夢をはぐくみ創造性を育成する学習に関する研究

夢をはぐくみ創造性を育成する学習に関する研究
~「光技術実習教材」導入について~
工業部会
Ⅰ
はじめに
光技術は、我が国を代表する産業の一つでもあり、今後もさらに拡大されるものと期待さ
れている。工業教育では産業界の動向を踏まえ、次の時代を担う生徒に新しい技術にいちは
やく触れさせながら、夢をはぐくみ創造性を育成する必要がある。そこで、平成 19 年度より、
本部会では工業高校で光技術に関する学習について導入の可能性を研究し、各校で実践する
際の足がかりとすることを目的として本研究を開始した。本年度は昨年度開発した教材を用
いた授業実践と光技術の応用分野として太陽電池、LED1照明、フルカラーLED による画像処
理の各分野について教材開発を行った。また、これらを Web 化し、ネットワーク教材として
利用できるようにした。
Ⅱ
研究主題
「夢をはぐくみ創造性を育成する学習に関する研究」と題して、平成 19 年度に引き続き光
技術に関する教材開発について研究を行った。
Ⅲ
研究の経過
第1回委員会(平成 20 年6月 10 日)の全体会・工業部会では研究主題、研究内容などを
協議し、研究計画書を作成した。静岡県産業教育審議会の答申を参考にして、平成 19 年度に
引き続き光技術に関する教材開発を題材にした研究テーマを決定した。
第2回委員会(平成 20 年9月5日)では各委員が集めた情報や実験を基に検討し、研究の
詳細を決定した。
第3回委員会(平成 20 年 11 月 28 日)では、各委員の研究成果について報告、協議を行っ
た。今後の研究の進め方とまとめ方を確認し、個々が担当する範囲を決定した。
研究発表会(平成 21 年2月 20 日)では、開発した教材について、また、分科会では各委
員の研究成果を公開した。
Ⅳ
研究の成果
平成 20 年度は基礎から応用分野への内容を検討し、「太陽電池の基礎」、「LED 照明による
通信技術」、「フルカラーLED による画像処理技術」の三つのテーマを取り上げて教材開発に
取り組んだ。いずれのテーマも、工業の科目である「実習」、「課題研究」のテーマとして導
入可能である。
「太陽電池の基礎」実験は、光エネルギーを電気エネルギーに変換する太陽電池の基本的
特性を調べる実験である。近年、地球環境問題やクリーンエネルギーとして太陽電池が注目
1
LED(Light
Emitting
Diode:発光ダイオード)
されている。そこで世界中で研究開発が進んでいる太陽電池について取り上げ、その原理や
特性を理解する実習教材を開発した。
「LED 照明による通信技術」実験については現在、電波を利用しないデータ通信として注
目され、蛍光灯や LED 照明に情報を載せて双方向通信を可能にする研究がさかんに行われて
いる。最先端の通信技術について、その基礎となる原理や仕組について理解する実習教材を
開発した。
「フルカラーLED による画像処理技術」実験は、主に広告など街中で多く見られるようにな
ったフルカラー液晶画像技術に注目し、フルカラーLED の配色や点灯を制御する内容で、計
測・制御の分野を取り入れた実習教材を開発した。平成 19 年度の基礎実習につづいて、応用
分野として実習教材を研究成果としてまとめることができた。
1
「太陽電池の基礎」に関する実習教材について
太陽電池とは、光を電力に変える半導体素子のことをいう。太陽電池の特徴は直接、光
エネルギーを電気のエネルギーに変換することができる。つまり、クリーンで持続可能な
エネルギー源である。今日、地球環境を取り巻く様々な問題などから太陽電池による発電
は世界中で注目され、技術開発が進められている。そこで、太陽光発電の基礎として太陽
電池の原理や接続法、波長による発電量の違い、そして、温度特性実験について教材開発
を行った。ここでは、波長による発電量の違いについて教材化した。図 1 は代表的な太陽
電池の写真である。この太陽電池を利用して、特性実験の教材を開発した。
(a)
単結晶シリコン太陽電池
(b)
多結晶シリコン太陽電池
図 1 代表的な太陽電池
太陽電池の基礎実験では、光の色(波長)に対する、太陽電池の特性を調べる内容であ
る。使用したビームランプ2は、カタログによる分光分布図によると可視光領域(380nm か
ら 780nm)に渡り連続的に比エネルギーが増加しているものである。
実験では、各色(赤・黄・緑・青)のセロファンを準備し透過光の色(波長)を変え、
電圧、電流の値を測定させる。本来は、分光光度計用いた測定が必要であるが各学校で実
施可能な、簡易実験となっている。
表1
それぞれの透過光の色(波長)による発電量
セロファン
なし
赤
黄
緑
青
2
集光型、15°、110V、120W
電圧(V)
電流(mA)
照度(lx)
単結晶 多結晶 単結晶 多結晶 単結晶 多結晶
1.72
1.78
210
198 15000 15000
1.70
1.78
181
178
3100
3120
1.72
1.76
191
189 12320 12460
1.70
1.74
170
165
3300
3320
1.72
1.73
165
159
1116
1132
光の色(波長)を変えて測定-照度
光の色(波長)を変えて測定-電流
光の色(波長)を変えて測定-電圧
電圧[V]
照度[lx]
16000
15000
14000
13000
12000
11000
10000
9000
8000
7000
6000
5000
4000
3000
2000
1000
0
電流[mA]
250
2
1.8
200
1.6
1.4
150
1.2
1
100
0.8
0.6
50
0.4
0.2
0
0
なし
赤
(a)
黄
緑
青
なし
赤
黄
(b)
照度
図2
緑
青
なし
赤
(c)
電圧
黄
緑
青
電流
それぞれの波長による発電量の違い
実験を行うと表1、図2に示す結果が得られる。図2(a)にセロファンによる照度の違
いを示す。これによる発電量の違いを図2(b)(c)に示す。黄色のセロファンを用いたとき
照度が高いためか電流の増加が高く逆に青色の場合は低い。また、受光面の放射照度3が変
化すると、その強さに比例して電流(短絡電流)が変化し、出力電力も変化する。この様
子を太陽電池の基礎実験を通して、その特性を学ぶことが可能となる。
(a)
実験の様子(色セロファンを
当てた測定)
(b)実験の全体図(上部が光源)
図3
2
実験風景
LED 照明による通信技術実習教材について
LEDの信号機やLED照明などLEDを応用した製品が我々の身近にも増えてきている。また、
蛍光灯やLEDなどの可視光を高速点滅させることにより、電波を利用しないデータ通信を行
う技術が注目されている。LEDの照明光(可視光)に情報を載せて双方向通信を可能となる
技術を基に、建物内や地下などでGPS4では難しかった位置情報機能を使うことができ、緊
急時の通報などにも役立つことが考えられる。また、大手企業25社で構成される「可視光
通信コンソーシアム5」と携帯電話向け赤外線通信に関る「赤外線データ協会 6」が実用化
をめざしている可視光通信は、電力線通信を活用したものである。家庭用のコンセントに
パソコンをつないで、電力線を通じて送られてきたデータを光に変換して専用の通信装置
3
4
5
6
放射照度とは、平面上の物体に照射された単位面積(1m2)あたりの光の量(W/m2)
GPS(Global Positioning System):全地球測位システム
http://www.vlcc.net/
http://www.irda.org/index.cfm
を備えたLED照明により発信する。これを携帯電話端末で受信したりインターネットに接続
して、音楽や動画データをダウンロードする。赤外線LEDを使って100Mbps以上の高速通信
実験がすでに成功しており、LED使用による街頭ディスプレイや信号機などから、携帯電話
や受信機能を備えた自動車に情報を提供することが可能となると考えられる。可視光通信
は今後、3~5年後には商用サービスが始まる予定である。そこで、LED照明による通信技
術の基礎として、製作を重視した携帯型の通信実験装置と、制御を重視した通信技術の教
材を開発した。
(1)
LED による光通信の基礎実習
光を利用してデータを伝送するには、データの大きさによって光の強さを変える方法
(AM変調7)とデータの大きさを光の断続信号に変える方法(パルス変調)がある。ここ
では、パソコンを利用してLEDを制御する。情報技術の基礎分野の習得も視野に入れ、デ
ータを光の強弱に変換して送受信する実験とした。パソコンのUSBに接続するデバイスは、
12ビットのデジタル入出力が可能となる。Km2Net(http://km2net.com)の製品を使用し
た。
(a)
全体図
図4
(b)
回路部分
送受信の様子
開発した教材は、パソコンを用いたLEDの点灯制御、データの大きさを光の強さに変
える方法を知ることができる。また、D/AおよびA/D変換の原理を確認すること、光の強
弱で2台のパソコン間で簡単な通信を行うことを教材化している。
(2)
照明に利用されている光を用いた通信技術の基礎実習
生活の中にある光源を利用して、光通信技術についての教材を開発した。可視光を使
った簡単な通信回路を用いた手軽に製作できる光音送信回路の装置とし、すべてのユニ
ット部分を市販品の電池 BOX に納めた光送信装置(図5参照)である。受信側として、
通信の確認用として音が発生するように教材化した。スピーカーと電池、電子オルゴー
ルユニットと3部に分かれ構成されている(図6参照)。
7
AM 変調(amplitude modulation)
図5
送信部
図6
受信部
伝達距離は数 cm 程度である。送信側で音源からの信号を光に変換して、受信側で光
を受け電気信号に変換した実験が確認できる。手軽な部材を用いた光通信の体験ができ
るが、音声はノイズが多く、検討が必要である。
3
フルカラーLED による画像処理技術実習教材について
現在、LED は、黄色、緑色、青色、白色と様々な色を発光できるようになった。特に、
青色 LED の登場により飛躍的にその活躍の場が広がっている。ここでは、最近、安価に入
手できるようになったフルカラーLED を使用し、画像処理技術について教材開発を行った。
フルカラーLED は、光の三原色を応用して自然界の全ての色を表現できるようにしたもの
で、赤(R)
・緑(G)
・青(B)の3つの LED を1つのパッケージに収めたものである。今回
の製作では、各 LED の明るさは変えず、3
つの LED の点灯/消灯の組み合わせによっ
て8種類の色を表現することにした。図7
は今回使用したフルカラーLED と光拡散キ
ャップである。ピン配置は、一番長い足が
GND で、左から「緑、青、GND、赤」の順に
なっている。
フルカラーLED は 64 個(8行×8列)使用
図7
フルカラーLEDと製品回路図
し、PIC16F873A により全体を制御している。また、フルカラーLED は、トランジスタで横
1行をドライブ点灯させ、全8行をダイナミック点灯制御することにより、画像を表示し
ている。表示する画像は、PIC のプログラムに画像データを直接記述することにより表示
することができる。今回パソコンで作成した画像を、RS232C 経由で PIC に送信して表示す
ることが可能である。
ダイナミック点灯制御とは、人間の残像現象を利用した制御方法で、ある瞬間では1行
しか点灯していないが、残像現象(約 100ms)に比べより高速に各行の点灯を繰り返すこ
とにより、あたかもすべての行が点灯しているように見せる制御のことである。図8は、
今回開発した基板である。
また、転送する画像データを作成する「画像データ作成ソフト」も開発した。このプロ
グラムは、8×8ドットの画像について、
「画像データ」と「プログラムデータ」を作成す
ることができる。RS232C 経由で PIC に画像データを送信することで、作成した画像をフル
カラーLED に表示することができる。
図8
画像表示装置
図9
画像データ作成ソフト
フルカラーLED(8行×8列)のダイナミック点灯制御では、1行の中をさらに緑、青、
赤の3つの LED でダイナミック点灯しているため、全体で 24 行をダイナミック点灯させて
いる。約 500μ秒間隔で点灯させるため、フルカラーLED の明るさは落ちているが、RS232C
を使ったシリアル通信では、パソコン側と PIC 側で同期をとるのが難しく、送受信に予想
以上の時間がかかっている。どちらも今後の課題として検討すべき点である。
画像データ作成ソフトの「プログラムデータ」は、表示したい画像をマウス等で作成し、
プログラムデータをコピー&ペーストで PIC 側プログラムに記述するだけで表示できるの
で、紙芝居のように画像が何枚も必要な場合でも簡単にプログラムを作成することができ
る。
今回作成したプログラムは、広く使用されているマイクロソフト社の Excel やフリーツ
ールの EasyComm8機能を使用して教材を開発した。
この教材を利用して、フルカラーLED による画像処理技術を学ぶ実習が可能となる。
4
授業実践について
平成 19 年度に開発した実習テキストを用いた授業実践を行った。
(1)
光の性質の観察実験
光には「屈折率が等しい媒質中では直進する」、「屈
折率の異なった媒質の境界では屈折あるいは反射す
る」性質がある。即ち光とは直進性、反射、屈折の三
つの特性が挙げられる。これら光の基本的性質につい
て基礎的な内容の実習を実施した。この実習は、電気
科3年生の生徒に対し3時間で実施した。
8
図 10
全反射の観察実験
入手先:http://www.vector.co.jp/soft/win95/hardware/se314506.html
(2)
光の特性実験
赤外線ダイオードと半導体レーザにおいて基本特性である光学的特性(順電流-光出力
特性)と信号を伝送するうえで重要となる周波数特性についての実験を実施した。この
実習は、電子科2年生に対し、3時間で実施した。
図 11
(3)
実験装置
図 12
実験風景
赤外線 LED 活用例(赤外線通信)
様々な光源を利用して通信を行う場合、どの様な光源でも光の点灯、点滅で情報伝達
を行うことができる。しかし、光の種類によっては人間の視覚に不快感を与えることが
ある。特に、可視光 LED やレーザ光を利用すると点滅や輝度の変化によって不快を感じ
ることがある。そのため、光通信に利用する場合は赤外線の利用や視覚に入る空間中で
の点滅を避け、光ファイバを使った媒体を利用する。ここでは、赤外線 LED を使って通
信技術についての実験を実施した。この実習は、情報技術科3年生と電子機械科3年生
に対し、9時間(3時間×3日)で実施した。
図 13
(4)
赤外線通信用送受信機
図 14
送信機および受信機の製作
レーザ光の活用例
半導体レーザダイオード(LD9)の活用例として、レーザ距離計についての実験を実施
した。この実習は、電子科3年生に対し8時間(4時間×2週)かけて実施した。
図 15
9
図 16
レーザ距離計実験装置
半導体レーザダイオード:LD(Laser
Diode)
実験風景
(5)
ア
授業実践を終えて
生徒の感想
○実際にレーザポインタの輝線を見ることができ、非常に分かりやすかった。
(光の性
質の観察実験)
○中学の時に似たような実験をやったことがあり、どのような現象になるのかを予想
することができ、より理解が深まった。また、中学と比べて実験装置が充実してい
る。(光の性質の観察実験)
○実験をすることにより、理論をしっかり理解することができた。
(光の性質の観察実
験)
○オシロスコープで、光信号波形を見ることができてとても面白かった。
(赤外線 LED
活用例)
イ
教師の感想
○それぞれの実験で計測中苦労した点は、外乱に影響を受けやすく、測定値が安定せ
ず、再度計測すると違った値になってしまう点であった。外乱を受けにくい実験環
境を準備することが必要だと強く感じた。(光の特性実験)
○ユニバーサル基板による製作は生徒にとって難しかったようである。エッチングに
よる基板製作も視野に入れ、検討していきたい。(赤外線 LED 活用例)
○生徒達の反応は良かった。光技術について身近な話題を含めて話すと、とても興味
を持ってくれた。(レーザ光の活用例)
○対象学年が3年生ということもあり、素早くできた。プログラムも今まで実習で何
度かやっているため、それほど時間はかからなかった。そのため、レーザ距離計の
実験が時間に余裕を持って行うことができた。(レーザ光の活用例)
○レーザ光の取り扱いに気を付けなければならない。特に、レーザ距離計の実験では、
距離が伸びるとレーザがどこに発信しているか分からなくなる時があり、細心の注
意が必要である。(レーザ光の活用例)
5
光技術実習テキスト
平成 19・20 年度の2年間の成果をまとめ、光技術実習テキストを作成した。この実習テ
キストは静岡県総合教育センターのホームページからダウンロードできる。実習テキスト
は2部構成になっている。第1部は平成 19 年度の研究成果をまとめたものであり、主に基
礎的な内容を中心にまとめている。第2部は平成 20 年度の研究成果をまとめたものであり、
応用的な内容となっている。
図 17
実習テキスト
Ⅴ
研究のまとめ
工業高校での光技術導入の可能性について、平成 19・20 年度と2年間にわたり研究に取り
組んだ。平成 19 年度は「光の性質」、
「光の特性」、
「赤外線の応用」、
「レーザ光の利用」の光
の基礎を中心とした4つのテーマについて開発し、本年度は、応用分野に焦点をあてた教材
開発を行ってきた。また、本年度には、前年度開発した教材を用いた授業実践を行い、教材
の実用性について検証した。
開発した3教材は、多くの学校で実践可能なように、既存の設備を用いてはいるが、その
ほとんどが伝送媒体として空気(空間)を用いたため光の影響を受けてしまう。今後は、実
習環境を整えていくことも重要である。また、レーザ光を取り扱う際は安全基準や注意事項
を十分確認しておくことが大切である。
研究成果として、光技術実習テキストを作成した。このテキストは、静岡県総合教育セン
ターのホームページからダウンロードできる。また、Web 化をしているのでインターネット
上での学習も可能である。第1部では、光学の基礎からはじまり、光の特性から制御までの
内容である。第2部では応用編として太陽光発電、照明による通信技術、画像処理について
最新技術の入口となる内容を取り入れた。
工業高校はこれからの産業界を支えるスペシャリストの育成が期待されている。新たな時
代に対応した教育を実現するためにも、開発した教材が、多くの工業高校で利用されること
を期待する。
Ⅵ
委員名簿
番号
委
1
倉本
徹
静岡県立浜松工業高等学校
工業
部 会 長
2
高橋
秀幸
静岡県立科学技術高等学校
工業
副部会長
3
勝又
史博
静岡県立吉原工業高等学校
工業
4
石川
好宏
静岡県立島田工業高等学校
工業
5
山口
亮祐
静岡県立掛川工業高等学校
工業
助言者
員
名
所
属
校
静岡県教育委員会
教科
遠藤
克則
高校教育課
大村
整
静岡県総合教育センター
福井
一恭
静岡県総合教育センター
備
考