ディラン・トマスの戦争詩(1) The War Poems of Dylan Thomas (1)

人文社会学部紀要 VOL.3(2003.3)
ディラン・トマスの戦争詩(1)
The War Poems of Dylan Thomas (1)
望
月
健
一
MOCHIZUKI Ken-ichi
はじめに
ウェールズの詩人デ ィ ラ ン・トマス(Dylan Thomas, 1914-1953) の作品の代表的な主題は 、生と死である 。
トマスは 10 月 2 7 日という自分の誕生日を非常に意 識していたが、そ れ は 、彼が秋を 冬(自然界に お け る死の
季節)に向かう季節としてとらえ、誕生を死へ の第一歩と考えていたからである。
生と死は、普遍的かつ人 間 存 在 の根本に か かわる 問題であるが 、トマスはこれを 、人間をも含めた自 然 界 に
おける「誕生−性交−死− 再生」のサイクル の中でとらえようとする。初期には大 胆なセクシュアル・ シンボ
リズムを駆使した韜晦的な 詩を書いていた彼 は、次第に自然・宇 宙の輪廻の思想の 中に埋没するようになり、
晩年には遂に、死を受容す る に 至る。こ の よ うなタイプの詩人が 戦争を題材に扱っ た詩を書いたら、ど う な る
のだろうか。
1946 年に出版されたトマス の四番目の詩集『死 と入口』(Deaths and Entrances ) のタイトルは、ジ ョ ン・
ダン(John Donne, 1572-1631) の最後の説教集『死の 決闘』(Death’s Duell ) から取られた。1 この詩集には、
ドイツ空軍によるロンドン 空襲を直接的あ る い は 間接的に扱った 作品が四篇収録されている 。しかし、 これら
の詩は普通の意味での戦 争 詩とは言えないのかもしれない。な ぜ な ら 、そこにはいかなる政治的イデオロギー
も愛国心も見いだせないからである。トマスは戦争を 、国家と国家 、民族と民族 、同盟国と 同盟国の間の対立・
争いとしてではなく、飽く ま で も 人間に加え ら れ た 運命の暴虐としてとらえていた のである。
トマスは元来、良 心 的 戦 争 忌 避 者であった。1940 年、当時 26 才だった彼は戦 争 参 加を嫌い衛生兵を志 願す
るが、身体虚弱であったために徴兵不適格者 と見なされてしまう 。そこで、彼は第二次世界大戦の大半 をウェ
ールズで過ごし、時々ロ ン ド ン に出かけ、友 人と会ったり、 B B C放送の仕事を し た り 、出版業者に会 ったり
していた。映画社のために 記録映画の脚本を 書いたこともあるが 、中でも空襲を扱 った記録映画製作に 参加し
た時の経験が彼の想像力に 大きな影響を与え た と考えられる。
本稿では、詩集『死と入口 』に収め ら れ た 大戦初期の詩 、「死と 入口」(‘Deaths and Entrances ’)、「夜明けの
空 襲 の 犠 牲 者 の 中 に 百 歳 の 老 人が い た 」 (‘A m o n g T h o s e K i l l e d i n t h e D a w n R a i d w a s a M a n A g e d a
Hundred’)、および、大戦後期の 詩、「焼夷弾空襲後の儀式」(‘Ceremony after a Fire Raid’)、「ロ ン ド ンの子
供の火災による死を悼む こ と を 拒否して」(‘A Refusal to Mourn the Death, by Fire, of a Child in London’) を
創作年代順に取り上げ、生 と死のテーマが個々 の詩の中でどのように扱われているかを考察する。
-1-
人文社会学部紀要 VOL.3(2003.3)
1
ロンドン空襲の予 感
ヴァーノン・ウ ォ ト キ ン ズ宛の手紙に よ っ て 1940 年8月の作であることが確認 されている「死と入 口」は
言うまでもなく詩集『死と 入口』の表題詩で あ り 、トマス自身にとってはかなり重 要な意味をもつ作品 と考え
られる。2 しかし、そのイメージ、言語があまりにも多 義 的 で難解であるためか、今日この詩がトマス の代表
作として詩のアンソロジー などに載せられることは、ほとんど皆 無と言ってよい。
トマス自身が「侵略の詩」(“poem about invasion”) と呼んだこの作品は、ド イ ツ軍によるロンドン 空襲を
予想して書か れ た も の で あ る。3 しかし、三つの連 に共通して現わ れ る「ほとんど放火といってよい夕べ」(“ On
almost the incendiary eve”) という詩句が端的に 表わ し て い る よ う に、この詩にあっては 空襲は飽く ま で も 現
実のものとして受け止められている。ち な み に、ドイツの無人ロ ケ ッ ト 爆弾V2号 が初めてロンドンに 投下さ
れるのは、この詩が書か れ て か ら3年余後 の 1944 年5月のことである。詩全体 を一丸に引用する。 4
Deaths and Entrances
On almost the incendiary eve
Of several near deaths,
When one at the great least of your best loved
And always known must leave
Lions and fires of his flying breath,
Of your immortal friends
W h o ’d raise the organs of the counted dust
To shoot and sing your praise,
One who called deepest down shall hold his peace
That cannot sink or cease
E n d l e s s l y t o h i s wound
I n m a n y m a r r i e d L o n d o n ’s estranging grief.
On almost the incendiary eve
When at your lips and keys,
Locking, unlocking, the murdered strangers weave,
One who is most unknown,
Y o u r p o l e star neighbour, sun of another street,
Will dive up to his tears.
H e ’ll bathe his raining blood in the male sea
Who strode for your own dead
And wind his globe out of your water thread
A n d l o a d t h e t h r oats of shells
With every cry since light
Flashed first across his thunderclapping eyes.
On almost the incendiary eve
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Of deaths and entrances,
When near and strange wounded on London’s waves
Have sought your single grave,
One enemy, of many, who knows well
Your heart is luminous
In the watched dark, quivering through locks and caves,
Will pull the thunderbolts
T o s h u t t h e s u n , p l u n g e , m o u nt your darkened keys
A n d s e a r j u s t riders back,
Until that one loved least
Looms the last Samson of your zodiac.
死と 入口
何人かの人た ち が死の近くにいた
ほとんど放火 といってよい夕べ
あなたの最愛の 人たち
多年の知人 たちのうち
最低一人が
獅子や火の よ う に飛び行く
あなたへの賛 美を口にし
お の れ の息に別れを告げなければならない 時
また歌 うため
数えられた塵に 帰した器官を蘇らせようとする
不滅の友人たちのうちで
最も深く呼び か け る 者は
多くの既婚者 たちのいるロンドン の
よそよそしい 悲しみの中で
自分の傷口に 向かって限りなく沈 んだり絶えたりすることのない
自らの平和をつかむであろう
錠をかけたりはずしたりしている
あなたの唇と鍵のところで
殺戮された見 知らぬ人たちが織り 交う
ほとんど放火といってよい夕べ
もっとも知られざるもの
あなたの北極星 の隣人
他の街路の 太陽は
自分の涙に向 かって急降下す る だろう
あなた自身の死 に向かって大股で近 づいてきた人は
雨と降る自分 の血を男の海に注ぎ
光がはじめて彼 の雷電のうつ眼を よ ぎって 閃いてからというものは
あなたの涙の 糸で彼の眼球を巻き
貝殻ののどに
ありとあらゆる 叫びを詰め込む だ ろ う
死と入口の
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ほとんど放火 といってよい夕べ
ロンドンの波の 上で傷ついた身近な 人たち
見知らぬ 人たちが
あなたの唯一 つの墓を探し求めた 時
多くの敵の中の 一人の敵は
あなたの心が 錠前と洞穴の中を震 えながら通り抜け
見張られている 暗闇で光っているのをよく知っており
太陽を遮る た め に 雷電を引き寄せ
突進し
暗くしたあなたの鍵にうちまたがり
正義の乗り手 を焼き焦がして追い 返すだろう
そしてついには
あの愛されることの最も少ないものが
あなたの十二宮 の最後のサムソンの 姿をとって
ぼ う っ と 浮かび上が る の だ
第一連では、空襲に見舞 われた都市と、そ こ に 住む人々のシルエット が鮮やかに 映し出される。し か し、そ
こに登場する人物、神格な ど の 正体を見究め る ことは 、ほとんど 不可能に近い。別 の言い方を す る な ら ば、こ
の詩は読者に様々な読みの 可能性を提示しているのである。筆者 はまず、「 そのうちの一人(“one” )」(l. 3) は
死にゆこうとしているロ ン ド ン の住民の一人(これに 詩人を含めて考えることもできる )、「 あなたの(“ your”)」
(l. 3, 6) は神、そして 、「最も深く呼び か け る 者 (“One who called deepest down” )」(l. 9) はキリストを指す
ものと解釈したい。 死にゆく人々の 息が「獅子や 火」(l. 5) に喩えられているのは、焼 夷 弾による劫火 が獅子
のたてがみに見立てられているからであるが 、獅子はイギリスの 象徴でもあるので 、この部分は空襲に よ り イ
ギリスが壊滅的被害を蒙っていることに言及 したものと解釈することも 可能である 。七行目の“organs ” は、
空襲で焼かれた「人間の臓 器」であると同時 に、戦禍で焼け落ち た教会の讃美歌を 奏でる「パイプオルガン」
でもある。この詩のおよそ 四年後に書かれた 「焼夷弾空襲後の儀 式」では、パイプオルガンが重要な役 割を演
じることになる 。「多くの既 婚 者たちのいるロ ン ド ン の
よそよそしい悲しみの 中で」(l. 12) には、1.空襲
によって既婚者が配偶者を 失って孤独になる 、2.元来、人間は 孤独な存在で あ る が、人を愛することによっ
ていっそう孤独になる、の 二つの意味が込められている。
第二連では、さらに死のイ メ ー ジ が支配的で あ る。ここでは特に 、「鍵 」、「錠前 」、「 水」、「 球体」のイ メ ー ジ
が重要な機能を に な っ て い る。「錠をかけたりはずしたりしている/あ な た の唇と鍵の と こ ろ で」(ll. 14 -15) に
おいて、「唇」(“lips” ) に「錠をかける」(“Locking”) ことは生命の破壊を 意味するが、逆に「鍵」(“keys ” )
に「錠を あ て が う」(“Locking” ) ことは生命 の救済を意 味する。 この二行 は、ロ ン ド ンの人々 が生死の 間をさ
まよう様子を表現したものであろう。「あなたの北極星 の隣人」(l. 17) とは、1.「北 極 星」を指針と し て飛行
機を操縦するドイツ空軍の パイロット 、および、2 .「北 極 星」のように 人間の生きる道を 指し示す詩人 、を指
す。従って、「 自分の涙に向か っ て 急降下する 」(l. 18) には、1.敵の パイロットが急 降 下 して爆弾を 投下す
る、2.(その時 、)詩人が 悲嘆や憐れみの涙 に浸る、という二つ の意味が同時に込 められていることになる。
そして、この詩人の「涙」 のイメージは 、「男の海」(l. 19) や「あなたの涙の糸」(l. 21) へと受け継がれる。
一般的に、トマスにあっては水 は生命の象徴で あ る。しかし、松田幸雄氏 が指摘しておられるように、「 あなた
の涙で彼の眼球を巻き 」(l. 21) は、生命の緒を死の体に巻き つ け殺そうとする イメージであり 、「貝殻 ののど
に/ありとあらゆる叫びを 詰め込む」(ll. 22-23) は、貝殻は生命を包むもので、そ れ を 充填することは 窒息死
させることを意味し て い る 。 5 もし、この第 二 連 に希望の 光が射す部分が あ る と す る な ら ば 、それは、 この連
の最後の行の「光が は じ め て彼の雷電のうつ 眼をよぎって閃いて 」であろう。何故 なら、この詩行には 、爆弾
炸裂による閃光のイメージ に、『創 世 記』における天地創造 の光や、詩人のインスピレーションの閃きの イメー
ジが重ね合わされており、 ここに再生・復活へ の兆しを読み取る こ と が 充分可能だからである。
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人文社会学部紀要 VOL.3(2003.3)
第三連では、壊 滅 的 被 害を蒙った都 市にも再生の兆しが 見え始める 。しかし、「焼夷弾空襲後の 儀式」や「ロ
ンドンの子供の火災による 死を悼むことを拒 否して」など、大 戦 後 期 に書かれた詩 のように、詩人の内 面にお
ける一連の儀式の中で、そ のベクトルが明確 なかたちで死から生 へ、破壊から生成 へ、暗黒から光明へ と向か
う わ け で は な い。 「 身 近な 人 たち
見知 ら ぬ人 た ち(“ near and strange”) 」が 傷 を受 け る「 ロ ン ド ン の 波
(“London’s waves ”)」(l. 27) には、W. Y. ティンダルが指摘するように 、1.敵機 の波状攻撃、2.血 と汗と
涙の洪水、3.空襲 を伝える放送の 電波、の三つの 意味が込められている。 6 「あ な た の心が錠前と洞 穴の中
を震えながら通り抜け/見 張られている暗闇で 光っている」(ll. 30-31) は、暗い子宮の中から明るい外 の世界
へと飛び出す誕生のイ メ ー ジである。また、「 太陽を遮るために雷 電を引き寄せ/突 進し
暗くしたあなたの鍵
にうちまたがり」(ll. 32 -33) は性行為を暗示し、これもまた、生 命の誕生に つ な が るイメージである。
ところで、「あの 愛されることの最も 少ないもの(“that one loved least ”)」(l. 35) とは、一体誰を指す の で あ
ろうか。筆者は、これは第 一 義 的 にはキ リ ス トを指すものと考え る。相変わらずイ メ ー ジ が混沌としているこ
の連にも、新しい生命の誕 生への動きを感じとることができる、 というのがその理 由である。もし、こ の読み
を採用するならば、キ リ ス ト が「十 二 宮の最後のサ ム ソ ン の姿をとって
ぼうっと浮び 上がる」(l. 36) のは、
空襲によって降り落ちようとする天をア ト ラ スのように支え る た め、ということになる。しかし、多 義 性と謎
に満ちたこの詩において、 サムソンは救済者 であると同時に、破 壊 者 としての一面 をも兼ね備えているのでは
ないだろうか。つまり、サ ム ソ ン はキリスト のようでもあるが、 敵のパイロットの 可能性も あ る の で あ る。ち
ょうど、「最後の サムソン」が失った力を 取り戻した後にペ リ シ テ 人とともに滅 びるように、この敵のパ イ ロ ッ
トは自分の身を犠牲に し て で も、自らの任務を 遂行しようとするかもしれないのである。
2
百歳の老人
「夜明けの空襲の犠牲者 の中に百歳の老人 がいた」は、戦争、 貧困、不安の た め にトマスの創作力が 衰えて
いた時期に書かれたソ ネ ッ トである。まるで 新聞の見出し の よ う なタイトルをもつこの 作品は、トマス の『自
選詩集』(Collected Poems ) の編集者ダニエル・ジョーンズの推 定では 1941 年8月の作と さ れ て い る。7 しか
し、この詩は、そ の い さ さ か冗長で散文的な 響きをもつタイトル とは裏腹に、ト マ ス独自の象徴的手法 がかな
り目立った作品と な っ て い る。詩全体を引用す る。
Among Those Killed in the Dawn Raid was a Man Aged a Hundred
When the morning was waking over the war
He put on his clothes and stepped out and he died,
T h e l o c k s y a w n e d l o o s e and a blast blew them wide,
He dropped where he loved on the burst pavement stone
And the funeral grains of the slaughtered floor.
Tell his street on its back he stopped a sun
And the craters of his eyes grew springs hoots and fire
When all the keys shot from the locks, and rang.
Dig no more for the chains of his grey-haired heart.
The heavenly ambulance drawn by a wound
A s s e m b l i n g w a i t s f o r t h e s p a d e’s ring on the cage.
O keep his bones away from that common cart,
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人文社会学部紀要 VOL.3(2003.3)
The morning is flying on the wings of his age
A n d a h u n d r e d storks perch on the sun’s right hand.
夜明けの空襲の 犠牲者の中に百歳の 老人がいた
朝が戦争の上に 目を覚ま し か け て い た時
彼は服を着て通 りに出て行き
そ し て死んだ
髪は大きく乱れ てあくびをし
爆風 がそれを吹き散ら し た
彼は
自分が愛 していた場所で
吹 っ飛んだ舗道の石 と
殺戮された路面 の葬送の砂粒の上に 倒れたのだ
仰向けになっている彼の街路に告げ よ
彼は太陽を押 しとどめ
錠前か ら す べ て の鍵が飛び出した時
彼の目の噴火口 は春の若芽と火を大 きくし
そして鳴 り響いたと
彼の白髪の心臓 の鎖を求めて墓場を 掘るな
傷に引かれた天 国の救急車が集ま っ て
鳥かごの上で鋤 が鳴るのを待っ て い る
おお
彼の骨は
そんなあ り き た り の車からは離し て お け
朝は
彼の齢の 数の翼を羽ばたいて 飛んで行き
そして百羽のこうのとりが
太陽の 右手に と ま っ て い る
新聞記事のように事実を 客観的に報道し て いると 見なすことができる部分は、最 初の五行のみである 。ここ
では、あたかも余命いくばくもない、無名の 人間の死が淡々と語 られているかのようである。しかし、 一行目
から「朝」は擬人化されているし、三行目「髪 は大きく乱れてあくびをし」(“The locks yawned loose” ) は、
“locks ” には「髪」 の他に「 錠前」の 意味もあることから 、詩の多 義 性 (ambiguity) として、「錠前は大 きく
口を開けてはずれ」という、もう一つ の読みをも可能にしている 。さらには、この“locks ” は、八行目の「鍵」
(“ keys ”)、「錠前」(“locks ”)、九行目 の「鎖」(“chains” )といった、こ の詩のキ ー・ワ ー ドとも言え る一
連のイメージ群の出現を先 取りするものでもある。そして、こ れ ら の イメージは、 既に紹介した「死と 入口」
の場合と同様に、生と死の 境界線を表わす機能 をになっているのである。
六∼八行目で、老 人の魂は鎖で あ り枷であった 肉体から解き放 たれる 。「彼は太陽を 押しとどめ」(l. 6) は、
老人の現世における生命が 停止したことを詩的 に表現したものである。「錠 前からすべての鍵 が飛び出した時 」
(l. 8) は、空襲で多く の人の生命が奪われたことを意味し て い る 。だが 、「彼の白髪 の心臓の鎖を求めて 墓場を
掘るな」(l. 9) というわずか一 行の力強い命 令 文 により、詩 人は、この老 人の肉体の残骸 を空襲の後の 瓦礫の
中から探し出して、ありきたりのやり方で埋葬 することを断固と し て 拒否する。
この命令文の出現をきっかけに、詩人は自 然の輪廻、つまり自 然 界 における再生 ・復活に思い を は せ る。こ
の老人の骨は、「 鳥かごの上で鋤が鳴 るのを待っている 」(l. 11)、即ち、シャベルで 死体の骨が集められるのを
待っている「天国の救急車」(l. 10) に運ばせてはならないという。なぜなら、この老人は、その死に よ っ て 永
遠の生命を獲得することに 成功し た か ら で あ る。この百歳の老人 の死は、今や自然 のサイクルの中に正 しく位
置付けられることによって 、百羽のこうのとりを仲介者 として百人の新 生 児の命に受け継がれようとしている 。
最終行に現われる「 太陽」(“sun” ) は、明らかに「 神の子」(“Son” ) との地口である。つまり 、ちょうど「神
の子」の右手に、贖われた 人たちや復活した 人たちが座るように 、この百羽のこうのとりは「太陽」の 右手に
とまっているのである。
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人文社会学部紀要 VOL.3(2003.3)
ここで、百歳の老人の死が 百人の赤ん坊の誕生 に相当することの 論理性について議 論することは、ほ と ん ど
無意味である。大切なのは 、トマスがそのように信じて疑わなかったということである。我々読者に必 要なの
は、彼が自然に対して寄せ る絶大なる信頼感を 理解し、それを受 け入れることなのである。
ポール・フェリスは、ト マ ス はこの作品に お い て 、そこで取り 上げられている出 来 事 に対して、彼に し て は
「冷静」(“ detached”) かつ「気楽な」(“light -hearted ”) 態度をとっていると 述べている。 8 しかし、筆 者はこ
のソネットの特に後半の部 分に、トマスが最 晩 年に全身全霊を込め て書き上げた「彼の 誕生日の詩」(‘Poem on
his Birthday’) に見られる自然の輪廻の思想の萌 芽を認めるのである 。 9
以上、大戦初期に書か れ た二篇の詩を見てきたわけだが、こ れ ら の 詩は、本格的 なロンドン空襲が始 まる前
に書かれたという点で共通 している。しかし 、飽くまでも詩人の 間接的な体験から インスピレーション を得て
書かれた作品であるためか 、およそ3年後に 書かれた大戦後期の 作品と比べると、 破壊・死から再生・ 復活へ
と向かう推進力や迫力に や や欠けるようである 。
― 未完 ―
<注>
1
「あの死、子宮の死からの救済は、入口だ、もう一つの死への引渡しだ。」(“Deliverance from that death, the death of
the wombe is an entrance, a delivery over to another death.”) なお、この詩集には、『羊歯の丘』(‘Fern Hill’)、『十月
の詩』(‘Poem in October ’)、『公園のせむし』(‘The Hunchback in the Park ’) など、トマスの最も有名な作品が含まれて
いる。
2
Dylan Thomas: The Poems , ed. Daniel Jones, J. M. Dent & Sons, 1971, p. 271.
3
Steve Vine, ‘Shot
‘
from the Locks’: Poetry, Mourning, Deaths and Entrances,’ ( Dylan Thomas, eds. John Goodby &
Chris Wigginton, Palgrave, 2001, p. 146.)
4 以下、トマスの詩の引用は Dylan Thomas: The Poems , ed. Daniel Jones, J. M. Dent & Sons, 1971. から、訳は拙訳に
よる。
5 『ディラン・トマス詩集』
(双書 20 世紀の詩人 11)松田幸雄 編・訳 小沢書店 1994
6
William York Tindall, A Reader ’s Guide to Dylan Thomas, Octagon Books, 1962,p. 219.
7
Dylan Thomas: The Poems, p. 272.
8
Paul Ferris, Dylan Thomas , Penguin Books, 1978, p. 187.
9
この詩の解釈などに 関しては、望月健一 「死への旅立ち−ディラン・トマスの誕生日の詩−(2)」(『ジャパン・ポエト
リー・レヴュー 』第8号 日本現代英米詩学会 2002, pp. 4- 13)を参照。
本研究は、財団法人富山第一銀行奨学財団よ り研究活動助成金 を受けて行われたものである。
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