光技術を駆使して大脳回路の動作原理に迫る 動物は、様々な環境に適応するためにそれに見合った様々な行動を取る、とい う戦略を進化させてきた。動物は環境からの情報を脳の中でコード化し、それ を保持しつつ過去の記憶と照らし合わせて、いくつかの選択肢から行動を決定 する。また環境からの情報なしに、内発的にさまざまな行動パターンを作り出 すことも出来る。そしてこのような行動は学習を通じて実現される。この時、 脳の中で細胞レベルでどのようなことが起こっているのか。脳内の神経細胞の 複雑なネットワークの実体、可塑性、そしてその動作原理を、2 光子イメージ ングや光遺伝学、電気生理学、分子生物学などの方法論を組み合わせることで、 単一細胞レベル、単一シナプスレベルで明らかにすることを目標としている。 Members 教授 松崎 政紀 研究員 正水 芳人 田中 康裕 総合研究大学院大学 大学院生 大久保 文貴 特別共同利用研究員 平 理一郎 ( 東京大学 ) 技術支援員 姫野 美貴 斎藤 順子 事務支援員 杉山 朋美 上段右図は生きた個体マウスの大脳新皮質の 2 光子蛍光イメージ。中段左図は海馬神経細胞の広域イメー ジ、中段右図は海馬神経細胞の樹状突起の高解像度イメージ。下段左図は 3 つの細胞の活動を示す蛍光強 度の時間変化、下段右図は、3 つのシナプス後部スパインでのカルシウム流入前後での蛍光イメージ。 42 光脳回路研究部門 大脳における随意運動の情報表現の解明 http://www.nibb.ac.jp/circuits/ 運動学習におけるシナプス構造・機能可塑性の研究 随意運動はその名の通り、意思に随った運動である。この 高等動物の学習・記憶の素過程は、神経細胞間の情報伝達 運動を獲得するためには、ある行動と報酬の関連性を認知学 の場であるシナプスの可塑性であると考えられている。特に 習を通じて理解する必要がある。またその行動を行うかどう 興奮性シナプス後部の突起構造であるスパインの構造・機 かは、外的状況や内的状況に対する価値判断を行ったうえで 能が、記憶・学習が起こるときの刺激によって急速に変化 決定することになる。随意運動を実現するためには、大脳一 し、それが維持されることが私たちのこれまでの研究によっ 次運動野だけでなく、高次運動野、線条体や小脳などを含む て明らかになった。そこで次にこのシナプス可塑性が、随意 広域なネットワークが必要であることが、ヒトやサルの研究 運動学習過程において、どのような神経回路のどの神経細胞 からわかっている。しかしこれらの領野のどの細胞群がどの をつなぐシナプスで起こるのかを明らかにする研究を始めて ようにシナプス結合して信号を受け渡ししているか、各細胞 いる。特に運動学習には、認知学習とそれに続く熟練学習の がどのようにシナプス可塑性を起こして、新しい情報表現を 2 つの段階があり、それぞれの段階でどのようにシナプス構 獲得しているのか、というネットワークの実体については技 造・機能が変化するのかをリアルタイムで追跡する。また神 術的限界もあり、殆どわかっていない。 経細胞に伝わった複数の情報が統合されるときには、シナプ 本研究室では、最先端のイメージング法や光遺伝学、電気 ス活動の時空間分布が重要な役割を担っていると予想されて 生理学、分子生物学などを行うことが可能なマウス・ラット おり、この実体を 2 光子イメージングを使って明らかにし を用いて、認知学習、行動選択を含む随意運動の大脳情報表 たいと考えている。 現を明らかにすることを目標に研究を行っている。2 光子 イメージング法を用いて、一度に数十〜数百個の大脳神経細 胞の活動をリアルタイムに計測し、運動関連細胞の挙動を解 析している。光照射すると活性化するケイジド試薬という小 分子化合物を細胞外液に投与したり、光照射すると細胞内外 間にイオンを通すチャネルロドプシン 2 (ChR2) やハロロ ドプシンというタンパク質を神経細胞に導入することで、シ ナプス活動や神経細胞活動を自在に操作し、神経ネットワー ク活動と随意運動の間の因果律を調べている。特に運動を発 現する前での神経細胞の持続的な活動やワーキングメモリと いった短期記憶保持がどのような反響回路によって形成さ れ、どのような情報を担っているのか、を明らかにしたいと 考えている。 図 1. ChR2 発現細胞の 2 光子イメージングによる同 定。 ChR2 が一部の神経細胞で 発現しているマウスの大脳 皮質にカルシウム蛍光指示 薬をロードした後の 2 光子 イメージング像 ( 上図 )。こ の大脳領域に青色レーザー を 照 射 す る と、ChR2 発 現 細 胞 だ け が 発 火 し、 そ れを細胞内カルシウム上昇 ( 下 図 ) と し て、2 光 子 イ メージングで同定すること が可能である。ここでは、 No.6、No.14 の 細 胞 が そ れにあたる。 図 2. 単一シナプス可塑 性の光学的誘発。 2 光子励起法によるグル タミン酸投与を単一スパ イン ( 黄色矢 ) に頻回投 与すると、構造の肥大化 ( 上図 ) とグルタミン酸 受容体の反応性 ( 下図、 擬似カラー ) の増強が起 こり、それが 2 時間に わたって持続する ( 文献 5 より )。 参考文献 1.Matsuzaki, M., Hayama, T., Kasai, H., and Ellis-Davies, G.C.R. (2010). Two-photon uncaging of -aminobutyric acid in intact brain tissue. Nat. Chem. Biol. 6, 255-257. 2.Kantevari, S., Matsuzaki, M., Kanemoto, Y., Kasai, H., and EllisDavies, G.C.R. (2010). Two-color, two-photon uncaging of glutamate and GABA. Nat. Methods 7, 123-125. 3.Tanaka, J., Horiike, Y., Matsuzaki, M., Miyazaki, T., Ellis-Davies, G.C.R. and Kasai, H. (2008). Protein-synthesis and neurotrophin dependent structural plasticity of single dendritic spines. Science 319, 1683-1687. 4.Wang, H., Peca, J., Matsuzaki, M., Matsuzaki, K., Noguchi, J., Qiu, L., Wang, D., Zhang, F., Boyden, E., Deisseroth, K., Kasai, H., Hall, W.C., Feng, G., and Augustine G.J. (2007). High-speed mapping of synaptic connectivity using photostimulation in Channelrhodopsin-2 transgenic mice. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 8143-8148. 5.Matsuzaki, M., Honkura, N., Ellis-Davies, G.C.R., and Kasai, H. (2004). Structural basis of long-term potentiation in single dendritic spines. Nature 429, 761-766. 教授 松崎 政紀 43
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