アメリカの高齢者政策におけるアドヴォカシーの役割

アメリカの高齢者政策におけるアドヴォカシーの役割
溝 田 弘 美
1
はじめに
1.アメリカの政策過程の特徴
2
アメリカの高齢者政策の特徴
2.NPOの行うロビイングの役割
1.アメリカの高齢者政策の概要
3.グレイロビー
4
2. 高齢アメリカ人法
3. メディケア・メディケイド
1. アメリカ社会の特質とアドヴォカシー
4. ナーシングホーム規制法
2. アドヴォカシーの定義
3
!
アメリカの高齢者政策におけるアドヴォカシーの役割
5
アメリカの高齢者政策過程
はじめに
おわりに
を築いたアメリカモデルへと転換しはじめているからで
ある。3)イギリスにおいては、サッチャー政権が、NPO
第二次世界大戦後、多くの先進諸国が福祉国家を理想
との契約を急速に広げていった。4)
アメリカの高齢者政策の特徴は、政策形成から政策の
とし、福祉国家を目指した取り組みをしてきた。しかし、
近年その典型的な福祉国家である北欧諸国にも変容が見
執行、政策のフィードバックまでの一連の政策システム
られるようになってきた。北欧の福祉先進国の一つであ
のサイクルが明確であること。さらに、このプロセスに
るスウェーデンにおいても、国家主導ですべての福祉政
一般高齢市民のアドヴォカシーグループが組み込まれて
策を担うことは財政的、サービスの質的に困難な状況と
いることである。アメリカの政策過程においては政党政
な り 、 民 間 独 自 の 力 に よ る NPO( Non Profit
治とともにロビイングが重要な位置を占めるが、そのロ
Organization)の拡大が見られるようになってきた。こ
ビイングを経て実現した高齢者政策は、高齢アメリカ人
のことは、高齢化問題を抱える他の先進諸国においても、
法(The Older American Act)、高齢者向け公的医療保険
現行の福祉システムに対するパラダイムの転換期である
であるメディケア法(Medicare)、高齢化に関するホワ
ことを示している。
イトハウス会議(White House Conferences on Aging)
このような変容のなかで、「アメリカ福祉国家は、選
の定例開催、雇用における年齢差別撤廃法(The Age
別主義の徹底と福祉削減、労働力の再商品化によって事
Discrimination in Employment Act)、老人ホーム入居者
態に対応しようとしている。」1)アメリカの高齢者政策
のために質の確保を義務づけるナーシングホーム規制法
は指摘されているような多くの制約をかかえてはいる
(Nursing Home Reform Act)などがある。政策だけを列
が、すぐれた成果も後述するようにないわけではない。
挙すると、先進福祉国家では特筆すべき法ではないが、
重要なことは、その背景に、NPOが、サービスの供給主
これら政策の特徴は、高齢者自ら団体を組織し活動した
体として、またアドヴォカシー(advocacy)の主体とし
結果、勝ち取ったものである。このことは、一般高齢市
て重要な役割を果たしていることである。NPOと政府の
民が国の政策形成に関与できる可能性と機会が保証され
関係を重要とするレスター・サラモン(Lester Salamon)
ている点において重視されるべきである。
は、国内政策に重点を置いたレーガン・ブッシュ政権下
アドヴォカシーとロビイングの違いに関する研究はあ
における緊迫した財政圧縮のためには、この政府とNPO
まりなく、アメリカにおいても明らかではない。アドヴ
の相互関係が重要であると述べている。
2)
なぜなら1980
ォカシーを行う主体であるNPOの研究においてでさえ、
年代以降、アメリカ以外の先進諸国における福祉国家は、
1985年頃までその違いは公共政策とは無関係であるとさ
政府主体の過去のシステムから政府とNPOの有効な関係
れており、その後急速に進んでいったものである。5)ま
−113−
政策科学7−1,oct. 1999
た、アメリカでは福祉国家論やNPOなどのボランティ
ューディール政策を掲げて登場したルーズベルト大統領
アセクター論の研究も不充分であり 、NPOの政策活動
によって社会保障法9)が制定され、世界ではじめて社会
においては、アメリカの研究者にとってもリサーチが難
保障という言葉が使用された。社会保障法は、カテゴリ
しく、そのグループ自体がしばしば政治分析の核にはな
ー別に援助を行うプログラムとして、国家統一福祉シス
らないと見なされていた からである。そこで本稿では、
テムを提供した。10)また、何度かの改定で、「しだいに
アドヴォカシーを「社会問題に対処するため、政府・自
充実した社会保険方式のモデルとして注目に値する年金
治体及びそれに準ずる機関に影響をもたらし、公共政策
制度」11)となったため、その後は、社会保障法以外の法
の形成及び変容を促すことを目的とした活動である」と
の策定よりも、社会保障法の適応範囲の拡大によって対
し、ロビイングは「圧力及び利益活動を行う」意味で使
応がなされてきた。12)
6)
7)
1930年代以降、医学の進歩、抗生物質など新薬の発明、
い、アドヴォカシーによる活動もロビイングを行うとい
医療技術の進展などに伴う急性疾患中心医療から慢性疾
う考え方で論を進めていく。
アメリカにおいて、産業界のロビイングは、労働組合
患の増加及び人口動態の変化は、アメリカの高齢化を進
や消費者団体に比べて政策に影響力をもち、政策は経済
展させた。社会保障給付充実への過程で、社会保障の財
力と人的組織力を持つ企業に優位に形成されてきた。し
政不足に対し、非営利団体の組織化がみられるようにな
かし、その流れは変化しつつある。それは企業のもたら
った。戦後もその状態が続き、いくつかの高齢者団体は、
した環境問題や人権問題に対してNPOやNGO(Non
戦後ワシントンで効果的なロビー活動を行うようになっ
Governmental Organization)の活動が影響を持ち始めて
た。そして、周到な高齢者団体の政策形成への圧力活動
きたためである。NPOやNGOは声を上げるだけの活動
は、アメリカ高齢者法、メディケア法制定及びその他の
から、知識・情報戦略においても、より専門性を増した
法制定に大きく関与することになった。
活動となり、政府機関や企業も無視できない存在となっ
現在、アメリカの高齢者政策の主要課題は、所得保障
てきたのである。ロビイングは、アドヴォカシー活動と
と介護の2点である。1995年の高齢者は約3300万人であ
して発展し、市民活動による民主主義の形成に大いに寄
り、2030年には6500万人になり、そのうち650万人が要
与してきたと考える。
介護者となると予測されている。13)アメリカでは、この
現在の福祉国家の変容は、一般市民の活動による福祉
2つの課題に対し、主要な高齢者を保護する政府プログ
国家の形成へと歩んでいる。アメリカの民間セクターの
ラムとして社会保障法(Social Security)、高齢アメリカ
高齢者政策過程への積極的なかかわり方、つまり、自己
人法(The Older American Act)そして、メディケア及
決定を尊重する市民活動、そしてとそれにこたえる政府
びメディケイド法(Medicare & Medicaid)がある。メ
との対等な関係は、新しい福祉国家における高齢者政策
ディケア及びメディケイドは、社会保障法のもつプログ
のあり方と考えることができる。本研究ではアメリカの
ラムであるが、その管轄は高齢者を対象にした医療政策
アドヴォカシーの実態から、アメリカの高齢者政策にお
を 行 う 医 療 財 政 庁 ( Health Care Financing
けるアドヴォカシーの役割を考察したい。
Administration)として独立した組織となっており、社
会 保 障 管 轄 の 社 会 保 障 庁 ( Social Security
@
アメリカの高齢者政策の特徴
Administration)、高齢アメリカ人法管轄の高齢化対策庁
(Administration on Aging)とともに連邦厚生省のもとに
1.アメリカの高齢者政策の概要
設置されている。この他、関連する政策として、包括予
アメリカでは、福祉政策は行政主導によるコントロー
算調停法OBRA(Omnibus Budget Reconciliation)に盛
ルはせず、市場メカニズムに任せ、公費による政策は低
り込まれたナーシングホーム規制法(Nursing Home
所得者層に対して行う最低限のものに抑えられてきた。
Reform Act)がある。
また、歴史的にも、教会やコミュニティのボランティア
団体が高齢者福祉を担ってきた。しかし1929年の大きな
経済変動である大恐慌が、州及び地域レベルでの総統的
な福祉システムの崩壊を決定づけていた。8)1935年にニ
−114−
次に、これらの政策形成について見ていく。
アメリカの高齢者政策におけるアドヴォカシーの役割(溝田)
2.高齢アメリカ人法
であるのに対し、アメリカのナーシングホームでは保健
1930年代以降、政策形成への圧力活動を行う高齢者団
医療政策の一環となっている。従って、アメリカでは
体に全国統一の組織は見られなかったが、1960年になる
ナーシングホーム費用が、患者一人当たりの最高の医療
と、全米高齢者ホーム協会(The American Association
費自己負担となっており、一人当たりの医療費が世界で
of Homes for Aging)、全米ナーシングホーム協会(The
最も高い。15)また、国民皆保険制度がないため入院期間
American Nursing Home Association)、全米ヘルスケア
が短く、退院後をナーシングホームで過ごす高齢者が、
協会(The American Health Care Association)など会員
その負担に耐えられなくなるケースが問題となった。
制のNPOが誕生した。全米ナーシングホーム経営学会
ニクソン政権下では、大統領によるナーシングホーム
(The American College of Nursing Home Administrators)
特別委員の指名、ナーシングホームへの支払い規定を定
は老人ホーム経営の専門家を生み出している。こうした
めるなど、ナーシングホームの質の向上が進められた。
動きが1960年、国会承認の第一回高齢化に関するホワイ
また、1960年には1970年からナーシングホームの運営者
トハウス会議(White House Conference on Aging)を開
資格制度を導入することを上院で可決した。
催させ、高齢アメリカ人法の立法化へと発展させること
になった。
さらにこのような医療費問題に対応するため、1965年、
メディケア法とメディケイド・プログラムが同時に議会
1950年頃、アメリカではすでに長期介護が社会問題化
を通過した。メディケア法(Medicare-Title XVIII of
しており、すでに議会において高齢化への関心が議会で
Social Security Act) は65歳以上の全高齢者が加入し、
高まっていた。議会は、さまざまなヒアリング調査及び
安定した医療サービスを受給することができる健康保険
検討委員会などを経て高齢アメリカ人法の制定に至る
法である。
が、その背景に高齢者権利運動が制度化される過程にお
メ デ ィ ケ イ ド 法 ( Medicaid-Tittle XIX of Social
いては高齢者団体の政治的影響力があったと見られてい
Security Act)は、州が提供するプログラムで、その
る。
50%の資金を連邦政府が拠出するものである。貧困者層
高齢アメリカ人法は1965年はじめて議会で制定された
に対する給付を対象とした制度であるため、アメリカの
高齢者介護を対象とする政策である。連邦政府は60歳以
中流階級は、生活が困窮するまで医療費の支出のために
上のすべての高齢者を対象にソーシャルサービスを行な
メディケイド制度を利用できない。16)しかし、すでにナ
い、厚生省管轄の高齢化対策庁が、高齢者に対する広範
ーシングホーム費の給付を受けている入所者のうち、メ
なサービスに対して補助金を支給するようになった。
ディケアがカバーするのは約2%にすぎず、約45%がメ
サービスのほとんどは、50の州政府の高齢者担当機関か
ディケイドから生活困窮者のために支払われている。
ら資金を受け、その下に670の地域機関である地区高齢
近年、メディケア及びメディケイド共に、高齢化とと
化対策局、通称トリプルA(Area Agency on Agency)、
もに医療費を増大させ、医療費抑制が大きな課題となっ
さらにその下のコミュニティベースのエイジングネット
ている。そうしたなかで、医療費支払い機関として、
ワークと呼ばれる機関を通じて提供される。高齢アメリ
1970年代から活動が始まったHMO医療費管理組織
カ人法は、国レベルでは具体的な権限も財政的裏付けも
(Health Maintenance Organization)は、医療費抑制に一
なされていないが、地域レベルにおける行政の枠組みを
役を担った。しかし、HMOは、長期介護費にかかる医
おり、今後もそのニーズが高
療費は含んでいない。こうしたことから、1997年均衡財
形成することに成功して
14)
まる政策である。
政法BBA(Balanced Budget Act)の中に、PACE高齢者
包括介護プログラム(Program of All-Inclusive Care for
3.メディケア・メディケイド
the Elderly)が制定された。このPACEというプログラ
アメリカでの高齢者のうち約60%は、ナーシングホー
ムによって形成された組織は、HMOに対してソーシャ
ムで居住していると言われており、ナーシングホームは
ルHMO(SHMO)とも呼ばれる、高齢者介護費をメディ
高齢者介護において重要な存在である。アメリカのナー
ケア及びメディケイドで支払うことを可能にしたプログ
シングホームは、日本の特別養護老人ホームに類似され
ラムである。介護に対してサービスを包括的に行う
るが、日本の特別養護老人ホームは老人福祉施策の一環
SHMOに対し、高齢者の期待は大きいが、クリントン大
−115−
政策科学7−1,oct. 1999
統領の世代であるベビーブーマー世代が50歳代に突入し
メリカの病院及び施設などのヘルスケア組織における利
たことで、加速する高齢化に対する医療費抑制にどれだ
用者へのケア並びに人的サービス、質の向上を目的とし、
けの効果を与えるか、また、抑制される医療費に対する
さまざまな政策に対する監視機能として民間組織が役割
高齢者団体の反発がどのように生じていくかが今後の課
を果たしている。JCAHOの認定をもって州の監査とみ
題である。
なすという規定は、医療機関については現在、44の州で
採用されており、長期介護施設の認定についても広がっ
4.ナーシングホーム規制法
ている。
メディケイドの創設により大きな財源を得たナーシン
以上、アメリカにおける高齢者政策を述べてきたが、
グホーム産業は、1965年以降成長期に入って行った。70
政府の役割は、ナーシングホーム政策に見られるように
年代に入ると、急増したナーシングホームのスキャンダ
自ら介護サービスプログラムを提供するというより、市
ル、メディケアの財政破綻の問題が表面化するようにな
場メカニズムに任せてきた。ナーシングホームのサービ
った。医療費の架空請求、ナーシングホームの転売によ
スの質を決定づけるケースマネジメントも、1900年初め
る利ざや稼ぎ、患者を紹介した見返りに対するソーシャ
に、民間のセトルメントやチャリティ団体によって示さ
ルワーカーへのリベート供与、そして入所者への虐待な
れ18)、質に対する研究、関係団体からの働きかけが反映
どである。これらのスキャンダルが社会問題化したこと
された結果、ナーシングホームのサービスの質における
で、全米各地において市民団体によるナーシングホーム
評価内容の立法化となったのである。
社会保障法制定時から1980年代までの高齢者の特徴と
改良運動が展開され、連邦政府はナーシングホームの質
向上に乗り出した。
して、拡大する貧困層を反映したNPOの働きかけがメデ
17)
レーガン政権は、メディケイド創設以来増加傾向にあ
ィケア、高齢アメリカ人法などの立法化を実現した。19)
る医療費の削減を重要課題とした規制緩和政策の一環と
そして、1980代以降の高齢者は、若い世代に使う公共支
して、ナーシングホームへの監査を緩和しようとした。
出をもっと高齢者に使うことを要求することに加え、以
しかし、施設サービスの質の低下を恐れた強力な高齢者
前の高齢者に比べて政治的影響力をもつようになったこ
の政治的圧力団体の強固な反対を受け、結局、医療研究
とが、アメリカの高齢者政策形成への関与が重要な特色
所IOM(Institute of Medicine)の答申を待つことになっ
である。次節では、高齢者が政策過程に関与できる素地
た。IOMの答申をうけて民主党主導の議会は、1987年に
をさぐっていく。
「 包 括 予 算 調 停 法 」 OBRA( Omnibus Budget
Reconciliation)による「ナーシングホーム規制法」
#
アメリカの高齢者政策過程
(Nursing Home Reform Act)を制定、ナーシングホーム
への新たな規制を導入、違反条項にメディケア・メディ
1.アメリカの政策過程の特徴
アメリカは、他の先進諸国に先駆けて、1980年代のレ
ケイドの停止の権限を課した。
また、メディケアの財政破綻の問題構造は、多発する
ーガン政権期から小さな政府を目指してきた。その改革
病院関係者による不正請求や詐欺事件もその原因のひと
は、規制緩和、歳出削減をとおして民間活力を引き出し、
つとして指摘されている。不正請求や詐欺、適正を欠い
アメリカ経済を復活させることをねらいとしたものであ
た経営に対するメディケアの支払額は推計で240億ドル
る。クリントン政権においては、政府の力を縮小するた
から290億ドルにも及ぶといわれており、メディケア年
めのダウンサイジングやアウトソーシングとして、公立
間支出の14%から17%に相当する額である。
学校の民間委託、州レベルでは福祉サービスの民営化が
こうした問題に関して、NPOが重要な役割を果たして
行われている。
いる。病院の評価基準を設定し、医療の質を高めること
1996年成立した連邦の福祉改革法 (Welfare Reform)
を目的とした非営利の民間認定組織には、ヘルスケア組
は 、 要 保 護 児 童 扶 助 AFDC( Aid to Families with
織 認 定 合 同 委 員 会 JCAHO( Joint Commission on
Dependent Children)の受給資格に一定期間における労
Accreditation of Healthcare Organization)など全米に約
働義務を課し、受給者に労働インセンティブをつけよう
20団体ある。それらの組織では、認定機能を中心に、ア
としている。これは大恐慌時に政府が個人や企業に与え
−116−
アメリカの高齢者政策におけるアドヴォカシーの役割(溝田)
た「庇護」を取り払い、「自立」を促し、規制緩和によ
業や団体からの委託を受けてロビイングをするロビー弁
り活力を高めようとする政府の方針と同じである。
護士事務所に分けることができる。その役割は、ロビイ
ここには、アメリカの高齢者政策に関して前節で述べ
ストが議員やスタッフと接触して自らが代表する企業、
たことからも窺えるように、アメリカの政策過程には改
団体の立場に理解を求めるほか、政策に関する情報やデ
革を積極的に推進していく民間組織の勢いがみられる。
ータを議員に提供することで持ちつ持たれつの関係を築
民間組織は、アメリカ民主主義の象徴であるロビイング
こうとするものである。23)こうした癒着の関係から官僚
をもって公共政策過程へ関与する機会が与えられてお
の天下りに対し批判的な声が高まり、1946年の「連邦ロ
り、アメリカ議会及び支援機関の充実に寄与している。
ビイング規制法」(Federal Regulation of Lobbying Act)
アメリカ議会における議員は、本会議の任務だけでな
を改定した「ロビー公開法」(Lobbying Disclosure Act)
く、地元有権者の要請に対応するために秘書や政策補佐
が1995年に成立する。この「ロビー公開法」は、NPOに
官、報道官など多くのスタッフを抱えている。なかには
対しても活動に関する公開規定を強化する方向に進ん
弁護士や政策分野の専門家なども多い。それ以上に、ア
だ。NPOに決算の情報公開を義務付け、補助金を受ける
メリカの議会が強力なのは、議会を支援する機関がある
NPOのロビイングの規制が強化されたのである。
からである。議会は立法府として対案作成をサポートす
元来、このように問題視されるまでにロビイングが盛
る議会調査局CRS、会計監査局GAO、議会予算局CBO等
んになったのは、連邦政府の予算が膨らんだこと、及び、
の機関を持っており、これらは議会が行政府に対抗する
それにつれて連邦政府の権限が広がったことに起因す
だけの政策立案能力を備えている。また、政策の客観性、
る。1920年代までは、共和党の信念のひとつになってい
独立性を保つため、民間非営利の独立したシンクタンク
る「小さな政府」が実現されており、連邦政府の米国経
や大学などの学術研究機関が存在し、政策形成機関は産
済や産業に対するロビイングもそれほど必要とされてい
業として経済的に成り立っている。ワシントンD.C.では、
なかった。24)しかし、1930年代、フランクリン・D・ル
連邦政府の活動の監視及びロビイングを行うためにシン
ーズベルト大統領のニューディール政策によって、連邦
が、それは、政策の代替案を必要と
政府の権限が広がり、米国経済や産業に与える影響力も
20)
クタンクができた
21)
する需要層があるからである。需要層は政治家であり、
大きくなった。そうした結果、各種の業界や組織の圧力
政策担当者、実務者、企業、メディア、研究者、学生、
団体が議会や政府に働きかけをする、ロビイングが盛ん
市民である。つまり、アメリカの民主主義の強さは、政
になったのである。
策形成産業と民間市場の強さにある。このことは、市場
民間のNPOはアメリカ建国当初から存在したが、大き
や市民団体が政府・議会の動きに対して早期に対応でき
く成長するのは、特に福祉国家政策が全盛を迎える60年
るロビイングがアメリカの政策決定過程に組み込まれて
代から70年にかけて、その担い手としてであった。それ
いるからであると考えられる。
は政府の強力な支援を受けて組織を拡大し、従来の営利
組織の従来領域も含め、社会の各方面に活動を伸ばし25)、
2.NPOの行うロビイング
それぞれの関心のある分野について政府や議会の行動を
ロビイングは、連邦政府や州政府であっても、政府や
議会の動きをいち早くつかみ、その決定に影響を与える
常に市民の目から監視し、チェック機能を果たしてきて
いる。
さらに、1970年代にはウォーターゲート事件以来行わ
ことができる。その存在がユニークなのは、アメリカ合
衆国憲法でロビイングの権利を認めていることである。
れた議会改革により、より開かれた議会にするためにロ
もちろん、情報公開が徹底しているアメリカでは、政
ビイングの必要が高まった。この状況は継続しており、
府・厚生省のみが情報を独占したり、それを恣意的に利
現在3000近くあるといわれている業界団体のロビイング
が、市民団体にとってもIT(イ
の増加をソルズベリー(Robert H. Salisbury)は、1960
ンフォメーションテクノロジー)の開発と普及がロビイ
年代以降のアメリカにおける圧力団体の「数の爆発
用することもできない
22)
ングを支える重要な要因となっている。
(explosion in numbers)」と述べている。26)
ロビー団体の活動の展開は政策過程に大きく関与する
ロビイングを行うロビイストの所属は多様であるが、
企業や各業界のスタッフのロビイスト、または特定の企
ためその公正な質が問われる。アメリカの圧力団体は、
−117−
政策科学7−1,oct. 1999
活動の対象を議会だけでなく連邦政府、さらに裁判所へ
イ・ロビー(Gray lobby)といわれる高齢者団体である。
と活動対象を広げてきた。今日ではさらに政策実施過程
これらの高齢者団体によるグレイ・ロビーの活動は、一
の重要性の高まりに伴い、その活動は、いまや「問題の
般の圧力団体の場合とほとんど異なるところがなく 32)、
確認」
「政策決定のための議題設定」
「政策提案の定式化」
草の根ロビイング活動の推進、政治活動委員会PAC
「政策への正統性の付与」「政策の実施」「政策の評価」
(political action committee)を通じての選挙過程への参
の連鎖から成る政策過程の全域にまたがるものである。
加、ロビイストによる対連邦議会・連邦政府活動などを
ロビイストは政策にかかわり、その政策を立案する議員
軸として展開している。
27)
に対して政党に関係なく活動を行うことができる。従っ
高齢者団体の活動の始まりは、1920年代から1930年代
て、アメリカでは政策実施過程へ関与することは企業団
に起こった年金を勝ち取るために発展した活動であり、
体だけなく、NPOにとっても特権ともいえる。その中で
世論の議論を引き起こすため、デモ行進のような保守的
も高齢者団体が活発な活動を行っているということは、
な方法で、組織的には短命で初歩段階であった。33)
アメリカならではの現象といえる。次に、数ある市民団
パウエル(Lawrence A. Powell)らによる高齢者権利
体のなかでアメリカの高齢者団体は、どのような政治力
運動の研究によると、社会保障制度が制定された1920年
をもって活動しているのかを見ていく。
代から1930年代、及びメディケアが制定された1960年代
には、高齢者政策には乗り気でない政府の権力者たちに
3.グレイ・ロビー
対し、政策作成機関外から政治的圧力をかけようとする
アメリカの経済の基本方向はマイノリティによる貧困
改革者たちが戦闘的活動を行ったのに対し、1960年代後
問題というハンディを含みながらも、経済における自由
半以降、双方の関係はより包括的で調和的段階34)にある。
化とグローバル化であり、個人の自由を保障することが
高齢化問題が社会の関心となったことで、高齢者権利運
政策方針の基本になっている。したがって高齢化問題は
動は「より成熟の段階」35)に入ったと言える。
新たなシルバービジネスの機会を生み出すことになっ
その後、1950年から1965年にかけて高齢者政策に対す
た。このことは、同時にNPOの存在を成り立たせること
る運動は新段階に入る。組織的に安定した全国自動車産
にもなった。個人に対する福祉政策もナショナルミニマ
業 退 職 者 組 織 ( the United Auto Workers Retiree
ムであるため、その不足を補完するために高齢者NPOに
Organization)やAFL-CIO(American Federation of
よる自発的な力が必要とされてきたのである。
Labor/ Congress of Industrial Organizations)などの新し
このようにして、NPOは政府及びビジネスセクターだ
いタイプの労働組合の組織が生まれ、AARP(American
けでなく国内経済の状態及び人口動態やさまざまな公共
Association of Retired Persons)、NCSC(National
政策によって影響を受け、アメリカ経済社会のなかで一
Council of Senior Citizens)や他の高齢者団体と共に、
つのセクターを形成してきた。28)しかし、NPOは公共財
国民健康保険制度の制定へ向けて積極的なロビイングを
を提供する主体としては限界があり、サラモンはボラン
行った。これらの組織の活動が活発化したことでメディ
ティアセクターの失敗を見逃しがちであることを指摘、
ケア法の制定へ結びつくことになるが、それは、国民健
NPOを「第三政党政府」29)と位置付ける。NPOは「市場
康保険制度に反対する医療を提供する業者側であるアメ
の失敗」と「政府の失敗」の解決としての存在であり、
リカ医師会やアメリカ病院協会、商工会議所とのロビイ
政府の失敗には第三党政府理論
30)
が作用するというわけ
ング合戦の結果、成功を収めたからである。
である。従って、現存する100万以上もの目的の違う
1930年代及び1940年代の高齢者団体の活動と違い、
NPOの特定の利益を代弁するロビイングは、アメリカ政
1950年代及び1960年代の高齢者団体は20年以上継続した
治システムの心臓であり、政府への市民参加は非難され
活動を行い、徐々に政府の政策決定に強い政治力を持つ
るよりもむしろ支援される
ものである。
ようになってきた。さらに、1970年代及び1980年代の高
31)
レーガン政権以来、推奨してきた「小さな政府」及び
齢者団体は政治的に形成され、政府に対するロビイング、
「福祉の民営化」による財源削減や、過熱するシルバー
会員の教育、メディアの関心を引き起こすことから始め
ビジネスの加熱する環境において、6000万人以上もいる
た。36)1980年代において、高齢者の最大の関心であった
高齢者を支えているのは、ロビー活動を行う多くのグレ
社会保障とメディケアは国家政策であり、政治家やメデ
−118−
アメリカの高齢者政策におけるアドヴォカシーの役割(溝田)
ィアの関心を引き起こしやすいことも、グレイロビーに
成にかかわる活動であると考える。
拍車を掛けている。
さらに、1990年代になり、従来からの高齢者の所得格
$
差等に加え、高齢化に伴う介護の問題が複雑化してきた。
アメリカの高齢者政策における
アドヴォカシーの役割
このことは、高齢者団体にとってロビイングだけを活動
目的とするだけではなく、高齢者に利益をもたらす社会
1.アメリカ社会の特質とアドヴォカシー
アメリカでなぜ高齢者のアドヴォカシーグループの力
政策の形成と執行までを含めた包括的な活動が要求され
が強力なものとなってきたであろうか。そして、福祉国
ているといえる。
コロラド州の民主党議員シュローダー(Patricia
家を率先して提唱してきた北欧では、なぜ際だったアド
Schroeder)は、「今日ロビイングはかつてないほど多く
ヴォカシーグループの存在が見られないのであろうか。
なっているが、その強欲なイメージは、市民活動グルー
スウェーデンは人口がわずか860万人ではあるが、地
プによるロビイングの勃興により薄められてきた」37)と
方分権化が行われ、地域のニーズに適応した地方自治が
述べており、NPOの行うロビイングの影響は、ロビイン
すすめられてきた。さらに、国家的レベルでのコーポラ
グのもつイメージ向上に貢献している。
ティズムと呼ばれる制度が存在し、労働組合や年金受給
アメリカにおける高齢化の顕著な進行を背景とした高
者団体の政策過程への参加が実現している。加えて、オ
齢者団体の台頭が、高齢者政策プログラムの積極化を促
ンブズマン制度が存在し、障害者、子供、女性など、社
し、さらにそれが高齢者団体の増加や活動の活発化に繋
会的に弱い立場にある者の権利を擁護する活動が行われ
がっている。高齢者政策をめぐるアドヴォケイツのなか
ている。このように、先進的な高齢者福祉政策の存在と
でも顕著なロビー活動を続けている最も主要組織とし
あいまって、政策過程への参加のしくみが制度化されて
て、AARP
があげられる。AARPのワシントンD.C.の
おり、コーポラティズムやオンブズマン制度がアドヴォ
本部は、ロビイングを登録する専用のジップ・コードを
カシー活動を機能的に代替していた。これはアドヴォカ
もち、125人の議会・政策スタッフと18人の登録ロビイ
シーがより進んだかたちで制度化されている反面、そこ
ストを擁している。 「アメリカにおける最も危険なロ
に本来備わっていた創造性や活力を形骸化している。
38)
39)
ビー」
40)
と恐れられながらも草の根ロビイングによりロ
一方、人口が2億を超えるアメリカでは、事情は異な
ビイングのもつダイナミズムと政治力をもつAARPは、
る。広大な国土・多様な民族・浅い歴史、その他種々の
アメリカにおける高齢者政策の流れを変えてきたといえ
事情が折り合って、アメリカ合衆国という国家を形成し
る。
ている。その多様性と複雑性は、中央集権による制度化
アメリカでは、高齢者のためのロビイング活動をする
や組織化を困難にしている。ここに自由主義や個人主義
圧力団体をグレイロビーと呼ぶように、アドヴォカシー
が原理とならざるをえない事情があり、大きな政府に対
機能を担う団体の中で高齢者のアドヴォカシーは他のア
する警戒心が北欧型の福祉国家政策を受け入れなかっ
ドヴォカシーとは区別し、シニアアドヴォカシー
た。そのため、その不備を補いつつNPOを基盤としたア
(Senior Advocacy)またはエイジングアドヴォカシー
ドヴォカシー活動が発展したと考えられる。
(the Aging Advocacy)と呼ばれる。シニアアドヴォカ
アメリカにおける政策決定に影響するものとして、第
シーは政治過程であり、そのゴールは高齢者の社会政策
2章でロビイングについて述べたが、公共性の強いロビ
と一般の公共政策とを区別し、高齢者に利益をもたらす
イングの独自性が顕著であることから、アドヴォカシー
社会政策の形成と執行である。
機能を持ったグループの影響力の大きさが伺える。同じ
41)
アメリカは、自由競争社会であることと不正を取り締
ようにロビイストとして活動するアクターであっても、
まること、又は防止するシステムがバランス良く政策の
企業の利益と人権擁護とではその利益内容は全く違って
なかに組み入れられて政策を形成している。前出の
くる。厳密に分類することは困難であるが、前者は物質
JCAHOやAARPのようなNPOがあるからこそ、自由裁量
的・個別的利益を掲げるのに対して、後者は精神的・公
社会ののバランスが取れているといえる。従って、高齢
共的権利を守り獲得することが目的となることが大きな
者NPOのような団体によるアドヴォカシーとは、政策形
違いである。その活動目的から、組織形態は、前者は営
−119−
政策科学7−1,oct. 1999
利組織であるのに対し後者は非営利組織であることが多
2.アドヴォカシーの定義
サラモンは、「アドヴォカシーは政治プロセスの中で
いといえる。
さらに、歴史的にアドヴォカシーをみると、情報化が
特定の利益や関心事を代表すること」46)と述べているが、
未発達であった時代にはアドヴォカシーという言葉こそ
かなり広い意味で使われているため、もう少し具体的に
使われていないが、その初期段階として市民が自ら行う
見ていくことにする。非営利のアドヴォカシーを「政策
デモ活動であり暴動がある。また、1960年代から1970年
アドヴォカシー(Policy Advocacy)」と表現するジェン
代半ばまで続くアメリカにおける消費者運動を組織する
キンズは、ほとんどの非営利アドヴォケイツの行動の理
者は、公共的な義務として広範囲にわたる議題を提起し
論的根拠(Rationale)とは、社会における特定された
現在でも、環境や薬害分野などの新たな問題
経済的利益に対して、一般市民社会の非商業的公共財を
に対処するアドヴォカシーが形成される初期過程にはさ
申し立てることであると述べる。47)さらに、それらの非
まざまな活動形態があり、徐々に組織的または技法的に
営利組織がアドヴォカシーとサービス提供とを混同して
確立された組織は最終的にはロビイングへ向かってい
しまっていることを指摘し、サービス提供は現状の政策
る。アメリカの民主主義における市民参加は、このよう
を変えることなしに提供されることであるのに対し、ア
にしてアドヴォカシー及び公共利益団体の台頭によって
ドヴォカシーは政策を変えること、公共財を確保するこ
生じたと考える。
とであると述べている。48)
ていた。
42)
そのロビイングを、活動目的別にみれば、私的利益
ジェンキンズは、政治的アドヴォカシー組織の形成に
(Private Interest)、公的利益(Public Interest)に分類
いたるまでのアプローチ方法を、伝統的な 「妨害行動」
できる。ジェンキンス(J. Craig. Jenkins)はこの点を明
理論(”disturbance”theory)、「企業化精神」理
確にし、公的利益のためにロビイングを行なう非営利組
論(”entrepreneurial”theory)、「政治的機会」形
織を「非営利アドヴォカシー」Nonprofit Advocacy
と
成(”political opportunity”formation)の三つに分類
呼び、このアドヴォカシーの提議者たちをアメリカの政
する。妨害理論とは社会制度の緊張と中断が起こるよう
治的システム改新の主要力
とみなしている。市民主体
な社会変化の中に介在するものである。反対に、企業化
のグループによるアドヴォカシー活動が継続的な成功を
精神理論とは新たなアドヴォカシー組織を作る鍵をにぎ
みている理由のひとつとして、IRS(内国歳入省)がこ
るリーダーの努力と定義に焦点を当てるものである。さ
れらのグループに対する寄付の税制優遇措置を認めてお
らに、最近の研究により進んできたのが、政治への望ま
り、そのことが政党への献金よりも優位な立場にしてい
しい介入である。49)妨害行動や企業化精神は、アドヴォ
るからである。44)
カシー組織形成の前提であると考えられる。
43)
アメリカでは、人権を擁護するために団体を代表して
しかし、アドヴォカシーの定義をさらに明確にするの
行うロビー活動者は、ロビイストだけではなくアドヴォ
は容易ではない。そこで、その類型をさぐるためカミサ
ケイツ(Advocates)とも呼ばれる。しかし、アドヴォ
(Anne M. Cammisa)及びフォアマン(Christopher. H.
ケイツは、非営利組織のアドヴォカシーを行う組織とし
Foreman. Jr)の研究を紹介する。
政府間ロビイング(Intergovernmental lobbying)を研
て使われるだけでなく、私的利益ロビイストの中でも、
組織的に直接または代弁する商工会議所や不動産業者協
究するカミサは、「利益集団としての政府」のなかで行
会のような組織にも使われる。1970年代頃から非営利の
なうロビイングの分類を、政策とメンバーシップという
政策アドヴォカシーの増加が見られるが、未だ私的利益
2方法から行っている。まず、政策によって分類するな
アドヴォケイツが国家に対する圧力システムとして君臨
らば、3つのタイプ1公的グループ(公的利益を代弁)、
ため、アドヴォケイツという呼び名から
2 私的グループ(特定利益を代弁)、3 政府グループ
ロビイングの形態を限定することは難しい。しかし、こ
(州及び地方政府を代弁)である。次に、そのメンバー
れらの組織事態は、収益向上を目指していなくとも会員
シップによって分類するならば、職業的に分類される利
は営利を目的とした組織であるため、市民の行うアドヴ
益集団は、4つのタイプ1営利セクター、2非営利セク
ォカシーと区別すべきである。そこで、次にアドヴォカ
ター、3混合セクター、4政府セクターからなる。50)
し続けている
45)
カミサのこの分類に基づけば、本稿におけるアドヴォ
シーの定義について見ていく。
−120−
アメリカの高齢者政策におけるアドヴォカシーの役割(溝田)
カシーとは、政策的には、1の公的利益を代弁する公的
ヴォカシーのゴールを、コミュニティで生活する人々の
グループとなり、メンバーシップとしては、2の非営利
生活の維持、支援、防御、強化のため、コミュニティが
セクターといえる。
本質として認めた変化の実現を達成することとしてい
また、フォアマンは、公衆衛生という限定した課題に
る。54)
対して活動する利益集団を、4つのタイプに分類してい
それに対して、コーン(Jody Cohn)は、より具体的
る。1経済的ステークホルダー(アメリカ医師協会、製
で、ロビイングという限定された活動の枠組みで捉え、
薬業者協会など) 2伝統的な疾患ロビー(アメリカ癌
アドヴォカシーの定義を、「影響力を及ぼすこと、パワ
学会、アメリカ心臓病協会など) 3イデオロギー的ア
ーの再分配を効果的にするための基礎をつくること、ま
ドヴォカシー組織(ヘルスリサーチグループなど) 4
たは特別なグループの利益のために行うロビイング」と
グラスルーツ被害者組織(エイズ患者や乳癌患者の会な
している。55)昨今の高齢者のアドヴォカシーは、資源と
ど)とし、イデオロギー的アドヴォカシー組織とグラス
社会サービスの分配に影響を与える立案プロセス上にあ
ルーツ被害者組織は、さまざまな点において似通ってい
り、主要なアドヴォカシーの結果は、高齢者のニーズに
ると述べる。前者が健康と安全規定を強化することに関
応えるプログラムの開発である。56)つまり、アドヴォカ
与するために、政府を監視し政治的影響力を持っている
シーは高齢者政策の立案過程における形態であり、高齢
のに対し、後者は政治的影響力を持たなくとも組織力や
市民から自発的に生まれてきたグラスルーツのグループ
そのダイナミックを持っていると、組織の違いを明らか
が行う合法的アクター57)としての「市民アドヴォカシー」
にしている。51)
(Citizen Advocacy)であり、政府の政策決定に繋がる立
フォアマンのこの分類に基づけば、アドヴォカシーは、
3及び4の双方を含むイデオロギー的でグラスルーツ的
案 過 程 に 関 与 す る 「 政 策 ア ド ヴ ォ カ シ ー 」( P o l i c y
Advocacy)58)である。
な組織といえる。
アメリカにおける高齢者利益のためのアドヴォカシー
以上、アドヴォカシーについて述べてきたが、アドヴ
は、高齢者政策の立法化における代議士が高齢者のアド
ォカシーはロビイングの概念と区別するべきであると考
ヴォケイツになってこれをすすめていくことが望まし
える。ロビイングは単なる圧力活動の名称であり、アメ
い。しかし、代議士に課されている課題は多岐に渡って
リカ人の万人及び全組織がその権利を持つことができる
おり、高齢者政策だけを取り扱うのは不可能である。そ
のに対し、アドヴォカシーは、社会問題に対処するため
こで、立法化を実現させるためにアクターとしてのアド
政府・自治体及びそれに準ずる機関に影響をもたらし、
ヴォカシーが生まれるとするならば、そのアドヴォカシ
公共政策の形成及び変容を促すことを目的とした活動で
ーの役割とは高齢者政策と高齢者NPOの相互関係である
あると定義する。多くのNPOが、公共政策と制度にお
と考える。高齢者アドヴォカシーの政策への関与は、ア
ける変革を主張するものであり、アドヴォカシーの努力
ドヴォカシーグループ内におけるサービスを提供する役
のほうがロビイング及び選挙キャンペーン自体よりもさ
割とアドヴォカシーを担う役割の間に緊張感をもたら
まざまな形式をとることができる。52)
し59)、組織内のマネジメントの充実及び社会的信頼性を
このように、アメリカ社会においてアドヴォカシーは
得ることに有効に作用する。また、政府プログラムの委
発展してきたが、高齢者のアドヴォカシーの定義も明確
託事業の授受により、NPOは組織の自治性の喪失及び政
ではない。
府との相互関係が希薄になるという問題が生じるが、
高齢者のアドヴォカシーを3つの要因(アドヴォカシ
NPOはアドヴォカシーを強化していくことで対応してい
ーの定義、アドヴォカシーの見通し、民主主義との関係)
くべきである。高齢化の進展する今後、アメリカの高齢
から研究するカプラン(Barbara Kaplan)は、高齢者ア
者の直面する医療・長期介護の継続的課題は山積する
ドヴォカシーを社会的枠組みの広い範囲で捉えている。
が、政府の持つプログラムのみでは対応できないため、
つまり政府の民主主義的システムの中にある固有のもの
高齢者アドヴォカシーの存在意義があると考えられる。
としてそれを捉え、そのメンバーの価値とニーズを反映
する利益争いを解決することを根底にした、多元主義社
会に介入する基本的様式と定義づける。53)そして、アド
−121−
政策科学7−1,oct. 1999
%
おわりに
福祉国家の達成の前でむしろ反面教師的な扱いを受けて
きたアメリカの福祉政策はその到達という点からみると
アメリカでは、国および州の高齢者福祉政策は必ずし
問題も残されている。しかし、そのような制約のなかで
も体系的ではなく、その資源についても潤沢ではないが、
も高齢者団体によるアドヴォカシー活動という観点から
高齢者団体を初めとする民間福祉団体のアドヴォカシー
みるならば、その政策展開には多くの学ぶべきものがあ
が存在することで福祉政策のバランスを保っている。昨
る。
今、従来の福祉国家が、NPOと政府の相互作用の関係を
促すアメリカモデルへ転換しはじめているが、双方の相
互関係を築くための活動ともいえるのがアドヴォカシー
注
1)宮本太郎 「序章比較福祉国家の理論と現実」『比較福祉国
である。
家論―揺らぎとオルタナティブ』(法律文化社、1997年)。
高齢者政策にかかわらず、福祉国家政策は下からの政
策形成があることが望ましい。達成の度合いはともかく
p.39
2)Salmon, L M, Government- Nonprofit Relations in the
アメリカでは高齢者の政策への関心も高く、下からの政
Modern Welfare State, The John Hopkins University Press,
策形成が実現している。なかでも、参加型福祉を目指し、
1995, p.4.
積極的に活動する高齢者団体が先んじている。それは、
3)Ibid. p.4.
議会システムが明確であるだけではなく、ロビイングに
透明性をもたらすため、連邦政府によるロビイスト規制
4)Taylor, M, The Changing Role of the Nonprofit Sector in
Britain: Moving Toward the Market, 1992, pp.147-75.
5)Lawry, R C, Nonprofit Organizations and public policy,
法が1946年に成立され、1995年のロビイング公開法によ
Policy Studies Review. V.14 (Spring/Summer ‘95)
ってNPOのアドヴォカシー活動もにおいても圧力活動が
6)Salmon, L M, Government- Nonprofit Relations in the
ある程度ルール化されているためである。反面、この改
Modern Welfare State, The John Hopkins University Press,
1995, p.15.
定法で、NPOに決算の情報公開を義務付け、補助金を受
けるNPOのロビイング規制の強化は、NPOのマネジメン
7)Rothenberg, L S, Linking Citizens to Government:
Interest Group Politics at Common Cause, Cambridge
ト及びアカウンタビリティの強化が成されていくととも
に、達成できないNPOは淘汰されていくであろう。
University Press, 1992, p.4.
8)大恐慌による失業者の住宅問題が深刻化していたこともあ
高齢者ともなれば個々の動きには限界があるからこそ
り、社会保障法で、ナーシングホーム産業の成長に対し、間
組織的に集約していくことが決定要因となるが、高齢者
接 的 に 責 任 を 負 う こ と が 定 め ら れ た 。 Goldsmith, S B,
自体が持つ力(政策形成力)を効果的に活用することが
Essentials of Long-Term Care Administration, An Aspen
Publication, 1994, p.6
重要である。AARPのような高齢者NPOがロビイングを
行い、高齢者政策形成に影響力をもつようになったのは、
アドヴォカシーという効果的な方法があったからであ
9)社会保障制度の細かいサービスについては、アメリカ連邦
社会保障庁 http://www.ssa.gov を参照した。
10)Goldmansmith, S
る。
B, Essentials of Long-Term Care
Administration. An Aspen Publication, 1994, p.4.
確かにアメリカでは、市民がイニシアティブ(市民発
11)西原道雄編 『社会保障法』 〔第3版〕 (有斐閣、1995
年) p.49.
議権)やレファレンダム(州民投票)等、投票以外でも
政治に参加する制度及び機会は多い。また、行政の評価
12)大恐慌による失業者の住宅問題が深刻化していたこともあ
り、社会保障法で、ナーシングホーム産業の成長に対し、間
制度を法定化することで政策のアカウンタビリティの提
示は、アメリカにおける高齢者のアドヴォカシー活動の
接的に責任を負うことを定められた。
13)Evashwick, C J, The Continuum of Long-Term Care: An
推進に寄与するものである。60)しかし、制度以上にアメ
Integrated Systems Approach. Delmar Publishers, 1996, p.18.
リカにおける政策形成過程に関与し、高齢者団体が高齢
14)Torres-Gil, F M, The New Aging: Politics and Change in
者のアドヴォカシーとして重要な役割を果たしている。
それは、アクターとしての高齢者アドヴォカシーが、政
America. Auburn House, 1992, p.49.
15)二木立 『「世界一」の医療費抑制政策を見直す時期』 (勁
草書房、1995年, p.72)。
府との強力な相互関係を築くことでアメリカの高齢者政
策を形成してきたからである。確かに、これまで北欧型
16)アラン・M・ガーバー 「90年代のアメリカの高齢者医療
−122−
アメリカの高齢者政策におけるアドヴォカシーの役割(溝田)
の財源」 『高齢化の日米比較』(日本経済新聞社、1995 年,
p.209)。
Chicago Review Press, pp.16-17.
32)内田満『変貌するアメリカ圧力政治―その理論と実際』
17)財務当局は改革を押し進め、金銭的スキャンダルに関して
は、監査を強化し、連邦政府は虐待などの施設処遇に関して、
(三嶺書房、1995年、p.225)
33)Powell, L A, Branco, Kenneth J. & Williamson, John B, The
ケアワーカーの質向上を目的とした教育プログラムを行うこ
Senior Right Movement:
とで問題を改善した。
Framing the Policy Debate in
America. New York, Twayne Publishers, 1996, pp.41−127)
18)Evashwick, CJ, The Continuum of Long-Term Care: An
Integrated Systems Approach. Delmar Publishers, 1996,
34)Ibid. p.127.
35)Mause, A, On being Strangled by the Stars and Stripes:
p.162.
The New Left, the Old Left, and the Natural History of
19)Torres-Gil, F M, The New Aging: Politics and Change in
American Radical Movement. Journal of Social Issues 27:
America. Auburn House, 1992, p.11.
102-85. 1997, p.41.
20)アメリカにおけるシンクタンクは元来、政治に左右されず、
36)Day, C L , What Older Americans Think- Interest Groups
社会科学的手法に基づいた政策研究を目指して作られたもの
and Aging Policy. Princeton, Princeton University Press,
である。アメリカでシンクタンクが大きく成長し根付いたの
は、1960年代にジョンソン大統領が推進したことによる。そ
1990, p.65.
37)Schroeder, P, Forewords in The Citizen ’s Guide to
れは「偉大な社会」を目指す福祉政策は社会福祉国家におけ
Lobbying Congress. Chicago Review Press, 1997.
る政府の役割を大幅に拡大するものであった。それと同時に
38)http://www.aarp.org/ を参照。
政府による介入がどの程度効果をあげているのかを具体的、
39)Loomis, B A. & Cigler, A J. The Changing Nature of
客観的に評価する必要が出てきたためである。これを受けて
Interest Group Politics, Interest Group Politics 4th ed, CQ
Press, 1995, p12
大学や政府内でも行政と科学を結びつけた学問的な政策研究
40)Ibid.
への気運が高まったと考えられる。
21)Skocpol, T, Boomerang: Health Care Reform and The
41)Cutler, N. E. Resources for Senior Advocacy: Political
Turn Against Government With A New Afterword, W.W.
Behavior and Partisan Flexibility. In Advocacy and age Los
Norton & Company, 1997, p.85.
Angeles, The University of southern California Press, 1976,
22)二木立 『「世界一」の医療費抑制政策を見直す時期』 (勁
p.23
42)Bykerk., L. & Maney, A, Consumer Groups and Coalition
草書房、1995年, p.8)
23)小野恵子 「アメリカの国内政治について」日興リサーチ
Politics on Capital Hill. In Loomis, B.A. & Cigler, A. J. (Eds.)
Interest Group Politics 4th ed, CQ Press, 1995, p.259.
センターワシントン事務所編 『アメリカ政治・経済ハンド
ブックーワシントンの常識で“内側”からアメリカの政策を
43)Jenkins, J. C, Nonprofit Organizations and Policy
読む』 ダイヤモンド社、1997年, p.25
Advocacy. In Powell. W.W. (Ed), The Nonprofit Sector: A
24)信田智人 『アメリカの議会をロビーするーワシントンの
Research Handbook.. New Heaven, Yale University Press,
1987, pp.310-312.
中の日米関係』 (ジャパンタイムズ社、1989年, p18)
25)篠田徹 「圧力団体」 『アメリカの政治―ガリバー国家の
44)Skocpol, T. Boomerang: Health Care Reform and The
ジレンマ』(早稲田大学出版部、1994年, p.115
Turn Against Government With A New Afterword, W.W.
26)Salisbury, R H, The Paradox of Interest Group in
Norton & Company, 1997, pp.88-89.
Washington-More Groups, Less Clout, in Anthony King,
45)Jenkins, J. C, Nonprofit Organizations and Policy
(Ed.) The New American Political System, 2nd ed, 1990,
Advocacy. In Powell. W.W. (Ed), The Nonprofit Sector: A
pp.204-5.
Research Handbook. New Heaven, Yale University Press,
27)内田満 『変貌するアメリカ圧力政治―その理論と実際』
(三嶺書房、1995年, p.245)
1987, pp.310-312.
46)レスター・サラモン 『米国の非営利セクター入門』
28)Independent Sector, Nonprofit Almanac: Dimension of
the Independent Sector 1996-1997.
入
山映訳 (ダイヤモンド社 1994年 p.210)
47)Jenkins, J. Craig, Nonprofit Organizations and Policy
29)サラモンは政府が委託または投資する事業を行っている
Advocacy. In Powell. W.W. (Ed), The Nonprofit Sector: A
NPOを第3政党政府理論として位置づけている。
Research Handbook.. New Heaven, CT: Yale University Press,
30)Salmon, L M, Government- Nonprofit Relations in the
1987, pp.310-312.
Modern Welfare State, John Hopkins University Press, 1995,
48)Ibid
p.16.
49)Ibid
31)DeKiffer, D E. The Citizen’s Guide to Lobbying Congress,
50) Cammisa, A M, Governmnets As Interest Groups:
−123−
政策科学7−1,oct. 1999
Intergovernmental Lobbying and the Federal System.
Praeger Publishers, 1995, p.25.
56)Ibid. p.73
51)Foreman, C H. Jr, Grassroots Victim Organizations:
Mobilizing for Personal and Public
The University of Southern California Press.p.72
Health. In Loomis,
57)Ibid. p83
58)政策アドヴォカシーという表現は、Lawry、Jenkinsの二人
Burdett A. & Cigler, Allan J. (Eds.) Interest Group Politics
が用いている。
fourth edition, CQ Press, 1995, p.34.
Lawry. R C, Nonprofit Organizations and public policy,
52)Lawry. R C, Nonprofit Organizations and public policy,
Policy Studies Review. V.14 (Spring/Summer ‘95)
Policy Studies Review. V.14 (Spring/Summer ‘95)
Jenkins, J. Craig, Nonprofit Organizations and Policy
Cutler, N E, Resources for Senior Advocacy: Political
Advocacy. In Powell. W.W. (Ed), The Nonprofit Sector: A
Behavior and Partisan Flexibility. In Kerschner, Paul A
Research
(Ed.) Advocacy and age Los Angeles, CA: The University of
Handbook.. New Heaven, CT: Yale University Press, 1987,
Southern California Press, 1976, p.23
pp.310-312.
53)Kaplan, B, A Case Study of Advocacy. In Kerschner, Paul A
59) Salmon, L M, Government- Nonprofit Relations in the
(Ed), Advocacy and Age: Issues experiences strategies. Los
Modern Welfare State, John Hopkins University Press, 1995,
Angeles, CA: The University of Southern California Press,
p.111.
1976, p.113.
60)1997年、GPRA (Government Performance and Results Act
54)Ibid. p114
によって行政評価が法制化された。
55)Cohn, J. (1976). Advocacy and Planning. Los Angeles, CA:
−124−