IPv4アドレス枯渇問題とその分析

特集
IPv6ソリューション
IPv4アドレス枯渇問題とその分析
IPv4Address Shortage Problem and its Analysis
在庫が無くなるのが2012年5月12日、RIRの在庫が無くなる
1. はじめに
のが2013年の5月27日と予測している[3]。いずれの予測も、
(1)
IETF においてIPv6の基本仕様が固められたのが1995年、
2003年当時の予測から枯渇時期が大幅に早まっている。
日本で最初のGlobal IPv6 Summit in Japanが大阪で開かれ、
このように予測枯渇時期が早まったのは、先にも述べた通り
産官学一体となった普及啓蒙活動が大々的に始まったのが
昨今の IPv4アドレス割り振り量の増大が原因である。では何
2000年である。それから何年もかけて、IPv6はゆっくりと
故、今割り振り量が増加しているのであろうか。
実用化への向けての取り組みが進められてきた。2006年の
(1) 日本や韓国はもとより、米国や中国など世界的に、常時接
年初には、米国政府に続き、わが国でも IT戦略本部中心に IT
続・ブロードバンドが家庭に浸透してきたことにより、ダ
新改革戦略がまとめられ、その中で電子政府ネットワークの
イヤルアップ環境時と比較するとユーザ1人あたりの必要
IPv6化を2008年度末までに完了させるという具体的な目標
アドレス数が飛躍的に多くなった。
が示された。いよいよ IPv6もブレーク前夜といえるだろう。
(2) IP電話、オンラインゲームなどグローバル IPアドレスの
割り当てでないとサービスを受けられないアプリケー
ションが増えた影響で、今までプライベート IPアドレス
2. アドレス枯渇予測
の割り当てを行っていた事業者が、順次グローバルアドレ
過去にもグローバル IPv4アドレスの枯渇時期に関しては
スの割り当てに切り替えてきている。
様々な予測があった。代表的なものは、2003年7月にAPNIC
(3) RIR/NIRのアドレスポリシーの運用も、以前と比べると緩
のGeoff Huston氏が発表したものである[1]。同氏はアドレ
い方向に変化してきている。また、アサインメントウィン
ス割り当て累積量がほぼ線形であり、アドレス在庫が無くな
ドウという事業者の裁量に任せる割り当てシステムが順調
(2)
るのが2021年と予測した。アドレス割り当て組織であるRIR の
に機能しはじめてきており、申請者側の申請バリアを下げ
もつ詳細かつ信頼のおけるデータを用いて解析したということ
るなどスムーズに割り当てプロセスが回るようになり、結
もあり、以来、同氏の予想が広く引用されるようになった。
果として割り振り量が増えている。
ところがこの予想が発表された後から IPv4アドレスの消費
もちろんこれまで示したデータはあくまで予想であり、実際
ペースが加速する動きを見せ始めた。RIRが公開している統計
に枯渇するX年は種々の要件によって左右されるだろう。しか
資料から集計した結果によると、2003年の1月∼10月に
し上記の(1)∼(3)のような状況が世界の各地で起こっていく
(3)
)
ことを考えると、IPv4アドレスの消費ペースがさらに早まる
だったのに対し、2004年 の同期間に割り振られたホスト数は
ことは考えられても、遅くなるとは考えにくい。加えて「駆け
割 り 振 ら れ た ホ ス ト 数 が 約 66
, 64万ホスト(39
. 7×/8
1 億 1,104万ホスト(66
. 2×/8)、2005年の同期間にいたって
は1億4,854万ホスト(8.85×/8)となっている。
256
この増加傾向を見て、2005年の夏あたりから IPv4アドレ
/8の数
Poly Expon Expon Linear
5yr
5yr
10yr
10yr
224
スの枯渇時期の予測を見直す動きが始まっている。まず、
CISCO Systems社のTony Hain氏が Internet Protocol
Journal の2005年9月版[2]で、「現在の消費ペースが続く
192
160
とすると、早くて2009年、遅くとも2016年には在庫が枯渇
128
する」と発表した(図1)。
これを受け、Geoff Huston氏も自身のモデルにより枯渇時
(4)
期の予測を見直した結果、2005年11月9日現在、IANA の
4
Jan Jan Jan Jan Jan Jan Jan Jan Jan Jan Jan Jan Jan Jan
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 17 19 21
図1 Tony Hain氏による枯渇時期予測
(1)IETF(Internet Engineering Task Force)
(2)RIR (Regional Internet Registry):現在、北米、中南米、欧州、
アフリカ、
アジア太平洋の五地域に1つずつ設置されており、
アジア太平洋地域のものがAPNIC (http://www.apnic.net/) 。
(3)/8:アドレス空間の大きさの表記。IPv4では256×/8 のグローバルアドレスが割り振り可能。
(4)IANA (Internet Assigned Number Authority):RIRの上位組織にあたり、RIRに対しアドレスの割り振りを行う世界で唯一の組織。
INTEC TECHNICAL JOURNAL
2006
第6号
込み需要」として、無くなる前にアドレスを申請してしまおう
と考えられる。またある時期を越えると、ある種のソフトウェ
という動きが起こるのも間違いない。また(3)に関連して、アドレ
アは IPv4のサポートを打ち切られていたり、ある種のサービ
スルールとしても現在、IPv4アドレスを使いきったときの再申請
スは IPv6だけで展開されているかもしれない。
特
集
の基準をさらにゆるくしようという提案が最終投票段階にあり、
これがもし可決されれば枯渇時期はいっそう早まるであろう。
一方では、枯渇時期を遅らせるような要因も存在する。IPv6
4. おわりに
への移行状況もひとつの大きな要因であるが、その他にも
しかし、枯渇のX年はいつかという予測はさまざまな要因で
Geoff Huston氏は未使用アドレスの回収・再利用をあげてい
読みが外れることもあろうかと思う。予測を正確に行っていく
る。しかしTony Hain氏は、使っていないアドレスの回収・
こともさることながら、より重要なのは、アドレス枯渇という
再利用が効率よく行われるとは思えないとしており、回収・再
事象をリスク管理という観点でみることであろう。ISPにとっ
利用は多少の延命策にしかすぎないと見るのが妥当である。
ては IPv4新規顧客がとれなくなるということにどう事前に対
応するかを考える必要がある。また、企業ネットワークも次期
3. アドレス枯渇への対応
システム更新時期までに IPv4アドレスがなくなり、そのため
に余計なコストを払わなければならない可能性もある。ひとつ
いよいよ枯渇時期があと2年などというように目前に見えて
の環境変化要因としてアドレス枯渇というリスクをネットワー
きたときの IPv4アドレス割り振り/割り当て状況はどうなる
ク運営計画のひとつのパラメタとしてしっかりと見据えておく
であろうか? 既にアドレスの割り当てを受けている企業ネット
べきである。
ワークが直ちに IPv4アドレスが使えなくなるわけではないが、
(5)
一方で ISP は新規の
IPv4顧客受付を停止せざるをえない。
そのような状況で、前述した駆け込み需要をはじめとして、場
合によってはアドレスのブラックマーケット化、国間や組織間
でのアドレス分配の不公平さへの不満など、アドレス割り振り
/割り当て業務周辺ではかなりの混乱があると考えられる。
J P N I C(6)は I P v4 ア ド レ ス 枯 渇 に 対 す る 提 言 書 を 2006年
4月に公開しており、参考になる[4]。
唯一かつ根本的な対応は IPv6の導入と移行であろう。たと
えばテレビ放送の分野では、地上アナログ波の2011年停波が
決定しており、それに対応する移行策が政府、民間レベルでさ
まざまにはかられている。それに比べると最悪ケースでは地上
アナログ波の停止よりも先に IPv4アドレスが枯渇するかもし
れないのに、インターネット分野ではIPv6への導入は遅れて
いるといわざるを得ない。
IPv6の製品や運用技術はすでにレディになりつつあり、実
システムへの IPv6導入を促進していく必要がある。新規シス
テムは IPv6上に構築し、システム更新時期を迎えたシステム
荒野 高志
ARANO Takashi
も IPv6対応にしていくなどという取り組みが必要となるだろ
う。次回の更新時期にはもはや IPv4のアドレスは枯渇してい
株式会社インテック・ネットコア
代表取締役社長
●
る可能性もあり、更新時期と更新時期の間に IPv6移行を実施
せざるをえない可能性とその際のコストデメリットを考えると、
当初から IPv6対応にしておくことは十分な理由があることだ
(5)ISP(Internet Services Provider)
(6)JPNIC (JaPan Network Information Center):IPアドレスなどのネットワーク資源を扱う国内唯一の組織。
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