最新の診断技術と治療成績2016〜 【膵がん】(PDF:559KB)

膵がん・胆道がんの受診から診断、
治療、経過観察への流れがわかります。
1
膵がん
は じめに
が膵がんの治療方針を決定するのに必
要不可欠であることは言うまでもあり
膵がんは我が国の2012年のデータで
ません。実際の治療方法としては、開
はがんの部位別死亡数で男性第5位、
腹して膵がんを切除する方法(開腹
女性では第4位となっています。ま
術)
、抗がん剤を用いる方法(化学療
た、罹患数と死亡数がほぼ等しいとい
法)、放射線を用いる方法(放射線療法)
うことで、診断および治療が難しいが
などに大別されます。これらの方法を
んと考えられています。その原因とし
病状に応じて選択し、最新の機器・薬
て早期発見の難しさが第一に挙げられ
剤と技術を患者さんに提供すること、
ます。
あるいはこれらを組み合わせてより良
膵がんの診断には、超音波(US)、
内視鏡的膵胆管造影(ERCP)
、CT検
査、MRI検査が用いられてきました。
い膵がんの治療を行うことが九州大学
病院の使命と考えています。
九州大学病院では、内科、外科、放
なかでも、近年の機器の進歩に伴い内
射線科、病理学の専門医が光学医療診
視鏡検査とそれを用いて採取される組
療部、手術部などの診療部の協力を得
織に対する病理診断が向上していま
て、膵がんの診断と治療を包括的に
す。さらに、最近では超音波内視鏡
行っています。以下に当院における膵
(EUS)などの技術革新が著しく、こ
がんの診断・治療の現状、および新し
れらの手法を用いることで膵がんの拡
い治療の確立を目指した臨床研究・治
がりおよび組織を安全に採取し、悪性
験についてお示し致します。また、当
度を判定できるようになりました。ま
院における最近の膵がん診療に関する
たFDG-PETなどの画像診断の向上も
データをお示しし、患者さんからの質
著しく、膵がんの全身への広がりをよ
問が多い疑問にお答えいたします。膵
り正確に診断することが可能となって
がんの治療をうけようとされる患者さ
います。九州大学病院ではこれらの診
んにとって貴重な情報を提供できるよ
断方法の組み合わせにより、早期診断、
う尽力しています。是非ご一読くださ
早期治療を目指しています。
い。
膵がんの治療方針は、がんの広がり
によって異なるため、正確な病期診断
2
Pancreatic Cancer
診断
イドライン」2013年度版の中で掲載さ
れています。
臨床症状(腹痛・背部痛、黄疸、体
膵がん診断のアルゴリズムに従っ
重減少など)や血液検査などから膵が
て、腹部超音波検査(ultrasonography
んが疑われた場合には詳しい検査を行
: US)
、コ ン ピ ュ ー タ 断 層 撮 影
います。膵がんの診断は難しく、とり
(computed tomography:CT)
、磁
わけ早期のもの、小さな病変のものに
気 共 鳴 画 像(magnetic resonance
おいては一つの画像診断では診断する
imaging:MRI)
・磁気共鳴胆管膵管画像
ことが困難ですので、複数の画像診断
(magnetic
resonance
を組み合わせます。順番は低侵襲的な
cholangiopancreatography :
検査から行うのが通常ですが、画像診
MRCP)
、超 音 波 内 視 鏡 検 査
断の種類や検査技術には施設間に差が
(endoscopic ultrasonography:
あります。一般的な膵がん診断のため
EUS)
、内視鏡的逆行性胆管膵管造影
の手順(アルゴリズム)が日本膵臓学
会「科学的根拠に基づく膵がん診療ガ
(endoscopic
retrograde
cholangiopancreatography :
ERCP)
、ポジトロン断層撮影(positron
emission tomography:PET)
、血管
造影(angiography)などを行い、総合
的に膵がんと判断されます。その後、膵
がんにも様々な種類がありますので、ど
のタイプの膵がんであるかを確認するた
めに、当施設では可能な限り、腫瘍から
細胞や組織を採取し、病理検査にて膵が
んの確定診断を行っています。膵がんを
疑われた病変でも実際には良性疾患であ
る炎症性腫瘤などであったという場合も
あるため、慎重に診断を進めていきます。
科学的根拠に基づく膵がん診療ガイドライン
2013年度版より引用(一部改変)
3
膵がん
外 科的治療
よる補助化学療法を原則として行って
います。最近では高度局所進行膵癌に
当院は膵がんを含めて膵切除術を年
対する術前補助化学療法や重粒子線治
間約100例行う全国有数の施設です。
療も行っております。膵癌に対する腹
膵がんには浸潤性膵管がん(通常型膵
腔鏡下膵切除術は現在保険診療として
がん)
、膵管内乳頭粘液性腫瘍(腺が
認められておりませんので、原則的に
ん)
、神経内分泌がん、その他悪性嚢胞
は行っておりません。
性腫瘍や肉腫などがあります。膵がん
当院での1992年1月から2013年12月
の手術は膵頭部に存在する場合には
までの浸潤性膵管がん340切除例の成
(幽門輪温存、亜全胃温存)膵頭十二指
績を図1に示します。5年生存率は
腸切除術を、膵体尾部に存在する場合
Ⅰ:68%(21 例)、Ⅱ:71%(9 例)、
には膵体尾部切除術を原則的に行い、
Ⅲ:29%(185例)、Ⅳa:14%(90例),
疾患に応じてリンパ節郭清を付加しま
Ⅳb:11%(32例)です。
1.0
摘術も行っています。切除不能膵頭部
0.8
がんの場合には、黄疸や消化管通過障
害の予防を目的としたバイパス術(胆
生 存 率
す。また根治性が望める場合には膵全
0.6
0.4
道バイパス術+胃空腸吻合バイパス
0.2
術)を行い、化学療法を計画通りに行
0.0
えるよう配慮しています。
Stage Ⅰ・Ⅱ
Stage Ⅲ
Stage Ⅳ
0
20
40
60
80
期間(月)
100
120
図1
1.浸潤性膵管がん
原則的にD2リンパ節郭清を伴う膵
2.膵管内乳頭粘液性腫瘍
切除術を行っており、必要に応じて門
予後の良い膵がんとして本邦で初め
脈などの血管合併切除・再建も行いま
て報告され、現在は世界中で注目を集
す。術中放射線療法や術後予防的肝動
め て い る 疾 患 で す。低 異 型
注療法を行った時期もありますが、十
(low-grade dysplasia:LGD)、中等
分な効果は得られませんでした。切除
度 異 型 (intermediate-grade
術後にはS-1もしくはジェムザールに
dysplasia : IGD)、 高 度 異 型
4
Pancreatic Cancer
(high-grade dysplasia:HGD)の非
当院での1987年4月から2013年3月
浸 潤 腫 瘍 か ら、浸 潤 癌(invasive
までの膵管内乳頭粘液性腫瘍208切除
adenocarcinoma:INV)へ進行して
例の成績を図2に示します。5年累積
いくことを特徴とし、ガイドラインに
生存率はLGD 90%(88例)、IGD 85%
示してある悪性を示唆する所見を有す
(41例)、HGD 87%(39例)、INV 29%
る際に切除術が勧められます。良性腫
(40例)です。
瘍でも膵炎などの症状を有する場合に
は切除術の対象となります。これまで
3.その他の膵がん
の当院での切除例数は約300例で、世
原則的に通常型膵がんや膵管内乳頭
界的にも有数なものです。良性腫瘍に
粘液性腫瘍に準じた治療を行います。
は膵分節切除術や、脾臓温存、十二指
腸温存などの臓器を温存した縮小手術
を行いますが、悪性腫瘍には浸潤性膵
内 科的治療
管がんと同様にD2リンパ節郭清を含
1.膵がんに対する治療方針
む膵切除術を原則的に行います。また
現在の日本における膵がんの治療方
分枝型膵管内乳頭粘液性腫瘍は良性が
針は、その進行度によって、2013年版
多いと言われていますが、分枝型腫瘍
膵がん診療ガイドラインの膵がん治療
の約10%に通常型膵がんが合併するこ
のアルゴリズム(図3)に基づいて行
とを我々は報告しており、術前検査や
われており、当院でもそれに準じて治
術後経過観察中も十分注意して診療を
療を行っています。
行っています。
1.0
生 存 率
0.8
0.6
0.4
LGD
IGD
HGD
INV
0.2
0.0
0
20
40
60
図2
80
100
120
図3
5
膵がん
膵がんでは、腫瘍が小さく周囲臓器
は塩酸ゲムシタビンの他に、胃がんな
に及んでいないもの(cStageⅠ〜Ⅲ)
どで用いられるS-1(商品名:TS-1)
に対しては外科切除が第一選択になり
も臨床試験で膵がんに対して良好な効
ますが、周囲の大血管に浸潤したもの
果が得られることが示され、2006年に
(cStageⅣa)の一部、遠隔転移を有
保険で認められました。現在、日本で
するもの(cStageⅣb)に対しては抗
は主としてこの2つの薬剤が基本薬と
がん剤を用いた全身化学療法が行われ
されています。また、最近では塩酸ゲ
ます。cStageⅣaの一部には化学放
ムシタビンにエルロチニブ(商品名:
射線療法が行われることがあります
タルセバ)を併用する治療、4種類の
が、そちらについては化学放射線療法
抗がん剤を併用するFOLFIRINOX療
の項をご覧ください。また、当院では
法、塩酸ゲムシタビンにアルブミン結
新たな治療法の臨床試験も行っており
合型パクリタキセル(商品名:アブラ
ますが、詳細は臨床試験の項をご覧く
キサン)併用療法が次々発表され、そ
ださい。ここでは、現在当院で膵がん
れらの治療法が膵がんの生存期間の延
に対して行っている標準的な化学療法
長に寄与することが明らかになりまし
を紹介いたします。
た。日本でもこれらの治療法の効果、
安全性が確認され、使用できるように
2.膵がんに対する化学療法の
実際
なりました。
いずれの化学療法も病状により入院
1990年代前半までは有効な治療法が
もしくは外来で導入し、副作用の程度
ありませんでしたが、1990年代後半に
を見ながら患者さんごとに投与方法の
なり塩酸ゲムシタビン(商品名:ジェ
調整をしていきます。投与方法が安定
ムザール)が登場して、膵がんに対し
すれば、外来での治療継続が可能です。
て優れた治療効果を示すことが示さ
れ、膵がんに対する化学療法は大きく
進歩しました。塩酸ゲムシタビンは、
①塩酸ゲムシタビン単独療法
塩酸ゲムシタビンによる治療は、1
現在、世界中で第一選択薬として使用
週間に1回だけの点滴で、1回に投与
されており、我が国でも2001年に保険
する量は身長と体重から算出した体表
で認められました。さらに、我が国で
面積から計算します。点滴に要する時
6
Pancreatic Cancer
間は30分で、通常それに先行して予防
日間かかります。オキサリプラチン、
的に吐き気止めの点滴を15〜30分で行
レボホリナート、イリノテカン、フル
います。1回の治療に要する時間は全
オロウラシルの急速静注までを1日目
体でおよそ1時間前後です。これを3
に投与し、その後2日間フルオロウラ
週間続けて投与し、次の1週間はお休
シルの持続点滴を行います。同様の治
みです。この4週間を1コースとして
療を2週間毎に繰り返します。ただ
繰り返していきます。当院での外来治
し、この治療はその高度の副作用のた
療は投薬日に来院していただき、採血、
め、65歳以上の高齢者には不適とされ
担当医の診察後に投与可能であれば、
ています。
外来化学療法室で行っています。
④塩酸ゲムシタビン+nab-パクリタ
②S-1単独療法
キセル(アブラキサン)併用療法
S-1は内服薬で、体表面積から投与
膵がんに対する最も新しい治療法で
量が決まり、朝夕2回に分けて食後に
す。塩酸ゲムシタビンとnab-パクリ
内服します。通常はこれを28日間(4
タキセル(アブラキサン)を同じ日に
週間)連日内服し、その後14日間(2
点滴にて投与し、その治療を週1回3
週間)はお休みとなります。この6週
週間続けて投与し、4週目はお休みと
間を1コースとして繰り返していきま
なります。
す。投与方法が安定した後は2週間に
1回程度の外来通院で継続可能です。
3.副作用
副作用は個人によって差があります
③FOLFIRINOX療法(オキサリプラ
が、代表的なものを以下に示します。
チン、レボホリナート、イリノテカ
すべての薬に共通する副作用として
ン、フルオロウラシル)
は嘔気、嘔吐、便秘、下痢などの消化
FOLFIRINOX療法は、オキサリプ
器症状、食欲不振、皮疹等が代表的で
ラチン、レボホリナート、イリノテカ
す。これらに対しては多くの場合内服
ン、フルオロウラシルの4種類の抗が
や点滴で対応が可能ですが、程度が強
ん剤を併用する治療法です。すべての
い場合には抗がん剤の減量や場合に
薬剤を点滴で投与します。投与には3
よっては中止せざるを得ないこともあ
7
膵がん
ります。このほかに、自覚できない副
などで対処しますが、必要に応じて抗
作用として血液を造る骨髄の機能が抑
生物質を使用することもあります。
制される骨髄抑制(白血球減少、貧血、
S-1にみられる副作用として、口の
血小板減少など)や肝障害、腎障害が
粘膜が荒れる口内炎や爪や皮膚が黒ず
あります。これらに対しては定期的な
んでくる色素沈着が挙げられます。口
血液検査を行い観察します。骨髄抑制
内炎に対しては外用薬の塗布や痛み止
に対しては投薬量の減量などで対応し
めを含んだうがい薬などで対応しま
ますが、必要に応じて白血球を増やす
す。色素沈着に対しては、それ自体で
注射、赤血球や血小板の輸血を行いま
体調に悪影響を及ぼすことはないので
す。肝障害や腎障害に対しては休薬や
特に対処はしませんが、特に気になる
抗がん剤の減量などで対処します。特
場合は担当医にご相談ください。
にFOLFIRINOX療法や塩酸ゲムシタ
FOLFIRINOX療法に特徴的な副作
ビン+nab-パクリタキセル併用療法
用としては、高度な骨髄抑制、末梢神
は抗がん剤の多剤併用療法となるた
経障害、間質性肺炎が挙げられます。
め、
骨髄抑制も高度となることがあり、
また塩酸ゲムシタビン+nab-パク
十分な注意を払って治療を行っていま
リタキセル併用療法に特徴的な副作用
す。また、抗がん剤に共通する副作用
には、高度な骨髄抑制、末梢神経障害、
で重篤なものに間質性肺炎がありま
脱毛、間質性肺炎が挙げられます。
す。間質性肺炎が起こると時として命
副作用に対する治療は、早期発見、
に関わることもあり、投薬の中止や特
早期治療、抗がん剤の休薬・中止にて
別な治療(ステロイド治療)を考慮し
対応しています。何か気になる症状が
なければなりません。息切れや空咳が
ありましたら、遠慮なく担当医にご相
続く場合にはただちに担当医にご連絡
談ください。
ください。
塩酸ゲムシタビンによくみられる副
作用として、投与2〜3日後にみられ
放 射線治療
る発熱があります。これは、アレル
膵周囲(主に上腸間膜動脈、腹腔動
ギーによるものと考えられており、多
脈)への浸潤により切除不能と診断さ
くの場合は一過性であるため、解熱剤
れた場合、局所進行膵がんと呼ばれ、
8
Pancreatic Cancer
肝転移などの遠隔転移がない場合、根
適化しています。図4に四門照射の例
治的放射線治療の適応となります。膵
を呈示します。
がんは進行すると神経を圧迫して強い
一方、術中照射は開腹下に胃腸など
疼痛の原因となることがありますが、
の正常組織をさけて病巣のみを照射す
このようながん性疼痛などの腫瘍随伴
る目的で開発された治療法です。病巣
症状に対しても、緩和的放射線治療の
に密着して照射するので、体外照射で
適応となります。
は不可能な高線量(10〜25Gy)を一度
根治的放射線治療の場合、治療効果
に照射できる利点があります。術中照
を向上させるため、放射線増感剤とし
射の予後延長効果については証明され
てジェムザールやTS-1などの抗がん
ておらず、標準的治療としては確立さ
剤を併用するのが一般的です。
れていませんが、局所制御率や除痛効
放射線療法には、体外照射と術中照
果は向上するとの報告もあります。
射があり、当院では通常、体外照射に
放射線治療の副作用は大きく急性期
て治療を行っています。放射線の線量
有害事象と晩期有害事象に分けられま
は1日1回、週5回、1回につき1.8〜
す。急性期有害事象としては、食欲不
2Gy(グレイ)
、総線量50Gy程度を行
振、悪心、嘔吐、全身倦怠感、胃炎、
うのが一般的です。1回の治療に要す
腸炎などを生じることがあります。晩
る時間は10〜15分程度、その中で実際
期有害事象には肝機能障害、腎機能障
に照射している時間は2〜3分程度
害、消化性潰瘍や腸穿孔などがありま
で、その間痛みや熱さを感じることは
すが、重篤なものはまれです。
あ り ま せ ん。放 射 線 治 療 の 計 画 は、
CTを用いた三次元治療計画装置にて
行います。腫瘍の進展形式および周囲
の正常臓器の耐容線量を考慮して照射
範囲を設定し、四門照射などの固定多
門照射を一般的に行っています。重篤
な副作用ができるだけ生じないよう、
患者さん毎に処方線量やビームの角
図4
度・比率などを調節し、線量分布を最
9
膵がん
また、当院では施行できませんが、
腫瘍です。現在、進行性膵がんに対し
重粒子線治療は線量集中性に優れ、周
て低酸素状態で効果を発揮する
囲の消化管、肝、腎、脊髄など比較的
TH-302という薬剤をゲムシタビンと
耐容線量が低い重要臓器を照射野から
併用して、その有用性を検討する試験
外すことが可能なこと、放射線に対し
が進行中です。また、ゲムシタビンに
て感受性が低い可能性がある膵がんに
ホルモン(ガストリンおよびコレシス
も高い生物学的効果を有することよ
トキニン)受容体拮抗薬を併用して、
り、通常のX線治療よりも大きな治療
有用性を検討する試験が進行注です。
効果がある可能性があり、今後の普及
2016年4月には、リポソーム型イリノ
が期待されます。
テカン製剤(正常組織に対する毒性を
増大させることなく、イリノテカンの
臨 床研究・臨床試験
膵がんは間質が多く、低酸素状態の
10
効果を引き出す)の治験が我が国で始
まり、当院も参加しています。
胆道がん
は じめに
胆道がん(胆嚢がん、胆管がん、十
Biliary Tract Cancer
行がんで発見され早期診断は困難です
が、各種診断法の組み合わせにより早
期の発見につとめています。血清ビリ
二指腸乳頭部がん)のわが国における
ルビン、アルカリフォスファターゼ、
罹患率は2012年で人口10万人あたり5.
γGTPなどの上昇、CEA、CA19-9
8人と推定され、日本の罹患率は韓国、
などの腫瘍マーカーの高値を認めた場
ラオス、チリについで第4位です。年
合、まずもっとも非侵襲的な画像診断
間死亡者数は約2万人と全悪性新生物
検査として腹部エコーを行い、次のス
の約5%にあたり、頻度はそれほど多
テップとして、CT、MRIや超音波内視
くはありませんが、早期発見が難しく
鏡(EUS)を行い、必要に応じて侵襲
予後が悪いことが特徴です。胆嚢がん
的な検査である内視鏡的逆行性膵胆道
はやや女性に多く、一方胆管がん、十
造影(ERCP)
、経皮経肝的胆道造影
二指腸乳頭部がんは男性に多い傾向が
(PTC)などを行い診断を確定します。
見られます。治療は外科手術が第一選
なかでも当院では従来より多くの
択ですが早期の診断が難しいことか
ERCPやPTCを行っており、経口的あ
ら、多くは切除不能のことが多く、全
るいは経皮的細径胆道鏡や生検、管腔
国集計による切除率は胆嚢がん69%、
内超音波(IDUS)を駆使した診断に
胆管がん67%、十二指腸乳頭部がん
力を入れています。リンパ節転移や遠
91%、根治につながる治癒切除は胆嚢
隔 転 移 の 検 出 に は PET 検 査
がん38%、胆管がん30%、十二指腸乳
(Fluorodeoxyglucose positron
頭部がん78%です。進行性胆道がんに
emission tomography:FDG-PET)
対する薬物療法は、ゲムシタビンとシ
も有用です。
スプラチンの併用療法(GC療法)が
標準レジメンです。
胆嚢がん
胆嚢がんは検診などの腹部エコーで
診断
発見されることが多く、造影CTによ
り胆嚢壁深達度や遠隔転移、脈管浸潤
胆道がんはその80%以上が黄疸、腹
などの診断を行います。最近ではマル
痛などの症状を有し、多くの場合は進
チスライスCT(multidetector-row
11
胆道がん
CT:MDCT)の発達でより正確な診
として、膵胆管合流異常症や先天性胆
断が可能となっています。EUSも壁
道拡張症、原発性硬化性胆管炎などが
深達度診断に有効です。ERCPでは、
知られ、厳重な経過観察や予防的手術
胆汁を採取することにより細胞診が可
を行っています。
能です。
胆管がん
黄疸を伴う場合などは腹部エコーで
拡張した胆管や閉塞部位を描出し得ま
外 科的治療
1.胆嚢がん
深達度に従い、粘膜固有筋層(mp)
す。MRIを用いた磁気共鳴胆管膵管撮
までの胆嚢がんには低侵襲な腹腔鏡下
影(MRCP)では客観的に胆管拡張や
胆嚢全層切除術を、漿膜下層(ss)の
狭窄部位を描出できスクリーニングと
場合は肝切除と肝外胆管切除+リンパ
しても有用です。ERCPやPTCによ
漿膜面露出癌(se)
粘膜癌(m) 固有筋層癌(mp) 漿膜下層癌(ss) 多臓器浸潤癌(si)
る直接造影では、狭窄や拡張の評価に
加え胆道鏡、IDUSを用いた胆管内腔
や深達度の詳細な評価や、病理診断の
粘膜層
固有筋層
漿膜下層
漿膜
ための細胞診・生検が可能です。また
黄疸がある場合には狭窄部にステント
を留置し減黄処置を行うこともできま
す。
肝門部胆管
胆嚢
上部胆管
十二指腸乳頭部がん
中部胆管
初発症状は黄疸が最も多く、十二指
腸乳頭部がんが疑われる場合、上部消
化管内視鏡検査で生検を行い診断しま
十二指腸
下部胆管
す。さらにCTやMRIで転移の有無の
評価、EUSで局所進展度の診断を行い
治療方針を決定します。
また、胆道がんのリスクファクター
12
膵臓
十二指腸乳頭部
Biliary Tract Cancer
節郭清を、肝浸潤陽性例にはリンパ節
(粘膜)
・mp(固有筋層)がん:6例、
郭清を伴う(拡大)肝右葉切除+肝外
ss(漿膜下層)がん:21例、se(漿膜
胆管切除を基本術式としています。隣
面露出)がん:4例、si(多臓器浸潤)
接臓器浸潤例に対しては、個々の状況
がん:3例。生存中央期間(手術日よ
に従って浸潤臓器の合併切除を行って
り患者の半数に生存が認められるもし
います。血管浸潤例に対しても積極的
くは生存が期待できる期間)は、m・
な切除・再建を目指しています。
mpがん:42.9ヶ月(図1赤線)、ssが
ん:44.6ヶ月(図1橙線)、seがん:
2.肝外胆管がん
胆管に沿ったがんの部位に従い、中
18.9ヶ月(図1緑線)、siがん:23.6ヶ
月(図1青線)です。
下部胆管がんには(幽門輪温存)膵頭
1.0
十二指腸切除術+リンパ節郭清術を、
0.8
上部〜肝門部胆管がんには根治性を重
0.6
si 多臓器浸潤
0.4
除+尾状葉切除)を基本術式にしてい
0.2
ます。胆管上の広がりが中下部より肝
0.0
門部に至る場合は肝葉切除+(幽門輪
温存)膵頭十二指腸切除が必要となり
ます。また、特に肝門部胆管がん例で
ss 漿膜下層
se 漿膜面露出
生存率
視した肝切除(拡大左もしくは右肝切
m 粘膜
mp 固有筋層
0
10
20
30
40
50
60(ヶ月)
生存期間
図1
胆嚢がん予後
2.胆管がん
は肝門の血管への浸潤を高頻度に認め
1985年より2014年までに切除した胆
ますが、浸潤血管の合併切除・再建を
管がんは178例(42〜91歳(66.8±9.3
行うことで切除率の向上に努めていま
歳)、男性117例、女性61例)でした。
す。
下部胆管がん:75例、中部胆管がん:
44例、上部胆管がん:11例、肝門部胆
治療成績
管がん:48例でした。5年累積生存率
1.胆嚢がん
は下部胆管がん:43.4%(図2赤線)、
2000年より2014年までに切除した胆
中部胆管がん:28.3%(図2緑線)、上
嚢がんは34例(46〜87歳(67.7±9.6
部胆管がん:40.0%(図2青線)、肝門
歳)
、男性16例、女性18例)でした。m
部胆管がん:40.4%(図2橙線)です。
13
胆道がん
1.0
年に登場した塩酸ゲムシタビン+シス
0.8
プラチン併用療法は、従来のゲムシタ
ビン単剤療法を比較した結果、生存期
生存率
0.6
間 の 延 長 に 寄 与 す る こ と が 示 さ れ、
0.4
肝門部胆管癌
上部胆管癌
中部胆管癌
下部胆管癌
0.2
2011年から日本でも胆道がんに対して
0.0
0
10
20
30
40
50
60(ヶ月)
生存期間
図2 胆管がん予後
シスプラチンが保険適応となり、現在
では塩酸ゲムシタビン+シスプラチン
併用療法が切除不能胆道がんに対する
標準治療となっています。
内 科的治療
1.胆道がんに対する治療方針
①塩酸ゲムシタビン+シスプラチン併
用療法
九州大学病院では胆道がんに対する
塩酸ゲムシタビン、シスプラチンと
治療は、2014年に出版された胆道がん
もに1週間に1回だけの点滴治療で
診療ガイドラインに基づいて施行して
す。1回に投与する量は身長と体重か
きました。
ら算出した体表面積から算出され、塩
外科的切除が胆道がんにおいて治癒
酸ゲムシタビンは1,000mg/m2、シス
が望める唯一の治療法ですが、切除不
プラチンは25mg/m2 です。まず、吐
能胆道がんに対する治療は閉塞性黄疸
き気止めの点滴を15〜30分で行った後
や胆道感染症の併発など合併症のコン
に、ゲムシタビン、シスプラチンを投
トロールを施行した後の全身化学療法
与します。シスプラチンは腎毒性の強
が重要です。
い薬ですので、腎臓を保護する目的で、
抗がん剤の投与が終了したあとに輸液
2.切除不能胆道がんに対する
化学療法の実際
負荷を行い、1回の治療が終了します。
1回の治療に要する時間は全体でおよ
塩酸ゲムシタビンまたはS-1(テガ
そ3時間です。これを2週間続けて投
フール・ギメラシル・オテラシルカリ
与し、次の1週間はお休みします。こ
ウム配合剤)による治療が推奨される
の3週間を1コースとして、治療を繰
標準的化学療法とされています。2010
り返していきます。副作用の程度に
14
Biliary Tract Cancer
よって、吐き気止めをさらに追加した
量が決まり、朝夕2回に分けて食後に
り、1回の薬の量や治療スケジュール
内服します。通常はこれを28日間(4
を調節しながら、患者さんの負担にな
週間)連日内服し、その後14日間(2
らないように継続していきます。投与
週間)はお休みとなります。この6週
方法が安定すれば外来での治療継続が
間を1コースとして繰り返していきま
可能です。当院での外来治療は投薬日
す。投与方法が安定した後は2週間に
に来院していただき、採血、担当医の
1回程度の外来通院で継続可能です
診察後に投与可能なら外来化学療法室
(病状によってはもう少し頻度が多く
で投与を行っています。
なることがあります)。
②塩酸ゲムシタビン単独療法
④塩酸ゲムシタビン、S-1併用療法
塩酸ゲムシタビンによる治療は、1
前に述べた2つの薬剤を同時併用し
週間に1回だけの点滴で、1回に投与
て行います。塩酸ゲムシタビンは週に
する量は身長と体重から算出した体表
1回2週間続けて投与(通常コース1
面積から計算します。点滴に要する時
日目と8日目)、S-1は連日内服し、次
間は30分で、通常それに先行して予防
の1週間は塩酸ゲムシタビン、S-1と
的に吐き気止めの点滴を15〜30分で行
もにお休みです。この3週間を1コー
います。最後に生理食塩水を点滴し
スとして継続していきます。当院での
て、1回の治療に要する時間は全体で
外来治療は塩酸ゲムシタビン投与日に
およそ1時間前後です。これを3週間
来院していただき、採血、担当医の診
続けて投与し、次の1週間はお休みで
察後に投与可能なら外来棟2階の外来
す。この4週間を1コースとして繰り
化学療法室で塩酸ゲムシタビンの点滴
返していきます。当院での外来治療は
を行います。S-1は担当医の指示通り
投薬日に来院していただき、採血、担
にご自宅で内服していただきます。
当医の診察後に投与可能なら外来化学
療法室で行っています。
③S-1単独療法
S-1は飲み薬で、体表面積から投与
3.今後の切除不能胆道がんに
対する化学療法
まもなく改訂される胆道がん診療ガ
イドラインでは、前述した結果を受け
15
胆道がん
て、塩酸ゲムシタビン+シスプラチン
制される骨髄抑制(白血球減少、貧血、
併用療法が切除不能胆道がんに対する
血小板減少など)や肝障害、腎障害が
標準的化学療法として推奨される予定
あります。また、重篤な副作用として
です。
は間質性肺炎があります。間質性肺炎
また、本邦で行われたJCOG0805試
が起こると時として命に関わることも
験(塩酸ゲムシタビン+S-1併用療法
あり、投薬の中止や特別な治療(ステ
とS-1単独療法の比較試験:国内第Ⅱ
ロイド治療)を考慮しなければなりま
相試験)の結果が2012年に発表され、
せん。息切れや空咳が続く場合にはた
塩酸ゲムシタビン+S-1併用療法の
だちに担当医にご連絡ください。他の
S-1単独療法に対する有用性が示され
抗がん剤で多くみられる脱毛はこれら
ました。現在、塩酸ゲムシタビン+シ
の薬剤では頻度はそれほど高くなく、
スプラチン併用療法と、塩酸ゲムシタ
起こっても軽いといわれています。
ビ ン + S-1 併 用 療 法 を 比 較 す る
塩酸ゲムシタビンによくみられる副
JCOG1113試験(国内第Ⅲ相試験)が
作用として、投与2〜3日後にみられ
企画・検討されており、更なるエビデ
る発熱があります。これは、アレル
ンスの蓄積が期待されています。
ギーによるものと考えられており、多
くの場合は一過性であるため、解熱剤
4.副作用
副作用は個人によって差があります
などで対処しますが、必要に応じて抗
生物質を使用することもあります。
が、代表的なものを以下に示します。
S-1にみられる副作用として、口の
すべての薬に共通する副作用として
粘膜が荒れる口内炎や爪や皮膚が黒ず
は嘔気、嘔吐、便秘、下痢などの消化
んでくる色素沈着が挙げられます。口
器症状、食欲不振、皮疹等が代表的で
内炎に対しては外用薬の塗布や痛み止
す。これらに対しては多くの場合、内
めを含んだうがい薬などで対応しま
服や点滴で対応が可能ですが、程度が
す。色素沈着に対しては、それ自体で
強い場合には抗がん剤の減量や場合に
体調に悪影響を及ぼすことはないので
よっては中止せざるを得ないこともあ
特に対処はしませんが、特に気になる
ります。このほかに、自覚できない副
場合は担当医にご相談ください。
作用として血液を造る骨髄の機能が抑
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また塩酸ゲムシタビン+シスプラチ
Biliary Tract Cancer
ン併用療法に特徴的な副作用として
通常、体外照射にて治療を行っていま
は、嘔気・嘔吐、高度な骨髄抑制、腎
す。放射線の線量は1日1回、週5回、
障害が挙げられます。腎障害を予防す
1回につき1.8〜2Gy(グレイ)、総線
るために大量の点滴を投与する必要が
量50Gy程度を行うのが一般的です。
あります。
1回の治療に要する時間は10〜15分程
副作用に対する治療は、早期発見、
度、その中で実際に照射している時間
早期治療、抗がん剤の休薬・中止にて
は2〜3分程度で、その間痛みや熱さ
対応しています。何か気になる症状が
を感じることはありません。放射線治
ありましたら、遠慮なく担当医にご相
療の計画は、CTを用いた三次元治療
談ください。
計画装置にて行います。腫瘍の進展形
式および周囲の正常臓器の耐容線量を
放 射線治療
考慮して照射範囲を設定し、四門照射
などの固定多門照射を一般的に行って
胆道がんに対して放射線療法単独で
います。重篤な副作用ができるだけ生
は根治することは難しく、術後あるい
じないよう、患者さん毎に処方線量や
は手術不能時や、症状緩和目的で行わ
ビームの角度・比率などを調節し、線
れます。具体的には、切除断端部など
量分布を最適化しています。図3に肝
にがんの遺残があるなど再発の可能性
門部胆管がんに対する四門照射の例を
が高い場合、病変が限局しているもの
呈示します。
の合併症などのため手術ができない場
一方、腔内照射は胆管内に留置した
合、がんによる疼痛や黄疸などの症状
緩和を目的とした場合などがありま
す。
治療効果を向上させるため、放射線
増感剤としてジェムザールやTS-1な
どの抗がん剤を併用することもありま
す。
胆道がんに対する放射線療法には、
体外照射と腔内照射があり、当院では
図3
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胆道がん
細いチューブを通して放射線源を挿入
後の化学療法が必要です。現在、ゲム
し、
病巣に密着して照射する方法です。
シタビン、S-1、およびカペシタビン
行えるケースは限られており、標準的
などの有効性を評価する臨床試験が行
治療としては確立されていませんが、
われています。一方、進行性の胆道が
正常組織をさけて病巣近傍から高線量
んでは、ゲムシタビンとシスプラチン
の放射線を照射することが可能です。
の併用療法(GC療法)とゲムシタビ
放射線治療の副作用は大きく急性期
ンとS-1の併用療法(GS療法)のどち
有害事象と晩期有害事象に分けられま
らがより有用かという試験が進行中で
す。急性期有害事象としては、食欲不
す。さらに、胆道がんでは新たに分子
振、悪心、嘔吐、全身倦怠感、胃炎、
標的薬の開発が進んでおり、とくに
腸炎などを生じることがあります。晩
FGFR(線維芽細胞増殖因子受容体)
期有害事象には胆道狭窄、
肝機能障害、
をターゲットとした薬物の開発が進ん
腎機能障害、消化性潰瘍や腸穿孔など
でいます。また、当院先端分子・細胞
がありますが、
重篤なものはまれです。
治療科では化学療法が奏効しなかった
患者さんを対象にカクテルペプチド癌
臨 床研究および臨床治験
胆道がんは切除できたとしても、術
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ワクチンを用いたOCV-C01療法の第
Ⅱ相臨床治験が進行中です。
MEMO
九州大学病院がんセンター
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2016年3月