中山幹夫・武藤滋夫・船木由喜彦編『ゲーム理論で解く』有斐閣 2000年 第3章 「公共財供給」をゲーム理論で解く 西條辰義・大和毅彦 3.1 公 共財 と は A 君 と B 君は ,A 君 のア パ ー トで 一 緒 にビ ー ルを 飲 みな が ら, テ レビ で広 島 ―巨 人 戦を 見 よう と いう こ とにな っ た . とこ ろ が, あ いに く A 君の ア パ ー ト には缶 ビ ー ル が 一本 し かな か った .ケチな A 君 は ,缶 ビ ー ルは 自分 が 買 って き たも の だから と 言 っ て, 一人 で 全部 飲 んで し ま った . 怒 っ た B 君 は 自分 の家 に 帰 り, そ の夜 は 二人別 々 に ナ イ ター を テレ ビ 観戦 す ること に な っ た. A 君 が 缶 ビ ー ル を 飲 ん で し まっ た の で , B 君 はそ の 同 じ 缶 ビ ー ルを 飲 む こ と が で き なかった.このように,ある人が消費したならば,他の人が消費できなくなるような 財・ サ ー ビ ス を 「 私 的 財 」 と い う . 他 方 , A 君 が 自 分 の ア パ ー ト で ナ イ タ ー を 見 た か らといって,B 君が自宅でナイターを見られなくなるわけでない.このように,ある 人が消費しているからといって,他の人が消費することを妨げないような財・サービ スを 「 社会 財 」と い う. 社 会 財 の 持つ こ の 性 質 は ,「 消 費に 関 する 非 競合 性」 と 呼 ば れ る. プ ロ 野 球 の 巨 人 戦 は , 誰 で も 無 料 で 一 般 の テ レ ビ 放 送 を 通 じ て 見 る こ と が で き る . 一般のテレビ・ラジオ放送のように,社会財であって,全ての人が自由にアクセスで きる財・サービスを「純粋公共財」という.自由なアクセスは「消費に関する排除不 可能 性 」と も 呼ば れ る. 社 会 財 で は あ る が , ア ク セ ス が 自 由 で は な い 財 ・ サ ー ビ ス も 存 在 す る . 例 え ば , プ ロ 野 球 の 広 島 ―阪 神 戦 を 関 東 地 方 に お い て 見 る た め に は , 料 金 を 支 払 い , ケ ー ブ ル ・ テレビに加入する必要がある.ケーブル・テレビ放送,警備会社による防犯,有料の 公園,有料の道路,会員制のプールなどは,料金を支払わない人は利用できない.消 費に 関 して 非 競合 的 だが , ア ク セ スを 制 限 で き る 財 ・ サ ービ ス を「 排 除可 能 な 公 共 財 」 と呼 ぶ 文献 も 多い . 他 方 ,警 察 によ る 防犯,無 料 の 公園 ,無料 の 一般 道 路 ,公共の プ ー ル ,消 防 ,行 政, 公共の駐車場などは,誰でも自由にアクセスでき,消費に関して排除不可能である. しかし,利用者が非常に多い場合には混雑するため,消費に関して競合的になり,社 会財 と して の 性質 が 失われ る こ と もあ る . こ の よ う に , 実 際 の 多 く の 財 に 関 し て は , 消 費 に 関 す る 非 競 合 性 と 排 除 不 可 能 性 の 程度が異なっている.これら二つの性質を満たす度合に応じて,さまざまな財の分析 を行うことが可能であるが,以下では,両方の性質を十分によく満たす純粋公共財の ケー ス に焦 点 を絞 り ,純粋 公 共 財 を単 に 公共 財 と呼 ぶ こ とに す る. 私 的 財 に 関 し て は , 市 場 価 格 メ カ ニ ズ ム を 使 っ て 効 率 的 な 財 の 配 分 を 実 現 で き る こ とはよく知られており,これは「厚生経済学の基本命題」と呼ばれる(石井=西條= 塩沢 (1995) 第 6 章 を参照 ). し か し, 公 共財 が存 在 す る経 済 にお い ては ,効 率 的 な財 の配分を実現することは容易ではない.このことを,ゲーム理論の手法を用いて示し てみ よ う. 3.2 大 気中 の 有害 物 質削 減 ゲー ム オゾ ン 層を 破 壊す る フロン ,車 の 排気 ガ スに 含 まれ る 窒 素酸 化 物や 浮 遊粒子 状 物 質 , ダイオキシンなど大気中の有害物質の削減は,早急に解決が求められている重要な社 会問 題 の一 つ であ る .いま , 二 つ の隣 接 する A 国と B 国が , 大 気 中 の 有 害物 質 を削 減 する た めの 投 資を 国 家予 算 の 中 か ら行 お う と し て い る も のと し よう . これ は ,「 き れ い な大 気 」と い う公 共 財を二 つ の 国 で生 産 する ケ ース で あ る.二 つの 国 は隣接 し て お り, 自国の空気を相手国に使わせないようにすることは不可能である.例えば,A 国の投 1 中山幹夫・武藤滋夫・船木由喜彦編『ゲーム理論で解く』有斐閣 2000年 第3章 「公共財供給」をゲーム理論で解く 西條辰義・大和毅彦 資に よ り大 気 中の 有 害 物質 を 5% 削 減す る こと がで き た なら ば ,た と え B 国が全 く 投 資を 行 わな く ても ,B 国の 大 気中 の 有害 物 質は やは り 5%削 減 す る で あ ろう . よっ て , 各国における大気の有害物質量は同じで,両国の投資額の合計によって決まるものと する . また , 総投 資 額が増 加 す る ほど , 大気 中 の有 害 物 質は 少 なく な るもの と す る . 各国 の 総 予 算 はそ れ ぞ れ 3 千億 ド ル で , 簡単 化 の た め に , 有 害 物質 削 減 への 投 資 額 を千 億 ドル 単 位と す る.各 国 は 0, 1, 2, 3 の い ずれか 一 つ を 投資 額 (単 位 は千 億 ドル ) とし て ,お の おの 独 立に選 択 す る とし よ う. い ま,A 国の 投 資 額 を C A ,B 国の投 資 額 を C B と表 そう . 投資 を 行うこ と に よ って 得 られ る 便益 は , 表 2.1 に示 さ れてい る値 を とるものとする.ゲーム理論では「便益」は「利得」と呼ばれている.以下では利得 とい う 言葉 を 使う .表 2.1 に おい て ,行 は A 国 の投 資 額 を ,列 は B 国の 投 資 額 を表 す . また , 各マ ス の左 下 の数字 は A 国 の 利得 を ,右 上の 数 字 は B 国の 利 得 を 表し て いる . (こ れ らの 値 は,A 国 の利 得 = ( 3 − C A )2 (C A + C B )3 ,B 国 の利 得 = ( 3 − C B )2 (C A + C B )3 という利得関数に基づいて計算されている.これらの関数は,経済学でよく用いられ るコ ブ =ダ グ ラス 型 関数の 一 種 で ある .) 表 3.1: 大気 中 の有 害 物質 削 減ゲ ー ムの 利 得表 B国 CB = 0 CA = 0 A国 CA = 1 CA = 2 CA = 3 0 0 CB = 1 9 9 8 72 8 0 72 32 243 27 108 108 27 243 0 CB = 3 4 32 4 CB = 2 256 64 64 256 0 0 125 0 125 0 0 0 各国 の 利得 は 以 下 の よう な 特 徴 を 持つ .1) 自 国の 投 資 額が 変 わ ら な けれ ば, 相 手 国 の投資額が多くなればなるほど,自国の負担を増やすことなく有害物質は減るので, 利得 は 大き く なる . 例えば , A 国 の 投資 額 が 2 の時 ,A 国は , B 国が 投 資 額 を 0 にす れば 8,投 資 額を 1 にすれ ば 27, 投資 額 を 2 に すれ ば 64,投 資 額 を 3 にすれ ば 125 の 利得 を 得る . 2)総 投 資 額 が 一 定 な ら ば , つま り , 同 じ 有害 物 質水 準 を達 成で き る の で あれ ば , 自 国 の 投 資 額 が 小 さ い ほ ど 利 得 は 大 き く な る . 例 え ば , 総 投 資 額 ( C A + C B ) が 3 の 時,A 国 は投 資 しな れ けば 243, 投 資額 を 1 にす れ ば 108,投 資 額を 2 にすれ ば 27,投 資額 を 3 に す れば 0 の 利 得 を得 る .3) 有害 物 質 の削 減 は必 要 不可 欠な の で ,削 減 が 全 く 行 わ れ な い ( C A + C B = 0 ) 時 は , 利 得 は 必 ず ゼ ロ に な っ て し ま う . 4) 予 算 を 全 額 有 害 物 質 削 減 の た め に 投 資 し た ( 3 − Ci = 0 , i = A , B ) 場 合 も , 他 に は 何 も 購 入 でき な くな る ので , 利得は 必 ず ゼ ロで あ る. さ て , 表 3.1 の ゲ ー ム で は , 両 国 の 投 資 額 は ど こ に 落 ち 着 く の で あ ろ う か . こ の こ とを 考 察す る た め , ま ず ,B 国 の 投 資 額 が 与 え ら れ た と き , A 国 は ど れ だ け 投 資 す る 2 中山幹夫・武藤滋夫・船木由喜彦編『ゲーム理論で解く』有斐閣 2000年 第3章 「公共財供給」をゲーム理論で解く 西條辰義・大和毅彦 のが 最 適か を 検 討 し よ う . 最 初 に , も し ,B 国 の 投 資 額 が ゼ ロ な ら, A 国 は, 投 資 し なけ れ ば 0, 投資 額 を 1 に す れば 4, 投 資 額を 2 にす れ ば 8,投 資 額 を 3 にすれ ば 0 の 利得を得る.したがって,利得が最大になる投資額 2 を選ぶだろう.次に,もし,B 国の 投 資額 が 1 な ら ば,A 国 は , 投 資し な けれ ば 9,投 資 額 を 1 にす れ ば 32,投資 額 を 2 に すれ ば 27, 投 資額 を 3 に す れば 0 の 利 得 を得 る .よ っ て, 利 得が 最大 に な る 投 資額 1 を選 ぶ だろ う .同様 に ,B 国 の 投 資 額が 2 もし く は 3 の時 も ,A 国は自 国 の 利 得が 最 大に な る投 資 額 1 を 選ぶ だ ろう .A 国 の 投資 額 が 与え ら れた 時 におけ る ,B 国 の最 適 な投 資 額に つ いても , 同 じ こと が 成立 す る. 相 手 国の 投 資額 が 1 のと き に 自 国の 利 得を 最 大に す る 投資 額 は 1 であ る. こ の こ と は相 手 国も 同 じで あ る.よ っ て 両 国の 投 資額 が 1 に 落 ち 着 く と 予 測 す る のが 自 然 で あ ろう .この よ うに ,相手国 の 戦 略 に対 し て各 国 が最 適 な 戦略 を 選択 し ている 状 況 は「ナ ッシ ュ 均衡 」 と呼 ば れる. とこ ろ が,各 国が 共 に 1 ずつ投 資 する ナ ッシ ュ 均衡 は ,効率 的 では な い.な ぜ な ら , もし , 各国 が 共に 2 ずつ投 資 す れ ば, 両 国と も 64 の利 得 を 得 るこ と がで き, そ れ はナ ッシ ュ 均衡 に おけ る 利得 32 よ り 大 きい か らで ある . 一 方, 両 国と も 2 ずつ投 資 す る の はナ ッ シュ 均 衡と は ならな い . な ぜな ら ,相 手 の投 資 額 が 2 の場 合 は , 自国 の 投 資 額 を 2 か ら 1 に 減ら す ことに よ り 利 得を 64 か ら 108 に増 や し , 相手 国 の公 共財 の 投 資に ただ乗りできるからである.自国の利得のみを追求する結果,両国にとって最善の結 果を 得 るこ と がで き ないの で あ る . 以上のように,社会の参加者が自己の所有する私的財を自発的に出し合って,公共 財 を 生 産 す る 仕 組 み ・ 制 度 は 「 自 発 的 支 払 メ カ ニ ズ ム (voluntary contribution mechanism)」 と 呼 ば れ る . 上 記の 例 で は , ナ ッ シ ュ 均 衡 に お け る 公 共 財 への 総 投 資 額 は,効率的な公共財への総投資額よりも小さくなった.一般に,自発的支払メカニズ ムのナッシュ均衡における公共財の供給水準は,効率的な水準に比較して低いことが 知ら れ てい る (石 井 =西條 = 塩 沢 (1995)第 7 章を 参 照 ). 3.3 メ カニ ズ ムへ の 自発 的 参加 の 問題 前節で見たように,公共財が存在する経済においては,効率的な財の配分を達成す るの は 簡単 で はな い .とこ ろ が ,1977 年 のエ コ ノメ ト リカ の 論文 で グロ ブズ = レ ッ ジ ャードは,制度ないしはメカニズムをうまく設計すると効率的な財の配分を達成でき ることを示した.この論文以降,様々な性能のよいメカニズムが提唱されてきた(石 井= 西 條= 塩 沢(1995)第 7 章 を 参 照 ). 少な くと も 理 論的 に は長 年 未解 決だ っ た 公共 財供 給 の問 題 が解 け たと考 え ら れ てき た . し か し , こ れ ま で 提 案 さ れ て き た 一 連 の メ カ ニ ズ ム に お い て は , あ る 社 会 を 構 成 す る主体は必ず全員参加することが暗黙のうちに仮定されていた.公共財供給において 「ただ乗り」するというのは,公共財供給のメカニズムに参加せず,メカニズムへ参 加し た 主体 が 生産 し た公共 財 の 便 益を 享 受す る と考 え る のが よ り自 然 であろ う . こ の 不 参 加 に よ る た だ 乗 り の 問 題 は , 例 え ば , 国 際 公 共 財 の 供 給 に 関 す る 国 際 条 約 において重要となっている.一例として,地球温暖化を引き起こす二酸化炭素などの 温室効果ガスという国際公共財を削減する目的で作成されたメカニズムの一つである 「京都議定書」を考えよう.この議定書では,先進国やロシア,ウクライナ,東欧圏 諸国 な どの 市 場経 済 移行国 を 中 心 とす る 38 カ 国に 関 し て, 温 室効 果 ガス 排出 量 の 削減 目標を決定し,同時に目標達成のために排出権取引などを利用することを認めた.議 定書 は ,1997 年 12 月に気 候 変 動 枠 組条 約 の第 3 回締 約 会 議 と して 開 催され た 京 都 会 3 中山幹夫・武藤滋夫・船木由喜彦編『ゲーム理論で解く』有斐閣 2000年 第3章 「公共財供給」をゲーム理論で解く 西條辰義・大和毅彦 議に お いて 採 択さ れ ,2000 年 1 月 まで に 84 カ 国が 署 名 して い る. 議 定書発 効 の た め には , 少な く とも 55 カ国 が 批准 せ ねば な らな い. だ が ,2000 年 1 月現 在, 批 准 国 数 はま だ 22 に す ぎな い . 特 に , 世 界 最 大 の 温 室 効 果 ガ ス 排 出 国 で あ る 米 国 が , 議 定 書 の 批 准 に 関 し て 否 定 的 な 立 場 を と っ て い る 点 が 問 題 と な っ て い る . 議 定 書 の 批 准 に は , 米 国 上 院 議 会 で 2/3 以上 の 賛成 が 必要 と なる. し か し ,京 都 会議 前の 1997 年夏 に , 米 国 上院 議会 で は ,議 定書が米国経済に打撃を与えてはならない,途上国にも排出量削減目標を設定するこ とが必要である,これら二つの要件を満たさない議定書は批准しないという内容の決 議がほぼ全会一致でなされている.議定書発効のためには,先進国のうち批准した国 の 1990 年 CO 2 排出 量 合計 が , 先進 国 全体 の 排出量 合 計 の 55%以 上 で あ るこ と が必 要 とさ れ る. 米 国は 36%程 度 のシ ェ アを 占 める CO 2 排出 大 国 な の で, 米 国が批 准 し な い 場合,議定書の発効する可能性はかなり小さい.さらに,たとえ議定書が発効したと しても大きな効力はないであろう.なぜなら,批准(参加)しなければ議定書に従う 必要がなく,他の批准(参加)国が削減する温室効果ガスにただ乗りできるからであ る. 3.4 参 加ゲ ー ム 3.2 節で は, 二 つの 国 が共 に 自発 的 支払 メ カニ ズム に 参 加す る こと , つまり , 両 国 と も,大気中の有害物質を削減するために,国家予算から自発的に投資を行う制度に加 わることに同意していることを前提とした.しかし,国際条約を批准するか否かは各 国の判断に任せられている状況を考えると,各国がメカニズムに自由に参加するか否 かを決定できるケースを分析すべきであろう.以下では,このような状況では,両国 とも 参 加す る こと は ありえ な い こ とを 示 す. 各国 が 自発 的 支払 メ カニ ズ ム へ 参 加 す る か否 か を自 由 に 選 ぶ 状 況を , 以下の 2 段 階 から 成 るゲ ー ムで 表 現する . ま ず 第 1 段 階で , メカ ニ ズ ム に 参 加 す る か 否か の 意 思 決 定を 両 国が 同 時に す る.第 2 段 階 で は ,第 1 段 階で の 相 手国 の 意思 決 定を知 っ た 上 で, 「参 加 」を 選 んだ 国 は,有 害 物 質 削減 の ため の 投資 額 を 決 定 す る . 第 1 段階で 「 不 参 加」 を 選ん だ 国は , 第 2 段 階で 投 資を し ない . 図 3.1 参加 ゲ ーム の ゲーム ・ツ リ ー A国 不参加 参加 B国 参加 不参加 0 1 2 3 B国 0 1 2 3 (8,72) 0 1 2 B国 A国 A国 3 (32,32) 4 不参加 参加 0 1 2 (72,8) 3 (0,0) 中山幹夫・武藤滋夫・船木由喜彦編『ゲーム理論で解く』有斐閣 2000年 第3章 「公共財供給」をゲーム理論で解く 西條辰義・大和毅彦 図 3.1 は ,こ の 2 段 階 ゲーム を表 す ゲー ム ・ツ リー で あ る. ま ず,A 国が, 一 番 上 の「A 国 」と 書 かれ た 自国 の 手番 で「参 加 」ま たは「 不 参加 」の枝 を 選択す る .次 に , B 国が ,2 番 目 にあ る 「B 国 」 と 書か れ た自 国 の手 番 で「 参 加」 ま たは 「 不参 加 」の 枝 を選択する.ここで,B 国の手番は,二つの分岐点を含んだ一つの楕円で表されてい るこ と に注 意 しよ う .この こ と は ,B 国 が これ ら二 つ の 点 を識 別 でき な い, つ まり ,A 国が 「 参加 」 か「 不 参加 」 の 内 ど ちら を 選 ん だ の か わ か らな い もと で ,「 参加 」 ま た は 「不 参 加」 を 選ぶ こ とを意 味 し て い る . この ゲ ーム ・ ツ リー で 表さ れ てい る 状 況 は , 2 段階ゲームで想定した「各国が参加するか否かを同時に決定する状況」とは厳密には 異な っ てい る .し か し, ゲ ー ム 理 論で は , プ レ イ ヤ ー は ,「相 手と 同 じ時 に意 思 決 定 す る」 ケ ース と ,「実 際 に は 相 手 の 後 に 意 思 決定 を す る の だが , 相手 が 何を 選択 し た の か は知らない」ケースにおいては,同じ意思決定をすると想定しており,これら二つの ケー ス は実 質 的に 同 じ状況 と 見 な され る . 第 2 段 階が 始 まる 時 点では ,第 1 段 階 に おけ る 参加 に 関 する 意 思決 定 は両国 と も 知 って い る. こ のこ と は,第 2 段 階 の 始 め にお けるす べ て の 手 番 が , た だ 一つ の 分 岐 点 から 成 って い るこ と によっ て 表 さ れて い る. 第 2 段 階 の 始 め で は ,4 つ のケ ー ス が 起 こりうる.まず,両国とも参加した場合には,両国が投資額を同時に選ぶ.このこと は, 図 3.1 で は 以下 の よう に 表さ れ てい る .ま ず A 国が 「 A 国」 と 書 か れた 自 国の 手 番で ,0, 1, 2, 3 の 枝の どれ か を 選び , 投資 額 を決め る . 次 に,B 国が , 相 手 国 の 投 資 額を 知 るこ と なし に ,0, 1, 2, 3 の枝 の どれ か を選ぶ . A 国(B 国) だ け 参加 し た 場 合 には ,A 国(B 国 )が 「A 国 (B 国 )」 と 書か れ た自 国 の手 番 で,0, 1, 2, 3 の枝の ど れ かを 選 ぶ. 両 国と も 不参加 を 選 ん だ時 に は, ゲ ーム は そ こで 終 わる . ここ で ,「第 1 段階 で 不参加 を選 択 する こ と」 と「 第 1 段階 で 参 加 を 選び ,第 2 段階 で投 資 額を ゼ ロに す ること 」 は 異 なる 点 に注 意 しよ う . いま A 国が 参 加 を選 択 し た と しよ う .も し B 国が 参 加し な けれ ば ,B 国 の 投資額 は 必 ず ゼロ で あり , この こ とを A 国は 投 資額 を 決 定 す る 際 に 知 っ て い る . 一方 , B 国が 参 加 を 表 明 した 場 合 に は , A 国 は,B 国の投資額がいくらになるかを知ることなく,自国の投資額を決定しなければ ならない.たとえ,B 国が結果的に全く投資をしなかった としても,これをあらかじ め知 る こと は でき な い. こ の 2 段 階 ゲ ー ム で 各国 が ど の よう な 選択 を 行う か を 予 測 し て み よ う .ま ず , 第 1 段階 の ゲ ー ム が 終 わ っ た 時 点 か ら 考 え よ う. 図 3.1 で 示 さ れ て い る よ う に , 起 こ り う るケ ー スは 4 つあ る .各ケ ー ス に 関し て ,第 2 段階 で の 投 資 額 がど こ に落ち 着 く の か を見 よ う . ま ず , 両 国 と も 参 加 す る ケ ー スを 考 え る . こ の 場 合 の 利 得 表 は , 表 3.1 で 与え ら れて い る. 両 国が 1 ず つ 投 資し て ,お 互 い 32 の利 得 を 得る と いう ナッ シ ュ 均衡 が実現されるであろう.次に,一つの国だけが参加するケースを考察する.相手国が 参加しない場合には,相手国の投資額がゼロなので,自国の利得を最大にする投資額 2 を選 ぶと 考 えて よ いであ ろ う . こ のと き ,自 国の 利 得 は 8,相 手 国 の利 得は 72 にな る. 最 後に , 両国 と も参加 し な い 場合 に は, 両 国の 投 資 額は 共 に 0 で, 利得 も 0 にな る. 以 上 の こ と を 参 加 ・ 不 参 加 と い う 戦 略 で 表 現 し た 利 得 表 に ま と め た の が , 表 3.2 で ある.このゲームで,参加・不参加の選択がどこに落ち着くを検討しよう.相手国が 参加 し た場 合 には , 自国が , 参 加 すれ ば 32, 不 参加 な ら ば 72 の 利 得 を 得る の で , 不 参 加 の 方 が よ い . 逆 に , 相 手 国 が 参 加 し な い 場 合 に は , 自 国 が , 参 加 す れ ば 8, 不 参 加な ら ば 0 の 利得 を 得るの で , 参 加す る 方が よ い. よ っ て,「A 国は 参 加 する が B 国は 参加 し ない 」 と,「B 国は 参 加 する が A 国 は 参加し な い 」 は ナッ シ ュ均 衡で あ る .「両 5 中山幹夫・武藤滋夫・船木由喜彦編『ゲーム理論で解く』有斐閣 2000年 第3章 「公共財供給」をゲーム理論で解く 西條辰義・大和毅彦 国と も 参加 す る」 の は均衡 で は な い. 表 3.2 参加 ・ 不参 加 による 利得 表 B国 pB 参加 A国 参加 pA 不参加 1 − pA 32 32 8 72 1 − pB 不参加 8 0 72 0 こ れ ま で は , 各 国 が 「 参 加 す る 」 も し く は 「 参 加 し な い 」 と 確 定 的 な 行 動 を と る こ とを は っき り と決 め てい る 戦 略 に つい て 考 察 し て き た . この よ うな 戦 略は 「 純 粋 戦 略 」 と呼 ば れる . これ に 対し て ,「 参 加 す る 」 と「 参 加 し な い」 の 内ど ち らを とる の か を , 一定の確率に従ってランダムに選ぶ戦略を「混合戦略」という.例えば,サイコロを 振っ て 「1」 が 出た 時 に は 「 参 加 」 を 選 び ,他 の 数 が 出 た場 合 には 「 不参 加」 を 選 ぶ と いう の は, 混 合 戦 略 のひと つ で あ る. こ の 場 合 ,「参 加 」 を 選 ぶ確 率 は 1 / 6 ,「不参加 」 を 選 ぶ 確 率 は 1 − 1 / 6 = 5 / 6 と な る . い ま , A 国 が 「 参 加 」 を 選 ぶ 確 率 を pA ( 従 っ て「 不 参加 」を選 ぶ 確率を 1 − p A ),B 国 が「 参 加 」を選 ぶ 確 率 を p B (従 って「 不参加 」 を選 ぶ 確率 を 1 − p B )と 表 す. さ て , 表 3.2 の ゲ ー ム に お い て , 各 国 は ど の よ う な 混 合 戦 略 を 選 ぶ の で あ ろ う か . ゲーム理論では,相手国の混合戦略に対して,各国が期待利得(利得の期待値)を最 大にするような混合戦略を選択している状況が均衡となると考える.すなわち,均衡 にお い て,A 国 は, 「 A 国の 期 待利 得 」= pA × 「 A国 が 参加 を 選ん だ 時の 期 待利 得 」 + ( 1 − p A ) × 「A 国が 不 参加を 選 ん だ 時の 期 待利 得 」 「A を自 国 の参 加 確率 pA を 変化さ せ て増 大 さ せ るこ と はで き な い.よ って ,均衡で は , 国が参加を選んだ時の期待利得」が「A国が不参加を選んだ時の期待利得」と等しく なければならない.なぜなら,もし「A国が参加を選んだ時の期待利得」が「A国が 不 参 加 を 選 ん だ 時 の 期 待 利 得 」 よ り 大 き け れ ば ( 小 さ け れ ば ), 参 加 確 率 pA を 増 や す (減 少 さ せ る ) こ と に よっ て , A 国 の 期 待 利 得 は増 大す る か ら であ る .利 得 表 3.2 か ら,B 国 の参 加 確率 が p B の場 合 , 「A 国 が参 加 を選 ん だ時 の 期待 利 得」= p B × 32 + ( 1 − p B ) × 8 , 「A 国 が不 参 加を 選 んだ 時 の期 待 利得 」= p B × 72 + ( 1 − p B ) × 0 と な る . こ れ ら 二 つ の 期 待 利 得 が 等 し く な る と い う 均 衡 条 件 か ら , pB = 1 / 6 を 得 る . また ,B 国の 期 待 利 得 に関 す る 同 様 の議 論 か ら , 均 衡 で は p A = 1 / 6 が 成 立 しな け れ ば なら な い. す なわ ち ,表 3.2 の ゲ ー ムに お ける 混合 戦 略 での 均 衡は ,「 各国が そ れ ぞ れ 1/6 の 確率 で 参加 す る」と い う も ので あ る. 尚 , 表 3.1 の 利得 表 で表 さ れる 第 2 段 階 の投 資ゲ ー ム に関 し ては , 純粋戦 略 を 用 い る「各国がそれぞれ1ずつ投資する」状況が唯一の均衡で,混合戦略による均衡は存 在し な い.( 純 粋戦 略 の数 が 3 以 上 の時 の 混合 戦略 均 衡 につ い ては , 岡田(1996)を参照 せよ .) 6 中山幹夫・武藤滋夫・船木由喜彦編『ゲーム理論で解く』有斐閣 2000年 第3章 「公共財供給」をゲーム理論で解く 西條辰義・大和毅彦 こ の 節で は ,第 2 段階に お け る 投資 額 の均 衡 点を 前 提 とし て ,第 1 段階で の 参 加 ・ 不参加の選択に関する均衡を考察した.このように,ゲームの最後の段階から出発し て後 ろ 向き に ,逆 に たどっ て 得 ら れた 均 衡を 「 部分 ゲ ー ム完 全 均衡 (subgame perfect equilibrium)」 と い う . 上 記 の 参 加 ゲ ー ム に 関 し て , 純 粋 戦 略 を 用 い る 「 一 つ の 国 だ け( 確 率 1 で )参 加 し,他 の 国 は (確 率 1 で ) 参加 し な い」 状 況と , 混合戦 略 を 用 い る「 各 国が そ れぞ れ 1/6 の 確 率 で 参 加 す る」 状 況は 共 に部 分 ゲー ム 完全 均衡 で あ る . 後 者 の 混 合 戦 略 で の 均 衡 で は , 二 人 と も 参 加 す る 確 率 は わ ず か 1/6×1/6=1/36 ≈ 0.028 であ る .ま た ,純 粋 戦略を 用 い る 「両 国 とも ( 確率 1 で) 参 加 す る 」 状 況は , 部 分 ゲ ーム 完 全均 衡 では な い. 3.5 参 加ゲ ー ムの 実 験 上 記 の メ カ ニ ズ ム の 参 加 に 関 す る 否 定 的 な 結 果 は 一 般 的 に 成 立 す る . 自 発 的 支 払 メ カニ ズ ムは ほ んの 一 例に過 ぎ な い .西 條 =大 和 (1997, 1999)は ,社 会 の構 成 員全 員 が 自発的に参加するインセンティブを常に持つようなメカニズムを作ることは不可能で あることを証明した.この不可能性定理ゆえに,我々は公共財供給のための制度をデ ザインするという手法を放棄しなければならないのであろうか.この問いかけに対す る 解 答 の 一 つ の 手 が か り を 与 え て く れ る も の が , 西 條 = 大 和 = 横 谷 = ケ イ ソ ン (1999) の経済実験である.彼らが行った自発的支払メカニズムへの参加ゲームに関する実験 では,不参加によって大幅な利得を得ることを阻止するメカニズムが自然に発生し, これが引きがねとなり協力が生まれた.我々の理論的予測の範囲外で被験者は行動し たの で ある . 以下 で ,この 実 験 を 紹介 し よう . 20人 の 被 験 者 が 集 められ , 2人 の ペ ア が10組 作ら れ た .各 被 験者 は この ペア と な る 相 手 と 対 戦 す る . 実 験 は 15回 繰 り 返 さ れ , 対 戦 ペ ア は 各 回 ご と に 変 わ る . 被 験 者 は 毎 回 違う相手と対戦しているのはわかっているが,実際に誰と対戦しているかはわからな い. ま た, 被 験者 間 のコミ ュ ニ ケ ーシ ョ ンは 一 切禁 止 し た. 図 3.2 実験 に おけ る 参加ゲ ーム の ゲー ム ・ツ リー 被験者A 参加 不参加 被験者B 参加 被験者A 被験者A 0 8 24 被験者B 0 8 参加 不参加 0 24 11 (2658,8278) 24 (7345,7345) 7 0 不参加 被験者B (706,706) 11 24 (8278,2658) 中山幹夫・武藤滋夫・船木由喜彦編『ゲーム理論で解く』有斐閣 2000年 第3章 「公共財供給」をゲーム理論で解く 西條辰義・大和毅彦 被 験 者が プ レイ す るゲ ー ム は 図 3.2 で 表 さ れ て い る . こ の ゲ ー ム の 基 本 的 構 造 は , 図 3.1 に示 さ れて い る 2 プ レ イ ヤー 2 段 階 の 参 加ゲ ー ム と同 じ であ る .ただ し , 各 々 の被 験 者が 保 有し て いる私 的 財 の 量は 3 単 位 で はな く , 24 単位 で あ る 点 が異 な る . 表 3.1 の 利得 表 と同 様 に,自 分 の 投 資数 と 相手 の 投資 数 に応 じ て自 分 の利 得が 決 ま る .た だし , 実験 で は私 的 財の初 期 保 有 量が 24 単 位 であ る か ら ,ゼ ロ 単位 の 投資 数 も考 慮 に 入れ る と, 利 得表 は 25 行 25 列 とな る .各 被 験者に 同 じ 25×25 の利 得 表 を 配 布し , また,相手も同じ利得表を持っていることを予め教えた.各被験者は利得表を見て, 投資に参加するか,参加しないかをまず最初に選ぶ.各被験者は相手が投資に参加す るか ど う か を 知ら さ れた後 , も し 自分 が 参 加 を 選択 し た な ら ば ,利 得 表を見 て 0 か ら 24 の間 で 投資 数 を決 定す る . こ の 参 加 ゲ ー ム の 部 分 ゲ ー ム 完 全 均 衡 を 検 討 し よ う . 表 3.3 は , 被 験 者 に 配 布 し た 利得表の一部を示している.利得の値はあるコブ=ダグラス型関数に基づいている. もし 二 人と も 参加 す るな ら ば , ど こ に 落 ち 着 く の で あ ろ うか . 相手 が 投 資数 を 8 に 選 んだ 時 ,自 分 の利 得 を最大 に す る ため に は投 資 数を 8 にす れ ば よ い . こ のこ と は 相 手 も同 じ であ る .し た がって ,「 二 人 とも 8 単 位 投資 す る 」の が ナッ シ ュ均 衡と な り ,両 者の 利 得は 7345 と な る. 相 手が 参 加し な い時 には , 相 手の 投 資数 が ゼロ なの で , 自分 の利 得 を最 大 に す る 投 資数 11 を 選 ぶで あ ろ う . こ の と き, 自 分 の 利 得 は 2658,相 手 の利 得 は 8278 にな る .二 人 とも 参 加し な けれ ば, 互 い に 706 の利 得 にな る. こ れ らの こと は ,図 3.2 にも 書 かれ て いる . 表 3.3 実験 で 使用 し た利得 表 あなたの投資数 対 戦 相 手 の 投 資 数 0 1 0 706 871 1072 1297 1536 1775 2003 2210 2386 2523 2615 2658 2648 2585 2470 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 905 1127 1379 1647 1919 2183 2427 2641 2816 2944 3019 3039 3001 2905 2755 11 12 13 14 1186 1554 2017 2578 3244 4018 4904 5907 1465 1888 2401 3010 3718 4529 5447 6475 2 1764 2232 2787 3432 4171 5008 5944 6984 3 2072 2575 3160 3831 4590 5440 6383 7422 4 2374 2902 3508 4193 4960 5812 6751 7779 5 2658 3202 3817 4507 5272 6115 7038 8043 6 2913 3463 4078 4762 5515 6339 7237 8209 7 3129 3675 4281 4950 5681 6478 7340 8271 8 3297 3831 4420 5064 5766 6526 7345 8225 9 3411 3925 4488 5101 5765 6481 7250 8073 10 3465 3952 4483 5057 5677 6343 7056 7816 11 3456 3911 4403 4934 5504 6114 6765 7458 12 3385 3801 4250 4733 5249 5800 6385 7007 13 3252 3626 4028 4459 4918 5406 5924 6472 14 3061 3391 3743 4119 4519 4944 5393 5867 7031 7616 8130 8561 8897 9132 9257 9270 9168 8951 8624 8193 7664 7051 6367 8278 8873 9384 9800 10109 10306 10384 10339 10173 9886 9482 8970 8359 7661 6892 9653 10250 10750 11142 11416 11567 11589 11480 11242 10877 10390 9791 9090 8302 7444 11158 11749 12229 12589 12820 12916 12875 12694 12376 11925 11349 10656 9860 8976 8022 12796 13372 13824 14144 14323 14356 14243 13982 13576 13033 12358 11565 10667 9681 8627 (実験で使用した表にはサークルで囲った部分はない) 8 中山幹夫・武藤滋夫・船木由喜彦編『ゲーム理論で解く』有斐閣 2000年 第3章 「公共財供給」をゲーム理論で解く 西條辰義・大和毅彦 表 3.4 実験 に おけ る 参加 ・ 不参 加 によ る 利得 表 被験者B 不参加 参加 参加 被験者A 不参加 7345 8278 2658 7345 2658 8278 706 706 理論予測 変容 被験者B 参加 不参加 参加 被験者A 不参加 6494 > 5315 2349 6494 V 5315 2349> V 706 706 5回目までの利得データの平均値 以 上 のこ と を, 参 加・不 参 加 と いう 戦 略で 表 現し た 利 得表 で まと め たもの が , 表 3.4 の上 側 の表 で ある .表 3.2 の ゲー ム と同 様 に,この ゲ ー ムの 純 粋戦 略 均衡は 2 つあり , 「相 手 が 参 加 し な い と きに 参 加 す る」 と い う も ので あ る . ま た , 3.4 節で 行 っ た 計 算 方 法 と 同 様 の や り 方 で ,「 各 人 が そ れ ぞ れ 68% の 確 率 で 参 加 す る 」 と い う の が 混 合 戦 略均衡になることも容易に確かめることができる.実は,この混合戦略のみが進化的 に 安 定 な 戦 略 ( Evolutionarily Stable Strategy) な の で あ る .( 進 化 的 に 安 定 な 戦 略 に つい て は, 本 書第 7 章(進 化 ゲ ー ム), 岡 田(1996), 中 山(1997)など を参照 せ よ .) 混 合 戦 略 均 衡 に よ る 予 測 が 正 し い な ら ば , 被 験 者 全 体 の 参 加 率 は , 68% 前 後 に な る は ず で あ る . と こ ろ が , 筑 波 大 学 で 行 わ れ た 西 條 = 大 和 = 横 谷 = ケ イ ソ ン (1999)の 実 験で は , こ の 理 論 予 測 と は 全 く こ と な る 結果 が 観 察 さ れ た . 図 3.3 に 示 す よ う に , 当 初 40% だっ た 参加 率 は回 が 進む に つれ て 上昇 し ,後 半 に な る と 85%か ら 95% にも な った . 表 3.4 の 上 側 の ゲ ー ム で は , 二 人 と もに 参 加 す る の は 均 衡 で は な い . こ こ で 二 人とも参加することを「協力」と呼ぶならば,理論予測と異なり,協力が創発したの であ る . 9 中山幹夫・武藤滋夫・船木由喜彦編『ゲーム理論で解く』有斐閣 2000年 第3章 「公共財供給」をゲーム理論で解く 西條辰義・大和毅彦 図 3.3 日米 の 参加 率 1.00 0.90 参 加 率 筑波 0.80 0.70 USC 0.60 0.50 0.40 0.30 理論予測 0.20 0.10 回 0.00 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 で は , な ぜ 協 力 が 創 発 し た の で あ ろ う か . 相 手 が 参 加 し な い 場 合 , 自 分 の 利 得 を 最 大 に す る 投 資 数 「 11」 を 選 ぶ で あ ろ う と 考 え た . し か し な が ら , 実 験 で 最 も 多 く 観 察 され た 投資 数 は 11 で はな く 「7」 であ っ た. 実 験で は 各 回 の 意 思 決 定 を 行う 際 , な ぜ そうしたのかの理由をすべての被験者に書かせた.それを眺めてみると,かなりの数 の被 験 者が 次 のよ う な理 由 付 け を して い た .「 相 手 が 参 加し な い時 , 自 分 の利 得 を 最 大 にす る 投資 数 は 11 で ある こ とは 理 解し て いた .し か し ,そ う する と 相手 の利 得 は 8278 であ る の対 し て, 自 分の利 得 は わ ずか 2658 で ある . い ま投 資 数を 11 から 7 に変え る と, 自 己の 利 得は 2658 か ら 2210 に少 し 減少 は する が , 相手 の 利得 を 8278 から 4018 と大 幅 に減 少 させ る ことが で き る .」 第 1 段 階で 不 参加 を 選んだ 被験 者 は, 相 手が 参 加す る な ら,8278 とい う 大き な た だ 乗りによる利得を得ることを当初期待する.しかし,参加した相手は,自分の利得を 犠牲にしてまでも,参加しなかった被験者の利得が大幅に下がるような投資数を選ぶ と い う 「 ス パ イ ト (spite)行 動 」 を と る た め , こ の 甘 い 期 待 は か な わ な い . 各 回 , 相 手 が変わっていくものの,スパイト行動のために不参加をとっても利益にならないとい う情 報 が間 接 的に 伝 達され ,最 後 には 多 くの 被 験者 が 参 加す る よう に なった .い わ ば, スパ イ ト行 動 が協 力 の源泉 に な っ たの で ある . 事実,実験データを眺めてみると,参加した方が参加しないよりも平均的に高い利 得が 得 られ て いる . 表 3.4 の 下側 の 表は , 1 回 目か ら 5 回目 ま で の 間 被験者 が 実 験 で 得た利得の平均値を表している.この利得表では,相手が参加した場合,参加すれば 6494,参加 し なけ れ ば 5315 の利 得 を得 る ので ,参 加 し た方 が よい . 相手 が参 加 し ない 場合 も ,参 加 すれ ば 2349,参加 し なけ れ ば 706 の利 得 を得 る ので ,参加 した 方 が よ い. よって,相手が参加するか否かに関係なく,参加した方がよい.このように,相手が どのような戦略をとろうが,自分には最善の戦略がある時,その戦略を「支配戦略 ( dominant strategy)」 と 呼 ぶ . こ の ゲ ー ム で は , 二 人 と も 「 参 加 す る 」 の が 支 配 戦 略 で あ る . 表 3.3 に 示 さ れ て い る よ う に , 二 人 と も 参 加 す る の は 均 衡 で は な い ゲ ー ム が,スパイト行動を通じて,二人とも参加するのが支配戦略となるゲームへと変容し た( transmute) ので ある . ケイ ソ ン= 西 條= 大 和(1999)は,同 じ実 験 を南 カル フ ォ ニア 大 学( U SC) の 学 生 を 被験者として行った.USCの実験結果は,日本の実験結果とは異なり,ほぼ理論予 10 中山幹夫・武藤滋夫・船木由喜彦編『ゲーム理論で解く』有斐閣 2000年 第3章 「公共財供給」をゲーム理論で解く 西條辰義・大和毅彦 測通 り とな っ た. 図 3.3 が 示 すよ う に, 参 加率 は 68%前 後 で 推 移し て いる. U S C の 被 験 者 の 大 半 は , 相 手 が 参 加 し な い 時 , 自 己 の 利 得 を 最 大 に す る 投 資 数 で あ る 「 11」 を選 び ,ス パ イト 行 動をと ら な か った の であ る . 日米でまったく異なった実験結果に直面しているが,この結果をもとにどのように して新たな理論モデルを構築すればよいのかは,残された重要な課題である.実は, ここで紹介した参加ゲームの実験だけではなく,多くのゲームに関して理論予測とは 異なる実験結果が観察されている.そこで,実験室で観察されたデータをきちんと説 明できるように,ゲーム理論を拡張し新たな理論を構築しようという研究が生まれて きて い る.そ の一 つ が,キ ャ メ ラ ー(1997)た ちに よ る「行 動 ゲー ム 理論(Behavioral Game Theory)」 で , 経 済 学 だ け で は な く , 心 理 学 , 社 会 学 な ど の 分 析 手 法 も 取 り 入 れよ う とし て いる . 参考 文 献 石井 安 憲 西 條辰 義 塩沢 修 平 (1995),『入 門 ・ミ ク ロ 経済 学 』有 斐 閣. 岡田 章 (1996),『ゲ ーム理 論 』 有 斐閣 . 中山 幹 夫(1997),『 はじめ て の ゲ ーム 理 論』 有 斐閣 ブ ッ クス . C. F. Camerer (1997), "Progress in Behavioral Game Theory," Journal of Economic Perspectives, 11, 167-188. T. N. Cason, T. Saijo and T. Yamato (1999), “Voluntary Participation and Spite in Public Goods Provision Experiments: An International Comparison,” mimeo. T. Groves and J. Ledyard (1977), "Optimal Allocation of Public Goods: A Solution to the 'Free Rider' Problem," Econometrica, 45, 783-811. T. Saijo and T. Yamato (1997), "Fundamental Difficulties in the Provision of Public Goods: ‘A Solution to the Free-Rider Problem’ Twenty Years After," mimeo. T. Saijo and T. Yamato (1999), "A Voluntary Participation Game with a Non-Excludable Public Good,” Journal of Economic Theory, 84, 227-242. T. Saijo, T. Yamato, K. Yokotani and T. N. Cason (1999), "Voluntary Participation Game Experiments with a Non-Excludable Public Good: Is Spitefulness a Source of Cooperation? " mimeo. 西 條 = 大 和 ( 1997), 西 條 = 大 和 = 横 谷 = ケ イ ソ ン ( 1999), お よ び ケ イ ソ ン = 西 條 =大 和 (1999)の 論 文は以 下 の ホ ーム ペ ージ か ら入 手 可 能で あ る. http://www.iser.osaka-u.ac.jp/~saijo/index.html また , 実験 に 興味 を もたれ た 読 者 もこ の ホー ム ペー ジ を 参照 さ れた い . 11
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