを意味した。しかし、関係者全員が推奨す
るのは、目前の危機を食い止めたと確信できた時点で、再発を防ぐための
長期対策を見つけることである。
国連のバン事務総長は、経済的打撃を回避するための早期警報システム、
GIVAS の重要性を強調した。Voices of the Vulnerable:the Economic Crisis
from the Ground Up(UN 2009b)という関連報告書の発表にあたり、バン
事務総長は「正しい政策対応を施すには、現場で何が起きているのかをリ
アルタイムで把握しなければならない」と述べた。
危機は米国発、西欧の先進国が誘発し、また、主な新興経済圏は終始持
ちこたえたように見えたため、考察と計画の大半は、確立された国際的権
力、すなわち G8、世銀、IMF の間の取り決めをめぐる改革に焦点を絞っ
ている。世界経済のバランスを仕切り直し、政策決定の場での権力を再配
分することが求められている。
125
未然に防ぐことは不可能であると仮定すると、次の危機に対処するため
には、共通した協力の枠組みが根本的に重要であると一般に考えられてい
る。2009 年 4 月の国連総会では、経済危機と取り組むだけでなく、回復
を加速しかつ貧困層や環境に配慮したグローバル化を実現するような枠組
みを設立すべきであることが合意された(A/RES/63/303)。UNDP のヘ
レン・クラーク総裁は、2009 年 9 月の講演で、それを実現するために改
善が必要な部分について説明した(UNDP 2009)
。
• 重点分野において効果が証明されたイニシアティブの加速と規模
の拡大
• 堅実な公共投資、制度強化、良い統治、効果的な社会経済政策へ
の支援
• 貿易と技術移転に加え、気候変動の緩和、低炭素成長計画、長期
的な人間開発を持続するための適応を支える国際的枠組みの創設
• ODA、債務救済、革新的取り組み、新しい資金調達手段を含め、
十分で予測可能かつ協調的な開発資金調達の確保
そのような枠組みへの動きは何年も前に始まっていた。2002 年の開発
資金(FfD)会議の成果文書である『モントレー合意』24)の会議前原案で
は、次のように強調されていた。「国際経済に関する意思決定および基準
設定において、途上国と移行経済国の参加を拡大し強化する必要性を我々
は強調する」{62 項}。「最優先課題は、途上国と移行経済国が有効的に国
際的対話と意思決定プロセスに参加できるような、現実的で革新的な方法
を見つけることである」(ブレトンウッズ機関における意思決定への参加
をも含む){63 項}
。
この傾向は年次 G8 サミットの多くの拡大会合などから明らかであった
が、経済危機における明瞭なグローバル化の要素により、その勢いが加速
された。2009 年 9 月 24 ∼ 25 日にピッツバーグで開催された会議において、
G8 を含む G20 は、「国際経済協力の主要な議論の場」として、G20 が G8
に取って代わることを宣言した(G–20 2009b)。G20 は、活発な新興市場
★下線用12文字分ダミー★
24)文書の日付は 2002 年 3 月 1 日であるが、会議の日付は 2002 年 3 月 11 ∼ 22 日である。
以下ではすでにアクセス不可能かもしれない。http://www.un.org/esa/ffd/Monterrey-Consensus-excepts-aconf198_11.pdf
126
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
と途上国の IMF クォータ(出資割当額)のシェアを変更し、欧州など代
表権の多すぎる国々から代表権の少なすぎる国々に、最低 5 %を移行する
ことを約束した。同様に、代表権の少なすぎる国々のために、投票権を最
低 3 %引き上げる「世銀における変化適応する(ダイナミック)方式を採
用すること」を求めた。
G20 首脳は、すでに実施あるいは承認した行動が与える影響に対して満
足の意を表明したが、現状に満足してはならないことも認識していた。首
脳らは「強力で持続可能な均衡の取れた成長のための枠組み」を採択し
(G–20 2009b)、21 世紀に必要な政策の採用を誓った。トルコのイスタン
ブールで開催された世銀/ IMF 年次総会に先立ち、9 月 28 日に行った政
策に関する演説で、ロバート・ゼーリック世銀総裁は、「均衡の取れた世
界の成長と経済的安定を促進し、気候変動を防ぐための世界的努力を支援
し、最貧困層のための機会を拡大する」「責任あるグローバル化」を構築
するために、多国間システムを作り直す必要があると述べた(Zoellick
2009b)。ゼーリック総裁は責任あるグローバル化の特徴として、以下の
項目をあげた。
• 「今日の解決策、明日の進歩、未来の繁栄の鍵を握る存在」として
の途上国の新たな役割
• 均衡がとれ、全ての国が参加する世界経済における成長の多極化
• 持続可能な成長の約束
• 食糧安全保障、燃料の確保、財政的安定を含め、最も脆弱な人々
を保護するメカニズム
25)
世銀は卓越した開発機関として、以下の 4 点の「推進要素」 を通じ、
責任あるグローバル化に取り組む予定である。
• 従来型および革新的な開発資金調達
• 情報、研究などの普及
• 地球公共財に関する検討課題
• 将来の危機に対する事前の備え
★下線用12文字分ダミー★
25)ゼーリック総裁は、一般増資を行わない限り、世銀が深刻な重荷を背負うことになる
と断言した(20 年間で初めて)
。
127
6.結論
「世界経済金融危機」は最富裕国で始まり、新興経済圏に進み、最終的に
最貧国まで達した。影響力のある諸方面から、根本的で革新的な行動の必
要性が訴えられたが、状況に対する対応のほとんどは、信用流動性の確保、
すでに交された約束の実現、そして既存の手段とプログラムの強化に集中
していた。残念ながら現実には、革新的な対策はほとんど講じられなかっ
た。
開発援助活動に関しては、以下の 2 点にまとめることができる。
(1)
貧困国への関心は、それらの国々が存続できるよう援助することに
集中し、一方、中核的な問題との取り組みは、それらの問題が発生
した国々で行われた。
(2)
開発援助機関と経済学者は、既存および構想されたプログラムと戦
略を支える形で、安定化と維持のための対策の強化に努めた。
危機は世界経済の基礎構造における弱点を浮き彫りにし、国連の監督下
で「警報システム」を、また、世銀の「脆弱国向け枠組み」のようなより
特化したシステムを設置する動きを促した。危機の影響は不均一に及んだ
が、それを完全に免れることができたといえる地域や国は存在しない。さ
らに、国連が指摘したように、当初の楽観的な予想に反し、いかなる種類
の衝撃に対しても最も脆弱な途上国が、不釣り合いに深刻な影響を受ける
結果となった。脆弱性は、低い開発レベルの一側面とさえいえそうである。
貧困国の苦難に対する対応は、主に次の 3 項目に沿って進められた。
• すでに結ばれた約束は勿論、むしろそれ以上の内容を確約するこ
と
• 貧困国への影響を緩和することに特化した新たな対策を立案・実
施すること
• 将来、同様の事態を回避するため、あるいはそれが不可能な場合
は、迅速かつ効果的で十分に練られた対策を行うために、あらゆる
関係者を巻き込んだ世界的枠組みを構築すること
128
第 4 章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
国際社会が問題提起し分析した経済・経済開発面の懸念以外に、世界経
済危機は、世界貿易機関(WTO)のドーハ・ラウンド貿易交渉、気候変
動、主要多国間機関の統治構造の改革といった一連の注目度の高い国際問
題に世界の関心を集めたという役割も果たした。ピーターソン国際経済研
究所の Edwin M. Truman は、その点を次のように解説している(Truman
2009)
。
今回の危機による広義の教訓は、貿易、金融、労働力のグローバル化
が、1900 年代初期以降の約 1 世紀の間よりもはるかに強く諸国を結
びつけたということであり、この現実が過小評価されていた。その結
果、今日の世界では、世界経済または金融システム内で主要な役割を
果たす国または国の集団に影響を与えるいかなる危機も、ほとんどの
場合、他の国々に何らかの悪い影響を与える。従って、大小問わずあ
らゆる国の市民と政府は、他の国々、特に全体に影響力の強い国々の
経済金融政策に対して、利害を共有しているといえる。
129
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第
5章
革新的な債券による資金調達
◆
秋山孝允・武田貴子
債券による開発援助資金の調達は世界銀行(世銀)をはじめとして広く国
際開発援助機関によって用いられてきたが、この数年この資金調達を革新
的な手法で行う動きがある。この章では従来の債券の役割の記述に続き、
近年議論されているこれらの資金調達手法に関して記し、これらの手法が
より広く多くの国でも用いられるかという視点から検討し、政策などへの
影響についても論じる。
発展途上国の開発支援に用いられる資金供与にはローンとグラントの 2
種類が存在する。「ローン」とは貸付で、多くの場合、債務者(この場合
途上国)はローンを受けた後、元本と利子を、債権者(この場合ドナー)
に返済する。ドナーの役割は、通常債券を発行できない、またはできても
相当金利が高くなる国に代わって債券を発行することである。すなわちド
ナーの国際金融市場における格付けが途上国より相当高いので、ドナーを
通せば途上国は低い金利で国際金融市場から資金を調達できるわけである。
「グラント」は無償資金援助で、途上国はドナーからグラントを供与され
ても返済する必要はない。この 2 つのタイプの資金供与は従来供与する機
関によって決まっていた。世銀をはじめとする国際開発金融機関(Multilateral Development Banks:MDB)はローンを、二国間(バイ)(日本の
円借款は例外)および国連からの支援はグラントという仕分けがあった。
1)
ローンには OECD/DAC の ODA の定義 に当てはまるもの(例えば、世
銀グループの IDA によるローン)、当てはまらないもの(例えば、同じ世
銀グループでも IBRD によるローン)がある。債券による開発援助は従来
134
第 5 章 革新的な債券による資金調達
主に大規模な経済インフラ・プロジェクトなど、グラントは比較的規模の
小さいプロジェクトに用いられていた。
しかしこの区分けはこの数年相当変わってきた。世銀グループの国際開
発協会(IDA)は低所得国へ非常に低い金利で貸付を行ってきたが、2002
年の IDA13 の資金の 20 %、そして 2005 年の IDA14 からは 30 %をグラン
トで供与している。これに続きアジア開発銀行、アフリカ開発銀行でもグ
ラントを供与するようになった。この背景には、当時米国が主張したよう
に、低所得国は低い金利でも返済は困難で、債務の帳消しになる可能性が
高いので供与の時点で無償にすべきという意見を取り入れたものである。
一方、米国が 2001 年に設立したミレニアム挑戦公社(MCC)は、数は少
ないが大規模なプロジェクトを無償で行っている。
この従来の債券を使った資金調達とは違った革新的な手法を当時英国の
ブラウン財務相が国際金融ファシリティ(International Financial Facility:
IFF)という名の下に提案した。これは、ミレニアム開発目標(MDGs)
達成のために主要ドナーがまず債券を発行して、そこから得た資金を途上
国へ供与して、その債券の払い戻しをドナーが将来供与する ODA を用い
て行うというものである。この手法の革新的なことは、今までの MDBs
が出していた債券に対する返済は MDBs を通して途上国が行っていたの
が、IFF の下では、ドナーが行うことである(詳しくは本書第 3 章を参
照)。
英国の IFF 提案もあり、債券を使って途上国へ資金供与する新しい手
法が検討されるようになった。第 1 節では、従来の債券による資金調達手
法を、世銀を例にとって紹介し、次にこの数年提案されているいくつかの
革新的な債券を用いた途上国への資金供与手法に関して述べる。
★下線用12文字分ダミー★
1) ODA は、グラント・エレメント(贈与要素)が 25 %以上であるものと定義付けられ
ている。(グラント・エレメントとは借款条件の緩やかさを示す指数。金利が低く、融資期
間が長いほど、グラント・エレメントは高くなる。贈与の場合、100 %となる。)
135
1.従来の債券を用いた資金供与:世銀債
世銀は、開発融資のための資金調達手段として 60 年以上にわたって債券
を発行してきており、世銀債という名で知られている。世銀は投資家の需
要を満たし、また途上国の開発支援のために効率よく資金調達をする。世
銀が世銀債を発行し、途上国へ債券投資から得た資金を途上国へ貸し出す
理由は、多くの途上国は国際金融市場の信頼も低く、自ら債券を売ること
ができないか、できても相当高い金利でしか資金を調達できないからであ
り、世銀が途上国に代わって債券を発行しているのである。世銀債はおよ
そ 130 か国、4,000 件以上の開発プロジェクトに対し US$4,000 億もの資
2)
。世銀債は主要
金を供給している(World Bank website , UNCTAD 2009)
先進国からの保証もあり、信用格付けが高く、2009 年 3 月現在スタンダ
ード・アンド・プアーズ社(S&P 社)は、1)強力な資本基盤ならびに潤
沢な流動性資産、2)厳格な財務管理ならびに財務方針、3)
「優先弁済権」
を含めた加盟各国からの強力な支援により「AAA/安定的/A-1+)」、また
ムーディーズ社は、1)強力な資本基盤と高格付の加盟各国からの支援、
2)世銀のローンへの借入国からの「優先弁済権」、3)厳格な財務管理を
理由に、2008 年 12 月に Aaa に格付けしており、格付け機関の評価は高い。
調達金額としては、1998 年度はアジア金融危機、2008 年度は世界的な
金融危機の影響で、それぞれ US$280 億、US$440 億に達したが、その
他の年度はこの 15 年間、US$100 億から US$220 億の間にあった。2008
年秋以来の世界的な景気後退の影響はあと数年ある予測で、その結果、貸
出の需要は増加しており、2010 年度以降の年間調達額は US$300 億近辺
で推移する見込みである。また、起債数は年間数百に達し、さまざまな通
貨や機関で発行している。近年の世銀債の支払金をみてみると、2009 年
に入ってしばらくぶりにプラスに転じたが、それまではマイナスで世銀債
★下線用12文字分ダミー★
2) WB Bonds and Investment Products の Web サイト
http://treasury.worldbank.org/cmd/htm/index.html
136
第 5 章 革新的な債券による資金調達
の発行額が比較的小額であり返済が進んでいたことを示している(World
Bank 2009)。
図表 5 ―1 世界銀行の資金調達額の推移
(1995 ∼ 2009 年 6 月期、単位:US$10 億)
50
44
45
40
35
30
28
25
22
20
18
15
10
10
22
16
17
11
19
19
12
13
10
11
5
0
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
出所:World Bank 2009 を基に作成
図表 5 ― 1 からもわかるように、2008 年秋のリーマンショック以降は世
銀からの貸し出しが増大したので、債券調達額も増大しているが、それ以
前の数年は低いレベルで推移していた。この理由として、過去の貸付の返
済が増えたこともあるが、多くの中進国が世銀を通さなくても自国で債券
を売ることができるようになったことがあげられる。これは世銀の債券を
通しての途上国への資金供与の役割が終わりつつあることを意味する。す
なわちこれは、多くの中進国が世銀を卒業し始めていることの反映である。
一方、サハラ以南アフリカ(以下、SSA)などの低所得国はローンを供与
されても返済が難しいという状況にあり、グラントが増えている。すなわ
ち、開発が進んでいる国、進んでいない国両者から世銀の債券による資金
調達の需要が減少してきている。
137
2.債券を用いた革新的資金調達
21 世紀に入り、SSA などの低所得途上国への従来の開発資金調達手法に
は限界があると認識されるようになった。その理由に以下があげられる。
1)MDGs 達成には相当な額の ODA 資金が必要なこと、2)これらの国で
は従来貸付でインフラ整備などを行ってきたが、貸付を行っても返済不能
になる可能性が高いこと、3)MDGs 達成、インフラ整備に必要な額はグ
ラントでは間に合わないこと、である。
債券を用いた革新的資金調達手法は 3 種類に分類できる。一つは GDP
債やコモディティ債券のように債務者の支払いが変動し、債務者が債券に
対する返済がしやすくなるような債券、もう一つはディアスポラ債券など
のように新しい債券の購入者を狙ったもの、そしてもう一つは債券の返済
をドナーが行うものである。ドナーが債券の返済を行う手法は英国が提案
した IFF で、ODA の前倒しになるが、これに関しては本書の第 3 章で検
討している。
2.1
GDP インデックス債券
GDP インデックス債券は、債務国の景気が良い時や GDP が大きい時に多
く返済し、逆に景気が悪い時返済を少なくする(クーポンレートを変動さ
せる)というものである。このような返済手法の下では、負債者も返済し
やすく、また投資者もより確実に返済が期待できる。歴史的には 1980 年
に登場し、2001 年のアルゼンチン危機後の構造調整で有効であったこと
から注目されるようになった。
一般的に国の経済が不況に陥った場合(GDP が減少する)、税収入は減
少し、社会保障への支出が増大する。経済が好調な場合は逆のことがいえ
る。GDP インデックス債券は、経済成長の度合い、つまり支払能力に応
じてクーポンレートが変動し、景気が良い時に返済を多くし、景気が悪い
時には返済を減らすことが狙いで、経済を安定化させる効果が期待できる。
また、投資家にとっては、投資対象国の債務危機などの可能性が減少し、
138
第 5 章 革新的な債券による資金調達
投資リスクを減らすことができるという利点もある。
このように理論的には、債権者にとってはリスクが少なく、債務国にと
っては返済しやすい(しにくい)時に返済を増やし(減らし)、経済的に
は景気循環対策(カウンター・シクリカル)になり魅力のある資金調達法
であるが、いくつか問題はある。国によっては、市場自体がその国の基本
的な経済状態(ファンダメンタルズ)にリスクを見出し、適切なプレミア
をのせて発行することが難しいなどといった根本的な問題もある。また、
GDP データの推定に時間がかかり、データの信頼性も国によっては問題
がある(Ketkar and Ratha 2009)。このような問題を考慮すると、この方
式での資金調達は、一部の新興国を除いて、多くの国が利用することは少
ないと思われる。
2.2
コモディティリンク債
この債券の基本的な考え方は上記の GDP インデックス債券と同じで、支
払い能力に応じてクーポンレートを変動することである。多くの途上国の
輸出品目は一次産品であり、これらの国の支払い能力は輸出している一次
産品の価格によって影響を受ける。このような要素を考えると、コモディ
ティリンク債は、途上国が資金を調達する方法として活用できる可能性が
ある(Atta–Mensah 2004)。原則は、債券の返済をコモディティ価格に連
動させ、債券国が輸出しているコモディティの国際価格が高い時に返済を
多くし、価格が低い時に返済を少なくするということである。通常の債券
では、満期までにクーポンがあり、また満期日には償還されるが、コモデ
ィティリンク債の場合、支払いに関して違いがあり、コモディティ現物に
よって支払われるか、もしくは同等の価値の金額によって支払われる。同
様に、クーポンの支払いがコモディティでないこともある。GDP インデ
ックス債券とは違い、コモディティリンク債は世界の主要一次産品市場で
の価格に連動すればよく、データ入手に問題はない。
これまでにもさまざまなコモディティリンク債が発行されてきており、
3)
フランス政府が発行し Giscard 債 として販売された、ゴールドリンク債
★下線用12文字分ダミー★
3) 当時のフランス大統領の名から付けられた名称
139
がある。金 1 キログラムの価格に連動しており、7 %のクーポンレートで
あった。また 1980 年代には、米国の銀山の会社が銀の価格変動をヘッジ
するために銀に関連した債券を発行した。石油に関連した債券は 1970 年
に市場に登場し、メキシコ政府が最初に発行した。ペトロボンド
(Petrobonds)と呼ばれたこの債券のおかげで、政府は低コストで資金を
調達し、石油価格変動のリスクをヘッジすることができた。
この数年石油をはじめとする世界市場のエネルギー資源、穀物などの価
格が乱高下しており、多くの途上国の財政を非常に不安定にしている。こ
の問題は一次産品輸出国だけでなく、一次産品を輸入している途上国や先
進国にとっても経済を不安定にさせる要素である。ほとんどの一次産品に
関連した債券は、通常の債券にその産品のデリバティブ(先物なりオプシ
ョン)を付けたものと同等である。このような債券は一次産品輸出国、輸
入国両者にとって活用できる余地が多くあると思える。
詳しいことは明らかではないが、中国は一次産品に関連した債券を積極
4)
的に SSA で活用しているようである 。これは「アンゴラ・モード
(Angola mode)」または「インフラのための資源(Resources for infrastructure)」と呼ばれ、インフラ開発資金の返済を石油などの天然資源で
行うものである(Foster, et al. 2009, p55)。この方式は石油や鉱山資源だ
けでなく、ガーナに対してはブイ水力発電プロジェクトのように一部では
あるが、ローンの返済にココアが用いられている。
今までのコモディティリンク債に関する議論は一次産品輸出との関連で
行われていたが、多くの途上国には石油、食糧などを相当量輸入している
国があり、これらの産品価格の乱高下はこれらの国の経済を不安定にする
大きな要因になっているので、これらの国でも逆のコモディティリンク債
なり、デリバティブによるヘッジングを検討すべきではないだろうか。
日本にとっても、返済が一次産品に関連したローンは考慮に値すると思
われる。まず日本は世界でも有数の一次産品輸入国である。また SSA な
どの途上国へ円借款を行う意図はあるが、返済能力を考慮するとなかなか
これらの国へローンは供与できないという事情がある。しかし上述したよ
★下線用12文字分ダミー★
4) Foster, et al.(2009)の Chapter 6 参照
140
第 5 章 革新的な債券による資金調達
うに、少なくとも日本に需要がある一次産品を輸出している国に対して、
コモディティに関連した借款はデフォルトのリスクは少ないであろう。
債券ではないが一次産品が主要輸出品である低所得途上国で金融市場を
発達させ、産品の売買のタイミングに柔軟性を持たせるのが倉荷証券
(Warehouse receipts)である。ケニヤなどではすでにこの制度は発達し
ているが(Larsen, et al. 2009)
、他の国も模倣すべきである。
2.3
ディアスポラ債券
本書の第 1 章で述べたように、国外で働いている者の送金は非常に大きい。
ディアスポラ債券とは、この多額な資金の一部を途上国が発行する債券の
購買に回そうという考えから生まれた。ディアスポラ(海外に居住し、働
いている人)は出身国への愛国心がある者、また出身国の通貨が必要な者
もいることもあり、クーポンレートがある程度低くても買ってもらえると
いう考えがある。ディアスポラ債券の歴史は古く、イスラエルが 1951 年
から海外のユダヤ人を対象として発行した債券(US$250 億以上)があ
る 5)。最近ではインドが 1991 年から(US$110 億程度)、スリランカは
2001 年から(US$5.8 億)発行している。また、イスラムボンドがイス
ラム教シャリアに沿った債券を発行している。しかし現在のところ、この
手法は広く使われているものではない。発行国にとってこの債券の利点と
してあげられるのは、特に財政的に緊迫状態にあるときに、安定して割安
な外部からの資金調達ができるという点である。海外居住者は祖国のため
になるという意義で投資をする機会になり、また彼(女)らは祖国に債務
なり負債をすでにもっていることが多く、現地通貨で支払いを受けること
に対してそれほどリスクや抵抗を感じない場合が多い。
多くの途上国からのディアスポラが先進国にいることもあり、ディアス
ポラ債券がより広く販売される可能性はあるが、債券発行国の金融機関の
整備、金融に関する法整備などが必要な国は多い。また、多くの途上国へ
の送金などにかかるコストは相当高く、この面での改善も必要である。
★下線用12文字分ダミー★
5) Ketkar and Ratha(2009)Chapter 3 参照
141
2.4
将来の収入の証券化による資金調達
本書の第 3 章で詳しく述べられているが、将来供与される ODA を前倒し
して MDGs を 2015 年までに達成しようという考えの基に創られたのが、
予防接種のための国際金融ファシリティ(International Financial Facility
for Immunization:IFFIm)である(IFFIm 2009)。IFFIm と同様に前倒し
で資金調達をするのに、将来の海外送金(Remittance)、観光収入、輸出
代金を証券化する手法がある。この手法の下では、これらの代金はその目
的のためにある機関が徴収し、債務の返済に充てられる。この場合、途上
国政府の関与や為替リスクがないため、途上国政府が発行するより高い格
付けが得られる。
アフリカ輸出入銀行(Afreximbank)はこの証券化による資金調達を積
極的に行っている。1996 年には US$4,000 万を米国銀行 Western Union
を通しての仕送りを担保にガーナ開発銀行に貸し出している。同様に
2004 年、エチオピアの銀行に US$4,000 万を貸し出している。
この資金調達法は興味深いものであるが、途上国の将来の収入にどれだ
けの投資家が信頼をおくかにかかっている。この手法もまた中進国では有
効であるかもしれないが、低所得国では難しいと思われる。
2.5
世界銀行グループによる新しい基金
新興国および途上国の通貨建ての債券に投資するため、世銀グループは
2007 年 10 月に US$50 億の途上国通貨債券基金の設立を提案した。投資
対象は途上国政府および政府関連機関が発行する債券であるが、民間企業
も対象にしている。
2008 年より世銀は、途上国の森林緑化、温暖化ガス削減、新しいエネ
ルギー開発などのプロジェクトを行うための基金を設立した。現在までに
この基金から出された債券は US$10 億に及ぶ。日本においてもこの「グ
リーン・ボンド」は日興コーディアル証券などを通して 2010 年 2 月から
主に個人投資家に発売され、US$1.1 億の売り上げを見込んでいる。この
債券のクーポンレートは 7 ∼ 8 %である(Financial Times 2010)
。
142
2.6
第 5 章 革新的な債券による資金調達
日本における基金、債券
日本での世銀債の売り上げは世界第 2 位で、上記した世銀のグリーン・ボ
ンドなども近年いわゆる「エコ」への関心の高さもあり、個人投資家は十
分興味を持つであろう。
それに加え、日本の金融機関や商社は途上国のインフラ事業に関わって
いる。野村証券は「インフラ開発ファンド」を設立し、日本の企業年金や
保険などから資金を募り、タイの港湾プロジェクトに US$数億の投資を
する枠組みを構築中である。これらの利回りは 10 %強を見込んでいる。
また、この基金の運営においては、独立行政法人の日本貿易保険を用いて
カントリーリスクを回避できるようになっている。
(日本経済新聞 2010)
。
日本の個人投資家による新興国への投資信託などを通しての投資志向は
強く、投資信託協会によると公募投信の 46 %は外貨建てで、2009 年末で
28 兆 6 千億円ほどになる。その多くは新興国へのものである。
日本の ODA はこの数年減少してきているが、民間のポートフォリオ投
資は逆に増加している。
3.債券市場発展政策
本書第 1 章で述べたように、この数年途上国への国際的資金の流れは二分
化してきている。BRICs など新興国へは民間の FDI、債券、株式を通して
莫大な資金が流入している半面、多くの SSA 諸国をはじめとした低所得
国への民間の資金の流れは天然資源保有国を除いては限られている。低所
得国が MDGs を達成し、経済インフラを充実させ、経済発展するには、
国際金融市場からの資金流入が必要である。ほとんどの低所得国において
債券市場が発展するにはどのような政策が必要であるかを記す。
3.1
政策、制度の整備
投資、特に海外からの投資を呼び寄せるためにはまず政権が安定していて、
適切な経済、財政政策がとられていなければならない。これらの政策が適
143
切にとられているかは多くの場合インフレ率および政府の負債額に反映さ
れる。これらの指標が重要なのはこれらが為替に敏感に影響するからであ
る。しかし、これらの多くの国では信頼できる経済データがないのが現状
である。
債券市場が発展するには、政府への信頼感の増大、そして金融機関、ま
たそれらを統治する法的な制度が確立されていなければならない。
3.2
信用格付けの問題
新興国以外の多くの低所得途上国に対しての信用格付けは少なく、70 か
国は格付けがない。信用格付けは債券を発行するにあたって必要なだけで
なく、海外直接投資(FDI)にも影響を与える。国際的な格付け機関であ
るフィッチ、S&P、ムーディーズは中南米の債務危機以来 1980 年代後半
から途上国の格付けを始めたが、まだ多くの国は格付けがない。Ketkar
6)
and Ratha は統計的手法によるシャドウ格付け を試みていて、これは一
7)
つの基準にはなる 。世銀などのドナーが格付けに関する支援を行っても
よいであろう。
3.3
投資保証の充実と拡大
民間の資金が開発には必要であるとされながらも、民間企業が途上国でビ
ジネスをする際には、ビジネスを守るツールが必要となる。その一つが政
治やマクロ経済の不安定なことに起因する投資リスクを保証するシステム
である。保証システムは、世銀グループやその他の国際機関、政府機関ま
た民間金融機関が行っている。
特に、世銀が投資環境整備の改善に重点を置いていることから、世銀に
よる投資に係るリスク保証についてまとめる。企業が途上国での途上国へ
の民間投資を阻む原因として深刻なのは、政策の不確実性や不安定なマク
ロ経済などの政策関連リスクである。これら投資環境整備の必要性が求め
られている今日、この政治的リスクを保証するための機能が極めて重要視
★下線用12文字分ダミー★
6) シャドウ格付けとは主要格付け機関による格付けはないが理論的また他の格付けがあ
る国と比較して推定された価格付け
7) Ketkar and Ratha(2009)の Chapter 5 参照
144
第 5 章 革新的な債券による資金調達
されている。世銀グループの一つである多国間投資保証機関(Multilateral Investment Guarantee Agency:MIGA)は、途上国への直接投資の流入
促進を目的とした政治的リスクに対する保証を行う機関である。事業の関
係者が契約に定められた義務を適切に履行したとしても、予期せぬ事故や
災害に見舞われたり、途上国政府による突然の収用、権利侵害、革命、暴
動やテロ、内乱などに巻き込まれ、事業の遂行が妨げられることがあり得
る。これら予測不可能な政治的要素は、先進国の民間企業が途上国政府と
の事業の契約締結時のリスクを伴い、損失を誰が負担するかを規定するこ
とを困難にするだけでなく、FDI 自体を滞らせる可能性が高い。MIGA は
このような政治的リスクに対して公的保険機関が直接付保を行っている。
世銀グループは MIGA による政治的リスク保証の提供以外にも、国際金
融公社(International Finance Corporation:IFC)が担当している支援ス
キームがある。
このような保証が Credit Guarantees で、商業的、政治的など理由にか
かわらず、債務不履行に陥ったときに適用される保証である(債務不履行
のリスクとして商業的リスクと政治的リスクの区別はしない)。この保証
には Partial Credit Guarantees(PCGs)と Full Credit Guarantees of Wrap
Guarantees がある。
Partial Credit Guarantees
債務不履行の理由にかかわらず、債務の一部を保証するもので、多国間機
関や一部の二国間機関がこの制度を提供している。貸し手と保証側がリス
クを共有することで、市場へのアクセスを改善したり、満期時期を延長し
たり、利率を下げるなど商業目的の債務内容を改善することに目的がある。
途上国政府や公共の事業団体が、海外の銀行市場で融資を受ける場合や、
国際金融市場で債券を売るときに利用されてきた(PCGs によって、満期
日の元本返済が保証される場合がある)。PCGs は非常に柔軟で、リスク
のシェアの配分調整をはじめ、特定の債務や市場の状況に応じて利用され
る。
145
Full Credit Guarantees of Wrap Guarantees
債務不履行の際には全額が保証の対象となる。債券の発行者が利用するこ
とが多く、格付けを上げるために利用される。多くの場合、借り手、もし
くはその債券自体が単独でトリプル B 以上の格付である必要がある。
このような保証は現在海外からの投資が対象になっているが、国内から
の投資にも適用すべきという考えもある(Gelb, et al. 2006)。このような
考えを含め、保証機能を拡大することは新興国以外の途上国での投資を増
加させるには有効と思われる。
4.結び
この数年 BRICs など新興国へは巨額な民間資金が債券、株式、FDI とい
う形で先進国から流入している。一方、多くの資源を持たない低所得途上
国へのこのような資金の流れは微々たるものである。BRICs 以外の新興
国も先進国の民間資金を呼び寄せようと努力しており、すでにいくつかの
国では民間資金の流入が増大してきている。MDGs 達成や経済インフラ
整備にかかる膨大な費用を考慮すると、低所得途上国も資金需要は ODA
だけではまったく不十分である。これらの国がすぐに BRICs のように先
進国の民間資金を呼び寄せるのは難しいが、革新的な手法で民間資金の調
達をしなければ、これらの国の開発、経済成長はなかなか望めない。しか
し長い目で見た場合、これらの国の国内外の資金が動員される必要がある。
従来の債券発行が難しいのであれば、この章で述べた革新的な債券などの
発行の可能性を探ることをドナーも支援すべきではないか。
一方現実的に考えると、多くの SSA 諸国などの低所得途上国の大きな
問題の一つはこれらの国の金融市場、それに伴う金融機関が発達するには
あまりにも規模が小さすぎることである。これらの国の経済・金融規模は
せいぜい日本の小都市程度である。従って、これらの国地域では数か国を
網羅する地域市場の発展が必要であろう。また、この数年のインターネッ
トを含む情報通信技術(ICT)の発展を考えると、電子取引システムを用
146
第 5 章 革新的な債券による資金調達
いて可能な国や企業を対象とした市場形成を作ることは検討に値すると思
われる。このようなシステムを設立することにより、資金の流れの透明性、
信頼性、効率性を高められるのではないか。この分野での発展は目覚まし
く、ドナー国は十分に技術支援できる分野である。
日本においては財政問題もあり ODA の増大は見込めないが、民間には
投資資金が相当ある。これらを金融機関との協力の下、途上国のインフラ
整備、地球温暖化ガス削減などの投資に回すことが喫緊の課題ではないだ
ろうか。すでにこのような動向はみられ、政府はカントリーリスクに対す
る保証、税制などでこのような民間の動きを後押しすることが重要と思わ
れる。今までも官民連携(PPP)が謳われてきたが、革新的な PPP の検
討が望まれる。
147
参考文献
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.Ontario:Bank
of Canada. http://www.banqueducanada.ca/en/res/wp/2004/wp04-20.pdf
Financial Times(2010)“Nikko and World Bank tap green mood” Financial Times, January 26, p23.
Foster, Vivien, et al.(2009)Building bridges:China’s growing role as infrastructure
financier for Sub-Saharan Africa(Trends and policy options, 5).Washington,
DC:World Bank;[S.l.]:PPIAF.
Gelb, Alan, Vijaya Ramachandran, and Ginger Turner(2006)“Stimulating growth and
investment in Africa:from macro to micro reforms.” Paper prepared for the “Inaugural AfDB economic conference:accelerating Africa’s development five years
into the twenty-first century,” Tunis, November 22–24.
International Finance Facility for Immunization(2009)“IFFIm[更新 4]” London:
IFFIm. http://www.iff-immunisation.org/pdfs/update4_jpn.pdf
Ketkar, Suhas and Dilip Ratha, ed.(2009)Innovative financing for development. Washington, DC:World Bank.
Larsen, Kurt, Ronald Kim, and Florian Theus, ed.(2009)Agribusiness and innovation
systems in Africa. Washington, DC:World Bank.
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http://www.unctad.org/en/docs/wir2009_en.pdf
World Bank(2009)World Bank annual report 2009. Washington, DC:World Bank.
World Bank Bonds and Investment Products website
http://treasury.worldbank.org/cmd/htm/index.html
日本経済新聞(2010)「年金マネー、アジア投資:野村、タイで基金:インフラ整備
800 兆円に的」『日本経済新聞(朝刊)』1 月 22 日、p1. 東京:日本経済新聞社.
結び
新しい開発援助パラダイムの模索
◆
秋山孝允
本書ではこの数年の先進国から途上国への資金の流れ、途上国の資金の必
要性などを色々な分野で分析した。ここで明白になったのは、長期の経済
発展のために必要な経済インフラの整備に加え、地球温暖化に関しての緩
和策と適応策、2008 年以来の世界同時不況に対する対策、ミレニアム開
発目標(MDGs)達成などを考慮すると、多くの途上国の持続性のある開
発、経済発展には膨大な資金が必要だということである。これは特にサハ
ラ以南アフリカ諸国のような低所得国についていえる。世界の政府開発援
助(ODA)は 21 世紀に入り、特に社会関連インフラ分野で増加している
が、途上国が必要としている資金を先進国から従来の形での ODA で賄う
ことは困難という認識があり、革新的な資金調達手法がこの数年検討され
てきた。航空券連帯税のような「国際連帯税」、基本的には ODA の前倒
しの国際金融ファシリティ(International Financial Facility:IFF)、また
途上国の地球温暖化緩和策を支援するためのクリーン開発メカニズム
(CDM)などがその主要なものである。これら新しい開発資金調達法の特
徴はドナー国の一般予算からの支出ではなく、民間から目的税のような形
で徴収するということである。
ODA は 21 世紀に入り増加しているが、この数年日本が財政難のため
ODA を減らしてきたように、今回の不況で深刻な財政難を抱えるように
なった他の経済協力開発機構(OECD)諸国も ODA を減らさざるを得な
くなる可能性がある。これまで MDGs 達成に非常に熱心であった英国、
フランスをはじめとする欧州諸国に今回の不況、その結果の財政難と負債
150
結び 新しい開発援助パラダイムの模索
がどう ODA などに影響するか見極める必要がある 1)。通貨取引税のよう
な新しい税も検討されているが、新しい税または増税は先進国の国民に簡
単には受け入れられないだけでなく、しばらくは続くと思われる弱い経済
の中で増税は難しい。近年増大している中国からの援助を考慮しても、途
上国の開発資金は十分とはいえない。また、地球温暖化緩和策や適応策に
は非常に大きな資金が必要であるが、2009 年末の国連気候変動枠組条約
第 15 回締約国会議(COP15)で拘束力のある国別削減目標に国際的な合
意が得られなかったことは、この分野での将来の資金の流れを不確実なも
のにしている。
一方、この数年経済成長が目覚ましい中国、インド、ブラジルへの資金
の流れは急激に増加している。この増加は主に債券や株式のポートフォリ
オ投資や海外直接投資(FDI)からなる。これら新興国を中心とした途上
国の高い経済成長に伴い、経済インフラ投資が盛んになっている。先進国
は高速鉄道、原子力を含む電力などのインフラ・プロジェクトへ参入する
のに躍起である。
このような近年の急激な世界政治経済情勢の変化は開発、開発援助にも
パラダイム・シフトを求めていると思える。パラダイム・シフトの背景の
主な要因は以下の項目を含む。
(1)途上国が MDGs 達成、地球温暖化緩和策・適応策、経済インフラに
必要な資金は膨大である。
(2)21 世紀にはいって世界の ODA は増加してきており、規模は年 US
$1,000 億を超すようになったが、その用途は主に社会関連インフラ
である。
(3)2008 年秋のリーマン・ショックで先進国は膨大な負債を抱えること
になり、将来世界の ODA が大幅に拡大する可能性は低い。
(4)ODA の増額に革新的な資金調達法が検討され、そのいくつかはすで
に実施されているが、主に先進国の民間からの直接調達である。
(5)COP15 で拘束力のある国別温暖化ガス削減目標に合意できなかった
★下線用12文字分ダミー★
1) OECD/DAC(2010)によると、2010 年には世界の ODA は 2004 年に比べ 35 %増加
するが、2005 年のグレンイーグルズ・サミットで約束された額より相当少ない。
151
ため、CDM の将来は定かでない。しかし、COP15 で先進国は途上国
の緩和策に 2020 年より年 US$1,000 億を調達することは合意された。
(6)2008 年以来の世界金融・経済危機のようなショックは初期の予想に
反し、途上国にも影響が大きかった。しかし、新興国の回復は先進国
や他の途上国に比べはるかに速かった。
(7)中国、インド、ブラジルなどへの海外からの資金の流れはこの 3 ∼ 4
年で急増している。この資金は主に FDI とポートフォリオ投資であ
る。
(8)先進国の多くの民間企業は拡大する新興国のインフラ・プロジェクト
に参画しているだけでなく、いわゆる BOP(Bottom/Base of the
Pyramid)ビジネスに加わっている。
このような変化の下、開発、開発援助はどうあるべきかを再検討する必
要があるのではないか。再検討するにあたっては開発の原点に戻るべきで
はないか。この原点とは、開発には経済発展が不可欠で、経済発展には膨
大な資金が必要で、その資金は世界の民間セクターから自主的にでてくる
ものである、ということではないか 2)。
このような新しい状況の下での先進国政府の途上国の開発に対する役割
は、先進国の民間の資金が途上国へ向かうように後押しすることと、途上
国へそのような資金が入りやすくすることではないか。この戦略は日本が
東南アジアなどへ ODA、貿易、FDI を関連付けて援助してきたモデルに
通じる(井上ほか 1990)。このような戦略を基に開発援助戦略を策定する
場合、今日あまりにも多様化してきている途上国一般を語ることはできな
いゆえ、発展段階に応じて途上国を少なくとも 4 つのグループに分ける必
要があると思われる。それぞれのグループにとって、すなわち発展段階に
見合う援助を行っていかなければならない。しかし、どの発展段階におい
ても、長い目で民間セクターが育ち、国内外の資金がこのセクターに集ま
ることを念頭に置くべきであろう。
ここで試みた 4 つのグループ(もっと多くてもよい)に分ける基準は、
★下線用12文字分ダミー★
2) Hubbard and Duggan(2009)は、開発における民間セクターの重要性を説いている。
152
結び 新しい開発援助パラダイムの模索
一人当たりの所得では必ずしもなく、民間企業と金融機関・制度の発展度
とそれに関連する自国また海外の民間の資金を集める力が重要になるであ
ろう。この分類によれば、第 1 グループは中国、インドやブラジルなどで、
すでに国内外の民間資金が急速に集まってきている国、第 2 グループはそ
の他の新興国を含む民間資金が集まり始めている国、第 3 グループはまだ
民間資金が集まる状態にないが可能性のある国、第 4 グループは脆弱国家
のように国家構築が必要な国である。この 4 つのグループを横軸にとり、
縦軸に援助必要項目(経済インフラ、金融セクターの育成、制度・政策問
題など)をとったマトリックスを作成すると整理しやすくなると思い、図
表 6 ― 1 にその例を示す。
開発援助戦略はグループにより相当異なったものになる。ただしどのグ
ループに対しても、経済インフラと地球温暖化対策を含む環境分野の整備
は重要であろう。第 1 グループは環境問題以外の開発支援は必要ないと思
われる。今までこれらの国は CDM を享受してきたが COP15 以降 CDM
は不確実性を増した。第 2 グループへの援助は民間セクターの育成とそれ
に必要な金融市場の発達を促し、FDI、ポートフォリオ投資を増やすこと
であろう。このグループへの援助は先進国の政府と民間金融機関との協働
が必要となる。第 3 グループはサハラ以南アフリカを含む低所得国である
が、これらの国の援助の主体は MDGs 達成であろう。その一方、このグ
ループの国でも民間セクターが育つような政策、また金融セクターの発展
を支援すべきであろう。また BOP ビジネスもこのグループの多くの国で
可能性があると思われる。第 4 グループは最も難しいグループで、政策対
話、法・治安の整備、MDGs 達成への努力などが支援の主体になるであ
ろう。
日本および東アジアの発展は民間主導で行われた。開発に日本や東アジ
アの経験というスローガンが叫ばれている割には、今まで実態を把握しに
くかったが、この数年の世界の動きからその実態が理解できやすくなった
のではないだろうか。日本政府が抱える財政問題を考慮すると、日本から
の ODA は少なくとも当分増加は期待できない。しかし、このような状況
の下、日本の多くの民間企業は日本の市場の拡大にはあまり期待できない
こともあり、途上国市場の開拓に熱心である。このチャンスをとらえ、新
153
図表 6 ―1 4 つの途上国グループへの開発戦略
第 1 グループ
第 2 グループ
第 3 グループ
第 4 グループ
(BRICs、
(ベトナム、バ (南アフリカ、 (脆弱国家など)
メキシコなど) ングラデシュ、 ガーナ、カンボ
インドネシア、
ジア、グアテマ
コロンビアなど) ラなど)
経済インフラ
PPP 形式
PPP 形式、
ローン
ローン、
グラント、保証
政策対話、グラ
ントによる基本
的なインフラ、
NGO などの活用
金融制度
先進国の金融機
金融制度、機関
金融制度、機関
関との PPP
の育成支援、倉
の育成支援、倉
荷証券など一次
産品を用いた金
荷証券など一次
産品を用いた金
融制度、コモデ
融制度、コモデ
ィティリンク債
券、一次産品価
格ヘッジ制度
ィティリンク債
券、一次産品価
格ヘッジ制度
グラントで支援
グラントで支援
MDGs など社
会関連インフラ
(保健・教育)
制度・政策問題
環境、
所得格差問題
ガバナンス、
投資環境の整備
ガバナンス、
投資環境の整備
法・治安などの
国家構築、
NGO の強化、
人道的支援
地球温暖化など
環境
CDM
CDM
温暖化適応策
温暖化適応策
FDI、ポートフォ
リオ投資の促進
民間企業育成に 民間企業育成に
関する技術協力、 関する技術協力、
FDI、BOP
BOP
民間企業の育成、
海外の民間から
の資金流入促進
出所:筆者作成
しく広い意味での PPP(官民連携)を主体とした開発援助戦略を練るべ
きであろう。これは単に日本の製造業などが途上国へ出ていくということ
ではなく、上述したが、日本の金融機関や投資家なども動員すべきである。
この新しい開発援助パラダイムの下では単に貧しい国の貧しい人たちを支
援するという考えではなく、ともに成長するという概念を持つことが重要
であろう。この文脈で、近年真剣に検討されている BOP ビジネスも検討
154
結び 新しい開発援助パラダイムの模索
すべきであろう。この考えも先進国の民間の力を動員して低所得国の民間
セクターを育成しようというものである。
155
参考文献
Hubbard, R. Glenn and William Duggan(2009)The aid trap:hard truths about ending
poverty. New York:Columbia Business School Pub.
OECD/DAC(2010)“Donors’ mixed aid performance for 2010 sparks concern” OECD.
http://www.oecd.org/document/20/0,3343,en_2649_34447_44617556_1_1_1_374
13,00.html
World Bank(1993)The East Asian miracle:economic growth and public policy(A
World Bank policy research report)New York:Oxford University Press.
井上隆一郎、浦田秀次郎、小浜裕久(1990)『東アジアの産業政策:新たな開発戦略
を求めて』東京:日本貿易振興会.
156
著者一覧
著者一覧
序章
秋山孝允(日本大学教授兼 FASID 国際開発研究センター参与)
第1章 近年の途上国への資金の流れ
秋山孝允(日本大学教授兼 FASID 国際開発研究センター参与)
武田貴子(FASID 国際開発研究センター JPO)
第2章 地球温暖化に関連する資金調達と配分
秋山孝允(日本大学教授兼 FASID 国際開発研究センター参与)
大村玲子(FASID 国際開発研究センター司書)
第 3 章 MDGs 達成のための資金調達と配分
稲田十一(専修大学教授)
秋山スザンヌ(フリーランスコンサルタント)
大村玲子(FASID 国際開発研究センター司書)
中山朋子(FASID 国際開発研究センター JPO)
第4章 世界経済危機に関連する資金調達と配分
秋山スザンヌ(フリーランスコンサルタント)
第5章 革新的な債券による資金調達
秋山孝允(日本大学教授兼 FASID 国際開発研究センター参与)
武田貴子(FASID 国際開発研究センター JPO)
結び
秋山孝允(日本大学教授兼 FASID 国際開発研究センター参与)
(*所属・役職は執筆当時)
[開発への新しい資金の流れ]
開発援助動向シリーズ6
発行日 2010年3月 26日
秋 山 孝 允
編 著
大 村 玲 子
発行所 財団法人 国際開発高等教育機構
〒102-0074 東京都千代田区九段南1-6-17 千代田会館5階
電話(03)5226-0305 URL http://www.fasid.or.jp
(この出版物は再生紙を使用しています)