ocÆoÏ æ89ª æR 123 2009N12 我が国における労働調整過程の変容: VAR プロセスの応用 吉 岡 真 史 Abstract For long, a lot of economists suppose that Japanese labor market adjusts its labor input by overwork hours and its cost by wages, i.e., prices of employment so that the fluctuation in employment is sizably minimized across the business cycles. In recent recession, however, Japan experienced a large scaled dismissal of irregular workers called ‘reduction of dispatched employment’or‘employment stoppage,’ which are accepted as an evidence that the labor market adjustment in Japan is now completed partly by employment in spite of overwork hours or wages. This paper explores a vector autoregression process to reveal Japanese labor market adjustment process in macroeconomic sentences. Results present that Japanese labor market has not so far changed to adjust directly employment while some distinctive features in recent years are derived. Keywords: Labor adjustment, Wage, Employment, VAR process, Granger causality, Impulse response JEL Classifications: C13,C52,E23,E24 and J21 PDͶßÉ 戦後における日本の雇用においては,労働投入量としては残業などの労働 時間の伸縮性により,また,コスト面からは独特のボーナス制度などに支え られて,主として賃金=価格で調整される部分が大きく,最終的に雇用者数 124 o c Æ o Ï や失業率がそれほど変動することなく雇用調整が行われてきたと考えられて いる。これを裏付けるものとして,安原他 (1989) はマクロ計量モデルの各 国バージョンの比較検討において,日本モデルの総供給曲線が際立ってステ ィープであることを実証している。さらに,「日本株式会社」とも呼ばれた ように,介入志向のやや強い政府行動の影響もあり,特に景気後退期におけ る人員整理や解雇は最小限で済ませる企業行動が見られた。しかし,1970年 代の2度の石油危機を経て,Kume (1988) が指摘する通り,協調的な政労 使の関係が厳しい経済情勢の下で崩れ始めるとともに,1990年代初頭のいわ ゆるバブル崩壊から今世紀初頭にかけて希望退職などの形を取りつつ,景気 後退期には雇用を整理することがめずらしくなくなった。このため,1960年 代以降長らく2%を大きく超えることがなかった失業率も1990年代半ばには 3%に達し,図1に示す通り,21世紀に入った現在では5%を超えることも めずらしくない。 従って,日本の労働調整過程が残業やボーナスを含む賃金に より伸縮的に調整されていたものが,何らかの要因で賃金の硬直性とともに 労働時間までもが伸縮的でなくなった結果,経済活動の水準が労働時間や賃 金の伸縮性で吸収されるのではなく,米国で広範に見られるレイオフのごと }P: 䪸ƦÌÚ 注: 季節調整済の月次系列。縦軸の単位はパーセントである。 出典: 総務省統計局「労働力調査」 。 äªÉ¨¯éJ²®ßöÌÏeFVAR vZXÌp 125 く,いきなり雇用の増減に反映される可能性が指摘されているところである。 特に,2007年10月を山とする景気後退局面では,2008年9月のリーマン・ ブラザーズ証券の破綻をきっかけとし,2008年末から2009年初にかけて世界 的に厳しい景気後退局面の中で,非正規労働者を中心に,いわゆる「派遣切 り」や「雇い止め」と呼ばれる状況が現出するとともに,企業倒産の増加な どの要因もあって雇用調整は一部の正社員に及び,2007年7月には失業率 5.7%と過去最高を記録するに至った。もちろん,失業率の上昇,あるいは, 雇用者の増加の伸び悩みの背景には景気後退に伴う需要不足,すなわち,負 の GDP ギャップ拡大の量的な側面とともに,1990年代末からの労働市場の 流動化促進策としての派遣労働分野の拡大などの質的な側面がある可能性が 指摘されている。言うまでもなく,前者はマクロ分野を対象とする経済学が, 後者はマイクロな現象を解明する経済学が取り組むべき課題といえる。しか しながら,マクロ経済学についても,単に量的な GDP ギャップの計測1に止 まらず,マクロの労働指標たる雇用,賃金,労働時間などの調整過程を解明 することも重要である。このような観点から,本稿はマクロ経済学の重要な 指標である生産,雇用,労働時間,賃金を取り上げ,確率的な VAR プロセ スを応用し,我が国のこれらの指標の相互関係について,どのような相関関 係や雇用調整過程が観察されるかの解明を目指したものである。特に,最近 時点において,我が国における労働調整が従来の量的には労働時間により, また,コスト面からは価格=賃金による調整を主とし雇用の調整が主となっ ているのか,それとも,米国のような量的に雇用を直接的に調整するスタイ ルに変化したのかに着目している。 本章で導入を記述するとともに,以下の各章では,まず,2章においてモ デルを簡潔に提示するとともに,データ生成過程(DGP)を含むデータの 詳細を取り上げる。3章ではグレンジャー因果の推計結果に加え,VAR プ ロセスを用いたインパルス応答について取りまとめる。結論を先取りすれば, 1 GDP ギャップの計測については,吉岡 (2009) などを参照。 126 o c Æ o Ï 最近時点では生産の伸び率が上昇すると就業者数の増加率が低下する関係が 見られるとともに,大枠としてのマクロの労働調整過程においては,少なく とも1980年代以降大きな変容は見られないことが明らかになる。最後の章で 結論とともに今後の課題について概観する。なお,本稿では推計に当たって EViews V6 を用いている。 QDfÆf[^ 本稿では,生産,雇用,賃金,労働時間の4変数に対して特に制約を設け ない通常の VAR プロセス2 を応用する。モデルを数式にて簡単に提示する と以下の通りである。 n n Σα k=1 n n k=1 n n n Σδ 1k Ot−k+ k=1 where n O 生産 H 労働時間 W 賃金 L 雇用 n Σγ 3k Wt−k+ k=1 n Σδ 2k Ht−k+ k=1 4k Lt−k k=1 Σγ 2k Ht−k+ k=1 Σδ n Σβ 3k Wt−k+ k=1 n k=1 Lt=const.+ n Σγ 1k Ot−k+ 4k Lt−k k=1 Σβ 2k Ht−k+ k=1 Σγ Wt=const.+ Σα 3k Wt−k+ k=1 Σβ 1k Ot−k+ n Σα 2k Ht−k+ k=1 Σβ Ht=const.+ n Σα 1k Ot−k+ Ot=const.+ 4k Lt−k k=1 n Σδ 3k Wt−k+ k=1 4k Lt−k k=1 上の4変数に対して,通常の雇用調整過程は,以下のように観察されると, Hashimoto (1993) をはじめとする多くのエコノミストは考えている。この 2 VAR プロセスについては,Sims (1972) などを参照。 äªÉ¨¯éJ²®ßöÌÏeFVAR vZXÌp 127 順序については,インパルス応答を分析する上で重要であり,後にグレンジ ャー因果により確認する。 (1) 経済活動水準である産出の代理変数として,生産が需要動向等によ り変動すると,まず,労働時間で労働投入量を調整する。 (2) 労働時間による調整の次に,時間あたり賃金が短期に粘着的である とすれば,賃金が労働時間の増減に応じて変動する。 (3) 短期を超えてさらに調整が進めば賃金の変動を生じることとなり, 賃金の上昇(低下)は労働者の労働供給側において労働と余暇の代 替関係に変化が生じ,労働供給としての雇用が増加(減少)する。 ただし,この際,労働需要側においては生産関数における労働と資 本の代替から,労働需要としての雇用が減少(増加)する可能性も ある。 ただし,本稿で着目したのは,第1に,生産が労働時間に及ぼす効果,す なわち,労働投入量の面で労働時間が伸縮的に生産の変動を吸収しているか, 第2に,生産が賃金に及ぼす影響,すなわち,コスト面で賃金が伸縮的に生 産の変動を吸収しているか,最終的に,第3に,生産の変動が雇用にどのよ うな影響を及ぼしているか,すなわち,労働時間と賃金の伸縮性によって生 産の変動がどの程度吸収され,雇用に及ぼす生産の変動の影響がどの程度あ るかを分析しようとするものである。従って,生産を起点とし,上の(1)か ら(4)までの逐次的な調整過程ではなく,生産から労働時間,生産から賃金, 最終的に生産から雇用がどの程度影響を受けるかに焦点を合わせて分析を行 っている。 なお,使用したデータは以下の通りである。すべてのデータは月次データ であり,発表元官庁による季節調整値を用いた。 (1) 生産については,経済産業省による「鉱工業生産指数」から付加価 値生産額でウェイト付けされた2005年基準の鉱工業指数を用いた。 (2) 労働時間については,厚生労働省による「毎月勤労統計調査」から 128 o c Æ o Ï 2005年基準の所定外労働時間指数(30人以上事業所)を用いた。 (3) 賃金については,厚生労働省による「毎月勤労統計調査」から2005 年基準の実質賃金指数(30人以上事業所)の現金給与総額を用いた。 この指数は1人当たり月額をベースに作成されている。 (4) 雇用については,総務省統計局による「労働力調査」から非農業就 業者数を用いた。 労働時間と賃金については, 5人以上事業所のデータも公表されているが, 過去にさかのぼる利用可能性が低いことから30人以上事業所のデータを用い た。これらのデータを以下の図2で示す。なお,データの利用可能性がもっと }Q: f[^Ìvbg äªÉ¨¯éJ²®ßöÌÏeFVAR vZXÌp 129 注: 生産,労働時間,賃金について,単位は2005年を100とする指数。雇用について は万人。 出典: 上の(1)から(4)に示した通り。 も短い生産,すなわち,鉱工業生産指数に合わせて1978年1月からとなって いる。直近時点のデータについては,2009年年央の6月までを利用している。 本稿では表題のごとく VAR プロセスを応用した推計を行うため,生産, 労働時間,賃金,雇用の各データについて ADF 検定3 によりデータ生成過 3 ADF 検定については,Dickey and Fuller (1979))び Dickey and Fuller (1981)を参照。 130 o c Æ o Ï 程(DGP)のチェックを行った。以下の表1の通り,対数のレベルでは各 データとも単位根を棄却できないが,対数の1階階差を取ることにより,5 %水準で単位根を棄却できることを確認した。従って,VAR プロセスは生 産,労働時間,賃金,雇用の各データの対数1階階差で組むことが適当であ るとの結論である。なお,対数1階階差は log(xt)−log(xt−1)=log log ( x x )= t t−1 Δx +1)= が微小なΔx に対して漸近的に成り立つ (Δxx+x )=log(Δx x x t t−1 t−1 t t t−1 t−1 t ことからほぼ前月比伸び率に等しい。 \P: PʪèÊ 対数レベル t値 生 対数1階階差 確率 t値 確率 産 -1.54144 0.81360 -8.52229 0.00000 労働時間 -2.59949 0.28090 -9.24204 0.00000 賃 金 0.74022 0.99970 -5.02674 0.00020 雇 用 -0.08821 0.99490 -3.57054 0.03380 注: ラグ次数は最大12カ月を許容してAIC基準4により決定した。 出典: 著者。 表1の単位根検定の結果に基づき,生産,労働時間,賃金,雇用の各対数 1階階差のデータについて,表2に記述統計を示す。平均はほぼゼロであり, Jarque-Bera 値からは分布の正規性は検出されない。なお,表2に示す記述 統計は1階階差を取ったため始期は1978年2月となっている。 4 AIC 基準については,Akaike (1969) 及び Akaike (1973) を参照。 äªÉ¨¯éJ²®ßöÌÏeFVAR vZXÌp 131 \Q: f[^ÌÎPKK·ÌLqv 生 観測数 産 労働時間 賃 金 雇 用 377 377 377 377 平均 0.000883 -0.000336 0.000189 0.000610 中央値 0.001970 0.000953 0.000000 0.000491 最大値 0.057788 0.028842 0.070919 0.009850 最小値 -0.106273 -0.078212 -0.076715 -0.010039 標準偏差 0.017066 0.012471 0.014913 0.002710 歪度 -1.583365 -1.222563 -0.539456 0.179623 尖度 12.064460 8.944958 7.710472 3.798436 Jarque-Bera値 1448.192000 649.086700 366.830400 12.041360 Probability 0.000000 0.000000 0.000000 0.002428 合計 0.332771 -0.126723 0.071131 0.230062 出典: 著者。 RDvÊ まず,生産,労働時間,賃金,雇用に関する4変数 VAR プロセスを組む \R: QÏ VAR vZXÉæéOW[öÊÌvª 帰 無 仮 説 F 値 棄却確率 生産が労働時間に先行しない 6.37513 0.00000 労働時間が生産に先行しない 3.01097 0.00010 生産が賃金に先行しない 3.16731 0.00070 賃金が生産に先行しない 3.21227 0.00060 生産が雇用に先行しない 1.81079 0.01270 雇用が生産に先行しない 1.53830 0.05390 労働時間が賃金に先行しない 2.69408 0.01430 賃金が労働時間に先行しない 3.31364 0.00350 労働時間が雇用に先行しない 2.65197 0.00007 雇用が労働時間に先行しない 0.81019 0.72360 賃金が雇用に先行しない 1.58456 0.04270 雇用が賃金に先行しない 0.93251 0.55740 出典: 著者による推計。 132 o c Æ o Ï 前に,2変数 VAR に基づくグレンジャー因果5を計測した。なお,2変数 VAR プロセスのラグ次数は AIC 基準により決定した。結果を表3に示す。 上の表3に示した2変数 VAR プロセスに基づくグレンジャー因果関係を 統計的に5%の棄却水準を前提に要約すると以下の通りとなる。 (1) 生産と労働時間のグレンジャー因果は双方向である。ただし,F 値 は生産が労働時間に先行する方がやや大きく,本稿では先に示した通 常のエコノミストの想定の通り,生産が労働時間に先行するものと考 える。 (2) 生産と賃金の先行性については双方向であり,特に有意な F 値の 差も見受けられない。 (3) 生産と雇用の先行性について,生産は雇用に先行し,これは片方向 のみのグレンジャー因果である。 (4) 労働時間と賃金も双方向の先行性を有し,大きな F 値の差は読み 取れない。本稿では通常のエコノミストの理解に従って,労働時間が 賃金に先行するものと考える。 (5) 労働時間と雇用では明らかに労働時間が先行する。これは片方向の グレンジャー因果である。 (6) 賃金と雇用についても明らかに賃金が先行し,片方向である。 以上の通り,グレンジャー因果を実証的に計測した結果から,生産,労働 時間,賃金,雇用の時間的な先行性は,生産 ⇒ 労働時間 ⇒ 賃金 ⇒ 雇用, の順であると想定する統計的基礎が得られたと考えられる。生産,労働時間, 賃金,雇用の4変数 VAR プロセスについて,24か月までのラグを許容して AIC 基準により8か月ラグを選択し,上のグレンジャー因果の順に従って, インパルス応答を計測する。なお,分解の因子タイプは自由度を修正したコ レスキー型である。図3に全期間を対象とした4変数 VAR プロセスのイン パルス応答の結果を示す。なお,インパルス応答は累積させており,36か月 5 グレンジャー因果については Granger (1969) を参照。 äªÉ¨¯éJ²®ßöÌÏeFVAR vZXÌp 133 まで算出した。 }R: SúÔðÎÛƵ½CpX 注: インパルス応答の上下の破線は2標準偏差による信頼区間である。 出典: 著者による推計。 図2で示された4変数 VAR プロセスのインパルス応答は労働時間から雇 用への反応が負となる以外はすべてで正の反応を示しており,通常のエコノ ミストの想定と整合的である。なお,生産性を無視すれば労働時間と雇用の 積が労働投入量となることから,この両者の関係でインパルス応答が負とな ることは十分考えられる。加えて,第1列目の生産から労働時間,賃金,雇 用への反応を見ると,生産の変動が労働時間をほぼ有意に増加させ,賃金に ついても同様である。ここで「有意」とは2標準偏差の信頼区間がほとんど ゼロあるいはマイナスとなることがないという意味である。さらに,生産の 変動は信頼区間からインパルス応答がマイナスになる可能性を示唆している 134 o c Æ o Ï ものの,依然として正の反応を引き出している。ただし,生産の変動が労働 時間,賃金,雇用と段階を経るごとに反応を小さくしていることが読み取れ る。 本稿では,1978年から2009年6月までの全期間の推計に加えて,期間をお おむね10年ごとに区切り,3期に分割して4変数 VAR プロセスを応用した。 具体的な期間分割は以下の通りである。なお,4変数 VAR プロセスのラグ 次数は各期間とも全期間と同じ8か月とした。 (1) 第1期: 1978年7月から1988年6月までの10年 (2) 第2期: 1988年7月から1998年6月までの10年 (3) 第3期: 1998年7月から2009年6月までの11年 図4に各期のインパルス応答を示す。 }S: úÔªµ½CpX (1) æPú äªÉ¨¯éJ²®ßöÌÏeFVAR vZXÌp (2) æQú (3) æRú 注: 図3に同じ。 出典: 著者による推計。 135 136 o c Æ o Ï 本稿で注目するのは,産出の代理変数たる生産から,決して逐次的ではな く,労働時間,賃金を経て,最終的に雇用にどのような影響が及ぶのかであ り,さらに,おおむね30年に及ぶ推計期間をいくつかに分割した上で,それ が時期により異なる影響を示すのかどうかである。図4で示した通り,生産 の最終的な雇用への影響は,各パネルの右上のインパルス応答のグラフに注 目すると,年を追うごとに生産の増加が雇用を増加させる効果は減少してお り,第2期以降はむしろマイナス,すなわち,生産の伸びの上昇(低下)が 雇用の伸びの低下(上昇)をもたらすとの結果を得た。ただし,ここで注意 すべきであるのは,本稿の VAR プロセスでは各データの1階階差をとって いることから,生産のレベルが雇用のレベルに及ぼす影響ではなく,生産の 増加率の変動が雇用の増加率に及ぼす影響となっている点である。 すなわち, インパルス応答が負値であることは,互いのレベルが逆方向に変動すること を意味するわけではない。図5に期間を分割した生産から雇用へのインパル ス応答を示す。 }T: ¶Y©çÙpÖÌCpX 注: 縦軸は10E+3 でスケーリングした。すなわち,例えば,縦軸に「8」とあるの は実際には「0.008」のインパルス応答を示す。 出典: 著者による推計。 äªÉ¨¯éJ²®ßöÌÏeFVAR vZXÌp 137 図5では破線で示した全期間を通じてのインパルス応答は,初期の6か月 目くらいを除いて,0.002から0.003の正であると見ることが出来,また,第 1期では0.006周辺と,そのプラス幅が大きいが,第2期では早くもインパ ルス応答がマイナスを示し,36か月目には-0.004を超え,第3期では-0.009 を超えるまで,そのマイナス幅が拡大している。大雑把な景況感と照らし合 わせると,第2期はバブル崩壊後の時期を含み,景気後退の中でも雇用がバ ブル期の慣性で増加した可能性があり,第3期についてはその反動もあって 景気拡張期にも雇用が減少したと見ることも出来よう。もちろん,このモデ ルに含まれていない大きな2つの要素は見逃すことが出来ない。それは生産 性の向上と人口増加の停滞ないし減少である。特に,最近時点では,すでに 労働力人口が減少に向かっており,好況下でも雇用が増えないひとつの要因 として指摘される一方で,IT 機器の広範な活用などによる生産性の向上に より,ここで示したように,自然単位の雇用は減少しているものの,効率単 位では減少していない可能性も十分考えられる。 特に,グレンジャー因果で確認した,生産 ⇒ 労働時間 ⇒ 賃金 ⇒ 雇用, の順を追って,生産を起点とした労働市場の調整過程をインパルス応答で観 察したのが図6である。 }U: CpXÅ©½J²®ßö (1) ¶Y Ë JÔ 138 o c Æ o Ï (2) ¶Y Ë Àà 注: 図5に同じ。 出典: 著者による推計。 インパルス応答の推計結果を見て,特に直近時点を含む第3期の大きな特 徴として,まず,労働投入量を考えると,上の図6(1) から,労働時間の伸 縮性が大きく減じていることがうかがわれる。他方,コスト面から考えて, 図6(2) から,生産を起点とする賃金へのインパルス応答は大幅に拡大して いる。前者の結果から考えると,生産の変動が労働時間の伸縮性によって吸 収される部分が減じたと考えることが適当であろう。すなわち,生産の変動 に伴う労働投入量は労働時間ではなく,雇用により調整される度合いが高ま ったと考えるべきである。後者の結果から,第3期には21世紀初頭のデフレ 期を含むにもかかわらず,労働コストは賃金の伸縮性により大きく吸収され ていると見なすことが出来る。 先に示した通り,本稿で利用している賃金デー タは1人当たり月額をベースに作成されていることから,労働時間,特に残 業時間の変動が従来に比べて小さくなった状況下で賃金が伸縮的になった原 因として考えられるのは,第1に,1人当たりの賃金そのものが労働時間に かかわりなく伸縮的であるか,第2に,加重平均された賃金を考え,いくつ äªÉ¨¯éJ²®ßöÌÏeFVAR vZXÌp 139 かの賃金水準グループを生産の変動に合わせて雇用しているか,のどちらか, あるいは,その双方である。現実の日本経済に最近時点で生じている定型化 された事実と照らし合わせて解釈すると,前者については,生産が変動する 景気局面に応じて従来以上にボーナスが変動する業績連動を強めた給与体系 が広く普及している,あるいは,後者については,生産が縮小する景気後退 期に給与水準の高い正社員から給与水準の低い非正規労働者に代替する,あ るいは,逆に,生産が拡大する景気拡張期には非正規雇用を一括して正社員 として登用する,などが考えられ,最近の雇用情勢を的確に反映した推計結 果ということが出来る6。ただし,図5に見られる通り,何らかの効率単位 を考慮すると,生産から最終的な雇用への影響はいまだに小さく,調整過程 が変容しているとしても,最終的な雇用に対する生産の影響は限定的である と結論することが出来よう。その点では我が国の労働調整過程は変容してい ないと結論することも出来よう。もっとも,最近1年間に観察された「派遣 切り」や「雇い止め」といった現象は,極めて例外的もしくは期間限定的な 減少であり,データ期間としても短いことから,本稿で採用した VAR プロ セスでは十分に把握し切れていない可能性が残されている。 SD_Æ¡ãÌÛè 労働者派遣法の成立からほぼ四半世紀が経過し,特に1990年代後半から非 正規雇用比率が増加した結果として,昨秋以来の世界的な景気後退局面にお いて,雇用の崩壊が見られたとする見方があるが,本稿で見た通り,VAR プロセスを応用した分析結果では,マクロの我が国労働市場はその調整過程 がかなりの変容を見せつつも,最終的な雇用への生産の影響はいまだ小さい との結論を得た。ただし,ここで2点だけ注意する必要があるのは,第1に, 生産の最終的な雇用への影響が第1期の正の反応ではなく,すでに第2期か 6 この結論は Hildreth and Ohtake (1998) と部分的に整合的である。 140 o c Æ o Ï ら負の反応に転じている点である。さらに,第2に,生産に起因する労働時 間の変動が小さくなっている一方で,生産に起因した賃金へのインパクトが 大きくなっており,これは従来の第1期や第2期と大きく異なる結果となっ ている。これは時間当たり賃金の格差に起因している可能性が示唆されてい るのかもしれない。そうだと仮定すれば,最近時点で格差が拡大しているこ とのひとつの傍証となる可能性がある。しかしながら,この点については本 稿のようなマクロの分析ではなく,マイクロな分析の対象分野であろう。 最後に,今後の課題としては,繰返しになるが,本稿でマクロの VAR プ ロセスに含めた変数以外にも,いくつか重要な変数が欠落している可能性が あることである。特に,先の注意を要する第1点に戻って生産から雇用への インパルス応答が年を経て負になっているのは,モデルに労働生産性を考慮 に入れていない結果である可能性が残されている。本稿ではあくまで自然単 位の労働投入を前提にしたが,効率単位の労働投入をモデルに盛り込むこと により,さらに正確な実証分析が行える可能性を指摘しておきたい。加えて, 瑣末な点であるが,本稿では期間を区切った VAR プロセスの推計を行った ところ,3期に分割するのではなく,バブル崩壊の前後で2期に区切る方法 もあったのかもしれない。どちらも今後の課題としたい。 References Akaike, H.(1969)“Fitting autoregressive model for prediction,”Annals of the Institute of Statistical Mathematics 21 ,1969,pp.243-247 Akaike, H.(1973)“Information 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