[遺体からの感染] 遺体には危険な菌が残っているのだろうか? 札幌医大某解剖教授 1 【 第1章 遺体からの感染 】 (1) 遺体には危険な菌が残っているのだろうか? 「遺体にはそんな菌は残っていないんじゃないか」(微生物の専門家) 臨床の医者や専門家の中でも遺体の持っている菌についてあまり関心がないのも事実 である。 ※かなり腐敗が進んだ遺体にはほとんど危険な菌は残っていないと考えられ、むしろ新 しい遺体のほうが菌が残っている可能性が強い※ (2) 結核の場合 *東京都監察医務院に於ける結核罹患の問題 かつては医師・検査技師・扱官などに年間数人の結核感染者がいた。 1. 検屍 結核感染者(検屍時は病歴不明)の居室で感染、検屍時の遺体取扱時の感染。 2. 解剖 解剖時の感染、検査資料からの感染・解剖衣からの感染 東京都監察医務院で昭和 55 年~平成 2 年までに 12 人の方が発病している。そのう ち複数回感染している人が 4 人(マスクや手袋等の防菌対策で現在は 1 名程度にと どまっている) (3) 肝炎の場合(死後感染でいちばんの問題) 1、 医療従事者で特に問題とされるのは肝炎の罹患 2、 解剖医の多くはキャリア(実際に感染!)の事実 3、 しばしば自覚症状がないまま経過、いつ頃の感染か不明なことも多い ※実際に感染しても血液検査等、健康診断を受けなければ発見できない。症状が現 れてからでは遅い場合が多い 法医・病医・解剖医の感染で一番多いのが肝炎ウイルスである。 (4) エイズ菌は人体の死後どのくらい生きるか? 1、 特に冷蔵庫に入れられていない状態でも死後 36 時間経過した死体の血液からエイ ズウイルスが培養可能 2、 別の研究では死後 6 日経ってもエイズウイルスを確認(特殊な場合) ※人間は死ぬと一緒にエイズウイルス等の菌は死ぬと多くの医者が言っているがそ れは大きな間違いである。 (5) 検査データ 1、 東京都監察医務院解剖遺体について無作為に検査(平成 2 年 3 月の遺体データ) 2 検査項目 陽性数/検査件数 HBS 抗原(B 型肝炎) 5/208 2.40% 全国供血者による検査 HCV 抗原(C 型肝炎) 12/208 5.77% では、HCV 抗体陽性は ATLV 抗原(白血病) 2/208 0.96% 1.15%であった。 HIV 抗原(エイズ) 2/208 0.00% (89,11~90,08) 結 13/19 6.48% 核 菌 割 合 備 考 2、 熊本大学医学部の法医解剖死体からのウイルス検査(S63,11~H5,06 の司法解中 70%を対象) HBS 抗原 3,47% HBE 抗体 1.20% HCV 抗体 2,63% HIV 抗体 0% ※感染ウイルスに関する陽性率は通常の調査より 1.5~2 倍で、但し新鮮血基準をそ のまま死体血に当てはめて良いかは更に検討すべきである。 【 第2章 危険な菌の知識 】 (1) 感染とは 1、 病原体が身体の中に侵入し、増殊・寄生が成り立った場合。しかし感染しても必ず 発病する(病状が出る)わけではない。 ① ほとんど自覚せずに自然に(体内の防衛機構)治癒する場合 ② 自覚せずに共存する場合⇒時にこれが崩れ発病する事がある 2、 感染が成立するには ① 抗原体の条件 *感染力(繁殖力)や毒力・侵入する量 ② ヒトの条件 *基礎防衛力(年齢や栄養、健康状態) *免疫による抵抗増加、しかしアレルギーは過敏症に (2) 死後感染を考える場合のポイント 普通の健康状態の業務院が、日常のちょっとした作業の際に感染し(感染力が強い)その 後重大な結果をもたらす(発病した場合、長期入院や最悪の場合死に至る)ような病原体 は何か? (3) 注意すべき菌は 1、 肝炎ウイルス ⇒ B 型肝炎ウイルス 2、 エイズウイルス C 型肝炎ウイルス 3 3、 その他 a,結核菌(長期入院の問題はあるが一応治癒可能) b,創傷からの化膿(適切な治療で治癒) (4) 3 種類のウイルスの感染症 血液からの感染症 汚染事故の感染率 エイズ 弱い 0.50% B 型肝炎 極めて強い 30~40% C 型肝炎 やや強い 3~5% (5) エイズ 1、 感染しても症状が出ない期間が 2~5 年間で更に発病まで数年かかる。 2、 国の発表したエイズ患者はあくまでも届け出に基づくもので感染者を含めた実数は 全く不明。 3、 感染者数の増加は比例的から指数的(爆発的)になる可能性がある。 4、 現時点に於いて有効な治療方法がない ⇒ 多くは死。 (6) 肝炎ウイルス(B型) 1. わが国では 200 万人がこのウイルスを持っている、いわゆるキャリアである ① 大部分は親から子への感染である。 ② 多くは肝臓に異常のないまま経過(ほとんどが一生発病しないで終わる)しかし 5 ~10%程度が慢性肝炎に。更に肝硬変や肝がんに移行する危険性がある。 2. 成人で感染すると急性の肝炎症状(発熱・倦怠感・黄疸)、多くはこのまま治癒するが 一部は慢性肝炎になり、時には激症肝炎(その 70%は死亡) ※死後感染で最も危険なのはこのパターン (7) 肝炎ウイルス(C型) 1、 わが国では 200 万人がこのウイルスを持っている。 ① 肝炎患者のうち約 70 万人がこのウイルスに関与? ② 肝硬変のうち約 15 万人がこのウイルスに関与?(但し激症肝炎のように急激に 死に至ることはない) 2、 成人で感染した場合、ほとんどが慢性肝炎に移行 ① 20 年以上の経過で 80%が肝硬変・肝がんの危険性 ② 長期的に見るなら B 型肝炎と同様に最も注意すべき 3、 インターフェロンで治療可能な場合も(但し早期発見の場合) 4 【 第3章 消毒 】 (1) 菌に有効な消毒薬 一般細菌 MRS 結核菌 肝炎 エイズ 消毒用エタノール ○ ○ ○ ○※ ○ フレゾール石鹸 ○ ○ ○ × × ボビドンヨード(イソジン等) ○ ○ ○ ○ ○ 次亜塩素酸ナトリウム ○ ○ Δ ○ ○ 4 級アンモニュウム塩(逆性石鹸液) ○ Δ × × × 界面活性剤(デゴ 51 等) ○ Δ ○ × × グルコン酸クロルヘキジン(ヒビテン等) ○ ○ × × × ※B 型は無効 (2) 消毒法 1、エイズウイルスの消毒法(WHO/世界保健機構) ※薬物消毒の項 ① 次亜塩素酸ナトリウム:塩素濃度 0.1% 1000ppm ② エタノール・イソプロパノール:濃度 70% ③ ホルマリン:10%液(人体にとって有害である) 2、B 型肝炎ウイルスの消毒法(厚労省研究班) ※薬物消毒の項 ① 次亜塩素酸ナトリウム:塩素濃度 1% 1000ppm(有効時間 1 時間) ② 2%グルタールアルデヒド、ホルマリンガス、エチレンオキサイドガス *消毒用エタノールは無効 (3) 塩素遊離化合物による環境表面の除染 (OHV/エイズウイルスに効果的な消毒法のガイドライン) 1、 こぼれた血液を処理する際は、通常まず目に見える範囲の血液を紙または布などの吸 収剤で取り除き(ペーパータオル等)、ついで以下に概説するように適切な消毒薬で拭 いて除菌する。 2、 作業中は手袋を装着しなければならない、塩素遊離化合物は環境表面の除菌に適した 消毒薬で次亜塩素酸ナトリウムが最も多く使用されている。一方アルコールは蒸発が 早くまだ付着した有機物を速やかに凝固させてそれに浸透しないため一般には環境 表面には適さないと考えられている。 (4) 消毒薬としての塩素化合物 ※塩素化合物の殺菌作用は強力な酸化作用によるもので細胞内のたんぱく質の活性を破 壊してしまうためである。その代表が下記の通り。 5 1、 次亜塩素酸ナトリウム 非常に優れた消毒薬、低価格で購入できる(普通の漂白剤) ① 腐食性があるステンレス鋼でも接触はせいぜい 30 分以内 ② 変質する希釈液は使用の直前に調合する。(手洗いの際ヌルヌルする使い勝手が 悪い) 2、 二酸化塩素製剤(CLO2/アピアランス等) トリハトロンを生成しないため塩素に代わってクロラミン・オゾンとともにアメリ カでは飲料水の消毒に認定。酸化力が(有効塩素で示される酸化力の 2.5 倍)塩素 より水中に長く存在しているので有機物の多量に存在する水に有利。理論的には次 亜塩素酸ナトリウムと同じ。肝炎ウイルス等に於ける有効濃度や処理時間などは国 立予防衛生研究所で更に研究を加えているという。 【 第4章 遺体を扱うときの注意 】 (1) 葬儀社の営業形態 1、 遺族から直接電話があり自宅へ向かう場合 2、 病院から連絡があり病院へ向かう場合 3、 警察から連絡があり指示された現場へ向かう場合 4、 警察から電話があり警察署へ向かう場合 ※問題は 1 と 2 の場合である(遺族が同席しているので素手で接触する可能性がある) (2) 遺体への直接の接触 1、 病院での死亡の場合、霊安室で身体清浄 2、 浴衣への着替え 3、 外傷の場合(さらしを巻く、ビニールで包む等) 4、 湯灌と旅支度 (3) 遺体取扱上の注意 1、 皮膚からの感染の危険性はない。過剰防備までは不必要だが軽率な行動は慎む。 2、 遺体の清浄はできるだけ消毒薬を。アルコールよりは塩素系消毒薬の方が良い。 3、 グローブ装備の遂行 ① 血液・唾液・漏精液・排泄物(肛門など)を扱うとき ② 自らの手指に傷がある時は、必ず装着(微小な傷は気付かない事が多い) ③ 損傷死体では必ず装着 ※注射跡からの血液の流出にも注意。水泡の破れからの接触も注意 4、 遺体取扱後の手洗いの遂行(グローブ装着の場合でも) 5、 作業着は早め早めにクリーニング(特に血液の付いた作業着) 6、 爪は短く、指間はよく洗う 6 7、 汚染した衣服はすぐ取り替える 8、 消毒薬の中でも菌は生きられる 9、 放置した消毒薬では効力激減の場合がある (4) 定期健康診断の必要性(知識と実行) 1、 血液検査(年に 2~3 回実行 ※定期的に行う) ① 血液一般の検査 ② 肝機能検査 ③ 肝炎ウイルスに対する抗体検査 2、 胸部レントゲン(年に 1 回は必要) 【 第5章 要点と補足 】 (1) 腐敗した遺体より腐敗するまでの遺体が感染力が強く最も危険 (2) アルコールより塩素系消毒液 (3) 遺体接触時は白衣とできれば手袋を装着 (4) 接触後は必ず流水で手を洗う(全葬で斡旋している消毒用石鹸もある) (5) 予防接種を過信しない (予防接種を受けて抗体ができるまでかなり時間がかかる。また 2~3 年経つと効果は弱 くなるので定期的に受けること) (6) 遺体から出る、血や体液等は要注意 (7) 感染発病したときは 労災の適用は難しい (はっきりした因果関係が立証されなければならない) (8) 肝炎ウイルスは極めて危険で感染しやすい (9) 納棺担当者は年 2~3 回の健康診断を ※ 最後に死因に関しては第三者に知らせてはいけない決まりがある死後感染については自 社の適切な予防対策を定めておく必要があるだろう。 7
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