合成開口レーダによるリモートセンシングの 商用化に向けての

システム開発
18−F−7
合成開口レーダによるリモートセンシングの
商用化に向けての
フィージビリティスタディ
報 告 書
要旨
平成19年3月
財団法人
委託先:財団法人
機械システム振興協会
資源探査用観測システム・宇宙環境利用研究開発機構
この事業は、競輪の補助金を受けて実施したものです。
URL : http://keirin.jp/
序
わが国経済の安定成長への推進にあたり、機械情報産業をめぐる経済的、社
会的諸条件は急速な変化を見せており、社会生活における環境、都市、防災、
住宅、福祉、教育等、直面する問題の解決を図るためには技術開発力の強化に
加えて、多様化、高度化する社会的ニーズに適応する機械情報システムの研究
開発が必要であります。
このような社会情勢の変化に対応するため、財団法人機械システム振興協会
では、日本自転車振興会から機械工業振興資金の交付を受けて、システム技術
開発調査研究事業、システム開発事業、新機械システム普及促進事業を実施し
ております。
このうち、システム技術開発調査研究事業及びシステム開発事業については、
当協会に総合システム調査開発委員会(委員長:政策研究院 リサーチフェロー
藤正 巖氏)を設置し、同委員会のご指導のもとに推進しております。
本「合成開口レーダによるリモートセンシングの商用化に向けてのフィージ
ビリティスタディ」は、上記事業の一環として、当協会が財団法人資源探査用
観測システム・宇宙環境利用研究開発機構に委託し、実施した成果をまとめた
もので、関係諸分野の皆様方のお役に立てれば幸いであります。
平成19年3月
財団法人 機械システム振興協会
はじめに
光学リモートセンシングについては既に商用化衛星(フランスの Spot、米国 GeoEye 社
の Orbview/Ikonos、Digital Globe 社の Quick Bird)が稼動している。合成開口レーダ
(SAR)についても官民連携事業としてではあるが商用を目指す衛星(ドイツの TerraSAR)
がまもなく打上げられようとしている。日本でも商用化した SAR 衛星を打上げたい。
光学センサは太陽光の反射強度を感知する(赤外センサは観測対象の温度によって異な
る放射強度を感知する)。光学センサは観測対象の反射強度が波長によって異なることを
利用する。
SAR は自分が発信した電波ではあるが、電波の反射強度を感知するところは光学センサ
と同じである。しかし SAR は光学センサと違い反射強度以外の反射特性を利用できる特徴
を持っている。自分の発する電波を使うので夜間でも観測でき、電波は波長が長いので雲
を透過することから天候のいかんにかかわらず観測できることは良く知られているが、そ
れだけではない。電波は波長によっては対象物の表面だけでなく内部まで入り込んだ上で
反射してくること、偏波によって反射特性が異なること、干渉特性を利用できることなど
である。これらのデータを単独で、又は組み合わせて、又は SAR 以外のデータと組み合わ
せて使うことにより光学センサにはない応用分野が拓けてくる。
SAR は光学に比べて欠点がないわけではない。波長が長いので分解能が悪いこと、SAR
特有の画像歪があることなどのために視認性が悪いことである。しかし波長を短くするこ
とにより分解能は改善できるし、歪についても補正手段が考えられる。これらの欠点は致
命的ではない。
商用化 SAR が成立するかどうかは、技術的には、電波特有の技術を使って取得・処理し
た高品質の画像を、いかに多くの応用分野(ニーズ)に適用できるかによって決まる。
本フィージビリティスタディでは商用化から見たニーズと SAR 技術の関係、衛星・航空
機 SAR の商用化利用例、衛星 SAR の動向、世界のリモートセンシング戦略など我が国及び
世界における商用化の取り組みについて調査する。新しいニーズを開拓するための技術
(高品質画像取得手法)についても調査する。商用化を進めるにあたって必要となる小型
化、単機能化、データ圧縮技術について実現性を検討する。さらに航空機搭載の Ku バン
ド SAR で実際にデータを取得し、高分解能 SAR の処理画像を提示し、インタフェロメトリ
による高度データ抽出例とレーザデータとのデータヒュージョン例を示してデータ認識レ
ベルが向上することを確認する。
平成 19 年3月
財団法人
資源探査用観測システム・宇宙環境利用研究開発機構
目次
序
はじめに
1.スタディの目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
2.スタディの実施体制 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
3.スタディ成果の要約 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
3.1 我が国及び世界における商用化への取り組みの調査 ・・・・・・・5
3.2 高品質画像取得手法の調査 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
3.3 SAR 機器の単機能/小型化 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
3.4 SAR 高機能化、高性能化の実現性検討 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
3.5 SAR 画像データ圧縮技術の実現性検討 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21
3.6 計画及び結果の評価 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30
4.今後の展開 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31
i
1.スタディの目的
科学技術基本計画、総合科学技術会議、各省庁独自の施策や計画ならびに市
場ニーズなどを基に、最も商用化が期待される「防災」「環境」「建設」「地図・
地理」
「資源・エネルギー」
「農林業」
「映像産業」の分野への応用を想定し、合
成開口レーダ(SAR)の高分解能化などによる視認性向上の改善を行い、観測技術
向上のための高度情報技術の有効性、認識レベル向上の可能性を明確にし、合
わせて将来の衛星搭載などの SAR のための基礎研究に資することを目的とする。
1
2.スタディの実施体制
(財)機械システム振興協会内に「総合システム調査開発委員会」を、(財)
資源探査用観測システム・宇宙環境利用研究開発機構内に「合成開口レーダに
よるリモートセンシングの商用化に向けてのフィージビリティスタディに関す
る調査研究委員会」を設置し、その委員会において検討方針・内容などを確認
しつつ実施した。なお、研究開発の内、
「Ku バンド SAR 画像の取得及び解析」に
ついては三菱電機(株)に再委託した。
(財)機械システム振興協会
総合システム調査開発委員会
委託
合成開口レーダによるリモートセンシ
ングの商用化に向けてのフィージビリ
ティスタディに関する調査研究委員会
(財)資源探査用観測システム・
宇宙環境利用研究開発機構
再委託
三菱電機(株)
2
総合システム調査開発委員会委員名簿
(順不同・敬称略)
委員長
政策研究院
リサーチフェロー
藤
正
委
員
埼玉大学
地域共同研究センター
教授
太
田
公
廣
委
員
独立行政法人産業技術総合研究所
エレクトロニクス研究部門
副研究部門長
金
丸
正
剛
委
員
独立行政法人産業技術総合研究所
産学官連携部門
コーディネータ
志
村
洋
文
委
員
東北大学
未来科学技術共同研究センター
センター長
中
島
一
郎
委
員
東京工業大学大学院
総合理工学研究科
教授
廣
田
委
員
東京大学大学院
工学系研究科
助教授
藤
岡
健
彦
委
員
東京大学大学院
新領域創成科学研究科
教授
大
和
裕
幸
3
巖
薫
合成開口レーダによるリモートセンシングの商用化に向けての
フィージビリティスタディに関する委員会委員名簿
(アイウエオ順 敬称略)
委員長
株式会社国土情報技術研究所
代表取締役社長
大
林
成
行
委 員
株式会社イメージワン
技師長
葛
岡
成
樹
委 員
財団法人 資源・環境観測解析センター
技術二部長
熊
井
基
委 員
独立行政法人 産業技術総合研究所
地質情報研究部門
地質リモートセンシング研究グループ長
佐
藤
功
委 員
国土交通省 国土地理院
地理地殻活動研究センター
宇宙測地研究室 主任研究官
飛
田
委 員
パシフィックコンサルタンツ株式会社
情報事業本部 情報技術部長
町
田
4
幹
男
聡
3.スタディ成果の要約
3.1
我が国及び世界における商用化への取り組みの調査
SAR 商用化に向けての社会的ニーズを行政、市場の観点から明確化した。
行政の観点からは、国際的には「気候変動枠組条約」及び「地球観測サミッ
ト」において、「地球温暖化・炭素循環」「気候変動」が共通の課題であり、「大
規模自然災害」
「資源・エネルギー」なども主要な課題として取上げられている。
国内では、「第3期科学技術基本計画」において、「環境と経済の両立」の中で
「地球温暖化・エネルギー問題の克服」
「国土と社会の安全確保」などを目標と
して掲げ、地球観測を「地球環境監視」「国土保全」「災害対策」に資するもの
として位置付けている。
市場の観点からは、前年度、行政からのニーズも踏まえ最も早く商用化が期
待される分野として挙げた「防災」
「環境」
「建設」
「地図・地理」
「映像産業」に、
新たに「エネルギー・資源」
「農林業」を加え、行政的観点と合わせ具体的な用
途を調査した。
また、具体的な衛星搭載 SAR プログラムによる商用化の実例を明確化した。
2007 年打上げ予定のドイツの TerraSAR‑X(X バンド)、カナダの RADARSAT‑2(C
バンド)、イタリアの CosmoSkymed(X バンド)などについて、商用化の観点か
ら用途、開発・運営・運用・データ配布などの体制や方針について調査した。
中でも、TerraSAR‑X、 RADARSAT‑2 は官民連携になるもので最も商用化に近い例
として参考になるため詳細に調査した。以上の衛星 SAR に共通する課題は、高
分解能化、継続性、タイムリネス、高さや構造情報の取得であり、その実現の
ため高周波化、インタフェロメトリ、ポラリメトリ、フォーメーションフライ
ト、コンステレーションによる構成と後継機計画があることが分かった。
衛星観測データ利用者間の優先順位の相違の概要を図 3.1‑1 に示す。商用観
測は軍事観測とよく似ていることが分かる。一方、文民/民間専門家用観測に
おいては商用と共通部分はあるが、商用利用では優先順位が低いことが非軍事
の専門家観測では非常に重要となっている。例えば、高精度な機上校正は非軍
事の専門家観測では非常に重要とされているが、商用観測や軍事観測では必ず
しもプライオリティは高くない。リモートセンシングデータの商用化において、
非軍事の専門家の意見を中心にセンサを開発することはあまり賢いとは言えな
い。
5
商用観測
• 空間分解能/スペクトル分解能
• 迅速性の重要さの増大
• 相互の広域アクセス
軍事観測
文民/民間専門家用観測
• 高空間分解能
• 迅速性が非常に重要
• 分類された観測データ
図 3.1‑1
3.2
• 高スペクトル分解能
• 校正が非常に重要
• データを共有する傾向
衛星観測データ利用者間の優先順位の相違
高品質画像取得手法の調査
高品質画像取得手法の調査を実施した。高品質画像を取得するための処理手
法であるインタフェロメトリ(干渉計測)、ポラリメトリ(偏波計測)、ポラリ
メトリックインタフェロメトリ(注参照)、画像歪補正、データフュージョンな
どの観点から調査を行った。
注)ポラリメトリックインタフェロメトリ :干渉計測と偏波計測を組合せた
もので、偏波による反射特性の違いと干渉計測による高さ情報を使って、森林
などの樹高計測、収穫高推定などの農業管理など、将来の多方面への応用が期
待されている計測法である。
SAR の性質から見た画像品質へ影響を及ぼす基本的な因子や処理手法を図
3.2‑1 に示す。ここでは、
「強度画像」、
「ポラリメトリ」、
「インタフェロメトリ」、
「ポラリメトリックインタフェロメトリ」に分けている。
6
強度画像
ポラリメトリ
基本条件
・周波数
・分解能(レンジ、アジマス)
・振幅・位相インバランス
・周波数
・同上校正手法
・入射角(またはオフナディア角)
・偏波アイソレーション
・ファラデー回転
ハード制約
・スペックルノイズ
・スペックルノイズ
・アンビギュイティ(レンジ、
・分解能
ポラリメトリック
・分解処理手法 など
アジマス)
インタフェロメトリ
・NEσ0 (雑音等価後方散乱係数)
・周波数
・信号対雑音比
・分解能
・ダイナミックレンジ
・モデリングと
・コントラスト
分解手法
インタフェロメトリ
観測条件
(クロストラック)
・観測方向(レーダ照射方向)
・雑音
・周波数
・レイオーバ、フォアショートニング
(画像歪)
・シャドウ
・コヒーレンス
・画像フィルタリング
・観測形態 など
・位相アンラップ処理
・分解能
・多重散乱(マルチパス)
・大気水蒸気による位相変化
・体積散乱
(位相遅延、位相雑音)
・鏡面反射
・軌道縞除去処理、地形縞除去
・コーナリフレクタ効果
処理
・ステルス効果
・干渉性(空間的、時間的)
処理・校正手法など
・観測形態(リピートパス、
・画像圧縮処理
シングルパス)
・ラジオメトリック精度、幾何学的
精度
・同上校正手法 など
・衛星の位置・姿勢、軌道推定
・ベースライン
・位置合わせ
・高さ精度 など
作成手法 など
図 3.2‑1
画像品質への影響因子
(1) インタフェロメトリ
JERS‑1 SAR と GPS 計測については表 3.2‑1 に示すとおり、GPS 計測について
7
は、GPS 受信機を設置した場所の 3 次元変動ベクトルは得られるが、それ以外の
場所の空間分解能は得られない。JERS‑1 SAR の2時期の SAR 画像から、インタ
フェロメトリにて作成される DEM から広域における3次元変動ベクトルが画素
単位で得られるが、衛星〜地上を結ぶ視線方向の地表面変位の垂直分布しか得
られないため、それぞれの計測においては長所及び短所を持つ。
地盤沈下などの地表面変位は面的に捉えることにより、詳細な沈下状況など
を説明抜きで誰でも直感的に正確に捉えることができることを示しており、画
期的なことである。
表 3.2‑1表4.2.2‑1
SARSARとGPS計測
と GPS 計測
長所
短所
SARインタフェロメトリ
(2時期のSAR画像の干渉処理)
画素単位で空間分解能の高い地形変位情報が
得られる。
衛星〜地上を結ぶ視線方向の垂直成分の情報のみ。
GPS計測
(2時期の変動ベクトルを活用)
GPS受信機を設置した場所の3次元変動ベクト
ルが得られる。
GPS受信機を設置した場所の空間分解能のみ得られる。
SARインタフェロメトリとGPSのデータフュ
ージュンの効果
・空間分解能の高い3次元変動ベクトルの把握
SARインタフェロメトリで得られる地盤沈下量の視線方向成分をGPSデータを
融合することにより、
垂直成分と水平成分に分離し正確な地盤沈下等量線図 の作成が可能となった。
・地図・地理分野への応用など広くGISとのデータフュージョンが可能
都市部における地盤沈下など知る方法として恒久的な散乱点、すなわちパー
マネントスキャッタラ(以下、PS という)を用いたインタフェロメトリ SAR(以
下、PSInSAR という)がある。都市部の SAR 画像、特に、大きなビルが林立して
いる領域の SAR 画像はビルによるコーナリフレクタ効果により極めて強い後方
散乱が返ってくることから、再生画像には明らかに飽和していることが分かる
鋭い輝点とそのサイドローブがレンジ方向とアジマス方向に現れ、画像の視認
性は悪くしている。しかしながら、受信信号の振幅が大きすぎて飽和しても位
相は保存されることから、2画像を干渉させることによりインタフェログラム
の生成が可能である。また、クロス偏波を用いればビルのコーナリフレクタ効
果は低く抑えられることから PSInSAR とポラリメトリを融合することにより位
相を抽出することができる。
表 3.2‑1 に使用実績の一例を示す。これは新横浜地区で地盤が1年間に mm 単
位で上下していることを計測したものである。図中の赤丸が横浜市水準点を表
し、図中のグラフが、水準点が毎年どのように変化しているかを水準点測量結
果(青色表示)と PSInSAR 計測結果(赤色表示)を比較したものである。
8
図 3.2‑2 パーマネントスキャッタラを使って計測した画像例
(2) ポラリメトリ
ポラリメトリの利用に関して、航空機搭載合成開口レーダ(Pi‑SAR)の多周
波/多偏波データを利用した地物判読の例(
(株)パスコ&NICT 共同研究成果)
を示す。
地物判読対象はつくば市であり、テストサイトの概要を図 3.2‑3 に示した。
判読性評価に関しては、後方散乱強度が強い建物について形状把握できるかど
うかを評価している。
9
8
9
13
14
10
11
22
12
15
(出典:google map)
17
30
(a) つくば市/筑波大学付近
(b) 判読ターゲット例
図 3.2‑3 各地物ターゲットの判別評価テストサイト概要
(3) ポラリメトリックインタフェロメトリ
ポラリメトリックインタフェロメトリは、ポラリメトリ技術とインタフェロ
メ ト リ 技 術 を 組 み 合 わ せ た 技 術 で あ る 。 こ れ は 、 は じ め S.Cloud と
P.Papathanasiou によりバイオマス推定のための森林樹高の測定法として提案
されたものである。その後、これをベースとして ESPRIT アルゴリズムや
Pol‑Tom‑SAR 法が提案されている。
以下に、その3つの手法の概略原理と特徴を示す。
1)RVoG(Random Volume over Ground)モデル
RVoG とは Random Volume over Ground の略。森林をランダム体積散乱体と地
面からなるモデルとし、それぞれパウリ散乱ベクトルを形成したのち、2つの
画像の偏波間の複素コヒーレンスを最適化することにより3つの有効散乱中心
に分解し、それを用いてターゲットの高さを推定する手法である。モデルの正
確さが課題である。
2)ESPRIT アルゴリズム
ESPRIT とは Estimation of Signal Parameters via Rotational Invariance
Techniques の略。2つの軌道で得られた森林域の主要な複数の散乱中心からの
合成波から相関行列を形成し、固有値と固有ベクトルの性質を基に局所的な散
乱中心(樹冠と地面)を検出し高さを推定する手法である。実データから推定
するため、RVoG 法より現実的であるが、1回と2回反射を利用するため複雑な
対象では誤差が増大する可能性がある。
3)Pol‑Tom‑SAR 法
Pol‑Tom‑SAR とは Polarimetric Tomography SAR の略。いくつかの平行軌道
10
(マルチベースライン)より同一地域を観測し、各画像データのコヒーレントな
組み合わせによりエレベーション方向でインタフェロメトリを行い、全ての局
所的な散乱中心を検出し MUSIC(Multiple Signal Classification)、
Fourier、Capon の各手法を用い、体積的構造を捉え3次元画像を生成する手法
である(2次元 SAR 画像の3次元への拡張)
。森林、樹木、航空機による観測が
現実的であり、衛星の場合コンステレーションが必要となる。
図 3.2‑4 マ ル チ ベ ー ス ラ イ ン
SAR トモグラフィの原理
図 3.2‑5
3次元プロファイルの抽出
図 3.2‑6 ポラリメトリック MUSIC 法によ
るアジマス位置と高さの測定結果
11
(4) 画像歪補正
昨年度実施した画像歪に関する調査を継続して実施した。双方向からの観測
による画像歪補正について調査した。
従来、高さがある対象物の高さ、位置を正しく認識するのは、SAR の観測では
フォアショートニング、レイオーバ等の画像歪が発生し、難しい課題であった。
東北大学で Pi‑SAR を使って、図 3.2‑7 に示す飛行コースのように4方向から SAR
による観測を行い、図 3.2‑8 のテレビ塔の高さ、位置を、図 3.2‑9 に示すよう
にステレオ視を使って正しく認識する実験が行われている。通常、SAR ステレオ
視ではエッジの形状と点散乱体が計測雑音と計測誤差に影響を与える。この論
文では、ポラリメトリックスペックルフィルタを使って、そのエッジをはっき
りと検出し、ノイズを取り除いているのが特徴である。図 3.2‑10 の補正処理結
果に示すように良好なテレビ塔の画像が得られている。論文によると補正処理
により得られたテレビ塔の高さの推定値は実際の高さによく一致していたとあ
る。なお、図 3.2‑10 の T11、T22、T33 はそれぞれポラリメトリック相関マトリク
スの|SHH+SVV|2/2、|SHH‑SVV|2/2、|2SHV|2 に対応した結果である。
図 3.2‑7
飛行コース
図 3.2‑8
12
テレビ塔
図 3.2‑9
観測センサによるテレビ塔のステレオ視
図 3.2‑10
3.3
SAR 補正画像
SAR 機器の単機能/小型化
単機能化、小型化、軽量化、アンテナの小型軽量化などについて、各国にお
いて現在計画中の SAR 衛星及びそれに搭載されたアンテナの小型化、軽量化な
どがどのような方策で実施されているか分類し、小型化、軽量化の達成状況と、
それを実現するための機能、性能との兼ね合いなどをまとめることにより実現
性検討を行った。また UAV(Unmanned Air Vehicle:無人機)などの航空機搭載
SAR での小型化、軽量化、低コスト化は衛星 SAR 開発のヒントになるので、コン
ポーネントレベル、製造面などから調査した。
13
商用化に向けて、打ち上げコストの低減、衛星のコスト低減、SAR のコスト低
減が必須である。
打ち上げコストを低減するには、ロケットに搭載する衛星の小型化、軽量化
が必要である。衛星の小型化、軽量化には、衛星本体の小型化、軽量化と衛星
に搭載する SAR の小型化、軽量化が必要である。併せて衛星のシリーズ化、共
通バス化、製造技術の向上等による衛星のコスト低減、SAR の単機能化、開口面
アンテナの活用、製造技術の向上等による SAR のコスト低減が必要である。図
3.3‑1 に SAR 専用衛星の質量の変遷を示す。マルチセンサ衛星である ENVISAT、
ALOS も参考まで入れている。性能に言及せず質量のみを論ずることには、正確
さを欠くが、2トンを越す衛星は RADARSAT−2 を最後として、以降はなく、1
トンに満たない衛星も多いことが分かる。
図 3.3‑1
SAR 専用衛星の質量の変遷
単機能化せず、従来であれば大型になったであろう衛星をいかに小型化した
か、また、そのために性能を犠牲にしているようなことがあればそれについて
調査した。観測仕様は昨年調査したので、今回は主として小型化の観点で調査
した。
14
小型、軽量化の方策として、以下のものが挙げられる。
①アンテナパネル、太陽電池パドルの展開機構をなくす衛星形態とする
こと。
②機能、性能を必要なもののみに絞り込むこと、さらには単機能にする
こと。
③パラボラアンテナなどの開口面アンテナを採用すること。
④高効率送信機としてどちらかというと従来技術に属する TWT などを採用
すること。
⑤航空機搭載レーダなどで製造実績のある技術を活用すること。
①のアンテナパネル、太陽電池パドルの展開機構をなくす衛星形態とするも
のとしては TerraSAR‑X がある。TerraSAR‑X はドイツ宇宙機関(DLR)と EADS
Astrium 社の合意に基づき、PPP(官民連携)により製作運用される衛星である。
6角形の特異な形態(図 3.3‑2)は明らかに小型軽量をねらっていることが分か
るが、これは Champ(CHAllenging Minisatellite Payload 地球の重力を測る初
めての DLR の衛星、Astrium 社製)や Grace(Gravity Recovery And Climate
Experiment 重力の時間変化を測る NASA の衛星、Astrium 社製)のいずれも多
角柱状で展開機構を持たない衛星の実績に基づくものである。
図 3.3‑2
TerraSAR 外観図
観測アンテナと太陽電池パネルの展開機構は展開時に1回だけしか使わない
のに機械的にクリティカルである。展開機構がないことは小型軽量とともに信
15
頼度の確保とコスト的にも有利である。TerraSAR‑X の展開機構はダウンリンク
用アンテナを付けた長さ 3.3m のブームを引き起こすだけである。ダウンリンク
アンテナを SAR アンテナから離すのは観測とダウンリンクがともに X バンドで
あるので、干渉を避け、観測中にダウンリンクするためである。
②の機能、性能を必要なもののみに絞り込むこと、さらには単機能にするこ
との例としては、海氷の検出などにミッションを限定し、機能・性能を抑えた
RADARSAT コンステレーション、構想段階ではあるが送信専用の静止衛星と複数
の低高度受信専用衛星、スキャンモードをなくした SAR‑Lupe、逆にスキャンモ
ードのみにして観測幅を確保する中国の衛星 EDMC などがある。図 3.3‑3 送信専
用衛星と受信専用衛星の構想図を示す。
図 3.3‑3
送信専用衛星と受信専用衛星の構想図
③のパラボラアンテナなどの開口面アンテナを採用することについては、
TECSAR、MAPSAR、SnowSat、EDMC の例がある。また、軽量化については、CFRP
などの軽量材、編み込み構造、軽量梁を組み立てた3次元構造などの材料、構
造の使用が有効であり、打ち上げ時の小型化のためには、開口面アンテナを展
開型とすることも有効である。1例として MAPSAR のアンテナを示す。このアン
テナは放射面が楕円形のカセグレンである。放射方向のリブはパンタグラフ型
の展開機構(図 3.3‑4)を備えている。反射面は CFRP を3方向に編み込んだも
のである。反射損失は L バンドで 0.05〜0.13dB で非常に少ない。
16
図 3.3‑4 (a)
MAPSAR 展開機構(1)
図 3.3‑4 (b)
展開機構(2)
④の高効率送信機として TWT などを採用することについては、フェーズドア
レイアンテナを採用しないのなら、重量のかさむ送受信モジュールを多数使う
必要はなく、TWT を使用する。大出力を得るため、何本かの小電力 TWT をパラレ
ルに動作させると、1 本の大出力 TWT に比べて印加電圧も低くすることができ、
放電対策が容易になり重量上も有利である。TECSAR、MAPSAR で実施例がある。
⑤の航空機搭載レーダなどで製造実績のある技術を活用することについては、
TECSAR で SAR の担当が国営企業 IAI(Israel Aircraft Industries)の子会社
ELTA 社であるが、同社は F‑16、B‑737、UAV、ヘリコプターに搭載する SAR を製
作した実績があり、その技術をもとに小型 SAR を実現した。初号機からこのよ
うな小型軽量 SAR を開発することは不可能で、実績があってできるものである。
3.4
SAR 高機能化、高性能化の実現性検討
観測周波数を高周波化した Ku バンド航空機 SAR で、水平及び高さ方向の分解
能 50cm 級の高精度3次元 DSM(Digital Surface Model)の実現を図るため、デ
ータを取得した。既存の Ku バンド SAR の性能、飛行計画、地上試験サイト及び
60cm の4辺形コーナリフレクタ(CR)の設置点(12 箇所)などを設定するとと
もに、実験前準備として SAR 機器の調整及び CR 設置点の GPS 測量を実施した後、
平成 18 年 10 月 16 日から 10 月 20 日において飛行実験を行った。その後、取得
データの画像生成処理を行った。また、取得画像データによるインタフェロメ
17
トリ(干渉)計測を行い、高度情報取得の実現性を確認した。標準偏差が 0.5m
以下に対して 0.47m の結果が得られた。またレーザレーダ(LIDAR)で計測した
高度データと取得した SAR 画像とのデータフュージョンなどの評価を行い、認
識レベル向上の可能性を確認した。
筑波山南麓のエリア2と私たちが称している場所を Ku バンド SAR で取得した
画像を以下に示す。
図 3.4‑1 に計測範囲の各点の反射強度を画像にした強度画像を示す。図 3.4‑2
に幾何歪みを補正したオルソ画像を示す。図 3.4‑3 にエリア2の一部の場所を
Ku バンド SAR の2つのアンテナで取得した2枚のオルソ画像を使ってインタフ
ェロメトリ処理を行い、エリア2の一部の場所を拡大表示し高度情報をプロッ
トした Digital Surface Model(以下、DSM という)を(a)に示す。(b)に表
示した DSM に対応する場所の現地写真を示す。(c)にレーザレーダの高度デ
ータと SAR で取得した高度データを比較したものを示す。ほぼ一致しているこ
とが分かる。レーザレーダのデータが直線上になっているのは、平均値を使用
しているためである。Ku バンド SAR を使えば、このような高精度の高度データ
、3次元データが、航空機からあるいは宇宙から、夜間でも、雲の下でもデー
タを取得できることが分かった。
18
(※コーナリフレクタを円で囲んで示した)
図 3.4‑1
強度画像(筑波山南麓、エリア2)
レンジ
アジマス
N
200m
図 3.4‑2
オルソ SAR 画像(筑波山南麓、エリア2)
19
(a)筑波山南麓エリア2の DSM(一部拡大)
(b)現地写真
Z (m)
Y (m)
(c)プロファイルの比較結果(青:SAR、赤:レーザ)
図 3.4‑3
プロファイルによる精度評価結果
20
3.5
SAR 画像データ圧縮技術の実現性検討
伝送形態の検討と、地上への伝送量軽減のための SAR 画像データ圧縮技術の
実現性検討を行った。
データ圧縮の必要性については、高分解能化し、できるだけ広域のデータを取
得するため、取得するデータ量は増大する。一方、データ伝送量を既存のフラ
イト実績を有するデータ伝送系の能力以上に大きくすることは機器費用が高く
なり商用化に向けての障害となる。SAR データの地上への伝送については、デー
タの使用目的により、次の2ケースを使い分けることになると考えられる。
(1)地上でインタフェロメトリ等の後処理を行う場合
・SAR 生データを圧縮し、地上で再生処理する。
(2)地上で後処理を行わない場合
・オンボードプロセッサでの SAR 画像生成
・オンボードで生成した SAR 画像の圧縮処理
軌道高度約 500km、オフナデイア角 35 度で、500MHz の周波数帯域を持ち、ア
ンテナサイズをレンジ方向約 1m、アジマス方向約 3.5m の Ku バンド合成開口レ
ーダにより、シングルパスまたはリピートパスにより、地図、デジタル地表表
層モデル(Digital Surface Model:DSM)の生成を目的とするストリップマップ
モード(観測幅約 15km)、狭領域を高分解能にて撮像するスポットライトモード
(観測領域 3.5km×3.5km)、広い領域を撮像するスキャン SAR モード(3スキャ
ン約 40km×40km)のデータレートについて試算結果を表 3.5‑1 に示す。
また、各モードにて撮像した1シーン分のSARの生データを現在軌道運用中
の陸域観測衛星 ALOS のミッションデータ伝送系を用いて衛星経由(240Mbps)
または直接(120Mbps)に地上局にダウンリンクするためのデータ伝送時間の試
算結果を表 3.5‑1 に示す。
表4.5.1‑1 SAR
SARのデー
タレート
表 3.5‑1
のデータレート
観測モード
データレー
ト
SAR
のデータ容量
(1シーン取得時間)
ALOSのXバンドデータ伝送系を活用した
場合の1シーン当たりの伝送時間
衛星経由
(240Mbps)
直接伝送
(120Mbps)
ストリップマップモード
2.6Gbps
5.2Gbits
(約2秒)
22秒
44秒
スポットライトモード
1.2Gbps
2.4Gbits
(約2秒)
10秒
20秒
スキャンSARモード
0.8Gbps
4.4Gbits
(約5.5秒)
19秒
38秒
21
対策
・データ中継衛星の活用
・直接データ伝送系の能力アップ
(米国企業では800Mbpsを開発中)
・SARデータ圧縮
・商業受信局/インターネット回線
利用
この結果から、Ku バンド SAR による画像データレートは、最大で 2.6Gbps と
なり、ALOS の場合でデータ中継衛星経由 240Mbps、地上への直接伝送 120Mbps
であり、Ku バンド SAR による画像データレートはほぼ1桁大きい。現行の伝送
系では準リアルタイムに伝送は困難である。そのため解決策として、①SAR 観測
生データの圧縮技術、②衛星搭載プロセッサによる SAR 画像生成のオンボード
処理によるデータ圧縮、③画像化したデータの圧縮技術の検討を行った。
想定している SAR 画像データの伝送形態としては、図 3.5‑1 に示す形態が考
えられる。
a.画像データを直接地上受信局へ伝送
b.画像データ中継衛星を経由して画像データを地上へ伝送
c. 既存の商業観測衛星などの X バンドデータ受信局経由インターネットを活
用した高速データ伝送など
インターネット回線
図 3.5‑1
衛星から地上への伝送形態案
①の SAR 観測生データの圧縮技術として使えそうな、現在、様々な分野で使
用されている代表的なデータ圧縮方式を表 3.5‑2 に示す。
22
表 3.5‑2
代表的なデータ圧縮方式
表4.5.3‑1 代表的なデータ圧縮方式
方式
可逆方式
(圧縮した符号から原画像を
歪みなしで復元できる。)
名称
特徴
ランレングス符号化
あるデータ列をデータ一つ分とこれに連続する長さ(run length)をつなげることで圧縮す
る。
ハフマン符号化
出現確率の高いデータに短い符号、低いデータには長い符号を割当ることによりデータを圧
縮する。符号列のビット数が整数値に限定されるため、理論値とは異なってしまう問題があ
る。
算術符号化
データをグルーピング化し、データ列全体を一つの符号列に置き換える方法。符号ビット数
が整数に限定されないのでハフマン符号化より圧縮率が高くなる。
非可逆方式
予測符号化
(圧縮した符号から原画像を
歪みなしでは復元できない。)
予測信号と実測信号との差信号分布が0近傍に集中する性質を利用。高い圧縮率は見込めな
いがデータの欠損も少ない。
変換符号化
データをブロックごとに分割し、適当な直交変換する、変換係数 (シーケンシ)の絶対値
(電力)は低周波波成分に集中し、高周波成分は小さくなり、ある係数がブロックの最高次
の係数まで0が連続する確率が高くなる性質を利用し、係数をハフマン符号化、算術符号化
する。
ベクトル量子化
サンプル1点に対し一つの値を割り当てるもの対し、複数のサンプルデータの組をまとめて
符号化する。圧縮率は高いが演算量が多い。
ここで、Block Floating Point Quantization(BFPQ)は、Mazellan、SIR‑C、
ENVISAT‑ASAR、TerraSAR‑X の各 SAR の生データのデータ圧縮に採用されてフラ
イト実績を有する。ECBAQ(Entropy‑Constrained Block Adaptive Quantization)
は、BFPQ をベースに TerraSAR‑L 用に開発中のデータ圧縮アルゴリズムである。
BFPQ 及び ECBAQ も予測符号化方式である。
取得データの振幅分布に応じて量子化ビット数をアダプティブに変更し有効
にディジタル化を行う BFPQ 技術について調査を行い、十分に実現性及びデータ
圧縮が期待できるものであることを確認した。圧縮はインタフェロメトリなど
の後処理に使う前提でも 1/2 まで、後処理をやらなければ 1/4 まで期待できる
ことを確認した。
図 3.5‑2 には各種 BFPQ の標準偏差と SDNR を示す。
23
SARインタフェロメトリ
(画質20dB以上)
5bit BFPQ
5bit
5bit BFPQ
5bit
(σ2/PN)
4bit BFPQ
3bit BFPQ
3bit
SARインタフェロメトリ
(画質20dB以上)
4bit BFPQ
2bit BFPQ
3bit BFPQ
SDNR
2bit BFPQ
3bit
信号
図4.5.3‑10
図 3.5‑2
2bit
等間隔量子化器(実線)
BFPQ(点線)
等間隔量子化器(実線)
BFPQ(点線)
信号対量子化雑音SDNR(σ2/PN) とBFPQ
2画像からインタフェロメトリにより良質な DSM/DEM を得るためには、信号
対雑音比の劣化による相関度の低下(以下「SNR デコリレーション」という。)
及び時間が経つに従い地表面の植生変化などによる相関度が劣化する(以下「時
間的デコリレーション」という)、2つのアンテナ間の距離、即ち、ベースライ
ン長が長くなることによるターゲットへの入射角の変化による相関度の低下
(以下「空間デコリレーション」という)を防ぐ必要がある。
SNR デコリレーションを回避するためには、送信電力、パルス幅、衛星・航空
機と撮像地点の直距離(スラントレンジ)
、アンテナパターン等を考慮し最適化
を図る必要がある。
空間デコリレーションを回避するためには、レンジ方向の分解能を向上させ
るとともにベースライン長を極力短くし、ターゲットへの入射角の変化を小さ
くする運用を行うなどが必要となる。
時間的デコリレーションを回避するためには、撮像間隔をできる限り短縮す
ることが望ましい。
インタフェロメトリによる良質な画質を得るためにはそれぞれの相関度を上
げる必要があり、A/D 変換器において入出力電力の相関度の低下は避ける必要が
ある。
良質な画質を得るためには、SDNR は 20dB 以上が望ましいことから、
(8,4)BFPQ
量子化器以上の量子化ビット数のある BFPQ にてデータ圧縮する必要がある。
(8,3)BFPQ 以下の BFPQ を用いてインタフェロメトリに適用する場合において
は、データ圧縮するだけで入出力の相関度が 0.96 と劣化(損失)してしまうの
でインタフェロメトリ用には不適である。
24
②の SAR 画像生成のオンボード処理としては、オンボード処理の利点、欠点、
オンボード処理の例、オンボードプロセッサの開発例をそれぞれ示すとともに
Ku バンド SAR で取得した観測生データから画像生成し、圧縮処理することで大
幅にデータ量を圧縮できることを確認した。圧縮の効果は撮像した画像の内容
により変化すると考えられる。また、オンボード処理を実現するためのオンボ
ードプロセッサのサイズ、消費電力、SAR 画像生成を行うに必要な処理能力など
の実現性を確認した。
オンボード処理の利点、欠点は以下の通りである。
1)オンボードプロセッシングの利点
・オンボード処理により、データ量の大幅な削減が可能となる。
・今までは SAR データのオンボード圧縮には BFPQ(Block Floating
PointAdaptive Quantization)技術しかなかった。データ品質を落とさず
に圧縮するには8ビット→4ビット又は2ビットとすることにより圧縮
率2〜4が限界。これに対してオンボード処理で画像生成することにより、
データ量の大幅な削減が可能となる。
・SAR の生成画像を圧縮することにより、さらに大きな圧縮率が実現できる。
すでに衛星搭載用として組み込まれ始めている。
・圧縮比をどの位に設定するか、システムリソースとデータ品質のトレード
オフができるところまできている。
・オンボード処理により、利用者の SAR データへの容易で迅速な直接アクセ
スが可能となる。圧縮された画像の直接ダウンリンクにより、受信した利
用者は後処理を少なくできる。
2)オンボードプロセッシングの欠点
・現状の技術から考えると衛星の重量、消費電力、複雑さ、コストが増加す
る。ただし集積化、性能向上等の開発が進んで行く中で欠点としては小さ
くなっていくと思われる。
SAR で取得したデータのオンボード処理の例として、ドイツ Astrium 社が提案
するオンボード SAR 処理デモ機である TOPAS でのオンボード処理の概念を図
3.5‑3 に示す。
25
図 3.5‑3
Astrium 社のオンボード処理概念
衛星搭載 SAR としては、SAR データのためのオンボードプロセッサの開発例は
現時点では公表されているものはないが、無人機(UAV:Unmanned Air Vehicle)
用としての開発実績が、EADS、ドイツの情報技術研究所、ハノーバ大学共同で
発表されている。
これはプログラマブルスタンドアロンリアルタイム SAR プロセッサの第1世
代として開発されたもので、消費電力と大きさは UAV 搭載に対応できるものと
なっている。大きさは 233mm×175mm×15mm と小型にもかかわらず、リアルタイ
ムで 15Mbps のデータレートで SAR ローデータを入力し、6Mbps のレートで画像
化された SAR 画像を出力できる能力を持つ。消費電力は最大で 15W である。構
成は HiPAR‑DSP16 を含む6個の処理ノードからなり、各ノードは同じソフトウ
ェアで動作する。
さらに SAR ローデータ処理のための HiPAR‑DSP16 を含む3つの DSP(Digital
Signal Processor)コアからなる HiBRID‑SoC が第2世代のリアルタイム SAR プ
ロセッサとして開発中である。サイズは第1世代のリアルタイム SAR プロセッ
サと同じ 233mm×175mm×15mm であるが、リアルタイムで 50Mbps のデータレー
トで SAR ローデータを入力し、最大 20Mbps までのレートで画像化された SAR 画
像を出力できる能力を持つ。構成は第1世代と同じ6個の処理ノードからなる。
第2世代のリアルタイム SAR プロセッサの外観を図 3.5‑4 に示す。
26
図 3.5‑4
第2世代のリアルタイム SAR プロセッサの外観
(4)宇宙環境での使用のための課題
地上で処理速度等の機能性能が十分オンボード処理で使用できることが確認
されたオンボードプロセッサを宇宙環境で使用するには、さらに次のような設
計、確認、検証を実施する必要がある。
1)プロセッサで発生する熱に対して排熱等の熱制御が必要である。
2)衛星の運用期間中に機器の故障及び劣化等でミッション達成が不可能と
ならないよう、信頼性設計を行い、信頼度予測、FMEA、寿命解析、トレ
ンド解析等により、これらの要求事項に合致していることを確認する必
要がある。
3)宇宙空間のプロトン、放射線等の宇宙環境条件における保証が確実であ
ることを確認する必要がある。このためには衛星が使用される放射線環
境を太陽の活動状況等も含めて想定し、設定した放射線環境で使用でき
る部品を選定する必要がある。
また、商用化に向けての活動として、上記の設計、確認、検証を地上で実施
し、解析だけでは困難な放射線等の確認は地上での照射試験あるいは実証衛星
等での耐性の確認が必要である。検証した信頼性を保証する生産ラインの維持
活動も重要な課題である。
オンボードプロセッサのキー部品である FPGA(Field Programmable Gate
Array)の宇宙環境での使用を目的とした放射線に対する耐性について、メーカ
27
であるザイリンクス社からロードマップが提示されている。
③の画像化したデータの圧縮技術については、②で生成した SAR 画像を基に JPEG
で 1 から 1/20 まで圧縮をかけ圧縮画像の劣化の状況を確認した。今回は圧縮画
像の劣化の一例を示しているが、その結果、圧縮は 1/8 程度までは画像劣化が
みられず期待できそうであることが分かった。
生成された画像の tiff 化において、各画素の量子化ビット数は8ビットとし
た。Tiff 化後のデータサイズは 65.665MB である。JEPG 圧縮との比較のため図
3.5‑5 に示した。
なお、tiff は符号化にランレングスを用いている。
生成された画像の JPEG 圧縮処理において、各画素の量子化ビット数は8ビッ
トとした。圧縮率に関する調節は ENVI ソフトの圧縮ファクタにより行い、その
設定を 1、0.75、0.5、0.25、0.1、0.05 として、各々の場合について圧縮処理
をした。その処理後のデータサイズは 70.361MB、23.498MB、16.301MB、10.532MB、
5.471MB、2.926MB となった。比較のため図 3.5‑5 にそれを示した。その図の(a)
に圧縮後のデータサイズを、(b)に圧縮率を示した。(b)から設定された圧縮フ
ァクタ値が実際の圧縮率になってはいないが、圧縮ファクタに対応した圧縮率
となっていることが分かる。ただし、圧縮率を上げようとしてファクタを設定
しても、それに比例して圧縮率は大きくなっていない。それは、DCT により実画
像を周波数空間領域に変換されたデータは、その空間周波数の高いものから削
減されていくため、圧縮率を上げても削減される高い空間周波数成分が少なく
なれば圧縮率は上がらないことによる。
28
1000
データサイズ[MB]
100
10
1
SLC
Tiff
JPEG(1)
JPEG(0.75)
JPEG(0.50)
JPEG(0.25)
JPEG(0.10)
JPEG(0.05)
(a) 圧縮処理後データサイズ
15.0
12.5
圧縮率[%]
10.0
7.5
5.0
2.5
0.0
Tiff
JPEG(1)
JPEG(0.75)
JPEG(0.50)
JPEG(0.25)
JPEG(0.10)
JPEG(0.05)
(b) データ圧縮率(SLC データサイズを基準とした)
図 3.5‑5
画像データ圧縮処理結果(データサイズ)
29
3.6
計画及び結果の評価
第1回委員会を平成 18 年 8 月 8 日に開催し、今年度の作業項目の具体的な調
査・検討方針について議論・評価を行った。各項目ともその検討方針に対し、
特に異論はなかったが、商用化に向けたよりユーザ指向な技術的課題及びデー
タ利用環境などについての議論に集中した。その中で目的が異なる「多様なユ
ーザ」が要求する SAR の能力(性能、機能)を明らかにすること、またその実
現のため SAR の単機能・小型化及びそれを搭載した SAR 衛星群という形でのユ
ーザ指向なシステム構成を考慮することである。他方ユーザに SAR データを積
極的に使ってもらうためのデータへの付加価値付けやユーザのより高度な専門
利用を容易にする支援環境の整備などについても考慮すべきことであるとの見
解であった。
第2回委員会を平成 18 年 12 月 21 日に開催し、中間の進捗状況の確認を行っ
た。主に 10 月に実施した Ku バンド SAR の飛行実験結果の報告と、取得した2
次元画像の説明を行った。取得した画像の分解能が高いことは委員の方々の共
通の認識であった。残された期間にやらなくてはならないことが沢山あるので、
発散しないようにある程度絞り込んでまとめていって欲しいとの委員長のコメ
ントであった。
第3回委員会を平成 18 年 2 月 8 日に開催し、成果、今後の展開などの確認を
行った。その時点では一部画像処理中のものもあったが、取得画像については
良い結果が得られているとの認識であった。今回の結果から是非 Ku バンド SAR
の商用化に向けての提言を行って欲しいとのコメントをいただいた。
30
4.今後の展開
世界的に見ると、現在 SAR 衛星を持つ国は日本、ヨーロッパ、カナダ、ドイ
ツ及びアメリカ(ただし軍事用のため非公開)である。今後具体的に打ち上げを
計画している国にイタリア、ドイツ(現在稼動中の SAR とは別に)、インド、中
国、韓国、ブラジル、アルゼンチン、イスラエルがある。いずれも環境、防災、
防衛などを重視して開発を行っている。このように多くの国が SAR 衛星を計画
しており、我が国も早期に次の SAR 衛星計画を立てないと遅れをとることにな
る。
ドイツの TerraSAR やカナダの RADARSAR‑2 は商業的にデータを販売しようと
している。一方、日本では現在まで多くの SAR 利用例の紹介はあるが、利用可
能であることを示すところで止まっている。商用化のためには SAR でなければ
取れないデータや SAR が有効であるデータの実例を示し、現在別の方法で取得
しているデータも SAR で取ればもっと経済的に取れることができるという説得
力ある実例を示すことが必要である。官であろうが民であろうがユーザに対し、
出資する価値ありと認めてもらうことが必要である。その上で定常的に継続的
にデータを取り、データ配布体制も整え、実利用が可能であることを示さなけ
ればならない。
Ku バンド SAR についても、データ取得例が少なく、有効性を十分示せていな
い。今年度使用した航空機用 SAR は出力電力が小さいことから高空を飛ぶ飛行
機に搭載することができず、偏波も限られ、航空機も小さいことからインタフ
ェロメトリ用の2つのアンテナの間隔も十分長くすることもできなかった。ま
た航空機の制約から SAR の特徴である夜間や天候に依存しないデータ例、すな
わち雲を通しての撮像も、災害時に求められる即時性のある対応もなされてい
ない。
なお、商用化を進める上での技術課題については昨年度の「SAR によるリモー
トセンシングの商用化に関する調査検討」で検討し、対応策を示した。ここで
は項目のみ再掲する。これらは依然として課題である。
・観測頻度の向上
単独衛星による頻度向上
複数衛星による頻度向上
・観測データの高品質化
センサの高機能化
センサの高性能化
衛星バスの性能向上
校正技術の向上
・システム運用の効率・安定性・柔軟性の向上
31
データの継続性
データ配信の改善
開発・運用コストの低減
・画像処理能力の向上
今回の成果を受けて、商用化を実現するまでの初期段階において実施しなけ
ればならない事項について提言するよう委員会で提案があったので、以下のと
おり提言を述べる。
商用化するには SAR データがユーザのニーズに応えることができるというこ
とを画像(データ)で示すことがまず必要である。可能性を示しているだけでは、
商用化は進まない。
それには十分な性能を持った Ku バンド航空機用 SAR を製作する。高出力化し
て高空から広い範囲のデータを取得できるようにし、フルポラメトリック機能
を持ち、インターフェロメトリック SAR データを取るため2アンテナ間の距離
を十分取れるやや大型の航空機に搭載する。航空機は成層圏を飛行できる能力
を持ち、天候が悪くても雲の上からデータを取ることができることが必要であ
る。
この SAR により、防災、環境、資源・エネルギー、農林業、建設、地図・地理
などの各分野における代表的シーンを可能な限り取得し、データフュージョン
など付加価値をつけた処理を行い、各分野における知見・経験を有する専門家や
それぞれの分野における画像処理産業に属する人々にデータを開放し、評価を
仰ぐことにする。この場合、SAR 画像はユーザにとって新しいタイプの画像であ
り、個々の対象物が SAR 画像でどのように見えるか画像判読の事例集などをユ
ーザに提供していくことが重要と考えている。データを解放し評価を仰ぐ段階
で Ku バンド SAR の評価が固まり、利用分野も定まり商用化の見通しがつく。市
場規模が大きくなり民間のみで商用化が成り立つことを希望したい。そうでな
い場合でも商業的には成り立たないが社会インフラとしてどうしても SAR デー
タが必要となり、官民連携で事業が成立するであろう。
航空機用 SAR は衛星用 SAR の原型の意味を持つ。航空機用 SAR をベースに次
に衛星用 SAR を開発する。しかしデータ取得範囲を国単位の狭い範囲を目標に
するなら、災害時などに臨機応変に迅速に対応することのできる航空機 SAR の
方が、再観測まで時間のかかる衛星 SAR よりも優れている。
衛星 SAR の利点は全地球を周期的に広域をカバーでき、変化の抽出が観測で
きるところにある。全地球を視野に入れて商用化を考えると、衛星 SAR が必要
である。しかも短い周期でデータを入手したり、インタフェロメトリを実施し
たりするためには単一衛星では不可能でコンステレーションが必要になる。衛
32
星 SAR と航空機 SAR はそれぞれの利点を生かし、役割を分担し共存することが
できる。
現在経済産業省が作成中のロードマップでは、地球観測の方向性として観測
衛星技術に関してはセンサ技術及び衛星基盤技術を、地上技術に関してはデー
タ処理・解析技術を、利用技術に関しては情報提供・利用技術を発展させ、適
切なタイミングでの観測、必要とする情報の確実な抽出、及び生成データを有
効活用する社会の仕組みを持った、社会・産業基盤となる観測システムを作ろ
うとしている。実績のある L バンド SAR は別にして、Ku バンド(または X バン
ド)SAR については、まず航空機搭載 SAR を開発し、続いて衛星 SAR を開発する。
それに並行してポラリメトリ、インタフェロメトリ技術を開発し、将来的には
オンボードで画像生成、画像認識まで行うことにしている。方向性として本ス
タディの提言は経済産業省の作成しているロードマップにも整合している。
なお昨年の ALOS/PALSAR、SAR‑Lupe に続き、今年は4機(COSMO‑SkyMed、
TerraSAR、RADARSAT‑2、SAR‑Lupe2号機)の SAR 衛星が打ち上げられる予定にな
っているなど、SAR をめぐる情勢は刻々変化しており、今後も調査及び研究開発
を継続する必要がある。
33
−禁 無 断 転 載 −
システム開発
18−F−7
合成開口レーダによるリモートセンシングの商用化に向けての
フィージビリティスタディ
(要旨)
平成19年3月
作
成
財団法人
機械システム振興協会
東 京 都 港 区 三 田 一 丁 目 4 番 28 号
TEL
委託先
財団法人
03‑3454‑1311
資源探査用観測システム・
宇宙環境利用研究開発機構
東 京 都 中 央 区 八 丁 堀 二 丁 目 24 番 2 号
TEL
03‑5543‑1061