化学企業の成長モデルと コア・ケイ パビリティ

化学企業の成長モデルと
コア・ケイ
機能・品質を決定する大きな差別化要因であ
り,日系ハイテク企業の強みであった。しか
し,今やデジタル化の進展に伴い,ハイテク
機器は先端部品の組み合わせになってきてお
り,部品さえ調達できれば他社でも簡単に模
倣できるようになってきている。
一方,川上の電子材料・部品は以前にも増
して高度なアナログ世界である。先端材料に
求められる化学技術はますます高度化してお
り技術蓄積のない企業では模倣できず,ひと
1.はじめに
近年,日系化学企業はその存在感を増して
きている。
とくに今後も成長が期待される「情
報通信」
「構造材料」「エネルギー」の素材分
野では,日系化学企業がグローバルで大きな
情報家電を例にとると,
シェアを有している。
情報家電機器では日系ハイテク企業はグロー
バルで 27%程度のシェ
第1図 情報家電のバリューチェーン
アしか取れていないのに
川上
川中
対 し て, 電 子 材 料 で は
日系化学企業が 65%の
シェアを占めている(第
。
1 図)
ハイテク分野ではデジ
タル化が急速に進展し,
差別化の源泉は川上に大
幅にシフトしている。従
来はアナログ技術(機器
の駆動・制御)が商品の
2
川下
アナログ
電子材料
•世界市場3.6兆円
•日本市場1.2兆円
外資
35%
日系
65%
デジタル
部品/半導体
•世界市場21.3兆円
•日本市場 5.2兆円
外資
49%
日系
51%
情報家電機器
パネル/ユニット
•世界市場7.2兆円
•日本市場1.1兆円
外資
68%
日系
32%
•世界市場18.7兆円
•日本市場 2.3兆円
外資
73%
日系
27%
(出所) 経済産業省「新産業創造戦略」から抜粋,アクセンチュア分析
(数字は 2003 年)
化学経済
分野のみならず成熟分野も含めて世界シェ
ア・ナンバーワン製品を有してきている(第
1 表)。「ナンバーワン製品を創出・拡大し,
その高い収益力を基に他社に先駆けた先行投
資を行い,次世代ナンバーワン製品を創出す
る」というのが日系化学企業においても基本
パビリティ
的な成長モデルになってきている。
では,各社どのような方法でナンバーワン
製品を生み出してきているのだろうか。な
ぜ,日系企業がそれほどにナンバーワン製品
アクセンチュア 素材・エネルギー本部
エグゼクティブ・パートナー
くぼかわ
か ずし
窪川 和志
たび市場ニーズにマッチした製品が開発でき
ればグローバルで大きなシェアを獲得するこ
とができる。
を生み出せるのか。実際には各社様々な方法
をとってきているが,製品×マーケットライ
フサイクルと創出スタンスといった 2 つの
切り口でみてみると,ナンバーワン製品の創
出パターンは大きく 4 つに分類できると考
えられる(第 2 図)。ここで,製品×マーケッ
トライフサイクルは,製品自体は成熟期で
あっても,新用途への展開の場合にはその用
途では揺籃・成長期にある,ということに注
意いただきたい。
以下,各パターンの概要についてみていく。
2.化学企業の成長モデル
2 - 1 スーパー・イノベーター型
現在の日系化学企業は,上述のような成長
これは自社単独で市場ニーズにマッチした
新機能製品を生み出し,グローバルで圧倒的
第1表 日系化学企業の世界シェア・ナンバー・ワン製品
(一部)
領域
FPD材料
企 業
旭硝子
東レ
日東電工
JSR
東レ
住友ベークライト
半導体材料
信越化学
JSR
帝人
記録材料
昭和電工
住友ベークライト
構造材料
帝人
東レ
(出所)アクセンチュア調べ
2006・10 月号
製 品
PDP用ガラス基板
バックライト用反射フィルム
偏光板
液晶パネル着色レジスト
PDP用感光性ペースト
半導体用封止材
シリコンウエハー
半導体用フォトレジスト
光学用ポリカーボネート
磁気ディスク基板(HDD)
自動車用フェノール樹脂
パラ系アラミド繊維
炭素繊維複合材料
(単位:%)
世界シェア
85
85
48
30
20
35
30
21
80
20
60
50
37
3
に恵まれている日系化学企業は,パー
トナリングにより数多くのナンバーワ
ン製品を生み出してきている。東レ
第2図 ナンバーワン製品の創出マトリクス
成熟・
衰退
ニッチ・
リノベーター
M&A
オーガナイザー
の PDP 用感光性ペースト(松下電器
産業との共同企業化)や帝人の光学用
ポリカーボネート(ソニーとの共同開
×
ラ製
イ品
フマ
サー
イケ
クッ
ルト
揺籃・
成長
スーパー・
イノベーター
パートナリング
・イノベーター
独自
協調
創出スタンス
な売り手市場をつくり出すパターンである。
市場ニーズが高度化・多様化するなかで,的
確に市場ニーズを見極め,自社オリジナル製
品で市場を押さえてしまうところが,まさし
く スーパー である。4 つの中では最もハ
イリスク・ハイリターンである。このパター
ンの中には,他社オリジナルで 失敗 とみ
なされている製品のパテント・営業権を購入
し,日系化学企業の得意な応用開発力で用途
展開を行い,他社既存製品を代替しナンバー
ワン製品にしてしまう,といったミドルリス
ク・ミドルリターンのケースも存在する。
2 - 2 パートナリング・イノベーター型
川下企業との共同開発・共同事業化により
可能な限り迅速な最終製品の市場投入を行
い,川下企業とともに市場でのデファクト化
を目指すパターンである。従来,オリ
ジナリティーの高い製品シーズはスー
パー・イノベーター型が志向されてき
近年のように開発・製品化スピー
たが,
ドが成否を左右する市場環境において
は,顧客企業とのパートナリングによ
り,いち早く 魔の川 死の谷 を渡
りきることが最優先課題になってきて
いる。高度産業集積地におり顧客企業
4
発)はこのパターンの代表例である。
今後,ますますあらゆる産業分野で機
能とニーズが高度化するなかでは,こ
れまでの化学企業と顧客企業の 1 対 1
のパートナリングから,複数の川上・
川中・川下企業による「ビジネス・コ
ンソーシアム」の形成およびコンソー
シアム間の競争に進展していくと思われる。
余談ではあるが筆者は,成熟化が最も進展
しているという意味で,繊維産業が全産業の
フロンティアではないかと考えている。詳
細は省くが,1950 年代の花形産業が現在で
は市場の成熟化・安価な輸入品の流入により
非常に厳しい事業環境下にある。しかしなが
ら繊維各社は独自のコンソーシアム(川中企
業群とのグループ形成およびアパレル企業と
のパートナリング)を強化しつつ,製品企画
やサプライチェーン・マネジメント(SCM)
能力を高めながら収益を創出している(第 3
図)。
2 - 3 M&A オーガナイザー型
多 く の 業 界 で, グ ロ ー バ ル ベ ー ス で の
M&A・業界再編が進展している。化学業界
第3図 繊維産業のバリューチェーン
原糸
織・編
染
縫製・小売り
商品企画・SCM
繊維企業
アパレル
企業
織・編
企業
染企業
化学経済
化学企業の成長モデルとコア・ケイパビリティ
においても欧米企業を中心に企業ベースの
M&A が繰り広げられてきた。このようなな
わせにより,日系化学企業はナンバーワン製
品を創出してきている。どのパターンにも
か,日系企業は事業・製品ベースの M&A を
うまく使い,グローバルシェア・ナンバーワ
ン製品をつくり上げてきている。欧米企業に
実例は存在するのだが実現は非常に難しい。
パートナーリングといっても,希望する顧客
企業が応じてくれるとは限らないし他社を選
択するかもしれない。M&A で規模が拡大し
比べれば規模の小さい日系企業は,総じて既
存製品でのグローバルシェアは小さく,リー
ダーにはなっていない。一方で,欧米企業は
事業ポートフォリオに敏感であり,彼らに
とって規模が小さく成長性の低い製品は優先
度が低くなっている。このような状況下,日
系企業はグローバル的にはどちらかといえば
ニッチな製品の M&A をオーガナイズ(企画・
実行し,有機的に統合)しグローバルシェア
を握り,技術移転による機能開発・用途開発
成長製品へと転換している。住友ベー
を進め,
クライトは米国,スペイン,ベルギーなどで
フェノール樹脂の M&A を推進し,自動車用
途で 60%の世界シェアを獲得している。
2 - 4 ニッチ・リノベーター
化学製品特有の樹形図的な製品構成を広く
取り扱ってきた企業は,対象を自社の得意な
プロダクトチェーンに絞り込むことにより,
グローバルとはいかないまでもアジア市場あ
るいは国内市場で高いポジションを築いてい
る。また衰退市場においては,他社が撤退す
るなかでは自社のシェアは自然と高まる。経
営資源の有効活用の観点からは衰退市場に長
くとどまることは得策ではないかもしれない
が,残存者利益は意外に大きいし,決してあ
きらめない姿勢は顧客企業に安心感を与え,
他製品でのパートナリングに好影響を与える
たとしても,グローバルマネジメントができ
なければ持続的成長は見込めない。
今後とも日系企業がナンバーワン製品創出
に基づく成長モデルを実現していくために
は,研究開発力はもちろん,必要となるコア・
ケイパビリティ(組織能力)を磨いていかな
くてはならない。以下ではいくつかのケイパ
ビリティ強化のコンセプトについて触れてみ
たい。
3 - 1 営業力
高度情報通信社会が進展すればするほど,
情報がはんらんすればするほど,化学企業・
顧客企業間で信頼関係を築き,付加価値の高
い情報を提供・収集する営業力が重要になっ
てくる。化学企業は顧客企業と密な関係をつ
くることで,先端技術のロードマップを把握
することができ,研究開発や設備投資の方向
を見極めることができる。また,的確な提案
を繰り返し行っていくことにより,ビジネス
の拡大ができ,さらなる信頼関係の構築がで
きる。
今後ますます求められる営業力とは,顧客
とともに最終消費者の需要を的確にとらえ,
機動的に対応できるケイパビリティである。
究極のパートナリングとは インサイダー
化 であり,顧客企業のマーケティング・開
場合もある。
発・製造プロセスに食い込み,早い段階から
ともに学びビジネスにコミットする,そうす
3.成長モデルを支えるコア・ ケイパビリティ
ることにより競合を排除し,追随を許さない
体制を築くことである。そのためには「顧客
を見極め(セグメンテーション)」「その関係
をデザインし(アカウントプランニング)」
「機
上述の 4 つのパターンおよびその組み合
2006・10 月号
5
動的な適材配置(チームセリング)」を徹底
して行っていくことがこれまで以上に重要に
に張り付き,フットワークよく情報を収集す
る営業と,機を逃さず適切なタイミングで提
なる。
「顧客の見極め」は従来の直接顧客(例え
案を実施する技術サポートをチームとして編
成することが重要である。当社の川下企業へ
のインタビューによると,多くの企業が化学
企業の営業の訪問(頻度・質ともに)に対し
ば,
部品加工メーカー)だけでなく,最終メー
カー(自動車メーカーなど)を含めた広い視
野で選択し,そこに資源を集中することであ
て不満を感じている。高度な技術を有した部
隊による時限的な対応に加え,アナログでは
る。インサイダーとなるためには相当の人的
資源が必要であり,顧客別に極端な資源配分
もやむをえない。そのリスクを最小化するた
あるが,面を押さえ,機動的に動く 泥臭い
営業 の重要性を見直す必要がある。
めにも客観的かつ中長期的な視野(技術の補
完関係,企業文化の相性,競合のポジション
など)からの顧客選別が必須である。いわゆ
る 勝ち馬 と組めるに越したことはないが,
短期的にはそうはならなくても,両社での長
期的コミットメントがあれば,技術革新は常
に起こる世界であり,将来的な逆転は十分に
可能である。
「関係のデザイン」は単一事業だけでなく,
全社視点で顧客接点を思考すべきである。例
えば,化学企業はハイテク用途として様々な
素材を供給しているが,各事業の営業がバラ
バラに活動している企業がいまだに多数存在
している。企業として,いかに顧客企業に最
大の価値を提供できるかを事業統合的視点か
ら考えるべきである。
インサイダー化には「機動的な適材配置」
が不可欠である。常時,顧客のあらゆる接点
多くの企業が少なからず,すでに営業力強
化に取り組んでいると理解している。しかし,
一方で川下から十分な評価を得られていない
のも事実であり,継続的な営業力の強化が必
要になっている。
3 - 2 サプライチェーン・マネジメント力
SCM は大きく 3 つのステップを経て進化
してきている(第 4 図)。1980 年代はバル
ク製品を中心とした生産効率重視の SCM で
あった。プラント稼働率・生産効率の向上に
よるコスト競争力の強化が志向された。90
年代になるとファイン製品・多品種少量生産
が拡大し,それとともに顧客サービスの向上
がうたわれるようになり,SCM を中心にし
た顧客サービスの向上による差別化が志向さ
れた。一方で,顧客サービス向上が盲目的に
信仰され,カスタマーグレードが爆発的に増
第4図 SCM コンセプトの変遷
生産効率重視
(∼1980年代)
目的関数
生産コスト
コスト競争力によ
る差別化
内 容
6
需要対応力不足・
在庫増大などの課
題の顕在化
顧客サービス重視
(1990年代)
顧客満足度
全体最適化
(現在)
重要顧客満足度
と収益
重要顧客とのSCM
顧客サービス高度
パートナリング
化による差別化
(計画連携,
オペレー
盲目的な顧客サー ション統合など)
顧客対応のメリハリ
ビス信仰
化&収益最大化
→コスト倒れ
化学経済
化学企業の成長モデルとコア・ケイパビリティ
加し,短納期・小口対応の増加などにより,
顧客満足度が収益に結びつかない企業が多数
存在した。そして現在,先進企業は顧客対応
から生産効率まで含めた全体最適化の方向に
動いており,重要顧客との SCM パートナリ
増大するとともに,グローバル・オペレーショ
ンを効果的にマネジメントする能力が今問わ
れている。連結経営のかけ声のもと,連結情
ングの強化と収益最大化を志向している。
重要顧客との SCM パートナリングについ
報の早期収集・開示に多くの企業が取り組ん
できたが,事業オペレーションの実態把握と
いう点では,多くの企業が課題を抱えたまま
だ。本社から経理・企画スタッフを派遣し,
ては先進的な事例として,ある化学会社の
事例が参考になるであろう。マーケットリー
人間系の情報によってなんとか実態を把握し
ているという企業は少なくない。ただし,各
ダー的存在である顧客企業から真の予定情
報,需要情報を直接提供してもらう見返りと
優先対応の確約(キャパシティー確保,
して,
納期対応,増減産対応など)や VMI(Vender
Managed Inventory:ベンダー マネジッド
インベントリー)の導入,顧客専用の社内連
携体制の構築などを行い,重要顧客と強固な
需要対応力を構築している。SCM は一般的
にコスト削減の手法としてとらえられている
が,顧客との関係強化のための重要な能力で
もある。顧客にとっては素材提案も重要であ
るが,新たなデリバリー提案も重要なのであ
る。
重要顧客へは特別な対応を行いつつ,事業
全体としては収益向上を志向することが必要
である。収益最大化のために,単一事業にと
どまらず,事業横串およびグループ事業連結
で SCM 統合を行っているケースもある。先
所の実態を迅速かつ正確に把握し,グループ
事業本部として有効なアクションの指示を行
うためには,人間系の情報把握だけでは不十
分である。先述の「M&A オーガナイザー型」
企業において,とくに重要な課題である。
M&A によって海外事業を拡大してきた企
業にとっては,ローカル各社での従来の管理
思想・業務の考え方が事業本部(本社)と異
なるケースは少なくない。長期的にはこれら
を標準化していく方向は考えられるが,いち
早く事業拡大に伴うシナジー効果などを達成
するためには短期的に次のような能力が重要
となる(第5図)。
まず,各ローカル会社での従来の管理思
想・業務の考え方を許容しながら,各社の財
務パフォーマンスの背後にある業務オペレー
ションの実態を客観的に把握・比較すること
が求められる。さらに事業本部(本社)も含
めたグループ内での優良な業務オペレーショ
ン,つまりベストプラクティス(高収益を維
持するためのマーケティング・売り方,効率
進企業では,製品連関のあるグループ企業の
生産計画も統合し,需要量,顧客の収益性,
原料・中間品のマーケットプライス,生産効
率などから,原料の購入量,中間品・製品の
生産・購入量,製品の販売・在庫量を随時調
整している。
SCM は製造業にとって常に重要な能力で
ある。今後とも事業環境変化に合わせて最適
な SCM を構築していくことが求められる。
3 - 3 グローバル・マネジメント力
多くの化学企業において海外事業の比率が
2006・10 月号
的な製造オペレーション,管理部門の効率性
など)を事業本部として発見し,標準モデル
化したうえで,グループ内に水平展開するこ
とが求められる。これらの能力を発揮し有効
な技術移転や業務オペレーションの移転を通
して,早期にシナジー効果を生み出していく
「M&A オーガナイザー型」企業にとっ
ことが,
ては重要である。
グローバル・マネジメント力の実現に向け
7
第5図 グローバル・マネジメントに求められる能力
③ベストプラクティスの標準化・ルール化
④ベストプラクテ
ィスの水平展開
・問題解決指導
グループ本部
②ベストプラク
ティスの発見
関連会社
財務 KPI
関連会社
業務 KPI
(管理)
⑤目標の
具体化
ては,
大きく 3 つの取り組みが必要と考える。
誌面の関係でごく概略のみ示すが,第 1 は,
「KPI(Key Performance Indicator: 主要業績
評価指標)の体系化」である。財務パフォー
マンスをはかる財務 KPI のみならず,その背
後にある業務オペレーションのパフォーマン
スをはかる業務 KPI をグループ内で客観的
に横比較できるよう,体系化・階層化するこ
とが必要となる。第 2 は,「グループ共通の
集計・管理単位の標準化」である。グループ
「用途」「重要顧客(グルー
共通でみるべき,
プ)
」
「製品グループ」などを事業管理の要件
から整理し,各ローカルでの集計・管理単位
からの翻訳(変換)のルールを整備すること
「各ローカルの情報を吸い
である。第 3 は,
①体系に沿った
業績/オペレー
ションの把握
業務 KPI
(施策)
量退職,労働力の減少・人材獲得競争の激化
など,様々な課題が存在する。このようなな
かで今後,事業領域の多様化・グローバル化
のさらなる進展といった事業環境の下で最も
優先度が高いのは,「全社経営人材・グロー
バルタレントのマネジメントの確立」ではな
いだろうか。
「全社経営人材・グローバルタレントのマ
ネジメント」とは,数多ある自社のポジショ
ンの中で,人材配置がグローバルでのビジネ
スパフォーマンスに大きく影響するポジショ
ン(「グローバルキーポジション」)を識別し,
上げ・蓄積する情報システムの構築」である。
IT の観点でいえば,異なる情報システム間
どのような「人材(コンピテンシー)」がマッ
チするかを明らかにし,「事業・国の枠を超
えて最適な人材配置を計画・実践」すること
である。「グローバルキーポジション」には
大きく,
の情報連携は従来よりも比較的容易になって
きているため,短期間かつコストを抑えた実
現が可能であろう。
A.既存事業のマネジメント(全社役員,
事業部長などの部門経営陣,グループ会社
トップなど),
3 - 4 人材マネジメント力
人材マネジメントにおいては団塊世代の大
8
B.戦略的取り組みのリーダー(新規マー
ケットの立ち上げ責任者など),
C.戦略的取り組みに従事するエキスパー
化学経済
化学企業の成長モデルとコア・ケイパビリティ
ト(海外新拠点での生産立ち上げ指導者な
ど)
,
D.全社経営陣の懐刀(全社の企画・管理
を行う本社の部長級のポジション)
の 4 つのタイプが存在すると当社では考え
ている。
これらの「経営人材・グローバルキー
また,
ポジションの 次期 候補」を継続的に,十
分な数だけ育成するための人材マネジメント
の確立も必要である。「若手・中堅層での候
補者の早期発掘」と「幹部・役員層での最終
的な能力練成・見極め」の 2 つのステージ
に分けて考えると,日本企業は概して「早期
の人材の発掘・配置」が不十分であると考え
全社レベルで早期に人材を発掘・
る。これは,
配置するためのルール・プロセス,そのため
の人材情報管理といった実行基盤の不足に起
因すると考える。
さらには「海外現地人材のマネジメントの
確立」も大きな課題である。とくに,生産拠
点からマーケットへと位置づけの変化が進む
中国,アジアなどでは,現地採用人材の役割
が「日本人の指示に基づくオペレーション遂
行」だけでなく「現地のマネジメント,マー
ケティング・営業・R&D といったナレッジ
ワーク」にまで拡大が進むと想定され,人材
マネジメントもそれに対応した仕組みに変わ
る必要がある。
例えば,明確な自己のキャリアプランと照
らし合わせて当該企業が自分にふさわしい場
所かを合理的に判断する度合いが強い海外
のナレッジワーカーに対して,ポジションご
との職務内容が客観性を欠き,中間管理職で
キャリアが頭打ちになる従来型の現地人材マ
ネジメントにとどまっていては,日系化学企
業が人材の獲得・活用競争で欧米企業と肩を
並べていくことは困難であろう。
3 - 5 IT 企画・実行力
日本企業は効率化に主眼を置いた「守りの
経営」によって蓄積したキャッシュを活用し,
成長に主眼を置いた「攻めの経営」に転換し
てきている(第 6 図)。
新たな事業・需要創造をもたらす「攻めの
経営」への転換が進むなか,IT 投資もその
質的な転換に迫られており,「成長への能動
的な貢献」と「IT コスト効率の向上」とい
う 2 つの要求に同時に応えなければならな
くなってきている。
IT の新技術を積極的に活用し「成長への
第6図 日本企業のフリーキャッシュフロー
(兆円)
15
14兆円
10
“攻めの経営”
への原資
5
研究開発投資
設備投資
M&A
……
IT投資
0
バブル経済
失われた10年
−5
1985
1990
1995
2000
(年)
(出所) UBS Statistics, June 2004, Corporations with capital of over 1 billion
Yen
2006・10 月号
9
能動的な貢献」を実現した事例として BP
Petrochemical の取り組みをあげたい。同社
あげられる。
IT はこれまで戦略を実現する手段であっ
では, ブルーチョーク という名の勉強会
を開き,経営層も参画のうえで最新の技術領
域や潜在価値の大きな業務領域に特化したブ
たが,今後は IT のもたらす新たな可能性を
享受して成長機会を創出する役割も求められ
てくる。「守り」から「攻め」へ,経営と一
レーンストーミングを行っており,具体的な
成果としてサプライチェーンを抜本的に効率
化する新システムを導入した。このシステム
体となった「成長期の IT 投資」へと転換で
きるかどうかが,今後の企業の浮沈を左右す
る鍵の 1 つになるであろう。
では,化学製品を積載する鉄道車両の位置情
報,温度,重量などを,ソーラー駆動のワイ
ヤレスセンサーと GPS で監視し,インター
ネットを介して最新状態を確認することがで
きる。これにより輸送効率向上による保有車
両の削減と輸送事故の削減を実現した。こ
れは世界的にみても革新的なシステムだと
いえ,先端技術を調査・実用化していく ITR&D 機能を確立した好事例である。
「IT コスト効率の向上」の事例としては,
タイの代表的コングロマリットであるサイア
ム セメントグループをあげる。
同社はアクセンチュアとのジョイントベ
ンチャー IT-One 社を設立し,IT インフラの
高度化を実現した。当事例では単なるコスト
削減にとどまらず,ユーティリティーコン
ピューティングの導入により,「動的なイン
フラ調達」を可能としている。センターに
集中化されたサーバー群はクラスタリング技
術などを活用して仮想化され,従来システム
ごとに運用費は固定的にかかっていたが,必
要な機能を必要な運用レベルで,かつ安価に
IT サービスとして享受することができるよ
うになった。
「成長への能動的な貢献」と「IT コスト効
4.おわりに
最近メディアにおいて,
「化学企業」「素材」
「競争力」といったキーワードを頻繁に目に
するようになってきた。アクセンチュアは川
下企業(通信,ハイテク,自動車,産業機械
など)とも広くおつきあいさせていただいて
いるが,川下企業も化学企業に対してイコー
ルパートナーへの意識にシフトしている。近
年の化学各社の活躍により,再び化学業界へ
の注目が集まってきている。今後とも持続的
に成長し,注目と人材が集まり,化学産業全
体でさらなる発展を遂げていくことを期待し
ている。
(執筆担当)
窪川和志 エグゼクティブ・パートナー(1 章,2 章,
4 章)
吉田博人 シニア・マネージャー(3 章 1 項)
三好昭宏 シニア・マネージャー(3 章 2 項)
村島克哉 エグゼクティブ・パートナー(3 章 3 項)
蓑毛寿郎 シニア・マネージャー(3 章 4 項)
森 亮 マネージャー(3 章 5 項)
率の向上」のための取り組みとしては上述以
外にも,今後活発化する M&A やアライアン
スに対応するシステムの連携・統合,顧客や
製品・用途といった軸での情報統合,グロー
バル化への対応力を左右するアウトソーシン
グをはじめとした IT 業務の工業化,などが
10
化学経済