動物との語句

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2011 年 1 月 14 日 EFC 細野
言語教育と文化 −比喩表現−
<はじめに>
言語と文化を結びつけて言語教育をすることの是非
マイナス論:学習言語の文化が強調されすぎ、学習者が母国の文化と母
語をかえって意識しすぎることになり、それが言語習得にマイナスに影響
を及ぼす。
プラス論:特に知性や関心度が高い学習者に対しては、積極的に学習言
語とその文化を教育の場で取り入れることで、学習者が母国の文化や母
語と比較し、共通点や相違を見出すことで、学習言語に対する理解が深
まる。
私の立場:
文化特性をあまり強く前面に出して言語教育をしていくやり方はとらない。
「何故そういうの?何故、どうして?」などに関心が行き過ぎると、肝腎の語
学がうまく習得できないことにもなる。
しかし、日本語教育を担う者自らが、個々の表現形式や語句を基にそれ
らの表現を成立させているものを出来るだけ根源まで掘り起こし明らかに
していくことによって、最終的に日本人の発想はこうなのだと自分なりに理
解しておくほうが、指導するにあたって誤解も少なかろうし、説得力も出て
くると考える。したがって、特に知性や関心度が高い学習者に対しては、
ある程度日本文化を理解させる方法で言語教育に取り組む。
(1)比喩表現
そのような取り組みに恰好なものが日常表現の中に見られる慣用表現で
ある。
慣用句やことわざの中に、日本人独特の発想の元になっている比喩表現
がある。
メタファー metaphor 隠喩 転義
メタファーというカタカナ語は言語教育では定着しているが、メタファーの
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本来の意味は、ギリシャ語の meta=over、phor=transfer から出ていて「移し
かえる」という意味であり、A の概念を B の概念に移し換えることである。
Metaphorical expression という表現があるようにメタファーは広い意味で
「比喩」というように使われる場合もあるが、本来の意味の metaphor は「隠
喩」である。メタファーの定義の一つは「ある現象を他の現象に見立てて
理解し経験すること、そしてその言語表現」としている。
人間にとって、ある概念を別の概念に置き換える操作をした上で言語表
現にしていくことは、日常生活のレベルで重要な役割を果たしていて、そ
れを分析していけば、その民族の文化に根付く発想が判明してくる。した
がって、メタファーを理解することが、学習言語のより深い理解につなが
る。
(2)身体ことば
日本語では「身体ことば」が日常生活の中で頻繁に出てくる。
その中には本当に身体の一部分を使う表現「頭がいい」「足が棒になる」
「胸が痛む」などは、その部分そのものを表現しているのだが、日本語の
「身体ことば」の多くがその部分に全く関係がない、メタファーの使いかた
である。
その一例:「腹を割って話す」
「はら」は何の概念を「腹」に移し換えたのであろうか。「はら」が何かに見
立てられて使われたとみられる。私の仮説であるが「腹」は「甕」が移し換
えられたものとみている。日本書紀・神代上に「甕」を「はら」と読むように記
述されている。
日本語の慣用句で「身体ことば」は数多くみられる。
旺文社版「成語林」で見てみると
「手」に関する表現 34、「足」に関する表現 16、「腹」に関する表現 16、
等々「手」「腕」「指・爪」「膝」「脛」「頭」「目」「耳」「口」「鼻」「首」「顔」「肩」
「胸」「腹」「臍」「腰」「尻」などに関してざっと見ただけでも 250 ほどの表現
がある。
なぜ日本語にこれほど多くの「身体ことば」あるのだろうか。日本民族の農
耕民族としての生き方に係わりがあるのか。様々な問題が提起される。
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日本語教育で「身体ことば」のいくつかを取り上げて、その発想の根源を
考えてみることは日本語という言語の理解を深めることになるであろう。
日本語の「身体ことば」と英語表現
「目」
目がない have a weakness for
目が覚める 第一の意味は wake up であるが、転義は come to one’s
senses
目を回す faint
目から鼻へ抜けるような very smart
ひどい目に会う suffer severely
目をかける look after
「鼻」
鼻が高い be proud, arrogant, aloof,
英語にも nose in the air という表現がある
鼻の下が長い be too indulgent with women
鼻にかける be vain
鼻につく be sick of
鼻をあかす outwit
鼻白む look discouraged
「肩」
肩身が狭い feel small
肩を持つ take sides with
肩を入れる patronize
肩を抜く cut one’s connection with
「首」
首が回らない(借金で) be deeply in debt
首にする(首を切る) fire, dismiss
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首をつっこむ be engrossed in
首を長くして待つ wait anxiously
「腹」
腹を決める be resolved to
腹を割って話す speak frankly
腹が立つ get angry
腹に一物ある have an ulterior motive
腹を探る try to find out a person’s intention
「手」
手も足もでない be at one’s wit’s end
手に負えない be unmanageable
手を出す meddle with
手を広げる extend one’s activities
手を入れる touch up, correct
手を変える try some other means
喜寿に手が届く be pushing seventy-seven
「足」
足が出る the money does not cover the expenses, exceed the budget
足を洗う be through with, wash one’s hand of(聖書 Matthew 27:24)
足を引っ張る foil, try to frustrate someone
「骨」
骨を折る make efforts, exert oneself
骨組み framework, structure
骨惜しみをする spare oneself the trouble of doing
上記の例でもわかるように、日本語と同じ意味の英語が、ほとんど身体の
部分を使っていないところを見ると、日本人のほうが身体についての概念
を他の概念に移しかえる力、meta=over, phor=transfer の力がたくましいと
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いうことであろうか。
英語の身体の部分を使った表現の数は日本語に比べその数は限られて
おり、それも実際にその身体の部分の意味に近い表現が多い。その中で
も多少 metaphor 的な表現をいくつか見てみる。
bleeding heart 「出血しているような心臓」⇒ 「同情心過多」恵まれない
人たちに過剰に同情する自由主義者を bleeding heart liberal という。
Eat your heart out ! 不相応なものを欲しがっている人にいう言葉。
long face 悲しい顔つき
long in the tooth 歳を取っているということ She is a bit in the long tooth.
red neck もとは田舎者を指す言葉であるが、現在では黒人の他白人以
外の外国人などにも強い偏見を持つ考えが旧弊である人々を指す。red
neck conservative
rough neck 乱暴者、不作法者
rubberneck むやみに何かを知りたがる人 野次馬根性の人
sticky finger 手くせが悪いこと
stick one’s foot in one’s mouth 言ってはいけないことを言って恥をか
く、
どじを踏む、失敗する
stiff upper lip 感情をぜんぜん表に出さないことをいう
put on a stiff upper lip
thumbs up ! 同意の合図、また、「やった!」と満足した時に使う。
all thumbs 不器用
under someone’s thumbs 人の言いなりになる
tongue in cheek ひやかし半分、
a tongue in cheek remark ひやかし半分皮肉な意見のこと
(3)動物を使う表現
こと動物を使う表現に関しては圧倒的に英語のほうが多い。
猫に小判 VS cast pearls before a swine
農耕民族であった日本人の思考と狩猟民族であった欧米人との発想の
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元の違いが表れてきているのか。
日本語では馬、猫、狐、猿、狸、鳥、雀、など.がある。
動物ことばを思いつくままに挙げてみる。
馬が合う get on well
猫をかぶる feign innocence
猫も杓子も everybody
猫なで声 insinuating voice
猫背 stoop, bent neck
猫の手も借りたい very busy and short-handed
猫の額ほどの tiny
狐の嫁入り sprinkling of rain in the sunshine
猿も木から落ちる A good marksman may miss
猿知恵 shallow cunning
猿芝居 shallow-minded trick
猿真似 blind imitation
狸寝入り feigned sleep
狸婆 cunning old woman
鳥目 night blindness
雀の涙 a mere particle of
これに対して英語では cow(雌牛)、ox(雄牛)、horse、lion、elephant、
sheep、cat、dog、monkey、等々の動物から鶏、鳥、昆虫、魚に至るまで数
多くの比喩表現がある。
そのいくつかの例:
大きな動物
Elephant: a memory like an elephant, white elephant
Cow : until the cows come home
Ox: strong as an ox
Goat: He gets my goat.
Horse: dark horse, Don’t look a gift horse in the mouse.
Lamb: gentle as a lamb
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Leopard: a leopard can’t change his spots.
Lion: lion-hearted person
Pig: pig out,
in a pig’s eye = never, piggy-back
Swine: cast pearls before a swine.
Sheep: black sheep
Wolf: cry wolf, a wolf in sheep’s clothing, lone wolf
小さな動物
Beaver: eager beaver
Cat: Cat got your tongue? catnap, There s more than one way to skin
a cat.
Dog: die like a dog, dog day, dog-tired, It’s a dog’s life. I’m in the
doghouse. dog-eat-dog world
Fox: letting a fox keep geese, sly as a fox
Monkey: monkey see, monkey do. monkey business
Mouse: quiet as a mouse
Buck: buck teeth
Rat: I smell a rat. pack rat
家禽
Chicken: Don’t count your chickens before they are hatched.
hen-packed husband
Turkey: talk turkey. You turkey!
鳥類
bird brain, kill two birds with one stone.
Bat: blind as a bat,
Duck: lame duck,
Eagle: eagle eye
Goose: goose bumps, wild goose chase
His goose is cooked.
Owl: wise as an owl
sing like a bird,
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Peacock: proud as a peacock
Swan: graceful as a swan.
Crow: A flying crow always catches something.
Lark: happy as a lark.
Pigeon: pigeon-toed
Sparrow: chatter like a sparrow
eating crow
昆虫 Insect:
Bee: beeline, busy as a bee
Bug: cute as a bug’s ear
Butterfly: social butterfly
Fly: like a fly on the wall.
Hornet: stir up a hornet’s nest
腹足動物 Gastropod:
Snail: at a snail’s pace,
snail mail
爬虫類 Reptile:
Snake: snake in the grass,
魚類 Fish in general
Big fish in a little pond
Drink like a fish
Fish out of water
Herring: red herring
Like shooting fish in a barrel
Like a fish swimming upstream
甲殻類 Shellfish:
Happy as a clam
Crab
cabby
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(4)概念と表現のメカニズム:
前項ではメタファーに絡んで「身体ことば」や「動物ことば」を検討したが、
枠をやや広めた比喩表現をとおして日本人の発想の元をみてみるととも
に、若干ではあるが英語の表現との対比も行ってみて、その概念(発想)
と表現の共通点と相違点をみてみる。
人間は生来生物学的に比喩表現をするメカニズムを持っているといわれ
ている。
つまり、日本人であろうと欧米人であろうと人間が普遍的に持っているメカ
ニズムであるから、状況によっては概念も表現も同じでありうるし、そのよっ
て立つ文化の違いで、概念も表現も違う場合がある。
(イ)概念も表現も共通:
幸せは上、悲しみは下
気分は上々だ。 I’m feeling up.
意気消沈した。 I fell into a depression.
(ロ)概念は共通、表現が異なる:
価値を金額で表す。日本は古い貨幣単位。英米は現在の貨幣単位。
こんな花瓶は二束三文だ。 This vase is no worth a penny.
人生をスポーツに例える。日本は相撲や伝統武道等。英米はクリケット、
野球、アメフト等。
ここのところ事業は黒星続きだ。 He struck out in his last two business
ventures.
この項目と直接関係ないが、野球に関しての英語独特な表現として
Ball park figure おおまかな見積もり
Rain check またの日に (雨で試合が流れた場合の再試合入場券から)
招待を受けて、都合が悪い場合に使ったりする。
(ハ)概念は異なるが、表現は共通のケース:
善悪を「甘い」で表現。日本は「甘い」は「よくない」、欧米は「よい」。
お前は甘いよ。 You are sweet.
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(ニ)概念も表現も異なるケース:
この場合はいずれも異なるケース故、似ている例は挙げにくいが、隠喩の
「はら」に近いものとして、英米では mind.
腹をくくれ。 Make up your mind.
(5)語句と連想
これまで、メタファー、身体ことば、動物ことば、比喩表現等の違いから、
民族による発想の元の違い、文化の違いについてみてきたが、さらに同じ
語句でも、文化の違いで語句が指し示す事物が同じでも、それによって
連想するものが異なるということについて、若干の事例を示す。
日本語の色名のピンクは「ピンクサロン」とかのように「性的に不純」という
意味合いが出てくるが、英語の pink にはそういう連想の可能性はほとんど
ないといってよい。英語の色名でそれに近いのは blue である。
このように語句だけでも連想させるものが言語によってかなり異なるが、中
でも文化的連想というものが意味の理解で重要な役割を果たすことがある。
文化的連想とは語句が示す事物についてのその言語文化の中における
常識と言い換えてもよい。その国の人がすぐに思い出すことのできる目立
った特徴・社会的慣習・伝説・文芸との関係・歴史的事件などがそこに含
まれる。日本語を学習している者が学習者自身の母語の連想から日本語
の語句を連想すると全体の意味を取り違える場合も出てこよう。
「こちふかばにほひおこせようめのはな、あるじなしとてはるなわすれそ」に
ある
「こち」すなわち東風は日本語では春先の温かい風を意味するが、英国で
は冬の冷たい厳しい風のイメージである。
社会的慣習などでは食生活にかかわるもので連想させるものが随分違
う。
日本語で「胡麻」と言えば「胡麻をする」が連想される。日本では、昔はす
り鉢で胡麻をすった。実がすりつぶされて、すり鉢の溝にまんべんなくつく
ところから、周りの人たちの間を飛び回ってへつらう意味が生まれた。
英語ではこれが apple で言われる。現在ではすたれてしまっているそうだ
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が、学校の先生のご機嫌を取るために、磨き上げたリンゴを持っていく風
習があって、そこから apple polisher という表現が生まれたと言われている。
この表現もいまや陳腐化して現在は ass kisser が使われるとか。しかし、こ
の表現は何とも味のない汚い表現と言わざるを得ない。
<終わりに>
言語教育において言語以外の文化・国民性などの問題と言語そのものを
どう取り扱うかという点での留意事項として、私は文化と結びつけて教育を
行うことを否定するものではないが、その際は慎重な配慮と注意深い対応
が教育現場でなされないと、言語学習そのものに悪影響を与えたり、対象
言語の普及が阻害される惧があると考える。
日本語教育を教える立場にある者が学習言語の表現について、その表
現を成り立たせている概念なり発想の元を十分理解し把握しておくことが
求められる。
<参考文献>
国学院大学日本文化研究所編 校本日本書紀一/二
角川書店
Lakoff, George and Mark Johnson
Metaphors We Live By
University of Chicago Press, 1980
楳垣実
日英比較表現論 1975
大修館書店
金田一春彦 日本語 1994
岩波書店
鈴木孝雄 日本語は国際語になりうるか 1995 講談社学術文庫
鈴木孝雄 日本語と外国語
1994
岩波書店
国広哲弥編 日英語比較講座 1989
大修館書店
本名信行 異文化理解とコミュニケーション
三修社
松岡陽子マックレイン 英語・日本語ことばくらべ 中央公論社
ほか多数
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