中性子関連技術解説書 中性子利用技術名;金属の集合組織 解説書作成者 ;技術士 氏名 山本 元 1.はじめに 金属材料の降伏応力や加工硬化などの機械的特性、磁化特性はミクロな材料組織に敏感に 依存しています。従って所定の材料特性を達成するためには、材料のミクロ組織を定量的 に把握し、これを制御することが重要になります。材料のミクロ組織は、一般にX線回折 によって測定されていますが、中性子回折を用いると材料の深部まで測定できること、軽 元素と重元素が含まれる材料に対しても正確に測定できるなど、多くの優れた面がありま す。さらにパルス中性子を利用した飛行時間法によると、測定は短時間で済むため、材料 製造中のミクロ組織変化をその場で測定することも可能になります。ここでは、ミクロな 材料組織として金属材料の集合組織を取り挙げ、中性子を利用した測定技術とその応用に ついて解説します。 2.概要 一般に多くの工業材料は多結晶構造をしており、各結晶粒ごとに結晶の向きが異なっています 。 この様な金属を加工(塑性加工)したり、熱処理(再結晶化) を行う と、結晶粒の向きはランダム で なくある方位に優先的に配向した多結晶体となります(図 1)。この様に配向性を持った多結晶の ことを「集合組織」を有する材料といいます。この様な材料においては結晶方位によ り、機械的、 磁気的特性が異なる ため 、材料の方向によっては加工が困難になっ たり、磁化されやす くなっ た りします 。こ のため 、材料内部の結晶の配向に関した情報を得て、集合組織の発生を制御するこ とは非常に重要となりま す。中性子は電荷を持たないため、材料内への侵入深さがⅩ線に比べ て数ケタ大きく、材料内部の情報を得る ための強力な非破壊的測定プローブ になっています。 結晶粒 加工 結晶(面)の向き 図1 材料加工による集合組織化 3.中性子利用の集合組織測定の原理 結晶面の向き 金属中の結晶の向きを調べるには図 2 で示すような ? 中性子回折法を用います。結晶は規則的に配列してい ? るので波長の揃った中性子ビームを結晶面にあてる d と、ある角度に強い回折を起こします。この時の反射 ビームの角度から結晶の向き(結晶面の法線方向)を 2dsin? =n? 知ることが出来ます。通常の工業材料は配向方向の異 d:原子網面間の距離 λ:中性子の 波長 θ:中性子ビーム入射角 n:反射次 数 なる結晶粒が集合した多結晶体であり、回折線の強さ を測定することによって結晶粒の配向状態を知るこ -1- 結晶面 図2 集合組織測定の原理 とが出来ます。実際には、材料中には多くの結晶面が存在するので、予め結晶面を特定し、 その面の方位分布を極点図、あるいは方位分布関数を用いて示します。これらの図は、材 料の方位を基本座標軸としてその面上に結晶面の法線の向きを等高線で表す方法です。 4.技術解説 中性子ビームを用いて測定している様子を図 3 に示し ます。これは角度分散法による測定装置です。中性子 ビームは原子炉JRR-3から取り出し、エネルギー を均一化した後、試料に入射します。試料は回転治具 に固定し、回転させながら入射ビームに対し角度を変 化させます。試料からの特定の回折中性子を測定する ため中性子検出器が移動するようになっています。 中性子線を利用した方法では、一般のX線利用に比べ て以下のような利点があります (1)中性子は透過能が高いために材料全体を代表す る平均集合組織を測定することができ機械的特 性等との関係を正しく知ることが出来ます。 図 3 原子炉中性子・角度分散 法による集合組織の測定の様子 資料提供 JAEA/KEK J-PARCセンタ- (2)中性子の散乱は原子核との散乱であるため、元素の重さによらず、重い元素の材料も 軽い元素の材料も同程度に測定できます。 (3) 壊さなくても、材料内部の組織状態を調べることが出来ます。 (4) 平均集合組織を表す全極点図を得るのに、X 線では反射法と透過法を併用して測定 データを継ぎ合わせることが必要ですが、中性子では一度に測定出来ます。 (5)飛行時間法では短時間で測定できるので、加熱冷却による相変態や再結晶に伴う集合 組織形成過程の時分割測定が可能です。 5.産業応用の事例 ここでは代表的な2つの応用事例について紹介します (1)自動車用材料: 自動車の安全対策と燃費改善のため に車体の軽量化と、高強度化が重要な課題になっています。 その有効な対策の一つとして高張力冷延鋼板の採用が進ん でいます。この場合、プレス成形加工が施されるため、単に 強度が高いだけでなく、優れた延性、絞り性を必要とされま す。このような特性を有する材料として固溶体強化能の大き い P、Mn、Si を添加した IF 鋼板が実用に供されています。 図 4 は成形性に優れた IF 鋼板の集合組織を表した 例です 。 図の結果では結晶の方位は等高線で示され、等高線が密にな った方位に結晶面が配向している状態を示しています。また、 図 4 IF 鋼の集合組織例 マグネシウム合金は実用金属の中で最も軽量であり,アルミ ニウム合金に次ぐ軽量化材料として注目されています。しかし、 -2- 資料提供 JAEA/KEK J-PARCセンタ- 板材圧延時に強固な集合組織を形成して、室温では成形が困難であるとされています。最 近、中性子回折によって熱処理によって集合組織の集積度は緩和されること、集合組織の 集積度低下に伴い、冷間曲げ加工における最小曲げ半径は小さくなり、加工性が向上する ことなどが明らかになりました。 (2)方向性電磁鋼板:省エネルギーの社会的要請から電磁鋼板の磁性向上が求められて います。鉄単結晶の磁化しやすさは方向によって異なります。磁化容易方向に結晶粒を配 向させた集合組織制御鋼板は変圧器の鉄損(エネルギー損失)を小さくできます。磁性を 向上させる有効な手段は鉄結晶の最容易磁化方向<001>軸の配向を調節する集合組織 制御技術です。所要の集合組織は変圧器と回転機器用途で異なり、それぞれ一方向性、無 方向性が必要とされます。 ① 一方向性電磁鋼板 <001>軸を圧延方向に並列させることにより製造します。最近、圧延方向への<001 >軸の集積程度が 7°から3°までに向上し、鉄損値(エネルギー損失)として15%の 改善効果賀得られています。 ② 無方向性電磁鋼板 発電機、回転機器用材料には板面内のあらゆる方向にほぼ均等に軟磁性を示す無方向性電 磁鋼板が必要とされます。その集合組織としては板面に{001}面が平行で、その面内で <001>方向が一様に分布したものが好ましいとされています。これに近似した集合組織 が高圧延率の冷延後の焼きなましにより得られ、利用されています。 6.今後開発が必要な周辺機器・技術 陽子 (1)飛行時間法による測定方法・ ターゲ ット データ解析法の確立 加速器 パルス 中性 子 飛行時間法を模式的に示すと図 5 の様になります。加速器から スリッ ト の陽子が中性子発生用ターゲッ 試料 トにぶつかった瞬間にパルス状 に中性子が発生し、それぞれの 中性子 検出器 中性子 中性子はエネルギーが違うため、 検出器 異なった波長で試料にぶつかっ 測定領 域 てきます。このため試料と検出 ビーム 遮蔽体 器の角度を固定した状態でもそ れぞれの波長に対応した干渉波 形が得られます。すなわち1回 の測定ですべての回折プロファ 図5 イルを得ることができ、測定時 飛行時間法による測定模式図 資料提供 JAEA/KEK J-PARCセンタ- 間が 1/1000程度短縮出来ます。 この方法を用いると、引っ張り試験中の原子配列変化や相変態過程における集合組織 -3- 変化のその場測定が可能となります。 (2)回折プロファイル解析技術の高度化 中性子回折プロファイルには集 合組織のほかに多様な情報を含 回折強 度 加工材 料 んでいます。例えば、積分強度(回 基本材 料 折プロファイルの面積)から結晶 構造パラメータ(分率座標、占有 回折角 2θ 率、原子変位パラメータ)、プロ ファイルの広がりから格子面間 隔の歪みと結晶サイズが分りま す。これらの情報を用いて解析す ると、集合組織の他に転位密度や 転位セルサイズといった多くの 図 6 解析ソフトのよるプロファイル解析例 ミクロ組織を評価できるように 資料提供 JAEA/KEK J-PARCセンタ- なります。図 6 に伸線加工に伴う材料強度変化とミクロ組織の関係をプロファイル解 析した一例を示します。 (3)高温加工装置と検出器の増設による加工熱処理中の集合組織形成過程その場測定技 術の開拓 7. まとめ 一般に、金属材料の集合組織の測定にはⅩ線回折や EBSD 測定が用いられていますが、い ずれも金属表面近傍の情報しか得られず、材料全体を代表する平均集合組織を得るのは困 難です。中性子回折を使うと材料深部に亘って組織の情報を得られるため平均集合組織の 測定が可能になります。さらに回折プロファイルについて適切な解析を施せば転位密度、 結晶サイズといったミクロ組織因子について定量的な評価が可能になります。組織制御に よる高強度化、加工性、磁化特性に富んだ材料を目指す材料製造メーカや使用時の予期せ ぬ破壊事故を防止したい各種企業にとって中性子を用いた本技術は極めて有力な手段にな ると期待されています。 8. 参考文献 1)鈴木徹也:「中性子回折の材料工学への活用」 、電気製鋼 第 77 巻 1 号、2006 年 2 月 2)松尾宗次:「鉄鋼材料の集合組織」 、鉄と鋼 第 67 年(1981)第 9 号 3)秋庭義明:「新しい光源による応力評価」 、材料 第 54 巻 7 号、2005 年 7 月 4)今瀬肇ほか:上期課題 17 RESA「材料強度とミクロ組織因子の定量的関係の解明」 担当者氏名 -4- 茨城県技術士会 山本 元
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