Vol. 19 - 富士製薬工業株式会社

19
2015.9 Vol.
〒102-0075 東京都千代田区三番町5-7 精糖会館6階
Tel. 03-3556-3344 Fax 03-3556-4455 URL:http://www.fujipharma.jp/
Infertility
編 集:FUJI Infertility & Menopause News編集委員会
発 行: 富士製薬工業株式会社
Menopause
黄体機能の基礎知識
はじめに
杉野 法広
山口大学大学院医学系研究科産科婦人科学
StAR遺伝子の発現調節に関しては、LHサージにより転写
黄体から分泌されるプロゲステロンは妊娠の成立・維持
因子であるC/EBPβがStARプロモーターに結合して転写を
ジの直後から始まっており、この時期のプロゲステロンは特
については、LHサージ前は、FSH刺激でCREBが主要な転写
には不可欠である。プロゲステロン産生は、すでにLHサー
に排卵に重要である。そして、排卵は引き続く黄体の形成と
プロゲステロン産生の維持に繋がる。一方、妊娠が成立しな
い時は、プロゲステロンがいたずらに分泌され続けると次の
排卵がおこらないので、速やかにプロゲステロン産生が無く
なることが必要となる。このように、黄体では状況に応じて
プロゲステロン産生が巧妙に調節されており、その仕組みに
関しては、これまで多くの興味深い知見が報告されている。
今回は、プロゲステロン産生調節を1.黄体の形成(黄体期初
期)、2.黄体の機能維持(黄体期中期)、3.黄体退縮(黄体期
後期)に分けて解説する。
1.黄体の形成
促進する。一方、aromataseをコードする遺伝子のcyp19a1
因子として働いているが、LHサージ後は、どのようなメカ
ニズムでcyp19a1発現が低下するのかはよくわかっていな
い。近年、遺伝子発現調節には、転写因子だけでなくプロ
モーター領域であるDNA側の変化も重要であることが明ら
かとなってきている。すなわち、プロモーター領域のヒスト
ン修飾やDNAメチル化といったエピジェネティックな調節
がクロマチン構造を変化させることで、転写因子のDNAへ
の結合を制御し、転写調節を行っていると考えられている。
最近我々は、機能的黄体化に伴うStARとcyp19a1遺伝子発
現調節にエピジェネティックな調節が関与することを見出
した2)。StAR遺伝子発現について図1に示す。LHサージによ
り、プロモーター領域において転写が活性化されるように
1)LHサージ後の機能的黄体化
種々のヒストン修飾の変化がおこる。これによりクロマチン
の発現が誘導され、これが転写因子として働き、種々のタン
が活性化されるのである。一方、卵巣のcyp19a1遺伝子につ
排卵時のLHサージにより、プロゲステロン・レセプター
パク分解酵素の発現を増加させ卵胞破裂を誘発する。プロゲ
ステロン・レセプターはライガンド依存性の転写因子なの
で、そのライガンドであるプロゲステロンの産生もLHサー
ジ開始からすぐに確立される必要がある。LHサージにより
顆粒膜細胞が黄体化すると、aromatase発現が急激に低下
し、その代わりにStAR, P450scc, 3β-HSDのプロゲステロン
産生酵素の発現が急激に増加する。特に、LHサージから卵
胞破裂に至るまでの時期は、細胞形態や組織構築はまだ黄体
化していないが、機能的にはすでにエストロゲン産生からプ
構造は緩み、転写因子であるC/EBPβの結合が増加し、転写
いては、エクソン2のイントロンの上流領域にプロモーター
があり、多くの転写因子の結合部位がある。LHサージによ
り、この領域において、転写が抑制されるように種々のヒス
トン修飾の変化がおこる。この変化によりクロマチン構造は
凝集するとともに転写因子であるCREBの結合が低下し、転
写が不活性化される。
2.黄体の機能維持
LHサージ後の機能的黄体化に伴う排卵および速やかな血
ロゲステロン産生にシフトしているので機能的黄体化と呼
管網の構築により黄体が形成されるが、その後のプロゲステ
した排卵やそれに引き続く黄体形成に重要なのである1)。
路の活性化はもちろんのことであるが、黄体の血流がプロゲ
ばれ、この速やかな変化がプロゲステロン・レセプターを介
2)‌顆粒膜細胞の機能的黄体化に伴うStARとcyp19a1遺伝子
発現のエピジェネティクス制御
ロン産生の中心的役割は、LHによるプロゲステロン産生経
ステロン産生に重要である。黄体における発達した血管網の
構築により、黄体へは豊富な血液が供給される3)。プロゲス
テロンの基質であるコレステロールや黄体刺激物質の供給
01
のためだけでなく、合成されたプロゲステロンを循環血液に
密接な関係にある。我々の検討では、黄体内血管抵抗値の基
流と黄体機能との関係について述べる
ら求めたところ、感度が84.3%、特異度が85.6%と高い精度
送ることにおいても黄体血流は重要である。そこで、黄体血
準値をreceiver operating characteristic curve(ROC)曲線か
。
4), 5)
黄体血流は経膣超音波カラーパルスドプラを用いて、黄体
で基準値を0.51に設定することができた。黄体期中期の血
の血管抵抗を測定することにより評価することができる。
中プロゲステロン値が10ng/ml未満を呈する黄体機能不全
図2のように、黄体血流は黄体期初期の前半から後半にかけ
の症例に対し、血流改善作用があるビタミンEや一酸化窒素
て増加し、黄体期中期は初期後半と同じレベルを維持し、後
誘導剤であるL-アルギニンを排卵後から投与すると、黄体血
期には血流が減少する。また、妊娠黄体では黄体期中期と同
流の改善とともに、血中プロゲステロン値も改善する。すな
じ血流レベルが妊娠7週まで維持される。このような血流の
わち、黄体血流の低下が黄体機能不全の原因になっているこ
変化は黄体における血管網の構築過程をよく反映している。
とを示しており、黄体血流が黄体機能の調節に重要な役割を
さらに、黄体の血管抵抗値と血中プロゲステロン値の間には
果たしている。
有意の負の相関がみられることから、黄体機能と黄体血流は
図1 LHサージによるStARプロモーター領域のヒストン修飾とクロマチン構造の変化
Me
CG
Me
CG
DNA
Me
CG
K9 3Me
K9
3Me
LH サージ前
: ヒストンテール
K9
: 9番
番目のリジン基
K4
: 4番
番目のリジン基
Ac
: ヒストン アセチル化
CG
Me
ヒストン
CG
Me
CG
3Me : ヒストン トリメチル化
CG
: CG部
部位
Me
CG
Me
CG
Me : DNAメ
メチル化
C/EBP- β
転写開始点
Ac K4 Ac K4
Me
CG CG
CG
K9
Ac K4
StAR
K9
CG
Ac
CG
Me
LHサージ後
Ac K43Me
CG
Ac
CG
Me
3Me
C/EBP β
Ac
: 転写因子
CG
Ac
ヒストンタンパクのN末端が、DNAの外側に突き出している所があり、これをヒストンテールと呼ぶ。この
ヒストンテールのアミノ酸のリジン残基がメチル化やアセチル化という修飾をうけることで、クロマチン構造
が変化し転写調節に関与する。LHサージにより、ヒストンのアセチル化修飾、ヒストンH3の4番目のリジンの
メチル化の増加、9番目のリジンのメチル化の低下というように転写活性化に働くようにヒストン修飾の
変化がおこる。これらの各種ヒストン修飾の変化によりクロマチン構造は緩み、転写因子であるC/EBP βの結合
が増加し、転写が活性化される。尚、プロモーター領域のDNAメチル化状態は低メチル化である。
図2 黄体の血管抵抗 (RI) 値の月経周期と妊娠に伴う変化
Resistance Index (RI)
0.6
(n=8)
(n=10)
(n=34)
0.4
(n=11)
(n=23)
0.5
(n=19)
(n=9)
(n=16)
(n=8)
(n=36)
(n=6)
(n=6)
0.3
4W
黄体期初期
5W
6W
7W
8W
9W
10W
妊娠
黄体血流を経膣超音波カラーパルスドプラを用いて、黄体の血管抵抗値を測定することにより評価した。
血管抵抗値が高いと血流が悪く、抵抗値が低いと血流がよいと推察する。
02
19
2015.9 Vol.
3.黄体退縮
妊娠が成立しなかった時に、周期的に排卵をおこさせる機
構は、種を維持していくために哺乳動物が長い進化の過程で
獲得した生殖戦略のひとつである。ヒトを含む多くの哺乳動
物において、次の排卵周期を迎える原点は黄体退縮にある。
黄体退縮は、プロゲステロン分泌のみが低下する機能的黄体
退縮と、それに引き続く黄体組織の形態的な消失がおこる構
造的黄体退縮という二つの連続した過程からなる 。ヒトで
6)
は妊娠が成立しなければ、黄体機能は約2週間という短期間
で終る。この機能的黄体退縮によって速やかにプロゲステロ
ン分泌が低下し、次の性周期の卵胞発育が得られるのであ
る。機能的黄体退縮の促進因子としては、prostaglandin F2α
(PGF2α)、活性酸素、サイトカインなどが知られているが、
ヒトの機能的黄体退縮のトリガーはいまだ解明されていな
い。ここでは、機能的黄体退縮のトリガーについて考察して
みたい。
ヒトの機能的黄体退縮のトリガーについて、一般的には、
「LHに対する反応性の低下」が退縮の開始と言われている。
のプロゲステロン産生抑制作用が優位になることを意味し
ているのかも知れない。すなわち、LHやLH受容体が維持さ
れていても、PGF2α受容体発現の増加によりPGF2αの黄体
機能抑制作用が発揮され、プロゲステロン産生が低下するこ
とが機能的黄体退縮の始まりではないかと推察される。さら
に、興味深いことに、GnRH antagonist によってLH作用をブ
ロックしてもPGF2αの受容体は増加しないが、LHの大量投
与によってPGF2α受容体の発現は抑制される。黄体期中期
からHCGを指数関数的に増加させて連日投与すると黄体は
退縮することなく機能は妊娠黄体のように延長する事実は、
HCGの大量投与によりPGF2α受容体発現が抑制された結果
と考えられる。つまり、HCGの出現による妊娠維持機構は、
HCGによるPGF2α受容体発現の抑制、すなわち機能的黄体
退縮開始の阻止と考えられる。以上を考えれば、ヒトの黄体
退縮のトリガーは、絨毛からの適切なHCG分泌の欠如として
捉えることができるかもしれない。
参考文献
これは、黄体期中期から一定量のHCGを連日投与しても黄体
1)‌杉野法広: 黄体化の分子メカニズム. 日産婦誌 2013; 65:
与すると黄体は退縮することなく機能は妊娠黄体のように
2)‌Lee L, et al: Changes in histone modification and DNA
それでは、
「LHに対する反応性の低下」とは、どのようなこ
in granulosa cells undergoing luteinization during
機能は延長しないが、HCGを指数関数的に増加させて連日投
延長するというサルにおける実験結果から導かれている7)。
とを実際には意味しているのか?明確な答えはこれまでな
いので考えてみたい。
117-127.
methylation of the StAR and Cyp19a1 promoter regions
ovulation in female rats. Endocrinology 2013; 154:
458-470.
ヒトとサルにおいて月経周期の黄体期における遺伝子発
3)‌Sugino N, et al: Angiogenesis in the human corpus
パクであるStARやP450scc発現は低下することなく黄体期
4)‌Tamura H, et al; Changes in blood flow impedance of the
現の変化をみると、LH受容体やステロイド産生酵素やタン
後期までその発現が維持されている8)。興味深いのは、黄体
内のPGF2α濃度には黄体期を通して変化はみられないが、
PGF2αの受容体発現はすでに黄体期中期の後半から増加し
luteum. Reprod Med Biol 2008; 7: 91-103.
human corpus luteum throughout the luteal phase and
during early pregnancy. Fertil Steril 2008; 90: 23342339.
後期のレベルとほぼ同じ高いレベルとなっていることであ
5)‌Takasaki A, et al: Luteal blood flow and luteal function.
他の動物種(ラットやウシなど)では、黄体退縮のトリガー
6)‌Sugino N, et al: Species-related differences in the
る8)。PGF2αは黄体退縮を引き起こす代表的な物質であり、
として知られている。ヒトやサルでもPGF2αを黄体期に投
与すると血中プロゲステロン値は低下するので、機能的黄体
J Ovarian Res 2009; 2: 1.
mechanism of apoptosis during structural luteolysis. J
Reprod Dev 2007; 53: 977-986.
退縮に重要な役割を果たしていると考えられる。尚、PGF2α
7)‌Zeleznik AJ et al: In vivo responses of the primate
トでは子宮摘出をしても黄体期間には影響しないことから
gonadotropin. Proc Natl Acad Sci USA 1998; 95:
の産生部位については、齧歯類やウシでは子宮であるが、ヒ
黄体自体であると考えられている。最近のマイクロアレイ解
析による網羅的遺伝子発現解析によると、LHによって増加
する遺伝子(StAR、P450scc、3β-HSD)はPGF2αによって
低下する遺伝子であることがサルにおいて確認されている。
つまり、
「LHに対する反応性の低下」とは、LHによるプロゲ
ステロン産生促進作用に対し、PGF2α受容体を介したPGF2α
corpus luteum to luteinizing hormone and chorionic
11002-11007.
8)‌Bogan RL, et al.: Systemic determination of differential
gene expression in the primate corpus luteum during
the luteal phase of the menstrual cycle. Mol Endocrinol
2008; 22: 1260-1273.
03
Infertility
Menopause
更年期の精神症状と
閉経期ホルモン療法
はじめに
女性のメンタルヘルスに内分泌環境が大きな影響を与え
ることはよく知られている。閉経は月経周期と妊娠・産褥に
続いて起こる最終かつ最大の内分泌的変動であり、閉経前か
ら閉経後へと移り変わる時期、すなわち「更年期」に女性が
抱える種々の心理社会的ストレッサーと相乗的に作用して、
様々な身体精神症状を引き起こす。本項では特に更年期に多
く見られるうつ・不安・不眠などの精神症状に対する閉経
期ホルモン療法(menopausal hormone therapy, MHT)の影
響について述べる。
うつ症状とMHT
WHI
3)
つ症状に影響を及ぼす可能性が否定されたが、これらの研究
が基本的に健康で無症状な平均年齢60代の女性を対象とし
たものであることに留意する必要がある。DSMによってう
つ病性障害と診断された中高年女性に対するMHTの比較的
小規模なRCTが3つあり、周閉経期女性を対象とした2つが
有効性を示した
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
女性健康医学講座
果」とは、E低下により起きるVMSが夜間に頻発することに
より不眠を来し、さらにはうつに至るという仮想的な効果を
指す。周閉経期のうつ病性障害を有する女性を対象とした小
規模なRCTにおいてSchmidtらは、VMSの有無にかかわらず
Eのうつ症状緩和効果が見られることを示しており 4)、これ
は上記(2)を支持する結果である。E受容体(ER)αとβは、
学習と記憶に関わる海馬体や、情動反応の処理に関わる扁桃
体などの大脳辺縁系に局在することが知られており 8)、Eは
これらの受容体を介してセロトニン(5-HT)、ノルエピネフ
リン(NE)、ドーパミン(DA)などのモノアミンを制御してい
ると考えられている。実際に、表1に示すようなEの作用が報
やWISDOM などの大規模なRCTでは、MHTがう
1), 2)
寺内 公一
告されており、これらの機構によりEはモノアミンの量を増
加させ、かつ作用を増強すると考えられている7), 9)。なお周
閉経期のうつ症状に対するMHTの有効性を示した上述の2
つのRCTはいずれもE2の貼付剤を用いているが、その理由
として経口投与に較べて経皮投与では血中濃度が安定して
おり、
「ゆらぎ」を最小化できるためと考えられる4), 5)。
「周閉経期のうつ症状に対して抗うつ薬とMHTのどちらが
のに対し、閉経後平均17年経過した女性
より有効なのか」、という設問も臨床的に重要である。うつ
結果から、視床下部―下垂体―卵巣系の機能的変動が著しい
を比較したRCTは、少なくとも一つ存在する10)。40-60歳の
4), 5)
を対象とした1つでは有効性が示されなかった6)。これらの
周閉経期女性のうつ症状に対してMHTは有効であるが、卵
巣機能が完全に減衰した女性に対しては無効である、とする
“critical window” 説も提唱されている 。
7)
Eが更年期のうつ症状に対して有効であるとするならば、
それは(1)血管運動神経症状(vasomotor symptoms, VMS)
の緩和を介する「ドミノ効果」の抑制によるのだろうか、そ
れとも(2)Eの脳に対する直接作用なのだろうか。
「ドミノ効
症状を有する更年期女性に対して抗うつ薬とMHTとの効果
女性43名がエスシタロプラム10-20mg/日またはMHTのい
ずれかの群に無作為に割り付けられ、8週間にわたる治療を
受けた。うつ症状の改善度はMHT群よりもエスシタロプラ
ム群で有意に大きく、寛解率もエスシタロプラム群で有意に
高かった。このように、更年期のうつ症状に対してはMHTよ
りも抗うつ薬の有効性が高いと考えられる。
表1 エストロジェンの脳に対する直接作用(文献7,9より)
(1)モノアミン合成の増加
・5-HTの合成に関わるtryptophan hydroxylaseの発現亢進
・NEの合成に関わるtyrosine hydroxylaseの発現亢進
(2)モノアミン放出の促進
・5-HTのnegative feedbackに関わる5-HT1A autoreceptorの発現抑制
・NE/DA放出促進
(3)モノアミン分解の抑制
・5-HT/NE/DAの分解に関わるmonoamine oxidaseの発現抑制
(4)モノアミン作用の増強
・5-HT2A receptor /NEαreceptorの発現亢進
・DA transporterにおける再取り込み阻害
04
19
2015.9 Vol.
不安症状とMHT
上述のWISDOM StudyではMHTが不安症状を改善する可
状の強い群で大きかったという報告がある15)。
「周閉経期の不眠症状に対して催眠鎮静薬とMHTのどちら
能性が否定されているが、この研究が基本的に健康で無症状
がより有効なのか」、という設問も臨床的に重要である。不
する 。外科的閉経直後の女性の不安症状がMHTにより改善
効果を比較したRCTは、少なくとも一つ存在する16)。40-60
な平均年齢60代の女性を対象としたものであることに留意
3)
することがRCTにより示されている
。
11), 12)
眠症状を有する更年期女性に対して催眠鎮静薬とMHTとの
歳の女性72名がゾルピデム10mg/日、MHT、またはプラセ
ボのいずれかの群に無作為に割り付けられ、8週間にわたる
不眠症状とMHT
自覚的不眠症状はMHTによる改善の報告が多い症状の一
つであり、特にMHTの精神症状に対する効果の大部分を否
定した前述の大規模臨床試験において、基本的に健康で無症
状な平均年齢60代の女性集団に対して唯一効果が見られた
のが不眠症状である1)〜3)。一方でE投与時のポリソムノグラ
フィ所見では徐派睡眠の頻度に有意な変化が無いことが報
治療を受けた。主観的な不眠症状の改善度はMHT群やプラ
セボ群よりもゾルピデム群で有意に大きかった。このよう
に、更年期の不眠症状に対してはMHTよりも催眠鎮静薬の
有効性が高いと考えられる。
おわりに
以上示したように、更年期のうつ・不安・不眠などの精神
告されており13)、MHTによる自覚的・他覚的不眠の改善度
症状に対して、MHTは限定的ながらも有効性を示す。向精神
連が強く(表2)14)、MHTがうつや不安を緩和することに
ネフィット・リスク評価に基づくインフォームド・コンセ
には乖離がある。更年期女性の不眠症状はうつや不安との関
よって睡眠状態の知覚が改善され、自覚的不眠が解消する可
能性がある。実際に治療開始時のうつ症状の強さがEによる
睡眠の改善度を予測するMHTによる睡眠改善効果がうつ症
薬と較べてその有効性は劣るものの、個々の症例においてベ
ントが得られれば、更年期の精神症状改善を目的として
MHTを行う意義は充分にあると思われる。
表2 更年期の不眠症状とうつ・不安との関係(文献14より)
(1)入眠障害への寄与
粗オッズ比
(95%信頼区間)
調整済みオッズ比
(95%信頼区間)
Waldカイ二乗値
P値
年齢
1.015
(0.962–1.070)
閉経状態
0.624
(0.328–1.187)
ホットフラッシュ
1.258
(0.984–1.609)
寝汗
1.524
(1.194–1.946)
1.488
(1.142–1.938)
8.684
0.003
HADSうつスコア
1.174
(1.088–1.266)
1.061
(0.959–1.174)
1.312
0.252
HADS不安スコア
1.246
(1.136–1.367)
1.182
(1.050–1.331)
7.638
0.006
粗オッズ比
(95%信頼区間)
調整済みオッズ比
(95%信頼区間)
Waldカイ二乗値
P値
(2)熟眠障害への寄与
年齢
0.997
(0.949–1.047)
閉経状態
0.827
(0.466–1.466)
ホットフラッシュ
1.266
(1.008–1.589)
1.125
(0.848–1.491)
0.664
0.415
寝汗
1.538
(1.222–1.938)
1.423
(1.077–1.881)
6.160
0.013
HADSうつスコア
1.192
(1.108–1.283)
1.128
(1.023–1.244)
5.846
0.016
HADS不安スコア
1.198
(1.104–1.300)
1.092
(0.979–1.217)
2.514
0.113
(太字は独立の危険因子)
05
文献
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19
2015.9 Vol.
Endometriosis
子宮内膜症の
心血管疾患リスク
若槻 明彦
愛知医科大学産婦人科
はじめに
性成熟女性のなかで10人に1人が子宮内膜症を有すると
1.血管内皮機能と心血管疾患
血管内皮細胞からは多くの生理活性物質が産生し、なかで
いわれており、その数はおよそ200〜300万人と推定されて
もLアルギニンからLシトルリンに変換される際、一酸化窒
患であることが知られているが、慢性的な炎症の持続は将来
管平滑筋に作用して血管を弛緩させる。血管内皮機能は動脈
いる。子宮内膜症は多くのサイトカインを産生する炎症性疾
の動脈硬化性疾患に発展することがわかっている。例えば慢
性炎症の代表的疾患であるクラミジア肺炎や齲歯などは冠
動脈疾患のリスクであることがすでに報告されている1), 2)。
素合成酵素により、一酸化窒素(NO)が産生される。NOは血
硬化性疾患への進展過程において、最も鋭敏にしかも早期に
変化することが報告されている 3)。血管内皮機能の測定は、
超音波プローベを用いて上腕動脈径を計測し、反応性充血後
子宮内膜症はエストロゲン依存性の疾患であるので、閉経後
の血管拡張反応を内皮依存性の血管拡張反応(flow mediated
の数十年の間、炎症にさらされることになる。従って、子宮
超音波での血管径を測定するため非侵襲的で簡便に測定で
にはその病態は収束するが、若年期に発症すると、閉経まで
内膜症を炎症性疾患として捉えれば、若年期に発症した子宮
内膜症は将来の心血管系疾患に進展する可能性がある。本疾
患の特徴的な臨床症状としては、強度の月経痛、腰痛、排便
痛、性交痛などの他、不妊症を合併することも多いため、研
究の中心は子宮内膜症の発症機序の解明や、疼痛や不妊に対
vasodilation; FMD)が世界的に広く用いられている。これは
きる点や、上腕動脈は心臓の冠動脈に類似しているためであ
る 4)。実際に血管内皮機能は心血管疾患リスクである糖尿
病、高血圧、脂質異常症、喫煙、閉経によるエストロゲン低
下など多くの病態で低下することがわかっている。
する治療方法などに焦点がおかれている。しかし、我々の仮
説が証明されれば、本疾患に対する治療は、生活習慣病の予
2.子宮内膜症と血管内皮機能
子宮内膜症女性の血管内皮機能を検討するために、MRIで
防医学的な観点からも考える必要がでてくる。
子宮内膜症性囊胞があり、腹腔鏡下手術でその存在が確認で
になり得るか否かについて、我々の研究成績と疫学的研究結
定した。その結果、FMDは子宮内膜症が存在した群が、存在
本稿では、子宮内膜症を有する女性が心血管疾患のリスク
果を中心に紹介し、適切な治療方法についても概説する。
きた症例と子宮内膜症のない症例に対し、術前にFMDを測
しなかった群に比較して有意に低値を示したことから(図1)
、
子宮内膜症女性における血管内皮機能の低下が証明された5)。
図1 血管内皮機能の比較
P < 0.01
(FMD%)
12
10
8
6
4
2
0
内膜症群
コントロール群
(Kinugasa S, Shinohara K, Wakatsuki A, Atherosclerosis, 2011)
07
3.子宮内膜症女性における血管内皮機能低下の要因
血管内皮機能が低下する要因として、エストロゲン濃度の
(2)血管炎症
子宮内膜症女性の子宮内膜組織はマクロファージを活性
低下、脂質異常症、高血圧、酸化ストレスや血管炎症の亢進
化させ、炎症性サイトカインであるIL-1、IL-6、TNF-αなど
みると、エストロゲン濃度、LDLコレステロールや中性脂肪、
促すためCRPも高値を示す可能性がある。血管炎症のマー
などがあるが、これらについて子宮内膜症の有無で比較して
HDLコレステロール濃度、血圧には両群で差はなかったの
で、これらの因子は血管内皮機能に影響しないと考えられる。
(1)酸化ストレス
活性酸素は腹腔内での子宮内膜細胞の成長や癒着を促進
し、不妊症との関連性が指摘されている 。また、子宮内膜
6)
症女性における腹水中の抗酸化酵素は低いあるいは子宮内
膜症女性の酸化ストレスマーカーは上昇しているとの報告
を産生させることが知られている。IL-6は肝内のCRP産生を
カーとして、感染症などで測定するCRPの100倍の感度を有
する高感度CRP、IL−6、血清アミロイドA蛋白(SAA)を測定
してみると、いずれも子宮内膜症女性で有意な高値を示した
(表1)。また、高感度CRPはFMDと負の相関を認めることか
ら、血管炎症が内皮機能低下に関与していることが示された5)。
(3)内因性NOS抑制因子(ADMA)
ADMAは血管内皮細胞より産生される内因性のNOS阻害
などがある 。
物質で、L-アルギニンからのNOの合成を阻害し、血管拡張
metabolites(dROMs)と抗酸化因子の指標であるbiological
dimethylaminohydrolase(DDAH)によって代謝され、尿中
7)
我々は血中の活性酸素の指標であるreactive oxygen
antioxidant potential(BAP)を測定した結果、dROMsは子宮
内膜症の有無で差はなかったが、BAPは子宮内膜症女性で有
意に低値を示した(図2)。また、BAPはFMDと正の相関を示
すことから、子宮内膜症女性の血管内皮機能低下は抗酸化因
子の低下が一因であると推察された 。
8)
を抑制する。ADMAはcitrulline から、dimethylarginine
に排泄する。高コレステロール血症、心不全・動脈硬化、腎
不全・高血圧、多発性硬化症、糖尿病などの疾患で上昇する
ことがわかっている。今回の検討では、ADMAの異性体で活
性のほとんどないSDMAは両群で差はなかったが、ADMAは
子宮内膜症女性で有意に高値を示した(表1)。また、FMDと
図2 活性酸素と抗酸化因子の比較
(U.CARR)
d-ROM(活性酸素)
NS
400
BAP(抗酸化因子)
(μM)
P < 0.05
3000
2500
300
2000
1500
200
0
0
内膜症群
内膜症群
コントロール群
コントロール群
(Kanyama A, Wakatsuki A. J. Aichi Med. U. Assoc, 2010)
表1 血管炎症マーカーとADMA, SDMA濃度
Endometriosis
Control
P
hs-CRP (ng/mL)
1053.3±252.0
272.0±83.3
0.02
SAA (µg/mL)
8.00±1.53
3.82±0.42
0.04
IL-6 (pg/mL)
2.73±0.75
1.05±0.60
0.04
ADMA (pmol/L)
409.7±10.1
383.0±48.3
0.04
SDMA (pmol/L)
359.4±58.5
358.3±58.8
0.9
Data are expressed as mean±SE; hs-CRP, high sensitive-C reactive protein; SAA, Serum amyloid
protein A; IL-6, interleukin 6; ADMA, Asymmetrical Dimethylarginine; SDMA, Symmetrical
Dimethylarginine.
(Kinugasa S, Shinohara K, Wakatsuki A, Atherosclerosis, 2011)
08
19
2015.9 Vol.
ADMA間に負の相関が存在することから、ADMAの上昇も血
管内皮機能低下と関連することが示された5)。
意に低下させるが、エストロゲン濃度は感度以下まで急激に
低下するため、ホットフラッシュや発汗などの更年期症状や
骨塩量低下などに加え、血管内皮機能の低下、LDLコレステ
4.子宮内膜症と心血管疾患に関する臨床試験
子宮内膜症が若年期に発症すると、閉経するまで長期間に
わたり炎症にさらされ、血管内皮機能は低下した状態が継続
するため、動脈硬化性疾患のリスクになる可能性がある。頸
動脈のintima-media thickness(IMT)測定は動脈硬化性病変
の存在を推定できることから、広く応用されている。Pretta
らは子宮内膜症女性のIMTを測定し、コントロール群と差が
ないことから、動脈硬化のリスクにはならないと結論してい
る 。しかし女性の場合、動脈硬化性疾患のほとんどはエス
9)
トロゲン濃度の低下する閉経後に発症することがわかって
いるので閉経後に検討する必要がある。一方、最近本邦から
ロールや接着因子の増加をきたす11)。従って、GnRHアゴニ
ストの長期投与は、将来の心血管疾患の発症をさらに上昇さ
せる可能性があるため、短期間に限定するか、できれば少量
のエストロゲンと黄体ホルモンを併用するadd back療法を
再考する必要がある。
(2)ジエノゲスト
黄体ホルモン製剤のなかでアンドロゲン作用を有するも
のは脂質や血管内皮機能に抑制的に作用することがわかっ
ている。我々の検討によると、閉経後女性のホルモン補充療
法の際、エストロゲンに酢酸メドロキシプロゲステロン
報告されたJapan Nurses’ Health Studyの疫学研究によれ
(MPA)を併用すると、エストロゲンで上昇したHDLコレス
脳虚血のオッズ比が有意に高値であることが示されている10)
ることがわかっている12), 13)。これは合成型黄体ホルモン製剤
ば、子宮内膜症の経験のある女性は脳梗塞、狭心症、一過性
(図3)。従って、子宮内膜症を有する女性は閉経後に心血管
系疾患のリスクになる可能性が考えられる。
テロールと血管内皮機能がMPAの量と用量依存的に低下す
に含有するアンドロゲン作用のためと考えられる。一方、ア
ンドロゲン作用のない天然型プロゲステロンではMPAのよ
うな悪影響のないことも報告されている14), 15)。アンドロゲン
作用を有する黄体ホルモン製剤を子宮内膜症女性に使用す
5.心血管疾患リスクとしての子宮内膜症の治療
(1)GnRHアゴニスト
作用機序は、下垂体のGnRH受容体の脱感作の誘導による
ものである。GnRHの持続あるいは高濃度投与はGnRH受容
体数を減少させ、ゴナドトロピンの分泌を減少させるため、
卵巣からのエストロゲン分泌は低下する。
GnRHアゴニスト投与後、エストロゲン濃度は一過性に上
昇するが、その後低下するため、子宮内膜症の病巣は有意に
縮小し、高感度CRP、IL-6、SAAなどの血管炎症マーカーは有
ると、血管内皮機能がさらに低下する可能性があるが、ジエ
ノゲストは天然型と類似してアンドロゲン作用がないこと
が特徴のため、理論的には血管内皮機能への悪影響はないと
推測できる16)。また、ジエノゲストによる血中エストロゲン
濃度低下の程度はGnRHアナログに比較するとかなり小さ
く、更年期症状や骨量への影響も少ない。今後、ジエノゲス
トによるエストロゲン低下作用と血管内皮機能との関連性
を検討する必要がある。
図3 子宮内膜症を経験した女性のオッズ比
3
2.06
(1.12-3.77)
1.86
(1.22-2.82)
2
1.53
(1.02-2.30)
0.900
0.98
(0.31-3.16) (0.216-3.756)
1
0
0.569
(0.077-4.211)
脳梗塞
脳出血
くも膜下
出血
心筋梗塞
狭心症
一過性
脳虚血
(Japan Nurses’ Health Study)
(Nagai K et al, BMJ Open, 2015改変)
09
(3)‌低用量経口避妊薬(OC)/エストロゲン・プロゲスチン
配合剤(LEP)
OCやLEPはエチニールエストラディオール(EE)と黄体ホ
ルモンとの合剤で排卵を抑制して内因性のエストロゲン濃
度を低下させる。しかし、外因性にEEが投与されるため脂質
や血管内皮機能はむしろ改善の方向に傾くと考えられる。今
後、OC,LEPによる脂質や血管内皮機能への影響を検討する
必要がある。
おわりに
子宮内膜症は月経痛をはじめとする様々な疼痛をもたら
し、不妊症を併発する頻度も高く、若年女性のQOLを低下さ
6)‌Alpay Z et al: Female infertility and free radicals:
potential role in adhesions and endometriosis. J Soc
Gynecol Investig 13: 390-398, 2006
7)‌Szczepańska M et al: Oxidative stress may be a piece in
the endometriosis puzzle. Fertil Steril 79: 1288-1293,
2003
8)‌Kanyama A et al: Endothelial function and oxidative
stress in women with endometriosis. J Aichi Med Univ
Assoc 38; 1-8: 2009
9)‌P r e t t a S e t a l : A t h e r o s c l e r o s i s i n w o m e n w i t h
endometriosis. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol 132:
226-231, 2007
せる代表的疾患の1つである。本疾患はエストロゲン依存性
10)‌Nagai K et al: Disease history and risk of comorbidity
病態は長期間持続し、動脈硬化のハイリスクである慢性炎症
the Japan Nurses' Health Study baseline survey.BMJ
の疾患であることから、若年期に発症して閉経するまでその
疾患と極めて類似している。今回、我々は子宮内膜症が将来
の心血管疾患リスクになるとの仮説に基づき検討した結果、
子宮内膜症女性の血管内皮機能が低下していることや内皮
機能低下の機序が明らかになった。また、Japan Nurses’
Health Studyの疫学研究の結果からは、子宮内膜症が閉経後
の心血管疾患の発症リスクと関連する可能性が強く示唆さ
れる。従って、子宮内膜症に対して現在行われるGnRHアナ
ログやジエノゲスト、OC/LEPなどの治療については、疼痛
や不妊に対してのみならず、動脈硬化予防の観点からも今
後、検討が必要である。
参考文献
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disease: is there a link? Lancet 350: 430-436, 1997
2)‌Mattila KJ et al: Role of infection as a risk factor for
in women's life course: a comprehensive analysis of
Open 5; e006360,2015
11)‌Harada R et al: Effects of gonadotropin-releasing
hormone agonist on vascular reactivity, oxidative
stress, and plasma levels of asymmetric
dimethylarginine, inflammatory markers, glucose, and
lipids in women with endometriosis. J Aichi Med Univ
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12)‌Wakatsuki A et al: Effect of medroxyprogesterone
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Circulation 104: 1773-1778, 2001
13)‌W a k a t s u k i A e t a l : E f f e c t s o f c o n t i n u o u s
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metabolism in postmenopausal women receiving
estrogen. Maturitas 25: 35-44, 1996
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14)‌The Writing Group for the PEPI Trial: Effects of
3)‌Raitakari OT et al: Flow-mediated dilatation.Br J Clin
disease risk factors in postmenopausal women. The
Infect Dis 26: 719-734, 1998
Pharmacol 50: 397-404,2000
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estrogen or estrogen/progestin regimens on heart
Postmenopausal Estrogen/Progestin Interventions
(PEPI) Trial. JAMA 273: 199-208,1995
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15)‌Gerhard M et al: Estradiol therapy combined with
5)‌Kinugasa S et al: Increased asymmetric dimethylarginine
in postmenopausal women. Circulation 98: 1158-
atherosclerosis. Lancet 340: 1111-1115,1992
and enhanced inflammation are associated with
impaired vascular reactivity in women with
endometriosis. Atherosclerosis 219: 784-788, 2011
10
progesterone and endothelium-dependent vasodilation
1163, 1998
16)‌Schindler AE et al. Classification and pharmacology of
progestins. Maturitas 46: S7-S16, 2003
19
2015.9 Vol.
Infertility
Menopause
子宮筋腫により誘導される子宮内膜の異常蠕動様運動は
妊娠率を低下させる。−cine-MRIについて−
吉野 修
富山大学産科婦人科教室
はじめに
子宮筋腫は生殖年齢女性の20−50%が罹患しており 、日
1)
常臨床においてよく遭遇する疾患であるが、大半の症例は特
に症状がないことから治療を要しない2)。しかし、特に不妊
の5-9日目、所謂implantation windowに撮影した。尚、研
究には倫理委員会の承認を得た。子宮内膜の動画MRIの条件
はOrisakaらによって報告されている方法を用いた9)。
6秒毎に3分間、子宮内膜部位のMRIをsingle-shot fast
治療との関連となると、子宮筋腫の解剖学的位置、即ち粘膜
spin-echo(SSFSE)法にて撮影した。
(TR/TE=6000 / 78
いは大きく異なる3)。特に筋層内子宮筋腫症例は、手術によ
=256 x 256)。得られた画像はcineモードにて高速再生し
下、筋層内、漿膜下のいずれに存在するかにより、その取扱
る正常筋層へのダメージを考慮し、子宮筋腫核出術後に不妊
治療の一時中止および、分娩時には、子宮破裂のリスクを避
けるために帝王切開が推奨されることが多く 、患者への負
2)
担が多いことが挙げられる。子宮筋腫の位置と妊娠率に関す
るメタ−アナリシスによると、粘膜下子宮筋腫は明らかに妊
娠率を低下させ、漿膜下子宮筋腫は妊娠率を低下させないこ
とが判明している一方で、筋層内子宮筋腫が妊娠そのものに
与える影響は一定の見解が得られていない
。即ち、筋層
2), 3)
内子宮筋腫の不妊症治療という観点からの取り扱いには苦
慮することが多い。
これまで、一部の筋層内子宮筋腫は、着床に悪影響を与え
ること 、その機序として子宮における異常収縮を誘導する
4)
msec, FOV = 240 mm, slice thickness = 10 mm, matrix
た。子宮内膜蠕動様運動が3分間で2回未満(低頻度群)およ
び2回以上(高頻度群)の二群に分け、MRI撮影後4ヶ月間の
妊娠率を比較した。群分けの基準は、Togashiらの報告で子
宮筋腫を有さない症例では子宮内膜蠕動様運動が3分間で2
回未満であることによる6)。MRI撮影後4カ月間、通常の不妊
治療を行い、妊娠に関して前方視的に検討した。また、一部
の症例では子宮筋腫核出術を行い、術後の妊娠許可直前の着
床期にcine-MRIを撮影し、蠕動運動の評価を行った。また子
宮筋腫核出術後8カ月間の妊娠率について検討した。
cine MRIでの蠕動様回数と妊娠率
MRI検査をうけた子宮筋腫を有する不妊症症例51名を子
可能性が提唱されてきた2), 5)。着床期、子宮内膜の蠕動様運
宮内膜の蠕動様運動回数別に分類した(表1)。3分間に蠕動
現象であると考えられている
た高頻度群の症例数はそれぞれ、29例(57%)と22例(43%)
動は減少することが知られており、このことが着床に重要な
。近年のMRI撮像技術の進
6)-8)
歩により、数秒間隔での連続撮影が可能となり、動画画像
(cine MRI)を構築することができるようになり、心臓を始
めとする各種臓器での応用が始まっている。Togashiらは同
法を用いて、子宮内膜の蠕動様運動が描出できることを報告
しており、着床期における子宮内膜の蠕動様運動の頻度は3
分間で0−1回と報告している 。本研究は筋層内子宮筋腫が
6)
着床期の子宮内膜蠕動運動に与える影響とその妊孕性への
関与について検討を行った。
様運動を0ないし1回認めた低頻度群、および2回以上を認め
であった。両群の患者背景を表2に示す。患者年齢、不妊期
間、原発性不妊と続発性不妊の割合、体外受精既往の割合に
差を認めなかった。MRI検査で得られた所見に関して表3に
示す。子宮内膜症の罹患率、子宮筋腫の個数および最大径、
子宮筋腫により子宮内膜の変形をきたしている症例数の割
合は、両群間で差を認めなかった(表3)。子宮筋腫の個数と
最大径はそれぞれ、低頻度群で2.8個, 53mm(中間値), 高頻
度群では3.5個, 58mm(中間値)であった。尚、子宮筋腫の位
置は子宮体部もしくは子宮底部であり、子宮狭部や頸部筋腫
cine MRIの撮影方法
筋層内子宮筋腫を有する不妊症例に対してMRIを高温期
症例は認めなかった。
MRI撮影後の4ヶ月間、低頻度群29名中10名(34%)が妊
表1 3分間あたりの蠕動様運動回数別による患者分布
これまで報告から、3分間で2回以上の蠕動様運動は高頻度と考えられる。
蠕動様運動回数
(/3min)
患者数
(全51名)
0
19 人
1
10 人
2
1人
3
6人
4
10 人
5
3人
6
2人
11
娠したのに対し、高頻度群22名中妊娠例は0名であった
に撮影した。術後の蠕動様運動に関して変化を認めず、術後
よび3例がクロミフェン療法を受けていた。
娠に至らなかった29名のうち、22例が子宮筋腫核出術を受
(0%、P<0.005)。妊娠症例10名の内訳は、7例が自然排卵お
また、妊娠に至らなかった症例に子宮筋腫核出術を行っ
た。低頻度群で子宮筋腫のある状態で妊娠にいたらなかった
19名のうち、11名が手術を受け7名が術後MRIを適切な時期
妊娠症例を認めなかった(妊娠率0%)。一方、高頻度群で妊
け、15名が術後、適切な時期にMRIを撮影した。術後、15例
全例に蠕動様運動回数は減少し、その後、妊娠を6例に認め
(妊娠率40%)
、両群間で有意な差を認めた(P<0.05)
。
(図1)
。
表2 患者背景
子宮内膜蠕動運動が3分間で2回未満 (低頻度群) および2回以上(高頻度群)の二群に分け、患者背
景を比較した。
低頻度群
高頻度群
患者数 (人)
29
22
年齢
36 (29-41)
*
*
有意差
37 (29-41)
*
有意差なし
24 (4-108)
*
有意差なし
不妊期間 (月)
24 (3-84)
原発性 ・ 続発性不妊 (患者数)
原発性
続発性
20
9
17
5
有意差なし
体外受精の既往 (患者数)
なし
あり
24
5
18
4
有意差なし
*: 中央値 (最小値-最高値)
表3 患者背景および妊娠率
子宮内膜蠕動様運動が3分間で2回未満 (低頻度群) および2回以上(高頻度群)の二群に分け、MRI
所見およびMRI撮影後4ヶ月間に妊娠症例を示した。
N.S.: not significant
低頻度群
高頻度群
患者数 (人)
29
22
有意差
子宮内膜症
なし
あり
22
7
16
6
有意差なし
子宮筋腫の個数
2.8±2.8
3.5±3.0
有意差なし
子宮筋腫の最大径(mm)
53±17
58±21
有意差なし
子宮内腔の変形をきたした症例
なし
あり
14
15
12
10
有意差なし
MRI後の妊娠例
症例数 (%)
10 (34%)
0 (0%)
P<0.005
図1 子宮筋腫核出術前後の蠕動様運動回数の変化および、術後の妊娠症例
低頻度群
術前
1
0
0
0
0
0
0
→
→
→
→
→
→
→
術後
1
0
0
0
0
0
0
pregnancy
P<0.05
高頻度群
術後妊娠
no
no
no
no
no
no
no
0/7 (0%)
術前
9
6
5
5
4
4
4
4
4
4
3
3
3
3
2
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
術後
0
1
3
0
1
1
0
0
0
0
1
0
1
0
0
pregnancy
12
術後妊娠
yes
yes
no
no
yes
yes
no
no
no
no
no
yes
no
yes
no
6/15 (40%)
19
2015.9 Vol.
考察
我々はMRIを用いて子宮内膜の蠕動様運動の評価を行っ
子宮内膜は蠕動様運動を呈し、この運動の頻度および方向
ている。超音波断層法では、子宮筋腫の存在により、子宮内
特に排卵期および月経期に子宮内膜蠕動様運動の頻度が大
ローブはその刺激により子宮収縮を誘導することから、この
は月経周期によって大きく変動することが知られている8)。
きい。排卵期は子宮頸部から底部に向かって運動すること
で、精子を汲み上げる働きをしていることが考えられてい
る。また、月経期には子宮底部から頸部方向に運動すること
で、月経血を子宮内腔より排出する作用があると考えられて
いる。一方で着床期には、子宮内膜の蠕動様運動は殆ど見ら
れなくなる
。そして運動を抑制することで、胚の子宮内
6), 9)
膜を正確に描出することが困難なことが多い。また、経腟プ
分野の検討には不向きだとされている13)。即ち、特に子宮筋
腫を有する患者の子宮内膜の運動評価にはMRI法が優れて
いる。
おわりに
本研究は不妊症の観点から子宮筋腫の手術を受けるべき
膜への着床を促していることが予想されている10)。これら子
か悩んでいる患者の一助になる可能性がある。また、同法は
エストロゲンは運動亢進を、プロゲステロンは運動抑制に寄
般的に体外受精において採卵周期よりも自然周期の方が、着
宮内膜の蠕動様運動は女性ホルモンにより制御されており、
与することが知られている
。
11)
Fanchinらは子宮に異常を認めない不妊症患者を対象に超
音波断層装置を用いた検討を報告している。彼らはIVF-ET
患者の胚移植時の子宮内膜蠕動様運動の回数と妊娠率を比
較し、蠕動様運動回数が少ないほど妊娠率が高くなるとして
いる7), 8)。Orisakaらはcine-MRIを用いた検討で、子宮に異常
着床の評価法としても有用であるかもしれない。例えば、一
床率が高いことが知られている。この理由として採卵周期の
高エストロゲン状態が子宮内膜の異常蠕動様運動を誘導す
ることで、着床を妨げているのかもしれない。今後、同法を
用いることで、不妊症の評価が発展することが期待される。
本研究は厚生労働省班研究、
「女性生殖器における妊孕能
を認めない正常コントロールでは着床期に子宮内膜蠕動様
の客観的な評価法の確立」
( 吉野班)の一環として行われ、
の中には異常運動を呈する症例があることを報告している9)。
abnormal uterine peristalsis caused by intramural fibroids.
運動を認めなかったのに対し、筋層内子宮筋腫を有する患者
MRI検査を着床期に行ったところ、51例中22例(43.1%)
と半数以下の症例で、本来は子宮内膜に蠕動様運動を認めな
い時期に異常運動を認めた。さらに、MRI検査後に前方視的
に妊娠について調査を行ったところ、興味深いことに蠕動様
運動を高頻度に認めた22例中に妊娠症例を認めなかった
(0%)のに対し、低頻度群では29例中10例(34%)に妊娠を
認めた。また、妊娠に至らなかった症例に子宮筋腫核出術を
行ったところ、低頻度群(7名)では術後の蠕動様運動に関し
て変化を認めず、術後妊娠症例を認めなかった(0/7 0%)
が、高頻度群(15名)では術後全例の蠕動様運動回数は減少
し、その後、妊娠を6例に認めた(6/15 40%)。このことか
ら、子宮筋腫のある状況で、蠕動様運動の無い症例は、子宮
Yoshino O et al. Decreased pregnancy rate is linked to
Hum Reprod. 2010 Oct; 25(10): 2475-9.
Yoshino O et al. Myomectomy decreases abnormal
uterine peristalsis and increases pregnancy rate. J Minim
Invasive Gynecol. 2012 Jan-Feb; 19(1): 63-7.として発表した。
参考文献
1)‌Verkauf BS Fertil Steril 1992; 58: 1-15.
2)‌Somigliana E, et al. Hum Reprod Update 2007; 13: 465476.
3)‌Donnez J et al. Hum Reprod 2002; 17: 1424-1430.
4)‌Richards PA et al. Hum Reprod Update 1998; 4: 520525.
筋腫核出術を受ける意義が、着床という観点からでは意味が
5)‌Fujiwara T et al. Radiographics 2004; 24: e19.
運動のある症例は、子宮筋腫核出術を行い、蠕動様運動を減
7)‌Fanchin R et al. Hum Reprod 1998; 13: 1968-1974.
ないのかもしれない。一方で子宮筋腫のある状況で、蠕動様
らすことが妊娠率の向上に繋がる可能性がある。
今回の検討で、どの条件の筋層内子宮筋腫が子宮内膜の異
6)‌Togashi K Ann N Y Acad Sci 2007; 1101: 62-71.
8)‌Fanchin R et al. Reprod Biomed Online 2009; 18 Suppl 2:
57-62.
常蠕動様運動を引き起こすかについて、子宮内腔を変形させ
9)‌Orisaka M et al. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol 2007;
きなかった。上述したようにエストロゲンは子宮内膜の蠕動
10)‌Zervomanolakis I et al. Ann N Y Acad Sci 2007; 1101:
ン産生に重要な酵素であるアロマターゼが発現している12)
11)‌Mueller A et al. Hum Reprod 2006; 21: 1863-1868.
るタイプ、個数、最大径等の条件では明らかにすることはで
様運動を亢進させる作用がある11)。子宮筋腫にはエストロゲ
ことから、子宮筋腫によっては局所のエストロゲン濃度が亢
進することで、蠕動様運動を誘導しているのかもしれない。
更なる検討が必要である。
135: 111-115.
1-20.
12)‌Bulun SE et al. J Steroid Biochem Mol Biol 2005; 95:
57-62.
13)‌Lesny P et al. Hum Reprod Update 1998; 4: 440-445.
13
Infertility
Menopause
乳癌患者の卵巣機能の
評価と管理
緒言
近年欧米諸国と同様に我が国おいても乳癌患者が増加し
ており、ホルモン治療中の患者を産婦人科で扱う機会が多く
なってきている。このような患者に対して妊孕性の維持とい
う観点も含めて、乳腺外科と連携する場面が多くなってき
た。本稿では乳癌患者の管理の問題点、なかでも卵巣機能に
関する課題について述べる。
我が国の乳癌罹患の実情
我が国の女性のがん臓器別罹患者数の推移を見ると、乳癌
は例年増え続け現在トップとなっている。また2008年の全
国乳癌患者登録調査報告によると、本邦では年間4〜5万人
程度が乳癌を発症し、その約17%は45歳未満とされている。
日本人の年齢別乳癌の罹患率の推移をみても、これらの若い
年齢層は他の年齢層と同様に罹患率が上昇してきており、現
在本邦では約20人に1人の女性が乳癌を経験するといわれ
ている。また45歳以下で発見される乳癌患者の75%は5年以
上生存するとされている。
妊孕性温存の視点から見た乳癌治療の課題
上述のような背景に基づいて乳癌患者の生殖機能に関す
る問題点を挙げると、まず1)晩婚化により第1子をもうける
図1 乳がん治療の流れ
14
藤原 浩
金沢大学医薬保健研究域医学系
分子移植学 産科婦人科学講座
年齢は上昇し、挙児を希望される生殖年齢の乳癌女性は相当
数いることが推察される。2)そこで乳癌治療の化学療法や
ホルモン療法の乳癌女性患者の生殖機能に対する作用が問
題となってきており、3)そのため欧米では妊孕能の温存が
乳癌治療の重要な一要素となりつつある。
乳癌の治療の流れとしては、乳癌の診断が確立後、手術可
能例では手術療法を先行させるのが一般的だったものの、最
近では術前に化学療法を行って腫瘍を小さくしてから手術
を行うことも少なくない(図1)。術前化学療法の有無にかか
わらず、ほとんどの症例で術後に放射線療法やホルモン療法
などの追加治療が必要となる。またハーセプチンなどの分子
標的療法も一般的になっている。一方で手術不能例では、化
学療法、放射線療法、ホルモン療法、分子標的療法などを先
行させ、病変を手術可能な状態に持って行くことを目指して
いる。
それでは、このような乳癌治療は女性の妊孕能にどのよう
な影響をあたえるのであろうか。乳癌治療の標準療法では、
まず化学療法を、続いて放射線療法を行った後に、乳癌全体
の70%近くを占めるエストロゲン受容体陽性の乳癌患者に
対しては、さらに5年間のホルモン療法を行う。ホルモン療
法中は催奇形性の問題で避妊が原則となっており、また妊娠
のためにホルモン療法の期間を短縮することは推奨されて
19
2015.9 Vol.
いない。したがって、図2に示したように乳癌治療のため妊
とに高リスク群に属するシクロホスファミドは乳癌治療に
一般に妊孕能を表す妊娠率は38歳以降急激に低下し、45歳
まれている。
娠時期が約5年間遅れることが第1の大きな問題といえる。
でほぼ0となることが知られているが、主に加齢による卵の
不可欠な薬剤であり、すべての化学療法のプロトコールに含
さらに抗癌剤投与時の患者年齢によって性腺が受けるダ
質の低下が原因と考えられており、33歳以上の女性では、約
メージの大きさは異なっている。卵巣の予備能は卵巣内にあ
え、妊娠可能な期間を逃すことがおこり得る。また第2の問
祖細胞数で表すことができる。卵巣内の原始卵胞数は加齢と
5年間の乳癌治療のために妊娠許可が出る時期が38歳を超
題としては、化学療法で使用される抗癌剤が卵巣に与えるダ
メージが挙げられる。
卵巣機能に与える抗癌剤の影響
抗癌剤の卵巣へのダメージについては、その大きさを左右
する因子として、卵胞の発育段階、抗癌剤の種類と投与量、
抗癌剤投与時の年齢の3つが挙げられる。思春期以後、卵胞
る原始卵胞数で表されるが、精巣の予備能は精巣内にある精
ともに急激に低下するので、卵巣の予備能も加齢とともに急
激に低下する。一方で精巣内の精祖細胞は思春期になると急
激に増加するので、精巣の予備能は思春期前に最も小さいこ
とになる。従って、卵巣へのダメージは高齢ほど大きいのに
対し、精巣へのダメージは思春期前に最も大きいとされ、男
女間で異なっている。
以上述べた乳癌治療が女性の妊孕能に与える影響につい
は一次卵胞、二次卵胞を経て成熟卵胞へと発育し、排卵に至
てまとめると、治療による妊娠時期の遅れと、抗癌剤が卵巣
態にある原始卵胞は抗癌剤のダメージを受けにくいとされ
的治療はその完遂に約5年間を要し、その間は妊娠できな
るが、大多数の卵胞は途中の段階で閉鎖に陥る。静止した状
ているが、周囲の顆粒膜細胞が分裂増殖している一次卵胞、
二次卵胞、成熟卵胞は抗癌剤のダメージを極めて受けやす
く、容易に閉鎖卵胞へ誘導されると考えられている。
また抗癌剤の種類・投与量による卵巣機能に対する侵襲
度の差に関しては、抗癌剤は、それが与えるダメージの大き
さにより高リスク群、中リスク群、低リスク群の3つに分け
られており、中でも高リスク群の薬剤は、発育卵胞、原始卵
胞ともに高度のダメージをもたらすとされ、代表的な薬剤と
してエンドキサン(シクロホスファミド)が挙げられる。シ
スプラチンなどの中リスク群でも発育卵胞、原始卵胞ともに
中等度のダメージをもたらすとされているが、メトトレキ
セートをはじめとする低リスク群では、原始卵胞に与えるダ
メージは極めて小さいとされている。ところが具合の悪いこ
に与えるダメージと、大きく2つに分けられる。乳癌の標準
い。一般的に女性の妊孕能は38歳以降に急激に低下すると
されており、この意味では33歳以上で乳癌治療を開始する
場合、妊娠可能な時期を逃してしまう可能性が高いというこ
とになる。抗癌剤による卵巣のダメージは卵巣予備能のもと
もと低い高齢女性ほど大きく、40歳以上の女性では抗癌剤
治療によりそのまま閉経してしまうことがほとんどとなる。
40歳未満では半数以上で月経が再開するが、無排卵や早発
閉経をきたすことが多く、抗癌剤治療後に実際に妊娠できる
のは5%以下と報告されている。
妊孕性温存への対策
これらの背景から、乳癌治療において挙児希望があり妊孕
能温存が必要となる患者の場合、抗癌剤治療が必要でない症
図2 乳がん治療が妊孕能に与える影響と問題点
15
例には治療による妊娠時期の遅れが最大の問題となるので、
剤として作用する可能性が指摘されている。この場合はタモ
て配慮が必要となる。一方で抗癌剤治療が必要な場合には、
のエストロゲンの産生を亢進してしまうという目的に相反
5年間のホルモン療法を行う予定の33歳以上の患者に対し
抗癌剤が卵巣に与えるダメージも問題となるので、患者の年
齢、すなわち予備能を参考にしつつ、妊孕性温存のための方
策として受精卵の凍結保存を考慮することとなる。最近では
未受精卵の凍結も実用化されつつあるが、卵巣組織の凍結保
存はまだ実験的技術の域を脱していない。
また化学療法の間、卵胞の発育や卵巣への血流を減弱させ
キシフェンの抗エストロゲン作用を期待して、逆に卵巣から
する結果を招くことがあり注意を要する。加えてタモキシ
フェンの子宮内膜に対する直接作用により子宮内膜癌の発
症が誘導されることも広く知られており、タモキシフェン服
用時には乳腺外科医と婦人科医が協力して経過観察するこ
とが重要と考えられる。
また主に閉経後に使用されるアロマターゼ阻害剤もしば
卵胞を保護する目的で、Gn-RHアナログによる化学療法中の
しば問題となる。生殖医学の分野ではアロマターゼ阻害剤は
保存され比較的早く月経周期が再開すると考えられており、
れている。乳癌患者に対してアロマターゼ阻害剤は閉経以降
卵巣機能抑制法が提唱されている。この方法では2次卵胞が
抗癌剤投与後の月経再開率は40歳未満で100%という報告
もある。低エストロゲン状態により腫瘍の増殖能が抑制さ
れ、抗癌剤の効果が減弱するという危惧も指摘されている
が、その場合にはエストロゲン補充(add back療法)を併用
する選択肢が理論的には考えられ、今後の検討が必要と思わ
れる。
乳癌ホルモン療法による卵胞発育への過剰刺激
乳癌患者の若年層における増加は、上記のような妊孕能温
存の課題のみならず、乳癌ホルモン療法による卵巣過剰刺激
排卵誘発剤として有効であることが様々な施設から報告さ
再発を抑制する有効な薬剤として地位を確立しているが、こ
の服用により月経が再開する症例が経験される。未だに詳細
な機序は不明であるが、アロマターゼ阻害剤には初期卵胞の
発育を促進する可能性が予想される。
さらに骨粗鬆症に対する選択的エストロゲンモデュレー
ターであるラロキシフェン(エビスタ)も副作用の少ない乳
癌予防の治療薬として注目を集めているが、自知見では閉経
前後の女性の卵巣機能を刺激する可能性が示されており、こ
の薬剤も今後詳細に検討すべき対象となると予想される。
現象が問題となりつつある。あまり知られていないが、代表
的な乳癌のホルモン治療薬であるタモキシフェンは乳癌細
まとめ
挙児希望のある乳癌女性、とくに化学療法予定患者や33
胞のみならず、視床下部−下垂体系に対しても女性ホルモン
歳以上で術後5年間のホルモン療法が予定されている患者で
負のフィードバック機構を介して視床下部のGn-RH産生
必要となる。妊娠時の乳癌管理の問題も含めて、今後ますま
受容体への拮抗薬として作用する。従って、エストロゲンの
ニューロンを刺激し、ゴナドトロピンの分泌を亢進させ、同
じく抗エストロゲン剤であるクロミッドと同様の排卵誘発
は、乳癌治療に先立ってその妊孕能を温存するための医療が
す乳腺外科と産婦人科医の間で密な連携をとることが必要
となってくると思われる。
Congress Schedule (2015年9月〜2016年2月)
2015年
月
日
9月
10月
11月
12月
学会名
開催地
会場
4日―5日
JSAWI 第16回シンポジウム
淡路
淡路夢舞台国際会議場
10日―12日
第55回日本産科婦人科内視鏡学会学術講演会
横浜
パシフィコ横浜
11日―12日
第36回日本妊娠高血圧学会学術集会
札幌
北海道大学 学術交流会館
13日
第13回日本生殖看護学会学術集会
岡山
岡山国際交流センター
26日―27日
第18回日本IVF学会学術集会
福岡
アクロス福岡
12日
第14回生殖バイオロジー東京シンポジウム
東京
都市センターホテル
16日―17日
第56回日本母性衛生学会総会・学術集会
盛岡
盛岡市民文化ホール 他
17日―18日
第42回日本産婦人科医会学術集会
新潟
新潟グランドホテル
17日―21日
米国生殖医学会(ASRM)
米国
ボルティモア
7日―8日
第30回日本女性医学学会学術集会
名古屋
メルパルク名古屋
21日―22日
第30回日本生殖免疫学会
熊本
熊本県民交流館パレア
26日―27日
第33回日本受精着床学会総会・学術講演会
東京
TFTホール
28日―29日
第38回日本産婦人科手術学会/第119回日本産科麻酔学会学術集会
東京
都市センターホテル
5日―6日
第28回日本性感染症学会学術大会
東京
都市センターホテル
2016年
月
日
1月
2月
16
学会名
開催地
会場
9日
第20回日本生殖内分泌学会学術集会
神戸
神戸国際会議場
9日―10日
第21回日本臨床エンブリオロジスト学会学術大会
金沢
アパホテル金沢駅前
23日―24日
第37回日本エンドメトリオーシス学会学術講演会
熊本
ホテル日航熊本
21日
第13回日本生殖心理学会学術集会
東京
六本木アカデミーヒルズタワーホール