弦スケール(メンズール)/ スケーリング 英)scale / string scale / scaling

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弦スケール(メンズール)/ スケーリング
英)scale / string scale / scaling 佛)dimension des cordes / mesure
獨)Mensurverlauf / Mensur / Saitenmensur
基本レジスターの 8′ の c2 弦が振動する部分(センチまたはインチで表す)の長さ
をいう。ショート・スケールの楽器、ロング・スケールの楽器などと比較するとき
の基準になる。例えば伊、英、それに一部の獨楽器にみられる c2 弦長が約 10~11
インチ(250~280mm)のスケールは「ショート・スケール」、約 13 インチ(320
~326 mm)以上は「ロング・スケール」という。
8′ を 2 列備える 2×8′ 楽器の場合、右向き撥弦の短弦の 8′ と、左向き撥弦の長弦
の 8′ のいずれの計測値をとるかは、現代の研究者やビルダーのそれぞれの立場に
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よって異なる。⇒寸法 ⇒8′ストップ
音高が 1 オクターヴ下がれば弦長が 2 倍になる
Blanchet 楽器にみる
2
c 弦長のバラつき
「ジャスト・スケール」を中低音域まで採用すれ
製作年
8′(mm)
4′(mm)
ば、ブリッジのカーヴとベントサイドのカーヴは
1693
c.1715
1730
1733
1736
1746
1757
1765
1769
1770
362
345
349
342
338
342
351
338
339
343
165
163
177
180
163
174
162
162
170
湾曲が大きく外観がイタリアン的になる。アルプ
ス以北の楽器は c 2 弦長が長いため巨大化するので、
中音域以下にジャスト・スケールを用いず短縮
foreshortening する。ブリッジに直線部分があれ
ば短縮されていることを示している。
この低音域の短縮率が、製作時期によって変え
(8′は右向き撥弦の「短弦の 8′」
)
られた例もある。十八世紀英国の Kirkman 楽器の
場合、最低音 F1 弦長が 1700 年頃には約 1803mm
であったものが 1760 年代の初めには約 1727mm に減少、その後 1770 年代 1800
年代には約 1778mm と再び増加させている(最低弦は捨て石になりやすく、最低音
まで良好な響きにすることは難しいので改良試行であったとも考えられる)。そのよ
うな場合、c2 弦のスケーリングから変更しているわけではない。
c 2 弦スケール ⦆⦆⦆⦆⦆c 2 弦長の弦スケールは多少のバラつきはあっても、工匠
ごとの同一モデル間では変わらない。
チェンバロの弦張力はギターより低く、2~7kg の範囲にとどまる。しかし、断弦
しやすい弦材が使われていた時代は、弦スケーリングの変更は簡単ではなかった。
鉄弦の場合、高い張力に耐えられるようにカーボンを含有させる技術は十九世紀
以後のもので、昔の楽弦は、カーボン含有量がほとんどゼロのソフトなワイヤーを
冷間引き抜きで鍛造して使用した。また、鉄成分に燐が含まれていたために芳醇な
音であったという説もある。反面、燐によって鉄弦はごく断弦しやすかった。
そのような鉄弦は、ピッチ、弦直径が一定であれば、快く響く「破断点直前」の
弦の長さ、つまり弦スケールはおのずと決まり、大きな差は生じない。
したがって、オリジナルの Ruckers ファミリーの多様なサイズによる楽器のピッ
チは、弦スケールを計測すれば類推できることになる。十七世紀の断線し易い弦を
使ったファミリーの楽器は、後世のラヴァルマンに際して、半音差の弦長延伸でさ
ブ
ラ
ン
ケ
ン
ブ
ル
グ
え障害(van Blankenburg 障害 ⇒ラヴァルマン)となり、困難を伴った。
し ん ち ゅう
銅合金弦(俗称:真鍮 英:brass 佛:leiton 獨:Messing)は、良質の鉄弦と比べ
ても音色上不利になることはない。むしろ選択が適切であれば、質感のある表現が
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可能である。同時に弦材密度が大きいため、弦スケールは短くできる。フレミッシ
ュ、十八世紀フレンチの各モデルが中高音域に鉄弦、低音域に銅合金弦を混用する
主な理由は、中高音域のロング・スケールに耐えられる高張力の銅合金弦がなかっ
たことのほか、低音域で弦スケールを短縮して楽器の巨大化を避けると、鉄弦のま
までは弛みすぎて表現力を失うため、弦材密度の大きい銅合金弦が適していたこと
の 2 点にある。
二十世紀のチェンバロ復興が進む過程で、ショート・スケールとロング・スケー
ルの違いは楽器ピッチの違いを示すものという解釈に対し、弦用法の違いであると
する解釈が出て以来、ショート・スケールが一般的であるイタリアン・モデルや英
国のベントサイド・スピネットなどの全音域に、銅合金弦の使用が現代の技法とし
て定着している。その基本的な原理は、Thomas と Rhodes による『イタリア鍵盤
楽器の弦スケール』
、“ The String Scales of Italian Keyboard Instruments ’’, GSJ
1967(⇒イタリア様式の楽器)、あるいは、Cary Karp による『鍛造鉄の楽弦』、
‘‘ Wrought Iron Music Wire ’’, Stockholm Musikmuseet Publication. Rapport nr.9,
1977. によって指摘された。
c2 弦長が約 10~11 インチ(25~28mm)ショート・スケールの銅合金弦のピッ
チがほぼ a1=415Hz となる。
O’Brien によれば、十八世紀楽器と Ruckers 楽器について調査した c 2 弦スケー
ル値は、下表のように 340~364mm の間にあって、各国間に著しい差はない。
「各国のスケーリングの類似性は、使用されていたピッチ、材質とも、国によっ
て著しい差異はなかったことを示しているように思われる」また、フランスの
タ
ス
カ
ン
Taskinが長めであるのは、当地の「ピッチが低かったことを示すもの」(O’Brien,
“Some principles of 18th century harpsichord stringing and their application”,
Organ Year Book, XII, 1981)とみられている。
各国のスケーリングの類似性
Blanchet
Taskin
Kirckman
Shudi
Willbrook
Italian
Ruckers
鉄
357
364
345
346
357
(340)
356
真鍮 1
278
293
275
279
264
285
290
真鍮 2
228
231
(212)
223
203
―
211
(単位:mm 真鍮 1: 黄色系のブラス 真鍮 2: 赤色系のブラス)
弦張力は弦長と張力、周波数、直径の関係から次式、
340
T=
・ ・ ・
で得られる。ただし、
2
T = 弦張力(kg)、ρ = 弦材密度、 = 重力加速度(9.8m/sec )、
F = 周波数(Hz)、l = 弦長(m)、d = 弦直径(m)
通常、チェンバロ用弦のρ / の値は、鉄:2463、真鍮 1:2639、真鍮 2:2780
また O’Brien は、弦材が弦クワイアの中で「赤色系のブラス」から「黄色系のブ
ラス」、
「鉄」へと移行する箇所の音名を、例えば、ラッセル・コレクションの 1769,
タ
ス
カ
ン
Taskinについて、つぎのように提案している。
4′弦
8′弦
─赤色系のブラス─┐
┌─黄色系のブラス─┐ ┌─鉄──
C♯ D
B♭ B
E♭ E
B
c
弦セット⇒クワイア
弦用法
英) stringing /string 佛)cordage 獨)Besaitung / Saitenbezung
し ん ち ゅう
チェンバロの弦は、大別すれば鉄線と銅合金線つまりブラス(俗称:真鍮)の 2
種。ブラスには銅成分だけの弦も用いられた。
ブリュッセル楽器博物館蔵 1612, H. Ruckers / 1774, P. Taskin 改作楽器(下巻
p.105)のピン板上にスタンプされた用弦指定の実例からみて、十八世紀の Taskin
の用法は高音から順に
blanches 白(鉄)
jeaun 黄(亜鉛成分の多い黄色系ブラス/ yellow brass;Cu 75~70%+ Zn 25~30%)
rouge 赤(赤ブラス/ 赤色系ブラス/red brass;Cu 90~85%+ Zn 10~15%)
という、弦の色で区分する指示があった。c 2 弦長が約 10~11 インチの「ショート・
スケール」といわれる楽器では、黄色系のブラスを用い、バス音域で赤色系のブラ
スを用いたと考えられる。⇒弦長スケール
使用法を総称して英語では string, stringing などという。stringing は「弦用法」、
string technique は「弦技法」としたほうが適切な場合もある(英国楽器に多いツゲ、
黒檀など色に特徴のある材の細い線で象嵌装飾する木工技法も stringing という)。
しかし、モダン楽器全盛の 1970 年頃の鉄弦は硬いハイ・カーボンの細いピアノ
線を用い、なかなか切れないのがふつうであった。そのため、古楽器の弦スケール
を無視することも珍しくなかった。
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“Harmonie universelle 和声汎論”タイトル(左)と弦用法の表
また、鉄線から合
金線に移行する断
弦しやすいテナー
音域では、今でも便
宜的に赤味がかっ
た丈夫なベリリウ
ム銅や、燐青銅線
(Cu 85%: Sn 5%:
P 10%)を用いる楽器もある。燐青銅線は赤色
ブラスの代わりに用いられて、隣接弦の明るさ
に合わせたりする。さらに、ベリリウム銅の音
色に"ふくよかさ"があるとして好む現代工匠
もいて、必ずしもすべての製作家が伝統的な弦
用法を採用しているわけではない。ロー・カー
ボンでロー・テンサイルのソフトな鉄弦は、ヒ
ストリカルなモデルが一般化したのち、世界的
にも 1980 年頃から認識され始めた。
今日では、弦材やその用法にオーセンティシティを求め
る傾向が定着している。しかし、製作家による弦材料の選
択で弦材の組成成分を忠実に再現すればそれだけ鉄弦、銅
合金弦とも「断弦しやすい」というリスクをもたらすわけ
で、チェンバロの設計上の基本=弦スケールにも密接に関
連し、使用弦の直径等々にも影響を与える。
メ
ル
セ
ン
ヌ
M. Mersenneの『和声汎論 Harmonie universelle, Part
II, Livre III Des instruments à chordes [2, Clavecin] 第
二巻 第三部 弦楽器の 2、クラヴサン』、 1636/7 年刊にク
ラヴサンの弦用法の表があり、一世紀以上経て、1753 年パ
コ
レ
ッ
ト
リで出版された Michel Corretteの『クラヴサン・マスタ
ー
La maître de clavecin』は演奏法の指導書だが、巻末
近く第 21 章に弦ゲージ表がある。
“Harmonie universelle
和声汎論”からクラヴサ
ンの図。