自動和声付与システム”CMY”

情報処理北海道シンポジウム 2014
自動和声付与システム”CMY”
エバンズ
ベンジャミン ルカ*
棟方 渚**
小野
†
北海道大学大学院情報科学研究科
哲雄***
1 はじめに
自動作曲システムには,旋律を生成するものの他に,
旋律に合う伴奏を生成するものなどがある[1].楽曲生成
の手法については,先行研究で様々なものが用いられて
いる.その一例として,遺伝的アルゴリズム[2],確率モ
デル[3],ルールベースドシステム[4]などがあげられる.
我々は,日本の音楽教育で広く使われてきた『和声-理
論と実習-』に記述されている和声の禁則をルールベー
スとして実装し,入力された旋律に和声付け(和音付け)
を行うシステム”Composing Music for You (:CMY)” [6,7]
を構築してきた(図 1).
和声学とは,もともとクラシック音楽から派生し,和
音の協和・不協和や,和音の連結に関する規則を体系的
にまとめたものである.和声学の教科書『和声-理論と
実習-』[5]は日本の多くの作曲者がその基礎教育の中で
共通して学習していることが知られている[8].『和声-
理論と実習-』では,特に禁則の学習に重点を置いてい
る.楽曲の和声は禁則に反さない限り,基本的に良好と
される.
これまでの”CMY”では,探索時間が長く,リアルタイ
ム作曲に利用しにくいという点や,また,入力はバスパ
図 1:”CMY”の概要
題」や「ソプラノ課題」と言った課題が用意されている.
これら課題では,与えられた旋律(バスパートやソプラ
ノパート単独の楽譜)に,学習者が適切な和音進行を割
り振り,それに基づいて 4 声体の残りの声部を追記して
いく(図 2).一般的にこれらの課題には,禁則に反し
ない良好な解(許容解)が多数あるが,『和声-理論と
実習-』には一問につき一つの解のみが掲載されている.
本研究では,ルールベースとして記述しやすい規則群を
持っていること,また実装を確かめることに利用できる
テストデータ(バス課題など)とその解答例も取得でき
ることなどの理由から,『和声-理論と実習-』の内容
をルールベースに実装することにした.
2.2 提案手法
我々が実装してきた自動和声付与システム”CMY”は,
ートの楽譜に制限され,現実のアプリケーションとして
与えられた楽譜に対する許容解を探索し,その中から一
必要な作曲の柔軟性に欠けているという点もあった.そ
つ以上を出力する.具体的には,
『和声-理論と実習-』
こで本研究では,”CMY”の内部構造を改め,グラフ構造
1 巻に学習内容の総括として記載されている「原則的な
でデータを表現し,解探索時間の効率化を試みた.また,
公理」から禁則を 11 規則選び,実装した.なお,シス
バスパート以外の任意のパート譜も入力可能とし,より
テムに和声学の規則が正しく実装されていることを確
柔軟な作曲機構を目的として再構築した.
かめるために,『和声-理論と実習-』に記載されてい
2 システム概要
るバス課題を入力として与え,その出力結果に『和声-
2.1 和声学とバス課題
我々は,ルールベースを利用するアプローチで,入力
理論と実習-』の模範解答が含まれていることを確認し
た.
これまでのシステムでは,探索時間の削減のために,
の旋律に和声付けを行うシステムを開発した.ルールベ
禁則ではないものの,初修者が体得すべきとされている
ースを用いた自動作曲手法は,多くのシステムで利用さ
「標準配置の法則」や「推奨則」など,教科書内に記載
れている.システムに実装される作曲規則のルールベー
されているヒューリスティック的な規則も実装してい
スは,システム設計者が自ら構築する場合と,既存の音
た.一方で,内部表現やアルゴリズムが冗長的で,教科
楽規則体系を実装する場合とがある.
書の課題よりも長いバス譜(30 音程度以上)に対する解
島岡らがまとめた『和声-理論と実習-』には,学習
した内容の定着を図るための演習問題として,「バス課
答の探索に数分から数十分以上要していたという問題
もあった.
情報処理北海道シンポジウム 2014
また,バスパート以外のパート譜を入力した場合,シ
ステムが教科書に記載されている模範解答を含む,複数
の許容解を出力することを確認した.
3 終わりに
本研究では,我々が構築してきた,和声学の禁則を利
図 2:バス課題の解答例([5] 第Ⅰ巻 p.41 課題 9-1)
用した自動和声付与システム”CMY”に施した実装の拡
張と,それによって得られた実行時間の向上について報
そこで本研究では,システム内部での楽曲構造をグラ
フ表現で表すようにシステムを改善した.入力された楽
譜の各音に対してシステムは設定可能な和音を列挙し,
そのそれぞれに対して 4 声を定めた和音をノードとして
揃える.その中から和声の禁則に反するノードを除いた
後,各ノードから隣接する音のノードへのリンクをすべ
て調べ,禁則に反しないリンクのみを結ぶ.結果として
システムは,各入力音に対して設定可能な和声音をノー
告した.今後は転調や借用和音,予備などに関する和声
規則を追加で実装し,更なるシステムの拡張を図る.ま
た,実装した規則群を一つの和声評価機構として整理し,
他の自動作曲システムに加えることのできるモジュー
ルとして再構築する予定である.また,そのように”CMY”
を実際の作曲モジュールとして公開した場合,和声を意
識しない他の自動作曲システムの作曲精度の向上にど
のように貢献できるかを検討していく.
ドとし,和声音の連結可能性を有向リンクとして持った
木構造のグラフを生成する.根ノードからはじまり葉ノ
参考文献
ードで終わる経路は全て,入力の旋律に対する許容解を
[1] 松原 正樹,深山 覚ら: 創作過程の分類に基づく自
表し,どれも和声の禁則に反しないことになる.
本研究では更に,入力の楽譜形態に設けていた制限を
動音楽生成研究のサーベイ,コンピュータソフトウ
ェア,2013.
緩和し,どのパートの楽譜を入力しても,そこから派生
[2] S. Phon-Amnuaisuk and G. A. Wiggins, “The Four-Part
する 4 パートの楽譜を出力できるようにした.これまで
Harmonisation Problem: A Comparison Between Ge-
のシステムでは入力をバスパートの楽譜に限定してい
netic Algorithms and a Rule-Based System,” in Proc.
たが,本研究ではソプラノ・アルト・テナーも含めた 4
AISB’99 Symposium on Musical Creativity, Edinburgh,
パートどの楽譜が入力できるようにシステムを拡張し
1999.
た.実装の確認として,『和声-理論と実習-』に掲載
[3] F. Pachet, P. Roy, and G. Barbeiri, "Finite-length Mar-
されているバス課題の模範解答から,バス以外のパート
kov Processes with Constraints," in Artificial Intelli-
を一つ抜き取り,そのパート単独の楽譜を入力として与
gence. AAAI Press, 2011, pp. 635-642.
えた時のシステム動作を確認した.
シ ス テ ム は Java で 構 築 し , 入 出 力 の 楽 譜 は 全 て
MusicXML 形式とした.実装を確認するために入力とし
て与えたバス課題などの楽譜も,事前に MusicXML デー
タとして用意したものを利用した.
2.3 評価
一般的なバス課題は,入力旋律の和声的構造により,
各音に配置できる和音の個数が変化し,同じ音数の異な
る入力でも,その解探索に要する時間は大きく変わる.
これまでのシステムでは,教科書の実装範囲から 52 題
の課題を入力したところ,十数音の課題に対しても数百
秒のオーダーで許容解を出力していた.内部構造を改善
した新しいシステムでは,同じ課題を入力した場合,ど
れも 1 秒以内に許容解を求めていた.
[4] K. Ebcioğlu, “An Expert System for Chorale Harmonization,” in Proc. AAAI Conf. on Artificial Intelligence,
Philadelphia, 1986, pp.784-788.
[5] 池内 友次郎, 島岡 譲ら: 和声-理論と実習-I,
II,III, 別巻,音楽之友社,1964.
[6] Benjamin Evans,東条 敏,棟方 渚,小野 哲雄:
Composing Music for You:ユーザの嗜好を取り入れ
た和声学に基づく合唱譜自動作成システム,情報処
理学会, 2013.
[7] エバンズ ベンジャミン ルカ,棟方 渚,小野 哲雄:
和声学に基づく合唱譜自動作成システム”CMY”-転
回系の実装と評価-,情報処理学会研究報告,日本
情報処理学会,2013.
[8] 江村 伯夫, 三浦 雅展: 情報技術に基づく作編曲の
現状, 音響学会誌, 2011.