香港の山とは?

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平成24年11月10日
連載
第2回
〜 その誕生と地質の特性 〜
香港の山とは?
山を登る時この山はどうやって出来たのだろう
中で生 息していた原始 魚の一種で、この発見
第340号
執筆者のご紹介
金子 晴彦(かねこ はるひこ)
山形生まれの東京育ち。日本航空勤
務時代は香港支 店に5年間赴 任。ガ
イドブック
「香港アルプス」著者。一橋
大学山岳部OB。中学から登山をはじ
ということが気になります。7000万年前のプレー
により香港の歴史はさらに1億年近く長くなり、
トの衝突で始まったヒマラヤの造山運動、1700
実に4億年となりました。これぞ地質学上の妙
社会人になってからは冬山を中心に活動。香港お
万年前の海底火山の噴出物でできた丹沢など、地
です。
よび北京支店時代には、海外の登山・トレッキン
質の歴史を踏まえて歩くと楽しみは倍加します。
では、香港はどうでしょう。イギリス植民地故に
「借り物の土地、借り物の時間」と言われたこの地
では未来志向は強くても、過去への関心は決して
高くはありませんでした。しかし、その地質の歴史
は意外に古く、しかも、未だ調査中と言ってもよ
グへ。ネパール、インド、チベット、ブータンなどヒ
火山岩地区
マラヤをはじめ、キナバルや台湾の玉山などアジ
恐竜が支配したジュラ紀になると、香港は一
転、激しい火山活動に見舞われ、1.4億年前に
は香港島と、西貢に巨大な陥没地形=カルデラ
が生まれます。特に西貢のカルデラは現在の西
いのです。
貢の町から南の海上に向けて直径20kmにも及
堆積岩地区
大量の火山灰と溶岩がたまり、ゆっくりと冷却
ぶ巨大なものでした。そこに火山から噴出した
今から2.9〜2.5億年前のペルム紀、今の香港
され、六角柱
は大河の河口に位置していました。河から運ばれ
状節理群が
た土砂が海底に大量に堆積して泥岩となり、そこ
形成されまし
に直径1cmばかりの
た。他方、地
2枚貝に似た軟体動
下にたまった
物の遺骸が取り込ま
れ化 石 化しました。
岩になり、今
その後、この泥岩は
地殻変動により新界
砂が浸食され、香港特有の巨岩となってあちこ
ました。以来この岩
▲1960年に馬屎洲で発見された軟体動物
(腕足類)の化石のあと【出典:AFCD】
マグマは花崗
▲ラマ島の深湾でみられる巨大花崗岩
【撮影:金子晴彦】
の北東海上に露出し
では上部の土
ちに点在しています。
火山活動は1億年前には終息し、その後の海蝕
は 波 風 にさらされ、 を経て、200万年前までには現在の風景が姿を
浸食され、化石も流 見せ始めました。そして6000年ほど前に最後の
れ去り、あとにいく
つもの丸い穴が残りました。1960年、この穴に
関心を持ったイギリス人の学者が残っていた化
石を発見、一帯
の 岩 は ペ ルム
紀のものである
ことが確認され
ました。
今、 そ の 岩 の
め、高校は丹沢、大学は南アルプス、
氷河期が終わり、氷が解け、海面が上昇、今の
状態になりました。
1979年、西貢半島の東端に香港最大の貯水池・
萬宜水庫(High Island Reservoir)が建設され
アへも足跡を残す。
(Tai Mo Shan)
、鳳凰山
(Lan Tau Peak)
、馬鞍山
(Ma On Shan)など、香港を代表するほとんどの
山々を形成しています。
加えて北東から南西にかけて2本の、長さ50㎞
ほどの断層が平行に走り、香港を次の3つのゾー
ンに分断しています。Aゾーン:一番南側で海岸
山地、Bゾーン:中央部分で大帽山、ランタオ
ピーク等の高山のある中央山地、Cゾーン:一番
北側で中国本土に似通った平地。
かくて4億年の歴史を持つ香港には、狭いながら
も実に様々な地形があり、素晴らしい自然景観が
ぎっしり詰まっているのです。しかも、岩が多いた
めに、深い森は樹木が水を確保できる高度250m
あたりまでしかなく、それから上は崗松(Gang
Song/ビャクシンモドキ)の灌木帯(高さ1mほど)
や、すすきの原になり見晴らしは抜群です。
ではそんな山々を楽しむには一体どこから足を
着ければよいでしょう?
次号では4大トレイル
を中心としたコースを紹介する予定ですが、ここ
では地質の歴史を踏まえて次の様なアイデアは
いかがでしょう?
地質から見た自然景観の違い
たおり、東端の堤防工事の最中、まるでパイプ
まずはAゾーンに向かいましょう。ここは海
オルガンの様な六角柱状節理の壁が発掘されま
岸 沿 いに火 山 岩で出 来 た山々が 連 なり香 港
した。今では貯水池沿いの道路を通ってこの驚
の典 型的な景観が楽しめます。シャープピー
くべき節理群と対面することができます。太く
(1
ク(468m)、釣魚翁(344m)、馬鞍山(702m)、
〜3m)、長く
(最大200m)、明るい黄土色で、日
ドラゴンズバック(284m)、ビクトリアピーク
本の東尋坊など世界の各地にある灰色の玄武岩
(Ma Shi Chau) の柱状節理とは様子が違います。このため、岩
のトレイルの脇にあり、ややざらざらしながらも
質についての
(552m)と言った気軽に楽しめる有名な山々が
▲馬屎洲のトレイル脇で見られる2.8憶
年前の泥岩【撮影:金子晴彦】
一 部は 馬 屎 洲
まろやかで重たい感触が長い時間を実感させて
議論が盛んで
くれます。かくて香港の歴史は借り物どころでは
すが玄武岩で
ない2.8億年の長きにわたるものとされ、俄然過
はなく、流動
去への関心が高まりました。
性の低い流
その後、1980年
紋岩であろう
になると、この
島の対岸の船湾
淡 水 湖(Plover
Cove)の南西端
▲萬宜水庫東端の破邊洲(Po Pin Chau)
の西壁【撮影:金子晴彦】
との説が優力
です。
地質と山域
でボトリオレピ
つまり、香港の山は以上の堆積岩地区と火山
ス
(Bothriolepis・
岩地区の2つからなっているのです。基盤となる
溝鱗魚)と言う
堆積岩地区は火山灰や溶岩で覆われ、今では香
20〜30cmの大きさの魚の化石が見つかりまし
港全体の15%に過ぎず、新界の北方に点在してい
た。この魚は今から4億年前のデボン紀に世界
ます。火山岩地区は85%と広く、最高峰の大帽山
▲1980年に船湾淡水湖の南西端の白沙頭咀で化石
が発見されたボトリオレピス(Bothriolepis・溝
鱗魚)の復原図【出典:AFCD】
連なっています。
次いでBゾーンに挑戦。最高峰・大帽山
(957m)、
実質最高峰・鳳凰山(934m)そして北の八仙嶺
(639m)と重量級の山々が並びます。
その上でCゾーンへ。これは山と言うよりはこれ
までの登山から一転、堆積岩の醸し出す歴史の
重みがじっくりと伝わってくる、いわばセンチメ
ンタルジャーニーです。代表は荔枝窩(Lai Chi
Wo)と印洲塘(Double Haven)。深い感動は折
り紙つきです。
いかがでしょう?香港は狭すぎて見るべきもの
が無いと言った考えはまずは横に置いてくださ
い。4億年の歴史を持つ香港には一生の楽しみ
となるような様々な自然景観があるのです。で
は、香港の火山岩の稜線上でお会いしましょう。
次号へつづく