(25)プラットフォーム戦略のジレンマ

【経営学論集第 83 集】自由論題
(25)プラットフォーム戦略のジレンマ
――SNS のケースを中心に――
大阪商業大学
松 村 政 樹
【キーワード】プラットフォーム(platform) ネットワーク外部性(network externality)
SNS(Social Networking Service) 補完企業(complementor)
ジレンマ(dilemma)
【要約】製品開発・生産において求められる要素技術の高度化に伴い、企業間の協力関係を
構築したり、ユーザーと企業の間の情報交換を促進したりするために、プラットフォーム戦
略を採用する企業が見られる。プラットフォームを構築しようとする企業は、ユーザーの早
期獲得を目指すとともに、協力関係を築く補完企業の獲得を試みることになる。
本 稿 で は 、 プ ラ ッ ト フ ォ ー ム 戦 略 を 採 用 す る こ と で 急 成 長 を 遂 げ て い る Social
Networking Service(以下、SNS)業界を取り上げ、そこで採用されている競争戦略を検討
する。結果として、競争の激化に伴い、SNS を運営する企業の戦略は、自社の利益を重視し
た、近視眼的なものとなっていく傾向が見られることを主張する。
業界の持続的な発展を考えた場合、SNS を運営する企業だけでなく、ユーザー、補完企業
という三者の利益を考慮することが望ましい。それを可能にする方策に関しても検討してい
る。
1.はじめに
日本企業の組織間関係は、従来の「垂直的統合」を中心としたものから、専門化した企
業同士が協働する「水平的分業」へと変化しつつある。高度化する要素技術を自社で抱え
込むよりも、各分野の専門企業の技術を利用することが望ましいと考えられてきたからで
ある。そこで、専門企業の提供する財やサービスと、それらを求めるユーザーとの橋渡し
となる場を提供する「プラットフォーム戦略」が注目されるようになってきた。プラット
フォーム戦略にはさまざまな形態があるものの、一般的には以下の特徴が挙げられる。
プラットフォームに製品およびサービスを供給する企業(complementor:以下、補完
企業)とプラットフォームを提供する企業(プラットフォームリーダー)との協力関係を
必要とする。補完企業が製品やサービスを新たに開発すること、あるいは補完企業とプラ
ットフォームリーダーが共同開発を行うなど、両者の相互作用を通じて、プラットフォー
ム自体が進化し、その価値を高めることも期待されるようになる1。
プラットフォームの価値が高まることは、そのプラットフォームに参加しているユーザ
ーの利益にもつながる。すなわちプラットフォーム戦略では、多くのユーザーを集めるこ
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とにはじまり、ユーザー間の相互作用の促進を通じてプラットフォームの価値を高め、ひ
いてはユーザー全体に利益をもたらすことを目指す。
プラットフォーム戦略に関するもう一つの特徴は、ネットワーク外部性の働きを利用し
ていることである。ユーザーについて言えば、多くのユーザーを擁するプラットフォーム
に参加した方が、コミュニケーションを取ることのできるユーザーの数が増え、効用は高
くなる。また、多くの補完企業を擁するプラットフォームを選択した方が、利用できる選
択肢の数が増加することになり、同様に効用は高まる。
補完企業について言えば、多くのユーザーを擁するプラットフォームと協力関係を結ぶ
ことで、期待できる売上も大きくなる。このように、プラットフォームの規模が大きくな
るほど、プラットフォームへの参加者(ユーザー・補完企業)の効用もまた大きくなるた
め、早期にプラットフォームを拡大した陣営が競争を優位に進めることができる。それゆ
え、プラットフォームリーダーは多くのユーザーや補完企業に参加を呼びかけるのであり、
そのような状況は図 1 に示されている。
補完企業
補完企業
補完企業
ユーザー間の相互作用
プラットフォームとしての SNS
ユーザーと補完企業の相互作用
ユーザー
ユーザー
ユーザー
ユーザー
ユーザー
SNS と補完企業の相互作用
図 1 SNS 業界におけるプラットフォームの概念図
ところが、プラットフォーム間の競争が激しくなるにつれて、当初の目標であった「プ
ラットフォームの価値向上」から離れ、より近視眼的にプラットフォームリーダーの利益
を追求する傾向がみられるようになってきた。例えば、プラットフォームリーダーの意向
に沿わない補完企業に対して制裁ともとれる対応をしたり、ユーザーに対して短期間に多
額の課金を行ったりすることが挙げられる。事例研究を通じて、なぜこのような問題が発
生するのか、また、これらの問題に対応する方策が存在するのかどうかを検討するのが本
稿の目的である。
本稿では SNS を対象としている。この業界は、先に挙げたプラットフォーム戦略の典
型的な特徴である「補完企業との協力関係」および「ネットワーク外部性」の効果が大き
い。また、現在も市場が成長している業界であり、激しい競争が続いていることからも、
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研究対象としてふさわしいと考えられるからである。
2.プラットフォーム戦略に関する諸説
プラットフォーム戦略に着目した先駆的研究では、USB の事例などを用いて、プラット
フォームリーダーと補完企業との共生関係を描き出している。また、プラットフォームリ
ーダーは補完企業の管理を目指すことになり、
「リーダーと補完企業の役割分担を決める」、
「どの程度オープンに補完企業を募るのかを決める」、
「補完企業との利害対立を解消する」、
「リーダー自身の組織内部を調整する」、という「4 つのレバー」の必要性が主張されるこ
とになる2。
プラットフォーム戦略の実行に際しては、プラットフォームリーダーがまずユーザーを
獲得し、続いて補完企業を獲得することになる。多数のユーザーの支持を背景に補完企業
を増やし、補完企業の増加はプラットフォームにさまざまな価値を付け、そのことはユー
ザーにも恩恵をもたらす。プラットフォームの規模が大きくなると、ユーザーの効用もそ
れにつれて大きくなるという、いわゆるネットワーク外部性が働くのである3。
ネットワーク外部性の働く市場においては、ネットワークのユーザーが多くなればなる
ほどユーザーの効用が高まる、という特徴があるため、あるネットワークがシェアを伸ば
し始めると、その結果短期間で市場を独占してしまう、ロックイン状況が起こりうるとさ
れている4。それゆえ、自社のプラットフォームを早期に普及させることが重視される。
ネットワーク外部性の効果を実証しようと試みた研究としては、次のものが挙げられる。
人気表計算ソフトであった「ロータス」との間にデータ互換性を有する表計算ソフトは、
互換性を有さないソフトに比べて相対的に高い価格が設定されているという状況が明らか
にされた。これは、ユーザーが「ロータスユーザーとのデータ交換・共有を可能にする機
能」に対してプレミアムを付けていると解釈でき、規模のより大きいネットワークに加入
することで、ユーザーの効用が増大する状況を示したといえる5。ネットワークの規模が大
きくなればそれに応じて情報交換・共有できる相手の数が増加し、よってネットワーク参
加者の効用が増大すると言えるのである。このように、プラットフォーム戦略に関する先
行研究において主張されてきたのは「ユーザーの早期囲い込み」および「補完企業の管理」
の重要性である。
そこでまず 3 節において SNS 市場の現状を把握したうえで、4 節ではこれら 2 つの視点
を中心として、SNS においてどういった競争が見られるのかを確認しよう。
3.市場の概要
SNS は、日本において 2004 年ごろから運営を開始されたサービスである。名称の通り、
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ユーザー間のコミュニケーションを促進することを目的としており、個々のユーザーが開
設するブログや日記の機能、他のユーザーにコメントを送る機能、さらにはゲームなどを
通じて他のユーザーと交流する機能などが付けられている。
上記の機能は、どの SNS にも同様に見られるものであるが、中でもグリー、DeNA が
現在の日本における二大有力企業である。そこで今回はこの二社を取り上げ、それぞれの
特徴を比較しながら議論を進めることにする。両社の経営指標は、以下のようにまとめる
ことができる。
表 1 SNS 二社の経営指標(出所:両社のホームページ IR 情報より)
2011
1-3月
グリー
4-6月
7-9月
10-12月
1-3月
4-6月
7-9月
加入者数(万人)
2,383
2,506
2,641
2,759
3,019
未公表
未公表
売上(百万円)
16,372
21,093
30,432
41,529
46,189
40,081
37,935
営業利益(百万円)
DeNA
2012
8,199
9,789
16,646
22,535
24,549
18,997
15,750
営業利益率(%)
50.1
46.4
54.7
54.3
53.1
47.4
41.5
加入者数(万人)
2,714
2,971
3,200
3,592
3,998
4,307
4,503
売上(百万円)
31,955
34,646
34,689
34,153
42,236
47,590
50,300
営業利益(百万円)
15,736
15,809
15,407
13,549
18,649
18,392
20,400
49.2
45.6
44.4
39.7
44.2
38.6
営業利益率(%)
40.6
表 1 からは、両社とも売上、営業利益が順調に成長しているようすがうかがえる。特に
売上高利益率は約 40-50%にのぼり、この数値は他業種と比べても非常に高い。一般の(現
実の)財と異なり、SNS 内で販売される商品(アイテム)はデジタルデータなので、生産
費がほとんど 0 に近いうえ、開発費もそれほどかからず、販売すればするほど飛躍的に利
益を生み出すからである。
なお、SNS の売上の大半を占めるのが「ゲームに関する課金収入」であり、これはコン
テンツの利用料、およびゲーム内でのアイテム販売によって成り立っている。
SNS には多様な機能が付加されているが、基本利用料金自体は無料であるため、収益の
大部分(両社とも約 9 割)はゲーム内の課金によってもたらされているのである。多くの
ゲームは無料で遊ぶこともできるが、他のユーザーよりも有利にゲームを進めたり、自分
の欲しいアイテムを手に入れたりするためには、課金に応じる必要が生じる。全ユーザー
のうち、課金に応じているのは十数%程度であるとされ、一部の有料ユーザーが、大部分
の無料ユーザーを支えるという構図になっている。
ユーザーが支払った料金は、SNS が自社で提供したコンテンツの売上はすべて SNS の
収入となり、補完企業が提供したコンテンツの売上に関しては、SNS 各社へ 3 割、コンテ
ンツを提供した企業へ 7 割の比率で分配される。このような状況で、ユーザー数増加を目
(25)-4
指すと共に、課金収入の増加を狙って、SNS は補完企業を募り、コンテンツの獲得に力を
入れることになる。
4.SNS 間の競争
SNS において重視される競争戦略について検討してみよう。まず、両社とも力を入れて
いるのが新規ユーザーの獲得である。表 1 に示されたように、ユーザーは増加し続けてい
るが、今後も SNS に興味を示さない層が一定数存在することを考えれば、このまま市場
が拡大し続けるとは考えられない。そのため、ライバルの SNS に先んじてユーザーを獲
得することは重要な経営課題となる。さらには獲得したユーザーが離れない工夫やユーザ
ーに提供するコンテンツの供給体制構築も重要となる。それに加え、SNS の匿名性に起因
し、未成年のユーザーを中心としたトラブルも発生している。これらの問題点にどう対応
しているのかを確認しておこう。
4-1.ユーザーの獲得
ここで注意しなくてはならないことは、ライバルの SNS よりも多くのユーザーを獲得
することは、単に一時点でのユーザー数に影響を及ぼすだけでなく、長期にわたって競争
を優位に進める、ということである。なぜなら、SNS のゲームにおいては、自分と協調あ
るいは敵対するプレーヤー同士のコミュニケーションの存在が大きな魅力となる。より多
くのユーザーを集めている SNS に参加することで、自分と「馬の合う仲間」あるいは「丁
度良いライバル」となるプレーヤーと出会う可能性が高まる。そのために、ユーザーには
より規模の大きな SNS に参加しようという動機が生じるのである。
一旦ある SNS に参加すると、そこで友人関係を構築し、自分のキャラクターを育てる
ことになる。そこでは、ゲーム内の敵と戦ったり、他のプレーヤーと競争するために、自
分のキャラクターを強化しなくてはならない。そのため、長時間のプレイ、あるいは後述
する課金が必要とされてくる。ただし、ある SNS において育てたキャラクターは、他の
SNS においては使えない(互換性が無い)、ということは重要である。すなわち、効率よ
くキャラクターを育てるためには、異なる SNS に複数のキャラクターを持って別々に時
間・金をかけるよりも、特定の SNS に集中したほうが良い。このような SNS ゲームの性
質のゆえに、ユーザーにとって、一度加入した SNS から他の SNS に移籍する際のスイッ
チングコストは高くなり、業界におけるユーザーの囲い込みが可能となる。
ライバルに先んじて自社の SNS に加入させ、ユーザーを囲い込む「早期普及戦略」は、
ネットワーク外部性に関する諸説の主張とも合致する。具体的には、両社はテレビ CM を
競って放映し、そのなかで「無料で遊ぶことができる」ということを強調してユーザーを
獲得してきた。
(25)-5
4-2.コンテンツの供給
ユーザーにとって SNS の価値を判断するのは、現在の参加者数だけではない。むしろ、
どのようなゲームが用意されているか、というコンテンツのラインナップを見て加入する
SNS を決定する場合もあろう。
SNS にとっては、質の高いコンテンツをより多く揃えることによって、ユーザーを勧誘
することができ、多くのユーザーがプレイしている SNS であると宣伝することは、さら
に多くのユーザーを引き付けることになる。そのうえ、多くのユーザーを確保した SNS
には、より多くのコンテンツ供給者(補完企業)が現れる。すなわち、そこには正のフィ
ードバックが働くことになり、言い換えればソフト-ハード効果が発生するのである6。
ゲーム制作方式は、制作の主体によって、以下の 3 種類に分けられる。
① SNS が自社で企画、制作、運営まで行う
② SNS がゲームの企画および運営を行い、補完企業はゲーム本体の制作工程のみ担当
③ 補完企業が企画、制作、運営まで行う
このうち①および②を SNS が中心となった開発であることを意味する「内製/協業」と
呼び、③は補完企業が独自に行った開発である「サードパーティ」と呼んで区別している。
①および②であれば、SNS が売上を独占できるのに対し、③の場合、SNS は売上の 3 割
を獲得するにとどまる。ただし、
「内製/協業」ゲームにおいて、SNS はソフト開発費用を
負担することになるが、
「サードパーティ」ゲームであれば開発費用は負担しない。すなわ
ち SNS の立場からすれば、サードパーティゲームを増やすことで、リスクを負わずにゲ
ームのラインナップを増やすことも可能である。
各 SNS は「内製/協業」のゲームを増やしてはいるが、大部分のゲームはサードパーテ
ィ型によって供給されることになっている。2011 月 12 月のデータによれば、グリーがス
マートフォン向けに提供したゲームのうち、内製は 7 本、サードパーティは 700 本となっ
ている。DeNA では内製 24 本、サードパーティ 233 本であり、ゲーム数の点では圧倒的
にサードパーティに依存していることがわかる。
しかしながら、同時期のデータから、総売上に占める内製ゲームの売上の割合をみると、
DeNA では約 4 割を内製ゲームによって上げている。このことから、内製ゲームと、サー
ドパーティによって開発されたソフトには、品質に大きな差のあることも窺える。
4-3.未成年ユーザーへの対応
もう一つの経営課題は、未成年に対する課金に関するものである。未成年、特に小中学
生が、多額の課金をしてしまう例が問題視されてきた。トラブルの理由として「無料だと
思い込んでいた」などの理由が挙げられているが、ゲームにのめりこんでしまい、課金に
(25)-6
応じざるを得なくなった例も多数含まれると思われる7。特に、ゲームの料金を支払う保護
者自身も知らない間に課金される場合、トラブルが生じやすい。後述するように月額の課
金に上限を設けるなど、SNS も未成年ユーザーへの対応をしているが、年齢確認の徹底が
難しい以上、根本的な解決には至っていない。
一方、社会問題として報じられることもある未成年への課金問題であるが、SNS の経営
という視点からは、別の側面が見えてくる。2012 年 5 月の発表によれば、グリーの場合、
課金に応じたユーザーのうち 93.7%は成人であり、18-19 歳が 3.3%、17 歳以下は 3%に
過ぎない。また、一人あたりの課金額は 30 代、20 代、10 代の順に高い。すなわち、課金
に応じる率が低いうえに、課金額も低いのが未成年層の特徴であり、SNS にとってみれば、
さほど重視している市場ではないのである。
未成年を対象とした市場から得られる利益に比べ、未成年に課金することに対する批判
は大きいため、グリーと DeNA は、2012 年 4 月に、未成年ユーザーに対する課金額の上
限を導入すると発表した。グリーは 15 歳未満の課金可能額を月額 5000 円以下、16~19
歳は1万円までに制限し、DeNA は 18 歳未満の課金可能額を月額 1 万円まで、15 歳以下
は月額 5000 円までとしている。
5.ジレンマの存在
プラットフォーム戦略においては、多くのユーザーを集めることによって「プラットフ
ォームの価値を高める」ことが主目的であり、その「結果」として収益がもたらされるこ
とを前述した。ところが、プラットフォームリーダーが、自身の収益の獲得を主目的とし
てしまうことで、SNS においてはさまざまな弊害が起きてきた8。
まずは、消費者を早期に獲得し、さらには一人あたりの課金額を増やそうという工夫が、
逆に消費者離れを誘発する可能性を示す。次に補完企業の囲い込みを目的として、企業関
係を管理することによって生じる問題について、順に説明しよう。
5-1.消費者獲得および課金額増大による弊害
早期のユーザー獲得を目指すあまり、SNS 二社は競って CM を流し、誇大広告ではな
いかと批判されたこともある。
「無料ゲーム」と宣伝されながら、正確には「無料で遊ぶこ
ともできるが課金に応じた方が優位に進めることができる」ゲームだという批判である。
また、大多数のユーザーには無料でコンテンツを使わせ、一部のユーザーから収益を挙
げるというシステムのために、いわば「依存症」の状態になったユーザーに対し、多額の
課金を行うこともみられる。近年では「コンプガチャ」の問題にみられるように、法令違
反を問われかねない事態まで起こっている9。
コンプガチャとは、「コンプリートガチャ」の略称であり、ある確率に沿って希少なア
(25)-7
イテムが当選するくじ引き(ガチャ)の一種である。ゲーム運営企業の指定するアイテム
の組合せをすべて集める(コンプリート)することで、さらに希少価値の高い賞品が当選
することになる。その希少な賞品を欲しいプレーヤーは、コンプリートする前に途中でゲ
ームを辞めることは難しくなる(これまで集めたアイテムや費やしたお金が無駄になって
しまう)。一回 300 円のくじとはいえ、ある賞品を手に入れるために数百回引いてしまい、
結果として数万円~十数万円費やしてしまったという報告もなされている。非常に依存性
が高く、高額を費やしてしまうゲームであると問題視されていたが、2012 年 5 月上旬に
「景品表示法の禁止する(絵合わせ)に相当するのではないか」との報道がなされたこと
から、業界の自主規制というかたちで順次廃止された。
上記の報道を受け、両社の株価が暴落することとなった。主要な収益源をコンプガチャ
に頼っていると見なされたからである。確かに、グリーにおいては表 1 の 4-6 月および 7-9
月に売上を落としているが、この現象をより正確に把握するためには、個々のユーザーが
どのくらい課金をしているかを調べる必要がある。コンプガチャなどゲームにのめり込む
ような工夫がなされたとすれば、ユーザー1 人あたりの課金額が上昇しているはずだから
である。
ユーザーの負担は以下のようにして算出することができる。総売上をユーザー数で割っ
た数値、すなわちユーザー1 人あたりの売上(ARPU:Average Revenue Per User、以下
ARPU)を示したのが表 2 である。平均値は 1000 円-1500 円程度であるが、実際に課金
に応じている者は全体の十数%程度であるとされることから計算すると、
「課金に応じたユ
ーザー」は平均値の 5-6 倍の金額を一ヶ月に消費していることになる。
表 2 SNS の ARPU(単位:円
グリーの 4-9 月が空欄なのはユーザー数が不明のため)
2011
2012
1-3月
グリー
DeNA
4-6月
7-9月
10-12月
1-3月
687
842
1,152
1,505
1,530
1,177
1,166
1,084
951
1,056
4-6月
1,105
7-9月
1,117
表 2 から読み取れることは、グリーの ARPU が 2011 年はじめから上昇し続けており、
DeNA のそれは比較的安定しているということである。グリーの 4-9 月におけるユーザー
数が不明なため、正確な数値は把握できないが、仮に前期と同様の人数であったとして
ARPU を計算すると、4-6 月期は 1328 円、7-9 月は 1257 円と減少している。また、前期
までの伸びを勘案し、一期に 100 万人ずつユーザーを伸ばしていると仮定した場合、ARPU
はそれぞれ 1285、1178 円となる。つまり、コンプガチャを廃止したことによってグリー
の ARPU は減少していることが予想され、この減少分が本来コンプガチャによってもたら
されていた収入であると考えられる。
(25)-8
業界では、SNS を運営する企業が連合して、コンプガチャなどの問題に対処している。
その一例として SNS 二社を中心として、
「健全な運営」を目指した業界基準が設定されて
いる。2012 年 11 月 8 日に、JASGA(Japan Social Game Association:一般社団法人ソ
ーシャルゲーム協会)が設立された。過度の課金に陥らないように、ゲームの内容を自主
規制したり、青少年に対し、ネットにおけるマナーなどの啓発活動を行うとされる。この
ように業界全体で、行き過ぎた競争を緩和させようというのである。
ところが、これらの対策によっては、根本的な解決には至っていない。コンプガチャと
いった批判を受けやすい課金方式は廃止されたとしても、また新たな課金方式が発案され
るからである。
例えば「ボックスガチャ」は、コンプガチャの廃止の後に導入された課金方式である。
少数の「当たり」と多数の「ハズレ」が封入された「ボックス」を想定したガチャ(くじ
引き)であり、ある確率に沿ってくじを引くが、仮にハズレを引いた場合、そのハズレく
じはボックスに戻さない。そのため、ハズレくじを引き続けると、徐々に当選確率が高ま
っていき、いずれは(ボックス内のくじを全て引いた場合)必ず当たりくじをひくことに
なる。いかなるユーザーも必ず当選までたどり着くことができるために、一見するとユー
ザーに対するサービスのようにも思えるが、コンプガチャ同様、途中(ハズレのみを引い
た状態)でゲームを辞めてしまうと、これまで費やした金額が無駄になってしまう。当選
確率が高まった状態でゲームを辞めるのはもったいないとの心理も手伝って、当選するま
でくじを引き続けて高額の課金に応じるユーザーが出てきた。ゲーム内容の変更、新たな
課金方式の導入によって、コンプガチャ廃止後も両社の高い収益性は確保され続けている
のである。
ところが、SNS ユーザーに対するアンケート調査の結果からは、SNS に課金してしま
ったことに対して「反省・後悔している」「どちらかと言えば反省・後悔している」と回
答した人が 60.6%いることがわかる。さらに「反省・後悔」と回答したユーザーの中では、
今後の使用金額を「減らしたい」が 46.3%、「ゼロにしたい」が 40.8%となっている10。
すなわち、短期的に高収益を挙げたとしても、長期的に見た場合、多額の課金を後悔する
ユーザーが出始めると、彼らの SNS 離れにつながりかねない。
5-2.補完企業の管理に伴う弊害
補完企業の管理に関しては、人気コンテンツを提供する企業を優遇し、より多くの新規
ユーザーを当該企業のコンテンツに誘導するなど、補完企業同士を競わせる手法が用いら
れる。売上の高い(=SNS に利益をもたらす)コンテンツは「おすすめ」「新着」といっ
たランキングの上位など、
「SNS 上の目立つ場所」に掲載される。ユーザーにしてみると、
数百あるコンテンツをくまなく探索することなどできないため、今人気がある、ランキン
グ上位である、などの文言に惹かれてコンテンツを選ぶこともあろう。それゆえに補完企
(25)-9
業は、ユーザーに選んでもらいやすいところに掲載されることを目指し、売上を伸ばそう
と努力するようになる。
このことは、コンテンツの質にも影響を与える。SNS においては、「売上の高いゲーム
が(SNS から)優遇される」という構造ゆえに、補完企業は前述の「ガチャ」と呼ばれる
くじ引きシステムを利用することで、ユーザーの射幸心を煽るのが一般的になってきた。
さらにはユーザー同士を競わせ、互いに課金合戦させることでも収益を高める例も見られ
る。ライバルに勝とうと課金するユーザーが出ると、そのユーザーに勝つためにはさらに
多額の課金が必要になる、という循環である。従来のゲームのように、ゲームの内容その
ものではなく、ギャンブルの側面や他者との競合の概念を導入したことで売上を伸ばすこ
とになる。
仮にギャンブル性を低め、ゲームのストーリーなどの内容を売りにしたとしても、多額
の売上を獲得しない限り、ランキング上位に入るどころか、ユーザーの目に触れることさ
えできないからである。それゆえ現在のシステムが採用されている限り、補完企業として
も、ギャンブル的な側面を利用せざるを得ないのである。
もちろん、単にくじ引きの要素を加えればユーザーを獲得できるという単純なものでな
く、ユーザーを飽きさせず、かつ課金に応じるように誘導するという意味では工夫が続け
られている。しかしこのように、ユーザーの射幸心を煽って課金を目指すことは、従来目
標とされてきた、コンテンツの質向上とは言い難い。
ところが、補完企業のコンテンツ開発に関しては、SNS は関与していない。SNS にと
ってみれば、仮に売上の悪いゲームがあったとしても、それは補完企業の失敗でしかなく、
費用負担の点では特に問題にならないからである。
ただし、補完企業の管理という面では、SNS 側から補完企業へ圧力(他の SNS と取引
してはならない、他の SNS から出資を受けてはならないなど)をかけ、従わない企業に
は制裁(SNS のユーザーから当該企業のゲームまでたどり着きにくくするなど)を行って
いる、という報道もなされている11。
現在のところ、補完企業の数には限りがあり、それらを複数の SNS が奪い合う、とい
う業界の構造が背景にあるため、競争が激しくなればなるほど、
「プラットフォームの価値
増大」という長期的目標から、
「ライバルに打ち勝つために補完企業を管理する」という短
期的目標へと方針転換せざるを得なくなる。このように、SNS においては、プラットフォ
ームの価値増大およびライバルとの競争を同時に達成することは難しい、というジレンマ
を抱えてしまう。
6.おわりに
本稿では、SNS の現状を把握すると共に、業界に存在するジレンマを指摘してきた。す
(25)-10
なわち、各 SNS はライバルよりも優位に競争を進めようと、消費者および補完企業の囲
い込みを目指し、課金に応じた消費者にはさらに高額の課金を勧めようとする。そのこと
自体は短期的には合理的な行動だとしても、プラットフォームビジネスが当初目指してい
たプラットフォームの価値向上や、参加者の利益にはつながらない可能性がある。
依存度の高まった一部ユーザーに対して高額の課金を行い、補完企業のコンテンツの質
には関心を払わないのであれば、現在のビジネスモデルが持続するとは考えられないので
ある。そこで、SNS に必要とされるのは以下の施策であろう。
まず、ユーザーとの関係について言えば、長期的視点からの課金制度設計が望ましい。
短期間に多額の金額を課金し、ユーザーの後悔を招くことが問題視されていた。長期にわ
たってユーザーから支持を得るには、現状よりもあえてギャンブル性を抑えることが必要
になると考える。そのことで短期的には売上減少につながると予想されるものの、ゲーム
そのものの質を高めることは、課金に応じるユーザーの数を増やすことにもつながる。
SNS が率先してゲームの品質向上を目指せば、現在のような、「多数の無課金者と少数の
課金者」という構図を変えることも期待できよう。
続いて補完企業との関係について言えば、補完企業を、制裁などのパワーによって管理
するのではなく、パートナーとして育成し、長期的に協力関係を続けることが必要であろ
う。
プラットフォームビジネスであることや、ソフト-ハード効果の存在など、SNS と比較
的類似の特徴を有するテレビゲーム業界においては、任天堂がソフトメーカーの発売する
ゲームの内容を審査することで知られている。こういった方針により、審査を経て市場に
現れるゲームの数が減少することも考えられるが、いわゆる「アタリ・ショック」12の二
の舞にならない方策が必要、というのが同社の主張である(質の管理)。つまり、補完企業
の提供するコンテンツの質を高めるためには、ゲームの内容にまで踏み込んだ管理が必要
となろう。
さらに、現状では比較的体力の弱い補完企業が大きなリスクを負うことになっている。
前述したように数多くのゲームが生み出されている状況では、ランキング下位にあるゲー
ムの売上は非常に低くなる。大量に売れる場合とそうでない場合の落差が激しいことはコ
ンテンツ業界の特徴とはいえ、例えば SNS によって財務体質の弱い補完企業のコンテン
ツを買い取る制度があれば、SNS へとリスクを移転することができ、ひいては傘下の補完
企業を増やすことにつながろう(数の管理)。このように、コンテンツの質の向上および補
完企業保護の視点が無ければ、SNS の長期的な成長、すなわちプラットフォームの維持は
望めないのではないかと考えている。
謝辞
本稿の作成においては、科学研究費補助金(課題番号 24243048)の支援をいただいた。ここに記して感謝の意を表し
たい。
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注
1
協働によるイノベーションの創出については、中田(2009)を参照されたい。
2
4 つのレバーについては Gawer, A. and M.A. Cusumano(2002)、pp.8-9 を参照されたい。
3
ネットワーク外部性の概念に関しては Katz, M. L. and C. Shapiro (1985)を参照されたい。
4
ロックイン状況については Arthur(1989)において主張されている。
5
Gandal(1994)を参照されたい。
6
ソフト・ハード効果に関しては Katz, M. L. and C. Shapiro (1994)を参照されたい。
7
クレジットカードの番号を入力している例などは、有料と知らずにプレイしたとは考えにくい。
8
SNS の競争において起こる問題について、詳しくは松村(2011)を参照されたい。
9
たとえば日本経済新聞
10
2012 年 5 月 8 日
を参照させていただいた。
11
12
朝刊で報じられた。
Fastask に よ る 「 セ ル フ 型 ア ン ケ ー ト 実 例 レ ポ ー ト ソ ー シ ャ ル ゲ ー ム に 関 す る 利 用 状 況 調 査 」
日経 BP 社『日経ビジネス
http://www.fast-ask.com/client/report/report-socialgame-20120823.html
2010 年 12 月 20,27 合併号』
、11-12 頁を参照されたい。
アメリカにおいて 1976 年に発売されたテレビゲーム機「アタリ 2600」を開発したアタリ社がソフトメーカーの自
由な参入を認めた結果、ソフト制作のノウハウを持たない企業の参入を招き、ソフトの品質が大幅に低下した。結果
としてユーザーが同機を買わなくなった、というできごと。
参考文献
Arthur, B. (1989),“Competing Technologies, Increasing Returns, and Lock-In by Historical Small Events,”The
Economic Journal, Vol.99, No.394 (March), pp.116-131.
Gandal, N. (1994),“Hednic Price Index for Spreadsheets and an Empirical Test for Network Externalities,”Rand
Journal of Economics, Vol.24, No.1(Spring), pp.19-39.
Gawer, A. and M.A. Cusumano(2002), “Platform Leadership” Harvard Business School Press.
Katz, M. L. and C. Shapiro (1985),“Network Externalities, Competition, and Compatibility,”American Economic
Review, Vol.75, No.3 (June), pp.424-440.
__________ (1994),“System Competition and Network Effects,”Journal of Economic Perspectives, Vol.8,
No.2(Spring), pp.93-115.
今井賢一・金子郁容(1988),『ネットワーク組織論』岩波書店。
國領二郎(1995),『オープン・ネットワーク経営』日本経済新聞社。
中田善啓(2009),『ビジネスモデルのイノベーション』同文館出版。
松村政樹(2011),「プラットフォームの構築と維持:SNS の事例から」
『大阪商業大学アミューズメント産業研究所紀
要』第 13 号,1-15 頁。
山倉健嗣(1993),『組織間関係』有斐閣。
若林直樹(2009),『ネットワーク組織』有斐閣。
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