1 外国為替市場と通貨の取引 1. 裁定取引と基軸通貨 国によって貿易財

外国為替市場と通貨の取引
1. 裁定取引と基軸通貨
国によって貿易財の価格が異なっている場合、安い国で購入して高い国で売却する
という裁定取引が行われ、各国の価格が収斂する傾向がある。ただし通常の財の場合、
貿易にまつわる手数料や輸送費、タイムラグなどにより、一物一価は近似的にしか成
立しないことが多い。
ある国の政府が自国と外国の通貨の売買を自由化すると、その国の通貨は貿易財に
なる。通貨の取引費用は小さく、受け渡しに要する時間も短いため、通常の商品に比
べて一物一価が成立しやすい。通貨の一物一価と価格裁定には以下の二つの意味づけ
が可能である。
まず、通常の商品の場合と同様に、一物一価を「ある国の通貨の価格は他のどの国
(の通貨)で買っても同じである」ことだと考えよう。たとえば、日本とアメリカに
おけるリンゴの価格がそれぞれ P 円と P*ドル、円とドルの為替レートが 1 ドル=Sy,d
円だとする。
P  S y / d  P*
(1)
という関係が成り立っている時、日本とアメリカの間でリンゴの一物一価が成立して
いる。この関係が成立していない場合、安い国で買って高い国で売るという裁定取引
の機会が存在することを意味している。
次に、日本とアメリカにおけるユーロ 1 単位(すなわち 1 ユーロ)の価格をそれぞ
れ 1 ユーロ=Sy,u 円、1 ユーロ=Sd,u ドルと書く。(1)式と同様に考えると、通貨の一物
一価が成立し、裁定取引の機会が消失するためには、
S y ,u  S y , d  S d ,u
(2)
という関係が成立している必要がある。(2)式が成立せず、たとえば左辺の値が右辺の
値より小さい場合、円をユーロに兌換してそれをドルに兌換し、それをもう一度円に
兌換することによって元手の円より多くの円を入手することができる。リンゴの裁定
取引を行うためには商品を日米間でやりとりする必要があるが、通貨の取引の場合、
そのような必要はなく、日本に居ながらにしてすべての売買を瞬時に実行することが
できる。したがってインターバンク市場(第 4 節参照)に参加する大手の金融機関に
関する限り、(2)式はほぼ正確に成り立つ関係である。
1
図表 1
基軸通貨と為替レートの決定
(A)基軸通貨なし
(B)基軸通貨あり
ドル
円
ユーロ
円
元
ユーロ
ウォン
ドル
ウォン
元
(出所)勝悦子『新しい国際金融論』有斐閣の図 3-7 をもとに作成。
n 種類の通貨があるとき、為替レートの種類(二つの通貨の組み合わせ)は n×(n
-1)÷2 だけ存在する。しかし上記の意味での一物一価が成立している限り、自由に
決定しうる為替レートは n-1 種類しかない。たとえば図表 1 のパネル(A)には 5×
4÷2=10 種類の為替レートがあるが、パネル(B)の 4 種類の為替レートが決定する
と、(2)式と同様の裁定条件により、他のすべての為替レートが決まってしまう。
ただし、現実にある国の通貨を兌換する場合、目的の通貨と直接交換することは必
ずしも効率的(経済的)な方法でない。(A)の 10 種類の組み合わせの中には、平素
から活発な取引が行われているものもあれば、ほとんど取引がないものもあるだろう。
後者の場合、いざ取引を行おうとしてもなかなか相手が見つからず、その間に為替レ
ートが変化して損失を被る可能性がある。その場合、どの通貨とも取引額が多い(=
流動性が高い)基軸通貨(ないし主要通貨)にいったん兌換し、その通貨を目的の通
貨に交換する方が迅速かつ安上がりである。ある通貨が基軸通貨の地位を獲得すると、
それが基軸通貨であるが故に活発に取引され、活発に取引されるが故にますます基軸
通貨としての地位を高めるという相互促進的効果が生じる。後に見るように、現時点
ではドルの地位が圧倒的で、ユーロがそれに続いている。ただしアメリカや欧州以外
の国々の中にはそのことを不満に思っている国も少なくない。
2
2. 金利裁定と先渡し取引
次に通貨の一物一価と裁定取引に関する第二の側面について説明する。いま、ここ
に隣接した二つの駐車場があり、A 駐車場の 1 年間の使用料が 10 万円、B 駐車場の
使用料が 20 万円だとする。他の条件が同一なら、いずれは A 駐車場の価格が上昇す
るか B 駐車場の価格が下落するかして、両者の価格が収斂すると予想される。なぜな
ら、仮に上記の状態で B 駐車場に利用申し込みがあるとすると、A 駐車場を借りてそ
れを 20 万円で貸し出すだけで確実に儲かるため、A 駐車場に申し込みが殺到すると
予想されるからである。
同じことを円とドルに関して考えてみよう。余剰な資金を持っている人がそれを運
用する方法はいろいろあるが、もっとも手軽なのは銀行の定期預金だろう。しかし円
の余剰資金を持っている人がそれを円口座に預金する必要は必ずしもなく、円をドル
に兌換してドル口座に預金することもできる。かつては個人が外貨預金を行うことは
難しかったが、1998 年に外為法(外国為替及び外国貿易管理法)が改正され、今日で
は銀行の店頭やインターネット経由で簡単に行うことができる。
いま、1 年間の円預金の金利が i(たとえば 5%なら i=0.05)、ドル預金の金利が i*
だとする。1 万円持っている人が円のまま預金した場合、一年後の受取額は(1+i)
×1 万円、すなわち(1+i)万円である。この金額は現時点で確定する。
一方、今日の為替レートが 1 ドル=S0 円だとすると、1 万円をドルに兌換して得ら
れる金額は 1/S0 ドルである。これをドル口座に預金した場合、1 年後には(1+i*)×
1/S0 ドル、すなわち(1+i*)/S0 ドルが得られる。この金額も現時点で確定する。
ただしドル預金の最終的なリターンは上記のドルを円に兌換して初めて確定する。
1 年後の為替レートはその時にならないと分からないので、現時点で受取額を確定し
ておきたければ、1 年後に(1+i*)/S0 ドルを円に兌換するという為替予約を行う必要
がある。輸出企業などは近い将来の外貨の受取額をある程度予測できるため、為替予
約を通じて自社の為替リスクを管理する意欲を持っている。そのため、大手銀行はい
つでも顧客企業の為替予約の申し込みに応じられる態勢を整えている。
通貨を直ちに売買する取引 1を直物取引(スポット取引)と言うのに対し、将来の
通貨の売買を予約する取引を先渡し取引(フォワード取引)と言う。直物取引に用い
られる為替レートを直物(スポット)レート、先渡し取引に用いられる為替レートを
先渡し(フォワード)レートと言う2。先の S0 は直物の円ドルレート(円とドルの直
1
ただし慣行により実際の通貨の受け渡しは取引日から 2 営業日後に行われることが多い。
2
実務やマスメディアでは通貨の先渡し取引は先物取引と呼ばれることが多い。しかし後述
するように、日本や他の先進諸国にはこれとよく似た名称の金融商品として通貨先物と呼ば
3
物レート)の例である。
図表 2
金利裁定と為替レート
1 万円
為替取引
預金取引
さて、上記の例において顧客が 1 年後に受け取る外貨を円に兌換する為替予約を申
し込んできた場合、銀行はどのような為替レートでそれに応じるだろうか。1 年後の
先渡しレートを 1 ドル=F1 円と書くとすると、この顧客の最終的な円の受取額は
1  i   S1  F  1  i   SF
*
*
1
1
0
(3)
0
万円である。この金額が円で預金した場合の受取額である(1+i)万円より大きけれ
ば、顧客は迷わず外貨預金を選択するだろう。また、それが(1+i)万円より少なけ
れば、顧客は迷わず円預金を選択するだろう。
れるデリバティブが存在する。また、フォワード取引と言う言葉は為替予約だけでなく、他
の金融資産の売買予約の意味でも使用される。以下では誤解を招かないように、為替予約を
先渡し取引、為替予約の際に適用される為替レートを先渡しレートと呼称する。
4
上記のように円預金と外貨預金のリターンが異なっている場合、どちらか一方に顧
客の申し込みが殺到し、もう一方に申し込む人がいなくなってしまう。それだけでな
く、たとえば円預金のリターンが外貨預金のリターンより低い場合、円で資金を借り
入れて為替予約付きのドル預金を行うだけで、いくらでも儲けることができてしまう。
このような金利裁定の機会が生じないためには、
1  i  1  i*  
F1
S0
(4)
という関係が成立している必要がある。銀行のカスタマー・ディーラーが顧客の為替
予約に応じる時、上記の i と i*、S0 は与件であり、自分の判断で調節できるのは F1 だ
けである。したがってこのカスタマー・ディーラーが裁定機会を与えないように行動
する限り、顧客に提示する先渡しレートは
F1 
1 i
 S0
1  i*
(5)
となる。
上記の考察から、先渡しレートは直物レートと独立でなく、その時点の直物レート
と二国の金利をもとに計算されていることが分かる。たとえば円の金利がドルの金利
より低い場合、F1<S0 となり、先渡しレートが直物レートに比べて必ず円高になる。
ただし後の資料で検討するように、上記の F1 がこのカスタマー・ディーラーの 1 年
後の直物レートの予想値と一致しているかというと、必ずしもそうとは言えない。
3. 為替スワップ
現実の外国為替市場では、上記の直物取引と先渡し取引に加え、特定の相手と直物
取引と先渡し取引を同時に取り組む為替スワップという取引が活発に行われている。
図表 3 は為替スワップの一例を図示したものである。この例では、A 銀行が B 銀行
を相手として、(a)ドル買い・円売りの直物取引と(b)ドル売り・円買いの先渡し
取引を同時に取り組んでいる。現在(t=0)の為替レートが 1 ドル=100 円だとして、
(a)が 100 万ドルを買って 1 億円を売る取引だとしよう。また、1 か月後の先渡しレ
ートが直物レートと同じ 1 ドル=100 円だとして、(b)は 1 か月後に 100 万ドルを売
って 1 億円を買う取引だとする3。銀行などがこのように一見すると無駄と思われる
取引を盛んに行っている背景には、主として以下の二つの理由がある。
3
(5)式から、円とドルの 1 か月物金利が同一の場合、直物レート=先渡しレートとなる。
5
図表 3
為替スワップの例
t=0
t=1
A 銀行
A 銀行
ドル買い
円売り
ドル売り
円買い
B 銀行
B 銀行
(注)実線はドル、点線は円の動きを表す(以下の図表も同様)。
図表 4
顧客との為替予約(先渡し取引)
t=0
t=1
顧客
①ドル買い
②円売り
A 銀行
第一の理由は為替リスクの管理である。いま、A 銀行に顧客企業から図表 4 のよう
な為替予約の申し込みがあり、1 か月後にこの企業から 100 万ドルを購入して 1 億円
を支払うことを承諾したとする。A 銀行には為替リスクが発生する(=1 か月後まで
に円高が進むと損失を被る)ので、何らかの方法でそれをヘッジ(相殺)する必要が
ある。どのようにしたらよいだろうか。
6
図表 5
為替リスクのヘッジ:ドル資金の借り入れ+直物取引
B 銀行
t=0
t=1
A 銀行
A 銀行
借り入れ
②円で運用
ドル売り
B 銀行
①返済
円買い
C 銀行
(注)横向きの矢印は資金の貸借や運用を表す。この図の①と②図表 4 の①と②の資金の動きを相殺
する。
図表 5 はリスクヘッジの一つの方法を示したものである。A 銀行は為替予約に応じ
た後、B 銀行から 100 万ドルを借り入れ、それを直ちに C 銀行に売却して円を受け取
る。そして 1 億円を国債や銀行預金の形で運用し、1 か月後に元利金を受け取れるよ
うにしておく。1 か月後には受け取った円(の一部)を顧客に支払い、顧客から受け
取ったドルを B 銀行への返済に充てる。この場合、図表 4 と図表 5 の資金の出入りが
t=0 時点ですべて確定するので4、A 銀行は為替リスクを回避することができる。
とは言うものの、図表 5 のヘッジ方法にはいくつかの難点がある。第一の問題は、
それがかなり複雑であることである。ここでは顧客の為替予約によって生じたリスク
を解消するために、
(i)ドル資金の借り入れと返済、
(ii)ドル売り・円買いの直物取
引、(iii)円資金の運用という三種類の取引を行っている。現実の金融取引のコスト
は小さいがゼロではないので、単一の取引のヘッジのために三種の取引を行うのはあ
まり経済的な方法とは言えない。
図表 5 の取引のもう一つの問題は、1 か月後に一連の取引が完了するまで、A 銀行
のバランスシートが大きく膨らむことである。t=0 から t=1 にかけての期間、A 銀行
4
ただし②の運用を元本保証のない金融資産への投資の形で行った場合、この箇所の正確な
受取額は 1 年後まで確定しない。
7
のバランスシートにはドルの借り入れ(負債)と円の運用(資産)が計上される。自
己資金(資本)が変化せずに資産や負債が増加すると、外部からはリスクの高いビジ
ネスを行っていると解釈される可能性がある5。現実にも、図表 5 の②の円資金の運
用を社債の購入や融資の形で行った場合、中途で社債の発行企業や融資先企業が破た
んして資金が回収できなくなる可能性はゼロではない。
次に第二のリスクヘッジの方法として、図表 6 のような取引を行うことを考えてみ
よう。ここで A 銀行は B 銀行を相手として図表 3 と同一のスワップ取引を行い、さ
らに C 銀行とドル売り・円買いの直物取引を行っている。t=0 時点で A 銀行は B 銀
行から買ったドルをそのまま C 銀行に売却し、C 銀行から買った円をそのまま B 銀行
に売却している。1 か月経って t=1 になると、A 銀行は B 銀行から買った円を顧客企
業に支払い、顧客企業から買った円を B 銀行に転売する。
図表 6 のヘッジ方法は、図表 5 のヘッジ方法に比べて簡便なだけでなく、中途でバ
ランスシートが膨らまない、資金運用に伴うリスクが発生しないといったメリットが
ある6。銀行が為替リスクのヘッジ手段としてスワップを多用しているのはこのよう
な理由によるものである。
なお、図表 6 において C 銀行は直物のドル買い・円売りを行うので、もともとドル
買い・円売りのニーズを持っていない限り、A 銀行から為替リスクを引き受けること
になる。その場合、C 銀行もドルをそのまま抱え込んでおくことはせず、他の金融機
関や顧客にそれを転売しようとするはずである。このようにある通貨の取引をきっか
けとして連鎖的に為替取引が行われ、さらにそれが新しい為替取引を生み出してゆく
ことをホット・ポテト現象7と呼ぶ。このような取引は、たまたま逆の取引の需要を
持っている顧客や金融機関に出会うまで続くことになる。後述するように、今日の外
国為替市場の取引額は貿易額などに比べると格段に多いが、そのことが必ずしも非合
理だとは言えないことに注意が必要である。
5
後の資料で見るように、銀行は一定の自己資本比率(=自己資本÷総資産)を維持するこ
とを義務付けられている。自己資本÷総資産=(税引後利益÷総資産)/(税引後利益÷自己
資本)=総資産収益率(ROA)/ 総資本収益率(ROE)なので、自己資本比率を一定に保っ
たまま ROE を高めるためには、ROA を高める必要がある。しかしヘッジ目的で収益性に乏
しい資産を抱え込むと、ROA はむしろ低下する。
6
図表 6 において t=0 と t=1 の間に B 銀行が破たんし、スワップの先渡し取引が実施できな
くなってしまう可能性は存在する。その場合、A 銀行にはもとの為替リスクが発生するが、
それによって生じる損害は図表 5 において運用資金が戻ってこない場合の損害に比べると
微々たるものである。
7
焼けたジャガイモ(為替リスク)を長い間持っていると火傷する(損失を被る)可能性が
ある)ので、次々と別の人に渡してゆくという意味の言葉。
8
図表 6
為替リスクのヘッジ:直物取引+スワップ取引
t=0
t=1
C 銀行
ドル売り
円買い
A 銀行
ドル買い
A 銀行
円売り
B 銀行
①ドル売り
②円買い
B 銀行
(注)点線で囲まれた部分がスワップ取引を表す。この図の①と②が図表 4 の①と②を相殺する。
金融機関の間で為替スワップが活発に取引されているもう一つの理由はそれが資
金調達の手段として便利であるためである。いま、日本に A 銀行、アメリカに B 銀
行という民間銀行があるとする。A 銀行は日本国内に多数の支店を持ち、円資金を潤
沢に保有している。B 銀行はアメリカ国内に多数の支店を持ち、やはりドル資金を潤
沢に保有している。
しかし金融機関は収益拡大やリスク分散を目指して多数の国々に投資したいと考
えることが多い。いま、A 銀行がアメリカの金融資産を購入したいと考えたとして、
どのような方法でドル資金を調達したらよいだろうか。最も単純な方法は、B 銀行の
ようにドルを豊富に保有する金融機関から借り入れを行うことである。しかしアメリ
カの金融市場における A 銀行の知名度が低い場合、B 銀行はなかなか融資に応じてく
れないだろうし、応じてくれる場合でも高率の金利を要求するかもしれない。また、
図表 5 のケースと同様に、借り入れた資金を用いて投資を行う場合、自行のバランス
シートが拡大するという問題がある。
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図表 7
為替スワップによる資金の調達と運用
t=0
t=1
ドルの運用
A 銀行
ドル買い
A 銀行
円売り
ドル売り
B 銀行
円買い
B 銀行
円の運用
(注)実線はドル、点線は円の動きを表す(以下の図表も同様)。
もう一つの方法は、B 銀行を相手に為替スワップを行うことである。図表 7 の為替
スワップは図表 6 の為替スワップの部分と同一だが、ここでは顧客の為替予約への対
応ではなく、A 銀行のイニシアティブによってこの取引を行っている。A 銀行はこの
スワップによって 100 万ドル分のドル資金を手にするので、t=0 から t=1 にかけて
それを自由に運用することができる。同様に、B 銀行も 1 億円分の円資金を自由に運
用できるようになる。一般に、各国の銀行は外貨より自国通貨を調達しやすい立場に
ある(=自国通貨の調達に比較優位を持っている)ので、為替スワップを通じて相互
に資金を融通し合うことは理に叶った行為だと言える。図表 7 において為替スワップ
は A 銀行にとって円を担保としたドル借り入れの意味を持ち、B 銀行にとってはドル
を担保とした円借り入れの意味を持っている。したがって担保のない融資や流動性の
低い担保(不動産など)による融資に比べて安心して取り組むことができる。
ただし後に見るように、ひとたび金融危機などの非常事態が発生すると、為替スワ
ップによる資金調達が困難になる可能性がある。現実に行われる為替スワップの多く
は直物取引と数日後から 1 か月以内の近い将来の先渡し取引を組み合わせたものであ
る。多くの金融機関はこのような短期の為替スワップをくりかえすことによって短期
の外貨資金を長期の外貨資金に変換し、それを外貨建ての債券や株式などの長期資産
に投資している。このように短期の負債を元手に長期投資を行うことは潜在的には大
きなリスクをはらんでいる。
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たとえば図表 7 において A 銀行が 1 か月の為替スワップによって得たドル資金を満
期 1 年のアメリカ企業の社債に投資したとして、1 か月後に新たな為替スワップの申
し込みに応じてくれる金融機関が見つからなかったとする。B 銀行に対しては 1 か月
後に 100 万ドルを支払わなければならないので、新たな為替スワップを取り組めない
場合、保有している社債を売却してドル資金を調達せざるを得ない。しかし金融危機
によってこの社債の価格が暴落している場合、A 銀行は一連の取引によって損失を被
るだけでなく、最悪の場合、100 万ドルの返済資金を調達できずに破綻する可能性す
らある。実際、2008 年から 2009 年にかけてドルの為替スワップ市場が機能不全に陥
り、欧州等の金融機関のドル調達が困難になったことが金融危機を深刻化させる一因
となった。
4. 外国為替市場の参加者と取引の現状
図表 8 は今日の外国為替市場の構造を模式的に描いたものである。日本の外国為替
市場は東京外国為替市場と呼ばれているが、特定の場所に通貨の取引所があるわけで
はない。東京やその他の大都市に拠点を構えて通貨の売買を行っている金融機関や事
業会社のネットワークを便宜的に東京外国為替市場と呼んでいるだけで、現実の取引
の多くは個々の参加者がブローカーを経由したり直接連絡をとり合うことによって
行う OTC 取引(Over the Counter、相対取引ないし店頭取引と呼ばれる)である。ま
た、日本の銀行が日本の営業時間中に海外の金融機関と取引を行うこともあるし、日
本の夜間に海外の金融機関と取引を行うこともある。これらの為替取引は東京市場の
取引だとも言えるが、外国の為替市場の取引だとも言える。
外国為替市場は、①大手の銀行等の間で取引が行われるインターバンク市場(インタ
ーディーラー市場)と、②インターバンク市場に参加している金融機関とその顧客との
間で取引が行われるカスタマー市場(対顧客市場)に大別される。前者が卸売市場、後
者が小売市場に相当し、図表 9 に示されているように、取引額は前者の方がずっと多い。
これは上述したホット・ポテト現象を反映したものである。
インターバンク市場の場合、かつては仲介業者(ブローカー)が電話等で取り次ぎを
行うボイス・ブローキング取引が中心だったが、IT 技術の進歩を反映し、最近は電子
ブローキング取引が中心になっている。また、金融機関が仲介業者を通さずに直接取引
を行うダイレクト・ディーリングも行われている。
カスタマー市場の場合、以前は事業会社や銀行以外の金融機関(証券会社や保険会社
など)が取引先銀行に電話等で売買を依頼するケースが中心だった。しかし図表 9 の対
非金融機関取引の内訳に示されているように、最近はカスタマー取引においても大手の
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金融機関や IT 会社が開発した電子トレーディングシステムが発達している。ヘッジフ
ァンドや外国為替証拠金取引(FX 取引)業者8の中には、取引先の銀行や証券会社の電
子トレーディングシステムを通じて通貨の売買を行うだけでなく、これらの銀行や証券
会社の名を借りて直接インターバンク市場にアクセスするケースも見られるようにな
っている。したがって「インターバンク市場=専門家の市場、カスタマー市場=非専門
家の市場」という区分は曖昧になりつつある。
図表 8
外国為替市場の構造と取引手法
ボイス・ブローキング
電子ブローキング
顧客
カスタマー取引
インターバンク
取引
銀行
顧客
銀行
顧客
顧客
顧客
顧客
銀行
ブローカー
顧客
銀行
銀行
電子トレーディング
顧客
顧客
顧客
システム
(注)顧客は個人や事業会社とは限らず、銀行や証券会社等の金融機関の場合もある。
8
外為証拠金取引に関してはこの資料の末尾で解説している。
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図表 9
取引種別
対金融機関取引
電子取引
その他の取引
対非金融機関取引
電子取引
その他の取引
合計
電子取引
その他の取引
東京外国為替市場における取引額の推移(1)
2008
2009
2010
2011
2012
2,380 (100.0)
773 (32.5)
1,607 (67.5)
2,057 (100.0)
562 (27.3)
1,495 (72.7)
1,943 (100.0)
721 (37.1)
1,222 (62.9)
2,196 (100.0)
905 (41.2)
1,291 (58.8)
2,561 (100.0)
915 (35.7)
1,646 (64.3)
644 (100.0)
226 (35.1)
418 (64.9)
485 (100.0)
129 (26.2)
356 (73.4)
693 (100.0)
243 (35.1)
449 (64.9)
650 (100.0)
319 (49.1)
331 (50.9)
444 (100.0)
293 (66.0)
151 (34.0)
3,024 (100.0)
999 (33.0)
2,025 (67.0)
2,542 (100.0)
691 (27.2)
1,851 (72.8)
2,636 (100.0)
964 (36.6)
1,671 (63.4)
2,846 (100.0)
1,224 (43.0)
1,622 (57.0)
3,005 (100.0)
1,208 (40.2)
1,797 (59.8)
(注)いずれも主要金融機関の取引額の集計値(2014年から調査対象機関数が拡充されている)。対金融機関
取引はインターバンク市場に参加していない金融機関との取引を含む。2012年のみ10月中、その他の年は4月
中の1営業日平均取引高で単位は億ドル。カッコ内の数値は各取引総額に占めるシェアで単位は%。電子取引
は電子ブローキング取引と電子トレーディングシステムを通じた取引を含む。
(資料)東京外国為替市場委員会「東京外国為替市場における外国為替取引高サーベイ」。
図表 10
取引種別
東京外国為替市場における取引額の推移(2)
2008
2009
2010
2011
2012
対金融機関取引
直物取引
為替スワップ
先渡し取引
通貨オプション
2,380 (100.0)
791 (33.2)
1,439 (60.5)
80 (3.4)
71 (3.0)
2,057 (100.0)
511 (24.8)
1,455 (70.7)
49 (2.4)
43 (2.1)
1,943 (100.0)
686 (35.3)
1,090 (56.1)
109 (5.6)
59 (3.0)
2,196 (100.0)
786 (35.8)
1,216 (55.4)
141 (6.4)
53 (2.4)
2,561 (100.0)
727 (28.4)
1,542 (60.2)
247 (9.6)
45 (1.6)
対非金融機関取引
直物取引
為替スワップ
先渡し取引
通貨オプション
644 (100.0)
263 (40.8)
157 (24.4)
203 (31.6)
21 (3.2)
485 (100.0)
191 (39.4)
135 (27.8)
143 (29.5)
16 (3.3)
693 (100.0)
279 (40.3)
218 (31.5)
178 (25.7)
17 (2.4)
650 (100.0)
276 (42.4)
191 (29.5)
169 (26.0)
14 (2.1)
444 (100.0)
176 (39.6)
199 (44.8)
56 (12.5)
14 (3.0)
合計
直物取引
為替スワップ
先渡し取引
通貨オプション
3,024 (100.0)
1,054 (34.9)
1,596 (52.8)
283
(9.4)
92 (3.0)
2,542 (100.0)
702 (27.6)
1,590 (62.5)
192 (7.6)
59 (2.3)
2,636 (100.0)
965 (36.6)
1,308 (49.6)
287 (10.9)
76 (2.9)
2,846 (100.0)
1,062 (37.3)
1,407 (49.4)
310 (10.9)
67 (2.4)
3,005 (100.0)
903 (30.0)
1,741 (57.9)
303 (10.1)
59 (2.0)
(注および資料)図表9に同じ。
13
次に図表 10 において取引種別ごとの内訳を見ると、インターバンク市場では為替
スワップの取引額が非常に多く、それに直物取引が続いている。詳しい説明は省略す
るが、この表の通貨オプションとは「将来のある時点(ないしそれまでの任意の期日)
に特定の為替レートで通貨の売買を行う権利」を取引するもので、後述する通貨デリ
バティブの一例である。先渡し取引(為替予約)ではその後の為替レートの動向しだ
いで大きな損失を被る可能性があるが、通貨オプションの場合、期日に売買を行うか
どうかは任意であるため、このような損失を回避することができる。
インターバンク市場に比べるとカスタマー市場では直物取引や先渡し取引の比率
が高いが、最近は為替スワップのシェアが上昇している。インターバンク、カスタマ
ー市場ともに 2009 年から 2010 年にかけて為替スワップの出来高が減少したが、これ
はリーマン・ショック後の金融危機の中で取引相手先の破綻リスクが強く意識され、
アメリカの金融機関が為替スワップを通じて海外の金融機関に米ドルを提供するこ
とに慎重になったことを反映している。
最後に、BIS(Bank for International Settlements、国際決済銀行)の統計を利用し、
世界 53 か国・地域と日本の外国為替市場における取引額及び取引通貨の内訳をまと
めたのが図表 11 である。BIS は世界 60 か国・地域の中央銀行の連絡・協議機関であ
り、各国の中銀を通じて 3 年間隔で世界の外国為替市場に関する一斉調査を実施して
いる。図表 11 は 2010 年 4 月の調査によるもので、金額は同月中の 1 営業日の平均取
引額を表している。
図表 11 の(A)表によると、2010 年 4 月における世界の外国為替市場の 1 日の平
均取引額は約 5 兆 563 億ドルだった。2010 年の世界の貿易総額は約 15 兆ドルであり、
これを 250(1 年間のおおよその営業日数)で割ると約 600 億ドルになる。商品やサ
ービスの貿易の中には通貨の売買を伴わないものも少なくないため 9、世界の外為市
場の取引額は少なく見積もっても貿易額の 100 倍前後に上ることになる。
一方、
(B)表の東京外国為替市場の 1 日の平均取引額は約 3,123 億ドルであり、こ
れは(A)表の世界の取引総額の約 6.2%に相当する。諸外国の中では、ロンドンとニ
ューヨークの外為市場の取引額が非常に多く、それぞれ世界総額の約 37.7%と約
17.9%を占めている。東京外為市場の取引額は第三位だが、ロンドンやニューヨーク
に比べるとかなり少なく、シンガポール(第四位)やスイス(第五位)、香港(第六
位)などよりやや多い程度にとどまっている。
9
たとえばユーロ圏の国々の間の貿易に外国為替は関与しない。それ以外の国々の場合でも、
ある企業が輸出によって得た外貨を輸入決済に利用するといったことが行われれば、外国為
替の取引額はグロスの貿易額より少なくなる。
14
図表 11 世界と日本の外国為替市場における取引額
(A) 世界計
(B) 東京市場
取引通貨
金額
(シェア)
米ドル
ユーロ
円
英ポンド
豪ドル
スイスフラン
カナダドル
その他の通貨
4,315.8
1,978.7
934.5
636.0
390.6
332.4
259.9
921.9
総額
5,056.3 (100.0)
(85.4)
(39.1)
(18.5)
(12.6)
(7.7)
(6.6)
(5.1)
(18.2)
取引通貨
金額
(シェア)
米ドル
円
ユーロ
豪ドル
英ポンド
カナダドル
スイスフラン
その他の通貨
254.4
248.9
59.0
19.5
18.4
6.1
3.2
15.3
総額
312.3 (100.0)
(81.4)
(79.7)
(18.9)
(6.3)
(5.9)
(1.9)
(1.0)
(4.9)
(注)金額はいずれも2010年4月における1営業日平均取引額で単位は10億米ドル。直物取引、為替スワッ
プ、先渡し取引、通貨オプションの合計値。個々の取引には二つの通貨が関わるため、各通貨のシェアの
合計値は200%になる。
(出所)Bank for International Settlements, Triennial Central Bank Survey of Foreign Exchange and
Derivatives Market Activity in 2010 .
図表 11 において通貨別の内訳を見ると、(A)の世界全体ではドルの取引額が圧倒
的に多く、ユーロがそれに続いている。円の取引額はドルとユーロに続く第三位だが、
取引シェアは約 18.5%(100%に換算すると 9.2%)にとどまっており、ドルやユーロ
に比べると相当少ない。なお、世界の外為取引に占めるロンドン市場のシェアが 1/3
以上であるにも関わらず、英ポンドの取引シェアは約 12.6%(100%換算で 6.3%)し
かない。これは世界中の金融機関がシティー(ロンドンの金融街)に拠点を構えて国
際的なビジネスを展開しているためである。
一方、
(B)の東京市場の通貨別内訳を見ると、米ドルのシェアが高いのは(A)と
同じだが、それに比肩するほど円のシェアが高く、第三位のユーロのシェアは約 18.9%
(100%換算で 9.4%)しかない。これは東京市場の取引の約半分がドルと円の取引で
あること、円をドルやユーロ以外の通貨と交換する場合、ドルとの売買を経由して取
引が行われるケースが多いためである。図表 1 で見たように、外国為替市場では一つ
ないし少数の主要通貨を核とするハブ・スポーク型の取引構造が生じやすい。日本の
ように経済規模が大きい割に金融市場の国際化が進んでいない国々の場合、自国通貨
と主要通貨の取引額のシェアが大きくなり、それ以外の通貨の取引額は少なくなる。
その意味で、東京外国為替市場は取引額こそ比較的多いものの、ロンドンやニューヨ
15
ークの市場に比べてローカル性が強い市場だと言えそうである。
通貨デリバティブ取引
デリバティブ(金融派生商品)とは、商品や金融資産の価格など、何らかの観察可
能な数値に依存してそれ自身の価格が決定する金融商品の総称である。もともとデリ
バティブ(derivative)とは数学の微分を意味し、多くの金融派生商品がもとの金融資
産から派生した商品であることに加え、もとの資産の価格から派生商品の価格を導出
する際に微分(や積分)等が使用されることが多いため、このような名称で呼ばれる
ようになった。
デリバティブのうち、何らかの形で為替レートと関連付けられたものを通貨デリバ
ティブと呼ぶ。通貨デリバティブの例としては、先に触れた通貨オプション、通貨ス
ワップ、通貨先物などがある。通貨スワップや通貨先物は為替スワップや為替予約と
似た機能も持っているが、これらとは異なる性質を持つ取引である。ここでは通貨先
物について説明し、その後にそれを外国為替証拠金取引(FX 取引)と比較する。
通貨先物とは、将来の特定日に二つの通貨をある為替レートで交換する契約を取り
交わし、期日まで毎日その契約の値洗い(Mark to Market、取引の価値の計算)を行
って資金をやり取りする取引である。先渡し取引が特定の取引所を経由しない OTC
取引であるのに対し、通貨先物は金融取引所において標準化された金融商品である。
為替予約を中途で解約したり第三者に譲渡したりすることが難しいのに対し、通貨先
物はいつでも反対売買によって清算することができる。
通貨先物の具体的なしくみは以下の通りである10。たとえば、ここに 3 か月後に 100
万ドルを必要とする輸入業者がおり、円安によって 3 か月後までに支払額が増加する
リスクをヘッジしたいと考えたとする。取引所では「3 か月後にその日の直物レート
で 100 万ドルを購入することを約束し、それまで先物レートと呼ばれる為替レートを
参照しながら毎日取引所と資金のやりとりを行う」金融商品が上場されている。これ
が通貨先物である。
たとえば、ある日の円とドルの先物レートが 1 ドル=125 円だったとしよう。先物
レートは 3 か月後の満期日に直物レートと一致するため、現時点での市場参加者によ
る 3 か月後の直物レートの予想値の意味を持っている。
翌日に円高が進んで 1 ドル=118 円になったとすると、前日に購入したドル先物の
10
この例は、高木信二『入門・国際金融(第 4 版)』日本評論社によっている。
16
価値は(118-125)×100 万ドル=-700 万円となる11。そこでこの業者は取引所に
700 万円を支払う。その翌日に円高が一部巻き戻されて 1 ドル=122 円なったとする
と、今度は(122-118)×100 万ドル=400 万円を取引所から受け取る。その後も同
様に値洗いを行い、差額のやりとりを繰り返す。
もし満期日の直物レートが 1 ドル=124 円だったとすると、この輸入業者は 1 ドル
=124 円でドルを買うことができるが、契約時の先物レートより 1 円下がった分をす
でに値洗いによって支払っているので、1 ドル当たりの総支払い額は 125 円になる。
逆に満期日の為替レートが 1 ドル=126 円だったとすると、1 ドル当たり 126 円支払
う必要があるが、値洗いを通じて 1 円×100 万ドル分を受け取っているため、1 ドル
当たりの総支払額はやはり 125 円となる。したがって先物取引を満期日まで持ち越せ
ば、為替予約と同じ効果を持つことになる。
ただし先物取引において満期日まで売買のポジションが持ち越されることは少な
く、それ以前に反対売買による清算が行われることが多い。先物市場の参加者は取引
開始時に取引所に取引額の一定比率に相当する証拠金を払い込む。その後の毎日の値
洗いによる資金の受け払いは証拠金口座を通じて行われ、残高が一定水準を下回ると
証拠金の追加を求められる。ただし取引額に比べて要求される証拠金が少額であるた
め、少額の資金をもとに多額のポジションを形成し、場合によっては大きな収益を得
ることが可能である。
アメリカのシカゴ・マーカンタイル取引所(CMM、Chicago Mercantile Exchange)
には主要通貨の通貨先物が上場されており、世界中の事業会社や金融機関によって活
発な取引が行われている。CMM が毎日公表している限月(満期)毎の先物レートや
ポジション(買い契約額と売り契約額の差額)のデータは、外為市場の参加者の将来
の予想を反映する指標として注目されている。
わが国の FX 取引は直物の為替レートを参照する点で通常の直物取引と似た性質も
持っているが、少額の証拠金を払い込むことによって大きなポジションを形成するこ
とができる点では上記の通貨先物取引と似た側面も備えている。ただし通貨先物では
1 単位当たりの取引額が大きく参加者が金融機関や事業会社に限定されているのに対
し、FX 取引ではごく少額の取引も可能であり、多数の個人投資家が参加している。
図表 12 に示されているように、FX 取引には個人や法人が証拠金業者を相手として行
う OTC 取引と、証拠金業者等を経由するが取引そのものは取引所を相手として行う
11
為替レートがそのまま変化しなければ 3 か月後に 118×100 万ドル=1.18 億円で 100 万ドル
を購入することができるが、この業者は先物取引によって 125×100 万円=1.25 億円で 100 万
ドルを購入することを約束してしまっている。したがってこの日における先物取引の価値は
両者の差額の-700 万円である。
17
取引の二種類がある。いずれも 1998 年の外為法改正によって可能になった取引であ
る。
図表 12
外国為替証拠金取引のしくみ
(A)取引所取引
証拠金
証拠金
証
拠
金
業
者
投
資
家
取引
証拠金
取
引
金
融
機
関
所
取引
取引
インターバンク
市場
(B)店頭取引
証拠金
証拠金
証
拠
金
業
者
投
資
家
取引
金
融
機
関
取引
インターバンク
市場
(注 1)
「取引所」は東京金融取引所(くりっく 365)と大阪証券取引所(大証 FX)。取引所取引
の金融機関はマーケットメイカーの役割を果たしている。
(注 2)2009 年の法律改正によって FX 取引に係る証拠金の管理方法が「信託会社等への金銭信
託」に一本化されたため、証拠金の預り主は正確には FX 取引の扱い業者ではなく、FX 業者が指
定する信託会社等である。
FX 取引では最初に証拠金業者に証拠金を預託し、その時々の直物レートで通貨の
売買を行う(=ポジションを形成する)。その後は購入通貨と売却通貨の金利相当分
に相当するスワップポイントをやりとりしながら為替レートが変化するのを待ち、購
入通貨が十分に増価した(あるいは売却通貨が十分に減価した)時点で反対売買を行
って利益を確定する。
18
図表 13
100
(万件)
90
外国為替証拠金取引の口座数とレバレッジ比率の推移
(倍)
口座数(店頭取引)
9
口座数(取引所)
80
10
8
レバレッジ比率(右軸)
70
7
60
6
50
5
40
4
30
3
20
2
10
1
0
0
2007
2008
2009
2010
2011
2012
(注)口座数は取引実績がある口座のみ。レバレッジ比率は「建玉残高÷証拠金額」
。
(出所)金融先物取次業協会「店頭 FX 月次速報」
(http://www.ffaj.or.jp/performance/index.html)の
データをもとに集計。
FX 取引においても少額の証拠金を払い込むことによって大きなポジションを形成
することが可能だが12、売買後に毎日ポジションの値洗いを行い、ポジションの現在
価値と証拠金の和が当初のポジションの価値を下回った場合(すなわち証拠金をすべ
て使っても損失をカバーできなくなった場合)、証拠金の積み増しが求められる。FX
取引では値洗いにもとづく日々の資金の受け払いは行われない。通貨先物と同様に、
自分の思惑通りに為替レートが変化すれば巨額の利益を得ることができるが、予想が
はずれると大きな損失を抱え込むことになる。
図表 12 に示されているように、FX 取引の投資家とインターバンク市場の繋ぎ手の
役割を果たしているのが大手銀行等の金融機関である。これらの金融機関は取引所や
証拠金業者を通じて投資家の取引の相手になるが、先の為替予約と同様に、取引によ
って発生する為替リスクを放置せず、それを別の取引によって相殺するなどして管理
しているはずである。したがって末端の投資家が FX 取引を行うと、間接的にインタ
ーバンク市場における為替相場の動向にも影響が及ぶことになる13。
12
2010 年と 2011 年に法律改正が行われ、現在の上限倍率(建玉残高の証拠金に対する比率
の上限値)は 25 倍である。
13
ただし証拠金業者のカバー率(対顧客取引のうち、金融機関との反対売買によって為替リ
スクをカバーするものの比率)は 5 割弱のようである。
19