特別寄稿 音楽文化と国家予算 梅 谷 進 「音楽文化と国家予算」というと一見あまり相互関係がないように思われる方が多いかもし れない。しかし、現実にはこの二つは深く関わっているのである。このことについて論じて、 しょけん 諸賢のご意見を伺ってみたいと思う。 と 戦後、我国は目覚ましい経済発展を遂げ、西洋音楽の水準も飛躍的に向上した。毎年主要な 国際音楽コンクールで日本人が上位入賞を果たすなど、世界的な名声を得た演奏家も数多く輩 出している。 また、東京、大阪などの大都市を中心に国内外の演奏家による各種の演奏会が毎日毎夜開催 らんじゅく されていて、日本の音楽文化はまさに爛熟しているように見える。 いまや、辛口の日本楽壇において高い評価を得ることが国際的な演奏家の必須の条件の一つ であるとまでいわれるほどになっている。 わず しかし一方で、我国の国家予算に占める文化予算の比率は僅か0.12%に過ぎず、先進諸国中 ちな 最低に近いのが現状である。因 みにドイツは0.39%、韓国は0.79%と実に約4〜7倍である (2008年度 文化庁調べ)。しかも、日本の文化予算はすべての文化芸術を対象としており、日本 の伝統芸能や大衆芸能、美術、文芸などなどあらゆる分野を含めたものであるから、我々が関 心をよせる芸術音楽の予算は本当に微々たるものである。この諸外国との違いは一体どこに理 由があるのだろうか。 端的にいえば「芸術は票に結びつかない」からである。急激な高齢化社会の到来で年々増加 しょうかん の一途をたどる社会保障費、累積する巨額の国債の償還と利払いに追われるなど財政は行き詰 はたん まり、財政破綻さえささやかれる政府は、それこそ「芸術文化どころではない」のかもしれな い。いずれの政党も選挙では福祉々々を連呼し、社会福祉といえばまさに草木もなびく有様で あるが、ついぞ芸術文化予算の充実を訴える声を聞いたことがない。 音楽の勉強にいそしむ若い人たちは、文化予算などよりも自分の演奏技術の向上を目指して けんさん 各個人がそれぞれ研鑽努力することこそが大切と考えると思う。だが、欧米の音楽留学事情を 32 特別寄稿 見ると、日本人留学生の最も強力なライバルは今や中国人であり、韓国人なのだ。 いずれの国際コンクールにおいても、こうした国の人たちが行く手に立ちはだかっている。 国民一人当たりの所得は、日本に比べてまだまだ低いはずなのにどうしてこのような現象が起 きるのか。 これは、それらの国々の人々がかつての日本人のように他国に追いつき、追い越せという上 昇志向が強いことにもよるだろうが、結局芸術文化というものを重要な国家戦略の一環と考え、 政府が国家予算を通じて若い芸術家を支援するシステムが背後にあるためではなかろうか。 しさく 本稿の誌面には限りがあり、その具体的な施策についてすべて例をあげて検証することはで きないが、見方を変えれば留学生支援策の差によって才能ある日本人の芸術家の卵は、知らな いうちにいわば「円高に苦しむ輸出産業」のような不利な競争を強いられているともいえるの ではないか。 ドイツは主要都市に国立の音楽大学があり、授業料も無料である。また、国立歌劇場は、オ ーケストラ、合唱団、劇場の専門スタッフなどの給与がすべて国費で支えられているので、音 楽関係者の生活は安定し、市民は安い料金でオペラを楽しむことができる。 日本のオーケストラが公的な援助を年々削減され、いずれも赤字に苦しんでいるのとは大違 いである。 このような現象はスポーツでも見られる。ゴルフ、フィギュアスケート、卓球など多くの種 目では韓国人、中国人が常に上位を占めている。サッカーや野球などの団体競技でも実力が向 おど 上して日本を脅かす存在になっている。 また、2000年以降の日本の自然科学分野におけるノーベル賞受賞者数は10名で、アメリカに 次いで世界第2位であるが、目先の費用対効果を重視して科学予算がどんどん縮小されるようで は、基礎研究の裾野が狭まり、研究環境が悪化してあらゆる先端技術において日本が遅れをと り、将来取り返しのつかないことにならないかと心配されている。 国会議員が、いや議員を選ぶ国民一人ひとりが芸術文化、科学技術、スポーツ振興に対して 意識改革をする必要があると思うのだがどうだろう。我国にも超党派による「音楽議員連盟」 なるものが一応あるのだが、まだ見るべき成果を上げるには至っていない。国家予算から見る と日本は経済大国ならぬ「文化小国」なのである。 いうまでもなく優れた音楽は、心を楽しく豊かにし、ひいては精神を高みに導いてくれる、 人生にとってなくてはならぬものである。この素晴らしい芸術にふれる喜びと音楽のもつ力を 再認識し、音楽文化を大切に育てていきたいものである。 芸術文化の水準は、経済的な視点とはまた別のその国の国力を示すものであり、高度の文化 を育む国は世界から尊敬されるのである。 (うめたに すすむ 本連盟専務理事) 33
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