リアルとネットを組み合わせた地域・大学連携の研究

リアルとネットを組み合わせた地域・大学連携の研究
小出秀雄(西南学院大学)
Keyword: 実践コミュニティ、コミュニティカフェ、Facebook ページ
1.本研究の目的
西南学院大学教育インキュベートプログラム「姪浜西
なリアルな行動をどう喚起しているかを、具体例を挙げ
つつ分析する。
南大学まち」(Meinohama Seinan Univer“City”)は、学生
の社会力向上と地域(商店街)の活性化を目的とした、
2015 年度後期から 2018 年度後期の3年間の取組である
(図1、小出(2016))
。
姪浜西南大学まちの発足時に掲げた目的は、以下の3
つである。
(1)姪浜地域(商店街)と本学が、対等に頻繁に交流す
るしくみと雰囲気をつくる。
(2)学生が常に社会人とコミュニケートすることにより、
学生の社会力の向上を促す。
(3)学生の斬新な発想と地域との協働で、歴史と文化が
豊かな姪浜地域を盛り上げる。
2.研究のキーワード
実践コミュニティは、ウェンガーほか(2002)が提唱し
ている新たな学習の形態である。
実践コミュニティの定義は、
「あるテーマに関する関心
や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持
続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」である
(ウェンガーほか(2002) 33 頁)
。すなわち、図2で示さ
れるように、各人の参加の度合いが高まることによって、
学びを深く実感し、そのコミュニティのコアに近づいて
いく、あるいは新たなコアができる、というダイナミック
な空間である。
これらの目的を達成するためには、全体の雰囲気とし
ての「実践コミュニティ」(Communities of Practice)、地
域と大学のリアルな交流拠点である「コミュニティカ
フェ」
(本研究の場合「M's コミュニティ」
)
、そしてリア
ルな出来事をネット空間で共有する「Facebook ページ」
の3つが必要である。
図2 コミュニティへの参加の度合い
(出所:ウェンガーほか(2002) 100 頁)
実践コミュニティにはさまざまな形がありうるが、姪
浜西南大学まちが想定しているのは、本学経済学部小出
ゼミの学生だけでなく、他学部・他学科あるいは他大学の
図1 姪浜西南大学まちのイメージ(筆者作成)
学生が気軽に参加するとともに、社会人、地域の方も自発
的に参加するコミュニティの創出である。そこに関わり
本研究は、開始から約1年が経過した姪浜西南大学ま
続けることで自分の可能性、他人との交流の面白さに目
ちにおいて、M's コミュニティがどのようにアナログで
覚めた参加者は、新たなコミュニティに参加したり、自分
リアルな交流を生み、Facebook ページなどのネット空間
たちでコミュニティを創ったりするようになる。
でその交流情報がヴァーチャルに共有され、さらに新た
地域と大学がリアルに連携するためには拠点が必要で
あるが、それは地域に開かれ、地域の課題を解決するため
実践コミュニティをより活動的にするためには、アナ
のコミュニティでなければならない。福岡市西区・姪浜の
ログでリアルな拠点であるコミュニティカフェと、Social
M's コミュニティでは、日々オープンなイベントが開催
Networking Service (SNS)である Facebook ページを、
され、気軽に立ち寄った学生が地域の方と話し、課題を自
積極的に組み合わせることが有用である。地域・大学連携
分事としてとらえるようになる(図3)
。
に SNS を用いることによって、自分たちが取り組んでい
倉持(2014)は、コミュニティカフェを、
「飲食を共にす
ることを知ってもらい、多くの人に参加をよびかけるこ
ることを基本に、誰もがいつでも気軽に立ち寄り、自由に
とができる。コミュニティカフェで行われている日々の
過ごすことができる場所」
(30 頁)
と端的に定義している。
イベントが、SNS で発信あるいはシェアされることに
同時に倉持は、コミュニティカフェにはこの定義に収
よって、そんな楽しい場所があるのかと関心をもっても
まらない、さまざまな特徴があると指摘している。例えば、
らい、参加してもらう効果が生まれる。
地域の問題解決を図る、飲食だけでなく交流する、新しい
つながりが生まれる、新たな社会貢献のあり方の一つ、小
規模で運営や利用の自由度が高い、などが挙げられる(倉
持(2014)125-127 頁)
。M's コミュニティはこれらの特徴
をほぼすべてもっているため、コミュニティカフェであ
るといえる。
コミュニティカフェはリアルな存在であるが、小規模
であるがゆえに、世間の話題になるための情報宣伝が必
要である。どんなに有意義なことをしていても、知られな
図4 Facebook ページ(筆者管理)
ければ意味がない。そこで、コミュニティでの出来事を主
<https://www.facebook.com/meinoseinan/>
催者自らがネットで発信したり、その出来事をリアルに
体験した人が発信したりなどの行動が重要である。
3.気軽に集える M's コミュニティ
商店街などに象徴される地域と大学が密接に交流する
には、その地域の中心部に、地域の方や学生が気軽に集え
る拠点を設けるのが効果的である。
筆者が姪浜西南大学まちを構想している段階で、この
取組で連携する姪浜商店会連合会(3つの商店会の連合
体)が、旧唐津街道に面したアパートの1階の空き店舗を
借り、人が集まり地域が活気づく「フリースペース」
(自
由に利用できる場所)を作りたい、と提案してきた。
姪浜に学生が遊びに来て、その地域の方とじっくり交
図3 大学と地域の交流拠点(筆者撮影)
流するためには、学生や地域の方の「たまり場」が必要で
ある。姪浜商店会連合会の拠点設置提案は的を射たもの
また、連携するもの同士の物理的距離を埋めるために
であり、その提案をもとに連合会が主体となって、福岡市
も、ネットの活用が不可欠である。図1の地図から見てと
の「地域との共生を目指す元気商店街応援事業」助成金を
れるように、実践教育のフィールドである姪浜と、本学が
獲得することができた。
ある福岡市早良区・西新は少し離れているため、授業や他
当初しばらく、このフリースペースという仮称を使っ
の活動が忙しい学生は姪浜の情報になかなかふれること
ていたが、正式名を決める連合会の会合において、ある若
ができない。また、姪浜の方も西新に来ない限り、大学の
い商店主が、
「姪浜の(新しい)コミュニティ」を表現す
最新情報に接することはできない。
る M's コミュニティという名称を提案した。この軽快な
以上の理由から、お互いの情報をリアルタイムで共有
響きが、新しいことをやろうと意気込む年配の商店主た
するために、Facebook ページおよびそれを閲覧する端末
ちにも受け入れられ、全会一致でこの名称に決まった。筆
(PC、スマートフォンなど)が有用である(図4)
。
者もこの会合に出席していたが、エネルギーが一気に高
まった雰囲気をよく覚えている。
2015 年 10 月 24 日、西南学院大学学長も参列する中、
学連携の拠点を創り、交流の機会を広く設けることに
よって、それがなければ出会わなかった人たちが出会い、
M's コミュニティは正式にオープンした。コミュニティ
新しい関係やコミュニティが生み出されている。地域に
の管理主体である姪浜商店街の女将さんを応援する会
おけるアナログな人付き合いが減っている中で、M's コ
「あこめっこ」に、コミュニティのレンタル料金(1時間
ミュニティに行けば必ず誰かと出会い、対話する中で自
500 円)を支払うだけで、常識の範囲内で何をやってもよ
分が何者であるかを確認し、独自のアイデンティティを
い。地域住民を含む社会人はコミュニティ内で英会話、料
確立できる。
理、手芸、認知症予防などのレクチャーを開催したり、入
筆者もたびたび M's コミュニティに通い、大学の教員
口付近で無農薬野菜や駄菓子、アクセサリーを販売した
は社会にとってどういう意味があるのかを自問している。
りしている。
また、学生が M's コミュニティで何かを催す場合、レ
4.Facebook ページでリアル情報を共有
ンタル料を徴収していない。九州大学理学部の学生が小
姪浜におけるアナログでリアルな人的交流の意義を、
学生向けの折り紙・手品教室を開いたり、西南学院大学経
少しでも多くの人に知ってもらうためには、SNS を活用
済学部の学生が映画鑑賞会を楽しんだり、複数の大学の
するのが有効である。SNS にはほかに Twitter や LINE
学生が企画会議に集まったりと、若者の能力や趣味を披
もあり、それぞれに利点があるが、われわれは学生と社会
露できるコミュニティは、地域の方との距離を近くする。
人がともに多く利用している Facebook を活用している。
さらに、毎週火曜日の「おしゃべりカフェ」
(10 時~15
Facebook はパソコンやタブレット、スマートフォンなど
時)
、毎週金曜日の「夜カフェ」
(19 時~21 時)は、異業
で気軽に操作することができ、体験を共有するツールと
種交流、世代間交流の場として、社会人および学生の双方
して最適であると考えている。
に人気である。おしゃべりカフェは一律 300 円、夜カフェ
Facebook ページ「姪浜西南大学まち」では、管理者(1
は社会人 2,000 円、学生 1,000 円を支払えば、飲み物や
名)や編集者(2016 年 8 月 1 日 15 時時点で学生・社会
お菓子、おつまみ等を十分に楽しむことができる。
人計 18 名)が記事を投稿し、あるいは他の記事をシェア
することによって、学生から見た地域の魅力、地域の方か
ら見た大学の魅力などを、不特定多数の人たちに向けて
発信している。
記事の種類はさまざまであり、姪浜あるいは西新のイ
ベントの告知や開催報告、ゼミの商店街研究の様子、学生
による姪浜グルメリポート、Twitter 的な一言メモなどを、
自由に発信あるいはシェアしている。
Facebook は情報がどんどん下に流れていくため、重要
なことが見逃されてしまうリスクはある。また、ネット検
図5 夜カフェ(筆者撮影)
索をしても Facebook の記事は引っかからない。SNS は
基本的に情報がフローする空間であり、情報を分類しス
図5のように、毎回出席の常連の方と、噂を聞いてある
トックしていくホームページやブログと性質が異なる。
いは知人に連れられて来た方がまず自己紹介し、お互い
その一方 Facebook は、ページに「いいね!」をすれば
の共通点を探り、徐々に打ち解けあっていく。学生はコ
そのあと更新されるたびに情報を見ることができ、
「いい
ミュニケーション能力を鍛えつつ、社会人の生き方を直
ね!」などのリアクション(超いいね!、うけるね、すご
接教えてもらえる。一方、社会人はそれぞれ豊富な人生経
いね、など)やコメントを通じて閲覧者と交流できる。ま
験を語るとともに、現在の学生からエネルギーやアイデ
た、随時イベントページを作り、各人に参加をよびかける
アを受け入れ、さらに面白いことをしようと意欲を高め
ことができる。
る。このような交流をきっかけに、意気投合した者同士が
コラボレーションするケースも多い。
M's コミュニティというアナログでリアルな地域・大
これらの利点はやはり魅力的であり、姪浜西南大学ま
ちが正式に発足する(2015 年 7 月 1 日)以前から、
Facebook ページを頻繁に活用しつつ、
「ボランティア募
集」
「企画コンテスト参加者募集」など、情報を一定期間
がわかりやすく、ネットで見られる可能性が高いことが
固定しておくためのブログを補完的に使っている。その
わかる。
際、まずブログで告知し、それを Facebook ページでシェ
アするという手順を取ることによって、ブログ上のアク
セス数と「いいね!」を増やすことができる。
5.小 括
姪浜西南大学まちという地域・大学連携を行うにあ
Facebook ページ
「姪浜西南大学まち」
の閲覧者は、
2016
たって、実践コミュニティという、オープンでダイナミッ
年 8 月 1 日 15 時時点で 308 件(個人・団体)である。
クな空間を創ることを目指している。その結果、筆者のゼ
図6は、2015 年 7 月 1 日~2016 年 7 月 31 日の 13 カ月
ミの学生だけでなく、他学部・他学科あるいは他大学の学
間に及ぶ、投稿リーチ(投稿が配信された人の数)の推移
生が気軽に参加するとともに、社会人、地域の方も自発的
である。また図7は、同期間のリアクション、コメント、
に参加するコミュニティが生まれつつある。
シェアの推移である。管理者や編集者がこのような統計
さらに、近隣大学の学生有志が「姪浜を元気にする学生
情報「インサイト」を無料で見られるのも、Facebook ペー
の会」
、西南学院の OB・OG 有志が「西南姪浜会」とい
ジの大きな魅力である。
う団体を結成し、姪浜地域を盛り上げる斬新なイベント
を開催している。既存のイベントに参加し続けることで
コミュニティのコアに近づき、そして自分たちで新たな
コアを作るといったプロセスは、まさに実践コミュニ
ティそのものである。
このコミュニティを支えているのは、アナログでリア
ルな拠点である M's コミュニティ(コミュニティカフェ)
と、
そこでの実践内容をネットに発信する Facebook ペー
ジである。ほとんどの参加者は M's コミュニティを訪れ、
図6 Facebook ページの投稿リーチ
そこでの交流を楽しみ、スマートフォンなどで情報を
<https://www.facebook.com/meinoseinan/insights/>
日々共有している。その積み重ねで、姪浜という地域の独
自のブランドが創られつつある。
最後に、学生は Facebook をあまり利用していないと
いう実態があり(学生は LINE を使っている)
、他の手段
で補完する必要があることを、課題として挙げておく。
引用・参考文献
[1]ウェンガー、エティエンヌ、リチャード・マクダーモッ
ト、ウィリアム・M・スナイダー著、野村恭彦監修、野
図7 Facebook ページのリアクションなど
中郁次郎解説、櫻井祐子訳(2002)『コミュニティ・オブ・
<https://www.facebook.com/meinoseinan/insights/>
プラクティス』、翔泳社(原著:Wenger, Etienne,
Richard McDermott and William M. Snyder (2002),
以下、個別データに基づく分析結果のみを紹介する。
2015 年 7 月 1 日~2016 年 7 月 18 日に発信された 453
記事のリーチとリアクションの関係を見ると(7 月 19 日
16 時~18 時に調査)
、写真などの画像がある記事(271
Cultivating Communities of Practice, Harvard
Business School Press)
。
[2]倉持香苗(2014)『コミュニティカフェと地域社会―支
え合う関係を構築するソーシャルワーク実践』明石書店。
個)の方が、画像がない記事(87 個)に比べて、リーチ
[3]小出秀雄(2016)「福岡の人的ネットワークを活用した
がはるかに多く、リアクションも多い。また、他の記事に
教育プロジェクトの“学生活性化”効果」
『地域活性研
リンクした記事(93 個)も、画像ありの記事に及ばない
究』第 7 巻、238-246 頁。
ものの、リーチとリアクションが多い。
したがって、画像などのデータを添えた発信は見た目
~地域活性学会第8回研究大会、小出秀雄<[email protected]>~