シュネラージェネティックス 第11号 第30回日本遺伝カウンセリング学会学術集会 ランチョンセミナー1 Dysmorphologyと先天異常 講師: 岡本 伸彦 先生 大阪府立母子保健総合医療センター 企画調査部・発達小児科 日時: 平成18年5月27日(土) 会場: 大阪市立総合医療センター さくらホール 第30回日本遺伝カウンセリング学会学術集会 ランチョンセミナー1 Dysmorphologyと先天異常症候群 第1章 講師 岡本 伸彦 先生 序 論 大阪府立母子保健総合医療センター 企画調査部・発達小児科 主要な先天異常症候群の責任遺伝子は次々と発見され、 遺伝子診断可能な疾患も増加している。最近ではコステロ 症候群やCFC症候群の責任遺伝子が東北大学のグループに よって解明された。また、染色体異常の検出方法にも進歩 がある。たとえば、全サブテロメアFISHでは、G-bandで 異常を認めない先天異常と発達遅滞を併せ持つ症例中約 10%で微細なサブテロメア構造異常を検出できる。1p 36欠失症候群、22q13欠失症候群、9q34欠失症候群 などが確立した。さらに、マイクロアレイCGH法では、サ ブテロメア領域の異常だけでなく、染色体中間部の1Mb 程度の微細欠失や重複も検出可能である。Am J Med Genetなどの専門誌には、マイクロアレイを診断に用いた 新症候群が報告されている。10年以上診断不明であった例 において、診断がつき、病態が解明されることを経験する ことも増えた。 一方、こうした先天異常症候群の診断の基本には dysmorphologyを含む臨床遺伝学的考察が必要である。 正確な所見の把握をもとに各種臨床検査や画像診断を行い、 必要に応じて遺伝子・染色体の解析に進むことになる。診 断確定により、可能性のある合併症の把握、包括的ケア体 制の構築、自然歴の予測、遺伝カウンセリングなどに必要 な情報が得られる。しかし、dysmorphologyは基準が明 確でなく、数字で評価するのが困難な場合が多い。ある程 度の経験が必要である。日本人の身体計測値の基準が乏し いという状況もある。 いくつかの代表的な先天異常症候群例を提示し、診断の ポイントとなる小奇形の見方や診断にいたる道筋を解説す る。表現型の背景に存在する分子遺伝学的機序や自然歴の 特徴についても述べる。 1 Dysmorphologyと先天異常症候群 第2章 先天異常症候群の診断 スライド1 スライド2 先天異常症候群の診断意義は次のようにまとめられる。正 先天異常症候群の診断に関しては各種データベース(琉 確な診断により情報提供、疾病の理解を深める。合併症の把 球大学成富教授作成UR-DBMSなど)や、書籍あるいはイ 握、自然歴・予後の予測を行い、患者のQOL向上に役立て ンターネットも充実しつつある。これらは有用な診断補助 る。遺伝カウンセリングを正確に行うことが可能になる。 となる。Keyになる所見を把握・選択して検索を行うこと 診断がつかなければ正確なカウンセリングは困難である。 正確な診断から、治療方法の検討につながる場合もある。 家族歴を正確に把握するために、家系図を作成すること が重要である。本人の臨床経過を把握する。小奇形などの で、経験していない疾患も診断可能な場合がある。また、 dysmorphologyに詳しい医師がグループで検討する機会 を持つことも有用である。日本小児遺伝学会では dysmorphologyの夕べを開催している。 身体所見(dysmorpholog的診察)は、臨床遺伝学的診察 に不可欠な要素となる。各種臨床検査・画像診断を組み合 わせて診断する。必要に応じて、染色体・遺伝子検査を行う ことになる。染色体・遺伝子検査に関しては、十分な倫理的 配慮が必要であり、ガイドラインに従ってすすめるべきで ある。 2 第3章 スライド5 Dysmorphologyの所見のとり方 小奇形は治療の対象とならない程度の形態異常で、3個 以上の小奇形を持つと、先天異常症候群の可能性が高くな る。1∼2個の小奇形は一般でも出現する可能性がある。代 表的な小奇形の見方を示す。 眼間狭小である。全前脳胞症でみられやすい。 ①眼と眼周辺の異常 スライド3 図は、眼間開離の模式図である。両外眼角距離をb、内眼角 距離をaとして、a/bが38%以上の場合、眼間開離と判断する。 スライド6 眼瞼裂斜上は、眼裂が外側に15度(あるいは10度)以 上つりあがっているものである。図はダウン症候群にみら れた眼瞼裂斜上である。 スライド4 スライド7 眼間開離であるが、眼瞼裂狭小も認める。 眼瞼裂斜下は、眼瞼裂が−5度以下に下がっている場合 である。 3 Dysmorphologyと先天異常症候群 スライド8 スライド11 内眼角贅皮は、内眼角部を皮膚が覆っているために涙湖 歌舞伎症候群でみられる、下眼瞼外反である。 がみえなくなっている状態である。 スライド9 スライド12 眼瞼裂狭小である。眼瞼下垂とは異なる。この例の内眼 Waardenburg症候群でみられた虹彩異色症である。 角贅皮は下眼瞼から連続する。 スライド10 スライド13 Prader-Willi症候群でみられたアーモンド様眼瞼裂であ de Lange症候群でみられた、左右の眉毛がつながった る。表情筋の低緊張による。 状態(synophyrs)である。 4 ②耳介異常 スライド14 スライド17 耳介低位を示す。眼と外後頭隆起をむすんだ線と耳介付 Beckwith-Wiedemann症候群でみられた耳朶の縦溝である。 着部の位置で判断する。 スライド15 スライド18 耳介聳立である。 Mowat-Wilson症候群に特徴的な耳朶の折れ込みである。 スライド16 スライド19 耳介後方回転である。Noonan症候群でみられる。耳介 耳介前肉柱である。Goldenhar症候群でみられる。 は厚い。 5 Dysmorphologyと先天異常症候群 ③口腔異常 スライド20 スライド21 CHARGE症候群でみられるカップ状の耳介である。 高口蓋は開口時に30度の角度でライトで照らすと、口 蓋の上部に陰影ができる場合である。 スライド22 口蓋裂を示す。 スライド23 小顎である。Pierre Robin症候群でみられる。 6 ④鼻異常 スライド24 スライド27 小顎で、下顎は後退している。 鞍鼻である。 スライド25 スライド28 魚様の口である。頬筋肉の緊張低下による。 鼻低形成である。 Prader-Willi症候群でみられる。 スライド26 スライド29 巨舌である。Beckwith-Wiedemann症候群でみられる。 22q11.2欠失症候群でみられた鼻翼低形成である。口 も小さい。 7 Dysmorphologyと先天異常症候群 ⑤四肢・指趾異常 スライド30 スライド33 第5指短小・彎曲を示す。15度以上の彎曲を有意ととる。 Coffin-Lowry症候群でみられた楓様の指である。指の近 シルバー・ラッセル症候群で認められる。 位部は太い。 スライド31 スライド34 Rubinstein-Taybi症候群でみられたへら状の母指である。 Cohen症候群でみられた細い指である。 スライド32 スライド35 Prader-Willi症候群でみられた小さな手足である。 Aarskog症候群でみられた指過伸展と指間webである。 8 スライド36 スライド39 Apert症候群でみられた合指症である。 OPD症候群の指変形である。 スライド40 スライド37 軸後性多趾症である。 Achondroplasia例の指趾短縮、低身長である。 スライド38 スライド41 足趾合趾症である。Smith―Lemli−Opitz症候群の第 2・3趾合趾は、先がわかれる「Y字型」が特徴である。 9 マルファン症候群では母指が拳からはみ出る。 Dysmorphologyと先天異常症候群 ⑥その他 スライド42 スライド45 前頭部頭髪が後方にむかっている。 Aarskog症候群の襟巻き状陰茎である。 スライド43 スライド46 翼状頸である。ターナー症候群やヌーナン症候群などでみ 背部多毛である。Rubinstain-Taybi症候群、de Lange症 られる。 候群やCoffin-Siris症候群でみられる。 スライド44 スライド47 黒色表皮症である。 伊藤白斑である。染色体モザイクによることがある。白 斑はBlaschko lineに沿う。 10 適応なし)が有用である。この方法では99%の症例が診断 第4章 できる。 新生児期の筋力低下と哺乳困難が最初の症状である。乳 染色体微細欠失 児期では、フロッピーインファントの状態である。おとな しく、あまり声をだして泣かない。2∼3歳ころから食欲亢 スライド48 進と肥満、発達の遅れが顕著となる。PWSは以前は早期診 断は困難といわれ、かなり肥満が進行してから受診して診 断されることもあったが、最近は新生児期に診断されるこ とが多い。早期に診断して病気の理解を深め、その後の QOL改善のための対応を考えていくことが重要である。食 欲亢進が起こって肥満になってからでは改善が難しく、早 めの対応が重要になる。成長ホルモン治療が有効であるが、 合併症に注意を払う必要がある。 Angelman症候群 Angelman症候群(以下AS)は、1965年に Angelmanが3例を「Happy puppet」として報告したこ とに由来する先天異常症候群である。症状しては、重度精 染色体微細欠失による症候群(隣接遺伝子症候群、 神遅滞、てんかん、失調、容易に誘発される笑い、特徴的 genomic disorder)は図に示すようなものがある。通常 顔貌、低色素症など特徴とする。脳波では高振幅徐波がみ のG-分染法では異常が見いだしにくいが、FISH法で欠失 られ、診断的価値が高い。1987年に、染色体15q11-13 が判明する。Prader-Willi症候群、Williams症候群など の欠失が判明した。ASの基本病態は、母親由来のUBE3A FISH法が診断に利用されている。最近では、Sotos症候 (Ubiquitin-protein ligase E3A)遺伝子の欠失ないし発 群が加わった。また、22q11.2重複のような、微細重複 による症候群が注目されている。重複の場合、間期核によ る観察が必要である。代表的な疾患を概説する。 現異常、機能異常である。 出生時の頭囲は正常範囲であるが、2歳までに小頭症が 明らかになる。後頭部は扁平である。下顎がよく発達し、 口は大きく、舌を突出させていることがある。歯と歯の間 Prader-Willi症候群 に隙間がある。舌の動きはぎこちない。乳児期は哺乳障害、 体重増加不良の場合が多い。欠失型のASではOCAⅡ遺伝 Prader-Willi症候群(PWS)は1956年にはじめて報告 子を欠失すると皮膚、頭髪や眼の色素低下が合併する。 された。15番染色体の微細欠失やUPDなどゲノム刷り込 UPDの場合、OCAⅡ遺伝子は欠失せず、低色素はめだた み異常が原因である。食欲などをコントロールする視床下 ない。 部の機能異常が起こる。罹病率は出生10,000から 15,000人に1人である。 Williams症候群 低緊張、つまり体の筋肉が柔らかい、哺乳障害、身体所 見から疑いを持ち、筋疾患など他の低緊張を呈する疾病を 心血管疾患(大動脈弁上狭窄、肺動脈狭窄)、乳児期の 鑑別する。特徴的顔貌は、顔面の表情に関係する筋肉の緊 高カルシウム血症、低身長、発達障害、妖精様顔貌などを 張が低いことと関係する。アーモンド様の眼瞼裂、魚様の 主徴とする。ニュージーランドの循環器医Williamsが 口を認める(図10・図25)。前頭部の幅が狭い。皮膚の色 1961年に報告したためWilliams症候群と称される。 素が薄く、頭髪の色が茶色っぽい。手足が小さい(図32)。 7q11.23の微細欠失(1.5∼2Mb)による隣接遺伝子症 臨床症状から疑いを持って、染色体検査を行う。通常の 候群である。その領域に含まれるエラスチン遺伝子(ELN) G分染法では異常は同定できない場合が多い。FISH法では、 欠失が心血管系と結合組織異常の原因に、またLIMK1遺伝 PWSの約70%で15番染色体に部分的欠失がみつかる。 子欠失が視空間認識障害の原因と考えられている。 FISH法で異常がない場合はメチル化特異的PCR法(保険 11 Dysmorphologyと先天異常症候群 22q11.2欠失症候群 近傍の微細な異常により精神発達遅滞(MR)や多発奇形 (MCA)を生じるものである。原因不明の重度ないし中等 22q11.2欠失症候群は、3,000∼5,000人に1人の 度MRの小児の7.4%、軽度MRの0.5%に認められるとい 割合で、最も多い微細欠失症候群である。先天性心疾患が う報告がある。多数例の原因不明のMCA/MR症候群を対 診断の契機になる場合が多く、ファロー四徴症、総動脈幹 象にした研究で、同様の報告が相次いでおり、5∼10%は 症、大動脈弓離断などの円錐部動脈幹奇形が多い。その他、 SSCRと考えられている。中でも1p36欠失症候群と 特徴的顔貌、胸腺低形成による細胞性免疫不全、口蓋裂、 22q13欠失症候群の頻度が高い。欧米では1p36欠失症 副甲状腺機能低下による低カルシウム血症などを認めるこ 候群の頻度は5千人から1万人に1人といわれている。 とがある。22q11.2にある TBX1 が重要な責任遺伝子で SSCRの中には親の均衡型転座による場合もある。メン デル遺伝形式に従わない家族性精神遅滞例の報告もある。 ある。 顔貌は、口が小さい、顎が小さい、眼間開離、浮腫状眼 瞼、鼻翼低形成などがみられる(図29)。口蓋裂・鼻咽腔 閉鎖不全など、約70%が口腔異常を合併する。粘膜下口蓋 裂、鼻咽腔閉鎖不全の例もある。滲出性中耳炎になりやす い。精神運動発達遅滞、注意欠陥多動症の例があり、発達 の評価を継続する必要がある。 G-bandによる染色体検査では異常が見出せず、遺伝カウ ンセリングのpit fallとなる可能性がある。 全サブテロメアの欠失をスクリーニングするFISHプロー ブも開発されているが、価格が高い点が問題である。 de Vriesらは、SSCRをスクリーニングする対象を選択 するためのチェックリストを作成した。①精神発達遅滞の 家族歴があること、メンデル遺伝に従う(1点)メンデル遺 伝に従わない(表現型が不一致な場合を含む) (2点)②子宮 Sotos症候群 内発育遅延(2点)。③生後の成長障害(2点)。小頭症、低 Sotos症候群(以下Sotos)は1964年にSotosが記載 身長の例もあれば、巨頭症、高身長の例もある。④眼間開 した先天異常症候群である。罹患率は10,000∼20,000 離、鼻異常、耳異常のうち2個以上の顔貌の特徴(2点)。 人に1人程度と考えられている。欧米では欠失型は少ない。 ⑤身体所見(2点)。手の異常、心異常、尿道下裂(停留精巣 長崎大学の研究グループにより、染色体転座例の切断点の を伴う場合もあれば、伴わない場合もある)。この方法によ 解析から、5q35の責任遺伝子 NSD1 が解明された。約 ると、9点以上では99%の特異性があり、見逃しも少ない。 1.9Mbの共通欠失領域を持つGenomic disorderとしての 6点以上では特異性は90%近いが、約半数は見逃される。 「欠失型Sotos」とNSD1単一遺伝子疾患としての「点変 サブテロメア異常の診断にはmicroarray技術の応用も報 異型Sotos」とに大きく分類される。FISH法による診断 告されている。さらに、whole genome microarrayによ が可能である。欠失のない例ではNSD1遺伝子変異解析を り、submicroscopicな中間部の欠失や重複を診断する技 行う。Sotosは比較的よく遭遇する過成長症候群のひとつ 術も注目されている。定量的PCRを用いた、簡便なサブテ であり、頭囲大、特徴的顔貌、骨年齢促進、精神運動発達 ロメア異常スクリーニング方法が開発されつつある。 遅滞を呈する。先天性心疾患、腎尿路系異常、中枢神経異 常、斜視などの眼科的異常、側彎などを合併する例もある。 1p36欠失症候群 常染色体優性遺伝であり、変異例で親子例の報告もある。 欠失例の方が発達の遅れが重く、合併異常の率も高い。欠 失例では必ずしも過成長を呈さないことがある。 1p36欠失症候群は子宮内発育遅延を呈する例が多い。 生後も身長、体重増加は不良であり、小頭症の例が多い。 生後早期から筋緊張は低く、フロッピーインファントであ る。乳児期の哺乳障害は必発に近い。多くは重度精神運動 第4章 発達遅滞で、特に言語面の遅れが顕著である。自閉症の他、 易興奮性や物を投げたり、自傷行為などの行動異常の例も サブテロメア異常 ある。 身体所見として、大泉門が大きい、前頭部がめだつ(前 最近、submicroscopic subtelomeric chromosomal 頭部突出)、眼が落ちくぼんでいる、眼瞼裂狭小、鼻根部が rearrangements(以下SSCR)という概念が注目されて 平低、顔面正中部低形成も多い所見である。耳介の形成異 いる。通常のG-bandでは異常が見いだせないが、サブテ 常、小耳介、耳介低位、口角の下がった小さな口、目立つ ロメアプローブを用いたFISH法などで同定されるテロメア とがった下顎など顔貌は特徴的である。顔面の非対称、耳 12 介非対称も見られる。唇顎口蓋裂が20%前後でみられる。 眼間開離、鼻根部平低、上向きの鼻孔、口を少しあけて舌 粘膜下口蓋裂、高口蓋などの例もある。 を出すことが多い、下口唇が厚い、小顎など身体的特徴が 拡張型心筋症、ファロー四徴症、VSD、右室内狭窄、 ある。 PDA、肺動脈狭窄、エブスタイン奇形などの報告がある。 精神運動発達の遅れは重い。先天性心疾患、水腎症、甲 本症候群では成長障害が強いが、一方でPrader-Willi症候 状腺機能低下を合併することがある。年長児で肥満になっ 群のような過食と肥満を伴う例も報告されている。従って、 た例がある。最近、本症候群の認識が高まり、報告例が増 この疾患では体格の小さい例と肥満の例とふたつのタイプが 加している。9q34にあるEHMT1遺伝子が責任遺伝子で ある。しかし、体格と他の症状や欠失の範囲とに関係はない。 ある。 また、思春期早発が複数例で報告されている。 難治性てんかんの例も多い。ミオクロニー発作、全般性 第5章 強直間代発作、右側部分発作、単純ないし複雑部分発作、 点頭てんかんなどである。1p36欠失症候群は臨床的に認 単一遺伝子病 識可能な症候群である。通常のG分染法では欠失は見いだ せないことが多く、臨床的に疑いをもって1pのサブテロ メアプローブによるFISHを行う必要がある。 単一遺伝子による疾患の代表的なものを提示する。単一 遺伝子病であっても、染色体の微細欠失による場合もある。 22q13欠失症候群 Mowat-Wilson症候群 本症では全般的な発達遅滞が必発である。筋緊張は低下 し、哺乳障害を呈することが多い。運動発達は遅れ、独歩 若松らはHirschsprung 病、小頭症、精神遅滞、眼間開 が3−4歳以降になる場合もある。精神発達遅滞も重度の例 離、粘膜下口蓋裂、低身長の患者において、 SMADIP1 が多い。自閉症例もある。言語発達は遅れ、言語の全くみ (ZFHX1B)遺伝子異常を報告した。機能喪失変異であり、 られない例もある。本症では身体発育は正常ないし加速傾 ハプロ不全で発症していた。この遺伝子は胎児の神経系、 向になる。頭部は長頭である。手は比較的大きく、肉付き 神経堤細胞の発達に重要である。その後、世界各地から報 がよくて幅広い。耳介は大きく目立っており、形態異常を 告がみられ、Mowat-Wilson症候群と呼ばれる。 伴う。下顎はとがり気味である。眼瞼下垂、内眼角贅皮、 Mowat-Wilson症候群は特徴的顔貌と合併症状から疑い 第2・3趾合趾(図38)などが頻度の高い所見である。 を持ち、遺伝子解析で変異を同定して確定診断可能である。 Phelanらの報告では足趾の爪低形成もみられたが、以前に 新生児期は筋緊張が低く、哺乳力が弱いことが多い。身長、 はあまり注目されていなかった。Sotos症候群やFragile 体重とも小さめである。運動発達が遅れ、歩行開始も遅い。 X症候群を鑑別する。 精神遅滞(知的障害)はすべての患者にみられる。IQ 25- 通常のG分染法で欠失や転座が見つかる例もあるが、 submicroscopicな欠失のために異常なしと判定される場 60の幅がある。機嫌はよく、よく笑う傾向がある。 本症候群の特徴的顔貌は、内側が太い眉、眼間開離、広 合もある。その場合、FISHを用いた検索が必要になる。 い鼻根部、斜視、下顎突出、上顎の発育が小さめ、高口蓋 22q11.2欠失症候群の欠失を調べる際に、コントロール で、口唇口蓋裂・粘膜下口蓋裂の合併例がある。耳介は低 プローブとしてarylsulfatase-A(ARSA)が一般的に用 位で後方に回転気味で耳朶が挙上した形態が特徴的である いられる。ARSAは22q13.3にあり、22q13欠失は (図18)。てんかん、先天性心疾患、ヒルシュスプルング病、 ARSAのFISHで診断できる例が多い。ただし、ARSAより 脳梁欠損ないし低形成、腎臓形態異常、水腎症、膀胱尿管 もテロメア側の欠失や中間部欠失例は診断できないことが 逆流症などの合併例がある。 ある。SHANK3遺伝子が発達障害と関連が深い。 OPD spectrum disorders 9q34欠失症候群 OPD-spectrum disorders4疾患すなわち 9q34欠失症候群は通常の染色体検査では異常は同定さ Frontometaphyseal dysplasia(FMD)、Melnick- れず、FISH法やマイクロアレイなどで診断される。その他 Needles syndrome(MNS)、Oto-Palato-Digital の血液検査でも特別な異常はない。丸顔、アーチ型の眉毛、 syndrome (OPD) typeⅠ and typeⅡが含まれる。これ 13 Dysmorphologyと先天異常症候群 らは、従来からX連鎖性のallelic disorderと考えられてい 鎖解析で12qに遺伝子座位が推定された。2001年に たが、最近遺伝子レベルでそれが証明された。OPD- TartagliaらがPTPN11遺伝子の変異を報告した。ただし、 spectrum disorders4疾患の責任遺伝子はFilamin A 変異が同定できない場合でもNSを否定はできない。遺伝 ( FLNA )という細胞骨格構築に関係する遺伝子である。 的異質性の可能性がある。耳介後方回転が特徴的である FLNAはXq28に座位する。FLNAはintegrinとの相互作用 (図16)。 のもとでactin細胞骨格を再構築し、さまざまな蛋白質と 結合する。多系統の組織に発現し、胎児の発育に重要な役 Noonan症候群関連疾患 割を持つ。 FLNA遺伝子のloss-of-function変異では、periventricular 最近、コステロ症候群でHRAS遺伝子のgermline 変異、 nodular heterotopiaというX連鎖性優性遺伝性疾患をお CFC(Cardio-Facio-Cutaneous)症候群でKRAS遺伝子 こす。これは神経細胞の遊走異常で異所性灰白質を呈する のgermline変異が東北大学から報告された。コステロ症候 神経疾患である。これに対し、OPD-spectrum 群は成長発達障害、肥大型心筋症、肺動脈狭窄症などの心 disordersはFLNAのgain-of-function変異が原因である。 疾患、皮膚色素沈着、手掌や足底のしわを認める。黒色表 Robertsonの報告では、遺伝子変異は重要なドメインをコ 皮症を認める(図44)。重要な合併症として、横紋筋肉腫、 ードする部位4ヵ所に集中している。OPD spectrum 神経芽細胞腫、膀胱腫瘍などの悪性腫瘍の合併がみられる。 disordersでは、遺伝子の変異と病型が比較的よく一致し RAS遺伝子群はKRAS、NRAS、HRAS、ERASがある。 ている。 OPD-spectrum disorders4疾患は臨床所見も類似する 癌全体の25%で体細胞変異がみられる。いずれもアミノ酸 配列が類似したGTP結合蛋白(RAS蛋白)をコードする。 点が多い。FMDは前頭部突出など特徴的顔貌、進行性関節 RAS蛋白は細胞分裂を調節したり増殖シグナルを出したり 拘縮を呈する。眼窩上縁の骨が進行性に突出し、顔貌は拳 する。遺伝子は通常不活性であるが、癌細胞ではRAS蛋白 闘家様と表現される。鼻根部は広く、眼間開離、眼裂斜下、 に活性があり、細胞分裂のシグナルを出す。 小顎を認める。長管骨は彎曲し、反張膝、外反膝、橈骨頭 脱臼などを認める。MNSは眼球突出、眼間開離、軽度眼窩 CFC症候群では、RASより下流でシグナルを伝達する BRAF、MEK異常の例も報告されている。 上縁突出、頬部突出、下顎低形成など特徴的顔貌を呈する。 大泉門閉鎖遅延、四肢彎曲、関節変形を認める。 Beckwith-Wiedemann症候群 OPDⅠ型では、眼窩上縁外側の突出、鼻根部平坦、顔面 正中部の低形成を認める。足趾変形は特徴的である (図39)。 Beckwith-Wiedemann症候群(以下BWSと略す。 女性保因者の臨床症状は、MNSといえるような場合から、 Exomphalos:臍帯ヘルニア、Macroglossia:巨舌、 ごく軽度まで幅が広い。 Gigantism:巨人症の三主徴の頭文字をとってEMG症候 群ともいう。)は、過成長を基本的特徴とする先天奇形症候 Noonan症候群 群である。13,700人に1人の割合で発症するという。し かし、三主徴のそろわない例も含めると、実際の患者数は Noonan症候群(以下NS)は先天性心疾患、成長障害、 特徴的顔貌(図43)、骨格異常、精神運動発達遅滞、血液 さらに多い印象がある。男女比は1:1である。 表現度に変異を伴う常染色体性優性遺伝性疾患である。 凝固障害、リンパ管形成障害、停留精巣などを特徴とする 孤発例が多いが、家族例が15%ある。BWSの病因として 先天異常症候群である。1963年にNoonanらが最初に記 は、染色体11p15.5を含む領域における複数の遺伝子の 載した。Turner症候群に似た身体所見から「Male Turner」 ゲノム刷り込み現象が関与する。孤発例と家族例では機序 といわれた時期もあった。常染色体性優性遺伝で、米国で が異なる。 は1,000人から1,500人にひとりの罹患率とされ、先天 BWSは巨大児、Heavy-for-Dates児が多い。羊水過多、 異常症候群の中では最も多い。日本では1万人に1人程度で 胎盤重量増加、異常に長い臍帯等がみられる。早産例が多 ある。12番染色体長腕にある責任遺伝子PTPN11が同定 い。本邦例での平均出生体重は3,800gであった。生後も され、約半数の症例で遺伝子変異が同定される。孤発例が 過成長が続き、小児期は骨年齢も促進する。しかし、最終 多いが、親の一方がNSであれば、再発率は50%である。 身長は標準程度に収まる。 年齢が大きくなると表現型がめだたなくなる可能性があり、 遺伝カウンセリングでは注意が必要である。1994年に連 新生児期には新生児仮死、低血糖、低カルシウム血症、多 血症などの対策が必要である。特に、低血糖は知的予後に大 14 きく影響する。臍帯ヘルニア、臍ヘルニア、腹直筋離解等の Brachmann-de Lange症候群である。最近、責任遺伝子 腹壁正中部の異常や腸回転異常等の消化器系の異常が多い。 が5p13.1にあるNIPBL遺伝子と同定された。常染色体優 肝臓、腎臓、膵臓、脾臓などの臓器腫大がみられる。心肥大 性遺伝であるが、99%の例では遺伝子異常は新生突然変異 を呈し、心不全の進行する予後不良例が一部に存在する。巨 である。遺伝子変異があれば確定診断になるが、なくても 舌症は、呼吸障害や摂食障害の原因となる(図26) 。気管内 否定できるものではない。親子例も報告されている。 挿管が困難な場合がある。程度の強い例では舌部分切除術が 必要である。放置すると咬合障害や下顎前突を残す。 BWSでは数%に腫瘍の合併がみられる。定期的な超音 波検査が必要である。 出生体重は2,500g未満が多い。正下時身長、頭囲も小 さめである。小頭症である。成長発育障害は重度の例が多 い。発育・発達の個人差は大きい。難聴の合併例がある。 特徴的顔貌であり、診断は比較的容易である。濃く癒合 BWSでは半身肥大症を数%に認める。 した眉毛(図13) 、カールした長い睫毛、小さく短い鼻、前 耳朶の線状溝(図17) 、眉間の火焔状血管腫、鼠径ヘルニ 向き鼻孔、人中は長い、下がった口唇、小顎症、短頸など ア、停留精巣、甲状腺機能低下症等もみられることがある。 を認める。口蓋裂の例がある。多毛の例が多く、前頭、四 肢、背部にめだつ。大理石様皮膚を認める場合がある。手 Rubinstein-Taybi症候群 足は小さく、肘や膝関節のの屈曲拘縮がみられる場合があ る。高度の場合はアザラシ肢症、欠指、合指などさまざま Rubinstein-Taybi症候群(RTS)は、幅広い拇指趾、 な手足の先天奇形を合併することがある。先天性心疾患の 特徴的顔貌、精神発達遅滞を特徴とする奇形症候群で、 例がある。胃食道逆流症の合併が多い。てんかん合併例が 1957年に症例報告として最初に記述され、Jack H. ある。自傷行為などの行動異常が激しい場合がある。気管 Rubinstein とHooshang Taybi が、1963年に広い親 支炎、肺炎などの感染症に注意する。 指と大きな指先、特徴的顔貌と精神遅滞をもつ7例につい て報告した。 CHARGE症候群 16p13.3にあるCREB-binding protein(CREBBP) 遺伝子が責任遺伝子である。染色体FISH法で欠失を見出す 例は少なく、変異解析が必要である。 RTS の身体特徴は、低身長、かぎ鼻、変形した耳介、 高口蓋、眼瞼裂斜下、小頭症、へら状に幅広い親指(図31) 、 主要症候の頭文字からできた病名で、Pagonらによって 疾患概念が確立した。責任遺伝子CHD7が解明されたので、 「CHARGE連合」ではなく、「CHARGE症候群」の名称が 用いられることが多い。 短指である。他に多い特徴としては、関節の過伸展、小さ い斜めの骨盤、多毛傾向(図46)がある。停留精巣を認める C: coloboma of the eye ことがある。精神遅滞を伴う。 精神遅滞の程度は様々であ 種々の部位の眼の欠損(虹彩、網膜、脈絡膜欠損など)。 り、中度遅滞が多いが、軽度から重症まで幅がある。 視力障害が生じる。小眼球症を認めることもある。 生後よくある問題は、哺乳・摂食不良、呼吸器系の感染、 中耳炎、眼感染と鼻涙管閉塞症を含む異常、過剰な粘液分 泌、慢性の便秘である。眼科的問題(斜視・屈折異常)、循 H: heart defect 種々の先天性心疾患の例がある。 環器系異常、椎体変形、胃食道逆流と嘔吐、腎臓の異常 (膀胱尿管逆流)、停留精巣、整形外科合併症に注意する。 A: atresia of the choanae 脊髄の脊柱管内での圧迫を調べるために放射線検査やMRI 後鼻孔閉鎖があると、チューブが挿入できない。両側性 を検査する。年長児では、歩行困難、下肢痛、直腸膀胱機 の場合、呼吸障害を招く。 能障害の進行に注意する。 R: retardation of growth and/or development Cornelia de Lange症候群 出生体重は正常範囲であるが、生後の成長障害がめだつ。 精神運動発達遅滞を認める。 Cornelia de Lange Syndrome (CdLS)は、1933 年にアムステルダムの小児科女医コルネリア・デ・ランゲ G: genital and urinary abnormalities が記載したことにはじまる。しかし、1916年に 男児では、停留精巣、小陰茎などを認める。思春期にな Brachmannが報告していたので、正式名称は ってから二次性徴の遅れ、欠如をみることが多い。腎泌 15 Dysmorphologyと先天異常症候群 尿器系の奇形(腎異形成、馬蹄腎、水腎症、逆流症など) Kabuki症候群 を認める。 歌舞伎症候群は1981年に日本で新川・黒木らが報告し E: ear malformation and/or hearing loss 特徴的な耳介の変形 (CHARGE ear) を認める例が多い (図20)。顔面・耳介形態は左右非対称のことが多い。 難聴は、感音性難聴で重度例が多い。外耳道狭窄、耳管 た先天異常症候群である。責任遺伝子はまだ不明である。 大多数は孤発例であるが、常染色体優性遺伝の家系が存在 する。 頭部・顔面の特徴として、切れ長の眼瞼裂、下眼瞼外側 機能不全、蝸牛・三半規管の奇形などを認めるので、 の外反(歌舞伎役者の隈取り化粧に似る) (図11) 、アーチ CTによる内耳の評価は重要である。 形で外側が薄い眉、長い睫毛、先端がつぶれた鼻、口蓋裂/ 口唇裂、突出したカップ型の大きな耳介、生歯不整などを Pierre Robin sequence (Robin sequence) 認める。指尖部の隆起など特徴的な皮膚紋理を認める。指 は太く、短い傾向がある。心室中隔欠損、心房中隔欠損な ど先天性心疾患、水腎症、膀胱尿管逆流症などの内臓疾患 Pierre Robin sequence は単一の疾患ではなく、小下 の合併がみられる。乳児期は筋緊張低下、体重増加不良、 顎・下顎後退(図23) 、舌根沈下、吸気性上気道閉塞、口蓋 哺乳摂食障害が多い。上気道感染の反復が多い。軽度から 裂(図22)を主徴とする疾患群である。 中等度の発達遅滞が多い。難聴の合併例がある。 Robin sequenceの30∼40%はStickler 症候群であ るといわれている。Stickler 症候群は常染色体優性遺伝性 疾患であり、 COL2A1 (2型コラーゲン)、 COL11A2 、 第7章 ないしはCOL11A1の遺伝子異常によって生じる。特徴は、 Robin sequenceに加えて、顔面正中部低形成、進行性の まとめ 近視、硝子体網膜変性、年長児での関節変性、感音性難聴 などを認める。舌根沈下の強い場合、舌固定手術が必要に 先天異常症候群の診断を受けた後は、定期的な医療機関 なる場合がある。滲出性中耳炎の例が多い。疑えば眼科で でのフォローが必須である。各疾患ごとに注意すべき合併 精査を受ける必要がある。強度近視を早期から認める。 症、予後、経過に差が存在する。小児科だけでなく、視聴 その他、各種の症候群がRobin sequenceを呈する。 覚の問題に関して眼科や耳鼻咽喉科の診療、胃食道逆流症 などの小児外科的疾患、関節異常や側彎など整形外科的疾 第6章 患などの診療も必要な時期がある。小児科医は包括的ケア の要の役割を持つ。栄養士による栄養指導、歯科管理、理 学療法や作業療法、言語療法などのリハビリテーション、 原因不明の症候群 心理職による発達相談などが必要である。保健師、医療ケ ースワーカーや児童福祉関係の職種もかかわりを持つ。特 Goldenhar症候群 別児童扶養手当、療育手帳、身体障害者手帳など、必要な 制度の紹介を行う。入学後は教育現場との連携が必要にな 小耳症などの耳介奇形、眼球結膜類皮、脂肪類皮腫、耳 る。症状によっては児童精神科での診療が必要になる場合 介前部の皮膚隆起・肉柱(図19) 、脊椎の異常などを主徴候 もある。疾病について周囲の人々が十分理解し、協力して とする。耳介低形成・無耳介、外耳道閉鎖、耳小骨欠損、 患者の成長発達を見守っていくことにより、QOLを高め、 伝音性難聴、下顎低形成の場合もある。発生学的には第 適応を伸ばすことに有用である。また、各種先天異常症候 1・2鰓弓から由来する器官の系統的異常である。病変は左 群では患者組織活動がさかんになりつつある。そうした情 右非対称のことが多い。心疾患や腎尿路系異常の合併例も 報を把握し、患者に提供することが有用な場合がある。 ある。遺伝子異常ではなく、胎児期の血流障害説などが考 えられている。 16 17 Dysmorphologyと先天異常症候群 18 シュネラージェネティックス 第11号 2006(平成18)年11月15日 発行 企画・編集・発行 バイオ事業本部 京都市中京区河原町通二条上る清水町346番地 TEL. 075-257-8541 URL. http://www.falco-genetics.com/
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