放射線の妊婦への影響

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2011年 6 月16日
第10回日本旅行医学会
は骨髄機能不全である。
よびサイトカイン供給作用などが組
∼放射線被ばくに対する最新治療∼
被ばくの性質として,被ばく時の
織修復に働き,炎症と壊死は抑制さ
自己間葉系幹細胞移植などを提唱
放射線の流れに対する被ばく者の位
れ,治癒が早まるものと考えられる。
置や姿勢,装備,γ線と中性子線の
ARSに対しては,線量測定プロー
フランスは電力の75%を原子力発電に頼り,58基の原子炉を保有する。
皮膚からの吸収率の差異のために生
ブを用いて物理学的線量を,染色体
チェルノブイリ原発と同様の事故が起こりうることを前提に整備が進んで
じる線量の不均一性がある。治療を
の形状観察から細胞遺伝学的線量
おり,被ばく事故の緊急対応と治療経験も多い。パーシー国防省病院
(パ
行うに当たっては被ばく線量に加え,
を測定し,均一,不均一性の程度と
リ)
のThierry de Revel教授は,放射線被ばく治療の理論と高線量被ばく
不均一性についても評価する必要が
合せて放射線学的評価,重症度判
に対する治療の実際を,東京都で開かれた第10回日本旅行医学会
〔大会長
ある。残存する骨髄機能がある場合
定を行い,治療法が選択される。
=松弘会三愛病院
(埼玉県)
・篠塚規副院長〕
の緊急特別講演で解説。放
はこれをいかに回復させるかが造血
自家移植では回復に時間を要する
射性壊死に対する壊死切除後の自己間葉系幹細胞移植,急性放射線性症
再生後に重要であり,半面,組織ま
ため,治療はサイトカインおよび同
候群
(ARS)
に対するサイトカイン療法および造血幹細胞移植などの最新
たは器官の過剰曝露があった場合は
種造血幹細胞移植が基本となる。重
治療を紹介した。
二次性の臓器病変や多臓器不全を
度の骨髄形成不全の治療を例に挙
起こす恐れがある。
げると,一次治療では,空気層流,
に応じて,紅斑から乾性または湿性
被ばく線量と不均一性を評価
表皮炎,壊死を生じる。放射性壊死
水分補給,輸血,感染予防などの一
間葉系幹細胞が組織修復に作用
般支持療法とエリスロポエチンおよ
同院放射線被ばく治療センター
は慢性的な再発病変で,悪化と改善
以前行われていた放射性壊死の
び顆粒球コロニー刺激因子を用いた
は,熱傷センター,外傷センター,
を繰り返しながら長い経過をたどる。
治療は,壊死病変切除および対症療
サイトカイン療法を行い,残存して
形成外科などを有し,血液学・細胞
全身被ばくではARS が問題とな
法を繰り返し行い,下肢の切断や死
いる骨髄の刺激を図る。その後も骨
療法も含む専門的,総合的治療が行
る。γ線,中性子線などの透過性放
に 至 る 例 もあ っ た。2005年 以 降,
髄無形成が持続し,重度の病変を併
われている。欧州,アフリカ,中南
射線が幹細胞や前駆細胞を傷害し,
Revel 教授らは放射性壊死に対する
発していない場合は同種造血幹細胞
米から産業災害の患者を受け入れて
皮膚症候群,血液症候群,消化器症
新しい治療法を提唱してきた。それ
移植を行う。なお,治療前は放射線
いる。
候群などの全身症状を呈する。1∼
は,線量測定ガイド下に被ばくの到
汚染除去が行われなければならず,
局所被ばくによる放射線熱傷の程
12Gyの被ばく線量が治療域に当たる
達深度と線量に応じて壊死切除範囲
いかなる場合も緊急外科治療が優先
度は,被ばくした放射線の種類と到
が,10Gy以上の被ばくにより骨髄破
を決定し,早期に切除した上,骨髄
される。
達した線量による。温熱熱傷と異な
壊が生じた血液症候群では骨髄機
を採取して体外で増殖させた自己間
同教授は「臍帯血を用いた骨髄移
り,深部の損傷が認められ,強い痛
能の再構築は見込めない。死亡の主
葉系幹細胞を局所に注入するもので
植の試みや間葉系幹細胞の作用機序
みを伴う。症状の程度は被ばく線量
因は感染や出血を伴う造血不全また
ある。間葉系幹細胞の抗炎症作用お
の解明が待たれる」
と展望した。
を過ぎると脳への影響は少ない。知
奇形の発生率の増加は高汚染地
100mSvまでは妊娠への影響少ない
能への影響は100mSvを閾値とする
域であるベラルーシで報告された
見方が強い。
が,非汚染地域の発生率とほとんど
ニューヨーク大学病院産婦人科の安西弦助教授は,同学会の海外招待
X 線検査による子宮内被ばく後の
差はなく,もともとの奇形の発生率
講演で,ニューヨークの出産事情と,医療被ばく,原爆および放射線事故
発がんリスクについては,小児期の
も極めて低いことに疑問が残る。同
などの知見から放射線の妊娠への影響を解説。
「おおむね100ミリシーベ
がん発生率が2倍になったとする
じく高汚染地域であるウクライナで
ルト
(mSv)
までは妊娠への影響は少ないと考えられる」
と述べた。
Stewartらの論文がしばしば引用さ
は発生率にばらつきがあり,一定の
れるが,最近のデータでは,がんの
傾向は示されなかった
(表 2)
。また,
発症率はかなり少ないと考えられて
調査は病院の記録に基づくものであ
れる。
妊娠 8 ∼25週で被ばくの影響最大
米国産婦人科学会は妊娠期間の
いる。国際原子力機関は,子宮内被
り,事故後のストレスによるアルコー
米国の診療体系ではオープンシス
環境被ばく以外の被ばく量を1mSv
ばくによる15歳までの小児期がんの
ル摂取の増加,低栄養,葉酸の不足
テムが機能している。開業医は患者
に抑えるよう勧告しているが,これ
発症率は,0.006%/mSv 増加すると
など放射線以外の奇形の要因も考え
を病院に入院させ,病院の設備やス
は,安全値が確定できないがん化を
しており,成人における試算0.005%
られ,データの信頼性は乏しかった。
タッフの使用,他科の医師の協力を
考慮し,非常に少なめに設定されて
/mSvと同程度とみられる。
他の欧州諸国でも奇形の増加が報告
得ることが可能である。患者にとっ
いる。それ以外の,胎児奇形などの
世界保健機関
(WHO)
の報告によ
されたが散発的で,西欧州16都市で
ては安全の確保に加え,外来で診察
放射線障害の程度,頻度は放射線
ると,チェルノブイリ原発事故汚染
奇形の増加は認められなかった。そ
してきた医師が出産に当たるため安
量に比例し,それ以下では悪影響が
地域の被ばく線量は10年間で10∼
れを受けてWHOは,チェルノブイリ
心感が得られる。一方,開業医と病
出ないという安全値が決められる。
30mSv,年間1∼3mSvである。被
原発事故後に明らかな奇形の増加は
院を合わせ,出産にかかる費用は
妊娠の時期によっても放射線の影
ばく原因は約50∼75%が飲食物の摂
認められなかったと結論した。
2万ドル以上と高額である。
響 は 異 なる。 受 精 後2週 間で は,
取による内部被ばく,25∼50%は地
しかし,その後も奇形のリスク増
硬膜外麻酔は8∼9割が用い,一
100∼200mSv以上の被ばくで流産の
表上のセシウムなどからの外部被ば
加の報告は後を絶たず,放射線の影
般的である。帝王切開は全米で約25
頻度は増加するが,流産しなければ
くとされている。
響を指摘する声も根強い。実際の放
%,ニューヨーク大学で30%程度で
奇形のリスクは上昇しない
(表 1)
。
あるが,日本人に限ると10∼15%と
妊娠前半期の被ばくは神経管閉鎖不
比較的少なく,うち半数は逆子や帝
全による脳髄膜瘤,無脳症などの神
射能の流出量,周辺の被ばく量,内
チェルノブイリ周辺で
部被ばく線量および健康被害が低く
甲状腺がんが増加
131
見積もられている可能性も指摘され
ている。
王切開の既往者である。入院期間は
経管の奇形,小頭症,知能への影響
放射線ヨウ素
自然分娩で産後2泊,帝王切開で3,
など,主に中枢神経系の障害の頻度
は流産,妊娠11週以降では甲状腺低
4泊と短い。
が増加する。被ばくの影響が最も大
下症,無形成,発育不全および中枢
養やアルコールなど,放射線以外の
民間の医療保険にはHealth Main-
きいのは妊娠8∼15週であり,25週
神経系の奇形,知能への影響を及ぼ
要因だけでは説明できず,これまで
す。事故後,131I が小児の甲状腺が
のデータの見直しが求められる」
と述
んを増加させることが明らかになっ
べた。
tenance Organization
(HMO)
とIndemnity Insuranceがある。HMOは保険会
社と契約している医師の診
療を受けた場合一定額が支
払われ,患者の自己負担は
減る。後者は請求額の全額
が支払われるが,利用は少
ない。公的な保険は高齢者
と低所得者のみが対象とさ
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〈表 1〉妊娠と被ばく線量との関係
妊娠の時期
効果(損傷)
閾値
Iは,妊娠初期で
た。特に0∼4歳時に被ばくし 〈表 2〉ウクライナ汚染地域と非汚染地域の奇形の比率
た人に顕著で,現在まで25年間
出生1万人当たり
受精後着床前
流産
100mSv
器官形成期
奇形
100mSv
脳の発達時期
小頭症,知能への影響
100∼300mSv
体の発達時期
発育不全
250mSv
ではないが,チェルノブイリ周
悪性腫瘍
小児期のがん,白血
病の増加
0.06%/10mSv
閾値はなし
辺では甲状腺がんが現在も増
(Buls N, et al.
2009; 92: 271-279)
安西助教授は「これらの報告は栄
で約5,000例が報告されている。
子宮内被ばくとの関連は明らか
加していることから,なんらか
の関連が示唆されている。
奇形
比率
汚染地域
非汚染地域
神経管の異常
27
18.3
小頭症
3.7
1.3
2.8
小眼球症
1.8
0.4
4.89
(Wertelecki W.
1.46
2010; 125: 836-843)
11.6.8 5:27:22 PM