油圧式から電動式へ: フライトシミュレーションの モーション

技術解説書
キー・メッセージ
油圧式から電動式へ:
フライトシミュレーションの
モーションコントロール革命
著者:Charles Albrecht、Dan Halloran、Sunil Murthy
Moog Inc. 一般産業部門
要
旨
業界に革命的な技術を導入して既存のあり方を一変し、顧客に
様々な利益を提供する。エンジニアにとってこれほどやりがい
を感じることはないでしょう。最新のフライトシミュレータは
10トンものキャビンを音も立てずスムーズに動かし、完璧なま
での忠実度で現実さながらの飛行シミュレーションを行うこと
ができます。モーションコントロールには技術的な課題も数多
くありますが、パイロットが求める「リアルな感覚」という主
観的な要素も忘れてはなりません。電気油圧式から電気機械式
への移行は前例のない試みであり、これをやり遂げるには、革
新的な新システムの設計、用途に合わせたコンポーネントのカ
スタマイズ、ソフトウェアの共同開発、試験や試運転の共同実
施などにより、期待以上の成果を収めることが必要でした。
本書では、機械性能全般の向上を達成したムーグのパイロット
訓練施設向けモーションコントロールソリューションをご紹介
します。このソリューションの主な特長を挙げれば、忠実度の
向上、稼働率の改善、環境負荷低減、85%もの消費電力削減な
どがあります。本書はフライトシミュレーション業界の成功事
例 を 取り 上 げ て い ま す が 、 業 務 の 過 程 で 直 面 し た 技 術 上 の 難
題、他の高性能用途との関連など、非常に興味深い内容になっ
ています。本書でご紹介する、フライトシミュレータのトップ
メーカーFlightSafety International社(FSI)と高性能モーション
コントロールソリューションの設計・開発を手掛けるムーグの
パートナーシップは、業界が技術移行期にある中、モーション
コントロールの課題を解く新たなアプローチを模索し、フライ
トシミュレーションの背景にある先端技術に関心のある企業に
とっては見逃せない内容でしょう。
WHAT MOVES YOUR WORLD
• ムーグのモーションコン
トロールソリューション
は、高性能を実現するの
みならず、定量的な利益
を長期にわたってもたら
します。
• フライトシミュレーショ
ン業界は、油圧式モー
ションコントロールから
電動モーションコント
ロールへの移行を行う段
階に達していました。
• ム ー グ と FlightSafety
International社は、電動フ
ライトシミュレータを共
同で設計、稼働させ、エネ
ル ギ ー 消 費 量 の 85%削
減、設置面積の縮小、稼働
率の向上を達成しました。
1 フライトシミュレーションにおける
モーションコントロール技術
フライトシミュレータは2つの重要な活動に使われます。1つ
は新人パイロットを対象とした初期パイロット訓練、もう1つ
は、現役パイロットの免許更新に必要な実習訓練です。
図1は、フライトシミュレータの断面図です。シミュレータ
は、具体的な航空機の型式に合わせた訓練が可能となるよう
設計されています。パイロットキャビンおよび制御機器類
は、特定の航空機を極めて忠実に模しています。フライトシ
ミュレータの中心となるモーションコントロールシステム
は 、 制 御 負 荷 シ ス テ ム お よ び 6自 由 度 ( 6DOF) の モ ー シ ョ ン
ベースで構成されています。制御負荷システムにより、パイ
ロットはキャビンの座席上で一次飛行制御および二次飛行制
御訓練が可能となります。キャビンは6自由度モーションベー
ス上に設置されており、制御負荷システムからの合図を受
け、航空機の運動をシミュレーションします。民間機のパイ
ロット訓練の場合、米連邦航空局(FAA)のパイロット研修認
定要件を満たす必要があるため、フライトシミュレータには
実際の飛行状況を高忠実度でシミュレーションする能力が求
められます。
フライトシミュレータのモーションコントロールシステムで
は、制御負荷システム、6自由度モーションベースおよび関連
ソフトウェア間で複雑な情報伝送が行われます。キャビン内
でのパイロットの動作は、位置および力トランスデューサー
で感知されます。ホストコンピュータは、航空機の型式に
従って信号を解釈し、制御キャビネット内のムーグサーボド
ライブにコマンドを送信します。これらのモーションコント
ロールシステムおよびソフトウェアは、実飛行時と同じ体験
ができるよう、キャビンに設置した精巧なビジュアル装置と
一体的に機能しなければなりません。
フライトシミュレータ
制御負荷システム
この業界をより良く理解するには、パイロット訓練サービス
業者が大規模な設備投資を行っているという事実を忘れては
なりません。シミュレータの購入費用はおよそ2,000~3,500
万米ドルで、さらにシミュレータの維持・運転に必要なイン
フラも装置ごとに必要となります。これらのシステムは、通
常20年以上と長寿命であり、1日に20時間を超える運転をす
ることも少なくありません。したがって、採用技術を決定す
る際には、性能や忠実度だけでなく、エネルギーコスト、メ
ンテナンスコスト、インフラコストなど、各種コストの改善
を考慮することが重要です。
これまでフライトシミュレータは、油圧技術固有のメリット
や業界の「好み」が理由で、もっぱら油圧式システムが利用
されていました。10トン超のペイロードに対応するシミュ
レータは、FAAから「レベルD認定」(極めて忠実に実際の飛
行状況を再現しているため、シミュレータでの訓練時間が実
機の操縦時間と同等であるとする、シミュレータの最高基
準)を取得しなければなりませんが、FAAの検査官は、油圧式
訓練システム特有の感覚に馴染んでしまっています。した
がって、電動技術ではこの「感覚」という主観的な問題をク
リアできないのではと危惧する業界関係者は少なくありませ
んでした。
電動技術への移行にあたり、技術面ではどのような課題が
あったのでしょうか。これを理解するには、モーションコン
トロールシステムの要素を一つひとつ検討してみなければな
りません。フライトシミュレータの技術移行における最大の
課題は、モーションベース、すなわちアクチュエータ6台を
備え、模擬コックピットを支えるプラットフォームと、ソフ
トウェアにあります。小型のモーションベースは10年も前か
ら電動化されていましたが、高ペイロードのフライトシミュ
レータでは、スムーズな動作、停電時の安全復帰、10トン超
のペイロード対応など、油圧技術特有の大きなメリットか
ら、油圧式が主流でした。シミュレータ内の計器制御および
一次飛行制御・二次飛行制御に用いられる制御負荷システム
については、近年に至って油圧から電動への移行が問題なく
行われました。
ソフトウェアもまた、フライトシミュレータの認定官に受け
入れられる「感覚」を再現するという主観的な問題をクリア
しなければならず、大きな課題となります。
モーションベース
モーションドライブキャビネット
油圧式から電動式フライトシミュレーションへ
図1 — 制御負荷システムおよびモーションベースからなるフライト
シミュレータ
ベルD認定が必要。
民間機パイロットの訓練を完璧に行うには、FAAのレ
高忠実度
成功要因
ス業者の主要な懸案事項。
油処理、聴覚保護および防火基準への対応がサービ
環境への影響
実度を達成することが求められる。
は実績豊富。新技術には油圧システムをしのぐ忠
油圧システムは、忠実度要件を満たすという点で
油圧システムは油漏れ、騒音、火災が問題点。
訓練業界の
シミュレーション・
フライト
訓練時間を予約可能。
シミュレータは1日に20時間以上運転。1年以上前に
稼働時間
ギーコストを含む総所有コストが大きな要因。
米ドル。20年以上の長寿命。主要指標であるエネル
シミュレータは高価で、購入価格は2,000〜3,500万
ライフサイクルコスト、エネルギーコスト
が長く、電動式に比べて故障発生個所が多い。
油圧システムはメンテナンスに伴うダウンタイム
コストともに高く、初期インフラ投資も高額。
油圧システムはエネルギーコスト、メンテナンス
エネルギーコスト
ライフサイクルコスト、
シミュレータは高価で、購入価格は2,000〜3,500万
米ドル。20 年以上の長寿命。主要指標であるエネル
ギーコストを含む総所有コストが大きな要因。
フライト
シミュレーション・
稼働時間
シミュレータは1日に20時間以上運転。1年以上前に
訓練時間を予約可能。
油圧システムはエネルギーコスト、メンテナンス
コストともに高く、初期インフラ投資も高額。
油圧システムはメンテナンスに伴うダウンタイム
が長く、電動式に比べて故障発生個所が多い。
訓練業界の
成功要因
環境への影響
油処理、聴覚保護および防火基準への対応がサービ
ス業者の主要な懸案事項。
油圧システムは油漏れ、騒音、火災が問題点。
高忠実度
油圧システムは、忠実度要件を満たすという点で
は実績豊富。新技術には油圧システムをしのぐ忠
実度を達成することが求められる。
民間機パイロットの訓練を完璧に行うには、FAAのレ
ベルD認定が必要。
図2 — フライトシミュレーション・訓練業界の成功要因
2 電動フライトシミュレーションの成功要因
3 電動モーションベースの推進
ライフサイクルコスト、稼働率から忠実度まで、フライトシ
ミュレーションはモーションコントロール関連の課題が山積
しています。こうした課題は、他の高度技術業界にも共通す
る部分があります。またフライトシミュレータは、その目的
上、実際の飛行感覚を再現しなければなりませんが、その再
現度合いを判定するのは経験を積んだパイロット養成教官で
あるため、極めて主観的な要素が作用してきます。工作機
械、ロボット、航空電子工学など、多くの業界では油圧式か
ら電動式への移行を完了し、設備費用の低減やエネルギー効
率の向上といったメリットを享受しています。フライトシ
ミュレーション業界のリーダー企業は、ライフサイクルコス
トの削減、稼働率の改善、忠実度の向上など、他の高度技術
業界が各種の成功要因を達成するのを目の当たりにしてきま
した。
モーションベースの油圧式から電動式への移行を、これほど
技術的に難しくしている要因は何なのでしょうか。大きな問
題は、技術的なハードルという問題と、実績ある現行技術の
置き換えに伴う課題が組み合わさっていることです。図3
に、油圧式から電動式への移行における主要な課題例をまと
めています。
図2に示すとおり、電動モーションベースのような新技術に
注目する理由は確かに存在します。とはいえ、再現性やレベ
ルD認定クリアという要件があることから、この業界では技
術上の変化は訪れないだろうと見る専門家も少なくありませ
んでした。
懐疑主義を克服する。
シミュレーション業界の
能力に対するフライト
電動アクチュエータの
業界の受け入れ姿勢
て新システムの開発が必要。
ブレーキおよび内蔵クッションについ
電動アクチュエータでは、電源、動的
安全性
必要がある。
アクチュエータ技術を開発する
であり、新たに電気機械式
油圧アクチュエータの領域
6 自由度システムは伝統的に
10トンのペイロードに対応する
ればならない。
ベースの上を行く性能を達成しなけ
ションを提供してきた油圧モーション
に実機さながらの高性能シミュレー
のパイロット養成教官および訓練者
40 年にわたる実績を持ち、何千人も
高ペイロード対応
実機感覚
高ペイロード対応
実機感覚
10 トンのペイロードに対応する
6 自由度システムは伝統的に
油圧アクチュエータの領域
であり、新たに電気機械式
アクチュエータ技術を開発する
必要がある。
40 年にわたる実績を持ち、何千人も
のパイロット養成教官および訓練者
に実機さながらの高性能シミュレー
ションを提供してきた油圧モーション
ベースの上を行く性能を達成しなけ
ればならない。
業界の受け入れ姿勢
電動アクチュエータの
能力に対するフライト
シミュレーション業界の
懐疑主義を克服する。
安全性
電動アクチュエータでは、電源、動的
ブレーキおよび内蔵クッションについ
て新システムの開発が必要。
図3 — 電動モーションベースの導入における主要な課題
油圧式から電動式フライトシミュレーションへ
モーションコントロールの課題
高ペイロード︰高出力用途(ペイロード10トン以上)の場合、
油圧システムが選択されてきました。従来、電動サーボドラ
イブは出力切換能力を持たず、またサーボモータは、大型フ
ライトシミュレータなどの用途に必要なストロークおよびペ
イロードに対応できるだけの出力密度を備えていなかったた
めです。また、かつての制御エレクトロニクスは処理速度に
限界があったため、油圧式のほうがスムーズ性や応答性に優
れていると考えられてきました。
安全性︰停電または故障時にシミュレータは、重力の影響で
アクチュエータが所定の位置に戻らず引き出されてしまうと
いう「乗り出し」状態を起こす姿勢になる場合があります。
安全のため、シミュレータキャビンは所定時間内に「ホーム
ポジション」(待機位置)に復帰し、乗組員が脱出できるよう
にしなければなりません。油圧システムは、圧力流体を蓄え
ているため停電時でも復帰が可能です。電動アクチュエータ
は、乗り出し時に「ホームポジション」に戻るための電力が
必要となります。
クッション︰油圧アクチュエータが、ストロークエンドに
クッション機能を採用しているのは当然の理由があります。
クッションがあることで、油圧アクチュエータはストローク
エンドにおける高速運動による損傷から保護されます。電動
アクチュエータにおいても、このようなクッション効果を取
り入れ、同じように保護することが重要です。
レベルD認定︰フライトシミュレータは、FAAから認定を受
けなければなりません。認定には、実機感覚という主観的
な評価も含まれます。油圧式特有のスムーズな動作による
感覚を電動シミュレータでも達成できるかどうか、定かで
はありませんでした。
4 電動フライトシミュレータ
― 絶好の移行タイミング
電 動 ア ク チ ュ エ ー タ は 20年 以 上 に わ た り 改 良 を 重 ね た 結
果、従来油圧アクチュエータが独占していた用途にも利用で
きるようになりました。今や、高出力および高応答性が求め
られる用途であっても、優れた電動ソリューションで対応す
ることが可能です。
技術トレンドの追い風
いくつかの好ましい技術トレンドが重なり合い、電動モー
ションベースが技術的に手の届くものになりました。アク
チュエータ自身については、高エネルギー磁石の導入によ
り、10トン超のペイロードと最大ストローク152 cmに対応
可能な高出力密度のブラシレスACサーボモータが実現しま
した。
この性能レベルであっても、新たなボールスクリュー技術の
採用により、不要な機械的障害(高忠実度スムーズ動作にお
ける0.05 gの障害)や他の周波数を発生させることなく、コ
マンドに応答することができます。アクチュエータの制御エ
レクトロニクスは、高速プロセッサや大容量メモリを活か
し、要求されたコードや計算を効率的に実行することができ
ます。高解像度の光学エンコーダにより、アクチュエータ位
置が正確にフィードバックされます。フィールドバス技術に
より、高速、高解像度かつ低騒音のデジタル通信が可能にな
るとともに、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor、絶縁
ゲートバイポーラトランジスタ)がシミュレーション用途に
おける出力および周波数切換要件を満たします。
電動技術のメリット
油圧アクチュエータから電動アクチュエータへの移行には、
技術上および業務上の課題を補って余りある確かなメリット
があります。
エネルギー効率︰油圧システムの高応答性は、作動油がアク
チュエータに流れていないときでも、作動油を常に10~20
MPaに加圧することによって確保されています。電動アク
チュエータの場合は、必要時のみ応答して電力を消費するた
め、無駄なエネルギーを消耗することがありません。
油圧パワーユニット(HPU)不要︰占有面積が大きくメンテナ
ンスの手間もかかるHPUが電動モーションベースでは不要に
なります。油圧式フライトシミュレータを使用する場合、メ
ンテナンス要員を抱えるだけでなく、多数のシミュレータに
作動油を循環させるためのインフラも整備しなければならな
いため、訓練サービス業者には余分な費用が発生します。さ
らに油圧式の場合、1,000~2,000ℓにも上るシステム内の作
動油をしっかり管理し、環境に悪影響を与えてはならないと
いうプレッシャーもあります。電動シミュレータは、モー
ションコントロールの問題に対する「グリーン」なソリュー
ションであり、油圧式シミュレータに伴う業務上の負担を解
消する代替手段として最適なのです。
性能︰アクチュエータのシリンダおよびマニフォールド内の
作動油のコンプライアンス特性のために、油圧アクチュエー
タは5~15 Hzの位置ループ制御帯域において二次動特性を示
します。一方、電動アクチュエータは、最小限のコンプライ
アンスで回転運動を直線運動に変換し、20 Hz以上の周波数
応答が可能です。したがって、電動システムはパイロットの
合図をより直接的に運動に変換し、シミュレーション性能を
高めることができます。
電動フライトシミュレータ︰ 絶好の移行タイミング
要
技
素
術
電動式のメリット
モータの出力密度を高める高エネルギー磁石
高荷重でもスムーズな動作を実現する革新的なボールスクリュー技術
複雑な計算を実行できる高性能マイクロプロセッサ
光学エンコーダによる精度向上
サーボドライブ用に高出力IGBTが利用可能
モーションコントロール用高速通信プロトコル
エネルギー効率
電動アクチュエータは、必要に応じて動力を供給できるため、高応答油圧アクチュエータのように作動油を
加圧しておく必要がない。
油圧機器不要
電動アクチュエータを導入すれば、インフラ設備(メンテナンス要員、HPU等)が不要になる。
環境にやさしい
油圧機器が不要で、電動アクチュエータは環境にやさしいソリューション。
性能の改善
電動アクチュエータは20 Hz以上の周波数応答が可能で、シミュレータの忠実度を向上させることができる。
表1 — 電動技術のメリット
油圧式から電動式フライトシミュレーションへ
5 積極的なパートナーシップが変革への道をつくる
フライトシミュレータのトップメーカーであるFlightSafety
Internationalは、技術の進歩を注意深く観察した結果、電
動技術が顧客に競争優位性をもたらすものであるとの確信
に至りました。
FlightSafety International
ムーグとFSIは、長年にわたってコラボレーションを続け、
油圧モーションベースの心臓部である高性能サーボ弁を業
界に提供してきました。
ミュレータは230基以上と世界最大規模を誇り、135種も
こうした関係は、業界に変革をもたらすには最高の環境
だったと言えます。また、電動技術への移行は、必要なノ
ウハウを備えたムーグにはうってつけの課題でした。
1951年設立。米国、カナダ、フランスおよび英国に43の
研修センターを設け、航空機パイロットを対象に訓練サー
ビスを提供しています。保有するFAA認定フルフライトシ
の民間機、軍用機等について毎年75,000名以上のパイロッ
トを訓練しています。
Moog Inc.(ムーグ)
ムーグは、シミュレーションをはじめ様々な用途向けに、
電動、油圧およびハイブリッド技術と専門コンサルティン
6 コラボレーションが生むモーションコントロール
ソリューション
組織的なパートナーシップ志向の業務モデル
電動シミュレータという画期的なプロジェクトを成功させる
ため、ムーグとFSIは、従来の顧客対サプライヤーという関
係ではなく、パートナーシップ関係をベースにプロジェクト
に取り組みました。表2に、両者が共同で取り組んだ7つの
重要な課題およびそれに対するソリューションをまとめてい
ます。
イニシアチブ︰電動シミュレータは、油圧シミュレータの性
能を超 えることが絶対条件でした。要件定義を 行ったFSI
は、油圧式から電動式への移行が可能であることを実証すべ
く、ムーグの専門知識の力を借りました。
本プロジェクトがフライトシミュレーション業界の重大な転
機となることを確信したムーグは、自らイニシアチブを取り
電動アクチュエータを製作、試作品のコントロールキャビ
ネットを取り付けた試験スタンドに設置し、これまで不可能
と考えられていたスムーズな動作を試験結果で示して見せま
した。このようにして、油圧式から完全電動式への移行とい
う コ ン セ プ ト が 実 行 可 能 で あ る こ と を FSIに 実 証 し た の で
す。これはコンポーネントレベルのテストに過ぎませんでし
たが、FSIは、ムーグが電子機器、ソフトウェアおよびハー
ドウェアを一体的に運用して見せたことに感銘を受けまし
た。試作品が良好な性能を発揮したことで、次に待ち構える
システムレベルの作業に向けて弾みがつきました。
リスクの共有︰両社は早い段階で、モーションベース、制御
負荷およびコントロールキャビネット(コントロールエレク
トロニクスアセンブリー、CEA)それぞれの要件を定義し、
続いて役割分担を徐々に明確にしていきました。ムーグは専
門知識を活かし、モーションベース用電動アクチュエータ、
サーボモータ付き制御ローディング、モーションコントロー
ル用および通信用ソフトウェアの設計・製造を行いました。
サーボドライブおよびモーションベース関連制御機器は、
ムーグ製コントロールキャビネットに内蔵することになりま
した。
油圧式から電動式フライトシミュレーションへ
グサービスを組み合わせた高度なモーションコントロール
ソリューションを提供しています。20億ドル規模の上場企
業であり、55年以上にわたりモーションコントロール分野
に携わってきました。26ヵ国に拠点を持ち、高性能を求め
る企業の次世代機の設計・開発をサポートしています。
FSIは、ムーグ製電動モーションベースおよび制御負荷と連動
するよう、フライトコントロールシステムを改良することに
なりました。またムーグは、FAAレベルD認定プロセス中の
サポートなど、顧客の設置現場における試運転についてFSIを
積極的に支援することを約束しました。
包括的パートナーシップ︰両者はパートナーとして、経営幹
部およびエンジニアの両レベルにおいて信頼と協力を醸成し
ながら作業を行い、プロジェクトをスムーズに進めることが
できました。
レベルD認定に必要な忠実度をシステムに組み込み、それを
試験するため、FSIは2種類の操縦かんを持つヘリコプタから
制御負荷ジグをムーグに送りました。これによりムーグは、
人間による初回試験における「主観的基準」を満たせるかど
うか、試作品を検証することができるようになるとともに、
ソフトウェアのバグを発見するための周波数の隔離、ハード
ウェアの改良などが可能になりました。これが、レベルD認
定取得までの時間の短縮に大いに役立ちました。
意欲的な変更︰ムーグは、既製の標準品をソリューション用
にカスタマイズした製品に合わせるにあたり、ハードウェア
のみならず共同開発したキーソフトウェアにも適応させる必
要がありました。ムーグのエンジニアは、フライトシミュ
レーション用途のニーズに応えるため、高性能マイクロプロ
セッサを組み込むなど標準サーボドライブを再設計し、電
流・速度・位置のループ制御およびシミュレータのホストコン
ピュータとの高速通信において必要となる、高い更新速度お
よび高精度計算を実現しました。これらの変更によって、シ
ミュレータ用途の要件を満たすという課題の解決がぐっと近
づきました。
ソ フ ト ウ ェ ア 構 成 ︰FSIの 具 体 的 な ニ ー ズ を 満 た す た め 、
ムーグは自社のモーションコントロールソフトウェアとFSI
のホストコンピュータ間のインターフェースを開発し、高度
な一体化を行うことで性能を向上させました。またムーグ
は 、 Firewireイ ン タ ー フ ェ ー ス に 関 す る FSIの 要 件 も 満 た
し、ホストコンピュータ上での試験を成功させました。ムー
グはこれらの業務全体にわたって積極的な姿勢を見せ、FSI
固有のモーションコントロールソリューションを生み出すに
至りました。
制御負荷の打開策︰ムーグはこれと並行して、シミュレータ
用の電気機械式制御アクチュエータの開発に取り組んでいま
した。アクチュエータは、FSIの既存のコックピットと接続で
きるよう直進性(回転性ではなく)でなければなりませんでし
た。ムーグとFSIの懸命な努力の結果、フライトシミュレータ
に適した忠実度を備えた初めてのリニア電動制御負荷装置を
開発することに成功しました。電動制御システムの構造は図
4の通りです。ホストコンピュータは、パイロットの合図を
解釈し、Firewire経由でコマンドをモーションサーバPCに送
り、それを受けてPCはモーションベース用のアクチュエータ
ドライブ6台にモーションコマンドを出します。油圧ユニッ
トがキャビネットに置き換わっているため、シミュレータの
設置面積は格段に小さくなっています。
課
題
モーションアクチュエータ
キャビネット
モーションサーバ
モータコントローラ
(高速)
FireWire
サーバPC
電力消費
安全用電子機器
フィルタ
モーションドライブキャビネット
(低速)
FireWire
コンピュータ
ホスト
モーションドライブキャビネット
ホスト
コンピュータ
フィルタ
安全用電子機器
FireWire
(低速)
電力消費
モータコントローラ
FireWire
(高速)
サーバPC
モーションサーバ
キャビネット
モーションアクチュエータ
図4 — システム構成
ソリューション
高ペイロード
アクチュエータ1台あたりの最大ペイロードは10,866 kgで、ストロークは1.52 m。モーションベースの定格は最
高14,500 kg。
各アクチュエータは、12極ブラシレスDCサーボモータからなり、ロータおよびステータは低コギングトルク設計。
サーボモータの軸は、カスタムボールスクリューに直線的に結合され、回転運動を直線運動に変換する。600ボル
トサーボドライブは、最大665 Nmのトルクでモータへの電流をコントロールする。
感覚/主観性
への対処
ムーグは高性能ムーグサーボドライブを基に、適切な周波数応答およびスムーズ動作を維持しながら、方向
転換時の衝突などの問題を制御する独自アルゴリズムを開発することに成功した。制御アルゴリズムのパラ
メータを現場で微調整することにより、ムーグとFSIは、実飛行感覚の指標となる定量的測定値を識別できる
ようになった。
業界の受け入れ
姿勢
この課題を解決する方法はただ一つ、FAAレベルD認定を取得することだった。ムーグとFSIが努力を重ねた
末、2006年に世界初となるFAAレベルD認定の高ペイロード対応電動シミュレータが誕生した。
騒
音
ホストコンピュータおよびサーボドライブにおけるソフトウェアの微調整、そしてキャビンへの騒音侵入個
所を隔離することにより、ムーグとFSIは低音性要件を満たすことに成功した。
全
無停電電源装置(UPS)により、制御エレメントへの電力供給が維持されるとともに、停電時における故障から
の復帰およびロギングが安全に行われる。48Vバッテリーシステムが、ホームポジション復帰(RTH)システム
への電力と、安全な非常停止および所定位置への復帰を可能にする制御電力を供給する。アクチュエータの
ホームスイッチおよび高解像度エンコーダによって、基準位置が制御システムに伝達される。
安
モーション
コントロール
ソフトウェア
油圧シミュレータは、メーカー(FSIなど)が提供するホストシステムで制御される。電気機械式システムの開
発にあたっては、制御ソフトウェア開発の責任分担を明確にする必要があった。ムーグは、サーボドライブ
レベルのモーション、電力制御およびローカルエラー処理を引き受けた。FSIは、システムレベルのフライト
アルゴリズムおよびコマンドを担当した。また両者は、高速Firewire通信リンクおよび制御負荷モーション
ループを共同開発した。
クッション
ムーグは、アクチュエータがエンドストップに接触して損傷するのを防ぐため、メンテナンスフリーの緩衝
器(クッション)を開発、特許を取得した。クッションは、ストロークのどちらかの端から7.6 cmのところで
作動し始め、ペイロードおよびアクチュエータの運動エネルギーを散逸させる。
表2 — 電動モーションベースに対するムーグのソリューション
油圧式から電動式フライトシミュレーションへ
7 電動フライトシミュレータのFSIにとっての
メリット
パートナーシップを組んだ結果、各シミュレータのライフサ
イクルコストを低減することができ、FSIおよびその顧客に
対してあらゆる点で内部利益をもたらすことができました。
FSIは環境影響の極小化や稼働率の向上などのメリットを予
想していましたが、油圧式シミュレータに比べて85%もエ
ネルギー消費量を削減できたことは彼らにとっても驚きでし
た。この低消費エネルギーはお客様から大いに注目を集めて
いる点です。製品化までの時間の短縮など、メンテナンスか
ら設備更新に至るまで数々のメリットが毎日のように実感さ
れています。
またFSIは、パートナーシップからビジネス面での利益も享
受しています。同社は他社に先駆けて電動モーションベース
および制御負荷システムを市場投入することができ、設置に
あたりトレンチングや油圧インフラが不要な高性能フライト
シミュレータを製造したのも同社が初となりました。また同
社は、高ペイロード対応電動シミュレータとして初めてレベ
ルD認定を取得し、NTSA(National Training and Simulation
Association)からモデル化および訓練手法について賞を受賞
しました。さらに、米陸軍のパイロット訓練プログラム
FlightSchool XXIに関連してシミュレータ24台を受注しました。
顧客にとってのメリット
説
明
エネルギー消費量の
低減
電動フライトシミュレータは、油圧式シミュレータに比べてエネルギー消費量が85%も少ない。さらに、電動
アクチュエータの運転温度は油圧式よりも約22°C低いため、設備の冷却コストも低減。
稼働率の向上
年間就業時間が同じであっても、稼働率の向上により多額の節約が可能となる。しかも電気コンポー
ネントのいくつかはMTBF(平均故障間隔)が約2倍。
最小限の環境影響
HPUが不要になることで、環境への影響がはるかに小さくなる。内蔵HPUをメンテナンスし、何百リッ
トルもの作動油の定期補給を管理する必要がなくなり、アクチュエータ1台あたり年間数リットル(油圧
クッション用)の油を交換するだけでよくなる。補給作業に付きものの油漏れのリスクもゼロ。
設備アップグレードが
容易
電動シミュレータは油圧式とPin-to-Pin互換があるため、移行に伴うダウンタイムをほとんど発生さ
せることなく、油圧アクチュエータおよび制御負荷システムを電気コンポーネントと交換することが
可能。
製品化時間の短縮
油圧ユニットは設置までに、シミュレータの社内組立、試験、分解、顧客の現場への出荷、再組立、
再試験という手順を経ることになる。現在FSIは、電動ユニットを顧客の現場に直接出荷し、組立お
よび試験を行うことができるため、設置サイクルを8~10週間短縮することができる。
表3 — 電動フルフライトシミュレータのメリット
8 結論 - パートナーシップによる業界の革新
9 フライトシミュレーションを越えて
ムーグとFlightSafety Internationalの共同開発により、フラ
イトシミュレーション業界のモーションコントロールに革新
をもたらすソリューションが誕生しました。緊密な共同作業
により技術上およびビジネス上のリスクが低減されることを
認識した両者は、大きなハードルを乗り越え、市場に高性能
製品を投入することができました。製品はあらゆるレベルで
ライフサイクルコストを削減し、環境への懸念を解消すると
ともに生産性を高め、両者に大きな競争優位性をもたらす役
割を果たしました。
ムーグは、世界的企業FSIとの共同作業を通じて得られた知
識・経験を活かし、多くの企業の油圧式から電動アクチュ
エータへの移行をサポートしています。エネルギーコスト問
題、油圧インフラ設備の経済的負担の大きさ、さらには経験
豊富な油圧エンジニアの確保の難しさなど、多くの業界が同
じ問題を抱えていますが、ムーグはそうした問題を解決に導
くことができる理想的なパートナーです。
油圧式から電動式フライトシミュレーションへ
ムーグのエンジニアは、油圧および電動技術の両方に精通し
たエキスパートとして、企業それぞれのニーズを踏まえて客
観的に技術を評価し、理想的なシステムを設計することで、
市場での性能優位獲得を支援しています。
10 ムーグについて
著者紹介
ムーグは長年にわたる経験に基づき、機械の生産性を最大
化し、高性能のモーションコントロールアプリケーション
を実現します。ムーグのエンジニアリングチームは、お客
様との緊密なコラボレーションを通して、お客様の要件を
満たすモーションコントロールソリューションを提供しま
す。
Charles Albrechtは、Moog Industrial Groupのシニア・エ
ンジニアです。1981年にムーグに入社し、米国の各事業
部でコントロールシステム設計およびアプリケーション業
務に携わってきました。電気工学の学士号および修士号を
取得しており、モーションコントロール技術の分野で25年
間以上の経験を積んでいます。
本書の内容についてご質問等がございましたら、日本ムー
グ([email protected])までご連絡ください。
Dan Halloranは、Moog Industrial Americasの電子機器お
よび制御部門のマネージャーです。1997年にムーグに入
社し、米国でシステムおよびアプリケーション業務を担当
してきました。電気工学学士号、電気工学修士号および経
営学修士号を取得し、自動化技術の分野で20年以上の経験
があります。
日本ムーグ株式会社
〒254-0019
神奈川県平塚市西真土1-8-37
電話::(0463)55-3767
Email:[email protected]
Sunil Murthyは、米国マーケティングマネージャーで、
2004年にムーグに入社しました。電気工学博士号および
経営学修士号を取得しており、技術関係業界での豊富な
マーケティング経験を持ちます。
協力者:
ムーグは本書の作成に当たり、FSIのご支援およびご協力
をいただきました。中でも、エンジニアリングディレク
ターRonald L. Jantzen氏および上級科学研究員Nidal M.
Sammur博士からは多大なるご協力をいただきましたこと
を、ここに感謝申し上げます。
www.moog.co.jp
©2009 Moog, Inc. All rights reserved.
Moogは、Moog Inc.とその子会社の登録商標です。不許複製・禁無断転載。
I.Interface/1009
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