松木恒男氏からの手紙

北方山草 14 (1996)
松木恒男氏からの手紙
札幌市
はじめに
高野英二
について執筆され、グラビアページには梅
北見にお住いの松木恒男氏から北海道開
沢俊氏が北海道に自生するカラフトアツモ
拓記念館括資料目録第 1
7集(昭和 6
0年
リソウとして礼文島と北見の写真を掲載し
3月)をお贈りいただいた。
ておられる。
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,にアツモリソウの標本(収蔵詳号
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iの松木氏採集のアツモリソウの椋本
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)があり採集地は網走者1津別 l
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写真は(資料1)、梅沢氏のカラフトアツモ
年月は 1
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1(昭和 4
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)年 6月と記載されて
リソウによく似ているので疑問をもつよう
いる。
になり、いつの日にか採集者の松木氏にお
たずねしたいと思っていた。
私はラン科ホ直物について以前から興味を
もっていたが、意識して絶滅危倶植物とし
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6年 1月、会友からカラフ↑アツモリ
て遠ざけていた。しかし会誌第 1
3号に吉野
ソウの記述のある植物研究雑誌をいただい
博吉氏が、トL
丈島のカラフトアツモリソウ
た。そのー古¥
1を次に記載する(資料 2。
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資料一 2
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) の名が与えられた.その 1
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