解剖してみない? - 経済学部研究会WWWサーバ

解剖してみない?
慶應義塾大学
玉田康成研究会 8期
企業戦略パート
入村 祐司
齋 亜紗美
藤井 亨
丸山 愛希子
0
はじめに~研究の動機と目的~
2009年4月9日、ユニクロを展開するファーストリテイリングは2009年2月中
間期の連結決算を発表し、それによると本業での儲けを表す営業利益が前年比29%増の
698億円、売上高は同13%増の3574億円といずれも、前期の数値を大きく上回っ
た。また、同社は通期の業績予想の修正を行い、売上高を前回予想6270億円から前年
比13%増の6600億円に、営業利益を前回予想990億円から同15%増の1010
億円にそれぞれ引き上げた。この上方修正された営業利益は、ファーストリテイリングの
過去最高益である。このファーストリテイリングの売上高の約80%を占めている主力事
業がユニクロである。
このニュースを受けて私たちは単純にユニクロってすごいなと感じた。なぜなら、世界
的な不況による、消費者の消費意欲の低下が原因で百貨店や総合スーパー等の他のアパレ
ル業界企業が販売の不振にあえぐ中、ファーストリテイリングは、上記のように過去最高
益をたたき出そうとしているからである。ここで、ユニクロのすごさを裏付ける資料を見
ていただきたい。
(図1)衣料品売上高増減表
(前年同期比、四半期)
%
10.0
5.0
0.0
-5.0
-10.0
-15.0
-20.0
(経済産業省
商業動態統計調査より)
(図1)は衣料品売上高の増減を表しているが、これを見れば明らかなように、近年は衣
料品業界全体の売上高が減少していっている。それにも関わらず(図3)を見てもわかる
ように、ファーストリテイリングの2005年期から2009年期までの売上高は右肩上
がりとなっている。
1
(図2)ファーストリテイリングの売上高と店舗数の推移
(ファーストリテイリングホームページより)
6000
(図3)アパレル企業の売上高と営業利益率
ファーストリテイリング
5000
売上高(億円)
しまむら
4000
3000
青山商事
2000
ライトオン
1000
ジーンズメイト
0
0
ユナイテッドアローズ
ポイント
5
10
15
売上高営業利益率(%)
20
(日経ビジネス 2009 年6月1日号より)
また(図3)を見れば、ファーストリテイリングが、他のアパレル業者に比べ、圧倒的
な売上高及び、営業利益率を誇っていることがわかる。
「ファストリ、逆風下の躍進
24%営業増益、8年ぶり最高益」
これは2009年10月9日の日本経済新聞の朝刊の見出し及び小見出しである。
「ユニク
ロ」を展開するファーストリテイリングが10月8日に発表した2009年8月期の連結
決算は、営業利益が1086億円と前期に比べ24%増加し、8年ぶりに過去最高益を更
新した際の記事である。売上高も前期比16.8%増の6850億円と4年連続で最高だっ
2
た。この記事は、私たちがユニクロに着目したという後付けの理由としかならないが、ユ
ニクロが、今、業績が伸びているということがよくわかる。
そしてファーストリテイリング社長の柳井正氏は強気であり、10年8月期決算の売上
高は16.5%増の7980億円、営業利益は10.5%増の1200億円と増収増益を予想
している。そして10年後には連結売上高5兆円を目指すことも明言している。これを実
現するために、国内、海外ともに積極的に出店計画を進める。これは百貨店が採算性が取
れずに事業を縮小している流れに反するものである。
このように、ユニクロはアパレル業界が衰退傾向にある中、業績を伸ばし続けており、
国内のアパレル企業では「ひとり勝ち」の様相を呈している。
では、なぜユニクロだけが成長を続け、好業績を残すことができるのか。この論文はそ
の理由について、経済学的な視点に立って考えていき、証明することを目的とする。なお、
ユニクロに関する書籍は数多く出版されているものの、それらの書籍は経済学的な視点に
欠けるものであり、いわば、経営学の本ということができる。よって、ユニクロの成功の
要因を経済学的な視点に立って議論することは意義があるといえる。
この理由を考えるにあたり私たちは、ユニクロの「製品」、「コスト」、「ブランド」がキ
ーワードとなってくるのではないかと考える。なぜなら、アパレル業界に限ったことでは
なく製造業においては製品ありきの業界であり、どのような製品を生産するのかが非常に
重要であるからである。また、ユニクロの製品はみなさんご存じのように、コストパフォ
ーマンスが非常によく、低価格である。これがユニクロの強みである。そして低価格で販
売するためには、コストを低く抑える必要がある。よっていかにしてユニクロはコストを
抑えているのかがカギとなってくる。また、製造業においてどのようにブランドを築き上
げていくのかということも重要である。これはブランドを構築すれば、さまざまな点で有
利に事業を進めることができるからである。
よって私たちは、1章でユニクロの製品について焦点をあて、ユニクロはどのように他
の製品と製品を差別化しているのか、ユニクロの製品にはどのような特徴があるのかとい
った点について議論を行い、成功の要因を考える。
2章では、ユニクロの心臓部であるともいえる、ユニクロの製品はなぜ低コストで生産
できるのか、どのようにコスト削減を図ったいるのかという点を、生産、流通、組織とい
った側面から分析していきたいと思う。
3章では、ユニクロは、どのようなブランド戦略を行っていて、そこからどのような便
益を得られているのかを中心に考えていく。そしてそれがどのようにユニクロの成功、好
業績に繋がっているのかという点を整理したいと思う。またユニクロのブランド戦略によ
ってどのような弊害が生じているのかといったマイナス面についても触れていきたい。
3
はじめに~研究の動機と目的~・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
1章 製品差別化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
1.1 ユニクロの現在の状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
1.1.1 ユニクロの位置
1.1.2 ユニクロの強み
1.2 ユニクロに対する疑問・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
1.3 疑問に対する分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12
2章 低コストを実現した組織・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
2.1 本章の問題意識と問題設定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
2.2 ユニクロについて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
2.2.1 中国における大量生産
2.2.2 スケールメリットの追求
2.2.3 完全買い取り制の実施
2.2.4 二重マージンの解消
2.2.5 情報の効率的な伝達
2.3 SCMによるデメリット・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
2.3.1 スーパー店長への権限の委譲
2.3.2 内部化に伴うデメリットの克服
2.3.3 コーディネーション問題
3章 ブランド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28
3.1 ユニクロのブランド力・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28
3.2 ユニクロのブランド認知・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29
3.3 ユニクロの広告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29
3.4 ユニクロのブランドイメージ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31
3.5 ユニクロの品質・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31
3.6 参入障壁の形成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
3.7 サーチコストの削減・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36
3.8 ユニクロのブランド戦略の弊害・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37
3.8.1 プレミアム価格の設定
3.8.2 「ユニ被り」、
「ユニバレ」
3.9 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38
4
4章 まとめ及びユニクロの展望・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42
5
1章
製品差別化
なぜ、ユニクロは他と異なり、業績をあげられているのか。その理由を製品差別化の観
点からみていきたい。
1.1
ユニクロの現在の状況
まず、はじめにユニクロの現在の状況をみてみたい。
1.1.1 ユニクロの位置
下の図はユニクロを含む大手衣類メーカーが業界のジャンルの中でどういった領域に位
置しているかを表したものである。
<日経ビジネス 2009 年 6 月 1 日号参照>
縦軸は設定価格を表わし、上にいくほど高く、下にいくほど安い。横軸は商品のファッ
ション性を表わし、右にいくほどファッション性が高く、左にいくほどファッション性が
低い、つまりベーシックな商品である。
ユニクロは図が示す通り、ベーシックな製品を低価格で販売していて、商品のコンセプ
トをファッションと生活必需品の中間と位置付けている。高価でファッション性の高い商
品は百貨店のアパレルコーナーなどで販売されており、安価な生活必需品としての衣料は
6
総合スーパーなどで販売されている。ユニクロが参入した安価で、ファッションと生活必
需品の中間の層はいわば参入が避けられているゾーンであった。そういった意味でユニク
ロは衣料業界において稀なゾーンに参入したと言える。ユニクロの成功の理由は消費者の
誰もが目につき、低価格で買うことができる真ん中に参入したことである。この真ん中に
参入したということが最も重要なことである。
次にユニクロが他企業と異なっている点を考えてみる。
1.1.2
ユニクロの強み
ユニクロの高品質、低価格という大前提を除いた強みについて考えてみたい。
大きくわけて5つの強みがあると考えられる。
① 顧客の層を絞らない。
② 消費者のニーズに応える。
③ 店の立地や体系、制度が整備されている。
④ 新しい商品開発を常に行う。
⑤ ベーシック商品をおろそかにしない。
この5つはすべて高品質、低価格という2つの基盤の上に成り立つものである。
ユニクロが真ん中に存在していることにおいてこれらの強みが活きてくる。またこれら
があるからユニクロは真ん中に存在していることができるのだ。
この5つについて述べていきたい。
① 顧客の層を絞らない
先に述べたように、ユニクロの販売している商品はファッションと生活必需品の中間で
あり、老若男女を問わず、すべての顧客層をターゲットにしている。競合他社の H&M な
どは幅広いジャンルを取りそろえているが基本的には若者向けである。実際の店の様子を
みても、H&M は若者中心で、ユニクロは幅広い層のお客が来ていることがわかる。
顧客の幅を広げることにより、リスクを軽減させることができる。例えば、仮に若者の需
要が少なくなったとしても他の層も視野にいれていれば、同時に他の需要が少なくなり業
績が急激に傾く確率を減らすことができることになる。顧客を絞らない商品販売こそがユ
ニクロの強みである。
② 消費者のニーズに応える
グローバル R&D(Research & Development / 研究開発)体制を確立したことにより、
7
世界のトレンド、ニーズ、素材などの情報を素早くキャッチアップでき、商品開発やデザ
インに反映させることができる。消費者のニーズをもとに改善された、ヒートテックやブ
ラトップが人気商品へとなったのが好例として挙げられる。
特に、ウィメンズ市場はメンズ市場の2~3倍の規模がり、そこで力を発揮するために、
女性が好む商品開発に積極的に力を注いでいる。
一時期強くあった「ユニクロの商品はダサい」というイメージの払拭のため、デザイン
性やカラーリングを改善した。また UNIQLO というロゴを服の表面にださないようにし、
ユニクロ商品と分かりにくくし、他のブランドとのコーディネートもしやすいようにする
工夫もした。また、インナーの着心地の良さを求めていた顧客の声に応え、インナーの材
質向上などに努めた。
下の図はユニクロが商品を生み出す過程を表わしていて、この過程を通し顧客のニーズ
を商品に反映させている。
<ユニクロホームページより>
③ 店の立地や体系、制度
ユニクロは全国770店舗を展開しており、多くの消費者が利用しやすい。店の立地は
写真2、3に見られるように、駐車場を完備しているか、駅に近く、利用者がアクセスし
やすい。
店の清潔感を出すために、開店前、閉店後の清掃、営業中の服の整理に常に気が配られ
ている。店員は積極的に接客はせず、顧客の好きなように、ゆっくりと商品を見て、選ぶ
ことができる環境を作っている。アルバイトも若い人を中心に雇い、接客をはじめしっか
りと指導されている。こういう細かいところにはお金、労力、時間がかかるが、そこを惜
しまずにやるところもユニクロの強みである。
また、1ヵ月以内ならどの商品でも返品自由という制度を実施している。さらに返品は
購入した店舗でなくても可能である。こういった制度は消費者に安心を与え、ユニクロへ
8
の信頼を高めることにつながる。
写真1
写真2
写真3
④ 新しい商品開発を常に行う
状況の変化に対応するために常に新しいものを生み出すことが必要となる。顧客のニー
ズをすくい上げ商品開発を実現していく中で、看板商品となる商品を生み出している。ヒ
ートテックやブラトップは良い例である。新たなジャンルの商品を生み出そうと改良を重
ねた結果生まれた商品であったと言える。
一方、商品を生産するうえで、安定して素材を入手するということが大変重要になる。
ユニクロは100%原材料を買い取ることによって素材のコストを下げ、安定して安価な原
材料を調達することに成功している。また、これらを背景に繊維メーカーと直接交渉をし、
新商品開発に伴う、新素材開発に取り組んでいる。ヒートテックは繊維メーカー東レと、
繊維から共同開発して生まれた商品である。
⑤ ベーシック商品をおろそかにしない
ユニクロは新商品の開発ばかりではなく、既存のベーシック商品も改良を加え、常に新
鮮なベーシックの提供を目指している。ユニクロの基盤を支えることができるのはベーシ
ック商品である。ズボン、シャツ、パーカーなどといった商品も数年前のダサいといった
9
印象の商品から数段の進歩を遂げている。
カラーリングや、サイジングを改善し、その年の流行色や、近年流行っているサイズの
商品を販売するなど、その時々のニーズに応えるベーシック商品を生み出している。
需要の多いベーシック商品を常に進歩させ、消費者を引き付けることはそのままユニクロ
の売り上げに貢献し、強みとなる。
1.2
ユニクロに対する疑問
ユニクロの他との違いは何であるのか
百貨店との違い
まず、立地状況が違う。百貨店は都心部の一部や各地域の中心にしか存在しないが、ユニ
クロは全国に大量にまた、まんべんなく分布している(全国約770店舗)。また扱ってい
る商品も違う。百貨店は高価でブランド力が強くファッション性に強いものを扱い、ユニ
クロは安価でファッションとベーシックの中間くらいの商品を扱っている。位置で言えば
ユニクロが真ん中あたりに位置しているのに対して、百貨店はファッション性に特化して
いる方の端に位置している。
総合スーパーとの違い
商品のファッション性や品質が違う。総合スーパーは生活必需品を扱う色合いが強く、フ
ァッション性もさほど強くはなく、品質も素晴らしく良いというわけではない。一方ユニ
クロは総合スーパーに比べ、ファッション性が強くまた品質も高いレベルを実現している。
総合スーパーはファンション性が弱い方の端に位置している。
他のアパレル企業との違い
大手衣料メーカーのしまむらとの最大の違いは、ユニクロは都心も含め各地域に点在して
いるが、しまむらは郊外中心で都心にはほとんどないということである。また、10~3
0代の女性をターゲットにし、ファッション性の強さを推している H&M や FOREVER2
1とは異なり、ユニクロはファッション性は中間くらいで、特定の性別、世代を対象とせ
ずに戦略している。しまむらはユニクロとほぼ同じ位置に位置しているが、郊外中心とい
う点でユニクロに比べ、端の方に近づいていると考えられる。H&M や FOREVER21は
ユニクロに比べファッション性に特化していて、価格も高めなため、端の方に位置してい
ると考えられる。
10
これらのユニクロと他社との相違や現状、強みを通して、3つの疑問を抱いた。ここでは
その3つについて考えていきたい。
その3つは
(1)<顧客を絞らずに、顧客層を広くする理由はどのようなものか>
(2)<ユニクロが稀なゾーンに参入しようとした意味はどのようなものであったのか、
またそもそもなぜ稀であったのか>
(3)<ユニクロの強み高品質、低価格がそもそも意味をなしている理由はどのようなも
のなのか>
である。
最大の焦点はユニクロがなぜ真ん中にいったのか、なぜ真ん中で成功しているのか
ということである。
まず、<顧客を絞らずに、顧客層を広くする理由はどのようなものか>と疑問を抱いた
理由は、顧客層を絞った方が、効率良く生産できるのではないかと考えたからである。ま
た、顧客の的が絞れず、どの層のニーズにも合わず顧客離れをおこすリスクがありうる。
このことをリスク分散という観点で考えていきたい。顧客層を増やすことによってリスク
分散につながっているのか考えてみる。
次に、<ユニクロが稀なゾーンに参入しようとした意味はどのようなものであったのか、
またそもそもなぜ稀であったのか>という疑問を抱いた理由は、他の企業が製品差別化に
よって競争を回避する事で利潤を上げているのに対して何故ユニクロは最も競争の激しい
(と考えられる)中間の商品市場に参入し高い利潤を上げる事ができたのかと考えたから
である。ユニクロほどの技術があれば、ファッション性に特化した高品質商品を高値で売
ることも可能であったはずである。
しかし、ユニクロは競争の激しい真ん中に参入し、かつ成功を収めている。稀なゾーン
と「製品差別化」との関係はいかなるものなの、またそもそもなぜ、真ん中が稀であるの
かという前提についても考える必要がある。これについて二つ目に分析する。
そして、<ユニクロの強み高品質、低価格がそもそも意味をなしている理由はどのような
ものなのか>と疑問を抱いた理由は、高品質、低価格が成功している理由であるのは間違
いなにのだが、高品質、低価格はユニクロの成功にどのように影響しているのか、と考え
たためである。これについて三つ目に分析する。
この3つに問題を絞り、分析をしてきたい。
11
1.3
疑問に対する分析
(1)<顧客を絞らずに、顧客層を広くする理由はどのようなものか>
この疑問に関して、リスク分散という観点で分析する。
簡単なモデルを考える
企業が A=10代~30代対象の商品、B=10代未満対象の商品、C=30代以上対象の商
品の3つの商品に投資をするとし、投資額の合計を U=9 とする
A に投資する投資額は Ua、B に投資する額を Ub、C に投資する額を Uc とする
各商品が成功して投資額の平方根倍の利益を得る確率が 50%、潰れる確率は 50%とする
Ua=9 の時
企業の利益の期待値は
√9/2-9/2 = -3
Ua=3、Ub=3、Uc=3 の時
全商品が成功する確率は 1/8
どれか1つが成功し、あとが失敗する確率は 3/8
どれか1つが失敗し、あとが成功する確率は 3/8
全商品が失敗する確率は 1/8
よって企業の利益の期待値は
3*√3 *1/8 + (√3+ (-3)*2) *3/8 +(2*√3+(-3))*3/8 + (-9)*1/8
= (3√3+3√3-18+6√3-9-9) / 8
= (12√3-36) / 8
= (3√3-9) / 2
≒(1.73*3-9) / 2
= -1.905>-3
よって1つの商品に投資するよりも、分散して投資した方が利益の期待値は大きくなる。
顧客層を幅広く持つことがリスクの軽減になっていることがわかる。しかし、このリスク
を軽減させるためのという考えはおそらく後から付随した理由であると考えられる。なぜ
なら、ユニクロが目指したのはリスクの軽減ではなく、新たな領域を切り開き、そこを開
拓して莫大な需要を得ることであったからだ。ある特定の店にある商品を購入するために
服屋に行く顧客を引き付けることは難しいが、それ以外の顧客であれば、安さと立地の良
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さで引きつけられる可能性がある。顧客をしぼっていたらこの状況も生まれにくい。
真ん中に参入し、利益を得るためには多くの顧客のニーズに応える必要がある。だからこ
そ、ユニクロは顧客層を絞らずに展開し、そのことが結果的にリスク分散にもつながって
いるのだ。
(2)<ユニクロが稀なゾーンに参入しようとした意味はどのようなものであったのか、
またそもそもなぜ稀であったのか>
まず、なぜ真ん中に参入することが稀なのか。その理由は、顧客が多く、価格競争が激
しいからである。価格競争によって価格が限界費用まで下げられてしまったら、企業の利
潤は生まれない。利潤の生まれない真ん中に行く意味は企業にとってない。したがって、
企業は利潤を求めに、差別化された端に行き、独占的な状況で価格を吊り上げ、利潤を得
る。多くの企業はこのように考える。
ではなぜユニクロは真ん中にいき、またなぜ成功することができたのか。その理由は生
産費用が低かったことに他ならない。競合他社よりも低い生産コストを実現し、価格競争
に耐えられ、低価格でも利潤を得ることができる、これが、ユニクロが真ん中に行って、
かつ成功している理由である。
企業には差別化された端に行くか、競争のある真ん中に行くかの選択ができる。企業は
利潤を多く得られる方に行く。ここで、端に行く場合と真ん中に行く場合とのメリット、
デメリットを見てみる。
端に行く場合
メリット:差別化を図ることができ、独占的な価格で販売できる
デメリット:相手にできる顧客が少ない
真ん中に行く場合
メリット:相手にできる顧客が多い
デメリット:価格競争が起き、限界費用が低くなければならない
この2つが直接利潤に関わってくるため、このことを考慮し利潤を多くできる方を選ぶ。
実際に利潤を計算してみる
端に行くときの顧客数を q1、価格を p1、真ん中に行くときの顧客数を q2、価格を p2、限
界費用を c とし、p1>p2、q2>q1 とする
このとき企業は利潤となる顧客数*価格の(p1-c)*q1 と(p2-c)*q2 の多いほうを選択する
13
もちろん真ん中に行く場合は価格競争を考えなければならない。
自分と同等の生産能力をもった企業の場合は均衡価格が限界費用まで下がるため、利潤は
0となってしまう。なので、真ん中に行くためにはライバルより低い限界費用を実現して
いなければならない。
真ん中に存在している他社の限界費用を c’とすると
企業の利潤は
端に行くとき(p1-c)*q1
真ん中に行くときは(c’-ε-c)*q2
(εは少数を表し、競合他社の限界費用より少し費用を
下げ、その層の顧客を手に入れるためのものである。)
となる。
どちらが企業にとって利潤を高められるかによってどちらに行くか決まる。
ユニクロにとっては (p1-c)*q1<(c’-ε-c)*q2
であったので、後者の真ん中に行く方が利潤を増大できたということである。これを実現
しているのは何度も述べているがユニクロの限界費用が低いからである。
他の有名衣類メーカーと比べてみると、各々において戦略が異なっていることがわかる。
例えば、H&M や FOREVER21 などは大規模ではないが、顧客層を若者、特に女性にしぼ
り、そこに特化できるように差別化を図っている。しまむらは商品としてはユニクロと同
じような位置づけであるが、郊外を中心に展開していくという戦略で他との差別化を図っ
ている。
一方、すでに述べたが、ユニクロは差別化を図ろうとはせず、幅広く、多くの顧客を相
手にしようと考え、真中に立地した。このことがある意味差別化であったという考え方も
できる。
次に相手企業との関係によって、ユニクロがどのように動くのかを考える
相手企業が差別化されている場合
相手企業が差別化されていて、端に行っているのならユニクロは真ん中に行くのが望まし
い。それは、真ん中で多くの顧客を相手にすることにより1商品あたりの利潤は多くなく
ても、総合的に最大利潤を実現できるためである。
相手企業が差別化されていない場合
相手企業が差別化されていなく、真ん中にいてもユニクロは真ん中に行くのが望ましい。
理由は価格競争が起きてもユニクロはそれに耐え得る低コストを実現しているからである。
価格競争で勝ち、相手企業が差別化されている場合と同じように総合的に最大利潤を実現
14
できる。
上図は顧客の趣向を表わしていて、左端に進むほどベーシックを好み、右端に行くほどフ
ァッションを好むことを示し、横軸には顧客が一様に分布しているものとする。企業が立
地できるのは上図の縦線が入っている5か所とする。顧客は趣向の差から生じる費用と商
品に実際にかかる費用を合わせた総合的な費用の低い方で商品を買う。
(ⅰ)まず、ユニクロとファッション性において差別化された企業 A の2社が存在する場
合を考える。限界費用はユニクロの方が安いとする。
ユニクロは差別化されていないので相手に関わらず真ん中に行くのが最適である。これを
踏まえて、企業 A はどのように動くのが最適であるか考える。
1に行く場合を考える。
ファッション性では差別化を発揮できるもののベーシックでは差別化を図れない。また、
価格の面においても限界費用がユニクロより高いため、低い価格を設定することはできな
い、よってユニクロにすべての顧客を持っていかれる。企業 A は1には行かない。
次に2に行く場合
1に行く場合と同様のことが起こるため行かない。
3に行く場合
価格ではユニクロに勝ることはできないので、3より左側にいるベーシックの顧客はユニ
クロにすべて持っていかれる。また右側のファッション性に趣向の顧客も価格と趣向の差
を費用として考えるとユニクロに行く。したがって、企業 A は3に行かない
4に行く場合
3と同様に4より左の顧客はすべてユニクロに持っていかれる。4より右の顧客で趣向の
差と価格を総合してユニクロより A の方がよいと考えるいくらかの顧客は A に行く。よっ
て4には行く可能性がある。
15
5に行く場合
4の場合より多くの顧客を得ることはできないが、ファッション性において差別化されて
いるため、独占状態にでき、価格を吊り上げることができる。よって4より5の方が望ま
しい。
以上から企業 A は5に行き、ユニクロが3(真ん中)に行くのがもっとも望ましい。
(ⅱ)ユニクロと差別化されてない企業 A の2社がいる場合。限界費用はユニクロの方が
低い。
共に差別化されていないのでお互い真ん中に行くのが望ましい。しかし、両企業が真ん
中にいった場合は価格競争が起きる。価格競争が起きると限界費用が低いユニクロが勝る。
したがって、企業 A はなにかしらの差別化を図るか、参入しないことが望ましく、ユニク
ロは真ん中に参入するのが望ましい。
これらからユニクロは相手企業に関係なく真ん中に参入するのが最も望ましいと考えられ
る。
(3)<ユニクロの強みがそもそも意味をなしている理由はどのようなものなのか>
(2)で示したように、ユニクロは競争の激しい真ん中に参入した。この真ん中に参入
するためには価格競争に勝たなければならない。価格競争に勝つためには圧倒的な低価格
が必要であり、それを実現することにより、利潤を増大させることができる。利潤を増大
させるためには低価格であることが大前提である。低価格でなければ、真ん中に参入して
も、成功することはなく、そもそも真ん中に参入しようとは考えなかっただろう。ユニク
ロが端に参入して成功していたかどうかはわからないが、今以上に成功することはなかっ
ただろう。そのことを考えると、ユニクロにおいて低価格であるというのは重要な意味を
もち、ユニクロを支えるものである。
ユニクロはこのゾーンに参入し、競争に勝つために品質を高いレベルで維持しながらも、
生産費用を低く保っている。それらを可能にしているのは SPA 方式や、人件費の安い中国
で生産し、かつその生産者の技術指導を行う匠プロジェクトなどであるが、これらについ
16
ては後の章で述べる。
また、品質という視点を加えて見てみると、顧客のタイプには価格より品質を重視する
タイプ、品質より価格を重視するタイプ、低価格を好むがあまりにも低品質なものは好ま
ないタイプがある。高価なブランド品以外は対象外という場合を除き、高品質、低価格で
あることがもっとも良いことはこれらのタイプを見なくても明らかである。高品質という
点においてユニクロが競争に負けることはまずないだろう。問題になるのは価格の面だ。
ただ価格が低いだけなら、スーパーなどで品質はユニクロに劣るものの、実現することは
可能だろう。ここで大事になってくるのが人は極端を嫌うということ。品質はさほど気に
せず、低価格のみを望む人はいるかもしれないが、大半は品質が悪いことを気にし、多少
価格が上がっても、安定した品質を求めるだろう。そういった点からみてもユニクロが、
このゾーンで安定した需要を確保できたことが納得できるだろう。低価格だけではなく、
高品質であったということが、ユニクロにおいて大切で、重要な意味を持っていたことに
なる。
ユニクロが低い生産コストを実現できているのは、独自の生産システムがあるからであ
る。これについては後の章で述べる。
真ん中に行くことにおいて最も重要なことは生産コストが低いことである。では、端に
行くことにおいて重要なことはブランド力である。ブランド力が差別化において有効であ
り、製品差別化に密接に関わっている。ユニクロは真ん中に行き、他とは異なり差別化を
していない。このことが最も重要である。
こういった点でユニクロは競業他社が苦しんでいる中、売上額を伸ばし続けている。製
品といった視点からみて、現在成功している要因は今までにない新たなところに焦点をあ
てたところ、高品質、低価格という一見相反する2つを実現していることがあげられる。
これらが実現できているのはユニクロ独自の組織システムがあるからである。次章ではそ
の独自のシステムについて述べる。
17
2章 低コストを実現した組織
2.1
本章の問題意識と問題設定
前章の最後でも述べたように、この章では、ユニクロが品質の良い製品を低価格で販売
できるのは、ユニクロが製品を低コストで製造できるからに他ならないことを示していく
ことにする。
根本的に、ユニクロ最大の強みは低コストで製品を製造できることである。この点にお
いてユニクロは他の企業の追随を許さず、そのことが今ではひとつのステータスになって
いるといっても過言ではない。
そもそもなぜユニクロは製品を低コストで製造することができるのであろうか。今日、
このテーマにおいて様々な議論がなされているが、結論としてはユニクロの生産工程や、
組織に起因しているといえるだろう。ゆえに本章では、ユニクロの生産工程や組織といっ
た面から、いかにして低コストを実現しているのかという点について分析していく。
はじめに、この問題を考えるにあたり最も重要なカギとなっているのは、ユニクロのシ
ステムである。そこで、まずユニクロのシステムとは一体どのようなものなのかというこ
とについて述べていく。その中で SCM とSPAについて考え、続いて、市場を離れること
によるコーディネーション問題について分析していく。
2.2
ユニクロについて
ユニクロは具体的にどういうことをおこなって低価格を実現しているのだろうか。低価
格を実現するにはコストを下げなければならない。そこで必要不可欠なのが人件費の削減
である。ユニクロでは人件費を削減するために中国で生産することにした。しかも大量生
産することで 1 着あたりの単価を大幅に下げることに成功した。以下で中国で生産するに
あたりユニクロが取り組んだことと、スケールメリットの追求によっていかに単価を下げ
たかについて説明する。そのあと、生産者から大幅に値引きすることを可能にした完全買
い取り制のしくみについて述べていきたい。また、市場とはかけ離れたユニクロのシステ
ムについて、市場と離れることでのデメリットの克服についても分析する。
2.2.1 中国における大量生産
中国で生産すると、日本で生産するより人件費を約10分の1まで下げることができる。
18
中国で生産するだけならどこの企業でもできるだろう。しかし、ユニクロはただ中国生産
するだけでなく、高品質を維持し続けるために徹底した生産体制を確立した。
中国製品には粗悪なものが多く、ほつれて数が違っていることも少なくない。また、日
本のブランドは高値で取引されるため、横流しされるケースもある。このままだと、せっ
かく人件費を安くしても高品質な製品を作ることができない。そこで、ユニクロは中国で
生産するにあたり、取引先まかせにせず、中国にファーストリテイリングの子会社を作り、
トップに日本のユニクロで店舗の運営や店長を経験し、ユニクロの経営理念を理解してい
る中国人をおくことで中国での生産管理を統括することに成功した。また、匠プロジェク
トも高品質な製品を作る上で大きく貢献した。匠プロジェクトとは、「編み、織布、染色、
縫製などの工程ごとに30年以上の経験を持つ日本の熟練職人派遣し、技術指導を専門に
行うプロジェクト」のことである。このプロジェクトの徹底により、中国人の生産技術も
飛躍的に向上し、日本製に負けないような高品質な製品を作ることに成功した。
2.2.2 スケールメリットの追求
ユニクロは、ベーシックカジュアルを基本としているのでサイズ違い、色違いの商品は
豊富に販売しているが、種類は一般的な衣料品店に比べて少ない。種類が少ない分1つの
製品を大量に売り上げる。衣料品というのは型を決めたり、縫製の手順を決めて、人員を
手当てするのに手間がかかるので、一度生産ラインを組んでしまえば、後は流れ作業なの
で100枚でも10万枚でもそんなにコストにかわりはない。そこで、発注ロット数を増
やすことで、1着あたりにかかるコストを大きく下げることに成功した。また、サイズ違
いや色違いだと途中まで工程が同じなので新しい製品を作るよりさらに生産ラインを組む
コストを削減することができる。
2.2.3 完全買い取り制の実施
一般的な店舗は売れ残った製品を生産者側に返品している。完全に買い取ってしまえば、
返品できないし、売れ残りの処理は自分でつけなければならないからである。その結果、
生産者側は売れ残って返品されても利益が出るよう、売れ残るリスク分を上乗せさせた価
格に設定していた。しかし、ユニクロは完全に買い取り制を実施した。完全に買い取るこ
とで生産者の「返品されるかもしれない」というリスクを取り除くことができ、大幅な値
引き交渉が可能となった。このような、リスクを嫌い、リスクが軽減されるなら得られる
金額が少なくてもいいような生産者のことをリスク回避的という。
一般的な形で見ると、リスク回避的な生産者は下の図のようになり、凹関数になってい
19
る。
u( Ex )
Eu
Ex
ここで、生産した中で製品が売れる割合を p 、売れ残る割合を(1- p )、全て売れた時の
利益を x1 、売れなかった時の損失を x 2 とすると( x1 、 x 2 >0)、生産者側が売れ残りを買
い取る場合利潤はπ= p ◦ x1 ⊕(1- p )◦(- x 2 )
この結果から得られる期待値は Ex = p +(1- p )(- x 2 )
利潤の期待効用は Eu (π)= p u ( x1 )+(1- p ) u (- x 2 ) p
確実な Ex の効用は u( Ex )
生産者は危険回避者なので u( Ex )> Eu (π)となる。Eu (π)=u( Ex -ρ)となるようなρ>
0が定義でき(図の赤い部分)、このρのことをリスクプレミアムという。危険回避的な生産
者は不確実性を回避するためにはρだけ期待利潤を減らしても構わないと思っている。こ
の性質を利用して、完全買い取り制にしてリスクを負う代わりにリスクプレミアム分だけ
生産コストの引き下げに成功した。その分ユニクロ側がリスクを負うことになるが、スケ
ールが大きく、リスクは分散させることができるので、そんなに問題ではない。なぜなら、
ユニクロはカジュアルベーシックという商品を展開している。これは、ファッション性の
強い商品に比べ売上変動の小さいものであり、リスクを小さくすることができる。また、
この製品領域では、低価格を実現するために規模効率を発揮させ、少ない製品を大量に生
産する仕組みを構築している。これらの商品は、どうしても多様性に限界がある。そこで、
これらの商品を『部品』と捉えることで他社メーカーの製品と組み合わせて個性を発揮さ
せる領域を作った。つまり、消費者にコーディネートを楽しむことを訴求し、多様性の創
出を消費者に行ってもらうことを訴求した。そのため、商品の外側にはユニクロブランド・
20
マークは入っていない。このように商品を捉えているので、アイテム数を絞ること(350
~400アイテム)ができる。通常のカジュアルショップから比べると1/3~1/4の水準。
それゆえ、在庫管理もしやすい。すなわち、リスクというデメリットをできる限り抑え、
さらに扱う商品群のデメリットを、発想を展開させてメリットに変える工夫をしているこ
とが窺えるのである。
このように、ユニクロが他社では行わなかったことを徹底して実行し、コストを下げる
ことに成功した。しかし、これだけではコストを下げるのにも限界がある。そこで、流通
体制を根本的に見直した。その結果、メーカー、卸、小売りなどの流通にかかわる企業が
協力して、常に仕入数量と販売数量を一致させる仕組みを作りだした。しかもメーカー、
卸、小売りにあたる部分を全て 1 社で行うことにした。これにより、メーカー、卸、小売
りを仲介する際に発生する二重マージンを解消することができ、また、内部で情報を共有
し効率的に伝達することにより価格設定の時間を短縮することもできた。以下で詳しく述
べていく。
2.2.4 二重マージンの解消
卸店はメーカーから買った価格にさらに自社の利益を上乗せして小売店に販売する。こ
のように仲介業者を介しているうちに、最終的に消費者の手に渡るときには高価格になっ
ていて、誰も買わなくなってしまう。
一般的なモデルで見てみる。
川上企業が中間財Q1を製造し、川下企業がこの中間投入を利用して製造した財Q2を最終財市
場に供給すると仮定する。川上企業が生産活動を行う際の限界費用をMC1、中間財需要に
対する限界収入をMR1、川下企業が生産活動を行う際の限界費用をMC2、最終財需要に
対する限界収入をMR2で表す。このとき、川上企業と川下企業のそれぞれの価格設定につ
いては、双方が独占企業として生産活動を行う場合には、川上企業は、MC1=MR1で価
格P1を設定し、川下企業に中間財Q1を供給する。川下企業も独占的状況にあることから、
下の図のとおりP1で購入した財Q1を利用し、P1+MC2=MR2で設定される価格P2
で最終財Q2を提供する。一方、川上企業と川下企業が独占下で垂直統合し、1社で中間財
から最終財までを提供する形態であれば、最終財価格はMC1+MC2と最終財の需要曲線
D2に対する限界収入MR2の交点P3で設定される。この価格は川上企業と川下企業がそ
れぞれ存在し、独占がつながっている状況よりも、垂直統合企業のほうが経済効率の点で
望ましいことを示している。
21
P2
P3
MC1+MC
P1
MR
よって、ユニクロは流通過程を 1 社で行うことにより、業者を仲介している間に発生す
るマージンをなくしてその分の価格を下げて消費者に提供できるようになった。
2.2.5 情報の効率的な伝達
メーカーから卸店、卸店から小売店に製品を販売する時の価格は売り手のかかる費用と
買い手の支払ってもよい価格が等しくなるような市場価格に設定しなければならないが、
(P=MC)全て1社で行うことで市場からの情報を得ることなく内部で情報を共有して最適
な価格を設定することができる。また、いちいち市場で価格を設定する必要がないので、
メーカーから卸店、小売店と経由するよりも短い期間で製品を作ることができる。これに
より、流行に乗り遅れることなく適切な時期に最適な製品を販売することが可能となった。
上記で述べたメーカー、卸、小売りなどの流通にかかわる企業が協力して、店頭でいくつ
売れたか販売実績データを出し、それを基にいくつ発注すべきか、いくつ生産すべきかを
決め常に仕入数量と販売数量を一致させる仕組みのことを SCM(サプライチェーンマネジ
メント)という。なぜ SCM を行うかというと、商品が売れ残ると在庫を多く抱えることに
なり製品を維持するのにコストがかかる。しかし売れ残りを発生させないようにと確実に
売れる分だけしか生産しないと品切れが発生してしまう可能性もあり、場合によっては売
れるはずだった商品の売る機会を逃してしまい、販売機会のロスが生じる。また、買いた
い商品がなければ消費者の満足を得ることができず評価を下げることにもつながる。これ
らを防ぐためである。
22
また、SCM を一社で行うことを SPA(speciality rerailer of private lavel)という。SPA
を取り入れることで、SCM で達成できなかった流通過程のコストを抑えることもできた。
このように SCM を取り入れたことで大幅なコストの削減に成功したが、デメリットも存在
する。以下で分析していく。
2.3
SCMによるデメリット
ユニクロは、
SCM を採用したことによってシステムが市場取引とはかけ離れてしまった。
ここでは、市場取引をしないこと、つまり SCM のもとで得られるメリット、デメリットに
ついて分析をしていく。
SCM というシステムを戦略にすることで市場でのメリットを捨て去ったということにな
る。市場のメリットとは、この場合、下流のサプライヤー間での競争の存在が効率化のイ
ンセンティブを与えていることである。また、契約を通じてリスクを分散させていること
である(シーズンが終わって売れなかったら生地の在庫を抱えなくて済むなど)。一般的なア
パレル産業では、通常、生地屋、縫製屋、デザイン販売屋の3つに垂直分離している。例
えば、紡績メーカーが糸を紡ぎ、それをニッターが織物、編物にする。それが染色整理に
出され、縫製され、問屋を通じて小売店に流される。各段階には、総合商社や専門商社が
介在する。各段階、別の企業が担うことが多く、各段階でそれぞれの専門性を発揮するこ
とができ、また先述したように在庫リスクなども分散させることができる。
一方でユニクロは、その3つを垂直統合することで内部化している。そうすると 1 番大
きなデメリットは、内部市場には市場(および競争)を通じたインセンティブ付け存在しない
ため、それに代わる何かしらのインセンティブ付けが必要なはずである。どのように解決
しているのだろうか。
2.3.1 スーパー店長への権限の委譲
SCM のデメリットの解決策を分析していく。
ユニクロは本部内に、店頭情報を起点にして、顧客ニーズに対応した商品を適量適時、
発注する仕組みを構築している。2002年2 月までユニクロでは、毎週月曜日に社長、
副社長以下、総勢100人を超える「営業会議」を行っていた。商品や生産担当の幹部だ
けでなく、店舗を巡回、指導しているスーパーバイザー80 人に加え、スーパースター店
長が顔をそろえた。このスーパースター店長というのは、「独立自尊の商売人」として認
められており、現場から会社全体の経営に参画することを求められていた。スーパースタ
ー店長は大きな自由裁量権をもっており、在庫調整、商品陳列、店頭発注権限など現場に
23
入り込み、現場から本部に改善を要求した。つまり、権限の委譲である。この権限の委譲
によって市場競争にはないインセンティブが与えられている。
2.3.2 内部化に伴うデメリットの克服
中央集権化した組織では、多数の事業にかかわる決定を直接管理できるように、経営ト
ップとそのスタッフはつねに十分な情報を得ている必要がある。だが、本部の経営者グル
ープだけで綿密に管理するには、事業はあまりに広範かつ多様である。決定権限を与えら
れた人々が、現場の活動からあまりにも離れていると、必要な情報を適時に入手できない。
大組織での意志決定全体の中では、下位レベルに対してかなりの権限委譲が行われる必要
がある。たとえ、組織図の上では、すべての運営が1個人、あるいは、委員会に集中して
いたとしても、下されるべき決定の数が処理能力を凌駕するため、結果として多くの決定
は下位レベルで行われるか、まったく行われないかのいずれかになるだろう。事業部制は
このような現実を認識しており、下位で現場の情報を得る者によって下される決定が、全
体としてコーディネートされ、かつ、適切なインセンティブによって誘導されるようなメ
カニズムをデザインしようとする。事業部制企業では担当部門の事業に関する諸決定を下
す権限が事業部長(ユニクロの場合、各店舗の店長と考えられる)に与えられる。事業部長
は、2次情報に頼らざるをえない本部ではなく、部門が受け持つ生産仮定や販売市場の近
くに席を置く。そこで、重要な事業の1次情報を収集し、現場の人員と相談し、意見を聴
衆し、打つべき手を検討して、事業部運営に必要な知識を特化する。
意志決定の権限には責任も伴う。事業部長は事業部の業績に対して責任を負い、報酬も
それに基づく。このためには、業績を判断するに足る情報を本部が握っていなければなら
ない。
異なる事業分野を、責任と権限の範囲が明確に定められた個別の事業部に分割すると、
業績に対する責任の帰属という問題が軽減される。さらに、個人ないしは小グループが注
ぐ努力と、属する事業部の業績指標との関連性も高まる。業績測定がより正確になるので、
より強いインセンティブの提供が可能になり、また、その提供が促されるようになる。こ
のような強化されたインセンティブは、事業部の業績によって評価が決まる事業部長に対
して提供されるのが通常である。
さらに、ユニクロは内部化されていることにより、卸売業者を介さないことから、市場
で存在する情報の非対称性が軽減される。
事業部がばらばらに製品戦略を展開したために、競争相手よりも事業部間の競争が激化
するような問題を克服するために、事業部への分権化に加えて、戦略の計画、事業部間の
活動のコーディネーション、事業部と部長の業績評価を行う中央本部のスタッフが存在す
24
る。本部には、また、資本の調達と資金の事業部への配分という任務がある。資本市場で
の取引を中央に集中することによって、この分野に要する特殊な技量を身に付けた人員の
共有という節約が可能になる。企業本部の経営者は、より容易に事業部に接することがで
きたため、事業部間の資金配分も、市場を通じた場合と比べてずっと効率的になる。ユニ
クロでは店長に自由裁量がある。これは「エリートの限界」を知っている柳井社長の考え
で、経験をつませ、人材育成を目的としたものでもある。
定義として、市場では、外部的取引と需給の力で流れを調整し、製品特性や価格、生産
量、配送スケジュール等を決める。市場では購買者は多くの供給源の中から比較的検討し、
もっとも適当なものを選択する。市場では、価格がシグナル(P=MC)となりその価格に見
合うと考える企業が見合うだけの数量を供給する。また技術革新により供給量は増え、需
要が一定ならば価格が低下し、それにより技術革新があったことが分かる。
内部取引は組織内での管理と調整を基にして、経営意志、製品特性、価格等を決定する。
内部組織では、購買者は、供給業者よりも、予め決められた業者と協力することを基本と
する。ここでは、価格がシグナルにならず、情報伝達の効率性が難しい。
そこで内部組織ではどのようなものがその代わりになるか分析していきたい。
取引費用とは基本的過程における生産資源の調整や、必要な情報処理費用、情報収集費、
契約費等のことである。
市場は多くの業者、代替品からの選択の可能性があるので生産費は低価格調達でき、
取引費用は不特定多数の取引相手・商品の探索等で高価格になる。
内部組織は選択肢が限られているので生産費は高価格調達となり取引費用は限定された取
引相手だから低くなる。つまり生産費と取引費用はトレードオフの関係である。
組織間情報統合の利益として物理的在庫の減少と付加価値チェーンの川下のモニター能
力の向上がある。これらの効率性は、顧客と供給業者の性格とニーズの共通の要因によっ
て規定される。
情報化統合を導入した企業はモニターを顧客の近くで行わなければならない。それは、
効率的な情報化市場を自組織と供給業者の間に作って他組織の支配を避けることを要求さ
れる。
ユニクロは POS システムによってデータ処理システムを行い、情報伝達の効率性を克服
していると考える。そして、97年により高度な TCM 型システムの整備にとりかかってい
る。
POS システムとは、店舗で商品を販売するごとに商品の販売情報を記録し、集計結果を
在庫管理やマーケティング材料として用いるシステムのこと。「販売時点管理」などとも
訳される。緻密な在庫・受発注管理ができるようになるほか、複数の店舗の販売動向を比
較したり、天候と売り上げを重ね合わせて傾向をつかむなど、他のデータと連携した分析・
25
活用が容易になるというメリットがある。このため、特にフランチャイズチェーンなどで
マーケティング材料を収集するシステムとして注目されている。POS システムと経理シス
テムなどを連携させ、クレジット決済や税額の自動算出なども一元的に管理するなど機能
を拡張したシステムもある。また、店舗で販売している商品の情報をあらかじめホストコ
ンピュータに記録しておくと、販売時にバーコード情報を元に商品情報を検索し、レシー
トに購入商品を正確に記録できるのも POS システムの副次的な利点となっている。
2.3.3 コーディネーション問題
このようなユニクロの組織はどのようにして出来上がるものなのか、経済学的に分析
していこうと思う。適切な量だけ、適切な方法で、正しい順序で適切な数の適切な人に
よって行動しなければならない状況でコーディネーションの必要性がでてくる。
コーディネーションと適応を、効果的に実現するために重要な問題は、資源を最善な
形で利用し望ましい適応の仕方を決定するために必要な情報は誰もが無償で手に入れ
られるわけではないことである。効率的な選択を行うためには、個人の好み、利用可能
な技術、そして資源の入手可能性についての情報が必要となる。社会の誰ひとりとして
必要な情報のすべてをもっているわけではないし、そのかなりの部分さえ持っていない。
情報は経済全体の中で、局所的に分散して存在するのである。必要な情報がすべて入手
できると仮定したとしても、何を、誰のために、いかなる方法でどんな材料を使って生
産すべきかを決定することは、人間の能力にとってあまりにも大規模で複雑な問題であ
った。
解決策は2つ考えられる。分散している情報を資源配分問題を解決できると期待され
る中央のコンピュータや計画当局に伝達するか、あるいは情報伝達の必要性がなく、経
済活動に関する計算や意志決定のかなりの部分を必要な情報をもっている人に委ねる
ような、より分権化したシステムを開発するかである。前者の問題点は、利用可能なす
べての資源をそのために使ってしまわないよう情報伝達や処理の費用を押さえながら、
タイミングよく意志決定を行うことである。意志決定の分散化の問題点は、別々に行わ
れた意志決定が、首尾一貫して整合的な結果を確実にもたらすようにすることである。
ユニクロでの中央とは本部のことである。
しかしコーディネーションとインセンティブ付けについては、基本的に市場が望ましい
が、さまざまな弊害もある。ユニクロのような統合的なシステムは市場の弊害を解くため
に生まれているはずである。不完備契約の問題を解決して、関係特殊な投資(例えばユニク
26
ロのフリースのための生地開発など)が促進される点や、生産のコーディネーション(必要な
枚数を必要な時に生産できる)がよくなる点である。そのことで、流通と生産のコーディネ
ーションを最適化できている。
結果、ユニクロは生産性が高く、低費用、低価格で高機能な物が実現できている。
余談だが、一般的にアパレル産業は、複数の加工工程をアパレル・メーカーと縫製加工
業者という二つの業態による分業関係を形成している。このうちアパレル・メーカーは、
通常「製造卸」と呼ばれているように、単なる卸売業者ではなく、自らリスクを負って製
品を企画し、自社ブランドで小売業者に販売している企業である。他方で、かつては垂直
統合(縫製加工業者と卸売業者は取引関係をもとに生産)していた。しかし、消費者のニーズ
の多様化や高度化に対応した商品化初を行うだけの製品企画能力やデザイン能力が獲得で
きなかった。そのため、新たに登場したアパレル・メーカーが、デザインと販売活動を行
い、生産は縫製加工業者に委託し、縫製加工業者はアパレル・メーカーが企画デザインし
た商品の受託生産を行う垂直分離が成立した。
現在のアパレル・メーカーと縫製加工業者の取引関係は、アパレル・メーカーが材料と
なる生地や付属品を支給し、縫製加工業者に生産を委託し、出来た製品を再び買取るとい
う双方向的な二重の取引関係である。契約形態としては形式的に買切り・売切りとする場
合もあるが、実質は下請的な賃加工契約であり、この取引はアパレル・メーカーが主導す
る組織的調整によって価格や数量が決定される準企業内取引である。
ただし、縫製加工業者はいずれか1社のアパレル・メーカーとのみ取引を行っているの
ではなく、数十社のアパレル・メーカーと平行的に取引を行っており、アパレル・メーカ
ーに1対1の関係で従属しているのではない。こうした性格の縫製加工業者は、
「協力工場」
と呼ばれている。
ただし、これはアパレル需要が低迷し、海外進出が進んでからのことであり、それ以前
の需要の増加テンポが高く需給が逼迫していた時期には、特定のアパレル・メーカーとの
だけを行う「専属工場」といわれる形態が一般的であった。さらに、アパレル産業にはも
う一つ下層の企業グループが存在している。縫製加工の付帯作業である裁断、プレス、部
分縫などの加工工程を担っている専門業者である。この分業関係も組織的調整にもとづく
準企業内取引で形成されているといえる。
このように、アパレル産業の産業組織は三つの企業グループの間の多様な準企業内取引
で結ばれたネットワーク型組織という形態で中間組織を形成しているところに、その特徴
がある。
27
3章
ブランド
みなさんはモノを買うとき、何を基準として買うだろうか。価格、素材、性能、デザイ
ンなど様々なことを考えるであろうが、ブランドということもおそらくこの基準として挙
げられると思う。あのブランドのものが欲しい、このブランドのものならとりあえず安心
できるといったように、ブランドは少なからず消費者の消費行動に影響を与える要素とな
っている。つまり、ブランドは製品が消費者に対して発している重要な情報であるといえ
る。同じような製品でも、高々一つのブランドロゴがついているだけで、消費者が感じる
製品の価値は異なってくる。すなわち、ブランドは製品の価値を構成する要素であるとい
える。
よってどのような業界においても、ブランドは企業にとって業績を左右する重要なもの
である。実際、高い業績を収めている企業には、強いブランドが存在し、そのブランド力
こそが好業績の源泉であるという場合が少なくない。そしてファーストリテイリングにお
ける「ユニクロ」もその例外ではない。「ユニクロ」という強いブランド力があるからこそ
ファーストリテイリングは、好業績を収めることができているのだ。この章では、ユニク
ロというブランドについて、ユニクロのブランド力はどのようなものなのか、ユニクロが
ブランドを構築し、強いブランド力を得ることにより、どのような効果があるのかといっ
たことを考えていきたいと思う。
3.1
ユニクロのブランド力
まず、上の文章でもでてきた「ブランド力」という言葉についてそれが具体的にどのよ
うなことを意味するのか説明する。しかしながら、ブランド力という言葉が何を意味する
のかという点については、論者によって大差はないであろうが、様々であると考えられる
ので、以下の説明はあくまでこの論文ではということに注意してもらいたい。漠然とでは
あるが、ブランド力とは、消費者にこのブランドが特別であると思わせ、消費者の心を惹
きつけ、買ってもらい、さらに買い続けてもらう力のことである。このように考えると、
ブランド力の源泉は、消費者が抱くブランドに対するイメージであるといえる。消費者が、
そのブランドに対してどのような点が他のブランドと違い特別と感じるのかというイメー
ジである。では、ユニクロのブランド力の根源となっている、消費者がユニクロに対して
抱くイメージとはどのようなものであるだろうか。一般的に言われることとして、安い、
品質がいい、シンプル、カラーバリエーションが豊富といったことが挙げられるだろう。
これらこそが、ユニクロのブランド力の根源ということができる。そしてこれらのイメー
ジについて、ユニクロが特別だと消費者が考え、消費してもらえれば、それはユニクロの
28
ブランド力といえる。
ここまでをまとめると、ブランド力の根源である、消費者が持つブランドのイメージこ
そが重要であるということである。では、消費者のユニクロに対するイメージはどのよう
にして形成されたのか考えていこう。
3.2
ユニクロのブランド認知
まず、消費者にブランドに対するイメージを抱いてもらう前に、重要なこととして、そ
のブランドを認知してもらうことが挙げられる。そもそも、ブランドの存在を消費者に知
ってもらい、記憶してもらわなければ何も始まらない。よって、これがブランドを構築す
るためのファーストステップといえる。そして、ブランド認知は、ブランドの存在を消費
者に記憶してもらうことにより、初めて達成されるものであるが、一般的にこの状態まで
いくのが困難である。しかしこの点、ユニクロは、ヒット商品となった「フリース」と、
「原
宿出店」という1998年に同時に行った2つのファクターにより、容易にブランド認知
を達成することとなる。みなさんもこれらを機にユニクロを知ったという人は多いのでは
ないだろうか。フリースは誰もが知っているユニクロ最大のヒット商品であり、販売を開
始した1998年の秋冬には200万枚、テレビコマーシャルを流すようになった翌年の
1999年には850万枚、2000年には2600万枚の売り上げ数を記録している。
また、都心での知名度は全くなかったユニクロが、都心部の第1店舗目として、日本のフ
ァッションの中心地である原宿に出店したことは、ユニクロの自信の表れであり、これが
多くの消費者に大きなインパクトを与えたのは間違いない。この2つを同時に行った戦略
が非常に重要であり、ユニクロというブランドの認知に大きく貢献した。この戦略は柳井
社長もねらっていたものだと自身の著書である「一勝九敗」でも公言している。
またこの戦略はブランド認知と同時に、消費者のブランドイメージ形成のきっかけとな
った。これは、フリースを買って、実際に着てみて「安いけど、結構いい」と感じる消費
者が多かったためだ。つまり、消費者にユニクロの製品は、安くて、品質がいいというイ
メージを形成できたのである。そして、フリースだけでなく、他の製品の消費を促したこ
とは間違いないだろう。
3.3
ユニクロの広告
消費者にブランドを認知してもらう上で重要となってくるのが、広告である。そもそも
企業が行う広告の目的は大きく分けて2つある。1つ目は、単純に消費者に製品を買って
もらうための販売促進目的の広告である。2つ目は、消費者にブランドを認知してもらう
29
ためである。ユニクロにとって広告は非常に重要な意味を持っているといえる。第1章の
製品差別化で説明したが、ユニクロは製品をあえて差別化することなく、ベーシックな製
品に徹底して、幅広い消費者をターゲットとしている。そして、大量に生産するシステム
である。これら戦略を採っている以上、いかに多くの消費者を取り込めるかが勝負のカギ
となってくる。そのためには、広告をすることにより一人でも多くの人にユニクロという
ブランドを認知してもらい、最終的に消費してもらうことが非常に重要になるのである。
よって、現在ユニクロが国内で行っている広告も、上で述べたように、一人でも多くの
消費者に買いに来てもらうための広告を行っている。例えば、みなさんも毎週のように目
にしていると思われるユニクロの新聞の折り込みは、毎週3500万部ばらまくため、日
本のほぼ全世帯を網羅していることになる。これはユニクロが全国民がターゲットである
ことを如実に表している。また、新商品などについてはテレビCMなどでも頻繁に放映し
ている。テレビCMでも、消費者の印象に残るよう、さまざまな工夫がなされている。有
名人を数多く起用することや、ドラマ仕立てにすることにより、消費者の関心を引くため
の努力をしている。以上の新聞折り込みやテレビCMは、主に販売促進目的であるといえ
る。次に広告のもう一つの目的である、ブランド認知についてみてみよう。
3.2でも述べたように国内におけるユニクロのブランド認知は「フリース」と「原宿出
店」によりなされたといっても過言ではないが、これがなされた根本の要因は広告である。
ユニクロは原宿出店に向けて、原宿や渋谷駅のポスターや、地下鉄の中づりをすべてフリ
ース1点に絞り広告を行った。一見、販売促進目的に過ぎないように思えるこの広告手法
であるが、これはユニクロのブランド認知の重要な戦略であり、何か商品を絞って訴えな
い限り、消費者はユニクロに興味を持たないと考えた末の戦略である。つまり、ユニクロ
=フリースであり、フリースの広告=ユニクロの広告なのである。この結果、フリースが
爆発的な売り上げとなり、ユニクロのブランドの認知に繋がった。現在においてユニクロ
は、日本の国民で知らない人はいないといってもいいほどのブランドであるため、ブラン
ド認知のみを目的とした広告は見られず、ブランドイメージの向上を目的とした広告が増
加しているように思える。このように国内ではブランド認知を獲得したユニクロであるが、
国内ではある程度需要が飽和しているため、ユニクロのこれからの事業戦略において海外
進出は非常に重要である。では、ユニクロは海外においてはどのようにブランド認知を獲
得しているのかみてみよう。
みなさんは「UNIQLOCK」というものをご存じだろうか。これは2007年6月に開始
したユニクロのウェブ広告であり、JAZZY な音楽が流れて、5秒ごとにリバースし、ユニ
クロの服を着た女性がダンスをしている映像と時刻の画面が切り替わり、これが延々と繰
り返されるものであり、ようは時計としての機能を合わせているもので、ブログパーツと
して、ブログに貼り付けることができる。当然のことながら、ダンスの映像は何種類もあ
る。日本ではあまり知られていない「UNIQLOCK」であるが、2008年にカンヌ国際広
告祭のサイバー部門、チタニウム部門でグランプリを受賞、
“CLIO AWARDS”のインタラ
30
クティブ部門と“One Show”のインタラクティブ部門でのグランプリを受賞し、世界三大
広告賞におけるグランプリを受賞した、一言でいえば、
「スゴイ」広告なのである。しかし、
私たちが知らないこの「UNIQLOCK」は広告として機能しているのかという点は疑問であ
る。これについては、ユニクロが海外出店を進めるための布石を打つという意味で非常に
大きな役割を果たしたといえる。「UNIQLOCK」は2009年8月31日までで、総閲覧
数は世界214カ国で3億3千万以上であり、ブログパーツ設置数は93カ国、7万4千
個以上となっており、世界の数多くの人々が閲覧していることがわかる。これは、世界的
な視点におけるブランド認知を行う上で、非常に重要である。「UNIQLOCK」により、ユ
ニクロというブランドを知らない数多くの海外の人たちに、ユニクロというブランドを認
知してもらうことができたといえる。世界三大広告賞におけるグランプリ受賞が話題を呼
んだこと、また、それらを受賞していることからもわかるように、非常にセンスが良くク
オリティが高いため、ユニクロをその瞬間だけでなく、消費者の記憶に留めることを可能
とし、さらにブランドのイメージとして、日本ではないような、クールで洗練されている
といったイメージを植え付けることができるのである。これにより、消費者は「あのユニ
クロかぁ、買ってみようかな」といったように行動させることができるため、今後積極的
に海外出店を進め、成長の場を海外に移そうとしているユニクロにとって、この
「UNIQLOCK」は重要な要素である。
3.4
ユニクロのブランドイメージ
上記のように、ブランド認知を達成したユニクロだが、どのようにブランドイメージを
形成してきたのであろうか。まずここで気をつけてもらいことがある。それは、ブランド
イメージは消費者が抱くものであるため、企業はそれについてどのようなイメージを抱い
て欲しいのか考え、それを促すことはできるが、最終的にイメージを決めるのは消費者で
あるということである。これを踏まえて考えると、ユニクロは、消費者に対し、一定の、
不変的なサービスをしてきたことがユニクロのブランドイメージの形成の大きな要因であ
ると考えられる。3.2でも述べたように、フリースできっかけを作り、それ以降もベーシ
ックで品質のいいものを低価格で提供するという軸がしっかりしていたからこそ、それが
消費者にも伝わり、企業と消費者の間で、イメージの共有が図れたのである。そしてこれ
がブランド力となったといえる。
3.5
ユニクロの品質
ここでは、ユニクロのイメージの一つとして挙げられる、高品質という点について、ユ
31
ニクロが高品質な製品を提供し続ける理由について考えていく。これは、品質がいいとい
うのは、ユニクロの製品の一番の特徴といっても過言ではない。つまり、ユニクロのブラ
ンド力を構成する大きな要因として、高品質であるということがいえる。そして、ユニク
ロというブランドが記されているということで、品質が保証されることになる。以下では
繰り返しゲームを用いた簡単なモデルを使って、高品質な製品を提供し続け、製品の品質
を保証することが企業の利潤を最大化するということを説明する。なお、ここでは、ブラ
ンドを構築した場合の話であるため、以下の企業の製品はブランド構築されていることと
する。
プレーヤーは製品を生産・販売する企業と、購入する消費者の2者のゲームを想定する。
企業が生産する製品は高品質(qH )か低品質(qL )の2種類であり、製品の価格はpで同一
である。また、製品の(限界)生産費用はC(q )で表され、消費者のそれぞれの製品に対
する評価(留保価格)は U(q )で表すものとし、消費者の効用はv p, q =U q
されることとし、企業の利潤は π(p, q )=p
pで表
C q で表されることとする。また、製品は経験
財であり、消費者は製品を使用しなければqH なのかqL なのかわからない。そして、消費者
は企業が1度でも低品質な製品を販売すれば、それ以降その企業の製品は低品質とみなす
こととする。なお、pH =pL ,C(q H )
引因子を δ(0
δ
C(pL ),U(qH )
(qL )である。最後に、割
1)とする。
ここでモデルの単純化のため、以下のような仮定をおく。
・C(qH )=3,C(qL )=1
・U(qH )=7,U(qL )=3
・p=6
このような仮定の下での企業の利潤と、消費者の効用をまとめると以下のようになる。な
お、(企業の利潤,消費者の効用)で表されている。
(表1)
購入する
購入しない
高品質
(3,1)
(-3,0)
低品質
(5,-3)
(-1,0)
上記のような繰り返しゲームにおける企業の行動別に企業の利潤はどうなるのか考えてみ
る。
①低品質を販売する場合
(表1)を見ると明らかであるが、企業にとって最大の利潤を獲得できるのは、企業が低
品質を販売したときである。そのため、企業は低品質を販売するインセンティブを有する。
ここで想定しているのは、企業がブランドを構築していて、製品の品質が保証されている
32
場合である。よって、消費者は企業が販売する製品は高品質であると信じているため、製
品が高品質である場合(表1)より、消費者の効用は購入する場合1、購入しない場合0
であるため、消費者は製品を購入する。よって、この期(当期)において、企業及び消費
者の行動は(低品質,購入する)となる。この場合企業の利潤は5となる。
しかし、経験財である製品を購入し、製品が低品質であると認識した消費者は、(表1)
より、製品が低品質である場合の消費者の効用は、購入する場合-3、購入しない場合0
であるため、翌期以降において、消費者は製品を購入しない。繰り返しゲームを考えてい
るため、企業も高品質か低品質のどちらかの製品を販売するが、消費者が購入しない場合
には(表1)より、低品質を販売するほうが利潤が大きいため、企業は低品質を販売する。
よって翌期以降の企業及び消費者の行動は(低品質,購入しない)となる。この場合、各
期の企業の利潤は-1となる。
よって企業の長期的な利潤は
5+
1 δ+
1 δ +
1 δ ・・・=5+
1δ
1
δ
・・・①
となる。
②高品質を販売し続ける場合
高品質を販売し続ける場合には、
(表1)より消費者の効用も購入する場合1、購入しな
い場合0と購入するほうが大きいため、購入し続けてくれる。すなわち、当期以降の企業
と消費者の行動は(高品質,購入する)となる。またこの場合、各期の企業の利潤は3と
なる。
よって企業の長期的な利潤は
3+3δ+3δ +3δ ・・・=
3
1
δ
・・・②
となる。
ここで上記の2つの場合における利潤を比較する。ここで②のほうが利潤が大きいと仮定
して② ①となるδの区間を求める。
3
1
δ
これを解くと δ
5+
1
3
1δ
1
δ
となる。
では、これが何を表すのか考える。δは割引因子であり、仮に利子率(収益率)をr%と
おくと、
33
δ=
1
1+0.01r
と表すことができる。これを先ほどの解に代入すると
1
1
1+0.01r
3
これを解くと r
200 となる。
よって、利子率(収益率)が200%以下の場合には、高品質を販売し続けるほうが利潤
が大きくなるのである。逆にいえば、利子率が200%超であるならば、当期に低品質を
販売するほうが利潤が大きくなることを示しているが、利子率が200%超というのは現
実的に考えれば、まずありえない数値であることから、高品質を販売し続けるほうが利潤
が大きくなるといえる。なお、この200%という数値はこのモデル上の数値であり、他
のモデルでは同様の数値にはもちろんならない。しかし、企業が現在価値を求めるために、
用いているrは、小さければ小さいほど将来を楽観視していなく、将来を重視し、長期的
な視点で企業の利潤を考えていることを意味しており、モデルの設定時にどのような数値
を用いたとしても、これは変わらない。つまり、長期的な視点で企業の利潤を考えている
企業は、高品質を販売し続けるという結論に至る。
以上より、企業は低品質な製品を販売することはせず、高品質な製品を販売し続け、ブ
ランドを維持し続けることで利潤を大きくすることができるのである。このため、ユニク
ロも常に高品質な製品を販売し続け、ブランドを維持しているのである。そして消費者は
安心してユニクロの製品を購入することができるのである。これこそが、ユニクロのリピ
ート客を増やす理由の一つであるといえ、ユニクロのブランド力の重要な要素である。
ここで、もう1点触れておきたいことがある。それは、ブランドは構築し、その価値を
高めるには長い年月、費用、努力を必要とするが、その一方で非常に脆いということであ
る。製品の欠陥や企業の不祥事で一朝にして崩壊してしまう。また、ブランドの崩壊は、
ブランドだけでなく、企業をも崩壊しかねない。上記のモデルもこの前提のもとに成り立
っている。ブランドの脆さを表すものとしては、2000年に生じた雪印の食中毒事件な
どがいい例であろう。
そして、現代では、インターネットの普及やマスメディアの発達により、実際の消費者
による製品の情報や評価が、即座に世の中に広まり、数多くの人に伝えられることとなる。
つまり、性能や品質の悪い製品は、その情報が消費者間で広まり、淘汰されることとなり、
逆に、性能や品質が良い製品が選択されることになる。よって、このような時代となって
しまった以上、高品質な製品を販売し続けることの重要性は増している。
3.6
参入障壁の形成
34
ユニクロは製品差別化をしないというブランド戦略を採っているわけだが、他の企業は
ユニクロの成功を知っているにも関わらず、ユニクロと同じような戦略を採る企業は現れ
ない。そこには、ユニクロというブランドが大きく立ちはだかっているからである。ここ
では、ユニクロがブランド構築することによってできている参入障壁について、なぜブラ
ンドが参入障壁となるのか考える。
この重要な要因となるのがコストの増加である。あるブランドが先行して参入し、ブラ
ンドが構築されている場合において、同様の市場に後から参入する場合、他に何もブラン
ドがない市場に参入するよりもはるかに莫大な費用がかかる。以下では、具体的にどのよ
うなコストが追加的に生じるのか説明する。
設備投資のコスト
これは特にユニクロなどの大規模なブランドが存在する市場においていえることである。
当論文ではユニクロをテーマとしていることもあるため、ユニクロに絞って話を進めたい
と思う。ユニクロは非常に大規模であり、規模の経済が働くため、製品一単位当たりの費
用を低く抑えることができることから、低価格で販売できるわけである。そこに後発企業
がユニクロと対抗するためには、やはり製品一単位当たりの製造費用を抑える必要がある。
なぜならば、そうしなければ、低価格で販売することができなくなり、無理矢理低価格で
販売したとしても、利益が生じないからである。製品の製造費用を抑えるためには、後発
企業も規模の経済を働かせることが重要であり、最も手っ取り早い方法でもある。よほど、
その企業が独自の革新的な技術を持っていない限り、製造費用を抑えることは容易ではな
い。規模の経済を働かせるためには、最初に莫大な固定費がかかる。この費用をどう捻出
するかは企業それぞれではあるが、たいていの場合は銀行借入か、社債や株式を発行する
ことにより、調達する。ただ、このどれを選んだとしても、利息や発行費用などコストが
生じることになる。
広告費
後発企業がユニクロと対抗するならば、自社製品がユニクロの製品より優れていること
をアピールし、ユニクロの顧客を奪わなければならない。ユニクロがすでにブランドを構
築しているため、その市場の消費者の中には、ユニクロの製品に対するロイヤリティがで
きている。つまり、消費者は高品質で、シンプルで、低価格な製品がほしいと考えている
ならば、ユニクロを思い浮かべるわけであるが、ここでその代替品として考えてもらう必
要がある。そして、ユニクロの製品ではなく後発企業の製品を選択してもらう必要がある。
ブランド認知の獲得が困難であることと同様に、これは容易ではないため、多額の広告費
を支払わなければならないことになるのである。
35
リスクとしてのコスト
後発企業は上記の2つのような費用がかかると考えられるため、総合した投資金額が非
常に多額になるため、失敗した場合のリスクが大きいため、後発企業は心理的に追加のコ
ストが生じることになる。
以上のようなコストが生じることから、ユニクロは他の参入を許さなかったといえる。こ
のように、ユニクロは同様の商品を提供するようなブランドの参入を阻止することができ
ているわけであるが、他のアパレル店の商品のなかにもユニクロと同様にシンプルなデザ
インのものが存在する。その中でなぜユニクロの商品が消費者から選択されるのであろう
か。次節ではこの点について解明していきたいと思う。
3.7
サーチコストの削減
前節の終わりでも述べたように、ここでは、消費者が他のブランドではなく、ユニクロ
を選択する理由を考えてみたい。この大きな要因としてサーチコストの削減が挙げられる。
サーチコストの削減は、消費者側のメリットとしてとらえがちであるが、これは同時に企
業側のメリットであると考えられる。消費者が、サーチコストを考慮して、自社の製品を
購入してくれれば、当然のごとく、企業の利潤も大きくなるからである。つまり、両者に
とってメリットがあるのである。
では、具体的にサーチコストとはどのようなものが考えられるであろうか。まず、時間
コストが生じることになる。例えば、ある消費者が何らかの製品を需要していたとしよう。
その製品を生産している企業は多く存在し、寡占の状態だとする。ここでブランドを構築
している A 企業の製品は品質も保証されているし、消費者は追加的なコストを支払うこと
はないが、他社の製品に比べ価格が高くpH である。一方で、B 企業や C 企業も知ってはい
るが、品質などの情報はない場合には、その品質について調べる必要があるが、製品の価
格自体は安くpL である。そして、仮に消費者がその時間に自給 x 円で働いていれば得られ
たであろう金額は、時間を t とすると、xt となる。これがサーチコストであり、機会費用
であるといる。機会費用とは他の代替案から得られたであろう最大の収益を表すものであ
る。企業や消費者が意思決定する際には、この機会費用も考慮する必要がある。ここで A
企業の製品ではなく、B 企業、C 企業の製品を消費者が選択する条件は pH
pL +xt を満
たす場合である。ここで注目したいのが xt は企業側では調整が困難であることである。こ
の部分は消費者の行動に基づいているため、企業は広告を行うこと等で、低くすることも
考えられるが、その場合においても、結局はその広告費分を回収するため、製品の価格を
高くするため、広告したとしても、トータルの費用はそれほど変わらないことになる。
ユニクロでも、高品質で、ベーシックなものがほしいと考えている人は上記のような思考
36
のもと、行動していると考えれば、ユニクロの低価格さを念頭に入れると、消費者がユニ
クロを選択する大きな要因となることがわかる。
また、単純にいろいろな店を回るのが面倒と考える消費者は意外と多いのではないかと
思う。特に社会人で、時間がない人々や、服装に対する関心が低い人、また服装に対する
執着がなくなってきた人などは、そのように感じるのではないだろうか。そのような人々
が、それなりにファッション性があり、安く、カラーバリエーションも豊富で、基本的に
どのような製品でも手に入るから、ユニクロに行って買おうという結論に至ることも多々
あるのではないかと考えられる。これこそがユニクロのブランド力といえる。
3.8
ユニクロのブランド戦略の弊害
これまでの議論を振り返ると、ユニクロは強いブランド力を有しており、ブランド戦略
は成功しているといえる。しかし、ユニクロのブランド戦略に欠点や弊害がないかといえ
ば、それは嘘である。ユニクロの戦略にも欠点や弊害はある。というのも、ブランド戦略
は一長一短であるため、どのようなブランド戦略を採っても何かしらの欠点は生じるもの
である。この節では、このユニクロのブランド戦略における欠点や弊害といったものに目
を向けていこうと思う。
3.8.1 プレミアム価格の設定
ユニクロはもともと世の中で一般的と言われているブランド戦略ではなく、一風変わっ
たブランド戦略を採っている。そのため、一般的なブランドが享受できるメリットを享受
できないことや一般的なブランドに比べて選択できる戦略が限られている。ここで一般的
なブランド戦略とはどのようなものであるのか確認しておきたいと思う。
一般的なブランド戦略の最終的な目標は、ブランドを構築することにより、自ブランド
の製品と他の製品と差別化を図り、市場支配力を得ることにある。そして、プレミアム価
格の設定が可能となり、利益率を向上することが狙いである。しかしユニクロにおいては、
製品差別化をしない戦略を採っており、低価格で製品を提供し続けてきた。この結果、安
いというイメージが付きすぎてしまっていることから、ユニクロのブランドのもとでは、
プレミアム価格を付けたいと考えても、それを設定することはできない。これが一つの弊
害であり、ユニクロが採れる戦略の幅を狭めている。ただ、これはユニクロとしてもあま
り追求していない部分であるため、それほど問題とはならない。
37
3.8.2 「ユニ被り」、「ユニバレ」
ユニクロのコンセプトは、老若男女問わず「誰でも着れる服」を作り、販売することで
ある。実際にこの戦略は成功していると言える。しかし、そこに弊害が生じた。
「ユニ被り」、
「ユニバレ」といった現象である。これらは文字通り、ユニクロの商品を着ていて、学校
や職場で人と被ってしまうこと、ユニクロを着ていて、他人にユニクロの商品であるとい
うことを気づかれてしまうことを表した造語である。「ユニ被り」や「ユニバレ」が恥ずか
しいと感じる消費者が多く見受けられたことからこのような言葉が造られた。ユニクロが
「誰でも着れる服」を追求し、大量生産を行っていることの代償としてこのような現象が
起きてしまったのである。
一般的なブランド製品において、消費者はブランド製品を身につける、所持することに
より満足感や優越感を得ることができ、消費者の自己実現の達成につながる。よって、ブ
ランド製品を身に付けた人は、他人にそのブランドの製品であることを気づかれてしまう
ことは、うれしいことであり、優越感を感じることである。また、一般的なブランドにお
いては、一部の当該ブランドに対しロイヤリティ(忠誠心)を持った消費者に対して、プ
レミアム価格を設定し、販売するという戦略を採っている。そのため、被りというもの自
体生じることは少ない。仮に被りが発生したとしても、恥ずかしいといった心情にはなら
ない。これはルイヴィトンのバッグや財布をイメージしてもらえればわかるだろう。ルイ
ヴィトンのバッグや財布を所持している人は、日本国内においても数多く、あなたの友人
や知人の中で、最低でも1人はルイヴィトンの製品を所持している人はいるのではないか
と思う。すなわち被るリスクが高いにも関わらず、好んで購入し、それを隠すようなこと
はすることは当然のごとくない。むしろ堂々と見せびらかすかのようにして身につけてい
る人もいる。
「ユニバレ」は一時期、ユニクロはダサいという印象を抱く消費者が増えたことにより
生じたものである。しかし、この点においては、ユニクロはテレビCMで、好印象を与え
る有名人を多数起用することや、ガールズコレクションへの参加などを通じて払拭され、
現在では着ている服がユニクロのものであることを気づかれても恥ずかしいと思う人は減
ってきている。
しかし、「ユニ被り」は、現在でも重要な問題である。これを証明するように、若年層を
中心として、ユニクロで買うのは、部屋着やインナー、靴下、下着など、あまり他人に見
られない商品のみという意見は多い。これはユニクロの戦略の幅を狭めている、つまりア
ウター製品は展開しづらい状況である。ここに関してはユニクロの課題といえる。
3.9
まとめ
38
この章では、ユニクロの成功、好成績の要因をブランドという視点から見てきた。強い
ブランド力を手に入れるためには、まずブランド認知の獲得が必要である。ユニクロはこ
れを、「フリース」と「原宿出店」及び広告活動により獲得した。それに基づいて、消費者
は自ら消費することや周囲の評判を聞くことにより、ブランドイメージが形成される。そ
して、企業はブランドのコンセプトをしっかりと持ち、一定に保つことにより確固たるブ
ランドイメージが形成される。ユニクロは、「フリース」により、品質がいい、安い、シン
プル、カラーバリエーションが豊富といったイメージが生まれ、その後もユニクロのコン
セプトとしてこれらを継続して活動を行ってきたことにより、誰もが同じようなイメージ
を持ち、確固たるブランドイメージが形成された。これがブランド力の源泉、つまりユニ
クロを買い続けてもらう力である。
このようにブランドが構築され、強いブランド力があれば、ブランドによる参入障壁が
形成され、後発企業が参入してこない状況を作り出せる。また、ブランドにより、製品が
保証されていれば、消費者のサーチコストを削減することができるため、多くの消費者を
取り込むことが可能となる。これらの効果が生じることにより、ユニクロの製品の販売量
が増加、最終的にユニクロの成功及び好業績の要因となっているのである。
39
おわりに
以上の論点をまとめてみよう。まず1章で、ユニクロの成功の理由を、ユニクロの製品
差別化という面からみた。ここでは、ユニクロは顧客層を絞らない製品づくりをしており、
それはすなわちユニクロの製品が製品差別化のベクトルの真ん中、中心に位置しているこ
とが特徴であることを説明した。なぜユニクロはその戦略を採用しているかを分析し、そ
こからリスク分散効果が得られることを検証した。
そして2章においては、1章におけるユニクロ戦略を支えている低コストの秘密を探る
べく、ユニクロのコスト削減を可能とした組織体制に焦点をあて、分析を行った。ユニク
ロは中国における大量生産や、規模の経済を働かせることにより、大幅なコスト削減を可
能とした。また生産上生じるリスクを抑えることにより、そのコストを削減している。そ
して、ユニクロは製造、卸、小売りをすべて内部化するという SCM、そして SPA 方式をと
ることにより、情報が効率的に伝達するようになり、また通常生じるマージンを省くこと
に成功し、その分消費者に製品を低価格で提供することができている。そして内部化した
ことによる弊害を組織内のコーディネーション問題を調整することにより解決している。
最後に3章で、ユニクロの成功の理由を、ブランド戦略から考えた。ユニクロのブラン
ド力は、ユニクロの安い、高品質といったブランドイメージが源となっている。ユニクロ
は自身の利潤を最大にするために高品質な製品を作り続け、イメージを確定させた。そし
て、このようにブランドを構築することにより、他の参入を退け、また多くの顧客を取り
込むことが可能となっていることがユニクロの成功の理由であることを証明した。
これらは章で区切られているが、互いに関係性を有し、これらが一体となった戦略を採
っているからこそ、成功しているということを忘れてはならない。つまり、ユニクロの製
品差別化は、ユニクロの低コストを実現する組織があったから行えたものであり、また、
ユニクロがこの製品差別化戦略を行ったからこそ、よりコスト削減を図るための組織形態
が生まれたということができる。そして、ユニクロが上記のような製品差別化戦略を採っ
たからこそ、それに基づいた適切なブランド戦略が実施されたことにより、ユニクロ
が短期間にして、これまでの成長を遂げ、成功した事業として評価されているのである。
また、このブランド戦略を進めることにより、ユニクロの製品のあるべき姿がより一層明
確なものとなり、ユニクロのブレない製品差別化戦略に繋がっているといえる。
以上がユニクロの成功の要因である。そして、現在ユニクロが業績を伸ばし続けている
である。そして、ユニクロが成長し続けるためには、規模を拡大し続けることが重要であ
り、逆に規模が拡大できなくなったら、ユニクロの成長はストップすると考えられる。こ
の点、国内においては需要が飽和状態となっているが、ユニクロは現在海外出店を進めて
おり、数年前の海外での失敗を糧として、近年では海外における売上も伸びている。そし
て、ユニクロの海外展開は始まったばかりであり、海外においては未開拓の市場がたくさ
40
ん存在し、成長する機会は存分にある。これらを考えれば、ユニクロの快進撃はまだまだ
続きそうである。
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参考文献
組織の経済学
1997
NTT 出版
ポール・ミルグロム・ジョンロバーツ著
ケラーの戦略的ブランディング 2003 東急エージェンシー ケビン・レーン・ケラー著
一勝九敗 2006 新潮文庫 柳井正著
なぜユニクロだけが売れるのか 2008 ぱる出版 川嶋幸太郎著
現代産業組織論 2002 NTT 出版 植草益著
新しい産業組織論 2001 有斐閣 小田切宏之著
Introduction to Industrial Organization 2000
日経ビジネス 2009 年 6 月 1 日号
The MIT Press Luis Cabral 著
日経 BP
ユニクロホームページ(2009 年 11 月 10 日)
http://www.uniqlo.com/jp/
ファーストリテイリングホームページ(2009 年 11 月 10 日)
http://www.fastretailing.com/jp/
経済産業省ホームページ(2009 年 11 月 16 日)
http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/syoudou/result-2/index.html/
42