エージェンシーコストが負債比率に与える影響

エージェンシーコストが負債比率
に及ぼす影響
企業財務パート
天辻 雅斗
今枝 祐太朗
中村 廉
平墳 勇気
宮内 希
はしがき
企業財務パートでは毎週『コーポレートファイナンス第 8 版』を輪読して、企業金
融論に関する知識を深めてきた。その中の資本構成理論というトピックを扱った章に
おいて、企業の資金調達についての様々な理論が紹介されていた。例えば、資本構成
理論の出発点として MM の第一命題が存在し、そこでは負債比率は企業価値に影響し
ないとされている。しかし、この命題は現実ではない仮定の上に立脚したものである
ため、実際には負債比率が企業価値に何らかの影響があると考えられる。そこで、よ
り現実に近づけた理論が試行錯誤を経て生み出されてきた。その中に情報の非対称性
に着目したエージェンシーコスト理論がある。この理論はペッキング・オーダー理論
など他の理論にまたがった理論であり重要性は高いと思われる。従って、本論文では
その負債比率の決定要因としてエージェンシーコストを取り上げ、それが負債比率に
影響を与えることを実証により示した。
第 1 章では、負債およびエージェンシーコストの定義づけ、持株比率及び、製造業
の負債比率のデータを用いて現状分析を行った。第 2 章では、Jensen and Meckling
(1976) 、Myers (1977) を参考に理論分析を行い、エージェンシーコストが負債比率に
影響を与えることを示した。それを基にして、第 3 章では、エージェンシーコストが
負債比率に与える影響の実証分析を行った。先行研究に倣い、まずクロスセクション
データを用いた回帰分析を行い、次にパネルデータでの実証を行った。また、パネル
データ分析では業種による違いも観察した。これによりエージェンシーコストが負債
比率に影響を与えていたことが分かった。また、業種によってその影響に違いがみら
れた。
石橋孝次研究会
第 15 期
企業財務パート一同
ii
目次
第1章
現状分析・・・1
1.1
資本構成決定の諸理論
1.2
エージェンシー・アプローチ
1.3
所有と経営の分離
1.4
負債比率
1.5
現状分析の包括的な考察
第2章
理論分析・・・12
2.1
外部負債に伴うエージェンシーコスト
2.2
モニタリングコスト
2.3
投資機会を巡るエージェンシーコスト
第3章
実証分析・・・21
3.1
実証分析の手法
3.2
クロスセクションデータにおける実証分析
3.3
パネルデータ分析
3.4
パネルデータ分析(産業別)
3.5
全体の考察
参考文献・・・42
あとがき・・・44
iii
第1章
現状分析
文責:今枝祐太朗 平墳勇気
第 1 章では最初にエージェンシーコストについてコーポレートファイナンスで議論
されてきた現存する理論の紹介、定義づけを行う。
1.1
資本構成決定の諸理論
この節ではエージェンシーコストについて述べる前に負債及び負債比率とは何か
という定義づけ、またこれまでにコーポレートファイナンスで議論されてきた伝統的
な資本構成理論を紹介する。
1.1.1
負債とは何か
そもそも負債というものは、企業が資金を調達する上で、返済等の必要がある経済
的負担である。負債比率とは自己資本に対するこの負債の占める割合のことであり、
負債政策とは負債を利用することによって総資産に対する利益率を高めるいわゆるレ
バレッジ効果を得るためのものであるといえる。また負債のメリットとして負債は法
人税の課税対象とならないため節税効果があることが挙げられる。逆にデメリットと
しては、負債をすればするほど債務不履行、デフォルトの可能性が高まってしまうこ
とが挙げられる。
1.1.2 MMの第一命題
MM の第一命題は、Modigliani and Miller (1958) により提唱された資本構成理論の
出発点となる理論で、完全な資本市場を仮定し、企業が株式価値最大化(株主の利益
最大化)を行動目的としているとき、企業価値は資本構成には依存しない、というも
のである。
主な完全資本市場の仮定としては、
1:完全競争(全ての経済主体はプライステイカーである)で裁定取引は行われない
2:完全情報(企業、投資家間で情報の偏在がない)
3:取引コストや税金がかからない
の 3 つが挙げられる。しかしこれらの仮定は現実の状況とはかけ離れており、現実妥
当性は疑問視されていたため、理論の仮定を除いたり緩めたりすることによってより
現実に近い資本構成決定理論が考案されており、その中の一つが、エージェンシーコ
1
ストに関わるエージェンシー・アプローチ(1.2 節で後述)である。
1.1.3 トレードオフ理論
トレードオフ理論は、企業の負債、株主資本比率の決定を負債調達によるメリット 、
すなわち節税効果と、負債調達のデメリットすなわち財務上の困難に伴うコストによ
って説明する理論である。図 1-1 は縦軸に企業の市場価値、横軸に負債比率をとりト
レードオフ理論を図示したものである。はじめは負債比率を増加させていくにつれて
全額株式調達の場合の市場価値に負債調達による節税効果の現在価値が上乗せされ市
場価値が増加する。しかし負債比率がある一定の点まで増加すると債務不履行の危険
など財務上の困難が生じる確率が急激に増加し、市場価値を減少させる。理論的に最
適な負債比率は借り入れをさらに増加させたときの節税効果の現在価値の増加分が、
財務上の困難に伴う現在価値の減少分によりちょうど相殺される点である。
図 1-1 トレードオフ理論の主張の図示
出所:ブリーリー,マイヤーズ,アレン (2007) を参考に作成
2
1.1.4
ペッキング・オーダー理論
ペッキング・オーダー理論とは企業が資金を調達する際に、その手段を内部留保の
再投資を主とする内部資金調達、次に負債による資金調達、最後に株式の新規発行に
よる資金調達の順にとるといった理論である。
1.2 節で後述するが、負債による資金調達および新株発行により資金を調達する際
には、経済主体間で所持している企業に関する情報量に差異が生じているなどの理由
でエージェンシーコストが発生するため、これら外部からの資金調達は自己資金の利
用に比べて割高なものとなる。さらに、外部資金の中でも負債による資金調達の場合
は、資金の貸し手である銀行や社債の引き受けを行う証券会社などが財務上の困難を
避けるためにモニター機能を果たしており、エージェンシーコストの発生をある程度
抑制することが可能だが、新株発行の場合はそのようなモニター機能は存在しないた
め、新株発行による資本コストは負債調達のそれを上回ると考えられる。つまり、内
部留保、負債、新株発行によって資金を調達する際の資本コスト(機会費用)をそれ
ぞれ𝑟1 , 𝑟2 , 𝑟3とすると𝑟1 <𝑟2 <𝑟3 となるのである(図 1-2 参照)。
企業はこのコストが低い資金調達手段から、すなわち内部留保から可能な額だけ資
金を調達してから次の調達手段に移っていくという主張が、ペッキング・オーダー理
論である。
このペッキング・オーダー理論は Myers (1984) によって financing hierarchy 理論と
しても提唱されており、MM の第一命題と合わせてエージェンシー問題に対しても大
きな意味を持つと考えられる。
3
図 1-2 ペッキング・オーダー理論の主張の図示
出所:清水 (1992) を参考に作成
1.2 エージェンシー・アプローチ
この節では、エージェンシーコストとは何かという点を定義し、2 章における理論分析の予備
知識とする。そのために、先行研究として参考にした清水 (1992) の内容に沿って進める。
先述の通り、MM の第一命題は、その仮定を現実的にするための様々な研究によってより
現実に近い資本構成理論となった。エージェンシー・アプローチもそれらの研究の中の一つで
ある。このアプローチは企業を自らの利潤の最大化を目的とするひとつの経済主体としてとら
えるのではなく、経営者、株主、銀行等債権者および従業員等の連合体、あるいは共同組織
としてとらえる点が特徴的である。それぞれの主体間には行動の動機や目的に違いがあり、ま
たそれぞれの持つ企業に関する情報量も異なっているため、互いに利害が一致せず、対立が
発生していると考えられる。こうした利害の不一致から発生するコスト(これが「エージェンシー
コスト」である)を少しでも小さくするように企業は投資政策や財務政策を決定しているというの
がこの理論の枠組みである。
1.2.1
エージェンシー・アプローチの概要
一般にエージェンシー関係とは、「ある経済主体が他の経済主体から依頼を受けて
その経済主体に代わりある業務を遂行する」というような契約のことをいう。業務の
委託を行う経済主体のことを「プリンシパル(依頼人)」、プリンシパルに業務を委託
4
され、遂行する経済主体のことを「エージェント(代理人)」とよぶ。エージェントは
独立した経済主体であるためある程度自由な行動が許されており、自己の利益を最優
先に考えて行動することができる。一般的にエージェントとプリンシパルの利害は完
全に一致することはないと考えられているために、エージェントの行動が必ずしもプ
リンシパルの利益を最大化するとは限らない。結果としてプリンシパルは自身の利益
を最大化できた時と比較して何らかの損失が発生していることになるが、この費用が
エージェント関係に基づくコスト、すなわちエージェンシーコストである。エージェ
ンシーコストは、場合によってはプリンシパルによってエージェントが負担させられ
ることもある。
Jensen and Meckling (1976) 以来、エージェンシーコストを発生させるさまざまな利害対立
は企業内部者同士、企業内部者と外部者の関係という 2 つに分類することができる。企業内
部者同士の関係としては、株主(プリンシパル)と企業経営者(エージェント)、企業外部者と内
部者間の関係としては、負債の調達を行う上での銀行や債券保有者といった債権者(プリンシ
パル)と企業経営者である債務者(エージェント)の関係、また新株発行をする上での新規株主
(プリンシパル)と既存株主(エージェント)の関係が挙げられる。清水 (1992) によれば株主と
企業経営者の関係について、企業の利益の増加に全く貢献することのないような支出の一部
を株主が負担させられる点、経営者の努力によって生み出される企業業績向上の利益の一
部をなんら努力もしない株主が享受できてしまう点、株主が資本市場を通して自らのリスクを
分散することができる一方で経営者は十分なリスク回避の手段を持っていない点、経営者は
自分の在職期間のみの利益を考える点などから両者の間で利害が一致せず、ひいてはエー
ジェンシーコストが生じると考えられている。また企業内部者と外部者のエージェンシー関係に
ついて考えると、これらの主体間では企業に関する業績予想などの情報の量に格差が存在し
ていることや株主の有限責任のルール(1.2.2 節で後述)を背景にして利害の対立が生じており、
エージェント(企業経営者、既存株主)は自身の利益を最大化するように行動する。このような
エージェントの行動をプリンシパル(銀行などの債権者、新規株主)は予想してより高い貸出
金利を設定したり、応じるべき新株発行の条件をより厳しくすることでエージェントに対抗しよう
とする。結果としてエージェントの負担する資本コストは割高になり、この割高になった分がエ
ージェンシーコストとなる。
1.2.2
エージェンシーコスト発生の原因
ここでも清水 (1992) に基づきエージェンシーコスト発生の原因を考慮していく。
5
エージェンシーコストはその発生原因によって大きく2つに分類することができる。す
なわち特に企業内部者と外部者との間のエージェンシー関係を考える場合における①エ
ージェンシー関係それ自体、②経済主体間における企業に関する情報量の格差の2つで
ある。
この分類は実際には両者不可分で相互に補完的な性格を持っているため厳密ではない
が、企業金融においてエージェンシー・アプローチの理解をより深めるための着眼点を
与えるものであると考えられる。
まず①のエージェンシー関係それ自体によるものは 1.2.1 で先述した「株主の有限
責任のルール」を指したものである。今元利を含む負債Bを抱えている企業を考える。
もしこの企業の業績が好調(企業の利益をXとすると、X>Bである場合)であれば、
債務Bは当初の予定通りに返済され、その残余(X-B)は株主(=経営者)が獲得
する。一方で業績が不振(X<B)で負債Bを返済できずに企業が倒産した場合には
株主は債権者に債務を弁済する義務を負うわけだがその弁済額は利益Xの範囲内に限
定され、不足分である(B-X)は結局債権者の負担となる。株主は自身の保有する
株式が無価値になってしまうが、それ以上、つまり自らの出資額以上の責任を負う必
要はない。このような両者(株主、債権者)の受取額を示したのが下の図 1-3 である。
このように株主によるリスクの負担は一定の限度に軽減されており、これにより株主
は自己の利益を最大化することを第一に考え、債権者は提供資金を縮小することで対
抗するため、エージェンシーコストを発生させることとなる。
図1-3 株主、債権者それぞれの受取額の図示
6
出所:清水 (1992) を参考に作成
②の経済主体間における企業に関する情報量の格差については、企業内部者(経営者
・株主)は投資内容やその他企業の業務内容など企業に関する十分正確な情報やその情
報の分析能力を持ち合わせているが、外部者(債権者)はそれらを持ち合わせてはいな
い、という文字通りの意味である。このため債権者は企業活動のモニタリングなど情報
の偏在を是正するための行動に費用を捻出することを余儀なくされる。エージェンシー
コストを軽減するために債権者は企業を監視しなければならないということを考えると
、①のエージェンシー関係それ自体によって発生するコストを回避するために,②の情
報の偏在の是正に要するコストが発生することになる。この意味で、①によるコストを
1次的な(あるいは狭義の)エージェンシーコスト、②によるコストを2次的なエージェ
ンシーコストと位置付けることも可能であろう。そして①②両者を合計したものが総(
あるいは広義の)エージェンシーコストとなる。
1.3
所有と経営の分離
1.2 節で前述した言葉を言い換えれば、エージェンシーコストとは所有と経営の分
離がある場合に発生するコストの総称である。所有と経営の分離が進行するのに従っ
て、エージェンシーコストが多く発生すると考える。
図 1-4、図 1-5 で 1980 年から 2000 年の製造業の上位十大株式持株比率と役員持株比
率の推移を見てみる。データは日経 NEEDs の一般企業財務検索システムより取得し
たものを用いた。上位十大株式持株比率とは期末現在の上位 10 名の大株主の所有株式
合計を総株式で割った数値である。役員持株比率とは取締役、監査役の持株数を総株
式で割った数値である。
7
図 1-4 製造業の上位十大株式持株比率の推移
上位十大株式持株比率
0.41
0.405
0.4
0.395
0.39
上位十大
株式持株
比率
0.385
0.38
0.375
0.37
0.365
1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000
出所:日経 NEEDs 財務データ検索システムを参考に作成
図 1-5 製造業の役員持株比率の推移
役員持株比率
0.02
0.018
0.016
0.014
0.012
0.01
役員持株比率
0.008
0.006
0.004
0.002
1980
1981
1982
1983
1984
1985
1986
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
0
出所:日経 NEEDs 財務データ検索システムを参考に作成
8
上位十大株式持株比率は減少すると株式が大口で購入されなくなるため株式のエ
ージェンシーコストが増加する。図 1-4 より上位十大株主の株式保有率は少しずつで
はあるが低下している。これは企業間あるいは企業と銀行間での株式持合が減少した
ことによる。この場合株式のエージェンシーコストは増加していると考えられる。第
二次世界大戦前においては、多くの産業は三井、三菱などの財閥を中心に資本が形成
されていたため、所有と経営の一致が多く見られた。戦後に財閥が解体された後、株
式持ち合いによる企業株主が主要な株主となり、株式持ち合いをしている企業グルー
プの意見が総株主としての意見であった。この状況において一般の株主は経営に関心
を持たず、干渉しない存在であったので、所有と経営の分離が形成されていた。よっ
てエージェンシーコストが発生したといえる。この時、上位十大株主の株式持株比率
は高かった。高度成長期の終焉を迎える一方で、家計に余剰資金が発生するなどの状
況から、金融構造が間接金融から直接金融に変わっていった。その過程で日本におい
ても所有と経営の分離に変化が生じた。1970 年代に入り実施された商法改正によって
時価発行増資が認められるようになり、企業は資金の市場調達を行っていった。それ
にさらに拍車をかけたのが 1990 年代の資本の国際化を通じた外国人投資家の進出で
ある。また 1990 年以降株式持合の数が急速に低下した。その理由は主に 3 つ考えられ
る。1 つ目に持合株式の利回りの低さである。持合株式の生み出す収益率が低く、そ
れが長期にわたる不況の中で一層低下した。2 つ目に株式保有リスクに対する認識が
高まったことが理由である。1990 年代から 2000 年ごろにかけての株価の大幅下落と
長期景気低迷の下では、株式保有に伴う企業経営のリスクの大きさを強く認識をせざ
るを得なくなったからである。3 つ目に新会計基準導入に伴う企業リスクの顕在化で
ある。1999~2000 年ごろにかけての会計制度面の改革の一つに、保有金融資産を取得
原価ではなく原則的に時価評価するというものがあった。この新評価方式の下では、
株式の含み益あるいは含み損を反映して企業の自己資本が直接影響を受ける。株式保
有が会計上自己資本の不安定化要因となり、投資家が関心を持つ自己資本利益率(ROE)
に不安定要因をもたらす。
役員持株比率は減少するとプリンシパル=エージェント問題が 発生し株式のエー
ジェンシーコストが増加する。図 1-5 より年々役員持株比率が低下していることがわ
かる。よって株式のエージェンシーコストは増加していると考えられる。
9
1.4
負債比率
図 1-6 は製造業全体の負債比率の推移を示している。負債比率は、
「 総負債/総資本」
で定義した。負債比率は減少傾向にある。
図 1-6 製造業全体の負債比率の推移
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
負債比率
0.4
0.3
0.2
0.1
1980
1981
1982
1983
1984
1985
1986
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
0
出所:日経 NEEDs 財務データ検索システムを参考に作成
日本的経営の特徴の一つと考えられている負債・メインバンクによる規律付けとい
った側面については、大きな変化が生じていると考えられる。日本企業の資本構成の
特徴として、負債比率の高さがかつて指摘されてきた。高度成長期の旺盛な設備投資
需要の多くは銀行借入れによって資本調達され、日本企業の負債比率は 1970 年代には、
80%台にまで上昇した。しかし、1970 年代以降は、株式市場を通じた資本調達も次第
に増加し、負債比率も下降に転じた。80 年代に規制緩和が段階的に実施されたことに
より、収益性の高い企業を中心に社債依存度の上昇がみられた。株価高騰を背景に、
増資のみならず、転換社債の転換・新株引受権の行使が進んだ。一方で、引き続き銀
行借入への依存を続けたのは低収益企業が中心であったという二分化がみられたとさ
れている。もともと銀行との取引関係がそれほど強くない事業会社では、機関投資家
等の資本市場の圧力もあって、経営の効率性をアピールするためにも、株価下落の著
しい銀行株の売却を促進させた。加えて、金融機関の側でも、事業会社との取引関係
10
が弱まったことを背景に、そうした事業会社の株を積極的に売却し、不良債権処理の
原資等に当てた。ただし、全ての企業がこうした持合解消を一斉に行ったわけではな
く、総じて、銀行依存度が高く、かつ相対的に収益性の低い事業会社と銀行との間の
持合関係は維持される傾向にあった。90 年代に入ってからは、バブル崩壊により株式
による資本調達が減少したものの、企業の設備投資需要も減少し、日本企業はむしろ
過剰な負債の圧縮を進めるようになり、負債比率はさらに低下するようになった。ま
た格付け基準への全面的移行、96 年の金融ビックバンと呼ばれる全面的自由化・規制
緩和の動きが企業の銀行離れを促したとされている。
我が国の法人税の基本税率は、国税については、1970年代以降の財政危機に対応し
て引上げが図られ、一時は43.3%となったが、1988年の抜本的税制改革により当時の
42%から徐々に引き下げられ、1990年には37.5%となった。さらに、金融危機後の1998
年には課税ベースの拡大とともに、34.5%への引下げが図られた。翌1999年には、さ
らに30%に引下げられた。こうした法人の所得に係る実効税率の低下は、資本構成の
トレードオフ理論に基づけば、負債の節税効果を減少させ、負債比率の低下をもたら
すことになる。従って、現実の日本企業の負債比率の低下は、資本構成のトレードオ
フ理論と整合的に見える。
1.5
現状分析の包括的な考察
この節では、1.1 節、1.2 節、1.3 節、1.4 節の現状分析を包括的に考察する。1.1 節
では、負債及び負債比率の定義づけ、またコーポレートファイナンスで議論されてき
た伝統的な資本構成決定理論を紹介することで、エージェンシー問題が複数の理論に
跨って存在している重要な問題であることがわかった。1.2 節では、清水 (1992) を基
にエージェンシーコストを、エージェンシー・アプローチを用いて定義した。1.3 節では、持株比
率のデータを用いて、年々所有と経営が分離しておりエージェンシーコストが増加し
ていることがわかった。1.4 節では、製造業の負債比率のデータから負債比率が年々低
下していて、その理由は企業の銀行離れや法人税率の低下にあることがわかった。
以下2章でエージェンシーコストが負債比率に及ぼす影響の理論分析を行う。
11
第2章
理論分析
文責
天辻雅斗
本章では、エージェンシーコストについて、先行研究を紹介する形で分析する。理
論分析として Jensen and Meckling (1976) 、Myers (1977) を参考にした。第 2 章を通じ
て、Jensen and Meckling (1976) を参考に次の仮定を置く。
1.
税金は発生しない
2.
債権者は議決権を持たない
3.
裁定機会は存在しない
4.
転換債 1は考慮しない
5.
債権者は自身のコストやキャッシュフローを用いることなしに効用を得ない
6.
動学的な観点は考慮せず、経営者による 1 回ゲームのみを対象とする
7.
経営者の給料は一定
8.
経営者は一人しか存在しない
エージェンシーコストは大別すると、2 種類存在する。一つは、経営者と債権者の
間で発生し、もう一つは、経営者と外部株主の間で発生するものである。本章では前
者に関する分析を 2.1 節と 2.2 節で説明し、後者に関する分析を 2.3 節で行う。
2.1
外部負債に伴うエージェンシーコスト
企業が資金調達の際に外部負債に依存すると、債権者と経営者との間でエージェン
シーコストが発生する。これは債権者と経営者との間に情報の非対称性が存在するか
らである。本節では Jensen and Meckling (1976) を紹介する形で理論分析を行う。
2.1.1
債権者とのエージェンシー問題
負債を持たない企業が 2 つの投資案に直面しているとする。これらの投資案による
利益は確率変数𝑋𝑗 (𝑗 = 1, 2)である。確率変数𝑋𝑗 の分散を𝜎𝑗 とすると、𝜎12 <𝜎22 であるとす
る。また、2 つの投資案の期待利得は等しいと仮定する。
𝑋 ∗を負債額とする。債権者への返済額を𝑅𝑗 (𝑗 = 1, 2)とすると
1
リチャード・ブリーリー, スチュワート・マイヤーズ, フランクリン・アレン (2007) によれば、
転換社債は社債(もしくは優先株式)として発行されるが、その後普通株式に転換される可能性
のある証券である 。
12
𝑅𝑗 = {
𝑋∗,
𝑖𝑓 𝑋𝑗 ≧ X ∗ ,
𝑋𝑗 ,
𝑖𝑓 𝑋𝑗 ≦ 𝑋 ∗ .
Merton (1973, 1974) によると、利得の分布関数の分散が大きいほど、株価は高いの
で、𝑆1 <𝑆2となる。𝑆𝑗 + 𝐵𝑗 = 𝑉𝑗 であることを踏まえると、𝐵1 >𝐵2となる。
ここで、経営者が額面𝑋 ∗で負債を借り入れる場合を考える。このとき、投資案 1 を
採択することにすると、負債として経営者は𝐵1を受け取ることになるが、投資案を 1
から 2 に変更することで、経営者は株主価値を上昇させることができる。株主は株主
価値が高い投資を望むので以上の経緯を辿る可能性は大いにあり得る。
完備情報ゲームにおいて、以上の議論を債権者も把握しているため、投資案に拘わ
らず𝐵2しか貸し出さない。以上のことから、経営者は投資案 2 しか採用しないことと
なる。このように、情報の非対称性が存在すると、経営者は行動を制限されてしまう
ことがある。これがエージェンシーコストとなっている。
2.1.2
株主のインセンティブによるエージェンシーコスト
いま、投資案 2 から受け取る期待利得𝐸( 𝑋2 )が投資案 1 から受け取る期待利得𝐸( 𝑋1 )
より小さいとすると、𝑉1 > 𝑉2となるからその差を V としたとき、
𝑉 = 𝑉1 − 𝑉2 = (𝑆1 − 𝑆2 ) + (𝐵1 − 𝐵2 ).
(2.1)
と表すことができる。(2.1)式を変形すると
𝑆2 − 𝑆1 = (𝐵1 − 𝐵2 ) − (𝑉1 − 𝑉2 ).
(2.2)
MM の第一命題より|𝐵1 − 𝐵2 |>|𝑉1 − 𝑉2 |であるから(2.2)式は正の値をとる。株式市場
における企業価値は投資案 2 を採用したほうが大きいことになるので、株主は株主価
値の高い投資案 2 を選択することを経営者に望む。
ところが、企業価値は投資案 1 のほうが大きい。企業価値の減少分𝑉1 − 𝑉2 は負債発
行によるエージェンシーコストとして考えられる。このように負債を発行することで
経営者は企業価値の低い投資案を採用することになる。負債発行によって、企業価値
が減少してしまうので、負債に依存しない経営体制が望ましいことがわかる。これが
13
1.1.4 節で説明したペッキングオーダー理論である。
2.2
モニタリングコスト
この節では、債権者が経営者の努力水準をモニタリングするために費やすコストが、
負債比率にどのように影響を与えるかを、Jensen and Meckling (1976) を紹介する形で
述べる。
同論文より、以下の仮定を置く。
(1) 経営者は企業シェアの内、100𝛼%を保有しているとする。ただしα ∈ (0, 1)である。
(2) 債権者はモニタリングコストとして M だけ被る。
(3) 経営者が株主の利益と相反した行動をとることで得る利益を F とし、𝐹 = 𝐹(𝑀, 𝛼)
と表現する 。 ここで、F は M の減少関数であり、以下の条件を満たす。
∂2 𝐹
>0.
∂2 𝑀
∂𝐹
<0,
∂𝑀
以上の仮定の下、株主にとっての企業価値は𝑉を𝐹 = 0のときの企業価値として以下
のように記述できる。
𝑉 = 𝑉 − 𝐹(𝑀, 𝛼) − 𝑀.
(2.3)
𝛼 = 1であれば、経営者は自社を 100%保有していることになるので、F と V は図 2-1
のような関係となる。ここで経営者にとっての企業価値と経営者の取り分のトレード
オフの関係は一対一であるため、𝑉𝐹線の傾きは−1となる。経営者は𝑉𝐹線上から任意
の点を選択し、企業価値と自己の取り分を決定する。
14
図 2-1 𝛼 = 1の下、企業価値と経営者の取り分のトレードオフの関係
出所:Jensen and Meckling (1976) を参考に作成
𝛼 ≠ 1のとき、100(1 − 𝛼)%だけ債権者は企業を保有することになり、𝐹と𝑉のトレー
ドオフの関係は図 2-2 のようになる。𝛼 ≠ 1のときは経営者のとっての企業価値と経営
者の取り分のトレードオフの関係は一対一ではなくなり、傾きは−𝛼となる。経営者は
𝑉𝐹 線上から任意の点を選択し、企業価値と自己の取り分を決定する。
ここで、𝛼を定数、𝑀を任意の正の数としたとき、𝑉と𝐹の関係は𝑀の値に応じて図
2-2 の曲線 BCE 上を動く。曲線 BCE は”予算制約”として考えることができる。
図 2-2 𝛼 ≠ 1の下、企業価値と経営者の取り分のトレードオフの関係
出所:Jensen and Meckling (1976) を参考に作成
15
もし、債権者がモニタリングコストをかけることで経営者の取り分 𝐹を減少させる
ことができるなら、経営者もまた𝐹の減少には積極的な姿勢を見せる。なぜなら、図
2-2 の𝐹′から𝐹′′へ経営者の取り分が減少しても企業価値𝑉′は𝑉′′へと上昇するからであ
る。
(2.3)式から実現値𝑉は𝑉𝐹線上からモニタリングコスト𝑀だけ減少した曲線 BCE 上で
得られる。したがって、𝑉𝐹線と曲線 BCE との距離がモニタリングコスト𝑀である。図
2-2 よりモニタリングコスト𝑀を上昇させることで経営者の取り分を減らし、企業価値
を大きくすることができる。また、𝛼の値が小さくなるほど𝑉𝐹線と曲線 BCE の乖離度
合は増大する。
モニタリングコストは現実世界で観察できる変数ではないが、大口の株主が存在す
る場合や、自社株比率が低い場合、金融機関が株式を保有している場合などは高いと
予想できる。
2.3
投資機会を巡るエージェンシーコスト
企業が外部負債を発行すると、エージェンシーコストが発生し、後続投資がしづら
くなることがある。これについて、Myers (1977) を紹介する形で述べていく。
2.3.1
過少投資
企業価値を𝑉とし、負債価値と株主価値をそれぞれ𝑉𝐷 , 𝑉𝐸 とする。ここで、企業価値𝑉
は企業の現在価値と将来価値の総和として求められるので、
𝑉 = 𝑉𝐴 + 𝑉𝐺 .
と表せる。ここで𝑉𝐴 は資産の現在価値であり、𝑉𝐺 は将来の投資機会の現在価値である。
いま、資産を持たない企業が、将来の投資機会を持っているとする。このとき、𝑉𝐴 = 0
である。ここで、企業は株式によって資金調達を行っている。𝑡 = 1期において企業は
投資案 I に投資するかを決定する。もし投資するのであれば、企業は資産価値𝑉(𝑠)を
得る。ここで、s は状態を表す確率変数とする。もし投資しないのであれば、投資機
会は消滅し、資産価値は 0 となる。0 期、1 期のバランスシートはそれぞれ表 2-1、表
2-2 のようになる。
16
表 2-1 0 期のバランスシート
𝑉𝐺
成長機会の現在価値
𝑉
企業価値
負債価値
0
株式価値
𝑉𝐸
企業価値
𝑉
出所:Myers (1977) を参考に作成
表 2-2 1 期のバランスシート
新たに獲得した資産の価値
𝑉(𝑠)
𝑉(𝑠)
企業価値
負債価値
0
株式価値
𝑉𝐸
企業価値
𝑉(𝑠)
出所:Myers (1977) を参考に作成
1 期で企業は投資するかしないかを選択する。投資をする条件は次の式で表される。
(2.4)
𝑉(𝑠) ≧ 𝐼.
ここで、投資をする場合に 1 をとり、投資をしない場合に 0 をとる決定変数𝑥(𝑠)、(2.4)
式の等号を成立させる s の値を𝑆𝑎 と定義すると、0 期における企業価値は
∞
𝑉 = ∫ 𝑞(𝑠)𝑥(𝑠)[𝑉(𝑠) − 𝐼]𝑑𝑠 .
(2.5)
0
ここで𝑞(𝑠)は状態𝑠が起こる確率を表す確率変数である。𝑠<𝑠𝑎 において𝑥(𝑠) = 0である
ことを踏まえると(2.5)式は以下のように変形できる。また、分岐点𝑠𝑎 を図示したもの
が図 2-3 である。
∞
𝑉 = ∫ 𝑞(𝑠)[𝑉(𝑠) − 𝐼]𝑑𝑠 .
(2.6)
𝑠𝑎
17
図 2-3 投資の分岐点𝑠𝑎
出所:Myers (1977) を参考に作成
2.3.2
外部負債と企業価値
この節では後続投資を行うために負債額を減少させる必要があることを理論分析する。
𝑠<𝑠𝑎 のとき企業は投資を行わないため、企業価値は 0 になり、外部負債を調達する
ことができない。しかし、約束払い P の支払いにより、不確定負債を発行することが
できる。このとき、0 期のバランスシートは表 2-3 のようになる。
表 2-3 0 期のバランスシート
成長機会の現在価値
企業価値
𝑉𝐺
𝑉
負債価値
𝑉𝐷
株式価値
𝑉𝐸
企業価値
𝑉
出所:Myers (1977) を参考に作成
まず始めに負債を発行し、次に投資決定を行うと仮定する。𝑉(𝑠) − 𝐼 ≧ 𝑃であれば、
債権者に負債額を支払うことができるが、𝑉(𝑠) − 𝐼<𝑃であれば、債権者が企業を乗っ
取ることにする。0 期における企業価値は、
∞
𝑉𝐷 = ∫ 𝑞(𝑠)[min(𝑉(𝑠) − 𝐼, 𝑃)]𝑑𝑠.
𝑠𝑎
18
もし P が十分に大きく、すべての s について𝑉(𝑠) − 𝐼を上回るならば、(2.6)式において
𝑉𝐷 = 𝑉となる。MM の第一命題より、負債発行の有無は企業価値に影響を与えない。
株主側は𝑉(𝑠)>𝐼 + 𝑃のときだけオプションを行使したいので、
0 𝑓𝑜𝑟 𝑠 < 𝑠𝑏 ,
𝑥𝑠 = {
1 𝑓𝑜𝑟 𝑠 ≥ 𝑠𝑏 .
ここで、𝑠𝑏 は𝑉(𝑠) = 𝐼 + 𝑃を満たす s である。図 2-4 は投資の分岐点𝑠𝑎 と𝑠𝑏 の関係を表
している。以上より、0 期における企業価値は
∞
𝑉 = ∫ 𝑞(𝑠)[𝑉(𝑠) − 𝐼]𝑑𝑠.
𝑠𝑏
投資が行われた場合、つまりmin(𝑉(𝑠), 𝑃) = 𝑃の場合、返済額は以下のように記述さ
れる。また、投資が行われる場合のバランスシートを表したものが表 2-4 である。
∞
𝑉𝐷 = ∫ 𝑃𝑞(𝑠)𝑑𝑠.
𝑠𝑏
図 2-4 投資の分岐点𝑠𝑎 と𝑠𝑏 の関係
出所:Myers (1977) を参考に作成
19
表 2-4 𝑥(𝑠) = 1のときの 1 期のバランスシート
新たに獲得した資産の価値
企業価値
𝑉(𝑠)
𝑉(𝑠)
負債価値
min[𝑉(𝑠), 𝑃]
株式価値
max[0, 𝑉(𝑠) − 𝑃]
企業価値
𝑉(𝑠)
出所:Myers (1977) を参考に作成
図 2-5 は𝑃が増加するにつれて企業価値がどのように変化するかを示したものであ
る。株式のみで資金調達を行った場合、𝑃の額に拘わらず企業価値は一定である。一
方、負債を調達した場合の企業価値は𝑃が増加するにつれて、減少していくことがわ
かる。
図 2-5 負債調達した場合の企業価値の変化
出所:Myers (1977) を参考に作成
株主は企業価値の最大化を目的としているので、企業が負債を発行しないことが望
ましい。以上の議論により、負債の発行によって、将来の投資機会が損なわれ、企業
の現在価値が減少することがわかる。たとえば、研究開発投資は後続投資を必要とす
るものであるが、負債を減少させないことには将来の投資機会は生まれない。よって、
負債は研究開発投資の減少関数となることが予想される。
20
第3章
実証分析
文責 中村廉 宮内希
本章では、第 2 章で展開された理論分析の帰結が、現実において妥当するかを計量
経済学的な視点から実証を行う。実証に入る前に第 2 章において証明されたこと及び
そこから導き出される仮説を以下にまとめる。
1.
企業が外部負債を発行することにより負債のエージェンシーコストが発生する。
そして、負債の発行によって、将来の投資機会が失われて企業の現在価値が減少
する。従って、後続投資を行うためには負債額を減少させることが必要である。
このことから、研究開発投資のような後続投資を必要とするような投資の資金調
達においては、負債を発行することを避けることが予測される。つまり、負債比
率は研究開発投資の減少関数となる。
2.
債権者が経営者の努力水準を監視するための費用であるモニタリングコストを上
昇させることによって経営者の取り分を減らし、企業価値を増やすことができる。
つまりモニタリングを行うことにより、情報の非対称性は小さくなり負債のエー
ジェンシーコストは減少する。モニタリングコストを現実に観測するのは困難で
あるが、大口の株主が存在する場合、自社株比率が低い場合、金融機関が株式を
保有するなどによって企業の経営に深く関わっている場合には高いと予測される。
つまり負債比率はこれらの変数の増加関数になる。
これらの仮説はエージェンシーコストの中でも特に負債のエージェンシーコストから
導き出された仮定である。第 1 章前半における株式のエージェンシーコストの説明か
ら導出される仮説としては以下のようなものがあげられる。
3.
所有と経営の分離、つまり株主と経営者の利害の不一致が株式のエージェンシー
コストを発生させる。所有と経営の分離が進んでない状態、例えば経営者側が株
主にもなっている場合には株式のエージェンシーコストが減少し株式による資金
調達が行いやすくなる。
21
上記の仮説を実証するのがこの章の目的となる。ただ、ここで注意しておきたいのは
対象とする国が置かれている状況によって何を変数として置くのが適切かが変わると
いうことである。特にモニタリングコストを設定する場合に気を付ける必要がある。
従って、この章ではまず、日本におけるエージェンシーコストと資本構成の関係を
実証した先行研究を紹介し、日本において、どのような変数がモニタリングコスト等
の代理変数として機能するか等を考察した後、実証に移ることとする。
3.1
実証分析の手法
この節では、日本におけるエージェンシーコストと資本構成の関係について実証を
行った先行研究を紹介し、どのような変数を代理変数として行うべきか等の考察を行
う。
3.1.1
郭 (2003) の手法
郭 (2003) では、資金調達に伴うエージェンシーコストが企業の資本構成と投資決
定に影響を与えるという仮説を実証的に検討している。ここでは企業の資本構成につ
いての影響について実証した部分を紹介する。対象期間は 1986 年から 1996 年までの
11 年間である。株式や負債のエージェンシーコストを直接計測するのは困難であるこ
とから、郭 (2003) ではその代理変数として以下のものを用いている。
① 資産の担保価値 (ASSET=有形固定資産 ⁄総資産 )
有形固定資産が多いということは担保が多いことを意味するので、仮に倒産があっ
ても弁済の可能性が高くなり、倒産コストが低くなると考えられる。このため債権者
は投資を行いやすくなる。つまり、負債利用に伴うエージェンシーコストは緩和され
る。この意味で、負債比率に正の効果を与えると予想できる。
② 研究開発・広告費比率 (AR=(研究開発費 + 広告宣伝費)⁄総資産 )
負債発行のエージェンシーコストの大きさは債権者が企業の投資内容 をどれだけ
容易にモニタリングできるかに依存する。研究開発や広告宣伝はそうしたモニタリン
グが難しい投資である。ゆえに企業は負債によってこのような投資をすることは控え
ると考えられる。このため、負債比率に負の効果を与えると予想される。
22
③ 金融機関の株式保有比率(BANK1=金融機関保有株式数 ⁄発行済株式数 )
日本では金融機関が企業に資金を貸し出すと同時にその企業の株式を大量に保有
するケースがある。結果として負債のエージェンシーコストは金融機関がただの貸し
手にとどまっている場合よりも低下する。
理由は以下のとおりである。つまり、経営者が貸し手の利益を損なうことによって
株主の利益を高めるような行動をしても、貸し手は同時に株主であるため、自らの利
益を守ることができるということである。よって負債比率に正の影響を与えると予想
される。
④銀行借り入れ依存度(BANK2=銀行借入額 ⁄負債 )
銀行等金融機関が、株主および債権者として両面から関与することによって企業に
対して情報生産がなされる。その結果情報の非対称性が緩和され、負債のエージェン
シーコストが下がると考えられる。よって、負債比率に正の効果を与えると予想され
る。
⑤役員持ち株比率(EXE=役員持株数 ⁄発行済株式数 )
経営者が株式の多くを保有する場合、株式のエージェンシーコストは低下すると考
えられる。よって、株式発行が促進されることが推測される。従って、負債比率には
負の影響を与えると予想される。
⑥株式集中度(TOP=10 大株主持ち株数 ⁄発行済株式数 )
少数の株主が多くの株式を保有している場合、株式のエージェンシーコストを低下
させ、負債比率に負の影響を与えると予想される。
⑦メインバンクの持ち株比率(MAIN1=メインバンクの持ち株数 ⁄発行済株式数 )
⑧メインバンクの借入依存度(MAIN2=メインバンクからの借入額 ⁄負債 )
これら 2 つの変数はともにメインバンクの依存度を表している。依存度が大きけ
れば大きいほどメインバンクは企業のモニタリングが強まり負債の エージェンシ
ーコストが低下する。従って、負債に正の影響を与えると予想される。
以上の代理変数を使った推定式は以下のようになる。
DEBT = a + 𝑏1 𝐴𝑆𝑆𝐸𝑇 + 𝑏2 𝐴𝑅 + 𝑏3 𝐵𝐴𝑁𝐾1 + 𝑏4 𝐵𝐴𝑁𝐾2 + 𝑏5 𝐸𝑋𝐸 + 𝑏6 𝑇𝑂𝑃 + 𝜀
(3.1)
また、BANK1 を MAIN1、BANK2 を MAIN2 に置き換えた推定式
DEBT = a + 𝑏1 𝐴𝑆𝑆𝐸𝑇 + 𝑏2 𝐴𝑅 + 𝑏3 𝑀𝐴𝐼𝑁1 + 𝑏4 𝑀𝐴𝐼𝑁2 + 𝑏5 𝐸𝑋𝐸 + 𝑏6 𝑇𝑂𝑃 + 𝜀
についても回帰を行った。
23
(3.2)
上仮定から導き出される各係数の符号は以下の図 3-1 のとおりである。
図 3-1 各係数の符号の予測
係数
𝑏1
𝑏2
𝑏3
𝑏4
𝑏5
𝑏6
符号
+
−
+
+
−
−
3.1.2
郭 (2003) の実証結果
郭 (2003) では各年度について重回帰を行っている。その結果をまとめたものが以
下の表である。
ただし、表 3-1 は(3.1)式の回帰結果を表したものであり、表 3-2 は(3.2)式の回帰結
果を示したものである。
表 3-1 (3.1)式の回帰結果
変数
1987
1988
1989
1990
1991
0.71677
0.689
0.67657
0.67657
0.7195
(31.6659)**
(28.6914)**
(29.4943)**
(29.4943)**
(30.3282)**
-0.0312
0.03033
-0.03573
-0.05905
-0.14078
t値
(-0.55451)
(0..5456)
(-0.66899)
(-1.1474)
(-2.75186)**
AR
-1.31816
-0.98063
-0.87101
-0.79587
-0.99391
t値
(-4.72825)**
(-3.6105)**
(-3.24882)**
(-2.84957)**
(-3.43443)**
-0.01429
-0.10375
-0.08715
-0.06528
-0.06094
(-2.1247)**
(-3.1938)**
(-2.80641)**
(-2.12994)**
(-1.87690)*
0.00022
-0.00195
-0.00329
-0.00412
-0.00613
(-0.04863)
(-0.51637)
(-0.97576)
(-1.34369)
(-1.57093)
-0.08151
-0.15405
-0.13877
-0.09785
-0.20048
(-1.85448)*
(-2.81838)**
(-2.57197)**
(-1.58694)
(-1.887199)*
0.0069
0.05781
0.05197
0.04721
0.03837
(2.17099)**
(3.78125)**
(3.47732)**
(2.80257)**
(2.2542)**
0.03876
0.05609
0.04678
0.03313
0.04885
定数項
t値
ASSET
BANK1
t値
BANK2
t値
EXE
t値
TOP
t値
決定係数
24
変数
1992
1993
1994
1995
1996
0.70078
0.67151
0.63634
0.63442
0.64567
(28.3116)**
(24.5927)**
(22.8364)**
(24.1395)**
(24.2108)**
-0.09118
-0.03729
0.02218
0.021079
0.00645
(-1.79032)**
(-0.70239)
(-0.4195)
(-0.40458)
(-0.12008)
-1.11349
-0.94714
-1.04725
-0.93721
-0.93623
(-3.9020)**
(-3.16379)**
(-3.22701)**
(-3.0180)**
(-2.89157)**
-0.04863
-0.06705
-0.06303
-0.06895
-0.08275
(-1.4245)
(-1.88894)*
(-1.839697)*
(-2.11443)**
(-2.72736)**
-0.00461
-0.00535
-0.00448
-0.00565
-0.00426
t値
(-1.01233)
(-1.14138)
(-1.08514)
(-1.78614)*
(-1.11207)
EXE
-0.21871
-0.10026
-0.22168
-0.15457
-0.07081
t値
(-1.69393)*
(-0.78585)
(-1.54337)
(-1.48389)
(-0.67241)
TOP
0.02612
0.03617
0.04294
0.03681
0.02283
t値
(1.6482)*
(2.13596)**
(2.43439)**
(2.40039)**
(1.50115)
0.03914
0.02679
0.02906
0.03141
0.02713
定数項
t値
ASSET
t値
AR
t値
BANK1
t値
BANK2
決定係数
( **は 5%水準で有意、*は 10%水準で有意であることを示す)
出所:郭 (2003) を参考に作成
表 3-2 (3.2)式の回帰結果
1987
1988
1989
1990
1991
0.68838
0.65558
0.68103
0.68665
0.71952
(18.0638)**
(17.8292)**
(19.2254)**
(19.5404)**
(20.8353)**
-0.00063
0.02214
-0.09459
-0.12155
-0.23204
t値
(-0.00862)
(0.31294)
(-1.36403)
(-1.77878)*
(-3.58637)**
AR
-1.20012
-1.07151
-0.85227
-0.86943
-0.85226
t値
(-3.49275)**
(-3.31896)**
(-2.71355)**
(-2.69714)**
(-2.60366)**
-0.00013
-0.00045
-0.00005
0.00013
0.00016
(-0.23078)
(-0.84596)
(-0.08718)
0.25271
0.31308
0.27879
0.40018
0.40975
0.19544
0.41915
定数項
t値
ASSET
MAIN1
t値
MAIN2
25
t値
EXE
t値
TOP
t値
決定係数
(3.64740)**
(4.99125)**
(4.96446)**
(2.67943)**
(4.33180)**
-1.03342
-1.18914
-1.11209
-0.89034
-0.87301
(-4.16007)**
(-4.99242)**
(-4.16204)**
(-3.08060)**
(-3.00098)**
0.03254
0.04709
0.02679
0.01698
-0.00235
(0.94258)
(1.40669)
(0,80624)
(0.50724)
0.16005
0.20608
0.18381
0.0926
(-0.07287)
0.15738
1992
1993
1994
1995
1996
0.71942
0.68479
0.66244
0.62199
0.62526
(19.8048)**
(17.3297)**
(16.5147)**
(15.5685)**
(16.2810)**
-0.18055
-0.12439
-0.1059
-0.06015
-0.08934
t値
(-2.74456)**
(-1.80811)*
(-1.52431)
(-0.84239)
(-1.25512)
AR
-1.09938
-1.04655
-1.18134
-0.99872
-0.90225
t値
(-3.28957)**
(-2.98601)**
(-3.11968)**
(-2.66579)**
(-2.36927)**
MAIN1
0.00051
0.00081
0.00091
0.00129
0.00127
t値
0.90521
1.3758
1.46363
MAIN2
0.26836
0.21712
0.23684
0.27572
0.34579
(2.75071)**
(2.38295)**
(2.65445)**
(3.08423)**
(3.66112)**
-0.87989
-0.86647
-0.91419
-0.16793
-0.10227
(-2.86312)**
(-2.57328)**
(-2.62437)**
(-1.18017)
(-0.80151)
-0.01716
-0.00078
0.00399
-0.01059
-0.02987
(-0.49986)
(-0.02137)
(0.11156)
(-0.29414)
(-1.18942)
0.11687
0.08902
0.09793
0.09628
0.112
定数項
t値
ASSET
t値
EXE
t値
TOP
t値
決定係数
(2.10405)**
(2.12287)**
( **は 5%水準で有意、*は 10%水準で有意であることを示す)
郭 (2003) を参考に作成
エージェンシーコストの代理変数として優秀なのは AR、EXE、MAIN2 で、AR と
EXE は係数が負で有意、MAIN2 は係数が正で有意であった。
つまり、まず研究開発投資のようなモニタリングの困難な投資は負債のエージェン
シーコストを引き上げ負債比率に負の効果を与えるという仮説の妥当性が支持された。
26
次に、経営者の株式保有が株式のエージェンシーコストを引き下げ、負債比率に負の
効果を与えるという仮説の妥当性も支持された。最後にメインバンクによるモニタリ
ングが機能しているということも分かった。
また、TOP の係数が有意でないことの理由として、株主総会以外の経営者のモニタ
リングの存在が考えられると郭 (2003) は述べている。
3.1.3
その他の先行研究
清水 (1992)
清水 (1992) においてもエージェンシーコストが資金調達に与える影響を実証して
いる。
特筆すべきは、研究開発投資のような将来の投資機会を生み出す投資は負債比率を
引き下げる誘因となるという観点から実証を行っている点にある。
期間を 3 期間(昭和 51 年から平成 1 年、昭和 51 年から昭和 59 年、昭和 60 年から平成
1 年)に分けて回帰しており昭和 51 年から平成 1 年にかけてのみその仮定が支持され
ている。
また清水 (1992) は外部資金のエージェンシーコストの影響により、企業は資金調
達の際、自己資本、負債、株式の順に使用するという仮説を立てた。これは企業金融
論のペッキング・オーダー理論とほぼ同じものである。しかし、この仮説は実証では
証明されなかった。
3.1.4
まとめ
まず、研究開発等の将来の投資機会を増やす又は後継投資を必要とする投資が負債
のエージェンシーコストを増加させ、負債比率に負の影響を及ぼすことが郭 (2003)
及び清水 (1992) から観察された。これは仮説 1 と合致する。よって、研究開発投資
等は実証の目的を達成することに適している代理変数であると予測される。次に、郭
(2003) の実証結果から経営者側の株式保有が株式のエージェンシーコストを引き下
げ、負債比率に負の影響を与えることも観測された。逆を言えば所有と経営の分離が
株式のエージェンシーコストを発生させていると考えられる。この結論は仮説 3 と合
致する。最後に郭 (2003) の実証結果が、MAIN2 の係数が有意となっていることから
メインバンクのモニタリングが強く機能していることが観測された。しかも、符号が
正であることからモニタリングにより負債のエージェンシーコストが緩和されたこと
が示されている。これは仮説 2 と合致する。
27
以上のことから、モニタリングコストの代理変数としてはメインバンク関係が妥当
であると考えられる。しかし、日本では 1996 年から橋本内閣のもとで金融ビッグバン
が起こっている。金融ビッグバンによって資金調達の選択肢が広がったことにより、
資金調達における銀行借り入れの重要性が相対的に低下したことが卓 (2012) で指摘
されている。また真壁 (2002) によれば、98 年以降の最低資本金制度により自己資本
比率が急激に上昇したことが指摘されている。これらのことから 1996 年以降において
もメインバンク関係がエージェンシーコストを通じて企業の資本構成に強い影響を依
然として与えていたのかを検証する必要もある。これらのことを念頭に入れながら次
の節から実証に入っていくことにする。
具体的な流れとしては、第 2 節ではクロスセクションデータを用いて回帰分析を行
い、第 3 節からはパネルデータを用いて回帰分析を行う。第 3 節では固定効果モデル
を使用して回帰を行い、第 4 節では業種ダミーを用いて業種の違いによる負債比率の
影響を観察する。
3.2
クロスセクションデータによる実証分析
この説では先行研究である郭 (2003) に倣い、実際にエージェンシーコストが負債
比率に与える影響についてクロスセクションデータを用いて実証分析を行う。説明変
数は基本的には先行研究と同じものを用いるが、先行研究の結果・考察と Lyandres
(2006) を参考にし、説明変数の削除、追加を行った。またこの実証で用いるデータは
日経 Needs の財務データと経済調査協会の「系列の研究」から取った。対象期間は 1991
年から 2000 年であり、対象とした企業は 1 部上場の製造業会社である。
3.2.1
回帰式の説明
新しく追加する変数は以下の 3 つである。
①棚卸資産比率(COLLA)
先行研究の実証で結果の芳しくなかった ASSET の代わりとして使う。棚卸資産を
総資産で割った値を用いる。棚卸資産は担保を表し、有形固定資産の時と同じく、倒
産コストを減らすことが出来るため負債のエージェンシーコストを減らすことができ、
負債比率は大きくなると考えられる。予測される符号は正。
28
②利益率(PROFIT)
利益率が大きい企業は資金が潤沢にあるためペッキング・オーダー理論より負債比
率は小さくなると考えられる。よって利益率をいれて回帰してみる。営業利益高を総
資産で割った値を用いる。予測される符号は負。
③総資産(ALLASSET)
企業規模を表す指標として用いる。総資産を対数化した値を用いる。企業規模が負
債比率に与える影響の仮設は二つある。一つ目の考え方は企業規模が増大すると倒産
するリスクが小さくなり、負債比率が高くなるというものである。二つ目は企業規模
が大きいほど企業と投資家の間の情報の非対称性が抑えられるため株式による資金調
達が多くなり、負債比率が下がるというものである。この二つの仮説は相反するため
予測される符号がどうなるかはわからない。
回帰式
𝐷𝐸𝐵𝑇 = α + 𝛽1 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 + 𝛽2 𝐴𝑅 + 𝛽3 𝑀𝐴𝐼𝑁2 + 𝛽4 𝐸𝑋𝐸 + 𝛽5 𝑃𝑅𝑂𝐹𝐼𝑇 + 𝛽6 𝐴𝐿𝐿𝐴𝑆𝑆𝐸𝑇 + 𝜀
今回は ASSET と MAIN1 と TOP は回帰式から外す。その理由を以下に示す。
・ASSET
先行研究であまり結果が良くなかったため、有形固定資産は担保価値を的確に表し
ていなかったと考えられる。よって代わりに COLLA を用いて、ASSET は削除する。
・MAIN1
先行研究の結果より BANK に比べて MAIN の方がよりエージェンシーコストを表し
ていたと言えるため、MAIN を採用する。そして MAIN1 はあまり有意な結果が得ら
れなかった。よって MAIN1は回帰式から落とした。MAIN1と MAIN2 は銀行のモニ
タリング機能というものを違う視点から考えているため、どちらかを落としても問題
はない。
・TOP
先行研究の考察より TOP は株主のモニタリング機能をあまり反映していない可能
性がある。よって回帰式から除いた。また TOP は、EXE と同じく株主のモニタリン
29
グ機能を担っているので、削除してもその役割は EXE が補える。
3.2.2
回帰結果
上記の推定式を回帰した結果が以下の表 3-3 である。
表 3-3
1991
1992
1993
1994
1995
COLLA
0.375052
0.433995
0.395378
0.514173
0.476914
t値
(2.88)***
(3.72)***
(3.06)***
(3.29)***
(3.01)***
AR
-0.70123
-0.72265
-0.79911
-0.94434
-0.93266
t値
(-2.28)**
(-2.57)**
(-2.43)**
(-2.3)**
(-2.25)**
EXE
-522.223
-587.77
-549.749
-427.78
-396.371
t値
(-2.3)**
(-2.59)***
(-2.18)**
(-1.52)
(-1.42)
MAIN2
0.759205
0.595921
0.70266
0.569819
0.799458
t値
(5.46)***
(4.76)***
(5.16)***
(4.32)***
(5.85)***
PROFIT
-0.45712
-0.82418
-0.70209
0.223446
0.055917
t値
(-1.56)
(-2.73)***
(-2.16)**
(0.62)
(0.16)
ALLASSET
0.033202
0.031649
0.036414
0.036383
0.037794
t値
(4.1)***
(3.82)***
(4.07)***
(3.73)***
(3.96)***
Cons
0.177244
0.207749
0.132241
0.092208
0.057942
t値
(1.73)*
(1.98)**
(1.17)
(0.75)
(0.49)
決定係数
0.2593
0.2728
0.2514
0.1786
0.2242
1996
1997
1998
1999
2000
COLLA
0.0200554
0.581049
0.574582
0.518691
0.466158
t値
(0.43)
(3.89)***
(3.93)***
(3.49)***
(3.44)***
AR
-0.70521
-0.57756
-0.32096
-0.59529
-0.72698
t値
(-1.71)*
(-1.48)
(-1.06)
(-1.7)*
(-1.9)*
EXE
-556.022
-298.989
-320.801
-170.696
-685.106
t値
(-1.98)**
(-1.07)
(-1.18)
(-0.53)
(-2.09)**
30
MAIN2
0.834552
0.651384
0.783339
0.44703
0.755803
t値
(6.48)***
(5.85)***
(6.46)***
(4.02)***
(6.71)***
PROFIT
-0.24071
-0.81917
-0.9261
-0.55931
0.128485
t値
(-0.74)
(-2.62)***
(-2.9)***
(-1.67)*
(0.37)
ALLASSET
0.043011
0.040209
0.041812
0.035129
0.04244
t値
(4.41)***
(4.22)***
(4.81)***
(3.61)***
(4.85)***
Cons
0.04452
0.032241
-0.00105
0.109206
-0.00608
t値
(0.38)
(0.28)
(-0.01)
(0.9)
(-0.06)
決定係数
0.2251
0.2713
0.2828
0.1694
0.2414
(***は 1%有意、**は 5%有意、*は 10%有意であることを示す。)
3.2.3
結果の考察
まず結果について変数それぞれに着目して見ていく。
・COLLA
係数の符号はすべての年度で仮説と合致している。また t 値は、1996 年以外は 1%
水準で有意になっている。これは 1996 年から始まった金融ビッグバン(後述)の影響
を少なからず受けていると考えられる。それでもほぼ一貫して有意であり、棚卸資産
がエージェンシーコストとして負債比率に影響を与えていることは間違いないであろ
う。また係数の大きさは 10 年を通してほぼ変わっておらず、その影響力は変わってい
ないと思われる。先行研究である郭 (2003) で用いていた有形固定資産では有意な結
果が得られなかったが、この実証で代わりに用いた棚卸資産は十分な結果が得られた。
つまり担保が多ければエージェンシーコストが減るということが証明できた。
・AR
符号は全期間を通して理論通りである。t 値は 1995 年までは 5%水準で有意であり、
1996 年以降は 10%有意もしくは有意でない。このことから 1990 年代後半からは AR
はエージェンシーコストとしての役割を果たしていないと思われる。それでもこの実
証で研究開発費・広告費は少なくとも 90 年代前半はエージェンシーコストを表してい
ることは証明されたであろう。
31
・EXE
係数はすべての年度で予測通りとなっている。t 値が 5%水準以上で有意なのは 1991
年から 1993 年までと 2000 年だけである。この結果を素直に受け止めると、90 年代前
半では役員持ち株比率は負債比率に影響を与えているが後半は影響力が弱まり、2000
年では再び影響を与え始めたということが考察される。これは外国人が 90 年代の途中
から日本の株式を持ち始め、株式の所有の構成比率が変化したためうまく結果が得ら
れなかったと推察される。このような不十分な回帰結果だとしても役員持ち株比率が
エージェンシーコストを表している根拠の一つにはなるであろう。
・MAIN2
全期間を通して係数が理論と一致し、t 値も 1%水準で有意である。文句なしにメイ
ンバンクからの借入金比率がエージェンシーコストを表していると言っていいだろう。
つまりメインバンクのモニタリング機能は十分に機能していることが証明された。係
数の大きさは多少の増減はあるがほぼ変わっていないので、影響の強さもそれほど変
わっていないことがわかる。
・PROFIT
係数は年度によって 理論と合っているものと合っていないものが出てしまってい
る。また t 値も有意でないものが多く、その年度もバラバラに分布している。つまり
利益率はエージェンシーコストをよりよく表していない可能性がある。これは、仮説
では「利益率が大きい=企業の資金が潤沢」としていたが、これはそもそも真とは言
えないかもしれない。そのためこのような結果になってしまったと思われる。正当な
説明変数は企業が自由に使える資金という変数を用いるべきだったかもしれない。
・ALLASSET
全期間を通して t 値が 1%有意である。係数の符号に関してはすべて正となっている。
これは前に述べた二つの仮説のうち、
「 企業規模が増大すると倒産するリスクが小さく
なり、負債比率が高くなる」という考えのほうが正しい、もしくは影響が強いからで
あると考えられる。
次に回帰結果をマクロな視点から観察していく。
有意でなかった 3 つの変数のうち、AR,EXE の二つは後半の結果が良くなかった。
32
またほぼ有意であった変数 COLLA は 1996 年のみ以上に t 値が低いという奇妙な結果
になっている。これは 1996 年から始まった金融ビッグバンの影響を受けているからで
あると思われる。星・パトリック (2001) によると、金融ビッグバンとは(1)自由、(2)
公正、(3)世界的な基準に即した金融改革のことである。また、金融ビッグバンは資金
調達の形態と所有の構造を変革すると述べている。よってこの金融ビッグバンによっ
て本質的にどのような影響を最終的に負債比率に影響を与えているかはわからないが、
何かしらの影響は存在しており、その結果この実証の結果も歪められた可能性がある。
しかしその影響の度合いを正確に推測するのは難しいだろう。
3.2.4
クロスセクションデータ実証のまとめ
この実証によりエージェンシーコストが負債比率に影響を及ぼしていることは証
明された。中でも棚卸資産、メインバンク借入率、企業規模はエージェンシーコスト
として多大な影響を与えている。しかし年度によって有意でない変数も存在しており、
完璧にその影響を測れたとは言い難い。また金融ビッグバンによる影響の不明確さや
決定係数の低さ、クロスセクションデータを用いたことによる時間経過の影響の無考
慮など問題は多く存在している。
3.3
パネルデータ分析
前節ではクロスセクションデータを使用して、エージェンシーコストが企業の資金
調達に与える影響を実証した。この節では、パネルデータを使用して実証を行う。パ
ネルデータを使うことの利点は、まずサンプル数が格段に増加することがあげられる。
この実証分析では 10 年分のデータを使っているため、単純計算としてサンプル数が
10 倍になる。またパネルデータを使用することで、直接観測し難い特性などを分析に
組み込むことができる。
3.3.1
推定式
前節と同様に、データは日経 NEEDs の財務データ及び経済調査協会の『系列の研
究』より取った。期間も同様に 1991 年から 2000 年の 10 年間である。
推定式は以下のようにした。
DEBT = α + 𝛽1 COLLA + 𝛽2 AR + 𝛽3 EXE + 𝛽4 MAIN2 + 𝛽5 PROFIT+𝛽6 ALLASSET + ε
各説明変数の説明及び予測される各係数の符号は前節において紹介済みであるので
33
ここでは省略する。前節の考察において各年度に含まれている要素が回帰結果に影響
を与えていると指摘されていたので、本回帰では年度の効果を固定するため、固定効
果モデルによって回帰を行った。
3.3.2
推定結果
上の式を固定効果モデルにより回帰した結果が以下の表 3-4 である。
表 3-4
COLLA
0.1897521
t値
(5.95)***
AR
-0.327404
t値
(-2.23)**
EXE
-798.8382
t値
(-8.65)***
MAIN2
0.618119
t値
(14.29)***
PROFIT
-0.595508
t値
(-4.81)***
ALLASSET
5.12E-08
t値
(8.14)***
cons
0.5499162
t値
(65.64)***
決定係数
0.2087
( ***は 1%有意、**は 5%有意、*は 10%有意であることを示す。)
前節で 1990 年代後半以降有意とはならなかった AR と EXE が有意となった。また、
半数の年度において有意ではなかった PROFIT も同様に有意となった。前節でもほぼ
一貫して有意であった COLLA、MAIN2、ALLASSET は固定効果モデルにおいても有
意であった。
以上の結果から、前節で提示された仮説の妥当性は証明されたといえる。つまり、
研究開発費のような後続投資を必要とする性質の投資の資金調達の際には負債利用を
避けるということ、及び所有と経営の分離が未分化な状態になると株式のエージェン
34
シーコストが下がりその派生効果として負債利用が減るということ、さらに資金の貸
し手側のモニタリングが機能している場合、負債のエージェンシーコストが下がり負
債利用が行いやすくなるということが示された。
パネルデータ分析 (産業別)
3.4
本実証で使用しているデータは 1 部上場企業の内、製造業に含まれる企業の財務デ
ータを使用している。つまり、多種多様な業種の企業のデータを含んでいる。第 3 節
のパネルデータ分析において一応第 1 節において提示された仮説の妥当性は証明され
たものの、それは製造業一般における、エージェンシーコストが資本構成に与える影
響を実証したものである。従ってこの節では各業種のダミー係数を使用し、それぞれ
の業種の違いによって発生する負債比率の差異及び、これまでの実証において使用し
てきた各説明変数の産業における影響を検証することにする。
3.4.1
推定式及び実証方法
この実証では、各業種の資本構成及び説明変数に与える影響を検証するため、以下
の表 3-5 のような業種ダミーを置く。分類方法は日経 NEEDs を参考にした。
表 3-5
d1
食品
d10
非鉄金属及び金属
d2
繊維
d11
機械
d3
パルプ・紙
d12
電気機器
d4
化学
d13
造船
d5
医療
d14
車両その他輸送機器
d6
石油
d15
自動車・自動車部品
d7
ゴム
d16
精密機器
d8
窯業
d17
その他
d9
鉄鋼業
35
推定式は、以下の 3 種類を使用する。
𝐷𝐸𝐵𝐷 = α + 𝛽1 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 + 𝛽2 𝐴𝑅 + 𝛽3 𝐸𝑋𝐸 + 𝛽4 𝑀𝐴𝐼𝑁2 + 𝛽5 𝑃𝑅𝑂𝐹𝐼𝑇 + 𝛽6 𝐴𝐿𝐿𝐴𝑆𝑆𝐸𝑇 + 𝛽7 𝑑1
+ 𝛽8 𝑑2 + 𝛽9 𝑑3 + 𝛽10 𝑑4 + 𝛽11 𝑑5 + 𝛽12 𝑑7 + 𝛽13 𝑑8 + 𝛽14 𝑑9 + 𝛽15 𝑑10 + 𝛽16 𝑑11
+ 𝛽17 𝑑12 + 𝛽18 𝑑15 + 𝛽19 𝑑16 + 𝛽20 𝑑17 + 𝜀
(3.4)
𝐷𝐸𝐵𝐷 = α + 𝛽1 𝐴𝑅 + 𝛽2 𝐸𝑋𝐸 + 𝛽3 𝑀𝐴𝐼𝑁2 + 𝛽4 𝑃𝑅𝑂𝐹𝐼𝑇 + 𝛽5 𝐴𝐿𝐿𝐴𝑆𝑆𝐸𝑇 + 𝛽6 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑1 +
𝛽7 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑2 + 𝛽8 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑3 + 𝛽9 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑4 + 𝛽10 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑5 + 𝛽11 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑6
+𝛽12 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑7 + 𝛽13 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑8 + 𝛽14 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑9 + 𝛽15 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑10
+𝛽16 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑11 + 𝛽17 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑12 + 𝛽18 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑13 + 𝛽19 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑14 +
+𝛽20 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑15 + 𝛽21 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑16 + 𝛽22 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 ∙ 𝑑17 + 𝜀
(3.5)
𝐷𝐸𝐵𝐷 = α + 𝛽1 𝐶𝑂𝐿𝐿𝐴 + 𝛽2 𝐴𝑅 + 𝛽3 𝐸𝑋𝐸 + 𝛽4 𝑃𝑅𝑂𝐹𝐼𝑇 + 𝛽5 𝐴𝐿𝐿𝐴𝑆𝑆𝐸𝑇 + 𝛽6 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑1
+𝛽7 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑2 + 𝛽8 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑3 + 𝛽9 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑4 + 𝛽10 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑5 + 𝛽11 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑6
+𝛽12 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑7 + 𝛽13 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑8 + 𝛽14 𝑀𝐴𝐼𝑛2 ∙ 𝑑9 + 𝛽15 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑10
+𝛽16 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑11 + 𝛽17 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑12 + 𝛽18 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑13 + 𝛽19 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑14
+𝛽20 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑15 + 𝛽21 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑16 + 𝛽22 𝑀𝐴𝐼𝑁2 ∙ 𝑑17 + 𝜀
(3.6)
上記の式は第 3 節においてでも使用した回帰式に新たな説明変数を付け加えた もの
である。
(3.1)式は産業ダミーを、(3.2)式は棚卸資産比率と産業ダミーの交差項を、そして(3.3)
式はメインバンク依存度と産業ダミーの交差項を入れ込んだものである。
なお、(3.1)式では石油、造船、車両・その他輸送機器を回帰式から外している。理由
は該当する企業数が少ないためである。なお、多重共線性を避けるため(3.2)式におい
ては COLLA を、(3.3)式においては MAIN2 を回帰式から外している。
(3.1)式を使用して業種の違いが負債比率に与える影響を調べ、(3.2)式でその業種に
よる棚卸資産比率への影響を、(3.3)式で業種によるメインバンク依存度への影響を調
べる。回帰方法は重回帰を用いた。また、不均一分散が発生していたためその影響を
取り除いて回帰を行った。
3.4.2 推定結果
(3.1)式、(3.2)式、(3.3)式について回帰を行ったものが、以下の表 3-6、表 3-7、表 3-8
である。また、有意であったダミーのうち符号が同じものの絶対値を大きいものから
36
順にしたものが表 3-9、表 3-10、表 3-11 である。
表 3-6 (3.4)式の回帰結果
COLLA
0.222659
𝑑1
-0.10454
𝑑9
-0.15755
t値
1.53
t値
(-4.31)***
t値
(-5.26)***
AR
-0.1779
𝑑2
-0.05626
𝑑10
-0.02857
t値
-1.04
t値
(-2.41)**
t値
(-1.48)
EXE
-623.761
𝑑3
0.028994
𝑑11
-0.04915
t値
(-6.97)***
t値
1.13
t値
(-2.22)**
MAIN2
0.573079
𝑑4
-0.01067
𝑑12
-0.0949
t値
(11.71)***
t値
-0.45
t値
(-4.59)***
PROFIT
-0.68455
𝑑5
-0.07396
𝑑15
0.035061
t値
(-5.10)***
t値
(-2.62)***
t値
(1.51)
ALLASSET
5.74E-08
𝑑7
-0.02353
𝑑16
-0.14332
t値
(10.78)***
t値
-0.77
t値
(-6.32)***
CONST
0.607388
𝑑8
-0.17433
𝑑17
-0.13574
t値
(18.76)***
t値
(-6.40)***
t値
(-7.00)***
決定係数
0.3045
表 3-7 (3.5)式の回帰結果
AR
-0.3761838
𝑐4
1.368539
𝑐12
0.4733193
t値
(-2.5)**
t値
(12.13)***
t値
(5.00)***
EXE
-653.5326
𝑐5
0.5977929
𝑐13
0.9579561
t値
(-8.32)***
t値
(3.72)***
t値
(22.39)***
MAIN2
0.5158896
𝑐6
1.504983
𝑐14
0.0694497
t値
(10.29)***
t値
(16.08)***
t値
(2.38)**
PROFIT
-0.4829226
𝑐7
1.962761
𝑐15
1.532625
t値
(-3.61)***
t値
(6.05)***
t値
(9.94)***
ALLASSET
5.34E-08
𝑐8
-0.1826927
𝑐16
0.1677588
t値
(10.48)***
t値
(-1.13)
t値
(2.02)**
37
𝑐1
0.6428743
𝑐9
0.1722708
𝑐17
0.1615355
t値
(7.27)***
t値
(1.62)
t値
(2.62)***
𝑐2
0.7494989
𝑐10
0.778551
CONST
0.4867108
t値
(6.68)***
t値
(10.86)***
t値
(47.43)***
𝑐3
1.820795
𝑐11
0.8298845
決定係数
0.3526
t値
(14.83)***
t値
(9.98)***
(𝑐𝑖 : 業種𝑖のダミーと COLLA の交差項)
表 3-8 (3.6 式の回帰結果)
1.00898
𝑚12
0.4663985
t値
(13.13)***
t値
(4.17)***
-0.4963973
𝑚5
0.6786399
𝑚13
3.826117
t値
(-3.79)***
t値
(8.24)***
t値
(8.68)***
EXE
-452.1206
𝑚6
2.051245
𝑚14
0.4754963
t値
(-5.09)***
t値
(11.27)***
t値
(1.74)*
PROFIT
-0.6342195
𝑚7
1.408089
𝑚15
3.542958
t値
(-4.82)***
t値
(7.19)***
t値
(13.50)***
ALLASSET
4.96E-08
𝑚8
-0.0626141
𝑚16
-0.7047345
t値
(11.40)***
t値
(-0.65)
t値
(-4.75)***
𝑚1
0.2200659
𝑚9
-0.457773
𝑚17
-0.2090273
t値
(2.80)***
t値
(-1.71)*
t値
(-1.44)
𝑚2
0.7134117
𝑚10
1.054786
CONST
0.5476564
t値
(7.42)***
t値
(11.69)***
t値
(33.22)***
𝑚3
1.094184
𝑚11
0.6756597
決定係数
0.3249
t値
(6.03)***
t値
(8.68)***
COLLA
0.2069412
t値
(1.62)*
AR
𝑚4
(𝑚𝑖 : 業種𝑖のダミーと MAIN2 の交差項)
(***は 1%有意、**は 5%有意、*は 10%有意であることを示す。)
まず、(3.1)式の推計結果から見ていくことにする。有意であった業種ダミーを挙げ
ていくと、食品、繊維、医療、窯業、鉄鋼業、機械、電気機器、精密機器、その他と
38
なり、かつ全ての有意な業種ダミーの係数が負という結果となった。また、係数の大
きさに注目し、係数を絶対値の大きなものから順に並べると、窯業>鉄鋼業>精密機器
>その他>食品>電気機器>医療>繊維>機械となった。
次に、(3.2)式の推計結果を見ていく。業種ダミーと棚卸資産比率の交差項は窯業、
鉄鋼業を除く、全ての業種ダミーにおいて棚卸資産比率の交差項は符号が正で有意と
なった。また、交差項の係数の絶対値の大きなものから順に並べると、ゴム>パルプ>
自動車>石油>化学>造船>機械>非鉄金属及び金属>繊維>食品>医療>電気機器>精密機
器>その他>車両・その他輸送機器となった。係数が大きな業種は自動車・石油・化学
等の重化学工業が多く、係数の低い業種には医療・電気機器・精密機械等の知識集約
産業が中心である。また、最大値は最小値の約 23 倍であることからも分かるように業
種ごとにかなりのばらつきが存在する。
最後に(3.3)式の推計結果を見ていく。業種ダミーとメインバンク借入依存度の交差
項は、窯業、鉄鋼業、その他を除いて有意であった。符号が正で有意なものを大きい
ものから順に並べると、造船>自動車>石油>ゴム>パルプ・紙>非鉄金属および金属>
化学>繊維>医療>機械>車両・その他輸送機器>電気機器>食品となった。自動車・石油
等の重化学工業の分野において係数が大きい傾向にあることが分かる。係数の最大値
が最小値の約 17 倍であることからも分かるように、業種ごとにばらつきが存在する。
精密機器に限っては符号が負で有意であった。
表 3-9 業種ダミー(負)の絶対値降順
d8
-0.17433
d12
-0.0949
d9
-0.15755
d5
-0.07396
d16
-0.14332
d2
-0.05626
d17
-0.13574
d11
-0.04915
d1
-0.10454
表 3-10 業種ダミーと COLLA の交差項(正)の絶対値降順
𝑐7
1.962761
𝑐2
0.749499
𝑐3
1.820795
𝑐1
0.642874
𝑐1
1.532625
𝑐5
0.597793
𝑐6
1.504983
𝑐12
0.473319
39
𝑐4
1.368539
𝑐16
0.167759
𝑐13
0.957956
𝑐17
0.161536
𝑐11
0.829885
𝑐14
0.06945
𝑐10
0.778551
表 3-11 業種ダミーと MAIN2 の交差項(正)の絶対値降順
3.4.3
m13
3.826117
m2
0.713412
m15
3.542958
m5
0.67864
m6
2.051245
m11
0.67566
m7
1.408089
m14
0.475496
m3
1.094184
m12
0.466399
m10
1.054786
m1
0.220066
m4
1.00898
結果の考察
(3.1)式の回帰分析では有意であった業種ダミーの係数は全て負であった上、業種ご
との係数の絶対値の大きさを見ても、これといった特徴は見当たらなかった。従って、
産業の違いにおける負債比率への影響はあまり上手く観察できなかった。理由として
は、平成不況という状況において、製造業全体として負債比率を減少させようという
大きな傾向が存在したことが考えられる。(3.2)式の回帰分析では、有意であった係数
はすべて正であった。
そして、係数の大きさに着目すると、重化学工業においては大きく、医療、電気機
器、精密機械等の知識集約的な産業では小さいという傾向を見ることができた。この
ことから棚卸資産比率が前者に与える影響が大きく、後者に与える影響は小さいこと
が観測された。理由としては、重化学工業は資本集約的な産業であるので、大規模な
固定資本を保有しており、そのため保有担保価値が高く、医療、電気機器、精密機械
等の知識集約産業では大規模な固定資本をあまり保有しておらず、それゆえ保有担保
価値が低いためであると考えられる。(3.3)式の回帰分析では有意な係数は精密機器が
負である以外は全て正であった。
精密機器は研究開発などの後続投資を必要とする投資が多いと考えられるためメ
インバンク関係が負債比率に与える影響がマイナスであると推測できる。係数が正で
40
ある産業においては、絶対値に注目すると、重化学工業が大きい傾向が観測される。
これはメインバンク関係が重化学工業に与える影響が大きいことを意味する。理由と
しては、保有担保価値が高いため銀行から融資が受けやすいことが挙げられる。
またそれぞれの回帰結果において係数の絶対値の大きさにはかなりのばらつきが見
られた。このことから産業によって負債比率に与える影響や、保有担保価値やメイン
バンク関係によって受ける影響の度合いにかなりの違いがあると分かった。
3.5
全体の考察
この節では、第 2 節から第 4 節までにわたって行った実証について包括的な考察を
行う。
第 2 節においては、エージェンシーコストが負債比率に与える影響を確認すること
ができた。特に、メインバンク借入比率や棚卸資産比率、そして企業規模がエージェ
ンシーコストの代理変数として優秀であった。このことは、これらの変数がエージェ
ンシーコストの増減を引き起こしているということである。ただし、1990 年代後半に
起こった金融ビッグバンなどの金融における状況の変化を考慮した実証を行えなかっ
たことが反省点として挙げられる。
第 3 節では、パネルデータを使用して分析を行った。第 2 節の回帰分析の反省点を
ある程度活かすために年度ごとに発生する効果を固定するために固定効果モデルによ
って回帰を行った。この分析によって、第 2 節ではあまり有意な結果が得られなかっ
た変数も有意となり、これにおいて第 1 節において提示された仮説は一通り妥当性が
証明された。
第 4 節では、第 2、第 3 節においては考慮されなかった業種ごとの違いに着目して、
業種ダミーを用いて回帰分析を行った。業種の違いによる負債比率の影響は明確には
分からなかったが、製造業全体として負債比率の減少傾向にあることが観察された。
また、業種ダミーと説明変数の交差項も使用して、業種の違いが各説明変数に与える
影響についても分析した。これによって、業種ごとによって与える影響にはかなりの
ばらつきがあること、重化学工業等の資本集約的な業種においては保有担保価値やメ
インバンク関係が大きな影響を持つことが観察された。
41
参考文献
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42
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43
あとがき
今回の論文を書くにあたり、まずテーマ決めが大きな壁となった。本格的に論文を
書くということに不慣れであったため、右も左も分からない状態でのスタートであっ
た。連日三田キャンパスに集まりテーマ決めの話し合いを行うも難航し、最終的にエ
ージェンシーコストという現在のテーマに落ち着いたのが 8 月下旬、実に中間発表直
前のことであった。大枠が決まったとはいえ、春学期にパートゼミにおいて短期間で
詰め込んだコーポレートファイナンスの知識は研究論文のテーマとして実際に使って
みるにはかなり難しく、どのような構成にするのか、どのような先行研究を探せばよ
いのかなど、苦労は絶えなかった。夏合宿で石橋先生や先輩方にさまざまなご指摘を
いただき、ようやく論文としての方向性が定まったものの、実証分析に用いる膨大な
データを一つ一つエクセルに手打ちで一日中入力する作業に多大な時間を割かれた上、
実証結果が理論通りにならず、どのような説明変数を導入すれば結果が改善されるか
試行錯誤を繰り返すなど困難は絶えなかった。しかしそのような苦難を乗り越え、満
足のいく実証結果を得ることができた時には、言葉では言い表せないような喜びが全
員の胸の内に湧きあがった。
こうして幾多の困難を経て今に至っている訳だが、振り返ってみると、協力するこ
との大切さを実感するなど貴重な経験であった。この経験は、来年石橋ゼミの一員と
なって共に切磋琢磨していく未来の後輩たちにも体験してもらえることを切に願って
いる。論文の書き方についてもう少し詳しくかつ具体的に先生や先輩方のご教授を乞
いた上、もう少し早くテーマ、方向性を定めて作業時間を増やすことができればとい
う後悔はあるが、その反省は卒業論文で活かしていきたい。
最後に本論の執筆に当たって、時間を多く割いて多くの助言、論文執筆の指導をし
てくださった石橋孝次先生、アドバイスや激励の言葉をくださった先輩方、共に協力
し合い、励まし合った同期生の仲間に、この場を借りて厚く御礼を申し上げたい。
石橋孝次研究会
第 15 期
企業財務パート一同
44