肛門専門外来オープン 専門外来を担当する岩川和秀大腸肛門外科医長は、数少ない肛門外科の専門医であり、大腸肛門病専門施設での勤務 を含め、これまで約 1000 例の肛門外科治療の経験を有しています。また当院は岩垣副院長赴任後の平成 20 年福山市唯一 の日本大腸肛門病学会の専門医修練施設に認定されました。旧来の暗く痛そうな肛門治療のイメージを脱却し苦痛の少な い質の高い医療を心がけていきたいと岩川医長は語っています。外来診察は毎週月曜日午後に予約なしで行っていますの で、肛門に関することなら何でも気軽に相談いただければ幸いに存じます。 おしりの病気 No.1 当院では 4 月より肛門外科専 門医による肛門専門外来を開設し ましたので紹介します。肛門疾患 は歯や眼と並ぶ最もポピュラーな 疾患で、古代エジプトや古代インド の医書からすでに記載されており、 日本人の半数がいわゆる「痔」に 悩んでいるといわれています。い つの時代でもお尻を他人に見せる のは恥ずかしいという羞恥心から かいつまでも我慢し悩み続けるこ とが多いようで、かのナポレオン は血栓性外痔核の痛みのため鋭 い指揮力も鈍り、ワーテルローの戦いに敗れ島に流され、裂肛の痛みに襲われた松尾芭蕉は西国への行脚を断念したとい われています。もし当時に適切な治療が行われていれば(当時肛門の専門医はいないでしょうが)、ナポレオンの遠征も広が り支配地図も変わっていたでしょうし、芭蕉の奥の細道も長く連載されていたかもしれません。 肛門は消化管の出口に位置しますが、驚くほどの繊細な機能を有しています。普段は意識していませんが便の性状、つ まり固形、液状、ガスを識別し、それぞれ安全に排出することができます。また便を出し切った状態が消化器機能の集大成で あり、テストでいうところの総合点にあたります。その点数に偏りや不備があると肛門にその負担がかかり、長期に及ぶと病 的な状態を引き起こします。肛門領域はたかだか5cmほどの狭い範囲ですが図のように非常に多種類の疾患が含まれてお り、簡単な外用薬などで治るものばかりではありません。肛門と腸管に関する専門的知識と治療経験が必要とされるゆえん でもあります。 痔核の手術法は進歩しています 肛門の病気のなかでも最も多くを占めるのが内痔核で、いわゆる「いぼ痔」です。内痔核といっても大きさ、形、部位、程度 も様々で、もちろん治療法も保存療法から外来処置、手術治療まで多岐にわたっています。ただ、放置しておくと徐々にひどく なり手術治療が必要となります。従来は痔核を種々の方法で切除していましたが、最近は切除するのではなく、痔核の大きさ を様々な方法で縮小する治療法が広く行われるようになりつつあるので紹介します。 1.ジオン注射(ALTA)療法 1979 年中国の史教授が考案した「消痔霊」を日本で改良したも ので、平成 16 年 7 月に厚生労働省に認可されました。ジオンは硫酸 アルミニウムカリウムを主成分とした薬液を内痔核の上方と中央の 粘膜下層、中央の粘膜固有層、および下方の 4 か所に注入し痔核 の間質に炎症を起こして痔核の硬化、退縮を期待する治療法です。 薬液の注射のみで従来の切除療法にほぼ匹敵するといわれており、 低侵襲で短期入院ですむことより今後ますます普及していくことが 予想されます。しかし、施行にあたっては細かい配慮や技術を要し、 注入場所を間違えると直腸の狭窄や直腸壊死を引き起こすことがあ るため所定の講習をうけた肛門専門医のみが使用を認められています。当院では岩川大腸肛門外科医長が行っており、今 後も適応症例には積極的に使用していく予定です。 2.PPH法 1993 年イタリアのロンゴ博士によって開発された方法で、腸を吻合するサーキュラーステープラーを肛門より挿入し痔核 の上の直腸粘膜を引き込み輪切りに切除します。内痔核への血流が遮断され、上方に持ち上がり痔核が脱出しないようにな ります。切除療法に比べて痛みが少なく入院期間も短くて済みますが、ジオン療法ほどではありません。腸の器械吻合を経 験している外科医であればできますが、画一的で加減ができず、予想以上に深く切除することがあるためある程度の経験を 要します。当院でも適応症例に行っています。 その他 痔核があまり大きくなく、丸型の症例に対しては輪ゴム結紮術が効果的であり、外来でも治療可能です。痔核がひどく上 記治療法が適応とならず切除術が必要とされる場合でも、従来より創部は小さく、括約筋損傷をひかえ正常組織をできるだ け温存し、吸収糸を使用することなどにより術後の回復も早くなり創痛も軽減しています。肛門の治療法は日々変化しており、 手術法も進歩していますので痔核の手術を考えられる方や困っている方がおられましたらご相談ください。 肛門周囲膿瘍には重篤で緊急処置を要する症 例があります 内痔核に次いで多い肛門疾患といえば肛門周囲膿瘍及びそれが慢性化した痔瘻です。肛門周囲膿瘍は直腸と肛門の境 界である歯状線上の肛門陰窩から細菌が侵入し、肛門腺に感染して膿瘍が形成され(crypt-glandular infection theory),さら に直腸肛門周囲の間隙に炎症が急性に波及し膿瘍を形成するものですが、なかには一見通常の肛門周囲膿瘍のようにみえ ても実は重篤で緊急処置を要する病態もありますので自験例を紹介します。 壊死性筋膜炎(フルニエ症候群) 1883 年 J.A.Fournier が肛門、会陰に発症した壊死性筋膜炎を最初に報告したことに由来する。感染炎症が筋膜沿いに広 範囲に波及する皮膚軟部組織感染症で、皮膚の観察のみでは診断しかねるため対応が遅れ重篤となる。広範なデブリードメ ントと開放ドレナージが必要であり、死亡率は 25~75%である。 症例呈示 54 歳、男性。約 10 日前より肛門痛あり、徐々に増強するため来院。初診時肛門 0~6 時に発赤、腫脹を認め切開するも少 量の排膿のみであった(図1)。その後切開部から徐々に脂肪組織が湯葉状に溶け出し、周囲にも炎症を伴ってきた(図2)。 壊死性筋膜炎を疑い 9 日目に緊急手術を施行した。前方の内括約筋は融解していたが、他の内括約筋は皮膚を含めて中央 に温存し、外括約筋は深部に温存し、筋間の炎症を伴う脂肪組織は皮膚を含めて可及的にデブリードメントを行い開放ドレナ ージとした。同時に腹腔鏡下に S 状結腸人工肛門を造設した(図3)。術後 15 日目には創部肉芽が盛り上がり(図4)、術後 16 日目に前方を一部開放して創閉鎖を行った(図5)。術後 2 か月で創部は治癒し(図6)、肛門括約筋機能も回復したため 7 か月目に人工肛門は閉鎖した。本症例は壊死性筋膜炎を疑い迅速に対応できたことにより重症化を回避でき、肛門括約筋 を温存したデブリードメントを行うことにより肛門機能を温存できたと思われる。 痔瘻は専門医による治療が必要です 痔瘻は痔核や裂肛とともに一般的な肛門疾患で、軟便の男性に多く、若年から高齢者まで広くみられます。また、その病 態や局所解剖を把握していなければ専門医にとっても難渋する疾患の一つです。 病態:肛門陰窩から侵入した細菌が肛門 腺周囲に感染を生じ(図1)、さらに内外括約筋間から解剖学的構造に沿ってさまざまな方向へ波及し膿瘍形成し(図2)、自 潰するか排膿されて肛門周囲皮膚と原発口との間に瘻孔を形成し痔瘻となります(図3)。 つまり肛門周囲膿瘍と痔瘻は病 型と発症時期の異なる同一疾患です。 治療方針 しばしば臨床医に誤解されていることは、肛門周囲膿瘍及び痔瘻は感染を伴っているからという理由で長期間抗生物質を 投与されても治らないことです(前回の連載内容で紹介したように悪化する場合があります)。ただし肛門周囲膿瘍は、自潰し ない場合は切開排膿すれば約半数は 自然治癒するといわれており、膿瘍期 と診断すれば早目の切開排膿が勧め られます。痔瘻となってしまえば、中に は変化なく痔瘻と共存する例もありま すが、基本的には治らないだけでなく、 徐々に複雑化したり、癌化したりするこ ともあり、痔瘻になっているかどうかを 含めて専門医に相談し、痔瘻であれば 手術治療が必要となります。 手術術式 痔瘻の手術は原発口、原発巣、瘻管の適切な処理が必要ですが、根治性と機能障害という相反する大きな問題が常に存 在しています。瘻管周囲組織を内括約筋を含めて大きく切除すれば根治性は上がり再発は減りますが、肛門括約不全による 便失禁などの障害を残すことになり、術後成績は術者の経験や能力に大きく左右されます。当院では括約筋を一部切除して も影響が少ない後方の痔瘻やそれ以外の浅い痔瘻に対しては瘻管切除開放術式を、側方及び前方の比較的深い筋間痔瘻 に対しては括約筋をできるだけ温存すべく瘻管を 2 次口から内括約筋レベルまでくりぬき、1 時口から原発巣までゴム紐(シー トン)をかけてゆっくり切開開放することにより括約筋損傷を最小限にする術式(いわゆるミニシートン法)を行い良好な結果を 得ています(図 A,B,C)。痔瘻は1例ごとに形態や走行が異なっており、複雑な痔瘻に対しても細かい病態を把握し再発と括約 不全をいずれも皆無にすべく取り組んでいます。 どんなにひどい痔核も 2 回に分ければ治療可能 です 痔核のなかには何十年も年期の入った高度の全周性内外痔核症例があります。患者さん自身も治らないものと諦めてい る方もいますし、肛門専門医も治療に当惑することがあります。小さな病変まで含めて全周性に一期的に手術を試みると過 大侵襲となるだけでなく、肛門狭窄やいわゆる硬い肛門となり不定愁訴が生じかねません。肛門は非常にデリケートな部分 であり、いったん生じた合併症は取り返しがつかず、もとにはもどりません(まさしく過ぎたるは及ばざるがごとし)。当院では かなりひどい痔核に対しては安全を第一に考え、無理をせず、2 回に分割することも念頭に入れて治療を工夫しています。 症例呈示 51 歳、女性。4 年前より排便時痔核の脱出あり、用手還納していた。1 か月前より常に脱出し、肛門不快が強くなり近医受 診し手術を勧められたが 1 か月以上の入院が必要といわれた。また別の肛門科では手術はできないので紹介するといわれ た。肛門には3から4度の全周性内痔核と広範な全周性外痔核を認めた(図1)。十分なインフォームドコンセントを行い分割 手術を行うこととした。1 回目は内痔核に対して 3 か所(5 時、8 時、11 時)の結紮切除術と 3 か所(7 時、9 時、12 時)の輪ゴ ム結紮術を行い、外痔核に対しては小さいものを含めて 5 か所切除した(図2)。術後肛門不快は完全にとれず、初回術後 3 か月目に 2 回目の手術を行った。肛門は全周性の外痔核と 3 時方向の内痔核を認めた(図3)。1 か所(3 時)の輪ゴム結紮と 7 か所の外痔核(skin tag 含む)切除を行った(図4)。術後 2 カ月で症状なく軽快した(図5)。 (岩川和秀ほか:全周性内外痔核に対する分割手術、日本大腸肛門病学会雑誌 56:362-364、2003) 深部の痔瘻は手術が複雑で括約不全を残すこ とがあります 坐骨直腸窩痔瘻(膿瘍)や骨盤直腸窩痔瘻(膿瘍)は術前診断が難しく、手術創が深いため治癒まで時間を要し、括約筋 損傷による括約不全の危険性も高く、再発率も高いため治療するうえで難易度の高い肛門疾患です。当院では脂肪吸収条 件でのMRI撮影を行い痔瘻(膿瘍)進展を立体的に再構築することにより術前のシミュレーションを行って複雑な深部痔瘻の 治療に応用しています。今回は、術前から骨盤直腸窩及び坐骨直腸窩膿瘍と診断し、治療を行った 1 例を呈示します。 症例呈示 76 歳、男性。主訴:肛門痛 既往歴:40 年前に痔瘻の手術 現病歴:1週間前より肛門痛あり、疼痛が持続するため近医 受診後紹介される。外瘻は認めない。手術は肛門後方を大きく開放し、尾骨を切除し坐骨直腸窩及び骨盤直腸窩膿瘍のドレ ナージを行った。治癒まで約 3 か月を要し、軽度の肛門括約不全を残した。 肛門に悪性腫瘍ができることがありますが、化 学放射線治療が主流となりつつあります 頻度は多くありませんが肛門にも悪性腫瘍ができます。日本の大腸癌取り扱い規約では、肛門癌は肛門括約筋付着部以 下にできるものとされているため腺癌が多数含まれ、それらは通常の大腸癌と治療方針は同じですが、歯状線より外方にで きる悪性腫瘍の多くは扁平上皮癌で、高率に human papilloma virus の感染を伴うといわれています。肛門扁平上皮癌に対し て従来は手術療法が主体でしたが、扁平上皮癌は放射線感受性が高いこと、化学療法と併用することにより放射線量を抑え 副作用を軽減でき、手術単独とほぼ同等の治療効果が示されたこと、さらに永久的人工肛門にならないことから欧米では化 学放射線治療が第一選択となっています。手術治療を旨とする日本の外科医にとっていまだに化学放射線治療を優先するこ とに若干の抵抗があるようですが、実際化学放射線治療の効果は驚くほどであり、私にとって大きな転機となった症例を経験 しましたので呈示します。以後、私は肛門扁平上皮癌に対して化学放射線治療で 2 例の治癒例を経験しており、肛門扁平上 皮癌に対しては手術を行わず、もちろん人工肛門にもならない化学放射線治療を優先し、再発した場合に限り手術治療を行 う方針としています。 症例呈示 49 歳、女性。主訴:肛門痛 現病歴:数か月前より排便時肛門痛及び肛門部のイボ様 脱出を主訴に近医受診し、肛門腫 瘍部の生検にて中分化型扁平上皮癌と診断され紹介された。肛門所見:肛門管 7 時方向歯状線少し上方まで、わずかに周 堤を伴う深い潰瘍を認めた(図1)化学療法 5FU 1500mg/ day1-4、MMC 16mg/day1 及び放射線照射を両そけい部含めて計 36Gy(2Gy X18 回)行い、治療終了後腹会陰式直腸切断術を行った(図2)。P、IIc、32x20mm、(SM)、P0、H0、N(-)、M(-)、 StageI、中枢 D2+α,側方(右 D2,左 D1+α)、根治度 A。切除標本の病理検査にて腫瘍細胞は認めず、再生上皮の下に線維化 を認めるのみであった。放射線治療効果判定は Grade3 であった。 肛門に黒子(ほくろ)の癌(悪性黒色腫) ができることがあります 肛門は解剖学的に腸管と皮膚が合わさるところに位置しており、本来腸管に発生する悪性腫瘍だけでなく皮膚に発生する 悪性腫瘍ができることがあります。皮膚腫瘍にもいろいろありますが、なかでも最も悪性とされている悪性黒色腫(いわゆる黒 子のがん)は外科的切除以外に有効な治療法が確立されておらず、5 年生存率は 10%前後で予後不良とされています。しか し、早期に症状を有することが少ないこと、症状がなければ自分で肛門を観察しないこと、黒色調をあまり呈さない症例もある こと、腫れた痔核や血栓性外痔核と誤診されやすいことから診断が遅れることが多いのが現状です。今回は、私が初めて肛 門部悪性黒色腫と診断し胸が高鳴った症例を呈示します。 症例呈示 81 歳、女性。主訴:肛門部腫瘤。現病歴:平成 19 年夏ごろより肛門部に腫瘤を自覚するも放置していた。その後、徐々に 腫瘤が増大するため受診した。肛門所見:肛門外縁に黒色の結節性病変あり、周囲皮膚全周2~3cmにわたって黒色変化 を認めた(図1)。血液生化学的検査では異常所見なく、大腸内視鏡検査も直腸粘膜に異常を認めなかった。肛門部悪性黒 色腫と診断し腹会陰式直腸切断術(膣後壁合併切除)+両側方リンパ節郭清+両鼠径リンパ節郭清を行った。切除標本にて、 歯状線を境に肛門外方に黒色結節と皮膚の黒色変化をみとめ皮膚進展と診断した(図2)。切除標本の病理検査では、細胞 質内に茶褐色調に染まるメラニン色素を有する腫瘍細胞が内括約筋直上まで浸潤増殖し、皮膚表層に連続進展していた(図 3,4)。メラノーマ病期分類では pT4b,pN0,pM0,pStageⅡC であり追加治療は行っていないが術後 1 年再発を認めていない。 肛門部悪性腫瘍手術に形成外科的手技を併用 することがあります 肛門部には様々な悪性腫瘍ができることがあります。腫瘍の種類や進行度によっては肛門周囲の皮膚や皮下組織を大き く切除する必要があり、欠損部に対しそのまま寄せて縫合できない場合は形成外科的な手技を併用することがあります。今 回は、肛門管由来の GIST により殿部腫瘤を形成し、これを切除した際に大殿筋による筋皮弁を使って再建した症例を呈示し ます。 症例呈示 71 歳、男性。1 年前より殿部の腫瘤に気づくも放置していた。徐々に増大してきたため形成外科を受診し、外科へ紹介とな った。初診時、肛門縁より右側殿部にかけて約 10cmの腫瘤を触知した(図1)。 骨盤 MRI にて下部直腸から肛門管を左に圧排し坐骨直腸窩から右殿部皮下に伸展する約 9cm のダンベル状の腫瘤を認 めた。T2 強調にて不均一な高信号を基調とし境界は明瞭であるが、右側は坐骨結節及び大殿筋に接していた(図 2)。針生 検にて GIST が疑われ、肛門括約筋への浸潤陽性と判断し直腸切断術を行った。 <本例での手術手技の工夫> 1. 会陰部の深部操作を腹臥位で行い、続けて筋皮弁による再建を行った。 2. 病変が右側に偏っていたため砕石位での会陰操作で先に左側半周の肛門挙筋を切離し腹腔内と連続させておいた。 3. MRI診断を参考に大殿筋の筋線維を直視下に切離しながら剥離した。 4. 右側の肛門挙筋は骨盤付着部で切離し、坐骨結節部は骨膜レベルで切離した。 5. 殿部欠損部の閉鎖は右側大殿筋によるV―Y皮弁を使用した(図 3)。 病理組織診断はCD117(KIT 蛋白)陽性、CD34 陽性、S-100 蛋白陰性、抗α-SMA 抗体一部陽性であり、肛門管由来の GIST(uncommitted type)と診断した。 肛門から「腸」が出てくるこ とがあります 肛門から「腸」が脱出してくる病気に直腸脱がありますが、痔と勘違いされていたり、専門医でないために正しい診断を受 けていないケースが多々あります。高齢や過度のいきみにより肛門から直接「直腸」が反転して出てくるようになり、高齢の女 性を中心に年々増加傾向にあります。今回は意外と頻度が多い割に一般に知られていない直腸脱について概略を紹介しま す。 直腸脱って老化現象? 歳をとると内臓も下がり、肛門のしまりも悪くなります。また胃腸の働きも衰え便も出にくくなり、いきむ習慣がひどくなり腸 が脱出しやすくなることからある意味加齢が関係しているといえるかもしれません。しかし、病態を十分把握し治療していくた めには①直腸 S 状結腸の過長②直腸固定の程度③骨盤底の下降④肛門挙筋の機能低下⑤内外肛門括約筋の機能低下⑥ 仙骨彎曲の不足(直腸が直立しているか?、直腸肛門角)⑦腸管通貨時間の延長等を十分検討する必要があり、大腸肛門 専門医が得意とする疾患です。 直腸脱の症状 排便時のみの脱出で容易に環納できるときは医師を受診しないことが多く、歩いたりおなかに力を入れただけで脱出した り常に脱出したままになると、脱出直腸で肛門がふさがり排便困難となるだけでなく腸から分泌される粘液で肛門周囲の皮膚 や下着が汚れ、さらに広くなると出血を伴うようになります。通常痛みはなく、いったん脱出するようになると保存的治療では なかなか軽快せず、かえってひどくなり日常生活が制約されてきます。自己診断せず大腸肛門専門医を受診しましょう! 直腸脱に対しては種々の術式があります 直腸脱の原因が様々な要因が関与していることを述べましたが、治療としてはいきみの禁止や排便コントロールが基本で すが、保存的に軽快することはなく、徐々に脱出がひどくなるため一般に手術治療が行われています。しかし、解剖学的病因 が複雑であることから多くの術式が行われている半面、これといった術式が確立されておらず、脱出の程度や直腸肛門機能 障害の程度を評価し、手術侵襲、術式の難易度、再発率、合併症、社会的な背景、入院期間などを総合して術式を選択して いるのが現状です。今回は直腸脱に対する代表的な術式を紹介するとともに私が過去 10 年間に経験してきた 49 例について 術式の内訳と成績を呈示します。 上記の術式のうち高齢者で脱出腸管が長く、通常の経会陰アプローチでは修復困難で、開腹手術を行うには侵襲が大き くリスクが高い症例や再発例に対して行っています Altemeier 手術を呈示します。 小児でも直腸が脱出することがあります 直腸脱は内臓が下垂し肛門のしまりも悪くなり、いきむ習慣がひどい高齢者に生じることが多いと述べましたが、小児でも 直腸が脱出してくることがあります。また小児の直腸脱は、幼児のため自覚症状が明確でなく、両親からの問診で疑い、怒責 診断を行わなければ見逃されやすい疾患の一つでもあります。高齢者の直腸脱は直腸肛門を支える筋肉群の機能低下が関 与しているのに対し、小児の直腸脱はこれらの筋肉群の解剖学的、生理学的脆弱性によるといわれており、成長とともにこれ らの筋肉群が発達すれば自然寛解することが多いのも特徴です。しかし、常に排便に気をつけないといけない、脱出した腸 管を見ることも用手的に還納することもできない、保育園で脱出した時に困る、祖父母が困惑している、などにより保存的治 療を継続することが困難で早期治療を望まれることが多いのも現状です。 上記の術式のうち高齢者で脱出腸管が長く、通常の経会陰アプローチでは修復困難で、開腹手術を行うには侵襲が大き くリスクが高い症例や再発例に対して行っています Altemeier 手術を呈示します。 小児直腸脱に対して種々の外科的治療法が報告されていますが、そのなかでも最も低侵襲で効果的であった硬化療法に ついて紹介します。 方法は全身麻酔下砕石位にて、直腸脱先進部をアリス鉗子で 3 か所把持し、5%phenol in almond oil(商品名パオスクレ ー)を 1.5ml ずつ3~4か所粘膜下に注入します。上記処置は 1 回のみで全例再発を認めていない。硬化療法は簡便で侵襲 が少ないため、外科的治療を要する小児直腸脱の第一選択と考えてよい方法と思われます。 (岩川和秀ほか:小児直腸脱に対する硬化療法 愛媛医学 25:62-65,2006) 直腸肛門内圧検査を導入しました 平成 22 年 4 月より小児外科の先生方、外科外来スタッフ、泌尿器科外来の方々のご協力で直腸肛門内圧検査を導入す ることができました。「肛門のしまり具合」は今までは便が漏れるとかトイレに間に合わないなどという臨床症状や診察医の肛 門指診に頼っていましたが、直腸肛門内圧検査により肛門のしまり具合を数値化することで正確かつ客観的に評価できるこ とになります。今回は肛門疾患を診断し治療するうえで欠かすことのできない肛門を締める機能と直腸肛門内圧検査につい て概略を説明します。 直腸肛門内圧検査器具 器具はスターメディカル社製直腸肛門検査キットで、測定法はマイクロトランスデューサー法で行います。肛門内に挿入し た圧センサー(マイクロトランスデューサー)(図1)を一定の速度で引き出す自動引き抜き器(図2)、モニター・プリンターから 構成されています(図3)。 前処置は直腸と肛門内がある程度空虚になっていればよいため、1 時間くらい前に排便を済ませるだけで十分です。普通 左側臥位で行い、ゼリーを塗布した細いセンサーカテーテルを肛門内に挿入するだけであり、痛みは全くなく検査時間は約 15 分程度です。 主な検査項目 1. 最大静止圧:無意識のうちに肛門を締めている力であり、この力が低下すると下着汚染などが生じます。内肛門括約筋 は平滑筋であり、睡眠中に外括約筋が弛緩状態でも持続的に収縮しており一定の圧が保たれています。最大静止圧の 80% は肛門内括約筋の働きを反映しています。 2. 最大収縮圧:力いっぱい肛門を締めた時に得られる力であり、この力が低下するとトイレに間に合わなくなったり、ガス が漏れたりします。横紋筋である恥骨直腸筋と外肛門括約筋の収縮力を反映しています。 3. 直腸肛門反射:直腸下部に便がきて直腸が伸展されると反射的に肛門が弛緩し便が排泄される仕組みであり、この反 射が鈍ると便意があっても便を出せない症状が出現します。直腸内でバルーンを膨らませて肛門内圧が下がる反応をみま す。 波形分析と評価 肛門の狭さ、ゆるさ、肛門内の腫れの大きさと形、その幅などを上記数値に加え波形により知ることができます。下記に主 な波形を示します(図4)。 対象疾患 1. ガスが漏れる、便が漏れるなど肛門の締まりの悪さを訴えるとき 2. 残便感や排便困難を訴えるとき 3. 痔核、裂肛、痔瘻などで便の出にくさを訴えるとき 4. 直腸脱など肛門がゆるく脱出するとき 5. 直腸痛があり便の出にくいとき 6. 肛門の変形や括約筋損傷が疑われるとき 7. 肛門狭窄があり排便困難のあるとき 8. 裂肛や痔瘻の術後機能障害が疑われるとき 9. 肛門異臭症や肛門神経症で肛門の緩さを気にするとき 直腸肛門内圧検査は毎週月曜日午後の肛門専門外来の後に予約制で行っています。近隣の肛門疾患を治療されている 先生方で直腸肛門内圧検査を依頼される場合は気軽にご相談ください。 排便障害の原因の一つに直腸瘤があります 便意を感じていきんでも便が出ない排便障害の原因の一つに直腸瘤(正式には直腸膣壁弛緩症 Rectocele といいます) があります。この疾患は腹圧が直腸にかかると、直腸の壁が膣のなかに向かって膨らんでくる病態で、直腸と膣の間の壁が 弱くなったために生じるとされています(図1)。今回は、意外と頻度が多い割に知られておらず、他の疾患(直腸脱や子宮脱) とも間違われやすく、大腸肛門病の専門医にも注目されている直腸瘤について紹介します。 原因 直腸と膣の間の結合織が弱くなる原因として多出産、鉗子分娩、子宮切除、慢性便秘、骨盤の手術などがありますが、若 い女性でもまれにみられます。 症状:「便が出口まできているのに出ない」のが主症状ですが、残便感、膣の違和感、会陰部 の鈍痛や違和感を訴えることがあります。肛門周囲や膣を押さえると排便しやすくなる症状は特徴的といえます。 診断 肛門指診でほぼ診断はつきますが、正確には模擬便を直腸内に入れて排便時の直腸の形態を評価する排便造影検査 (ディフェコグラフィーともいいます)を行います。 治療:無症状の方は治療の対象になりません。軽症の方は緩下剤やバイオ フィードバック療法を行います。重症の方は手術的治療が必要となりますが、いろいろな方法があります。当院では経膣的ア プローチによる直腸膣壁縫縮術を行っており、手術術式(図2)と手術症例(表1)を呈示します。 (岩川和秀ほか:直腸膣壁弛緩症 愛媛医学 21:324-328,2002) 乳児にも肛門周囲膿瘍や痔瘻ができます 内痔核は起立歩行である人間に特徴的な疾患で、肛門周囲膿瘍や痔瘻も一般に大人に発症する疾患と思われています。 しかし、まだ這い這いでオムツがとれていない乳児にも肛門周囲膿瘍やまれに痔瘻を生ずることがあります。大人の肛門周 囲膿瘍や痔瘻が肛門腺からの逆行性感染(いわゆる crypt-glandular theory)と考えられているのに対し、小児の肛門周囲膿 瘍は母親から小児への免疫能の移行期での免疫能の低下、肛門周囲の組織間隙の脆弱、オムツ等による汚染などが関与 しているといわれ、基本的に別の病態として扱われています。 治療 軽度の場合は穿刺(18G 針)や抗生物質の投与で軽快することもありますが、波動を触知する場合は膿瘍をしっかり切開・ 排膿することが大切です。切開後は局所の洗浄や坐浴を行い抗生物質入り軟膏を塗布します。まれに慢性化して瘻孔を形 成することがありますが、オムツが取れる頃にほとんどが自然治癒することが多いため根気強く局所の洗浄を続けることが大 切です。ちなみに私は約 30 例の乳児肛門周囲膿瘍を治療しましたが、手術を行ったのは多発(4 か所)及び慢性化した 1 例 のみです。 クローン病には、肛門病変が高頻度に合併しま す クローン病は難治性の炎症性腸疾患ですが、数 10%から 90%に肛門病変を合併します。発症してからの期間が長くなれ ばなるほど合併頻度が高くなり、大腸病変を有する患者さんほど頻度が高くなります。また肛門病変を初発症状とする場合も あり、初期対応が適切でないと治療が遅れるケースもあります クローン病の肛門病変とは 1. 一次病変 腸にできるクローン病の潰瘍が肛門にできたものです。肛門内にできた潰瘍は、一般の裂肛(いわゆる切れ 痔)と異なり潰瘍の幅が広く深く、周りの粘膜がむくんで腫れています。また肛門の皮膚が腫れて大きくなっています(浮腫性 痔核といいます)(図1)。 2. 二次病変 一次病変から波及して生ずる病変を二次病変と呼びます。最も多いのが痔瘻で、肛門内の病変からトンネ ル状に穴が周囲の皮膚に通じているものです。肛門周囲膿瘍は痔瘻になる前の状態で、病変周囲の皮下や筋肉の間に膿 が溜まって腫れてくるものです。肛門全体の炎症が長く続くと炎症により肛門が狭くなることがあります(肛門狭窄)。女性では 膣との間にトンネルができることもあります(直腸―膣瘻)。 こんな時クローン病を疑う 皮垂が腫れぼったい。 裂肛が大きい、側方にある、潰瘍のような形態。 一次孔が歯状線上にない。 一次口が大きい、裂肛や潰瘍の中にある。 二次孔がみずみずしい。 腹部症状を伴う。 やせ形の体型。 傷が治りにくい。 痔瘻が深く、複雑である。 クローン病肛門病変の治療 一次病変に対しては、クローン病そのものの治療を行います。薬物療法としては 5-ASA 製剤、副腎皮質ステロイド、免疫 抑制剤、レミケード(抗 TNF-α抗体)が使用されます。栄養療法として中心静脈栄養、成分栄養(エレンタール)が用いられま す。二次病変に対して必要に応じて外科治療が選択されます。浅い痔瘻に対しては切開開放術が、深い痔瘻に対してはシー トン法が行われます。シートン法は「ひも、糸、ゴム」を痔瘻に通す方法で、膿を排出するため長期間留置します(図2)。クロー ン病は全腸管の疾患であり、何らかの処置を要する場合はもちろんのこと、消化器内科との密な連携が必要であり、当院で も互いに相談し合いながら治療を行っています。 肛門後方に生じ、痔瘻に似た症状を有する疾患 に 毛巣洞があります 肛門疾患ではないが、肛門部付近に発症し、痔瘻や肛門周囲膿瘍と鑑別を要する疾患に毛巣洞があります。毛巣洞は肛 門後方の正中仙骨部から尾骨部にかけて、単発または多発性に治りにくい、おできのようなしこりができる疾患です。膿を排 出する穴が何か所かできることは痔瘻と似ていますが、毛髪が排出されることがあったり、肛門と交通がないことが痔瘻と鑑 別点になります(図1)。 比較的若い 15~30 歳くらいの毛深い白人男性や肥満男性がかかりやすく、クッションの悪いジープ に乗るアメリカ軍兵士に多く発症することから「ジープ病」ともいわれます。 原因及び病態 原因として二つ説があります。まず一つは「先天説」で胎生期の脊髄管の遺残があり、体毛の原基が皮膚に開かずに潜り 込んで発症するという説です。もう一つは「後天説」で、皮下に埋没した毛髪が膿胞を形成し感染する説です。毛髪は認める ものの毛根が見いだされないことや発毛の状態が見られないことから、現在は「後天説」が有力です。 治療 自然治癒や保存的治療による治癒は期待できず、病巣の完全切除が原則である。軽症例では抗生物質で数カ月間無症 状で維持することができる場合もあるが、通常は急性期では切開排膿し、炎症を鎮静化させた後に根治術を行うのが一般的 である。根治術式は大きく分けて閉鎖術式と開放術式(Marsupialization)がありますが、当院では基本的に閉鎖術式の一つ である正中単純閉鎖法(瘻管全切除+一期的創閉鎖)を行っており今のところ再発例は認めていません。(図 2a-d) 肛門周囲に生じ、複雑痔瘻様にみられる疾患に 膿皮症があります 肛門周囲から臀部にかけて、排膿を有する二次孔が多発し、慢性化すると互いに癒合し大きな湿潤局面を形成してくる疾 患に膿皮症があります。正確な診断がなされないまま医療機関で切開排膿を繰り返されていたり、外科的治療が行われても 再発率が高く難治性であるため病悩期間も 10 年以上の症例も稀ではありません。 原因と病態 膿皮症の原因は、アポクリン汗腺(陰部、腋窩、外陰部、肛門周囲に多く存在)の開口する毛胞が閉塞し、分泌物に感染 が生じ、膿瘍が周囲皮下組織へ波及していく化膿性汗腺炎と考えられており、臀部・陰部周囲に発症する可能性汗腺炎を臀 部膿皮症と呼んでいます。膿皮症の瘻管は皮下の浅いところを走行していること、痔瘻のように内外括約筋間を貫くことなく 肛門に侵入することが特徴とされています。 アポクリン汗腺はホルモンの影響を受けやすく、臀部膿皮症は男性に多く女性の 2 倍といわれています。皮膚は浅黒い褐 色調の色素沈着、瘢痕によるひきつれや凹凸とした硬結を認め、ところどころに膿の開口部がみられ、一見複雑痔瘻のような 様相を呈します。実臨床においては、膿皮症には約半数の症例で実際に痔瘻が合併しているといわれており、治療に際して は両疾患の対応が必要となります。 治療 切開開放だけでは再発を繰り返し徐々に病態が悪化していく可能性があり、行うべきではなく、すべての瘻管を開放また は切除してはじめて根治できます。色素沈着や硬結の範囲から病変部を正確に把握し、範囲が比較的少なければ病変部す べての皮膚を切除し、一期的閉鎖しますが、範囲が広くて困難な場合は創部に肉芽形成を認めた後二期的に遊離植皮を行 うか、瘻管を覆った皮膚をすべて開放し(unroofing)皮膚を島状に残し皮膚の再生を待ちます。痔瘻を合併している場合はで きるだけ coring out 術を行い肛門括約筋温存に努めます。 いずれにしろ臀部膿皮症は複雑で範囲が広く再発率も 30~50%と高いため、患者の肉体的・精神的負担も大きく、十分な説 明と共に肛門専門医と形成外科医との密な連携のもとに根気強い治療か必要です。以下に自験例を呈示します。 会陰部の悪性腫瘍に対して複数の科が 共同で手術を行います 肛門から会陰にかけて悪性腫瘍ができることがありますが、病変が泌尿生殖器関連の臓器にまたがっているため、これら を切除または機能温存する場合、複数の専門科で共同して手術を行うことがあります。当院は外科以外に産婦人科、泌尿器 科、形成外科など専門医が常駐しており、会陰部の悪性腫瘍に対しても共同でハイレベルな手術を行っています。今回は、 会陰癌に対して産婦人科、外科(大腸肛門外科)、形成外科合同手術により肛門、外尿道口、膣口を温存し会陰部の形成を 行った症例を呈示します。 症例呈示 50 歳台、女性。主訴:外陰部腫瘤。現病歴:平成 21 年 8 月に会陰部痛あり、近医婦人科受診し Punch 生検にて扁平上皮 癌と診断され当院婦人科紹介された。StageⅡ(T2,N0,M0)にて化学療法施行するも軽度縮小のみであったため根治術を行っ た。前方はクリトリス前部より後方は肛門周囲におよぶ腫瘤に対して(図1)、まず最初に外陰部周囲は婦人科により外尿道 口及び膣口を温存すべく前方より切除を行い、続いて肛門外科が引き継ぎ肛門周囲の切除を行った。外側は病変より1-2c m離し皮膚を切開し、肛門を温存すべく病巣切除した(図 2,)。肛門の中は歯状線直下で切離し、深部は皮下外括約筋を切除 し、内括約筋及び浅外括約筋を露出温存できるレベルで皮下組織を切除した(図3)。皮膚欠損に対して形成外科により両側 の皮膚を剥離し膣と肛門の間に両側 Z 形成を加え、互いに縫合し、最後に肛門外科が肛門粘膜及び内括約筋と形成した皮 膚(皮下)とを縫合固定した(図4)。術後便漏れ、肛門周囲の皮膚障害なく順調に経過し 20 日目に退院した(図5)。病理所見 は keratinizing type の扁平上皮癌で断端は陰性であり、リンパ節転移も認めなかった。 高度に脱出した直腸脱や再発例には開腹によ る 根治術が必要です 連載の No.11 にて直腸脱に対して種々の術式があり、大きく分けて経会陰アプローチと経腹的アプローチがあることを述 べました。今回は脱出腸管が長く、通常の経会陰アプローチでは修復困難であったり、経会陰アプローチによる手術を行い 再発した症例に対して行っている経腹的アプローチによる直腸脱根治術について説明します。経腹的アプローチといってもさ らに種々の術式がありますが、基本的な術式としては下垂した直腸の引き上げ固定と症例によっては余剰腸管の切除を追 加します。直腸の吊り上げ固定法は、メッシュを巻きつけて固定する方法(Ripstein 法)、一部メッシュを巻いて固定する方法 (Wells 法)、固定のみ行う方法(Kummell 法、Sudeck 法等)、さらにこれらを腹腔鏡下に行う方法が代表的です。腸管の切除 は、腸管の長さや、便秘の程度により考慮されます。当院では、直腸の吊り上げ固定に骨盤底の形成を加え(図2,3)、症例 によっては S 状結腸の切除を追加しており、良好な成績が得られていますので呈示します。 症例は 7 症例に施行し、性別は女性 6 例、男性 1 例であった。年齢は 32 歳から 88 歳までで、平均 58.7 歳であった。7 例 中 4 例は再発例に行い、そのうち 2 例は 2 回の手術歴があった。脱出長は 4cm から 15cm で、平均 9.3cm であった。7 例中 6 例に腸管切除を併施した。入院期間は平均 26.7 日で現在まで全例再発なく経過している。本術式は最も根治性が高い半面、 全身麻酔で開腹という侵襲が加わる術式であるため今後も症例を選択して施行していく方針です。 裂肛も難治性となったり、狭窄を伴うようになれ ば 手術が必要です 裂肛は肛門上皮の過伸展により生じた裂傷であり、切れ痔、裂け時、痔裂などとも呼ばれるポピュラーな肛門疾患です。 しかし、これらの症例の一部には繰り返すことにより肛門が狭くなったり、なかなか治らないためいつまでも肛門痛や出血を 伴い慢性化する症例もあります。また、最近では物理的な側面だけでなく、肛門内圧の上昇や肛門上皮の循環不全の面から も検討されつつあります。 裂肛の分類 A)急性裂肛 硬便の排出などの器械的刺激により肛門の前または後正中の肛門管上皮にみられる比較的浅い縦型の潰瘍で通常 は1~2週間で治癒する。 B)慢性裂肛 急性裂肛を繰り返すか、括約筋の攣縮が加わり、創が線維化し難治性となった状態。潰瘍部以外に歯状線部に肥大乳 頭、肛門外縁に皮垂(見張りいぼ)を形成する。 C)随伴性裂肛 巨大なポリープや痔核が脱出する際に器械的損傷をうけ、これらの病変の辺縁に潰瘍を形成する。 D)他疾患による肛門潰瘍 ベーチェット病、クローン病などの炎症性腸疾患に付随する肛門部の病変。 裂肛の多くは保存的治療が優先され、最初から手術となる症例は少なく、上記の種々の病態を区別して症例ごとに検討 する必要があります。中には保存的治療の限界例もあり、具体的には次のような症例が手術適応となります。 1. A)の急性裂肛を繰り返すか、保存的治療では改善しない症例 2. B)の慢性裂肛で狭窄を認め、排便時痛や排便困難がある症例 3. C)の随伴性裂肛で大きな随伴病変があり、裂肛の原因となっている症例 4. 裂肛から痔瘻を併発している症例 当院では狭窄が軽度で内括約筋の spasm による硬化が主体例では内肛門括約筋側方切開術を、肛門上皮の瘢痕性狭 窄が強く内括約筋まで硬化している症例では皮膚弁移動術(sliding skin graft:SSG)を行い、症例によってはさらに裂肛部切 除(デブリードメント)を追加しています。手術は肛門括約筋に操作が及ぶため、適応や手技を誤ると括約不全をきたし著しく QOLを悪化させるため、肛門の括約筋機能と解剖を熟知した専門医が行う必要があります。以下に過去 2 年間の手術症例 を呈示します(図1)。いずれも術後経過は良好で、合併症なく満足したQOLが得られています。 おしりの病気を予防するための 10 カ条 肛門疾患の予防はまず規則正しい生活と排便習慣が基本です。具体的には以下のようなことが大切です。 1.毎日お風呂に入る 入浴すると体温が上がり、血行が改善します。体を冷やすと腸の動きがにぶり、おしりの血行も悪くなります。シャワー だけではなく湯船にゆっくり入ることが大切です。肛門を清潔にするうえでも最も効果的です。痔に効果のある温泉は全 国数えきれません。 2.お尻をきれいにする 肛門が汚いと細菌が増殖し、痒くなったり炎症を起こします。特に排便後はきれいにしましょう。「おしりふき」は軟らかい 拭き心地で、清潔さも保てて有用です。 3.便秘しない 便秘すると便が硬くなり、肛門が切れやすくなります。また排便時に強くいきむため、肛門のうっ血を生じます。便をもよ おしたときには我慢せずに排便しましょう。 4.下痢しない 下痢すると肛門を刺激するだけでなく、肛門周囲が不潔になり、細菌感染を起こしやすくなります。 5.トイレは力まずゆっくりと 完全に出し切ろうとして必要以上にいきむと肛門のうっ血や出血をきたしやすくなります。排便時間は 3 から5分が理想 的です。トイレの中で新聞を読んだりすることは禁物です。 6.適度の運動をする 運動すると腸の動きが活発になり、排便をスムーズにします。肛門体操は肛門を上に引き上げるようなつもりで 5 秒程し めて、3 秒程緩めます。これを繰り返すことにより肛門の血行を改善するだけでなく肛門括約筋を鍛えることにつながり ます。力仕事や過激なスポーツはかえって肛門に負担がかかります。 7.長く座ったままの仕事、長いドライブは控える 肛門がうっ血し負担がかかります。円座は肛門の負担を軽減するためお勧めです。ときどき休憩し、軽く体操をして血行 を改善しましょう。 8.刺激物は控える アルコール、香辛料は肛門を刺激し、うっ血させるため痔核を悪化させます。 9.食物繊維を食べる 食物繊維は水分を吸収して膨らみ、便の量を増やして軟らかくし、腸の蠕動を高めます。食物繊維には水に溶けない不 溶性のものと水に溶ける水溶性のものがあります。不溶性食物繊維には大根、ほうれん草、とうもろこし、おから等があ り、よく噛んで食べる必要があります。水溶性食物繊維にはりんご、いちご、バナナ、いも、人参、かぼちゃ等がありま す。 10.朝はリズムが大切です 全ての生物は口から食事をとると肛門から便を出そうとする反射がおこります(人間の場合胃―結腸反射とよばれてい ます)。この反射は朝食後が最も強くおこるため、朝は余裕を持って起床し、朝食をしっかりとって胃腸の活動を活発に し、朝食後に排便する習慣を身につけましょう。
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