自己表現が苦手な子どもや保護者への支援の在り方

自己表現が苦手な子どもや保護者への支援の在り方
教育相談室
【要
芝
毅
中
島
若
江
亨
土
居
渡
邉
俊
井
上
新
良
重
珠
実
浩
睦
美
徳
約】
コミュニケーションや自己表現に関する話題が社会で注目される中、学校では、自己表現が苦手な子どもや保護
者への対応に困ったり、支援の手応えを感じにくかったりすることが多い。そこで、子どもや保護者を幾つかのタ
イプに分けて、効果的な支援の在り方を研究し、支援の留意点をまとめた。また、学校での支援に活用できる心理
技法を示した。この研究の知見を活用した実践は、子どもや保護者への効果的な支援につながった。
【キーワード】
1
自己表現
子ども
保護者
支援
心理技法
表現について、単におとなしくて話さない、または、言
研究の目的
近年、社会全体で、SST(ソーシャル・スキル・ト
葉が少ないだけでなく、話すことはできるが本音を言わ
レーニング)やアサーション・トレーニングなど、コミ
ない、自分を守るために攻撃的な話し方になりやすい、
ュニケーションや自己表現に関する話題が注目を集めて
場面によって黙っているなどの状態と捉えた。
いる。一方、学校教育の場面では、自己表現が苦手な子
2
研究の内容
どもや保護者への対応の場面で困ったり、支援しても手
⑴
自己表現が苦手な子どもへの支援
応えを感じにくかったりすることが多くなってきている。
来所相談で本センターを訪れたり、適応指導教室に通
幼稚園、小・中・高等学校等において、教師は、日々
ったりする子どもたちは、自己表現が苦手なために、対
の教育活動や教育相談の場面で、様々な子どもや保護者
人関係に困難が生じたり、誤解が生じたりするなど、学
に出会う。そして、よりよい関わりや支援を目指して子
校生活にうまく適応できない子どもたちが多い。その背
どもや保護者に向き合おうとしている。総合教育センタ
景要因や特徴について、次の四つのタイプに分けて考察
ー教育相談室では、年間に延べ 1,800 件余りの来所教育
しておきたい。
ア
相談を実施している。教育相談の対象は、幼児、児童生
徒、保護者及び教職員であるが、大半は子どもと保護者
攻撃的な言葉を発して自己を防衛するタイプ
(ア)
特徴
である。子どもや保護者は、何らかの問題や課題を抱え
自己表現が苦手な子どもは、攻撃的な言葉を発するこ
て、面接室や適応指導教室を訪れるが、自分自身の状況
とで、心理的な脅威から自分の身を守ろうとすることが
や課題を、必ずしもうまく表現できる人ばかりではない。
ある。特に、怒りや悲しみ、不安といったネガティブな
対人的な緊張が高く自己表現が苦手な子ども、自身の心
感情は、うまく表現できないことが多く、自分の感情を
境を率直に言葉で表現することに慣れていない保護者な
コントロールできずに攻撃的になったり、不安の裏返し
ど様々である。相談員は子どもや保護者の個性に合わせ
で、気持ちとは裏腹な言動を取ったりすることがある。
て、様々な工夫をしながら面接を行うとともに、一人一
自分の気持ちをうまく表現できない場合、言葉の不足
人の表現を尊重し理解する姿勢に努めている。
から思うようなコミュニケーションが取れず、自分自身
本研究では、自己表現の苦手な子どもや保護者をどの
にいらいらしたり、あるいは、相手に対していらいらし
ように理解し、どのような関わりや支援に努めればよい
た感情を持ったりする。緊張と不安が高まり、本来の気
のかということについて、子どもや保護者のタイプによ
持ちとは全く逆の感情を表出することも多く見られる。
りまとめ、考察することにした。また、自己表現の苦手
自分の気持ちを受け止めてもらえていないと思ったり、
な子どもに対する支援の際に、学校や学級で活用できる
それが繰り返し続いたりすると、その気持ちが心の中に
心理技法についてもまとめることとした。これらの成果
不満として残り、相手に分かってもらいたいという気持
が、学校においてより有効な支援を行う一助となると考
ちとなって攻撃的な言葉や行動として現れる。
え、本研究主題を設定した。
このように、相手に自分の気持ちや思いがうまく伝わ
なお、本研究においては「自己表現が苦手な」という
らない経験が増えると、他者との関係がうまく築けず自
34
己嫌悪感が高まってくる。弱い自分や本来の自分を見せ
・「はよ言えや。」「教えや。」などの言葉をよく発し、
たくない、見られたくないなどの気持ちから、自分の身
自分の要求を通そうとした。本人との関係ができるま
を守ることが最優先され、攻撃的な言葉や行動でしか自
では、その言葉にきちんと反応し返していく。本人と
分を表現できなくなってしまうことがある。
の関係を築くことができれば、その都度言い直しをさ
(イ)
せたり、具体的な言い換えの言葉を伝えたりした。そ
対応や支援のポイント
のときは聞き流したと感じられたが、しっかりと聞い
自己防衛の手段として攻撃的な言葉を発する子どもに
ており、次の行動につながった。
対応するためには、子どもが何を考えているのか、どん
な気持ちでいるのかなど、子どもの置かれた状況や特性
・現在の言葉や態度が、自分の性格からきているものと
を理解することが必要である。その上で、子どもが自分
勘違いしていたところがあり、本来の自分の性格を自
の内面を適切に表現して、伝えることができる関係を築
分自身も分かっていないと感じられた。そこで、他者
く必要がある。このタイプの子どもは、他者と関わるこ
に対して攻撃的な言葉があったとき、「本当は優しい
とに強い緊張を感じることが多く、他者に対する評価も
のにね。」「しんどいね。」と、言葉とは裏腹な感情
1 0 0か0かという評価をすることが多い。相手が自分の
であることに気付かせるように言葉を返していった。
ことをどう思っているのかを探ろうとして、試し行動を
また、「うまいね。」「すごいね。」「よく気が付く
取ったり、関心がない素振りを見せつつ、相手の言動を
ね。」など、認め、褒めることを繰り返した。それに
観察していたりする。出来事や事柄によってその評価は
より、少しずつではあったが他者との関わり方も変化
くるくる変わり、支援者はそれに振り回されてしまいが
し、徐々に心を開き始めた。
ちであるが、まずは、子どものありのままの姿を受け入
・本人が最も信頼し、よく会話している母親との面談を
れ、子どもが安心して依存できる対象となることを心掛
増やし、家庭においても本人のよさを引き出せるよう
けて関わることが大切である。
なコミュニケーションの取り方や関わり方を行うよう
支援方法としては、子どものペースに合わせ、焦らず
支援した。母親の意識や行動が変化することで、日常
に寄り添い、感情や行動をコントロールするための経験
の家族関係に変化が生じ、本人が自分の言動に気付く
的な学習を積み重ねていくとよい。また、自分に関係す
きっかけになった。
イ
る他者の言動に関心があることから、支援者が自己表現
の仕方を具体的に言って見せたり、よりよい行動を繰り
(ア)
返し見せたりすることも必要である。
(ウ)
ツールを使ってコミュニケーションするタイプ
特徴
他者に対して自分の内面的なことを伝えたいと思った
ときに、相手と対面して自分の感情を表現したり、相手
事例(中学校第3学年女子)
に質問したりすることができにくい子どもがいる。これ
○概要
家庭内で言葉を使わなくても、周り(主に母親)がそ
らの子どもは、メールや電話などのツール(通信のため
れを読み取ったり聞き取りをしてくれたりするおかげで、
の道具)を使うことで、初めて他者とコミュニケーショ
要求が満たされるという生活環境にある。人と関わるた
ンできる場合がある。
また、それらの子どもの中には、コミュニケーション
めのコミュニケーション力が育っていないため、自分の
言いたいこと、言わなければならないことがあるときは、
できる相手の性別に制限があり、例えば女性としか話が
伝えたい相手の頭をたたいたり、あるいは「うんこ」な
できない場合がある。
あるいは、文字どおりに通信するためのツールを使う
どの汚言語で表現したりしてコミュニケーションを取ろ
ということからは少し外れるが、例えば、選択性かん黙
うとする。
一方、人の発言に対して興味がないかのように振る舞
の子どもなどは、テレビゲームやキャッチボールのよう
うが、実はよく聞いており、会話の内容や態度などまで
なツールを使って、遊びながらであれば、短い対話がで
もしっかり観察し記憶していることが多くあった。
きる場合があり、これも広い意味では、ツール(道具)
○具体的な支援とその変容
を使ってのコミュニケーションに含めることができると
・対面しての会話がなかなか成り立たないため、スポー
考える。
ツや遊びを通したコミュニケーションを取っていくと、
(イ)
自然と自分の感情を出すことができた。体を動かすこ
対応や支援のポイント
ツールを使ってのコミュニケーションしかできない子
とが楽しみの一つになり、楽しさの中から関係を築き、
どもへの対応や支援を考えていくときには、その子ども
日常での会話の時間が増えていった。
が感じている他者とのコミュニケーションの困難さに着
35
目することが大切である。コミュニケーションできない
○概要
子どもがどのツールを使用すればコミュニケーションで
部活動内で友人とうまくいかないことを、顧問の女性
きるか、コミュニケーションを嫌がらないかを、見付け
教師に相談していたが、その顧問が退職してしまい、相
ていくことが必要である。
談相手がいなくなったとの電話での相談(顧問と同じ、
対応については、まずはその子どもと話ができるツー
女性を指定している)。
ルを使って、話合いを重ねていくことから始めることに
○具体的な支援とその変容
なる。例えば、メールでしか話せない子どもとは、メー
・まずは、電話でしっかり子どもの言い分を聞く。聞き
ルによる会話を進めていく。次の段階として、メールを
役に徹することを心掛けると、本人が警戒心を解くよ
使わないで話せることを目指したいと考えるかもしれな
うになり、人間関係が深まっていく。
いが、焦る必要はない。メールでだけでも、話せれば十
・男性しかいない場合はそのことを伝え、男性が話し続
分であると考えてよい。同様に電話でしか話せない子ど
けるのではなく、相手の意思を尊重し、相手が希望す
もとは、電話で会話をしていく。顔を合わせての面接と
れば、会話を打ち切るようにする。
いう形の方がよいと考えるかもしれないが、相談する側
(オ)
の子どもにとっては、対面しての面接が苦痛な場合もあ
事例3(選択性かん黙の小学校第6学年男
子)
る。メールや電話を使ってでも、子どもと話せればそれ
○概要
でよいと捉えるべきである。
選択性かん黙のため、学校では、ほとんど発言するこ
なお、メールや電話のやり取りで留意する点としては、
とができず、家族以外とうまく話ができないという児童
メールや電話は即座に何度もできるので、相談員への依
との面接による相談。
存を招きやすい。あくまでも、こちらのペースで子ども
○具体的な支援とその変容
とのやり取りをする。また、女性(または男性)だけと
・テレビゲームやキャッチボールをしながら、「はい」
しか話せない子どもとは、まずは女性だけで対応する。
「いいえ」で答えられる簡単な質問、いわゆる「閉じ
他の性別の人と話すことに慣れさせたいところだが、決
られた質問(クローズド・クエスチョン)」を重ねて
して無理はしないようにする。
いく。次第に、返事をしてくるペースが早くなり、具
選択性かん黙の子どもで、テレビゲームやキャッチボ
体的な内容を尋ねる質問にも答えてくるようになって
ールのようなツールの補助を借りることで直接話ができ
いく。
る場合は、できるだけ顔を合わせて話をすることを心掛
・学校において、遊具や道具を活用することで、言葉の
ける。
少ない子どもから言葉を引き出すきっかけとすること
(ウ)
ができる。
事例1(いじめについての相談、中学校第
ウ
1学年男子)
言葉によるコミュニケーションが取りづらいタ
イプ
○概要
クラスの男子から、悪口やからかいなどのいじめを受
(ア)
けているが、教師にはまだ相談していないということに
特徴
このタイプの子どもの特徴として、自閉症などの発達
ついてのメールでの相談。
障害により、他者との意思疎通及び対人関係の形成が困
○具体的な支援とその変容
難であること、心理的な要因による選択性かん黙等があ
・メールをやり取りすることで、相談者の気持ちを受け
り、社会生活への適応が困難であること、その他、極端
止め、相談者の考えの整理の手助けとなっているよう
な人見知り(内気)や不安等により生活に困難をきたし
である。
ていることなどが挙げられる。
・メールの返事は、その日ではなく、メールを受け取っ
自閉症は、社会性やコミュニケーションに困難が生じ
た翌日にすることとし、相談員がペースを作るように
る発達障害である。具体的には、他人と関わることがで
する。最初は多かったメールも、徐々にこちらのペー
きない、仲間に入ることができない、言葉によるコミュ
スになってくる。学校ならば、学習連絡帳が利用でき
ニケーション力が低い、人の表情や感情を読み取ること
るし、場合によっては、交換日記や手紙という形を取
が難しい、こだわりが強く柔軟性に欠ける、聴覚認知は
ることもできる。
苦手だが視覚認知は得意である、などの特徴が挙げられ
(エ)
る。
事例2(部活動内の人間関係についての相
選択性かん黙は、何らかの心理的要因により、話す能
談、中学校第3学年女子)
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力があるにもかかわらず、学校など一部の生活場面で話
がほとんどなく家庭で過ごすことが多い。身の回りの世
すことができなくなる状態である。家族など限られた相
話はほとんど母親が行っている。母親は不安が強く、新
手に対しては問題なく話すことができるが、学校内や他
たな 活動 を提 案し ても 「無 理で しょ う。 でき ませ ん
人の大勢いる場面では全く話せなかったり、必要な場面
よ。」と言うことが多い。本人が嫌がっていると言いな
で返事さえもできなかったりする場合がある。
がら、実は母親が嫌がっていることもあり、そのために
その他、特別な要因はなくても、極端な人見知りや内
子どもの活動を制限してしまっているところもあった。
向的な性格、自信のなさや不安が強いことにより、言葉
父親は子育てに参加することが少なかったが、来所相談
によるコミュニケーションが取りづらいケースがある。
に訪れるようになってからは、両親で面接を受けるなど、
このような、言葉によるコミュニケーションが取りづ
子育てへの参加が増えた。不登校の背景要因としては、
らい子どもが、周囲の理解を得られず叱責・いじめ・虐
自閉的傾向特有のこだわりや特定の音に対する過敏さに
待などを受けてしまうと、防衛的になってしまうことが
加え、母親の不安の強さも影響していると考えられる。
多い。また、本来の特徴とは別に、心に問題を抱えてし
前もって知らせておいた活動内容について尋ねると、
まい、不登校や非行などの二次的障害を引き起こしてし
内容を言葉で話すなどのやりとりができることもあるが、
まう可能性がある。
会話のほとんどは、オウム返しであったり、意味のない
(イ)
言葉の繰り返しであったりすることが多い。
対応や支援のポイント
自閉的傾向のある子どもに対しては、分かりやすい言
また、急な変化を嫌い、予期せぬ状況になったときや
葉を用いて簡潔に伝える、叱るのではなく時間をかけて
思いどおりにならないことが続くとパニックを起こしや
繰り返し教える、絵や写真などで視覚に訴えて教えるよ
すい。
うにする、予定などを前もって知らせておき見通しを持
○具体的な支援と変容
たせる、などの支援が挙げられる。そのような、一般的
・学校とケース会議を行い、対応の方法や方向性を検討
な対応や支援方法を踏まえた上で、個々の子どもに対す
していった。学校との接点を持たせるため、面接に合
る支援の手立てを考えていくことが大切である。また、
わせて担任も来所し、共に活動することで、担任との
自閉的傾向以外の特徴を併せ持つ子どもも多いことから、
ラポール作りができた。今では担任の来所を満面の笑
様々な発達障害への理解を深めて対応することが必要で
みで受け入れる姿が見られるようになった。
・来所相談のときに何度か同じ活動を繰り返した後、一
ある。
選択性かん黙、極端な人見知り、強い不安等により言
部変化を持たせた活動を取り入れるようにした。少し
葉が出ない子どもに対しては、その背景要因を正しく分
ずつ変化させることで、生活が完全にパターン化して
析・理解して支援していかなければならない。返事をす
しまわないようにすることができた。
ることや話すことを強制しないようにし、孤立を深めな
・活動を変えるときは、写真と文字を書いたプリントを
いよう配慮しなければならない。まずは、教師と子ども
作り、保護者、担任、相談員が何度も予告して見通し
とのラポール(親密な信頼関係)作りに全力を挙げるこ
を持たせるようにした。視覚に訴えるプリントを用意
とが基本である。声を掛けながらゲームをするなど、言
したことで、変化をスムーズに受け入れることができ
葉を介さない関係を作ることから支援をスタートし、心
た。
・これまでの生活に変化を持たせる活動をする際に、保
のコミュニケーション作りをすることが大切である。
これらのタイプの子どもへの対応や支援のポイントと
護者担当の相談員が特に母親の不安を和らげるような
して共通して言えることは、子どもの特徴や背景要因を
働き掛けを継続していった。来所当初に比べると母親
しっかりと分析・理解し、急激な変化を求めず、時間を
の考えに柔軟性が出てきたため、本人の活動の範囲が
かけてゆっくりと対応していくようにしなければならな
広がってきている。
エ コミュニケーションはできるが、本心を語れな
い、ということである。
(ウ)
いタイプ
事例(来所相談の小学校第5学年男子)
○概要
(ア)
特徴
知的障害や自閉的傾向があり、小学校では特別支援学
日常的な会話や自分の興味関心がある話題などでは普
級に所属している。同じクラスに自閉的傾向のクラスメ
通にコミュニケーションができるが、自分の考えや気持
イトがいるのだが、その子が出す奇声に嫌悪感を示し、
ちなどの本心をうまく表現することが苦手であったり、
不登校になった。不登校になってからは、外出すること
できなかったりする子どもがいる。
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自己表現する場面や経験が少なかったことや、生育環
きなくなったり、適切でない自己表現になったりしてし
境の中で適切なモデルが少なかったことなどの要因で、
まう。学校のことや進路の話題になると、攻撃的な表現
場面に応じた表現の仕方が未熟であったり、場面によっ
や投げやりな発言が多くなったり、「知らん。」「分か
て得意不得意の差が大きかったりすると考えられる。
らん。」と言って、会話が続かなくなったりすることが
しばしばある。
さらに、自分の本心を語ることに対する不安感や自己
開示への抵抗感が強い子どもは、それに気付かれないよ
また、他の子どもが同室にいるような場面では、周り
う意図的に周囲とのコミュニケーションに心を砕いてい
への適切な配慮ができない場合がある。例えば、初めて
る可能性も考えられる。このような子どもは、背景にあ
来室した子どもがいる場面で、その子どもに対してとい
る心理的な要因を考えると、単純に行動の変容を促す働
うわけではないが、「そこ私の席なんやけど…」と発言
き掛けだけでは状況の改善につながりにくいことが多い。
して、教室の雰囲気がぎこちなくなることなどがあった。
(イ)
○具体的な支援と変容
対応や支援のポイント
第一に、その子どもの様子を注意深く観察することで
・関わりを持つ大人が、自分の考えや気持ちを率直に表
ある。他者とのコミュニケーションや周囲への自己表現
現し、自己表現のモデルとして本人に示すように努め
の特徴を知り、自分の考えや気持ちを適切に表現できる
た。ネガティブな面を含めて自分を受け入れて、率直
場面があるのかないのかを見極めたい。自己表現できる
に自己表現することは、むしろ自然なことであること
場面がある場合は、その場面の状況をできるだけ具体的
を、徐々にではあるが感じてくれているように思う。
・進路の相談などで本人の考えや気持ちを尋ね、自分の
に把握して、支援につなげることを目指す。
第二に、子どもが安心して自己表現できる人間関係を
考えや気持ちを言葉で伝えることができたときには、
築くことである。子どもは自分の表現を評価されたり指
その内容についてだけでなく、話せたこと自体をねぎ
導されたりすると、その人の前では二度と自分を出さな
らったり励ましたりした。その結果、少しずつではあ
いようになってしまうことが多い。自己表現に自信がな
るが、自分の気持ちを素直に表現することに戸惑いが
かったり自己表現への不安が強かったりすればするほど、
少なくなってきた。
このことには注意しなければならない。その表現が適切
・本人が安心して信頼できる環境や人間関係を、根気よ
かどうかは二の次にして、まずは表現できたことを認め
く築くように心掛けた。たとえ拙い表現や不完全な表
て、共に喜ぶといった対応を根気強く続けることが望ま
現であっても、拒絶や矯正をされずに尊重される雰囲
しい。自分を出しても大丈夫で、自分が大事にされてい
気を作るように努めている。
ると、安心できる雰囲気を感じさせることが、関係構築
(エ) 事例2(適応指導教室に通級する中学校第1
の要点である。
学年男子)
第三に、子どもが自己表現する場面を大事に扱い、自
○概要
己表現する機会を増やしていくことである。子どもとの
通級し始めた頃は、適度な緊張を持ちながら丁寧な言
関わりの中で、自分の考えや気持ちを表現できる場面を
葉遣いで話すことができていたが、だんだん慣れてくる
意識的に作ったり、様々な場面を経験させたりする。た
と、横柄な言葉遣いに変わったり、返事もいい加減にな
だし、本人にとって無理のない働き掛けになるように注
ったりする場合が増えてきた。
意しなければならない。子どもと関わる大人が、自身の
入級前から年長の兄弟がこの教室に通級していたため
考えや気持ちを適切に表現し、自己表現のモデルを示す
に、最初からその兄弟の言動に態度が左右されることは
ことも大切である。
あったが、最近になってそれが極端になってきた。家庭
(ウ)
でも母親よりもその兄弟の方が影響力が強く、本人が思
事例1(適応指導教室に通級する中学校第3
っていることややりたいことができない状況にストレス
学年女子)
を過度にためていると思われる。
○概要
家族や親しい友人などの慣れ親しんだ環境の中では、
そのストレスの影響もあるのか、相談員にも「○○し
自分の話したいことを話したり、やりたいことを行動に
ろ。」「やれ。」「どけ。」など激しい口調で言い放つ
移せたり、活発に自己表現ができる。日々の生活や家庭
ことがある。そうなった場合には、一旦教室から離れて
内の出来事については、事情を知っている相談員が質問
1対1で話を聞くと、落ち着いて会話ができるようにな
すると、表情豊かに話すことができる。しかし、あまり
ってきた。最初の頃は、教室を離れた後も、ブツブツ文
親しくない人がいる所などでは、自己表現そのものがで
句を言ったり話を聞かなかったりしたが、次第に、自分
38
の興奮の理由を言語化できるようになった。
どもの頃の話、保護者とその親の関わり方、保護者と子
○具体的な支援と変容
どもの関係、親子のコミュニケーションについてなど、
・激しい口調で言い放ち、興奮してきたときには、一旦
話合いの中で情報を得ておく必要がある。
教室を離れて個別に話を聞くようにした。感情の表出
具体的に子どもをどのように支援していくのかという
を認めながら、その場に応じた振る舞いを考えさせて
話合いになったときには、保護者が子どものコミュニケ
いる。別室で改めて心情を聞くことによって、興奮し
ーションモデルであるということを知らせ、親子の両方
た理由を落ち着いて説明したり、心のコントロールの
にコミュニケーション力が身に付いてついていくように
必要性を口にしたりすることができるようになってき
アドバイスをしていくことが大事である。
ている。
(イ)
・兄弟との関係にストレスを感じている部分があるので、
周りの環境により自己表現できにくいタイプ
保護者の中には、本来の性格は明るく、二人きりにな
よい人間関係をつくるためにSSTに取り組んだ。具
るとおしゃべりもよくするのに、家や学校、学級担任の
体的な生活の場面でうまくいかなかったときに、ほか
教師や夫の前ではほとんど自分の意見を言わず、自己表
の言い回しを練習することで、気持ちを伝える適切な
現する能力はあってもあえてしないという場合も見られ
方法を学んできた。
る。不登校の相談を受けている中で一番多く見られるの
・グループの中で自由なテーマで意見交換をする際に、
は、祖父母とのねじれた関係である。田舎に嫁いでいた
「○○君ならどう思う。」と発言を求めた。終わりの
り、3世代同居であったりする場合には、義父母の目が
会の中でも時間が取れる場合には、一日の出来事につ
気になったり、地域の人たちの見方が気になったりして、
いて意見や感想を発表した。そうすることによって、
母親自身が遠慮したり、萎縮したりして本音で話さない
体験する活動に漠然と取り組むのではなく、考えなが
ようになってしまう。また子育てにおいても義父母がど
ら会に臨むようになってきた。
う思うかということを気にしすぎて、子どものためでは
⑵
なく、義父母のためにという言動が見られるようになり、
自己表現が苦手な保護者への支援
ア
自己表現が苦手な保護者のタイプ
子どもの心が置き去りになってしまうこともよく起こっ
教育相談のために来所する保護者の中には、子どもた
ている。
ちと同様に自己表現が苦手で、自分の気持ちを上手に表
また、母親同士の付き合いを大切にしようとしすぎて、
現できない人も多く見られる。その原因と思われる事柄
自分の意見を言わずに周りの意見や考えに合わせていく
や、コミュニケーション等のスタイルは様々であるが、
中で、自己矛盾が起きて、ストレスをためてしまうこと
幾つかのタイプにまとめて考察をしておきたい。
もある。そうなると人前ではほとんど意見が言えなくな
(ア)
り、周りの意見に従ってしまうという環境が出来上がっ
保護者自身の性格が原因だと思われるタイプ
ていくこともある。
保護者の子どもの頃の話や、自身の育てられ方を聞い
ていると、幼い頃から大変おとなしく、自分の気持ちを
このようなタイプの保護者と話をするときには、現状
あまり表現できなかったり、口数が少なく、友達との交
を聞いていく中で、問題となっている人たちとの関係の
流がうまくいかなかったりという経験談が出てくること
愚痴を十分に聞いていくことも大事な相談の一つである。
がある。このような場合には、自分の子育てに特に問題
言いたくても言えない状況をしっかりと把握した上で話
を感じていないようであっても、子育ての中で、子ども
を進めていく必要がある。環境を変えることは、ほとん
たちに話し掛ける言葉が極端に少なかったり、子どもた
どできないことなので、保護者自身がリラックスできる
ちが何かしてほしいときに現れる「ちょうどよい母親」
方法を一緒に探したり、息抜きの練習をしたりすること
になれていなかったりする場合が多く、親子のコミュニ
を支援の目標に置くとよい。
ケーション自体の不足から、「おとなしい親の子どもは、
(ウ)
おとなしい」というような、世代間連鎖が起きているこ
子どもの対応に自信をなくした自責タイプ
保護者には、子どもは普通に育って当たり前という思
とがある。
いがあるので、わが子が不登校や問題行動を起こすと、
このようなタイプの保護者は、相談に来たらまず子ど
軽いパニック状態となり、まずは周りを責めてみるのだ
もの話をして、どうにかしたいと訴えることが多いが、
が段々と落ち着いてくると、子育てを上手にできなかっ
いきなりその話をするのではなく、まずは保護者の様子
た自分を責めるようになってくる。本を読んだり、講演
をよく観察し、保護者自身のコミュニケーション力をチ
を聞いたり、相談機関に出掛けたりと、自分にできるこ
ェックしておく必要がある。そのためには、保護者の子
とは何でもやってみようと動いてみるのだが、それがう
39
いくことが、支援の第一歩である。
まくいかないと、また自分を責めるようになる。この悪
循環が始まると、保護者は自信をなくし、あまり自分の
(オ)
常に誰かの意見を待っている依存タイプ
意見を言わなくなってしまう。問題を抱えているときこ
相談を受けていると、すぐに「どうしたらいいです
そ、しっかりと子どもと向き合い、子どもを見つめて見
か?」と聞いてきたり、相談の予定日以外でも電話をし
守る姿勢が大事であるが、自信がないときには、子ども
てきて、「こうしたんですけどよかったですか?」と確
からも自分からも逃げがちである。
かめたりしながらでなければ行動できない依存タイプの
このような状況が長く続き、少し重たい状態になると、
保護者も多い。依存タイプは、一見従順で、前向きな感
保護者自身が神経症や軽いうつ状態になり、何も考えら
じがするが、実はうまくいかなかったときには、アドバ
れなくなってしまうこともある。
イスをした人のせいにしてしまうこともある。自分で意
このようなタイプの保護者と話をするときには、どん
見を考えることを怖がっている場合、しっかりとした意
な小さなことからでも、子育てが間違っていないという
見を持っているが、それを誰かに認められた形でなけれ
ことを知らせながら、できていることをしっかりと褒め
ばやりたくない場合などがある。その背景を考えてみる
ていくことである。子どもと一緒で、大人でも褒められ
と、依存タイプの保護者は、今までの子育て等で失敗経
ることによって自信を回復していくものである。保護者
験を重ねてきていることが多く、自分の考えを口にする
は悪いことばかり探して、悩みとして訴えることが多い
ことを億劫がっていることがある。このタイプも、自信
ので、その一つ一つをリフレーミング(言い換え)しな
のなさの裏返しとして、依存の行動をとっていると見る
がら、多面的な見方ができることを知らせていくことも
ことができる。
お っ く う
支援の一つである。
(エ)
このようなタイプの保護者との相談では、尋ねられて
も解決策を示さないことが大切であり、一緒に考えるス
責任転嫁して自分を守るタイプ
タンスが必要である。どうしてもそれが無理な場合には、
自分の子育てや、うまく学校生活に適応できない我が
子のことをどうしても認められない場合には、その責任
二つ以上の選択肢を提案することから始めるのがよいの
を誰かに負ってもらうことで自分を守ろうとするタイプ
ではないか。子どもの自立を支援の目標に置くことが多
の保護者もいる。例えば、子どもが学校に行かないのは、
いが、依存傾向が見られる場合には、保護者も自立が必
友達のせいだから、学級担任のせいだから、あるいは夫
要であり、その支援の一つとして、考えて、自分で選択
が非協力的だから子どもが反抗するとか、義父母が子育
して、決定していくという練習を、SSTの手法を使っ
てに口出しをしすぎるから、順調だったのにうまくいか
て、相談の中に取り入れていくことが効果的である。
イ
なくなったなど、自分以外の誰かに責任を持っていくこ
保護者対応の実践事例
とで、少しだけ自分が楽になれるような錯覚を起こして
前述のように保護者のタイプについてまとめたが、実
しまうこともある。周りから見ると、自分のことが分か
際に保護者面接をしていると、幾つものタイプが重なり
っていないとか、無責任とか、理不尽な訴えをしてくる
合った複雑な場合が多い。例えば、保護者の性格のおと
困った親のように見えるかもしれないが、実は、それ以
なしさもあるが、家庭環境や嫁いだ先の窮屈な環境の影
外に自分を守る方法を見付けられないくらい追い詰めら
響が一緒に現れている場合、うまくいかないことを周り
れている場合が多い。現実をそのまま受け入れられない
の責任にしながらも、自分のことを分かってもらえたと
弱さがあるために、攻撃的に自分を守る手段を選んでし
思ったら依存が始まる場合など様々である。ここでは、
まうのかもしれない。
一つのタイプに限定せず、保護者面接で特徴のあった事
例を紹介したい。
このようなタイプの保護者と話をしていくときには、
とにかく最後まで話を切らずに聞いてしまうことが大事
(ア)
である。途中で意見を言ったり、間違いを訂正したりす
事例1(おとなしい性格で、娘が不登校にな
ったのは自分のせいだと感じている母親)
ると、その時点で、私のことは分かってくれていないと
○概要
思い込み、必要以上に周りを責めることで自分を守ろう
娘が中学校第2学年のとき、不登校になった。最初、
とすることになってしまう。
その原因は友達からの疎外感であり、学校にも責任があ
話を聞いていく中で、この人は自分の味方なんだと信
るのではと感じていた。学級担任にもそのことを訴え、
じられるときには、本音で自分の悩みを話してくれるよ
いろいろと手立てを講じてもらったが、状況が改善され
うになる。周りのことを言っている間は、まだ信頼関係
ず、娘はますます家に閉じこもるようになり、数か月が
が築けていないのだと認識して、粘り強く関係を作って
たった頃、本センターに来所した。
40
母親自身が口下手で、状況を説明していくのにも時間
つことを一緒に探っていった。まずは夫に相談して協
がかかった。学校や友達、夫に対して多少の文句は言う
力を求めるようにした。職場の友達との茶話会に参加
が、最終的には全て自分の子育てが間違っていたのでは
したり、近所の年長者に娘の不登校を打ち明けたりし
ないかと泣いてしまうことを繰り返していた。印象はお
て、相談に乗ってもらえるようにした。幾つかの話せ
となしく、大声を上げるような感じではなかったが、娘
る場所を確保することにより、母親がどっしりと構え
から事情を聞くと、時々切れたように怒り、そのときに
て娘に対応することができるようになってきた。
は子どもを傷つける言葉を口にしているようだった。子
・娘に対しての対応の仕方について振り返った。冷静に
育てにも自信がなく、子どもの気持ちがどこを向いてい
対応しているようでも自分の気持ちの揺れがそのまま
るのかも分からないという、迷路に入ったような状態だ
娘に伝わっており、ときにはそれが娘を傷つけている
ったので、1週間に1回程度の継続面接をしていくこと
ことに改めて気付くことができた。
にした。
(イ)
○見立て
事例2(夫の両親と同居しており、本音で自
分の気持ちを語れない母親)
母親像が、娘から聞く印象と実際に会って話をするの
○概要
では全く違っていることが気になったので、まずは話を
夫の両親と同居している。田舎の風習が残り、近所付
しっかりと聞きながらその背景にあるものを探ることに
き合いもあり、常に周りの目を気にしながらの生活が続
した。また、すぐに自分を責めてしまう母親に対して、
いていた。娘は学校への適応が悪く、小学生の頃から何
子育てのマイナスの要素を洗い出すのではなく、できて
かと問題を抱えていた。一番多かったのは友達とのトラ
いる部分、よかったことを一緒に整理していくようにし
ブルであった。中学生になってからそれが顕著になり、
た。
孤立することも多くなっていった。中学校第1学年の後
○具体的な支援と変容
半には不登校になり、たまに別室登校をしていた。中学
・最初の数回の面接では、母親の子育ての様子を聞きな
校第2学年になってからも相変わらずの状態であったが、
がら、よく頑張っている部分を褒めていくようにした。
家での様子が次第に変化し始め、家庭内で暴力を振るっ
すぐに過去に遡って、できていないことを探そうとす
たり、祖父母へ暴言を吐いたりするようになっていった。
るので、この1週間の様子を中心に話を進めるように
その頃、娘の強い希望もあり、適応指導教室に入級した
した。期間を短く区切り、報告をするために、自然と
いという意向で本センターに来所した。
子どもをよく観察できるようになり、子どもの小さな
母親は暗い顔つきで、何かおどおどしており、娘の言
変化にも気付けるようになった。
動に気を遣っている様子が見えた。家での様子や学校で
・「こんな状況でもよくやっていますね、お母さんはど
の様子を聞いたときも、ほとんど本音では語らず、取り
うして頑張れるのかなあ。」という質問を繰り返して
繕ったような体裁のよい言葉を選んで発言することが多
いると、自分自身の子どもに対する愛情の深さや、そ
かった。娘はその様子にいら立ち、小さい声で、「嘘言
の裏返しが不登校の娘を受け入れられないという気持
うなや。」とか「気持ちが分かってないのはおまえの方
ちになっているという発見につながった。
やが。」などと、責めるように言っていたのが印象的で
・不登校の娘を受け入れられない気持ちに迫るため、母
ある。
親の置かれている状況、家庭環境などを一緒に整理し
○見立て
ていった。転居してすぐの娘の不登校で、地域の人た
母親に対する敵意むき出しの娘の態度や、異常なくら
ちの目が気になってしまうことや、夫が単身赴任で、
いに娘に気を遣う母親の態度が気に掛かった。二人の母
不登校にしてしまったのは私だという自責の念がある
子関係の背景や、母親が本音で語れない理由を探りなが
こと、母親は保育士であり、子育ての専門家であるは
ら、暗い表情の母親の安定を図ることが最初の課題であ
ずの私がこんなことになってしまって恥ずかしいとい
ると感じた。娘がいることで母親が本音を語れないよう
う気持ちがあることなどが話された。一緒に一つずつ
だったので、母子並行面接を実施することにした。
整理することによって、自分にはほとんど支援者やア
○具体的な支援と変容
ドバイスをもらえる人がいないことなどに気付き、自
・母親の様子は憔悴しきっている感じだったので、まず
分だけでしんどさを抱え込みすぎていると感じるよう
は口を挟まず話を聞いていくようにした。娘がいると
になった。
きとは別人のように、いかに娘がひどい行動を取るか
しょうすい
・母親自身が自分の気持ちを素直に表現するために役立
とか、夫の両親の無理解、夫の非協力的な態度などを
41
途切れることなく話し続けた。周りに気を遣いながら
母親の話では納得できないのが第一印象であった。数回
生活をしている母親にとっては、本センターでの面接
の面接はこの話が繰り返されるだけであり、母親の気持
が、不満や日頃の鬱憤を晴らせる機会となっていった。
ちや、子どもの気持ちにはたどり着けない感じがした。
・数回の面接の後、冷静に振り返りができるようになっ
大きな家の跡取り息子で、一人っ子であるこの児童が
ていった。母親の気付きは、夫の両親との関係が、娘
不登校になったことは、母親としては受け入れがたいこ
にも影響を与えているというものであった。両親に気
となのである。一人の子どもに対して、父、母、祖父母
を遣うあまり、娘の気持ちよりも、両親がどう思うか
の4人の大人で育てている感じであり、不登校の原因が
ということが先に立ち、ときには我慢させたり、とき
本人や母親の態度にも関わりがあるかもしれないという
にはひどく怒ったりしていた。娘はそのことが理解で
ことを認めてしまえば、母親のプライドは傷ついてしま
きず、母親への反発を強めていったようである。話を
うのであろう。
しながら整理することで、娘の荒れる気持ちへの理解
○見立て
母親の強い言葉とは反対に、母親自身の子育てに対す
が少しずつ見えるようになってきた。
・本音で話せるようになるまでは、気長に聞き続けるこ
る不安が感じられた。その本音を引き出すためには、じ
とが重要である。一見悪口だけを言い続けているよう
っくり話を聞きながら、弱音を吐いてもいいのだという
にも感じられるが、この過程で、母親の萎縮していた
環境を整えて、面接をしていくことが課題であると考え
気持ちが緩められていくようであった。
た。
○具体的な支援と変容
・具体的な場面を想定して、母親と一緒にどう会話をつ
なげていけばよいかシミュレーションをしておくこと
・周りを責める言葉には、同調も否定もせずに聞くよう
も効果的であった。娘が突然切れ始めたときとか、夫
にした。数回はその話が続いたが、気が付けばほとん
の母親から娘のことで嫌味を言われたときなどと、具
ど周りを責める言葉が聞かれなくなり、この児童に何
体的な場面を想定し、「こんなとき、お母さんならど
をしてやればよいのか教えてほしいという話に変わっ
う答えますか。」と実際に練習をする。簡単そうなこ
てきた。攻撃的に話をする保護者に対して、否定する
とでも、黙ってしまうことや本音を出さないことで対
ことは禁物である。そのようにしか考えられない気持
処するという方法を身に付けてしまっている母親にと
ちをまずは受け止める必要がある。
・子どもの弱さや、母親自身の弱さを認めることに対す
っては難しい作業である。
・夫の両親、夫、母親が顔を合わせて話し合う機会を持
る不安を取り除くために、今の状況が失敗や終わりで
つことができた。娘への対応の仕方という共通の課題
はなく、成長過程の途中にあるということを語るよう
で話し合えたことや、お互いがどう思っているかなど
にした。そう思うことができれば楽なのかもしれない
普段は言えないことを伝えられたことは、その後の娘
が、その気持ちになるには時間も必要であり、母親の
への対応の変化となって表れた。別々の面接であって
気持ちは、何度も行ったり来たりを繰り返すことが多
も、互いのよい評価を伝え聞くというのは効果的であ
い。その母親の揺れる気持ちに付き合っていくことが、
る。この事例では、母親の苦労や思いが周りの人たち
強い言葉や攻撃性で自分を隠している母親への対応の
に理解され、両親も含めてみんなで娘に対応していこ
仕方の一つである。
・一度信頼関係が生まれると、次には強い依存が始まり、
うとする態度が娘の行動にも影響を与えている。
(ウ)
自信のないことや不安なことを全て確認しようとする
事例3(攻撃的に周りを責めることで、自分
ことが多い。面接時間外や、電話などで何度も質問を
の気持ちを隠してしまう母親)
されることもあった。依存が強くなりすぎないように
○概要
修学旅行後から不登校になった小学校第6学年男子児
するために、選択肢を提供するところまでは常に一緒
童の母親である。不登校になるまでは成績も優秀で、ス
に考えて、最後の決断は母親自身が下すようにしてい
ポーツもでき、友達との関係も悪くない、問題のない子
った。母親の決めた行動に対しては、一緒に振り返り
だったと母親は語り、不登校の原因になったと思われる
をして、小さなことでもよいことを見付けて、褒める
こととして、友達のこと、教師の対応、社会体育の指導
ようにした。母親自身が自信をなくしていることが多
者の対応、父親の養育態度など幾つも挙げながら説明を
いので、「お母さんのこの行動で子どもの様子が少し
していた。とにかく周りが悪いと言う。1時間話を聞い
変わってきたね。」などと、具体的に何がよくて子ど
た後でも、なぜこの児童は不登校になったのだろうかと、
もがどう変容したのかを伝え返すようにしていった。
42
母親の自信は、子どもの行動を待つことにつながって
ルを示しながら聞いていくとよい。例えば、「私は、こ
いった。
んな とき ○○ と感 じる ので すが 、あ なた はど うで す
⑶
か。」とか、「私だったら、子どもに○○と言ってしま
自己表現が苦手な子どもや保護者への支援の留意
点
ア
いそうですが、お母さんは大丈夫でしたか。」など、私
話の聞き方
(ア)
を主語にして、話の中にその言い方や答え方のモデルを
示すことで言いやすくなることもある。
相手のペースに合わせて聞く
ウ
しゃべらない状態でも生活ができている場合は、その
子どもや保護者の周りに代弁者がいることが多い。あま
支援のポイント
(ア)
話ができる人的資源を一緒に探す
りにもゆっくりと話すような場合や、暴言を吐くような
自己表現が苦手な子どもや保護者の中には、自分の周
場合には、母親が横から話を切り出したり、優しい言葉
りに相談できる人や場所がないことが多い。今置かれて
に言い換えたりしていることがある。本人が話ができる
いる状況を整理しながら、しんどいときに弱音を吐ける
ようにそのペースや口調にある程度合わせながら聞くこ
人や場所を探しておくことが、問題を抱え込んで、更に
とが重要である。
孤立してしまわないためにも大事なことである。
(イ)
話を途中で切らない聞き方をする
(イ)
攻撃的なものの言い方をして自分を守っている場合は、
否定的な考え方を肯定的な考え方にリフレー
ミングする
その話を否定したり、途中で止めてしまったりすること
不登校の子どもたちに自分の長所を尋ねると、ほとん
で余計に興奮してしまうことがある。思いを吐き出し、
ど答えることができない。保護者への質問で子どものよ
一区切りつくまでは口を挟まず、相づちを打ちながら聞
いところを教えてくださいと言うと、その答えの数は少
くことが大事である。
ないが、悪いところを尋ねるとたくさん挙げる場合があ
(ウ)
る。このように、基本的に物事を否定的に捉えがちなこ
子どもや保護者の心の裏側を聞く
自己表現が苦手という背景には、自信のなさや子育て
とが多く、よいことやできていることに目を向けにくい
に対する不安などが隠れている場合が多い。話さないこ
ので、面接の中で、否定的な部分を肯定的に言い換えて
とや、相手にただ従うことや、攻撃的なものの言い方を
いく作業が必要になってくる。
することでその心の内を隠していることがある。表面に
(ウ)
表れている言動にだけとらわれていると相手の本音には
でも褒める
近づけない。
イ
子どもだけでなく保護者に対しても、自信を持てるよ
質問の仕方や話し方
(ア)
うまくいっていることはどんな小さな出来事
うにしていく一つの手立てが褒めることである。人から
認められる経験が、自信につながっていく。
相手に合わせて質問の仕方を工夫する
⑷
選択性かん黙や自閉的傾向がある場合、また本当にお
自己表現が苦手な子どもや保護者への支援に活用
できる心理技法
となしくしゃべらないような場合には、質問事項を工夫
する必要がある。しゃべらないだけで、子どもたちは聞
自己表現が苦手な子どもや保護者に対応するときに、
いており、相手がしゃべりたくないのだろうと解釈して
学校でも活用できる心理技法を幾つか紹介しておきたい。
沈黙が続くと、分かってくれていないと感じてしまう。
対象となる子どもや保護者だけではなく、学校全体で自
相手の返事待ちではなく、うなずいたり首を振ったりす
己表現を促進させるために活用できるもの、選択性かん
るだけでも答えられるような質問や、クイズ形式の質問
黙や極端に言語表現が少ない子どもたちに有効と言われ
などを工夫して、会話をつなげていくことが必要である。
ている心理技法、保健室や相談室等で活用できるものな
(イ)
どを実践例を挙げながら紹介していく。
質問することで話を整理する
ア
気持ちが混乱していたり、不安が高かったりするため
SST
SSTは社会的スキル指導又は社会的指導訓練と言わ
に話がまとまらないということもある。そんなときには、
「今のお話は、○○ということですね。」とか「あなた
れるもので、良好な対人関係を発展させたり、対人関係
の気持ちは○○なんですね。」というように、話した内
のつまずきを改善させたりしていくものである。大人で
容について質問する形を取りながら整理していくとよい。
も子どもでも、どちらか一方だけが利益を得るようなや
(ウ)
り取りをするのではなく、お互いが不満を残さないよう
話し方のモデルを示しながら質問する
なやり方を、スキルとして身に付けていくための訓練で
どのように言えばよいか分からないときや、答えにく
ある。
そうにしているときには、質問の中にその答え方のモデ
43
学校で活用していく場合には、社会性発達を促すため
自己表現が苦手な子どもたちは、これらのコミュニケ
に学級全体で実施していくもの、リスクのある子どもた
ーションスキルがほとんど身に付いていない。そんなこ
ちへの対応として予防的に実施していくもの、社会的ス
とまで練習をするのかと思えるような内容であっても、
キルの重度の欠如が見られる場合に治療的に実施してい
丁寧に一つ一つ積み重ねて練習をしていくことで、実際
くものなどが考えられる。
の場面で生きてくるようになる。
自己表現が苦手で、極端に引っ込み思案であったり、
イ
集団地図法(家族地図、学級地図など)
ほとんどコミュニケーションが取れなかったりする場合
芸術療法の一つである。家族関係や、クラスでの友達
には、「コミュニケーションスキル」に焦点を当てて考
関係などを言葉にして表現できにくい子どもには効果的
えていくとよい。
である。また、芸術療法の一つではあるが、イメージを
ここでは、相談室で実際によく実施している、SST
使って色や形を決めて台紙に貼るだけなので、出来栄え
の一部を取り入れた簡便な方法を紹介する。
にあまり差がなく、心的な負担も少ないと考えられる。
〈コーチング法をベースにしたSSTの手順〉
①
ここでは、家族地図の実施方法を紹介する(図1)。
対象児童生徒、ターゲットスキルを決定する
〈準備するもの〉
24 色の色紙、A4判の画用紙、のり、はさみ
再登校を考えている子ども2名を対象に、「コミュニ
〈教示(教育相談室で実施した家族地図の例)〉
ケーションスキル」をターゲットスキルに設定する。
②
ルールを決める
・「家族の地図を作ります。」
学級全体で実施する場合には、ここでふざけない、恥
・「24 色の色紙から、家族のイメージに合う色紙を
ずかしがらないなどの、みんなで守るべきルールの確認
選んでください。まず、あなたを含めた家族の誰
をするが、相談室で実施する場合には、改まって始める
か一人を頭に思い浮かべてください。その人の色
雰囲気が緊張を呼ぶので、あえて自然に始めることが多
を選んでみましょう。」
・「色が決まったらその人の感じに合う形に切り抜い
い。
③
て形を作ってください。」
場面の説明をする
・「この画用紙のどこに貼ったらちょうどいいでしょ
再登校をしようとする子どもにとって一番の恐怖は、
先生や同級生たちから話し掛けられることである。そこ
うか、場所が決まったらのりで貼りましょう。」
で、具体的に場所や人物も想定した場面を設定して説明
・「貼った色紙の下に順番を書き入れておきましょ
をする。
う。」
例1「保健室で待っているときに、隣のクラスの先生か
(この後、家族の数だけ繰り返していきます)
ら、元気だったかと話し掛けられたら」
例2「下駄箱の所で、何で学校に来なかったのかとクラ
スメイトに尋ねられたら」
④
できるだけたくさんの解答例を話し合う
自己表現が苦手な子どもたちは、少しでもたくさんの
答え方の例を準備しておくことで、再登校への不安が少
しは抑えられる。
⑤
実際にロールプレイングを行う
子どもたちは恥ずかしがることが多いが、どんな答え
方をしても否定せず、納得できるまで何度も練習を繰り
返す。
⑥
図1
実際の場面で(再登校したとき)使ってみる
家族地図の例
実際には、練習したことがうまくいかないことも多い
集団地図法は、学級で一斉に実施することも可能であ
が、練習しているという自信に不安を抑える効果がある。
⑦
フィードバックをする
るし、保健室や相談室、別室登校をしている子どもたち
やってみて、うまくいったこと、失敗したことをもう
にも有効である。特に、1対1や少人数での温かい雰囲
気の中で実施し、後から出来上がった地図を見ながら対
一度話し合い、修正をしていく。
話していくことには大事な意味がある。
44
ウ
かのタイプに分けて、効果的な支援の在り方を考察し、
箱庭療法
箱庭療法は、選択性かん黙の子どもたちにとって最も
整理した。そして、自己表現が苦手な子どもや保護者を
有効な心理療法の一つと言われている。遊戯療法の一つ
支援する側が留意すべき、話の聞き方、質問の仕方や話
であるが、継続的に実施することで、心が整理されたり
し方、対応や支援をする際のポイントなどを、支援の留
浄化されたりという治療的な効果もある。学校で実施す
意点としてまとめることができた。さらに、自己表現が
る場合には、規定の木箱や砂、アイテムと呼ばれる玩具
苦手な子どもや保護者に対する対応や支援に活用できる
類が必要なので、既にそろっている場合でなければ実施
幾つかの心理技法も示した。
これらの知見を生かした支援を実践した結果、自己表
することは難しいかもしれない。
現の苦手な子どもや保護者に対して、効果的な支援をす
相談室では、ほとんどしゃべらない子どもや発達障害
ることができたと考える。
のある子どもたちにも実施しているが、特に言語表現の
乏しい子どもたちとの関わりを深めたり、コミュニケー
今後は、個別の支援に活用できる心理技法について、
ション力を身に付けたりするためのツールとしてよく活
更に研究を進め、効果的な支援を追究していきたい。ま
用している。教示の仕方は、一言「この箱の中に、何で
た、1対1の支援に加えて、グループや学級、学校全体
も好きな玩具を使って作品を作りましょう」と言う。作
への支援の在り方を探っていきたいと考えている。
品を作っている間は、黙ってそばにいて見守ることが必
主な参考文献
要である。
○大河原美以
『怒りをコントロールできない子の理解
ここでは、適応指導教室に通級していた中学校第2学
と援助』
金子書房
2006
年男子の箱庭作品を紹介する。写真は、初回の作品と最
○平岩幹男
終回の作品である(図2、3)。
○平木典子・渡辺弥生・相川充
『あきらめないで自閉症』
講談社
『特集
2010
気持ちを伝え
るのが苦手な子』(「教育と医学」第58巻第4号)
慶応義塾大学出版会
○佐藤正二・佐藤容子編
イド
2010
『学校におけるSST実践ガ
子どもの対人スキル指導』
○平木典子
『子どものための
る〉技術』
PHP研究所
金剛出版
自分の気持ちが〈言え
2009
○財団法人メンタルケア協会編著
『対話で心をケアす
るスペシャリスト〈精神対話士〉の
技術』
○明橋大二
図2
図3
3
版
箱庭の例(初回)
箱庭の例(最終回)
研究のまとめと今後の課題
本研究では、自己表現が苦手な子どもや保護者を幾つ
45
2002
宝島社
2006
人の話を「聴く」
2006
『思春期にがんばってる子』
1万年堂出