2年B組道徳学習指導案 平成17年10月20日 第4校時 授業者 清水

2年B組道徳学習指導案
平成1 7年10月2 0日
授業者
第4校時
清水
辰弥
1.主題構成表
主題名
勤労の尊さ (中学 校2年 )
■資料の分析
・魚屋を営む父の仕事を手
伝ったことから、学校で
「 な ま ぐ さ い 」と 言 わ れ 、
妹の入院で店が忙しくて
も、どうしても手伝うと
いう返事ができない主人
公信夫の弱さに共感する
こと がで きる。
・店の信用とお客さんへの
サービスを大切にし、誠
実に働く父の姿を見て見
ぬふりをする信夫は、ど
うにも落ち着かない気持
ち で い る 。「 ぼ く が 行 っ て
やるよ」と大声を出した
とたんに胸のつかえがう
そのようにとれた信夫の
気持ちに共感することが
でき る。
・学級委員の原さんたちの
ことばにさらにふっきれ
た信夫は、手伝いをして
風呂に入る。魚のにおい
にうっとりとする信夫の
思いを十分に考えさせる
こと がで きる。
資 料名「 ぼくは魚屋 」
■内容項目 4−(5)
勤労の尊さやその意義を
理 解 し 、勤 労 を 通 し て 社 会 生
活の発展・向上に貢献する。
■生徒の実態
・職場体験学習を通して、社
会で働くことの喜びや厳し
さについて体験を通して学
んでき て いる。
・掃除や係活動では自分に与
えられた仕事はできるが 、
心を込めて進んで取り組め
なかったり、困難なことか
ら逃げようとしてしまった
りする こ とがある。
■要因となる意識
・人のために役に立つことの
喜びを十分にとらえておら
ず、自分がやらなくても誰
かがやってくれるだろうと
考えて い る。
■価値の分析
・働く こと(勤労)は、人
間生活を成立させる基
本的な要件である。ま
た 、勤 労 は 自 分 の た め だ
け で な く 、社 会 生 活 を 支
え る も の で も あ る 。勤 労
を通して社会に奉仕し、
貢献するということを
自 覚 し 、充 実 し た 生 き 方
を追求し実現していく
こ と は 、一 人 一 人 の 幸 福
にも つながる。
・自 分 の 進 路 や 職 業 に つ い
て関心が高くなってく
る こ の 時 期 に 、個 人 の 立
場を越えて社会全体の
利益を大切にする心と、
公共の福祉のために自
ら進んで尽くそうとす
る態度を育成すること
により、社会生活の発
展 ・向 上 に 貢 献 し よ う と
する生き方につながる
よう 支援したい 。
■ねらい
忙しいとは知りながら手伝えなかった主人公の心情を通して、 勤労の尊さを重んじる生
き方 をもとに、 奉仕の精神を もって自ら 進んで働 こうとする態度を 育てる。
■展開の構想
・ 学 校 で 仲 間 か ら 嫌 が ら せ を 受 け 、妹 の 入
院 で 店 が 手 の 足 り な い 状 況 の 中 で も「 手
伝 う 」と 言 え な い 信 夫 の 気 持 ち を 理 解 さ
せた い。
・誠 実 に 働 く こ と に 誇 り を も つ 父 の 姿 を 見
て、落ち着けないでいる信夫の気持ち
や 、手 伝 う こ と を 決 め て 胸 の つ か え が と
れた信夫の気持ちに十分に共感させた
い。
・ 手 伝 い を 終 わ っ た あ と 、魚 の に お い に う
っとりとする信夫の思いを考えながら、
自分の中にも働くことに喜びを感じる
心が あることに 気づかせたい 。
■基本発問(◎中心発問)
○ 妹 が 入 院 し て 忙 し そ う な 店 の 様 子 を 、信
夫は どんな気持 ちで見ていた だろう。
◎お父さんと竹さんが休みなしで働いて
いる姿を見てみぬふりをして二階に上
が っ た 信 夫 が 、「 ど う に も 落 ち 着 け な か
った 」のは、 ど んな気持ち か らだろう 。
○ 手 伝 い を 終 え て 風 呂 に 入 っ た 信 夫 は 、両
手 に し み こ ん だ 魚 の に お い を 、ど ん な 思
いで 胸いっぱい 吸い込んだの だろう。
○ 信 夫 の よ う に 、人 の た め に 働 い た 後 に 喜
びを 感じた経験 はありません か。
2.学習指導過程
学習活動
導 1. 資料と本時 ねらう価値へ の導入を 図 る。
入
展
開
前
段
展
開
後
段
留意点
・ 登場人物を確認しなが
ら黒 板に位置づ ける。
2 .資 料 を 視 読 し 、主 人 公 信 夫 の 気 持 ち や 考 え 方 に つ い て ・ 資 料 の 主 人 公 の 生 き 方
や考え方の共感できる
話し 合う。
とこ ろに線を引 きなが
① 妹 が 入 院 し て 忙 し そ う な 店 の 様 子 を 、信 夫 は ど ん な 気
ら資 料を読むよ うに事
持ち で見ていた だろう。
前に指示をする。
・妹 が 盲 腸 で 入 院 し て 、店 が 忙 し く て 大 変 な の は 分 か
る け れ ど 、学 校 で「 な ま ぐ せ え 」と 言 わ れ る の が 嫌
・ また 学校で嫌な ことを
だ。
言われるかもしれない
・と うちゃん、 竹さん、ごめ んなさい。
という不安から、手伝
えな いでいる信 夫に共
②お 父さんと竹 さんが休みな しで働いて いる姿を 見て
感さ せていく。
見 ぬ ふ り を し て 二 階 に 上 が っ た 信 夫 が 、「 ど う に も 落
ち着 けなかった 」のは、どん な気持ちか らだろう 。
・お 母さんは、 入院している恵美にほと んど眠らず 付 ・ もや もやした気 持ちで
落ち 着けないで いる信
添い 、お父さん も竹さんも休 みな しに働いている。
夫の 思いに十分 共感さ
手伝 ってまた学 校で嫌なこと を言われる のは嫌だけ
せる。
れど、みんなが困っているし、どうしよう。
・お 父さんは店 のために、家 族のために 一生懸命に働
いて いるのに、 お得意さんの 注文を断っ たら、店の
信用 が落ちてし まう。何とか 役に立ちた いんだけ れ
ど・・・。
③ 手 伝 い を 終 え て 湯 船 に つ か り な が ら 、信 夫 は 両 手 に し ・ 不 安 を 乗 り 越 え 、 手 伝
いをしたことに満足感
みこんだ魚のにおいをどんな思いで胸いっぱい吸い
でい っぱいの信 夫の心
込んだのだろう。
情を 深く考えさ せた
・よ く働いたな 。働くって気 持ちがいい なあ。
い。
・魚 のにおいも まんざらでは ないぞ。
・ も う 「 な ま ぐ さ い 」と 言 わ れ た っ て 平 気 だ 。こ れ か ※「 う っ と り 」に 込 め ら れ
た思 いに共感さ せる。
らも 店の手伝 い をがんばるぞ。
3. 価値の内面 的自覚を図る 。
○ 信 夫 の よ う に 、人 の た め に 働 い た 後 に 喜 び を 感 じ た 経 ・ 自 分 の 中 に あ る 働 く 喜
びを 感じる心に 気づい
験は ありません か。
・は じ め は 家 の 手 伝 い を 嫌 々 や っ て い た が 、仕 事 の 後
た生 徒を価値付 け、意
図的 に指名する 。
「 あ り が と う 」と 言 わ れ 、「 や っ て よ か っ た な 」と
思っ た。
・地 域 の リ サ イ ク ル 活 動 に 参 加 し て 、は じ め は 面 倒 だ
な と 思 っ た が 、終 わ っ て み る と さ わ や か な 感 じ が し
た。
・こ の 前 の 職 場 体 験 学 習 で 、心 を 込 め て 丁 寧 に 仕 事 を
し た ら 認 め ら れ て う れ し か っ た 。こ れ か ら は 、人 の
ため になる仕事 を進んでやっ ていきたい と思う。
終 4.教師の説話を聞く。
末
○「 森 下 町 防 災・防 犯 チ ー ム 」の 一 員 と し て 、地 域 の 役 ・ 人 の 役 に 立 つ 生 き 方
に、自信と勇気がもて
に立 ちたいと取り組んでいる 教師の思い や考えを語
るよ うにする。
る。
3.道徳の時間(本時)と他の教育活動との関連
〈場の内容・ねらい〉
総合的な学習の時間
「職場体験学習の交流会」
・職場体験学習を終えて、体験を通して
学んだ「働くことの厳しさや喜び」を
交流する。
日常活動
「仲間のために働
く姿のよさ見つけ
活動」の展開
帰りの会
・心のノート
P98∼101 を
活 用 し、 人
の た め に働
くことにつ
い て 考え る
場 を 位 置づ
ける。
道徳の時間
・係活動、生徒会
活動、掃除など
における「仲間
のために働く」
よさ見つけ活動
を位置づける。
・この活動を展開
す る 中 で、「 働
く」ということ
について感じた
こと、考えたこ
とを心のノート
P100 に記入させ
る。
資料名
「ぼくは魚屋」
内容項目4−(5)
総合的な学習の時間
「本物の生き方を追求しよう。
」
・自分の関心のある職業について、体験
やインタビューなどの方法で調査する
活動を通して、将来への目標をもてる
ようにする。
・自分なりに誇りのもてる本物の生き方
を探しながら、目標に向けて努力を続
けることができる態度を育成する。
〈生徒の意識〉
〈指導・援助〉
・将来の夢を持つことの
大切さを感じた。
・他の人と協力して行う
仕事に憧れるようにな
った。
・どんな仕事についても
誇りをもって真剣に働
きたい。
・体験学習を行って、や
っぱり保育士になりた
いと思った。
・どんな仕事も大変。楽
な仕事はない。
・自分が仕事をするなら、
やっぱり好きな仕事が
いいのかな。
・笑顔で働くことが大切
だな。
・楽しさの前に必ず厳し
さがある。厳しさを乗
り越えて一人前の美容
師になりたい。
・体験を通して「働く
ことの厳しさや喜
び」を実感すること
ができたことを価
値づける。
・自分が人の役に立て
たことに喜びを感
じている姿を意図
的に価値づけ、働く
ことの目的と意義
について考えてい
くためのキーワー
ドとして方向づけ
る。
・それぞれの感想に込
められた、働くこと
に対する多様な思
いや実感をお互い
に大切にさせる。
・与えられた仕事はやら
なくてはならないけ
ど、面倒なことはでき
ればやりたくない。
・仲間のことを考えて仕
事 を し た こ と で喜 ん
で も ら え る と本 当 に
うれしいな。
・面倒なことはできれ
ばやりたくないと考
える弱さは誰にでも
あることを自覚でき
るようにする。
・仲間のことを考えて
働いたことを価値づ
け、広げる。
・仲間や家族、地域のた
め に 仕事をした 後は
さ わ やかな気分 で気
持ちがいい。これから
は、進んで人のために
働いていきたい。
・学校や家庭、地域、
職場体験学習など
の体験とつなぎな
がら、道徳的価値の
自覚を深めるよう
にする。
・自分の好きなことやお
金を稼ぐことのため
だけでなく、人のため
に な る よ う な誇 り の
も て る 生 き方 を 追 求
していこう。
・社会に貢献している
こ と に 充 実 感や 喜 び
を 感 じ て い る生 き 方
に 触 れ な が ら追 求 で
きるようにする。
ぼくは魚屋
﹁なまぐせえな。おい信夫、くせえから向こうへ行ってろ。
﹂
ストーブを囲んでいるとき、ぼくは、いきなり隆にどなられた。
﹁ほんとだ。ほんとにくせえや。
﹂
国夫が、わざわざぼくのそばへきて鼻をくんくん言わせた。ぼくは、むっとして、
﹁なにが臭いんだ。変なことを言うな。
﹂
と、やり返した。
﹁おめえ、なまいきだぞ。なまぐせえから、なまぐせえと言ったんだ。うそだと思うなら、ほかの者にも聞いてみろ。
﹂隆が、ぼくをじっと
にらみながら、おどすように言った。
ぼくの家は、駅前どおりの魚屋である。場所がら、勤め帰りのお客さんも多く、夕方は特に忙しい。いつもはお店など手伝うことはない
のだが、たまたま前の日は、おとうさんに頼まれて配達をしてやったのだ。
その日、学校から帰ると、おとうさんと店員の竹さんがてんてこ舞いをしていた。そのとき、電話のベルが鳴った。ふたりとも手が離せ
そうもなかったので、ぼくが電話に出た。
﹁もしもし、魚繁ですが。
﹂
﹁柳町どおりの太田ですが、おさしみを三人前届けてほしいんですが。
﹂
﹁ちょっとお待ちください。とうちゃん、太田さんでおさしみを三人前届けてほしいって。
﹂
﹁いま、お店のお客さんでせいいっぱいだ。信夫、おまえ届けてくれないか。
﹂
﹁おれ、やだよ。かあちゃんはどうしたの。
﹂
﹁恵美が盲腸を手術したんだ。かあちゃんが付き添っている。
﹂
﹁恵美が盲腸だって。それでどうなの。
﹂
﹁手術は順調に行ったから、心配はないらしい。それで、配達はどうするんだ。
﹂
﹁おれ、いやだよ。きょうは宿題だってあるし。
﹂
﹁しょうがないな。きょうは手がないから配達できませんって断わりな。
﹂
お得意さんに悪いとは思ったが、隆たちのことを考えると、ぼくは、この日はとても手伝う気にはなれなかった。それからも何回かの電話
注文があったが、みな断わってしまった。
ぼくは、すきを見てそのまま二階の自分の部屋に上がったが、教科書を開いても勉強に手がつかなかった。恵美のことも気になるし、家
にいてもお店の様子が頭にちらつくので、病院に行ってみることにした。
病院にはいると薬のにおいがぷーんとした。恵美は病室でよく眠っていた。
﹁かあちゃん、恵美、どんな?﹂
ぼくは、恵美を起こさないように、小声でたずねた。
﹁手術がうまく行ったので、一週間ぐらいで退院できるそうだよ。
﹂
﹁そう、よかった。でも痛いだろうな。
﹂
﹁そりゃ、おなかを切ったんだからね。ところで信夫、お店のほうはどうだった。
﹂
﹁うん。とうちゃんと竹さんが忙しくて、まごまごしていたよ。お客さんが何人も待っていたしね。
﹂
﹁そうだろう。かあちゃんも、お店のことが気がかりなんだよ。でも、恵美が小さいから、かあちゃんは付き添っていなければならないも
のね。信夫、悪いけど、おまえ、帰って少しお店を手伝ってくれないか。
﹂
﹁これから宿題だし、手伝う時間なんかないよ。
﹂
ぼくは、
﹁なまぐさい。
﹂と言われるからいやだ、とは言えなかった。
﹁信夫、毎日手伝えと言っているんじゃないだろう。恵美が入院して、どうにもならないから頼むと言っているんだよ。
﹂
おかあさんにそこまで言われても、ぼくはどうしても、手伝うという返事ができなかった。
夕方、店をしまってから、今度はおとうさんが病院に出かけた。恵美は麻酔が切れて痛がっていたが、診察の結果では心配はいらないと
のことだった。おとうさんと入れ違いに、竹さんも病院へ行った。
夕飯はふたりだけでさびしかった。ぼくは、おとうさんに、
﹁きょう、お店を休めばよかったのに。
﹂
と聞いてみた。おとうさんは、
﹁けさは恵美がなんともなかったから、魚を仕入れたんだ。それを休んで日を置けば、それだけ魚の活きが悪くなる。新しい活きのいいの
を売ることで、うちは信用を得ているんだ。だいいち、急にお店を休んだんじゃあ、お得意さんに迷惑をかけることになる。
﹂
と答えて、ぼくの顔を見た。
﹁だって、恵美が入院したんだから、しょうがないだろう。
﹂
﹁そうは言っても、お客さんにいちいち恵美が病気でと、言いわけしてまわるわけにもいかないだろう。お客さんは、うちのサービスが悪
ければ、ほかの店に行ってしまうよ。
﹂
おとうさんの話を聞きながら、ぼくは、学校から帰ったときに電話を受けた太田さんのことを思い浮かべた。
翌日、学校の帰りに病院に寄ると、恵美は、しきりに痛がっていた。おかあさんは、一晩じゅうほとんど眠らなかったらしかった。顔に
もやつれが見えていた。
家に帰ると、この日もおとうさんと竹さんは、休みなしに働いていた。それを見て見ぬふりをして、ぼくは二階に上がったが、どうにも
落ち着けなかった。そのとき、
﹁はい、なんとも申しわけありません。
﹂
と、おとうさんが電話の注文を断わっている声が聞こえてきた。
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﹁とうちゃん、ぼくが行ってやるよ。
﹂
ぼくは、思わず下に向かって大声で叫ぶなり、階段を駆けおりた。大声を出したとたんに、胸のつかえが、うそのようにとれた感じだった。
﹁信夫、ほんとに行ってくれるか。
﹂
﹁うん、いいよ。
﹂
﹁そうか。そうしてくれると助かるよ。もしもし、つごうがつきそうなのでお受けします。
﹂
おとうさんは、ぼくを横目で見ながら、笑顔で声をはずませた。
ぼくは、もう一度二階にもどって、すばやく学生服をジャンパーに着替えると、さしみのはいった箱を自転車に積んだ。注文さきの小林
さんの家に行くには、バスどおりをとおらなければならない。ぼくは、隆たちに見つからなければいいがと思いながら、さしみがくずれな
いように、ゆっくり自転車を走らせた。
次の日、教室にはいると、ぼくはさっそく、
﹁くせえのがきたぞ。
﹂
と、隆たちにやられた。配達しているところを、どこかで見られたにちがいなかった。そうでなければ、下着まで取り替えてきたんだから、
臭いはずはないと思った。
﹁どうして、ぼくのことを臭いなんて言うんだ。
﹂
﹁おめえ、きのう魚の箱を自転車に積んで運んでいたじゃねえか。くせえに決まってらあ。なあ、国夫。
﹂
隆が、子分のようにいつもくっついている国夫と顔を見合わせた。
﹁そうだ、そうだ。いつだって、おめえはくせえや。魚のにおいがしみついちゃってらあ。
﹂
﹁うちは魚屋だ。きのうは魚を配達したよ。だけど、ふろにはいって下着まで取り替えてきたんだから、臭いわけはない。
﹂
﹁いくら洗ったって、取り替えたって、くせえのがとれるもんか。
﹂
国夫は、どこまでも食いついてくる。ぼくは、あきらめて、とりあわないことにした。そうすれば、相手もはりあいがなくなって、やめる
だろうと考えたからだ。
ところが、隆たちは、それをいいことにして、そのうち店の悪口まで言いはじめた。
﹁川瀬んとこの魚は、半分腐ってるんだろう。だから特別くせえんだ。
﹂
これには、ぼくもがまんがならなかった。とっさに隆に飛びかかったが、体力のないぼくは、反対に隆にねじふせられてしまった。
﹁隆君たち、もういいかげんにやめたらどうなの。
﹂
それまで黙って見ていた学級委貝の原さんが、きつい声で隆をたしなめた。
﹁うるせえなあ。おめえなんか、ひっこんでろ。
﹂
隆がどなった。
﹁おかしなこと言わないでよ。隆君たちはけさから、信夫君をいじめてばかりいるじゃないの。そんなこと、男らしくないことだとは思わ
ないの。
﹂
﹁そうよ、そうだわ。臭くもないのに臭いだなんて。
﹂
﹁川瀬君が家の手伝いで、魚を配達したのはりっぱなことじゃないの。
﹂
原さんに続いて、吉井さんと池内さんが隆たちに食ってかかった。さすがの隆たちも、これには閉口したようだった。おかげでぼくは、そ
の場をのがれることができたが、原さんたちのことばに、ちょっぴり自分が恥ずかしかった。
その日は、学校から帰るなり、ぼくはジャンパーに着替えて店におりた。店さきには三人ばかりお客さんがいたが、一番うしろのおばさ
んの注文は、まだ、おとうさんにも竹さんにも通じていない様子だった。
﹁いらっしゃい。何をさしあげますか。
﹂
とっさのことだのに、案外すらすらとことばが出たのが、われながら不思議だった。
﹁あの、さんまの開き三枚と、あじを五匹。三枚におろしてくださいな。
﹂
注文は聞いたものの、ぼくには、三枚におろすことなんかはできない。
﹁とうちゃん。あじを三枚におろしてよ。
﹂
﹁はいよ。あじを三枚にね。
﹂
おとうさんの返事は、あいかわらず威勢がよかった。
﹁信夫、きょうも配達を頼むよ。
﹂
おとうさんに言われたのをこれ幸いと、ぼくは配達にまわった。
三軒ばかり配達をすませて帰ると、ちょうどお客さんのたてこんでいるさいちゅうだった。ぼくは、また店に出てお客さんの応対をした。
﹁いらっしゃい。何にしましょうか。
﹂
﹁そのさば二匹、三つに切ってくださいな。
﹂
﹁はい。ちょっとお待ちください。
﹂
ぼくは、さばを竹さんのところへ持っていこうとしたが、竹さんは、はまちを料理していて、すぐには終わりそうもない。お客さんを待た
せても悪いと思って、ぼくはそれを隣のまないたに載せると、ほうちょうを手に取った。胸がどきどきしてきた。
それでも、思いきってさばの腹にほうちょうを入れると、思ったより簡単にすっと切れた。気をよくして、今度ははらわたを出そうとし
たが、これはうまくいかない。二回、三回とやりなおしているうちに、はらわたがくずれてきた。
﹁どれどれ、貸してみな。いいかい、はらわたはここで、口とえらにつながっているんだ。だから、ここをこう、ほうちょうの先で切って
引けば取れるんだ。
﹂
手のすいた竹さんが、さばの腹を広げ、手もとが見えるようにして実際にやって見せてくれた。切り身の切り方も教えてくれたが、ぼくに
はとてもやれそうになかった。ぼくはあきらめて、お客さんの応対と配達だけを引き受けることにした。
店をしまうと、ぼくはすぐ、ふろにはいった。湯船に疲れたからだを投げだしながら、ぼくは両手をかわるがわる鼻さきに近づけて、魚
のにおいを胸いっぱいに吸いこんだ。この日ばかりは、そのにおいがぼくをうっとりさせた。
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