スタッフ - ほんまもん会

主催者の紹介
代表 井ノ口 博 子
石井 尚子
副代表 幸 村 光 恵
井ノ口
和好
米野 冷子
斎藤 勝
酒井 美絵子
佐藤 宗治
宍戸 裕子
鈴木 基之
武田 由枝
西山 秀夫
藤田 良子
山鹿 房子
脇田 知子
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井ノ口 博子(イノクチ ヒロコ)主な戦歴:
西暦
和暦
2009 平成 21 年
2008 平成 20 年
2007 平成 19 年
2006 平成 18 年
2005 平成 17 年
2004 平成 16 年
2003 平成 15 年
2002 平成 14 年
2001 平成 13 年
2000 平成 12 年
1999 平成 11 年
主な戦績
全国ラージボール女子ダブルス80A 第 1 位
全国ラージボール混合ダブルス100A(イ)第 1 位
全国ラージボール女子シングルス50(イ)第 2 位
全国レディースダブルス A クラス第 1 位
関東ラージボール混合ダブルス100歳以上第1位
関東ラージボール女子ダブルス99歳以下第1位
関東ラージボール女子シングルス 50 歳以下第1位
全日本マスターズ女子フィフティ 3 回戦
東京選手権女子フィフティ ベスト 8
全国ラージボール女子ダブルス80A 第 1 位
全国ラージボール混合ダブルス100A(ロ)第 1 位
全国ラージボール女子シングルス50(イ)第 1 位
全日本マスターズ女子フィフティ第 5 位
関東ラージボール混合ダブルス100歳以上第1位
関東ラージボール女子ダブルス99歳以下第1位
全関東社会人選手権女子ダブルス(40 歳以上)第 1 位
全関東社会人選手権女子フィフティ第 3 位
東京選手権女子フィフティ第 3 位
全日本マスターズ女子フィフティ第 3 位
東京選手権女子フィフティ第 3 位
全国ラージボール混合ダブルス80A 第 1 位
全国ラージボール女子シングルス50A第 1 位
全関東社会人選手権女子ダブルス(40 歳以上)第 3 位
全関東社会人選手権女子フィフティ第 3 位
東京選手権女子フォーティ優勝
全国ラージボール女子 50 歳以上優勝
東京選手権女子フォーティ
全国ラージボール女子 40 歳以上準優勝
全日本ラージボール混合ダブルス
全日本ラージボール女子フォーティ A 準優勝
東京選手権女子フォーティ B16
全日本マスターズ女子フォーティ
全国レディースダブルスAクラス優勝
全日本ラージボール女子ダブルス優勝
全日本ラージボール女子 40 歳代準優勝
東京選手権女子フォーティ 2 回戦
全日本マスターズ女子フォーティ
全日本ラージボール女子 40 歳代準優勝
全関東社会人女子サーティ第 3 位
東京選手権女子フォーティ 2 回戦
全日本マスターズ女子フォーティ
東京選手権女子フォーティ B16
全日本マスターズ女子フォーティ 3 回戦
東京選手権女子フォーティ第 5 位
全日本マスターズ女子フォーティ第3位
関東社会人女子フォーティ優勝
関東社会人女子サーティ優勝
関東社会人女子ダブルス優勝
全関東軟式女子サーティ優勝
東京選手権女子フォーティ準優勝
全日本マスターズ女子フォーティ第 5 位
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1998 平成 10 年
1997 平成 9 年
1996 平成 8 年
1995 平成 7 年
1994 平成 6 年
1993 平成 5 年
1992 平成 4 年
1991 平成 3 年
1990 平成 2 年
1989 平成元年
関東社会人女子フォーティ優勝
関東社会人女子サーティ優勝
関東社会人女子ダブルス優勝
全関東軟式女子サーティ優勝
東京選手権女子フォーティ 3 回戦
全日本マスターズ女子フォーティ第 5 位
東京選手権女子フォーティ第 3 位
全日本クラブ選手権一部女子団体優勝
全日本社会人選手権女子フォーティ優勝
東京選手権女子サーティ第 3 位
全日本社会人選手権女子フォーティ第 3 位
東京選手権女子サーティ第 3 位
全日本社会人選手権女子サーティ第 7 位
東京選手権女子サーティ B16
全日本社会人選手権女子サーティ第 4 位
東京選手権女子サーティ B16
全日本社会人選手権女子サーティ第 3 位
全九州選手権女子サーティ準優勝
全日本社会人選手権女子サーティ 2 回戦
全九州選手権女子サーティ第 3 位
西日本総合選手権女子サーティ第 3 位
全九州選手権女子サーティ準優勝
西日本総合選手権女子サーティ第 5 位
全九州選手権女子サーティ第 3 位
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NITTAKU News に掲載された記事
フロントランナー 連載9
花野井クラブ 井ノ口博子
多くの出会いと幸運が勝たせてくれた
井ノ口博子さん(50 歳)は、学生時代は無名ながら、20~30 代に、3 人の子育てをしながら猛練習し、
40 代で全国レベルの選手の一人になった。42 歳の時から膝と肩の故障に苦しんだが、今年 3 月には 49 歳
で東京選手権女子 40 代に初優勝。6 月の全国ラージボール大会でも単 50 代イで優勝した。勝利への道のり
を取材した。
● 20 代から 30 代に運命的な出会いで競技としての卓球に目覚めた
高校 2 年生までは卓球部に所属していたものの、全国大会とは無縁のレベルだった。大学卒業と同時に地元
の北九州市に戻って教諭として九州教職員卓球大会に出場することになり、西戸畑クラブに入会して卓球を再
開した。西戸畑クラブは若戸大橋のふもとの小さな市立西戸畑体育館を拠点としたチームで、そこでは多くの
出会いがあった。池端夫妻、松岡夫妻、飯田先生、野中さんなどにお世話になりながらアットホームな雰囲気
で基礎練習を繰り返した。主人と出会ったのもこの頃。娘 3 人が生まれても西戸畑クラブでの練習は続けら
れたのは理解ある主人と子供の面倒を見てくれた実父のおかげ。30 歳になった年に主人の勧めで会社の同僚
の井野氏に指導いただくことになり、娘たちの面倒を実父に頼んで夜も練習に通ううちに競技としての卓球に
目覚め、この時期にブロックを主体とする現在の卓球のスタイルの基礎ができた。また、特徴ある技術として
投げ上げサーブを必死で覚えたことが好成績につながった。逆に、守りに入るとフォアを使わなくなる、ボー
ルから目が離れることが早い、上下動が多いとミスが出るなど自分の欠点を理解できるようになった。約 1
年半後には全九州選手権の女子 30 代でランク入りするまでになっていた。
井ノ口さんは、
「学生時代はまったく無名ながら、後に全国レベルの選手になる基礎はこの時期の集中的な練
習で身についた」とふりかえった。
● 千葉県柏市に転居し全国レベルに到達
36 歳のときに主人の転勤で柏市に転居することになった。転居先でお世話になったのは主人が学生時代に通
った卓球場を拠点とする東京都のつばさクラブだった。つばさクラブでは西条さん、日下部さん、太田さん、
金子さん、北島さんなどの多彩な戦型と練習することができた。さらに、「自分も練習を積めば全国レベルに
慣れるかもしれない」と全国大会を目標に置くことができるようになったのが収穫だった。
37 歳のときに、花野井クラブの設立を機に拠点を柏市に移した。花野井クラブは主人と柏市の地元の瀬尾さ
ん、下山田さんなどが意気投合して作ったクラブで、会員は実業団時代に何回も全国制覇した会社に所属して
いた方々だった。全国優勝の経験のある方との練習を通じて、試合運びや精神状態のコントロール基礎練習の
大切さなどを学んだ。後に中村(堤見)さんも総監督として参加し、選手としての心構えを教えていただいた。
また、瀬尾さん、下山田さんの奥さん方を誘って地元開催の全日本クラブ選手権女子 1 部で優勝した。元世
界選手権代表や日本選手権ランキング選手が参加していたこの大会に優勝できたのは男性会員を含めたチー
ムワークの賜物だった。さらに同年秋に開催された全日本社会人選手権(現全日本マスターズ選手権)の女子
40 代に優勝できた。
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これ以降、多くの方と対戦することでお互いを尊敬し親しくお付き合いいただくことができるようになったの
がうれしい。
団体戦の優勝が井ノ口さんには初めての全日本のタイトルとなった。井ノ口さんは「多くの人との出会いが私
の宝物です。
」という。
● 東京選手権で初優勝できたのは出会いと運のおかげ
44 歳の年に右ひざの半月版を損傷した。その後、左ひざ、右肩を相次いで故障したのは右ひざをかばって無
理に練習したことも一因だろうとおもう。48 歳の年から小松孝次さん(バオバオ)に練習相手をお願いした。
小松さん自身も左ひざ半月板損傷の経験があり、練習できない苦しさを知っていたので、練習しながら故障か
ら回復することができるようになった。
東京選手権はこれまで優勝の経験がなく、今回も対戦することになった高木和さん、坂本さんに対しては勝機
がないと思っていた。ただ、大会にあわせて休養を充分取る、撮りためたビデオでのイメージトレーニングで
準備するなど万全を期した。今年は幸運にも、高木和さん、坂本さんと直前のオープン戦で対戦した。その試
合では負けたもののそのときの試合の分析から、サーブの選択や試合展開に少しは工夫できたことが結果につ
ながったかもしれない。準決勝の藤井さんとの試合は最も苦しかった。大逆転できたのは卓球の神様の気まぐ
れかもしれない。
現在、井ノ口さんは 100 人以上の初級・中級者を対象に卓球の普及の活動をしており、合同練習試合の「ほ
んまもん会」を幸村さんと共同開催するなど忙しい。こういった活動は井ノ口さんにとっては、「卓球の楽し
さを再認識したり、友達作りにもなり、競技生活を続ける上で大きな励みになっている」という。
●ラージボールとの両立が良い効果を生む
膝と肩を故障してから、リハビリを目的にラージボールをはじめた。ラージボールと硬式球は両立するだけで
なくむしろ、ラージボールの練習が硬式の練習に役立つと思っている。ラージボールは軽いので、早打ちした
り手打ちになるとミスがでやすく、正確に、そして身体全体を使ってしっかり打たなければ良い打球にならな
いので、基本が身に付く。また、打球が遅いので、新しい技術を身につけるのには有効で、最近覚えたバック
ハンドはラージボールをやっていなければできなかった。最近では、石塚先生のお手伝いをしながら、ラージ
技術を深めている。
井ノ口さんにとっては故障さえも自分の卓球の進歩にプラスになると考える。こういった性格も好成績につな
がっているらしい。
●自分を支えてくれたものは?
今日まで競技を続けられたのは”卓球が好きだという気持ち“が一番大きな理由。そして、質の高い練習仲間
を得て、いつも高い目標をもつことが好成績に導いてくれる。その結果、年齢や地域を超えてたくさんの良い
友達と出会えることがさらに励みとなってより高い目標を持つことになる。
これからも 60 代、70 代と、できる限り長く地道に卓球を極めていきたいと思います。
以上
Copyright(c) 2008 ほんまもん会
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