生態学・生態工学 これから話す内容 都市由来の有害化学物質の 生態系への影響 都市由来の有害物質と生態系 ・ヒトの健康保護との考え方の違いは何か? ・化学物質をどのように測定・評価すればよ いか? 東京大学環境安全研究センター 准教授 中島 典之 [email protected] 2 基礎事項1:水環境中の有害化学 物質に関する制度 水環境中の有害化学物質を 学ぶに当たっての 基礎事項 • 環境基準 ←環境基本法に基づいて設定 – 人の健康を保護し、及び生活環境を保全する 上で維持されることが望ましい基準 – 政府は、・・・基準が確保されるように努めなけ ればならない 環境基準とは? 基準値の決め方は? • 排水基準 ←水質汚濁防止法に基づいて 設定 – 環境基準を達成するために政府が行う施策の 一手段 4 現在の水質環境基準 基礎事項2:環境基準の決め方 常に見直し(追加・削除、基準値変更)がされること に注意(→教科書巻末の一覧表はすぐに古くなる) 学術論文など 化学物質Aに 毒性がある (らしい) • 人の健康の保護に関する環境基準(26項目) – 全国一律の基準値 • 生活環境の保全に関する環境基準 (河川6項目、 湖沼8項目、海域8項目) – 場所によって異なる基準値(類型) Aの目標値 (最大許容 値)を算定 ライフスタイル (曝露経路)等 を考慮 • 要監視項目(27項目)、要調査項目(300項目) 5 Aによる汚染 現況の調査 基準値を設定 して管理 基準値を設定 せず監視 6 1 二つのタイプの有害物質 1)閾値がある場合 1)閾値がある NOAEL 用量 Dose 反応 Response 1)のタイプ (発ガン性物質など) 反応 Response 反応 Response 2)閾値がない 影響がゼロになるような目標設定が可能 2)のタイプ 1)のタイプ NOAEL 用量 Dose 用量 Dose NOAEL (Non-Observed Adverse Effect Level) ADI=NOAEL÷不確実性係数 Acceptable Daily Intake; 一日許容摂取量 不確実性係数(uncertainty factor) 安全率(safety factor)とも言う。種差 10、個人差10などを勘案。 7 8 2)閾値がない場合 反応 Response 影響がゼロになるような目標設定は不可能 2)のタイプ 用量 Dose 1.水生生物保全のための 全亜鉛の基準 実質的安全量VSD (Virtually Safe Dose) ↓ 一生涯曝露して105~106人 に一人が発症する (10-6~10-5の確率) 9 新たな環境基準の制定 「水生生物の保全に係る水質環境基準」 制定の経緯(中央環境審議会 水環境部会での議論) • これまでの有害化学物質に関する環境基 準→「人の健康の保護」 • 生態系、野生生物への毒性は主眼ではな かった • 新たに「水生生物保全」を意図した環境 基準の制定へ • 委員会の議事録・資料は環境省HPにすべ て公開 11 産 業 界 の 反 発 • H11~12 有害物質による水生生物影響検討会 →優先検討物質81物質選定 • H13~14 水生生物保全水質検討会 →26物質を選定(9物質の目標値を試算) • H14.11 環境大臣より諮問 • H14.12~H15.8 水生生物保全環境基準専門委員会 • H15.9 中央環境審議会 答申 • H15.11 環境省 環境基準告示 12 2 「水生生物の保全に係る水質環境基準」 制定の経緯(中央環境審議会 水環境部会での議論) 「水生生物の保全に係る水質環境基準」の中身 人間にとって必須元素 約 5.5 mg/day • 対象:全亜鉛(Zn)のみ • 基準値:淡水域 30 μg/L • 海域(一般海域) 20 μg/L • 海域(特別域) 10 μg/L 産卵場 幼稚仔の生息場 有用水生生物と その餌となる生物への 毒性から設定 • H15.11 環境省 • • H15.12~16.8 水生生物保全小委員会 H17.2~ 水生生物保全環境基準類型指定専門委員会、水生生物保全 排水規制等専門委員会 H18.4.28 類型指定(4水域)、排水規制(排水基準等強化 5mg/L→2mg/L)に関して答申 H18.6.30 4水域の類型指定告示 H18.9.13 暫定排水基準(5mg/L据え置き)適用事業者からの排水 を受けている下水道業も暫定排水基準を適用することを承認 H18.11.10 排水基準等強化(省令公布、H18.12.11より施行) H20.2~3 利根川、荒川水系の河川(湖沼)及び東京湾の類型指定 に関するパブリックコメント募集 H20.6? 利根川、荒川水系の河川(湖沼)及び東京湾の類型指定 答申 • • • 水道水質基準 1 mg/L (人への毒性ではなく白濁) • • これまでの排水規制値 5 mg/L →H18.11省令改正 2mg/L • 環境基準告示 行政目標はできた。 具体的な施策の方向 性は? 13 14 亜鉛はどこから? 亜鉛はどこから? PRTR(Pollutant Release and Transfer Register;化学物質排出移動量届出制度)にお ける「亜鉛の水溶性化合物」 – 平成17年度の集計結果を見ると・・・ – 届出総排出量は 1,018 t、うち公共用水域への排 出は628t – 内訳:下水道438 t、化学工業62 t、金属製品製造 32 t、非鉄金属製造業28 t、鉄鋼業16t 他 – (届出外推計値145t=農薬(果樹園由来)41t +届出値の端数合計104t) • • 人間の一日摂取量=排泄量 5.5 mg(+α過剰摂取量/サプリ メント) これが全部し尿として下水道に行くと・・・ – 水使用量 350 L/d/人 →すべて下水道へ – 亜鉛濃度=5.5/350=0.0157 mg/L =15.7μg/L 下水道で処理できているか?? たぶん × • 年間、国内でのし尿由来の排出は? • 他には? – 5.5 mg/d/人×365 d/yr ×1億2千万人 =241 t/yr PRTRの値とオーダーは合う オランダの調査報告例(1993;原著オランダ語。WHO報告から 引用) 8.1g/人/年、53%し尿・25%水道水・22%日用品 15 16 基準値(目標値)の決め方 魚介類および餌生物に対する”最終慢性毒性値” の小さい方を目標値とする(両方を保全;環境基 準は年平均値で考えるので慢性毒性で評価) 2.亜鉛の化学形態と毒性 最終慢性毒性値の算出には、信頼できる毒性文献 値に以下の点を加味する ・魚介類:試験種の感受性の代表性(種比) 1 or 10 (ほぼ全ての種を守る) ・餌生物については、属レベルで幾何平均を取り (属内の半分くらいの種を守る)、属間の最小値 を用いる ・毒性試験の種類(急性慢性毒性比) 魚類・甲殻類 は10、藻類は4 18 3 全亜鉛(淡水)の場合 全亜鉛の場合 魚介類の慢性毒性値 なので種比のみ考慮 (この場合10) 魚類最終慢性毒性値 =31≒30μg/L 餌生物 “慢性毒性データ優先” ヒラタカゲロウ慢性毒性30μg/Lのみ →餌生物最終慢性毒性値 参考までに急性データを用いると 藻類 15÷4=3.75μg/L 両方とも30μg/Lなので ワムシ 1300÷10?=130μg/L 結局目標値は30μg/L ミジンコ 65÷10=6.5μg/L ∴ 4μg/L 19 亜鉛の形態(speciation)は? 元の文献に戻ってみると・・・ Nehring and Goettl Jr. (1974) 亜鉛汚染河川水(Willow Creek; 鉱山由来)にきれいな井戸水を混 ぜて亜鉛濃度調整。この河川水は 亜鉛以外にも有害物質があるはず (当時の原子吸光では鉛、銅、銀、 カドミは不検出)で、亜鉛の影響を 過大評価しているかも。亜鉛の形 態や、有機物(錯形成成分=リガン ド)の存在は情報なし。 Hatakeyama (1989) 地下水(もともと亜鉛8.8μg/L含有 )に試 薬ZnSO4溶液を添加し濃度調整。なので、 本当はNOECは30ではなく38.8のはず。やは り、亜鉛の形態や、有機物(錯形成成分=リ 環境基準は“全亜鉛” 文献での亜鉛の化学形態 は? ガンド)の存在は情報なし。 21 亜鉛の形態 サイズ Zn2+ “フリーイオン” “錯体” 境界は 操作定義 概念的には明確 測定法に依存 不安定⇔安定 (サイズとは独立) 懸濁態 (粒子状) 色々な物質と結合;サイズも安定度も異なる =毒性影響も異なる 数nmサイズ 天然有機物 人工有機物 Cl-、OH- S2-、CO32-、SiO44- 無機コロイド(酸 化鉄、シリカなど) Zn2+ EDTA クエン酸 有機コロイド(フミン 質など) 数百nmサイズ 粒子状物質(数百nm以上) 22 亜鉛等の重金属類の化学形態を予測する戦略 結合状態 溶存態 20 急性毒性と慢性毒性の換算係数(実験値;根拠薄い) 存在するものすべてが 問題か? 23 • 化学平衡モデルを利用 →代表的なものWHAM (Windermere Humic Aqueous Model) – 入力値:pH、水温、酸化還元電位、主要なイオンの濃 度、有機物濃度 – モデル自体が様々な組み合わせの化合物の平衡定 数を予め有しており、大量の化学平衡計算を行う(連 立方程式を解く) – しかし多様な”有機物”を的確にシンプルなモデルで表 現できているかは疑問があり、多くの研究論文でモデ ルと実測が合わない理由をここに帰着している(ある いはそもそも環境中で平衡状態になっていない?) 24 4 下水中の亜鉛? 都市下水処理場の流入水と処理水を採取 不安定態labileと呼ぶのが正しい 懸濁・溶存・フリーイオン の三画分 (0.5μm) (キレートディスクカートリッジ捕集) 金属陽イオ ンが結合 25 26 磯崎・中島・古米、環境科学会誌, 19(5), 445-452, 2006 その後の調査で分かったこと 流入水はばらつきが大きい 懸濁態が多い 処理水中 全亜鉛濃度 22~64μg/L 溶存亜鉛濃度 19~58μg/L 亜鉛フリーイオン濃度 3.0~15μg /L 処理水中の亜鉛の 形態別濃度は 過去の結果と同程度 磯崎・中島・古米、環境科学会誌, 19(5), 445-452, 2006 27 分子サイズごとに分けてみると・・・ 不安定態の亜鉛は必ずしももっとも小さ い画分にあるわけではない(もしフリーイオ ンなら亜鉛原子のサイズのはず)→不安定 な錯体を形成している 28 昨年度の卒論の結果の一部:藻類への亜鉛の毒性の下水処理水による変化 1000 1000 S0 S1 S2 S3 S4 U0 U1 U2 U3 U4 10 114μgZn/L 1 cell(万個/ml) 67μgZn/L 100 藻類濃度 cell(万個/ml) 藻類濃度 100 51μgZn/L +25%処理水 +50%処理水 10 キレート樹脂だけを浸漬する と、すぐに吸着部位が飽和し てしまい、長期間の平均が取 れない。 +100%処理水 +12.5%処理水 1 301μgZn/L 1051μgZn/L time(hr) 114μgZn/Lのみ time(hr) 0.1 0.1 0 50 100 150 0 200 50 時間 培養液に亜鉛を添加すると 増殖しなくなる 100 150 200 時間 下水処理水(脱塩素し、かつ処理水に含まれ る重金属類を陽イオン交換により除去したも の)を添加すると、毒性が消える 下水処理水中の有機物が亜鉛と強く結合 →錯体の安定度定数を評価 Ki ' = 不安定態重金属の長期捕集(DGT; Diffusion Gradient in Thin film法) [MLi ] [M' ][Li ] 他の都市水環境中の有機物は? 29 表面にゲル層を載せることで 水中からの拡散をコントロー ルする。24~72時間、現場 に設置したのち、回収・解体 し、キレート樹脂層から重金 属類を抽出・分析する。 http://www.dgtresearch.com/ 30 5 分かってきたこと 多摩川での調査例 溶存態濃度:1時間ごとに採水 し、2時間分を平均してプロット 6 今後の課題 5 4 • 3 • 2 1 見るべきものは金属ではなくリガンド。その特性(錯形成、環 境中での安定性)を把握することが重要。 下水処理水以外のソース(PRTR届出外)は? →亜鉛生産量の半分はメッキ 屋根 4/10/2006 3/10/2006 2/10/2006 1/10/2006 30/09/2006 28/9/2006 29/09/2006 6/9/2006 26/09/2006 27/09/2006 5/9/2006 4/9/2006 3/9/2006 2/9/2006 1/9/2006 31/08/2006 30/08/2006 29/08/2006 28/08/2006 27/08/2006 26/08/2006 25/08/2006 0 0.0 23/08/2006 24/08/2006 (ug/ L ) ニッケル濃度(μg/L) 7 Ni concentrati on • 下水処理水は大きな亜鉛の負荷源であるが、安定錯 体が大半で、残りもフリーイオンではなく、何らか の錯体を形成しており、直接的な毒性影響をもたら していない可能性が高い 屋根排水中の亜鉛濃度=数十~数千μg/Lレベル 道路 オイル タイヤ 数万~数十万μg/L レベル 1~2%(重量)が亜鉛 31 DGTの測定値(二種類のゲル) そもそも環境中には極めて多種類の有害物質が同 時に存在する。一体どれが一番問題なのか? ↓ TIE (Toxicity Identification Evaluation) 環境試料の毒性試験をする前に、対象試料に特定のグ ループの化学物質を除去するような前処理を加えることで、 有害性の原因を同定しようとする試み 毒性 例 元の試料 疎水性樹脂通過後 重金属類が有 害性の大きな 要因? 32 本日の講義のまとめ 都市由来の有害物質と生態系 ・ヒトの健康保護との考え方の違いは何か? ・化学物質をどのように測定・評価すればよいか? キレート樹脂通過後 ゼオライト通過後 特定できる場合もあるが、実際にはなかなか難しい。適切な前処 理手法を開発する必要性。 33 34 6
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