工学の愉しみ - 日本フルードパワーシステム学会

E37
佐々木勝美:工学の愉しみ
随
筆
工学の愉しみ*
佐々木勝美**
* 平成 18 年 6 月 30 日原稿受付
** ピー・エス・シー株式会社,〒639-0003 名古屋市守山区下志段味穴が洞 2266−22
1.はじめに
30 年以上も工学に携わっています.最近やっと工学が面白くなってきました.
工学に最初の面白さを感じたのは,高橋利衛先生の大学 3 年生のときの電気工学の授業でした.学習素材
はどこにでもある簡単な電気回路.これにも多くの先人の知恵と創造力が凝縮されているということを学び
ました.創造するとはこういうことかとその一端を垣間見た感じがしました.このとき初めて大学に入って
よかったなと思いました.このときの授業の印象は強烈でした.大学を卒業し 1 年間研究室においてもらっ
てそれでも行くところがなく,研究室で使っていた油圧サーボ弁の会社に電話しちょうど入社試験をやって
いるということで出かけました.多摩川沿いにあった東京精密測器㈱はプレハブに近い2階建の小さな会社
でした.数十名の会社.見たとたんこの会社は止めようと思ったと記憶しています.筆記試験の後の面接試
験では,東工大を退官され社長の中田孝先生,力フィードバック方式サーボ弁を発明した高橋さん,プレイ
バック方式の NC を開発していた千葉さんその他若い技術屋さん,みんな輝いて見えました.この会社に入
れてもらいたい.それからサーボとの長い付き合いが始まりました.
2.電気油圧サーボ弁
電気油圧サーボ弁の代名詞ともいえる力フィードバックサーボ弁の構成を図 1 に示す.これの最も姿のき
れいなものは,MOOG 社の 30 シリーズサーボ弁であろう.このサーボ弁はおそらく軍需用に開発されたも
ので,不要な贅肉が切り落とされている.力フィードバックサーボ弁の代表的なものは,入力電流が0.2
W 以下で出力は数十 KW,入力から出力まで,数 10 万倍のパワー増幅度を持っている.その構成をボンドグ
ラフに倣って図2に示す.両側にある 0 接続は力のバランスを表している.
サーボ弁の出力油圧増幅部である案内弁の大きさは出力流量の大きさでほぼ決まる.案内弁が決まればサ
ーボ弁に必要とされる周波数特性から初段の油圧増幅部であるノズルフラッパ弁の容量がほぼ決まる.しか
らばトルクモータの大きさは機能的に何によって決められるか.これが僕にとって長い間の疑問点でした.
姿の良いものを設計する秘訣はどこにあるか.理解できる範囲では,機能的なバランスが良く取れている
と大体姿がよいものになる.機能的なバランスをどのようによくしていくか.
動的にはトルクモータの可動部分が小さいほどよい.トルクモータの共振点が高くなるし,減衰比が大き
くなる.静的にはトルクモータのトルクはある程度大きくないとノズルフラッパの反力に抗しきれない.ト
ルクモータの出力とノズルフラッパの入力のマッチングをとることになる.こうすればある程度機能性のよ
いサーボ弁の設計ができたことになるが,これはモデルがあって始めて可能になることで,一からこのよう
なサーボ弁を設計するにはどうすればよいか.
高橋利衛著「工学の創造的学習法」に“MIT(Massachusetts Institute of Technology)の教授法委員会は“You
and Your Students”というパンフレットを出している.これは教授法の法典ともいうべきものだが,そのな
かに“未解決の問題に対する知的挑戦によって学生を刺激すること”が推奨されている.しかしこれはなに
も MIT に教わるまでもなく,およそ一流の教育の場ではどこでも昔からとられてきた態度である.しかし未
解決・不確定な事項に言及することを<むだ>だと考える学生や教師がこのごろ急に増えてきたことも事実
である“この本は昭和 40 年に発行されている.
遠回りする余裕を持つことと,課題を持ち続ける能力をつけること.これが設計屋として大事な事のよう
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に思われる.
大学院生が自分の研究がうまくいかないのは指導教師が悪いと訴える事があると聞くにつけ,大学も今,
就職予備校としての意味しかなくなっているのかもしれない.ただ,大学だけが勉強する場所ではない.長
く知的興味を持ち続け,工学の尻尾くらいはつかめるようになると,工学に対する面白さも増してくると思
える.
3.空気圧サーボ
空気圧サーボをはじめて間もないころは,空気圧は爆発するから危なくはないですかという問いをいやと
いうほど聞いた.ナイフを持って手を切りませんかというのと同じである.同じようなことで,空気圧は圧
縮性があるので制御は難しいのではという質問が今でもある.圧縮性がなければ空気圧ではありませんから,
もう少し丁寧に答えるときは,圧縮性をうまく生かすようにすればよいのではないでしょうかという.
空気圧サーボで超精密位置決めを実用レベルで実現することはそう遠い先ではないと思われる.もともと
空気圧は制御しやすいパワー媒体ではないかと思われる.ON―OFF 駆動があれほど広くシンプルに実現され
ているのを見ると空気圧サーボを超精密にするのは容易であるという兆候は見て取れる.
電動リニアモータはコイルの発熱と外部への磁気の漏洩が問題になることがあり,油圧は油温変化による
粘度変化,サージ圧などが問題になることがあるが,空気圧は閉塞状態から流れ出すときに発生すると思わ
れるノイズ以外に系に働く外乱(内乱)は少ない.超精密制御を実現するにはここが一つのポイントとすれ
ば,これを小さくすればよい.絞りを内周から外周に向かうスリット流れにして出口流量を音速以下にした.
これを整流絞りとし,この絞りを設計する上での課題は何かを考えた.絞り入口での縮流がすきま内層流に
より整流される.すなわち層流流れ部はノイズの発生要因にはならずむしろ入口部縮流による流れの乱れを
安定させる役目をしているとして流れのモデル化を考えているところである.絞りの形状を図3に示す.空
気圧の流れの乱れが実用的に問題ないレベルになれば,空気圧サーボの精密さへの限界がどこらにあるかを
知る旅に出てもよいのではと考えている.もともと空気圧は精密制御に向いている.また制御もやりやすい.
まだあまり精密制御の例がないこともあり,面白い課題が多くあると考えている.
“未解決の問題に対する知
的挑戦,
”空気圧サーボは恰好の材料を提供している.
層流流れはレイノルズ方程式で表される.この方程式が表れたのが約 120 年前の論文「On the Theory of
Lubrication and its Application to Mr. B. Tower’s Experiments」である.以降狭いすきまの流れについて静圧気体
軸受を対象にして多くの研究がなされてきた.流れを以下の仮定の下に解いている.
1. 等温流れである.
2. 壁面の流速は 0 とする.
3. すきま方向の流れはないものとする.
軸受の特性を数値計算によりかなり精密に予測できるとしている.レイノルズ方程式は以下のとおりであ
る.
1 ∂  rh 3  ∂p 2
=0
r ∂r  µ  ∂r
極座標表示(形状にあわせ積分していくとすきまの圧力分布がわかる).
前提論文でナビエストークスの式と連続の式よりレイノルズ方程式を導いているようだ.
(70ページ以上
に及ぶ大論文であり,途中までで読むのが止まってしまった)ここのところを臨場感を持って読み解くこと
ができればレイノルズの気分も多少追体験できるのではと思うのだが.そしてすきま流れについて現在持っ
ている課題に応じたモデル化ができれば先人の恩に多少なりとも報いることができる.
図 4 にストロークの小さいアクチュエータの微小ステップ応答例を示す.これを見て,最小分解能がサブ
ナノも可能ではないかと考えている.サブナノだと分子の大きさ(ベンゼンが約 0.5nm?)に近い.これを
どのようにして実現するか.計測する環境を整えることが前提になるが,構成する全ての機器の高性能化が
求められている.そしてピエゾに変わるアクチュエータを提案したいと考えている.しかし,空気圧はピエ
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ゾに比べ剛性が低い.これは負荷とのマッチングを考えた場合は逆に非常に有利な特徴ではないかと思える.
この特徴を生かしてナノまたはサブナノの超精密位置決めができるかどうか.興味はつきない.油圧サーボ
弁の場合と同じように,マッチングするという定式化しにくい概念を具体例について定式化していけば,思
わぬ発見がある場合がある.工学は山歩きにたとえられる.思わぬ視界が開けることもあるし,新しい発見
に出会えることがある.そのために足腰を鍛えておくことが大切であろう.
4.おわりに
理工学離れが現実のようだが,なぜか.理工学が面白くないと感じているのだろうか.大学でも企業でも
理工学を面白いと感じてやっている人が少なくなってきたことにも一因があるように思われる.高橋利衛先
生や中田孝先生の手つきを真似て育った人は多いと思われるが,就職予備校と化した大学では「知的興味を
刺激する」というようなことを望むべきではないかもしれない.しかしいずれ振り子が振れ戻るときがある
と考える.そのときに備え準備おさおさ怠りなくというのが現在のわれわれの最優先課題かもしれない.率
先して研究なり開発を進め,知的興味を持ち続け,工学を愉しむことであるような気がする.
参考文献
1)高橋利衛:工学の創造的学習法,オーム社(1965)
2)Karnopp and Rosenberg : Analysis and Simulation of Multiport Systems, The M.I.T. Press
(1968)
3)堀幸雄:流体潤滑,養賢堂 (2002)
4)佐々木,平山: 精密圧力制御弁(NF 弁),平成 18 年春季フルードパワーシステム講演会, 49/51 (2006)
著者紹介
さ
さ き
かつみ
佐々木 勝美 君
1946 年 7 月 2 日生まれ
ピー・エス・シー株式会社代表取締役
フルードパワーシステム学会会員
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図2 力フィードバック方式サーボ弁の構成
図1
力フィードバック方式サーボ弁(MOOG 社)
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図3 整流絞りの形状
図 4 空気圧アクチュエータのステップ応答例
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