資産運用におけるリスク管理

ア ナ リ ス ト の 眼
資産運用におけるリスク管理
【ポイント】
1. 資産運用におけるリスク管理の重要性は高まってきており、今後もALM的な見方
と相俟って、その重要度は一段と増すことになろう。
2. バリューアットリスク(VaR)は資産価格の不確実性を伴う変動を定量的に把握
し、リスクを管理するのに適した尺度である。
3. 「不確実性の中で優れた意思決定を下す」ことが、資産運用におけるリスク管理の
本来の姿勢である。
生命保険会社を取り巻く環境においては、保険の引受に伴うリスク、保険金や
解約返戻金の支払等による流動性リスク、資産運用リスク、事務リスク、システ
ム リ ス ク 等 様 々 な リ ス ク が 存 在 す る( 図 表 1)。こ れ ら の 様 々 な 不 確 実 性 か ら 生 じ
るリスクを適切に管理することは、保険会社の経営を行う上で重要な要素となっ
ている。最近ではオペレーショナルリスクの定量化や、資産・負債それぞれに係
るリスクを統合的に管理するALM的手法の開発も各社で行われており、今後そ
の重要性は一段と高まってくると考えられる。
本稿では、これらのリスクのうち資産運用に係るリスクに焦点を当てて、生命
保険会社の資産運用におけるリスク管理の現状、今後の課題等について考えてみ
たい。
図表1.リスクの類別の一般的な例
資産運用リスク
保険引受
リスク
流動性
リスク
市場リスク 信用リスク
不動産投
資リスク
事務リスク
システム
リスク
1.資産運用リスクとVaR
一般的に資産運用リスクと呼ばれているものは、市場リスク、信用リスク、不
動産投資リスクの 3 つのカテゴリーに大別される。
これらのリスクのうち、市場リスク及び信用リスクについては定量的な把握の
方 法 が あ る 程 度 確 立 さ れ て お り 、 主 に バ リ ュ ー ア ッ ト リ ス ク ( VaR) に よ る 計 量
化 が 行 わ れ る の が 一 般 的 で あ る 。VaR の 算 出 モ デ ル に は 分 散 共 分 散 法 、ヒ ス ト リ
カル法等いくつかのモデルがあり、それぞれの用途により長所、短所があるが、
通常、モンテカルロシミュレーションを用いた市場リスク、信用リスク、それぞ
れの計量モデルによりリスク量を算出している。
こ の VaR と い う 概 念 で あ る が 、資 産 運 用 だ け で は な く 全 て の 不 確 実 性 を 伴 う 変
動によるリスクの把握に適した尺度である。異なるカテゴリーのリスクを横断的
に統一の基準で損失額として数値化できる、加法性がある、カテゴリー間の相関
アナリストの眼
がある場合はそれを考慮・反映できる等の利点がある一方で、結果の数値自体の
持つ意味は確率的なものであり、一定の保有期間と信頼区間を設定した場合の潜
在的な損失を示すもので最悪の状況における潜在的な損失ではないという点には
注意が必要である。
一例を示すと、図表 2 の通り、
図 表 2.VaR の確 率 分 布
ポートフォリオの期待収益率が
5% 、 標 準 偏 差 が 10% で あ っ た と
すると、このポートフォリオの時
価 を 100 と し た 場 合 、 95%VaR、
す な わ ち 100 回 に 5 回 は こ の 値 を
現在値からの
損失=▲11.45
超えるような損失が発生するとい
う 額 の 水 準 は ▲ 11.45 で あ る が 、
実際の変動では想定された損失
(の絶対額)をさらに上回る可能
平均値からの
乖離=▲16.45
平均値=105
5%シナリオ値=88.55
現在の時価=100
性がある。確率分布の裾が厚くな
ることからファットテールと呼ば
れ、実際の市場では確率で想定されたよりも大きな変動が生じることがしばしば
見 ら れ る ( 昨 年 6 月 の 債 券 市 場 の 急 落 な ど が 顕 著 な 例 で あ ろ う )。
また、信用リスクの場合は、デフォルトの発生事象自体が極端に少ない上に、
1 件のデフォルト発生による損失額が大きくなるケースもあるため、個別の事象
によって影響度には大きな開きが出る可能性があり、連続した確率分布の想定値
との乖離も大きくなると考えられる。
仮に今、A 社、B 社向けにそれぞれ 1 億円ずつの債権がある企業を考える(図
表 3)。 両 社 が 1 年 以 内 に 倒 産 す る 確 率 が と も に 5%で あ る と す る と ( た だ し 、 担
保 等 に よ る 回 収 率 は ゼ ロ と す る )、 想 定 さ れ る 信 用 リ ス ク の 期 待 値 は 2×1 億 円 ×
5%= 10 百 万 円 に な る が 、こ の ポ ー ト フ ォ リ オ か ら は 実 際 に 10 百 万 円 と い う 損 失
が発生するわけではない。①両社とも倒産して 2 億円の損失が発生するか、②ど
ち ら か 片 方 が 倒 産 し て 1 億 円 の 損 失 か 、③ 全 く 損 失 な し か の ど れ か で あ る 。A 社 、
B 社 の 倒 産 が 独 立 に 起 こ る 場 合 、損 失 の 発 生 す る 確 率 は そ れ ぞ れ ① 0.25%、② 9.5%、
③ 90.25%で あ る 。つ ま り こ の ケ ー ス で は 9.75%の 確 率 で 1 億 円 以 上 の 損 失 が 発 生
す る こ と に な り 、上 記 の 確 率 分 布 の 想 定 か ら は 大 き く 外 れ た 値 を 取 る こ と に な る 。
A 社が B 社の子会社であるなど相関関係がある場合はこの確率はさらに大きくな
り 、 完 全 に 連 鎖 倒 産 す る と 仮 定 し た 場 合 ( 相 関 係 数 = 1 の 場 合 ) は 5%の 確 率 で
2 億円の損失が発生することになる。
図表3.倒産確率(2社のケース)
エクス
倒産確率
ポージャ
A社
1億円
5%
B社
1億円
5%
A社倒産せず
A社倒産
B社倒産 95%×95%=90.25% 95%×5%=4.75%
せず
→損失ゼロ
→1億円の損失
5%×95%=4.75%
5%×5%=0.25%
B社倒産
→1億円の損失
→2億円の損失
アナリストの眼
2.生命保険会社の資産運用リスク管理の現状と課題
生 命 保 険 会 社 に お い て も 市 場 リ ス ク と 信 用 リ ス ク 、そ れ ぞ れ の VaR を 算 出 し て
い る 。銀 行 等 で は 日 次 で VaR を 把 握 、計 測 期 間 も 非 常 に 短 期 間 で 機 動 的 に 管 理 を
行っているが、生命保険会社の場合は資産の保有期間の性格上から、長めの計測
期間を取ることが一般的で、信用リスクについては基本的にデフォルト確率を 1
年間で計測しているということもあって、平仄を合わせるため市場リスクについ
て も 1 年 間 と し て い る こ と が 多 い 。 信 頼 区 間 の 設 定 に つ い て も 一 般 的 に は 95%、
99%な ど が あ り 、短 期 の VaR を 用 い る 銀 行 等 は 99%な ど 高 め の 設 定 が 標 準 と な っ
ているが、長期の場合はあまり高い設定にすると前述のファットテールの問題等
から実態とかけ離れた数値となってしまう可能性が高くなり、またリスクリミッ
ト(バッファ)との関係を考える上でも、信頼区間を高くし算出するリスク量が
増大することで必要以上にリスク回避的になり実務的に制約を受ける可能性が高
くなるため、あまり高すぎる設定は実用的ではない。例えば図表2のケースだと
「 1 年 間 で 債 務 超 過 に な る 確 率 を 1%以 内 に す る 」と い う 目 標 を 立 て た 場 合 、2 億
円の債権に対するリスクバッファとして少なくとも 1 億円の自己資本が必要とな
る。このような例は極端なものとしても、必要以上に過大な自己資本を要求され
る可能性がある。
上記のケース以外でも、生命保険会社の長期の資産・負債の構成と現行の会計
に は あ る 種 の ず れ が 生 じ て お り 、リ ス ク 管 理 上 の 制 約 を 受 け て い る と 考 え ら れ る 。
同一カテゴリーのリスクであっても短期と長期では異なった側面を持っており、
長期においてリスクが軽減されるものでも、単年度決算を考慮するとリスク回避
のため多大なコストを払わなければならない場合もある。
資 産 運 用 に お け る リ ス ク 管 理 の 本 来 の 目 的 は 、「 不 確 実 性 の 中 で 優 れ た 意 思 決
定を下す」ことにある。総合収益の視点から分散投資を行い、一定のリスクを取
ることが求められており、リスクを回避しなければならないという強迫観念に取
り付かれないよう注意が必要である。その原則を踏まえながら、リスク管理手法
の高度化を目指していくべきであり、また、現在は定量化されていないリスクに
関しても、試行錯誤を重ねていくことでより洗練された手法で定量化へ向けて取
り組み、統合リスク管理体制の構築へと発展させていくべきであろう。
(財 務 企 画 部
山原 勝裕)