(財)自治体国際化協会ロンドン事務所マンスリートピック(2013 年 7 月) 【政府補助金削減で困窮するイングランドの自治体 ~ 財政危機で「存続不可能」と判 断される自治体も】 高齢者ケアと児童サービスだけで自治体の歳入を上回ると予測する「破滅のグラフ」 英国において、地方財政をめぐる懸念、またより正しくは地方の財源不足をめぐる懸念 は、地方自治体そのものと同じくらい古くから存在する。例えば、深刻な経済危機に見舞 われた英国からの融資の要請を受けた国際通貨基金(International Monetary Fund、IMF) が、その条件として公共支出の大幅な削減を要求していた 1976 年、当時のアンソニー・ク ロスランド環境大臣1は、自治体幹部に向けて行った演説の中で、もはや自治体が政府から 潤沢な資金を期待できる時代ではないとの意味を込めて、「宴は終わった(the party’s over)」と述べた。しかし、財政赤字削減を目的とした政府の緊縮財政がもたらした現在の 英国の自治体の窮状は、かつてないほどの深刻さであり、需要の多い公共サービスを廃止 せざるを得なくなったり、また存続そのものが危ぶまれている自治体さえ出てきている。 2012 年 5 月、ロンドン北部のバーネット(Barnet)区の財務担当職員が、同区の経費削 減計画に関するスライドを同区の職員と議員向けに作成した。スライドには、同区の予算 と、高齢者ケア及び児童サービスに掛かる経費の 2031 年までの推移を示すグラフが含まれ ていた。グラフでは、同区では 2030 年頃から、高齢者ケア及び児童サービスへの支出だけ で区の歳入全額が使い果たされてしまうことになるとの見込みが示されていた。このグラ フは、イングランドの大半の自治体が今後直面する状況を象徴的に示すものとして、 「破滅 のグラフ(graph of doom) 」との通称でメディアなどで紹介された。現在の自治体の歳入 見込みに基づいて試算すると、イングランドの自治体の多くにとって、2015 年以降、法的 義務である公共サービスの提供がますます困難になる見通しが強くなっている。 バーネット区のこのグラフは、コミュニティ・地方自治省(Department for Communities and Local Government、DCLG)のボブ・カースレイク事務次官が、自身のプレゼンテーシ ョンで何度か使用した。しかし、カースレイク事務次官は、自治体財政について楽観的な 見通しを示し、バーネット区のこのグラフを、 「過度に絶望的」であるとして紹介したため、 地方自治体協議会(Local Government Association、LGA)の自由民主党グループのリーダ ーなどからは、 「破滅否定論者(doom denier)」であるとして批判された。 1 当時は、地方自治は環境大臣の所管であった。 1 一方、エリック・ピクルス・コミュニティ・地方自治大臣は、自治体に週 1 回のごみ収 集を実施させることに固執していることや、自治体の巨額の赤字は、幹部職員への報酬を 削減したり、地方議会で議員に提供する水をボトル入りのミネラルウォーターから水道水 に変えることで解決できると考えているように思われることなどから、 「自治体の財政難か ら目を逸らしている」として批判されている。同大臣は 2012 年 12 月、自治体に経費削減 の方法をアドバイスすることを目的として、 「経費削減の 50 の方法 - 自治体における 賢明な経費削減方法の例(50 ways to save: Examples of sensible savings in local government)」と題する文書を発表した。同文書で推奨された経費削減方法には、自治体間 でバックオフィス業務の統合をさらに進めることなどと共に、地方議会で議員にミネラル ウォーターではなく水道水を出すことも含まれていた。 バーネット区に続いて、英国最大の自治体であるバーミンガム市は、2016/17 年度まで の同市の支出及び同市への政府補助金の見込み額の推移を示したグラフを作成した。この グラフによると、バーミンガム市への政府補助金は、2016/17 年度までに、2010/11 年度比 で 3 億 3200 万ポンド減少する見込みである。逆に支出は、2016/17 年度までに、2010/11 年度比で 2 億 7300 万ポンド増加する見込みである。つまり、2016/17 年度に同市は、市が コントロール可能な支出(義務ではない公共サービスへの支出)のおよそ半分にあたる約 6 億ポンドの赤字に直面することが予測される。このグラフは折れ線グラフであり、支出 が右に向かって急勾配で上がっている一方、政府補助金は逆に右に向かって急激に下がっ ている。二つの線を合わせると、サメやワニが口を大きく開けた時の状態のように見える ことから、同市のリーダー2であるアルバート・ボア卿は、このグラフを「破滅の顎(Jaws of Doom)」と名付け、メディアなどでもこの呼び名が使われた。ボア氏は、こうしたバー ミンガム市の危機的な財政見通しは、 「我々がこれまで知っているような自治体の終焉」を 意味すると警告した。2012 年 12 月の「ガーディアン」紙の記事は、バーミンガム市の状 況について、 「段階的なサービスの削減や効率化ではなく、市が現在行っている事業の多く を抜本的に再構築したり、または廃止することで、徹底的な経費削減を迅速に行う必要が あることを意味する」と指摘していた。 また、イングランド南西部ブリストル市では、2012 年 11 月の選挙で誕生した同市初の 直接公選市長であるジョージ・ファーガソン氏が、財政難に対処するため、 「ゼロベース予 算(zero-based budgeting) 」の手法を採用する方針を明らかにしている。この方針に沿っ て、同市長は、これまでのように単に市の各部局の従来の予算を、サラミソーセージを薄 く切るように少しずつ削って収支を合わせるのではなく、過去の予算配分にとらわれず、 2 「リーダー」とは、直接公選市長を置かない自治体における政治面でのトップの役職であり、内閣 (cabinet)を率いる。 2 どのサービスが市にとって最も重要であるか等を検討し、一から予算を組み立て直す意向 である。 「多くの自治体が短期・中期的な財政的リスク抱える」とする監査委員会の報告書 「監査委員会(Audit Commission)」3は 2012 年 11 月、「困難な時代(Tough times)」と 題する報告書を発表した。これは、2010 年 5 月に発足した現政権の緊縮財政の下でのイン グランドの自治体財政などについて分析した調査報告書であり、今回は、前回の 2011 年版 に続く 2 回目の報告書であった。この中で、監査委員会は、イングランドの一層制の自治 体及びカウンティ(county)の 43%、ディストリクト(district)4の 34%が、短期的ま たは中期的な財政的リスクを抱えているとの調査結果を示した。また、イングランドの全 自治体の 12%において、2012/13 年度予算が、財源不足で収支が合わないリスクがあると の分析を明らかにした。さらに、25%の自治体は、2012/13 年度予算は何とかやり繰りで きる見込みであるが、「2010 年支出見直し(Spending Review 2010)」 (「支出見直し」につ いては後述参照)の対象期間(2011/12~2014/15 年度)の残りの期間については、これが 困難になる見通しであるとの分析が明らかにされた。 報告書ではその他に、下記のような調査結果が示された。 ・2012/13 年度のイングランドの自治体への政府補助金は、前年度比で、実質で(イン フレ率を考慮すると)16 億ポンド削減された。2011/12 年度のイングランドの自治体へ の政府補助金は、前年度比で 34 億ポンド削減されていた。 ・自治体の種別で見ると、政府の補助金削減で最も大きな打撃を受けているのは大都市 圏ディスリクト(metropolitan district)5である。カウンティでは、2011/12 及び 2012/13 の両年度の政府補助金の平均削減額が、2010/11 年度の経常支出(revenue spending) の 5%に留まったが、大都市圏ディスリクトではこれが 12.4%と、カウンティの 2 倍以 上に達した。 ・地域別で見ると、2011/12、2012/13 年度の両年度において、イングランド北部、ミッ 3 「監査委員会」は、イングランドの自治体の外部監査に責任を有する機関として 1983 年に設置された が、現政府の方針で 2015 年までに廃止されることが決まっている。 4 「カウンティ」とは二層性地域の広域自治体であり、日本の都道府県に相当する。「ディストリクト」 とは二層性地域の基礎自治体であり、日本の市町村に相当する。 5 「大都市圏ディスリクト」とは、イングランドの都市部に設置されている一層性の自治体であり、広域 自治体と基礎自治体の両方の機能を担う。 3 ドランズ地方、ロンドン中心部の貧困地域の自治体が、政府補助金の削減で最も深刻な 打撃を受けている。しかし、これらの地域の住民一人当たりの政府補助金の額は、依然 として、より貧困率が低い地域よりも高い。 「困難な時代」の 2011 年版では、「イングランドの自治体は、かつてないほどの収入減 に直面しながら、良く対処している」との分析が示されていた。しかし同時に、自治体の サービスは財政難の影響を受けており、少数の自治体は、収支を合わせるのに苦労するか もしれないと分析していた。 自治体の保守、労働党の両勢力が政府に抗議 ~ 「緊縮財政は社会の崩壊招く」との声 も 上でも触れたように、保守党と自由民主党の連立政権である英国の現政権は、2010 年春 の政権発足直後から、国の赤字削減を目的とした緊縮財政を実行しており、イングランド の自治体は、独自財源が乏しいという事情もあって、厳しい財政運営を余儀なくされてい る。LGA によると、現政権の発足から、2015 年 5 月に実施される見込みである次期総選挙 までの自治体への政府補助金の削減率は 33%を超えると予測される。政府が前回総選挙後 の 2010 年 11 月に発表した「2010 年支出見直し」では、「イングランドの自治体への政府 補助金を、2011/12~2014/15 年度の 4 年間で 28%削減する」との方針が掲げられていたが、 33%という数字は、補助金の削減幅がこれよりもかなり大きくなる見込みであることを意 味する。一方、同期間中(現政権発足から次期総選挙まで)における中央政府の省の予算 削減率は、平均 12%にとどまる見込みである。上で述べたように、ロンドン・バーネット 区やバーミンガム市で作成されたグラフで、自治体財政の極めて暗い見通しが改めて浮き 彫りにされたこと、また、財政窮乏で「存続不可能」と判断される自治体が出ていること (後述のウェストサマセット市のケーススタディを参照)などから、識者からは、2020 年 までに、自治体制度全体の抜本的な改革と再編成が必要であるとの声が出ている。 政府が 2012 年 12 月末に 2013/14 年度版の「地方財政対策(Local Government Finance Settlement)」の暫定案を発表し、同年度の個々の自治体への補助金額の案が明らかになる と、自治体の保守党及び労働党勢力の両方から、政府に対する非難が噴出した。例えばリ バプール市、ニューカッスル・アポン・タイン市、シェフィールド市のリーダー(いずれ も労働党)は、 「オブザーバー」紙に連名で書簡を送り、政府がこのまま緊縮財政を続けれ ば、犯罪の増加など多くの問題が発生し、社会の崩壊を招くと警告した。 また、同じ頃、「サンデーテレグラフ」紙には、計 120 に上る田園地域(rural areas) 4 の自治体をメンバーとするキャンペーン団体「SPARCE」6が、政府による自治体への補助金 削減に非難の声を上げていると報じた。この団体のメンバーの大半は、保守党が支配政党 となっている自治体である。SPARCE は、この記事の中で、田園地域の自治体は、過去 10 ~12 年、資金不足の状態にあるが、今回の「地方財政対策」で判明した補助金削減によっ て、これら自治体の財政は壊滅状態に陥ると述べていた。SPARCE によると、今回の「地方 財政対策」によって、 「管轄地域のほとんどが田園地域である(predominantly rural)」自 治体は、2013/14 年度の政府補助金が、前年比で平均 3.81%削減されることが分かった。 一方、都市部の自治体の補助金削減率は、平均 2.05%にとどまっているという。SPARCE の会長であり、イングランド中部のユニタリー7であるラットランド(Rutland)市のリー ダーであるロジャー・ベギー氏は、同記事の中で、SPARCE が、今回の「地方財政対策」に 関して司法審査(judicial review)8の実施を求めることを検討していることを明らかに した。また、このまま政府が緊縮財政を続ければ、田園地域の伝統的な保守党の支持層が、 英国独立党(UK Independence Party、UKIP)へと支持政党を変える動きを促進することに なると警告した。英国独立党は、英国の EU(欧州連合)離脱を訴える政党であり、最近、 保守党を始めとする主要政党に不満を持つ層の間で支持を広げている。同記事はまた、 「こ の極めて不平等な取り決め( 「地方財政対策」のこと)は、田園地域に対し大きな打撃を与 える」との保守党のグレアム・スチュアート下院議員の発言を紹介している。同議員は、 イングランド北東部のユニタリーであるイースト・ライディング・オブ・ヨークシャー(East Riding of Yorkshire)市内のビバリー・アンド・ホルダーネス(Beverley and Holderness) 地区を選挙区とし、「田園地域での公共サービスに関する超党派議員グループ(All-Party Parliamentary Group on Rural Services)」の議長を務めている。しかし、ピクルス・コ ミュニティ・地方自治大臣の広報官は、同記事の中で、SPARCE やスチュアート下院議員に よるこうした主張を否定していた。 また、2013 年 6 月には、政府による「2013 年支出見直し(2013 Spending Review)」の 発表を前に、イングランドの 150 の自治体(うち 36 の自治体は保守党が支配政党となって いる)のリーダーの連名の書簡が「オブザーバー」紙に掲載され、 「自治体は、これ以上の 補助金削減には対処できない」と訴えていた。しかし、こうした主張を受け、元地方自治 担当閣外大臣であるグラント・シャップス保守党幹事長は、マスコミに対し、「自治体は、 6 正式名称は「Sparsity Partnership for Authorities delivering Rural Services(田園地域の自治 体のパートナーシップ)」である。 7 ユニタリー(unitary)とは、主に田園地域に設置されている一層性の自治体であり、広域自治体と基 礎自治体の両方の機能を担う。 8 「司法審査」とは、中央政府、地方自治体、その他の公的機関の決定または行為の合法性を裁判所が審 査し、判断する手続きである。 5 単純に効率性を高め、無駄を省くことにより、簡単により多くの経費削減を達成できる」 との発言を行っていた。 財政難に苦しむイングランドの自治体の例その① ~ ウェストサマセット市 イングランドで人口が最少 9 の自治体であるイングランド南西部のウェストサマセット (West Somerset)市10は、2012 年末、LGA による独立の調査報告書で、「長期的に地域で 民主的な統治を司る組織として存続可能な状態にない」との結論付けられたことで大きな 関心を集めた。同市は深刻な財政難に陥っており、財政状況の調査と、今後取り得る選択 肢の提案を LGA に依頼していた。LGA の報告書の発表を受け、自治体の研究者などからは、 ウェストサマセット市の状況は、前例のない深刻な事態であるといった発言が聞かれた。 この報告書の発表後、ウェストサマセット市のリーダーと事務総長は、コミュニティ・地 方自治省のブランドン・ルイス政務次官と面会した。ルイス政務次官はこの際、同市が隣 接する自治体と合併するのではなく、 「独立した(sovereign)」単一の自治体として継続す ることにのみ合意するとの考えを伝えた。また、ウェストサマセット市に隣接する他の自 治体も、同市との合併は拒否した。 同市の財政難の背景には、公共サービスの提供コストが高い一方で、管轄地域の人口密度 が低いため、カウンシルタックスの税収が少ないことがある。同市の面積は 280 平方マイ ル(約 725 平方キロメートル)であり、海岸地域と田園地域から成るが、その多くの部分 は国立公園11に指定されており、人が居住することができない。同市の 3 万 5000 人の全人 口の約 3 分の 1 は、海岸沿いの街であるマインヘッド(Minehead)地区に居住している。 同市は 2008 年から財政難に陥っていたところに加えて、現政権が 2010 年に同市への補助 金を年間 100 万ポンド削減することを決定したことで危機的状況に追い込まれた。前述の LGA への調査依頼は、こうした状況を背景に行われたものである。 ウェストサマセット市の予算は、ごみ処理とリサイクル業務の委託先への委託料を除くと、 年間 380 万ポンドである。現在の職員数は 82 人で、2006 年より 60 人減少している。同市 のリーダーや議会の内閣メンバーなどは、今後、収支を合わせるため、幾つかの公共サー ビス(観光振興や公共の緑地等の維持(grounds maintenance)、公衆トイレの管理など) を削減するのに合わせ、更なる人員削減が行われる見込みであることを示唆している(イ ングランドの地方自治法は、自治体に対し、毎年度、均衡予算を策定し、議会で成立させ ることを義務付けている。これができない場合は政府が介入して自治体の予算編成権をは く奪し、政府が予算を策定して議会を通すことになる)。 このような厳しい財政状況に対応するため、ウェストサマセット市議会は 2013 年 7 月、隣 接するトーントン・ディーン(Taunton Deane)市(人口 11 万人)と事務総長(Chief 9 ただし、教会の教区に起源を持つ法律上の準自治体であるパリッシュ(parishes)を除く。 10 ウェストサマセット市は、サマセット県下のディストリクトである。 11 この国立公園の名称は「エクスムア国立公園(Exmoor National Park)」である。 6 Executive、CEO)を共有し、経費削減を図るとの案を可決した。現在のウェストサマセッ ト市の事務総長は 2013 年 10 月で解任され、トーントン・ディーン市の事務総長が同市の 事務総長も兼ねることになる。両市は更に、2013 年の秋、2015 年より市庁舎と職員を共有 する案について検討する。両市は 2013 年 2 月、管理部門と職員を共有し、公共サービスを 共同提供する可能性を探ることで合意していた。 「政府は補助金削減の影響をより良く評価すべき」と指摘する会計監査院の報告書 「会計監査院(National Audit Office、NAO)」は 2013 年 1 月、歳入の減少を背景とし たイングランドの自治体財政の持続可能性等の点について分析した調査の報告書を発表し た。 「地方財政の持続可能性(Financial sustainability of local authorities)」と題す る同報告書の要点は下記の通りである。 コミュニティ・地方自治省は、政府の他の省と協力し、政府による決定が自治体 財政と地域の公共サービスに及ぼしている影響をより適切に評価できるように すべきである。自治体はこれまで、困難を伴いながらも資金の減少に対処してき た。しかし、より多くの自治体が、義務を果たしつつ、財政危機を回避するとい う困難な課題に直面している。自治体が現在、例えば高齢者ケアや図書館などの サービスを削減していることを示す調査結果などがある。 私たちの推定によると、イングランドの自治体は、2013 年 4 月までに 46 億ポン ドの経費削減を行うことを計画している。しかし、例えこれが行われたとしても、 自治体が 2015 年 3 月までに達成すべき経費削減の約半分がまだ残されているこ とになる。同時に、高齢者ケアや児童サービスなどの多額の経費を要するサービ スへの需要は高まっている。より低い経費で提供できるサービスへの支出は既に 減らされているため、そうしたサービスへの支出を抑えることで全体の経費を削 減できる余地は少なくなっている。中央政府の省は、自治体財政への変化の影響 について既に評価を行っているが、今後、より包括的なアプローチを採用する必 要がある。 「2010 年支出見直し」の対象期間中にわたって自治体財政に関する様々 な変更が実行される中、それらがもたらす累積的な影響を理解することは益々重 要になっている。 * * * 続いて 2013 年 6 月、下院の公会計特別委員会(Public Accounts Committee of the House of Commons)も、同じく「地方財政の持続可能性(Financial sustainability of local authorities) 」と題する報告書を発表した。この報告書の発表時、同委員会のマーガレッ 7 ト・ホッジ委員長(労働党下院議員)は、次のように述べていた。 「中央政府は、4 年間で自治体への補助金を 4 分の 1 以上削減しているが、それ が地域の公共サービスに及ぼす全体的な影響を適切に理解していない」 「 (現在自治体が置かれている状況によって、 )補助金削減で最も大きな打撃を受 けた自治体が、法的義務を果たすことができなくなる懸念が浮かび上がっている。 一部のケースでは、自治体が存続できなくなる可能性に直面しており、既にそう した自治体の最初の例は確認されている。コミュニティ・地方自治省は、自治体 への補助金削減が社会的弱者に及ぼす影響をより良く理解する必要がある。我々 はまた、複数の自治体の財政が危機的状況に陥った場合、同省がどのような措置 を講じるかを知りたいと思う」 財政難に苦しむイングランドの自治体の例その② 市 ~ ニューカッスル・アポン・タイン 2012 年 12 月、ロンドンを除いたイングランドの 8 大都市の連合組織である「核都市(Core Cities)」のメンバーのうちの 7 都市のリーダー及び市長が、エリック・ピクルス・コミュ ニティ・地方自治大臣に連名で書簡を送り、 「政府による自治体への補助金削減は、イング ランドの大都市に対して過度に大きな打撃を与えており、経済再生を妨げている」と訴え た。また、 「核都市」のメンバーであるリバプール市のジョー・アンダーソン市長は、やは り 2012 年 12 月、単独でデービッド・キャメロン市長に書簡を送り、同市が巨額の経費削 減を余儀なくされている現状を訴え、自治体財政の窮乏は、2011 年夏にイングランド各地 で発生したような暴動を再び引き起こす恐れがあると警告した。 「核都市」がピクルス・コミュニティ・地方自治大臣に送った書簡は、イングランド北東 部のニューカッスル・アポン・タイン市が、2016 年までの 3 年間で 34%の経費削減を行わ なけらばならない厳しい状況にあると訴えていた。しかし、同市の財政に関して一般の住 民からより大きな非難を浴びたのは、政府補助金の大幅な削減ではなく、それを受けた同 市のサービス削減の決定であった。同市は、政府補助金の削減を受け、市内の図書館の大 半の閉鎖に加え、年間 250 万ポンドに上る芸術振興予算を全額削減することを決定した。 これに対し、同市またはその近郊地域の出身のミュージシャンであるニール・テナントさ ん、スティングさん、マーク・ノップラーさん、ブライアン・フェリーさんなどが一致団 結して反対の声を上げ、マスコミなどでも大きく取り上げられるという異例の事態が生じ た。こうした事態に対し、市は、 「政府補助金の削減のため困難な財政状況にあり、法的義 務であるサービスの提供資金を捻出するのに苦労しているため、芸術振興予算の削減はや むを得ない」と述べた。一方、「ビリー・エリオット(Billy Elliot)」などの作品で知ら れる同市出身の脚本家リー・ホールさんは、市の決定は「大規模な破壊行為」であるとし て反対キャンペーンを展開した。ホール氏は、同市が 15 世紀の昔から舞台芸術を支援して 8 きたこと、またイングランド北東部の「首都」としての同市の地位は文化の中心地である ことに由来しているなどと指摘した。ニューカッスル・アポン・タイン市は、多くの音楽 家や芸術家を生み出しているほか、 「エンジェル・オブ・ザ・ノース(Angel of the North) 」 と呼ばれる巨大な彫刻作品が置かれていることなどで知られている。同市は、人口一人当 たりの劇場数がロンドンを除くと英国内の都市で最も多いが、文化関係者らは、自治体の 支援なしではこうした劇場の存続が危ぶまれると懸念の声を上げた。 しかし、同市は結局、計画通り 2013/14 年度に芸術振興予算を全額削減し、こうした抗議 活動は成果のないまま終わった。この件は、全国の自治体や一般の人々の大きな関心を集 めたが、そうした注目度の高さを反映してか、報道によると、最近では、経費削減のため 芸術振興予算を削減することを意味する「ニューカッスル流にやる(doing a Newcastle) 」 という「新語」が生まれており、一部の自治体関係者の間で使われているという。 「支出見直し」でコミュニティ省の予算 10%削減 ~ LGA は「公共サービスが危機的状 況にと訴え 2013 年 6 月、ジョージ・オズボーン財務大臣は、 「2013 年支出見直し」を発表した。 「支 出見直し」とは、前労働党政権が導入した財務省発行の文書であり(ただし前労働党政権 下では「包括的支出見直し(Comprehensive Spending Review)」と呼ばれていた)、ある一 定の期間内の省別の歳出限度額を示すことを主な内容とする。現政権の発足直後に発表さ れた「2010 年支出見直し」の対象期間は前述の通り 2011/12~2014/15 年度であったが、 今回の「2013 年支出見直し」は 2015/16 年度のみを対象期間としている。 今回の「支出見直し」では、コミュニティ・地方自治省の 2015/16 年度の経常予算 (resource budget)が前年度比 10%減となることが示された。これに対し、LGA のメリッ ク・コッケル議長は、 「これ(この予算削減)によって、多くの地域で、最も重要な公共サ ービスが危機的状況にさらされるだろう」と述べた。今回の「支出見直し」ではまた、2014 年度で終了する計画であったカウンシルタックス課税額の凍結を推奨するという方針を更 に 2 年延長し、2014/15、2015/16 年度も実施することが明らかにされた(政府は、2011 年度より、イングランドの自治体に対し、カウンシルタックスの課税額の凍結を推奨して いる)。これにより、自治体の資金は更に厳しい状況に置かれることになる。ロンドンに拠 点を置く研究機関である「財政問題研究会(Institute for Fiscal Studies) 」によると、 現在のイングランドにおけるカウンシルタックスの課税額は、2011 年度以降、インフレ率 に合わせて引き上げられていたと想定した場合に比べて 9%も低い水準になっている。 9
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